門を出て石段を降りると、真っ暗なハイラル平原に目を向けている男の姿が見えた。  
「交代だ」  
 兵士は声をかけた。ふり向いた男の顔には翳りがあった。それは夜空一面の雲で月の光が  
弱められているせいばかりではなさそうだった。  
「もう……時間ですか?」  
 疲れの感じられる声だった。兵士は頷き、それまでの男と同じように、平原へと目を凝らした。  
 男が去ろうとしないので、兵士はいくぶん声を和らげて言った。  
「ご苦労だったな。休んでいいんだぞ」  
「ええ……」  
 それでも男は動かなかった。話し相手が欲しいんだな、と察し、また自分の気を紛れさせる  
つもりもあって、兵士は男に語りかけた。  
「民間人のお前さんに、見張りなど頼んですまないと思っている」  
「いえ……」  
 男はうつむいて短く答え、少し間を置いてから先を続けた。  
「住む所もない私に、この村はこんなによくしてくれるんだから……これくらいのことは  
しないと……」  
 感謝を表す言葉だったが、声には何の感情もこめられていないように聞こえた。それも  
しかたがあるまい、と兵士は思った。  
 感情を捨てなければ耐えられないような経験を、この男はしてきたのだ。  
 男は目を上げて、西の方を見据えた。見えるはずのないハイラル城が、その目には見えて  
いるかのようだった。  
「あいつら……攻めてきますかね」  
 兵士は黙っていた。心に迷いがあった。  
 軍の情報を民間人に漏らしてよいものかどうか……  
 そうしてはならない、という命令は受けていない。それにこういう事態となっては、兵士と  
民間人を区別する意味もない。現に、ハイラル城下から命からがら逃げてきた難民の一人である  
この男は、兵力不足に悩む守備隊を見かねて、見張り役を志願してきたのだ。  
 迷いを捨てて、兵士は正直な意見を述べた。  
「王国軍の主力は、ハイラル平原の西に集結しつつある。ゲルド族もそれに対応して動くはずだ。  
ここへは来ないだろう」  
「だといいんですが……」  
 男の口調は変わらなかった。  
「ハイラル城からこのカカリコ村まで、たった二日の道のりですよ。やつらがその気になりゃ……」  
 あるいは主力軍がゲルド族との決戦に敗れることにでもなったら……  
 頭に浮かんだ不吉な考えを、兵士はあわてて振り払おうとした。が、その考えは容易に頭から  
去らなかった。去らないばかりか、不安は強くなる一方だった。  
 ハイラル城が陥とされたのは、ゲルド族の不意打ちが図に当たったためだ。しかしそれを抜きに  
しても、ゲルド族の戦闘力は馬鹿にできない。実際、過去の戦闘では、王国軍はゲルド族に  
しばしば苦戦を強いられている。最近、ゲルド族を抑えることができていたのは、戦闘力よりも  
政治力の効果の方が大きいのだ。それに……  
 兵士は難民たちから聞いた噂を思い出した。  
 ゲルド族の首領であるガノンドロフは、人知を超えた強力な魔法を使うらしい。魔王とも  
呼ばれるそんな男に、王国の主力軍といえども、対抗することができるだろうか。  
 
「このハイラルは……どうなるんでしょうね……」  
 男の声に初めて感情がにじんだ。悲観というその感情は、兵士の心をさらに暗くした。  
「陛下も……お亡くなりになってしまって……」  
 そう、このハイラル王国には、もはや国王もいない……  
 絶望に打ちひしがれそうになった兵士の胸に、王家へ馳せる思いからの連想で、ふと光が差した。  
その名が自然に口から漏れた。  
「ゼルダ様が……」  
 男が顔を上げた。  
「ゼルダ様がおられるうちは、ハイラルは、まだ……」  
 気持ちの高ぶりが、兵士の言葉を途切れさせた。  
「ゼルダ様……」  
 男はその名を繰り返した。  
「……そうですね、ゼルダ様がおられるなら……」  
 顔に生気が戻っていた。が、すぐに心配そうな声が続いた。  
「でも、ゼルダ様があいつらに追われて城を落ちてゆかれてから──あれは反乱が起こる  
一週間前でしたから──もうかれこれ、ひと月近くになります。ご無事でいらっしゃるでしょうか」  
「それは……」  
 言葉に詰まった兵士の耳に、小さな物音が聞こえた。  
 平原の方からだ。あれは……馬蹄の音……  
 男もそれに気づいたようだった。  
「誰か来ます」  
「しッ!」  
 兵士は男の声を制した。  
 敵軍? いや、一騎だけだ。こんな時刻に、いったい誰が……?  
 油断なく闇を注視する。  
 馬蹄の音は次第に明瞭となり、やがて兵士の目は、並足で近づいてくる白馬の姿を捕らえた。  
「止まれ!」  
 兵士は槍を構え、鋭く言った。馬上の人物は動じた様子もなく、低い声で答を返してきた。  
「見張りの者か?」  
 聞き覚えのある声だった。弱々しい月光のもとで苦労しながらも、兵士はその人物の顔を認めた。  
「インパ様!」  
「状況はどうだ?」  
 馬を降りながらインパが訊いた。  
「はい。城下から多くの難民が押し寄せておりますが、われわれ守備隊や村の者が協力して、  
何とかやっております」  
 答えながら、兵士は馬に乗っている、もう一人の人物に目をやった。その視線に気づいたのか、  
インパはその人物を下馬させ、兵士の前に立たせた。  
「私の息子だ。シークという」  
 その人物──鋭い目をした金髪の少年は、黙って目礼した。  
 
「インパ様に、ご子息がおられたので?」  
 意外に思って兵士は訊ねたが、インパは馬の轡をとりながら、平静な声で別のことを言った。  
「来るのが遅れてすまなかった。隊長に会いたい。通らせてもらうぞ」  
「は、どうぞ」  
 兵士は道をあけた。シークと呼んだ少年と馬とを連れ、インパは村の入口に向かう石段を登り  
始めた。  
「インパ様」  
 どうしても確かめたい気持ちを抑えきれず、兵士は後ろからインパに呼びかけた。  
「ゼルダ様は……ご無事でしょうか?」  
 インパがゼルダの護衛を務めていることはよく知っていたし、ゼルダがハイラル城を脱出した  
時にインパが一緒だったということも、難民から聞いていた。  
 インパ様なら知っているはずだ。  
 ふり向いたインパは、短い間を置いて答えた。  
「ご無事だ」  
 兵士は思わず安堵の息をついた。  
「いまは、さる所に身を隠しておられる。心配するな」  
 インパは踵を返し、再び石段を登っていった。  
 傍らで二人の会話を聞いていた男に、兵士は笑いかけた。  
「聞いたか? ゼルダ様はご無事だとさ」  
「よかったですね、ほんとうに」  
 男も笑みを返し、インパの後ろ姿を目で追った。  
「ところで、あのお方は?」  
「インパ様だ。ゼルダ様の乳母だよ。カカリコ村の出身で、この村を貧しい者のために開放して  
下さったんだ。村人にとっちゃ、神様みたいな人さ」  
 それに自分たちにとっても……と、兵士はしみじみ思った。  
 インパに対する村人たちの尊敬の念は、守備隊として村に駐屯する自分たちも共有するものだ。  
武芸の達人であることも、みな知っている。インパは軍の階級に属してはいないが、この危機に  
対して大きな力を奮ってくれるだろう。  
「女性なのに、勇ましそうな人ですね」  
 賛嘆をこめて、一方で意外な思いもまじえたように言う男に、兵士はにやりと笑って答えた。  
「インパ様を女だと思わない方がいいぞ」  
 
 
 ゲルド族の反乱勃発後、カカリコ村には多くの難民が押し寄せていた。百人に満たなかった  
村の人口は五倍以上に膨れあがり、たちまち住居や食料が大問題となった。村人や守備隊は  
これに総出で対応し、難民の中からも協力者を得、かろうじて混乱をしのいできた。しかし  
先行きへの不安は常に彼らを苛み、行動の目的も見失ってしまいそうな日々が続いていた。  
 インパの到来は、そんな村の状況を一変させた。村人がインパに向ける尊敬が難民たちにも  
乗り移り、インパは自然に彼らの指導者として認知された。守備隊も、隊長以下、すべてインパの  
心酔者であり、軍事面での混乱もなかった。インパがもたらした「ゼルダ姫健在」の知らせも、  
みなの士気を大いに高めた。  
 インパは山積する問題に対して次々に的確な指示を出し、村の秩序を保つとともに、  
ゲルド族への対抗策を練った。  
 そうしたある日の夕方、インパは守備隊長と二人で火の見櫓に登り、村の様子を観察しながら、  
今後の問題を話し合っていた。  
「ハイラル平原の王国軍の動きについて、新しい情報は入ったか?」  
「平原の西に分散していた各部隊は、すでに集結を終えたそうです。じきにハイラル城へ向けて  
進撃するでしょう。反乱の知らせによほど驚いたのか、意外に手間取ってしまいましたが──  
ゲルド族の方も城下の略奪に血道を上げて、ずいぶん時間を無駄にしています。その点は  
幸いでした」  
「決戦は近い……か……」  
 インパは西の方へ目を向けた。楽観はできなかった。特にガノンドロフの魔力のことを思えば。  
 隊長も同じ心境なのか、軍人にありがちな大風呂敷も広げず、冷静な意見を述べた。  
「その決戦の結果いかんにかかわらず、我々は我々で準備を整えておかねばなりませんな」  
 インパは頷いた。決戦で王国軍が勝てば、東から自分たちが攻めかかることで、ゲルド族を  
挟み撃ちにすることができる。もし負ければ、反転して攻めてくるであろうゲルド族から、  
独力で自分たちを守らなければならない。だが……いずれにしても兵力は絶対的に不足している。  
「城下から脱出した兵力は編入できているか?」  
「やっていますが……大した数ではありません。もともと城下には、あまり兵力を置いて  
いませんでしたし、生き残った者も、多くは主力のいる西に向かったようで……」  
「そうか……」  
 短く嘆息すると、インパはデスマウンテンに目を向けた。  
「やはりゴロン族との連携が必要だな」  
 反転して、南を見る。  
「そして、ゾーラ族とも」  
「ゴロン族とゾーラ族?」  
 隊長が不思議そうな声を出した。  
「彼らはふだん、我々ハイラル王国とは、ほとんど没交渉ですよ。連携などできますかね」  
「しなければならん。それに……できるはずだ」  
 そう、できるはずだ。すでにリンクが彼らを訪れている。精霊石を手に入れる過程で、リンクは  
ガノンドロフの脅威を彼らに伝えているだろう。  
「では……使者を派遣しますか」  
 隊長は素直にインパの言葉に従った。  
「人選を頼む。詳細は私から伝える」  
「承知しました」  
 
 二人の間に沈黙が落ちた。ややためらった末、インパは隊長に問いかけた。  
「ところで、シークのことだが……どんな様子かな?」  
 義勇兵に志願した村人や難民を対象に、村では戦闘訓練が行われていた。インパは隊長に頼み、  
その訓練にシークを参加させていた。こんな幼い少年に……と隊長は驚いたが、他ならぬインパの  
頼みとあって、快く引き受けてくれたのだった。  
「ああ、シークですか。あの子は見どころがありますな」  
 隊長は笑みを漏らした。  
「子供ながら──いや、子供だからこそ、と言いますか──敏捷で、身のこなしが鋭い。短刀や  
石礫を投げる技にかけては、大人顔負けですよ。それに利発で、一度こちらが言ったことは絶対に  
忘れません。ただ……」  
「体力がない」  
 インパは隊長の言葉を引き取った。  
「そう……子供だからしかたがないとも言えますが……それにしても体格が華奢で、剣をとって  
正面から敵と立ち合う戦闘は難しいでしょうな。ですが……」  
 隊長はインパに向き直った。  
「このまま成長すれば、立派な戦士になれますよ。さすがはインパ殿の息子さんだ」  
 インパはその賛辞に答えなかった。  
 成長すれば……か。  
 だが、それを待ってはいられないのだ。  
「隠密行動なら、役に立つかもしれない」  
 冷淡ともとれるインパの言葉に戸惑ったのか、隊長は口を閉じ、気まずそうに下界を見下ろした。  
その目がわずかに見開かれた。  
「おや、訓練が終わったようですよ」  
 インパも下に目をやった。訓練の場所である墓地の方から、大人たちに混じって歩いてくる  
シークの姿が見えた。  
 一人の女がシークに歩み寄り、シークは立ち止まった。  
「あの女は?」  
 隊長は下に目を凝らしていたが、すぐにインパをふり返った。  
「アンジュですよ。ほら、大工の親方の娘で……あの親方は侠気があって、村人のリーダー格と  
して、よくやってくれていますが……娘の方も難民の世話には、ずいぶん力を尽くしてくれて  
います」  
 シークが、いつの間にそんな娘と……?  
 インパの胸に、わけもなく小さな懸念が湧いた。  
 
 
「お疲れさま。お茶にしない?」  
 戦闘訓練を終えて墓地から歩み出てきたシークに、アンジュは声をかけた。数日前、初めて  
シークを誘って以来、この訓練後のティータイムが二人の日課となっていた。  
 シークは頷くと、アンジュのあとについて庭へ入ってきた。すでにお茶の仕度はしてあった。  
二人は庭の隅のベンチに並んで腰かけ、黙ってティーカップを口に運んだ。  
 シークの端正な横顔を、アンジュはそっと見やった。  
 インパの息子ということで、みなに一応の敬意を払われているシークではあったが、陰では、  
いやに目のきつい無愛想な子供だと、批判めいたことを言う者もあった。しかしアンジュは  
そんな意見に与しなかった。  
 寡黙であるのは確かだ。シークの方から話しかけてくることはほとんどない。こちらの問いに  
ぽつりぽつりと答えるのが関の山だ。だが、少ないながらもシークの言葉には知性が感じられたし、  
別れる時には感謝の挨拶を忘れない。それに、きついと言われるその目にも、実は真摯な感情が  
秘められていると、アンジュには思われるのだった。  
 未来を見つめる確かな意志。  
 初めはちょっとした慈悲心だった。最初にお茶に誘ったのも、大人たちに混じって訓練を受ける  
幼い少年に対して、思いやりの手を差し伸べてやらねば、という義務感にも似た思いからだった。  
 でもシークの目を見てから、わたしの中に別の感情が生まれた。そこに共通する純粋な思い。  
表に出ている雰囲気はまるで違うけど……同じ年頃で……  
「シークを見ていると、リンクを思い出すわ」  
 返事を期待してはいなかった。半ば独り言のつもりだった。ところが、  
「リンク?」  
 アンジュが予想もしなかった反応を、シークは返してきた。見開かれた目。驚きのこもった声。  
これほど感情をあらわにしたシークを見るのは初めてだった。  
「リンクを知っているの?」  
 アンジュも驚いて訊ねた。シークは答えず、視線をそらした。  
『また、だんまりなのね』  
 もう慣れてしまった沈黙。しかしアンジュはシークの反応に興味を抱いた。  
 シークのことを知りたい。リンクの話が、その糸口になるのではないだろうか。  
 アンジュは自分の方から、リンクの思い出を語り始めた。  
 リンクがカカリコ村にやって来たのは、ひと月半くらい前だったか。大事な用でデスマウンテンに  
登ると言っていた。コッコ探しを手伝ってもらって、いまと同じようにここでお茶を飲んで、  
ゴロン族の話をして……  
「そうそう、リンクは結婚って何のことなのか、知らなかったわ。おかしいでしょ。変わった  
生い立ちのせいだと思うけど……」  
 そこから記憶が広がってゆく。リンクが発した疑問。子供はどうやったら生まれるのか?   
女の胸がふくらんでいるわけは?  
 そして、わたしはリンクに……  
 浮遊する意識を引き戻したのは、シークの視線だった。  
 こちらを見ている。でも顔じゃない。その目はもっと下に向けられていて……  
 アンジュは気づいた。自分の右手が左胸に軽く触れていることに。  
 あわてて手を引く。  
 相変わらず無言のシーク。何を考えているのだろう。  
 恥ずかしさを隠すつもりもあって、アンジュはシークに話しかけた。  
「シークはリンクと、どうして知り合ったの?」  
 返事はない。アンジュは苛立ちを感じた。  
 どうしてそんなに自分を抑えていられるの? あなたって、ほんとうに……  
「自分のことを話そうとはしないのね。シークがこれまでどんなふうに生きてきたのか、どんな  
経験をしてきたのか、訊いてはいけないの?」  
 言ってしまってから、後悔した。冷静に見えるシークの表情。だがそこには──かすかにでは  
あるが──何かに捕らわれ、何かに苦しむ、そんな翳りが感じられて……  
「お茶をありがとう、アンジュ。また明日」  
 シークは唐突に立ち上がり、ふり返りもせずに庭を出ていった。  
 残されたアンジュは、ため息をついた。  
 ほんの子供なのに、まるで大きな重荷を背負っているかのような……  
 シークのティーカップに目をやる。中身はまだ半分ほども残されていた。  
 
 
 インパと二人で暮らす家へと向かいながら、シークはアンジュの問いと、それに対する秘めた  
答とを、頭の中で繰り返していた。  
『シークはリンクと、どうして知り合ったの?』  
 僕はリンクを知っている。しかしこれまで一度も会ったことはない。インパから話を聞いた  
だけだ。その事情を他人には話せない。僕の使命に関わることだから。  
『シークがこれまでどんなふうに生きてきたのか、どんな経験をしてきたのか、訊いては  
いけないの?』  
 答えたくても答えられない。なぜなら、僕自身、それを知らないのだから。  
 シークは思い出す。  
 初めてインパに会った時、心に大きな空白があった。言葉は話せたし、世間一般の常識、  
ハイラルの地理や歴史などの知識は、しっかりと持っていた。だが、自分自身についての記憶が、  
いっさい失われていた。自分が何者なのか、いつ、どこで生まれて、『どんなふうに生きて  
きたのか、どんな経験をしてきたのか』を、全く覚えていなかったのだ。  
 戸惑う僕に、インパは言った。記憶はいつか戻ると。僕が使命を果たすことができれば、  
すべてを思い出すはずだと。  
 インパが語った、僕の使命。その時の僕には、あまりにも突飛なものに聞こえた。が……  
なぜかそれは、僕の心にすんなりと収まった。自分のなすべきこととして、明快に理解することが  
できたのだ。  
 インパの提案で、僕はインパの息子として行動することになった。シークという名も、その  
部族名にちなんで、インパがつけてくれたものだ。そしてインパとともに、僕はいま、この  
カカリコ村にいる。  
 それはいい。納得している。でも……  
 家に着いたシークは、そのまま自室へ入り、ベッドに身を投げた。  
 さっきのアンジュの──おそらくは無意識の──あの行動が呼び起こした、これまで感じた  
ことのない動揺。  
 下腹部に手を伸ばす。硬く男を主張する器官。  
 胸。女の胸。柔らかく張りつめた、みずみずしい果実。  
 僕はそれを知っていて……それが男に何を訴えかけるかを知っていて……(いつ、どこで僕は  
それを?)……僕はそのとおりにこうやって反応してしまっていて……  
 同時に、別の疑問がシークを苦しめる。  
 アンジュはリンクの話をしていて、あの行動をとった。アンジュに自らの胸を触れさせるような、  
どんなことが、リンクとアンジュの間にあったのか。  
 さらに感じる疑問。  
 リンクとアンジュが何をしようと、僕には全く関係ないはずだ。なのにどうして、二人のことが  
こんなに気にかかるのか。  
 いや……二人ではなく……  
 僕はこの村に受け入れられてはいるが、個人的に好意を示してくれる人は多くはない。  
アンジュはその数少ないうちの一人だ。アンジュとのひとときは、僕にとって日々の安らぎだ。  
だが、いまの僕のこの感情は……アンジュではなく、むしろリンクに向けられていて……  
 リンクはアンジュに何をした? リンクはアンジュのことをどう思っていた?  
 それが気になる。  
 なぜ? リンクには会ったこともないというのに。  
 そう考えるほど、考えている自分の心と、自分の身体──とりわけ、いま股間で滾っている  
器官との間に、相容れない距離を感じてしまう。  
 これが何かは知っている。排泄に使用する器官。生殖行為に使用する器官。こうして勃起する  
ことが、性的な意味を持つことも知っている。この器官を男が女に対してどのように使うのかも  
知っている。  
 でも、なぜ僕にこの器官があるのか。この言いようのない違和感は何なのか。これは失われた  
僕の記憶に関係があることなのだろうか。  
 次々に湧き起こる疑問に苛まれ、シークはベッドに横たえた身体を動かすこともできなかった。  
ただ自らを握りしめ、その快くも異質な感触の起源について、思い惑うのみであった。  
 
 
 王国軍とゲルド族との決戦は、意外にもすぐには起こらなかった。王国軍はハイラル城を  
陥落させたゲルド族の武力を警戒し、対するゲルド族も兵力の絶対量が王国軍に及ばないことを  
自覚して、散発的な小競り合いが繰り返されるだけの日々が続いた。その間に、インパ率いる  
カカリコ村の軍勢は徐々に力を蓄え、ゴロン族やゾーラ族との共闘も形を整え始めていた。  
両部族とも現在の危機については、深刻に憂慮していた。それは確かにリンクの行動が、  
ダルニアやキングゾーラに与えた影響であった。  
 だがついに、ハイラル平原において両軍が正面からぶつかる時がきた。その結果は、戦場から  
脱出してきた将兵たちによって、カカリコ村にもたらされた。  
 王国軍の大敗。  
 人間同士の戦いならば、王国軍もひけは取らなかった。勝敗を決めたのはガノンドロフの  
魔力だった。ガノンドロフ自らが奮う力と、彼の召還した魔物の暗躍によって混乱したところへ、  
獰猛なゲルド族の騎馬隊が突入した。王国軍は壊乱し、全滅に近い打撃を受けた。  
 カカリコ村には一気に緊張した空気がみなぎった。  
 ハイラルに残る王党派の勢力として、ある程度のまとまりを持っているのは、もうカカリコ村  
しかない。ゲルド族はすぐにも攻撃してくるだろう。  
 そんな危機感をみなが抱きながらも、カカリコ村はまだ、共同体としての機能を保っていた。  
戦闘訓練は打ち切られ、義勇兵たちは実戦に向けた種々の任務につけられた。シークもまた、  
物資の運搬、そしてゴロン族やゾーラ族との連絡といった、できる限りの仕事に携わった。  
 シークはアンジュと会う機会を持てなくなり、日課のティータイムも終わりを告げていた。  
たまに村で見かけても、アンジュは婚約者と一緒にいることが多く──しかも二人の間には常に  
緊張した感情のやりとりがなされており──シークは敢えて自己を主張する気にはなれなかった。  
 
 ゲルド族が東に向かう準備を整えた、という情報が村を飛び交い始めた日の夜、家に戻った  
シークは、インパに呼ばれた。このところシークもインパも著しく多忙で、二人きりで話すのは  
久しぶりのことだった。  
 居間の椅子にすわるインパの顔を見た瞬間、シークは緊張した。ただならぬ決意の色が、  
そこには浮かんでいたからだった。  
「これからどうするつもりだ?」  
 いきなりインパが訊いてきた。試すような言い方だ、と感じながら、シークはインパの前に立ち、  
思ったままを答えた。  
「村のみんなと一緒に──母さんと一緒に──ゲルド族と戦います」  
「だめだ」  
 一言のもとにインパは拒絶した。  
「お前には使命がある。それは何だ?」  
「それは……」  
 インパから繰り返し聞かされていた件だった。  
「七年後、十六歳となる日に、時の勇者、リンクが帰還する。リンクの使命は、ハイラルに  
眠る賢者を目覚めさせ、その力を得て、ガノンドロフを倒すこと。そして僕の使命は、  
リンクを助け、ともに戦うこと。リンクが帰還するまでに、賢者の正体、その居所、その  
覚醒方法を探求すること」  
 暗唱するように、シークは言った。思い出そうと努力するまでもないはずのことが、最近の  
切迫した状況の中で、すっぽりと心から抜け落ちてしまっていた。それをシークはひそかに恥じた。  
 インパは頷いた。次いで目を伏せ、低い声で話し始めた。  
「この二ヶ月、私はここで最大限の努力をしてきた。現状ではまだ、ガノンドロフとゲルド族に  
対抗するのは難しいが……それでも私は戦わねばならない。カカリコ村は私の故郷。ここで  
生きる人々のために、私は責任を果たさねばならないのだ。私は……」  
 言葉が途切れる。  
「この戦いで、命を全うできないだろう」  
 インパの顔にかすかな感情が走った。しかしそれはすぐさま、元の冷静な表情の下に隠され、  
厳しい視線がシークの目に向けられた。  
「だが、お前は生き延びるのだ」  
 
 今度はシークが頷く番だった。  
「お前はここを出て、一人で生きてゆかねばならない。そのために必要な最低限の知識と経験を、  
お前はもう持っているはずだ」  
 短い期間ではあったが、戦闘訓練以外にも、インパや他の人々から、シークは種々の  
サバイバル訓練を受けていた。獣の狩り方、その調理方、薬草の探し方、飲料に適した水の選び方、  
天候の見定め方、等々。  
「幼いお前には、酷な生活になるだろうが……それでもお前は生きてゆかねばならないし、  
生きてゆけると私は信じている。わかってくれるな?」  
 再びシークは頷く。  
 酷な生活。いまの僕には想像もつかない。でも覚悟はできている。  
「当分は辺境にひそみ、ひたすら腕を磨け。修行しろ。できるだけ人には会うな。その間、  
カカリコ村へ戻ってくることも許さん。私に何があったとしてもな。そして自信がついたら……」  
 一息置いて、ゆっくりとインパは言った。  
「賢者を探すのだ。リンクが帰ってくるまでに」  
 リンク。  
 シークはその名を胸の中で繰り返した。  
 勇気のトライフォースを持つ、時の勇者。世界に残された最後の希望。  
 リンクを待つ。リンクを助ける。リンクとともに戦う。  
 見たこともない人物でありながら、それは動かしようのない自分の運命なのだ、とシークは  
確信していた。絶対の確信だった。  
 が、同時にシークの胸には、別の感情も湧き起こっていた。  
 リンクという名に喚起された、あの動揺の記憶。  
「質問があります」  
 その解決になるような気がして、シークはかねてからの疑問をインパに向けた。  
「ゼルダ姫はどこにいるのです? 安全な所に身を隠していると、母さんは言いましたが……」  
 インパはすぐには返事をしなかった。哀しみとも慈しみともつかぬ、実に複雑な感情が、  
インパの目には表れていた。  
「ゼルダ様のことは……心配するな。お前とリンクが使命を果たしてゆけば、ゼルダ様は姿を現す。  
お前にもいずれ……わかる時がくる……」  
 漠然としてはいるが、インパの言葉にシークは説得力を感じた。信じられると思った。しかし  
自分の感情の解決には、ほど遠い言葉でもあった。  
「もうひとつ……訊きたいことがあります」  
 恥ずかしさを抑えて、シークはすべてを告白した。身体と心の相容れない距離。それが  
解決しないうちは、使命を果たすのにも支障をきたすような気がして。  
「リンクは……僕にとって……何なのでしょう。そして僕は……僕自身は……」  
 告白は混乱で終わった。  
 今度もインパは黙っていた。沈黙は、先の質問の際よりも、さらに長く続いた。  
「……そういうことか……」  
 やがてインパは呟き、硬い表情で立ち上がった。  
「来い」  
 短く言い、居間を出てゆく。シークはあとに従った。インパは自分の寝室に入り、シークと  
向かい合った。  
「お前に女を教えてやる」  
 インパは着衣を解き始めた。淡々とした事務的な調子だった。シークがその言葉も行為も  
理解できないうちに、目の前には全裸となったインパが立っていた。  
 
「お前も脱げ」  
 そう言ってから、インパは心の中で苦笑した。  
『色気も何もあったものではないな』  
 だが、そうしなければならない。  
 シークの記憶の欠落には意味がある。何がそれをもたらしたのか、インパは知るよしも  
なかったが──神の思し召しといえば、そのとおりだろう──今後、シークが身を守ってゆく上で、  
それが重要な点であることは確かだった  
 だからこそ、いまのシークの中の解離現象は大きな問題だった。肉体的な成長が引き金に  
なったのだろうが……リンクを思うことで自分の存在に疑問を持ち、それが確信に変わって  
しまっては……使命を果たすことができなくなるばかりか、存在そのものが危機に陥るだろう。  
 シークは立ち尽くしていた。こちらの言葉が聞こえていないかのようだった。いや、  
聞こえてはいるが、理解の範疇を超えているのか。  
 インパは微笑み、和らいだ声で言った。  
「お前はこれからも、シーカー族の男として生きてゆく。そのために必要なことなのだ」  
 そう。男として。  
 お前は男なのだ。それをしっかりと認識しろ。  
 シークはゆっくりと服を脱ぎ始めた。白い肌が少しずつあらわになってゆき、やがて全身が  
さらされた。  
 いかにも中性的な、独特の魅力が感じられた。第二次性徴を迎える前の未熟な肉体。  
守備隊長が言ったように、同年代の子供に比べても華奢な体格。しかしおそらくは、それだけの  
理由ではなく……  
 インパは手を差し伸べた。シークが歩み寄り、その手を取る。自分の胸ほどしかない身長。  
インパの両腕はシークの背にまわり、抱き寄せたシークの顔が、大きく盛り上がった乳房の間に  
うずめられる。シークの両手もまた、インパの身体を抱きしめる。  
 二人はそのまま抱き合っていた。  
 やがて身を離したインパの顔を、シークが見上げた。  
「母さん……」  
「インパ、でいい」  
 穏やかにインパは訂正した。  
「いまの私たちは、親子ではない。ただの男と女だ」  
 そういうには、あまりの年齢差。だが、シークが幼すぎるとは、インパは思わなかった。  
解離現象の問題を抜きにしても、シークはすでに目覚め始めている。それに、もう……  
 親子ではないとは言ったが、母のような感情が、ほんとうはある。  
 シークに対しても。『あなた』に対しても。  
 救えるのは、私だけなのだ。すべてを知っている私だけが、シークを男にできる。  
 インパはベッドに入り、シークもその脇に横たわった。  
 横を向いて顔を見合わせ、互いに肩を抱く。  
 顔を寄せ、唇を合わせる。しばらくその感触を確かめたのち、インパの舌はシークの唇を割り、  
歯を、舌を、口腔の粘膜をなぞってゆく。シークの舌もまた、おずおずとそれに反応する。  
 シークの股間に手を伸ばす。発毛の気配もないその場所で、それは幼いながらも欲望を主張して  
いきり立ち、インパの手の中でぴくりと脈打つ。  
『よし』  
 心の中でひそかに頷き、インパは次の過程へとシークを導く。その手を取って、胸に触れさせる。  
張りつめた左右の乳房の表面を往復させ、手のひらを回転させるようにして頂上の突起を刺激させ、  
指でそこを攻めさせる。ひととおり指導したあとで手を自由にしてやると、シークは忠実に  
それまでの行為を繰り返した。  
 
「……う……」  
 インパは思わず声を漏らす。  
 なかなかいい。有望だ。  
 胸をシークの手に預け、舌と唇の交歓を続けながら、手にした男の証に、律動的な刺激を  
加えてやる。  
 シークの息が荒くなる。  
 まだ早い。  
 いったんシークを開放し、仰向けになって、今度はその手を下へといざなう。胸から腹へ。  
そして恥毛の茂るなだらかな隆起へ。  
 しばしそこで休ませてから、さらに下へ、秘めた場所へと誘いこむ。  
 シークの指が、谷間に触れる。ぬ、と湿った音。  
『もう?』  
 インパは驚いた。すでに自分がそうなっているとは……  
 若い頃にはそれなりの経験があったが、しばらく男からは遠ざかっていた。そんな自分が、  
幼いシークを相手に、どれだけ女でいられるかを、実はインパは危ぶんでいた。  
 だが、この調子では……  
 動きの止まったインパの手を脱して、シークが自ら活動し始める。  
 ねばつく左右の唇へと。熱い肉洞のとば口へと。そして感覚の凝結する小さな塊へと。  
「うッ!……うぅ……あ……」  
 予想もしなかった状況に、インパの口からは立て続けに呻きが漏れた。  
 ……そうか……お前は(『あなた』は)……女のその場所を……すでによく知っていたのだ……  
 いいことだ。男として、役に立つ。  
 が、いまはそうも言っていられない。このままでは……  
 拮抗させようと手を伸ばすが、身をずらせて下半身に集中しているシークのそこには届かない。  
そればかりか、シークは余った手を、再び胸へと泳がせてくる。  
「くぅぅ……はあぁッ……!」  
 湿った音が、さらに大きくなってゆく。  
 このままでは……私の方が……  
 頭に軽く手を触れてやる。  
「もう……いい……」  
 両脚を広げる。顔を上げたシークが、問いかけるようにこちらを見る。インパが頷くと、  
ぎこちなく、しかし確かな場所へとシークは移動し、両脇に手をついて、下向きになった  
身体を支える。  
 シークの分身が、自分の中心に自然に触れているのを、インパは感じていた。そのまま  
待ってみたが、シークはそれ以上の動きを示さなかった。  
『やはりな』  
 片手を伸ばし、それをつかむ。さっき以上に、それは熱く怒張していた。  
 そっと包皮を後退させると、意外な容易さで先端が露出した。濡れた粘膜に触れさせる。  
シークの身体がぶるりと震え、喉から短い息が吐き出される。  
 慣れさせるため、手を動かして、先端をひとわたり秘部に遊ばせる。初めての感覚にシークは  
喘ぎ、それでもしっかりと自らを保っていた。  
 その場所で、手を止める。  
「ここだ」  
 胸にやっと届くくらいの所から、シークの視線がインパに向けられる。  
「お前の男を……くれ」  
 手を離す。身体が迎えの体勢をとる。  
「さあ……」  
 
 シークの目が力を持った。と同時に、急激な圧力が加えられ、それはまっすぐにインパの中へと  
突入してきた。  
「んんッ!……んん……ん……ん……!」  
 インパは危うく叫びを抑えた。インパの容積には遠く満たないはずのそれは、しかし明確な  
存在感を持って、膣粘膜を刺激した。  
 満身の力をこめて、インパはそれを受け止め、絞り上げた。それ以上、動かせないようにする  
ためだった。動かされると、一気に達してしまいそうだったから。  
 シークは震えながらも、その圧迫に耐えた。  
 一時の波が去り、インパは筋肉の力を抜いた。  
 シークは動かない。それとも動けないのか。  
『これからだぞ』  
 声には出さず、インパは自ら腰を動かす。ゆっくりと。摩擦の快感を悟らせるために。  
 シークの腰も、ゆるゆると動き始める。  
『そうだ』  
 そのリズムに合わせて、インパも腰を揺らし続ける。  
 リズムが徐々に早くなる。  
『そのまま……男の攻めで……私をいかせてみろ……』  
 背中に腕をまわし、ぎゅっと抱きしめる。  
 シークの顔が豊満な胸に押しつけられる。舌が肌を這い、少しずつ、少しずつ移動して、やがて  
尖った乳頭に到達し、  
「んぁ!」  
 舐め、吸い、噛み、そこに手の、指の攻撃も加わって、  
「……いッ!……おぉッ!……」  
 いまやシークの腰は、激しく、力強く前後し、  
「あッ!……あッ!……あッ!……あぁッ!……」  
 ぱんぱんと音を立ててインパの股間に叩きつけられ、  
「あぁッ!……あぁッ!……あぁッ!……ぅあぁッ!……」  
 粘液がかき混ぜられる響きに合わせて、  
「ぅあぁッ!……ぅあぁッ!……ぅあぁッ!……ぉあぁッ!……」  
 幼くも雄々しい屹立が、中へと、中へと、立て続けに打ちこまれ、  
「ぉあぁッ!……あ……あ……あああぁッ!……」  
 もうそれ以上は不可能な速度で、深々と奥底へ突き刺されると、  
「……い……あ……ぅあ……ああ……くぅッ……」  
 声を喉頭の奥にくぐもらせ、  
「…………あ…………」  
 静かに、厳かに、インパは絶頂した。  
 同時に、精を噴出することのない、しかし確かな男の器官が、インパの中で痙攣し、そして、  
動きを止めた。  
 
 それを中にとどめたまま、自分の上に横たわるシークを、インパは抱きとめていた。  
 平静に戻った声で、インパは短く言った。  
「よくやった」  
 シークはまだ、それに答えられるだけの力を回復していなかった。だがシークは、おのれが  
男であることを立派に証明した。それを自覚することで、シークの自我は救われるだろう、  
とインパは信じた。  
 ぐったりとなったシークの肢体。その右手の甲は、ただ白い皮膚で覆われているだけだった。  
インパはシークの身体に、別の人物の姿を重ね合わせた。  
 これでシークと『あなた』は、真に一体となった。シークの男が、『あなた』を守って  
くれるはず。  
 そして、シーク。お前はもう大丈夫だ。  
 最後に確認しておく。  
「賢者の居所についての手がかりは覚えているな?」  
 シーカー族の伝説。予知を聞いた時、その暗合に驚いたものだ。  
 シークがゆっくりと顔を上げ、かすれた声で言った。  
「五つの神殿……深き森、高き山、広き湖、屍の館、そして砂の女神……そこに五人の賢者が  
関わっている……」  
「それに『光の賢者』、ラウル。合わせて六人だ」  
 ツインローバからひそかに得た情報も加えて、インパは念を押した。  
「神殿の場所は、予想がつくものもあれば、全くわからないものもある。解明はお前の働き次第だ」  
 言葉を切り、インパは自らの中からシークを開放した。  
「頼んだぞ」  
 別離の時が近づいていた。  
 
 インパはシークのために、シーカー族の紋章が描かれた服を用意していた。それを着て旅装を  
整えたのち、シークはインパに別れを告げ、闇に眠るカカリコ村をあとにした  
 インパとの行為が、不思議な落ち着きをもたらしていた。肉体の中に悶々と溜まっていた  
わだかまりが発散されることによって、心の中もまた晴れ渡ったように感じられ、物事を率直に、  
単純に見られるようになった気がした。「シーカー族の男として」というインパの言葉を、いまの  
シークは何のこだわりもなく受け入れることができた。  
 そう。男として。  
 村を出る前、ふとアンジュのことを思い出した。彼女にだけは別れの挨拶をしておこうか、  
とも思った。が、シークはそうはしなかった。明日の運命をも知れぬこの時、アンジュと  
婚約者とが狂おしく確かめ合っているであろう、その愛を、シークは妨げる気にはなれなかった。  
 アンジュへの執着はなかった。心を占めるのはリンクのことだった。  
 それはしかし、以前のような動揺をもたらすことはなく、自分の使命、自分の行く道に、  
ぴったりと寄り添って離れることのない、不動の存在として認識された。  
『君とアンジュを比較するのも奇妙なことだが……』  
 思ってから、シークはひとり微笑した。  
 会ったこともないリンクに、僕は「君」などと呼びかけている。それだけすでにリンクという  
人物は、僕にとって身近なものになったのだ。単に使命の対象としてだけではなく。  
 この関係をどう呼ぶべきなのか。  
 僕たちの間でしか成り立たない関係──と呼ぶほかはない。  
 そんな僕がリンクを思うことに、何の奇妙さがあるだろうか。  
 身も心も、すべてがあるべき所に収まっている。距離もなく、違和感もなく。  
 先に待つ苛酷な生活。それさえも気にならないほどに、おのれの存在を確信できる喜びに  
満たされ、力強い足取りで、シークは夜のハイラル平原を歩んでいった。  
 
 深夜のカカリコ村を徘徊する影が、もう一つあった。  
『どえらいものを見ちまったぜ』  
 不満分子はどこにでもいるものだ。カカリコ村も例外ではなかった。ゲルド族との戦いを  
目前に控え、村に暮らす人々の不安は否応なく増した。自軍の敗色が濃いとなれば、敵に通じて  
生き残ろうとする者がいても、不思議ではなかった。  
 指導者であるインパの秘密が探れないか……と考えたその男は、ひそかにインパの家の屋根裏に  
ひそみ、寝室の様子をうかがっていた。そこで彼が見たものは──  
 これが明らかになれば、インパの権威は確実に失墜する。この情報をゲルド族に売ることが  
できたら……ずっと村でつまはじきにされてきた俺に訪れた、一発逆転のチャンスかもしれない。  
 卑しげな笑いを浮かべながら、男は闇の中に消えていった。  
 
 
To be continued.  
 

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