カカリコ村に迫ったゲルド族に対して、インパが取った戦略は、「勝つことよりも負けないこと」  
であった。ゲルド族とて兵力は無限ではない。会戦には出ず、ひたすら防御に徹して長期戦に  
持ちこみ、機を見て攻撃を加え、少しずつ敵の戦力をそぐ。劣勢ではあっても、ゲルド族の  
対抗勢力としてカカリコ村が生きながらえることができれば、状況に変化も生じるだろう、という  
期待からだった。  
 この戦略は功を奏した。カカリコ村は両側を山にはさまれ、攻めるにはハイラル平原に面した  
狭い範囲から接近するしかない。村の王党軍はそこに防御力を集中して、騎馬で押し寄せる  
ゲルド族を果敢に迎え撃ち、村には一歩も踏み入れさせなかった。  
 王党軍と正面戦を繰り広げるゲルド族を、北の側面からゴロン族が攻撃した。デスマウンテンの  
急斜面を転がり落ちるような速さで到来するゴロン族は、数では劣っても、雄渾な体格と無限の  
体力、そして旺盛な戦意で、ゲルド族をしばしば悩ませた。またゴロンシティは軍需基地となり、  
ゴロン刀や爆弾をはじめとする種々の武器が大量に生産され、王党軍に供給された。  
 水を離れられないゾーラ族は、戦場での活動を期待されてはいなかったが、彼らなりの貢献を  
した。それは主として、新たに切り開かれた山道を介しての、生活物資──食料としての魚類など  
──の補給であり、ゾーラ川を改修することでカカリコ村への分水も行った。時には、堰き止めて  
おいたゾーラ川の水を一気に放流して、ゲルド族の宿営地を洪水にまみれさせることさえあった。  
 戦況は膠着した。  
 
「開戦から三ヶ月が経ったが……」  
 夜、本営となっているカカリコ村の自宅で、テーブルの前に坐した王党軍の幹部ら数人を前に、  
インパは口を開いた。  
「ここまでは、ほぼ我々の思惑どおりにことが運んでいる。問題はこれからの方針だ。  
思うところを聞かせて欲しい」  
 まず応じたのは守備隊長だった。  
「我々は籠城している状態です。このまま膠着が続けば、いずれこちらの補給は尽きる。  
ゲルド族を退かせるために、攻勢に出るべきかと思いますが」  
「補給は大丈夫じゃないのかい。ゴロン族とゾーラ族が助けてくれてるんだ」  
 大工の親方が、くだけた口調でさえぎった。  
「彼らの補給が永久に続くわけではない。いまでさえ、かなり無理をして助けてくれて  
いるんだからな」  
 守備隊長の反論に、親方の苛立ったような声がかぶさった。  
「じゃあ攻勢に出て、あいつらに勝てるあてがあるのかい。反撃されて潰されたら、村は  
一巻の終わりだぜ」  
「お父さん……」  
 折からみなに飲み物を運んできた若い女が、興奮する親方をそっと制した。インパは女に  
目をやった。  
 親方の娘──アンジュだったな。  
 別の男が咳払いをした。ハイラル平原の決戦で敗れ、カカリコ村へ退却してきた騎士の  
一人だった。インパは目で騎士を促した。  
「気になるのは、敵陣にガノンドロフの姿が見えないことです。奴のいないゲルド族は、  
ほんとうのゲルド族ではない。なにしろ……」  
 騎士の顔が悔しげにゆがんだ。  
「あの決戦では、ガノンドロフ一人にやられたようなものでしたから」  
「だからこそ、奴がいない現在が、攻勢の機会なのでは?」  
 守備隊長は言ったが、騎士は首を振った。  
「いつガノンドロフが敵陣に加わるか、わかったものではありません。攻勢に出るのは  
時期尚早だと思います。もっと敵の内情を探るべきです」  
 
 ガノンドロフの不在は、インパにとっても疑問だった。  
 カカリコ村など、手下のゲルド族だけで充分だと思っているのか。あるいは一局地戦よりも  
さらに重要な優先事項が、ガノンドロフにはあるのか。  
 ゼルダの顔が脳裏に浮かぶ。  
 トライフォースの奪取。ガノンドロフの目的はそれだ。そのためにガノンドロフは、何らかの  
行動を取っているのだろうか。  
 いずれにせよ、三ヶ月も攻めあぐねていれば、ガノンドロフ本人が腰を上げてカカリコ村攻撃に  
乗り出す可能性は大いにある。  
『もう少し様子を見るべきか』  
 インパが結論を出そうとした時、家の戸が開いた。兵士が一人、息を切らして立っていた。  
何ごとか、と問う前に、兵士は興奮した声で言った。  
「ゲルド族が撤退していきます!」  
「何だって!?」  
「本当か!?」  
 みなが一斉に立ち上がり、一様に意外そうな声を発した。  
「確かめてきます」  
 いち早く守備隊長が身体を動かし、兵士とともに、夜の闇に沈む戸外へと出て行った。  
 どういうことだろう。  
 インパの脳は目まぐるしく回転した。  
 こちらにとっては実に好都合だ。危険を覚悟で攻勢に出るまでもなく、ゲルド族の攻撃から  
解放されるとは。もちろん戦いがこれですべて終わるとは思えないが、一時的にではあれ危地を  
脱したとなると、今後の展開に望みが出てくる。だが……  
 守備隊長が戻ってきた。  
「ほんとうです。敵は陣を払いました。村の前面には、もうゲルド族はいません」  
 あちこちで安堵のため息が漏れ、小さな笑い声さえ聞かれた。  
「ひと安心だな」  
「ここまで頑張った甲斐があったぜ」  
 インパは楽観にひたれなかった。  
 何かある。そういう気がしてならない。それが何なのか、全く想像もつかないのだが。  
「ゲルド族がいなくなったってことだが……」  
 背が高く逞しい半裸の人物が、開いたままの戸から、首をすくめて入ってきた。ゴロン族の  
族長であるダルニアだった。  
「もしそうなら、麓にいる仲間を、いったんゴロンシティに帰してやりてえんだが、かまわねえか?   
あいつらも、もう長いこと戦場に居続けなんでな」  
 ダルニアはインパに向かって言った。インパは少し迷ったが、  
「いいだろう。だが、いつでも戻ってこられるようにはしておいてくれ」  
 と答えた。ダルニアは頷くと、外にいた仲間の一人に小声で指示を出し、自分は家の中に  
とどまった。  
 インパは場の全員に聞こえるように言った。  
「敵は退いた。当面は安全となったようだ。しかし油断はできない。みんな気を抜かず、任務を  
果たしてくれ。新たな情報が入ったら、また方針を話し合おう」  
 一同は声を合わせて了解の返事をし、外へと出て行った。  
 ダルニアだけが、その場に残った。  
 
「あんたと……ちょっと話がしてえんだが……」  
 なりに似合わぬ、おずおずとした調子で、ダルニアが言った。インパは手近な椅子に腰を下ろし、  
手で向かいの椅子を勧めた。ダルニアは窮屈そうに身を縮め、そこにすわった。  
 そのまま下を向いて黙っている。しばらく待ったが、沈黙は尽きそうもない。緊張をほぐす  
意味もあって、インパは自分の方から口を切った。  
「いろいろと世話になるな」  
「あ?……ああ……」  
 別のことを考えているような、生返事だった。インパは言葉を継いだ。  
「かつてゴロン族も、ガノンドロフには苦しめられたと聞いたが……いまはどんな具合だ?」  
「……うむ……鉱石の方も食料の方も、いまは問題なしだ。ドドンゴの洞窟が元の状態に戻った  
からな。まったく……あいつのおかげさ……リンクの……」  
 そこでダルニアは顔を上げた。  
「話ってのは、そのリンクのことなんだ」  
 真剣で、心配げな表情だった。が、それ以上の何かがあるようにも、インパには感じられた。  
「あいつは王家の使者としてゴロンシティに来た。あんたはゼルダ姫の乳母だそうだが……王家の  
関係者なら、リンクがいま、どこでどうしているのか、知らねえか?」  
 インパは答に窮した。  
 リンクに対するゴロン族の評価はきわめて高い、とは聞いている。ダルニアがリンクを気に  
かけるのも当然だ。だが、リンクが光の神殿に封印されていることを、ダルニアに明かしてよい  
ものかどうか、インパにはためらいがあった。ダルニアを信頼しないわけではないが、賢者を  
めぐる情報を表には出したくない。シークの身の安全にも関わる。  
「リンクをあなたのもとへ送り出したのは、ゼルダ様と私だが……そのあとは、私たちが城を  
抜け出した時に、ちらりと見ただけだ。いまリンクがどうしているのか、私は知らない」  
「そうか……」  
 虚実を取り混ぜたインパの返事に、ダルニアは大きく嘆息し、また面を伏せた。  
 しばしの沈黙をはさんで、ぼそぼそとダルニアが言い出す。  
「あんな小僧っ子が、と自分でも思うんだが……この苦境に、あいつがいてくれたら……ちっとは  
──いや……大いに、心強いんじゃあねえかと……」  
 ダルニアの表情が、苦しげに、と同時に、懐かしそうに崩れる。  
「あいつはよ……どう言ったらいいのか、俺にはよくわからねえが……あいつは……『いいやつ』  
なんだ。一緒にいて、気持ちがよくて……こっちも力が湧いてくる、っていうか……」  
 ダルニアの言いたいことが、インパにはよくわかった。  
 いいやつ。  
 リンクのことを、よく言い表している。だがダルニアのリンクへの思いは、それにとどまらない  
ようだった。  
「俺はよ……あいつが気になって……あいつのことを考えると……なぜか知らねえが、こう……  
胸が……苦しくってよ……ちくしょう、変だろ、俺って……」  
 ぷいとそっぽを向き、最後を自嘲で締めくくったダルニアの顔は、真っ赤に染まっていた。  
 まるで恋する乙女のようだ、とインパは思った。  
 まるで、というのはあたらないか。ダルニアはれっきとした女なのだから。  
 ゴロン族の族長は女である、という驚くべき事実は、すでにカカリコ村では周知のこととなって  
いた。しかしそれはあくまでも「公然の秘密」の範疇であり、それを話題に出すこと、あまつさえ  
ダルニア本人にその話題を向けることは、ゴロン族の習慣を重んじて、絶対のタブーとされていた。  
 だが……私よりも年上であろう、この年配で、年端もゆかないリンクに対して、恋に身を焦がす  
とは……しかも自分が恋していることに気づいていない?  
 それをおかしいとは、インパは思わなかった。  
 理由こそ違え、シークと交わった私だ。ダルニアの心情を、奇妙だとも滑稽だとも思わない。  
 
 インパはダルニアの混乱を察し、話題を戻すつもりで、自らのリンク評を端的に述べた。  
「正直だ。リンクは」  
 ダルニアは、ふっと笑った。  
「正直すぎるくらいにな」  
 何かを思い浮かべているようだった。  
「無鉄砲でもある」  
 むきになって立ち合いを挑んできたリンクを、インパは思い出していた。  
「ちげえねえや」  
 ダルニアの顔のほころびが大きくなる。  
「だが、勇敢だ」  
 ハイラル城の塔の上で見得を切ったリンクの顔が、脳裏によみがえる。  
「あんた、よくわかってるじゃねえかよ」  
 インパに視線を向け、ダルニアは声を出して笑った。  
「そうなんだ。あいつは勇敢で……そう、『勇者』さ。あの伝説のマスターソードだって、  
あいつなら引き抜けるんじゃねえかと思うくらいだぜ」  
 インパは驚きをもってダルニアを見つめた。それはダルニアが期せずして真実を言い当てたから  
だけではなく、ダルニアにそれだけの印象を残すほどリンクは腕を上げたのか、と疑問に思った  
からだった。  
 確かに、マスターソードを手にすることができたリンクには、勇者の資格があると言えるだろう。  
ゼルダもリンクのことを「時の勇者」と呼んだ。ただ私の知る範囲では……  
「勇者というが、私が城でリンクと立ち合った時は、まだまだの腕だった」  
「何だと?」  
 ダルニアの顔が硬化した。  
「リンクの腕は大したもんだぞ。ドドンゴの洞窟でのあいつの戦いぶりを、あんたに見せて  
やりたかったぜ」  
「ほう……じゃあ、聞かせてくれないか」  
 声を荒げるダルニアをいなすように、しかし心に期待を抱いてインパは言い、椅子から  
立ち上がった。  
「それを肴に、一杯やろう」  
 インパが差し出したグラスの酒をぐいとあおると、ダルニアは熱をこめて、ドドンゴの洞窟に  
おけるリンクの活躍を語り始めた。  
 インパの期待は裏切られなかった。  
『リンク、お前の勇気は、立派にお前自身を育てていたのだな』  
 リンクをめぐる二人の会話は、さらに続いた。真夜中を過ぎる頃になって、眠気を覚えた二人は  
ようやく話をやめた。連絡を仲間に任せていたダルニアは、インパの勧めに従い、翌朝まで  
カカリコ村にとどまることを承知した。体格を慮って、インパはベッドをダルニアに譲り、自分は  
ソファの上で横になった。  
 灯りを消し、暗闇となった部屋の中で、ダルニアの声が聞こえた。  
「リンクは、生きてるよな……いつか俺たちの前に、また現れるよな……」  
「……そうだな」  
 いま言えるのは、それだけだった。が、七年後に帰還する勇者の成長を信じ、インパの心は  
暖かいものに満たされていた。  
 
 
 目が覚めた。  
『いまのは……?』  
 自分の目を覚まさせたものが何なのか、確かめようと記憶を探る暇もなく、それは再びインパの  
身体を震わせ始めた。  
 身体だけではない。椅子や、テーブルや、部屋の中の物がすべて……いや、この家そのものが……  
「地震か」  
 緊張した声がした。ダルニアも気づいたのだ。  
「そのようだな。だがこれは……」  
 活火山デスマウンテンの麓にあるカカリコ村では、地震は珍しくない。しかし、この振動は……  
いつもとはどこか違って……  
 いきなり家が大きく揺れ、インパはソファから床へ転がり落ちた。  
「こりゃ……でかいぜ」  
 ダルニアの声にも狼狽の色が混じった。  
 激しい振動がひとしきり家を揉み、テーブルから落ちた瓶やグラスが割れる音、窓が  
揺さぶられて発する耳障りな音が、しばらく続いた。  
 生じた時と同様に揺れが突然おさまり、室内の音も絶えたかと思われた時。  
 耳を刺すような金属質の音をたてて窓ガラスが砕け散り、急激な空気の流れが部屋に躍りこんだ。  
『衝撃波?』  
 と思う間もなく、  
 ドオオォォ……ンンン……!!!  
 と、全身をぶん殴るような大音響が、戸外から伝わってきた。  
 インパとダルニアは、闇の中で顔を見合わせた。  
 何の音なのか、すぐにはわからなかった。が、驚愕に表情をゆがませたダルニアの、  
「山が……」  
 という呟きが、インパにもその音の正体を悟らせた。  
 家の戸が激しく叩かれた。叩く者の切迫した感情を表すかのような、急な連打だった。  
 戸を開けたインパの前に立っていたのは、アンジュだった。  
「インパ様!……山が……デスマウンテンが!……」  
 恐怖に顔を引きつらせているアンジュを押しのけて、インパは外に走り出た。すぐあとから  
ダルニアも続いた。  
 デスマウンテンをふり仰ぐ。  
 信じがたい光景だった。  
 血のような毒々しい炎の帯が、急速に回転しながら山頂を取り巻いていた。その炎に照らされて、  
デスマウンテンの輪郭が、くっきりと闇の中に浮かび上がり、山頂からは白い光跡が、あとから  
あとから噴き上がっていた。  
 ひゅうううぅぅぅぅ……  
 と笛を吹くような甲高い音が、空から近づいてきた。  
「危ねえッ!」  
 インパはダルニアに突き飛ばされた。直後、そこには自分の身体ほどもある大きな石塊が落下し、  
鈍い轟音をたてて地面にめりこんだ。まわりの空気がゆらめき、石塊が高温を発していることが  
うかがわれた。  
 火山弾だ!  
 いまや笛の音は無数の合奏となって上空を飛翔し、石塊が次々に村へと着弾し始めた。  
 地面に。石畳に。家々の屋根に。  
 それはカカリコ村の象徴である風車にも命中し、羽根が一本、無惨にもぎ取られた。  
「外はやばい!」  
 ダルニアがアンジュを家の中に引っぱりこんだ。インパも立ち上がり、家へと駆けこんだ。  
 
 屋根に火山弾が衝突する音が、ひっきりなしに響いた。家の中にいれば、とりあえず直撃は  
避けられる。だが屋根がいつまでもつかはわからない。  
 不安を抑えて、インパは訊いた。  
「デスマウンテンがこんな大噴火を起こしたことがあったか?」  
「ねえよ」  
 最も知識があるはずのダルニアが、言下に否定した。ダルニアは、ガラスがすべて抜け落ちて  
空白となった窓のそばに立ち、緊張の面持ちで、デスマウンテンの頂上を注視していた。  
「村にまで火山弾が落ちてくるような噴火なんて、これまでになかったわ」  
 アンジュも声を震わせながら言った。  
 どうして、いま、こんな時に……  
 ある予感を得て、インパが考えを敷衍させようとした、その時。  
「あれを見ろ!」  
 ダルニアが叫んだ。インパとアンジュは窓に駆け寄った。  
「……!!」  
 インパは絶句した。  
 デスマウンテンの山頂に、赤い光の塊が盛り上がっていた。見る間にそれは、山頂の縁を  
乗り越え、太い帯となり、山の傾斜に沿って、だらだらと流れ落ち始めた。  
 熔岩流!  
「こっちへ来るの!?」  
 アンジュの声は悲鳴に近かった。  
「いや……」  
 インパの見たところ、熔岩流は東の谷の方へと滑ってゆくようだった。カカリコ村を直撃する  
ことはないだろう。けれども、あの方向は……  
「シティだ!」  
 ダルニアが大声をあげた。  
 そうだ。あの方向にはゴロンシティが……  
「やめろ! 危険だ!」  
 身をひるがえそうとするダルニアを、インパは制した。しかしダルニアは、  
「族長の俺が仲間を見捨ててはおけねえ。行かんきゃなんねえんだ。あとは頼むぞ!」  
 と言うが早いか、いまだ火山弾が降りしきる戸外へと飛び出していった。  
 インパも外に出た。ダルニアはすでに登山口へと全速で突っ走っていた。あとを追おうとする  
インパの前に、守備隊長が走り寄ってきた。  
「いま村の被害を調査中です。インパ殿、対応策を!」  
 いつも落ち着いている隊長の顔が、いまは頼りなげにこわばっていた。インパは隊長に、まず  
人々を安全な場所へと避難させたうえで、死傷者の有無と数を確認するよう命じた。隊長が  
駆け去ったあと、インパは先ほどの予感を再び記憶にのぼらせた。  
 どうして、いま、こんな時に……なんと間の悪い偶然か……  
 偶然?  
 インパは思い出した。  
 ゲルド族の撤退。その理由が、噴火を避けるためであったとしたら?  
 やつらは噴火を予測していて……いや、噴火そのものがやつらの仕業で……  
 ガノンドロフ! 奴の魔力!  
『とすると……』  
 ダルニアが危ない。噴火だけではなく、ガノンドロフの手が迫っている。だが……  
 インパの心は引き裂かれんばかりだった。  
 私には、ここでしなければならないことがある……  
『どうか無事で……』  
 デスマウンテンを見上げる。が、見通しがきかない。空気が濁っている。  
 奇異に感じたインパの顔に、生暖かい風が吹き寄せた。頬にざらついた感触が残った。  
 カカリコ村に大量の火山灰が舞い降り始めていた。  
 
 登山道は、すでに道ではなかった。  
 崖が崩れ、火山弾が積み上がり、平坦な場所などなくなった地の上を、ダルニアは飛ぶように  
駆けた。降り注ぐ火山弾を、大きいものは避け、小さいものはそのまま身に受けながら、  
ダルニアは休むことなくゴロンシティを目指した。乱れ飛ぶ火山灰によって視界はほとんど  
閉ざされていたが、長年デスマウンテンで暮らしてきた者としての勘で、ダルニアの足は確実に  
元の道筋をたどっていた。  
 途中で夜が明けたはずだったが、空は一面、火山灰と噴煙に覆われ、日の光はほとんど届かず、  
まるで夜がいつまでも続いているような暗さだった。  
 道のりの三分の二ほども来たかと思われる地点で、ダルニアの足は止まった。  
 そこから先に、地面はなかった。  
 大きくふり仰いだ先に見えるデスマウンテンの山頂から、灼熱の熔岩流が滝のように流れ下り、  
そこにあったはずの道も崖も、その流れの中に没し去っていた。熔岩流は途切れる気配もなく  
山頂からあふれ続け、東側の谷は一面、真っ赤に煮えたぎる熔岩の海と化していた。  
 全身を炙る激しい熱に耐え、ダルニアはそこに立っていた。  
 ゴロンシティは……仲間たちは……  
 最悪の予感。  
 身を切り刻まれるような苦痛を覚え、きりきりと歯ぎしりながらも、ダルニアは先に進むのを  
あきらめざるを得なかった。  
 その時。  
 熔岩の海がどっと割れ、巨大な生物が飛び上がった。  
 竜!  
 視界に捕らえきれないほどの長い体を踊りくねらせながら、竜は熔岩流を背景に宙を舞った。  
表面は硬い凹凸を示す赤黒い鱗に覆われ、頭には醜くねじ曲がった二本の角が伸び、その後方には  
熔岩と同色の真っ赤な炎が髪の毛のようにたなびいていた。碧色に輝く両眼がこちらに向けられる。  
優雅ともいえる巧みさで竜は方向を転換し、ダルニアに迫った。顔面を二つに裂く勢いで、大きく  
口があけられる。  
 ダルニアはとっさに身を伏せた。その直上を、竜の口から放たれた炎の帯が疾走した。  
 直撃は免れたが、ダルニアの皮膚はちりちりと燃えた。  
 竜はいったん行き過ぎたが、またもや空中で複雑に身をねじらせ、再度ダルニアに向かって  
突進してきた。  
 このままではやられる。それに先に行けないとあっては、もうカカリコ村に戻るしかない。  
 ダルニアは山を下ろうとして身を起こし、向きを変えた。が、足はそこから動かなかった。  
 目の前の空中に、ガノンドロフが浮いていた。  
 
「かまうな、ヴァルバジア」  
 感情をまじえない声で、ガノンドロフが言った。いまにもダルニアを呑みこまんばかりに  
接近していた竜は、不意に向きを変え、上空へと躍り上がった。  
「久しぶりだな」  
 冷ややかな声が、今度はダルニアに向けられた。ダルニアはガノンドロフを睨みつけた。  
『炎の精霊石』をめぐる会見で、二人はすでに顔を合わせていた。その時の嫌悪感は、いまでも  
忘れていない。  
「何しに来やがった!」  
 ダルニアの怒りの叫びにも、ガノンドロフは表情を変えなかった。そこには不敵な笑いが  
浮かんでいた。  
「お前らの往生際が悪いのでな。かたをつけにやって来たぞ」  
 かたをつける?  
「この噴火は、てめえの仕業か?」  
 ガノンドロフが右手の人差し指を立て、くいと曲げた。上に漂っていた竜が、ガノンドロフの  
頭上まで舞い降り、そこで静止した。  
「火山の奥深くに眠っていた邪竜を、ちょっと起こしてやっただけのことだが、なかなか壮観な  
見ものになったな」  
「この野郎!」  
 思わず悪態をついたダルニアだったが、心が震えるのをどうしようもなかった。  
 邪竜を復活させ、火山を噴火させる。これがガノンドロフの魔力……  
 それだけではない。空を飛び交う無数の火山弾が、なぜかいま、ガノンドロフと自分のまわりに  
は、ただの一つも落ちてこない。目に見えない結界でも張られているのだろうか。  
 それに、重力を無視して空中に浮くガノンドロフの身体。この男の魔力とは……  
「降りて来やがれ!」  
 気を奮い起こして、ダルニアは吼えた。  
 ガノンドロフはゆっくりと地面に降り立った。  
 ダルニアは意外だった。自分の挑戦に、相手が簡単に応じるとは予想していなかった。  
 だがこいつがその気なら、思う存分ぶちのめしてやる。腕力なら負ける気はしない。  
 咆哮をあげて、ダルニアはガノンドロフに躍りかかった。重い音をたてて二つの肉体が衝突した。  
ガノンドロフが数歩下がる。ダルニアは相手の胴に手をかけ、前に寄り進んだ。ガノンドロフが  
じわりと崖の際へと押しやられる。  
 そこまでだった。足に根が生えたように、ガノンドロフの身体は動かなくなった。腕の位置を  
変え、地面に叩きつけようと力をこめたが、相手はびくともしない。  
「力は、さすがだ」  
 ダルニアをがっしりと受け止めたまま、ガノンドロフが言った。平静そのものの声だった。  
次いで口の端がつり上がり、あの邪な色調に満ちた言葉が発せられた。  
「女だてらに」  
 ダルニアの胸はどきりとした。瞬間、身体に激しい痛みとしびれが走り、  
「うあぁッ……あッ……」  
 苦痛の呻きを漏らして、ダルニアは倒れ伏した。  
 腕力ではない。自分にはうかがい知れない、未知の力による攻撃だった。  
「……汚えぞ……真っ向から……勝負しやがれ……」  
 必死に絞り出す言葉を、しかしガノンドロフは、邪悪な笑みを浮かべたまま、ひとことで  
あしらった。  
「くだらん」  
 ガノンドロフが指で合図した。竜は再び上空へ飛び上がり、そこで身をひるがえすと、熔岩の  
中へ沈んでいった。代わりにガノンドロフの背後から、箒に乗った二人の老婆が、湧き上がる  
ように姿を現した。  
 
 意志に反して身を動かせないダルニアの上を、二人の老婆はくるくると飛び回った。  
「見えますね、コウメさん」  
「見えますよ、コタケさん」  
「炎の神殿はデスマウンテンにある」  
「だからそこに住むゴロン族の中にいるだろうと……」  
「とりわけその親分が怪しいと……」  
「思ってはいたけども」  
「間違いないね」  
「間違いない」  
「「こいつが『炎の賢者』だよ」」  
 耳障りな声のやりとりが、最後には一つに重なって、ダルニアの耳に届いた。  
 デスマウンテンの神殿のことは知っている。ゴロン族の聖地とも言える場所だ。だが、賢者とは?   
いったい何のことだ?  
 疑問にひたる時間はなかった。ガノンドロフが眼前に歩み寄ってきた。  
「てめえら……ただじゃおかねえぞ……いまにシティの仲間が、ここへ……」  
 しびれて固まった身体を恨めしく思いながらも、何とか顔だけはガノンドロフに向け、なお  
戦意を失うまいと自らを励まして、ダルニアは言った。  
「ホーーーーホッホッホッ! 仲間だって!」  
「ヒーーーーヒッヒッヒッ! 仲間だとさ!」  
 二人の老婆の奇怪な笑いが響き渡った。  
「おめでたい奴だねえ」  
「ゴロンシティは、とーっくに熔岩に呑まれてしまったよ」  
「お前さんの仲間も、みーんな熔岩に溺れてしまったよ」  
「ゴロン族は滅びたんだ」  
「誰も生きちゃいないんだ」  
「残っているのは」  
「「お前ひとりだけなのさ」」  
 やはり……  
 予想はしていたものの、老婆たちの明確な言葉は、ダルニアを打ちのめした。全身の力が抜け、  
意識しないうちに、がっくりと頭が垂れていた。  
 ゴロン族全体が一瞬にして全滅とは……  
 のろのろと首を上げ、その恐るべき敵を見上げる。  
 暗く燃え盛る目。唇に宿る冷酷な笑い。  
 ガノンドロフの片足が上がり、ダルニアの頭を踏みつけた。  
「ぐッ!」  
 顔が硬く熱した地面に押しつけられた。鼻の軟骨が割れ、鼻腔に生暖かい血液があふれた。  
土砂が口の中にめりこみ、歯の折れる音がした。  
 足が離れ、代わって大きな手が、後ろからダルニアの首を持ち上げた。かすんだ視野に相手の  
表情を確かめる暇もなく、ダルニアの顔は再び地面に叩きつけられた。  
 もう声も出なかった。  
 
 後ろから腰に両手がかけられ、尻が持ち上げられた。ぬらぬらしたものが、肛門に押し  
当てられた。  
「『兄弟の契り』とやらを結ばせてもらうか」  
 嘲るような声に、ダルニアの意識は引き戻された。  
 ──てめえなんぞと! ゴロン族の崇高な行為を貶めることは許さねえ!  
 だが身体は動かなかった。  
 必死に絞る括約筋を割って、硬い肉棒が侵入してきた。  
 使い慣れた場所ではあったが、族長となって以来、他者に契りを施すことはあっても、自分が  
他者を受け入れることはなくなっており、久しくその感覚を忘れていた。それに侵入者の巨大さが  
加わって、ダルニアの肛門は灼けるように痛んだ。  
 ダルニアの苦悶を一顧だにせず、ガノンドロフは最初から激しく腰を動かし、巨茎は直腸の中で  
踊り狂った。  
 ──ちくしょう……族長の俺が……こんな奴に……  
 自らを罵りながら、ダルニアは反撃のために全身の力を集中させようとした。が、それは無益な  
試みだった。  
 ──契りを穢されて……それでも俺は……何もできずに……  
 そこで気づいてしまった。崇高なはずの『兄弟の契り』。しかしそれを崇高なものと見なす  
ゴロン族自体が、もうこの世には存在しないのだった。  
 ダルニアの心は折れた。  
 心身ともに脱力したダルニアの肛門を、ガノンドロフは延々と犯し続けた。その意思に  
かかわらず、物理的な粘膜の摩擦は否応なくダルニアに快美感をもたらし、屈辱にまみれたまま、  
ダルニアは絶頂させられた。  
 
 肛門から陰茎が引き抜かれる感触を、消えかかる意識がとらえ、ダルニアは小さく息をついた。  
心をひたす敗北感の中にも、やっと終わったという安堵が生まれた。  
 だがそれで終わりではなかった。  
 抜かれた陰茎は全く硬度を失っておらず、そのまま前方へと滑っていった。  
 女の部分。  
 膨張した亀頭が、粘液にまみれた秘裂をこすり上げ、親指ほどに勃起した巨大な陰核と  
触れ合った。  
「あぅッ!」  
 契りの際には男として使ってきた器官だ。他者に触れるのは初めてではない。ところがいまは  
なぜかその接触が、これまで感じたことのない新鮮な快さとなって、ダルニアを襲った。  
「あ……あ……あ……ああ……」  
 長大な陰茎が前後するたびに、雁首に陰核が引っかかり、そのつど小さな衝撃をもたらした。  
陰茎の背面が濡れた陰唇を強く圧迫し、ぬちゃぬちゃと淫らな音を発した。  
 圧迫が消えた。  
 と思う間もなく、陰茎の他の部分──その先端が、膣口に押しつけられた。  
「やめろ……」  
 絶対に受け入れられないこと。それを意識して凍りついたダルニアの拒絶の言葉は、しかし  
弱々しく口から漏れ出ただけだった。依然として身体は言うことをきかなかった。  
 それは情け容赦なく突入してきた。処女膜を引き裂き、これまで何者をも迎えたことのなかった  
膣を、みっしりと埋め尽くした。  
「かッ!!!」  
 激痛。  
 ダルニアの口は大きく開かれ、喉からは声にならない空気音が噴き出した。  
 
 ガノンドロフの動きが止まった。  
 上半身が前傾してくる。耳元で声がした。  
「お前の女をもらったぞ」  
 頬が、かっと熱くなった。  
 ──こんな奴に……「男」の誇りだけじゃなく……俺の最後の……最後の……  
「やめろ……」  
 それしか言えない。もう遅すぎる拒絶。そして……  
 ガノンドロフがゆっくりと剛直を引き、再びじわじわと攻めこんできた。  
「ひッ……」  
 痛みとともに、未知の感覚が下半身を走った。  
 生まれて初めて味わう、膣の快感──そう、快感!  
 自分はいま、犯されている。  
 女として。  
 女として。  
 ダルニアの脳の中で、その言葉は、木霊のように反響した。  
 並はずれた体格ゆえに、子供の頃から女と見られたことがなかった。女を捨て、男として  
生きるしかなかった。ゴロン族の一員となって、やっと自分のあるべき姿がわかったと思った。  
ところが、それがまやかしであるということを思い知らされる時がきた……  
 ガノンドロフ。  
 あの会見の時、すでにこいつは俺に欲望を燃やしていた。俺は吐き気を催すような嫌悪感を  
いだき、同時に……喜びを感じていた。  
 女と見られる喜び。  
 いま、俺はこいつに犯されている。女として。  
 屈辱と嫌悪の中に、ひそかに、だが明白にある、この喜び。  
 そう感じること自体がおぞましい。でもそれを否定することはできない。  
 ガノンドロフが再び、膣の中で陰茎を前後させた。先よりも速く、乱暴な動きだったが、  
ダルニアを襲ったのは、痛みよりも快感が主であった。  
「あああぁぁ……あぁ……んん!」  
 思わず口から漏れる声。ダルニアは驚いた。  
 女の声だった。  
 ──こんな声を……俺が……  
 いったん女になってしまうと、もう元には戻れなかった。ガノンドロフはもはや斟酌せず、  
急速にダルニアを突きまくった。ダルニアは痛みも忘れ、ひたすら膣をえぐられる快感を味わった。  
口からは続けざまに甲高い女の悲鳴がほとばしった。  
 ガノンドロフの両手が背後から胸に回った。下を向いても垂れる余地のない、乳房とも呼び  
がたい貧しいふくらみの中心で、しかしそこだけは硬く隆起している部分を、ガノンドロフの指が  
とらえ、陰湿な攻撃を開始した。  
「あんッ!」  
 身体がびくんと震える。秘部と胸への二重の刺激に、女の意識がさらにかき立てられる。  
「この程度の胸でも感じるのだな」  
 ガノンドロフの言葉に、心は反発する。けれどもそれは、女としての自分を揶揄することへの  
反発と気づき、ダルニアは改めて、自分が女であることを思い知る。  
 ──いいんだ……女でも……  
 気が遠くなるほどの快感の中で、ダルニアはそれを肯定した。それが本来、あるべき姿  
だったのだ。だが……  
 
 どうしても捨てられない思い。  
 なぜ、相手がこいつなんだ!  
 女と見られたこと。それ自体はいい。でも……  
 俺は決してこいつに心を許したわけじゃない。身体はともかく、心は……絶対、絶対、  
こいつには渡さない。渡すとしたら……  
 その姿が、目に浮かぶ。  
 自分を女と指摘した、もう一人の人物。  
 ──せめて……せめて……心は、お前に……  
 荒れ狂うガノンドロフの攻めに、ダルニアは翻弄され、ただ快楽の渦の中に堕ちていくしか  
なかった。しかしダルニアは、それをもたらす者がガノンドロフではないと必死に思いこもうとし、  
そのことがダルニアを、かろうじて心の破壊から救っていた。  
「あッ!……あッ!……あぁッ!……ああぁ……あぁ……ッッ!!」  
 最後の時が訪れ、ダルニアの身体が痙攣し、硬直した。  
 それを待っていたかのように、ガノンドロフの猛る分身がどくんと脈動し、膣の中へと大量の  
精液を噴出させた。  
『リンク……!!』  
 薄れゆく意識の中で、ダルニアはその名を叫んだ。目から涙が流れ落ちた。  
 今度こそほんとうに、全身の力が失われていった。  
 
 ことを終え、ガノンドロフは立ち上がった。その前で、陵辱のしるしである破瓜血と白濁液を  
膣口から垂れ流し、ダルニアは死んだように横たわっていた。  
 上空では二人のツインローバが、勝ち誇った笑い声をあげて乱舞していた。  
「たまにはゲテモノもいいものだな」  
 挑発的な言葉を投げてやったが、ダルニアは反応しなかった。血にまみれた顔には、満足感の  
ようなものがうかがわれた。それは肉体のみならず心まで屈服させた証のはずであったが、  
ガノンドロフの心は、なぜか苛立った。  
『まあいい』  
 あとは片づけるだけだ。  
 ガノンドロフはダルニアを蹴飛ばした。地面の上で、大柄な身体がごろりと転がった。さらに  
蹴り続け、崖の縁まで転がした。  
「恨むなら、賢者に生まれたお前自身の運命を恨め」  
 酷薄な笑みを浮かべつつ、ガノンドロフは足に力をこめた。  
 
 不思議に落ち着いた心持ちで、ダルニアはおのれの現状を自覚した。  
 想う相手に向けての、最後の呼びかけ。  
 
 ──剣をやるという約束……果たしてやれなかったな……  
 
 意識は長くは続かなかった。  
 ダルニアの身体はまっすぐに、燃えさかる熔岩の海へと落下していった。  
 
 
To be continued.  
 
 

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