最近、里の様子が落ち着かない。戦争が始まったのだという。みんな深刻な表情でひそひそと
話したり、里と外の間をばたばたと出入りしたりで、やけに慌ただしい。
父親のキングゾーラに事情を訊こうとしても、常に家来たちや、カカリコ村から訪れた
客人たちと密談していて、ろくに話をする機会がない。決して里の外へ出てはならないと、
きつく言い渡されただけだ。これではハイリア湖へ遊びに行くこともかなわない。
『いったい、何がどうなっておるのか』
まわりの者に訊ねても、詳しいことは教えてくれない。
「ルト様には関係のないことですから」
「ルト様は何も気になさらなくてよいのです」
政治のことに口を出す気はさらさらないが、そうやって放っておかれるのも、役立たずと
言われているようで、いい気がしない。
ルトはベッドの上で大きくため息をついた。
「失礼いたします」
身繕いを手伝う侍女が部屋に入ってきた。だらしなく寝転がるルトを見て、あきれたように言う。
「もうお昼でございますよ。まだおやすみなのですか」
「何をせずともよいというのなら、毎日ごろごろと寝て暮らすしかないではないか」
言葉に不機嫌さが滲み出てしまう。侍女は肩をすくめ、回れ右をして部屋から出てゆこうとした。
さすがにルトは後悔した。
「すまぬ」
侍女は足を止め、ルトに向き直った。顔に同情の色が見えた。そこで思い切って訊いてみた。
「戦の様子はどうなっておる?」
「それは……姫様はそのようなことを、ご心配にならなくても……」
またそれか。
ルトの心はささくれ立った。
「そうはいかぬ。ゾーラの王女であるわらわが、国の大事も知らぬでは、面目が立たぬではないか」
侍女は下を向き、黙ってしまった。ルトはさらに迫った。
「そもそも我らは、誰と戦っておるのじゃ? そんなことすら、わらわは知らされておらぬ」
ちらりとルトの顔をうかがい、小さな声で侍女は言った。
「ゲルド族でございます。ガノンドロフに率いられた盗賊団で……」
ガノンドロフ?
「これ以上はお許し下さい。国王陛下に、姫様には何も知らせるなと仰せつけられておりますので……」
侍女は逃げるように部屋を出ていった。
父上が、よけいなことを……と、ルトは腹立たしく思った。が、それ以上に、侍女の漏らした
敵の名が気になった。
どこかで聞いたことがある。あれは、確か……
しばらく時間がかかったが、ルトはそれを記憶から引き出すことができた。
そう……ゾーラの泉での、寄生虫との戦いの最中に、リンクが漏らした言葉……
『本物より、かなりでかいな。やっぱりガノンドロフが……』
あの時はリンクが腹の立つことを言ったので、それきり確かめることができなかった。あとで
和解した時には、もう忘れていた。
ガノンドロフ。寄生虫を送りこんでジャブジャブ様を弱らせたのが、そいつなのか。そいつが
いまも敵として、我らゾーラ族に戦いを挑んでいるのか。
わからないことが多い。
ルトはいらつきながらも追求をあきらめた。もっと心が躍ることを思い出してしまったから。
『リンク……』
いま、どうしているのだろう。『ゾーラのサファイア』を渡して以来、再会は果たしていない。
「なぜ、会いに来ぬ」
そう口に出してみる。王女の威厳をこめて、いかめしい声で。
でも心には、いかめしさなどかけらもない。
別れ際に見たリンクの笑顔。ただそれだけが思い浮かぶ。その笑顔を、もう一度……いや、
一度と言わず、何度でも……いやいや、ずっとずっと、いつもいつも、それを見ていられる
ようにと……なぜなら……
『そなたはわらわのフィアンセじゃからな』
リンクの気持ちを確かめたわけではない。しかしルトはかたくなに信じていた。今度リンクが
来れば、今度リンクに会いさえすれば、想いは一方的なものではなくなると。あの笑顔は、自分に
対するリンクの愛情の証であると。
「そなたの気持ちは、わらわにはお見通しじゃ」
もう一度、口に出す。自らに言い聞かせるように。
が、そこに無理があることを、心の隅で感じてしまう。どうしても。
ならば、どうしてリンクは会いに来ない?
『戦が続いている、こんな状態では……わらわに会いたくとも、リンクは来られないのであろう……』
そう思うことにして、心を慰める。
戦など、早く終わればいい。終わりさえすれば、リンクはここへやって来る。リンクが来たら……
ルトはごくんと唾を呑んだ。
めおとの作法。
すでに初潮の際、まわりの者から教育は受けていた。リンクとのことがあってから、侍女たちに
せがんで詳しい話を聞き出したこともある。男と女が閨で何をするのか、もうあらかたのことは
知っている。
しかし、知識だけだ。
全裸で暮らすゾーラ族ゆえ、いまさら性器を見、想像することで、惑いが生じたりはしない。
ただ、それが自分の中に入ってくるということに、実感が持てない。どういう心持ちがするのだろう。
ある者は快いと言い、ある者は痛いと言う。確かに、試した限りでは……
人差し指を立ててみる。リンクのそれを見たことはないが、里にいる同年代の男の子を見るに、
この人差し指くらいの大きさではないか。
指を、そっと股間へ忍ばせる。男を受け入れる場所。
何ともいえない感触。くすぐったい。けれどそれだけではない。快いといえば、そうなのかも
しれない。
奥へと指を進める。
快い? そうかも。そう呼んでいいのかも。でも……
指がそれ以上進まなくなる。いつもそこで止まってしまう。それでも進めようとすると……
「つッ!」
痛みがそれを妨げる。耐えなければならないのだろうか。この先にはもっと大きな快さが
ひそんでいて、痛みに耐えることができれば、それに達することができるのだろうか。
いまはまだ、確かめる勇気がない。それでも、リンクが来たら……リンクが目の前でそれを
さらけ出したら……自分はきっと、おののきながらも、喜んでそれを迎え入れ、どんな苦痛にも……
ノックの音がした。ルトの心臓は縮み上がった。
「な、なんじゃ」
あわてて指を引く。戸が開いて、さっきの侍女が顔を出した。
「あの……そろそろ、ジャブジャブ様の所へおいでになる時刻でございますが……」
「そ、そうじゃな」
必死で何気ないふうを装う。が、頬が火照っているのが自分でもわかる。見とがめられぬよう、
背を向ける。向けてどうする? 何か演技しないと。髪をなでつけ、身体の埃を払い……
「お身支度でしたら、わたくしがお手伝いを……」
「い、いや、よい、よいから、す、すぐに、ジャブジャブ様に、あ、会いにゆかねば」
これ以上ここにいるとぼろが出てしまう。
侍女と顔を合わせないよう注意しながら、ルトは早足で部屋を出て、ゾーラの泉へと向かった。
デスマウンテンの大噴火のあと、ゲルド族の矛先はゾーラ川上流に向いた。カカリコ村は
一時的に放置された。噴火はカカリコ村に大きな被害を与え、その戦闘力は減退していたし、
ゴロン族の全滅によって、側面からの攻撃を気にする必要もなくなっていたが、激しい噴火が
続くうちは、寄せ手の方もカカリコ村に接近することができないからだった。それにゾーラ族を
攻撃するのは、ゴロン族に続いて、王党軍の中心となるカカリコ村の両翼を潰すことになる、
という利点もあった。
戦闘力の乏しいゾーラ族は、しかし果敢な抵抗を示した。ゾーラ川の急流は天嶮の要害となり、
攻め上るゲルド族の足は、しばしば滞った。ゾーラ族は上流の高台から、雨あられのように矢を
放ち、石を落として、ゲルド族を狙い撃ちにした。堰き止めておいた川の水を一気に放流して、
攻め寄せるゲルド族を洗い流すという戦法も、何度か繰り出された。幅の狭い川しか攻め口のない
ゲルド族は、ゾーラの里の入口である滝に近づくこともできず、ここでも戦況は膠着の様相を
呈し始め、すでに一ヶ月が経過していた。
その間、ガノンドロフは、先のカカリコ村攻撃の時と同様、部下に戦闘を任せ、自分は他の
ことに力を向けていた。新たにゲルド族の勢力下となった地域──主にハイラル平原西方──の
支配体制を確立する必要があった。ハイラル城へ届けられる情報をもとに指令を下す一方、自ら
占領地をまわって状況を検分した。そこには常に、おのれの淫欲を満たすための暴行が付随していた。
さらに、ガノンドロフには大きな目的があった。
ゼルダ捜索。
それに比べれば、カカリコ村やゾーラの里を攻めるなど、ガノンドロフにとっては些末事に
過ぎないのだった。
手下に命じて各地を探させ、手がかりになりそうな話を住民から聞き出させた。自らもまた、
占領地へ赴いた際には、時間を見つけて足取りを追った。だがゼルダの行方は杳として知れなかった。
ガノンドロフは捜索が長期にわたることを覚悟しなければならなかった。
また些末事とはいえ、膠着状態に陥った対ゾーラ族戦を放置することは、さすがにできなかった。
カカリコ村が再び力を持てば、今度はそちらから側面攻撃を受ける。それに、賢者のことも問題だった。
『水の賢者』はゾーラ族の中にいる、とツインローバは主張していた。ゾーラの里は水の神殿が
あるハイリア湖からかなり離れている、とガノンドロフは指摘したのだが、ツインローバは自説を
撤回しようとはしなかった。そもそもハイラルで水を司るのはゾーラ族の役割であり、自分の代の
『水の賢者』もゾーラ族であったから、というのがツインローバの主張の理由だった。
戦局の打開も視野に置いて、ガノンドロフはその主張に乗ってみることにした。
ジャブジャブ様の世話をするのは、いまでも変わらぬルトの日課だった。
リンクが寄生虫を退治したあと、ジャブジャブ様の体調はたちまち回復し、今日も常のごとく、
怠惰な雰囲気の中にも、見る者に安心感を与える堂々とした巨体を、ゾーラの泉の岸に乗り上げ
させていた。その不動の安寧は、戦争が続くこの頃も変わることはなく、ゾーラ族の守り神として、
ルトにとっても、他のゾーラ族にとっても、心のよりどころとなっていた。
いつものように魚を供え、ジャブジャブ様が大きな口をあけてそれを呑みこむのを見守る。
いかにも満足したような唸り声。肌の色つやもいい。
ルトの心は安まった。
が、その時、かすかな冷たい風を感じ、ルトは短く身震いした。
『氷の洞窟から?』
ゾーラの泉の北岸には、氷の洞窟と呼ばれる深い穴があった。中には無限とも言われる大量の
氷が、一年中、溶けることなく蓄えられており、それが豊潤なゾーラ川の水の供給源となっていた。
当然、洞窟から吹き出す風は、かなりの冷気を帯びている。しかし……
『泉の上を渡る頃には冷気も失われて、気持ちのよい風になるはずじゃが……』
空が曇っているせいだろうか。
そう……そうに違いない。
胸に翳りを覚えつつも、そのようにルトは自分を納得させ、ゾーラの里に続く隧道へと足を向けた。
「おお寒い!」
とコウメ。
「大したことはないよ」
とコタケ。
一心同体のツインローバが、珍しく意見を異にした。
「あたしゃ炎の魔道士なんだから、寒いのは苦手なんだよ、コタケさん」
「氷の魔道士のあたしだって、デスマウンテンじゃ暑いのを我慢してたんだよ、コウメさん」
「我慢すりゃすむってもんじゃない。年寄りには寒さは腰にこたえるんだ」
「わかったわかった。じゃあ一緒になるかね。そうすりゃ寒さも中和されるだろうて」
「そうさせてもらうよ。ほら」
二人の姿が重なり、一人の妖艶な熟女が出現した。肌もあらわな合体後の格好の方が寒げに
見える、とガノンドロフは苦笑しつつ思ったが、当のツインローバは、
「ふう……これでだいぶましになったよ」
と、文字どおり涼しい顔で息をついた。
「落ち着いたところで、何をするのか教えてもらおうか」
感情をまじえない声で問うガノンドロフに、ツインローバは流し目を送りながら、にやりと
笑って答えた。
「ゾーラ族は水に生きる連中だから、やっつけるには水を奪っちまえばいい。だけどここには……」
視線をぐるりとまわす。
「……こうやって、無尽蔵の氷がある。これがある限り、ゾーラ川の水はなくならない。あたしや
あんたの魔力でも、この氷を全部溶かしきるのは無理ってものよ。でも、その逆に……」
ツインローバは、コタケの跨っていた箒を片手に持ち、周囲に向けて軽く振った。あたりの
冷気が強さを増す。
ゾーラ川で苦戦している仲間を尻目に、ガノンドロフとツインローバは魔力を用いて空中を
飛び──ツインローバは老婆の姿にならないと飛行はできないのだったが──いまは氷の洞窟の
内部にいた。ツインローバの箒の操作により、洞窟内の温度はぐんぐん下がり、奥から入口に
向かって、雪まじりの激しい風が吹き荒れ始めていた。
「……この調子で、外の泉や川の水をすべて凍らせてやれば、水はないのと同じことになるのさ」
雪嵐の勢いが、互いの姿も見えなくなるほど強くなったので、二人は洞窟の入口へと戻った。
「おかしいわね」
ツインローバは眉をひそめた。
「外はそれほど寒くない。こんなに冷気を吹き出させているのに……」
ガノンドロフもそれを感じた。洞窟から吹き出す風は、ここに入る前に比べて、明らかに
冷たさを増している。ところが、吹き出すが早いか、その冷たさはいずこへともなく消え去って
しまい、あたりの光景には何の影響も及ぼしていなかった。ゾーラの泉の水も、相変わらず
穏やかなさざ波を立てているばかりだった。
「何かが邪魔をしているね」
陰険な声を発するツインローバの視線が、泉の上をさまよった。その視線が、やがて一点で止まる。
「あの魚か?」
ガノンドロフは、止まった視線の先にある巨大な影に注目した。ツインローバは頷いた。
「そう、あいつだ。ジャブジャブの奴が、ここの気候を支配しているんだね。ゾーラ族の
守り神っていう肩書きも、ダテじゃないってことさ」
ツインローバがふり返った。
「何とかできる? ガノン」
目に残虐な炎が揺らめいていた。
「たやすいことだ」
ガノンドロフは平然と言い、泉の対岸に寝そべる影に向けて、右手をかざした。
背後で音がした。
何かが破裂するような音だ、とルトは思った。
隧道を里へと戻ってゆく途中だった。足を止め、泉にそのような音をたてる何かがあったか、と
考えてみた。が、思い当たるものはなかった。
何だろう。わからない。でも……さっき感じた、胸の翳り。それがいま、急速に大きくなってゆく。
ルトは身をひるがえし、ゾーラの泉へと隧道を駆けた。駆けながら、何かが起こったことを
確信した。進むにつれて、肌に迫る冷気が厳しくなっていった。
泉の様子は一変していた。北の方から轟々と音をたてて、雪と氷のまじった激しい風が吹き
すさび、風圧と寒さとで、先に進むことはできなかった。
『ジャブジャブ様は……』
ルトは必死でその姿を探した。しかし目をあけていることすら困難な吹雪の中で、確かめる
ことは不可能だった。
足を浸す水の、痛いほどの冷たさに気づき、下に目をやったルトは、驚愕した。
水が真っ赤に染まっていた。
『血!?』
それだけではない。粉々になった多数の生臭い肉片が、流れに乗って足元を遊弋していた。
さっきの音を思い出す。
何かが破裂するような音。破裂……破裂……破裂!
『ジャブジャブ様!』
思わず足を踏み出そうとした。水から引き抜いた足に、鋭い痛みを感じた。
足首に細長い傷がつき、血が流れていた。足元の水が凍り、その氷の端で皮膚を切ってしまったのだ。
ルトの胸は早鐘を打った。
ジャブジャブ様は、もう助けようがあるまい。そしてこのままでは……ゾーラの里そのものが……
ルトは再び身をひるがえし、隧道の中へと走りこんだ。水面はすでに氷結し、走るルトの足の
下でばりばりと音をたてた。
吹雪は隧道を走るルトを追いかけ、追い越し、里の内部を襲い始めていた。
王の間に着いた時には、もう、そこも外と変わりがなくなっていた。床を浸す水は凍りつき、
空気は極限まで冷えこみ、無数の雪粒が狂乱の舞いを舞っていた。
「父上!」
ルトはキングゾーラに駆け寄った。その身体に手をかけ、ルトは息を呑んだ。肥満したキング
ゾーラの体表は凍りつき、座した面の氷とひとつになって、その場から動くこともできなくなって
いた。周囲には数人の家来たちが、同じく凍りついた姿で惨めに倒れていた。
「父上!」
自らの肌が凍り始める感触に怖気をふるいながらも、ルトは再度、キングゾーラに呼びかけた。
キングゾーラは動かない。ただ目だけが、ゆっくりとルトに向けられる。
「……ルトよ……お前は……逃げよ……」
「父上も! 父上を置いては!……」
「……かまうな……ハイリア湖へ……お前の知る……道で……」
ルトはキングゾーラの身体を揺さぶった。だが微動だにしない。ルトの目に涙があふれる。
あふれるそばから凍ってゆく。
どうにもできないのか……
絶望に身がくずおれそうになった、その時。
「逃げよ! 敵が来る!」
キングゾーラが一喝した。最後の力をこめたような叫びだった。ルトはその勢いに押され、
思わず後ずさった。
父。一族には厳格な父。しかし娘には甘い父。
父は、いま、死に瀕している。その父の目は、厳しくも、限りない愛情にあふれ……
「……申し訳……ございませぬ……」
張り裂けそうな胸をかかえ、やっとそれだけの言葉を別れに代えて、ルトは王の間をあとにした。
急いで自室に戻る。部屋の中には、まだ温かみが残っており、ルトはわずかに息をついた。が、
ここが凍りつくのも時間の問題と思われた。貴重品をしまっておいた箱から『ゾーラのうろこ』を
取り出し、部屋を出る。一段と厳しくなった寒さに身を震わせながら、ルトは里の中心部へと
向かった。王の間の前を通り過ぎようとして、足が止まった。
中から声が聞こえた。
「氷の魔道士の力は大したものだな」
ガノンドロフの賛辞に、ツインローバは胸をそらしつつも謙遜の言葉を返した。
「あたしだけじゃ、ここまではできないわよ。魔王のあんたが力を増幅させてくれてるから……
でも……」
ツインローバの目が、傍らのキングゾーラに向く。
「まだ手加減しておいてよ、ガノン。こいつを死なせちまっちゃ、確かめようがなくなるからね」
キングゾーラの身体は、すでに完全に厚い氷で包まれていた。しかしその目には、まだ最後の
光が残っていた。その光をのぞきこむように、ツインローバはキングゾーラを凝視した。顔に
満ちる緊張。だが一瞬ののち、緊張は崩れ、ツインローバの口から、
「こいつじゃない」
と失望の言葉が漏れた。
「ゾーラ族の親玉のこいつに違いない、と思っていたんだけど……」
キングゾーラの目が動いた。ツインローバはそれを追い、王の間の入口に目を向けた。
ガノンドロフもそちらをふり返った。一人の少女が、入口のきわに身を隠すようにして立っていた。
「そいつだ!」
ツインローバが叫んだ。少女はさっと身を引いた。ガノンドロフは入口に向かって走りかけた。
「待って」
落ち着いた声で、ツインローバがガノンドロフを引き止めた。
「焦らなくてもいいわ。いま、こいつの考えを読んだから」
ツインローバは低い声で続けた。
「ゾーラの王女、ルト──親玉じゃなくて、その娘の方だったのね──抜け道を通って、
ハイリア湖に逃げようとしている……だってさ」
最後は嘲るような笑い声だった。ガノンドロフも、心の中でにやりと笑った
『ハイリア湖か……』
念のために手は打っておいた。面白い見ものになるだろう。
「さあ、これでこの王様には用なしだよ。さっさと片づけちまっとくれ」
ついとツインローバが後ずさる。ガノンドロフは右手をキングゾーラに向け、
「はッ!」
と気合いを発した。
金属質の音響とともに、凍りついたキングゾーラの身体が、無数の断片となって粉砕された。
王の間の前から、かろうじて残る水の流れをたどって、ルトは駆けた。水は里の大空間へ落ち
かかる滝に続いている。
滝はまだ水流の体をなしていた。が、空間は凍てついた暴風が吹き荒れる修羅場と化していた。
対岸の崖道には人があふれていた。突然の大寒波から逃げようとして、里の出口へと向かって
いるのだろう。しかし人の流れは一向にはけない。出口を見ると、そこで人々の動きは止まって
しまっている。
出口の滝が凍りついているのだ。
いまルトが立つ滝とは異なり、出口の滝の水は、直接ゾーラの泉から流れ出ている。冷気の
影響をいち早く受け、里の中よりも先に氷結してしまったのだ。
『我らにはもう、逃げ場がない』
ルトの背筋は震えた。寒さのせいばかりではなかった。
そうするうちにも、人々は吹雪にまかれて次々に倒れていく。崖から転落する者もひっきりなしだ。
ルトは身を切られる思いだった。
父を救えない。一族の危機に際して何もできない。これで王女と言えるだろうか。
『やはりわらわは……役立たずじゃ……』
がっくりと首を垂れたルトの目が、足元の水の変化をとらえた。流れが弱くなり、滝が凍り
始めていた。あわてて滝の下を見おろす。空間の底に溜まった水は、まだ完全には凍っていない。
ルトは意を決し、滝の上から身を躍らせた。素肌に氷雪がまとわりつき、ルトの身体は芯から
冷えた。さらに飛びこんだ先の水は、鼓動が止まるほど冷たかった。だが全身を水に包まれる
感覚は、それだけで、生き返るような奮起をルトに与えた。
『望みは、ある』
ハイリア湖に繋がる地下水路の入口は、滝壺の奥底にあった。滝の裏に神を祀る神聖な場所が
あるため、ゾーラ族はめったに滝に近寄ることがなく、滝壺の底の水路の入口にも、これまで
気づく者はいなかった。ただ、おてんばなルトだけが、周囲の者の言うことを聞かず、滝の
まわりで遊び戯れるうちに、その入口を発見したのだった。
「みなの者! ここから逃げよ!」
水面に顔を出し、ルトは崖の上に向かって叫んだ。二度三度と、声を限りに。
吹雪が猛然と勢いを増した。ルトの必死の思いをあざ笑うかのように。
崖の上から応える声はなく、水面に現れる人の姿もなかった。
吹雪にさえぎられて、声が届かないのか。あるいは……声を聞くことのできる者が、もはや
そこには……
滝の音が止まっていた。はっとして見上げると、もう滝はほとんど凍ってしまっていた。
このままでは、地下水路の入口も……
涙を押しとどめて、ルトは周囲を見渡した。
氷に埋まるゾーラの里。滅んでゆくゾーラ族。
『じゃが、わらわは生きる』
生き延びる。生き延びて、ゾーラ族の血を残す。
胸に固い決意を抱いて、ルトは水中に身を沈め、滝壺の底へと泳ぎ進んでいった。
地下水路の流れは、折よくハイリア湖に向かっていたが、そのスピードは速くはなかった。
ゾーラの里の水が氷結し、流れるべき水の量が減じてしまったせいと思われた。水流の速度は
徐々に遅くなり、後方の水の温度が下がっていくのを感じて、いつ自分の身体が凍りつくかと、
ルトは恐怖に襲われかけたが、行程の半ばほどまでゆくと、もう水温は下がらなくなった。あの
猛吹雪もさすがにここまでは影響を及ぼさず、ハイリア湖の水と拮抗状態になったためだろう、
と思い、ルトはやっと安堵した。
余裕ができた頭の中に、さっきまでの里の光景がよみがえる。
王の間で、父のそばにいた二人の人物。一人の男と一人の女。女は男に「ガノン」と
呼びかけていた。
ガノン──あの男が、ガノンドロフなのか。
筋肉の盛り上がった威容。どす黒い皮膚。残酷な笑いを浮かべた顔。
ジャブジャブ様を襲ったのも、ガノンドロフに違いない。
ルトの心は怒りに燃えた。同時に、記憶に残る表情──そこに悪そのものの匂いを感じて、
ルトの身体は震えた。水温を理由にはできなかった。
地下水路の出口は、ハイリア湖の岸辺に残る遺跡の基部が、湖底に接する所にあった。
『暖かい』
出口から抜け出したルトは、そう思った。水はあくまでも水であったが、酷寒のゾーラの里に
比べると、ハイリア湖の水は天国のような心地よさだった。
これからどうするか、と、ルトは考えをめぐらした。
頼れる人を探して……
頼れる人? 誰?
言うまでもなく、リンクだ。頼る相手は、リンクしかいない。
でも、どうやって? リンクはどこにいる? たとえ居場所がわかったとしても、自分は水から
離れられない。ハイラル平原を歩いて渡ることはできない。いや、それが必要だというのなら、
ゾーラ川を遡ってでも……
ルトは吐息をついた。
考えばかりが先走ってもしかたがない。まず、みずうみ博士に会おう。いい知恵を貸して
くれるだろう。
水上に身を浮かばせる。くわえていた『ゾーラのうろこ』を口から離し、あたりを見回す。
空は晴れ渡り、西に傾きかけた日の光が、湖面を美しく彩っていた。風は穏やかに舞い、岸辺では
木々の葉擦れの音が優しくささやいていた。平和そのものの風景だった。
みずうみ博士の家は、すぐ近くの水際にある。留守でなければよいが、と案じながら、ルトは
岸に向かった。
向かおうとした。
身体を動かせなかった。
『なんじゃ?』
腕は動く。足も動かせる。なのに前へ進まない。
ぎょっとして水の中を見る。何もない。何もないのだが、胴に何かが巻きついているような……
突然、それはルトの胴を締めつけた。
「げ!」
口から思わず声が漏れる。もう一度、水の中を見るが、胴には何も巻きついていない──としか
見えない。でもそこに何かがいるのは間違いない。
『どうなっておるのじゃ』
ルトは恐慌に陥った。巻きつく力は少しずつ強くなり、さらに別の何かが、右脚に、左脚に、
そして腰にと、次々に巻きついてくる。緊縛から逃れようと身体をよじるが、力は強まるばかりだ。
ルトは巻きつかれているはずの場所に手を伸ばした。何も触れない。ただ水があるだけだ。
水面から細長いものが飛び出した。
やはり何かがいる!
思う間もなく、それはルトの首に巻きついた。
これは……この感触は……水! 水そのもの!
いまや水の触手は、ルトの全身を絡め尽くしていた。液体なのか固体なのか判然としない、
しかし確かな存在感を持つそれは、ルトの動きを封じつつ、滑るようにルトの体表を撫でまわした。
「ひぃッ!」
激しい違和感に、ルトの肌は総毛立った。
なに? これまで感じたことのない、この感触は……痛くはない。苦しくもない。どう言い
表したらいいのか、わからない。ただ、例えるとしたら……
触手が両脚の間を這い上がってきた。
くすぐったい。けれどそれだけではない。そう、これは……あの……あの時の感触に似て……
ルトの思考を読み取ったかのように、触手の先端が、つん、とそこに触れた。
「ひゃ!」
全身の筋肉が収縮する。直後の弛緩の隙をぬって、じわりじわりと、触手が中に入りこむ。
「……は……あ……」
快い。おそるおそる指で触れるのとは比べものにならない快さ。
でも……このままでは……
あそこが緊満する。はち切れそうになる。
このままでは……いつものように……
痛みは来なかった。限界に達する前に、触手の径がすいと細くなり、そのままずぶずぶと奥へ
伸張した。
「ひああぁぁッ!」
内壁を舐められるような感触に、ルトの身体は強直する。下半身から脊髄、そして脳へと、
痺れるような感覚が走ってゆく。
入口で径を細くしたまま、触手の先端は膨張し、ルトの膣を埋め尽くす。その形が、硬さが、
自由自在に変化し、膣の中を引っかき回す。すべての範囲の粘膜が、あらゆる方向から、あらゆる
強度で刺激される。もうルトは声も出せず、侵入者が自分の中で踊り狂うのを、無抵抗で許す
ほかなかった。
触手の一端が、子宮頸部の丸い外縁をなぞり、その中心へと伸びてゆく。極限までに細められた
それが、子宮口をすり抜け、内膜に到達する。
「きゃ……ああんッ!!」
想像もしなかった動きに、ルトの感覚は爆発した。その破片が身体中に飛び散り、染み渡って
いった。生まれて初めて味わう無上の快感に、ルトはただ、陶然と身を任せるのみだった。
余韻を感じる暇はなかった。ルトの性器を串刺しにしたまま、異なる数本の触手が体表に迫って
いた。それは片側の乳頭をするりと撫で、
「はぅッ!」
もう片側の乳頭をぐいと押し、
「ひぃッ!」
次いで陰核を捻りあげた。
「きゃうッ!」
それまで刺激を知らなかった部分を攻められ、ルトの中で続けざまに誘爆が起こった。
結末で遂情の叫びをあげようとした口の中に、別の触手がねじこまれた。思わず歯を噛み
合わせたが、それは噛み切られるやいなや、たちまち元の形状を取り戻し、口腔を満杯にした。
のみならず、それは咽頭の奥深くまで侵入し、ルトの呼吸を妨げた。
下の方では、もう一つの入口が狙われていた。臀裂をさまよう触手の感触に身震いして、尻の
筋肉に力をこめたが、
「ぐう……う……ぅぅ……」
それはやすやすと肛門に侵入し、直腸を押し広げた。さしたる痛みもなく、直腸粘膜がこすり
立てられ、洗滌された。形状と硬度の変化は、膣に入りこんだそれと同じく奔放だった。
薄い膜を介して隣接する二つの管状臓器は、暴れまわる二本の触手によって沸騰させられ、
上の口、そして両の乳首と陰核、さらには全身の皮膚までもが徹底的に蹂躙された。
感覚の爆発が幾度となく繰り返され、もうそれ以上は不可能というくらいになっても、触手の
攻めは終わらなかった。快感を快感と認められない状態にまで堕ち果て、ルトの意識は遠くなって
いった。
頭に衝撃を感じ、ルトは目を開いた。
自分がどうなっているのか、わからなかった。
続けて頭に衝撃が加わった。
それで、もう少し、はっきりした。のろのろと顔を上げる。そこに女の顔があった。
「起きたかい」
見覚えがある。王の間にいた、あの女だ。すると……
視線を横に移す。太い両脚が見えた。男の脚だ。
脚から腰へ、そして胴へ、さらに顔へと、視線を動かす。
残酷な笑い。
──ガノンドロフ……
自分が草の上に横たわっているのに、ルトは気づいた。ハイリア湖の岸辺。すでに日は落ち、
あたりは暗くなっていた。
触手の感触は、すでになかった。あの絶え間ない快感も、滓さえ残っていなかった。ただ
疲労感だけが、ルトの全身にわだかまっていた。
──この二人は……どうやってここへ……地下水路は通れないはずなのに……
ぼんやりと、ルトは思った。憎むべき敵を目の前にしているにもかかわらず、心は麻痺し、
何の感情も湧いてこなかった。
「よっぽどモーファの触手がよかったんだねえ。息も絶え絶えじゃないか」
ルトの前にしゃがみこんだ女が嘲るように言い、また手で頭をこづいた。次いで傍らの
ガノンドロフを見上げ、言葉を続けた。
「定めに惹かれて賢者が来るかもしれない、とは思っていたが……神殿を押さえておいて、
正解だったね。モーファもよくやってくれたよ」
ガノンドロフが身をかがめる気配がした。
「やるのかい? もう達せない身体になってるかもよ」
くすくす笑いをまじえた女の言葉に、答える声は聞こえなかった。
両脚がつかまれ、ぐいと開かれた。ルトは抵抗できなかった。
股間に何かが押し当てられた。それが意識を明瞭にした。
「あ……」
男を受け入れる場所。そこがいま、まさに男を受け入れようとしている……
受け入れようとしている? こいつを? リンクではなく?
「いやじゃ!」
ルトは声をあげ、反射的に脚を閉じようとした。が、脚の間に割りこんだガノンドロフの巨体は、
その場を譲ろうとはしなかった。
「やめよ!」
力を振り絞って、上半身を起こしにかかる。ガノンドロフの逞しい腕が、ルトを地べたに押しつける。
それが侵入してきた。
「ぎゃ……」
指など及びもつかない太さ。触手のように伸縮自在でもなく、ただ傍若無人に居場所を要求する
だけのそれは、ルトの未発達な陰門を、文字どおり引き裂いた。
「っ……たあああぁぁぁーーーーーーッッ!!!」
ルトの口から絶叫がほとばしった。
「痛い! 痛い! やめて! いやじゃ! いやじゃあああぁぁぁーーーーーーッッ!!!」
快さなど微塵もない。ただただ痛い。股間のみならず、全身が引きちぎれそうな激痛だった。
叫びが痛みを和らげるものなら、と言わんばかりに、ルトは激しく泣き、わめき、吼えた。
ばたばたと手足を暴れさせた。だがすべては無駄だった。ガノンドロフは遠慮会釈なくルトを貫き、
がしがしと内部を削りたてた。
全身を苛む疼痛は、やがて知覚の限界を超え、ルトは再び意識を失った。
ガノンドロフは委細かまわず、少女のきつい肉洞を味わっていた。悲痛きわまりない叫び声も、
残虐な快感を増幅させるだけだった。ルトの中には、先刻のモーファの侵略による潤いが残って
いたが、いまやそこには鮮血があふれ、新たな潤滑油となっていた。もっともそれは、粘度も
臭気も強く、嗜好がねじ曲がった一部の人種にしか受け入れられない潤滑油ではあったが。
ほんのりと盛り上がる発育途中の胸を、ガノンドロフの硬い手が襲い、まだ豆粒のように小さい
乳首が捻りあげられた。恥丘の下半分を覆う未熟な叢がひき毟られた。
しかしルトは、そんな激越な刺激にも反応を返さず、ぐにゃりと崩れた肢体を、ただガノンドロフの
暴虐に捧げるままとなっていた。
覚醒する気配はなかった。
それがまだしも幸せなのかもしれなかった。
交合──とも言えない、あまりにも独善的な陵辱の末に、ガノンドロフは射精した。表情には
一片の情けすらなく、どす黒い嗜虐の笑みが貼りついているだけだった。
「お疲れさん」
立ち上がったガノンドロフに、ツインローバが短く声をかけた。平静な顔だったが、両目に
たゆたう暗い炎が、ガノンドロフと同じ冷酷さを表出していた。
「ガノンドロフ様」
夜の闇の中から、声をかける者があった。モーファとともにハイリア湖に派遣していた、数人の
ゲルド女たちの一人だった。
「ご苦労。このあたりの様子は?」
いままでの暴行などなかったかのように、冷静な声で、ガノンドロフは問うた。
「橋のそばにある家は、無人でした。人の住む気配はありましたが、いまはどこかへ出かけている
ようで。釣り堀の方は、親父が抵抗したので、殺しました」
女もまた、冷徹な声で報告した。
「殺しちまって、よかったのかい? 性奴隷くらいにはなったんじゃないの?」
からかうようにツインローバが口をはさんだが、
「さすがに、あの親父では……あたしらにも選ぶ権利というものがあるかと……」
女は言いつつ、苦笑した。
「まだ息がありますが」
かがみこんでルトの様子をうかがっていた別の女が、ガノンドロフに告げた。
「そうだな……」
もはや関心を失っていた相手だったが、生かしておくわけにはいかない。ガノンドロフは少し
考え、にたりと笑って女に言った。
「湖の底に沈めておけ。『水の賢者』が溺死というのも面白かろう」
女は頷くと、作業に入った。
ガノンドロフはツインローバに呼びかけた。
「ゾーラの里に戻るぞ」
「何か忘れ物?」
ツインローバが驚いたように応じた。
「凍ったゾーラ族の奴らの身体を、すべて破壊しておく。万一、氷が溶けたら、生き返るかも
しれんからな」
あくまでもガノンドロフの声は冷静だった。
「徹底的だねえ」
「お前が徹底的にやれと言ったのだぞ」
「それはゼルダのことで……まあいいわ。言い直しておくわよ。徹底的にね。なにごとも」
ツインローバは肩をすくめた。
「飛んでいけば、大して時間はかからないけど……」
「だから賢者にも、あっさり追いつけたけど……」
「「年寄りには、長距離の飛行はこたえるんだよねえ」」
いつの間にかそこには、一人の熟女の代わりに、二人の老婆が出現していた。
顔に刺激を感じ、ルトは細く目をあけた。
口と鼻から、ぶくぶくと音をたてて気泡が漏れていた。本能的に、ルトは息をとめた。
──水の中?
快感も疼痛もなく、すべての感覚が鈍麻した状態ではあったが、全身をつつむ水の肌触りは、
優しく、懐かしいものに感じられた。
──ならば……泳いで……
身体は動かなかった。
──水の中なら……浮くはずなのに……
水の中というより、水の底だった。気泡が浮き漂ってゆく水面は、月の光のせいか、意外に
明るく、ルトが横たわる湖底まで、その明るみが、かろうじて届いていた。
それを頼りに、ゆっくりと顔を横に向ける。腕に縄が巻きつけられ、その先には、大きな石が
結びつけられていた。気がつくと、縄の感触は、他の四肢にも、胴にも、同じようにあった。
──これでは……浮くことはできぬな……
なぜ自分がそのような状態にあるのか、わからなかった。わかろうという気にもならなかった。
──息が……続かぬ……
水に生きるゾーラ族ゆえ、息はかなり長くとめていられる。が、もちろん限界はあった。
『ゾーラのうろこ』は、触手に襲われた際、失われてしまっていた。
──わらわの望みも……もはや……かなわぬか……
王女としての最後の望み。ゾーラ族の血を残す。
──いや……まだ……
どうやって? 男と契って。
誰と? それは……
──リンク……そなたは……
思い出す。寄生虫に襲われた時、リンクは助けに来てくれた。
──今度も……助けに来るであろうな……
かすかな微笑み。
──なにせ、そなたは……わらわの……フィアンセじゃから……
暖まる心。
──来るで……あろう……な……
遠ざかる意識。
──待って……おる…………ぞ………………
ハイリア湖の底から、月光に照らされた水面に向けて、小さな泡が湧き上がっていた。
しばらくの間、それは、かぼそく、頼りなく、ぽつり、ぽつりと、続いていた。
その間隔は、少しずつ、少しずつ、開いてゆき、やがて、見えなくなった。
永久に。
To be continued.