ゾーラ族とゲルド族が戦っている間に、デスマウンテンの噴火は小康状態となり、カカリコ村の  
王党軍は必死で体勢を整え直そうと試みた。が、それを完全には果たさぬうちに、ゲルド族は村の  
正面へと陣を戻し、息をもつかせぬ猛攻を再開した。連日の激戦で王党軍の死傷者は増え続け、  
戦力は着実に低下していった。  
 デスマウンテン大噴火によって、ゴロン族の消息は完全に失われていた。さらに、山道を通って  
ゾーラの里へ赴こうとした使者は、里がすっかり氷漬けになっていると報告した。ゾーラ族もまた、  
死に絶えてしまったと考えるしかなかった。  
 カカリコ村の両翼としてゲルド族を牽制していた両部族の全滅は、単なる戦力の損失だけでは  
なく、補給の途絶という深刻な打撃を村に与えた。武器の供給を受けていたゴロン族と、食料  
その他の生活物資を頼っていたゾーラ族が滅びたいま、村の将来はなくなってしまったと言って  
よかった。  
 それでもまだカカリコ村は、孤独な戦いを続けていた。  
 
 村の奥にある墓地では、毎日のように葬儀が営まれ、新たな墓標が増えていった。時局がら、  
葬儀は簡素であったが、人の死が周囲の者に与える悲しみに変わりはなかった。いや、戦争という  
理不尽な現象による死は、みなの悲しみを、常にも増して強く、やりきれないものにするのだった。  
 今日もまた、墓地の片隅で、勇敢に散った戦士の魂を送る儀式が行われていた。  
 アンジュは離れた所からそれに目をやり、深いため息をついた。  
 コッコの世話をしていればよかった頃とは一変し、アンジュはいま、負傷者の看護に携わって  
いた。そこでは医薬品の不足が問題だった。薬屋を営んでいる母親が、墓地には意外に多くの  
薬草が生えていると教えてくれたので、時々ここを訪れて薬草を採るのが、アンジュの習慣と  
なっていた。母親の調剤法は原始的だったが、傷薬としての効力は馬鹿にならないものだった。  
 葬儀から本来の目的へと注意を戻したアンジュだったが、薬草を摘む手の動きは、どうしても  
機械的になった。常に心から離れない思いが、いまもアンジュを捉えて離さなかった。  
『これから、どうなるのかしら……』  
 戦いが再開されて二ヶ月。開戦から数えると半年にもなる。  
 不足しているのは薬だけではなかった。食糧の備蓄は底をつき始め、一日の食事は、三度が  
二度になり、いまでは一度きりに制限されていた。水も足りない。ゾーラの里が氷結してしまった  
ために、ゾーラ川からの分水が得られなくなり、村に一つきりしかない井戸で、全需要を  
賄わなければならなくなったからだ。  
 他にも足りないものは枚挙にいとまがない。武器、工具、衣料、家畜、そして……  
『人も……幸福も……』  
 平和だったカカリコ村が、いまは戦乱のまっただ中に巻きこまれている。あの穏やかな雰囲気も、  
のどかな風景も、遠い昔のように感じられる。村の象徴である大風車は、相次ぐ火山弾の直撃に  
より、緩やかで落ち着いた回転を止めてしまって久しい。噴火が小康状態となってから、火山弾の  
飛来はやんだものの……  
 アンジュは、薬草の葉に積もった火山灰を、そっと手で拭った。デスマウンテンに目を移す。  
山頂は相変わらず不穏な炎の帯に取り巻かれ、その山容は、大気から去ることのない無数の灰の  
粒子によって、頼りなくぼやけた像としてしか目に届かない。陽は薄暗く、空は一面、文字どおり  
灰色に染められていた。  
 ゲルド族への憎しみを放棄する気は毛頭ない。だが、村はもう限界に近づいている。この先  
どこまで戦えるのか。これ以上戦ってどうにかなるのか。自分たちの未来に希望が持てるのだろうか。  
 戦意を減退させぬよう、明らかな嘆きの声を口にする者はいない。けれども、日々、暗鬱な  
気分が増していくのを、みなが感じている。  
 
 再びため息をついたアンジュは、葬儀に参列していた人々が、村へ戻ってゆくのに気づいた。  
その人の流れから離れて、一人の男がアンジュの方に向かって歩いてきた。墓守のダンペイだった。  
 アンジュはダンペイに会釈したが、話をしようとは思わなかった。墓守という職業に加えて、  
醜い風貌や陰気な性格のため、ダンペイは村人に敬遠されていた。同様にアンジュも、子供の  
頃から知っているにもかかわらず、これまでダンペイとはほとんど言葉を交わしたことがなかった。  
 ダンペイはアンジュの思いを忖度する気もないような素振りで立ち止まり、ぼそりと言った。  
「もう、墓穴を掘る場所も、なくなっちまう」  
 返事に困るアンジュを無視して、ダンペイは続けた。  
「神殿なら、まだ、場所が空いてるだろうな」  
「神殿?」  
 アンジュは思わず問い返した。  
「神殿なんて、どこにあるの?」  
 ダンペイはアンジュの顔を見つめ、不気味な笑いを浮かべて言った。  
「おらしか知らねえ所さ」  
 答にもならない答を投げたまま、ダンペイはゆっくりと歩み去っていった。  
 カカリコ村に神殿があるなんて、聞いたこともない。ただの妄言だ。ダンペイは頭がおかしいと  
いう人がいるが、実際そのとおりなのだろう。  
 でも……もし神殿があるというのなら──何の神かは知らないが──真剣に祈りを捧げてやれば、  
この苦しみから、わたしたちを救い出してくれるだろうか……  
 苦い笑いが漏れる。  
 いもしない神に頼って、どうなるというのか。頼るべきなのは……  
『インパ様』  
 それが最後の望みだった。インパには策がある。その策が実行可能になるまで、いくら苦しく  
とも、村は戦うことをやめはしないのだ。  
『それに、わたしには……』  
 まだ心のよりどころがある。  
 家族。  
 やくざ者の兄は、村を見限って出て行ってしまったのか、もう長いこと会っていない。でも父と  
母は健在だ。二人とも、できる限りのことをして、苦境にある村を支えている。  
『それから……』  
 アンジュは想う。自分が愛し、自分を愛する、ただ一人のひと。  
 激しい戦闘が続く緊迫した日々、二人は会う機会をなかなか持てなかった。が、何とか時間を  
見つけて、慌ただしい中にも愛を交わし、結婚の約束が実現する幸せな未来を語り合ってきた。  
 儚い願いなのかもしれない。それでも、わたしは……  
 ──彼がいる限り、望みを捨てない。  
 ──彼のそばにいたい。彼と一緒に生きていきたい。  
 ──彼に触れていたい……彼に……抱かれたい……  
 ──彼が……欲しい……  
 思わず両脚を、ぎゅっとすり合わせる。  
『今夜は……会おう……』  
 いたたまれないほどの情欲が身にあふれるのを感じながら、アンジュは急ぎ足で村へ戻っていった。  
 
 
 補給が絶えた上は、戦いを続けても敗北は目に見えている。それが王党軍幹部たちの一致した  
見解だった。ただ、ならばどうするか、という議論になると、結論はなかなか出なかった。しかし  
インパは、これしかない、という一つの考えを持っていた。  
 ガノンドロフ殺害。  
 容易なことではない。だがそれが、敗色濃厚な戦況をひっくり返す唯一の方法だ。ゲルド族が  
いかに勇猛とはいえ、カリスマ的な指導者であるガノンドロフがいなくなれば、戦意は一気に  
落ちるはずだ。情勢は一変するだろう。  
 以前のごとく、いま、ガノンドロフは敵陣にいない。殺害するには、ガノンドロフを戦場に  
引っ張り出さなければならない。そのためには、石にかじりついてでも戦闘を続けることだ。  
そうすればガノンドロフ本人が現れる。戦いが膠着状態に陥った時に、ゴロン族とゾーラ族が  
突然の惨禍に襲われたのは、偶然ではあり得ない。ガノンドロフの魔力によるものであることは  
明らかだ。  
 ガノンドロフが現れたところで、それこそ両部族のように、強大な魔力で一瞬のうちに  
全滅させられるのではないか、という意見も、当然ながらあった。しかしインパには確信があった。  
 ガノンドロフは自分を──少なくともすぐには──殺すことはない、という確信が。  
 
 賢者を二人抹殺したからといって安心はできない、一人でも生かしておくと封印の危険が残る、  
というのがツインローバの口癖だった。ハイラル城の玉座を占めるガノンドロフの前で、  
ツインローバはせかせかと話していた。  
「あとの四人のうち、『森の賢者』と『魂の賢者』は目当てがある。神殿の場所がわかっている  
からね。でも……」  
 いちばんの問題は、『光の賢者』であるラウル。なにしろ精神だけで生きている相手だ。  
抹殺しようにも方法がない。だがそのままではラウル本人も困る。賢者としての力を発揮するには  
リンクとの接触が必要になるが、精神だけではそれは不可能だ。だからラウルの精神は現実の  
世界の何者かに宿り、実体となって接触を待つに違いない。ラウルを抹殺するためには、その  
何者かを見つけ出さなければならない。そして……  
「もうひとり。『闇の賢者』も厄介だ」  
「お前の代ではどうだったのだ?」  
 知っているはずだろう、との意を含ませて問うガノンドロフに、ツインローバは苦々しげな  
表情で答えた。  
「『闇の賢者』については昔から謎なのよ。いることは確かなんだけど、あたしの代でも、それが  
どこの誰なのかわからなかった。だいたい、神殿の場所さえ知られていないんだから……」  
 ぶつくさ言いながら考えにひたるツインローバを見て、ガノンドロフはひそかに苦笑した。  
 こいつはラウル憎さのあまり、賢者抹殺に入れこみすぎているようだ。賢者など、あとまわし  
でもいい。問題はゼルダだ。  
 ゼルダの失踪から、すでに九ヶ月が経っていた。探索に力を尽くしたにもかかわらず、ゼルダの  
足取りは全くつかめていなかった。当初は簡単に見つかると楽観していたが、ここに至って  
ガノンドロフは、別の手がかりを求めて、方針を転換せざるを得なくなっていた。別の手がかりとは……  
『インパだ』  
 カカリコ村の王党軍を率いているのがインパであることは、とうにわかっている。ゼルダは  
インパに連れられてハイラル城から逃げたが、いまゼルダがインパとともにいるとは思えない。  
隠密組の得た情報でも、カカリコ村にゼルダの存在を示唆する兆候はない。しかしインパが  
ゼルダの消息に関して、何かを──現在の居場所とはいかないまでも、その手がかりになるような  
何かを──知っていることは間違いない。  
「行かねばならないようだな」  
 呟きながら、ガノンドロフは立ち上がった。  
 
 
 少なからぬ数の死者を出しながら、その日もカカリコ村は命脈を保った。  
 日没とともにゲルド族は攻撃をやめ、宿営地へと引き上げた。村の前面に築かれた王党軍の  
防御陣地は、束の間の静寂に満たされた。人々は地べたにすわり、あるいは伏し、安堵と虚脱と  
不安がないまぜとなった表情で、言葉もなく互いを見交わしていた。  
 陣頭で指揮をとっていたインパだけは、両脚でしっかりと大地を踏みしめ、油断なくハイラル  
平原の敵陣へと目を向けていた。しかし身体は疲労しきっていた。  
 限界だ。このままでは、村はもう数日とはもつまい。最後の方策も果たせず終わるしかないのか──  
 心で慨嘆するインパに、声をかける者があった。  
「朗報です」  
 ふり返ったインパは、守備隊長の姿を認めた。傍らには、ハイラル平原の決戦を経験した、あの  
騎士が立っていた。隊長は騎士にちらと目をやり、  
「彼がガノンドロフを見たそうです」  
 と続けた。インパは騎士に目を向けた。インパの言葉を待たず、騎士は興奮を抑えきれない  
様子で口を開いた。  
「間違いありません。戦いには出てきませんでしたが、騎乗したガノンドロフが後方にいました。  
確かです。奴の姿は見忘れません」  
 強調を繰り返す騎士の言葉を、インパは信じた。  
「よし」  
 何気ないような応答。だがそこには、インパの、そしてカカリコ村のすべての希望が反映されて  
いた。  
 戦法の細部は、すでに何度となく検討され、練り上げられていた。  
「明日は私が行きます」  
 守備隊長が言った。役割の重大さを感じさせないような、静かな声だった。  
「頼む」  
 インパが寄せた言葉はそれだけだった。が、生還を期しがたい任務に淡々と挑み、いまも  
穏やかな笑みを浮かべている隊長に、インパは心の中で深い礼を捧げていた。  
 
 
 翌日の早暁。  
 守備隊長に率いられた騎馬隊は防御陣地を飛び出し、ゲルド族の宿営地に攻撃をしかけた。  
開戦以来、王党軍が積極的な攻撃に出たのは、これが初めてのことであり、ゲルド族は不意を  
突かれて混乱した。  
「深追いするな!」  
 矛で手近な敵を次々と倒しながらも、隊長は味方に警告するのを忘れなかった。敵を打ち破る  
のが目的ではない。  
 容貌魁偉な大男が、荒ぶる漆黒の馬に跨って、敵陣から飛び出してきた。インパや騎士から  
聞いていた特徴で、それがガノンドロフであると、隊長にはすぐわかった。  
「退け!」  
 全力疾走の退却が始まる。  
 組みやすしと思わせなければ。下手に抵抗して魔力を奮われたら元も子もない。とはいえ……  
『逃げるばかりでは、逆に怪しまれる』  
 隊長はひとり、馬の向きを戻した。他のゲルド族を後方に置いたまま、ガノンドロフはただ  
一騎で突進してくる。  
『やはりな』  
 こちらも馬の速度を上げる。長大な剣を抜き掲げたガノンドロフ。その姿がぐんぐん大きくなる。  
殺戮を求めて沸きたつ顔。怯みかける心を励まし、矛をしっかと構える。  
「かぁッ!」  
「りゃッ!」  
 気合いとともに、矛と剣とが火花を散らす。  
 巧みに馬を駆りつつ、続けて数合、すれ違いざまの競りを繰り返す。  
『さすがに……』  
 腕に覚えはあるつもりだったが、ガノンドロフの剣圧は予想以上だ。次はやられるかもしれない。  
それに……  
 十数騎のゲルド兵が、ガノンドロフを追って接近しつつあるのを、隊長は認めた。村の方へと  
すばやく方向を変え、一直線に馬を飛ばす。追尾してくる背後の気配。  
 防御陣地が近づく。すでに隊の仲間はそこにたどり着き、迎撃体勢を取っていた。  
 開け放たれた陣地の門を走り抜ける。行き過ぎてから馬を止め、ふり返る。追ってくる  
ガノンドロフとゲルド騎兵。その後方に従う軍勢は、まだ遠く離れている。予想どおりだ。  
「射よ!」  
 敵に向け、一斉に矢を射かける。二、三騎が倒れるが、敵もまた、疾駆する馬上から巧みに矢を  
放つ。流鏑馬の腕は侮れず、味方はばたばたと倒されてゆく。  
 押しとどめる間もなく、ガノンドロフを先頭に、敵の一団は陣地内へ突入した。  
 隊長は村の入口へと馬を走らせ、石段を駆け上がった。  
 このまま奴らを引きこむことができたら……  
 ざく──と右肩に衝撃。わずかな時間差で感じる痛み。  
 矢をくらった。だがもう少し。もう少しで……  
 どっ──と背を刺される感覚。一本。二本。さらに立て続けに三本。  
 馬から身体が落ち、石段に激突する。疼痛を感じるよりも早く、村の門が眼前に見えた。  
『あとは……頼みます……』  
 隊長の思いは迫り来る敵の叫びにかき消された。ガノンドロフは仮借なく隊長を蹄にかけ、  
粉砕し、カカリコ村へと駆けこんだ。  
 
 
 ガノンドロフの一隊が村へ入るやいなや、隠れてそれをやり過ごしていた王党軍が、急いで  
防御陣地に復帰した。  
 指揮をとる騎士は、大きな満足を感じていた。ハイラル平原の決戦で自分が経験したガノンドロフの  
戦いぶり。それをもとに立てられた今回の作戦が、いま、みごとに図に当たりつつある。  
 ガノンドロフは攻撃的だ。常に全軍の先頭に立ち、部下を大きく引き離しても躊躇せず、単独で  
突っこんでくる。肉体的な戦闘力に自信があるのだろう。いきなり魔力を使うこともない。最大の  
効果が得られる機会を待ち、大兵力を相手にした時など、ここぞという場面で使ってくる。  
 戦い方はここでも変わらないはず。だからそれを利用する。  
 挑発してガノンドロフを釣り出し、おびき寄せる。魔力を使わせないよう、敢えて弱みをさらけ  
出して。ひとりで釣られてくれれば好都合だが、敵の人数が少々増えることも想定ずみだ。  
ガノンドロフが本気で突進すれば、従う手勢があっても多くはあるまい。  
 機動力にまさると言えば聞こえはいいが、ゲルド族の戦法は基本的には単純で攻撃一辺倒。  
その勇猛さは会戦や奇襲では威力を発揮しても、防御を固めて守る相手にはなかなか通用しない。  
カカリコ村やゾーラ族に手こずったことがそれを証明している。こちらが隙を見せて逃走すれば、  
必ず猪突猛進して追ってくるだろう。そうやって村に誘いこむ。  
 問題は……  
 騎士は平原に目をやった。残りのゲルド族が総力を挙げて襲来しつつあった。  
 あいつらを村に入れてガノンドロフと合流させてはならない。絶対にここで食い止めなければ  
ならない。そのために、いまは残る王党軍のほとんどが、この防御陣地に集結している。一時でも  
いいのだ。村で待ち伏せる一隊が、ガノンドロフを始末する時間さえ稼げれば……  
『インパ殿……』  
 ガノンドロフを待つその人に届けとばかり念をこめつつ、騎士は殺到する敵軍を見据えた。  
もう吶喊がそこまで迫っていた。  
 
 ゲルド騎兵の一隊とともに、カカリコ村中央の広場へと走りこんだガノンドロフは、奇異な  
感覚を抱いた。  
 馬を止め、周囲を見渡す。人の気配がない。いや……  
 殺気!  
 思う間もなく、四方八方から矢が飛んできた。ガノンドロフは危うく避けたが、部下のうちの  
三人が倒された。残る全員が馬から飛び降り、手近な家の外壁に貼りついた。騎兵たちは射られた  
方向から目標の位置を判断し、それを視認するやいなや、すばやく矢を放った。家の屋根の上や  
物陰にいた射手が数人、悲鳴をあげて倒れた。  
『謀られたか』  
 脆すぎるとは思っていたが、結果的にまんまと村の中に誘いこまれた。もう村の入口は封鎖  
されているだろう。  
 危地に陥ったことを自覚しながら、しかしガノンドロフは平静だった。  
 いまに味方の軍勢が来る。それまで耐えればよいだけのこと。  
 見える範囲に狙撃手がいないことを確かめた上で、騎兵たちをその場に残し、ガノンドロフは  
ゆっくりと広場の中央に足を向けた。  
 一歩……二歩……三歩……  
 ひょう──と空気を破る音。注意していたガノンドロフは難なくその矢をかわす。騎兵が一人、  
壁際から走り出て、音の方向へと矢を射かえす。木の上にいた射手が、どっと地面に落下する。  
同時に別の方角から矢が飛来し、騎兵の首に突き刺さる。  
『油断ならんな』  
 残る騎兵は七人きりだ。狙撃手があと何人いるのかはわからないが、下手をすると全員が矢の  
的になってしまう。身を隠していれば一応は安全だが、時間が経てば不利であることを相手も  
承知のはずだ。別の攻撃を用意しているだろう。  
 視界の隅に人影が映った。狙撃を警戒しつつ、ガノンドロフは人影を注視した。  
『さっそく来たか』  
 剣を抜いたインパが立ちはだかっていた。  
 
「お前には、別荘での借りがあったな」  
 唇の端に薄笑いを浮かべたガノンドロフが、低い声で言った。インパは答えず、ガノンドロフの  
右手に注意しながら、じり、じり、と間合いを詰めた。  
 ガノンドロフは右手から魔力による波動を放つ。直前に溜めが入る。騎士はそう言っていた。  
気配を見逃さないようにしなければ……  
 ガノンドロフの右手が、ぴくりと動いた。間髪を入れず、インパは剣を上段に振りかぶり、  
飛びかかった。  
「やッ!」  
「むぅッ!」  
 すばやくガノンドロフも剣を抜き、攻撃を受け止める。  
 ぎりぎりと続く鍔迫り合い。  
「ガノンドロフ様!」  
 駆け寄ろうとするゲルド女たちを、四囲から飛ぶ矢が足止めし、ひそんでいた味方の一団が  
包囲する。  
『いいぞ、そいつらは任せた』  
 一瞬、注意をそらせた隙に、ガノンドロフの腕に力がこもり、インパを突き飛ばした。転ばぬ  
よう体勢を整えようとするところへ、頭上から剣が殺到した。  
「でぇッ!」  
「くぅッ!」  
 今度はインパが受け止める。  
 再び鍔迫り合い。必死で圧力に耐えるインパの腕に、かすかな振動が伝わってきた。  
『来る!』  
 上からの力をいなし、インパは横へ飛びすさった。力余って前のめりになるガノンドロフの剣が、  
瞬間、白い閃光を発した。  
『剣を通じて魔力を伝播させるのか』  
 全身から汗が噴き出す。これでは下手に剣を合わせられない。  
 間合いを取って剣を構え直す。直後、右手の気配が見えた。  
 即座に突く。後ろへ飛び下がるガノンドロフ。その足元に矢が刺さる。さらに下がろうとする  
ところへ飛びこみ、  
「やぁッ!」  
 と剣を横に払う。剣先はガノンドロフの腹をかするが、身には惜しくも届かない。服に裂け目を  
入れただけだ。  
『だが、こちらが有利だ』  
 ガノンドロフは狙撃にも注意を割かなければならない。その分こちらは、一手、先んじることが  
できる。  
 インパは突撃した。  
 突き。突き。縦斬り。突き。横斬り。  
 速攻。また速攻。  
 インパが息を入れるたび、ガノンドロフの右手に気合いが入りかけるが、それを許さず、  
繰り返し攻撃を叩きこむ。そのつどガノンドロフは巧みに避けるも、反撃する余裕はなく、足は  
じりじりと下がってゆく。  
 防戦一方のガノンドロフ。もう顔に笑みはなく、額には汗がにじんでいる。  
『いける!』  
 インパの心は高ぶった。  
 ──ダルニア……あれきり戻らないのは無念だが、その仇をここで討ってやる!  
 ──リンク、そしてシーク……悪いが、お前たちが未来で活躍する余地はもうないぞ!  
 ──ゼルダ様……あと少しで、また、あなたと……  
 
 必死でインパの攻撃をかわしながら、ガノンドロフは歯噛みした。  
 腕力が尋常ではない。ただ、女にしては、というレベルだ。正面からぶつかれば、圧倒するのは  
容易だ。  
 問題はスピード。こう立て続けに速攻を繰り出されては、波動を放つ暇もない。魔力を溜める  
時間を見切られているのだ。  
 その速攻がきた。右に避ける。そこへ突き。動きを読まれている。後ろへ飛ぶ。  
 宙に浮けば攻撃を避けられ、魔力を溜める時間もできる。だがそれでは、狙撃手の格好の目標に  
なってしまう。  
『味方は?』  
 地響きと人々の叫びと剣戟の音とが入り混じった、熾烈な戦闘の音響が、平原の方から伝わって  
くる。まだ防御陣地を抜けないようだ。広場の騎兵たちは激しい抵抗を続けているが、徐々に  
包囲陣に追いつめられている。  
「くおおぉぉッ!!」  
 耐えきれず、ガノンドロフは溜めなしで右手をかかげた。ぎりぎりでインパは横に飛び、  
『ちぃッ!』  
 放たれた白い波動はむなしく空を切る。  
 すかさず上段から斬りかかってくる。受ける。ぐっと押される。圧が増している。  
『調子に乗りおって……』  
 突きがくる。横に逃げる。体勢が崩れる。矢が足元を襲う。地を転がって距離を取る。  
 狙撃への警戒で、動きが制限されてしまう。  
 それに、ゼルダの情報を得るためには、インパを殺せない。生きたままで捕らえねばならない。  
攻撃を手控えざるを得ない。が、この状況では……  
『しかたがない』  
 ガノンドロフの右の人差し指が、くいと曲げられた。  
 
 インパはそれを見た。  
 波動を放つ動きではなさそうだが……  
 わっ──と、防御陣地からどよめきがあがる。  
『もうあちらも限界か……』  
 確かめている時間はない。時間を奴に与えてはならない。  
 稲妻のごとき速度で突進し、  
「とああッ!」  
 全力を奮って斬る。突く。薙ぐ。これまで以上に迅速に。  
 剣を楯に防ぐガノンドロフだが、足がついていっていない。よろけかかっている。  
『決める!』  
 インパは煙幕玉を放った。  
「う!」  
 噴出する黒煙から目をそらしつつ、ガノンドロフは豪剣を振り回す。それをたやすくかわし、  
インパはガノンドロフの背後をとった。  
『終わりだ!』  
 眼前にそそり立つ背に向かい、インパは袈裟懸けに剣を振りおろそうとした。が──  
「!?」  
 いきなり後ろから右肩をつかまれた。大きな手。  
『いつの間に──』  
 直後に左肩も。  
『──後ろに敵が?』  
 つかむ力に抗して、肩越しに右手の剣を背後へ突き下ろす。剣は両肩をつかむ敵の体軸を貫いた  
──はずだった。だが剣は手応えなく空気を刺しただけだった。  
『手だけが?』  
 インパは初めて恐怖を感じた。  
 ガノンドロフがこちらを向いていた。背後に回した剣を前に振ろうとしたが、届かぬうちに  
右腕をつかまれた。後ろから両肩を固定され、逃げられない。即座に左脚で蹴りを放つ。しかし  
それも脇で受け止められる。  
「手こずらせてくれたな」  
 息を荒げながらも、ガノンドロフの顔に再び陰惨な笑いが満ち、  
「げッ!」  
 拳が鳩尾に叩きこまれた。続いて顔面に。  
 痛みとともに、激しい痺れが全身に広がる。ただの打撃ではない。  
『魔力を……くらったか……』  
 肩の圧力が離れる。  
 視界の隅に、インパは見た。両手が腕から分離した、巨大な怪物。頭部が赤く花弁のように  
はじけている。  
「いいぞ、ボンゴボンゴ」  
 意識が遠のく寸前、ガノンドロフの声が耳に届いた。  
 
「あッ!」  
「インパ様!」  
 インパをぶちのめした場所が、騎兵たちを取り囲む連中の近くだった。一人の男が包囲から  
離れて寄ってきた。  
「てめえッ!」  
 斬りかかってきた。頭の禿げた、大柄な年寄りだ。意気は盛んだが、剣の扱いの拙さで素人と  
わかる。  
 ガノンドロフは構えもとらず、ぞんざいに剣を振った。切り裂かれた胴から鮮血を噴出させ、  
男はどっと地に倒れた。見ていた他の連中の動きは凍りついた。ガノンドロフが一歩踏み出すと、  
みな一斉に後ずさった。  
 その時、防御陣地の方で歓声があがった。どど……と馬蹄の音が続き、ゲルド族の騎兵団が村に  
突入してきた。  
「ご無事ですか!?」  
 先頭の女が馬を降り、ガノンドロフに呼びかけた。それには答えず、ガノンドロフは問い返した。  
「陣地は?」  
「撃破しました。いま残敵を掃討中です」  
 女は興奮した面持ちで答えた。  
「ほどほどにしておけ。村の中の奴らも殺すな。武装解除しろ。略奪もなしだ。狙撃手が残って  
いるから気をつけろ」  
 ガノンドロフは冷静な声で命じた。女は命令の内容が意外そうだったが、それでも、  
「はッ!」  
 と頷き、他の面々に命令を伝達した。  
 
 ゲルド騎兵たちを包囲していた一隊は、武器を捨てて投降した。狙撃手も同様だった。  
防御陣地が破られ、村に侵入され、インパも倒されたとあっては、もう打つ手はなかった。  
抵抗する者もいたが、それらはあっさりと斬り捨てられた。  
 カカリコ村は陥落した。  
   
 村の生き残り全員が広場に集められた。人数は百にも満たず、疲弊した村の現状を物語っていた。  
 戦闘員としては、先に村にいた騎兵包囲陣と狙撃手がいた。防御陣地で戦っていた王党軍も  
合流させられたが、その大部分はすでに殺され、生存者はわずかだった。それらはみな捕縛され、  
広場の一角に並ばされた。  
 墓地に避難していた非戦闘員──女子供や老人らは、ゲルド女たちに追い立てられ、広場の別の  
側に固まっていた。戦闘での死者にすがって泣く者もあったが、ガノンドロフは敢えてそれを  
放置した。悲嘆の雰囲気を演出するためだった。  
『そして、こいつだ』  
 気絶したインパの身体を引きずって、ガノンドロフは広場の真ん中へと歩み出た。不安げに  
見守る村人たちを睨め回す。  
「お前らに、面白いものを見せてやろう」  
 ガノンドロフの腕が、インパの衣服を引き裂いた。  
「あッ!」  
「きゃッ!」  
 驚きと憤りのこもった悲鳴が、あちこちであがる。ガノンドロフは心地よくそれを聞きながら、  
『味わうがいい。絶望を』  
 顔に邪悪な笑みを浮かび上がらせた。  
 
 頬に土の感触がした。  
 やがて、頬だけでなく、身体の前面すべてがそうであることに気づく。  
 うつ伏せになっているのだな、とインパは感じた。意識が戻るにつれ、皮膚の感覚も戻ってきて  
いるのがわかった。  
 だが、運動神経は鈍麻したままだった。身体を動かそうとしても、わずかに震えが生じるだけだ。  
そして両腕は背後に回され……  
『縛られている……か……』  
 予想どおり、自分は殺されなかった。しかし……  
 インパは覚悟した。ガノンドロフはゼルダを探している。その行方を白状させようとして、  
激しい拷問が始まるだろう。  
 周囲で気配がした。いま自分はどこにいるのだろう、とインパは思った。  
 閉じていた目を、ゆっくりとあける。村人たちが見える。痛ましげな表情。すすり泣きの声。  
散在する死体。武装したゲルド女たちが立っている。  
『村が……陥ちたのか……』  
 周囲の風景が見えてくる。村の広場だ。すると、あれから時間はあまり経ってはいないのか……  
 痺れに抗し、ようやくのことで首をまわす。縛られた自軍の一団が目に入る。彼らも悲痛な目で  
こちらを見ている。  
 守備隊長も騎士もいない。死んだのか。待ち伏せていた仲間たちは……みな捕まったか……  
あるいは死体となって……いや、確か……もう一人……  
 突然、下半身が持ち上げられた。腰の両側をつかまれている。誰かの手が素肌に触れている。  
土に接していた身体の前面もまた素肌であることに、いまさらながら思い当たった。  
 インパは驚愕した。  
 何も身につけていない!  
 村人たちの表情の意味が、やっとわかった。自分は彼らの前で全裸をさらしているのだ。これは  
……このわけは……  
「お前らが敬う、このいかつい女とて……」  
 嘲るような声が聞こえた。  
「ただの雌に過ぎないことを、はっきりと教えてやる」  
 ──ガノンドロフ! 私はこいつに……  
 後ろから股間に硬直した物体が押しつけられる。  
 ──犯されるのか……みなの見ている前で……  
 拒む力もない肉門を、それは一気に貫き通し、  
「うッ……あ……ああッ!」  
 潤いもない襞をこすられる、ひりついた痛みが、  
 ──こんな格好で……獣のように……  
 屈辱が、羞恥が、インパの身を震わせた。  
 敗者の女が勝者の男に犯される。それは戦争の常識だ。だが、自分がその女の立場に堕ちよう  
とは……  
 いや、拷問を覚悟した時点で、無意識にではあっても、それは予想していた。しかし……  
このような場面で……このような状況で……辱められることになろうとは……  
 インパは歯を食いしばった。  
 耐えろ。耐えるのだ。恥も苦しみも一時のものだ。むしろそれに負けない自分をみなに見せて。  
意気を保って。まだ望みはある。姿の見えない彼が……  
 
 必死に思いをめぐらすインパの脳が、ふと別のことを感知した。  
 痛みがない。いつの間にか。  
 膣を埋めつくし限界まで拡張させながら、それはインパの中で違和感もなく居座っていた。  
 ガノンドロフが動かないせいだ、粘膜がこすれないせいだ、と、インパは自らを納得させようと  
した。が、次の瞬間、  
「おぉ……ッ!」  
 それはゆっくりと引かれ、そして押しこまれ、またも引かれ、押しこまれ、引かれ、押しこまれ……  
 やはり痛みはなかった。巨大さによる抵抗はあっても、それはスムーズに、なめらかに、  
インパの膣内を前後した。  
 濡れている? 私が?  
 インパの動揺を読み取ったかのように、ガノンドロフの指が前にまわり、結合部の周囲を  
なでさすると、そこはかすかに粘液質の音をたてた。指が包皮を剥きあげ、  
「くぅッ!」  
 陰核を揉みつぶす。明らかなぬめりが一帯を浸している。もはや否定できない。  
 ガノンドロフの抽送が速度を増す。インパの膣はそれを受け入れる。意志を無視して。敵意を  
無視して。ただ感覚が、感覚だけが、拡大し、膨張し、インパを支配し始める。  
「あッ!……あッ!……あッ!……あッ!……」  
 突きこまれるそれに同期して、インパの口から声が漏れる。声。喘ぎ。そこに宿る感覚は、  
まぎれもなく淫らな欲情を映し出して……  
 見えてしまう。声もなく見守る村人たち。悲嘆の表情は変わらない。いや、そこには……  
それまでにはなかった、別の感情が湧き起こっているように思えて……  
 仇敵に犯されながら感じている自分が、彼らの目にはどう映っているか……  
 だめだ! 屈してはだめだ!  
 おのれを鞭打つ心の叫びもむなしく、すべての感覚が下半身に集中する。膣を蹂躙する動きは  
大きく、激しく、そこに生まれる快美な味を、自分は追い、何も考えられず、ただ追いかけ……  
「見ろ、お前ら。よくわかっただろう」  
 ガノンドロフの声。  
「こいつが色に狂った、ただの雌だということがな。敵を相手に、自分で腰を使っているぞ」  
 インパは愕然となった。身を固くしたが、遅かった。ガノンドロフの動きは止まっていた。  
股間に剛直を打ちつけられているはずが、いつの間にか、自分の腰がそれを求めて後ろに  
突き出されていたのだった。顔が、かあっと熱を持った。もう村人たちの顔を見られなかった。  
 再びガノンドロフが攻め始める。インパはただ、迎え入れるしかなかった。口は隠しようもない  
淫欲の叫びを発し、それを止めようという意志も働かなかった。垂れ下がる豊満な乳房を後ろから  
つかまれ、勃起した乳頭をなぶられても、新たな快感の衝撃が身を刻むだけだった。  
 もうすぐ……いってしまう……  
 いっそ早く終わった方がいい。敵に絶頂させられる恥辱を甘受しても……  
 ここまで打ちのめされながらも、インパの心の奥には、まだ一片の冷静さが残っていた。  
 彼。姿の見えない彼。狙撃手としてまだ村にひそんでいるはずの彼。まだどこかでガノンドロフを  
狙っているはずの彼。  
 ガノンドロフが自分と接触しているいまは、攻撃をためらっているだろう。だが、ことが  
終われば……隙を見てこいつから離れ、孤立させれば……  
「ぅあ!……ああ……あ……」  
 来る……もう少しで……早く……早く……  
 
 それを察したようなタイミングで、ガノンドロフはぴたりと抽送を止めた。たまらずインパは  
自ら腰を振ろうとしたが、ガノンドロフの逞しい腕に抑えられ、目的は果たせなかった。  
 なぜ?  
 焦燥に乱れるインパをよそに、ガノンドロフが言い出した。  
「この淫乱な女が、ふだん誰を相手にしていたか、お前らは知っているか?」  
『こいつは何を……』  
 心臓に冷水を浴びせられたような気がした。  
 まさか……まさか……  
「息子だ。こいつは実の息子と交わっていたのだ」  
 場は沈黙したままだった。が、その沈黙の陰にさまざまな感情が渦巻いているのが、インパには  
感じ取れた。しかしその時のインパにとっては、場の感情よりも、自らの感情の方が重要だった。  
 動揺を抑えきれない。どうしてガノンドロフがそんなことを知っているのか。もちろん、その  
言葉の内容は……  
「でたらめだ!」  
 村人の間から叫びがあがった。  
「インパ様がそんなことをするものか!」  
 勇気ある一人の発言に続いて、数人が同意の声をあげた。ガノンドロフは動じる様子もなく、  
平然とした声で言った。  
「証人がいる」  
 ──証人?  
 ガノンドロフが合図をしたのか、一人のゲルド女がその場を離れ、やがて若い男を連れて戻って  
きた。村人たちのどよめきの中で、  
「お前!」  
「兄さん!」  
 ひときわ大きな声が響いた。大工の親方の女房とその娘──アンジュだ。二人はそれまで死体の  
一つにすがって泣いていたが──(親方も殺されたのか)──いまは二人とも驚きに身が固まっている。  
 ということは……  
 インパは男の顔を見た。親方の息子だった。  
「話してやれ」  
 ガノンドロフの言葉に、卑しげな笑いを浮かべつつ頷くと、男は蔑むような目でインパを  
見下ろした。憎むべき敵に恥ずかしい体位で犯され、ひたすら快感に喘ぎ、いまもその格好でいる  
自分を思うと、蔑まれてもしかたがない。が、ならず者として村ではつまはじきにされていた  
この男に、そういう目で見られるのは我慢ならなかった。そんな意をこめたインパの視線を、  
しかし男は軽く受け流し、村人たちに向かって、大仰な口ぶりで話し始めた。  
「俺はこの目で見たんだ。お高くとまった、このインパ様が、息子と──あのシークとかいう  
ガキと──ベッドでつるみ合って、ひいひい言ってるざまをな」  
 半年前の、あの夜の、インパとシークの行為を、男は克明に描写していった。  
 インパは茫然となった。冷汗が流れた。顔から血の気が引いているのが、自分でもわかった。  
 見られていたのだ!   
 この男がどこにいたのかわからないが、気配に気づかなかったとは、何たる不覚。とても  
冷静ではいられない状況だったとはいえ……  
 男の話の内容は正確だったが、勝手な誇張も加わっていた。話の中で、インパは、おのれの  
欲望のままに幼い息子を誘惑して近親相姦の快楽にふける、淫蕩で罪深い母親に仕立て上げられて  
いた。揶揄するような男の口調が、さらにインパを下劣な存在として強調していた。  
 耐えられなかった。両腕を縛られた状態で、耳を塞げないのが、この上もなく苦痛だった。  
シークとの、あの厳粛な行為が、汚され、踏みにじられているのだ。  
 
 だが……  
 インパはすがるような思いを抱いた。  
 みなは、この男の話を信じるだろうか。ならず者として知られた、この愚劣な男の……  
 村人たちに目を向ける。ある者は男を見、ある者はインパを眺め……そこにはまだ、陵辱される  
自分たちの指導者への同情と憐憫が感じられたが、微妙に変わった空気も見て取れた。男の話を  
信じきっているわけではない。そうではないが……  
 まさか……いや、ひょっとして……という疑惑が生まれつつあるように思われた。  
『しまった!』  
 インパは初めて気がついた。  
 即座に否定すべきだったのだ。ガノンドロフの言葉を聞いた直後に。男が話し始めた直後に。  
男の言うことは事実なのだが、明確に否定すれば、村人たちは自分の方を信じただろう。しかし……  
 唐突な暴露に動揺し、それを面に出してしまった。男を止めることもせず、話すままにさせて  
しまった。動揺が、村人たちにも伝わってしまった。  
 覗きという恥ずべき行為の所産でありながら、話の内容の強烈さが、男への非難の感情を  
打ち消してしまったようだった。男の話は微に入り細を穿っており──事実だから当然だが──  
単なる作り話には聞こえないような生彩があった。  
 それに、ガノンドロフに一方的に犯されて喜悦に浸る自分を見た村人たちが、自分に対する  
印象を変化させていたとしてもおかしくはない。  
『もう……遅いか……』  
 いまさら否定しても、効果は薄い。シークとの関係は一度きりで、ガノンドロフが示唆した  
ような常習行為ではないし、近親相姦の汚名も晴らしたかったが、シークが実の息子ではない  
ことを告白するわけにはいかない。息子でなければ何者なのか、と追求される。それだけは絶対に  
避けなければ……  
 男の話は終わっていた。賢者についてのシークとの会話を聞かれていないようなのが、唯一の  
救いだった。  
『それに……まだ……』  
 たとえどん底に堕ちようとも、こいつを──ガノンドロフを倒す機会があるうちは……  
「馬鹿息子が!」  
 村人たちの群れの中から、一人の女が走り出た。親方の女房──男の母親だ。  
「お前……インパ様のことを……馬鹿につける薬はないっていうが……こんな馬鹿が息子だなんて、  
あたしゃ死んでも死にきれないよ!」  
「やかましい! くそババア!」  
 男が大声で罵った。  
「こんな村にいたって、いいこたあ何もねえんだ。息子とつるむようなスケベなおばさんにゃ、  
つき合いきれねえ。俺はガノンドロフ様につくぜ。その方がよっぽどいい思いができらあ」  
「罰当たりが! お前は人間じゃない! 魔物になっちまったんだ!」  
「なにを!」  
 男と母親が揉み合い始める。  
「鬱陶しいな」  
 ガノンドロフが呟いた。男を連れてきたゲルド女が、争う二人の間に割って入った。直後、女は  
剣を払って母親を斬り捨てた。  
「ぎえぇッッ!!」  
「お母さん!!」  
 母親の断末魔の悲鳴と、駆け寄るアンジュの叫びが、その場で同時にはじけた。  
 
 眼前の惨劇に、男は言葉を失っていたが、ほどなく顔に笑いを戻すと、憎々しげな口調で言った。  
「馬鹿はどっちだよ。利口に立ち回らねえやつは、こうなるのさ」  
「なんてこと言うの! 兄さん!」  
 母親の死体にすがるアンジュが、傍らに立つ男へ、涙と憤りに満ちた目を向けた。  
「もう心の底まで腐ってしまったの? そうなの? 違うと言って! 兄さん!」  
「黙れ!」  
 男がアンジュを蹴り飛ばした。小さな悲鳴をあげて土の上に転がるアンジュ。  
「おい」  
 ガノンドロフが短く声をかけた。  
「その女、あとで味見してやる。捕まえておけ」  
 ゲルド女がアンジュに歩み寄った。  
「お前の妹だが、かまわんだろうな」  
 ガノンドロフの言葉が男に向けられた。男は上目遣いで、  
「ええ、どうぞどうぞ、お気に召すままに……」  
 と、卑屈な笑いを浮かべながら言った。  
「立て!」  
 ゲルド女が、泣き濡れたアンジュを乱暴に立たせようとしていた。  
 なすすべもなく目の前の情景を見守っているしかないインパだったが、アンジュの危機に接して、  
『まずい』  
 悪い予感が胸を刺した。  
 彼が耐えてくれればいいが……  
 しかし予感は当たった。  
「アンジュに手を出すな!」  
 風車の背後にある高台の上から大声がした。  
 青年。アンジュの婚約者。最後の狙撃手。  
 ガノンドロフのまわりに人が集まっている状態では、弓を使えないと判断したのだろう。  
高台から飛び降り、剣を抜いて、広場に向かって突進してくる。ゲルド女たちが立ちふさがり、  
たちまち青年は血祭りに上げられる。  
「きゃあああああーーーーーーッッ!!」  
 アンジュの絶叫が響き渡った。  
『やはり……耐えられなかったか……』  
 是非もない。だがこれで、反撃の最後の機会が失われてしまった……  
 インパの身体から、がくりと力が抜けた。腰を固定されて、ぶら下がっているような感覚だった。  
ガノンドロフの陰茎が、硬い勃起を保ったまま、膣を満たしているためだった。自分がまだ  
犯されている最中であることを、インパは思い出した。  
 
 陵辱はさらに続いた。永遠とも思える時間だった。身体の自由はきかず、快感を否定する気も  
おこらず、インパはひたすら絶頂の到来を待ちこがれた。  
 ことが終わっても、もうガノンドロフを倒すチャンスはない。ただ、絶頂しさえすれば、この  
いたたまれない状況から解放される。思うのはそれだけだった。  
 しかしガノンドロフは残酷だった。インパが達する直前になると、動きを止める。波が引いて  
しまってから、またじわじわと攻めを再開する。それが何度も繰り返された。  
 意識を保つことのできる限界まできた時、ガノンドロフが耳元でささやいた。  
「いかせて欲しいか?」  
 インパは心の中でそれに答えた。口には出せなかった。  
「どうだ?」  
 重ねてガノンドロフが訊いた。  
 再び心の中で答える。ガノンドロフには通じない。  
 どうしようもなく、インパはかすかに声を発した。  
「いかせて……くれ……」  
「聞こえんな」  
 ガノンドロフがうそぶいた。なぶられていることは明らかだったが、インパは声をあげずには  
いられなかった。  
「いかせてくれ!」  
 恥辱の舞台に幕を引くためなのだ、と自らに言い聞かせつつも、その叫び自体が恥辱の極致で  
あることを、インパはわかっていた。  
 いまの声は、村人全員が聞いただろう。  
 絶望と敗北感が心を満たした。  
 が、それでは終わらなかった。  
「ならば……」  
 ガノンドロフの残酷さは予想以上だった。  
「ゼルダの居所を吐け」  
 身体が、びくんとのたうった。  
『ここで……そうくるか……』  
 インパは首を振る。それは……それだけは……  
 状態が初めに戻る。攻めと休止が積み重ねられ、限界にくると、ゼルダのことを訊かれる。  
そのつどインパは答を拒否する。  
 それが何回となく続いたが、インパは黙秘を貫いた。  
「強情だな」  
 ガノンドロフもさすがに辟易したようだった。  
「ここは、ひと区切りつけておいてやる。ありがたく思え」  
 ガノンドロフの動きが、いきなり激しさを増した。それまでの計算された動きに慣れていた  
インパは、膣の最深部をどつかれる快感に狂い、  
「ぅあッ!……ぅあぁぁッ!……あ……ああぁッ!!……」  
 ついに絶頂した。  
 子宮口に精液がぶちまけられる感触を最後に、インパの意識は失われていった。  
 
 ぐったりとなったインパの膣から長大な陰茎を引き抜き、ガノンドロフは立ち上がった。  
長時間の性交にもかかわらず、疲労はほとんどなかった。心身ともに男まさりのインパを、  
女として徹底的に犯しつくした満足感が、全身を満たしていた。  
 ゼルダの情報を得ることはできなかったが……  
『それは追々、じっくりと身体に訊いてやる』  
 ガノンドロフは心の中でほくそ笑んだ。  
「あの……」  
 横からおずおずと声をかける者があった。密告者の男だった。  
「あんなもんでよかったでしょうか。俺、うまくやりましたよね」  
 下らない奴だ。そんな思いを持ったまま、しかし口では、男の望む台詞を投げてやる。  
「よくやった。褒美をやらんとな」  
 男の顔が卑屈な期待にゆがむ。  
 ガノンドロフは、男の妹のことを思い出した。  
 さっき飛びこんできた男は──あの女の恋人か何かだろうが──アンジュと呼んでいた。  
 そのアンジュは、部下の女の一人に捕らえられ、広場の端に立ちつくしていた。インパを  
拘束しておくよう近くの手下に命じると、ガノンドロフはアンジュのもとへ歩み寄った。男も  
あとからついてきた。  
 眼前で恋人を殺された時、アンジュは悲痛のきわみのような叫びをあげていたが、衝撃が  
あまりに強かったためか、いまのアンジュの顔は、すべての感情が失われたように空虚で、  
ガノンドロフが前に立っても、それが見えてもいないようだった。  
『恋人だけではないからな』  
 母親もまた、目の前で殺された。そして……  
 先刻の戦いでインパを倒した直後、自分に斬りかかってきた初老の男。斬り捨てたその男の  
死体に、アンジュと母親は取りすがっていた。あれはアンジュの父親なのだろう。  
 父親と母親と恋人とを、一瞬と言ってよい間に亡くしたのだ。感情を失うのも無理はない。  
 その張本人が自分自身であることを思い、ガノンドロフは身が震えた。残虐な快感によってだった。  
 そして、残った兄は、このありさまだ。  
 ガノンドロフは男の方を向いた。男の顔には相変わらず、卑しい笑いが浮かんでいた。  
 下品な密告で味方を裏切り、母親が殺されても平然と憎まれ口をたたき、あげくには妹を  
いそいそと生け贄に差しだして、恥じる様子もない。  
『インパを落とす役には立ったが……もう要らんな』  
 ガノンドロフは剣を抜き、  
「褒美だ」  
 と言うと、無造作に横へ払った。男の首がすっ飛び、アンジュの前に転がった。  
 アンジュはそれに顔を向けた。それが何なのかわからない様子だった。が、少しずつ表情に  
変化が現れ、やがて口から、意味をなさない唸りが絞り出された。唸りは徐々に音量を増し、  
ついには耳をつんざく絶叫となって、あたりを覆いつくした。  
 その絶叫を快く味わいながら、  
「この方がすっきりしていいだろう」  
 ガノンドロフは冷然と言い捨てた。  
 
 ゲルド族によるカカリコ村の制圧作業が行われている間、ガノンドロフはインパの家を占拠した。  
家の一角には家畜を入れておく檻があり、インパは全裸のままの姿でそこに拘束された。  
 激しい拷問が、数日にわたって続けられた。ゲルド女たちに鞭打たれ、殴打され、全身の皮膚が  
破れて、インパは血まみれとなった。ガノンドロフは性的虐待を加え、合間には女たちによる  
陵辱も行われた。膣や肛門に太い異物が挿入され、乳首や陰核には針が突き立てられた。  
 インパは無抵抗だった。ガノンドロフや女たちの暴行に対し、反抗する素振りも見せず、  
黙ってそれに耐えていた。ゼルダの消息については、いっさい口にしようとはしなかった。  
 
 インパの寝室のベッドで、全裸のアンジュは、ガノンドロフにのしかかられ、その剛直を  
味わわされていた。  
 カカリコ村が陥落し、家族と婚約者を一挙に失ってしまったいま、アンジュにはもう生きる  
目的がなかった。かといって自ら命を絶つ気力もなく、アンジュはただ、ガノンドロフの餌食と  
なって、日を過ごすのみだった。  
 すでに男を知っていた肉体は、荒々しい攻めにも否応なく敏感に反応した。だがそれは、  
肉体のみの反応だった。  
「……は……ああ……あ……あぁん……」  
 口から漏れる喘ぎ声は、確かに快感ゆえのものではあったが、アンジュはそれを快感と  
認識できる状態ではなかった。  
 心は空っぽだった。何も考えられなかった。  
 
 ガノンドロフにとって、アンジュは意外な拾いものだった。とりわけ美しいというわけでは  
ないが、性交時の反応はそそるものがあり、ガノンドロフは当初、それを熱心に賞味した。  
 しかし回数を重ねるうち、アンジュの反応が機械的なものであることに、ガノンドロフも  
気がついた。身体は淫らに蠢くのだが、心が伴っていないのだった。  
『存外つまらんな』  
 肛門の処女を奪ってやった時もそうだった。物理的な苦しみは訴えても、精神的な苦しみは  
感じられなかった。恐怖や屈辱を感じない相手は、物足らない。  
 肛門といえば……と、ガノンドロフの思いはアンジュから離れていった。  
 インパの肛門も犯してやったが、初めてではなかったようだ。ああ見えて、案外、経験を  
積んでいるとみえる……  
 問題は、そのインパだ。  
 ガノンドロフは、心の中で舌打ちした。  
 さんざん責め立てても、頑としてゼルダの居所を吐こうとはしない。  
『やはりツインローバに任せるしかないな』  
 今回のカカリコ村との戦いは、賢者が関係しないものだったので、ツインローバは同行して  
いなかった。拷問で口を割らせるのは困難とみて、ハイラル城にいるツインローバには、  
カカリコ村へ来るよう、すでに伝えてあった。  
『それでかたをつけてやる』  
 仰向けのアンジュに覆いかぶさり、ガノンドロフは膣に埋めた肉柱をぐいと押し進めた。  
「あぅッ!」  
 アンジュの短い叫びが寝室に響いた。  
 
「どうだ?」  
 インパが閉じこめられた檻のある部屋に、一人のゲルド女が入ってきた。  
「相変わらずさ。動きもしないよ」  
 見張りの女が、つまらなさそうに答えた。  
「おかげで見張りは楽だけどね。けどまあ、よくここまで耐えられるもんだ」  
「強情張らずに、さっさと吐いちまえば、楽になれるのにな。でも、もうすぐ見張りも必要  
なくなるよ」  
「どうして?」  
「ツインローバ様が呼ばれたのさ。おっつけ着く頃だろう」  
「ああ……頭の中を読んじまうわけね」  
「そういうこと」  
「なら、こいつとも、じきにさよならだな」  
 見張りの女はそう言うと、意味ありげな口調で、相手の女に問いかけた。  
「ガノンドロフ様はどうしてるんだい?」  
「あの女とお楽しみだよ。ほら、大工の娘さ」  
「じゃあ、その間にさ……この女をなぶってやらないか?」  
「いいのか?」  
「何をやってもかまわないと、ガノンドロフ様も言ってたよ」  
「じゃあ……」  
「よし」  
 見張りの女が、檻の鍵をあけた。倒れているインパの背後に回り、腕のいましめを解く。  
「縛ったままだと、やりにくいんだよな」  
「大丈夫か?」  
「心配ないよ。こいつ、捕まってから、全然抵抗しないんだ」  
 もう一人の女が、そばに寄ってくる。  
 両者が射程圏内に入ったのを確認してから、インパは折り曲げていた両脚をいきなり伸ばし、  
二人の顔面を蹴り上げた。  
「うわッ!」  
「げッ!」  
 短い叫びとともに、二人の身体が吹っ飛んだ。すばやく身を起こし、一方の女の腹に拳を  
打ちこむ。ひるがえって、もう一方の女のうなじに手刀を飛ばす。二人は呻き声をあげて  
うずくまった。  
 インパは見張りの女が手にしていた剣を奪い、全裸のまま檻を飛び出した。  
 ずっと耐えて待っていた。これがほんとうに最後の機会だ。  
 ガノンドロフに犯される時は、いつも魔力で身体の自由を奪われ、手が出せなかった。ところが  
いまは、ガノンドロフはアンジュを犯している最中だという。不意を襲えば殺すことも可能だろう。  
だが……  
 
『頭の中を読む……だと?』  
 そんな能力が、ツインローバにあったとは。自分の思考を読まれることだけは、絶対に  
避けなければならない。ゼルダの、そしてシークの秘密を知られてはならない。  
 ツインローバはもうすぐ到着するという。それに先んじなければ。  
 インパは部屋を出て、寝室へと急いだ。  
 中から声がする。低い声。ガノンドロフの声。  
 寝室の扉をあけ放つ。ベッドでアンジュを組み敷くガノンドロフ。その顔がこちらを向く。  
狼狽の色。挿入した状態。  
『殺れる!』  
 飛びかかろうとした瞬間、ガノンドロフの視線が横に向き、叫びが飛んだ。  
「こいつがインパだ!」  
 そちらを見る。寝室の隅に一人の女。  
『ツインローバ!』  
 もう来ていたのか!  
 インパは寝室の外に飛び下がろうとした。が──  
 背後から複数の足音。ゲルド族の連中が駆けつけてきたのだ。  
 逃げられない!  
「お前が……お前が……」  
 ツインローバの声。意外そうな……(読まれた?)……驚いたような……(読まれたのか?)……  
「お前が『闇の賢者』!」  
 何を言っている?  
 瞬間、疑問が頭をよぎるが、  
『まだだ!』  
 同時に、  
『こうするしかない!』  
 剣を自らの首筋に当てる。  
 かの人への別れの思いは許されない。しかしこれだけは──  
『頼んだぞ! リンク!』  
 インパは腕に全力をこめ、剣をずぶりと皮膚へ食いこませた。  
 
 インパの首が落ち、切断面から噴水のように鮮血がほとばしった。首に数秒遅れて、胴が  
ばたりと床に倒れた。  
 アンジュの口から、何とも形容しがたい激烈な叫びが噴き出し、突然それがやんだ。失神したのだ。  
「どうだ? 読めたか?」  
 ガノンドロフはツインローバに訊ねた。常にもなく声が緊張していると自分でもわかった。  
「……だめだ……ゼルダのことは、読めなかったよ……」  
 ツインローバが呻くように言った。  
「この女が『闇の賢者』だとわかったもんで……それに気を取られちまった……」  
 声に悔しさをにじませ、ツインローバはインパの死体に歩み寄った。  
「こいつ……あたしが人の考えを読むことを知っていて……それで自分の考えを読まれまいと……」  
 壮烈な自刎。  
 ガノンドロフも、すぐには身体を動かせなかった。  
 それでも興奮は徐々に薄まった。薄まるにつれて、ゼルダに関する最後の手がかりを失った  
ことが実感され、心にしこりがよどんだ。  
「でもまあ、偶然とはいえ、『闇の賢者』の正体がわかって、しかも自分から死んでくれたんだ。  
それでよしとしようかね」  
「ゼルダのことはどうする?」  
 のんきそうなツインローバの口調が癇にさわった。しかしツインローバは平然としていた。  
「かりかりしなさんな。ゼルダについちゃ、まだ手はあるわよ」  
 確かに……  
 ガノンドロフは自制した。  
 インパの死体を見下ろす。  
 ここまで自分を追いつめた敵はいなかった。そう、あの小僧の父親の他には……  
 連想が広がる。  
 あの男には、リンクという息子がいる。そしてインパには、シークとかいう息子が……  
 そいつは、いまどこに? 村人の話では、開戦前に村から去ったということだが……  
『どうであれ、男だ』  
 ガノンドロフは連想の流れを打ち切り、本来の問題へと立ち戻った。  
『ゼルダか……』  
 ツインローバが、俺の運命に大きく影響すると言った、その人物。  
『……先の長いかかわりになる……』  
 床に転がったインパの首。かっと目を見開いた、その表情が、ガノンドロフの意識を捉えた。  
そこには苦悶も悲嘆もなく、ただ、死の直前に彼女を支えていた決然たる意志と──そして、  
守るべきものを守りきったという、満たされた思いがうかがわれた。  
 
 
To be continued.  
 
 

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