低い稜線を越え、なだらかな下り道をたどっていった所で平原は尽き、ハイラルの南東の端に
あたるその先には、深い森が広がっていた。ガノンドロフは馬を止め、目的地の方向を見定め
ようとした。が、森をなす木々は稠密で、昼間だというのに奥は暗く、見通しはきかなかった。
道らしい道すらないようだった。
「ここからは、馬では無理だな」
ガノンドロフは呟いた。
「そうね、あたしたちだけなら飛んでいくこともできるけど……」
傍らに馬を寄せつつ、呟きに応じたツインローバは、後ろをふり返った。
「せっかくの連れを、置いていくわけにはいかないし……」
ガノンドロフも、従う十数騎のゲルド女たちに目をやった。
一応、武装はしているが、今回の遠征では、戦闘はない。遠足といってもいいくらいだ。
もちろん目的はあるのだが。
「かといって、歩くのもかったるいわね。どうする?」
「燃やせ」
「え?」
素っ頓狂な声。よほど意外だったのか。
「燃やせ、と言ったのだ」
まじまじとこちらを凝視していたツインローバは、やがて顔に邪悪な笑いを浮き上がらせた。
「よくそんなことを思いつくわね。でも……」
ツインローバが分裂を始める。深いアルトが、醜いキイキイ声に変わってゆく。
「いくら炎の魔道士とはいえ、あたしだけじゃ、とてもそこまではできない。助けておくれよ、
ガノンさんや」
分裂を果たして、コウメが言う。
ガノンドロフは頷いてみせた。箒に跨ったコウメは森に向かって、枯れ枝のように細い腕を
振りおろした。指先から勢いよく噴出する炎。右手をかざしたガノンドロフが気合いを加えると、
炎は一瞬のうちに大きく伸展され、森へと襲いかかった。
「ああ、たぶんあのあたりだねえ」
箒で上空に舞い上がったコタケが、東の方を遠望しながら、大きな声を出した。
「目当ての場所まで燃やしちまうわけにはいかない。適当なところで、あたしが氷を降らせて
やるよ。そうすりゃ火も調節できるだろうて」
「任せたぞ」
ガノンドロフは唇の端に薄い笑いを浮かべた。視界が赤く染まり、顔に熱風が押し寄せる。
森は激しく燃え上がり始めていた。
『森の聖域』は、今日も変わらぬ静けさを湛えていた。
周囲を取りまく樹木の間から、みずみずしい空気が漂いあふれ、空の霞と溶け合って、廃墟と
なった神殿を、慈しむように包みこむ。枝葉の穏やかなうねり、小鳥の気まぐれなささやきが、
静謐を破ることなく調和する。どれもが欠くことのできない要素として、緊密に、しかしあくまで
優美に、唯一無二の空間を形づくる。
その妙味を味わいながら、サリアは湿った下草を、そっと踏み歩んだ。自分の場所と決めている
切り株の前に立ち、ゆっくりと腰を下ろす。
いつもの空間。いつもの静けさ。そして胸に宿る、いつもの想い。
リンクが森を出て行ってから、もう一年近くになる。
別れの時、あの吊り橋の上で、リンクは言った。「帰ってくるよ」と。
あたしはそれを信じている。かたときも疑ったことはない。でも……
リンクはいま、どこで何をしているのか。リンクはいつ帰ってくるのか。
苦しい。哀しい。
でもあたしは、想いを捨て去りはしない。いくら苦しくても、いくら哀しくても、その想いが
ある限り、二人の絆は保たれる。
『あたしはリンクが好き』
リンクが去ってから、サリアは前にも増して足繁く、ここを訪れるようになっていた。仲間と
一緒に暮らしていると、日々の生活とかけ離れたリンクへの想いが、ともすれば色褪せてしまい
そうになる。けれども、他に訪れる者のない、この『森の聖域』では、心おきなく自らの想いを
深めることができるのだった。
リンクとの絆の証。サリアの脳裏に、それは鮮明に焼きついている。
別離の時の、唇の触れ合い。そこに感じた、無上の幸せ。
あの幸せを、もう一度、感じたい。
衣服の上から、そっと触れてみる。両胸のほのかなふくらみを。未知の内奥を秘める両脚の
分かれ目を。
以前、いまと同じこの場所で、身にまとうすべてのものを捨て去って、あたしはそこに指を
さまよわせた。でも、その時には、まだ、わかっていなかった。
いまは、わかる。どうすれば、あの幸せを感じられるのか。
もっと強く、もっと深く、そこに触れさえすれば……
『だめ』
わかるけれど、そうはしない。
あの幸せは、リンクとともに分かち合いたい。あたしひとりのものにはしたくない。
手を離す。
が、離された手は、感触を覚えている。その感触が、別の思いを引き起こす。
かつてあたしを惑わせた、乳房のほころびと、かすかな発毛。それらは兆しだった。それらが
あったからこそ、あたしはあの幸せを体験できた。
では、なぜ、そうなったのか。
ひとつの言葉が胸を刺す。
使命。
デクの樹サマは言った。
『確かにおまえには、他の者とは異なるところがある。しかしそれは意味があってのこと。それが
おまえの運命であり、使命とも言えるのじゃ』
使命とは何なのか、ずっとわからないままだった。でも、いま考えると……
あたしの身体の変化に意味があるというのなら──身体の変化がもたらした、あの幸せの体験に
よって、リンクと絆を結んだこと──それがあたしの使命だったのだろうか。
あれから身体の変化は進行していない。すでに使命が果たされているからなのか。
『違う』
サリアは確信する。
使命は果たされていない。あたしはリンクを待っている。リンクを求めている。それはリンクとの
絆が、まだ完全ではないからだ。
リンクに再び会えた時にこそ、使命は果たされるだろう。絆は完全になるだろう。あの幸せの
体験を、さらに突きつめることによって。リンクと分かち合うことによって。その時、実際に何を
すればいいのか、まだはっきりとはわからないのだけれど。
身体の変化が止まったのは……
『もう、それで充分だから──もう、いつでもいいからなんだわ』
さらに、ひとつの予感。
『ここは、これからの──(そう、これからの!)──二人にとって、とても大事な場所になる』
なぜだろう。この『森の聖域』に、何があるというのだろう。
わからない。でも……あたしがずっとここを好きだったのは、きっと、自分でも気づかない
うちに、それを知っていたから……
解けない部分が残ってはいるが、それでもサリアは自分の思考に満足した。
これであたしは耐えられる。ずっとリンクを待っていられる。苦しみが、哀しみが、和らいでいく。
けれど、なくなりはしない。
サリアは思い出す。リンクの言葉。
『何か悪いことが起ころうとしている』
悪いこと。
始まりは、デクの樹の死だった。その余波は、いまもコキリの森を暗く支配している。新たな
子供が生まれないのだ。
サリアは空を見上げた。最近めっきり晴れ間を見せなくなった空。これもまた、悪いことの
現れなのか。
リンクは『外の世界』へと旅立った。悪と戦う使命を持って。
悪とは何か。その正体は何か。リンクはどのように戦っているのか。どのように使命を果たすのか。
そして、あたし自身の使命が、そこにどうかかわるのか……
その時、サリアは気づいた。
雲に覆われた暗い空に、さらなる暗みが加わっていた。それは視界の一方の端から湧き起こり、
不気味な揺らぎをもって、森の上空一帯へと広がりつつあった。
『煙?』
これは……ひょっとして……いや、間違いなく……
悪の新たな現れ。
サリアは切り株から身を起こし、急いで『森の聖域』をあとにした。どす黒い胸の騒ぎを抑え
きれないまま。
迷いの森を抜けて戻ってみると、その場は騒然となっていた。仲間たちはひとつ所に集まり、
森の西方から立ちのぼる黒煙を指さしながら、口々に切迫した言葉を交わし合っていた。
「どうしたの? あれは何?」
駆け寄りながら問うと、みんなが一斉にふり向いた。
「あ、サリア!」
「さっきから、ああなのよ」
「森が燃えてるんだ!」
「火事!」
「煙が近づいて……」
「じきにここにも……」
「どうすればいいの? あたしたち」
「どうしよう」
「どうしよう」
「落ち着け!」
混乱をきわめる言葉の嵐は、最後の叫びによって、はたと静まった。叫んだのはミドだった。
「俺が様子を見てくる。みんなはここにいろ」
ミドの顔がサリアに向けられる。
「心配するな」
サリアにだけ、かけられた言葉だった。
ミドは視線を黒煙に戻すと、森の出口に向かう西の道へと駆けだしていった。
誰も何も言わなかった。サリアもまた、遠ざかるミドの後ろ姿を、無言で見送った。
ミドの言葉は頼もしかった。でも……
そればかりではどうにもならない、圧倒的な悪が到来しつつあるのを、サリアは感じずには
いられなかった。
森の出口に近い吊り橋まで来て、ミドは立ち止まった。黒煙は空を圧するばかりでなく、
吊り橋の向こうに続く道の先にもたちこめていた。火のはぜる音も、かすかに聞こえるようだった。
ミドはごくりと唾を呑んだ。
俺が何とかしなくちゃいけない。コキリ族のボスである俺が。
何とかする? いったいどうすればいい?
仲間たちを襲った不安と惑乱は、ミドも同様に共有するものだった。それを表に出しては
いけないという強迫感が、ミドにあの一喝を叫ばせたのだったが……
こんな時、あいつならどうするだろう──と、ミドは脈絡もなく思った。
デクの樹サマが死にかけていた時、ひとり敢然と周囲の怪物に立ち向かい、それを倒して
デクの樹サマに駆け寄っていった、あのリンクなら。
首を振る。
あいつは森を出て行った。もうここにはいないんだ。だからいまは俺が……みんなを
……サリアを……
目をしっかりと道の先に向ける。
とにかく、確かめなければ。いま何が起こっているのかを。
黒煙は吊り橋の先に漂いながらも、それ以上、こちらへは流れてこないようだった。ミドは
吊り橋に立ったまま、前方を凝視し続けた。
どれくらいの時間が経過したかわからない。が、黒煙が少しずつ薄まり始めているのにミドは
気づいた。見上げると、空は相変わらず雲に閉ざされてはいたが、やはり黒煙の影は去りつつ
あるようだった。ミドは、安堵の息をついた。
この様子なら……
道の先から物音が聞こえた。安心しかかった心を、ミドはまた引き締めた。
何かが来る。
ミドの心を震わせる新たな緊張は、その何かが前方の道に出現するに及んで、最大となった。
どう表現していいかわからない、異様な集団が、そこにあった。
ミドはあっけにとられた。
『こいつらは……何なんだ……?』
巨大な人間たちが、見たこともない四つ足の動物に跨って、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
先頭の動物には、巨大な中でも特に巨大な男が乗っていた。その風貌に、ミドは凍りついた。
黒く濁った皮膚。暗い炎を燃やす両眼。冷たく引き絞られた口。
ミドの前まで来た男の、その口が開いた。
「コキリ族か?」
短い言葉だったが、重く響く低音は、ミドの心だけではなく、身体をもぞくりと震わせた。
男が横を向いた。同じくらいの背丈がある、これまた異様な一人の女が、動物の上からこちらに
目を向けていた。その目がついと男にすべり、女は首を横に振った。男が再びこちらを見た。
「お前の仲間はどこにいる?」
がたがたと脚が揺らぐのを自覚しながらも、ミドは必死の思いで言葉を返した。
「何の用だ」
男の目が見開かれ、ミドの心臓は縮み上がった。横から女がおかしそうな声で割りこんだ。
「ほらほら、びびっちゃってるじゃないの。あんまり子供を脅かすもんじゃないわよ」
女が動物を少し前に進ませ、男に代わって話しかけてきた。
「ねえ、坊や。あたしたち、人を捜してるのよ。あんたの仲間うちにいるはずなんだけど──」
人を捜している? 誰のことだろう。
「──だから、ちょいと仲間に会わせてくれないかしら」
ミドは女の顔を見つめた。鋭い目つきが気になったが、口元の笑みとくだけた口調は、ミドの
気持ちを少し和らげた。それでも用心深く、ミドは訊いた。
「会うだけか?」
「ええ」
女は表情を変えなかった。
「約束するか?」
「約束するわ」
ミドの念押しに、女はためらう様子もなく、あっさりと答えた。
こいつら、格好は人間のようだが、とにかくでかい。まともにやり合える相手じゃない。下手に
逆らわない方がいい。どうやら話はわかるようだし……
「ついて来い」
ミドは心を決め、集団の先に立って森の奥へと向かった。黒煙の意味がまだ知れなかったが、
訊ねる気にはなれなかった。
「はあ……のんびりしてて、いい所じゃないの」
森を抜け、家々の建つ開けた場所に出ると、あたりを見回したツインローバが、のんきな声を
出した。先導する少年のあとからゆっくりと馬を進めつつ、ガノンドロフはツインローバに目を
やり、小さく苦笑した。
なかなかの役者ぶりだ。
前方に人だかりが見えてきた。子供ばかりの集団だ。
コキリ族。森の神殿の近くで暮らす、子供のまま大人にならない種族。『森の賢者』は、
この中にいる。
集団の前まで行くと、先導の少年はふり返った。
「仲間だ」
「これで全部?」
ツインローバの問いに、少年は黙って頷きを返した。
「ふーん……」
馬を降りたツインローバが、子供たちに歩み寄った。各人の顔の上を、その視線が順繰りに
移動する。子供たちはみな押し黙り、身をすくめている。一様に怯えた表情で。
いや……
一人の少女がガノンドロフの注意を引いた。活発そうな、整った顔立ちだ。ガノンドロフに
ひたと向けられた目は、不安に満ちているにもかかわらず、何らかの強い意志の片鱗をも宿して
いるように思われた。
ツインローバの視線が、その少女に止まった。しばしの観察ののち、ツインローバはガノンドロフを
ふり返り、にんまりと笑いながら大きく頷いた。
ガノンドロフもにやりと笑って見せた。ツインローバは少女に向き直り、その片腕をつかんだ。
はっ、と少女は息を呑み、後ずさる動作を示した。が、ツインローバは斟酌せず、ぐいと力を
こめて少女を引き寄せた。
「サリアに触るな!」
例の少年が大声をあげた。ツインローバは冷たい目で少年を見た。
「うるさいね。捜してたのはこの娘なんだよ。引っこんでな」
態度の変化に驚いたのか、少年は怯んだ表情を見せた。しかしすぐに怒りを面に現すと、両手を
握りしめ、強い言葉を放った。
「約束しただろ! 会うだけだって!」
ツインローバがけたたましく笑った。
「約束が守られると思いこんでるところが、ガキの浅はかさだねえ」
少年の顔がゆがみ、小さな身体が引き絞られた。飛びかかろうとしているのだ。馬から飛び降りた
ガノンドロフは、後ろから少年の両肩をつかみ、動きを封じた。少年は暴れまくったが、一歩も
動けないようにするのに、大した力は要らなかった。
ツインローバが、ねっとりとした声で言った。
「この娘を犯るんでしょ、ガノン。でも、この幼さじゃ、いきなりは難しいかもよ。まずあたしに
任せちゃくれない? 犯りやすくしといてあげるから」
そういう趣向もいいだろう。
ガノンドロフが頷くと、ツインローバは草の上に腰を下ろし、サリアと呼ばれたその少女を、
後ろ向きにして膝にのせ、抱きすくめた。
「いや!」
「やめろ!」
少女と少年の声が同時に響いた。ツインローバは声を完全に無視し、服の上から少女の身体を
撫でまわし始めた。
ガノンドロフは、従ってきたゲルド女たちを見渡した。子供相手で戦闘の必要がないのに、
彼女らを連れてきたのには、理由があった。ゲルド族の中にも、幼い少年少女に欲情を抱く性癖の
者はいる。今回の旅は、そういう者たちへの一種の慰安という意味もあった。
ツインローバの行為で刺激されたのか、女たちの目はどれも爛々と燃え盛っている。訴える
ような視線に、ガノンドロフは応じた。
「いいぞ」
女たちは一斉に馬を捨て、歓声をあげて子供たちに襲いかかった。
逃げ惑う子供たちを、女たちは嬉々として追い、次々に捕らえ、手もなく地べたに押し倒した。
服をむしり取って素肌の感触に飢えを満たす者もいれば、服ごしにゆったりと玩弄を楽しむ者も
あった。ある者は自らの秘部に相手の顔を押し当てて舌技を要求し、またある者は男の子の
下半身を露出させて未熟な陰茎をしごきたてた。張形を装着して──さすがにサイズは小ぶり
だったが──男女の区別なく、性急に陰門や肛門を犯し始める者もいた。たちまちあたりは
修羅場と化し、子供たちの悲鳴と泣訴、ゲルド女たちの嬌声と喘ぎが満ちあふれた。
暴戻な慰安の幕開けを見届けたあと、ガノンドロフは、自分が捕らえた餌食へと注意を移した。
女に抱きすくめられ、その手が全身を這うのを感じて、サリアの身体はおぞましさに震えた。
この人たちは、いったい誰? どうしていきなり、こんなことを?
サリアの頭は恐慌に陥っていた。わからないことばかりだった。
いや、ひとつだけわかることがある。
やはりこれが、悪だったのだ。
サリアは力の限りもがいた。しかし自分とはかけ離れた体格に備わる相手の力は強大で、
逃げようとしても逃げられるものではなかった。
女の手が両の胸に触れ、サリアは体を硬くした。
「おや」
女がいぶかしげな声を発した。より詳細な情報を求めるように、指が細かくそこをなぞる。
手のひらでぎゅっとつかまれる。思わず喉からかすかな呻きが漏れる。
「お前……」
手が裾をくぐって服の下へと伸び、腹から胸へと素肌を撫で上げ、わずかな乳房のふくらみを
捉える。
「驚いたね、子供だとばかり思っていたが……」
手がじっくりと乳房をなぶり始める。
初めて他人にそこを触られ、サリアの心は怖気に満ちた。だが女の手つきは決して荒っぽくは
なかった。優しいといってもいいほどだった。女の手によって乳首が硬く尖っていくのを、
サリアは自覚した。
同時に、感じた。
あの感覚が、あの幸せの体験に至るはずの快い感覚が、身体の奥から染み出してくるのを。
幸せ? 快い?
そんなことない!
サリアは激しく首を横に振った。あの大切な体験が穢されるような気がした。が、いまの感覚が、
すでに知っている快感の味と同一であることに、サリアは気づいていた。
「気持ちいいかい?」
追い討ちをかけるように、女が言う。もう一度、首を振ろうとする。でも、できない。どうして?
ほんとうだから。気持ちがいいから。
認めてしまった自分が、たまらなく厭わしかった。心が屈辱にまみれた。しかし肉体をかき立てる
感覚は、もう止めようがなかった。自然に息がはずんでいた。
いきなり服がまくり上げられ、首と腕からも引き抜かれて、上半身のすべてが外気にさらされた。
あわてて胸を隠そうとしたが、後ろから羽交い締めにされ、腕が自由にならなかった。
「これを見てよ、ガノン。どうやら──」
女が周囲を見回す気配がした。
「──他の女の子はみんな兆しもないけど、この娘だけは、もう萌え初めてるわ。これも賢者の
しるしかしらね」
仲間たちが襲われている様子は、すでに感じ取れていた。女の言葉で改めてそれが気になったが、
いまは自分のことで精いっぱいだ。
見られてしまう。とうとう見られてしまう。
羞恥に揺れるサリアの目が、眼前の視線とぶつかった。
ガノンと呼ばれた、あの男が、こちらを見ている。
サリアは目を閉じようとした。見られたとしても、それを自分が知覚しなければ、少しは
ましだと思った。けれども実際にはできなかった。目の前で、想像を絶することが起こって
いたからだった。
男は地面に膝をつき、後ろからミドの腰を両手で抱えていた。ミドは両手を地につけていたが、
抱えられた下半身は宙に浮いていた。下半身は裸だった。股間に突起が──女にはない、あの
突起が見えた。男の股間には、ミドのものの何倍もの大きさの突起がそそり立っていた。それが
ミドの後ろにあてがわれた。ミドが目を見開き、喉が裂けんばかりの叫びをあげた。
どうなっているのか、すぐにはわからなかった。二人の下半身は密着している。男の、あの
大きなものは、どこにいったのか。
考えてみて、わかった。あれはミドの体内に入っているのだ。ミドが叫んだのは、そのせいだ。
どこに入っているのかは明らかだ。入口はひとつしかない。
吐き気がした。排泄に使う場所が、そんなことにも使われるなんて。
「よく見ておくんだよ。お前もこのあとすぐに経験するんだからね」
女の低い声が聞こえた。
あたしが? あたしも、あんなふうに、あれを挿れられる? あそこに?
「お前の場合は、別の方さ」
女の手が、今度は下半身に差し入れられた。反射的に脚を閉じようとしたが、無駄だった。女の
脚が股にはさみこまれ、両脚を大きく広げられた体勢は変えようがなかった。
下腹部の丘を撫でられる。
「はっ、ここも萌え初めかい」
からかうような女の声。まさぐられている。そこに生える、あの短い飾り毛を。
羞恥を感じる暇もなく、手はさらに下へと向かう。ひと筋の窪み。その奥。快感を生み出す、
その場所へ……
身体がびくんと跳ね上がる。
探り当てられた。自分もまだ知らなかった急所。
押し寄せる。快感が押し寄せる。やっぱりここだった。ここにあることはわかっていた。だけど
自分では触れないようにしてきた。それなのに……
女の指が、さらなる奥へともぐりこむ。
「ここだよ。お前が破られるのはね」
ここが? 破られる? 何に? あれに?
指。女の指。あたしに入ってくる。あたしを押し広げる。奥の奥。あたしの中心。あたしの純潔。
違和感。圧迫感。でも、苦痛じゃない。なぜ? そこに指を挿れられて、なぜあたしは苦痛を
感じない? それが悔しい。苦痛じゃないのが苦痛。
聞こえる。ぴちゃぴちゃと。あたしは潤っている。あたしは濡れている。いじられて、挿れられて、
気持ちがよくて。
そう、気持ちがよくて!
だめ! だめ! この感覚は、この幸せは、ひとりでも、ましてや他の誰かとも、感じちゃ
いけない。だって、だってあたしは……
「リンクが好きなんだね」
驚愕。
どうして、どうしてこの女は、あたしの考えていることを言い当てられるの?
わからない。でも、そんなことはどうでもいい。
そうよ。あたしは好き。リンクが好き。
あたしはリンクが好き!
「リンクとキスしたね」
キス? キスって何?
「唇と唇を触れ合わせただろう」
ああ、そう! あたしはした。リンクとした。あたしはリンクとキスをした。
キス。キス。なんていい響き! なんてすばらしかったあの体験!
「いまみたいなこともしたのかい」
してない! してないわ! こんなこと、リンクとも誰ともしたことない!
でも、でも、今度リンクに会ったら……こんなことも、これ以上のことも……
これ以上のこと?
そうだ。わかった。いまわかった。
あたしのそこ。リンクのあれ。それが触れ合うんだ。それが結び合うんだ。それが完全な絆に
なるんだ。
そうしたい! そうしたい! リンクとなら! リンクとなら!
「残念だったね」
残念? どうして?
朦朧とする頭脳が、自分の現状を思い出す。燃え上がった心が、一気に暗転する。
リンクじゃない。いまこの女にあたしは穢されている。これからあの男にあたしは穢される。
リンクじゃないんだ。リンクはいないんだ。
女の指が勢いを増し、サリアは絶望に打ちひしがれつつも、次々とうち寄せる快感の波濤に
翻弄された。いつの間にか下半身の衣服も剥ぎ取られ、全裸にされていた。
それでもサリアは抵抗した。全くなすすべもない状態であったが、サリアは自分にできる最後の
抵抗を続けていた。
決して声は出さない。どんな目に遭おうとも。
決して自分の中身を自分からさらけ出しはしない。たとえ形ばかりのことであっても。
手弄に屈し、濡れに濡れ、サリアは悶え狂った。やがて圧倒的な絶頂がサリアを襲い、身体が
激しく痙攣した。
サリアは歯を食いしばり、喘ぎ声ひとつ漏らさなかった。
激越な快感の余韻にどっぷりと浸り、サリアは弛緩しきっていた。身体も、心も、動かなかった。
女の声が、耳に届く。
「メロメロさ。すべりはよくなってるよ」
女はまだ自分を抱いていたが、声はとてつもなく遠い所から聞こえてくるような気がした。
身体が浮き上がった。女の手が両脇をつかみ、自分を持ち上げたのだ。そのまま空中を移動させられ、
別の両手につかまれた。
分厚い、ごつごつした手の感触。
男だ。あの男だ。
最初に見た時、わかった。全身から発する悪の匂い。そのために、あたしはこの男から目を
離せなかった。
ミドはどうなったのだろう。男にえぐられ、聞くに耐えない叫びをあげていたミドは……
考えたくない。見たくない。これから自分に強いられることの結末を。
ミドも、あたしに見られたくはないだろう。
男の腕に囚われる。膝の上に抱きかかえられて、今度は向かい合わせにさせられている。
ざらざらした男の衣服が、裸の胸に接触する。鳥肌が立つ。でも、両の乳首だけは、やっぱり、
感じてしまう……
下半身は、生の接触。露出されたままの、男のあれ。あの長い棒の上に、あたしの割れ目が
跨っている。
そこはまだ、濡れている。濡れ続けている。濡れて、すべる、その感触が──ああ、感じたく
ない──でも、やっぱり、やっぱり……気持ちいい……
感じることへの嫌悪感が薄らいでいる。
どうしようもない。あたしの身体は、もう、感じるようになってしまっているのだから。
けれど……けれど……心は……心だけは……
男のあれが、びくりと動いた。サリアの意識はそちらへ引き寄せられた。
硬い。太い。
こんなものが、あそこに入るとは思えない。指ならまだしも。
そこに生じるであろう感覚を想像し、サリアが身を震わせた時──
男が両脇を持ってサリアを浮かせた。股間の窪みに先端があてがわれた。男の手が荒々しく
サリアを下に押しつけた。
かっ──と口が開く。これ以上ないほど大きく。
ぎゅっ──と目が閉じる。これ以上ないほど強く。
挿れられた! 挿れられた! 挿れられた!
その衝撃。その苦痛。想像をはるかに超えた、激甚な破壊の感覚!
全身の筋肉が引き絞られる。身体が石のように硬くなる。
動かない。身体が動かない。動かす気にもなれない。なりようがない。
こちらの様子など全く知らぬげに、男は両脇をつかんだまま、一方的にあたしを上下させる。
上下させる。激しく激しく激しく!
すべる。すべる。男のあれが、あたしの中ですべる。
でも、気持ちよさなんかない! 痛い! 苦しい!
このまま死ぬのではないか──と、サリアは思った。
強く閉じられた目蓋の間から、とめどなく涙がこぼれ落ちた。が……
限界まであけられた口を、サリアは閉じた。ぎりぎりと噛み合わされる歯は唇をも巻きこみ、
噛み破られた粘膜から、乾ききった口の中に、唾液とは異なる液体が染み出した。血の味がした。
男の動作はいよいよ速くなり、それはサリアの中で暴虐の限りを尽くした。
サリアは耐えた。
やがてそれはぐんと膨張し、生き物のように脈動しながら、サリアの中に、おぞましい何かを
噴出させた。
サリアは耐えきった。
耐えきれたことがわかって、サリアはやっと、緊張を解いた。
ガノンドロフは、だらりと緩んだサリアの身体を持ち上げ、陰茎を引き抜いた。陰茎は破瓜の
血に染まり、膣からは同じ血を混じた精液がどろりとしたたり落ちた。
それを見てしまうと、興味はなくなった。嗜虐の快感を満たすのに子供はもってこいだが、
あとをひくほどの美味ではない。ただひとつ、サリアが一声もあげなかったのが奇異に感じられたが。
サリアを草の上に放り出し、ガノンドロフは立ち上がって、あたりを見回した。ツインローバは
少年の腰に跨り、ぐいぐいと股間を押しつけながら絶頂しているところだった。少年は気を失っていた。
他の連中も、あらかた欲望を発散し終えたようだった。子供たちの弱々しい泣き声が聞こえて
いたが、数は少なかった。ほとんどの子供は、そこの少年と同じように気を失ったか、声も
出せない虚脱状態にされてしまったのだろう。
情欲を満たし終えたツインローバが歩み寄ってきた。
「さて、ガキどもをどうする?」
「始末しろ」
言い捨てる。
「いいの? 性奴隷にはもってこいだと思うけど……」
未練ありげなツインローバだが、
「連れて帰るには手間がかかりすぎる」
ぴしゃりと拒否する。
「そうね……子供の性奴隷なら、どこだって手に入るか」
さばさばした調子でツインローバは言い、つと歩を進めると、散った面々に大声で指示を出した。
殺戮が始まった。ゲルド女の一団は、無抵抗の子供たちを、次々と刃の餌食にしていった。
目を細めてそれを眺めていたガノンドロフの耳に、ツインローバの声が聞こえた。焦りの色があった。
「あの娘はどうしたの、ガノン?」
ふり向くと、草の上にサリアの姿がなかった。
いつの間に。気絶したと思っていたが……
周囲には見当たらない。
まずい。確実に命を奪っておかねばならない相手なのに。
「あそこだ!」
声を張り上げるツインローバ。森の北側を指さしている。目をやると、高台を走ってゆく全裸の
少女が見えた。その姿はすぐに森の中へ消えた。
ツインローバが瞬時に分裂し、箒に乗った二人の姿となって、サリアの消えた場所へと、
もの凄い速さで飛んでいった。ガノンドロフも急いでそのあとを追った。
三人は森へ入った。木々が鬱蒼と茂り、細い道が複雑に絡み合う、そこは迷宮だった。サリアの
足取りは全くわからなかった。
「上だ!」
「上から見るんだ!」
コタケとコウメが宙に舞い上がった。
「だめだ」
「見えない」
「木が多すぎて」
「葉が茂りすぎてて」
「「道が見えない!」」
二人は狼狽の声をあげ、上空をやみくもに飛び回った。が、やがてその動きがぴたりと止まる。
「コウメさん、あれを見てごらんよ」
「コタケさん、ありゃあ何じゃな」
「わからないかね、あの建物」
「北にある、あの石造りの建物」
「あれだよ」
「あれかい」
「「森の神殿!」」
聞き苦しい叫びが重なった。
「あの娘はあそこへ行ったんだ」
「賢者が神殿に惹かれて」
「そうだ、あたしらも」
「そうだ、飛ぶよ」
「ガノンさんや、早くあんたも」
「まあ待て」
ガノンドロフは落ち着きを取り戻していた。行き先がわかるなら、あわてる必要はない。
いったん失われたサリアへの興味が、再びふつふつと湧き上がっていた。
まだ楽しませてくれるとは。
右の人差し指を立て、くいと曲げる。何の前触れもなく、目の前に空間に黒い霧のような無数の
粒子が現れ、みるみるうちに凝縮して、ひとつの大きな影となる。
暗黒に染まったおのれの姿。
「行け、ファントムガノン。わが分身よ」
影が空に躍り上がった。驚く二人の老婆を尻目に、影は北の方角へと飛び去っていった。
サリアは迷いの森を駆けた。全裸であることは、気にもならなかった。股間が血に染まり、
ずきずきと痛み、走るには相当の忍耐が必要だった。仲間たちの悲惨な最期にも、胸が引き裂かれ
そうになった。それでもサリアは走りやめようとはしなかった。
あたしには、しなければならないことがある。
使命。あたしの使命。
あたしは穢された。でも、あたしはまだ、ここにいる。
あたしがどうなったとしても、あたしがいる限り、使命は果たせるはず。
あたしは待つ。リンクを待つ。リンクは必ず帰ってくる。
どうすればいいか、あたしにはわかる。なぜかはわからないけど、わかる。
二人にとって、とても大事な場所。何かがある。あそこには。
ともすればもつれそうになる脚を、サリアは必死に前後させ、ひたすら駆けた。駆け続けた。
木々に閉ざされていた風景が開け、その場所に到達するまで、サリアの脚は止まらなかった。
『森の聖域』に着き、サリアは、ほっと息をついた。その瞬間、正面に立つ神殿の廃墟が目に
入った。サリアの意識に、それは深く食いこんだ。
神殿。いつも見ている神殿。いまはなぜか、それから目を離せない。
どうして? 何があるの? あの神殿に何があるの?
思い出す。女の言った言葉。賢者。あたしは賢者。
神殿。賢者。そして使命。この不思議な暗合。
『神殿へ行かなければ』
理由も知れず、サリアは確信した。
でもどうやって? 神殿の入口は高い所にある。あたしには届かない。
待って。方法はある。入口のそばに木が立っている。何とかしてその木に登って……
サリアが木に走り寄ろうとした、その時。
頭上から黒い影が舞い降り、サリアの前に立ちはだかった。サリアは愕然とした。
あの男だ!
迷いの森を追いかけてはこられないと思っていたのに。
よく見ると、あの男とは違っていた。顔が人間のそれではなく、髑髏のような仮面で覆われていた。
だが全身から発散する悪の匂いは、あの男のものと寸分たがわなかった。
影がゆっくりと近寄ってきた。サリアはじりじりと後ずさりしながら、周囲の状況をうかがった。
逃げられる場所があるだろうか。
ない。
サリアは身をひるがえし、引き返そうとした。が、決断はわずかに遅れ、背を向けた瞬間、
肩に手をかけられた。強烈な力がサリアを組み伏せた。背が地面に押しつけられた。
影がのしかかってくる。両脚を開かれる。影のそれが股間に触れる。
まただ。また穢されるんだ。ここまで来たのに。やっとここまで来たのに。
力が入らない。もういい。どうにでもするがいい。
でも、最後の抵抗だけは続けてやる。
割れ目を押し分けて、それは一気に侵入してきた。すでに開通し、残る快感の液体と血による
潤みにも助けられてか、それは楽々とサリアの中に収まった。しかしサリアの知覚は楽々どころでは
なかった。裂傷面が摩擦され、先ほどに劣らぬ苦痛がサリアを襲った。
でも、これなら、まだ、耐えられる。
再びサリアは歯を食いしばった。
そのまま時間が過ぎた。のしかかる影は疲れを知らぬがごとくに運動を続け、サリアの意識は
遠くなった。それでも声は出さなかった。
耐え続けるサリアの耳に、草を踏む足音が聞こえた。
「俺の分身だけあって、欲望には限りがないな」
自嘲するような声音。本人だ。あの男、本人が来たんだ。
影がサリアを抱き起こし、仰向けとなった。サリアは影に貫かれたまま、その上でうつ伏せの
格好になった。
「見ていたはずだな。お前にも、この味を教えてやる」
自分に向けられた言葉だと気づくのに、しばらく時間がかかった。
見ていた? 教えてやる?
男が背後から近づく気配がし、影に挿れられた部分のすぐ後ろに、硬いものが接触した。
ミドと同じことをされるのだ──と、サリアは気づいた。力の抜けていた身体が、再び固まった。
また吐き気がした。そこがこんな行為に使われることが、いまだに信じられなかった。二つの
ものを同時に受け入れるという行為も、サリアの理解を完全に超えていた。
男のそれは、サリアが全力ですぼめた部分を着実に押し開いた。先端が入ったと思われた瞬間、
それは猛然と突進し、サリアの尻を貫き通した。
「!!!!!」
今度こそ死ぬ──と、サリアは思った。
すでに限界に近かった下半身の容量が、いまは限界以上に拡張されていた。サリアの下腹の中で、
二本のそれは同期しながら、めちゃめちゃに踊り狂った。痛み以上の痛み、苦しみ以上の苦しみが、
サリアを打ち砕いた。
もう、耐えられない。これ以上、口を閉じてはいられない。声を出せば、この限りない苦痛も、
少しは和らぐかもしれない。でも、出すのなら……
自分に科した戒めを破り、ついにサリアは、言葉を口にのぼらせた。
「……助けて……おねがい……」
サリアの声を聞き、ガノンドロフは内心にんまりとした。
けなげにも陵辱に耐えてきた幼い少女に、とうとう哀願の言葉を吐かせてやった。もちろん、
助けてやる気などない。実現しない望みをこいねがう、哀れな獲物のむなしい言葉こそが、欲望の
放出を彩る最高の装飾なのだ。
ガノンドロフは、いっそう残酷に剛直を抜き差しした。下から子宮を突き上げるファントムガノンの、
おのれと同等の逸物の動きが、薄く膜状に引き延ばされた筋層を通して、直腸をえぐるこちらの
ものに伝わってくる。二本の肉柱は際限なく暴威を奮い、陰部も肛門も血まみれだった。対して
サリアの全裸の皮膚は、蒼白となっていた。
いったん口を割ったサリアは、堰を切ったように言葉を吐き続けた。
「助けて」
「おねがい」
語彙は二つだけだったが、ガノンドロフはその響きに酔いしれた。いよいよ限界にさしかかり
始めた時、異なる言葉がサリアの口からかすかに漏れた。
「きて」
と聞こえた。胸が躍った。
いいだろう。
ガノンドロフは最後のスパートをかけた。ファントムガノンも同調させる。二重の残虐な攻撃が、
最大限の速さで完結しようとした、その時。
サリアが明瞭な声で叫んだ。
「助けて! おねがい! 助けにきて! リンク!」
声が二つの射精に重なった。
ガノンドロフの心は急速に硬化した。射精の快感は霧散した。
余韻に浸る気にもなれず、ガノンドロフは乱暴に陰茎を肛門から引き出した。サリアの身体を
つかみ上げ、ファントムガノンからもぎ離す。そのまま地面に叩きつける。
サリアの声は、哀願ではなかった。自分に向けられたものではなかった。助けを求めるまっすぐな
声だったのだ。あの小僧に向けての!
虚仮にされた気がした。サリアにそのつもりはなかったとわかってはいるが、どうにも我慢が
ならなかった。
「助けになど、くるものか」
吐き捨てる。
地べたに這いつくばったサリアの顔が、のろのろと持ち上げられる。顔さえも血にまみれた
サリアは、しかし目に強い意志を湛えて、こう言った。
「リンクは、来るわ」
「来ん!」
「来るわ!」
短くも激しい言葉の応酬。
しばしの沈黙をはさんで、ガノンドロフは言う。
「たとえ来ようが、お前は助からん」
サリアは黙っている。
「あの小僧とて、俺が殺してやる」
「いいえ!」
サリアがさえぎった。続けて、サリアは身を起こした。脚を震わせ、息を切らせながら、
長い時間をかけて、サリアは立ち上がった。そして、冷ややかな声が、サリアの口から発せられた。
「リンクが、あなたを、滅ぼすわ」
瞬間、ガノンドロフの頭は沸騰した。傍らに置いた剣を鞘から引き抜き、サリアに向け、
力まかせに振りおろした。剣は袈裟懸けにサリアを斬り裂き、その身体は再び地面に倒れた。
斬られた痛みは感じなかった。死という意識すらなかった。
──使命を……果たさなければ……
──リンクに……伝えなければ……
──この悪の……存在を……
地に伏し、消えてゆく意識の中で、サリアは遠く呼びかけた。
『……助けて……リンク……』
それが最後の想いだった。
ガノンドロフは、地面に横たわるサリアを、じっと見下ろしていた。胸の中は、まだ荒れていた。
ふだんなら、こんな小娘のたわごとなど、鼻で嗤って聞きとばすところだ。それが、いまは
異常に気に障った。
あの小僧のことが気に障った──としか言えない。
この俺が?
ファントムガノンが立ち上がるのが見えた。いらついた気分で指を振り、その姿を消す。
「殺ったのかい」
「殺ったんだね」
二人の老婆の姿で、ツインローバが舞い降りてきた。喜色にあふれた二人の表情さえもが
鬱陶しかった。
「燃やせ」
短く言う。
「は?」
「え?」
飛躍した言葉が、ツインローバには理解できないようだった。
「森を全部、燃やしてしまえ」
この小娘の死体ごと──とは言えなかった。
「はいはい、いつものように」
「はいはい、徹底的にね」
おどけた声を出すツインローバ。その片割れのコウメが、腕を振り、指先から炎を噴出させる。
荒れた心のまま気合いを加えると、炎は爆発的な勢いで、一気に森を燃え上がらせた。
「おお危ない。どうしたんだね、ガノンさんや」
「ほんにどうしたこと。なんぞ気にそわぬことでも?」
のんきなツインローバの言葉に返事もせず、ガノンドロフは紅蓮の炎を見つめていた。
『リンク……か……』
いずれ奴は戻ってくる。俺の前に立ちふさがろうとして。
『来るがいい』
唇の端に、笑いを浮かべる。が、苦いつかえが、胸に残る。
いまや森は全域が轟々と炎上し、壮大な破滅の姿を現していた。
それを黙然と見やりながら、破滅というその言葉を、ガノンドロフは複雑な思いで反芻していた。
To be continued.