水の神殿に向かう石柱。その脇に位置をとる。  
 東隣には、ハイリア湖のかつての岸辺に沿って、みずうみ博士が耕作する畑がある。そこに、  
人間もどきの物体が二つ立っている。ユーモアのある博士が、ボヌールとピエールという名前で  
呼んでいる、二体の案山子だ。  
 その二体を狙う。かなり離れてはいるが……  
 居合いのごとく右腕を一閃、さらに一閃。  
 直後、ボヌールとピエールの胴には、短刀が一本ずつ、みごとに突き刺さっていた。  
 右前腕の感覚を確かめる。左手で触れてみる。ぎゅっと力を入れて握ってみる。  
 痛みはない。投擲の勘も保たれている。  
 ほうっ、とシークは息をついた。  
 後ろに気配を感じ、ふり返ると、のんびりとした様子で足を運んでくる、みずうみ博士の姿が  
あった。  
「どうかな?」  
「問題ありません」  
 微笑みながら問う博士に、シークは一礼した。  
「博士のおかげです。ほんとうに……感謝しています」  
 あえて表情を動かさないシークに対し、博士は、さらに大きな笑いを顔に浮かべて言った。  
「わしゃ大したことはしとらんよ。医者ではないからの。骨にひびが入った程度だったんじゃろ。  
なんにせよ、大事に至らんでよかったわい」  
 謙遜だ。博士は僕の腕の状態をみると、直ちに水で冷やし、副木で固定して、安静を命じた。  
副木が取れるまでに二週間かかったものの、後遺症はない。運動能力の減退が心配だったが、  
いまの感じでは大丈夫だ。  
 博士の判断は的確だったのだ。  
 もう一度、心の中で、シークは博士に向け、深い礼を捧げた。  
 
 幸運だった──と、シークは思い返す。  
 ゲルドの谷で、ツインローバの攻撃により、崖っぷちへと追いつめられた時のこと。  
 あのまま谷底へ落ちていたら……川の水量が豊富であればまだしも、ゾーラの里の氷結によって  
貧弱な流れしか残っていない状態では、身体は河床に激突し、確実に死んでいただろう。だが……  
 崖の上から、ちらりと下に目をやった時、切り立った岩壁の途中に、狭く棚のように張り出す  
平面が見えたのだ。  
 即座に決断し、その岩棚に向かって飛んだ。  
 目測は外れず、身体は岩棚に落ちた。激しい衝撃で右腕を骨折してしまったが……とっさに  
受け身を取ったせいもあるだろう、他の傷は数カ所の打撲程度で、命までは失わずにすんだ。  
 意識も保たれていたので、岩棚にのっていた大きな岩の陰に隠れ、気配を絶った。ツインローバは  
箒で飛びながら、しばらく様子をうかがっていたが、こちらに気づかないまま、そのうち姿を  
消してしまった。警戒はゆるめず、朝まで同じ体勢を続けた。空が明るくなり、安全だという  
ことがわかって、初めて緊張を解いた。  
 しかし、ほんとうの危険は、そのあとにあった。  
 崖はほとんど垂直で、登ることはかなわない。ましてや腕を骨折した状態では。  
 とはいえ、待っていても、助けは望めない。『副官』が来てくれる可能性を考えはしたが、  
誰かが来るとすれば、敵である可能性の方がはるかに高い。敵に見つからなかったとしても、  
その場合は、飢えと乾きで死ぬのを待つだけだ。  
 行くべき道は下方のみ。綱でもあれば安全に下りられたかもしれないが、それもない以上、  
飛び降りるしか方法はない。だが谷の途中からではあっても、そこから河床に落ちれば、やはり  
死は免れない。  
 目標は一点。滝壺だった。川の流量は減っていても、長い年月、はるかな高みから落ちかかる  
水が、川底を穿ってできた滝壺は、落下する肉体を無事に受け止めるだけの深さと水量を有して  
いるだろう。  
 賭だった。そして、賭の結果は……勝ちだった。  
 その後は歩いてゾーラ川を下った。そして、やっとのことでハイリア湖に到達し、湖研究所──  
みずうみ博士の家の戸を叩いたのだった。  
 
 ゲルド族の奴隷になっていた──と語ると、博士は、初めは唖然とし、次に爆笑しながら、  
シークの肩を叩いた。  
「そりゃめったにできんことじゃの。お前さんには、いい経験になったかもしれん。わしは金輪際、  
経験したいなどとは思わんが」  
 博士の世話になり、骨折の治癒を待つ間、シークはできるだけのことをした。  
 かつてリンクも読んだという、博士が書いたハイラルの生物図鑑を熟読し、特に魔物に関する  
知識を貯めこんだ。  
 以前に訪れた時と比べ、ハイリア湖の水はさらに減少していた。  
「いまは、まだ水の底じゃが、いずれ水が涸れてしもうたら……水の神殿に入ることができる  
ようになるかもの」  
 と博士は言った。破壊されてゆく自然の姿に胸を痛めながらも、シークは期待を抱いた。  
 その時のために──と、シークは湖の近辺を探索した。  
 三体のゴシップストーンが見つかり、うち一つがメロディを返してきた。いかにも水の美しい  
したたりを想起させる、その流麗なメロディを、シークは『水のセレナーデ』と名づけ、  
『やはり、神殿に近い場所にあるゴシップストーンが、メロディを教えてくれる』  
 と確信したのだった。  
『ゴシップストーンといえば──』  
 シークの心を動かしたことがあった。  
 ゴシップストーンの前に立ち、聞こえてきた噂。  
 その一つ。  
『……こっそり聞いた話だが……かなりわがままで有名な、ゾーラの姫、ルトは、スキな男の子が  
いるらしい』  
 リンクのことだろうか──と思った。  
 以前、博士から、リンクとルト姫が一緒にハイリア湖へ来たことがある、と聞いた。ルト姫は  
リンクに傲慢な態度をとるばかりだったというが……あるいは……  
 男の経験を積んだ、いまとなっては、かつてのような胸の痛みを感じたりはしないが……  
それでも……  
 いずれにせよ──と、シークは思いを心の隅に押しやった。  
 ルト姫の消息は絶えて久しい。無意味な噂だ。ゴシップストーンも、ずいぶん時代に遅れている。  
 もう一つ。  
『……こっそり聞いた話だが……カカリコ村のアンジュは、コッコをコンパクト化する研究の  
ために、湖研究所へ通っているらしい』  
 でたらめだ。アンジュが以前、コッコの世話をしていたのは事実ではあるが、博士の話では、  
湖研究所を訪れていたのは、薬屋であるアンジュの母親であって、アンジュ本人ではない。その  
あたりがごっちゃになっているのだろう。コッコのコンパクト化というのも理解不能だ。  
 時代遅れであるばかりではなく、信憑性にも問題がある──とシークは苦笑いしたが……  
予期せずアンジュの名を聞いて、胸が騒いだのは確かだ。  
 ルト姫の噂を聞いた時とは、また違った心の場所が、ざわりと。  
『いや、いまは……』  
 シークは首を振る。  
 なすべきことは多かった。  
 
 傷が癒えたあと、シークがまず取りかかったのは、魂の神殿を目指して、再びゲルド族の支配  
領域への侵入を試みることだった。  
 ゲルドの谷で会った時、ツインローバは、いまはここから先へ行かれては都合が悪い、と言った。  
他の神殿は放置しているのに、なぜ魂の神殿に関しては警戒するのか。理由はわからないが、  
行かれて困ることがあるのなら、ぜひ行ってみなければならない。それに『副官』のことも気になる。  
 しかし、侵入は容易ではなかった。シークは前と同じく、ゲルド族の支配領域の外縁から、  
領域内の様子を注意深く観察したのだが、情勢は変わってしまっていた。ゲルド族の動きがやけに  
あわただしく、頻繁に各地を移動している様子なのだ。自分の以前の侵入が原因かと思ったが、  
そればかりではなさそうだった。自分以外の誰かを探している雰囲気が感じられた。いまさら  
ゼルダ姫の捜索を強化したわけでもあるまいに……とシークは思ったが、変化の原因を突き止める  
ことはできず、またそのような緊迫した情勢では、当面、侵入は諦めざるを得なかった。  
 
 魂の神殿は、いずれ別の機会に──とシークは考えを変え、別の活動を始めることにした。  
 ハイラルの各地を、虱潰しのごとく経めぐってみるのだ。ゴシップストーンの噂を確かめる  
ためでもあったが、それ以上に、ハイラル世界のありとあらゆる情報を、可能な限り収集しておく  
ことが目的だった。賢者の捜索を放棄したわけではなかったが、出会いが困難──あるいは不可能  
──な現状であるだけに、他に自分ができることは何でもしておくつもりだった。  
 リンクが帰ってきた時のために。  
 たとえば魔物について。それまでの経験から、シークは、ハイラル平原にいる魔物の種類には  
限りがあり、各々が出現する場所や時間帯に、一定の傾向があることを感じ取っていた。それらを  
詳細に記憶し、さらなる特徴──相手の攻撃方法、弱点、対処法など──も把握しておく。  
これには、みずうみ博士の図鑑から得た知識が役に立つだろう。  
 あるいは地理について。ゲルド族の支配領域内へ侵入する際に行ったような調査を、今度は  
ハイラル中に拡大して行うのだ。ハイラルのどこに、どのようなものがあるのか。どこでどの  
ようなものを手に入れられるか。町や村の位置、規模、人口、産業などに関して。それらを結ぶ  
道に関して。一時的な調査ではなく、その後の状況の変化についても押さえておかねばならない。  
 
 ハイリア湖を出発し、反時計回りの方向で、じっくりと、シークは調査を続けていった。  
まず東へ向かい、自分のそもそもの出発点である、南の荒野へと至った。  
 ゴシップストーンについては、当てはずれと言わざるを得なかった。石像が語る噂は、  
ガノンドロフが黒いゲルド馬に乗っている、などという、愚にもつかないものがほとんどで、  
使命の遂行には役立ちそうになかった。メロディに関しても、神殿とは無関係な場所にある  
ゴシップストーンが寄与するところはなかった。  
 情報の収集は、実に単調な作業だった。が、費やした労力に対する見返りはあり、有用な情報が  
着々と蓄積されていった。シークは黙々と、その仕事に集中した。  
 長い旅になった。  
 途中で何度か、ゲルド族の支配領域内への再侵入を試みたが、情勢は流動的で、やはり実行する  
には至らなかった。しかたなく、シークはそのつど、情報収集の旅へと戻った。  
 南の荒野から、もう一度コキリの森の焼け跡へ。次いで北上し、ゾーラ川へ。  
 そしてシークは、カカリコ村に着いた。  
 ハイリア湖を発ってからほぼ一年、前にカカリコ村を出た時から数えると、二年あまりが  
過ぎていた。  
 
 シークは村の外で夜を待った。村に常駐しているはずのゲルド族を警戒してのことだった。  
 待ちながら、自分がなすべきことを確認する。  
 闇の神殿。その場所を解明する。そして、メロディ。他の神殿と同じく、闇の神殿にも、  
そこに関連するメロディがあり、それを教えてくれるゴシップストーンがあるはずだ。  
『闇の賢者』であるインパは死んでしまったが、この先、そのメロディが何かの役に立つに  
違いないのだ。  
 神殿の場所は? ダンペイの言葉によれば、墓地らしい。だが……  
 記憶をまさぐってみても、あの墓地に神殿などあるとは思えない。ただ墓標が立ち並んでいる  
だけの所だ。  
 けれども、ダンペイは知っていたのだ。どこかに手がかりがあるはずだ。墓地を詳しく調べて  
みなければ。  
 そのダンペイの言葉を僕が知ったのは──と、シークの思いは旋回する。  
 アンジュ。  
 以前は、存在すら無意識に忘れようとしていた。でも……  
 僕は、いつの間にか、カカリコ村を、「アンジュのいる所」と認識するようになっては  
いなかったか。  
 思い出す。  
 アンジュをアンジュとして見られるようになった、あの一夜の体験。  
 あれから、もう二年。アンジュはどうしているだろう。あの哀しい「商売」を、まだ続けて  
いるのだろうか。  
 待て。それを思ってどうなる。僕がアンジュのためにしてやれることは、何もないのだ。  
 ……ほんとうに?  
 あの夜、アンジュはなぜ僕を求めてきたのか。僕に何を訴えていたのか。僕はわかったような  
気がした。ならば……  
 しかし、それは、感情の刹那的な逸走に過ぎないとも言えるのであって……  
 いや、それでも……  
『やめよう』  
 心の堂々めぐりを、無理やり打ち切る。  
 他に考えるべきことは、いくらでもあるのだ。  
 風景が闇に染まり、一面を雲に埋めつくされた空が、さらに濃い暗みを湛える中、かぼそい光を  
漏れ落とす月の影が、天頂を目指し、少しずつ、少しずつ、這い昇りつつあった。  
 シークは立ち上がり、村に続く石段へと向かった。  
 
 まず、元のインパの家に近づいた。窓に灯りは映っていなかった。しばらく中の様子を  
うかがったが、何の気配もない。思い切って戸の前に立ち、ノブを握る。戸は抵抗もなく開いた。  
 かつて暮らしていた家の中へと、シークは足を踏み入れた。  
 暗い部屋を回ってみる。インパの寝室だった部屋。隅に置かれたベッドは、自分がインパと  
初めての体験を結んだ場所だ。そのように、記憶にはっきりと残っているもあれば──あとから  
ゲルド族の連中が持ちこんだのだろう──全く覚えのないものもある。  
 そのゲルド族だが……  
 二年前、この家はゲルド族に占拠されていた。ところが、いまは無人だ。一時的に不在なのでは  
ない。もう何ヶ月も、ここに住んでいる者はいないような雰囲気だ。  
 場所を移ったのだろうか。  
 確かめておかねばならない。自分がこの村で探索を行うためには。  
 シークは家を出た。まだ深夜といえる時刻ではなかったが、戸外に人の姿は見えなかった。  
アンジュの家の方へ動きかける足を、思い直して別方向に変え、シークは村の広場へと歩んでいった。  
 広場に面した一軒の家から、酔いに任せた賑やかな声が聞こえてくる。ここは以前、村に一軒  
のみの宿屋だった。いまも人を泊めてはいるようだが、一階は酒場になってしまっていた。  
 自分の姿を他人の目にさらすことにはなるものの、情報を得るにはよい場所かもしれない。  
 女の声は聞こえない。ゲルド族は中にはいない。  
 それを確かめた上で、シークは酒場の扉を開いた。  
 中にいた人々が、示し合わせたように話や笑いを止め、場に静寂がみなぎった。一様に鋭い  
視線を投げてくる人々を、シークはすばやく観察した。  
 テーブルとカウンターに、合わせて十四人。みな男だ。若者から中年までの、さまざまな年齢層。  
見知った者はいない。どれも一癖ありそうな、油断ならない顔つきをしている。村に出入りする  
密輸入業者たちか。こちらを警戒しているが、危害を加えてくる気はなさそうだ。  
 向けられる視線など気にならない、といった余裕の色を表に出し、シークは無言で、店の中へと  
歩を進めた。  
「よう、色男のご入来だぜ」  
 一人が嘲るように声をあげ、それに数人が下卑た笑いで応じると、店の中には再び喧噪が満ちた。  
シークへの興味は薄れたようだった。  
 シークは店の最も奥まった場所へ移動し、カウンターに身をもたせかけた。隣に、扉をあけた  
時には気づかなかった客が、一人いた。手前の人物の陰に隠れて見えなかったのだ。三十歳  
くらいの男で、顔が無精髭にまみれていた。その顔に見覚えがあるような気がした。  
「注文は?」  
 カウンターの中から、太った中年女が声をかけてきた。この店のあるじなのだろう。以前、  
宿屋を営んでいたのも、年配の女だったが、それとは別人だ。記憶にはない。やはり戦争のあと、  
村に入りこんできた連中の一人でもあろうか。  
「酒」  
 最小限の返事をした。飲酒の習慣はないが、『副官』と一緒にいた頃などに、酒を口にした  
ことはある。自分が簡単には酔わない体質であることは、充分に把握していた。  
「あんた、持つものは持ってんだろうね。ずいぶんとお若いようだけど」  
 女がうさんくさそうに訊いてくる。シークはカウンターの上に、予想の額よりも少し多めの  
ルピーを投げ出した。女は少し驚いたようだったが、それ以上は何も言わず、シークの前に  
グラスを置き、琥珀色の液体を注いだ。  
 シークはグラスに口をつけた。いきなり自分から質問する愚は犯さず、まずは周囲の会話に  
耳を傾けた。  
 男たちの会話は、もっぱら商売に関することだった。やはりカカリコ村は、ゲルド族相手の  
怪しげな商人たちが跋扈する場所になってしまっているのだ。シークはやりきれない気持ちに  
なったが、心を抑えて話の流れを追った。  
 
 やがて、シークの期待する話題が出た。  
「ところで、俺は久しぶりにこの村へ来たんだが、ゲルド族の姉ちゃんたちは、どこへ行っち  
まったんだ? 前はずっとここにいて、商売のことに、あれやこれやと口をはさんできたもん  
だったが……」  
 一人が能天気な声で問い、周囲からは口々に答が返った。  
「ああ、ゲルド族ね。出て行ったよ」  
「もう半年くらいになるかな」  
「いまでも月に何度かは回ってくるが、村に居続けるのはやめたようだ」  
「どうして?」  
「さあね。ここも長らく平穏無事なんで、飽きちまったんじゃねえの?」  
「こんな火山灰だらけの村にいたって、気が滅入るばかりだしなあ」  
「悪かったね」  
 カウンターの女が口をはさんだ。あわてて取り繕うような声が続く。  
「おっと、気を悪くしねえでくれよ。俺がそう思ってるんじゃなくて、あいつらがそうなんじゃ  
ねえか、ってことさ」  
「どうだか」  
 女の声に責める調子はなく、笑い混じりで、あくまで冗談の範囲にとどめておこうとする意図が  
感じられた。だが、それを契機に、店の中の空気が変わった。  
「気が滅入るといやあよ……」  
 別の男が言い始めた。  
「この村だけじゃねえ。世の中全体が、どうにも鬱陶しい限りじゃねえか」  
 同調する声があがる。  
「まあな……儲かりゃそれでいいとは思っていても、こう毎日、曇ってばっかりだとなあ……」  
「そういや、俺はもう何ヶ月もお天道様を見てねえ気がするな」  
「何ヶ月? 何年も、だろ」  
「どうなっちまうんだろうねえ、この世界は……」  
「これも、あの魔王の──」  
 誰が言いかけた言葉なのか、シークにはわからなかったが、それを最後に、会話は途切れて  
しまった。  
 その魔王のおかげで食っている連中だというのに──とシークは思った。  
 彼らまでもが、世界の行く末に、漠然とした、しかし確実な不安を抱いているのだ。  
 そこに僕の使命が──と、重い心を動かしかけた時、隣にいた男が、不意に口を開いた。  
「ゼルダ様が……」  
 何だって?  
「ゼルダ様がおられるうちは、ハイラルは、まだ……」  
 シークは男の顔を凝視した。突然、記憶がよみがえった。  
 この男は……あの兵士だ。僕がインパに連れられて、初めてカカリコ村を訪れた時、村の石段の  
下で見張りをしていた、あの兵士だ。インパにゼルダ姫の消息を確かめ、無事だと聞いて満面に  
喜色を浮かべていた、あの兵士だ。  
 ゲルド族との戦争で生き残って、それからずっと、この村にいたのだろうか。どのような運命の  
変転を、この男は経験してきたのだろう。  
 男の言葉は、シークにだけではなく、場の全員に、なにがしかの感慨を与えたようだった。店の  
中は静まりかえり、それまでの不安とは違った、別種の感情が漂い始めたように思われた。  
 が……  
 
「ゼルダ様だと? くだらねえ!」  
 その感情を破って、一人が乱暴な声を出した。  
「ゼルダ様とやらに何ができるっていうんだ? もう五年以上も音沙汰なしなんだぞ!」  
「そうそう」  
 茶化すような諦観の言葉が続く。  
「ハイラル王国は滅びちまったんだ。それは認めねえとなあ」  
「お姫様なんかに期待できるかよ」  
「とっくに死んじまってるさ」  
「無事なら、どっかで話を聞きそうなもんだからな」  
「いまどき王女様のご帰還を信じてるなんて、愚の骨頂だぜ」  
 シークは現実に直面せざるを得なかった。  
 かつてカカリコ村の人々は、「ゼルダ姫健在」というインパの知らせを信じ、一丸となって  
ゲルド族に対抗した。それがいまでは……ゼルダ姫の名は、もはや一顧だにされない。  
 人の心は、ここまで変わってしまったのか。希望を持てないまま、世界が闇に沈んでゆくのを、  
なすすべもなく、ただ見送るしかないと。  
 まるで自分が責められているような気がする。  
 実際、ゼルダ姫の復活に必要な、賢者捜索という使命は、一向に捗っていない。  
 それに、彼らの言うことも、もっともだ。ゼルダ姫はどこにいるのか。安全な所に隠れている、  
使命を果たせば姿を現す、というインパの言葉を、僕は信じてきた。けれども、ゼルダ姫が生きて  
いるという客観的な証拠は、何一つないのが実情なのだ。  
「生きておられる」  
 うつむいていたシークは、はっとして目を上げた。元兵士の、隣の男が、シークに視線を向けて  
いた。  
「ゼルダ様は、生きておられる」  
 どうして……どうしてこの男は?  
「確かにゼルダ様の話は聞かない。だが、亡くなったという話もない。ゲルド族の手にかかって、  
お命を落とされたのなら、奴らは大々的にそう喧伝するはずだ。それがないということは、  
ゼルダ様は、ご無事だということだ。私は……そう信じている……」  
 男の声は、徐々に小さくなった。  
「君がどういう人なのか、私は知らないが……君は……まだ若い……どうか……希望を捨てないで  
くれ……」  
 男はカウンターに突っ伏した。肩が小刻みに震えていた。  
 この男は、僕が誰だかわかっていない。僕が「インパの息子」であることに気づいていない。  
 しかし、シークはそれを男に伝えようという気にはならなかった。それどころではない、大きな  
感情が、シークの胸を満たしていた。  
 男の言う根拠は、絶対的なものではないかもしれない。それでも……  
 信じている人が、ここにいる。  
 そのことが、いまの僕にとって、どれだけ大きな救いになるか。  
 信じることに、僕自身が疑いを持ってしまって、どうするのだ。希望を捨てるな、という男の  
言葉。それは、僕こそが、世界の人々に伝えなければならない言葉ではないか。  
 そうだ。ゼルダ姫は生きている。絶対の確信がある。  
 だから、いくら苦しくとも、くじけてはならない。リンクが帰ってくる、その日まで。そして、  
リンクとともに、ガノンドロフを倒す、その日まで。  
 
「ゼルダ姫はよお──」  
 誰かが呂律の回らない声で言い出した。シークは自らの思いをとどめ、声に注意を集中させた。  
「案外、生きてるかもしれねえなあ」  
 信じる人が他にも……と、シークは期待を持った。が、その後の会話は、期待を大きく裏切る  
ものだった。  
「はあ? なに言ってんだ、お前」  
「生きてるはずねえだろ、馬鹿が」  
「だってよお、お姫様ともあろうお方なら、けっこういい女なんだろう?」  
「ああ……美人だという評判だったな。俺は見たこたあねえが」  
「ならよ、ゲルドの魔王様がゼルダ姫をとっつかまえたとして、あっさり殺したりするもんかねえ」  
「……なるほどな。ずっと魔王に飼われてるのかもな」  
「いつも女をいっぱい引き連れてる、あの魔王のことだ。ハクいお姫様が手に入ったら、ただで  
すむはずはねえよなあ」  
「やれやれ、あの王女様が、いまじゃ魔王の女だってか?」  
「哀れだねえ。けど、そんな場面を想像すると、それはそれで……」  
「やめて、許して、とか言いながら、毎晩、犯られてたりして」  
「いやいや、高貴な方々の中には、好き者が多いらしいぜ。意外に自分の方から腰振ってんじゃ  
ねえの? もっとやってぇ、お願いぃ、なんてよお」  
 女の声色を真似た下品な台詞に、周囲からどっと、輪をかけて下品な笑いがあがった。  
 シークは両手を握りしめた。  
 他愛もない酔っぱらいの猥談だ。ありがちなこと。気にするまでもない。  
 と、頭ではわかっているのに、なぜか、むらむらと湧き上がる怒りを抑えきれない。まるで  
自分が侮辱されているような気がして。  
 耐えきれず場を去ろうとした時、店の扉が乱暴に開かれた。酔いに目をどろんとさせた中年の  
男が、ふらつきながら立っていた。男に手を引っぱられて、女が一緒に中へ入ってきた。  
 アンジュだった。  
 
 男はカウンターの客の間に割りこみ、周囲を憚らぬ大声を出した。  
「そら、酒をよこしな。こいつに酌させるからよ」  
 手首をつかまれたアンジュは、迷惑そうな顔だ。ちらりと左右を見たが、シークがいることには  
気づいていない。  
「あんた、もう飲んでるじゃないか。いい加減にしときな」  
 カウンターの女が諭すように言っても、  
「うるせえ! 俺に意見すんな!」  
 まるで話が通じない。カウンターの女は、  
「しようがないねえ、酒さえ飲まなきゃおとなしい親父なのに……」  
 と、小声でぶつくさ漏らしながら、それでも酒瓶とグラスを男の前に置いた。  
「やかましい野郎だな」  
「いつものことだが」  
「空気読めねえ奴だぜ、ほんとに」  
 まわりの客がひそひそと話している。鼻つまみ者なのだろう。  
「さあ、注げよ」  
 男はグラスを持ち、酒瓶をアンジュに押しつけた。アンジュはそれを手にしたが、酒を注ごう  
とはせず、うんざりした調子で口を開いた。  
「もう三時間も相手してあげたじゃないの。そのうえ酌をしろなんて……これ以上は勘弁して」  
「何だと! このアマ!」  
 男はいきなりグラスをアンジュに投げつけた。  
「きゃッ!」  
 鈍い音がした。アンジュのこめかみに当たったグラスは、床に落ちて砕け散った。  
「金さえ払や誰とでも寝る淫売風情が、でかい口叩くんじゃねえ!」  
 しゃがみこんだアンジュに、男の蹴りが入る。  
「ちょっと!」  
 カウンターの女が、さすがに憤慨した声を出し、他の客もざわめき始めた。  
 シークはつかつかと男の前へ歩み寄った。  
「やめろ」  
 冷静であるつもりだったが、声がいつもより高ぶっているのが自分でもわかった。  
「なんだあ、このガキは」  
 男が濁った目を向けてきた。床に転んだアンジュが、はっと息を呑む音が聞こえた。  
「てめえのようなガキが出る幕じゃねえ! とっとと失せやがれ!」  
 胸ぐらをつかもうとする男の機先を制し、シークは抜く手も見せず、短刀を男の喉元に突きつけた。  
「なめるな」  
 男の顔が蒼白になった。首から上が震えている。  
 後先を考えない行動であることは、よくわかっていた。だが、女性を侮辱する言動に我慢が  
ならなかった。それまでの怒りがあったせいかもしれない。  
「失せるのはお前の方だ」  
 シークは刃先を皮膚に近づけた。男はびくっとして身を引き、蛙がつぶれたような音を喉から  
漏らした。一歩、近寄る。男は少しずつ後ずさりし、最後には、店に入ってきた時と同じように  
扉を乱暴に開くと、外へ走り出ていった。  
 
 店内の空気が和らいだ。  
 シークは床のアンジュを見下ろした。アンジュの口が動いた。声は聞こえなかったが、シークの  
名を呼んだような口の形だった。シークは手を差し伸べた。アンジュは手を取り、ゆっくりと  
立ち上がった。  
「迷惑をかけた」  
 酒代とは別のルピーをカウンターに放り出し、アンジュには何も言わないまま、その手を引いて、  
シークは店を出た。  
 男の姿がないことを確かめ、シークは足早に広場を横切っていった。どこへ行こうという  
つもりもなかった。すべてが衝動によるふるまいだった。  
 広場から風車へ向かう道に入った所で、半ば駆け足で引っぱられていたアンジュが、初めて声を  
出した。  
「シーク!」  
 立ち止まる。ふり返る。  
 夜の闇の中、道には灯りもなく、アンジュの顔は見えない。  
 アンジュが近づく。それでやっと、表情が見えてくる。  
「ここへは……何をしに……?」  
 どうする? 沈黙を貫くか? いつものように?  
 いや……  
 何か言わなければ。アンジュに何か言ってやらなければ。  
「……石像に……」  
 首を後ろに向け、背負った竪琴を示す。  
「歌を……聞かせてやろうと思って……」  
 何を言っているんだ、僕は。  
 詳しいことは話せないが、嘘は言いたくない。でも、これではまるで意味不明だ。  
 意味不明……のはず……なのに……  
 シークを見つめるアンジュの目。にわかに涙が湧き出す。ぎゅっと目が閉じられる。あふれる  
涙が頬を流れる。  
「やっぱり……それが……」  
 かすれた声とともに、身体がぶつかってくる。強く、固く、腕が巻きつく。  
 何がこうまでアンジュを動かしたのか。何が「やっぱり」なのか。「それ」とは何なのか。  
 わからない。わからないが……この出会いを、アンジュは喜んでいる。確かに。  
 僕がアンジュにできること。  
 肩に密着するアンジュの頭を、両手で軽く離す。手を口元の布にかけ、自分の顔をあらわにする。  
 シークはアンジュに口づけした。アンジュの情熱的な唇の動きが、それに応じた。  
 
 おぼろげな互いの想いを、なおも深く確かめようとするかのごとく、二人の唇は離合を繰り返した。  
 近づきながらも、届かない。  
 もどかしい交歓の一幕が過ぎ、それを知った二人の足は、自然とアンジュの家へ向かった。  
勝手口から中へ。まっすぐに寝室へ。一言の会話すらないまま、二人はベッドに倒れこんだ。  
 全身がせわしなく互いを求める。引き裂くがごとく互いの衣服を剥ぎ取る。  
 手が触れる。唇が触れる。素肌が触れる。局部が触れる。  
 狂奔する嵐のように、二人の肢体が絡み合い、躍動する。  
 それぞれが知る限りの、あらゆる形の交わりが、絶頂に次ぐ絶頂を迎えても、なお果てしなく  
続いてゆく。  
 互いを貪りつくす、二体の獣。  
 ようやくその飢えが満たされ、体力の最後の一滴までをも使いきった二人がベッドに倒れ伏した時、  
窓には薄い黎明の光が白々と映っていた。  
 
 淡い眠りから覚めたアンジュは、自分がシークの胸に頭をもたせかけているのに気がついた。  
それをどうとも思わないまま、けだるい感覚に身を任せているうちに、肩を抱くシークの腕を  
自覚した。  
 少しずつ、思考が動き始める。  
 二年前、シークと初めて身体を重ねたあとのこと。わたしはシークの肩を抱き、シークの頭は  
わたしの胸に押しつけられていた。なのに、いまの二人の体勢は、それとはまるで反対だ。  
 別におかしなことではない。この二年で、シークの背丈は、かなり伸びた。まだわたしの方が  
少しだけ高い。でも、身長の差は、もうほとんどなくなった。  
 思春期の少年の成長が、いかに早いことか。  
 そう、シークは確実に成長しているのだ。  
 まだ眠りから覚めない、シークの顔。こうして見ると、まだまだ子供のようなのに……  
 アンジュの手が、そっとシークの股間に伸びる。  
 ここは、もう、男としてのたくましさを充分に持っている。周囲を彩る縮れた毛も、二年前より、  
ずっと濃く……  
 そのシークの男に──と、アンジュは夜の記憶を想起する。  
 わたしは圧倒された。シークは圧倒的に男で、圧倒的に巧みだった。十歳以上も年下の、前より  
成長したとはいえ、まだ思春期の域内にある少年に、わたしは狂い、悶え、屈服したのだ。  
 二年前よりも、さらに徹底して。  
 あの夜には、まだ、わたしが優位だった時があった。シークが自分を口に含まれるのは、あの時が  
初めてだった。でも、昨夜は……快感に表情をゆがませながらも、シークはわたしの顔を持ち、  
喉までそれを突き入れてきた。わたしは息を詰まらせて、ひたすらそれを受け入れるだけだった。  
 シークの裸の全身に目をやる。  
 それほど男でありながら、中性的な美しさはそのままだ。不思議なことに、シークはまだ  
射精しない。それも、この中性的な妖しい魅力を際立たせている要因なのだろうか。  
 アンジュは目を閉じ、再びシークに寄りかかった。  
 わたしは心ゆくまで、そんなシークに抱かれた。いまこうして、シークの胸に頭を寄せて  
いるのも、それが自然な姿だからだ。シークが年下であることなど、全然、気にならない。  
 
 しばし恍惚の波に思いを漂わせたのち、アンジュの目は、枕元のテーブルへと向いた。  
 そこに置かれた竪琴。  
『石像に歌を聞かせてやろうと思って』  
 シークの言葉の意味は、理解できなかった。でも、二人の再度の出会いが、何によって導かれた  
のかは、その時、はっきりとわかったのだ。  
 二年前、別れのあと、儚い願いをこめて思ったように。  
『やっぱり……それが……その竪琴が……二人の絆だったんだわ……』  
 あの時はすれ違っていた二人の思いが、いまはしっかりと交わっているのを感じる。  
 昨夜、シークはわたしにキスをし、わたしの全身に触れ、わたしを抱いた。わたしが娼婦と  
知った上で、わたしが別の男に抱かれた直後であると知った上で、いまの、ありのままのわたしを、  
シークは求めたのだ。  
 だからわたしも、いまのわたしとして、いまのシークを求めた。二年前のように、過去の幸せな  
頃のわたしを求めてではなく。  
 シークに後ろを許したのも、そのためだ。ガノンドロフに初めて破られ、その後も娼婦として  
開かざるを得なかった場所。みじめな思い出しかない肛門でのセックス。それもまた、いまの  
わたしの一部であることに変わりはないのだから。  
 許してよかった──とアンジュは思う。  
 そこに男を迎えるのが、あれほど快かったことはない。何のこだわりもなく没入できるセックスが、  
いかに大きな悦びをもたらしてくれることか。それすらも経験していたのだろうシークの、  
優しくも激しい動きが、その悦びをいっそう強めてくれたのだが……  
 アンジュは、ふと、意識した。  
 これから二人の関係は、どうなるのだろう。  
 考えをめぐらす。  
 シークに対するわたしの感情は、「愛」ではない。婚約者であった彼への想いは、いまでも  
ためらいなく「愛」だったと言い切れるが、シークの場合は、明らかに違う。  
 たとえば……シークと一緒に暮らして、喜びも悲しみも分かち合って、死ぬまで手と手を携えて  
ゆく──といった自分を、わたしは想像することすらできない。それは、歳の差などとは無関係で、  
ただ単に、わたしにとっては、あり得ない情景としか言えない。  
 シークとの関係は、「情事」の域を超えるものではないのだ。  
 自分が自分でも意外なほど冷静であることを知り、アンジュは驚くとともに、奇妙な満足感を  
覚えた。  
 二人の思いが交わっても、なお、シークの心はわからない。わかるはずがない。  
 シークは自分を語らない。それはシークが背負う、あの重荷のような使命のせいだと想像は  
できるのだが……シークが使命の内容をわたしに明かすことは、この先、決してないだろう。  
 二人の生きる道は、重ならない。絶対に。  
 けれど……  
 完全に平行であるわけでもない。時に──そう、ちょうどいまのように──二人の道が交わる  
ことが、幾度かはわからぬにせよ、あるのなら……  
『それでいいんだわ……』  
 アンジュは微笑んだ。  
 胸をひたす満足感。だがそれは、どうしても満たされないものがあるという寂寥感をも、深い  
所に内包していた。  
 
 シークが目を覚ました時、ベッドにアンジュの姿はなかった。  
 寝室の中を見回す。窓の外は、すっかり明るくなっている。もう昼が近いようだった。  
 上半身を起こし、ぼんやりとした頭が少しずつ現実に戻ってゆくのを待っているところへ、  
アンジュが扉をあけて入ってきた。  
「お茶を入れたわ」  
 ポットと二人分のティーカップを載せた盆を運ぶアンジュは、全裸のままだった。が、  
その身のこなしは実に自然で、自分が裸であることを、全く意識していないかのようだった。  
仕事柄……なのかもしれない。しかしそれは、アンジュがこちらに心を許している証とも、  
シークには感じられた。  
 アンジュはベッドに腰かけ、ティーカップにお茶を注いだ。ベッドの上にあぐらをかいた  
シークは、アンジュが手渡すティーカップを、黙って受け取った。  
 二人はお茶を飲んだ。沈黙が二人を包んでいた。けれどもその沈黙は、二年前のような  
気詰まりなものではなかった。落ち着いた、静かな時間だけが、流れていった。  
 シークの視線が、アンジュのこめかみに止まった。夜の間には気づかなかったが、そこは  
小さな内出血をおこしていた。酒場でグラスをぶつけられた場所だ。いまのいままでそれに  
留意しなかったことで、シークは胸に小さな痛みを覚えた。  
「ここは……」  
 思わず伸びた手が止まる。  
 触ると、まずいか……  
「大丈夫よ」  
 アンジュが自分の手で、そこに触れる。  
「もう、なんともないわ」  
 顔が、うつむき、  
「あの時は……シークがあそこにいるとは、思いもしなくて……でも……」  
 そしてシークに向けられる。あざやかにほころぶ、その表情。  
「嬉しかった……」  
 化粧が落ちたアンジュの顔は、やせ気味で、貧血でもあるのか青白く、肌はざらついていた。  
それはあるいは昨夜の狂乱のせいかもしれないが、目尻に刻まれた皺が、そればかりではない  
ことを物語っていた。  
 隠せない年齢。隠せないやつれ。  
 もう二十代の後半のはず。『副官』のような、若々しさにあふれた身体ではない。  
 特に顔が美しいわけでもなく、特に胸が豊かなわけでもなく、中庸で、平凡な、若さの盛りを  
過ぎた、生活に疲れた、一人の女。  
 なのに、アンジュの、この穏やかさ、暖かさは、どこから生まれてくるのだろう。  
 えもいわれぬくつろぎを、シークは感じる。  
「村には、いつまで?」  
 笑みを絶やさず、アンジュが問う。シークが去ることを認めた上で。  
「あと、二、三日は……」  
 シークは答える。  
「そう……」  
 一拍の間をおき、アンジュは言う。  
「それまで、うちにいてね」  
 自然な言葉。自然な求め。引け目もなく。気遣う要もなく。  
「ありがとう」  
 素直に、そう言えた。  
 
 シークは墓地を探索した。  
 見える範囲に手がかりがないことは、すぐにわかった。それでわかるくらいなら、神殿の場所は  
とっくに人の知るところとなっていただろう。あとは見えない範囲を探さなければならない。  
 見えない範囲──それは墓穴だ。  
 戦争中に作られた墓は、墓石の下に遺体が埋められているだけの簡素なものだったが、アンジュに  
それとなく訊いてみると、それ以前の墓には、かなりの広さの納骨堂を地下に備えたものがある、  
とのことだった。詳しく観察すると、力を加えれば動かせそうな大きめの墓石がいくつかあり、  
シークは昼の間に、そうした場所を確認しておいた。  
 人目を避けるため、夜になってから、シークは再び墓地を訪れた。案の定、目をつけていた  
墓石は動かすことができ、それらの地下には通路が延びていた。すぐに行き止まりになるものが  
ほとんどだったが、そのうちの一つは、あたかも迷路のような複雑な行程を経て、驚いたことに、  
風車小屋の中へと通じていた。  
 その通路は明らかにただの墓穴ではなく、闇の神殿との関連があることは確実だと思われた。  
神殿へ至る道が途中のどこかにあるのではないか、と探し回ったところ、二つ三つ、怪しげな扉が  
見つかった。が、押しても引いても、あるいは子守歌を奏でても、扉は開くことはなかった。  
 シークは墓地に戻り、その片隅にある、以前ダンペイが住んでいた掘っ立て小屋を調べてみた。  
ダンペイは何かを知っていたはず、と思ったからだ。日記帳が見つかった。しかし神殿についての  
記載はなかった。  
 地下の通路と関係があるかどうかはわからなかったが、シークの注意を惹いたものが、もう一つ  
あった。それは墓地の最も奥に立つ石碑で、もとは大きなものだったようだが、いまはひどく  
崩れていた。アンジュの話では、言い伝えがあって、いつとも知れぬ昔からそこにあり、落雷に  
よって破壊されたまま、かなりの年月を経て現在に至っているのだという。表面には文字らしき  
ものが刻まれていたが、古代の文字のようで、シークには解読できなかった。  
 無念ではあったが、それ以上、探索を進めることはできなかった。  
 だが、神殿の謎には一歩近づいた。まだ隠された手がかりがあるに違いない。時間をかけて  
調べてみよう──とシークは自分を励ました。  
 
 シークは、いったんカカリコ村を離れることにした。  
 アンジュとの別れは淡々としたもので、再会を約する言葉もなかったが、言いたいことも  
言い出せなかった先の別れの時とは異なり、シークの心は平静だった。見送るアンジュもまた、  
感情を露出させることなく、微笑みとともに別れの挨拶を口にした。ただその微笑みに、  
そこはかとない寂しさの影が宿っているのを、シークは認めずにはいられなかったのだが。  
 
 シークが目指したのは、ハイラル城下町だった。  
 ガノンドロフの本拠地とあって、シークは最大級の警戒をし、ことにあたった。シーク自身は  
城下町やハイラル城を訪れたことはなかったが、インパからある程度のことは聞いていたので、  
行動の方針は立てることができた。  
 警備のゲルド族がいるため、正門から城下町へ入ることは不可能だった。シークは城下町の  
西方へまわった。そのあたりはゲルド族の支配領域で、城下町を出入りするゲルド族が行き来する  
道が通っていたが、往来は低頻度であり、さほどの困難もなく、シークは城壁に近づくことができた。  
 城壁の西の端には小さな門があった。幸い、そこには見張りがおらず、シークは容易に城壁内へと  
入りこめた。門をくぐった所には、広い庭を伴う大きな建物があった。インパの話で、それが  
王家の別荘であることを、シークは知っていた。落城の際の略奪によってか、建物は荒れ果てては  
いたが、いかにも貴人の別荘といったふうな、趣味のよさがうかがわれた。ここにゼルダ姫が  
滞在することもあったのだな──と、シークは感慨深く思った。  
 意外なことに、城下町にいるゲルド族の数は、決して多くはなかった。もちろんハイラル城の  
警備はなされていたが、軍勢としては一個中隊が常駐している程度で、その他には、正門や城下町の  
数カ所に、せいぜい十数人ずつの小部隊が散在しているに過ぎなかった。一般住民が城下町で  
暮らしている様子はなかった。  
 理由はいくつか考えられた。もともとゲルド族は遊牧民であり、大都市に住む習慣がない。  
城下町は反乱勃発時に相当の破壊を被っており、居住のために多大な手間をかけて町を修復する  
よりも、それを放置したまま平原で暮らす方を、彼らは選んだのかもしれない。警備がそれほど  
厳重ではないのも、ガノンドロフ本人の力があまりに強大であるため、あえて周囲を手厚く守る  
こともない、という発想からかと思われた。  
 あるいは城下町は、ガノンドロフの存在ゆえか、上空の雲が他の地域よりもさらに厚く、  
真昼ですら薄暮のような光の乏しさで、人が長期間にわたって暮らしてゆくのに耐えられない  
環境であるからかもしれなかった。実際、ゲルド族の話を盗み聞いたところでは、城下町の部隊は、  
平原にいる部隊と定期的に交代しており、平原へ移ることになった連中が、一様に喜びの色を顔に  
浮かべるのに対し、新たに城下町へ来た連中の顔には、何となく冴えない色があるらしかった。  
 いずれの理由にせよ、城下町の、このような状態は、シークにとっては好都合だった。シークが  
城下町の探訪を思い立ったのは、やがて封印の解けるリンクが、敵のまっただ中で目覚めることに  
なるのを心配し、その時には自分がリンクを待っていてやらなければならない、と決意していた  
からであったが、この様子なら、それも難しいことではなさそうだった。  
 
 シークは時の神殿を訪れた。見張りもいない入口をくぐり、シークは神殿の中へと足を踏み入れた。  
石版に填めこまれた三つの精霊石。開け放たれた『時の扉』。マスターソードが刺さっていたと  
おぼしき空白の台座。それらはいずれも、かつてリンクがここにいたという、まぎれもない証跡  
だった。  
 台座の近くの床には、黒々とした穴が開いていた。先の全く見えない暗黒の底へと続く螺旋階段を、  
シークは足探りでゆっくり下りてみたが、どこまで行っても、何の発見もなかった。おそらくは、  
この暗黒の中にかつてトライフォースがあり、いまの自分と同じようにここを下りていった  
ガノンドロフが、それを発見したのだろう、と、シークは推測した。  
 台座のある八角形の部屋へ戻り、シークはしばし思いにふけった。  
 リンク──  
 時の神殿の地下にあるという、光の神殿。君はそこで眠りについている。どれほどの深さの  
地下なのか、うかがい知ることはできないが……僕がここにいる、いま、君と僕との距離は、  
これまでで最も短くなったのだ。そして君が十六歳の誕生日を迎え、この世界に帰ってきた時にこそ、  
二人の距離はゼロとなる。  
 リンクの誕生日が正確にはいつなのかを、シークは知らなかった。インパも知っていなかったし、  
そのインパの話では、そもそもリンク自身が、自分の誕生日を知らなかったというのだ。それでも、  
だいたいの時期はわかっている。シークはその時期が来たら、危険を覚悟で時の神殿に張りつく  
つもりだった。  
 だから、リンク……君は、安心して目覚めたまえ。僕が、君を、迎えてあげるから……  
 
 時の神殿の横で、シークは四体のゴシップストーンを見つけた。そのうちの一体から、シークは  
新たなメロディを得た。インパによれば、『時の歌』というメロディがすでにあり、それが時の  
神殿に対応する曲と思われたので、新しく知ったメロディには、『光のプレリュード』という名を  
つけた。光の神殿に対応させたためだが、その方がより妥当であると、シークには実感できた。  
 さらに危険を冒し、シークはハイラル城へと接近してみた。さすがに警備の目があり、また  
無理をする気もなく、城外の広場に達しただけで、すぐに引き返しては来たが……その過程で、  
二体のゴシップストーンが見つかった。メロディに関しては収穫なしだったものの、一方の語る  
噂を聞いて、シークは思わず、噴き出してしまった。  
『……こっそり聞いた話だが……ハイラル城のゼルダ姫は、意外におてんばらしい』  
 そうだったのか? 噂の信憑性には、疑問符もつくが……  
 ただ……その、おてんばだというゼルダ姫に会えるのは、いつのことだろう。  
 一転、心が沈んでゆく。  
 賢者を捜すという、僕の使命。僕がそれを充分に果たしているとは、とても言えたものではない……  
 いや。  
 僕は決めたはずだ。くじけないと。  
 リンクの帰還まで、あと二年足らず。それまで僕は、進み続けなければ……  
 シークは城下町を離れ、さらなる旅を続けるべく、ひとりハイラル平原を歩んでいった。  
 空はいよいよ暗く、雲間からは時おり電光が走り、嵐の到来を予感させた。いまだ光明の  
見えない世界の前途を暗示するかのようでもあった。  
 
 折にふれて目にしていたものが、いざ探すとなると、なかなか見つからないことがある。  
ガノンドロフとツインローバにとって、ケポラ・ゲボラは、ちょうどそんな存在だった。  
 部下たちに確かめてみると、ケポラ・ゲボラの目撃情報は、以前から少なからずあり、発見は  
容易と思われた。が、捜索を始めてみると、これがなかなか見つけられないのだ。見かけたという  
知らせも稀にはあって、そのつど捕獲を試みるのだが、いつも簡単に逃げられ、姿を見失って  
しまうのだった。  
 ツインローバは躍起になって、捜索を強化するよう言いつのった。ハイラルがゲルド族の天下と  
なり、わが世の春を謳歌しているさなか、なぜ梟なんぞを探さなければならないのか──といった  
不満が部下の間でくすぶっていることは、ガノンドロフも承知していたが、ツインローバは全く  
耳を貸さず、ひたすら『光の賢者』であるラウルへの復讐に邁進していた。ガノンドロフ自身も、  
賢者の抹殺という重要課題を放棄する気はなく、カカリコ村など、平穏な地域に常駐していた  
部隊を引き抜いて、捜索にまわした。が、効果があったとは言えなかった。時間ばかりが無為に  
過ぎ去っていくかと思われた。  
 ところが、捜索開始から一年半ほどが経ったある日、事態は急転した。  
 
 早朝。  
 ガノンドロフとツインローバが、ハイラル城の寝室で目覚めの一戦を交わしているところへ、  
部下が一人、何の前触れもなく、扉を押し開いて駆けこんできた。交合している場面を他人に  
見られることなど平気な二人だったが、咎めるべきことは咎めねばならない。ガノンドロフが  
叱責の言葉を吐こうとした時、いち早く開かれた部下の口から、衝撃的な報告が飛び出した。  
「梟が来ています!」  
「何だって!?」  
 ツインローバが飛び起きた。  
「どこ!? どこにいるんだい!?」  
「城下町です! 時の神殿の屋根の上にとまって……」  
 こちらをふり向くツインローバ。目が語っている。  
『なぜ?』  
 ガノンドロフにもわからなかった。  
 自分の正体がばれ、狙われていることを、これまでの経緯で、ラウルは知っているはず。なのに  
どうして、奴にとっては敵の懐にあたる城下町に、突然、現れたりしたのか。  
 待てよ……時の神殿?  
 思い当たった。ツインローバも悟ったらしく、目が大きく見開かれた。  
「リンクか!」  
「リンクだよ!」  
 二人は同時に叫んだ。  
「ラウルの奴、リンクの様子を見にきたに違いない。案外、これまでにもちょくちょく来てたの  
かも……あたしらが知らなかっただけで……」  
 そうかもしれない。ケポラ・ゲボラの捜索に乗りだしたのは、ここ一年半ほどに過ぎない。  
それ以前に奴が時の神殿を訪れていた可能性は、大いにある。  
「捕まえたのか?」  
 ガノンドロフは早口で部下に訊ねた。  
「いえ……仲間が神殿のまわりを取り囲んで、下から盛んに矢を射かけてはいますが……なにぶん  
距離が遠くて……それに相手が鳥なもんで……」  
「逃げてはいないのだな?」  
「はい。矢を避けて飛びまわってはいますが、すぐにまた神殿の屋根にもどってきます」  
「神殿に用があるからだよ。やっぱり、リンクを……」  
 口をはさんだツインローバは、瞬時に二人の老婆の姿に分裂すると、最高速で箒を駆り、寝室を  
飛び出していった。  
 時の神殿は城から目と鼻の先だ。そのまま飛んでいくつもりだろう。  
『裸のままで……とはな』  
 老婆の状態でのツインローバは、ガノンドロフ以外の者に決して裸を見せることはなく、  
ガノンドロフの目すら、可能な限り避けようとしていた。それを完全に忘れてしまうほど動転して  
いるツインローバを笑うだけの余裕が、ガノンドロフにはあった。  
 とはいえ、のんびりしているわけにはいかない。  
 手早く衣服を身につけ、茫然とツインローバを見送っていた部下を残し、ガノンドロフは  
寝室から走り出た。  
 
 城からひと飛びで時の神殿の上空に至ると、二人のツインローバと巨大な梟が、空中戦を  
展開している最中だった。といっても、攻撃しているのはツインローバのみで、二人が繰り出す  
炎と氷の噴出を、ケポラ・ゲボラは巧妙に避けているだけだった。だがそれが結果的に、  
ケポラ・ゲボラがツインローバを揶揄しているかのような状況を作り出していた。いきり立って  
攻撃を繰り返すツインローバだったが、狙いは大きくはずれるばかりだった。  
 地上では、口を大きくあけた部下たちが、空中戦の様子を見守っている。ツインローバが  
飛んでいるので、矢を放つこともできないのだ。  
『醜態をさらすのも、いい加減にしておけよ』  
 なおもツインローバを笑う余裕を持ったまま、ガノンドロフは右手に魔力を溜めた。  
「はぁッ!」  
 空中にとどまった状態で、一直線に波動を放つ。こちらには何の注意も払っていないかのように  
見えたケポラ・ゲボラは、波動が届く直前に、するりと身をかわした。  
 何度か波動を投じてみたが、すべて避けられた。ツインローバの炎と氷をも避けながらだ。  
こちら側の攻撃が、完全に見切られている。  
『食えぬ奴……』  
 ならば──と、ガノンドロフは、右手の魔力を最大限にした。  
「むあああああッッ!」  
 と気合いをこめ、右手を高々と掲げる。右手のまわりに暗黒が凝縮する。  
 直後。  
 右手から八方に稲妻のような光が飛び、鋭く振動する曲線を描いて、一点に殺到した。  
ケポラ・ゲボラは集中する光に押し包まれ、一瞬、空中に静止したのち、地上に向けて落下した。  
神殿の前に集まっていた人の群れが割れ、空隙ができた。石が敷き詰められたその空隙に、鈍い  
音響をたてて、ケポラ・ゲボラの巨体が激突した。  
 二人のツインローバは急降下し、ガノンドロフも浮遊していた身体を地面に降ろした。  
「まだ生きてるね」  
「まだ息があるね」  
 にんまりと笑ったツインローバは、そこで初めて自分らが裸であることに気づいたのだろう、  
あわてて合体すると、それでも全裸のまま、ケポラ・ゲボラの顔の前に傲然と立った。  
「さて、どうしてやろうか……」  
 ツインローバが傍らの部下の一人に、何かをささやいた。部下は驚いたように顔をゆがませたが、  
すぐにハイラル城へ向けて走り去っていった。  
「こいつの心が読めるか?」  
 ガノンドロフはツインローバに声をかけた。うつ伏せの状態で身動きもしないケポラ・ゲボラを、  
ツインローバはしばらくの間、顔をしかめて睨み続けていたが、  
「……どうも……鳥の心を読むってのは……人とは勝手が違って……よくわからないね……」  
 と、低い声できれぎれに言った。  
「賢者のオーラも……はっきりしない……だけど……それも鳥だからかも……」  
 いらついたような声が続く。が……  
「待って」  
 ツインローバは、それまでとは異なった様子で、ケポラ・ゲボラを観察し始めた。やがて、  
その目が輝いた。  
「こいつからは、ラウルの匂いがするわ。間違いない」  
「匂いでわかるのか?」  
「匂いといっても……鼻で嗅ぐんじゃなくて……何ていうか……『心の匂い』なのよ。普通に心を  
読むのとは、ちょっと違って……口じゃうまく説明できないけど……とにかく、わかるのさ」  
 言葉は曖昧だったが、ツインローバの表情は確信に満ちていた。  
 
「で、ガノン、あんたはこいつをどうする?」  
 一転して、からかうような笑みを浮かべ、ツインローバが訊いてきた。  
「殺すさ」  
 感情をこめない短い答えに、ツインローバの声が、かぶさった。  
「そうじゃなくて……あんた、いままで賢者相手に、何をしてきたっけ?」  
 さすがに驚いた。言葉が出なかった。  
 抑えきれない、といったふうに、ツインローバの口から、高らかな笑い声が響いた。まともな  
精神状態にあるとは思われない、心のどこかが切れてしまったような笑いだった。  
 ほどなくしてその発作は治まったが、なおも顔に笑いの痕跡を残したまま、ツインローバは言った。  
「安心してよ。そんなことをやれ、とは言わないわ。あんたにはね」  
 さっきツインローバが話しかけた部下が戻ってきた。その手から受け取ったものを、ツインローバは  
ガノンドロフの目の前で振った。  
 特大の張形だった。  
「あたしがやるわ」  
 言うが早いか、ツインローバは張形を装着し、ケポラ・ゲボラの背後に立った。尾をへし折るが  
ごとくにかき分け、自分の何倍もある巨体の腰部をつかむと、ためらいもなく、張形を肛門へと  
めりこませていった。  
 ケポラ・ゲボラの口から、人間の言葉では表現できないような、奇怪な音声が絞り出された。  
その音声をも、また周囲を取り巻く部下たちの引きつった顔をも無視して、ツインローバは  
狂ったように、ケポラ・ゲボラの肛門を犯した。  
「……ラウル!……これは!……復讐さ!……姉の!……恨みを!……ついに!……晴らして!……」  
 張形を突入させるリズムに合わせ、ツインローバは、妄言にも似た呪いの言葉を吐き連ねた。  
言葉は徐々に聞き取りづらくなり、性的に高ぶった喘ぎへと変化していった。それが頂点に  
達するかと思われた時、ツインローバの絶叫が場に響き渡った。  
「ガノンッ! こいつを殺ってッ! こいつの首を斬り落としてぇぇッッ!!」  
 半ば唖然とし、半ば興をそそられて、ツインローバの狂態を眺めていたガノンドロフだったが、  
その叫びに心が沸きたった。ケポラ・ゲボラの顔の横に立ち、  
「つぁぁッ!」  
 抜くと同時に、剣を振りおろした。  
 ざん!──と斬り離された頭部が飛び、胴の側の断面から血液がどっと噴出した。  
「わッ!」  
「げッ!」  
 周囲の部下たちがどよめき呻いて後ずさる中、  
「うおあああぁぁぁーーーーッッッ!!!」  
 ツインローバのわめき声があたりを圧して爆発した。絶頂したのだ。  
 
 そのまま、ツインローバは動かなかった。ぜいぜいと息を荒げ、もう二度と呼吸をすることの  
なくなったケポラ・ゲボラの腰に手をやって、立ちつくしていた。やがて、張形をずるりと  
肛門から抜き、下半身から解いて、地面に落とした。一歩一歩、ゆっくりと、だが確実な足取りで、  
ツインローバは斬り落とされた頭部に近づいた。  
 立ち止まって、頭部を見下ろす。悪魔のような笑いが湧き上がる。  
 かがみこんだツインローバは、胴の側の切断面に手を触れた。斬られた直後に噴き出していた  
血液は、いまや勢いなく垂れ落ちているばかりだったが、ツインローバの手を真っ赤にするだけの  
量は、まだあった。  
 ツインローバが立ち上がり、豊満に張りきった乳房を、自らの手でつかむ。乳房がべっとりと  
血に染まる。手が胴をかきむしる。胴が一面、深紅に彩られてゆく。  
 狂的に燃え上がる両の眼。限界まで吊り上がった両の口角。  
 それは凄絶な美しさだった。  
「ガノン……」  
 ツインローバが歩み寄ってくる。  
「あたし……とうとう……やってやったわ……」  
 腕が、ぐいとガノンドロフを仰向けに押し倒す。手が股間を探ってくる。一連の情景に刺激され、  
隆々と勃起していた陰茎がさらされると、ツインローバは一気に腰を落とし、すでに粘液の海と  
化した秘孔へそれを没入させた。  
「ガノンッ!……あたしッ!……やったのッ!……やったのよおぉぉッッ!!」  
 身の上で踊り狂うツインローバを見上げながら、ガノンドロフもまた、心の底から湧き起こる  
満足感にひたっていた。  
 これで賢者どもは一掃された。『魂の賢者』の問題は残っているが、最有力候補であるナボールは、  
いまは生ける屍だ。  
 俺を闇の世界に封印することができる者は、もはやいない。  
 あとは……ゼルダとリンク。二つのトライフォース。  
 ゼルダを自力で見つけだすことは、もうできないだろう。だが、リンクがこの世界に戻ってくれば、  
二人は必ず接触しようとするはずだ。リンクを泳がせておけば、いずれゼルダは姿を現す。それを  
待って、二人とも……  
『城を造るか』  
 不意に別の思考が頭をよぎる。  
 ハイラル城も悪くはないが、なにぶん明るすぎる。自分の存在を脅かすものが何もなくなった  
いま、魔王の居所にふさわしい城を造るのもいいだろう。  
 ツインローバの力を借りて、反乱前から少しずつ、各地の魔物を動かし始めてきたが、いまでは  
自分の力で、世界中の魔物を操れる。天候も支配することができる。世界全体を暗黒の淵に  
落としこむことすら可能だ。  
 俺は魔王なのだ。誰も俺を止めることはできないのだ。  
 上で躍動する腰をがっしりと両手でつかみ、自分も下から激しく突き上げ、再度の絶頂へと  
ツインローバを追いこみつつ、ガノンドロフは、かつてないほどの強大な自信と力が、おのれを  
満たすのを感じていた。  
 
 
To be continued.  
 
 

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