シークに身体を揺すぶられ、リンクが目を覚ましたのは、まだ日の出前だった。ピーハットが  
活動を始める前に移動しなければならない、とシークは言った。どうしてそんな危ない場所で  
野営したのか、と、いまさらながらリンクは疑問を持ったが、シークの説明では、スタルベビーを  
避けるためには、土が露出している場所でなければならず、かつ、焚き火ができる広さのある  
露出部が、そこだけであるからだった。薪が集めやすい木立の近くという利点もあった。シークの  
周到な考えに、リンクは感心した。  
 安全な場所まで移動し、二人は今後の行動方針について話し合った。  
 悲観的な状況──と、言いよどむシークに対し、リンクは声に力をこめた。  
「ぼく自身が各地の神殿へ行ってみるよ。何か新しいことがわかるかもしれない」  
「そうだな」  
 シークが頷く。  
「森の神殿でも、僕では探り出せなかったことがあった。君なら糸口がつかめるだろう」  
 ハイリア湖の水の神殿へ行くのがいい、という点で、二人の意見は一致した。距離的には  
デスマウンテンやカカリコ村の方がやや近いが、それらとは異なり、神殿の場所が明確にわかって  
いるからだった。  
 リンクはシークから食料を貰い受けた。それはシークが持っていた食料のすべてであったが、  
自分は困らないから、とシークは言い、事実、リンクの目の前で苦もなく野鳩を仕留めて見せた。  
感嘆の声を発したリンクだったが、自らの無力さが恥ずかしくもあった。  
「剣だけでは狩は無理だ。しかし君は、それを真の目的のために使うべきなんだ。他のことは僕に  
任せたまえ」  
 言葉は淡々としていたが、そこにシークの真情がうかがわれ、リンクは素直な気持ちで礼を言った。  
 ただし──と、シークはリンクに一点の忠告をした。  
「飲み水が問題だ。ここからハイリア湖までだと、南の荒野までは水場がない。君は水を持って  
いないし、僕の手持ちも多くはない。ハイリア湖へ向かう前に、君は水を補給しておくべきだ」  
「どこで?」  
「いったんハイリア湖とは逆方向へ向かうことになるが、ここから東の山際に沿って、北へ  
半日ほど行った所に、きれいな泉がある。森の中にあって、少しわかりにくいかもしれないが、  
目印になる木や岩があるから、迷うことはないと思う」  
 シークが教示するその目印をしっかりと記憶したのち、リンクは続けて質問した。  
「君はどうするんだ?」  
「一足先に西へ行って、ハイリア湖への道の状況を調べておく。何も問題がなければ、南の荒野の  
洞窟で待っている」  
 リンクにとっては未踏の地である南の荒野までの道程を、シークは詳細に説明した。出現する  
魔物にも説明は及んだ。  
「このあたりもそうだが、辺境にはピーハットが多い。姿を見たら迂回して進むのが得策だな」  
 リンクは頷いたが、言葉は出さなかった。  
「それから……これを渡しておこう」  
 シークが腰の袋から取り出した、小さく細長いものを、リンクは受け取った。剃刀だった。  
いぶかしく感じてシークの顔を見ると、目が笑っていた。  
「大人の男の身だしなみさ」  
 思わず顎に手をやる。伸びに伸びた髭の感触が、そこにあった。  
 
 シークと別れ、リンクは泉を目指して北へと進んだ。重く立ちこめた雲が鬱陶しかったが、  
シークとの再会と、一晩の安楽な睡眠とが、気力を取り戻させていた。  
 正午を過ぎた頃、平原に鎮座する一体のピーハットが目に入った。リンクはまっすぐそれに  
近づいていった。  
 迂回しろ、とシークには言われたが、初めからそんな気はなかった。ピーハットすら倒せないで、  
ガノンドロフを倒せるわけがない。腕を磨くいい機会だ。  
 ピーハットが宙に浮き上がり、旋回しながら接近してきた。リンクはマスターソードを抜き、  
楯を構えた。ピーハットの底面から周囲に伸びた、いくつもの刃が、回転しつつ、がしがしと楯に  
当たる。じりじりと後ずさりし、慎重に間合いを測る。思い切って左手の剣を振りおろそうと  
するが、隙が見えない。ためらううちに、左腕を刃がかすめ、皮膚を切られてしまう。それが  
何度も繰り返される。  
 このままでは埒が明かない。回転がやっかいだ。こいつの弱点は? こいつの回転を止めるには?  
回転の中心点を狙えばいい? だが剣はそこまで届かない。届かせるためには?  
 剣を下段に構え、振り上げる。回転する刃を、力いっぱい下から叩く。  
 がん!──という衝撃音とともに、ピーハットがぐらりと傾斜する。その機を逃さず、前転して  
ピーハットの下にもぐりこむ。  
 ざしッ!──と右脚を切られる感覚。わずかに前転するのが遅かった。が、目標はすでに目の前だ。  
 底面からわずかに飛び出した中心点を、マスターソードが貫きとおす。  
 手応えがあった。  
 ピーハットは、一瞬、空中に静止し、次いで、どさりと地面に落下した。念を入れて、しばらく  
楯を構えたままでいたが、もう動く気配がないとわかり、リンクは警戒を解いた。  
 もうこいつと戦うこつはつかんだぞ。  
 やられっぱなしの借りを返し、リンクの気分は、やっと晴れた。  
 
 大したことはないと高をくくっていたが、歩みを続けるにつれ、右脚の傷が痛みを増してきた。  
包帯がわりに巻いた布に血が染み、それが少しずつ広がってゆく。  
 出血が止まっていない。思ったより傷が深いようだ。  
 歩みは徐々に遅くなった。足を踏み出すごとに痛みが強くなるような気がした。  
 陽が傾いてゆく。このあたりはずっと草原で、土が露出した所がない。夜になったら、また  
スタルベビーに襲われる。  
 痛みに耐えて進むうち、東の山際に、シークから聞いていた大木が見えた。それを目標に、  
平原から森の中へ入る。道は細く、わかりにくかったが、他の目印も参考にし、やがてリンクは  
泉に到達することができた。  
 
 半日の行程と言われていたが、傷の痛みのせいで時間を食ってしまい、泉に着いた時には、日は  
暮れてしまっていた。ただ幸いなことに、泉のほとりでは、土の上でなくともスタルベビーは  
出現せず、他の魔物もいないようで、リンクは安心して身体を休められた。  
 泉の水で喉を潤したあと、右脚の傷を洗い、布をきつく巻き直した。森で枯れ木を集め、岸辺で  
火を焚いた。シークから貰った獣肉を炙り、残っていた木の実とで夕食を終え、リンクは深々と  
息をついた。  
 そこで思い出した。  
 剃刀を持って、髭を剃る。使い方はシークに聞いていたものの、初めてのことで、手元が覚束ない。  
どうにか作業を終えたが、あちこちに切り傷を作ってしまい、剃り残しの毛もあった。それは指で  
引き抜いた。  
 大人の身体というのは、面倒なものなんだな。  
 子供の時に比べると、全身の体毛が濃くなっているし、顔の髭のように、密集して生えてくる  
場所もある。腋の下とか……それから……  
 リンクは股間に目をやった。そこが発毛していることは、もうわかっていた。城下町を出て  
すぐあと、排泄の際に気がついたのだ。七年前、ゾーラの里で全裸の男女を見て、大人のそこに  
毛が生えることは知っていたが、自分がその状態になってみて、最初は大いに驚いたものだ。  
 毛だけじゃない。その中心にある男の持ち物も、子供の時より、ずっと大きくなっている。  
 時々いきり立っては、ぼくを戸惑わせた、それ。どんな時だったかというと……  
 考えただけで、それは実際に、硬く、起き上がり始める。同時に……  
 ああ、これだ。この感覚。むずむずするような、じりじりするような、はけ口を求めて身体の  
中でうねる、この感覚。  
 その原因、その対象は……  
 女。  
 女の肌。女の胸。女の秘部。女の裸。  
 アンジュ──初めて見た、大人の女の乳房。まるく張りつめた、成熟したふくらみ。先端の  
薄赤い乳首が、美しいアクセントになって……  
 ルト──一糸まとわぬ、奔放な裸身。成長の中途にある、胸の小さな盛り上がりと、ささやかな  
股間の翳り。左右に揺れる、引き締まった尻。  
 サリア──唇を触れ合わせた、ただ一人の相手。やわらかく、暖かい、生きた女の感触。  
コキリの森にいた頃は気にもしなかったけれど、その身体は、どんなふうに……  
 マロン──身体を見たことはない。でも、ぼくにキスをせがんで……(もっといいこと、させて  
あげてもいいわ)……何だったんだろう、「もっといいこと」って……  
 そういえば、インパやダルニアだって、女なんだ。男のようにいかついインパも、胸は大きく  
盛り上がっていた。男以上に逞しいダルニアも、かすかな、しかし明らかな女の胸を持って……  
 そして何よりも……ぼくがこの感覚を知った、そもそものきっかけは……そう、ハイラル城から  
カカリコ村へ向かう途中、野宿の夜の夢に見た……君の……ゼルダ……君の……  
『いけない!』  
 意識をふり戻す。  
 股間が硬直しきっている。あの感覚が、かつてないほど大きなものとなって、胸をどきつかせ、  
呼吸を荒くさせて……  
 満腹になり、敵に襲われる心配もない状態で、心が緩んでしまったせいか……大人として  
目覚めてから初めて、このことを思ってしまった。けれどもこれは、「いけない」ことなんで  
あって……  
 いや。  
 いけないことなのか?  
 ぼくは、ほんとうは、どう思っている? ぼくの正直な気持ちは?  
 見たいと思っている。女の人の裸の姿を。ゼルダの裸の……  
 激しく首を振る。  
 だめだ!  
 ゼルダは……ゼルダだけは……なぜか、どこかが、違う。何と言ったらいいのか……そう、  
こんなことを考えて……ゼルダを穢してしまってはいけないと……  
 頬をぴしゃりと叩き、リンクは焚き火の横で、ごろりと横になった。これ以上、つまらない  
ことで悩んでもしようがない。そう思って、無理やり眠りについた。  
 
 ──天気がよくなったので、心が浮き立ち、足の運びも速くなった。ハイラル城に着くまで、  
そう時間はかからなかった。  
 城門は、ゼルダの手紙を見せて通してもらった。先の道がわからなかったが、例の水路を見つけ、  
這い進んで庭に出た。うまく警備の兵士たちの目をかすめ、奥の門に到達した。  
 通路を抜け、中庭へ向かう。  
 ゼルダはそこにいた。  
 こぼれ落ちるような笑みを顔に咲かせて、ゼルダが言う。  
『お帰りなさい』  
 その笑みに胸を弾ませつつ、奥の低い壇に続く階段に、二人並んで腰を下ろす。  
『あなたが行ってから、ずっとここで待っていたの』  
 ──ぼくがここを発ったのは……そうだ、七年前だ。ゼルダは七年も、ここでぼくを待っていて  
くれたのか。けれど、七年経ったというのに、ゼルダの姿は、全然、変わっていない……  
『精霊石は?』  
 ──精霊石?  
 あわてて懐を探る。ない。なくしたんだろうか。そんなはずは……ああ、そうか。三つの精霊石を、  
ぼくは時の神殿の石板に填めたじゃないか。  
『よかったわ。もう、安心ね』  
 ──そうだとも。これで片がついたんだ。何もかも終わったんだ。  
『あなたに、お礼をしなければいけないわ』  
 ──いや、これはぼくの使命なんだから、お礼なんて……  
『お礼をしなければいけないわ』  
 ──でも、ぼくは……  
『お礼をしなければいけないわ』  
 ──いいの?  
『ええ』  
 ──じゃあ、ぼくの願いをきいてくれる?  
『何でもきいてあげる』  
 ──ほんとうに?  
『ほんとうに』  
 ──言うよ?  
『言って』  
 ──君の裸が見たいんだ。  
 ゼルダが微笑む。  
『いいわ』  
 その手がぼくを、そっと押す。ぼくは壇の上に横たわる。目を向けると、そこにはすでに、  
衣服を捨てた君がいる。  
 背に流れる金色の髪……ああ、あの頭巾の下に、こんな豊かな髪がひそんでいたなんて……  
 なめらかに続く繊細な曲線……首……肩……胸……それらをおおう白い肌……  
 胸の平面の左右に置かれた、ほのかな桃色の蕾……  
 ぼくは君を見上げている。君はぼくの上にいる。なのに重みは感じられない。  
 君の身体が動く……ゆっくりと……  
 首をややのけぞらせ、両目を閉じ、眉間に軽く皺をよせ、わずかに口を開き……  
 苦しいのか……嬉しいのか……何を思うのか……  
 鼻腔をおとなう芳しい香り……  
『リンク……』  
 君は顔を寄せてくる。  
『わたしは……』  
 ──君は?  
『あなたを……』  
 ──ぼくを?  
 
 目が覚めた。  
 弱まった焚き火の明かりが、目の前でちろちろと揺れている。空気は暗く、冷たく、しかし雲を  
通して、丸い月の光が薄くぼんやりと見えている。薄光は天頂近くにあり、時がもうすぐ真夜中で  
あることを告げていた。  
『夢……』  
 寝る前に、あんなことを考えていたからか。  
 考えてはいけないと、ゼルダを穢すことになると、わかっているのに。どうしてぼくは、こんな  
夢を……あの時と同じ、ゼルダの夢を……  
 いや、正確には同じ夢じゃない。ゼルダとの会話を夢に見たのは、いまが初めてだ。ゼルダは  
ぼくの願いをきいてくれた。裸を見たいという、ぼくの願いを。だから、いけないことじゃない。  
ぼくがそう思っても、ゼルダを穢すことにはならない……  
 何を馬鹿な! これは夢だ。ぼくの勝手な夢に過ぎないんだ。現実に、ゼルダにそんなことを  
言ったりしたら……  
 ……どうだろう。ゼルダは何と言うだろう。  
 夢の終わりに、ゼルダは何と言いかけたのか。  
『わたしは……あなたを……』  
 その次は? ゼルダはぼくを、どう思っている?  
 わからない。わかるわけがない。これはぼくの夢なのだから。ぼくが作り上げた妄想なのだから。  
 では……夢がぼくの無意識の願望であるのなら……  
 ぼくはゼルダに何と言って欲しかったのか。  
 何かを言って欲しい。けれど、それをどのように表現したらいいのか……  
 それを考えて何になる。どうせ夢なんだ! 現実じゃないんだ!  
 でも……  
 そうだ。ぼくの夢は予知ではないのか──と、かつて思ったことがある。ぼくは現実の  
ガノンドロフに会う前に、あいつの夢を見ていた。だから、ゼルダの夢も……現実になるのでは  
ないかと……  
 頭はぐるぐると渦を巻き、心臓は胸から飛び出しそうなほどにまで拍動し、そして股間は、硬く、  
ひたすら硬く……  
 
 リンクは身を跳ね起こした。  
 どうかしている。  
 夢の中のぼく。三つの精霊石を集めたくらいで、片がついた、何もかも終わった、だなんて。  
何をのんきなことを言っているんだ。ぼくの使命は終わってはいない。なすべきことは、まだ  
たくさんある。  
 夜気がひんやりと身体を押し包む。しかし、身体はかっかと火照っている。  
 この火照りを静めないことには……  
 泉の縁に跪き、水をすくって顔を洗う。  
 足りない。  
 頭をざぶりと水に浸ける。息が続かなくなる直前まで耐え、頭を上げる。  
 まだまだ。  
 装備を置き、衣服を脱ぎ去って、泉の中へと身を躍らせる。水の冷たさを擦りこませようと、  
肌をこする。ひたすらこすりたてる。  
 ひとしきり乱暴な水浴を続けて、ようやく落ち着きが戻ってきた。  
 岸を枕にして、水の中に横たわり、静かに呼吸を整える。右脚の傷がまだ痛むが、肌が慣れた  
ためか、冷たいはずの水が暖かいとさえ感じられ、全身にくつろぎが染みとおってゆく。  
 感情を抑えて考える。  
 会いたい。ゼルダに会いたい。が……まだ、その時期じゃないんだ。使命を果たし、なすべき  
ことをなして、それで初めて、ぼくはゼルダの姿を見、ゼルダの言葉を聞くことができる。  
その時まで、ぼくは……  
 空を見上げる目に、す……と光が降りかかった。珍しく雲に切れ目が生じ、満月が美しい姿を  
現していた。身を起こすと、泉の水が鏡のように月光を反射し、その面に正円の分身を映し出して  
いるのが見えた。  
 が、それだけではない。  
『あれは……?』  
 水面よりも低い所……水底にも、小さな光が瞬いたような……  
 一瞬、目を捉えた、その小さな光を求め、リンクは立ち上がり、泉の中ほどへ足を進めた。  
水は浅く、水面はリンクの膝に達しないくらいだった。  
 どこだっただろう、あの光が見えたのは……  
 歩みによって水面に波が立ち、月の光が乱反射して、底の様子がわからない。それらしい  
場所まで来て、立ち止まる。  
 やがて波が引き、水面に映る月が正円に戻る。水の底が見えてくる。どこに──と、さまよわせる  
目が、再び小さな光を捉える。かがんで手を伸ばし、光の正体を拾い上げる。  
 金色に輝く、小さなトライフォース。その頂点の一つに繋がる、細く短い鎖。  
 これは……ぼくはこれを見たことがある。そう、これは……  
 ゼルダの耳飾り!  
 
 ほんとうにそうなのか? 別人のものでは? いや、ハイラル王国の象徴であるトライフォースの  
耳飾りなど、王族にしか許されないものだろう。それに……この大きさ、この形……間違いない。  
間違いない!  
 なぜここに?  
 考えるまでもない。ゼルダがここにいたからだ!  
 いつ?  
 耳飾りは水底の土に埋まってはいなかった。耳飾りそのものも大して汚れてはいない。そんなに  
昔のことじゃない。一年、いや、数ヶ月も前ではないだろう。ひょっとすると、ひと月くらいしか  
経っていないのでは?  
 それほど近しい過去に! ゼルダは! ここにいたんだ!  
『ゼルダ……』  
 発見の驚きが興奮に変わり、そしていま、無上の幸福感へと昇華する。  
 君が無事だ、というシークの言葉を、ぼくは疑いはしなかった。でも、実際にどこにいるのかは、  
知りようがなかった。その状況はいまでも変わらないけれど……君はこの世界のどこかで生きている。  
ぼくはそれをこうして──ぼく自身の目で──確認することができた!  
 ふと思う。この耳飾りは、右のものなのか、左のものなのか。  
 わからない。それでも、  
『右だ』  
 と確信する。根拠はない。が、そう信じずにはいられない。  
 耳飾りを握りしめ、目を閉じる。思い出す。  
(──ごらんになって)  
 七年前、ハイラル城の中庭で、トライフォースの例を示すため、君は右の耳飾りをぼくに見せた。  
ぼくはそれに目を寄せて、その形を確かめて……そして君の横顔の美しさに惹かれて……君の  
香りに誘われて……顔を近づけて……  
(どう? おわかりに……)  
 そこで君はふり向いた。ぼくは君の顔を間近に見て、君もぼくの顔を間近に見て、ぼくは動けず、  
君も動かず、ただ互いの目を見つめて、見つめ合って……  
 すでにぼくたちは、世界の行く末を案じる同志として、一体感を得ていたけれど……それだけでは  
なく……あの時……  
 ああ、いまになって、やっとわかった。そう、まさにあの時、ぼくたち二人の間で、別の「何か」が  
始まったんだ!  
 その「何か」が何なのか、そこまでは、いまのぼくにはわからない。でも、ぼくの中で、  
ゼルダだけが違っているのは、それのせいなんだ。そして、ぼくがゼルダに言って欲しいことと  
いうのは、それに関係していて……  
 ぼくとゼルダ。ゼルダとぼく。ぼくたち二人の繋がりは、二人の手にあるトライフォース  
だけではなく……その「何か」で……この耳飾りがきっかけとなった、その「何か」で……  
 何と言えばいいのだろう。この想いを、何と表現すればいいのだろう。  
 ゼルダに会えば、わかるだろうか。  
『わかる』  
 自分に言い聞かせる。  
 ぼくの想いをはっきりさせるためにも、ぼくはゼルダに会わなければならない。そして、  
ぼくたち二人の繋がりを、無欠なものとするために……  
『この耳飾りを、ゼルダに渡さなければ』  
 胸に刻みこむ。それがぼくの新たな「使命」なのだ、と。  
 
 想いは旋回する。  
 夢に見たゼルダは、子供のままだった。ぼくが知っているゼルダはそれだけだから、当たり前  
だけれど……七年経って、ゼルダはどんな姿になっているだろう。  
 ゼルダは、いま、ぼくと同じ十六歳。七年前だって、あんなにかわいくて、美しくて、魅力に  
あふれていたんだ。大人になったゼルダは……きっと……それよりも、もっと……もっと……  
 ふと思う。  
 ゼルダは、この泉で、何をしていたのか。  
 ──耳飾りが沈んでいたのは、泉の真ん中だ。ということは……水を汲むとか、飲むとか、  
そんな目的ではなく……  
 どくん! と胸が鼓動を打つ。  
 ──水を浴びようとして……だとすると……  
 鼓動が続く。周期が速まる。  
 ──ゼルダは……いまのぼくと同じように……  
 静まったはずの火照りが、治まったはずのあの感覚が、またもや全身を侵蝕し始める。  
 ──何も……身に着けないで……  
『いけない!』  
 心の中で止める自分がいる。でも、想像の奔流は、もう止められない。  
 ゼルダはここにいた。裸で。大人の裸の姿で。  
 どんなふうに? ゼルダの身体は、どんなふうに?  
 顔は? 肌は? 胸は? 下腹は?  
 アンジュのように? ルトのように? 女のしるしを、どう伴って?  
 そんなゼルダがぼくの目の前にいたとしたら、ゼルダはぼくに何と言うだろう。  
(いいわ)  
 そう言うだろうか。夢と同じように、ゼルダはそう言うだろうか。  
 いい、とは何が? ぼくは、いったいどうしたらいい? そしてゼルダは、ぼくに何をしようと?  
 マロンのように? サリアのように? 手と手の、唇と唇の接触を求めて?  
 荒ぶる股間。いきり立つ男の中心。  
 耐えきれず握りしめる。とたんに感じる。子供の時とは比べようもない、その大きさ、その硬さ、  
その熱さ!  
『いけない!』  
 再度、心が制止の叫びをあげる  
 だめだ! ゼルダを……そんなもので……穢してしまっては……  
 
 その時。  
 足元から光が湧き上がった。いまや天頂に達した満月の光とは異なる、透き通るような桃色の光。  
湧くにつれ光は分裂し、微妙に軌跡をずらせた無数の光点となって、一帯の空間を埋めつくしてゆく。  
 これは……この光点は……色は違うけれど……コキリ族の仲間たちが連れていたのと同じ……  
『妖精!』  
 どうしてこの泉に妖精が? いや、そんなことはどうでもいい……この感じ……妖精の光に触れ、  
包まれることで、ぼくに生まれる、心が解き放たれるような、この感じは……  
 そうだ。やみくもに否定しても、解決はしない。ぼくは、ぼく自身の正直な気持ちと向き合わなければ。  
 鍵がはずれる。枷が落ちる。  
「どうあってはならないか」──ではなく、「どうありたいか」  
 ぼくはゼルダと、どうありたいか。  
 いいのだろうか。それを思って、いいのだろうか。  
『かまわない!』  
 突き上げるような、衝動! 衝動! 衝動!  
 
 ゼルダが欲しい!  
 ゼルダを見たい! ゼルダに触れたい! ゼルダのすべてをこの身に感じたい!  
 ぼくの中で荒れ狂う、嵐のような、この感情。  
 それがぼくの真実なんだ。そのありのままの真実をゼルダに捧げることが、どうしてゼルダを  
穢すことになるだろう!  
 そしてゼルダもぼくを見て、ゼルダもぼくに触れて、ぼくのすべてをゼルダも感じて!  
 二人の想いのままをぶちまけ合って!  
 そう、いまのように。いまのぼくのように。  
 こわばりきったこの部分に充満し、凝縮するぼくの真実を、ぼくの命を、ぼくはいま! いま!   
いま!  
 
 そうする意図もないままに前後し始め、やがて可能な限りの速さで運動し続けていた手が、  
その刺激の対象を、とうとう限界に追いつめた。たとえようもない絶大な快感が、続けざまに  
爆発し、噴出し、飛散した。意識はすべてのわだかまりを忘れ、遠く、白く、消え去っていった。  
 リンクは水の中に崩れ落ちた。  
 生まれて初めて味わう、それは圧倒的な到達感だった。  
 
 
To be continued.  
 
 

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