ハイリア湖へは同行しない──とシークは言った。  
「その次の目的地は、カカリコ村か『幻影の砂漠』になる。近いのは後者だが、ゲルド族の  
支配領域を突破するのは容易ではないから、前者を優先すべきだ。僕は先に行って、状況を  
探っておく」  
 カカリコ村に近い、平原の端にある台地で落ち合うと決めたのち、北へ向かうシークと別れ、  
リンクは西へと道を取った。  
 前夜のシークとの会話が、鬱屈をかなり解きほぐしてくれていた。女性を求める欲望について、  
まだ理解できない点が少なからず残ってはいたものの、自分がとりたてて異常なのではない、  
ということがわかり、リンクの心は軽くなっていた。荒野からハイラル平原に入って、またも目に  
つき始めたピーハットに対しても、無差別に戦いを挑むことはせず、不必要な場合は迂回する  
だけの余裕ができた。  
 だが次第に、今度は現実がリンクをうち沈ませるようになった。  
 
 南の荒野からハイリア湖へ至るには、ハイラルの最南端部を移動することになる。シークから  
行程の詳細を教えられていたので、道に迷うことはなかったが、重苦しい雲の下、一軒の人家も  
ない辺境を独り歩んで行く旅は、実に気が滅入るものだった。  
 その気分をさらに滅入らせるものが、やがてリンクの目に入ってきた。  
 平原に野ざらしの死体が散在していた。いずれも白骨化が進んでいたが、中には形状が保たれた  
ものもあった。それらは骨と皮ばかりに痩せ、何かの印なのか、火傷のような模様が背中に  
つけられていた。皮膚には他にも多数の傷があり、さらに骨にまで達する大きな切創が認められた。  
剣で斬られたとわかるその切創が、死因となったことは明白だった。  
 人の死体を見たくらいでは動じなくなっていたが、それでも荒涼とした死の光景を前にして、  
リンクの胸は痛んだ。  
 
 ハイリア湖の風景は、リンクを驚愕させ、重い心をさらに重くさせた。  
 湖の水量が減少していることはシークから聞いていたが、実際には、そこは予想以上の惨状を  
呈していた。七年前には満々と水を湛えていた湖が、いまは大きく陥没した空間と化し、水は  
せいぜい足首が浸かるほどしか残っておらず、湖底の岩や泥があちこちに露出していた。  
 みずうみ博士の家は、以前と同じ場所に建っていた。ただ、かつては湖岸にあって、美しい  
水面に影を落としていたその家は、湖水の消失により、いまは陥没部にせり出した崖の上に  
位置する形となっていた。古びた雰囲気が増してもいた。しかしそれは、変わり果てた風景の中で、  
自分の記憶に合致する数少ない要素の一つであり、リンクの心は多少なりとも安らいだ。  
 家の前に立ち、戸を叩く。  
 返事はない。  
 またどこかへ出かけているのだろうか。あるいは……博士もすでに……  
 いやな予感が胸に漂い始めた時、家の中で物音がした。ほっとしてノブをつかもうとすると、  
先んじて、戸がゆっくりと開かれた。  
 みずうみ博士が立っていた。  
 この世界で目覚めてから、旧知の人を見るのは初めてだった。懐かしさのあまり──いや、他の  
理由も加わって、リンクは声を出すことができなかった。  
 もともと年寄りではあったが、七年の歳月は否応なしに、さらなる老いを博士にもたらしていた。  
顔の皺は増え、腰は曲がり、頭髪はほとんどなくなっていた。何より驚いたのは身長の低さで、  
以前は向かい合った際に見上げていた顔が、いまは、はるか下に見えているのだった。自分の  
身長が伸びたのが、その理由であることに気づくまで、少し時間がかかった。  
 博士は無言でリンクに目を向けていた。不審そうな態度だった。  
 ぼくが誰なのか、わからないんだ。  
 リンクは、ようやく口を開いた。  
「……久しぶり。ルト姫と一緒に来た時には、ほんとうに、お世話になったね」  
 博士の目が見開かれ、がくりと顎が下がった。  
「……リンク……か……」  
 リンクが頷いて見せても、博士の顔は長い間、茫然と固まったままだった。が、そのうちに、  
愛おしむような笑みが、徐々にその表情を満たしていった。  
「よう来た。よう来たのう……さあ、さあ中に入って……」  
 目を潤ませて手を引く博士に向け、リンクも笑みを返した。笑い合える人との出会いが、実に  
嬉しく、ありがたく感じられた。  
 
 いままでどうしていたのか──という博士の質問には、口を濁したリンクだったが、現在の  
目的については明確に述べた。  
「水の神殿に用があって来たんだ」  
「水の神殿?」  
 二人はテーブルをはさんですわっていた。リンクの言葉に対し、博士は眉間に縦皺を寄せ、  
不思議そうに言った。  
「前にも神殿のことをわしに訊ねた者があったが……お前さん……もしかして……」  
「シークなら、ぼくの友達だよ。ぼくがここへ来たのも、シークに神殿のことを教えてもらった  
からなんだ」  
 博士はリンクに目を据え、探るように問いかけてきた。  
「どんな用じゃ?」  
 言ってよいものかどうか、少し迷ったが、リンクは正直に話すことにした。博士は信頼できる  
人だとわかっていたし、平原や湖の悲惨な光景が自分に抱かせていた、何とかしなければという  
焦りにも似た思いを、解放しておきたかったからでもあった。  
 ガノンドロフを倒し、世界を救う。そのために、ハイラル各地の神殿に関わる賢者に会い、  
彼らを覚醒させる。  
 博士は呆れたような顔で聞いていた。  
「世界を救うとは……こりゃまた、大きく出たものじゃのう」  
 七年前の、あの小さな子供が──とでも言いたげに、しかしあくまでも飄々とした調子で、  
博士は嘆息した。ふとその目が動き、リンクの傍らへと向いた。  
「その剣は?」  
 リンクは横に置いていた剣を手に取り、短く答えた。  
「マスターソード」  
「マスターソード?」  
 博士が裏返った声で繰り返した。  
「あの……勇者の資格ある者だけが抜き放てるという……伝説の……退魔の剣か? なんで  
お前さんがそんなものを……」  
 さすがは物知りの博士だ。マスターソードのことを知っていた。  
 心の中でそう感想を抱きつつ、リンクは、博士の注意が、剣とともにあった楯へも向けられて  
いるのに気がついた。  
「ハイリアの楯……じゃな」  
「これを知っているの?」  
 ぼく自身は、この楯のことを知らない。時の神殿で目覚めた時、いつの間にか背負っていた  
ものだ。強力で立派な楯だとは思っていたけれど……  
「昔からハイラル王家に伝わる楯じゃよ。マスターソードのような、特別な力を持つわけでは  
ないが……やはり勇者が持つべきものとされておる」  
 自らの言葉で改めて気づいたかのように、博士は驚きのこもった目でリンクを凝視した。  
「どういうわけかは知らんが……リンク、お前さんが……勇者……とは……」  
 リンクは顔を伏せ、小さく苦笑いした。勇者と人に呼ばれるのは、まだ面映ゆい気がした。  
その気恥ずかしさもあって、続くリンクの言葉は、やや急き込んだものになった。  
「……で、神殿のことを訊きたいんだ」  
 博士はなおも気を奪われたように、  
「シークは……なぜ神殿に興味を持つのかとわしが訊ねても、決して理由を言おうとはせなんだが  
……そうか、シークは……お前さんを……待っておったんじゃな……」  
 と独言したが、不意に表情を穏やかにして、言葉を続けた。  
「勇者殿のお訊ねとあらば、お答えせねばならんのう」  
 おどけた口調ではあったものの、顔には暖かい微笑みが浮かんでおり、博士がリンクの現在の  
立場を認めてくれたことがうかがわれた。  
 
 戸外に出、リンクは博士とともに、かつての湖岸の線に沿って歩いていった。  
「湖も、すっかり変わってしまったね」  
 どうしても声が暗くなる。答える博士の声も沈鬱だった。  
「うむ……もう湖と呼べる場所ではないの。ゾーラ川から流れこむ水は、ほとんどなくなっておる。  
最近は天候が不順で、雨が増えた分、かろうじて完全には干上がらずにすんでおるがな。それで  
わしもまだ、この地で暮らしてゆくことができるんじゃが……」  
 石柱が立ち並ぶ所まで来て、二人は足を止めた。  
 この石柱が続いている先の小島の奥底に、水の神殿がある。湖の最深部である小島の前には、  
まだ水が残っており、底に神殿の入口とおぼしき穴が見えている。潜ってゆけば神殿の中へ入れる  
かもしれない──と、博士は語った。  
 その話を胸に刻んだのち、リンクは博士に別の質問をした。  
「『水の賢者』について、博士は何か知らないかな。ルト姫が賢者ではないかと、ぼくとシークは  
考えているんだけれど……」  
「ルト姫が?」  
 意外そうに繰り返す博士は、しかしこれといった情報を持ってはいなかった。  
「ルト姫は……ほれ、七年前、お前さんと一緒に、ここを去るのを見送ったじゃろう。あれきり、  
わしも会ってはおらん」  
 水が減ったために、地下水路の入口はここだとわかったのだが──と、博士は、石柱の基部に  
あたる、湖の底に近い場所に開口した四角い穴を指した。  
「ゾーラの里の氷結で、地下水路の水流も止まってしもうたのじゃな。いまはただの穴にすぎん。  
もう里と行き来することはできまいし……ルト姫とて、ここへ来ようとしても、来ることは  
できなんだのじゃろう……」  
 失望が胸を浸す。それを振り払おうとして、リンクは周囲を見渡した。  
 意外なものが目に入った。遠く離れた所にある釣り堀の入口の前に、一人の男がすわっていたのだ。  
「釣り堀の親父さんも、無事だったんだね」  
 記憶を引き出したリンクに対し、博士は首を振った。  
「いや……あの親父は、ゲルド族に殺されてしもうたよ」  
「え? じゃあ、あの人は……」  
 リンクの視線を追って、その男を認めた博士は、  
「ああ、あれは──」  
 と説明を始めた。  
 半年ほど前、ここへ流れてきて、釣り堀の跡地に住みついた男。当初は衰弱しきっており、  
身体を動かすこともできなかったので、以来、博士が食事の世話などをしてやっている。いまは  
体力も回復したはずだが、生きる気力がないようで、何をするでもなく、一日中、ああやって  
ぼうっとしている。背中に焼印があるのを見た。ゲルド族の所から脱走してきた奴隷ではないか……  
『焼印?』  
 リンクは、平原の死体の背にあった、火傷のような模様を思い出した。  
 あれは奴隷の印だったのか。彼らも脱走した奴隷? それでゲルド族に追われて殺された?  
近くに人家もないのに、彼らがどこからあそこへ来たのか、疑問には思っていたが……  
 博士に話してみた。博士はリンクの考えに同意し、さらにこう続けた。  
「以前は奴隷の集団脱走など、考えられんことじゃったが……どうも最近は、ゲルド族の間にも  
混乱が生じておるとみえる」  
 混乱? 何が起こっているのだろう。今後の旅に影響することかもしれない。シークとも  
相談してみよう。  
 そう心に決め、リンクは再び、釣り堀の前の男へと関心を戻した。  
「あの人は……元はどこに住んでいたのかな」  
「さあ……自分の素性を全く話さんのじゃよ。よほどつらいことがあったのか……あるいは記憶を  
失っておるのかもしれん。じゃが──」  
 時に、家畜やミルクの話に興味を示すことがある。牧場で働いた経験があるのではないか──と、  
博士は説明を追加した。  
『牧場?』  
 そこに注意を惹かれた。  
 
 釣り堀の入口まで来たリンクは驚いた。男が誰なのかがわかったのだ。  
「タロンおじさん!」  
 その顔は確かに、ロンロン牧場で会ったタロンのものだった。ぼろぼろになった服にも見覚えが  
あった。ただ、そうとわかったのも、牧場という予備知識があったからかもしれない。それくらい  
タロンの風貌は変わってしまっていた。でっぷりと太っていたのに、いまは見る影もなく  
やせ衰えている。  
「知り合いか?」  
 びっくりしたように訊ねる博士をよそに、リンクはタロンに対し、矢継ぎ早に言葉をかけていった。  
 ほら、前に牧場を訪ねたリンクだよ。どう? 身体の具合は? これまでどこで何を?  
 タロンは何も答えなかった。こちらに顔を向けはしたが、目はどんよりと濁り、リンクの言葉を  
理解しているようには見えなかった。  
 やはり記憶をなくしているのか──と、リンクは暗澹とした気持ちになり、かける言葉も  
途切れてしまった。  
 それにしても、タロンがここにいるということは……いまロンロン牧場はどうなっているの  
だろう。マロンはどうしているのだろう。気になる。が……訊いても反応は得られまい。  
 リンクは、辛抱強く待っていた博士に、この男がタロンという名前であること、ハイラル平原の  
中央部にあるロンロン牧場の主人であることを説明した。  
「このあと、ぼくはカカリコ村へ行くんだけれど……途中で牧場に寄ってみるよ。事情がわかると  
思うし、ここへ迎えに来るように伝えられるかもしれないから」  
「うむ……家族がおるのなら、知らせてやるのがよかろう。じゃが……」  
 そこで言葉を切り、博士はタロンに目をやった。  
「こんな状態じゃからのう……連れ帰るのが、果たしてよいことなのかどうか……まあ、それも  
先方の事情によりけりじゃが……」  
 痛ましげな表情でタロンを眺めていた博士だったが、やがてリンクに向き直り、安心させる  
ような調子で言った。  
「最近はゲルド族が湖へ来ることはないから、ここにおれば、とりあえず命の心配はない。連れに  
来るにしても、あわてんでよいと……そう伝えてやってくれ」  
 自分自身のことではなかったが、博士の親切な申し出に、リンクは心からの礼を述べた。  
 
 博士の家で一夜を明かし、翌日、リンクは水の神殿を探索した。  
 干上がった湖底を歩き、神殿があるという小島に近づいた。博士の言ったとおり、そこにはまだ、  
ある程度の広さで水が残っていた。水面から覗いてみると、底は意外に深く、小島の内部に向けて  
通路らしい穴が延びているのが見えた。  
 少しためらったが、ためしに水に潜り、穴の先を見透かしてみた。ぼんやりと光がうかがえる。  
リンクは思い切って、穴の中へと泳ぎ進んでいった。  
 予想したよりも距離があり、息が苦しくなった。  
 戻った方がいいか……いや、もう少し……  
 限界──と思った時、頭上が明るくなった。必死でもがき、水面へ浮き上がる。  
 水から上がると、そこはもう神殿の内部だった。上方から射しこんでいる弱い光が、吹き抜けと  
なった大きな空間を満たしていた。中央には、風変わりな意匠が凝らされた、塔のような高い  
建物が、どっしりとした重みをもって立ちはだかっている。  
 かつてゾーラ族が建てたという神殿。ゾーラ族以外の人間でここに入ったのは、ぼくが最初かも  
しれない。  
 感慨深かったが、それは湖水がなくなるという異常事態によって、初めて可能になったのだ。  
その影響は神殿内にも及んでいるようだった。  
 高い所の四方に扉がある。この空間に水が溜まっていれば、泳いでいけるだろうが、虚ろな  
空間しかない現状では、そこへ至る方法はない。自分が立っている地階の四方にも道がある。だが、  
それらは行き止まりか、あるいは先のうかがい知れない水溜まりとなっていて、進むことが  
できない。中央の建物にも扉があったが、押しても引いても開かない。  
『時のオカリナ』を取り出し、『水のセレナーデ』を奏でてみる。  
 何も起こらない。  
 得るところなく、沈んだ胸を抱えて、リンクは神殿を去った。  
 
 博士の家の横から、沖の小島に向けて延びている橋を、リンクはそろそろと渡っていった。  
七年前は平気で走り渡った橋だが、湖に水のない現在は、高い絶壁をつないでいるような状態で  
あり、とても走ってゆく気にはなれなかった。  
 その絶壁にはさまれた深い谷を越え、リンクは第二の小島に到達した。この島は内部に水の  
神殿をひそませている。神殿内に光が射していたので、島の上から内部に侵入する道があるのでは  
ないか、と思ったのだ。  
 しかし、道はなかった。  
 リンクは木の根元に腰を下ろし、大きくため息をついた。  
 ずっしりと疲れが身を侵す。  
 ここでも神殿の探索は徒労に終わった。賢者の消息もつかめなかった。  
 その賢者のことに、ぼんやりと思いを馳せる。  
『ルト……』  
 七年前、ぼくはここへルトを捜しに来て、でもなかなか見つからないで、いまと同じように、  
この木の根元にすわっていた。気晴らしにサリアのオカリナを吹いて、出会った人たちのことを  
考えて……  
 そうしたら、水の中からルトが現れたんだ。まさに目の前の、そこから、この島に上がってきて……  
 体内が透けて見えそうな青白い肌。表面は濡れて輝き、身体中から水滴がしたたり落ちて……  
 なんと清らかな肢体だったことか。  
 控えめな胸の隆起。下腹部の淡い叢。大人になりかけの、それでもぼくにとっては圧倒的に  
女だった、美しい年上の少女。  
 記憶に身体が反応し始める。が……  
 その少女の行方も、いまは知れない。ただでさえ陰鬱な風景の中で、それを思うと、さすがに  
欲望を煮立てる気にはなれない。  
 そういえば、七年前にも、ルトの裸に、ぼくの身体が反応しなかったことがあった。  
 ゾーラの泉でバリネードを倒して、そのあと、ルトがぼくの前で大泣きして……  
 高慢で、わがままで、頼りなげで、一途で、感情豊かだったルト。  
 そう、あの時、ぼくは初めて、人というものの見方を悟ったんだ。  
 人の多彩なあるがままを認め、受け入れること。それが理解の始まりになるのだ、と。  
 ぼくが、女性に向かう自分の欲望を、結局は素直に受け入れることができたのも──あの妖精の  
影響だけではなく──そうした経験があったからだろう。  
 ルトとは、あれからすぐに別れてしまったけれど……もう少し接する機会があれば、ルトの  
ことを、もっと深く理解できただろうに。  
 その機会は、もう二度と得られないのだろうか。  
『いや』  
 リンクは立ち上がり、岸を目指して、再び橋を渡っていった。  
 まだだ。まだ諦めてはいけない。  
 その思いだけがリンクを支えていた。  
 
 タロンのことを頼み、リンクは博士に別れを告げた。ハイラル平原に続く道へと向かいかけて、  
気が変わり、もう一度、湖底を歩いて神殿の入口の前に立った。  
 再起を期す。  
 期待したような成果は得られなかったが、ここへはまた来ることになるだろう。『水のセレナーデ』も、  
『森のメヌエット』と同じく、まだ使い所がわからないだけなのだ。  
 去る前に、何か手がかりがないかと、小島の周囲を回ってみた。  
 神殿の入口の、ちょうど反対側にあたる所で、湖底に横たわる白骨死体を発見した。仰向けの  
格好で、半分ほどが泥に埋まっていた。  
 もう驚きはしなかった。格別の感慨も湧かなかった。ああ、ここでも人が死んだんだな、と、  
淡々と思うのみだった。  
 思ったあと、自分が人の死に慣れてしまい、心が麻痺しつつあるのが実感された。リンクは  
それを悔いた。  
 死体の骨格はやや小さく、子供のものかと思われた。  
 周囲には死体を取り囲むように、大きめの石が転がっていた。不自然な感じがした。注意して  
見ると、石の一つには腐った縄が結ばれており、その端は死体の右脚の骨に巻きついていた。  
 石を括りつけられて、湖に沈められたのだろうか。いったいどんないきさつがあったのだろう。  
博士に訊けば、何かわかるかも……  
 首を振る。  
 知ってどうなるというのか。ぼくにできることは、何もない。  
 重く立ちこめる暗雲から、ぽつりぽつりと雨が落ち始めた。それを機として、リンクは死体に  
背を向けた。  
 立ち去りかけて、足が止まった。なぜか、心が残った。  
 ふり返り、死体を見下ろす。  
 雨粒が頭蓋骨の眼窩の縁に滴下した。それはふるふると揺れながらそこにとどまっていたが、  
やがて、つ──と流れ、頬骨の表面をすべり落ちていった。  
 涙のように見えた。  
 
 
To be continued.  
 
 

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