七年前にも進むのに苦労したデスマウンテン登山道だったが、現在の状況のひどさは当時を
はるかに上回っていた。
道らしい道はなく、かつての記憶をたどりながら、覚束ない足取りで先を目指すリンクに、
無数の火山弾や落石が容赦なく襲いかかった。視界を奪い呼吸をも妨げる厚い火山灰の中から、
それらは予測もつかない頻度と間隔で到来した。しばらく落ち着いたかと思うと、次の瞬間には
集中的に降ってきたりする。ただ空気を切り裂くような飛翔音、あるいは山肌が崩れる不気味な
鳴動だけが前兆となり、かろうじて危険を回避することができるのだった。それでも無傷という
わけにはいかず、リンクは無数の擦過傷と打撲と火傷を負った。せっかくアンジュが洗ってくれた
服も、土や火山灰で見る影もなく汚れきり、さらに熱した火山弾によって、あちこちに焼け焦げが
できてしまっていた。
相変わらずの曇天に大量の火山灰が加わって、太陽の位置すら知れず、正確な時刻は不明だったが、
正午を過ぎてしばらく経ったかと思われる頃、リンクの足は止まった。
シークもここで引き返さざるを得なかったという。いまならどうにかなるかと思って来てみたが……
炎の渦が猛威を振るうデスマウンテンの頂上は、立ちこめる火山灰を通してもなお、かろうじて
見てとれた。そこからは煮えたぎる熔岩が引きも切らず流れ落ち、谷を埋め、道を完全に遮断していた。
ゴロンシティの位置は、だいたいわかる。熔岩の流れは明らかにそこを覆いつくしている。
ゴロン族の滅亡に疑いを差しはさむ余地はなかった。
暗澹たる思いに沈むリンクだったが、状況はそんな時間の余裕すら与えてくれなかった。
ひゅうううう──と甲高い音がした。あっと思った時には遅く、頭部にがつんと衝撃を感じた。
火山弾を食らったのだ。幸い大きなものではなかったようで、命に別状はなかったが、一瞬、
意識が遠くなってしまった。
それを機に、リンクは来た道を引き返した。無念だったが、どうにもならなかった。
頭部の傷は痛み、歩くほどに足はふらついた。時は刻々と過ぎ、空が暗さを増し始めた。
夜までにカカリコ村へは戻られそうにない。
まずい──と思った時、岩肌に穿たれた穴に気がついた。ドドンゴの洞窟だ。リンクはその中へと
身を引きずりこませた。
洞窟の奥は落盤によって塞がれており、先へ進むことはできなかった。しかし入口の近くには、
人がひとり休めるだけの空間は充分に残されていた。火山弾や落石に遭う危険もない。身体の
状態も勘案し、リンクはそこで夜を明かすことにした。
アンジュが持たせてくれていた食料と水で一息つき、リンクは洞窟の内壁に身をもたせかけた。
疲労が意識を奪いそうになったが、何とかそれに耐えて思考の流れを保った。
神殿はどこにあるのか。カカリコ村からゴロンシティまでの間ではない。いまも、そして七年前も、
その範囲に神殿が存在するような形跡はなかった。ゴロンシティよりも、もっと山頂寄りに違いない。
だが、そうだとすると……それはすでに熔岩に巻きこまれてしまっていることになる。
ダルニアが神殿に関することを何か言ってはいなかったか──と記憶をまさぐってみるが、
何も思い浮かんではこない。
『ダルニア……』
思いが移ってゆく。
七年前、このドドンゴの洞窟で、ぼくたち二人は力を合わせてキングドドンゴを倒し、信頼する者
同士という関係を結ぶことができた。乱暴な物言いの中にも、ぼくを信じ、ぼくを思いやる真心を、
ダルニアは示してくれた。そこには男以上に逞しいダルニアの、女としての片鱗がひそんでいた
ように、いまとなっては思われる。
そのダルニアも──賢者と目されるダルニアも──デスマウンテン大噴火ののち、消息を絶った
という。もう会える望みはないのだろうか。
リンクは強く首を横に振った。
『諦めるな』
すでにいろいろな場面で発してきた言葉を、リンクは再び胸に刻みこんだ。
カカリコ村に着いたのは、翌日の昼前だった。市場で食糧を補給し、酒場の女主人からエポナを
引き取ったリンクは、その足でハイラル平原へと出て行った。今後の旅に向けて奮い立つ心が、
リンクを自然に先へと進ませたのだった。
シークと会う予定の時刻までには、かなり間があったので、リンクは乗馬の練習にいそしんだ。
エポナは久しぶりにリンクを背に乗せるのが嬉しくてたまらないようで、はしゃぐがごとく活発な
動きを示した。そんなエポナを御すのはいささか難儀ではあったが、これも練習のうち、と
リンクは頑張った。
日が落ちる頃になって、約束の場所である平原の高台へ赴いた。シークはすでにそこへ来ており、
例のごとく焚き火を前にしてすわっていた。
短い挨拶を交わしたあと、エポナは勝手に休ませておき、二人は夕食をとった。静かな夜で、
リンクは落ち着いて時を過ごすことができた。ポウの縄張りが近いのか、時に「ケケッ」という
例の声が、高台の下の方から聞こえてきたが、それさえもひとつの風情であるように感じられた。
神殿の探索については、何の成果もなかった、と告げざるを得なかった。が、墓地の地下通路に
おける水漏れの件は、シークの注意を惹いたようだった。
「僕が調べた時には、水漏れなどなかった。おそらく断続的な地震のせいで、扉に緩みが
生じたんだろう」
しかし、扉の向こうに存在すると思われる水にどんな意味があるのか、という疑問には、
シークも答えることができず、今後の課題とするにとどめるしかなかった。
「で……」
食事を終え、神殿についての話にも区切りがついたあと、シークが話題を変えた。
「アンジュには会ったのか?」
「うん……」
訊かれることはわかっていた。言わなければならないとも思っていた。とはいえ……どんな
ふうに話したものだろう。他にもシークには知らせていないことが……
「女を教えてもらったか?」
こちらのためらいを押しやるように、シークが問いを重ねる。
「ああ……教えてもらったよ。だけど、その前に……黙っていて悪かったけれど、実は──」
そう前置きして、リンクはマロンとの初体験のいきさつを告白した。次いで、
「でも、君がアンジュを薦めてくれたのは、無駄じゃなかった。それどころかアンジュは、とても
大切なことを、たくさん教えてくれたよ」
と言い、これも詳細に、アンジュとの体験の内容を物語った。
長い話を黙って聞いていたシークは、リンクが語り終えたのち、さらに問いかけてきた。
「知った上で、いまはどうだ? まだ女性のことを考えると、いてもたってもいられない気分に
なるか?」
「いや……」
短く答え、やや間をおいて、リンクは続けた。
「女の人のことを考えて、胸がどきどきしたりするのは変わらないけれど……どこか……
落ち着いたっていうのか、すっきりしたっていうのか……女の人と、どう接するものなのかが
わかって……前みたいに、どうしようもなく追いつめられたような気持ちには、ならなくなったよ」
「ふむ……」
シークは目を伏せ、何ごとかを考えている様子だったが、再び視線を上げると、別の質問を
投げかけてきた。
「ゼルダのことは?」
今度はすぐに返事ができなかった。時間をかけて思考を反芻し、慎重に言葉を選んで、リンクは
答えた。
「ぼくは……マロンやアンジュと、こんなふうになったことを、悔いてはいないし……これからも、
そういう出会いを大切にしていきたいと思う。そんなぼくをゼルダがどう思うか、正直、少しは
……いや、とても……気になるけれど……君が前に言ったように……これは、ぼくがゼルダに
会うまでは知りようがないことで……それでも……ぼくとゼルダの間に、特別な『何か』が
あるっていう……あの確信は、変わらないよ」
言ってから、苦い笑いが漏れてしまう。
「身勝手かな」
ややあって、シークが静かに口を開いた。
「いや……それでいい、と思う」
場に沈黙が落ちた。それを破ったのは、またもやシークの質問だった。
「君は……アンジュのことはともかく、マロンのことを……どうして僕に話した? 君の個人的な
事情なのだから、何も無理に言う必要はなかったんだぞ」
「うん……どうしてだろうな……」
自分でも、よくわからない。
「でも、君には言っておかなければいけない、と思ったんだ」
シークは返事をしなかった。しかしシークにそう告げることができただけで、リンクは満足だった。
シークは安堵した。
セックスを経験することによって、リンクの混乱は収束し、荒れ狂う性欲になすすべもなく身を
焦がすばかり、という状況からは脱したようだ。心と身体の乖離が解消されたのだ。これで
リンクは、女性に対する欲望を過剰に意識することなく、安定した大人の男として、自然に女性と
接してゆけるだろう。その結果、リンクが将来抱くことになる愛の姿がどのようなものになるかは、
知る由もないが……
そう思いながらも、リンクとゼルダを繋ぐ特別な「何か」が、いまだ堅固に保たれている点は、
シークの心を安んじさせた。
リンクがマロンと初体験を果たしていたという件は、シークにとって少なからず驚きだった。
が、そのマロンとの体験が、リンクをよい方向へと導いたことは明らかだった。そしてマロンの
方も──アンジュが評したというように──リンクによって救われたことは確かだと思われた。
『そして、アンジュも……』
リンクの話がシークに確信を与えていた。
リンクはアンジュによって、心身ともに大きな成長を遂げることができた。と同時に、
アンジュはリンクによって、生きることへの積極性を取り戻すことができたのだ。
自分がその変化をもたらせなかった点に、シークは負の感情を抱かなかった。アンジュが
幸せを得られたというだけで充分だった。
そこでリンクがためらいがちに言い始めた。
「もう一つ、君に言っておかなくちゃいけないことがあるんだ」
聞けば、女を教えてくれるようアンジュに頼め、と自分が薦めたことを、リンクはアンジュに
しゃべってしまったのだという。
「口止めされていたのに、申し訳ないけれど……でもアンジュは、ぼくが言う前から、君が
薦めたんだとわかっていたみたいだったよ」
「そうか……」
しかたがあるまい。だが、アンジュはどう思っただろう。よけいな気を回させてしまっただろうか。
「それから……アンジュが、君に伝えてくれって」
リンクが言葉を続けた。
「ありがとう──って」
思考が止まる。
胸が静かに潤いで満たされる。
『アンジュはわかってくれていた』
この上もなく、嬉しかった。
アンジュの伝言の意味が、リンクにはわからなかった。わからないままに、言われたとおり
シークに告げたのだが、シークは何の返答もよこさなかった。けれどもシークの様子には、その
言葉を深く心の中で味わっている雰囲気がうかがわれた。それがリンクに、以前にも抱いた疑問を
思い出させた。
シークとアンジュの関係。
すでにシークから断片的には聞いている。子供の頃、カカリコ村で知り合い、その後も何度か
会っていると。竪琴もアンジュから貰ったのだ、と言っていた。
それだけなのだろうか。ただの知人同士に過ぎないのだろうか。いや……
「シーク」
思わず問いかける。
「君はアンジュと……どういう……」
言葉が途切れる。どう訊けばいいのか。訊いていいことなのだろうか。
「アンジュは……娼婦だそうだけれど……」
いきなりシークが顔を上げ、鋭い視線を飛ばしてきた。
「僕はアンジュに金を払ったことなどない!」
峻厳な声だった。これほど感情をあらわにするシークを見るのは初めてだった。
「あ……すまない、そんなつもりじゃ……」
弁解の言葉もまともに口から出せないくらい、シークの表情は硬かった。が、その表情はすぐに
冷静なものへと戻り、
「いや……こちらこそ、すまない」
小さな声で言うと、シークは顔をそむけた。
しばらくは二人とも口をきかなかった。気まずい思いを胸に溜めながらも、リンクはあることに
気づいていた。
シークは、アンジュを金で買ったことは強く否定したが、身体の関係があること自体を否定は
しなかった。ということは……
「ひょっとして……シーク、君は……アンジュに特別な気持ちを──」
「そうじゃない」
シークがさえぎる。
「そんなんじゃないんだ」
言葉は明確だったが、声の調子からは、シークの本心が言葉ほどの明確さを有していない
ようにも思われた。しかしその食い違いゆえに、リンクにはそれ以上の追求ができなかった。
再び長い沈黙がわだかまった。
耐えきれなくなりかけた時、シークが穏やかな声で言った。
「『幻影の砂漠』についてだが……」
新たな話題の呈示にほっとして、リンクは頭の中を切り替えた。
翌日から西への旅が始まった。
今度はシークも同行すると言い、二つの理由を挙げた。シーク自身がまだ魂の神殿に到達して
いないから、というのが第一の理由だった。もう一つは、ゲルド族の支配領域を突破するには、
情報を知らないリンク単独では不可能だから、というものだった。リンクは納得した。シークと
行動をともにできるのが嬉しくもあった。
道すがら、二人はゲルド族の情勢について話し合った。すでにリンクは、かつてシークが奴隷と
なってゲルド族の町に潜入した経緯を、ざっと聞いてはいたが、ここでシークが語ったゲルド族の
情報は、さらに詳細で多岐にわたっており、リンクを驚かせた。
だがシークは慎重だった。
「僕がゲルド族の町にいたのは、もう三年ほども前だ。その時はゲルドの谷でツインローバに
妨害され、魂の神殿に行くことはできなかった。以後もしばしば潜入を試みたが、結局うまく
いかなかった。現在の状況については、僕にも詳しいことはわからない」
それでも、潜入を試みたという折りに得た知識は、シークの持つ情報を、随時、新しいものに
しており、その苦労は決して無駄ではなかった、とリンクには思われた。
シークは、ハイラル城下町に駐留するゲルド族の数がめっきり減っている事実をもとに、
ガノンドロフと他のゲルド族との間に距離が生じているのではないか、という推測を述べた。
リンクも、奴隷の集団脱走の件から、ゲルド族に混乱が生じているのでは、とみずうみ博士が
指摘したことを、シークに語った。
「混乱──か。何かが起こっているのは、確かなようだな」
「でも、その何かが何なのかは、まだよくわからないね」
「そう、その点はこれから調べてみる必要がある」
「うん……ところで──」
リンクはシークに二つの質問をした。
一つは、シークが名を漏らしたツインローバという人物のことだった。ガノンドロフの片腕に
して、氷と炎の魔法の使い手、二人の老婆と一人の熟女という二形態を自由に使い分け、人の心を
読むという能力をも持った、恐るべき敵の詳細を、シークは語った。
「この先、君はいつかツインローバと会うことになるだろう。注意しておきたまえ」
頷きつつも、強敵への警戒と対抗心とで、リンクの心は震えた。
もう一つの質問は『副官』についてだった。奴隷であった時の主人であり、のちにナボールの
一党とわかって同志となったその人物のことを、シークはすでにひととおり説明してくれていたが、
数ヶ月にわたった二人の生活の内情までは語られていなかった。
「『副官』は、いまもその町に住んでいるのかな」
「さあ……わからない」
「もし会うことができたら、きっとぼくたちの力になってくれるだろうね」
「……そうだな」
シークの答は素っ気なかった。が、そこには何らかの感情がひそんでいると、リンクには
感じられた。
ゲルド族の支配領域の外縁に達するまでに、一週間かかった。さらに一週間を費やして、
領域内の情勢をうかがった。ゲルド族の動きは以前ほど活発ではなく、侵入にそれほどの困難は
ないだろう、とシークは結論づけた。二人は先へ進むことにした。
問題となったのはエポナの処遇だった。
当初、エポナはシークに気を許さず、シークが近づいただけで威嚇の声を発するほどだった。
けれども、リンクがシークに寄せる信頼を、エポナも感じ取ったのだろう、時が経つうちに
エポナの態度は和らぎ、シークの接近を許すようになった。のみならず、ついにはシークが
騎乗することさえも許容した。ただしそれは、シーク単独ではなく、リンクと二人で乗る限りの
ことではあったが。
そんなエポナが、旅に有用なのは言うまでもない。速く移動できるし、疲労も軽減できる。反面、
隠密行動ができず、敵に発見される危険が高くなることも、また確かだ。
熟慮の末、二人はエポナを連れて行くことにした。危険性よりも機動性を重視してのことだった。
シークの指示により、人口密度の稀薄な地域を縫って進んだせいで、敵に遭遇することは
なかった。魔物も姿を現さなかった。天気は上々で、この世界で目覚めて以来、初めてまともに
太陽の光を浴び、リンクは実に清々しい気分に浸ることができた。しかし、それはガノンドロフが
魔力で天候を制御しているためだ、というシークの指摘が、浮き浮きした気持ちからリンクを
引き離した。ひるがえって他の地域の暗鬱な環境が思いやられ、リンクの心には新たな憤りが
湧き起こるのだった。
旅は順調に進み、二人は平原の西端の町に近づいた。ゲルド族の居住地が増えてくる地帯と
あって、厳重な警戒は怠れなかったが、それにしても以前と比べると敵の警備がずいぶん甘く
なったようだ、とシークは言った。
平和に慣れてしまっているのか。各地に散っているゲルド族の数そのものが少なくなって
いるのか。だとすると、減った人数はどこに移ったのか。
疑問は尽きなかったが、答を探している暇はない。『幻影の砂漠』に到達することが第一だ。
この絶好の機会を利用して。
「ただし、このまま無事にすむとは思えない。油断は禁物だ」
あくまで冷静なシークの声に、リンクも気を引き締めた。
ゲルドの谷への道を遮断するがごとくに存在する町を、どうやって突破するか。それをリンクと
話し合っていた時、シークは背後に気配を感じた。
──来た!
二人はエポナに乗っていた。手綱はリンクが持ち、シークはその後ろに跨っていた。手足を
固定できない格好だったが、エポナはゆっくり進んでいたので、振り落とされる気遣いはなかった。
だが、これからはそうもいかない。
シークは馬上で器用に身を動かし、リンクと背を合わせ、反対向けに跨る形になった。
「どうした?」
いぶかしげなリンクの声には答えず、耳に神経を集中させる。
果たして、聞こえた。かすかだが、急速な馬蹄の響き。
「敵が追ってくる! リンク! 行け!」
叫ぶと同時に、リンクがエポナに拍車を入れた。一声嘶いたエポナが疾走し始める。
シークは振動に耐えるため、両脚でエポナの胴をはさみ、左手を後ろにやってリンクの服を
つかんだ。不安定な体勢にもかまわず、じっと後ろに視線を向ける。
後方からの馬蹄の音は次第に大きくなり、やがて追跡者の姿が目に入った。
「ゲルド族だ! 四騎!」
「はッ!」
掛け声とともにリンクはエポナの速度を上げた。しかし敵の速度はそれ以上で、彼我の距離は
徐々に縮まった。
エポナがいかに優れた馬とはいえ、人を二人も乗せていては、全速力は出せない。いずれは
追いつかれてしまう。
さまざまな対応策を頭に浮かべ、瞬時に取捨選択する。ほとんどの策が捨てられる。残った策は
ただ一つだけ。
追跡者が馬上から矢を射始めた。まだ簡単に命中するような距離ではないが、流鏑馬に長けた
ゲルド族のこと、狙いはかなり正確で、何本かの矢は至近を通過した。
「直進するな! こまめに方向を変えるんだ!」
応じてリンクがエポナを操る。右に左にとジグザグ模様を描いて。
後方の一騎がぐんと速力を増した。騎射をやめ、とにかく追いつこうという意図と見えた。
シークは右手に短刀を持ち、その一騎を注視した。
敵はじわじわと迫り、その表情までもがはっきりと見分けられるようになった。
獰猛な女戦士。
殺意に満ちた顔がゆがみ、腰から長大な堰月刀が引き抜かれた。もう距離はほとんどない。
あとわずかで追いつかれる。
女が刀を振り上げた。その瞬間、シークは短刀を放った。狙いは過たず、短刀は馬の首に
ぐさりと刺さる。馬は大きく嘶いて驚き暴れ、女は地上に放り出される。
「何だ!?」
リンクの声。前方しか見ていないリンクにはわからないのだ。
「一騎倒した! あと三騎!」
引きつけておいて狙う戦法が図に当たった。が、敵も慎重になるだろう。二度は通用すまい。
案の定、残る三騎は突出して追ってはこない。少しずつ間を詰めながら、時に矢を射かけてくる。
ぎりぎりで命中せずにすんでいるが、これ以上近づかれると危ない。
最後の策を実行しなければならない。しかし真っ昼間、遮蔽物もない平原のただ中では……
前方に目をやったシークは驚いた。
森が見える。もう平原の西端に達したのだ。
この機を逸してはならない!
「リンク! 別行動だ!」
「え!?」
「森に近づいた所で僕は飛び降りる! ここから先は君ひとりで行け!」
「何だって!? 君を置いては──」
「このままでは追いつかれる! それしかない!」
わずかな間をはさんで、リンクが言う。
「……町はどっちだ?」
「森から右方向! ここからだとすぐだ!」
「わかった!」
「あとの道は前に教えたとおりだ! 途中で止まるな! 町を突っ切ってまっすぐ砂漠まで行け!」
「君は!?」
「あとから行く!」
せわしない会話の間にも、森はぐんぐん近づいた。前方を見ながらタイミングを計る。
「いくぞ! 僕が飛び降りたらすぐ方向を変えるんだ!」
「気をつけろ!」
シークは空中に身を躍らせた。とるべき動きはすでに想定していた。その想定に従って受け身を
とり、地面の上を転がる。そのまま地に伏せ、草の陰で気配を絶つ。
目の前を三頭の馬が通り過ぎた。その先にリンクとエポナの後ろ姿があった。速力を上げる
エポナを追い、三騎はたちまち遠ざかった。と思うと、突然、一騎が方向を変え、こちらに
向かって突進してきた。
『やはり見逃してはくれないか』
シークは中腰の体勢になった。そこへ矢が飛んできた。咄嗟に後ろへとんぼを切って矢を避ける。
敵の馬は急には止まらず、いったんその場を駆け抜ける。その隙をついて、背後の森に飛びこむ。
身ひとつで馬に乗った敵を相手にするのは分が悪い。
シークは森の奥へと駆け進んだ。適当な所で大木の陰に隠れ、来た方向をうかがった。敵が
追ってきたら立ち向かうつもりだったが、その様子はなかった。
こちらを見失ったか、あるいは、馬と密着したゲルド族の習慣が、馬を捨ててまで森の中を
追ってくる気にさせなかったのかもしれない。
ほっと息をつき、シークは地面に腰を下ろした。念のため、しばらくは森の中にひそんでいる
つもりだった。
水筒の水を口に含み、人心地を取り戻す。同時に、別れた仲間へと思いを馳せる。
あとから行くとは言ったが、自分ひとりで町を突破して『幻影の砂漠』に到達するのは困難
だろう。可能だとしても相当の時間がかかる。ここはリンクに期待するしかない。
『頼むぞ、リンク』
残された最後の神殿への希望を託し、シークは祈るがごとく目を閉じた。
背をつかんでいたシークの手が離れた瞬間、リンクはエポナを右へと向けた。負担となる重量が
減り、エポナはぐんと速度を上げた。背後から矢は飛んでこない。ちらりとふり返ると、二騎の
敵が追いすがってくる。だが距離はかなり開いたようだ。
前に向き直り、ひたすらエポナを急がせる。やがて森の風景が途切れ、密集した人家が見えてきる。
町だ!
平原から門をくぐり、まっすぐ町を抜けると、あとは一本道でゲルドの谷に至る。シークは
そう言っていた。
その門が見えた。行く手をさえぎるような扉や柵はない。が、十人ほどのゲルド女が立ちふさがり、
こちらに注目している。何人かは弓を構えている。
止まって戦っている余裕はない。
腰の袋から爆弾を取り出す。ゴロン製の小型爆弾は、簡単な安全装置をはずすと点火するように
作られており、馬上での操作も可能だ。
「行けッ!」
声でエポナを駆り立てる。エポナはさらに速力を増す。前方から飛んでくる矢に怯みもせず、
エポナは門に殺到する。
突入寸前、リンクは左右に爆弾を投げ、続けてデクの実を放った。
閃光と爆発に狼狽の声が上がる中、エポナは敵を蹴散らし、町の通りに駆けこんだ。
人通りは少なくなかったが、リンクは斟酌しなかった。通りの人々のほとんどは非武装で、
突然の闖入者に対抗する意志を持たず、あわてて左右に逃げ散った。その間に開いた一筋のすき間を、
エポナは全速力で駆け抜けた。
ほどなく町の出口が見えてくる。門に女兵士たちが群がっている。だが矢を射かけてはこない。
一般人のいる町中に向けて攻撃することになるので、ためらっているのだろう。
その機に乗じる。再び爆弾とデクの実を投じて混乱を誘い、門を突破する。
なおも止まらず走り続ける。
やがて風景が変わる。左右に岩肌が迫り、道はくねって山峡に入る。
『どうだ?』
初めて速度を落とし、背後をうかがう。追ってくる敵は……
いる!
エポナのものではない馬蹄の音が後ろから迫り、聳える岩壁にこだましていた。即座に拍車を
入れ、リンクはエポナを急発進させた。
さすがにエポナにも疲れが見える。無理はさせたくないが、ここは耐えてもらわなければ……
近づく追跡者の気配に追われ、焦りを覚えるリンクの前に、ぱっと新たな風景が開けた。両側の
岩肌が切れ、ちょっとした広場となった先を、横一線の深い峡谷がさえぎっていた。道の先には
細い木製の吊り橋が架かっている。
ゲルドの谷!
吊り橋を駆け抜けようとしたリンクだったが、あることに気づき、直前でエポナを止まらせた。
ずいぶん古く、頼りない橋だ。このまま渡っても大丈夫だろうか。強い衝撃が加わったら、
切れて落ちてしまうかもしれない。
背後の音が大きくなった。ふり返ると、ゲルド女が二騎、広場に姿を現したところだった。
迷っている暇はない!
エポナを一歩踏み出させる。その瞬間、眼前に火が降ってきた。何が起こったのか、と思う間も
なく、橋はみるみるうちに炎に包まれた。
再度ふり返る。一方のゲルド女が弓を持っていた。火矢を放ったのだ!
もう一方の女が突進してきた。あわててエポナの向きを変え、崖際から離れる。刀を抜いた女に
対し、こちらも剣を抜き放つ。
「やあああッ!」
気合いとともに刀が迫る。がっきと受けて、もう一人にも注意を向ける。矢を射られると面倒だが、
射てくる様子はない。敵味方が切り結んでいる状態では射られないのだろう。
そこはよし、と思った時、鍔迫り合いをしていた相手が、
「つああッ!」
女とは思えないほどの力を加えてきた。同時に抜刀したもう一人が近づいてくる。
受けられるだけ力を受けておいて、すいとエポナを進ませる。いなされた相手が体勢を崩す。
その隙に、横から迫る敵へデクの実を食らわせ、
「くッ!」
ふり返って先の相手にも同じく、
「うあッ!」
眩い光を味わわせてやる。二頭の馬は棒立ちとなり、女二人は地面に落ちる。
これで数分は時間が稼げる。が……
吊り橋はすでに焼け落ちていた。もう先には進めない。
『戻るしかない、か……』
引き返そうとして広場を去りかけた時、リンクは聞いた。馬を駆る音。新たな追跡者だ。今度は
人数も多い。
絶体絶命。
残るは強攻のみか、と覚悟を固めた時、エポナが勝手に回れ右をした。
「どうした?」
不思議に思って呼びかける。エポナの鼻息は荒く、盛んに前脚で地面を掻き、ぐいぐいと前に
進もうとする。抑えつつ前方を見る。あるのは谷だけだ。エポナは何を……
──まさか?
それができれば最善だ。だが疲れているエポナにそれができるのか? そもそもぼくの乗馬の
技量でそんなことが……
追跡者の迫る音が大きくなる。もう時間がない。
「行けるか?」
大きく嘶くエポナ。
「よし、行け!」
高々と両前脚を振り上げると、エポナは突進し始めた。
リンクは決めていた。
エポナにすべてを任せるしかない!
谷が迫る。どんどん迫る。エポナは速度を上げに上げ、崖際で最高速に達すると、
ガッ!
と蹄の音を残して空中に身を躍らせた。
必死でしがみつくリンクの目に、山が、空が、雲が、流れるように映り、頂点に達したとみるや、
重力に引かれて身は落ち始め、再び山が見え、このまま無限の谷底へ吸いこまれてしまうのか──
と思った瞬間、
ドッ!
という衝撃とともに、エポナの脚は大地を捉えていた。
──跳べた!
いまだ残る緊張と、成功の感激に胸を弾ませながら、勢いが治まるまで前進したのち、リンクは
エポナを立ち止まらせた。
後ろをふり返る。対岸の広場にはすでに数騎の追っ手が到着していたが、右往左往するばかりで、
谷を越えて追ってこようとする者はいない。それだけの能力が、彼女らの馬にはないのだろう。
「よくやった! ありがとう!」
ぽん、と首の後ろを叩いてやる。エポナは嬉しそうに嘶いた。
日が暮れかかる中、リンクはゆっくりとエポナを進ませた。
追っ手を気にする必要はなくなった。それにシークの話では、この先は無人地帯で、行く手を
邪魔されることもない。もう少し行けば、かつてのゲルド族の本拠地である砦があるはず。そこで
砂漠に乗りこむ準備をしよう。
道端に湧き水を見つけ、リンクはエポナから降りた。喉を潤し、水筒を水で満たしたあと、
場所をエポナに譲った。エポナは一心に水を飲み続け、その渇きはすぐに癒える様子もなかった。
あれほどの大活躍だったのだ。かなり体力を消耗したに違いない。好きなだけ飲ませてやろう。
砦に着いたらゆっくり休ませてやらなければ。
近くの石に腰をかけ、エポナを待つ。疲労のせいか、ともすれば意識が浮遊する。
ハイラルの西端に位置する『幻影の砂漠』の、さらに西の果てにあるという巨大邪神像──
魂の神殿。そこでナボールに──『魂の賢者』と考えられるその人物に──ぼくは会うことが
できるだろうか。いまのところ、他の賢者たちには会えそうもない。ナボールが頼みの綱なのだ。
どうにかして会って、賢者としての目覚めをもたらして、それで……
その先に、賢者の覚醒を果たした時に、ぼくを待っているはずの、君。
『ゼルダ……』
しまっておいた耳飾りを取り出す。小さなトライフォースの輝きに、記憶の中の笑顔が重なる。
その笑顔を見たい。いや、七年経ったいまでは、君の笑顔も、記憶の中のそれとは異なっている
はずで……けれど……きっとそれは……ぼくが思いもつかないほど美しいはずで……そして
美しいのは……顔だけではなくて……
脳裏に立ちのぼる、その姿。
ぼくは何を考えている? 何を望んでいる? 男と女の行為を知ったぼくは、ゼルダに対して
何を……
自覚する。高ぶる股間。それを引きずり出し、握って、動かして……
あの泉で経験して以来、二度目の行為。その行為の相手が君であることに、ぼくはもうためらいも
持たず……
エポナが鋭く嘶いた。驚いてあたりを見まわそうとした瞬間、がん!──と脳天に衝撃を感じた。
前のめりに倒れる。身体が動かない。しかし意識だけはなお漂って……
「あんまり手荒なことはすんなよ。活きのいい男は久しぶりなんだから」
「これくらい大丈夫さ。ありゃ、この野郎──」
「ヒャハハッ! こいつマスなんかかいてやがったよ!」
「精がありあまってるってか? こりゃあ期待できそうだねえ」
──ゲルド族?……こんな所に……いたとは……
その意識も、じきに絶えた。
目があいた瞬間、頭に痛みが走った。
「くッ……」
再び目を閉じ、痛みが去るのを待って、そろそろと目蓋を開く。
薄暗い空間。上には石の天井。周囲は同じく石の壁。部屋ともいえないような殺風景な場所だが、
屋内であることは確かだ。床もまた硬い石造りで、触れている横腹と腰に、ごつごつとした不快な
感覚をもたらしている。
横たわった身体を動かそうとしたリンクは、自分が後ろ手に縛られていることに気がついた。
両の足首も縄でひとまとめに括られている。
不意を衝かれて頭を殴られ、ゲルド族に捕らえられてしまったのだ。油断も油断。敵がいる
ことにも気づかず、ゼルダを想って、快感を発散させようとして、自分で自分を弄んでいる最中を
襲われてしまうなんて……なんと情けないことだろう。
悶絶しそうな羞恥を無理やり心から追い出し、リンクは自身の運命を考えた。
あの場で殺さなかったのだから、ぼくを捕まえたのは追っ手の一団ではないのだろう。気を失う
前に聞いた彼女らの言葉も、切迫したものではなかった。追っ手とは別のゲルド族の集団が、
このあたりにいたのだ。ゲルドの谷より西方には誰も住んでいない、とシークは言ったが、状況は
変わっていたようだ。ぼくを拘束した目的は何だろう。ただの強盗なら、すぐにぼくを殺して
いたはず。そう、彼女らの、あの台詞は……
ゲルド族が捕らえた男をどういうふうに扱うかは、シークから聞いていた。そんな目に
遭わないよう注意しろ、と釘を刺されていたのだが……
笑い声が聞こえ、リンクは、はっとしてその方を見た。部屋の隅に通路が開いており、奥が
赤っぽく染まっている。通路の先に明るい別の部屋があって、そこに人がいるのだ、とわかった。
声は女のもの。明らかにゲルド族の連中。少なくとも、六、七人はいるようだ。
通路に影が差し、足音が聞こえた。リンクは身体を固くした。
剣と楯は奪われている。縛られていて確かめようがないが、爆弾など、武器になるようなものは
すべて巻き上げられているだろう。ここで襲われても応戦できない。
ゲルド女が一人、部屋に入ってきた。そばまで来て女はしゃがみこみ、リンクの胸倉をつかんで
上体を引き起こした。
「目が覚めたかい」
ドスの効いた声だった。リンクは女を睨みつけた。
「なかなかいい目つきをするじゃないか」
女は動じず、口の端に嘲るような笑いを浮かべた。
「心配するな。抵抗さえしなきゃ、殺しはしないよ。ただ、あたしらの要求には従ってもらうけどね」
意味ありげに言うと、女はリンクの足首を縛っていた縄を解いた。意外だったが、それは単に
移動を容易にするというだけの目的だった。後ろ手に縛られた状態のまま、リンクは女に背を
小突かれて、通路の先へと追い立てられた。
予想どおり、その先は広い部屋で、壁際に立てられたいくつかの燭台が光源となっていた。
中央の床には一枚板の食卓が据えられ、食べかけの皿や酒瓶が乱雑に並んでいた。その食卓を
取り囲んで、何人かのゲルド女たちがすわり、あるいは寝そべっていた。リンクは素早く女たちを
観察した。
自分を連れてきた女を含めて、人数は十人。いずれも二十代から三十代。額や胸に宝石を
あしらった装飾品をつけているのが女性らしいが、手元に置かれた堰月刀や薙刀が、戦闘集団と
いう雰囲気を醸し出している。身なりは一様にゲルド風だ。下半身にはだぶだぶの長いパンツ。
一方、上半身は細い布を胸に巻いているだけで、浅黒い皮膚があらわになっている。顔つきや髪の
長さはさまざまだ。しかし髪の色が赤い点は共通している。そして、もう一つの共通点は……
部屋の全員がリンクに視線を向けていた。その目は例外なく、ぎらぎらと燃え盛っていた。
背後の女にいきなり脚を払われ、リンクは床に転がった。さらに蹴られて仰向けにされる。
「しばらくおとなしくしてな。さて──」
女が他の連中に向き直った。
「そろそろお楽しみといこうじゃないか」
みなが弾かれたように身を起こし、リンクのまわりに集まってきた。
「順番は決まったのかい?」
女の声に、一人が応じる。
「いや、まだだ。あんたが最初にやる?」
「あたしはあとでいい。先に好きなようにしなよ」
「さっすが、話がわかる。すまないねえ」
女はリンクから離れ、食卓の前にすわって肉を食らい始めた。態度から見て、この女が一団の
リーダーと思われた。残りの九人がわいわいと議論を始める。
「どうする?」
「公平に籤でも引くか」
「いいだろ。紙をこっちへよこせ」
「早くしようよ、もう我慢できないよ」
「落ち着きなって。待ってりゃ確実に回ってくるんだからさ」
「さあ、籤だ。一人が一本ずつ引くんだ」
「よし、これだ」
「あたいはこれ」
「どっちがいいかなあ、こっちにしようか」
「おい、あんたはいま危険日だろうが」
「いいじゃないの、こいつがいく前に終わらせりゃ」
「うーん、それもそうだな」
「全員引いたか? じゃあ開け」
「やったあ! あたしが一番!」
「げっ、最後かよ……」
「四番目ね、まあよしとするか」
会話は意外にのんきなものだったが、彼女らが何について話しているかを考えると、リンクの
背筋は寒くなった。これから全員に犯されるのだ。女たちの声は上ずり、目のぎらつきはますます
勢いを増していた。
一番手の女が迫り、リンクの股間を探って、縮こまった一物を引き出した。こんな状態で
勃起するわけがない、と思っていたが、女が下半身の衣装を脱ぎ、股間を露出させたのを見て、
不覚にもそれは一気にそそり立ってしまった。
「ひょおー、元気なこと。若い男はいいねえ」
女は嬌声をあげ、せかせかとリンクの腰に跨ると、直立したそれをつかんで自らの中心に
押し当てた。
「おいおい、いきなりでいいのかい?」
「大丈夫、もう準備はできてるさ。濡れ濡れだよ」
周囲のからかいに露骨な答を返し、
「いくよッ!」
と叫ぶが早いか、女はどすんと腰を落としてきた。
「うッ!」
思わず呻きが漏れてしまう。快感のためではない。縛られて後ろに回され、背と床の間に
はさまれた腕が、女の体重による圧迫で、激しい痛みを訴えたのだ。床には絨毯が敷かれていたが、
下は硬い石であり、衝撃を吸収する役割は果たしてくれなかった。
痛みが軽くなって初めて、結合部に注意が向いた。女が言ったとおり、その入口はすでに
洪水状態で、リンクの怒張は完全に膣に埋まり、ものすごい力で締め上げられていた。が、
奇妙なことに、女は目を閉じ、口を大きくあけ、挿入直後の体勢のまま、凍りついたように
動かなかった。
周囲の面々も不思議に思ったのだろう、
「おい、どうした?」
などと呼びかけてきたが、たちまち大きな笑いが巻き起こった。
「こいつ、もういっちまってるよ」
「挿れてすぐとは、ちいと早すぎやしないかねえ」
「生の男は久しぶりだから。しかしそれにしても……」
「いいじゃないの、次が早く回ってくるんだし」
「ほら、あんたはもう終わりだよ。さっさと場所を空けな」
それでも一番手の女は呆けたように動かず、業を煮やした他の女たちによって、リンクの上から
引きはがされた。リンクは狐につままれたような気分だった。何もせず、何も感じないうち、
あっという間に終わってしまったセックスだった。
その後も大同小異だった。一番手ほど極端ではなかったが、次々に跨ってくる女たちは、どれも
一方的に激しく身体を動かしたのち、あっけなく絶頂した。一人の持続時間は最長でも五分に
満たず、全員が行為を終わるのに三十分もかからなかった。リンクが感じたのは、下腹部への
機械的な衝撃と背後の腕の痛みがもっぱらで、快感といえるほどの快感もなく、射精には遠く
至らなかった。思ったほどひどい目に遭わずにすんで、ほっとしたリンクだったが、これが
ゲルド族のセックスの流儀なのかと思うと、索漠とした気持ちにもなった。
離れてすわっていたリーダーの女が腰を上げた。
「あんたら、ほんとに味気ないまぐわいだねえ。九人がかりで男一人いかせられないなんて」
嘲弄するような台詞に、一息ついた残りの女たちが反論する。
「んなこと言ったって、しょうがないだろ。長いこと男とはご無沙汰だったんだから」
「早くいっちまったのはともかく、男相手のセックスなんざ、こんなもんだろうが」
「この野郎をいかせようなんて、初めから思っちゃいないぜ」
「そうだよ、こっちが楽しめりゃ、それでいいじゃないのさ」
リーダーの女は大きくため息をつき、
「あたしも前はそう思ってたさ。でも男ってのは、そんなもんじゃないんだよ……まあそれは
ともかく──」
最後は口調をいかめしいものに変えると、リンクのそばへ歩み寄ってきた。
「次はあたしの番だ。じっくり楽しませてもらうとするか」
まわりから自嘲と諧謔をこめた声がかかる。
「ちぇッ! せいぜい楽しんどくれ」
「あんたが楽しめるのは、あたしらのおかげだってことを忘れなさんな」
「あたいらが味気ないせいで、そいつはここまでもったんだからね」
「そうそう、こちとら、礼を言ってもらいたいくらいさ、『副官』さんよ」
最後の言葉が、反射的にリンクの口を開かせた。
「『副官』?」
リーダーの女の目がいぶかしげに細められた。
「君が『副官』なのか?」
続くリンクの問いかけに対し、直接は答えず、女は警戒するような面持ちで、ゆっくりと言った。
「……お前……なぜ、その呼び名を……」
「シークさ。シークから聞いたんだ」
女は目を大きく見開いた。
「お前……シークを知ってるのか?」
「知っているとも。シークはぼくの友達なんだ」
「あんた!」
女──『副官』は、リンクの肩をつかみ、激しく揺すぶった。呼びかけが変わってしまったのを、
自分でも気づいていないようだった。
「教えてくれ! シークは生きてるのか? いまどうしてる? どこにいるんだ?」
身体を床に打ちつけられる形になり、リンクは呻き声をあげた。『副官』は我に返った様子で、
「ああ、こりゃ悪かった」
とすまなそうに言い、リンクを縄から解放した。リンクは上半身を起こし、硬直した背と両腕を
伸ばして吐息をついた。
「それでシークは?」
なおも問いつめる『副官』に、リンクは事情を説明した。シークが『副官』に使命の詳細を
明らかにしていないことを知っていたので、その点は大まかな内容にとどめた。
先に『副官』と別れたあと、ツインローバの妨害のため、シークは『幻影の砂漠』へ行けなかった
こと。その後、何度もゲルド族の支配領域への再侵入を試みたが、成功しなかったこと。今回、
自分とシークとでやっと侵入に成功したものの、敵に追われて別行動を余儀なくされ、自分だけが
町を突破して、ここまでやって来られたこと。
リンクが話を終えると、身を乗り出して聞いていた『副官』が、真剣きわまりない様子で訊いて
きた。
「シークはどうするって?」
「あとから来ると言っていたよ。でも橋を焼かれてしまったから、ゲルドの谷を渡ってくることは
できないだろうね」
リンクは『副官』の気持ちを察し、言葉の裏に同情をこめた。『副官』は下を向き、黙っていた。
その目が潤んでいるのが見えた。
やがて『副官』は、
「……生きてりゃ、また会える時もくるだろうさ。シークが無事だっていうんなら……それだけで
……あたしは……」
と声を絞り出したのち、きっと顔を上げた。別人のように精悍な表情となっていた。
「じゃあ、あんたは、これから巨大邪神像へ行って、ナボールの姐さんを捜す気なんだね」
頷くリンクに向け、『副官』は、にやりと笑って言った。
「わかった。協力しようじゃないか」
次いで、今度は『副官』が自身の経緯を語り始めた。
シークと別れて以来、町で逼塞した生活を続けていた『副官』だったが、奴隷制度に依存し、
ゲルド族本来の生き方を忘れた連中とともに暮らすのが、いやになるばかりだった。しかし
ゲルド社会に生じ始めた動揺が、『副官』の意志を動かすことになった。
動揺の一つは食糧事情の悪化であった。天候不順により、ハイラル諸地域での農業生産は、
徐々に低下していた。ゲルド族の支配領域は、天候こそ保たれているものの、自給自足ができない
ため、次第にその影響を受けるようになった。当初は収奪の強化で凌いでいたが、現在では
それでも追いつかないほどの問題となっている。
割を食ったのは奴隷たちだった。真っ先に食糧供給が制限され、そのことが引き金となって、
反抗や逃亡が頻発するようになった。統制強化のため、支配領域に散っていたゲルド族が町に
集められ、反対に人口の減った他の地区は、少しずつ荒廃し始めた。それが第二の動揺だった。
最も大きな動揺は、そうした社会不安に対して、ガノンドロフが適切な処置を下そうとしない
ことによるものだった。魔王として君臨するガノンドロフは、ガノン城にこもって放蕩にふける
毎日を送っている。ほとんど陽の差さない城下町の劣悪な環境は、駐留する兵士たちですら
忌避したくなるもので、そんな彼女らの漏らすところによれば、ガノンドロフの関心はもっぱら
トライフォースに集中し、ゲルド族の実社会にはろくに興味を示さなくなってしまった、という。
一年ほど前、『副官』は町を出て砦に──自分たちがいまいるこの場所に──戻った。腐った
社会から離れ、ゲルド族の誇りを体現しようと、新たな生活を始めたのだった。噂を伝え聞いて、
かつてのナボール党の面々が一人二人と集まってきた。以前ほどの人数ではないが、いまでは
こうして十人の仲間が結束し、行動をともにしている。
ただ、旅人も通りかからない、こんな辺鄙な場所では、男を狩るというゲルド族の風習は
捨てざるを得なかった。リンクは実に久方ぶりの獲物だったので、こういう扱いをすることに
なってしまったのだ──
そう締めくくり、リンクに詫びを述べたあと、『副官』はナボールの件に話を戻した。
「ナボールの姐さんのことは……巨大邪神像へ行っちまってから、何年も経ってるし……正直
言って、もう諦めてたんだ。だが、あんたが希望を捨てずに行くっていうんなら……あたしらの
姉貴分だった人のことだ。協力は惜しまない」
再び力添えを提言し、『副官』はさらに言葉を続けた。
「あたしだけじゃない。ここにいる全員が味方になるよ。なあ、みんな!」
「おう!」
女たちが一斉に応じた。リンクと『副官』の話が続くうち、他の連中もそれに引きこまれ、
いつしかみなが『副官』と心を一つにしていたのだった。
囚われの性奴隷から客人へと身分が昇格したリンクは、改めて一団から熱心な歓迎を受けた。
女たちはさっきの輪姦騒ぎなど忘れ去ったようにリンクを仲間扱いした。その大らかな態度が
微笑ましく、リンクは彼女らを責める気にはなれなかった。そればかりか、彼女らと知り合えた
ことが、実に心強く、嬉しく感じられた。
今後の方針が話し合われた。いまは砂嵐の季節であり、ここ数日は砂漠に足を踏み入れることは
できないが、それが治まるのを待つ間、この砦でじっくり準備を調えればいい、と女たちは口を
揃えた。リンクはその忠告に従うことにした。
To be continued.