議論に区切りがつくと、あとは宴会になった。リンクはやたらと酒を勧められた。必死で  
辞退したが、そうもしきれなくなり、しかたなくグラスに口をつけた。かなり濃い酒で、舐めた  
程度だったにもかかわらず、リンクは酔いを感じてしまった。女たちの方も酒が進むうち、  
もともとあけすけだった態度が、いっそうくだけたものとなっていった。  
「なあ、さっき話してたシークってのは、いったい誰なのさ」  
 一人の女が『副官』を追求した。『副官』はうつむいた。いくら飲んでも色の変わらなかった  
顔が、その時になって赤みを帯びた。が、思い切ったように昂然と顔を上げると、『副官』は  
悪びれない調子で言い放った。  
「シークはあたしの彼氏さ」  
「彼氏ぃ!?」  
 他の女たちが一様に素っ頓狂な声を発した。  
「こりゃ驚いた。あんた、男とつき合ってたのかい?」  
「彼氏持ちのゲルド女なんて、聞いたことがないよ」  
「珍品中の珍品だな」  
「『副官』ともあろうお方が、なんでそんな軟弱なことを」  
「そうさ、男ってのは犯すもんだろうが」  
 周囲の囃したてに対し、『副官』は声を強くして反論した。  
「そんなこたあない。どうせあんたら、男なんて生の張形くらいにしか思ってないんだろうが、  
男と楽しむやり方がわかっちゃいないのは、あんたらの方さ」  
 言われた側も声を荒げる。  
「おう、言ってくれるじゃないか」  
「たいそうな講釈だねえ」  
「犯す以外にどうやって男とやるのか、あたしにゃわからん」  
「そんなに言うなら教えてもらおうじゃないの、男と楽しむやり方とやらをさ」  
「ああ、教えてやるよ」  
 売り言葉に買い言葉といったやりとりを交わすと、『副官』はリンクに向き直った。  
「そういうわけだ。相手になってくれ」  
 いきなり話を振られ、リンクは返事ができなかった。横にいた『副官』が、さらに身を寄せてきた。  
「あたしだけ、まだだったんだ。ちょうどいい」  
「いや、あの……」  
「さっきの続きだと思いな。だけどシークの友達なんだから、悪いようにはしないよ。あんたも  
好きなだけ動いていいから」  
「ちょっと待てよ、君はシークとつき合って……」  
「野暮なことを言いなさんな。シークはシーク、あんたはあんたさ」  
「けれど……」  
「あたしに恥をかかせる気かい?」  
『副官』の語調がきつくなった。リンクは言葉を継げられなかった。  
 あっという間の成りゆきについてゆけず、追いつめられた形になってしまった。混乱の中で、  
リンクは何とか自らの思考を追跡した。  
 話の内容から、『副官』がシークと肉体関係を結んでいたことは、ぼくにもわかる。けれども  
他の男と交わることを、『副官』は全然ためらっていない。そういう奔放さがゲルド流なのかも  
しれない。またその態度は、ある意味、いろいろな人との出会いを大切にしていこうという、  
ぼく自身の思いにも通じるところがある。しかし『副官』と交わる積極的な理由が、こちらにある  
わけではない。確かに『副官』とは同志の間柄になったが、かといって──  
 
『副官』は、つと立ち上がり、やにわに衣服を脱ぎ始めた。下半身だけでなく、胸を覆う上半身の  
布すらも解き放った。次に頭の後ろで髪を束ねていた装具をはずし、首を素早く左右に振った。  
赤く長い髪がぱっと広がり、肩から背に流れ落ちた。  
「おっ、いよいよ始まりか」  
「しっかりやれよ、見ててやるからさ」  
 女たちの揶揄の声をよそに、胸や股間を隠そうともせず、褐色に光る若々しい皮膚を惜しげもなく  
さらして、『副官』は立ちはだかっていた。表情は固く引き締められていたが、すべてを捨て去った  
その姿は、もはやゲルド族の一団を率いるリーダーとしてのものではなく、一人の女としての  
ものだった。  
 ぞくぞくとした波動がリンクの背筋を走り下り、局部に集中した。不完全燃焼を強いられてきた  
陰茎が、その反動によってか、いままでにも増して猛然と自己を主張し始めた。が……  
 好きなだけ動いていいとは言われたものの……さっきのように動く余地もなく一方的に受け身と  
なるのならともかく……この衆人環視の状態で、自分から動いてセックスするなんて……  
『副官』は気にならないのか……せめて……どこか別の所で……  
 待て。やること前提で考えているじゃないか、ぼくは。見られていない状態ならいいというのか。  
そういう問題じゃないだろう。  
 ──などと抑えにかかる心も、熱した股間を冷ますことはできない。  
『副官』が傍らに膝をつき、じっとこちらを見つめた。と思うと、突然、どっと身を預けてきた。  
両腕が首にからみつく。抱きとめるのが精いっぱいだったリンクは、『副官』の顔を避けることが  
できなかった。それはリンクの眼前に迫り、間もおかず、唇と唇がぶつかった。  
 頭の中は急に酔いがまわったようにぐるぐると渦巻き、リンクは身体を動かせず、ただ柔らかい  
唇の感触を茫然と受け止めるままになっていた。これではいけない──と立て直す思考は、  
『副官』の次の行動によって、またも立ち往生を強いられた。  
「頼む」  
 唇を離した『副官』がささやいた。周囲には聞き取れないような、かすかな声だった。  
「抱いて」  
 どきりと胸が拍動した。  
 それまでの男まさりの言動が嘘のような、女の言葉だった。他の連中に男と楽しむやり方を  
教えるというもっともらしい理由を超えた、『副官』自身の生の意志が──手を差し伸べずには  
いられない、はかなげな思いが──そこにはうかがわれた。  
 女としての姿を見、女としての声を聞き、女としての意志を感じ取ってしまうと、もうどうにも  
ならなかった。リンクは抱きとめていたその「女」を、さらに強く抱きしめた。背はわずかに震え、  
肌は汗ばんでいた。その震えと湿りを感じ、リンクの手には、ますます力がこもった。まわりの  
連中に見られていても一向にかまわない。そんな気持ちだった。  
 そのまわりの連中からは、もう声はかからない。固唾を呑んでこちらに注目しているようだ。  
 固く抱き合う無我の時が過ぎると、『副官』は身を動かし始めた。裸の自分と同じ姿にしようと、  
その手がもどかしげにリンクの服にかかる。リンクも応じて身体を動かす。あらわとなった皮膚の  
上を、『副官』の唇が這いまわる。上半身から下半身へと露出が進むにつれ、唇もまた下がって  
ゆき、ついにすべてがさらされてしまっても、それはとどまることなく──  
 そそり立つリンクの中心に触れかかる。  
 
「おおーッ!」  
 周囲からどよめきがあがった。  
 驚くのも無理はない。男といえば犯す対象としか考えないゲルド族にとって、男の物を口にする  
など、異常な行為としか思えないのだろう。ひるがえって、そんな「異常」な行為にためらいも  
持たない『副官』が、何ともかわいらしく思えてしまう。  
 そう、かわいらしく。  
 二十代半ばほどの、自分よりも年上の女性を、かわいらしいと表現するのはおかしいかもしれない。  
だが、男の硬直を一心に舐め、吸い、含む、そのさまは、アンジュはもちろん、マロンほどの  
技巧も伴っていないにもかかわらず、相手を悦ばせようとする熱意に満ち、単なる技巧を超えた  
真情として、心を打つのだった。  
 口の奉仕にしばらく身を任せたのち、股間にうずくまる『副官』の頬に、そっと触れる。  
上げられた『副官』の顔が、切なげにゆがむ。  
「だめかい?……あたし……下手だから……」  
 胸が締めつけられ、  
「そんなことない」  
 身をずらせて、今度はこちらが『副官』の下半身に顔を寄せる。仰向けとなり、互い違いに  
『副官』を跨らせる。  
 目の前に開陳される『副官』の陰部。浅黒い皮膚の色が、そこでは、より濃さを増し、あふれ出る  
粘液がてらてらと輝く中心部の充血した粘膜と、鮮やかな対比をなしている。  
 唇で、触れる。  
「あッ!」  
 小さな悲鳴とともに『副官』が全身を震わせる。  
 優しく舌を這わせて、少しずつ震えを治まらせてやる。  
 硬い恥毛が頬をちくちくと刺し、濃密な体臭が鼻腔を刺激する。しかしそれらも、『副官』と  
いう女の、あるべき個性なのだ。そう思うと、いっそう心が沸きたつ。  
 喘ぎながらリンクの舌を股間に受けていた『副官』が、膨張しきった陰茎を含んで口技を再開する。  
情熱にあふれたその動きと、生々しい女の匂いとが、リンクをさらに高揚させ、舌の活動を激しく  
させる。それがますます『副官』を煽り、煽られた『副官』がなおもリンクを煽って……  
 陶酔的な相互吸綴は、限界に至る前に中断された。リンクの上で身を起こした『副官』は、  
くるりと向き直ると、哀願するような視線を送ってきた。リンクが頷くが早いか、『副官』は  
直立していた物に手を添え、大きく開いた股の中心に先をあてがい、ゆっくりと身を沈めた。  
 目をぎゅっとつぶり、しばらく『副官』は凝固していた。自分を貫く剛直を、深々と味わって  
いるようだった。リンクの方も、剛直をきつく包む肉の鞘の感触を、じっと横たわったまま賞翫した。  
 やがて『副官』は、ゆるゆると体動を始めた。同じ体位ではあっても、他の連中のような  
荒っぽい上下動ではなく、リンクを感じ、リンクに感じさせようとする、温雅で複雑な動きだった。  
リンクはなおもおのれを押しとどめ、ゆったりと舞うがごとくの『副官』を、目と局部で  
じっくりと味わった。  
『副官』の舞いは次第にテンポを速め、吐く息は深くなった。その息の下から、  
「突いて」  
 と漏らされた言葉に応え、リンクは周期的に腰を上下させた。同時に、それまで敢えて  
放り出していた両手を、『副官』の肌に這わせていった。  
 
「……ん……ん……ん……ん……」  
 突きに一致した『副官』の呻きに心を躍らせながら、リンクはその肌をまさぐった。横たわった  
状態からでも、ほぼ全身に手が届いた。それは『副官』が小柄な方だったからだが、熱っぽく  
張りきった皮膚は、内から湧き出る活動力の強さを表すかのようで、体格以上の存在感を  
主張していた。乳房もまた、小さめながら生き生きとした弾力を持ち、若さの凝縮を感じさせた。  
 両腋に生えた毛は印象的だった。男が髭を剃るように、これは女の身だしなみなのだ、と言って  
腋毛を剃っていたアンジュとは異なり、ゲルド族の女はその処理を行わないようである、と、  
すでにリンクは気づいていたが、間近で見る『副官』のそれは、彼女の野性味を強調し、一風  
変わった興奮を与えてくれるのだった。  
 上体を立てていた『副官』が、結合を保ったまま、がくりと前に身を折った。両手で頬を  
はさまれ、激しい勢いで口を吸われた。劣らぬ勢いで応じつつ、膝を立て、腰の動きを速める。  
前傾に伴って『副官』の身体は少しく前に寄っており、その下半身を斜め下から突き上げる形に  
なった。『副官』の動きは前後方向に近いものとなり、リンクが腕を背にまわして抱き寄せる  
ことで、勃起した二人の乳首がこすれ合った。  
「あぅ!」  
「お!」  
 同時に発する声が、互いを、そして各自を励起させ、二人の活動は勢いを増した。  
 口と、胸と、性器と、さらには可能な限りの範囲の肌とで、二人は交わり、快感はどんどん  
増幅していった。  
 このままいってしまおうか──と、思いかけた時、  
「あ! う! あぁッ! はぅッ!」  
 急に『副官』の声が高まり、動作が止まった。きゅん、と膣壁が縮まったとみるや、肢体に  
震えが走り……やがて、終息した。  
 絶頂したのだ。  
 一度、達してしまったのだから、もう終わりか。  
 ふくらむばかりの欲情を抱えながら、またも機を逸し、煩悶に身を焼かれる思いで、リンクは  
周囲の空気をうかがった。  
 場は静まりかえっていた。誰も止めに入らなかった。  
 ──かまうもんか!  
 脳の安全弁が吹っ飛び、理性が砕け散った。  
 がばりと身を起こし、坐して『副官』を抱きかかえる。いまだ力の戻らない『副官』を、ずいと  
床へ押し倒す。両脚をつかんで大きく広げ、前に押しやり、上から野蛮な突きを開始する。  
 もうまわりのことなどどうでもいい。相手のことすら思う余裕がない。  
 突いて、突いて、突いて突いて突いて突いて突きまくって、ひたすらに、ただひたすらに、  
おのれの到達点を目指して、目指して、そう、それはもう、もう、すぐそこまで来ていて……  
「リンク!」  
 叫びが意識を呼び戻す。はたと見下ろす目に、『副官』の顔が像を結ぶ。  
 苦しげにゆがむ表情は、しかし歓喜をも宿し、さらなる密着を求めていた。  
 脚から手を離し、頭をかき抱く。上げられていた両脚が、そのままリンクの腰に巻きつき、  
そして両腕が背に巻きつき、力をこめて引き寄せる。互いの前面をぴったりと合わせ、けれども  
肉柱のみは、急速な上にも急速な運動を続け、続け、続け──  
「んんあぁッ!!」  
 ついに得た到達点で、獣めいた唸りとともに、洞窟の深奥に奔流を浴びせかけ、直後、その  
洞窟が急激に収縮するのを感じ取り、おのれの霞みゆく目で、相手の潤み果てる目を捉え、そこに  
喜悦の終末を確かめ得た時──  
 リンクはすべての力を失った。  
 
 
「悪かったね……」  
 その声に、はっと目が開いた。いや、起きてはいたのだが、靄がかかったように脳がぼんやりと  
していて、まとまったことを何も考えられない状態だったのだ。まだ身体がゆるゆると回転して  
いるような気がする。心臓の鼓動に合わせ、頭の芯でどくどくと鈍い痛みが反復する。酒の酔いが  
続いているのだろうか。  
「……無理にやらせちゃって……」  
『副官』が続けた。小さな声だった。  
「いや……」  
 反射的に応じる口は、しかしそれ以上の言葉を出せなかった。朦朧とする意識の中で、リンクは、  
ばらばらになった思考を少しずつ組み直そうと試みた。  
 確かに『副官』は強引だった。いけないと思いながらも、ぼくは『副官』に圧倒されて……いや、  
『副官』のせいじゃない。結局はぼくが欲望に負けて……酒に酔って心の抑制を失ってしまった  
ためか……  
 違う。酒のせいでもない。欲望に負けたんでもない。これはぼく自身の意志だった。何がぼくに  
そうさせたのかというと……  
「なんだか……急に……男に抱かれたくなっちゃってさ……」  
 自嘲めいた口調で、『副官』が呟く。  
「あたしは、もともと受け身なたちで……抱くよりも、抱かれる方が、嬉しい女なのさ……  
ナボールの姐さんやシークに抱かれて……それが……あたしには……いちばん合ってるやり方で……」  
 訥々とした告白が、リンクの意識を徐々に明るくする。やっと自分の体勢に気づく。リンクは  
『副官』の背に左腕をまわし、『副官』はリンクの左肩に顔をのせて、寄り添って横たわって  
いるのだった。  
「それが……ここんとこ……気の張る生き方をしてきて……弱気になっちゃいけないって……  
そればかり思って暮らしてきて……」  
 そこで『副官』は、ふっと寂しげな笑いを漏らした。  
「疲れてたんだろうね……あたしは……」  
 わかるような気がした。  
 砦にいる集団の中で、『副官』は最も若い世代に見える。そんな歳で頭を張れるのは、相応の  
能力があるからだろう。シークによれば、『副官』という彼女の渾名は、かつてのリーダーである  
ナボールに懐いていたことに由来するのだが、のちにはその名に恥じない人望を得るようになった、  
という経緯もあるのだ。とはいえ、年少者が上に立って仲間を束ねるのは、たいへんな仕事のはず。  
そもそも『副官』が砦に戻って新しい生活を始めたのも、最初はただ一人でのことだったのだ。  
ずいぶん苦労を重ねてきたに違いない。  
「そこへ、シークの友達だっていうあんたが来て……シークのことを思い出しちまって……  
そうなると……もう矢も楯もたまらず──ってやつでさ……」  
『副官』が顔を上げ、いかにも申し訳なさそうな目を向けてきた。  
「ほんとに……あんたには悪いことを──」  
「いや」  
 さっきと同じ言葉で、リンクはさえぎった。しかし今度は、さっきとは違って、言葉に明確な  
意味をこめた。  
 抱き合う前、『副官』がぼくに示した態度。男に抱かれたいという、女の願い。救いを求めて  
やまない、あのはかなげな思いを、ぼくは受け止めてやらずにはいられなかった。そうしなければ  
ならないと思った。だからぼくは、その意志をもって『副官』を抱いたのだ。  
 ぼくはシークの代役だったのかもしれない。だが、それがどうだというのか。たとえそうだと  
しても、『副官』がぼくを求めて──そう、行為の最中、『副官』はぼくの名を叫んだではないか──  
そして、ぼくが『副官』の求めに応えることができたのなら、それで……  
「いいんだよ」  
 微笑んで、『副官』の額にそっと口づけする。  
「ぼくも、嬉しいから」  
 不思議そうな表情となったのち、『副官』の顔は、ほっと和らいだ。  
「……そうかい……なら……よかったよ……」  
 再び頭が肩に寄せられる。  
 並び臥す二人に、静かな時が覆いかぶさっていった。  
 
 
 やがて『副官』は上体を起こし、今度は、やや活気を帯びた声で言い始めた。  
「けどね、男と楽しむやり方を仲間たちに教えてやるっていうのも、まんざら、ただの方便じゃ  
なかったんだよ」  
 意味ありげな笑みを浮かべ、『副官』は周囲に目をやった。  
「こいつら、初めはなんだかんだと茶化してやがったが、どうやら、あたしたちにあてられちまった  
ようだ。ほら、見てみなよ」  
 初めてまわりに注意が向いた。あちこちでくぐもった声がする。前から聞こえていたはずなのだが、  
その時まで気にもならなかったのだ。  
 勧めに従って上半身を立て、あたりを見まわしたリンクは驚愕した。  
 女たちがさまざまな格好で蠢いていた。  
 こちらを見ている者はいない。みなが各々の行為に没頭している。  
 隣では、立て膝をついた一人の女が、息を荒げ、股間にやった手を激しく動かしていた。  
「これは……」  
 リンクは絶句してしまったが、『副官』は平気な顔だった。  
「オナってんだね」  
「え?」  
「オナニーだよ。男もやるだろ。あんただって、あたしらにとっつかまる前にやってたっていう  
じゃないか」  
「ああ……でもあの時は、誰かが……マスをどうとか言ってたけれど……」  
「マスをかいてたってんだろ。マスターベーション。そうとも言うのさ。他にも、自慰とか  
自涜とか手淫とかね。だけど、あんた……」  
『副官』が顔を覗きこんでくる。  
「そういう言葉を知らないのかい?」  
「あ……うん……」  
 ハッ──と『副官』は短く笑い、  
「変な男だねえ。やることはやっときながら、それを何ていうかは知らないなんてさ」  
 あきれたような声であとを続けた。  
 気恥ずかしかったが、おのれでおのれを弄ぶ行為の名称がわかり、男も女もそれをすると  
知れたのは、収穫ではある。セックスについては、まだ自分の知らないことが、たくさんあるようだ。  
 
 その知らないことが──と、リンクの視線は動く。  
 これだ。  
 絡み合う全裸の女たち。ある二人は、正面から向き合って互いを抱き、乳房と秘所をこすり  
合わせている。別の二人は、互い違いの向きで秘部に口をつけ合い、盛んに舌を使っている。  
他にもいろいろな行為が、いろいろな組み合わせで展開されていた。  
 男女のセックスと格好は似ているが、それが女と女でなされているという点が、リンクの意識を  
奪っていた。  
「どうしたんだよ、ぽけーっとして」  
『副官』の声で我に返るが、眼前の光景からは目を離せない。  
「あんた、女同士のまぐわいを見るのは……その様子じゃ、もちろん初めてなんだろうが……  
ひょっとして、そのこと自体、知らなかった──とか?」  
 一言も発せないまま、こくりと頷く。  
「意外にウブなんだねえ。あたしとやってる時には、立派な男だったっていうのにさ」  
 からかうように『副官』が言う。その態度からは、先ほどまでのしおらしさは消え、かわりに  
何とはない優越感がうかがわれた。ただそれは、無知なリンクをあざ笑うといったものではなく、  
『しようがないね』とでもいうような、微笑ましげな好意をこめたものと察せられた。  
「よそじゃどうだか知らないが、ゲルド族は女ばかりだから、女同士のセックスなんて、珍しくも  
何ともないんだよ。男も女も両方こなすのが普通のゲルド女なのさ。どっちが好きかは人それぞれ  
だがね」  
 リンクは先の『副官』の言葉を思い出した。  
『ナボールの姐さんやシークに抱かれて』  
 そう、『ナボールの姐さん』だ。その時は聞き流してしまったが、『副官』はナボールとそういう  
関係にあったのだ。  
 そこで『副官』が、にやりと笑って言った。  
「男同士のセックスもあるって、あんた、知ってるかい?」  
「えッ!?」  
 思わず大きな声が出てしまう。  
 女同士のセックスがあるのなら、男同士のセックスだってあるだろう。理屈ではそうだ。が……  
 もともとベニスのない女同士なら、ありのままに触れ合うだけで、事はすむだろう。しかし  
ペニスを持った男が、挿れる場所もない男相手に……いったい……  
「どうやって……」  
「尻の穴を使うのさ」  
 こともなげな『副官』の言葉に、リンクは二度びっくりした。  
「別におかしなことじゃないよ。女だって男の物を尻の穴に挿れるんだから。それくらいは  
知ってるだろ? 知らないのかい?」  
「いや、それは……知っているけれど……」  
 知っているどころか、実行したことさえある。だから思いついて当然だったのだ。それを  
思いつかなかったのは、男同士の行為というものを想像すると、あまりにも異常で、違和感が  
あって、信じられないような気がするからだ。  
 男の肛門に挿入する自分を思い浮かべるだけで、頭がくらくらする。ましてや、その反対に……  
 
 ぞっ──と、リンクの背筋を何ともいえない異様な感覚が駆け抜けた。  
「興味があるかい?」  
 面白がっているふうの『副官』に対し、必死で首を横に振る。  
「ない? まあ、それが普通の男ってもんだろうね。いずれにしても、男同士のまぐわいなんて、  
ここじゃ関係ない話さ」  
『副官』は上を向き、からからと笑った。が、急にその笑いを止め、  
「いや、そうでもないか」  
 と言うと、奇妙な感じの笑みをリンクに投げたのち、室内を見まわした。何かを探している  
様子だったが、すぐにそれを見つけたようで、リンクの腕を引っぱった。  
「あれを見てごらん」  
 指さす方に目をやると、仰向けに横たわった一人の女の上で、向かい合う別の一人が激しく腰を  
動かしていた。男のような動きだ──と思ったリンクは、次の瞬間、上になった方の股間に男の  
持ち物を見いだし、仰天した。  
 一団の中に男がいたのか? ゲルド族に男は百年に一度しか生まれない、今の世ではそれが  
ガノンドロフなのだ──とシークは言っていたが……あの男は……  
 いや、待て。あれは男じゃない。胸の隆起は明らかに女のものだ。ということは……  
 しばし注視し、やっとそれが真の男根ではないとわかった。男根を模した人工物だ。付帯した  
ベルトを腰に巻き、股間からそれを突出させて、男のように装っているだけなのだ。  
「驚いたかい?」  
『副官』が顔を寄せてきた。  
「あれは張形といってね。見りゃあわかるだろうが、女同士の時、ああやって片方が男の役をする  
ことがあるのさ。ほら、あいつも使ってるよ」  
 その別の女は、顔をとろんとさせ、ベルトのない偽の男根のみを手に持って、ゆっくりと股間に  
出し入れしていた。オナニーの道具として使用しているのだ。  
「あんなので……気持ちがいいのかな?」  
 素朴な疑問が湧く。  
「それなりだね。ほんとの男の方がずっといいと、あたしは思うよ。でも男がいなきゃ、ああでも  
するしか方法はないし……それに女同士が好き合ってるんなら、あれでも充分、役に立って  
くれるのさ。あたしと姐さんもそうだったし──で、何が言いたいかっていうとだね」  
 いったん言葉を切り、『副官』は凄みを感じさせる表情になった。  
「張形をつけた女相手なら、どうだい?」  
「どうだい──って?」  
「だからさ、そういうふうにすりゃ、あんたは男同士のやり方を真似て、だけど実際には女を  
相手にして、受けに回れるってわけさ。やってみる気はあるかい?」  
「冗談じゃないよ!」  
 本気で憤然としてしまう。  
 文字どおり、女に犯されるっていうことじゃないか。男同士の方が、まだわかる。  
「ちょっと言ってみただけだよ。本気にしなさんな」  
 くつくつと笑いながら、『副官』は煙に巻くような台詞で事を収めた。  
 とりあえずは、ほっとした。だが考えてみると、もし自分にシークの友人という特権がなく、  
囚われのままであったなら、そういう目に遭わされていたに違いないのだ。  
 女と女。男と男。そして男女の逆転。女が男の役割を果たし、男が女の役割を果たす、男女の  
区別すら不明確な、奇怪ともいえるセックス。  
 思いもよらなかった性の世界の深淵を垣間見て、リンクの思考は、またも大きな混乱の渦に  
巻きこまれていくのだった。  
 
 その混乱を抑えようとして、リンクは別の話題を持ち出した。『男と楽しむやり方を仲間たちに  
教えてやるっていうのも、まんざら、ただの方便じゃなかった』という『副官』の言葉の意味が、  
疑問として残っていたのだ。その点を問いただしてみると、  
「ああ、あれね」  
 真面目な顔になって、『副官』は話し始めた。  
「あんたもさっき経験したように、ゲルドの女にとって、男といやあ犯すものだ。女同士なら、  
いまのこいつらのように──」  
『副官』は周囲に顎をしゃくって見せ、ふっと短く息を漏らした。  
「──お互い仲よく抱き合えるんだがね。まあ、それがゲルド族の流儀だ、と言ってしまやあ  
それまでなんだけど……」  
 と言葉を収めつつも、『副官』の表情には鬱勃とした思いが感じられた。その表情のままに、  
『副官』は話を続けていった。  
 ゲルドの女が、まともだと認めて接する男は、ガノンドロフだけだ。ガノンドロフにはゲルドの  
王という地位があり、さらに独特の妙な牽引力もあって、一族の女たちのほとんどが、セックスも  
含めたあらゆる面で、彼に服従を誓っている。  
 しかし中には少数ながら、ガノンドロフに反発を感じる者がいる。かつてのナボール党が  
そうだった。いまこの砦にいる面々も、その一部だったのだから、もちろん同じだ。反発の原因は  
さまざまだが、セックスの面でガノンドロフとの接触を嫌う点では、誰も変わりがない。自分や  
ナボールのように、はなからガノンドロフとの性交を拒否した者もいれば、一度はガノンドロフと  
交わりながら、肉体的、あるいは精神的苦痛を伴うなどして嫌悪の情が引き起こされ、以後の  
交渉を断った者もいる。  
 ただそれゆえに、ここの連中は男相手の真のセックスというものを知らない。ガノンドロフに  
抱かれて──誰もそんなことは望んでもいないのだが──恍惚に喘いだ経験がなく、襲撃などで  
捕らえた男を「生の張形」としてぞんざいに取り扱うだけだったのだ。  
「あたしはシークのおかげで、男と交わる悦びを知ることができた。男とそんなふうに接する  
こともできるんだってことが、よくわかったのさ。だからそれを仲間にも知って欲しいんだよ。  
そうすりゃ楽しみの範囲が広がるし……それに……」  
 そこで『副官』は言いよどみ、ためらっている様子だったが、すぐに熱心な口調で言葉を継いだ。  
「最近、あたしは思うんだけど……人と人とのつき合いって、そういうところが大事なんじゃ  
ないかな。軟弱と言われるかもしれないが、ゲルド族だって、これからはそのへんのことを  
考えないと……いままでさんざん男をおもちゃにしてきて、ハイラル王国を滅ぼしちまった  
ゲルド族の、その一員のあたしが言える立場じゃあないってことはよくわかってるけど、それでも  
……このままじゃあ……この世界が……」  
「それは──」  
 咄嗟にリンクは口をはさんだ。  
「──とても大事なことだと思う。もし君が……君たちが……他の所の人たちと仲よくやって  
ゆけるのなら……」  
『副官』もまた、世界の危機を感じている。それと知り、リンクの胸は高鳴った。  
 先に『副官』が語ったゲルド社会の動揺は、リンクとシークが推測した内容を裏づけるものであり、  
リンクにもその重要性は深く理解できていた。  
 ゲルド族の中に、ガノンドロフへの懐疑が生まれている。『副官』はそれを契機として、独自の  
活動を開始した。これらの動きを活用すれば、ゲルド族をガノンドロフから離反させることが  
できるかもしれない。  
 ただ『副官』には、ナボールの件は話してあるものの、自分の使命についての詳細は明らかに  
していない。腹を割った話が必要だが、『副官』には積極的な裏切りをさせることになる。話は  
慎重に進めなければ……  
 思いをめぐらすリンクに向け、  
「あんたもそう思うかい」  
 我が意を得たりとばかりに『副官』は表情を明るくし、次いで、こう言った。  
「じゃあ手始めにさ、あんたがここの連中と仲よくしてやってくれないか?」  
 
 
 翌日から、ゲルド族一団の協力のもとに、砂漠へ向かうリンクの旅の準備が始まった。  
 食料に関しては、砦はある程度の自給自足体制を整えており、以前からの備蓄も豊富だったので、  
必要な分を供給してもらうことに問題はなかった。水も充分にあった。衣服については、  
男まさりのゲルド族の中にも手先の器用な者はいて、かなり傷んだリンクの服を補修してくれたし、  
砂や直射日光を防ぐために身にまとう大きな布も得ることができた。その他、コンパス、医薬品や  
包帯、砂を掘るシャベル、緊急連絡用の発煙筒などが提供された。  
 問題は、砂漠では馬による移動ができないため、あまり多くの荷物を持って行けないことだった。  
剣と楯は手放せなかったし、爆弾やデクの実も捨てては置けない。そのうえ新たな品を携行すると  
あっては、食料や水の量を制限せざるを得なかった。  
 ゆえに、行程の無駄はできるだけ省かねばならなかった。だが巨大邪神像までの正確な道筋を  
知っている者は、砦にはいなかった。かつてそこへ向かった者が、道しるべとして赤い旗を残して  
いる、とのことだったが、それがどれほど残っているかは不明だった。ただ、中間地点に地下室を  
備えた建物があると知られており、まずはそこを目標にすべきだと思われた。  
 砂嵐が治まるまでには一週間はかかる、と予測されていたが、旅の準備は二日のうちに終わって  
しまった。けれどもリンクは、残された日を無駄にはしなかった。  
 砦には武芸にいそしむ者のための修練場があり、そこでリンクは、一団の面々と剣術の腕を  
競った。ゲルド族の剣技は独特で、刃渡りの長い堰月刀を使いこなし、しかも二刀流を披露する  
者もいて、初めのうちリンクはかなり戸惑った。しかし立ち合うほどにこつもわかり、リンクの  
剣は彼女らを圧倒するようになった。みなは率直にリンクの腕を賞賛した。  
 弓術も試してみた。それまで弓の経験はなかったが、慣れてくると、そこそこ的に矢を  
当てられるようになった。女たちは、初めてにしては筋がいい、と言ってくれた。  
「流鏑馬もやってみるかい」  
 と言われ、リンクはエポナに跨って挑戦した。  
 エポナは、リンクが捕らえられた際、一団によってともに捕獲されていた。  
「その気になりゃ逃げられただろうに、あんたが心配だったんだろう、捕まえた時も、暴れもせず、  
おとなしくしてたよ。いい馬を持って、あんた幸せだね」  
 馬を大切にするゲルド族にそう言われて、リンクは嬉しかった。実際、エポナの体躯や  
運動能力は、ゲルド族の目から見ても優れたものであるらしく、リンクは女たちから、常に羨望の  
言葉を寄せられた。  
 
 そのエポナをもってしても、流鏑馬はどうにもならなかった。原因はエポナにではなく、むしろ  
リンクの技量にあった。走るエポナに乗り、手綱から両手を離して弓を構え、射た矢を的に当てる、  
といった一連の動作を会得するのは、一朝一夕ではとうてい不可能なことだったのだ。リンクは  
まともに矢を射ることさえできず、挙げ句の果てには落馬する始末だった。  
「ほらほら、何やってんだよ」  
「へったくそだねえ、まったく」  
 すごすごと引き下がるリンクに、女たちは遠慮なく嘲笑と罵声を浴びせた。だがその態度は  
決して悪意によるものではなく、あけっぴろげな親しみの発露といえた。リンクにもそれは  
わかっていたので、怒りなどは覚えず、みなと一緒になって自分自身を笑うことができた。  
 そんなゲルドの女たちとの日々は、リンクにとって心楽しいものだった。彼女らの口のきき方は  
荒っぽく、時には仲間うちでも喧嘩のようなやりとりになったが、あとを引くようなことは  
なかった。みな大らかで、さっぱりとしていて、親切だった。  
 型にはまった礼儀作法がない点も気に入った。リンクが最初の日から見聞きしたように、  
リーダーである『副官』に対してさえ、誰もかしこまった物言いはしなかった。『副官』の方も、  
それを当然と思っているようだった。『副官』が年少だからではない。他の連中の間でも、年齢の  
上下による立場の差はなかった。にもかかわらず、みなが『副官』に多大な敬意を抱いている  
ことは明らかだった。自身がもともと礼儀作法に頓着しない生活を送ってきたせいもあり、  
そのような人間関係が、リンクには快かった。  
 とはいえ、そうした日々は、必然的にリンクを一つの疑問へと誘うことになった。  
 これまでリンクは、ゲルド族を敵としか認識していなかった。実際、ハイラルの各地で暴威を  
振るうゲルド族に対しては、いまでも大きな憤りを感じる。ところが自分が接している連中に  
対しては、憤りどころか好感すら覚えるのだ。彼女らが反ガノンドロフであり自分の味方である  
ことが、その理由であるのは確かだが、しかしそれだけでは完全な説明にはならない。いったん  
戦場に出れば、他のゲルド族と同じく、彼女らもまた、剽悍な戦士として暴れまわるに違いない  
からだ。  
 ほんとうにつき合ってみなければ、その人となりはわからない、ということなのだろうか。  
だとしたら、ふだん親しくつき合う機会のない者同士が敵対し、一方が他方を隷属させている、  
この世界の現状は、何と不毛なものであることか。  
 こうした自身の疑問に照らし合わせてみると、『副官』の意図するところがよくわかる。  
 魔王となったガノンドロフは、もはやゲルド族すら眼中になく、世界を滅びに導こうとしている。  
それを防ぐには、いままでにはなされなかった、新たな行動を起こさなければならない。部族の  
違いを超えた協力が必要なのだ。  
 その行動は、まさに自分の使命と合致する。  
 再びリンクは思う。  
『副官』を、そして他の面々を、真の同志としなければならない。が、そのためには……  
『ここの連中と仲よくする──か……』  
 いま、自分は、昼間、こうやってみんなと仲よくしているわけだが……  
 リンクはため息をついた。  
 それは昼だけでなく、夜にも行われるべきことなのだった。  
 
 
 リンクと交わった日の翌朝、『副官』は仲間たちを前に、こう宣言した。  
「あんたらの中で、あたしのように、男と楽しむやり方を経験したい者がいたら、そう言いな。  
リンクが教えてくれるってさ」  
 全員が一斉に手を上げた。  
「ふふん、ゆうべのあたしらを見て、あんたらもその気になったかい」  
『副官』は含み笑いをし、リンクに向き直った。  
「──というわけだ。よろしく頼むよ」  
 前夜、『あんたがここの連中と仲よくしてやってくれないか?』と『副官』に言われた時、  
リンクは大いに驚いた。  
 確かに、ゲルド族は、よその男と仲よくやっていくべきだ、と思う。だが、その男が自分に  
なるとは考えていなかった。  
 リンクは抵抗を試みたが、男に対する仲間たちの視野を広げてやるため、という大義名分を掲げ、  
のみならず、ここらにはリンク以外に適当な男はいないから、と理屈を述べる『副官』に、  
とうとう押し切られた。『副官』の宣言の際にも、何とか少人数ですめば、と期待をかけたのだが、  
それもかなわず、全員を相手にするはめになってしまった。  
 困惑するリンクをよそに、女たちは勝手な相談を始めた。  
「出発までは一週間ってとこかね」  
「じゃあ一晩に一人か二人だな」  
「一人何回まで?」  
「あんまりやらせちゃ、旅に差し支えるだろう。一人一発にしとこう」  
「どうせならさあ、二人っきりでやらせてもらえないかなあ」  
「うーん、やってるのを見たい気もするんだが……」  
「見たい奴が二人で組になって、三人でやりゃあいいんだよ」  
「お、名案」  
「じゃあ、いつ、誰がやる?」  
「危険日と生理日を考えないとな」  
 あっという間に予定が組み上がった。全員の合意により、ことは当事者のみが一室にこもって  
行うと決められた。一対一を希望した五名は、各人がリンクと二人きりで一夜を過ごせるわけ  
だった。残りの四名は二組のペアを作り、やはり各組が一夜ずつリンクを独占することになった。  
リンクの意思は全く顧みられなかった。  
 リンクは天を仰ぎたくなるような気分だった。が、それでいて実は、彼女らとの交わりを心から  
忌避したいわけではない、という点が、リンクを当惑させていた。  
 日中、親しくやりとりするうち、リンクは彼女らを、ゲルド族と一括して見るのではなく、  
個々の人間として分けて見ざるを得なくなっていた。肌や髪の色、衣装などは同様であっても、  
風貌や気質にはそれぞれ確かな個性があり、どれも相応の魅力を備えていた。さらに、みなの示す  
親愛の情が、各人のことをもっと知りたい、というリンクの気持ちを強くさせていた。  
 それがリンクを動かした。  
 彼女らとはすでに一度ずつ交わっている。しかしその交わりは、きわめて不自然かつ不完全な  
ものだった。このままにしておいては、彼女らに対して、かえって誠実ではないことになるだろう。  
 忸怩たる思いを抑え、リンクは結論した。  
 
 
 規律正しいというのか、義理堅いというのか、リンクとの交渉は夜に行う、と決めてしまうと、  
女たちは、昼の間、リンクに手を出そうとはしなかった。仲間に黙って抜け駆けをしようとする  
者もいなかった。ただし態度は積極的であり、リンクに向け、諧謔をこめて、夜への期待を露骨な  
言葉で表現したり、いい男だと褒めそやしたり、過去の経験を聞き出そうとしたり、といった  
例には事欠かなかった。  
 だが、そのような余裕ある態度は、昼間の彼女らが集団であったがためのものかもしれない。  
 いざ夜の寝室で個別に相対してみると、程度の差はあれ、女たちの態度はどれも神妙なものに  
なった。どうやってリンクと接したらいいのかわからず、戸惑っている様子だった。  
 戸惑いを感じるのはリンクとて同じだった。アンジュに女を教わったのは、ついこの間のこと  
なのに、その自分が今度は、教える立場となってしまったのだ。が、事ここに至ってはしかたがない、  
と腹を決め、リンクは行動に出た。  
 女たちの肉体は実に多彩だった。容貌、身長、体格、髪の長さなど、すでに把握していた特徴に  
加えて、衣服を脱ぎ去った彼女らの姿は、乳房の大きさや形、恥毛の範囲や密度といった、  
性的存在としての特徴を、雄弁に主張していた。間近に見れば、同じと思えた髪や肌の色でさえ、  
みな微妙に異なっていた。  
 視覚のみが多様性を認識したのではない。身体を合わせてみると、肌の性状や皮下脂肪の量、  
口から漏れる言葉や喘ぎ、身体から発散する匂いの相違を、それぞれ触覚、聴覚、嗅覚が感知した。  
全身に舌を這わせることにより、味覚さえもが個々を感じ分けられるような気がした。  
 多様性が示されたのは、肉体だけではなかった。各人が表すリンクへの反応にも違いがあり、  
日中に感じた彼女らの気質の差が、それに反映されているようだった。行為を重ねるうちに  
わかってきたのだが、女同士の交わりで受けに回る者は、リンクを相手にしても、比較的容易に  
心身を開く傾向があった。反対に、攻めるのが好みの者は、どこか動きが硬く、ぎこちないものに  
なりがちだった。そうした違いを各々の特性として認識しつつ、最善と思われる対応を、リンクは  
試みた。前者に対しては、初めから攻勢に出て、種々の行為へと誘導した。後者に対しては、  
ゆっくりと時間をかけて、硬さを解きほぐしてやった。  
 その対応が真に最善であったかどうかはわからなかったが、誰も文句を言わなかったところを  
みると──あけっぴろげな彼女らのこと、不満があれば遠慮なく言い立てていたに違いない──  
自分のやり方は間違いではなかったのだろう、と、リンクはひとまず安心した。  
 男を性奴隷としか見なしてこなかった彼女らにとって、最大の関門は、ペニスを口に含むことで  
あっただろう。本来なら屈辱ともいえる行為を、しかし彼女らはみな、結局は自発的に行った。  
それはリンクの真摯な行動がもたらした成果であり、技巧的にはお世辞にも優秀とは言えなかった  
ものの、彼女らを動かし得たことで、リンクは深い満足感を覚えた。  
 そこまでくると、彼女らはもう、全面的にリンクを受け入れる態勢となっていた。各人の望みに  
沿った体位をとって、リンクはおのれを膣内に進め、男としての強さを発揮した。我を忘れて  
悶える女たちの動きに耐えるのは難事だったが、一人一回と決められている以上、自分が先着する  
わけにはいかない。リンクは我慢を重ね、相手が先に到達するのを確かめてから、初めておのれを  
解放し、その熱した体内で精を放った。  
 二人組と事をなす場合は、少し様相が異なっていた。同僚が横にいるとあって、女たちは  
一対一の場合よりも行動的だった。初めリンクは単純に、自分が片方と交わっている間、  
もう片方がそれを見物するのだろう、としか思っていなかったのだが、見物する側は例外なく  
奔放に自慰を行い、そればかりか交わりに合流さえしてきたのだった。  
 一方の女が後背位でリンクを受け入れながら、もう一方の女の秘所を舌でなぶる、という  
組み合わせもあれば、一人が仰向けになったリンクの腰の上で陰茎を膣に収め、もう一人は顔に  
跨ってリンクの舌を局部に受け、向かい合った二人が胸と口を求め合う、という組み合わせも  
あった。正常位で重なる二人の女の、さらにその上にリンクが重なり、二つ並んだ膣を交互に  
攻めることを要望される場面もあった。  
 三人で行うセックスは、リンクをすこぶる驚かせ、興奮させたが、ここでもリンクは役割を  
忘れず、女たちが最終的に絶頂するまで、自分を保ちきった。  
 
 
 一週間をかけて、リンクが全員との行為を果たし終えた頃には、予想どおり、砂嵐も終息の  
気配を示していた。  
 リンクと一緒にいられない間、自慰や女同士の交わりで気を紛らわせる他の連中とは異なり、  
『副官』だけは禁欲を通していた。それは、リーダーとして毅然たる態度をとる、といった立派な  
理由からではなかった。  
 真意が明らかとなったのは、出発を翌日に控えた最後の夜のことだった。仲間たちの了解の  
もとに、その一夜をリンクと共有した『副官』は、溜まりに溜まった欲情をここぞとばかりに  
吐き出し、慎みのかけらもなくベッドの上で乱れ狂った。毎夜の性交を経てきたリンクも、  
『副官』の嬌態にはそれまで以上の情熱をかき立てられ、一心に身を躍動させることとなった。  
 全裸で激しく互いを貪りつくした末、二人はともに頂点に達した。  
 事後の余韻をしみじみと味わう安楽な時間を、抱き合う二人は沈黙のままに過ごした。  
 言葉は、やがて『副官』から発せられた。  
「ありがとうな」  
 言ってから、あわてたように『副官』は続けた。  
「いや、仲間たちのことさ。みんな、あんたには満足してる。よくやってくれたよ」  
 女たちが自分をどう評価しているかを、リンクはある程度、知っていた。経験ずみの者たちが  
わいわいと談じ合うのを、耳にしたことがあったのだ。  
『こんな素晴らしいやり方を知らなかったなんて、ほんとにもったいないことをしてたよ、  
あたしゃ』  
『確かに、病みつきになりそうだな』  
『そうか? そこまで言うほどのもんでもないだろうが』  
『女同士でやるよりは、よかったと思うぜ』  
 分け隔てなく接したつもりだったが、各人の感想には温度差があり、リンクは複雑な気持ちに  
なった。  
 だが、いまの『副官』の言によれば、おおむね好評と受け取っておいていいだろう。  
 安堵したリンクは、以前にも考えていた案のことへと考えを移した。  
 彼女らが男とのつき合い方を改め、ゲルド族以外の人々と新たな関係を築いていこうと  
いうのなら、反ガノンドロフ勢力を強化するチャンスになる。『副官』には、ここではっきりと  
言っておいた方がいい。  
 
「実は……」  
 心を決めたリンクは、『副官』に対し、自らの目的について、それまでよりも、もっと  
突っこんだ点を語った。  
 自分の使命は、ガノンドロフを打ち倒すことである。ガノンドロフを孤立させるために、  
ゲルド族を離反させることができないか。『副官』たちに、その役割を担ってはもらえないだろうか。  
 真剣な表情で、『副官』はリンクの話を聞いていた。聞き終わると、思ったほどの驚きも示さず、  
冷静な声で『副官』は言った。  
「あたしもそう考えてたのさ」  
 このままガノンドロフをのさばらせておいては、とんでもないことになる。決してゲルド族の  
ためにはならない。自分の力はあまりにも小さく、具体的にどうしたらいいのか、ずっと  
思いあぐねていたのだが、リンクがガノンドロフ打倒を目指して突き進むのなら、自分は全面的に  
協力する。ここの仲間たちが同意してくれるのは間違いないし、他にも、ここにはいない以前の  
ナボール党員や、さらには最近の不吉な情勢に動揺している別の連中を説得して、味方に  
引き入れることはできるだろう。  
 明白な裏切り行為になってしまうが──と、リンクは危惧を口にしたが、『副官』は動じなかった。  
「あたしに言わせりゃ、これは裏切りじゃない。裏切ったのは、ガノンドロフさ。あいつの方が、  
あたしらゲルド族を裏切ったんだ」  
 憤りをあらわにする『副官』は、次いで深刻な顔になり、  
「ナボールの姐さんも、あたしと同じことを考えてたと思うんだ。だから──」  
 じりじりしたように言うと、リンクの腕をつかみ、熱心な調子で続けた。  
「どうにかして姐さんを見つけて、連れて帰ってきてくれ。姐さんがいたら、きっと大きな勢力が  
できる。ゲルド族全員をガノンドロフから引き離すのだって、夢じゃない」  
 そこで『副官』は口を閉じ、間をおいて、ぽつりと言葉を漏らした。  
「頼むよ」  
 リンクも『副官』の手を取り、短く、しかし強い思いをこめて言った。  
「わかった」  
『副官』の意志が思いのほか堅固であり、自分の望みに沿って動いてくれることがわかって、  
リンクは大いに力づけられた。  
 
 
 ほどなく『副官』が、がらりと変わった口調で言い出した。  
「方針も決まったところで、だ。まだ夜は長い。もう一回どうだい?」  
 言われた直後は、何のことかわからなかった。やっと気づいた時、からかうような声が  
かぶさってきた。  
「どうしたい、妙な顔して。もう身体がもたないか?」  
 煽られていることは明らかだった。リンクの中で、むらむらと対抗心が湧き上がった。  
 連夜のセックスなど全く負担にはなっていない、と言えば嘘になる。けれども体力は保たれている。  
苦しい旅を続けてきたのだ。この程度のことで参ったりするものか。砦に来てから、食事は充分に  
させてもらっている。それはこちらの体力を維持させ、増進させるためだったに違いないが、  
そこまで厚遇されているのだから、なおさら引き下がるわけにはいかない。  
「一人一回じゃなかったっけ?」  
 敢えて水をかけるようなことを言ってみた。『副官』は平然としていた。  
「そこはリーダーの特権さ。で、どうなんだ?」  
 リンクは身を起こした。  
「その気になったかい? じゃあ今度は、後ろでしてもらおうか。あんたにできればの話だがね」  
 なおも挑発的な『副官』に向け、リンクは心の中で言い放った。  
 ──上等!  
 オナニーや同性愛の件で、ぼくが無知をさらけ出したものだから、アナルセックスの経験など  
ありはいない、と、舐めているのだろう。普通のセックスでは、あれだけしおらしい態度をとって  
いたくせに。  
 先刻の『ありがとうな』という『副官』の言葉が、仲間たちへの指導に関する礼ばかりではない  
ことを、リンクは感じ取っていた。  
「塗るものはあるかな」  
 表情を固く保って言う。  
「え?」  
「すべりをよくするためにさ」  
『副官』はベッドから降り、室内のテーブルに歩み寄った。そこには、片手で持てるほどの  
大きさの瓶が置かれていた。二人で寝室に入った時、『副官』がそれを手にしていたことを、  
リンクは思い出した。  
 気にとめてもいなかったのだが、それがここで使うものだというのなら……『副官』は初めから  
そのつもりでいたことになる。せいぜい期待に応えてやらなければ。  
 手渡された瓶の中には、粘稠な透明の液体が入っていた。  
「これは?」  
「油だよ。日差しがきつい時、肌に塗るのさ。だけど、あんた……」  
 手慣れている──とでも言いたいのかな、と、胸の中でひそかに笑う。  
 すでに臨戦態勢にある勃起に油を塗布する。ベッドに戻った『副官』の尻の間に手を伸ばし、  
同じ粘度を与えてやる。  
「したことあるのかい?」  
 意外そうな『副官』の言葉には答えず、その小柄な身体を裏返し、腰を持ち上げる。後ろに膝で  
立ち、猛った武器を接触させる。  
「いくよ」  
 前戯もなく、いきなりの行為になってしまったが、もうやめられない。  
 それでも、優しい上にも優しく、というアンジュの言葉を思い出し、あくまでも穏やかに、  
リンクは腰を送り出した。先端が肛門にもぐりこみかけ、筋肉の抵抗に遭う。  
 力を抜いて──と声をかけようとした時、先んじてそこは開放され、陰茎はずぶすぶと直腸に  
没していった。入りきったところで、強烈な収縮が生じた。リンクは身を固くしてそれに耐えた。  
 
「……知って……たん……だね……」  
 ベッドに顔を押しつけた『副官』が、きれぎれに言葉を漏らした。リンクは上半身を前に傾け、  
できるだけ耳に顔を近づけて、小声で言った。  
「君だって、ずいぶん慣れてるみたいじゃないか」  
 小ぶりの乳房を弄びながら、さらに、ささやく。  
「何度も後ろでしたんだろう?」  
 小さく頷く『副官』。  
「誰と?」  
「……シークと……」  
「それだけ?」  
「……男は……それだけ……」  
「女は?」  
「……いっぱい……数え切れない……」  
「張形で?」  
「……うん……」  
「最初は誰と?」  
「……ナボールの……姐さん……」  
 優しく、しかし容赦なく、リンクは『副官』を問いつめていった。『副官』は苦しそうな吐息を  
はさみながらも、抗うことなく、リンクの問いに素直な答を返した。そんな状況が高ぶりを  
引き起こすようで、『副官』の息は徐々に荒くなった。リンクもまた、言葉で『副官』を制する  
ことにより生じる快感を抑えきれなくなった。  
「動くよ」  
『副官』が、二度、三度と強く頷くのを確かめ、リンクは上半身を戻した。両手で腰をつかみ、  
ゆっくりと前後運動を開始した。  
「……ぁ……あぁ……いい……いいよ……リンク……」  
 顔をベッドに埋めたまま、『副官』が切ない声をあげる。同時に、高々と上げられた腰が、  
リンクの動きに合わせて、前後に揺れ始める。  
 あれだけ煽っておきながら、事に及ぶや、うってかわった、かわいらしい態度。この落差が  
『副官』の魅力だ。いまにすれば、あの煽りは、案外、こちらを奮い立たせるための装い  
だったのかもしれない。いや、仮にそうだとしても、実にかわいい策略ではないか。  
 思うにつれ、リンクの脳は抑制を失い、肛門を穿つ硬直の勢いは、どんどん増していった。  
ベッドはぎしぎしと鳴り、応じて『副官』の喘ぎも、次第に音調を上げてゆく。  
「おぉッ……リンク……リンク!……いいよッ!……いいったらぁッ!……」  
 いまやリンクの陰茎は、可能な限りの速さで『副官』の腸内を往復していた。きつい圧力を  
ものともせず、それは猛々しく突進を繰り返した。一人一回という制限があったため、他の  
女たちとは肛門での接触をしていない。アンジュ以来の腸粘膜の感触が、リンクを急速に  
沸騰させつつあった。  
 突然、『副官』が右手を股間にやった。腸壁を隔てて、何かが『副官』の中で激しく  
動き始めるのを、リンクは感じた。『副官』が膣に指を挿入したのだ。  
「んんッ! んあぁッ! んんんんぁぁぁああああああッ!!」  
 呻きとも叫びともつかぬ音響が、『副官』の喉から絞り出された。  
 ペニスで肛門を、指で膣を、二本の棒で二カ所を同時に刺激される快感とは、いったい  
どれほどのものだろう。  
 惑乱する意識の中で馳せる思いは、たちまち消え散った。脈動する『副官』の指が、壁越しに  
リンクの欲望の塊をこすり、翻弄し、打ちのめした。  
 もう限界──というところで、はたと『副官』の指が止まった。無音の絶叫とともに、  
『副官』の全身が固まった。それを感じ取り、リンクもついに抵抗を捨て、最後の精を  
ほとばしらせた。  
 
 
 翌朝になると、『副官』は完全にリーダーの顔へと戻り、溌剌とした様子でリンクに接してきた。  
 この豹変も、彼女の魅力である落差のうちか。いや、アンジュの例もある。男の精を受け取る  
ことで、女は自らの活力を高めるのかもしれない。  
 ──とまで考え、リンクは思わず苦笑してしまった。  
 砂嵐はやんでいた。女たちの助けを得て、リンクは最後の準備を調えた。前夜、激しく  
交わったにもかかわらず、その後の睡眠が深かったせいもあってか、疲れは感じていなかった。  
 装備を完了させ、『幻影の砂漠』へと続く門をくぐるリンクを、『副官』以下、一団全員が  
見送った。  
「姐さんのこと、頼んだよ」  
 思いのこもった『副官』の言葉に、リンクは力強く頷いた。  
 君も一緒に行かないか──と、先にリンクは『副官』を誘ったことがあった。が、『副官』は  
首を横に振ったのだった。  
「行きたいのはやまやまだけど、あたしはここで仲間を見てなきゃならない。それに、あんたを  
追って町から誰かがやって来るかもしれないしね。そうなったら、命がけでも防いでやるよ」  
 その好意を改めて謝し、対ガノンドロフの行動についても、再度、確認し合い、最後に  
帰還までのエポナの世話を頼んでから、リンクはみなに別れの挨拶を述べた。  
 微笑みつつ、軽く手を上げる。向きを変えて、砂漠に臨む。  
『ナボール……』  
 いまだ出会ったことのないその人物に、深い思いを馳せながら、どこまでも続く砂の大海へと、  
リンクは足を踏み出していった。  
 
 
 ガノン城の一室に向かう長い廊下を、熟女姿のツインローバは歩いていた。  
 壁には弱々しく灯火が揺らめいているが、それではとうてい追いつかないほどの深い暗黒が、  
その場には充ち満ちており、足元もろくに見えない状態だった。しかしツインローバは、そんな  
不自由さをものともせず、勝手知ったる所とばかり、すいすいと歩を進めていった。  
 暗黒に満たされているのは、この廊下ばかりではない。ガノン城のあらゆる場所がそうだ。  
魔王の居城はそうあるべきなのだ。  
 ツインローバは、かすかに笑みを漏らした。だが次の瞬間には、憂慮すべき他のことがらへと  
思いを飛ばしていた。  
『その魔王様ときたら、最近は……』  
 眉根をひそめた表情のまま、ツインローバの歩みは続いた。目的とする大きな扉の前に至るまで、  
ひそめられた眉は元に戻らなかった。  
「邪魔するわよ、ガノン」  
 厚い扉を介しては、中に届くはずもない、ささやかな声でありながら、扉はひとりでに開かれた。  
 廊下と同様、限りなく闇に近い部屋だった。やはり暗さを気にもせず、ツインローバは  
つかつかと部屋の奥へ歩み進んだ。四隅の燭台からの頼りない光に照らされた、大きな寝台の上に、  
全裸のガノンドロフが横たわっていた。その左右には、同じく全裸のゲルド女が一人ずつ寄り添い、  
ガノンドロフの手を股間に受け入れ、喘ぎながら身をくねらせている。  
「取り込み中、悪いんだけど」  
 別段、悪いとも考えず、ツインローバは声をかけた。ガノンドロフが、じろりと視線を  
動かしてくる。  
「何だ?」  
 うるさい、とでも言いたげな……  
 それでも、何と言われようが、告げておかねばならないことがあるのだ。  
「リンクが魂の神殿へ向かったわよ」  
 ガノンドロフは答えなかった。いらつきを抑えて、ツインローバは言葉を継いだ。  
「あたしは長年、この時を待ってたんだ。ナボールのこと、覚えてるだろうね」  
「好きにしろ」  
 投げやりな調子だった。  
「賢者を皆殺しにできる機会がやっとめぐってきたっていうのに、気乗り薄のようじゃないの」  
 思わず声が大きくなる。対するガノンドロフの声も荒くなった。  
「だから好きにしろと言っている。ナボールが賢者とわかったら、だがな」  
 ──それもすぐにわかるわよ。  
 口には出さず、心の中で毒づく。  
 
「それよりも、トライフォースだ」  
 ガノンドロフが声を落とした。ふん、と小さく鼻で笑い、ツインローバはできるだけ優しい声を  
出した。  
「賢者がみんな死んじまったとなりゃ、どうしようもなくなって、ゼルダも姿を現すわよ。  
もう少しの辛抱さ」  
 ガノンドロフの目に、ちらりと光が差した。励ますべく、さらに言を重ねる。  
「それを思い知らせるために、ちょいとリンクを痛めつけてやろうと思ってるんだ。なにしろ、  
精神的に敗北させてやらなきゃならない奴だからね」  
 最後の言葉に力をこめた。  
「ふむ……」  
 しばしの沈黙ののち、ガノンドロフの唇の端に、凄みのある笑いが湧き上がった。  
「わかった。任せる」  
 即座に背を向け、ツインローバは部屋をあとにした。  
 一族の不穏な情勢については、ツインローバも気になっていた。だが、それを言い出そう  
ものなら、ガノンドロフは決まって機嫌を悪くする。だからいまも、その件には触れなかった。  
 魔王たるもの、些事には拘泥しない、ということなのかもしれないが……  
 ツインローバは首を振る。  
 いまのガノンドロフは、トライフォースに囚われすぎなのだ。賢者の問題が片づき、すべての  
トライフォースを得れば、態度も元に戻るだろう。  
 そのためにも──と、ツインローバは目を先に向けた。  
 最高の効果を上げられるよう、機会を見誤らず、行動する必要がある。以前から折に触れて、  
リンクの行動は探知していたが、この先、しばらくは、リンクから目を離せない。  
 あのシークが生きていて、リンクと接触している点は意外だった。が……  
『じきにお前ら二人とも、絶望のどん底に突き落としてやる』  
 嗜虐の冷笑が頬に浮かぶのを自覚しつつ、ツインローバは分裂を開始した。  
「それじゃあ」  
「行くとするかね」  
 箒に乗った二人の老婆は、冷笑を顔に残したまま、ガノン城の窓をくぐり抜け、はるか西へと  
向かって飛び去っていった。  
 
 
To be continued.  
 
 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル