踏み出す足が、砂に埋もれる。次の一歩も、さらに次の一歩も、細やかな、それでいて意外な  
粘度を持った砂に捉えられ、体力は少しずつ殺がれてゆく。ブーツの丈は高いのに、いつの間に  
侵入してくるのか、砂は靴底をひたし、足の裏に不快な刺激を送ってくる。  
 大きな布を身にまとっていてもなお、砂は服の中に入りこみ、ざらついた違和感を全身の皮膚に  
もたらす。帽子をかぶっているにもかかわらず、その中の髪までが、うっすらと砂にまみれている。  
 身を蝕むのは、砂の陰湿な攻撃だけではない。  
 曇り空のもとではひたすら渇望された太陽が、片時でもいいから翳ってくれと思わずには  
いられないほどの強烈な熱を、ここでは無慈悲にぶちまけてくる。それがやっと地平線に  
没したかと思うと、空気はどんどん冷えこんでゆき、今度は身の震えを止められない。  
 砂漠という未知の環境が、常ならぬストレスを心身にもたらす。  
 それでも、先を目指す意志と、苦境に立ち向かう勇気は、損なわれはしない。  
 苛酷な自然に耐え、リンクは着実に歩を進めていった。  
 
 どこを見ても砂ばかり、という風景は、多少の起伏はあっても、実に単調きわまりなく、  
うっかりすると方角さえわからなくなるほどだった。コンパスによって何とか西への向きは保てる  
ものの、魂の神殿が真西にあるという保証はない。不安を感じるリンクだったが、砂嵐が去って  
くれたおかげで見通しはよく、進むにつれ思い出したように現れる道しるべ──赤い布を先に  
巻きつけた木の棒──を見落とすことはなかった。  
 中間地点に達したのは三日目だった。小さな石造りの建物が、砂に埋もれんばかりとなって  
建っていた。入口を塞ぐ砂をシャベルでかき分け、地下室に身をひそませる。水の補給すら  
できない、何もない閉鎖空間だったが、砂と太陽の侵蝕を避けることはできた。一時の休息を得て、  
リンクは体力と気力を取り戻した。  
 そこから先は妨害が増えた。リーバだ。植物と動物の合いのこのような、背の低い円錐形の  
その魔物は、いきなり数体ずつ砂の中から現れては、回転しながらリンクを取り囲み、突進してきた。  
防御力は弱く、剣で倒すことは容易であり、それほど頻繁に襲ってくるわけでもなかったが、  
いつ現れるかわからないという緊張感は、少しずつ、だが確実に、リンクを苛んでいった。  
 道しるべは徐々に少なくなった。足はともすれば右往左往し、進行速度は落ちた。手持ちの水は  
どんどん減っていった。このままではまずい、と焦りを抑えきれなくなった時──  
 それは忽然と現れた。  
 砦を出発してから、一週間が経過していた。  
 
 
 目標である巨大邪神像を前にして、しかし真っ先にリンクが足を向けたのは、像そのものでは  
なく、近くのオアシスだった。水を極度に節約していたため、喉は渇ききっていた。  
 ぐびぐびと音をたてて水を飲む。衣服を脱ぎ捨てて全身の皮膚に潤いを与え、執拗にまとわり  
ついていた砂粒を洗い流す。  
 渇きと乾きを癒しきって初めて、他のものに注意を向ける余裕ができた。  
 オアシスの水際には、ハイラル平原では見られない、風変わりな植物が自生していた。その  
葉陰を通して、広大な砂漠の中に立ちはだかる大岩が見える。ゲルド風の顔貌と装いとを持つ、  
巨大な一体の女神像が、側面に彫られていた。目は穏やかに閉じられ、口はかすかな笑みを宿し、  
両手は何ものかを支えるように、掌を上に向けて前に差し出されている。文化の違いを偲ばせる  
風変わりさと、心を落ち着かせるような静かな威厳とを、それは同時に醸し出していた。  
 着衣と装備を調え、リンクは像に近づいた。傍らに一体のゴシップストーンがあった。シークの  
話を思い出し、その前に立ってみる。さらに『時のオカリナ』で『ゼルダの子守歌』を奏でて  
みたが、噂もメロディも聞こえてはこない。  
 やはりシークでなければ、メロディを聴くことはできないのだ。  
 神殿に重要な関わりがあるというメロディ。それなくして、自分の探索は成功するだろうか。  
 疑問を覚えつつ、リンクは女神像の前へと歩み寄った。像の真下に大きな入口があった。中を  
覗きこんでみたが、まぶしい太陽の光に満ちあふれた外とは対照的に、入口の奥は暗く、様子を  
うかがうことはできなかった。  
 ともかく、中へ入ることに障害はなさそうだ。  
 周囲に注意を払いながら、リンクはそろそろと進んでいった。  
 
 予想されたように内部は暗かったが、どこからか光が差しこんでいるようで、目が慣れてくると、  
まわりの状況を把握するのは困難ではなかった。そこは大広間で、壁面は見慣れない様式の彫刻で  
飾られ、壁際には奇妙な形態の彫像が安置されていた。奇怪ともいえる光景だったが、神聖な  
雰囲気も確かに感じられ、いま自分はまさに魂の神殿の中にいるのだ、という実感を、リンクは  
得ることができた。  
 正面にある低い階段を登ると、道は左右に分かれていた。左側の通路は、たちまち壁に  
突き当たった。壁と床が接する所に小さな穴があり、通路はその向こうに通じているようだった。  
子供であれば穴を通り抜けられただろうが──と心を残しながらも、リンクは右側の通路を  
たどっていった。  
 いくつかの部屋を通り抜けた。各々の部屋は上り階段で繋がれ、順路は徐々に神殿の上階へと  
続いているようだった。行く手をさえぎられることはなく、安全な行程だったが、あまりにも  
安全すぎることが、かえってリンクに不安を抱かせた。  
 人の気配が全くない。この神殿でも成果は得られないのだろうか。  
 不安が焦燥に変わり始めた時、吹き抜けの大きな部屋に到達した。中央には、神殿の外観と  
似た形の女神像が、周囲を圧する規模をもって坐していた。床に立つためには、階下に相当する  
高さまで下りて行かねばならなかったが、像に興味を覚えたリンクは、労を厭わず、身を下へと  
降ろしていった。  
 像の顔の部分を見上げながら、リンクはゆっくりと部屋の中央へ歩み進んだ。ふと目を移すと、  
像の正面にあたる場所に、人の形をした奇妙な物体があった。  
 巨大な斧を抱えた、金属製の甲冑だった。  
 
 装飾品の一つか──と考えながら、リンクは甲冑に近寄った。  
 妙な感じがした。  
 立ち止まる。何も起こらない。さらに近づいてみる。  
 鈍く灰色っぽい光を帯びた、頑丈そうな甲冑だ。それだけで人の全身の形態を完全にかたどって  
いる。まるで中に人がいて、甲冑を身にまとっているかのようだ。  
 目の部分にすき間があった。何気なく中を覗きこむ。  
 顔。  
「あッ!」  
 思わず叫びをあげるのと、顔が目をかっと開くのが同時だった。リンクは瞬時に後ろへ跳びすさった。  
 がちゃり、と重い音をたてて、甲冑──いや、甲冑を着た何者かが、ゆっくりと足を踏み出した。  
 無機的な声がした。  
「ガノンドロフ様ニ……サカラウ者……コロス……」  
 ガノンドロフ様? こいつは敵か? だが、中に見えた、あの顔は……  
 思考は続かなかった。相手はいきなり斧を振り上げ、ものすごい勢いで打ちかかってきた。  
横っ飛びでよける。斧は床に食いこみ、石の破片が飛び散った。  
 そのわずかな隙の間に距離をとり、リンクはマスターソードを抜き放った。同時にハイリアの  
楯を構える。  
 中の人物が誰であろうと、ここは戦わなければならない。  
 間合いを測るリンクに向かい、相手は無造作に距離を詰めてきた。再び斧が振り上げられる。  
楯で受けようと右腕を上げたリンクは、しかし次の瞬間には、またも横っ飛びで身を避けていた。  
一瞬遅れて斧が床に突き刺さる。  
 とても楯では受けられない威力。  
 どうするか。  
 攻撃範囲はマスターソードよりも斧の方が広い。下手に攻撃しても、こちらの剣が届かない  
うちに斧を食らってしまうだろう。一度でも食らえば、確実に死ぬ。  
 対抗策を思いつかないうちに、敵が寄ってきた。甲冑が揺れる重厚な音とともに、腕が持ち上がる。  
 横っ飛びの態勢をとりかけたリンクは、相手の動きがこれまでとは異なることに気づいた。  
 咄嗟のバック宙。  
 案の定、今度は斧を横に薙いできた。刃先はすれすれの所で空を切り、そばにあった燭台に  
ぶち当たった。燭台は真っ二つになり、部屋の端へとすっ飛んでいった。  
 横っ飛びだとやられていた。  
 冷や汗がこめかみを流れる。  
 攻めるためには近づく必要があるが、近づけばそのつど斧が風を巻いて襲ってくる。リンクは  
じりじりと後退せざるを得なかった。  
 部屋の隅に追いつめられる。ここで斧を振るわれたら一巻の終わりだ。必死で横に身を飛ばす。  
甲冑の重みのためか、敵の動きは緩慢で、どうにか壁を伝って逃げることができた。  
 間合いをとり直すリンクに、敵はのしのしと迫ってくる。斧を振りまわす。疲れた様子もない。  
何という沈着かつ機械的な動作。  
 背筋に冷たいものを感じながらも、同時にリンクは、敵の動きが機械的である点に活路を  
見いだしていた。  
 言い換えれば、単調ということだ。俊敏さもない。特に、斧を振るった直後は、次の攻撃までに  
若干の間が生じる。そこを衝くしかない。  
 敢えて接近し、攻撃を誘う。何度かそれを繰り返し、斧の到達範囲を確認する。近づきすぎても  
離れすぎてもいけない。  
 見切ったところで、覚悟を決める。攻撃に専念するため、楯を捨てる。  
 ずいと近づく。斧が振り上げられる。落ちてくる直前にバック宙。目の前を刃先が通過し、床に  
激突する。  
 いまだ!  
 間をおかず、ジャンプ斬り。全身の力をこめて、両手に握ったマスターソードを、相手の  
頭頂部に叩きこむ。  
 ガン!──と激しい衝撃が両腕に伝わる。  
 着地するやいなやのバック宙で距離をとり、攻撃の効果を確かめる。  
 硬い兜。マスターソードでも切断することはできなかったが……  
 立ちつくす敵。微動だにしない。  
 だめか──と歯噛みした瞬間、兜が二つに割れ、次いで全身の甲冑がばらばらと剥げ落ちた。  
 中にいた人物が、ばたりと床に倒れる。  
 若い女だった。  
 
 甲冑のすき間から中を覗いた時点で、中の人物が女性であることはわかっていた。その顔に  
現れた種々の特徴も、はっきりと見えていた。褐色の肌。吊り上がった目尻。高い鼻。ゲルド族で  
あることは明らかだった。  
 いま目の前に倒れている、その姿も、明確にそれを証明している。赤い髪。そして特色のある衣装。  
 予感があった。  
 リンクは剣を鞘に収め、女のもとに駆け寄った。  
 剣は兜を割っただけだ。肉体を傷つけてはいない。それでも胸は騒ぎ、抱き起こす腕が震えて  
しまう。  
 手を取る。脈を探る。弱いながらも規則的な拍動が指に触れる。意識はないが、呼吸は保たれている。  
 大きく安堵の息をつき、リンクは改めて女の顔を注視した。  
 風貌が『副官』に似ている。長い髪を後ろで留めて。いや、むしろ『副官』の方が、この女の  
格好を真似ているのだろう。  
 女がかすれた声を漏らした。唇が乾ききっている。水筒を取り出して、口につけてやる。だが  
自力で飲むことはできないようだ。  
 しかたがない。  
 リンクは水を口に含み、女の唇に自らの唇を合わせた。わずかに開いた口のすき間に、少しずつ  
水を流しこむ。溜まった水が、口の端からあふれてくる。と、女の喉がわずかに動き、水は  
ごくりと飲みこまれる。  
 ほっとして唇を離す。直後、女の目が開かれた。  
 リンクは呼びかけた。  
「ナボール?」  
 
 ナボール……それは……あたしの名前……  
「ああ……」  
 呼びかけに対し、口が勝手に反応する。けれども、頭の中は泥が詰まったように重く、暗く、  
鈍く……目をあけたはずなのに、自分は何かを見ているはずなのに、そこに何があるのか、  
感じ取ることができない……  
 何がどうなっているのか。  
 確か……目を……そう、誰かに目を覗きこまれて……あの時、あたしは……とてつもない快感の  
中にいて……誰かと一緒に……男と……ガノンドロフと……  
 ──ガノンドロフ!  
 急に意識が明らかとなる。自分を抱く腕の感触。目の前の顔。男。  
 ──まさか!  
 突き飛ばす。後ろへ飛びのく。睨みつける。が……  
 ガノンドロフではなかった。見たこともない男が──緑色の服を着た若い男が──唖然とした  
表情で、こちらを見ている。  
「お前……誰だ」  
 警戒をこめて鋭く発した声に、男は急きこんだ口調で応じてきた。  
「ぼくはリンク。君はナボールだね。君を捜しにここまで来たんだ」  
 リンク? 何者?……待てよ、その名はどこかで……それに、こことは、いったいどこなんだ?  
「砦で仲間が君を待っているよ。『副官』も──」  
「『副官』?」  
 はっとする。  
 そうだ。あたしは『副官』を──仲間を砦に残して……一人で巨大邪神像まで来て……  
ここは、その像の中……  
「ずいぶん長いこと音沙汰がないんで、みんな心配していたよ。君はここで、何をしていたんだ?」  
 あたしは何をしていたのか。  
 頭を探ってみる。徐々に記憶が戻ってくる。  
 像の中を調べて……入口に戻ったところで、ツインローバとガノンドロフに出会って……  
 かっと身体が燃え上がる。憤怒と羞恥のために。  
 あたしはガノンドロフに犯された。嫌い抜いていたあいつに無理やり……いや──そこが  
なおさら悔しいのだが──あたしはあいつの前に屈服して……そればかりか……  
 思い出した! ツインローバがあたしに何かしたんだ!  
 何ということ! あたしはあれから……いったい……何を……  
 その先の記憶は、どうしても戻らなかった。知りたいというもどかしさと、知らずにすむという  
奇妙な安心感とが、脳内で渦を巻き、混和し、そして静かに沈澱していった。  
「どうやら……あんた……あたしを助けてくれたみたいだね」  
 身体から力が抜けていた。声も落ち着いている、と自分でも認識できた。  
 リンクと名乗った若い男が、穏やかな笑いを浮かべて言った。  
「助けるには、かなり苦労したけれど……でも、君が自分を取り戻してくれて、よかったよ」  
 そう、あたしは、やっと、自分を取り戻した。  
『やっと?』  
 そういえば……『長いこと音沙汰がない』とリンクは言ったが……  
「いまは……いつなんだ?」  
 
 答を聞いて驚いた。  
 ガノンドロフが反乱を起こしてから七年。あたしが巨大邪神像に来たのは……六年前だ。  
 六年! それほどの間、あたしはここで、ただ一人、馬鹿みたいに、時間を無駄にしていたと  
いうのか?  
 茫然自失。その時間が、どれくらい続いただろう。  
『そうだ!』  
 ガノンドロフはどうしている? 仲間たちは? そして世界はどうなった?  
 矢継ぎ早の質問に、リンクは答えてくれた。いまやガノンドロフは世界を席巻し、ゲルド族すら  
眼中にないという態度で、暴走の気配を示しているとのこと。  
 驚愕はますます募り、同時に、  
『やっぱり、あいつはやばすぎる奴だった』  
 自らの予感が的中したことへの満足感と、その予感が行き着く先を思えば必然的に生じてくる  
焦燥感とが、胸を熱く燃え上がらせた。  
 このままではいけない。ガノンドロフを倒さなければならない。中断させられた行動を、再び  
実行に移さなければ。  
 聞けば、『副官』も同じく世の情勢に憂慮を抱き、反ガノンドロフの活動を始めつつあるという。  
あの『副官』が自分と同じように──と思うと、胸がさらに熱くなる。のみならず……  
 決然とした声で、リンクが言った。  
「ガノンドロフを倒し、世界を救う。それがぼくの使命なんだ。そして君は、この使命を果たす  
ために、なくてはならない人なんだよ」  
 若いのに、頼もしいことを言う。自分と同じ意志。同志がいたのだ。  
「あたしは何をすればいい?」  
 高ぶる思いに、言葉が弾む。答えるリンクの声もまた、高揚をあふれさせんばかりの張りを  
示していた。  
「賢者としての覚醒を」  
 
「はぁ? 賢者?」  
 素っ頓狂な声が出てしまった。  
「君は……『魂の賢者』だろう?」  
 怪訝そうなリンクの声。  
「あたしが……賢者だって?」  
 わけがわからない。  
 リンクが大きくため息をついた。露骨にがっかりした表情をしている。  
「その賢者ってのは、いったいどういうものなんだい?」  
 ガノンドロフを倒すためには、ハイラルに眠る六人の賢者を目覚めさせ、その力を得なければ  
ならない。その一人、『魂の賢者』が、君だと確信していたのだが──とリンクは語った。  
「すまないけど……賢者なんて、あたしにゃ全然、思い当たることがないよ」  
 そう答えるしかない。いや……何かが頭の隅に引っかかっているような気もするのだが……  
確たる概念としては浮かび上がってこない……  
 二人の間に、重苦しい沈黙が落ちた。  
 
 やっとのことでナボールに会えた。いままで失敗続きだったが、ついに賢者の一人に会うことが  
できたのだ。  
 ──という喜びも、一時のものでしかなかった。リンクの脳は、大きな失望と疑問で満たされていた。  
 賢者のことなど全く知らない、とナボールは言う。どういうことなのか。  
 ナボールは賢者ではないのだろうか。いや、ナボール以外に『魂の賢者』であり得る人物が  
いるとは思えない。では、賢者でありながら、自分ではそれに気づいていないのか。  
 あり得る。賢者としての覚醒を果たしていないうちは、自分でもそれと感知できないのかも  
しれない。ならば、どうすれば覚醒させることができるのか。当人に会えば何とかなると思って  
いたのだが……  
 わからない。ぼくはこれから、どうしたらいいのか。  
 じりじりと思いに浸るリンクに、明るい声がかけられた。  
「当てがはずれちまったみたいで申し訳ないが、ここでうろうろしててもしかたがない。とりあえず  
砦に戻ろうじゃないか」  
 ナボールが軽い笑いを浮かべていた。意識を取り戻した直後の茫然とした感じや、その後の  
驚きの色はすでになく、生き生きとした活力にあふれた表情だった。  
 立ち直りが早い。豹変するのも『副官』との共通点か。  
 思わず微笑が漏れる。  
「そうだな」  
 賢者のことは、これからじっくりと検討してみよう。本人が見つかったのだから、焦る必要はない。  
ここはナボールが言うように、いったん砦に帰って、『副官』たちとともに、反ガノンドロフ  
活動の具体化を考えるべきだろう。  
 リンクは身を起こし、ナボールに手を差し出した。にやりと笑いを大きくし、その手を握って  
ナボールが立ち上がる。立ち上がってもなお、二人の手はがっちりと繋がれたままだった。  
「やろうぜ」  
 熱のこもったナボールの言葉。リンクも強く頷きを返した。  
 見れば見るほど、雰囲気が『副官』と似ている。年齢も同じくらいだ。しかし身体はひとまわりも  
ふたまわりも大きい。それに、頑張りながらも弱さのあった『副官』とは異なり、態度がどっしりと  
していて、いかにも頼りがいがありそうだ。彼女らの姉貴分として一党を率いていただけのことはある。  
 その堂々とした存在感に影響され、全身に力が湧き上がるのを感じながら、リンクはナボールと  
ともに、神殿の出口へと向かった。  
 
 外に出たところで、ナボールの足は止まった。  
「どうした?」  
 リンクが不思議そうな声を出す。  
「いや……」  
 何でもない──と言おうとして、言葉が切れる。  
 気になる。何が気になるのか、自分でもよくわからないが……  
 いま出てきた場所をふり返る。足が邪神像に向けて、ふらふらと戻ってゆく。取り残された  
リンクが問う。  
「神殿に、何か忘れ物でも?」  
 再び足が止まる。  
 忘れ物? そういえば、刀がどこかへいってしまった。でも気になるのはそんなことじゃない。  
いまのリンクの言葉……  
『神殿?』  
 巨大邪神像が神殿だって? ここはゲルド族の聖地。神殿という呼び方も、あながち的はずれでは  
ないが……その言葉が、なぜか心に引っかかって……  
 心に引っかかるといえば、さっきもあたしは同じように……あの時は……あの時の言葉は……  
『賢者』  
 それだ。  
 神殿。賢者。  
 暗合を感じる。それに、自分の足を止めた、気になるものの正体とは……  
 そもそもあたしは、六年前、何のためにここへ来た? ここにはガノンドロフ打倒に関係した  
重要な何かがある。そう思ったのではなかったか? とすれば……あたしは……ここを離れては  
いけないのでは? なぜ? ここが神殿だから? あたしが賢者だから?  
 記憶が稲妻のようによみがえる。  
『残念ながら、賢者のオーラは感じないねえ』  
『だからといって、疑いが晴れたわけじゃあないが』  
 そうだ! あたしが賢者だとほのめかした奴が、前にもいたじゃないか!  
『ナボール、お前』  
『リンクに会ったことはあるかい?』  
 リンク! その名も同じ時に聞いていた!  
 誰の台詞だ? 互いを補い合うような、二人組の掛け合い……  
 ツインローバだ!  
 あいつらは何を知っていた? あいつらは何を言おうとしていた? リンクとの出会いが、何か  
重大なことだとでも言いたげに。重大? もしそうなら、リンクと出会った、いまのあたしは……  
「とうとう尻尾を出したね」  
「とうとう正体を見せたね」  
 聞き苦しい二つのキイキイ声が、頭上から降ってきた。  
 心臓が破れそうな衝撃。  
 見上げる。  
 箒に乗った二人の老婆が、宙に浮いていた。  
 
 その声でリンクも初めて気づいた。気配もなく空にあった二人の老婆の姿が、反射的に記憶を  
刺激し、  
「ツインローバ!」  
 続くナボールの叫びが、それを証明した。  
 シークが言っていた、あのツインローバ!  
 リンクはマスターソードを抜いた。空中にいる敵には届くはずもないが、そうしないでは  
いられなかった。  
 が、二人の老婆は、リンクにはほんの一瞥を与えただけで、すいとナボールの頭上まで舞い降りると、  
のんびりした調子で旋回し始めた。  
「洗脳を解くとは」  
「さすが勇者といったところだが」  
「お前がリンクと出会ったことで」  
「賢者のオーラが見えるようになったよ」  
「あたしらはこの時が来るのを」  
「六年間も待ったんだ」  
「長かったねえ、コウメさん」  
「長かったよ、コタケさん」  
「ガノンさんの許しは貰ってあるから」  
「もう何の遠慮も要らないね」  
 突然、老婆たちが静止した。そこにとてつもない邪悪さを感じ、リンクは少し離れた所に  
立っていたナボールのそばへ駆け寄ろうとした。ところが、  
「おっと」  
 コタケと呼ばれた老婆の片割れが、こちらに向けて腕を振った直後、  
「お前はそこでじっとしてな」  
 身体は前に進まなくなった。足が動かない。見ると、あたり一帯の砂が凍りつき、埋まった足が  
固定されてしまっていた。  
「さあ、ナボール」  
「いやさ、『魂の賢者』」  
「「おとなしくあの世へ行くがいい!!」」  
 今度はコウメが腕を振り上げた。  
「逃げろ、ナボール!」  
 動けないまま、リンクは声を張り上げた。すでにナボールは神殿に向かって走り出そうとしていた。  
振りおろされたコウメの指先から激しい炎が噴き出し、ナボールを追って疾走した。炎がナボールを  
捕らえた。耳を引き裂くようなツインローバの二重の哄笑が響きわたる中、束の間、ナボールの  
身体は硬直し、たちまち人の形を失って崩れ落ちた。炎が消えたあとには、それだけでは元が  
何であったのか推測もできない、真っ黒な滓が残っているだけだった。  
 あっという間のできごとに、リンクは声も出せなかった。何が起こったのかも、すぐには  
理解できなかった。  
 次第に状況がわかり始める。  
 ナボールは死んだのだ。  
 人が死ぬ瞬間を見たのは初めてだった。ただでさえ大きなその衝撃は、死んだのが他でもない  
『魂の賢者』であることで──ツインローバの言葉が図らずもそれを裏づけていた──この上もなく  
激烈なものとなって、リンクを打ちのめした。  
 やっと賢者に会えたというのに、その賢者が殺されてしまった。しかもその場にいながら、  
ぼくは何もできなかった。ナボールが死んでゆくのを、なすすべもなくただ見ているしかなかった。  
ぼくは……ぼくは……  
 
「さあて、リンク」  
「お前の方は……」  
 箒に乗った二人のツインローバが、頭上をくるくると回り始めた。  
「ここでお前を殺すのは簡単なことだが」  
「お前には、まだ役に立ってもらわなきゃならない」  
「もうしばらくは生かしといてやるよ」  
「ありがたく思うんだね」  
「ただ……」  
「もっとも……」  
 二体の老婆が接近し、重なったかと思うと、次の瞬間には、新たな一人の人物──三、四十代に  
見える背の高い女が、砂上に出現していた。  
「お前、なかなか美味しそうだから、なぶってやりたいところではあるね」  
 聞きづらいキイキイ声が、しっとりとした低い声になっていた。冷たそうな表情からは、しかし  
熟しきった女の色もうかがわれ、豊満な両の胸が、それをいっそう際立たせていた。  
 けれどもそうした性的特徴は、リンクに何の刺激ももたらさなかった。ナボールの死による  
衝撃が、まだ去ってはいなかったのだ。二人の人物が合体して一人の人物になるという超自然的な  
現象すら──すでにシークから聞いていたこととはいえ──驚きとはならず、目に映るままを  
事実として認識するだけだった。耳には届いていたその言葉も、意味のあるものとして把握できては  
いなかった。  
「けど、まあ、ここは我慢のしどころかね。せっかくだから、もっと美味しくなる場面を待つことに  
しようか」  
 何のことだろう──と、リンクの意識はかすかに動いた。  
 もっと美味しくなる場面? こいつは何を期待している? ナボールが死んで、これ以上、何が  
新たに起こるというのか。  
 待てよ。  
 六人の賢者。そのうちインパとナボールは死んでしまった。だが他の四人がどうなったのかは、  
まだわかっていない。  
『諦めるな』  
 いつも思ってきた言葉を、心によみがえらせる。  
 ツインローバが高らかに笑い始めた。  
 はっとして、その顔を見る。  
「おめでたい奴だねえ。賢者がただの一人でも無事でいると、お前は思っているのかい?」  
 ぎょっとする。なぜこちらの考えていることがわかるのか。  
 ああ、こいつは人の心を読むことができるんだ。シークがそう言っていた。いまこいつは、  
ぼくの心を読んだんだ。だけど、それ以上に大事なのは……  
 ツインローバの言葉が、ようやく意味をもって頭の中に染みとおってきた。  
「賢者どもがどういう目に遭ったのか、知りたいかい?」  
 顔を寄せてくるツインローバ。口の両端が吊り上がり、壮絶な笑みが生じる。  
 リンクは一言も発することができなかった。  
「教えてやるよ。あたしの知っていることは、全部ね。実際には見ていないものまで、見ていた  
仲間の心からかき集めてきたんだから」  
 意味不明なことを言い、ツインローバは背筋を伸ばした。と思うと、そこには再び、箒に跨って  
空中に遊弋する二人の老婆が現れた。  
「ホーーーーホッホッホッ! 待っておいで」  
「ヒーーーーヒッヒッヒッ! 楽しみにね」  
 耳障りな嘲笑とともに、二人は砂漠の方へと飛んでゆく。  
 追おうとしたリンクの上半身が、凍った砂の上に倒れた。足を固定している氷がもたらす、  
痛みにも近い強烈な冷気を、その時になって、リンクはやっと自覚した。  
 
 灼けた砂の上だというのに、氷は一向に溶けなかった。リンクはマスターソードを使って、足の  
周囲の氷を削り取ろうと試みた。時間はかかったものの、苦労の末、何とか足を自由にすることが  
できた。ただ……  
 作業に専念しているうちは、まだよかった。動けるようになって、リンクは新たな問題に  
直面せざるを得なくなった。  
 これからどうするか。  
 ナボールの死によって、魂の神殿まで来た意味はなくなってしまった。  
 戻るしかない。  
 とはいえ、戻ったところで、この先、何をすればいいのか。  
 全身から力が抜け落ちてゆくような気がする。  
 それでも、戻るしかない。  
 復路は往路よりもさらに厳しい旅となった。砂漠の苛酷な自然と、砂中からのリーバの攻撃に  
加え、目標の喪失という精神的な打撃が、体力以上に気力を奪い、足取りを重くした。  
 賢者がどうなったのか教えてやる、と言ったツインローバは、神殿の前で姿を消したきり、再び  
現れることはなかった。賢者の運命に関し、リンクの懸念は増す一方だった。何でもいいから  
教えて欲しい、という、捨て鉢な気分にすら陥った。  
 やがてそれは、驚くべき形で、リンクの前に呈示された。  
 
 
 魂の神殿をあとにしてから三日目。  
 疲れた足を引きずるリンクの前には、灼熱の太陽のもと、ゆらゆらと陽炎が立ちのぼる、砂の  
地平が広がっていた。どこまでも変化のない単調な光景を、霞みつつある目で、リンクは見渡した。  
 とにかく砦まで行かなければならない。その先に何らかの望みがあるというわけでもないのだが……  
 リンクは首を振った。  
 よけいなことは考えまい。いまは戻ることだけを考えよう。  
 再び目を砂漠に向ける。と、風景が不可思議な変化を起こし始めた。  
 砂ばかりのはずの地面が、どろどろと熔けたように流動し、色を真っ赤に変えた。それまで  
以上の熱気が、リンクに向かって押し寄せた。  
 ──熔岩?  
 と思う間もなく、その中から、炎を身にまとった巨大な生物が飛び上がった。  
 反射的に腕が動き、マスターソードを抜く。が、ことの異常さに心がついていかない。  
 ごつごつとした赤黒い鱗に覆われた長大な胴。ねじれた二本の角。爛々と光る碧色の眼。  
 竜だ! だがこの背景は? なぜいきなり熔岩が?  
 竜が口をあけ、猛烈な炎の帯を吐き出した。避ける暇もなく、炎はリンクの身体を押し包んだ。  
思わず叫びをあげてうずくまったが、奇妙なことに、焼かれたはずの身体には何の苦痛もない。  
 目を上げる。高い山が見える。頂上を取り囲む禍々しい炎の渦。  
 デスマウンテン!  
 リンクの視界に、再び竜が現れる。宙をくねる姿を目で追ううち、眼前に二人の人物がいるのに  
気づく。一方はガノンドロフ。そしてもう一方は……  
「ダルニア!」  
 叫びは無視された。二人の身体がぶつかった。ダルニアが押し、ガノンドロフが受ける。  
激しい力の応酬は、やがてガノンドロフの勝利に終わり、ダルニアは地面に倒れ伏した。  
 ガノンドロフが後ろからダルニアの腰を持ち上げ、長大な陰茎を肛門に挿入した。苦痛にゆがむ  
ダルニアの表情をよそに、肛姦は延々と続いた。ダルニアが絶頂しても陵辱は終わらず、次には  
女の入口が襲われた。ダルニアの口から、悲痛な、それでいて明らかに快美のこもった声が漏れ出す。  
それが徐々に高まり、ダルニアは再度の絶頂に達した。  
 ガノンドロフが立ち上がり、横たわったままのダルニアを蹴った。身体はごろごろと転がった。  
崖の上から落ちた。熔岩の中に沈んだ。それきりだった。  
 リンクは言葉もなく目の前の光景を見続けていた。  
 これはいったい何なんだ? ぼくは何を見ているんだ?  
 ツインローバが言ったのはこのことか? ダルニアは実際にこういう目に遭ったと?  
 信じられない。  
 あの逞しいダルニアが、女のよがり声をあげて、一方的にガノンドロフに犯されるなんて。  
 あり得ない! デスマウンテンがここに存在するのと同じく、あり得ないことだ!  
 そうだ、ここは『幻影の砂漠』。ぼくが見たのは幻影だ。ただの幻に過ぎないんだ。  
 ツインローバのまやかしだ!  
 
 風景が一変した。  
 家々が立ち並ぶ村。奥に建つ風車。カカリコ村だ。  
 そこは村の広場。二人の人物が剣で戦っている。ガノンドロフとインパだ。壮絶な戦闘だが、  
インパの方が押している。ガノンドロフは防戦一方だ。  
 リンクは手に汗を握って攻防を見守った。  
 インパが煙幕玉を放ち、ガノンドロフの背後をとった。  
 そこだ!──と叫ぼうとした時、二つに分かれた巨大な黒い手が、後ろからインパを捕らえた。  
身をよじるインパ。逃れられない。ガノンドロフが迫り、インパの腹と顔面に拳を叩きこんだ。  
インパは、ぐったりと崩れ落ちてしまった。  
 あと少しだったのに……でも、さすがはインパだ。立派な戦いだった。ガノンドロフをあそこまで  
追いつめるとは。あの正体不明の黒い手が邪魔さえしなければ……  
 しかし次の場面は、リンクの持つインパ像を粉々に打ち砕いた。  
 村人たちが見守る中、広場の中央で、全裸に剥かれたインパが、背後からガノンドロフに  
犯されていた。インパの声も、また表情も、屈辱とともに、疑いようのない快楽の色を宿していた。  
インパはガノンドロフに向け、「いかせてくれ!」とまで叫んだ。永遠とも思える陵辱の末、  
ついにインパは絶頂に至り、力なくその場にくずおれた。  
 リンクは茫然となっていた。ダルニアもそうだったが、あの男まさりのインパが女として犯され、  
しかも快感に喘いでいるという状態は、とても現実のものとは思えなかった。そもそもリンクに  
とっては、ダルニアもインパも、セックスと直接的には結びつかない人物だった。けれども眼前の  
光景は、二人が性的にも女であるとの事実をリンクに突きつけ、さらに、その二人の「女」を  
暴露して暴力的に蹂躙したガノンドロフへの脅威を、ひしひしと感じさせたのだった。  
 ──いや! これは幻影だ! 現実ではないんだ!  
 リンクは必死で否定しようとした。が、否定しきれないだけの鮮やかな生彩を、この幻影は  
放っていた。  
 インパとガノンドロフの立ち合いは、まさに目の前で実際になされているとしか思えないほどの  
精緻な情景だった。実際、自分は我を忘れ、戦況に一喜一憂するほど、のめりこんでしまったでは  
ないか。  
 追い討ちをかけるように場面が移った。  
 室内。ベッドの上でガノンドロフが女を組み敷き、乱暴に腰を動かしている。女はアンジュだ。  
アンジュもガノンドロフに犯されていたのか!  
 いきなり部屋の扉が開き、剣を手にした全裸のインパが飛びこんできた。ガノンドロフに  
斬りかかろうとして、ぴたりと立ち止まった。と見るや、インパは自分の首筋に剣を当て、一気に  
腕を動かした。  
「!!!」  
 インパの首が胴から離れ、どっと鮮血が噴き出した。首が床に落ち、次いで胴が音を立てて倒れた。  
 これがインパの死!  
 驚愕に身が震える。どんな事情があったのかはわからないが、インパはそこまで切羽詰まった  
状況に追いこまれていたのだ。  
 ──違う……これは……現実じゃない……  
 否定にかかる心も、もはや力を失いかけている。  
 
 さらに場面が変わる。  
 広々とした屋外。満々と水を湛えた湖。ハイリア湖の風景だ。  
 岸の近くの水面に、一人の人物が見える。小柄な身体。全裸の少女。  
 ルトだ!  
 岸に向かって進もうとしているが、うまく進めないようだ。何かに邪魔をされているのか。  
 水面から細長いものが飛び出した。まるで水そのもののような、透明な触手。それはルトの首に  
巻きつき、さらに数を増して全身を絡めとった。苦悶と嫌悪にゆがむルトの顔が、次第にとろける  
ような恍惚の色を帯びてゆく。  
 なぜ? まさか、あの触手が、水中で、ルトのあの部分を?  
 そうとしか思えない、明白な喜悦の表情だった。やがて喜悦が爆発し、爆発は幾度となく続き、  
その果てに、ルトはがっくりと力を失った。  
 いったいルトは何を相手に──との疑問は、場面の暗転によって妨げられた。  
 場は同じくハイリア湖のほとり。時は夜。横たわったルトの前に、ガノンドロフがうずくまっている。  
 その両手がルトの両脚を大きく左右に押し広げた。あっ──と声を上げる間もなく、ルトの  
股間にぐいと巨体が押しつけられた。ルトの口から絶叫がほとばしる。  
 正視に耐えず、リンクは目を固く閉じた。にもかかわらず、リンクはその光景を見続けなければ  
ならなかった。目を閉じたくらいでは、幻影は去ってはくれなかった。  
 悲痛の極みといった悲鳴をあげ、必死に身体を動かして抵抗するルトに、ガノンドロフは何の  
斟酌もしなかった。暴戻な陵辱が展開された。苦痛のあまりルトが意識を失っても、なお陵辱は  
終わらず、ガノンドロフの剛直は、鮮血のあふれる未熟な陰門を、情け容赦もなく犯し続けた。  
 ルトが……ルトまでが……  
 言葉では言い尽くせないほどの惨状に、リンクの胸は破裂寸前だった。しかし次の場面に  
比べれば、まだましだった。  
 湖に浮かぶ第二の小島。ぐにゃりとなったルトの身体を、ゲルド女たちが抱きかかえ、水の  
中へと放り投げる。  
「あ……」  
 リンクは見た。水中に没するルトの四肢と胴体に、大きな石を結んだ縄が巻きつけられているのを。  
 記憶が脳を突き破る。  
 ハイリア湖の底で泥に埋もれていた白骨死体。  
 何てことだ……何てことだ!  
 あれはルトだったんだ! ルトの身体だったんだ!  
 ぼくはルトに会っていた。なのに、そのすぐ近くに立ちながら、ぼくはそれがルトだと気づきも  
しないで、無感動にも「ああ、ここでも人が死んだんだな」などと……  
 激しい悔恨がリンクを襲った。抑えきれない呻きが喉から漏れ出た。知りようがなかったのだ、  
どうしようもなかったのだ、と思おうとしても、何の慰めにもならなかった。  
 あまりにも不憫なルトの運命。そして、その亡骸にろくな関心も払わず立ち去ってしまった自分。  
 悲嘆と自責の念に加えて、さらに一つの概念が、リンクを叩きのめした。  
 幻影が示す物語の結末を、我と我が目で見てしまった以上、この幻影は真実であると認めざるを  
得ない。  
 
 続けて場面が変化する。  
 なじみ深いコキリの森の風景が目に映った時、リンクは頭に激痛を感じた。これから起こることが  
否応なく予想されてしまったのだ。  
 それは予想をはるかに上まわる、地獄のような光景だった。  
 森の仲間たちが、ゲルド女らに襲われ、さまざまな形で陵辱されていた。そしてサリアは、  
「やめろ……」  
 熟女姿のツインローバに後ろから抱きすくめられ、身体中をまさぐられ、衣服を奪われて  
全裸にされ、股間に指を突き立てられ、声もあげず、しかし快感に悶えるさまは疑いようもなく、  
とうとう全身を震わせて絶頂し、次いでその身はガノンドロフに引き渡され、  
「やめろ」  
 向かい合った形で抱きかかえられ、持ち上げられ、巨大な肉柱をあてがわれ、  
「やめろ!」  
 一気に貫かれ、激しく上下に揺すぶられ、顔は苦悶にゆがみ、両の目からはとめどなく涙が  
あふれ、噛み破られた唇から血が流れ、  
「やめてくれ!」  
 それでも一言すら発さないうちに、ガノンドロフの遂情の一撃を受け、傍らに放り出され、  
股間からは血の混じった精液がどろりと流れ出し、  
「もうやめてくれ!」  
 変わって『森の聖域』では、ガノンドロフそっくりの何者かが、全裸のままのサリアにのしかかり、  
血まみれの部分を再び犯し始め、  
「これ以上!」  
 そこに現れた本物のガノンドロフが、何者かに騎乗させられたサリアの後ろから、暴虐きわまりない  
二重の強姦を開始し、  
「見たくない!」  
 やっと開かれたサリアの口から漏れる声も虚しく、二つの部分が同時に引き裂かれ、やがて  
そこに劣情の終末たる白濁が満ち、  
「もうたくさんだ!」  
 地に叩きつけられたサリアが、これも血にまみれた顔を上げ、息もたえだえの状態で立ち上がった  
ところへガノンドロフの剣が振りおろされ、  
「!!!!!」  
 切り裂かれたその身は、またも地面に倒れた。  
 伏せられた顔。その口が、わずかに動く。声はない。が、リンクには、口の動きがはっきりと  
見てとれた。  
『……助けて……リンク……』  
 自分が『森の聖域』で聞いた声。あれはサリアの断末魔の想い。  
 吼えるがごとくの絶叫が、止めようもなく口から噴出する。  
 サリア! サリア! サリア!  
 叫びは何も変えられない。  
 動かなくなったサリアの身体。それはコキリの森のすべてとともに、轟々と燃え盛る炎の中で、  
跡形もなく消え去った。  
 
 考える力すら失ったリンクの前に、何かが音を立てて落下した。  
 ──まだ続くのか……  
 ゆるゆると目を上げる。すでに炎はなく、そこには見覚えのある大きな建物が聳えていた。  
 時の神殿。その前にうずくまる、巨大な鳥。梟。  
 ケポラ・ゲボラ!  
 閉じかかった心が、防ぎようのない幻影の刺激によってこじ開けられる。  
 まさか……ラウルまでも……  
 熟女姿のツインローバが視界に入ってくる。全裸だ。股間には隆々と勃起した陰茎が  
そそり立っている。いや、あれは本物じゃない。張形だ。ツインローバが張形をつけているのだ。  
 何のために──と思いをめぐらす暇もなく、それはケポラ・ゲボラの背後から、肛門へと  
突き入れられた。  
 予想もしなかったおぞましい行為に、胸が激しくむかついた。  
 意味不明の叫び声をあげ、顔を狂的な熱情に満ちあふれさせながら、嵐のごとき勢いで、  
ツインローバはケポラ・ゲボラを犯しまくった。この世のものとは思えない、倒錯しきった  
光景だった。  
 ツインローバが獣のようにわめき始めた。ガノンドロフがケポラ・ゲボラの頭部に歩み寄り、  
抜く手も見せず剣を振りおろした。ケポラ・ゲボラの首がすっ飛び、大量の血液が飛び散った。  
 耐えきれず、リンクは嘔吐した。胃はとめどなくのたうち、何度も、何度も、中身が口の外に  
ぶちまけられた。胃が空になっても嘔吐は治まらなかった。内臓すべてが口から飛び出しそうな  
感じさえした。  
 絶え間ない精神的打撃に、猛烈な肉体的苦痛が加わった、身も心もばらばらになってしまうかと  
思われるほどの破滅的感覚だった。  
 
 
 リンクは東に向かって歩き続けた。しかし歩みに確たる意志はなく、ほとんど自動的に足が  
動いているだけだった。心は虚ろで、まとまった思考は皆無に近かった。砂の中から襲ってくる  
リーバに立ち向かう気力もなく、かといって逃げ切るだけの体力もなく、足はいくつもの傷を  
負った。砂と太陽の威力も相変わらずだった。  
 幻影の到来は、一度きりでは終わらなかった。四人と一羽の、その陵辱と死の光景が、繰り返し、  
繰り返し、リンクに襲いかかった。のみならず、実見したナボールの死と、かつてガノンドロフと  
ツインローバによって行われたとみられるナボールへの陵辱までもが、新たな幻影として加わっていた。  
 筆舌に尽くしがたい苦闘の末、リンクは中間地点の建物に到達した。地下室で荒い息を吐きながら、  
自分はどうやってここまで来ることができたのか、と、リンクは不思議に思った。  
 どういう道筋をとったのか、全く覚えていない。あるいは無意識のうちに、往路の記憶をたどり、  
コンパスを使い、道しるべを見ていたのかもしれないが、そうした記憶が全然ないのだ。時間の  
感覚も失われている。魂の神殿を出発してから何日経っているのかさえ、まるでわからない。  
 自分の中にある生命力のためか、と、ぼんやり考える。  
 だが、その生命力も、いつまでもつだろうか。すでに食糧は尽きている。神殿の前のオアシスで  
補給した水も、いまは残り少ない。この地下室にいれば、砂と太陽は避けられるが、水がなくなって  
しまえば、あとは死を待つばかりだ。  
 リンクは再び砂漠へとさまよい出た。リーバがいない分、行程が楽になると思われたが、  
それ以上の苦難が襲ってきた。  
 いったん終息していた砂嵐が、再び荒れ狂い始めたのだ。  
 無数の砂粒が全身に叩きつけられる。視界はきかず、呼吸すらまともにできない。飛散する  
砂によって空は覆い隠され、昼夜の区別もつかず、再び時間の感覚が失われてゆく。そのうち水も  
なくなった。  
 またもや幻影が見えてくる。  
 サリア、ダルニア、ルト、インパ、ナボール、そしてケポラ・ゲボラ。  
 六人の賢者は、すべて死に絶えてしまった。  
 もう世界を救うことはできない。  
 脚の力が抜け、膝が砂につく。その態勢すら保てず、全身が砂の上に倒れる。砂が吹き寄せられる。  
身体が砂に埋まってゆく。  
 動けない。  
 ──ぼくは……ここで……死ぬのか……  
 絶望と諦めが心を浸す。  
 ──もういい……このまま……ぼくは……  
『リンク!』  
 ──なに?  
『しっかりして!』  
 ──誰?  
『あなたは……』  
 ──ぼくは?  
『………………』  
 ──幻聴?  
 幻影を見るくらいだ。幻聴があってもおかしくはない。  
 ──だけど……  
 沈んでゆく意識の片隅で、最後の煌めきが像を結び、  
 ──いまの声は……誰の……  
 かすかな力となって記憶を掘り起こし、  
 ──そうだ……ぼくは……あれを……持って……  
 しかし意識は沈降をとどめることなく、深い闇へと落ちこんでいった。  
 
 
To be continued.  
 
 

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