突然、意識が引き戻される。  
 何よりもまず、おのれの姿に目をやる。見えない。暗い。壁のかすかな発光が感じられるが、  
それだけだ。蝋燭の炎は消えてしまったのか。  
 マスターソードから手を離し──同時にかすかな違和感を覚えながらも、それどころではないと  
──しゃがんで床を探る。足元に置いたはずなのに、蝋燭は手に触れない。どこにいってしまった  
のだろう。  
 舌打ちした瞬間、思い出す。視覚以外の感覚。  
 もどかしい思いで両手を身体に這わせる。両腕。両脚。ともに素肌。肌着を着けていない。顎。  
髭の感触は全くなし。  
 背負ったものを床に降ろす。見づらくても手触りでわかる。刃渡りの短いコキリの剣。木で  
できたデクの楯。  
 胸が激しく動悸を打つ。だんだん目が暗さに慣れてくる。それにつれて明らかになる、自分の  
身体の小ささ。  
 間違いない! ぼくは子供に戻ったんだ! シークの言ったとおり!  
 リンクの胸に爆発的な感動が満ちた。  
 その感動も、すぐに次の思考へと移る。  
 いまは、いつだ? シークは七年前と言った。ほんとうにそうなのだろうか。  
 あわただしく持ち物を確認する。  
『時のオカリナ』に、サリアのオカリナ。いくつかの身の回りの品。それらはずっと持っていた。  
参考にはならない。他には?  
 パチンコとブーメランがある。食べかけのパンには軟らかみが。二通のゼルダの手紙。紙は新しい。  
 爆弾とデクの実。数が増えている。違う。増えたんじゃない。使った分が元に帰っただけだ。  
ルピーもそう。ぼくが封印される前に持っていたのは、確かこれくらいの額だった。  
 ぼくは七年前の過去の状態に戻った! 未来の記憶を保ったままで!  
 蝋燭がないのは当たり前だ。あれを床に置いたのは、七年後の未来のことなんだから!  
 身が小さく震える。視線も揺れる。その視線が、改めて眼前のマスターソードに止まる。さっき  
違和感を覚えた理由が、ようやくわかる。自分が小さくなって、柄にかかる腕の角度が変わって  
いたからだったのだ。  
 そのマスターソードの刃に、わずかな明るみが映っている。壁からの光。いや、それだけじゃない。  
微細な光の粒。どこから? 上の方から?  
 見上げる。天窓。向こうは暗い空。小さな光点が散らばっている。  
『星!』  
 星が見える。雲がない。常に空を埋めつくしていた暗雲が存在しない。ガノンドロフが暴威を  
振るうに至っていない七年前の世界だから!  
 
 だが、正確な日時は? いまは夜。子供のぼくがここでマスターソードを抜いたのも夜だった。  
その直後の時点に、ぼくは戻ってきたのだろうか。  
『待てよ』  
 だとすると、トライフォースは、まだガノンドロフに奪われていないことになる。このまま  
奪われずにすめば……すべてが変わる!  
 胸は興奮に轟き、同時にとてつもない緊張が襲ってくる。  
 ガノンドロフはこれからここへやって来る? いや、もうそこまで来ているかもしれない!  
 あわててふり返り、『時の扉』の方に注意を集中させる。  
 気配はない。  
 ふと目が移る。右手の甲。そこに輝く勇気のトライフォース。  
『あ……』  
 ということは……トライフォースはすでに分裂していて……いまはガノンドロフがトライフォースに  
触れたあとであって……  
 興奮の反動で、どっと失望が心を浸す。  
『いや!』  
 失望している暇はない。そんなに簡単に解決するとは、もともと思っていなかった。これから  
どうするかが問題だ。ぼくが封印された時点から、どれくらいの時間が経っているのか、まず  
それを確かめなければ。  
 急いで持ち物をしまい、剣と楯を背負う。『時の扉』を過ぎ、吹き抜けの部屋へ出る。そこで  
あることに思い当たり、リンクの足は止まった。  
 マスターソードをこのままにしておいていいのだろうか。『時の扉』は開きっぱなしの状態だ。  
誰かが──そう、ガノンドロフとかが──ここに来て、マスターソードを手にすることにでも  
なったら……  
 ためしに『時のオカリナ』で『時の歌』を奏でてみる。『時の扉』は微動だにしない。石板の  
三つの精霊石を取りはずせないか、と手をかけてみるが、填めた時には普通に置いただけなのに、  
いまはぴったりと吸いついたように離れない。  
 開きっぱなしにしておくしかない──と、リンクは腹を決めた。  
 考えてみれば、マスターソードを引き抜けるのは、勇者の資格がある者だけだ。ぼく以外には  
できないことだ。奪われる心配はないだろう。  
 ひとまず心を安んじさせ、リンクは神殿の出口へと向かった。  
 
 
「あッ! お前、まだ中にいたのか!」  
 神殿を走り出ると、後ろから驚いたような声がかかった。こちらも驚いてふり返る。入口の  
両脇に、兵士が一人ずつ立っている。神殿に入る時、ゼルダの手紙を見せて通してもらった、  
見張りの兵士。絶好の証人だ。  
 急きこんで一方の兵士に問いかける。  
「ここにガノンドロフが来なかったか? 教えてくれ!」  
 言ってから気がつく。甲高い子供の声。それに不似合いな大人びた台詞。七年後の世界で  
暮らすうち、シークなどに影響されてか、話し方が変わってしまっている。兵士も奇異に  
思ったのだろう、目を白黒させていたが、それでも答は返してくれた。  
「ガノンドロフなら、ついさっき出て行ったぞ」  
 ついさっき! ぎりぎりのところで行き違ったか!  
「ぼくが神殿に入って、どのくらい時間が過ぎた?」  
 今度は口調に気をつけて訊いてみた。兵士は首をかしげ、相棒の方に顔を向けた。  
「どのくらいかな」  
「さあ……二時間くらいじゃないか」  
 二時間! マスターソードで時を移動する際には、前後に多少の時間差が生じるようだ。いまは  
封印直後ではない。が、限りなくその時点には近い。  
「ありがとう!」  
「あ! おい!」  
 短く礼の言葉を投げ、呼び止める兵士の声を無視して、リンクは神殿の前から走り去った。  
 
 時の神殿から続く細い路地の両側には、扉の閉ざされた家々が立ち並んでいた。しかし窓から  
漏れ出る灯火は、家々に人が住むことを明示していた。荒廃しきった七年後の世界とは違うのだ、  
と力が湧き、路地を走りながら、リンクは今後の行動方針を頭の中で検討した。  
 どこへ行くか。何をするか。  
 そればかりを考えていて、周囲への注意がおろそかになっていた。路地を抜け、正門に通じる  
大通りに飛び出した瞬間、  
「あッ!」  
 叫びとともに馬蹄の響きが耳を打った。あわててそちらを見る。疾走する馬がすぐ右手に  
迫っていた。  
 咄嗟に前方へ身を投げ、面を伏せる。馬蹄の音が乱れ、何かがぶつかるような音、続けて女の  
悲鳴のような声がした。だが自分の身体に衝撃はない。  
 顔を上げる。馬は道に面する家の壁際で止まっていた。すぐそばで男が尻餅をついている。  
騎兵の格好。馬に乗っていた人物だろう。直前で馬の向きを変えてくれたのだ。そのおかげで  
助かった。  
「大丈夫?」  
 駆け寄って声をかける。騎兵がこちらを向いた。怒鳴られるかと思ったが、  
「こっちは大丈夫だ。お前こそ無事か?」  
 立ち上がりながら、意外に温和な声をかけてきた。リンクは素直に謝った。  
「うん。ごめんよ、急に飛び出したりして」  
「無事ならそれでいい。今度から気をつけろ。ただ──」  
 騎兵が心配げな目を馬に向けた。  
 
 騎兵は内心、気が気ではなかった。  
 失踪したゼルダ姫を追って、急遽、出動した騎兵団。その第一陣に乗り遅れ、あわてて馬を  
駆っていて、子供を蹄にかけそうになり、ぎりぎりでかわしはしたものの、脇の壁に衝突して  
しまった。子供が無事だったのは何よりだが、馬がどこかを痛めはしなかっただろうか……  
 見たところ、馬は平気な様子だった。これなら平原へ乗り出しても問題はないだろう、と、  
騎兵は胸をなで下ろした。  
 だが、もう一つ気がかりなことがある。さっき女の悲鳴のような声がした。壁に衝突した時、  
誰かを巻きこんでしまったか。  
 あたりに目をやる。夜のこととてすぐには気づかなかったのだが、馬の足元で女がうつ伏せに  
なっていた。  
「おい、怪我はないか?」  
 呼びかけ、しゃがみこんで肩に手をかけようとした瞬間、女はいきなり身を起こし、駆け去ろうとした。  
「あ! 待て!」  
 騎兵は女を捕まえようと手を伸ばした。女はするりと身をかわし、正門の方へと走り出した。  
が、ちょうどこちらに向かって歩いていた男と鉢合わせしてしまい、またも悲鳴をあげてその場に  
うずくまった。その隙に騎兵は女を取り押さえた。  
 服装は一般のハイリア人のものだが、ちらりと見えた顔は……  
 
「お前、ゲルド族だな。こんな所で何をしている」  
「何もしてないよ! ちょっと散歩していただけさ!」  
「散歩だと? 城内の宿舎にいるお前たちは、許可なく城下へは出られないはずだ」  
 そのとおりだ。だから絶対に見つかってはならなかったのに……  
 反乱軍の進撃を急ぐよう、砦にいるツインローバに伝える。女はそのための急使だった。  
 ゼルダ姫失踪の騒ぎに乗じて、城下町を抜け出そうとしていたところだったのだが、走ってきた  
馬をやり過ごそうと道の端に身を隠したら、あろうことか、その馬が自分の方へ突進してきた。  
逃げようとすると、今度は誰かにぶつかってしまい……  
 その相手が怒鳴りつけてくる。  
「おい、どうしてくれるんだよ! 大事なものが壊れちまったじゃないか!」  
 禿げ頭のくせに顎髭はふさふさとした中年男だ。大きなラッパのついた箱のようなものが道の  
上に転がっている。ぶつかって倒れた拍子に破損したのか。  
「知ったこっちゃないよ! 前を見てないそっちが悪いのさ!」  
「何だと! 当たってきたのはお前の方だろう!」  
「二人とも黙れ!」  
 騎兵が一喝し、次いで女に硬い声を向けた。  
「お前には怪しいところがあるから、警備の兵に引き渡して調べてもらう。来い!」  
 腕をつかまれ、引き立てられる。  
 しかたがない──と、女は観念した。  
 暴れても逃げられない。ここはおとなしくしておこう。証拠になるようなものは身につけて  
いないから、何を訊かれても知らぬ存ぜぬで通せば、そのうち釈放されるはずだ。ただ、砦への  
連絡が遅れてしまうが……  
 
「ちょ、ちょっと! 俺の方はどうなるんだい? その女を連れて行かれちゃ困るよ。落とし前を  
つけてもらわないと」  
 あわてて言いつのったが、騎兵は全く相手にしてくれなかった。  
「それどころじゃないんだ。怪我がないのなら、もういいだろう」  
「よくないよ! 大事なものを壊されちまったんだ。それともあんたが何とかしてくれるのか?」  
「知らん。災難だったと諦めるんだな」  
 騎兵は女を追い立てて行ってしまった。男は大きくため息をつき、傍らに転がった「大事な  
もの」を見下ろした。  
 手回しオルガン。苦心して自作した楽器だ。これで一旗揚げようとカカリコ村から出てきて、  
城下町で芸を披露してみたら、思いのほか好評。いまでは「グル・グルさん」と呼ばれる町の  
人気者だ。ずっと滞在して儲けさせてもらうつもりだったが、壊れてしまってはどうしようもない。  
カカリコ村に戻って、修理するしかない。  
『まあ、これまででもけっこう金にはなったんだ。それでよしとするか』  
 もう一度ため息をつくと、男は壊れた楽器をかつぎあげ、宿への道をたどっていった。  
 
 眼前の一幕を、リンクは茫然と眺めていた。  
 不用意に道へ飛び出したのがきっかけで、あれよあれよという間に三人の人物を巻きこむ  
小事件が起こり、目まぐるしい展開を示すうちに、ことは終わってしまった。  
 何があったのか、よくわからないが……自分はこうして放っておかれたのだから、行って  
しまってもいいだろう。  
 偶発的な些事と思い捨て、胸に再び意志を戻し、リンクは正門へ向けて走り出した。  
 
 正門は立ち騒ぐ人々でごった返していた。見覚えのある光景だった。リンクは記憶を引き出し、  
大きな感慨に打たれた。  
 南へと逃げ去るゼルダが残した『時のオカリナ』を拾い上げ、そのあとガノンドロフに  
叩きのめされた自分が、足を引きずりながらこの門をくぐって城下町へ入っていったのは、  
たった二時間あまり前のことなのだ。  
 二時間あまり! とうてい信じられない! ぼくはその間、七年の眠りにつき、さらに三ヶ月も  
旅を続けてきたというのに!  
 だがそれが事実なのだ。その七年と三ヶ月という時間を一挙に巻き戻して、ぼくはいま、  
ここにいる。ぼくはこれからどうするか。  
 真っ先に頭に浮かぶのはゼルダのこと。ゼルダを追って南へ向かうか。  
 いや──と首を振る。  
 さっき時の神殿で持ち物を調べた時、いま持っているものだけではなく、いま持っていない  
ものをも、ぼくは確認した。一つはシークに貰った剃刀。もう一つは、あの泉で拾ったゼルダの  
耳飾りだ。  
 その耳飾りは、いまどこにあるのか。  
 ゼルダの耳にある!  
 この世界でゼルダは生き続け、そして、あの泉に耳飾りを残すことになる。七年後の世界でも  
ゼルダは生きている。ここでぼくがゼルダに会いに行かなくとも、ゼルダの安全は保証されて  
いるのだ。それがわかっている以上、もっと重要なことを、ぼくは優先させなければならない。  
 もっと重要なこと。七年後には死に絶えてしまっている、けれどもいまは生きている賢者に  
会うことだ。  
 まず誰に?  
 迷うことなく、その名を心の中で叫ぶ。  
『サリア!』  
 混乱の色濃い正門を抜け、リンクは駆けた。  
 行く手に横たわるハイラル平原は深い闇に沈み、先の活動の困難さを象徴しているように  
思われた。が、夜空を彩る半月の光と無数の星の輝きは、いまだ世界は希望の場であるという  
確かな思いをリンクに与え、強く、逞しく、その足を前に進める力となるのだった。  
 
 
 リンクが冒険に乗りだしたばかりの時、コキリの森を出て城下町に到達するまでには、  
二週間もの時間が必要だった。詳しい道筋を知らなかったし、食料を得るのに寄り道や停滞を  
余儀なくもされた。またその際には、特に先を急いでいたわけでもなかった。  
 大人の身ですら一週間かかった。城下町からコキリの森へと逆方向の旅をした時のことだが、  
かつてをはるかに上まわる体力を持ったリンクが、可能な限り急いだ上で、やっと所要時間を  
半分にすることができたのだ。  
 それを考えると、子供に戻ったいまのリンクの進行速度は驚異的だった。  
 種々の好条件が重なった結果である。道はすでに熟知していた。途中の村々はまだ平和であり、  
ルピーも充分に所持していて、食料の入手は容易だった。大人の時とは異なり、魔物の妨害も  
なかった。  
 しかし最大の理由は、リンク自身の気力が充溢していたことだった。昼も夜もなく、リンクは  
前進した。常に駆け足か早歩きで、ほとんど足を止めなかった。食事すら歩きながらすませ、夜は  
ごく短時間の仮眠をとるだけだった。当然、疲労は溜まった。だが疲労を疲労と認識しないほど、  
リンクの気は張りつめていた。  
 天候は上々で、陽光に満ちあふれたハイラル平原は、実に美しく生彩に富み、荒れ果てた  
七年後の状態を思うと、まさに別世界の風景といえた。それだけに、この世界を救わねばならない  
という使命感は、いやが上にも強められ、リンクの気力をさらに奮い立たせた。ただ、いまの  
リンクは、世界を救うという命題を、より具体的な対象に集約させていた。  
 その対象の命運がいまにも尽きようとしているわけではない。がむしゃらに急行しなければ  
ならないほどの理由はないのだ。けれども、そうとわかっていながら、リンクは進む速度を  
落とせなかった。むしろ対象を思えば思うほど、速度はどんどん増していった。  
『サリア!』  
 思いを馳せ、急ぎに急ぎ、城下町を出てからわずか五日後、リンクは、ハイラル平原の南東端に  
ある、最後の稜線を越えた。いずれ一面の焦土と化すことになる、その先の場所には──  
 リンクの記憶にあるとおりの、鬱蒼とした大森林が、数限りない生命の気配に充ち満ちて、  
和やかに、厳かに、はるかな広がりを示していた。  
 
 
『森の聖域』は、今日も変わらぬ静けさを湛えていた。  
 周囲を取りまく樹木の間から、みずみずしい空気が漂いあふれ、空の霞と溶け合って、廃墟と  
なった神殿を、慈しむように包みこむ。枝葉の穏やかなうねり、小鳥の気まぐれなささやきが、  
静謐を破ることなく調和する。どれもが欠くことのできない要素として、緊密に、しかしあくまで  
優美に、唯一無二の空間を形づくる。  
 その妙味を味わいながら、サリアは湿った下草を、そっと踏み歩んだ。自分の場所と決めている  
切り株の前に立ち、ゆっくりと腰を下ろす。  
 いつもの空間。いつもの静けさ。そして胸に宿る、いつもの想い。  
 リンクが森を出て行ってから、もうひと月が過ぎている。  
 別れの時、あの吊り橋の上で、リンクは言った。「帰ってくるよ」と。  
 あたしはそれを信じている。かたときも疑ったことはない。でも……  
 リンクはいま、どこで何をしているのか。リンクはいつ帰ってくるのか。  
 苦しい。哀しい。  
 でもあたしは、想いを捨て去りはしない。いくら苦しくても、いくら哀しくても、その想いが  
ある限り、二人の絆は保たれる。  
『あたしはリンクが好き』  
 リンクが去ってから、サリアは前にも増して足繁く、ここを訪れるようになっていた。仲間と  
一緒に暮らしていると、日々の生活とかけ離れたリンクへの想いが、ともすれば色褪せてしまい  
そうになる。けれども、他に訪れる者のない、この『森の聖域』では、心おきなく自らの想いを  
深めることができるのだった。  
 リンクとの絆の証。サリアの脳裏に、それは鮮明に焼きついている。  
 別離の時の、唇の触れ合い。そこに感じた、無上の幸せ。  
 あの幸せを、もう一度、感じたい。  
 衣服の上から、そっと触れてみる。両胸のほのかなふくらみを。未知の内奥を秘める両脚の  
分かれ目を。  
 以前、いまと同じこの場所で、身にまとうすべてのものを捨て去って、あたしはそこに指を  
さまよわせた。でも、その時には、まだ、わかっていなかった。  
 いまは、わかる。どうすれば、あの幸せを感じられるのか。  
 もっと強く、もっと深く、そこに触れさえすれば……  
『だめ』  
 わかるけれど、そうはしない。  
 あの幸せは、リンクとともに分かち合いたい。あたしひとりのものにはしたくない。  
 手を離す。  
 が、離された手は、感触を覚えている。その感触が、別の思いを引き起こす。  
 かつてあたしを惑わせた、乳房のほころびと、かすかな発毛。それらは兆しだった。それらが  
あったからこそ、あたしはあの幸せを体験できた。  
 では、なぜ、そうなったのか。  
 
 ひとつの言葉が胸を刺す。  
 使命。  
 デクの樹サマは言った。  
『確かにおまえには、他の者とは異なるところがある。しかしそれは意味があってのこと。それが  
おまえの運命であり、使命とも言えるのじゃ』  
 使命とは何なのか、ずっとわからないままだった。でも、いま考えると……  
 あたしの身体の変化に意味があるというのなら──身体の変化がもたらした、あの幸せの体験に  
よって、リンクと絆を結んだこと──それがあたしの使命だったのだろうか。その使命は、すでに  
果たされているということなのか。  
『違う』  
 サリアは確信する。  
 使命は果たされていない。あたしはリンクを待っている。リンクを求めている。それはリンクとの  
絆が、まだ完全ではないからだ。  
 リンクに再び会えた時にこそ、使命は果たされるだろう。絆は完全になるだろう。あの幸せの  
体験を、さらに突きつめることによって。リンクと分かち合うことによって。その時、実際に何を  
すればいいのか、まだはっきりとはわからないのだけれど。  
 サリアは得る。ひとつの予感。  
『ここは、これからの──(そう、これからの!)──二人にとって、とても大事な場所になる』  
 なぜだろう。この『森の聖域』に、何があるというのだろう。  
 わからない。でも……あたしがずっとここを好きだったのは、きっと、自分でも気づかない  
うちに、それを知っていたから……  
 その時、サリアは聞いた。  
 草を踏む、かすかな足音。駆けてくる。近づいてくる。この『森の聖域』に、誰かがやって来る。  
誰だろう。ここには誰も来ないはず。あたしの他には。そう……あたしと……もう一人の……  
他には……  
 胸がどくんと響きをたてる。  
『まさか……』  
 鼓動が速まる。どんどん強くなる。誰? 誰? あたしが考えている人? そうなの?  
ほんとうに? 足音が大きくなる。角を曲がって。石段を登って。ああ、もうそこまで来ている。  
もうすぐここに来る。早く! どうか早く! その姿をあたしに見せて!  
 待ちきれず立ち上がった瞬間、サリアは見た。  
『森の聖域』の入口で立ち止まり、大きく息を切らし、くずおれんばかりに脚を震わせ、しかし  
目には限りない意志をみなぎらせてこちらを凝視している、一人の少年を。  
 
 
 平原から森へ入ったリンクは、以前の記憶をたどり、道なき道を飛ぶように進んだ。出て行った  
時とは違い、日のあるうちの移動だったので、見通しは充分にきいた。  
 数時間で谷川に架かる吊り橋に行き着いた。続けて両側に木々が生い茂った一本道を駆ける。  
駆け抜けて周囲が開けると、そこが懐かしい場所だった。  
 昼なお暗い森の中で、ここは樹木の密度が低く、小川や池、ちょっとした丘や崖など、変化に  
富んだ自然の形状を見ることができる。そのあちらこちらに、コキリ族の仲間たちが住む、木を  
利用した小さな家々が点在している。  
 去った時のままの風景。焼亡の気配など露ほどもうかがえない、平和な風景。  
 束の間、リンクは立ち止まり、こみ上げる思いを胸に満たした。が、敢えて思いを振り払い、  
開けた場の中へと身を飛びこませた。  
「あ!」  
「リンク!」  
 突然の来訪者に気づき、さらにその正体を認めて、仲間たちが驚きの声をあげる。それさえも  
無視し、リンクはひたすらに駆け、サリアの家の前に至った。  
 声を出そうとして、出せなかった。それほど疲れていることに、いまさらながら気がついた。  
呼びかけを諦め、戸をくぐる。  
 いない。  
 瞬時に思いつく。  
『森の聖域』だ!  
 疲労を自覚してしまった身にとっては、苦行ともいえる追加行動だったが、残る力をふり絞り、  
リンクは迷いの森へと踏みこんだ。道筋はよく覚えていたものの、右へ左へと複雑に折れ曲がる  
行程は、実際の距離以上の長さと感じられた。息は切れ、膝はいまにも折れそうだった。それでも  
リンクは止まらなかった。  
 サリアに会える。もうすぐ会える。生きているサリアに、ぼくは会えるんだ!  
 迷いの森を抜け、再び開けた場所に出る。限界がみえる体力の、あるかなきかの残量を投入し、  
最後の行程に足を進める。またも左右に曲がる道。上りの石段。  
 止まるな! 駆けろ! もう少し! もう少し!  
 石段を登りきった瞬間、リンクは見た。  
『森の聖域』の奥にある切り株の前に立ちつくし、両手で口を押さえ、ぴくりとも動かず、しかし  
目にはひたむきな願いを満たしてこちらを凝視している、一人の少女を。  
 
「サリア!」  
「リンク!」  
 二人の口から、あらゆる想いをこめた叫びがほとばしる。  
 その叫びが、あらゆるものを静止させる。  
 凍りついたように動かない二人の身体は、わずかののち、想いという熱に溶かされ、どちらから  
ともなく一歩が踏み出され、次いで一歩が、さらに一歩が加えられ、たちまち互いへと向かう  
奔流となって二人を押し出し、静謐な空間の真ん中で、ついに二人は互いの前に立つ。  
 見交わす目と目。重なる手と手。  
 言葉もない、その繋がりが、二人の想いを燃えたたせていた。  
 
 脳裏に描いていたとおりのサリア。それが思った以上の衝撃となって、リンクの心を震わせる。  
 身の丈。表情。そして声。別れた時と全く同じ。服装もそう。襟が首まであるセーターと、  
上に重なる薄手のベスト。ベルトでとめられた半ズボン。膝下までのブーツ。頭につけられた  
ヘアバンド。それらすべてが緑系統の色でまとめられ、表に出ている顔と両手と両脚の白い素肌と、  
鮮やかな対照をなしている点も変わらない。衣装が緑色なのはコキリ族みんなに共通したことだが、  
サリアは髪の毛も緑色だ。耳の下でくるりと巻いた短めの髪。その巻き方までもが寸分違わない。  
 コキリの森にいた九年間、ずっと見慣れてきたサリア。その見慣れた姿、見慣れた装いが、  
どうしていまはこんなに心を打つのだろう。  
 この世界では、ぼくがサリアと別れてから一ヶ月ほどしか経っていない。サリアに変わりが  
ないのは当たり前だ。ところがいまのぼくは、変わりがないというそのことが言いようもなく  
嬉しく、変わりのないサリアがこの上もなくいとしい。  
 ここでの一ヶ月は、ぼくにとっては永遠とも思える時間だったのだから!  
 
 思いがけない再会の喜びが爆発する寸前、目の前にあるリンクの姿が、意外な衝撃となって、  
サリアの心を震わせる。  
 見たところは別れた時と同じ。先が長く尖った緑色の帽子。腰のベルトで絞られた緑色の  
チュニック。左肩から右腰へ斜めに巻かれたもう一本のベルト。その後ろで留められた剣と楯。  
丈夫そうな褐色のブーツ。身の丈も、声も、額にかかる金色の髪も、記憶にあるそれと寸分違わない。  
 なのに──と、サリアは大きな驚きに打たれる。  
 リンクは変わった。この変わりようは、いったいどうしたことだろう。  
 肌に刻まれた、いくつもの傷跡。  
 そして、その目。いつも遠い何かを見つめていたリンクの目。いまはあたしを見つめている  
リンクの目。前と同じように輝きながら、確かな喜びの色を湛えながら、そこには前にはなかった  
苦しみと哀しみが秘められているようで……まるで、途方もなく長い間、苛酷な運命のもとで  
生きてきたかのように……  
 何があったの? 『外の世界』でリンクは何を経験してきたの? あたしにはうかがい知る  
ことのできない、そんなにつらい何かを、リンクは知らなければならなかったの?  
『とても疲れているんだわ』  
 見ればわかる。息を切らして。脚を震わせて。けれど、それだけじゃない。目には見えない  
ところでも、重く、深く、リンクは疲れている。  
 ああ、あたしに何ができるだろう!  
 
 サリアが両手を差し伸べ、そっとリンクの両頬に触れる。  
 その手の温かみが、リンクの感情を刺激する。  
 サリア。いまはぼくが知るとおりの、変わるところのないサリア。でも……いずれは……この  
ままでは……サリアは……  
 悲惨きわまりない現実を甘受しなければならなくなる! ガノンドロフに犯され、殺されるという、  
あの身の毛もよだつほどの悲惨な現実を!  
 そんなことがあってはならない!  
 あの断末魔の声──(……助けて……リンク……)──絶対、絶対、サリアにそんな言葉を  
出させるようなことがあってはならない!  
 ぼくはそのために過去へ来た。賢者の未来を変えるために。  
 そう、サリアは賢者。だけどいまのぼくはサリアが『森の賢者』であることなどどうでもよく、  
ただサリアを、サリアその人を、ぼくのいちばんの友達、いや、友達という言葉などでは  
言い表せないぼくにとってかけがえのない存在でありいまこうして見つめ合いその手のぬくもりを  
ぼくの頬に伝えてくれているこのサリアをどうにかして助けたいとそればかりを考えていて、  
でも助けるためにはどうすればいいのかぼくにはわからなくて、でも何とかしなければならない、  
でもどうしたらいいのかわからない、わからない、ぼくはわからない、ぼくは、ぼくは、  
ぼくはぼくはぼくはぼくはぼくは!  
 ああ、ぼくに何ができるだろう!  
 
 リンクの唇が、サリアの唇に押しつけられる。  
 その強い接触が、いきなりサリアを舞い上がらせる。  
 これ! これよ! これをあたしは待っていた。これをあたしは求めていた。リンクと唇で  
触れ合うこと。リンクの唇をあたしの唇で感じること。これが二人の絆! これが二人の幸せ!  
 ──幸せ?  
 そう呼ぶにはあまりにもあわただしいリンクの行動。  
『あ!』  
 ぴったりと合わさった唇の間に、何かが現れる。あたしの上下の唇を割って、リンクの口の  
中から、その何かがあたしの口の中に入ってくる。これは何? 舌? リンクの舌? リンクの  
舌があたしの口の中に? こんなことって、こんなことって、ああ、こんなことがどうして  
こんなにも……  
 うずきだす。感じだす。あの場所が、二つの胸の先端と、両脚の間の窪みの奥が、痺れるように、  
灼かれるように、何かを欲しがって、そう、ひと月前、あの吊り橋の上でリンクと唇を合わせた  
時と同じように……  
 舌が舞う。舌が踊る。強く、速く、荒々しく。感じる。感じる。でも、でも、待って、ちょっと  
待って、なぜ、リンク、なぜこんなに急いで、リンク、リンク!  
 いきなり身体が傾く。どうなったのかと思う間もなく背中に感じる衝撃。  
「んんッ!」  
 背中が地面についた。押し倒された。あたしはリンクに押し倒された。どうして? リンクは  
何をするつもり?  
 リンクが舌を戻す。唇を離す。顔を引く。見上げるあたしの目と、見下ろすリンクの目が、  
ひたと合わさる。  
 リンクの目!  
 疲れの澱む中にも爛々と燃え盛る何かが、あたしを身震いさせる何かが、そこにはあらわに  
なっていて!  
 どうしたの!? 何をしようとしているの!?  
 リンクは何も言わない。あたしの思いは通じない。ただリンクにしかわからない激しい感情が  
あたしに向かって一方的に投げかけられていて、でもあたしはその感情を受け止めることが──  
 いきなり身体に重みがかかる。リンクがあたしの上に覆いかぶさる。もう一度リンクの唇が  
あたしの唇に、そればかりか頬に、顎に、首筋に、同時にリンクの腕があたしを抱いて、  
抱きしめて、強く、強く、身を折らんばかりに強く抱きしめて、  
「く……ッ!」  
 そして手が、リンクの手が、服の上から、あたしの身体を、あっちこっちを、押さえて、  
つかんで、何かを求めるように、どこかを求めるように、それはあたしの小さな二つの胸と、  
「あッ!」  
 両脚のつけ根と、  
「ああッ!」  
 あたしが感じているまさにその場所をリンクは求めていて、だからこれでいい、この身体の  
触れ合いはあたしが望んでいたことだと思おうとしながらも、何かが違う、何かが間違って  
いるという心の奥からの抗議をあたしは抑えられなくて、  
「リンク……」  
 ためらっている間にも、リンクの手がせわしなくあたしの腰のベルトを緩めて、  
「あ! ちょっと──」  
 ズボンが下着ごと足首まで引きずり下ろされて、  
「待って!」  
 身を起こしたリンクも同じ場所を、男の子にしかないあれを剥き出しにして、  
「だめよ!」  
 それを女の子にしかないあたしのあそこに向けてまたどさっとのしかかってきて、  
「リンク!」  
 ああそうだ、リンクのその場所は形が違っていようがあたしが感じるその場所と同じように  
感じるはずで二人のその場所を触れ合わせてこそ二人の絆は完全になるんだと唐突に理解しつつも  
やっぱりこれではいけない、いけない、いけないと思ううちにもリンクのあれはあたしのあそこを  
押して、突いて、割って、そこに何ともいえないぞくぞくとした感触とともに鋭い痛みを感じて  
あたしは思わず叫んでしまう!  
「やめて!! お願い!!」  
 
 耳を貫くサリアの叫びが、すべての感覚を現実に戻す。  
 視覚。いままでも見ていたはずのものが、初めて見るものであるかのように、リンクの目を射る。  
真下にあるもの。深い青みを帯びた二つのつぶらな瞳。涙と怯えが溜まったサリアの目。  
 触覚。いたるところで触れ合う身体。腕。胴。脚。そしていつの間にか露出された股間。その  
中心で凝結する欲望の器官が、いまにもサリアの中心を攻め破らんばかりの位置に据えられていて。  
 弾かれたように身が浮く。  
 ぼくは……ぼくは……何をしようとしていたんだ?  
 セックス? サリアと? 子供のぼくが? 子供のサリアと? なぜ? ぼくは何を考えていた?  
ガノンドロフに奪われるくらいならいっそぼくがと? わけのわからないその激情を止めることも  
できないで? ぼくの気持ちを伝えもせずに? サリアの気持ちを確かめもせずに?  
 何ということを! ぼくはサリアを傷つけようとしていた! 自分勝手きわまりない理由で!  
 サリアを助けたいと思ったあげくの馬鹿げた行動。疲労が脳を麻痺させてしまっていたのか。  
けれどそれは何の言い訳にもならない。結果としてぼくがしようとしたことは、ガノンドロフが  
したことと全く同じじゃないか!  
 立ち上がる。ふらふらと。  
 上半身を起こしたサリアが、ずり下げられた半ズボンをそそくさと元に戻す。それを見て  
こちらもあたふたと下着を引き上げる。  
 何とみじめな自分!  
 サリアに何と言ったらいいのか。そもそもサリアに何か言うことがぼくに許されるのか。  
 許されるわけがない!  
 地に腰をつけたサリアから目を離せないまま、リンクの足は、一歩、二歩と後ずさった。  
 
 叫びは届いた、とサリアは悟る。  
 あたしを身震いさせたあの何かが、あたしに向かって一方的に投げかけられていたあの激しい  
感情が、リンクの目から消え去った。あたしの知っているリンクが戻ってきた。  
 よかったと安堵する間もなく、サリアは気づく。いまや別の新しい感情がリンクを支配している  
ことに。  
 リンクは悔いている。性急な行動を後悔している。そうだろう。そうあって欲しい。そうあって  
当然の行いだった。でも……でも……  
 あたしはリンクを拒んだ。『待って!』『だめよ!』『やめて!!』──確かにあたしはそう  
言った。だけど、そうじゃない。あたしの言いたかったのは、そんなことじゃない。だから……  
だからリンク……  
 リンクが立ち上がる。足が動く。一歩、二歩と後ずさる。  
 ああ、リンクが行こうとしている。また行ってしまおうとしている。いけない。いけない。  
まだ終わってない。あたしたちがしなければならないこと。あたしたちの絆! あたしたちの幸せ!  
 さらにリンクが後ずさる。それがサリアの胸を突く。いまにも身をひるがえそうとするリンクの  
動作を目が捉えるやいなや、サリアは再び叫んでいた。  
「行かないで!!」  
 
 サリアの再度の叫びが、リンクの動きを押しとどめる。  
 おそるおそるサリアを見る。地面にすわったサリアが、ぼくに必死の目を向けている。  
 ここにいろと? 何をしろと? そうだ、ぼくは逃げようとしていた。サリアに謝ろうとも  
せずに。何を言うのも許されないなどと理由をつけて。サリアはそれを責めているのか。  
責められてもしかたがない。どこまでも愚かな自分!  
「……ちょっと……びっくりしたけれど……」  
 静かなサリアの声が、リンクを驚かせる。  
「……でも……あたし……」  
 どうしてサリアはこんなに落ち着いて──  
「……ほんとは……いまみたいなこと……」  
 いったいサリアはぼくに何を──  
「……いやじゃないよ」  
 え──?  
「……だけど……ね?」  
 目に何かの思いを満たして、ほころぶサリアの口元。  
「……もっと優しくしてくれなくちゃ、だめじゃないの」  
 ああ、これだ。聞き分けのない子供を相手にするような、保護者めいた言葉。これがサリア!  
いつものサリア! ぼくが知るとおりのサリア!  
「ごめん!」  
 思わず叫ぶ。素直にうなだれる。そうせずにはいられないサリアのお小言。けれどそれは  
あくまでも温かくぼくを包んでくれて。  
「ううん」  
 サリアが軽く首を振る。口元の笑みが大きくなる。  
 こんなぼくをサリアは許してくれている。そのいたわり。その慈しみ。ぼくはどうしたら  
いいだろう。サリアの気持ちに、ぼくはどうしたら応えられるだろう。  
 そこで意識が動き出す。  
『いやじゃないよ』? 『もっと優しくしてくれなくちゃ』?  
 サリアが言いたいのは、サリアが求めているのは──と筋道を追い、真意をつかみかけて胸が  
大きく波立った瞬間、先回りするようにサリアが続ける。  
「あたしが言ったこと、覚えてる?」  
 サリアが言ったこと?  
「リンクに見せたいものがあるって……前に、言ったでしょ?」  
 ああ、サリアはそう言っていた。ぼくが旅立つ前、デクの樹サマが死んでしまう前、サリアは  
ぼくの所に来て、やけにおずおずと意味ありげな調子で……  
「いま……見てくれる?」  
 何を?  
 
 サリアが立ち上がる。腰に当てられた両手が胴の両側に下りる。半ズボンがすとんと下に落ちる。  
白い下着が目に飛びこみ同時に心臓が大きく収縮し、ベルトが緩んだままだったのにサリアは  
気がつかなかったのかと思った直後、サリアはブーツを脱いで半ズボンも脚から抜いてしまって、  
じゃあわかった上であんなことをしたことになるけれどいったいなぜという疑問が湧き上がる  
よりも前にサリアはベストを脱ぎセーターを脱ぎ上下とも下着になってしまいそれでもサリアは  
止まらないどころかいっそう手を速めとうとう下着も全部脱ぎ捨ててしまっていまサリアは  
ぼくの前に立っている!  
 言いようのない衝撃!  
 サリアの裸を見るのは初めてじゃない。水遊びの時などに何度も見たことがある。なのに  
どうしてぼくはこれほどサリアの裸に動揺するのかというとぼくは大人の時に女性の裸という  
ものの持つ意味を知ってしまっているからで、いや、サリアは子供じゃないかと思い直す間もなく  
ぼくはいま目の前にある──  
「……見て……全部……」  
 ──サリアの全部を見てしまってほのかにふくらんだ胸(!)と淡い恥毛(!)をも見て  
しまってびっくりしてしまって、前はこうじゃなかった、胸は平たくてあそこの丘はつるつるで  
他の女の子と同じだったのにいつの間にサリアは大人の、ああそうだ、サリアはいま大人の入口に  
立っているんだ、サリアはぼくより一つ年上だから先に大人になり始めたんだ、いや、それは  
おかしい、仲間の中にはサリアよりも早く生まれた女の子だっているのになぜサリアだけが  
そんなふうになるのか、コキリ族は大人にならない種族だからそんなことがあるはずはないのに  
なぜサリアだけがそうなるのか全然わからないけれど──  
「……これが……あたしなの……」  
 ──サリアの言うとおりぼくがいま見ているのがサリアのほんとうの姿で、それは素晴らしく  
きれいで身体の内から命が弾みだしてきそうなほど生き生きとしていて、ぼくはこれまで成熟した  
大人の女性しか知らなかったけれど大人になり始めのサリアの素晴らしさがわかってそれがとても  
感動を呼んでいて、だけどどうしてサリアはその姿をぼくに見せたいと思ったんだろう、あ!  
そうか、さっきのようなことがいやじゃないというのはやっぱりそういうつもりだったのか、でも  
いくら大人になり始めといってもサリアはまだまだ幼いしぼくはそれよりももっと子供なのに──  
「……リンクも……見せて……」  
 ──サリアはぼくを見たがっている、ぼくを求めている、いいんだろうか、ほんとうにそれで  
いいんだろうか、迷う、迷う、迷う前に自分がどう思っているのかを確かめろ、ぼくはどうしたい?  
サリアとどうなりたい? 確かめるまでもない、ぼくはサリアを抱きたい、サリアと結ばれたいと  
思っていて、二人が望むならそうするのが自然なことだとアンジュも言っていたじゃないか、  
ぼくたちが子供だなんて関係ないんだ、そうするのが自然だしそうしなければならないとまで  
ぼくは思っていて、なぜならそうすることこそがサリアを救うことになるからという不思議な  
確信がぼくの中に生まれているからで、さっきぼくがそうしかかったのも実はその確信がすでに  
あったからで、ただ途中のやり方が間違っていて、けれどいまはサリアが正しいやり方を示して  
くれているんだからぼくはサリアの言うとおりにするべきなんだ!  
 
 暮れなずむ空を彩る残光が静かに触れかかる中で、リンクは衣服を脱ぎ去った。  
 二つの幼い裸体が自然に向かい合い、自然に近づき、自然に重なり、互いの腕が自然に互いを  
抱き、互いの目が自然に互いを見、そして互いの唇が再び──今度は自然に──触れ合った。  
 こうでなければならなかったんだ。ぼくたちにとってこの上もなく大切な、あの別れの時の  
触れ合いを、このように再現してこそ、ぼくたちは次に進むことができるんだ。  
 陶酔にうち震えながらも、自分がわずかに首をのけぞらせているのに気づく。  
 ああ、サリアは背が伸びたんだ。前はほとんど同じ身長だったのに、いまはサリアの方が  
ぼくより少しだけ背が高いんだ。サリアは大人になり始めているから。  
 その証の別の一つを、ぼくは別の所でも感じている。ぴったりと合わさった二人の胸。ぼくの  
胸は押されている。サリアの胸に。ほんのりとふくらんだサリアの胸に。  
 いったん縮んでしまったぼくの男の部分が、またよみがえって、子供だというのに、硬く、  
声高に、あるべきものを求めていて、それは密着した二人の下半身の間で、サリアの下腹に  
押しつけられていて、サリアはそれを感じているはずで……  
 脚の力を抜く。同時にサリアの脚の力も抜ける。言葉もないのに、まるで示し合わせたように  
意図は一致していて、自然に、自然に、ぼくたちは草の上に横たわる。  
 唇を合わせたまま、手でサリアの肌をさぐる。すべすべの表面。ほっそりとした単純な曲面。  
仰向けだと二つの胸はほとんど隆起を失っている。しかしそこはやはり大人の兆しを秘め、手には  
確かな弾力が伝わってくる。  
 片側の胸の頂点に、指の腹をのせる。サリアが大きくため息をつく。そっと撫でてみる。  
指の下で小さな粒が固まり始める。サリアの息が深くなる。もう片側でも同じように、先端を  
尖らせる。サリアの息が速くなる。目はしっかりと閉じられて。けれども胸は大きく上下して。  
 唇に舌を触れさせる。サリアは自ら口を開く。その誘いに従うと、今度はサリアも舌を送ってくる。  
サリアの口の中で、ぼくの口の中で、そして二人の口の間で、二人の舌は絡み合う。絡むにつれ、  
ぼくの指の下で二つの乳首が硬さを増してゆく。  
「……は……ぁッ……」  
 とうとうサリアが声を漏らす。いままで我慢していたんだろうか。声を出すのが恥ずかし  
かったんだろうか。我慢なんかすることはないんだ。恥ずかしくなんかないんだ。だからサリア、  
もっと、もっと──!  
 
 あたしがずっと求めていた唇の触れ合い。さっき片鱗を感じて、いまはもっと深く感じていて、  
幸せ、幸せ、これ以上の幸せはない、ないはずなのにあたしはもうそれだけでは収まらなくて、  
身体のあらゆる部分でリンクを感じたくて、素肌をつけて、舌を絡み合わせて、二つの胸を  
触られて、嬉しくて、気持ちがよくて、そうなの、とても気持ちがよくて、声が出るほど気持ちが  
よくて、それでもまだ足りなくて、もっともっと気持ちよくなりたくて、そうなるためには  
どうしたらいいのかあたしにはもうわかっていて、わかっていながらこれまで自分ではやらなかった  
そのことを、幸せを分かち合うためにはどうしてもリンクにしてもらわなければならないその  
ことを、どうかリンクにして欲しい、早くして欲しい、欲しい、欲しい、リンクが欲しい、  
リンクが欲しい、あたしはリンクが欲しい、だからリンク、もっと、もっと──!  
 リンクの手が胸から離れる。少しずつ、少しずつ、下がってゆく。そうよ、そっちよ、下の方、  
もっと下の方、あたしの脚の間、窪みの奥、じんじんとうずいて感じて痺れて灼かれている  
あたしの中心、あたしが触れたくて、でもまだ触れたことのない、リンクしか触れちゃいけない  
そこ、そこ、そこに早く、早く、早く触れて欲しいのに、リンクの手はその直前で止まって、  
まばらに生えた毛をさわさわと弄んだりして、そんなにそれがいいのかしら、そんなにあたしの  
恥ずかしいものに触りたいのかしら、でもリンクが触ってくれるなら恥ずかしくなんかないんだ、  
ないんだけれどやっぱりあたしがいちばん触って欲しいのは別の所だからお願いそっちに、  
そっちに、そっちにやっとリンクの手が、窪みの上に、中に、奥に、いつの、間にか、あの時の、  
ように、じんわりと、濡れた、その、場所に、とうとう、リンクが、指を、ひたして、ああ、  
とても、気持ち、いい、リンク、いい、いいの、いいわ、いいけれど、もう、ちょっと、だけ、  
あたしの、あたしの、ほんとに、感じたい、所に、どうか、どうか、近づいて、触れて、  
ちょうだい、リンク、触れて、そう、そこ、そこ! そこ!!  
 
「ぅあ! あんッ!」  
 弾けるサリアの声。跳ねるサリアの腰。固まるサリアの全身。  
 サリアは感じている、こんなに幼い身体でも感じている、なぜならサリアは女だから、幼くても  
サリアは女だから、もうこんなに濡らして、女の快感をはっきりと主張して、その快感の原点を  
ぼくはそっと、そっと、撫でて、押して、こすって──  
 
 そこ! そこ! そこをついにリンクに触れられて、やっぱりそこだったんだ、やっぱりそこが  
いちばんいい、いちばん気持ちいい場所なんだ、気持ちいい、気持ちいい、ほんとにほんとに  
気持ちいい、止まらない、恥ずかしい声が止まらない、いいえ恥ずかしくなんかないんだったわ、  
リンクになら、リンクになら、何を聞かれたってかまわない、だからもっと、もっと、もっと  
もっともっと触って、触って、触って、リンクの手で、リンクの指で、触ってもらえてこんなに  
あたしは嬉しいの!  
 
 そうだよ我慢しなくていい、ぼくはサリアの声を聞いていたいから、サリアが感じているのが  
嬉しいから、ぼくの手でサリアが感じてくれているとわかって嬉しいから、どうか好きなだけ声を  
出して、でもそれだとぼくは唇に触れられない、だからぼくは口を他の場所に、頬に、首に、肩に、  
胸に──  
「はぁッ! あ……ぅッ!」  
 噴き出すサリアの声、それをわくわくと聞きながら、乳房とも言えない未熟なふくらみの先端で、  
そこだけは硬く持ち上がった右の、そして左の粒にぼくは口をつけて、舐めて、吸って──  
 
 吸われてる、あたしはリンクに胸を吸われてる、この心地よさ、この暖かさ、まるであたしの  
胸はいまこの時リンクに吸われるためにふくらんできたんだと思えるくらいに、そうよ、それ  
以外の理由なんてありはしない、だからリンク、吸って、吸って、あたしの胸を吸いつくして!  
 
 吸って、吸って、吸いつくして、けれどまだ終わらないで、手でサリアの中心を探りながら、  
サリアの横に置いた身を逆に向けながら、ぼくは口をさらに下へ、下へと移して、柔らかい腹、  
窪んだ臍、緩やかに盛り上がった恥丘とそこに薄く芽生えた大人のしるしを唇で追って、確かめて、  
そしてさらに──  
 
 来る、リンクが来る、リンクの口が下に来る、嘘でしょ? 嘘でしょ? まさかそんな所に口を  
つけたりはしないよね? ね? ね? でもリンクの口は止まらない。するの? ほんとに?  
信じられない、でも触られるだけでこれほど気持ちいいんだから口づけられたらもっと気持ちが  
いいに違いない、だからいいよリンク、好きなようにして、リンクになら何をされたってあたしは──  
 
「あ! あぁあ! ぁああぁあ!」  
 そこに口をつけた瞬間、サリアの喉から抑揚の乱れた叫びが飛び出す。がくがく揺れる腰を  
両手で抱きとめ、ぼくはしっかりと口をとどめて、唇で、舌で、歯で、サリアのその場所を、  
限りなく清く熱く紅く美しいその場所を、ひたすらに、ただひたすらに感じ、味わい、いとおしみ、  
凝縮した小さな塊を沸きたたせ、震える襞を左右に分け、ひくひくと痙攣する奥の入口を、そっと、  
そっと、広げてやり──  
 
 ああ! ああ! これほどだったなんて! リンクの口をそこに受けるのがこれほどのこと  
だったなんて! 気持ちがいいどころじゃない、でも何て言ったらいいのかわからない、  
わからないほどすごい、ものすごい!  
 ここまであたしにしてくれるリンク、そのリンクにあたしはどうしたらいい?  
 ずっと固く閉じていた目をあける。すぐ前にリンクのそれがある。あたしの横で、あたしと  
反対向きになって、あたしのそこに口をつけているリンクの、男の部分!  
 さっき思った。リンクのその場所は形が違っていようがあたしが感じるその場所と同じように  
感じるはず。だからあたしはこうしなくちゃいけない!  
 
「ぉあ!!」  
 何だ? どうした? ぼくのあの部分が突然何かに、熱い何かに包まれて、何かに、何かに、  
そうだ、サリアの口に、サリアの口がぼくを含んで、ぼくがサリアにしているのと同じことを  
サリアもぼくにしてくれて、ああサリア、感じる、感じるよ、感じすぎるよ、おかしい、何か  
おかしい、そこを口に含まれるのは初めてじゃないのに、いまのこの感じはいままでとは比べものに  
ならないほど激しくて──  
 
 リンクは感じてる、やっぱりそこで感じてる、かわいいそこで、毛も生えていないそこで、  
けれど男らしくかちかちにいきり立ったそこで、幼いながらも精いっぱいに感じてる、もっと  
感じて、もっともっと感じて、あたしが舐めてあげる、あたしが吸ってあげる、でもリンク、  
感じてばかりいないであたしも感じさせて、もっと感じさせて、もっともっと感じさせて!  
 
 どうしたんだろう、どうしてぼくはこんなに敏感になってしまったんだろう、ともかくサリアが  
ここまでぼくにしてくれるのならぼくもそれに応えないと、だからいままで以上に口で、口を  
使ってサリアを感じさせてあげる、こうやって、こうやって、ああ、サリアが呻いている、ぼくを  
含んだまま呻いている、感じてくれている、ぼくを感じてくれている、でもサリアの口の動きも  
速くなる、速くなってぼくはますます感じる、感じてしまう、このままだと、このままだと  
最後までいってしまう、ここでいっちゃいけない、ぼく一人だけでいっちゃいけない、いけない  
からサリア、もう、もう──!  
 
 出し抜けにリンクが口を離す、身を動かす、大きく息をつく、何が起こるのかがわかって  
あたしも口を離す、リンクが向きを変える、あたしの上にくる、あたしの上に重なってくる、  
やっぱりそうなんだわ、あたしが思ったとおり二人がいちばん感じる部分を合わせるその時が、  
さっきみたいに無理やりじゃなく二人が心から望んでそうする時がきたんだわ、いいわリンク、  
そうして、そうして、あたしはもう拒まない、だってそうして欲しいから、リンクにそうして  
欲しいから、ああ、もう触れている、リンクのあれがあたしのそこに触れている、硬い、硬い  
リンクの男の部分が、待ち焦がれるあたしの女の部分に、もうぴったりと触れている!  
 
 もうぴったりと触れていて、これからぼくはサリアと、ついにサリアと、でも気をつけないと、  
サリアは初めてだ、間違いない、ぼくは言われた、できるだけ優しくしてあげること、誰の言葉  
だったか思い出せない、それくらいぼくは興奮している、だけど優しくすることだけは忘れちゃ  
いけない、口で広げてやったけれどそれで大丈夫だろうか、でも、ああ、もう我慢できない──!  
 
 そっと、そっと、進めて──そっと、そっと、受け入れて──  
 じきに進まなくなって──じきに受け入れられなくなって──  
 もっと力を入れていいんだろうか──もっと力を入れていいのよ──  
 いいんだろうか──いいのよ──  
 いいの?──いいの──  
 いいんだね?──いいわ!  
 いくよ!──きて!  
 
 突き入れる!  
 受け止める!  
 
 この結ぼれの何という──!  
 
 ぼくはサリアの中にいる。  
 リンクはあたしの中にいる。  
 とうとうひとつになった、ぼくたち/あたしたち!  
 
 でもどうしたんだぼくは、この圧倒的な快感、サリアの口に含まれた時と同じように、もう  
何度も経験したはずのこの感覚が、いまはなぜか、なぜか、生まれて初めて感じるもののように、  
生まれて初めて、初めて、初めて、そうだ、初めてなんだ、記憶はそうでなくても身体は初めて  
なんだ、子供に戻ったぼくはいま初めての体験をしているんだ、初めての交わりを、サリアと、  
サリアと、サリアと!  
 
 痛い、痛いけれどこの圧倒的な充実感、リンクと繋がるこの絆、リンクと繋がるこの幸せ、  
あたしが求めてきた、ずっと、ずっと、求めてきたこの感じ、どんどん強くなってくるこの感じ、  
生まれて初めて持ったこれほどの絶大な感じ、生まれて初めて、初めて、初めて、そう、いま  
初めての体験を、初めての交わりを、リンクと、リンクと、リンクと!  
 
 
 リンクは果てた。同時にサリアが身を固く引き絞るのが感じられ、サリアもまた絶頂したことが  
わかった。あるべき動きもなく、あっけないと言わざるを得ない幕切れだったが、ただ互いの  
中心を深く接し合わせるだけで達することができたのは、二人の結びつきがこの上なく純粋だった  
からなのだ、と、薄れる意識の中でリンクは思った。  
 それで充分だった。  
 
 最後になって訪れた、それまでの快感をはるかに凌駕する爆発的な感覚に、サリアの意識は  
激しくうち震え、乱れ飛び、浮き漂い、そして静かに沈澱していった。  
 サリアが我に返った時、まだリンクは上にいた。動かなかった。眠ってしまっているようだった。  
『やっぱり、疲れていたんだわ』  
 サリアは微笑んだ。リンクの重みがずっしりと身体にかかっていたが、苦痛だとは思わなかった。  
むしろその重みを自分の身に感じられるのが嬉しく、それを逃がすまいと、サリアはリンクの背に  
両腕をまわし、優しく抱きしめた。  
 すでに日は暮れ落ち、森は深く夜の帳に包まれていた。正円にはわずかに足らない、しかし  
明るみはもう充分な月が、東の樹林の上に姿を現し、二人が横たわる『森の聖域』に、清く  
静やかな光を投げかけていた。空気は爽涼とし、皮膚が熱しているうちは快かったが、時が経つに  
つれ、裸の身にはいくぶん冷たく感じられるようになった。が、触れているリンクの温かみが、  
それを補って余りあった。  
 リンクの男の部分は、サリアの中に収まったままだった。張りつめた硬さは失われていたものの、  
自分の方が収縮して押し包むことができるので、入ってきた時と同じ充実した気分を、サリアは  
味わうことができた。痛みはすでに消え、その分、より満ち足りた気持ちになれた。  
 これであたしとリンクの絆は完全になったのだろうか。  
 なったのだ──と思う。  
 あたしが究極の快感を得るのと同時に、リンクはあたしの中で何度も大きく脈打った。あれは  
あたしとリンクが同じ幸せを分かち合った証拠。  
 では使命は? これであたしの使命は果たされた?  
 それには確信が持てない。まだわからないことがある。  
 思い出す。旅立つ前のリンクの言葉。  
『何か悪いことが起ころうとしている』  
 悪いこと。デクの樹サマの死もそのせいなのだ、とリンクは言い、『外の世界』へと旅立った。  
悪と戦う使命を持って。  
 悪とは何か。その正体は何か。リンクはどのように戦っているのか。どのように使命を果たすのか。  
そして、あたし自身の使命が、そこにどうかかわるのか……  
 その時、リンクの身体が動いた。  
 
 気がつくと、サリアが下にいた。微笑みに微笑みを返し、けれどもなおぼんやりと余韻を味わう  
うち、サリアの腕が背にまわされているのを知り、さらに自分がサリアに全体重を預けてしまって  
いることがわかって、リンクの意識はにわかに明らかとなった。  
「ごめんよ、重かっただろう?」  
 あわてて腕で身体を浮かせる。  
「ううん、そんなことないよ」  
 微笑みを絶やすことなくサリアの首が横に振られ、その手が名残惜しげにリンクの腕を撫でた。  
リンクもサリアから離れたくはなかったが、サリアを圧迫する体勢のままでいるわけにはいかなかった。  
 腰を引くと、力を失った陰茎がサリアの膣から抜け落ちた。  
 ぼくは射精していないんだな、子供だから当然だけれど──と思った直後、リンクはぎくりとした。  
 陰茎が血に染まっていた。血はサリアの陰部にもこびりついていた。  
「あの……痛かった……?」  
 おずおずと訊く。  
「ううん」  
 またサリアが首を振る。  
「ちょっと痛かったけれど……でも、大丈夫」  
 声が落ちる。  
「リンクが……優しくしてくれたから……」  
 急に胸が熱くなった。何か言いたかったが、何を言ったらいいのかわからなかった。  
 傍らに身を落とし、横になってサリアを見つめる。サリアも横を向いてこちらを見つめている。  
そのまま互いを抱き、唇を触れ合わせる。徐々に意識が遠ざかる。  
「ね、リンク?」  
「……え?」  
「訊きたいことが──」  
「……何を?」  
「……ううん、いいわ。あとで……」  
「……いいの?」  
「うん、あとで……だから……ゆっくり……休んで……」  
「……ああ……」  
 目を閉じる。深く、深く、心は落ち着く。サリアを抱いて、サリアに抱かれて、それ以上の  
なにごともなく、それだけで満足だった。  
 
 
 目が覚めたのは明け方だった。東の空はすでに白く、夜の間は沈黙していた鳥たちが、一日の  
始まりのさえずりを交わし合っていた。  
 腕の中のサリアは、目を閉じ、口をわずかに開いて、安らかな寝息をたてていた。唇に軽く  
キスしてみる。寝息の調子は変わらなかった。  
 背にかかるサリアの腕をゆっくりとはずし、リンクは上体を起こした。大きく伸びをし、筋肉の  
凝りを解きほぐす。疲労は残っているものの、一夜の安息が自分に新たな活力をもたらしてくれて  
いると実感された。  
 リンクは不意に身震いした。サリアと肌を合わせている間は気づかなかったが、朝の空気は  
さえざえしくも冷ややかで、裸のままではいささか問題がありそうだった。  
 サリアに目を戻す。まだ目覚める様子はない。  
 揺り起こそうとして、血のついた陰茎が目に入った。ハンカチ代わりに使っている布を取り出し、  
草上の朝露を浸して、血を拭った。次いでサリアの身体を仰向けにし、同じく血に彩られた部分を、  
そっと拭いてやる。  
 サリアが身を動かし、目をあけた。首を上げ、リンクの行動を眺めている。みるみるうちに  
顔面が紅潮する。両脚がぎゅっと閉じられ、手をはさまれてしまう。  
「いいから」  
 軽く笑いかけ、待つうちに、脚の力は緩んだ。リンクは再び手を動かした。サリアはじっと  
黙ってその動きを受け入れていたが、ほどなく行動を終えたリンクに、  
「……ありがと」  
 とささやくように言うと、両手を肩にやって、恥ずかしげに目を伏せた。  
 リンクはあたりに散らばった服を集め、サリアに手渡した。  
「冷えるよ」  
 小さく頷き、サリアは服を身に着け始めた。リンクも自分の服を手に取った。  
 着衣した二人は、草の上に並んですわった。互いを見るでもなく、腕が触れ合う以上の接触も  
なく、言葉さえない二人だったが、リンクにとっては実に心温まる時間であり、それはサリアに  
とっても同じに違いないと、リンクは思った。  
 しかしその時間も、長くは続かなかった。  
 
「訊いていい?」  
 ぽつりと言葉が漏らされた。横を見ると、サリアが真剣な表情をこちらに向けていた。  
「なに?」  
 促しつつ、昨晩サリアが自分に何かを問いかけようとしていたことを、リンクは思い出した。  
「リンクは……『外の世界』で、何を見てきたの?」  
 瞬間、さまざまなことがらが頭の中を飛び交った。  
 何と言おう。どう言ったらいいだろう。  
 整理がつかないまま、つっかえながらも、リンクは言葉を並べていった。  
「サリアに……どうしても伝えないといけないことがあって……ぼくは来たんだけれど……前にも  
言ったように……デクの樹サマが死んだ、その大本の……悪と……ガノンドロフという奴と……  
ぼくは戦わなきゃならない、でも……でもそいつは……とてつもなく強大で……世界を暗黒に  
落としこもうとしていて……コキリの森も……それに巻きこまれてしまうんだ」  
 サリアが性急に口をはさんだ。  
「コキリの森が? どうなるの?」  
「……全部……燃えてしまう」  
 息を呑むサリア。ややあって、震える声がした。  
「……いつ?」  
 いつだろう。正確な時期はわからない。シークも知らなかった。だが、おおよそ──  
「二、三年のうちに」  
 沈黙が場に張りつめた。しばしの間をおいて、サリアが沈黙を破る。  
「どうしてリンクにそれがわかるの?」  
 答えようとして、詰まってしまう。七年間の封印。過去への旅。そんなことを話しても  
サリアには理解できないだろう。  
「うまく言えないけれど、でもほんとうなんだ。だから……だからサリア、そうなったら……いや、  
そうならないうちに、サリアも、他のみんなも、どうにかして身を守るんだ。ガノンドロフに  
見つからないように、どうにかして──」  
「どうにかって……どうしたらいいの?」  
「どこか……安全な所に隠れて──」  
「どこ? 森にそんな所がある?」  
「森はだめだ。全部燃えてしまうから」  
「でも、あたしたち、森の外へは出られないよ」  
「あ──」  
 そうだった。コキリ族は森の外へは出られない。けれどもそれはデクの樹サマが障壁を築いて  
いたからで、その障壁もいまはなくて、出ようと思えば外に出られるはずで、だけど出てしまったら  
どんなことになるのかわからない、そんな危険を冒すわけには……いや、それでも……いや、  
やっぱり……  
 どうしたらいいだろう、どうしたらいいだろう、その時に至ってサリアがどう行動したら  
いいのか、ぼくはサリアに教えてやれない、でもサリアを死なせちゃいけない、サリアはぼくに  
とってかけがえのない存在だから、いや、それだけじゃない、サリアは賢者だから、『森の賢者』  
だから──  
 賢者?  
 連想が脳を刺激する。  
「……神殿……」  
「え?」  
「そうだ! 神殿!」  
 思わず立ち上がってしまっていた。目の前にある廃墟。森の神殿!  
「この神殿だけは焼け残るんだ。賢者と神殿は深い関わりがある。だからサリア、火事が  
起こったらこの神殿に身を隠すんだ。サリアは賢者なんだから!」  
「賢者?」  
「そう、サリアは『森の賢者』なんだ! サリアは無事でいなくちゃならない! ぼくがここに  
戻ってくるまで! そしてもう一度会えたら、サリアは賢者として目覚めることになるんだ!  
ぼくが悪を打ち倒すためには、使命を果たすためには、それが絶対に必要なことなんだ!」  
 
 興奮しきったリンクの言葉を、サリアは茫然と聞いていた。細かいことは理解できなかった。  
が、リンクが自分に求めていること、自分がしなければならないことだけは、深くサリアの腑に  
落ちた。ずっと抱いてきた疑問への回答であったから。  
「わかった」  
 きっぱりと言う。  
「森が火事になったら、神殿に身を隠す。そうして、リンクが来るのを待つ。それでいいのね?」  
「そう」  
 力強く頷くリンク。その雄々しい表情に打たれながらも、サリアの心は寂寥の気に満ちた。  
 リンクがここに戻ってくるまで、ということは……  
「リンクは……また、行っちゃうのね……」  
 卒然と我に返ったような顔になり、リンクはうつむいた。興奮の色は消えていた。しかしその目は、  
遠い何かを、いまでは自分にもうかがい知ることのできる強固な意志の行き着く先を、はっきりと  
見ているのだ、と、サリアは悟った。  
 リンクは行く。悪と戦う使命を持って。  
「いつ、戻ってくるの?」  
 うつむいたまま、リンクが言う。  
「七年後」  
 七年!  
 何とはるかな未来! 想像もつかないほどの!  
 でも……  
「待つわ」  
 そうしなければならない。  
「あたし……いつまでも……待ってるから……」  
 立ち上がる。向かい合う。  
「……だから……必ず……戻ってきてね」  
 リンクが目を上げる。  
「必ず」  
 短い、けれども明確なリンクの言葉。  
 ひと月前の別れの時、リンクは帰ってくると言い、そして帰ってきてくれた。だからいまの  
リンクの言葉も、あたしは信じられる。  
 
 リンクの手が肩に置かれる。  
「家まで行こう」  
 サリアは首を振る。  
「あたし……もう少し、ここにいるわ」  
 何か言いたげな様子を保っていたリンクだったが、やがて肩から手をはずすと、小さく呟いた。  
「じゃあ……」  
 リンクの足が、数歩、後ろへ下がる。そこで止まる。  
 見つめ合う。見つめ合う。時はさらさらと流れてゆく。  
 切なげなリンクの表情が、しんみりとほころび、静かな声を送り出す。  
「ゆうべは、とても幸せだったよ」  
 想いが胸にこみ上げる。声を出せない。出せないうちに、リンクの表情は引き締まる。背が  
向けられる。駆け出してゆく。視野から姿が消える。足音が遠ざかる。じきにそれも聞こえなくなる。  
 限りなく静謐な空間に、サリアはひとり立ちつくした。  
 ふと足元に落ちた目が、草の上に残されたものを捉える。拾い上げる。  
 血の染みついた布きれ。  
 あたしの血。あたしの初めての証。あたしが初めてリンクを身体の中に迎え入れたしるし。  
 サリアは思う。  
 リンクがここに帰ってきたのは、森に迫る危険をあたしに伝えようという、それだけの意図  
だったのだろうか。  
 そうだったかもしれない。リンクにとって、あたしとの交わりは、ただの突発的なできごとに  
過ぎなかったのかもしれない。  
 それでも──とサリアは確信する。  
 リンクは幸せだったと言ってくれた! あたしはその証拠をあたし自身の身体で感じ取った!  
そしてあたしも同じ幸せを得た! あれは確かにあたしたち二人の至上の幸せだった!  
 けれど、それだけでない。いまのあたしにはわかる。  
 あたしとリンクの交わりには、何かの意味がある。リンクの幸せ、あたしの幸せ、あたしたち  
二人の幸せであるばかりではなく、リンクの使命、そしてあたし自身の使命にとって、重要な  
意味のある、必要不可欠な儀式だったのだ。  
 リンクの使命。それは世界を滅ぼそうとする悪と戦い、それを打ち倒すこと。  
 あたしの使命は? 『森の賢者』としての、あたしの使命は?  
 リンクを待つこと! 七年間!  
 あたしたちの使命は、まだ果たされていない。果たされるのは七年後。では七年後に何が  
起こるのか。あの儀式にはどういう意味があったのか。  
 わからない。わからないけれど……  
 あたしがいま立っている『森の聖域』。あたしとリンクの二人にとって、とても大事な場所。  
二人が初めての体験をした、大事な、大事な場所。  
 そして、目の前に建つ神殿こそが、最も大事な場所になる。  
 それまで古びた廃墟としか見えていなかった建造物が、にわかに壮絶な重みをもって、身に  
のしかかってくるような気がした。その重みに耐え、自らの使命を全うする決意を固めながら、  
一方で、自分は幸せを幸せのみとして生きることはかなわなくなったのだ、という蕭条とした  
思いをも、サリアは胸に抱いていた。  
 
 迷いの森を抜け、リンクは仲間たちが暮らす開けた土地に戻った。  
 できるだけ人目には触れたくなかった。  
 仲間に会ってしまうと、デクの樹サマの死のことや、自分のこれまでの行動について、面倒な  
話をしなくてはならなくなるかもしれない。  
 早朝とあってか、あたりに人影はなかった。リンクは安堵した。  
 森の出口へ向かおうとして、気が変わり、自分の家に行ってみた。高い樹の中ほどに、  
しがみつくように建てられた家は、リンクの記憶にあるそれと、全く違っていなかった。ここも  
数年後には焼けてなくなってしまうのだ、と思うと、無性に寂しくなり、リンクは梯子を登って、  
家の中へ入った。そこはやはり、リンクが森を去った時と同じ状態だった。  
 ベッドに腰を下ろすと、思いが胸に湧き上がってきた。  
 神殿に身を隠せ、とサリアには言ったが……ほんとうにそれで大丈夫なのだろうか。焼け残る  
はずの建物とはいえ、出入りは自由だ。ガノンドロフに襲われたら、神殿の中にいても安全とは  
言い切れない。その危険を乗り切ったとしても、森が全焼してしまったあと、どうやって生きて  
ゆけばいいか。  
 ぼくがサリアについていてやれたら!  
 けれども、そうはできないのだ。ぼくには使命がある。サリア以外の賢者をも、ぼくは  
救わなければならない。  
 不安と焦燥を覚えながら、しかし自分の中に奇妙な楽観が居座っていることを、リンクは  
感じ取った。  
 あの確信。サリアと結ばれることがサリアを救うことになるという不思議な確信。  
 理由はわからない。わからないが……  
 サリアが賢者であることと、これは何か関連しているのだろうか。子供のぼくに賢者を  
覚醒させることはできない、とシークは言った。事実、サリアは賢者として目覚めてはいない。  
いないはずだ。そんな様子はなかった。なかったが……  
 リンクは頭を振った。  
 いま考えてみても始まらない。サリアが無事でいられるかどうかは、七年後の未来に帰って  
みればわかることだ。  
 家を出て、梯子を降りる。地面に立ち、向きを変えたところで、リンクの動きは止まった。  
 ミドが立っていた。  
 
 ミドは無言でこちらを睨みつけている。リンクも沈黙を保つ。  
 やがてミドがぶっきらぼうに口を切った。  
「どこへ行ってたんだよ?」  
 リンクは答えなかった。ミドに説明してもとうていわかりはすまい、と思ったからだった。  
いらついたように、ミドの声が大きくなる。  
「サリアに会ったのか?」  
 どきりとした。どうしようかと迷ったが、結局、正直に返答した。  
「うん」  
「また行っちまうのか?」  
 重ねてミドが問う。  
「うん」  
 やはり正直に答える。  
 しばらく黙っていたミドが、低く声を絞り出した。  
「二度と帰ってくるなよ」  
 はっとする。  
「サリアを幸せにできないなら、二度と森へは帰ってくるな!」  
 続けて大きく叫びをあげると、ミドはいきなり背を向け、走り去った。その後ろ姿は、あっと  
いう間に木立の中へ消えていった。  
 
 リンクは佇んだまま、ミドの言葉を心の中で反芻した。  
 厳しいミドの言葉。しかしその裏にある意味はわかる。  
『サリアを幸せにできないなら』  
 では、ぼくがサリアを幸せにできるのであれば……  
 そこへ勃然と疑問が湧き起こる。  
 できるのだろうか。  
 ゆうべの交わりが、ぼくの幸せであったのと同じく、サリアの幸せでもあったことは、疑いない。  
だが、この先、賢者としての使命を負い、七年間を生きてゆかねばならないサリアの運命は、  
そして七年後、賢者としての覚醒を──ぼくにそれができたとして──成し遂げたのちのサリアの  
運命は、果たして幸せと言えるだろうか。  
 サリアという一人の人間にとって。  
 考えたこともなかった、重い命題。  
『それでもぼくは、なすべきことをなさなければならない』  
 リンクは思い定める。  
 賢者の運命、それもまた、おのれに課された使命の一環なのだ──と。  
 
 
To be continued.  
 

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