この七年前の世界に戻って、最初にどの賢者のもとを訪れるか、と考えた時、ぼくは迷わず  
サリアを選んだ。個人的な感情が影響していたのは事実だが、その選択をぼくは後悔しては  
いないし、それでよかったのだといまでも確信している。  
 ただ──と、リンクは足を進めながら思った。コキリの森を出て、ハイラル平原を北へと  
向かい始めたところだった。  
 城下町から遠く離れたコキリの森を最初に訪れたことで、日数を費やしてしまった。シークの  
話では、ゼルダがハイラル城を脱出してから一週間後に、ゲルド族の反乱が勃発したという。  
今日はぼくが城下町を発ってから──つまりゼルダの失踪から──六日目だ。明日には反乱が  
始まってしまう。これからの行動が難しくなるだろう。反乱さえなければ、じっくりと各地を  
まわることができるのだが……  
「あッ!」  
 思わず声が出る。足が止まる。  
 ぼくは何て馬鹿なんだ! 反乱は防げたはずなのに!  
 この世界に戻ってすぐ、誰かに──そう、時の神殿を見張っていた兵士にでも──ガノンドロフの  
目論見を伝えて、奴の動きを抑えておけばよかったんだ。そうすればこれからの旅も楽になって──  
いや、それどころか! ガノンドロフが世界を支配し、賢者全員を殺してしまう、という歴史  
そのものが、大きく変わっていたに違いない! どうしてこんなことに気づかなかったんだろう!  
 自分の迂闊さを呪ったが、いまさら悔やんでもしかたがない。  
 無理やり頭を切り替えて、今後の方針を考える。  
 反乱による危険は覚悟の上で、この世界にとどまり、賢者との出会いを図るか。それとも……  
 過去で賢者を救う目途が立ったら、賢者全員に会わないうちであっても、いったん七年後の  
世界に帰ってくるように──とシークには言われている。森の神殿に隠れてガノンドロフの襲撃を  
避けろ、とサリアに伝えたが、それがうまくいくのかどうか、早く確かめたい。だが未来に帰る  
ためには時の神殿へ行かなければならない。反乱の真っ只中にある城下町に入るのは至難の業だろう。  
 考えた末、リンクは結論を出した。  
 ともかく城下町の様子を探ってみよう。町に潜入できるようなら未来に帰る。無理であれば  
ここにとどまる。  
 では、どこで様子を探るか。できるだけ城下町に近い場所がいい。しかも反乱の影響を直接  
受けないような場所。  
 さらに思考をめぐらし、格好の地を思いつく。  
 ロンロン牧場。  
 封印前に牧場を訪ねた時、城下町までは馬車で半日くらい、とマロンは言っていた。町の様子は  
早く伝わるだろう。また七年後の世界でマロンから聞いた限りでは、反乱時に牧場が大きな被害を  
受けたわけでもなかったようだ。  
 心を決め、ハイラル平原の中央部へと、リンクは足を急がせていった。  
 
 
 疲れもあって、コキリの森へ向かった時ほどの速度はさすがに保てなかったが、それでも夜を  
日に継いでの旅を続け、森を出てから五日後の昼前、リンクはロンロン牧場に到着した。そこは  
ハイラル平原の最高地点で、上り下りの斜面が入れ替わる境目となっており、それまで目にする  
ことができなかった、平原の北方を見渡せる。リンクは牧場の門の前で立ち止まり、城下町のある  
北の方角を注視した。  
 町を出てから十一日目。反乱は四日前に始まっている。何か状況がわかるか、と思って目を  
凝らしてみるが、変わったところはない。穏やかな野の風景が広がっているばかりだ。  
 ここからは城下町を直接見ることはできない。事情を知る人の話を聞いた方がいいだろう。  
 門をくぐり、細い道を左に折れる。母屋と馬小屋の間に立つ。ともに人のいる様子はない。  
さらに進んで牧場へ行ってみる。  
 広々とした空間が現れる。雲ひとつない青空のもと、燦々と降る日の光と、澄みきった空気に  
包まれ、緑あざやかな草の上で、佇み、歩む、馬たちの姿。のどかで平和な、そんな光景の  
真ん中に、一人の少女が立っている。  
『マロン!』  
 呼びかけを胸にとどめ、ゆっくりと歩を進める。マロンはこっちに気づいていない。どこで  
気づくだろうか。牧場を囲む柵に沿って歩いて、柵の切れ目に至って、切れ目から中に入って。  
まだ気づかない。子馬の横に立って、その背を撫でている。  
 ああ、エポナだ。あの子馬はエポナだ。前にここで仲良くなって、未来ではずっと一緒に旅をして。  
 鼻歌が聞こえてくる。前にも口ずさんでいた『エポナの歌』。世話に没頭しているのか、  
ふり返る気配もない。もう足音が聞こえるくらいの距離なのに。あ、こっちを向いた。マロンが  
こっちを見た。その顔が、一瞬、驚きに満ち、みるみるうちにまぶしく輝き立つ。  
「リンク!」  
 叫びとともに駆け寄ってくるマロン。目の前でぴたりと動きが止まる。ぎゅっと手を握られる。  
「来てくれたのね! 嬉しい!」  
 あふれんばかりの喜びが、花のように咲きほこる笑顔が、まっすぐこちらに向けられる。  
その率直な感情の発露に心は弾み、こちらも思い切りの笑みを返す。同時に胸が締めつけられる。  
 この明るさいっぱいのマロンも、いずれ、つらく哀しい生活を強いられることになるのだ。  
「よう、この間の坊主か」  
 背後からの声に驚いてふり向くと、熊手をかついだインゴーが立っていた。言葉はぞんざいだが、  
口元はわずかに緩んでいる。妙に優しげだ。けれども、この表情を額面どおりには受け取れない。  
この先、マロンを苦しめる張本人がこいつなのだから。  
 むらむらと怒りが湧いてくる。しかし、ここでインゴーと争っても意味はない。それよりも……  
 
「城下町はどんな具合かな?」  
 マロンとインゴーを等分に見て訊ねる。いぶかしげな二人の表情。  
「反乱はどうなってる?」  
 二人が顔を見合わせ、次いで、あきれたような視線を送ってくる。  
「いったい何のこと?」  
「なに言ってんだ、おめえ?」  
 リンクはいらいらしてきた。  
 こんな切迫した状況だというのに、二人とものんきすぎやしないか。  
「ゲルド族の反乱のことだよ。四日前に城下町が攻撃されただろう」  
「ははあ……」  
 インゴーが、合点がいったとでも言いたげに、にやりと笑った。  
「ゼルダ様が城から逃げ出した話を、どっかで聞きかじってきたんだな」  
 ゼルダの話? 何を的はずれなことを──  
「確かに城下町は、それで落ち着かねえ雰囲気になってるようだ。ゲルド族の仕業じゃねえかって  
噂もあるらしい。けどな、おめえ、何か勘違いしてるようだが、反乱なんか起こっちゃいねえぞ」  
「え──?」  
 どういうことだろう。今日は反乱勃発から四日目のはず。計算は合っている。それとも、  
ゼルダ失踪から反乱勃発まで一週間というシークの情報が間違っていたのか。あの緻密なシークが  
そんな間違いをするとは思えないが……いや、シークも、それを自分で経験したわけではない。  
あとから伝聞で得た情報だ。いつの間にか誤った日数が伝わっていたのかもしれない。  
「町の様子が気になるんなら、父さんに訊いてみたらいいわ」  
 マロンが熱心な調子で言った。  
「今日は父さん、町へ牛乳の配達に行ってるの。夕方には帰ってくるから」  
 牛乳配達に行くくらいなら、反乱が起こっていないというのはほんとうだろう。すぐに町へ  
向かえば、安全に未来へ帰ることができる。そう、すぐにここを出発すれば……  
 決心しかけた時、マロンの顔が目に入った。  
 何かを期待するように、目がきらきらと光って。けれども、そこはかとなく不安げに、眉は  
少しく落とされて。  
 心が動く。  
「じゃあ、夕方まで待たせてもらっていいかな?」  
「いいよ! もちろん!」  
 マロンの顔が、またもや、ぱっと花開く。それが快い一矢となって、リンクの胸を刺す。  
 いますぐここを発ったとしても、城下町に着くのは夜になる。正門は閉じられてしまうから、  
どうせ明朝まで町へは入れない。もっと遅くに出発したって同じことだ。それならタロンの帰りを  
待って、町の情報を仕入れておいた方がいい。夕方まで身体を休めることもできるし、それに……  
「お昼御飯の仕度をするわ。リンクも手伝って!」  
 いきなり手を引っぱられ、よろけてしまう。マロンは気にもとめない様子で、どんどん母屋の  
方へと突き進んでゆく。  
 このマイペースな振る舞いも、いまはただ、懐かしく、微笑ましい。  
 引きずられるようについて行きながら、リンクは自分の心がやんわりと和んでゆくのを感じていた。  
 
 母親を早くに亡くして以来、ずっと家事を分担してきたのだろう、小さな子供だというのに、  
マロンの炊事の手並みはかなりのものだった。卵と肉と野菜からなる食材が、簡潔ながらも食欲を  
そそる料理へと、見る間に姿を変えていった。マロンはリンクにあれこれと指示を出したが、  
台所に慣れないリンクは右往左往してしまい、かえってマロンの足を引っぱる結果となった。  
が、マロンは意に介するふうもなく、嬉々として仕事をこなしていった。  
 食卓の用意が調い、マロンは外で働いていたインゴーを母屋に呼び入れた。昼食が始まった。  
マロンに旅の話をせがまれ、リンクは、以前ここを去ったあとに訪れた、ハイリア湖のことを  
話題にした。マロンは興味津々といった態度で話を聞いてくれたが、美しい風景を語るうち、  
その七年後の荒廃した状態が否応なく頭に浮かび、リンクの心は翳りを帯びた。連想が、同じく  
七年後にマロンが陥る悲惨な境遇を思い起こさせ、ますます胸は痛んだ。  
 インゴーは、ほとんどものを言わず、さりとて不機嫌というわけでもなく、淡々と料理を口に  
運んでいた。一足先に食事を終え、仕事に戻ると言って、早々に席を立った。  
 去りかけたところで、インゴーがマロンに話しかけた。  
「もう少ししたら、馬小屋には近づかねえようにしてくだせえよ、お嬢さん」  
「はーい」  
 明るいマロンの返事に送られて、インゴーは外へと出て行った。その後ろ姿に目をやりながら、  
リンクはひそかに考えた。  
 あいつさえいなければ、マロンが不幸になることはないのに……  
「どうぞ、リンク。ロンロン牛乳よ」  
「ああ、ありがとう」  
 マロンが差し出すコップを受け取り、中の飲み物を口にしながらも、味を堪能するだけの余裕を、  
リンクはすでに持たなかった。頭の中では一つの企てが形をなし始めていた。  
 賢者の未来を変えるために、ぼくは過去へとやって来た。同じようにマロンの未来も変えられ  
ないだろうか。どうにかしてマロンをインゴーから引き離すことができれば……  
 
 昼食のあと、リンクはマロンに手を引かれて再び牧場に出、改めてエポナに引き合わされた。  
七年後の再会の時にもリンクを覚えていたエポナとあって、もちろんいまもリンクを忘れるはずは  
なく、甘えるように身を寄せ、再度の対面を心から喜んでいる様子だった。そんなエポナを前にし、  
しきりと話しかけてくるマロンにも応じつつ、しかしリンクの心は、ともすれば、マロンを救う  
手だてを求めて、あらぬ方へと浮遊した。  
「あたしといるの、楽しくない?」  
 はしゃぐように活発だったマロンが、急に声の調子を落とした。はっとして見ると、マロンは  
口を尖らせ、いかにも残念そうな目をこちらに向けていた。  
「そんなことないよ、楽しいよ」  
 あわてて否定したが、上の空であることを見抜かれてしまったからには、口だけで否定しても  
説得力はない。リンクは正面からマロンと向かい合わざるを得なくなった。  
「インゴーのことだけれど……」  
 話題の主が近くにいないことを確かめてから、考え考え、リンクは口を切った。  
「あいつには気をつけた方がいいよ」  
「なんで?」  
 きょとんとした顔のマロン。  
「あいつは、きっと、君をひどい目に遭わせるから」  
「ひどい目に──って、どんな?」  
 顔が不審の色を帯びる。  
「君を殴ったり蹴ったり、それどころか、もっとひどいことだって──」  
「インゴーさんはそんなことしないわよ」  
 表情が変わる。心外きわまりない、というふうに。  
「暴力を振るうような人じゃないわ」  
「いまはそうでも、そのうち本性を現すよ。あいつは悪い奴なんだ。君のお父さんを追い出して、  
この牧場を自分のものにして、君をこき使うようになる。あんな奴は早くクビにして──」  
「ちょっと、リンク」  
 硬い声。  
「インゴーさんがいなかったら、うちはやっていけないの。そりゃあ確かに無愛想で愚痴も多いけど、  
仕事は真面目にやってくれるし、信用できるわ。だいたい、リンクはインゴーさんのこと、ろくに  
知らないのに、どうしてそんなこと言うのよ」  
 本気で腹を立てているようだった。これほど心配しているのがわからないのか、と、こちらも  
むっとしてしまう。同時にやりきれなくなってくる。  
 マロンはインゴーを信頼しきっている。いくら言っても聞き入れはすまい。逆に、言えば  
言うほど臍を曲げてしまうだろう。ぼくは七年後の世界ですべてを見聞きしてきたのだ、と  
叫びたくなるが、そんなことをしても、頭がどうかしたと思われるのが落ちだ。  
「ごめんね、怒った?」  
 マロンの小さな声がした。口論になりかかったのを後悔しているのか、悲しげな顔になっていた。  
胸がきゅっと絞られるような感じがした。  
「いや、怒ってないよ。こっちこそ、ごめんよ」  
 できるだけ優しく答えてやる。  
 マロンが謝るいわれはない。悪いのはぼくの方なのだ。いきなり身内を非難されれば、腹が  
立つのは当たり前だ。  
 とはいえ、諦めたくはない。インゴーを牧場から追放するのは無理のようだが、他に二人を  
引き離す方法は……  
「ねえ、マロン、君には、お父さん以外に頼れる人がいないかい? どこか別の所に。親戚とか」  
 話題の変化に戸惑った様子を示しつつも、マロンは答を返してきた。  
「いないわ。父さんとあたしと、ずっと二人きりだもの」  
「そうか……」  
 考えてみれば、頼るあてがあるのなら、七年後のマロンだって、とっくに牧場から逃げ出して  
いたはずだ。それに、牧場の外が安全というわけでもない。じきにハイラルは、戦雲が渦巻き、  
魔物が跳梁する世界となる。外へ出て行けば、命を落とす危険性は高いし、ゲルド族の奴隷と  
なってしまうおそれもある。記憶をなくした、あのタロンのように。  
 牧場にとどまる方が、まだましだということなのか。あの不幸な生活からマロンを救い出して  
やることは、ぼくにはできないのか。  
 どうしようもないという無力感が、リンクの心を浸していった。  
 
 つい、むかっとしてしまったものの、怒りを長続きさせる気は、マロンにはなかった。働き者の  
インゴーをあしざまに言う真意はつかめなかったが、リンクは自分を気にかけてくれている、と  
察することはでき、それがマロンの心を温かくしていた。  
 インゴーについては、リンクはきっと何か誤解をしているのだ。気にしないでおこう。  
「いやなことは、もう忘れましょうよ。楽しく過ごしたいわ」  
 沈んだ雰囲気のリンクに、努めて明るく声をかける。  
「……そうだね」  
 すっぱりと気分を変えて、といった感じではないにせよ、リンクの顔には微笑みが浮かんだ。  
それがマロンを力づけた。  
 そうよ、せっかく一緒にいられるんだから、もっと楽しまなくちゃ。  
 もっと楽しむ──その言葉が、妖しい感覚を呼び起こす。  
 前にリンクがここへ来た時は、意地悪く、覚えていないふりなんかしたけど、今日はそんなこと、  
頭に浮かびもしなかった。だって、リンクに会えてほんとに嬉しかったから。二週間ちょっとの  
短いうちにまた会えるなんて、思っていなかったから。  
 あの時……夜空を埋めつくすような星の光を浴びながら、ここに──そう、牧場の真ん中の、  
この場所に──あたしたち二人は並んですわって、そして、あたしが……  
 初めてのキスをねだって。  
 もう少しのところだったのに、邪魔が入った。急に現れたグエーを斬って捨てたリンクは、突然、  
使命のことを言い出して、あっさり姿を消してしまった。  
『今度リンクと会った時には……』  
 ずっとそればかり考えてきたあたし。  
 そのリンクは、いま、あたしのそばにいる。  
 風変わりで、単純で、けれど、純粋で、かっこよくて、優しくて。  
 そんなリンクが、そばにいる。  
 果たせなかったことを、今度こそ……  
 でも、どんなふうに事を進めたらいいだろう。いきなりキスのことを持ち出すのも気がひける。  
 その時、遠くにインゴーの姿が見えた。馬小屋のそばだ。牧場に面する側の、幅の広い戸を  
あけている。  
『そうだわ!』  
「ねえ」  
 思わず声が出ていた。  
「面白いもの見せてあげる」  
「面白いもの?」  
「来て」  
 不思議そうな顔をするリンクの手を引き、インゴーに見つからないよう遠回りをして、母屋の  
前まで行く。母屋の向かいにある馬小屋の、小さい方の戸を、そっと細く開く。  
「馬小屋には近づくなって言われたんじゃ──」  
「いいのよ。でも、静かにしてなきゃだめよ」  
 怪しむリンクを制しておいて、中の様子をうかがう。インゴーはいない。馬を連れてくるために、  
牧場の方へ行ったのだろう。  
「いまのうちよ」  
 素早く戸をあけ、馬小屋に入る。馬はみな牧場に出ていて、中はがらんとしている。ぼんやり  
立っているリンクを引っぱって、積まれた木箱の後ろに隠れてすわる。そこは牧場の側の戸に近く、  
これから起こることを見るのは容易だ。下には藁が敷き詰められていて、じっと動かずにひそんで  
いても、身体に負担はかからない。  
 これをやる時はいつも、馬小屋に来るなと言われる。教育上よろしくない、ということなのだろう。  
だけどあたしは、もう何度もこれを見た。最初は偶然。次からは、自分から求めて、いまみたいに  
こっそりと。  
「何を見せてくれるっていうんだい?」  
 不審げに、それでも興味ありげに、状況を察してか、声を小さくして、リンクが訊いてくる。  
その目を覗きこむように顔を近づけ、ささやき声で答える。  
「馬の種付けよ」  
 ぽかんとしているリンク。意味がわからないんだわ。言い換えてあげてもいいけど、それだって  
リンクにわかるかどうか。キスという言葉さえ知らなかったんだもの。  
 思いながらも、マロンはその言葉を、ゆっくりと口にのぼらせた。  
「 馬 の セ ッ ク ス 」  
 
 リンクは驚いた。  
 言葉の内容自体にも驚いたが、もっと驚きだったのは、セックスという露骨な単語を、マロンが  
ためらいもなく口にしたことだった。  
 返事もできないでいると、牧場の方から足音が聞こえてきた。マロンが木箱の陰で身を小さく  
するのに合わせ、リンクも全身を硬くした。見つかってはいけないということは理解できていた。  
音がしないよう、背負った剣と楯を下ろして脇に置いた。  
 インゴーが一頭の馬を連れて馬小屋に入ってきた。その馬を戸のそばに留め置き、もう一度、  
外へ出て行く。  
「あれは牝馬よ。発情期に入ったの。次は種馬が来るわ」  
 マロンが小声で説明する。知らない言葉が混じっていて、よく理解できない。  
「セックスって、意味、わかる?」  
 悪戯っぽい笑みを浮かべるマロン。幼い女の子が、かわいい顔で「セックス」と言う、その  
不釣り合いさに、再び胸がどきりとする。一方で、上に立って教えてやろう、とでも言いたげな  
マロンの態度に、反発心が呼び覚まされる。  
 確かに、ハツジョウキとかタネウマとかは、意味がよくわからない。けれど──  
「セックスくらい、わかるさ」  
 当然、といったふうに答えてやる。  
「なーんだ、知ってたの」  
 意外そうなマロンの声。相当、無知だと思われているらしい。しかたがないか。前はキスという  
言葉も知らず、マロンに笑われたものだ。だけどいまのぼくは違う。セックスなんて、言葉を  
知っているどころか──  
「ひょっとして……したこと、ある?」  
「ああ」  
 考えもなしに返答してしまった。  
「ほんと!?」  
 大声を出したマロンが、ぱっと自分の口を押さえ、牧場の方を見た。リンクもあわてて同じ  
方向に目をやった。インゴーの姿は見えない。  
 胸をなで下ろしたところへ、懲りもせず、マロンが性急に質問を投げかけてくる。  
「いつ? 誰と? 何回? どんな感じだった?」  
 たじたじとなる。城下町でキスの話をした時もこうだった。何という開けっぴろげな積極性!  
「初めての時はどうだったの? 誰としたの?」  
「それは──」  
 思わず言いかけ、絶句する。  
 それは、君なんだ。ぼくの初めての女性は、他ならない、君なんだ。  
 脳に満ちあふれる甘酸っぱい記憶。無我夢中で過ごした激情的な一夜。  
 あのマロンが……ぼくに最初のセックスを教えてくれた、あの大人のマロンが……いまは小さい  
子供の姿で、ぼくの前にいて……  
『あれ?』  
 自分の記憶の流れの中では、ぼくの初めての女性がマロンであることは、動かせない事実だ。  
でも現時点では、それは、まだ起こっていない未来のできごとであって、いま子供であるぼくは、  
初めての体験を、すでにサリアと果たしている。  
 ぼくの初体験の相手は、どっちなんだ? マロンなのか? サリアなのか?  
 
 時を越える旅によってもたらされる、奇妙な矛盾についての考察は、再び聞こえた足音によって  
中断された。  
 リンクは身を竦ませ、木箱の陰から戸の方向をうかがった。マロンも、もう口をきこうとはせず、  
そちらに注目している。  
 インゴーが現れた。新たに一頭の馬を牽いている。  
 あれがマロンの言う種馬なのか。  
 その種馬が、先に連れてこられていた牝馬の後ろに寄り、尻の部分に鼻を近づけた。匂いを  
嗅いでいる。妙に息が荒く、落ち着かない様子だ。牝馬の方はおとなしくしているが、尻を  
わずかに揺らし、何となくそわそわしたような感じでもある。  
 インゴーが二頭の馬を小屋の隅に移動させた。外から直接見えない位置に持っていったのだろう。  
それでも、近くにある、広くあけられた戸を介し、新鮮な光と空気に満ちた戸外とつながって  
いるので、開放的な雰囲気が、小屋の隅まで届いている。  
 それなのに、ぼくは感じている。身を圧迫するような緊張感。これから目の前で行われること。  
馬のセックス。いったいどんなものなのか。  
 インゴーが牝馬の前に寄り、頭を押さえた。直後、一声大きく嘶いた種馬が前脚を上げ、  
後方から牝馬にどっかりとのしかかった。ぼくも同じような格好でしたことがある──と思った  
瞬間、種馬の股間にある、どす黒い物が目に入った。  
 驚愕した。  
 自分の腕ほどもありそうな、太く、長い、巨大な肉の棒。  
 あれが馬のペニス!  
 種馬は歯を剥き出し、ぶるぶると荒く鼻を鳴らしながら、やみくもに腰を動かしている。  
膨れあがった先端が、牝馬の尻のあたりを突きまくっているが、なかなか安定した所へはいかない。  
 インゴーが牝馬の頭から手を離した。その顔に目をやったまま、尻の方向へ、そろそろと足を  
ずらしてゆく。暴れないかと気遣っているようだ。大丈夫と見たのか、インゴーは素早く牝馬の  
尻の横に移動した。尻尾をずらし、うろつく種馬の一物をつかんで一点に据える。刹那、それは  
一気に牝馬の体内へと没していった。  
 交合が開始された。種馬の長大な剛直が、牝馬の局部を刺し貫き、大きく前後に往復する。  
動きはさほど激しくはなく、ゆったりとしたものだった。が、二頭の図体の大きさもあり、  
それは雄壮ともいえる、実に大規模な運動だった。  
 
 眼前で展開されるその運動に圧倒されっぱなしのリンクだったが、ふと、かすかな音が  
するのに注意を惹かれた。音の正体はすぐわかった。隣にいるマロンが、はあはあと息を荒げて  
いるのだ。  
 横を見る。マロンは瞬きもせず、二頭が交わる部分を凝視している。もともと大きめの目が、  
いまはさらに見開かれ、潤みさえ湛えている。  
 興奮しているんだ。  
 またも示された、幼い少女らしからぬ様相に、リンクの胸は波立った。その波立ちは、同時に  
なされていたマロンの行為によって、さらに大きな波濤となった。  
 マロンの右手が、服の裾から奥にもぐりこみ、細かく動いている。  
 直感できた。  
 オナニー!  
 無意識の行動なのか。それともぼくがそばにいるのを承知の上でのことなのか。そもそも自分の  
していることの意味がわかっているのか。  
 いや、わかっているはずだ。セックスとは何かを知っているマロンだ。目的を持ってやって  
いるのは明らかだ。  
 性的快感を得るために!  
 こんな小さな女の子が!  
 いつも動物の交合を見ながら、こうやって自慰にふけっているのか。今日もその機会を逃さずに……  
『待てよ』  
 どうしてマロンはぼくに種付けを見せようとしたんだろう。自分だけの楽しみなら、ぼくは  
邪魔になるはずだ。ということは……マロンは自分を煽るだけでなく、ぼくをも煽ろうとして……  
つまりマロンは……ぼくと……  
 高ぶった種馬の嘶きが聞こえ、リンクは、はっとしてそちらに視線を戻した。ちょうど最後の  
瞬間が訪れたところで、牝馬に突き立てられたペニスがどくどくと脈打っていた。白い液体が  
結合部から漏れ出し、牝馬の後脚を伝って流れ落ちた。  
 ずいぶん長い時間に思えたが、実際には、挿入から射精まで一分も経っていないだろう。  
それほど強烈な印象を与える二頭の行為であり、マロンの行為だったのだ。  
 やがて落ち着きを取り戻した種馬を、インゴーは牧場へと牽いていった。戻ってから、あたりを  
ざっと掃除し、今度は牝馬を馬小屋から連れ出して、戸を閉めた。  
 リンクとマロンだけが、そこに残された。  
 
「どう?」  
 声を抑えて、訊く。リンクは黙っている。  
「すごかったでしょ?」  
 かぶせるように言葉を続ける。  
「うん……」  
 やっと短く答えるリンク。うつむいて、こちらを見ようともしない。  
 どぎつすぎたかしら。でもリンクは経験あるんだから、平気よね。  
「どんな感じ?」  
 返事がない。  
 どうしたのよ。これじゃあ話が進まない。  
「変な気分にならない?」  
 思い切って、言う。右手をリンクの左手に重ねる。その手がぴくりと動く。けれど口は開かない。  
 あたしのして欲しいことが、わからないのかしら。鈍感ね。あ、それとも……  
「インゴーさんなら、当分、ここへは来ないわよ」  
 種付けのあとは、牝馬の様子を見ていなければならない。来るとすれば、夕方、牧場の馬を  
小屋に戻す時だ。邪魔が入る心配はない。  
 それでもリンクは反応しない。いや、目が反応している。あたしの右手を見ている。  
『あ』  
 そうだ。あたしの指は濡れたまま。オナニーの時のまま。種付けが終わってから手を引っこめた  
けど、拭くのを忘れていた。リンクは気がついたんだ。  
「あたしがしてたこと……わかっちゃった?」  
 セックスを知ってるなら、オナニーだって知ってるはず。  
 馬のあれを見ていて、いつものようにしたくなって、でもリンクが横にいるからだめだって──  
「わかっちゃったら……恥ずかしいなって……思ったんだけど……」  
 とても気持ちがいいことだから、あそこがぴりぴりしてしょうがなかったから、どうしても  
したくなっちゃって、どうしても我慢できなくて、それで──  
「リンクになら……わかっちゃっても……いいかな──って……」  
 いったんそう思ったらどうにもならなくなって、とうとう、あたしは、しちゃったの。  
 あたしって、はしたない? でも、それがあたしの正直な気持ちなの。あたしはこんな女の子なの。  
わかって。わかって。あたしが何を求めているのか、リンクに何を求めているのか、どうか、  
どうか、わかってちょうだい!  
 
 いきなりマロンが抱きついてくる。ぼくはあわてて受け止める。小さなマロンの身体が、ぼくの  
腕にすっぽりと包まれる。服を通して感じられる、その体温、その鼓動。幼い肉体いっぱいに  
満ちた、激しいまでの、その衝動。  
 マロンが何を求めているのか、ぼくに何を求めているのか、ぼくにはわかる。痛いほどわかる。  
けれど、いまのマロンはあまりにも……  
 マロンが身を引く。顔が正面に据えられる。大きな青い瞳から、決然とした視線が発せられる。  
「キスして」  
 ささやくように、しかし断固とした声で、マロンが言い放つ。  
 ああ、またせがまれた。キスをせがまれた。かつての君とは未遂に終わった。未来の君とは  
すでに交わした。では、いまの君とは? どうする? ぼくはどうする?  
 動けないままのぼくに、ぐいと詰め寄ってくるマロンの顔。焦点が合わないほどに近づけられた  
その顔の、鼻と口から吐かれる息が、ぼくの口元をくすぐって、そして──  
 唇と唇が触れ合って。  
 温かく、柔らかく、しなやかな弾力を秘める、マロンの唇。じっと動かず、ただぴったりと、  
それはぼくの唇に押しつけられて。そのひたむきさに、ぼくの想いはかき立てられて。  
 背にまわされたマロンの両腕に力がこもる。ぼくもマロンの肩に置いた手を、背までまわして  
力をこめる。背に流れる長い髪の毛と一緒に、ぼくはマロンを抱きしめる。  
 無心の触れ合いがひとしきり続いたのち、マロンの腕の力が緩む。合わせてぼくも力を解く。  
顔を離したマロンが、くすりと笑って、ひとこと。  
「やっと、教えてもらえたわ」  
 君の方から迫ったくせに──と、思わずこちらも苦笑いしてしまう。そう、何もできずにいた  
ぼくに覆いかぶさり唇を寄せてきた、未来の君と同じように。  
 ぼくの笑いに力を得たのか、続けてマロンが言うのには──  
「じゃあ……もっといいこと……教えてくれる?」  
 きた。もっといいこと。わかっていた。マロンがそれを望んでいることは。それを欲している  
ことは。  
「……セックス……して……」  
 
 セックス。またも聞かされた、幼い少女には不似合いな言葉。それがぼくをぞくりとさせる。  
言葉だけじゃない。マロンの目が、マロンの全身が、欲望を一心に燃え上がらせて、ぼくを  
煽り立てている。  
 でも……でも、マロン、君は……  
「君は……まだ、子供じゃないか。早すぎるよ」  
「何よ」  
 一転して憤慨の気に満ちるマロン。  
「リンクだって子供じゃないの。リンクがセックスしてるんなら、あたしがしたっていいじゃない」  
 そんなにセックスセックスと言わないでくれ。君がそう言うたびに、さっきからずっと  
立ちっぱなしのぼくの部分が、ずきずきしてしまうじゃないか。  
 そう、確かにぼくは子供だが、子供だけれど子供じゃない。君のような、ほんとうの子供とは  
違うんだ。  
 サリアも子供だった。でもぼくよりは年上で、大人の入口に立っていた。マロンはぼくよりも、  
もっと年下で、正真正銘の子供であって……  
 ああ、しかし!  
 マロン。明るいマロン。かわいいマロン。一途にぼくを求めているマロン。  
 そのマロンは、この先、どうなるか。  
 七年後の世界で、ぼくがロンロン牧場に着いたばかりの時、場所も同じこの馬小屋で、マロンと  
インゴーが何をしていたか。まだ女性を知る前だったぼくにはわからなかった。けれども、いまの  
ぼくは知っている。マロンが暴力でセックスを強要され、しかも、その苦しみを、それこそ子供の  
頃から、何年にもわたって甘受しなければならなかったことを。  
 そんなマロンの未来を、ぼくは変えてやることができない。堕ちてゆくマロンを救ってやる  
ことができない。  
 ならば、せめて……せめて……いま、この場面では……マロンの望みをかなえてやるべきでは  
ないだろうか。初めての体験の相手がぼくであることで、これからのマロンが、わずかなりとも  
救いを得るのであれば……  
「わかった」  
 マロンを抱きかかえ、  
「セックス、するよ」  
 そっと藁の上に横たえる。  
「君と」  
 
 仰向けのマロンの横に身体を置き、上半身をかぶせる。顔に顔を寄せる。マロンは身じろぎもせず、  
両腕を横に投げ出し、言葉もなく、ぼくを見上げている。  
 さらに顔を近づける。マロンが目を閉じる。合図なのか、それともぼくの視線に耐えられないのか。  
どちらでも同じ、と、今度はこちらから、唇を重ねる。  
 きゅっ──と固まるマロンの身体。両手で頬をはさみ、じっと唇をとどめる。手のひらと唇から  
伝わってくるマロンの温かみが、徐々に増してくる。  
 舌で唇に触れてやる。動かない唇。続けて舐める。やっと唇が開く。機を逸さず舌を進ませる。  
歯に触れる。歯をこじ開ける。口いっぱいに舌を踊らせる。  
 ひとしきり一方的に戯れたのち、唇と舌を移してゆく。上気した頬に、なめらかな額に、震える  
目蓋に、栗色の長い髪に、汗ばんだ首筋に、そして、肩にかけられた茶色のスカーフを下に寄せ、  
鎖骨に沿って、喉の下の窪みへと。  
 のけぞるマロン。わずかに開いた口が、浅い呼吸を速めてゆく。何も言わない。目を閉じたまま、  
腕を投げ出したまま、なすすべもないように、ぼくの行為を、じっと、ただただ、受け入れて。  
 どうしたんだ? あれほど積極的だったマロンが、なぜこんなにおとなしく……  
 
 あたしは動けない。全然、動けない。だって、どうしたらいいのかわからないんだもの。  
 キスは唇にするものだと思っていた。なのに、リンクは、舌を口に入れてきたり、首にまで  
這わせてきたり、あたしの知らないことを、どんどん進めて。  
 セックスなんて、男のあれを女のあそこに挿れる、くらいにしか考えていなかった。でも、  
それだけじゃなかったんだ。  
 これからリンクが何をするのか、予想もできない。ちょっぴり、こわい。  
 だけど、やっぱり、したい。  
 だからリンクを信じて、リンクにすべてを任せて……  
 
 肌を味わうぼくに、甘い匂いが届いてくる。七年後の未来で嗅いだのと同じ、マロンの匂い。  
 その匂いは同じでも、そうだ、いまのマロンは七年後とは違う。マロンは初めてなんだ。  
未来ではマロンがぼくに教えてくれたけれど、いまはぼくがマロンに教えなくちゃならないんだ。  
 ぼくを信じて、ぼくにすべてを任せてくれているマロンに。  
 だから、優しく、落ち着いて……  
 喉元に口をつけ、手をマロンの肩へと、短い袖口からのぞく細い二の腕へと伸ばす。すべすべと  
した皮膚の、ある部分は熱を持ち、ある部分は冷やっこく、その複雑な触感が快い。  
 次いで胴の前面を服越しに撫でまわす。胸には、まだ成長の兆しもなく──  
『え?』  
 何の気なしにすべらせた手が、かすかな段差を感じ取る。手を止める。探る。  
 これは……  
 
 リンクが気づいた。あたしの胸に気づいた。  
 少し前から、先っぽが、ちょっぴり盛り上がってきた。触ると、何となく、くすぐったいような、  
痛いような、変な感じがして、それよりも小さい頃から慣れてきたあそこの方が気持ちよくて、  
胸にはそれほどこだわらなかったけど、いまリンクに触られていると、そんな変な感じだけじゃ  
なくて……何か、こう……ああ、服の上からだと、よくわからない。もどかしい。  
 リンクの手が下へと動く。  
 もう終わり? もう触ってくれないの?  
 手が腿のところで止まる。どうするのか、と思う間もなく、手が裾から──  
『あ!』  
 服の下に入って、今度はぐいっと上に伸びて、おなかにじかに触れて、そこでも止まらないで、  
まっすぐ、あたしの、小さな、胸に──  
 
 やっぱりそうだ。  
 ふくらみ始めた蕾のような、マロンの胸。乳房としての形は全くないのに、その先端で、乳首と、  
そのまわりの小さな丸い部分だけが、低い円錐をなして、かすかに隆起している。  
 サリアほどではないけれど、ほんのわずかなものだけれど、これは、明らかな、女のしるし。  
 急に胸の鼓動が速まる。  
 ぼくより年下なのに、ほんの子供だと思っていたのに、マロンは、もう……  
 そっと指で押す。隆起がへこむ。指を上げる。隆起が戻る。  
 圧迫を反復させ、合間に、隆起の裾野をゆっくりと指でえどる。繰り返すうち、乳首が硬く  
持ち上がってくる。  
 左右の蕾を交互に刺激する。左右の乳首を勃起させる。七年後とは比べものにならない、小さな、  
小さな、固まり。けれどもそれは──  
「あ……ぁ……」  
 マロンに声を漏らさせるほど、すでに女としての部分であって……  
 目が下に移る。胸に伸ばした腕によって、上下ひと続きの服の裾が、肌着と一緒にまくり上げられ、  
マロンの下半身は露出してしまっている。  
 腹と、二本の脚の中間の、白い下着に包まれた部分。そっちの方は、いったい、どうなって……  
 
 リンクが触れる二つの場所に、不思議な感覚が生まれる。ちりちりと、きりきりと、細かい波の  
ように、それは湧き出して、広がって、身体いっぱいに伝わっていって。  
 全身の力が抜けてしまうような、いいえ、そうじゃない、全身に力が溜めこまれていくような……  
ああ、どっちなんだろう、どっちとも言えない、どっちも当たっているのかも……  
 この感覚をどう言い表したらいいのか。あそこに触れた時の感覚とは違う。違うけど、これを……  
ひとことで言うのなら……  
『気持ちいい!』  
 そう、気持ちいい! 気持ちいい! 気持ちいい!  
 胸に触れられるのがこんなに気持ちいいなんて! 自分で触れるのではわからなかった!  
リンクに触れられて初めてわかった!  
 硬くなってる。あたしの二つの胸の先が、リンクの指の下で、硬く、硬く、しこりを増していく。  
あそこのしこりと同じように。あたしの両脚の間にある、あの秘密のしこりと同じように。  
 いつまでも、こうやって、触っていて欲しい──と思うのに、リンクの手は、そこから離れる。  
「あ……もっと……」  
 あたしったら、何を言ってるの、恥ずかしげもなく。  
 でも終わりじゃなかった。リンクの手が下りていく。おなかの上をすべって、近づいていく。  
あの部分に。あたしのもう一つのしこりがある、あの場所に。  
 手が下着の上端に届く。  
「ああ、リンク……」  
 下着の中に入りこむ。  
「そうよ、そうして……」  
 奥に伸びてくる。  
「触って……そこも触って!」  
 止められない。恥ずかしい言葉を、もうあたしは止められない!  
 
 下腹部のなだらかな隆起。皮膚の感触だけを、ぼくは得る。さすがに発毛はしていない。けれど──  
「来て……もっと、下に……」  
 口だけは七年後のマロンと同じように、次々と欲情の断片をばらまいている。いや、同じなのは  
口だけじゃない。その欲情の中心点である、この場所は……  
 さらに下ろした手が感知する。一筋の谷間から異常な量の粘液があふれ、一帯をべっとりと  
濡らしている。  
 こんなに!  
 オナニーの時から濡らしっぱなしなのだろう。すっかり下着にも染みこんでしまって。  
「マロン、君は……何て……」  
 淫らなんだ!──との言葉は、やっとのことで胸に納め、しかし思ってしまった言葉は否応なしに  
脈拍を加速させ、指の動きを扇動し、氾濫のただなかに指はどっぷりと浸かり、そのまま上に  
曲げられ固まった一点を押して、  
「あッ!」  
 つついて、  
「んぁッ!」  
 こすって、  
「んぁんッ!」  
 くぐもった叫びを立て続けにあげさせて──  
 
 リンクが触ってる。あたしのあそこに触ってる。遠慮もなく、容赦もなく、あたしのしこりを  
攻め立ててくる!  
 刺激が加わるたびに、そこは小さな爆発を繰り返し、まわりに、そして身体の上へ下へと、  
快感の波を放っていく。  
 オナニーとは全然違う!  
 自分で触れる時は、どこをどうすればどんな感じがするのか予測できた。予測して身体が  
待ちかまえていた。だけど、いまはそうじゃない。リンクの指の動きは、あたしのとは違ってる。  
どういうふうに動くのか予測できない。予測できないから準備できない。準備できないから、  
自分がどんな反応をするのか、自分でもさっぱりわからない!  
「いいわッ!……リンク!……すごくいいッ!」  
 あたしが何か言ってる。何て言ってるの? 聞き取れない。でもかまわない。何を言おうと  
変わりはないから。気持ちのよさに変わりはないから。リンクにされたいっていう気持ちに  
変わりはないから!  
「はぁッ!……いいのッ!……リンク!……もっと!」  
 もっと、もっと、気持ちよくして! いま触ってるそこだけじゃなくて、あたしが感じられる  
もう一つの場所に、あたしがいつもしているように、どうか、どうか──  
「お願いッ! そこにッ! 指をッ! 指を挿れてぇッ!」  
 
 奔放さの極まったマロンの叫びが、ぐわりと脳を揺さぶる。いいのか、と一瞬ためらうものの、  
もはやおのれの欲情も止められないところへ来てしまっている。  
 人差し指の先を、膣口に当てる。そっと、進ませる。  
「あ……んッ……」  
 顔をしかめてマロンが呻く。けれども苦痛は訴えない。圧迫はきついが、さほどの抵抗もなく、  
少しずつ、少しずつ、指はマロンの膣内へと吸いこまれてゆく。  
「くぅッ……ぅぅッ……ぅぅぅぅぅッ……!」  
 マロンが唸る。身を固くして、身を震わせて、マロンがぼくの指を締めつける。  
 入ってしまった。こんなにスムーズに入るなんて。いつもオナニーで自分の指を挿れているのか。  
それにしても驚きだ。マロンのそこは、どんな具合に……  
 上体を起こす。その部分を見る。白い無毛の裂隙が、かすかに震えながら、時々大きく波打ち  
ながら、指を深々と受け入れている。何という貪欲さ。何という淫蕩さ。これがぼくよりも年下の  
女の子だなんて、とても信じられない。  
 だからもっとはっきり確かめてやる!  
 
 やっと満たされた悦びに浸る間もなく、指が引き抜かれる。  
「あッ! 待って──」  
 引き止める言葉が終わらないうち、そこには別のものが押しつけられる。  
「ひゃぁッ!!」  
 何なの? 何なの? 指とは違う柔らかいものが、そこら中を這いまわって、これは、これは、  
舐めている、吸っている、あたしのあそこを、リンクの舌が、リンクの唇が!  
 ずっと閉じていた目を開く。股間に埋められたリンクの頭。間違いない。こんなことするなんて。  
リンクがこんなことするなんて。あの種馬みたいにあたしのあそこに顔をくっつけて!  
 投げ出していた手をリンクの頭にかける。ぐっと押さえこむ。リンクの口の圧力を感じて快感を  
噴き上げるあたしの中心!  
「うぁッ! あッ! ひぃッ!」  
 舌があそこに入ってくる。上下左右にぶれながら、奥へ奥へと突っこんでくる。  
「あぁッ! リンク! いいッ! んぁぁッ!」  
 舌が引っこむ。また突っこまれる。繰り返し、繰り返し、あたしは舌で攻められる!  
「してッ! してぇッ! もっとッ! もっとぉッ!」  
 舌が来る。かわって指が来る。また舌が来る。指が来る。舌が、指が、交互にあたしを  
攻めまくって!  
「うぁぁッ! はぁぁッ! いいのぉッ! やってぇッ!」  
 さんざんなぶられて、どんどん舞い上がって、何が何だかわからなくなって、でも気持ちいいと  
だけはしっかりわかっていて、指もいい、舌もいい、だけどそれは本物じゃない、あたしが  
欲しいのは、リンク、あたしが欲しいのは──!  
「ちょうだいッ! あたしにッ! ほんとのッ! ほんとのリンクをちょうだああぁぁぁいッッ!!」  
 
 ほんとのぼく!  
 いいとも! マロン! ほんとうのぼくを!  
 下半身の下着を脱ぐ。服をすべて脱ぎ捨てたくなるが、マロンの服をも引き剥いで裸の接触を  
堪能したくなるが、それはどうか、ここではまずいかも、インゴーは来ないとマロンは言った  
けれど実際どうかはわからない、ああ、もう余裕がない、だからこれでいい、爆発しそうな  
ほんとうのぼく、マロンが欲しがっているほんとうのぼく、ぼくもマロンが欲しくて、少しでも  
早くマロンが欲しくて、欲しくて、欲しくて欲しくて欲しくて!  
 マロンの両脚の間に位置を占める。上にかぶさる。股間を触れさせる。  
「リンク! 早くッ! 早くぅッ!」  
 ぼくの顔の下で、欲情にぎらつく二つの目が、まっすぐこちらを見上げている。負けじとぼくも  
欲情の丈を目にこめて、欲情が充満した器官の先を目的の場所にあてがって、さあ行けと叫ぶ心に  
従おうとしてその寸前でとどまって、優しく、そうだ、優しくしないと、指と舌を苦もなく  
受け入れながらも見た限りマロンのそこはやっぱり狭い、子供であっても指よりは太いぼくの物、  
マロンに耐えられるだろうか、耐えられるように気をつけて、気をつけて──  
「来てッ! リンク! 来てぇッ!」  
 気遣いなど要らないとばかりに欲望をぶちまけるマロンの口、しかしそうはいかない、君は  
子供なんだ、君は小さいんだ、だからゆっくり、ゆっくりしてあげる、もう先は入っている、  
ぬめぬめのどろどろの君の中へ、少しずつ、少しずつ、進んで、進んで──  
「あぁッ! もうッ! 行くわッ!」  
 達したのかと思うより早くマロンの腰がぐいと持ち上がり、ぼくは一瞬のうちに根元まで  
マロンの中に呑みこまれてしまった!  
 
 やったわ! やったわ! やったわ!  
 とうとうあたしはセックスしてる! あたしはリンクとセックスしてる! 待って、待って、  
待ち望んだこの瞬間!  
 いままでになく広がってしまったあたしのあそこ。ちょっぴり痛い。でもこれくらい平気。  
だって中にいるのはリンクなんだもの!  
 その背に腕をまわす。抱きしめる。  
 気持ちいい。セックスって、気持ちいい。オナニーなんかより、ずっと、ずっと、気持ちいい。  
あそこだけの触れ合いじゃないから。こうやって身体中でリンクと触れ合えるから。  
 けれど、ああ、オナニーだって指を動かしたらあれだけ気持ちいいんだ、リンクが動いて  
くれたらもっと気持ちよくなるのに。だからリンク、動いて、動いて、動いて、あたしを突いて、  
突き刺して!  
 どうしたの? 動かないの? それならあたしが──  
 
 きつい! 熱い! そのうえ敏感になってしまっているぼく自身!  
 動けない。とても動けない。動いた瞬間にどうにかなってしまいそうだ。なのにマロンは、  
マロンは両脚をがっちりとぼくの腰に巻きつけてきて、両腕と両脚でぼくにしがみついてきて、  
それどころか、腰を、腰を、腰を小刻みに動かして、動かして、動かし続けて、マロンの膣が  
ぼくをこすって、ぼくをしごいて、ぼくを絞りたてて!  
 何という女の子! 何という淫らさ!  
 もういきそうだ、でもこのままじゃ終われない、ぼくだって、ぼくだってやることはやってやる、  
マロン、君を、君を──!  
 
「んぁんッ!」  
 リンクが動いた、リンクが動き始めた、あたしに合わせてリンクが動く、動く、動く!  
「あぅぅッ! リンクッ! いいわぁッ! リンクぅッ!」  
 あたしが引けばリンクも引いて、あたしが突き出せばリンクも突き出して──  
「いいのぉッ! もっとぉッ! 強くぅッ! 早くぅッ!」  
 二人の動きが同期して、どんどん強く、どんどん早く──  
「うぁぁッ! そうよッ! んぁぁッ! そうなのぉッ!」  
 身体が限界まで激しくぶつかり合って、ああ、あたしは──  
「もうッ! 来るぅッ! あれがぁッ! 来てるうぅぅぅッッ!!」  
 あたしは、あたしは、あたしは──!!!  
 
「マロン!!」  
「リンク!!」  
 二人の叫びが衝突する。二人の唇が衝突する。同時に、結び合う二人の部分が炸裂し、  
この上もなく深く、密に溶け合わさって──  
 ──二人は、ともに、法悦の果てを得た。  
 
 
 どっちが初めてなのかわからない、そんな交わりだった──と、マロンの上に身を横たえたまま、  
リンクは思った。  
 初めこそ、こちらがリードしていたものの、途中から立場が逆転し、最後は完全に主導権を  
奪われていた。  
 けれど……  
 リンクは身体を起こし、結合を解いた。サリアとの時ほどではないが、マロンのその部分には  
かすかに血が滲んでおり、この交わりがマロンにとって確かに初めてのものであったことを示していた。  
 指を挿入した経験があるからこそ、あれほど激しく動いても、大して苦痛はなかったのだろうし、  
出血もこの程度ですんだのだろう。だが、それにしても……  
 マロンの隣に身を移し、寝転がる。マロンがこちらを向き、にっこりと笑って、胸に顔を埋めてくる。  
 このあどけない女の子が、あんなに大胆に、奔放に、淫らに振る舞うなんて……  
「嬉しい」  
 マロンが呟いた。  
 短い言葉だったが、単なる快楽にとどまらないマロンの真情がそこにはうかがわれ、リンクの  
心は切ない感動に満ちた。マロンを軽く抱いてやり、リンクは胸の中で独り言ちた。  
 どっちの立場がどうであっても、かまわないじゃないか。それでマロンが幸せだと思うのなら。  
 穏やかな時の流れに浸りながら、二人は静かに身を寄せ合っていた。  
 うとうとしかけた時、マロンが手を動かし、股間を探ってきた。陰茎を握られた。萎えていた  
それは、マロンの手の中で、徐々に硬度を取り戻していった。  
 マロンがくすっと笑い、上目遣いでリンクの顔を見た。笑みを返してやると、マロンは、  
あの悪戯っぽい表情になり、小さな声で言った。  
「また、する?」  
 答のかわりに、マロンの服をまくり上げ、わずかに盛り上がった乳首に口づけする。  
「あん……」  
 喘ぎながら、マロンは自らの手で、裾を首まで持ち上げた。首から下がすべて裸となって、  
リンクの目にさらされた。  
「脱いじゃおうか」  
 マロンのささやきに、どうしようかと状況を勘案し始めた時。  
 遠くから物音が聞こえてきた。少しずつ大きくなる。がらがらと車輪が回転する音。  
「大変!」  
 マロンが弾かれたように飛び起きた。  
「父さんよ! 帰ってきたんだわ!」  
 そうか、あれは馬車の音、もうそんな時間だったのか!  
 二人は下着を探し求め、あわただしく身に着けた。服についた藁屑をはたき落としながら、  
マロンがぶつくさ言う。  
「いつもはもっと遅いのに、どうして今日に限ってこんなに早く帰ってくるのよ」  
 逢瀬の中断が残念なのはリンクも同じだったが、マロンの素直な感情の吐露が微笑ましくもあった。  
 
 馬車が母屋の前を通過し、牧場に入っていくのを見計らって、リンクはマロンとともに母屋の  
側の戸から外へ出た。それで二人が馬小屋にいたことは気づかれないはずだった。  
 牧場にまわり、タロンに挨拶した。タロンはリンクのことをよく覚えており、気のいい歓迎の  
言葉をかけてくれ、さらに以前のごとく、傍らにいるマロンとの仲を冷やかすような発言をした。  
後ろめたい気がしたが、ほんとうのことを話すわけにもいかない。マロンも、どこ吹く風といった  
態度だった。  
 日没までには、まだ間があったが、すでに日は翳り始めていた。夕食の準備をすると言って、  
マロンはその場を離れた。後ろから見ていると、股間に違和感があるのか、妙にぎこちない  
歩き方だった。ひやひやしたものの、タロンはそれに気づいていないようだった。  
 リンクはタロンに城下町の状況を訊ねた。とりたてて変わったことはない、と、タロンは  
のんきな調子で答えた。ただ、ゼルダの失踪によってだろう、ハイラル城は緊迫した雰囲気に満ち、  
牛乳の配達もそこそこに、追い出されるような感じで退出しなければならなかった、とのことだった。  
タロンがいつもより早く牧場に帰ってきたのも、そのせいなのだろう、とリンクは思った。  
 それとなくインゴーの件を持ち出してみた。あわよくばタロンを説得して、インゴーを牧場から  
追放できないか、と思ったのだが、タロンはマロン以上にインゴーを信頼しているようで、  
その熱心な仕事ぶりを手放しで賞賛するのだった。説得は諦めるしかなかった。  
 リンクは母屋に赴き、夕食の仕度をしているマロンに、城下町へ行く、と告げた。ただ、  
マロンのたっての願いで、夕食はともにすることとした。  
 さらにマロンは、リンクに向かい、熱のこもった口調で言った。  
「一晩、泊まっていかない?」  
 すがるような目だった。  
「あたしのベッド、広いから、一緒に寝られるわ」  
 蠱惑的な言葉と面持ちに、大きく心が動いたが、やっとのことで、リンクは答えた。  
「いや……やっぱり、行くよ」  
 マロンは、それ以上、何も言わなかった。  
 夕食を終え、一同に別れの挨拶をして、リンクは戸外に出た。マロンが見送りに出てきてくれた。  
 門まで来て、立ち止まる。  
 満月と下弦の半ばにある月が東の空にかかり、広大な夜のハイラル平原に、淡く清冽な光を  
届かせていた。  
 マロンに向き直り、最後の言葉をかけようとして、先取られた。  
「次は……いつ来てくれるの?」  
 迷ったが、精いっぱいの答を返した。  
「かなり先になると思う。でも……必ず、会いにくるから」  
 何かを察したのか、マロンの表情は、平静に見えながら、いまにも崩れそうな脆さを奥に  
秘めている、と感じられた。が、その脆さを打ち消すかのような、強い意志をこめた言葉を、  
マロンは、ゆっくりと、口にした。  
「あたし、今日のこと、一生、忘れない」  
 湧き上がる想いを微笑みに変え、リンクは短く応じた。  
「ぼくも」  
 沈黙が落ちかかる。  
 その重みを振り払い、  
「じゃあ」  
 片手を上げ、背を向け、一散に、リンクは平原へと駆け出していった。  
 
 駆けながら、リンクはマロンの言葉を心の中で何度も反芻した。  
『次は……いつ来てくれるの?』  
「また来てくれる?」じゃない。「いつ来てくれるの?」だ。マロンはぼくが来ることを信じている。  
その望みに、ぼくは応えなければならない。  
 ただ、七年後、とは言えなかった。そんなに遠い未来と明言することは、ぼくにはできなかった。  
 でも、ああ、マロン、待っていてくれ。ぼくは君の未来を変えてやることはできなかったけれど──  
『あたし、今日のこと、一生、忘れない』  
 ──どうか忘れないで、それが君の支えとなるのなら、七年間、どうかそれを忘れずにいてくれ!  
 七年後、君はぼくに会う。その時までの未来は変えられなくても、それから先の君の未来は、  
ぼくが絶対に変えてやるから!  
 それに──とリンクは希望にすがる。  
 マロンの未来が変わる可能性が、完全になくなってしまったというわけではない。  
 まだ反乱が始まっていないのなら!  
 激しく吹きすさぶ感情が、駆ける足へと力を及ぼし、冴えわたる月光のもと、リンクは  
まっすぐに北へと突き進んでいった。  
 
 夜道を駆け通し、翌日の早朝、リンクは城下町の正門前に到着した。ちょうど太陽が東の  
山地から顔を出したばかりで、まさに正門が開かれつつある時だった。そこを駆け抜け、道を  
急ぎたどりつつ、リンクは町の様子を観察した。朝早くとあって人通りは少なかったが、タロンの  
言ったとおり、見たところは平穏そのものの城下町だった。これなら反乱を未然に防ぐことが  
できそうだ、と胸を躍らせ、リンクは時の神殿へと急行した。  
 神殿の入口には、例の見張りの兵士が二人、眠たそうに立っていた。  
 ゲルド族が反乱を起こそうとしている、すぐ城に伝えて、ガノンドロフを捕らえるように──と、  
リンクは勢いこんで兵士たちに告げた。  
 一方の兵士が嘲るように、冷たい言葉を投げかけてきた。  
「いい加減なことを言うんじゃない。悪戯にしてはたちが悪すぎるぞ」  
「おい、ちょっと待てよ」  
 もう一方の兵士が、こちらは心配そうな様子で、相棒に話しかけた。  
「ゼルダ様が逃げ出された晩、ガノンドロフがここへ来て、神殿に押し通っていっただろう。  
他のゲルド族の連中も、妙な動きをしていたようだし、反乱というのも、あながち根も葉もない  
話じゃあないんじゃないのか」  
 その目がリンクに向く。  
「この子はゼルダ様の手紙を持っていることでもあるし……」  
「ふむ……」  
 邪険な兵士も少しは考え直したようで、うさんくさそうな顔を保ちながらも、  
「わかった。一応、城の方には伝えておいてやる」  
 と言った。  
 あまり熱心ではなさそうなのが気になったが、反乱の根拠を詳しく話すこともできない。兵士の  
言葉に期待をかけることにして、リンクはゼルダの手紙を取り出し、神殿に入る許可を求めた。  
ここで手紙を見せるのは二度目になる。もう慣れたのか、文面をろくに確かめようともせず、  
兵士は許しをくれた。ただ、手紙を持っている理由、ゼルダとの関係、神殿での用事の内容などを  
訊かれたのには困った。まあいろいろ──と、あやふやな返事で追及をかわし、リンクは神殿の  
中へと駆けこんだ。  
 まっすぐ奥の部屋まで行き、マスターソードの前に立つ。  
 世界を救うという使命。それを果たすまでの道のりは、まだまだ遠い。けれども、今回の  
過去への旅が成果を生めば、目標に大きく近づくことができるだろう。  
 未来にどのような変化が生じたか、ぼくは、いま、確かめに行く!  
 意志と勇気を胸に奮い立たせ、リンクはマスターソードの柄に手をかけた。  
 
 
 朝のハイラル平原の上で、騎兵は馬を急がせていた。  
 失踪したゼルダ姫を追って急派された騎兵団にあとから追いつき、捜索を続けていたところを、  
ゲルド族の一隊に襲撃された。前から怪しいとは思っていたが、姫を襲ったのがゲルド族である  
ことは、これで明確になった。  
 甚大な被害を受けた味方の中で、唯一、無傷の自分が、城への伝令となったものの……途中で  
馬が倒れてしまうとは!  
 運悪く、近くに駐留している味方はいなかった。ようやく村に行き着き、こうして馬を借りる  
ことができたが、それまでは敵を警戒しながら徒歩で移動せざるを得なかったので、数日を余計に  
費やしてしまった。  
 城下町を出る時、壁にぶつかったのがまずかった。やはり馬は傷を負っていたのだ。気づかなかった  
のが悔やまれる。  
 あの子供が道に飛び出してきさえしなければ!  
 いや、思っても詮ないこと。数日の連絡の遅れはしかたがない。いまは一刻も早く、ゲルド族の  
暗躍の件を城に伝えなければならない。  
 城下町の正門が見えてきた。日の出から一時間が経っている。もう城では一日の活動が始まって  
いる頃だ。  
 ハイラル城まで最後のひと駆けとばかり、騎兵は疾駆する馬に鞭をくれた。  
 
 隠密組の女が足音もたてずに近づき、ガノンドロフにささやいた。  
「準備完了。午前十時きっかりに始めます」  
 ガノンドロフは頷きのみを返した。女は立ち去った。  
 背後からナボールの声がした。  
「ガノンドロフ様」  
 無言でいたが、怖じた様子もなく、ナボールは問いを発してきた。  
「ゼルダ姫の失踪に、ガノンドロフ様は、何か関係しているのですか?」  
 ふっ、と、ガノンドロフは小さく笑った。  
「聞きにくいことを、はっきり言う奴だな」  
 ふり向きもせず、応じる。  
「だが、その心意気がお前のいいところだ。よかろう。教えてやる」  
 ガノンドロフは歩きながら話を続けた。  
「十二日前、別荘にいるゼルダ姫を、何者かが襲撃した。俺はそれを察知し、隠密組を連れて  
救助に赴いた。ゼルダ姫は襲撃者に追われてハイラル平原に逃げ、俺はそれをさらに追った。  
正門まで行ったところで見失った。その時には騎兵団が出動していたので、俺は城内へと引き上げた。  
納得したか?」  
 返事はなかった。  
 この程度の話で丸めこまれるようなナボールでもないだろう……  
「城の連中は納得していないようだ。この十二日間、毎日呼び出されては質問攻めだ。今日は何を  
訊かれるか……」  
 何を訊かれても、その時までは、空とぼけておけばいい。  
「証拠はないからな」  
 その時は、もっと早く来るはずだったのだが、ゼルダ襲撃の晩に放った密使が、運悪く城下町で  
捕まってしまい、ツインローバへの連絡が数日遅れることになった。が……  
「それにもう……弁明を繰り返す必要もなくなった」  
 その時は来た。反乱の火の手を上げるまで、あと二時間。俺が魔王として世界を征する第一歩を  
踏み出す時が、あと二時間で訪れようとしているのだ。  
 身体と心を満たす邪悪な力に、陶酔にも似た充実感を覚えながら、ガノンドロフはひそかな  
笑みを唇の端に浮かべていた。  
 
 
To be continued.  
 
 

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