南の荒野からコキリの森まで、リンクはシークと行動をともにした。  
 すでに知り合っていたはずのシークとエポナは、この歴史改変後の世界では、初対面という  
間柄に戻ってしまっていた。そのため、当初、エポナはシークを大いに警戒した。しかしここでも  
エポナは、リンクがシークに寄せる信頼を感じ取ったようであり、また、改変前の世界の記憶を  
持つシークが、エポナの扱いをわきまえていたこともあって、関係は急速に改善した。三日後、  
ハイラル平原とコキリの森が接する場所に到達する頃には、エポナはシークが自分の背に乗る  
ことを──やはりリンクが同乗する場合に限ってではあったが──許すようになっていた。  
 平原と森が接する場所といっても、森の方は焼け跡だった。焼け跡は、南東の方角を中心として、  
そこから先のかなりの範囲に広がっていた。が、東方には森の焼け残った部分が遠望でき、歴史の  
改変が紛れもない事実であることを物語っていた。  
「ここからは、君ひとりで行きたまえ」  
 焼け跡を前にして、シークは言った。  
「君はどうするんだ?」  
「ここで見張りをする。敵が寄せてくることはないと思うが、念のためだ。何かあったら知らせに  
行く」  
 リンクは頷いた。エポナをどうするか、と考え、やはり残してゆくと決めた。焼け跡を行く  
だけなら支障はないが、神殿に入っている間、魔物が跳梁しているという森にエポナを留め置く  
ことになるのが心配だったからだ。ここでシークと一緒にいれば安全を保てる。  
 すでに聞いていた森の現況を、再度確認したのち、リンクはシークに別れを告げ、黒々と  
焦げついた土地へ入っていった。  
 
 改変前の世界で森の壊滅を初めて知った時には、限りなく重い心で、身を引きずるようにして  
進んだ焼け跡を、いまはうってかわった高揚感に煽られ、リンクは力強く歩んでいた。  
 サリアを助けるために。サリアに『森の賢者』としての真の覚醒をもたらすために。  
 だが──と思いは浮遊する。  
 サリアをどうやって覚醒させるか。半覚醒したサリアに会えばわかるのでは、とシークは  
言ったが……そうするまでもなく、ぼくはその方法について、すでに手がかりを持っている──  
そんな気がしてならない。  
 半覚醒といえば、そこにも引っかかる点がある。サリアが神殿という場の力で半覚醒に至った、  
というのがシークの推測だ。けれども、ぼくは疑問を感じる。それだけではないのではないかと。  
理由はわからないが……  
 曖昧な思考を続けるうち、不意に記憶がよみがえった。  
 ナボール。  
 ぼくがナボールに会ったのは、魂の神殿の中だった。なのに、ナボールには、覚醒どころか  
半覚醒の気配すらなかったじゃないか。  
 では、なぜサリアだけが? サリアとナボールの違いは?  
 答はすぐに出る。サリアとは、身体の交わりがある。ナボールとは、ない。  
 そういえば、マロンの場合も、その未来が変わった原因は、もとを正せば、ぼくとの交わり  
だった……  
 稲妻のような衝撃がリンクを襲った。  
 そうだ! あの確信! サリアと結ばれることがサリアを救うことになるという不思議な確信!  
あれはこのことを意味していたんだ!  
 七年前の世界で、ぼくとサリアは結ばれた。それが第一の要因だった。その時には何の変化も  
ないように見えたサリアだが、のちに森の神殿に入り、神殿という場の影響──第二の要因──を  
受けることで、半覚醒に至ったのだ。  
 時の勇者としての力を発揮できない子供のぼくは、サリアに完全な覚醒をもたらすことは  
できなかった。とはいえ、その前段までは可能だった。子供のぼくにも潜在的な力くらいはあった、  
ということか。  
 ならば、サリアに完全な覚醒をもたらすためには……勇者としての真の力を発揮できるはずの、  
いまのぼくが……もう一度……サリアと……  
 むず痒いような、くすぐったいような、ぞくぞくとした感触が背筋を走り、リンクの意識は  
現実に戻った。すでに焼け跡は尽きようとしており、リンクの前には、焼失を免れた森の領域が、  
美しく幽玄な、大きな影となって横たわっていた。  
 
 焼け跡と森との境界は、かつてデクの樹が築いていた障壁の線に一致していた。先には一筋の  
道が、深い森を貫いて延びている。  
 ここにサリアが結界を張っているのだ。ガノンドロフやゲルド族の侵入を禁じる、その結界を、  
ぼくは通り抜けることができるだろうか。  
 疑問は一瞬で消え去る。  
 シークは森へ潜入できた。ぼくにできないわけがない。  
 一歩、踏み出す。何の抵抗もなく、身体は境界線を越え、森の中へと入る。次いで慎重に、道の  
上を、数歩、進んでみる。異常なことは起こらない。  
 安堵の息をつき、リンクは前進を再開した。やがて道は谷川に行き当たった。焼け落ちる  
ことなく架かっている吊り橋を渡り、トンネルのように木々が生い茂った一本道を急ぐ。  
 道が終わりに達し、仲間たちの住む、開けた場所に出た。その瞬間、前方から突っこんでくる  
異様なものの気配を感じ、リンクは咄嗟に横っ飛びで身をかわした。  
 青黒い球状の物体。大きく開かれた口。密集したギザギザの歯。デクババだ!  
 以前、デクの樹サマのまわりで見た魔物。けれども、いま目の前にいるこいつは、その時の  
ものよりも格段に大きい。  
 剣を抜き、楯を構える。じりっと足を近づけた瞬間、それは猛然と頭を突進させ、楯に  
ぶち当たってきた。盾を持つ右手にしびれが走る。  
 大きいだけじゃない。力も速さも凶暴さも、前の奴とは大違いだ。  
 だが──と心を落ち着かせる。  
 茎で地面に釘づけになっている相手だ。動ける範囲は限られている。  
 足を出す。猪突してくる頭を、またも横っ飛びで避け、着地と同時に剣を横に払う。剣は茎を  
切り飛ばし、舞い上がった頭が地面に落ちる。動かなくなる。  
 リンクは周囲を見まわした。森の風景は、一見、七年前と変わらない。しかしここでも空は  
暗雲に覆われ、陰鬱な空気が重く澱んでいる。そして、いま倒した相手だけでなく、あたりには  
数々の魔物が群れをなしていた。  
「きゃッ!」  
 悲鳴が聞こえた。目をやると、前方の斜面に一人の少女が倒れていた。近くに生えた大デクババが、  
歯を剥き出して飛びかかろうとしている。  
 一足飛びに接近する。大デクババの頭がこちらに向きを変える。変えきらないうちに剣を  
振りおろし、頭を両断する。  
「大丈夫かい?」  
 怯えきった表情で、身を動かすこともできないでいる少女に、リンクは優しく声をかけた。  
 双子の女の子の片方。そっくりの姉妹だけれど、長い間ここで一緒に暮らしてきたぼくには  
わかる。この娘は妹の方だ。ただ、コキリ族が大人にならないことはわかっていても、七年を経て  
何の変化もない仲間を見ると、懐かしさとともに、やはり奇異な印象を受けてしまう。  
 
 リンクの感慨をよそに、少女は怯えた表情を変えなかった。のみならず、表情は徐々に恐怖の  
色すら帯び、地についた尻がじりじりと後退してゆく。ようやく腰を上げたかと思うと、少女は  
あとをも見ずに駆け去り、近くの家の中へ飛びこんでいった。  
 どうしたんだ? 助けてやったぼくを、どうしてそんなに怖がるんだ?  
 すぐに思い当たった。  
 ぼくが誰だかわからないんだ。ぼくは大人になっている。わからないのも無理はない。それに  
『外の世界』を知らない彼女は、大人というものを、いま初めて見たわけだ。恐怖を感じて当然だ。  
 頭では納得するリンクだったが、心が寂しさに浸されるのはどうしようもなかった。  
 ここで暮らしていた時も、仲間に溶けこめない疎外感が常にあった。それはいまもなくならない。  
なくならないどころか、いっそう強くなったと言わざるを得ない。  
 リンクは首を振った。  
 みんなに何と思われてもかまわない。ぼくはぼくにできることをやるだけだ。  
 歩を進めながら状況を観察する。見える範囲内だけでも、数え切れないほどの魔物がいる。  
大デクババだけではない。地にもぐっていたオコリナッツが顔を出し、大きな種を吐きかけてくる。  
池の中にはオクタロックがいて、これも石を吐き飛ばしてくる。近づくとすぐ身を隠してしまう、  
臆病ながらも厄介な敵だ。飛んでくる種や石を楯で跳ね返して命中させ、動きを止めている間に  
剣でとどめを刺す。大デクババも手当たり次第に斬り捨てる。  
 とりあえず手近な範囲の魔物を一掃したが、全滅させるにはほど遠い。これほどの数の魔物を、  
ガノンドロフは森に送りこんだのだ。みんなさぞかし苦しい思いをしたことだろう。  
 ふり返ると、知った顔のいくつかが、各々の家の戸口からわずかに覗き、こちらを注視していた。  
しかし目が合うが早いか、顔はそそくさと家の中に引っこんでしまう。  
 いいさ、気にはしない。こうやって、外に出られるくらいにはしておいたから、少しは気を  
休めてくれよ。  
 心で仲間たちに語りかけ、リンクは迷いの森へと足を向けた。  
 
 迷いの森からは奇妙な風が流れ出ていた。勢いはさして強くなく、それほど冷たくもなかったが、  
肌にまとわりつく何とも言えない異様な雰囲気が、入口に立つリンクの身体を震わせた。  
 心を奮い立たせ、曲がりくねった道をたどって行く。森の中に魔物は見当たらず、進行に障害は  
なかった。が、進むにつれ、風は強さと異様さを増し、先にひそむ邪悪なものの存在が、明白に  
感じ取れるようになっていった。  
 森の神殿にいるサリアが危機に瀕している徴候なのだろうか──と胸は騒ぎ、歩みは速まる。  
その歩みが、いくつめかの角を曲がった瞬間、ぴたりと止まった。  
 細い道がそこだけ幅を増している、小さな泉のほとりに、一人の少年が腰を下ろしていた。  
 ミドだった。  
 
 会いたかったわけではない。子供の頃は喧嘩ばかりしていて、ろくな思い出がない相手だ。  
それでも、ひしひしと迫る邪悪な空気の中、敵ではない、見知った人間の姿を目にして、心は  
和んだ。同時に、こんな所でミドは何をしているのだろう、と疑問も湧く。  
 おびやかさないように、と、ゆっくり近づいた。足音を聞きつけたのだろう、ミドが頭を上げ、  
こちらを見た。両目と口が大きく開かれ、顔には驚愕と戦慄が満ちあふれた。弾かれたように身が  
起きた。けれどもミドは逃げようとはしなかった。  
「なんだ、おまえ!? どこから来た!?」  
 声は震えているが、勇ましい態度だ。腰を落とし、両手を握って、隙あらば飛びかかろうという  
格好。立ち向かわんとする意志がこめられた、まっすぐな視線。ミドも大人を見るのは初めてに  
違いないのに、さすがはコキリ族のボス、と感心する。子供の頃にはわからなかったミドの気丈さだ。  
 その子供の頃のぼくを、やっぱりミドは、いまのぼくとは結びつけられていない。わかって  
欲しくはあるが、詳しい事情を話しても、とうてい理解してはもらえないだろう。  
「サリアを助けにきたんだ」  
 穏やかに言う。  
「サリアを?」  
 下から見上げるミドの顔が、一瞬、いぶかしげなものに変わった。が、たちまちそこには敵意が  
戻った。  
「嘘だ! そんなコキリっぽい服なんかでごまかされないぞ! おまえは森の外から来たんだろう!  
外の奴が森に入ったら、スタルフォスになっちまうんだぞ! そうならないうちに早く出て行け!」  
 記憶が掘り起こされ、思わずくすりと笑ってしまう。  
 昔、デクの樹サマが話してくれた。コキリ族は森の外へは出られない。同様に、『外の世界』の  
人間も森に入ることはできない。無理に入ってきた者は、歳に応じて、骸骨剣士のスタルフォスか、  
顔なし妖怪のスタルキッドに変化してしまうのだ──と。  
 当時は、ぼくも仲間たちも、みんな怯えたものだ。いま思えば、あれは警告の意味をこめた  
デクの樹サマのおどかしだったのだろう。そんなものを森で実際に見たことはないのだから。  
「何をにやにやしてるんだ! サリアを助けるなんてでたらめを言ってないで、さっさと森から  
出て行け!」  
「でたらめじゃないよ」  
 ミドの叫びに、あくまで穏やかさを保ち、リンクは答えた。  
「ぼくはサリアを助けるためにここへ来たんだ。だから先へ行かせてくれないか」  
「だめだ! ここは誰も通さない!」  
 ミドが両腕を広げて立ちふさがる。  
 さて、どうしたものか。腕ずくで通るのは簡単だが、そうはしたくない。どうすればミドを  
納得させられるだろう。  
 
 考えた末、リンクはサリアのオカリナを取り出した。それだけでは気づかない様子のミドを見て、  
オカリナに口をつけ、『サリアの歌』を奏でてみせる。ミドの表情から敵意が消え、  
「それ……サリアがよく吹いてた曲だ。おまえ……ほんとうにサリアを知ってんのか?」  
 驚きと意外さにとってかわり、  
「その曲……サリアが友達にだけ教えてくれる歌なのに……」  
 そして沈静がもたらされる。  
 迷うがごとく、自分に何かを言い聞かせるがごとく、複雑な顔となってうつむいていたミドは、  
やがて意を決したように面を上げ、きっぱりと言った。  
「わかった。おまえ、信じる」  
 リンクは、ほっとした。  
『外の世界』の人間であるはずのぼくが、どうしてこの曲を知っているのか、ミドにはさっぱり  
わからないはず。けれどもミドにとっては、そんな事情はどうでもよく、ぼくがその曲を知って  
いるということ自体が重要なのだ。それがぼくに対するサリアの信頼の証明になるのだから。  
 サリアを思って行動している点では、ぼくたち二人に変わりはない。ミドには理解してもらえた。  
そしてぼくもまた、理解を新たにする。かつては二人の対立のもとだったその点が、いまは二人を  
同志として結びつけているのだ──と。  
 リンクは泉のほとりにすわった。促して、ミドにも腰を下ろさせる。ぽつりぽつりと会話が  
始まり、ミドはサリアが神殿に赴いた経緯を語った。それはシークから聞いていた情報と同様の  
ものだったが、より詳しい点も含まれていた。  
 六年前のこと。森の外から黒い煙が上がるのを見、サリアは森の神殿に隠れて難を避けようと  
言い出した。迷いの森に駆けこむサリアを、ミド以下、仲間たち全員が追いかけた。サリアは  
神殿の前に立つ木に登ろうと悪戦苦闘していた。みんなでサリアを助けて木に登らせた。サリアは  
神殿の入口に飛び移り、みんなも早く、と言い残して、一足先に中に入った。いきなり神殿の扉が  
閉まり、あとの者は神殿に入れなくなった。黒い煙はいつの間にか消えてしまい、何ほどの被害も  
なく事は収まったが、以後、神殿の扉が開くことはなく、サリアの消息は途絶えたままである。  
が……  
「……サリアはいつか必ず帰ってくる、そう思って、俺、ずっと待ってるんだ。でも……そのうち、  
森に魔物が出るようになって、神殿の方から変な風が吹くようにもなって、俺……サリアのことが  
心配で……毎日ここへ来て……けど、俺一人じゃあどうにもできなくて……」  
 ミドの正直な気持ちを聞くのも、弱気な態度を見るのも、初めてのことだった。あのミドが──  
と驚く一方で、垣間見たミドの真情に、ほのぼのとした思いも生まれる。  
「ぼくが行って、サリアを助け出してくるよ」  
 リンクはミドの肩を叩き、立ち上がった。ミドが不安そうな声を出す。  
「ここから先は危ないぞ。俺たちが住んでいる所にいる奴らよりも、もっとずっと怖ろしい魔物が、  
うようよしてるんだぞ」  
「大丈夫さ。待っててくれ」  
 笑いかけるリンクに、  
「おまえ……勇気あるんだな」  
 嘆じたようにミドは言い、次いで顔をそむけ、小さな声でつけ加えた。  
「おまえ見てると……なんだか……あいつ、思い出すよ……」  
 ミドの言う「あいつ」の正体に思い当たる。微笑みが漏れる。それを一別の挨拶に代え、  
リンクは森の奥へと進んでいった。  
 
 迷いの森を抜けると、すぐに魔物たちが襲ってきた。みずうみ博士の図鑑で、名前と姿だけは  
知っていたが、実際には遭遇したことのない連中だった。  
 森を出てすぐの地点には、狼に似たウルフォスが待ちかまえていた。動きが速く、鋭い爪の  
生えた前脚を振りまわしてくるのに手こずったものの、背後をとって尻尾を剣で斬り落とすと、  
その場に倒れて姿を消した。  
 その先の曲がった小道では、醜い犬のような顔をしたモリブリンが、リンクを認めるやいなや、  
槍を構え、巨体を震わせて突進してきた。初めは手の出しようがなく、ひたすら身を隠すだけ  
だったが、これも背後が無防備とわかり、突進をやり過ごして後ろから斬り伏せた。  
 最後の石段には、モリブリンの親玉であるボスブリンが立ちふさがっており、棍棒を地面に  
叩きつけて衝撃波を放ってきた。あまり俊敏な動きではないと見切って、衝撃波を避けながら  
素早く前進し、やはり背後からの攻撃で倒すことができた。  
『森の聖域』に魔物はいなかった。サリアとの思い出の場所が荒らされていないのは嬉しかったが、  
神殿の上方からは、あの邪悪な風が、いっそう勢いを増して吹きつけてきていた。邪悪さの源が  
神殿に存在することは明らかであり、それはとりもなおさず、神殿にひそむサリアの身に危険が  
迫っていることを意味していた。  
 かつてサリアが、そして自分もがそうしたように、リンクは神殿のそばの木に登り、入口の前に  
飛び移った。聞いていたとおり、そこは厚い石の扉で塞がれていた。シークの教示に従い、  
『時のオカリナ』を取り出して、『森のメヌエット』を奏でる。  
 果たして!  
 重々しい響きとともに、扉は開いた。  
 心の中で快哉を叫び、シークへの感謝の思いを噛みしめつつ、リンクは森の神殿へと踏みこんだ。  
 
 前に来た時は無人の廃墟に過ぎなかった神殿だが、いまはそうもいくまい──という予想は、  
いきなり的中した。入った所で二体のウルフォスに襲われた。時間はかかったものの、先刻の  
経験を生かして斬り捨てた。次の廊下では、大蜘蛛のスタルチュラが天井から急降下してきた。  
硬い背には剣も効かない。試行錯誤の末、腹部を刺して葬り去る。  
 最初から立て続けにこのありさまでは、先が思いやられる。ハイラル平原の魔物など、これに  
比べればのんびりしたものだった。  
 嘆息しつつも気を張りつめさせ、廊下を抜けて大広間に出る。あたりに注意を払うが、敵の  
気配はない。いや……  
 中央に、低い垣で囲われた、やや広い正方形の領域がある。垣の四隅の燭台に灯がともっている。  
緑、青、赤、そして紫。もちろん以前には、こんな灯などついてはいなかった。  
 慎重に近づく。が、あと少しというところで、四つの灯は燭台から浮き上がり、四方に散って、  
壁の中へと消えていった。  
 何なのだろう。皆目わからない。気にかかるが、いまはこの部屋に敵はいないようだ。早く  
サリアの居場所を突き止めなければ。  
 神殿の構造は覚えている。中心部にあたるこの大広間が各部への起点となる。  
 正面の廊下を通り抜け、行き止まりの部屋に入る。  
 無人。  
 引き返そうとした途端、背後で物音。ぎょっとしてふり向く。剣と楯を構えた骸骨の剣士が  
立っている。  
『スタルフォス!?』  
 目を見張るリンクに、ごおっと空気を巻いて剣が振りおろされる。咄嗟に楯で受け、こちらも  
剣を構える。  
 デクの樹サマの言っていたことはほんとうだったのか。それとも単なる偶然の一致で、こいつは  
数ある魔物の一種に過ぎないのか。  
 思ううちにも剣が迫る。盾で防ぐ身はじりじりと後退する。  
 些末なことを考えている余裕はない。集中しろ! 集中しろ!  
 剣を振るって反撃する。すべてが楯で跳ね返される。隙がない。斬りこめない。  
 こんな正統派の敵は、ドドンゴの洞窟で出会った大蜥蜴──リザルフォス以来だ。だがこいつは  
もっと強い。  
 下がって間合いを取り、深く息を吐く。それが油断だった。取ったはずの間合いをものともせず、  
敵は大きく跳躍して上から剣を叩きつけてきた。予想外の攻撃を避けきれず、右肩を剣先に  
抉られてしまう。  
 異常なほどの運動能力──と背筋に冷たいものを感じながらも、リンクは一筋の光明を  
見いだしていた。  
 剣を振りかぶって跳躍する際、奴の胴はがら空きになる。それがおそらく唯一の隙。しかし  
タイミングはきわどい。奴の剣が早いか、自分の剣が早いか、一瞬の差だ。  
 覚悟を決める。わざと小競り合いを続け、機を見て後退する。誘いにかかり、跳ね飛んでくる敵。  
 見極めろ!  
 殺到する剣をぎりぎりまで引きつけ、ここしかないという瞬間に、攻撃をかいくぐって左腕を  
突き出す。マスターソードが脊椎骨を貫く。上下に分離した敵が床に落ちる。即座に頭蓋骨を  
破砕する。直後、敵の全身の骨がばらばらになり、その場に散らばった。  
 息を喘がせ、リンクは勝利を反芻した。  
 頭蓋骨と脊椎骨を狙う。シークがスタルベビーを倒したやり方だ。自分がスタルベビーを相手に  
する際には、マスターソードの威力に任せ、細かいことなど気にせず倒しまくるのだが、より  
強力な敵と相対して、シークの効率的な方法を思い出し、同じ骸骨の敵ならば、と応用したのが  
図に当たった。  
 右肩の傷は痛むものの、腕を動かすのに支障はなかった。布を巻きつけて止血を施し、リンクは  
大広間に戻った。  
 
 中庭は大デクババとオクタロックの巣だった。楯と剣を使い分けて何体かを倒したが、きりが  
ないとわかって引き下がった。  
 神殿は中庭を取り囲むような形で建てられており、左右の廊下を通じてぐるりと一周できる  
ようになっている。リンクは左側の廊下を進んだ。スタルチュラの不意打ちや、色つきの炎を  
まとった頭蓋骨──青バブルと緑バブルの浮遊攻撃を切り抜け、神殿の側面の廊下に入る。  
『これは!?』  
 驚愕する。廊下が先に延びるにつれ、九十度ねじれているのだ。空間の把握ができず、目眩が  
しそうになる。  
 以前は普通の廊下だった。何かの罠かもしれない。だが道はこれだけ。行くしかない。  
 リンクはそろそろと足を進めた。進めば側壁に横向きで立つことになる。頭がぐらぐらしたが、  
廊下に合わせて自分の位置もねじれていくためか、落ちたり転んだりすることはなく、無事に  
突き当たりまで行けた。  
 戸をあける。四角い小部屋。立ち止まって見まわす。見覚えがあるようで、しかし記憶とは  
異なった場所だ。  
 不意に頭上に気配。反射的に前転。背後に落下音。ふり返る。巨大な手。フォールマスター!  
剣を振る! 斬る! 斬る! 斬る! 数度の斬撃に寸断される手。  
 一瞬も気が抜けない。  
 肩で息をし、それでも気を奮わせ、次の廊下に進む。ねじれはなく、記憶のとおりの古びた  
廊下だった。敵の姿もないので、しばらくとどまり呼吸を整えてから、先に続く階段を登った。  
 踊り場の壁に目がとまる。絵が掛かっている。若い女性の肖像画。  
 前にはこんなものはなかったはず……  
 気にはなったが、絵は敵ではない。懸念を捨てて階上に至り、リンクは新たな部屋に入った。  
 
 部屋には何もいなかった。いないように見えた。見せかけだ、とリンクは思った。  
 案の定、数歩踏み出すと、  
『スタルフォス!』  
 しかも、  
『二体!』  
 激闘が始まった。一体だけでも容易ではないのに、二体となると手の施しようがない。片方の  
隙をうかがっていると、必ずもう片方が攻撃してくるのだ。回避しようにも動ける範囲は狭く、  
受ける手傷が増えてゆく。がむしゃらに攻めに出る。完璧に封じられる。さらに手傷は増す。  
 これではだめだ。二方向に敵を置くのは禁物。二体を一方に固めなければ。  
 横っ飛びを駆使して素早く位置を変え、二体が重なるように誘導する。これで敵も動きが鈍る。  
下手に動けば同士討ちになるからだ。そのうち焦れて──  
 やはり来た!  
 一体の跳躍。さっきの要領で脊椎骨を突き崩し、さらに頭蓋骨に狙いをつけた瞬間、残りの  
一体が跳躍してきた。寸前でかわし、距離をとって向かい合う。  
 一体だけなら、とじっくり構えるうち、倒したはずの一体の骨格が元に戻り始める。  
 復活するのか! 頭蓋骨を砕かなければとどめを刺せないと!  
 振り出しに戻ってしまう。  
 同じ戦法でいいだろうか。いいだろう。一体が囮となり、もう一体がけりをつける、というのが、  
いまの奴らの狙いだ。それにかかったふりをしてやる。  
 二体を重ねる。さっそく一体が跳んでくる。もはや慣れたタイミングで脊椎骨を刺し貫く。  
もう一体が襲いかかってくる気配を背に、落下する頭蓋骨を思い切り蹴飛ばす。同方向へ身を  
投げる。ぎりぎりで空を切る敵の剣。壁に衝突した頭蓋骨に追いつき、すぐさま剣で叩き壊す。  
 これで残り一体。いつでも跳んでこい。もうやり方は会得した。  
 だが敵も慎重になった。跳躍しようとはしない。こちらのカウンター攻撃を読まれているのだ。  
間合いはそのままに互いがぐるぐると位置を変える持久戦となる。  
 相手もカウンターを狙っているだろう。迂闊には攻められない。かといって、この状態が続けば、  
負傷しているこちらが不利。別の戦法をとらなければ。  
 腹を決める。鋭く踏みこみ突きを繰り出す。楯で防がれる。思ったとおり──と瞬時に横転。  
背後に回って脊椎骨を断つ!  
 崩れ落ちる頭蓋骨にマスターソードを突き刺し、戦闘の幕は下りた。  
 
 勝った──と思った直後、疲労の蓄積が実感され、リンクは床に膝をついた。身体を動かせ  
なかった。息は切れ、傷は痛んだ。が、難敵を倒した達成感は肉体的な消耗を充分に補ってくれた。  
傷は多いが、いずれも軽く、運動に大きな影響はない。水筒の水で喉を潤し、呼吸が静まるのを  
待つ。待つうちに──  
 ──リンク……  
 声?  
 ──リンク……  
 声だ! 誰の?  
 ──リンク……あたし……  
「サリア!」  
 あわてて立ち上がり、室内を見まわす。姿はない。ないけれど、この声は確かに──  
 ──リンク……これを……  
 部屋の中央にまぶしい光が現れる。驚き見守るリンクの前で、やがて光は散り、あとには大きな  
箱が残される。  
 サリアが、ぼくに、これを?  
 歩み寄り、箱の蓋をあける。中にあるのは、頑丈そうな弓と、三十本ほどの矢が入った矢立。  
 ──『妖精の弓』……これからは、それが必要になるわ……気をつけて、リンク……絵が……  
をだ……として……  
 何とか聞き取れていたかぼそい声が、突如、不明瞭になる。  
「サリア?」  
 ──あ……しん……かにいる……ここに……ろしい……りょうが……リンク……  
「何だって?」  
 ──はやく……きて……  
「サリア! どこにいるんだ!?」  
 ──たすけて……  
「サリア!!」  
 声は消えた。  
 リンクの身は震える。敵への憤りのために。  
 サリアは神殿の中にいる。魔物どもがその身をおびやかしている。ぼくが魔物を倒したことで、  
サリアの声が届くようになったのだ。とはいえ、危険はなくなっていない。声が聞き取りづらく  
なったのは、残った敵が妨害しているからだ。  
 そして自らへの憤りが、リンクを苛む。  
 サリアに「助けて」と言わせてしまった! 二度と言わせまいと思っていた言葉なのに!  
 しかし──と心を奮い立たせる。  
 まだ遅くはない。決して遅くはない。サリアはいる。ここにいる。ぼくの助けを求めて、  
サリアはぼくを待っている!  
 あの世界ではサリアを助けられなかった。だが二度とその轍は踏まない!  
 サリアがもたらした弓と矢を背に負い、リンクは力強く足を踏み出した。  
 
 神殿は、ほぼ左右対称の形状となっている。二体のスタルフォスを倒した部屋の向こうは、  
通ってきた側と同様、階段となっていた。そこにも掛かっている別の女性の肖像画を横目で  
見ながら階下に至り、さらに続く廊下をリンクは進んだ。先にはやはり四角い小部屋があり、  
そこで角を曲がると、またもねじれた廊下が現れた。落ち着かない環境に耐え、突き当たりの  
部屋に入る。石の壁で囲まれた奇妙な部屋で、そこから先は行き止まりだった。  
 おかしい。前に来た時には、こんな部屋はなかった。神殿を一周して、元の大広間に戻れたはずだ。  
 道を間違えたか、と引き返す。それらしい分岐は見当たらない。何度も往復してみる。敵が  
出現しないので、移動は楽だったが、やはり道は見つからなかった。  
 さんざん右往左往した末に、あのねじれた廊下が怪しい、と思いついた。注意深く観察し、  
最初のねじれ廊下の入口の上に、目玉のような印を発見した。少し考え、弓を使うことにした。  
ゲルドの砦で弓の扱い方は習得しており、印を射るのは造作もなかった。  
 廊下への戸をあけてみると、ねじれはみごとに消え去っていた。先の四角い小部屋も、  
さっきとは様相が異なり、記憶に合致する形となっていた。廊下とともに九十度回転していたため、  
見たことがありながら、そうとわからなかったのだ。  
 反対側の小部屋とねじれ廊下も復元していた。小部屋からは、それまでは壁の高い所に開いて  
いた別方向の通路をたどれるようになっていた。覚えのある部屋に出る。三枚目の肖像画が壁を  
飾っているその部屋を過ぎ、次の廊下を抜けると、そこが元の大広間だった。  
 言うまでもなくガノンドロフのものであろう、空間をも狂わせる魔力を目の当たりにし、  
リンクの精神は絶え間ない緊張にさらされていた。その緊張が、大広間に戻ったことで、ふと緩んだ。  
「お待ちしていました」  
 驚き、立ち止まる。が、警戒心は起こらなかった。それほど穏やかで、心の緩みに染みいって  
くるような、女の声だった。  
 
 大広間の中央の、低い垣で囲われた、正方形の領域。その四つの隅に一人ずつ、若い娘が  
立っていた。歳は少しずつ異なっている。各々の間の差は、一、二歳ほどか。いま声を発した  
娘が最年長で、自分と同じくらいの年齢と見えた。その娘が、  
「私たちは、この屋敷に住んでいた姉妹です。魔王の呪いで身を消されていましたが、あなたが  
魔物を退治して下さったおかげで、元の姿を取り戻すことができました。心よりお礼を申し上げます」  
 と言葉を続け、最後にゆったりとした仕草でお辞儀をした。他の三人も同じように、丁重な礼を  
送ってくる。  
「あ、いや……」  
 突然の成りゆきに当惑し、まともな返事ができない。目の前にいる女性たちの様子を把握する  
のに精いっぱいだ。  
 四人の姉妹。顔が似たところがあるのはそのせいか。いずれも美しい。物腰や服装にも高貴な  
雰囲気が共通して感じられる。けれども風貌にはそれぞれの特徴があって、たとえば、最年長の、  
この娘は……  
「私は長女のマーガレット。メグと呼んで下さい」  
 ちょうど彼女が名乗りをあげた。  
 そう、このメグは、年上だけあって、大人っぽく、落ち着いていて、優しげだ。紫色のドレスの  
上からでも、身体つきがふっくらとしているのがわかる。  
「こちらは次女のジョーゼフィン」  
「ジョオって呼んで」  
 メグの隣の一角に立っていた娘が、気さくな態度で歩み寄ってきた。身にまとう赤い衣服に  
合った、活発そうな印象を受ける。男っぽいと言ってもいいくらいだ。次女というが、メグより  
少し背が高いかもしれない。  
「そちらは三女のエリザベス。さあ……」  
 別の一角に立つ青い服の少女を、メグが手で差し招いた。少女は何も言わず、もじもじしている。  
「ベス、こっちにいらっしゃい」  
 メグの再度の呼びかけに、少女はうつむき、それでもようやく近づいてきて、  
「よろしく」  
 と蚊の鳴くような声で言った。内気な性質のようだ。その心の内をぜひ知りたい、という誘惑に  
駆られそうになる。  
 ベスから目を離せないでいると、咳払いが聞こえた。四人目の少女だ。メグが微笑みながら  
紹介する。  
「あちらが四女のエイミーです」  
「初めまして。お会いできて光栄ですわ」  
 待ちかまえていたように言葉が飛び出す。口調は淑女を気取っていても、緑色の衣装を  
ひるがえして駆け寄ってくるさまは、歳に合った子供っぽさをあらわにしている。その天真爛漫な  
笑顔に誘われ、リンクも笑みを返した。  
 
「さぞお疲れのことでしょう。こちらでお休みになって」  
 メグが手で示す方を見る。正方形の領域の真ん中に、天蓋つきの大きなベッドが現れていた。  
いつの間に──といぶかしく思いつつも、心は優先すべきことがらへと走る。  
 神殿を一周してもわからなかったこと。  
「心遣いはありがたいけれど、ぼくはサリアに会わなくちゃならないんだ。サリアがどこに  
いるのか、知っているのなら教えてくれないか?」  
 四人は顔を見合わせた。無言で意志を通じ合わせているようだった。  
「知っています」  
 向き直ったメグが言い、さらに続けた。  
「場所はすぐにでもお教えできます。ですが、その前に、私たちの願いを聞いていただけないで  
しょうか」  
「君たちの願い?」  
「あなたに救われた私たちですが、まだ救いは完全ではないのです。元のままの私たちに戻る  
ためには、あと少し、あなたのお力を借りなければなりません」  
「どうすればいいと?」  
「賢者の目覚めに必要なことが、私たちにも必要なのです」  
「え──?」  
 賢者の目覚めに必要なこと。それが何なのか、ぼくは知っている。知っているが……  
「お願いします」  
 とメグが腰をかがめる。続けて、  
「あたしたちを」  
「どうか」  
「お救い下さい」  
 ジョオ、ベス、エイミーが順に言葉を継ぐ。  
 四人の麗しい女性が、かしずくがごとく眼前にある。さっきまで魔物が跳梁していた神殿の  
薄闇の中で、それは場違いともいえる幻想的な光景だった。  
 頭がぼうっとしてくる。酒に酔った時のようだ。まさに彼女たちから、自分を酔わせる香気が  
放たれているのではないか、と思えてならないほどに。  
 そう、ぼくはサリアを、そして他の賢者たちを救うべく、行動しようとしている。それは  
マロンを救った行動でもある。ならばここで、目の前の彼女たちを救うよう行動することに、  
何の問題があるだろう。  
「さあ……」  
 メグが左に寄り添い、腕を取る。  
「一緒に……」  
 ジョオが右に寄り添い、腕を取る。  
 二人にはさまれ、ベスとエイミーに先導されて、足は進んでゆく。ベッドに到達する。柔らかい  
布団に腰を下ろす。ブーツを脱がされる。いつの間にか剣と楯と弓矢も背から下ろされている。  
どこに置かれたのか、と確かめようとする目が、前に立つ姉妹たちから離れなくなる。  
 一様に優雅な動きをもって、四人がはらりと着衣を解く。顔のみならぬ美しい裸身が、  
四者四様の魅力を湛えて披露される。言葉も出せず見つめていると、四つの裸体にまわりを  
取り囲まれ、ベッドの中央へと運ばれる。  
 
 上体を起こしたまま両脚を伸ばしたリンクの、やはり左腕を取ったメグに手招きされ、ベスが  
顔を赤らめながら位置を移し、右腕にすがりつく。左脚にはジョオが、右脚にはエイミーが、  
それぞれ腰を落として触れかかる。  
 メグが身をもたせかけてくる。左腕が胴を抱く形になり、手は自然にメグの乳房に触れる。  
手で包みきれない豊満な柔らかみと、ほのかに湿り気を帯びた肌に心を奪われるうち、メグの唇が  
首筋から頬へと這い寄ってくる。左に顔を向けて、その唇に応えようとした時、右腕をぐいと  
引っぱられた。手のひらが別の柔らかみを感知する。ふくらみきるにはまだ間のある発達途上の  
隆起。引っこみ思案のはずのベスが、大胆にも自らの意志で右手に胸を押しつけてくる。  
 メグとベスに上半身を分け与え、接触を陶然と味わううち、下半身への侵蝕も始まる。ジョオの  
細い身体が左脚を跨ぎ、浅黒い皮膚に覆われた、小さめながらも緊密な弾力を秘める乳房が、  
大腿に押しつけられる。純白の肌のエイミーも、小さな身体を右脚に絡ませ、あるかなきかの胸の  
隆起をこすりつけてくる。二人の手が、脚から腰へ、そして股間へと伸び、すでに硬く膨張した  
部分に、絶妙な愛撫が施される。  
「う……」  
 肌着を介しているとは思えない、生々しい手と指の感触に、思わず口から呻きが漏れる。その  
部分の感覚だけがぐんぐん増幅され、他の部分からは次第に力が失われてゆく。  
 下着を奪われる。抵抗しようという気にもならない。ジョオとエイミーが争うように、直立した  
欲望の中心をまさぐる。荒々しいほどの玩弄が、いまはただ快い。  
 両手を下に導かれる。恥毛の感触。左は濃く、右は薄い。けれどもその下の狭間の、熱と潤みの  
おびただしさと、  
「あ……はぁ……ぁ……」  
「う……ん……あん……」  
 快美を訴えてやまない声は、メグもベスも変わらない。  
 ああ、こうして身を投げ出し、四人の美女のなすがままになっている自分は、何と幸福な  
存在だろう。酔っている。ぼくは酔っている。酒の酔いはごめんだが、こんな酔いならいくらでも……  
 うつろう目が、正面の壁に止まる。掛けられた絵。四枚目の肖像画。描かれているのは……メグ。  
 思い出した。他の三枚の絵に描かれていたのは、ジョオとベスとエイミーだった。ここに  
住んでいたという四人の姉妹。だからその絵が飾られているんだ。  
 しかし待てよ、前には絵なんか掛かっていなかったぞ。どうして……  
 ああ、あれは改変前の世界だった。いまは世界が変わっているんだ。だから前にはなかった絵が  
あっても、何の不思議も──  
 ないか?  
 どこか……おかしな感じが……  
「ジョオ」  
 メグの呼びかけにジョオが頷き、直立した部分を握りしめ、激しく摩擦を加え始める。どっと  
押し寄せる快感が、すべての思考を洗い流そうと──  
 いや、やっぱりおかしい。前にはこの神殿になかった絵。同じく前にこの神殿にいなかったのは……  
『魔物?』  
 馬鹿な。彼女たちはむしろ魔物の被害者だ。  
 四人の衣装。紫、赤、青、そして緑。  
 燭台の灯。緑、青、赤、そして紫。  
 あの灯の正体は、彼女たちだったんだ。ここで暮らしていて、ガノンドロフの魔力によって身を  
消されて……そういえば……サリアが絵のことを何か言いかけていたようだけれど……あれは……  
 
 ──リンク!  
 声!  
 一気に意識が冴えわたる。  
 違う! ぼくは知っている! たびたびサリアと一緒に『森の聖域』で時を過ごしたぼくは  
知っている! ガノンドロフが暗躍し始める前から、ここは廃墟だった! 人など住んでは  
いなかった! いままでどうして気がつかなかったのか!  
「離せ!」  
 まとわりつく女たちを振り払おうとした瞬間、もの凄い力が身体に加わった。左腕をメグに、  
左脚をジョオに、右腕をベスに、右脚をエイミーに、それぞれがっちりと固められる。動けない。  
女とは思えない力だ。  
「ジョオ! 早く!」  
 メグが叫ぶ。激した声。穏やかさの欠片もない。  
 陰茎を握ったまま、ジョオが顔を引き裂くように大口をあけた。悪鬼の形相!  
『噛み切られる!』  
 全身の筋肉が最大限の瞬発力を発揮した。  
 攻撃にかかったジョオが圧迫を緩めたのに乗じ、強引に左膝を腹へ打ちこむ。動物的な呻きを  
あげてうずくまるジョオ。その頭越しに右へ旋回させた左足が、エイミーの側頭部を直撃する。  
小柄な身体が吹っ飛んでゆく。解放された両脚を後転させ、  
「畜生! こいつ!」  
 と豹変し怒鳴り声をあげるベスに蹴りを入れる。右腕が自由になる。すかさずメグに拳を  
叩きこみ、左腕を引き抜く。ベッドから飛び降りる。前転で壁際まで逃れる。  
 ふり向く。ベッドは忽然と消えていた。四姉妹の姿もない。かわりに四つの黒い影が室内を  
浮遊していた。醜い顔。ねじ曲がった両腕。握った手燭が四つの光を発している。紫、赤、青、そして緑。  
 これが奴らの正体!  
 見まわす。床に放置された剣と楯と弓矢。駆け寄ってマスターソードに飛びつく。鞘を払って  
斬りかかる。届かない。剣を振りまわす。ぎりぎりのところで避けられる。  
 一体を追い回すうち、後ろに気配がした。避ける間もなく、いきなり背中に衝撃が加わり、床に  
突っ伏してしまう。残りのうちの一体が体当たりしてきたのだ。そっちに狙いを移すと、今度は  
背中に熱を感じた。燃えている。手燭の火を服に移されてしまった。あわてて床に転がり、消し止める。  
 四体を同時に相手にしていては勝ち目がない。かといって一体に攻撃を集中させてはくれない。  
スタルフォスのようにひとまとめにしたいが、敵は分散を心がけているようだ。簡単にはいかない  
だろう。それに、できたところで剣は効かないのだ。  
 
 ふわふわと空中を自在に飛びまわる四体。幽霊のように。ポウのように。  
『ポウ?』  
 思い出す。シークの言葉。  
『剣の間合いは完全に見切られる。倒すには飛び道具が必要だ』  
 飛び道具! サリアも言った!  
『これからは、それが必要になるわ』  
 剣を捨てる。弓に飛びつく。構える。矢をつがえる。突進してくる一体。手燭の緑の光。狙う。  
放つ。目の前で矢に貫かれ、空気を裂くような悲鳴をあげて消え散るエイミー。  
『いける!』  
 残る三体を目で追う。立体的な動きだが、速くはない。軌道もある程度は予測できる。  
 気を落ち着けて、素早く射かける。ベスが、続けてジョオが、聞き苦しい声とともに消滅する。  
 残りは一体、と狙いをつけた瞬間、  
『えッ?』  
 メグが四つに分裂し、周囲をぐるぐると回り始めた。狼狽しかかる心を叱咤し、思考する。  
 四体のメグ。そのうち一つが本体だろう。他の三つは囮だ。だが、どれが本体なのか。  
 弓を構えたまま必死で見定めようとするが、わからない。メグの回転は徐々に速くなり、中心に  
いる自分を包みこむように迫ってくる。一体に向けて放った矢は、あっさり素通りしてしまう。  
 四体が同時に飛びかかってきた。バック宙の連続でかわす。それも束の間、たちまち追いついて  
きた四体は、またも周囲で回転を始めた。射てみる。当たらない。突撃を受ける。避ける。  
 延々と同じ攻防の繰り返しになる。当てずっぽうで射ても埒は明かない。焦る。疲れを意識する。  
脚の力が抜けそうになる。  
 焦りを抑え、攻撃を手控えて観察に専念する。  
 何度かの突進をかわしたのち、ようやくわかった。攻撃の直前、一体のみが、わずかに早く  
動くのだ。その一体から目を離さないようにしておき、攻撃寸前で回転を止めた瞬間、  
すかさず矢を放つ。矢はみごとに命中し、四体のメグは四つの叫びを残して消え失せた。  
 切れそうになる緊張の糸をかろうじて保ち、さらなる敵を警戒する。  
 いない。  
 ほっと息をつき、リンクは床にすわりこんだ。石の冷たさが尻に感じられ、自分が股間を  
露出させて戦っていたことに気づく。あたりに目をやる。下着が落ちている。恥ずかしさで頬が  
火照ってくる。  
 ぼくからまともな思考力を奪うような、何か術のようなものを、あの幽霊どもは仕掛けたに  
違いない。それにしても、こんなにあっさり敵の誘惑にはまってしまうとは……何という間抜けさ、  
情けなさ。もっと気を引き締めなければ。  
 おのれを叱りつけ、衣服と装備を整えながら、危ういところで自分を救ってくれた声のことを、  
リンクは思い出した。  
 あれは間違いなくサリアの声。そのサリアは、まだ姿を現さない。敵が残っているという  
ことなのか。いったいサリアはどこにいるのか。  
 その時、気づいた。  
 大広間の中央に、四角い穴が黒々と口をあけていた。  
 
 
To be continued.  
 

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