カカリコ村から城下町までの行程は、実に複雑な葛藤をリンクに強いた。  
 使命の遂行を考えるならば、一刻も早く時の神殿に赴いて過去へ旅立つべきだ。反面、シークが  
心おきなくアンジュとともに過ごせるよう、できるだけ到着を遅らせたいとも思う。  
 迷いは手綱の操りに伝わった。速度の頻繁な変更に、初めは素直に従っていたエポナも、  
そのうち不満げな嘶きを聞かせ始めた。腹を決め、真夜中を過ぎたあたりで、リンクは前進を  
中断した。自分にもエポナにも休息が必要なのだ、と理由をつけ、朝までの眠りについた。  
 明けて旅を再開すれば、ガノンドロフの居所に近づいているとあって、もうのんびりとは  
していられなかった。夕刻には城下町が見えてきた。例によって、西端の門から城壁内へ侵入し、  
王家の別荘跡の馬小屋でエポナと別れたのち、充分に警戒を払って時の神殿に至った。  
 まっすぐ足を進め、奥の部屋に入って台座の前に立つ。  
 再度の過去への旅。なすべきことはわかっている。ここまで来たら、迷ってはならない。  
 リンクはマスターソードを背の鞘から抜き、即座に刃先を台座の空隙へと突き刺した。  
 
 おのれの身が子供に戻っているのを確かめるやいなや、リンクは脱兎のごとく部屋から飛び出し、  
神殿の入口に急行した。外はさわやかな朝の光に満たされており、シークが予測したとおり、  
先に未来へ向けて旅立った時点から、さほど離れてはいない頃、と思われた。  
 まだ城下の空気は平穏を保っている。反乱を防ぐ手だてを講じなければ。  
 ここに至っては遠慮も不要。すでに顔馴染みとなった見張りの兵士に、リンクは激しく言い立てた。  
「まだ反乱のことを城に伝えていないの? 早くしてよ! もう時間がないんだ!」  
「おいおい」  
 二人の兵士のうちの一方が、あきれ声を出した。これまでずっとリンクに邪険な態度を  
とっていた方の兵士だった。  
「さっきお前が神殿に入っていってから、いくらも経っていないんだぞ。俺たちは交代の時刻に  
なるまではここから動けんのだ。あまり無茶を言うな」  
 現在がいつかという点を明らかにしてくれる言葉だ。それはいいのだが──  
「そっちこそ、のんきなことを言っている場合じゃないよ! 反乱は今日中に起こるんだから!」  
 さすがに兵士も驚いたようで、言葉が返ってこなかった。その間を縫って、もともとリンクに  
同情的だった、もう一方の兵士が、  
「この子の様子を見ろよ。ただごとじゃないぜ。ゼルダ様の命を受けて働いているというのなら、  
どこかで探り当てた機密があるのかもしれんぞ」  
 と助け船を出してくれた。  
 二人の兵士はひとしきり言い合っていたが、そのうち邪険な兵士も折れ、とにかくリンクを  
城門まで連れて行こう、ということになった。親切な方の兵士が、その役を買って出、あとに  
ついてくるようリンクに指示して、城の方へと歩き始めた。  
 兵士は兵士なりに急いでいるふうだった。けれどもリンクにしてみれば、何とも遅々とした  
歩みだった。一人で駆け出したい誘惑に何度も駆られたが、実際にそうするわけにもいかず、  
リンクは焦燥に胸を焦がしながら、すでに活気ある賑わいを呈し始めた町の中を、兵士について  
進んでいった。  
 
 城門に立っていたのは、かつてゼルダに会いにきたリンクをすげなく追い返した、あの衛兵だった。  
親切な兵士が語るのに耳を傾けてはいたものの、リンクに向ける意地悪げな視線は以前と変わらず、  
反乱についても容易に信じようとはしなかった。ここでも言い合いが続き、リンクはいてもたっても  
いられない気分になったが、自分が口を出しても話は進まないとわかっていたので、我慢して口を  
つぐんでいた。  
 兵士の粘り強い説得が衛兵を譲歩させた。この件を城内のしかるべき立場の人物に伝え、  
その意向によってはリンクに直接話をさせる、と決まり、衛兵の同僚が面倒くさそうに城へ  
向かった。任務があるから、と言って城下町へ戻る兵士に、リンクは心からの礼を述べた。  
 城からの返事は一向に届かなかった。じっとしているのに耐えられず、城門の前を行ったり  
来たりする間、状況に興味を覚えたらしい衛兵が何度か話しかけてきたが、まともに応対する  
余裕は、リンクにはなかった。  
 朝が昼に移り始めた頃、ようやく衛兵の同僚が帰ってきた。去った時とはうってかわった  
駆け足で、声には緊張がみなぎっていた。  
「その子を城に連れていく。反乱の話は、どうやらほんとうだ」  
「何だって?」  
 衛兵の表情も一変した。  
「今朝、騎兵が一騎、ここを通って城に入っていっただろう」  
「うむ、やけにあわてていたな」  
「あの騎兵はゼルダ様を捜しに出た騎兵団の一員だったんだ。捜索中、ゲルド族の襲撃を  
受けたらしい」  
「えッ? 確かか?」  
「ああ、いま城の中は大騒ぎだ。陛下がガノンドロフをお呼びになって、御問責の最中だそうだ」  
 リンクの胸に希望の灯がともった。  
 ガノンドロフが国王に呼ばれている! これならあいつを抑えこむことができる!  
「その騒ぎで俺もなかなか話を通せなかったんだが、やっと一人、お偉いさんをつかまえて  
伝えたら、すぐその子を連れてこい、との命令なんだ。さあ──」  
 衛兵の同僚がリンクに顔を向けた。  
「一緒に来い。知っていることを全部話すんだぞ」  
「うん!」  
 衛兵があたふたと開いた門を駆け抜けようとした、その時。  
 遠くで響くどよめきを、リンクは聞いた。  
「おい、あれは?」  
 驚愕に満ちた衛兵と同僚の目。上に向いた、その視線を追う。  
 城下町の空に数条の黒煙が立ちのぼっていた。  
 
 まさか!?  
 背筋を走る冷たい感覚が治まらないうちに、城下町の方から、あわてふためく兵士の一団が  
駆けてきた。  
「ゲルド族の奇襲だ!」  
「早く城へ知らせろ!」  
 兵士らの叫びに応じて、衛兵の同僚が即座に城へと駆け出し、数人の仲間があとを追った。  
衛兵を含む残りの兵士たちは、あわただしく対応を協議し始めた。  
 遅かったか──とリンクは歯噛みした。しかし一縷の望みが残っていた。  
 城内でガノンドロフを取り押さえることができれば、まだ反乱にも対応はできる。  
 望みが絶たれるまでに時間はかからなかった。激しい叫喚が城の裏手から聞こえ始め、  
北の山より攻め下ったゲルド族が、城下町のみならずハイラル城へも攻撃を加えている情勢が  
明らかとなった。さらに城からは、ガノンドロフが国王以下の指導者たちを一挙に殺害して  
しまった、という驚くべき知らせがもたらされた。  
 場は恐慌に陥った。その頃には、城下町から逃げてくる兵士らの数も増え、かなりの人数が  
城門付近に集まっていたが、誰もが何をすべきかを見失っていた。  
 立ちつくすリンクの目に、覚えのある人物の姿が映った。時の神殿を見張っていた、邪険な方の  
兵士だった。地面に横たわった相棒──あの親切な兵士──の介抱をしている。町で戦闘に  
遭遇し負傷したのを、助けてここまで連れてきたのだろう。  
 ついさっき元気な姿を見送ったばかりの兵士。いまは血まみれで、意識もないようだ。  
 リンクは駆け寄った。介抱していた兵士が顔を上げ、驚きの表情になった。  
「お前、まだここにいたのか! 早く逃げるんだ!」  
 相変わらず粗雑な物言いだったが、声には邪険さではなく真剣味があふれていた。  
「ぼくは──」  
 思わず言いかける。  
 ぼくだけが逃げるわけにはいかない。ぼくは勇者の名を背負って──  
「もう子供がどうこうできる状況じゃないんだ! 逃げろったら!」  
 兵士の叫びが自分の実態を思い出させる。  
 ……そうだ……いまのぼくは、子供なんだ……  
 言葉を出せないリンクに向かい、兵士はさらに言いつのった。  
「お前はゼルダ様のために働いているんだろう! こんな所で死んじゃならん! 生きて  
ゼルダ様をお守りしてくれ!」  
 急に場が静まった。周囲の注目を意識しつつ、リンクは記憶を引き出した。  
 ぼくが初めて時の神殿を訪れた時、この兵士はゼルダへの純粋な忠誠心を口にしていた。  
そしてそれは彼のみではなく──  
「この子はゼルダ様の側近なのか?」  
「なら、この子だけでも逃がしてやろうぜ」  
「そうだ、早く行け、ここは俺たちに任せろ」  
「城下町を通るのは無理だぞ。戦闘の真っ最中だ」  
「他に城外へ抜ける道はないのか?」  
「西の別荘から平原へ出られる」  
「あそこなら、ここから近道があるぞ」  
「教えてやれよ」  
「よし」  
 リンクの胸を熱い感情が満たした。  
 ゼルダの名が、混乱を収め、兵士たちの心を一つにした。ゼルダを守れという彼らの思いが、  
ぼくへの気遣いにこめられている。今後の彼らの運命を考えると、自分一人だけこの場を去るのは  
実に心苦しい。が、それは彼らの思いを引き受けることでもあるのだ。  
 道筋を聞き終えたリンクは、励ましの声を送ってくる兵士らに一礼し、城門に背を向けて  
駆け出した。  
 
 別荘までの道に危険はなかった。別荘もゲルド族の襲撃を受けてはおらず、他にも人はいない  
ようだった。七年後の世界で近辺の様子は把握していたので、リンクはたやすく平原に続く門まで  
行き着くことができた。  
 門に戸締まりはされていなかった。最近、誰かが門を通ったのち、放置されていたのだろう。  
不用心とは思われたが、脱出が容易になったのだから、感謝すべき不用心さではあった。  
 平原に出てから、検討してみる。  
 反乱を防げなかったのは無念だが、気落ちしていてはいけない。シークにも言われたじゃないか。  
次になすべきことを考えるんだ。  
 反乱が始まった以上、もう、うかつに時の神殿へは行けない。たびたび過去と未来を行き来する  
ことはできなくなった。この過去の世界に腰を据えて、なすべきことは全部すませてからでないと、  
未来へは帰れない。  
 どうするか。  
 ゼルダは? 当面は大丈夫だ。最初に過去へ戻った時にも、ぼくは自分に言い聞かせた。  
七年後の世界でもゼルダは生きている。ここでぼくがゼルダに会いに行かなくとも、ゼルダの  
安全は保証されている。  
 ならば賢者だ。サリアの安全はすでに確保した。残りの五人の賢者に会わなければならない。  
まず誰に?  
 ナボールは? 無理だ。反乱勃発直後のいま、ゲルド族に接触するのは、ほぼ不可能。後日、  
改めて機会を探そう。  
 インパは? これも無理。ゼルダと一緒のはずだが、所在は不明。いずれカカリコ村に  
現れるのだから、それを待つべきだ。  
 ラウルは? ケポラ・ゲボラは、この世界のどこかにいる。けれども、やはり居場所は知れない。  
すぐには会えない。  
 とすれば、ダルニアか、ルト。  
 デスマウンテンとゾーラの里では、デスマウンテンの方が近い。麓のカカリコ村には、  
アンジュの件でも用がある。が……  
 賢者に会うこと自体の他に、両所への訪問は、二つの部族に反乱勃発を知らせ、対策を促す、  
という意味合いも持つ。その点を考えると……  
 今後、カカリコ村へは多くの難民が押し寄せる。反乱の件は自然に広まる。すぐゴロンシティへも  
伝わるに違いない。一方、ゾーラの里は孤立している。情報が届くのは遅れるだろう。  
 心を決め、リンクは目的地に向かって走り始めた。  
 
 ゲルド族の襲撃範囲は城下に限定されているようで、ハイラル平原を横切る旅は、何ものにも  
妨げられることはなかった。水量の豊富なゾーラ川を遡るのは、かつてと同じく一苦労だったが、  
水が涸れ果ててしまった七年後の惨状を考えると、自然の恵みが保たれているのは、むしろ  
喜ばしい状態といえた。  
 ゾーラの里に到着したリンクは、直ちにキングゾーラに謁見し、『水の精霊石』を貰い受けた  
礼を改めて述べ、しかし残念ながらその厚意を生かせず──自らの封印や時を駆ける旅などに  
ついては伏せた上で──ゼルダの失踪とゲルド族の反乱を生じさせてしまった経緯を説明すると  
ともに、それでも今後、世界支配の野望をあらわにしたガノンドロフに対抗してゆく必要がある、  
と熱心に訴えた。以前のジャブジャブ様の変調もガノンドロフの仕業と見られることはすでに  
伝えており、またその際のリンクの活躍を評価してくれているためか、キングゾーラは疑いを  
差しはさむことなく、真剣な面持ちでリンクの話に耳を傾けていた。  
 一族の戦闘力の乏しさを危惧するキングゾーラに対し、リンクは、シークから聞いていた歴史に  
則って、カカリコ村やゴロン族との共闘を提案した。キングゾーラは深く頷き、さらに詳細な  
相談が、二人の間で続けられた。  
 
 ベッドの上に身を投げ出し、ルトは思いにふけっていた。  
『リンク……』  
 いま、どうしているのだろう。『ゾーラのサファイア』を渡して以来、再会は果たしていない。  
「なぜ、会いに来ぬ」  
 そう口に出してみる。王女の威厳をこめて、いかめしい声で。  
 でも心には、いかめしさなどかけらもない。  
 別れ際に見たリンクの笑顔。ただそれだけが思い浮かぶ。その笑顔を、もう一度……いや、  
一度と言わず、何度でも……いやいや、ずっとずっと、いつもいつも、それを見ていられる  
ようにと……なぜなら……  
『そなたはわらわのフィアンセじゃからな』  
 リンクの気持ちを確かめたわけではない。しかしルトはかたくなに信じていた。今度リンクが  
来れば、今度リンクに会いさえすれば、想いは一方的なものではなくなると。あの笑顔は、自分に  
対するリンクの愛情の証であると。  
「そなたの気持ちは、わらわにはお見通しじゃ」  
 もう一度、口に出す。自らに言い聞かせるように。  
 が、そこに無理があることを、心の隅で感じてしまう。どうしても。  
 ならば、どうしてリンクは会いに来ない?  
 別れてから、まだ二週間あまり。長の無沙汰というほどではない。  
 そう思うことにして、心を慰める。それに……  
 リンクは大きな使命を負っている、と父は言っていた。その使命とやらで忙しいのだろう。  
そこにあのゼルダ姫が関係しているらしい点は気にかかるが……  
 激しく首を振る。  
 ゼルダ姫など関係ない。リンクはいずれここへやって来る。リンクが来たら……  
 ルトはごくんと唾を呑んだ。  
 めおとの作法。  
 すでに初潮の際、まわりの者から教育は受けていた。リンクとのことがあってから、侍女たちに  
せがんで詳しい話を聞き出したこともある。男と女が閨で何をするのか、もうあらかたのことは  
知っている。  
 しかし、知識だけだ。  
 全裸で暮らすゾーラ族ゆえ、いまさら性器を見、想像することで、惑いが生じたりはしない。  
ただ、それが自分の中に入ってくるということに、実感が持てない。どういう心持ちがするのだろう。  
ある者は快いと言い、ある者は痛いと言う。確かに、試した限りでは……  
 人差し指を立ててみる。リンクのそれを見たことはないが、里にいる同年代の男の子を見るに、  
この人差し指くらいの大きさではないか。  
 指を、そっと股間へ忍ばせる。男を受け入れる場所。  
 何ともいえない感触。くすぐったい。けれどそれだけではない。快いといえば、そうなのかも  
しれない。  
 奥へと指を進める。  
 快い? そうかも。そう呼んでいいのかも。でも……  
 指がそれ以上進まなくなる。いつもそこで止まってしまう。それでも進めようとすると……  
「つッ!」  
 痛みがそれを妨げる。耐えなければならないのだろうか。この先にはもっと大きな快さが  
ひそんでいて、痛みに耐えることができれば、それに達することができるのだろうか。  
 いまはまだ、確かめる勇気がない。それでも、リンクが来たら……リンクが目の前でそれを  
さらけ出したら……自分はきっと、おののきながらも、喜んでそれを迎え入れ、どんな苦痛にも……  
 
 ノックの音がした。ルトの心臓は縮み上がった。  
「な、なんじゃ」  
 あわてて指を引く。戸が開いて、侍女が顔を出し、あきれたように言った。  
「もうお昼でございますよ。まだおやすみなのですか」  
 ばれてはいないとわかり、ほっとする。そんな態度にも気づかない様子で、侍女が改まった声を  
出した。  
「国王陛下のお言いつけでございます。重要なお客人をお迎えし、会談中なれば、呼ぶまでに  
仕度をして待ち、のちほど挨拶にまかり出よ──とのことで」  
 客とは珍しい。だが堅苦しい場所に引っ張り出されるのはまっぴらだ。いまはリンクのこと  
だけを考えていたい。  
「面倒くさいのう」  
 不機嫌な声色を使ってみる。  
「ご気分がすぐれませんか?」  
「すぐれぬ」  
「では、お断りに?」  
「断ろう。誰にも会いとうない」  
「承知しました。陛下にはそのようにお伝え申し上げます」  
 いつも口うるさい侍女なのに、やけに物わかりのいい──とルトは不思議に思った。顔に妙な  
笑いが浮かんでいるのにも引っかかる。  
 部屋を出て行きかけた侍女が、ふり向いて言った。  
「よろしいのですね。お見えになっておられるのは、リンク様でございますのに」  
 跳ね起きる。  
「なぜそれを早う言わぬ!」  
 ベッドから飛び降り、そのまま部屋から駆け出そうとして、思いとどまる。鏡の前に走り寄り、  
身支度にかかる。侍女がそばについて、手伝ってくれた。くすくす笑いを必死で抑えている。  
 王女が自らの所存を明らかにするのに遠慮など要らない。よってリンクへの想いは常に公言して  
いるところ。この侍女もそれを知っている。知った上での、この態度。  
『こやつめ、わらわをからかっておったな』  
 腹立たしくはあるが、いまはそんなことにこだわってはいられない。  
 身支度には意外に時間がかかった。全裸暮らしなのだから、他の地域のハイリア人のごとく、  
衣装に気を遣う必要はない。だが素肌をさらすからには、それなりの配慮はしなければならない。  
 どこから見てもおかしくない格好と見定めてから、ルトはあわただしく部屋を出た。王の間の  
前まで行くと、衛兵に止められた。  
「陛下はお人払いをされて、ご密談中でございます。誰も部屋に入れるなとの仰せ」  
「リンクはわらわに会いに来たのじゃ。わらわが入って何の不都合があろうか」  
「陛下がお呼びになるまでお待ち下さい」  
「かまわん! 通るぞ!」  
 
 衛兵を押しのけ、戸を開く。  
 玉座の父と、その前に立つリンクが、驚いた顔でこちらを見た。  
「ルト姫!」  
 リンクが叫ぶ。顔が崩れる。無限の感情を湛えて。  
 ああ、やはり! リンクはわらわのことを……  
 安堵と歓喜が胸を破裂させそうになる。なのに、口は勝手に言葉を吐き出す。  
「ずいぶん来るのが遅かったではないか。いままで何をしておったのじゃ」  
「これ、ルト」  
 想いとは裏腹な自分の台詞も、父の穏やかな叱責も耳に入らない様子で、泣き笑いの表情で、  
リンクが歩み寄ってくる。立ち止まる。手を取られる。  
「君は……生きてるんだね……よかった……嬉しいよ……ほんとうに……」  
 何を大げさな──と思いながらも、そこまで言うリンクを前にして、もう態度を装ってなど  
いられない。  
「わらわも……会いたかったぞ……」  
 小声で答える。  
 見つめ合ううち、どれくらいの時間が経っただろう。永遠のごとく感じられたが、その実、  
一瞬のことだったのかもしれない。  
 リンクの手が、ぴくりと動いた。こちらの顔に向けられていた視線が、少しずつ下に移り、  
行き着いたところで、急に再び顔に戻った。表情が変わっていた。泣き笑いが消え、あわてた  
ような、困ったような顔つきになっている。その顔が、心なしか赤らんでいる。  
 どうしたのだろう──といぶかしむうち、ハイリア湖で初めて会った時のリンクが、同じ顔を  
していたことを思い出す。  
 これは……リンクの、この表情が意味するものは……  
 すでに激しい胸の鼓動が、いっそう激しさを増してくる。息苦しいほどに。倒れてしまいそうに  
なるほどに。ああ、このままだと……このままだと……  
「ルトよ、積もる話もあるであろうが──」  
 父が口をはさんできた。  
「こちらの話が終わっておらぬ。いましばらく外にて待っておれ。よいな」  
 リンクの手が離れた。緊張から解放され、ルトは深く息をついた。ほっとしたような、残念な  
ような、複雑な気分。  
 それでも、リンクの心根は知ることができた。ここはそれで充分に満足。  
 のちほどの再会をリンクと約し、ルトは温かい想いを抱いて王の間を去った。  
 
 生きていると、頭ではわかっていた。けれどその姿を見た瞬間、思いが噴出するのを抑えられ  
なかった。  
 陵辱の果ての無惨な死への痛憤。その死を看過せざるを得なかったという激しい悔恨。そして  
いま、整った美貌も小憎たらしい物言いも丸ごと包含し、一人の人間としてのルトがそこにある  
ことへの感動。  
 こうして会えた以上、あの酷たらしいルトの運命を、ぼくは絶対に書き換えてやる。  
 そのために──と考え、意識してしまった。見入ってしまった。  
 自分よりも少し背の高い、すらりと伸びた清冽な肢体。体内が透けて見えそうなほどの青白い肌。  
控えめながらも明らかな隆起を示す二つの乳房。わずかな面積であれ密度ある集合を見せる黒い  
恥毛。小さいマロンよりも、サリアよりも、それは明確に女の成長を主張していて、さりとて  
成熟というにはなお遠く、まさに子供と大人の中間にある、一種独特の魅力に満ちあふれていて……  
 このルトへの意識は、すでにハイリア湖での出会いの時からぼくを揺り動かしてきたもので、  
しかしいまのぼくはルトの存在がそれ以上の意味を持っていることを知ってしまっていて、  
なぜならぼくは、ルトを救うためにぼくは、この手で、この全身で、ルトを、ルトのこの全身を……  
 胸から心臓が飛び出んばかりの緊張は、キングゾーラの割りこみによって解かれた。のちほどの  
再会を約して部屋を出るルトを見送り、リンクは大きく息を漏らした。刺激が去ってほっとした  
気がし、刺激がなくなって残念な気もした。  
「礼儀をわきまえぬ娘で、すまんの」  
 大してすまなそうな顔もせず、キングゾーラが言った。むしろ娘のおてんばぶりを微笑ましく  
思っている様子だった。が、その顔はすぐに真剣なものとなった。  
「ところで、確かめておきたいのじゃが……そなた、ルトと婚約したというのは、まことかの?」  
 唖然とする。  
 婚約? 結婚の約束? ぼくが? ルトと?  
 
 ものも言えなかったが、顔に出た驚きで察したのだろう、キングゾーラは頭をゆるゆると  
振りながら、困り果てたといった感じで言葉を続けた。  
「やはりルトが一人で騒ぎたてておるだけなのじゃな。そんなことではないかと思うてはおった。  
ゼルダ姫との縁で、大きな使命を負うて生きておるそなたじゃ。婿になどと馬鹿げた期待はするな  
──と、常々言うてはおるものの、あの子は一向に聞き入れようとはせん」  
「はあ……」  
 としか答えられない。  
「この件は改めて、ルトによく言い聞かせておく。そなたにはすまぬことばかりで、まことに  
申し訳ない」  
 キングゾーラは頭を下げた。今度は心底からの謝罪と見えた。  
「あ、いや……」  
 王様に謝られるのはさすがに畏れ多い。リンクは意味もなくお辞儀を返した。そこへキングゾーラが  
言葉をかぶせてきた。  
「申し訳ないついでに、と言っては何じゃが……そなたに一つ頼みがある」  
 ゲルド族との戦争が始まれば、ゾーラの里は危険にさらされる。そうなる前にルトを疎開させたい。  
ルトがしばしば訪れているという、ハイリア湖あたりがよいかと思う。すぐにでもルトを連れ、  
ハイリア湖まで赴いてはくれまいか──  
 聞けばもっともな案だ。リンクは賛意を述べ、心の中で考えた。  
 ハイリア湖にはみずうみ博士がいる。頼めばルトの世話をしてくれるだろう。それに、水の神殿が  
ある場所だ。いざという時には、いつでも神殿に入ることができる。  
 そこまできて、ついにリンクは重大な件をキングゾーラに告げざるを得なくなった。  
 ゾーラ族にとって、いや、それだけでなく、この世界全体にとって、ガノンドロフへの根本的な  
対抗策は、ルトが『水の賢者』として覚醒することだ。そこに必要な自分とルトとの契り、そして  
賢者となったのちのルトの運命を考慮すると、父親であるキングゾーラには言いづらい。が……  
 いずれは知らせなければならないこと──と決心し、リンクは語った。  
 キングゾーラは衝撃を受けたようで、長い間、沈黙を守っていた。ゾーラの王としての公的な  
立場と、ルトの父親としての私的な立場との間で、葛藤が繰り広げられているのだった。しかし  
最後には、キングゾーラも決断を下した。  
「永遠の別れになろうとも、それがルトの運命ならば──それが世界を救う手だてとなるならば  
──余は私情を慎まねばならぬ」  
 感情を抑えた声でキングゾーラは言い、次いで、短い言葉を送ってきた。  
「頼むぞ」  
 限りない重みを持ったその言葉を、リンクは深い一礼をもって受け止めた。  
 
 賢者の件もこちらから伝えておこうか、というキングゾーラの言を、丁重ながらも断固として、  
自分が知らせるから、と退けたリンクだったが、その機会は容易には訪れそうになかった。以前の  
つっけんどんな態度など忘れ果てたように、ルトはリンクについて離れず、浮き浮きした様子で  
里のあちこちを案内してまわった。当然、二人は一族の好奇の視線にさらされたが、ルトは何の  
斟酌もしなかった。「仲のよろしいことで」などと時にかけられる冷やかしの言葉には、一応、  
憤慨の色を現していたものの、内心では嬉しがっているのが明らかだった。とても深刻な話が  
できる雰囲気ではなく、説明は先送りにせざるを得なかった。  
 リンクはジャブジャブ様の件でゾーラ族の恩人と言ってよい立場にあったため、大々的な歓迎の  
晩餐を、との提案が一部からなされたが、ルトは難色を示し、結局、リンクの夕食にあたっては、  
ルトとキングゾーラのみが席をともにすることとなった。大仰な儀式が苦手なリンクにとっては、  
ありがたい成りゆきだった。のみならず、他の者の干渉なくリンクのそばにいられるという点で、  
それはルトにとっても都合のよい状況であるらしかった。ルトが大がかりな晩餐を拒否した理由を、  
リンクはそこで初めて悟った。  
 夕食の皿はほとんどが魚料理だった。ふだん魚を食べつけないリンクは対応に困り、ただでさえ  
怪しい食事マナーが、いっそう乱脈を極めてしまった。過去の経験から、またマナーのひどさを  
罵られるか、と危ぶんで、ちらりと隣を見やると、ルトは罵るどころか、満面に笑みを浮かべ、  
懇切丁寧に食べ方を教えてくれるのだった。  
 そんな自分たちに向けられる、温かくも寂しげなキングゾーラの視線を、リンクは意識していた。  
食事中、ほとんど口を開かなかったキングゾーラは、食後の飲み物をあおったのち、ルトを私室に  
呼び入れた。そこでは、反乱の勃発、来たるべき戦争、ハイリア湖への疎開といった切迫した  
情報の伝達に加えて、一方的な婚約への苦言がなされているに違いなかったが、しばらくして  
部屋から出てきたルトの喜色にあふれた顔を見ると、そのほとんどは耳を素通りし、リンクと  
二人でハイリア湖へ赴けるという浮かれ気分だけが頭を占めているように思われた。それは事後の  
キングゾーラの言でも確かめられた。  
 ハイリア湖への経路が地下水路であることは前提だった。かつてはルトだけが知る秘密だった  
地下水路も、その頃にはゾーラ族の間に広く知れ渡る存在となっていたのだ。時により移りかわる  
水流の方向を鑑みて、出発は翌朝と決められていた。それまでに賢者の話はできそうにない、と  
リンクは詫びたが、キングゾーラは理解を示してくれた。  
「ルトが賢者となるには、まだ間があろうゆえ、これが余との最後の別れというわけでもあるまい。  
賢者については、あちらで落ち着いてから、とっくりと話してやるがよい。そなたの言うことなら、  
ルトも素直に聞くであろう」  
 リンクは神妙に頷いた。  
 
 地下水路の急流は、多くの荷物を運ぶには不都合とあって、出発にあたりルトが身につけて  
いたのは、わずかな手回り品のみだった。その中にある一つの品を、リンクはルトから手渡された。  
くわえれば水中でも呼吸可能という『ゾーラのうろこ』だった。  
『ゾーラのうろこ』には『金のうろこ』と『銀のうろこ』の二種類があるそうで、ルトはそれらを  
一枚ずつ持っていた。リンクが受け取ったのは、より効果が長持ちするという『金のうろこ』の  
方だった。  
 キングゾーラや近侍の者たちに別れを告げ、二人はハイリア湖へ向けて地下水路に入った。  
息ができるとはいえ、泳ぎに慣れないリンクは、急流の中では目をあけてもいられず、ルトの  
身体にしがみついているのが精いっぱいだった。裸の女性をかき抱くという、本来ならば  
興奮すべき状態は、そこでは何の悦びともならず、一刻も早く目的地に着いてくれ、と、リンクは  
心の中で繰り返すのみだった。  
 やがて水流の速度は落ち、かろうじて目を開いていられるようになった。慣れてくると、周囲に  
視線をやる余裕も生まれた。地下ではあっても、ところどころには地上に通じる隙間があると見え、  
わずかな光が水中にも届いているのだった。  
 そのうち、平静だったルトの表情が、苦しげな色を帯び始めた。呼吸に支障をきたしている  
ようだった。ルトがくわえているのは効力の短い『銀のうろこ』で、その効力が切れてしまった  
ものと思われた。リンクは自分がくわえていた『金のうろこ』をルトに渡し、ルトが息をつく間、  
呼吸を止めて待機した。限界に達する前に、ルトが『金のうろこ』を返してきた。こうして二人は、  
一枚のうろこを代わるがわる使い合い、水の流れに身を任せていった。  
 幸い、そんな緊急事態も長くは続かず、二人はハイリア湖に到着した。ルトは呼吸の制限にも  
平気な様子で、リンクにしおらしく礼を言った。リンクの方はそれどころではなく、ぜいぜい喉を  
鳴らしながら、やっと制約なく呼吸できる安楽さを噛みしめた。  
 息が落ち着いたあとになってから、前にうろこをくわえ合う情景を想像して頭をかっかとさせた  
ことが思い出され、リンクは苦笑した。実際にやってみると、それほど悪い気はしない行為だった。  
 
 まず、湖研究所を訪れた。みずうみ博士は在宅しており、戸口に立つ二人を見て、率直な歓迎の  
言葉をくれた。七年後の世界で老いの進んだ博士を見てきたリンクにとっては、いまの博士の  
矍鑠とした姿が感慨深かったが、この世界では先の別れからまだ二週間あまりとあって、その場の  
出会いは、感動の再会というにはあたらない、平凡な挨拶の交換に終わった。  
 来訪の理由を訊く博士に、ルトは臆面もなく、  
「婚前旅行なのじゃ」  
 と答え、リンクをあわてさせた。やはりキングゾーラの説得は全く功を奏していないのだった。  
博士はあっけにとられたように二人を見、次いでいかにも面白そうな顔になった。  
「お前さんたち、知らん間に、ずいぶんと仲よくなったもんじゃのう」  
 居心地の悪さを感じたリンクは、服が濡れているから乾くまで家に入るのは遠慮する、と急いで  
言い、ルトを連れて戸口を離れた。  
 
 湖畔で時間を潰すうち、ルトが釣り堀に興味を示したので、行ってみた。いずれ命を落とす  
ことになるはずの親父は、いまはもちろん元気な姿を保っていた。全裸のルトの出現に、ぎょっと  
していたものの、見るのは初めてではないらしく、別段、詮索はしてこなかった。  
 釣りというものを見たい、とルトにせがまれた。経験はなかったが、親父が例の奇妙な訛りで  
説明するのを聞くと、それほど難しくもなさそうだった。リンクは二十ルピーを払って釣り竿を  
借り、水際にすわって糸を垂れた。ルトは隣で興味津々の態だった。  
 魚はなかなか針にかからなかった。業を煮やしたルトは、魚くらい竿を使わずとも捕まえるのは  
簡単だと言い、ざぶざぶと水の中に入っていった。たちまち親父の怒声が飛び、ルトはふくれっ面で  
岸に戻った。  
 そんな不機嫌さも、ようやくリンクが最初の魚を釣り上げると、一気に消し飛んだようで、  
ルトは手を叩いてリンクの腕を褒めそやした。気恥ずかしかったが、竿の扱いに慣れたせいか、  
続けて三匹を手中に収めることができ、リンクも満更でない気分になった。  
 その頃には服も乾いていたので、四匹の獲物のうち最も大きなものを親父の勧めで水槽に  
キープし、二匹を水に戻し、一匹をみずうみ博士への土産として持ち帰ることにした。  
 
 土産は博士の包丁によって昼食に供された。  
 食事の間、ルトはリンクにつきっきりとなり、魚の食べ方を復習させた。リンクは全く  
上達しなかった。ルトは大げさにため息をついて見せ、これでは当分目が離せない、などと軽口を  
叩いた。  
 話題となったのは、まずは博士が以前ルトに渡した虫下しの薬についてで、いきさつを問う  
博士に、ルトはその絶大な効果を告げ、おかげでジャブジャブ様を救うことができた、と、深甚な  
礼を述べた。次いでルトの口から、リンクの武勇伝が語られた。話の中のリンクは、身を挺して  
姫君を守りながら、巨大な怪物と勇敢に戦ってこれを倒した稀代の英雄、といった、虚偽では  
ないにしても異様に美化された存在となっていた。訂正しようにも口をはさむ機会がないほど  
ルトが熱心だったので、しかたなく話すままに任せたが、リンクの全身はむずがゆくなった。  
 
 食事が終わると、さすがに疲れたのか、ルトは昼寝をすると言い、客用の寝室に引き取った。  
二人きりになって、これからが本題といわんばかりに、博士が真面目な顔でリンクに問いかけてきた。  
「で、どういう事情があってここへ来たんじゃ?」  
 婚前旅行というルトの言葉を、そのまま受け取ってはいないのだった。リンクはとりあえず、  
ゲルド族の反乱が勃発し、戦争を控えたゾーラの里からルトを避難させたのだ、と説明した。  
博士は反乱の件に驚いていたが、ルトをかくまうことは気軽に引き受けてくれた。  
「家賃を貰おうとは思わんから、安心するがいい。あのお姫様なら湖で魚を捕って、食べるには  
困らんようにしてくれるじゃろうからの」  
 飄々と口にされる冗談は、リンクを安堵させた。が、博士の追求は終わらなかった。  
「それで、お前さんはどうする? ここにおるのか?」  
「いや、ぼくは他の所でやらなくちゃならないことがあるから……」  
「ルト姫はそれを承知か? あの様子では、お前さんがずっと一緒におると思うておるんじゃ  
なかろうかな」  
「うん……」  
 沈黙が落ち、しばらくして、博士がおもむろに口を開いた。  
「のう、リンク」  
 優しげな声だった。  
「お前さん、前に会った時とは、ずいぶん変わったの」  
 はっとする。  
「落ち着いたというか、大人びたというか……寄生虫退治のことといい、短い間に、いろいろ  
経験を積んだと見える」  
 短い間とは言えないが、確かに経験は積んだ。人生の年輪を刻んだ博士には、それが見通せる  
のだろうか。  
「やらなくてはならんことがある、と言うが……お前さん……何か──使命──とでもいうべき  
ものを、背負うておるようじゃな」  
 慧眼。まさに。  
「やらねばならんことは、やらねばならん。それが道理。じゃが、男には、女に対する責任、と  
いうものもある」  
 責任? そういえば、前に──(男なら……責任を取れ!)──ルトが……  
「お前さんとルト姫がどんな仲なのか、とか、野暮なことは訊かんでおくが、きちんと片はつけて  
おかにゃならんぞい」  
 返事ができなかった。  
 どうすれば責任を取ることになるのか。どうすれば片をつけることになるのか。  
 博士が口調をがらりと変え、剽軽な台詞を吐いた。  
「まあ、お前さんたちが何をするにせよ、この家で、というのは御免こうむる。いくらわしが  
年寄りじゃとて、身近でごちゃごちゃやられると、かなわんからの」  
 やはり見通されているのか──  
 リンクは身の縮む思いがした。  
 
 夕食を終え、三人で話をするうちに、夜は更けていった。昼寝のせいか、ルトは眠気も感じない  
様子で、他愛のないおしゃべりを続けていたが、だんだん言葉が少なくなり、リンクにじっと  
視線を送ってくるようになった。何かを期待している目つきだった。それを意識し、また、  
早くしろと自らを叱咤しながら、しかしリンクは行動を起こすことができずにいた。ルトに  
どう対応するかを決めかねていたのだった。  
 決められないまま、時は夜半となった。これ以上は躊躇できない、と決心し、ついにリンクは  
席を立った。  
 ルトに呼びかける。  
「散歩しようか」  
 ルトの顔が、ぱっと輝く。  
「うん!」  
 跳ねるに近い足取りで、ルトが近寄ってきた。みずうみ博士はそっぽを向いている。こちらの  
ことが目にも耳にも入っていないかのようだ。一種の気遣いと察し、博士には何も告げず、  
リンクはルトとともに戸外へ出た。  
 家の横に架かった橋を渡ってゆく。ルトが横に寄り添い、腕を組んできた。拒む気にはなれない。  
もう下がってあとをついてゆく必要はないのだ、と思うと、胸は自然に温かくなる。  
 第二の小島に達し、二人は草の上に腰を下ろした。  
 下弦の半月が東の空を昇り始めており、天空を飾る無数の星々とともに、鏡のごとく静まった  
湖面へ、清澄な銀の光を投げかけていた。夜気はしみじみと涼しく、水と草木のほのかな香りを  
宿し、身にも、また心にも、しめやかな清々しさが染み渡った。  
 隣にすわるルトが、ほ──と、小さく息をつく。まさにため息が出るほど、それは美しい夜の  
世界だった。  
 純粋な感銘を胸に満たしながら、リンクは思いを広げていった。  
 この小島に来るのは三度目だが、これほど素敵な場所だとは気づかなかった。荒れ果てた未来の  
世界での経験は別としても、この過去の世界で初めてここに来た時には、いろいろと気がかりが  
あって、風景に気をまわす余裕がなかった。あの時は──  
「そなたと初めて会うたのが、ここじゃったの」  
 ほのぼのと、ルトが言葉を口にした。  
 そう、あの時は、気がつくと、水面にルトの顔が現れていて、それからルトがこの島に上がって  
きて、その身体を見て、ぼくは……  
 記憶が鮮明に湧き上がり、同時に、隣にあるルトが強烈に意識され──  
「あの折りは、そなたには、実に面白うないわらわであったか、と、恥じ入るばかりじゃが……」  
 ルトが身体を寄せてくる。  
「いまは、このように、そなたと仲ようなれて、嬉しゅう思うておる」  
 腕が絡んでくる。ぼくの手が裸の肌に触れる。その冷ややかな心地よさ。すべるような  
つややかさ。否応なく、否応なく、ぼくの身体は反応を──  
「ルト姫……」  
 思わず漏らす呼びかけに──  
「呼び捨てで、よいぞ」  
 応じるルトの、その声が──  
「もう他人行儀な物言いなど、要らぬ仲であろうが」  
 ますますぼくを高ぶらせる。それは言葉にとどまらず、迫るルトの顔が、潤んだ目が、わずかに  
開いた口が、かすかに達する吐息が、ぼくを攻め立てる。ぼくを追いつめる。どうする? いいのか?  
待て。言わなければ。言っておかなければ。けれどこの距離の近さ、もはやそんな余裕はぼくには──  
 
 触れかかる。ルトの唇が触れかかる。ひんやりと快いその唇を、なすすべもなくぼくの唇は  
受けて、包んで、揺り動かして、その奥に続く熱い粘膜を、さらになすすべもなくぼくの舌は  
撫でて、えどって、味わって──  
 ルトが離れる。は──と喘ぐ。苦しいのか。地下水路での突発事には平気だったルトが、  
ぼくとのキスでは息を乱すのか。ルトにはそれほどのことなのか。ならばなおさら、なおさら、  
ぼくは、ルトに──  
「そなた、歳はいくつであったかの?」  
 突然の質問。口は勝手に答える。その答に──  
「わらわよりも、二つ下か……」  
 少しく曇った表情が──  
「ゾーラ族の慣習には合わぬことじゃが……」  
 すぐに笑みへと取って代わり──  
「わらわがよいと言えば、問題ない。たとえ夫が妻より年下であっても」  
 夫? 妻? ああ、ルトは、なおも──  
「リンク」  
 ルトが呼ぶ。ぼくの名を。真剣に。目を据えて。  
「結婚は、まだ先のこと。じゃが、今宵、わらわは、心を決めておる」  
 決めている? 何を? あれを? ほんとうに?  
「そなたに、わらわの初めてを、捧げようぞ」  
 初めて。ルトの。やっぱり。ぼくに。  
「いまの口づけも、その一つ。それを受けてくれたのじゃから……」  
 待て。その前に。言わなければ。結婚のこと。賢者のこと。君に言っておかなければ。  
「他の初めても、受けてくれるであろうな?」  
 受けなければならない。さもなくば、君はこの小島に沿う湖の底に亡骸となって横たわる  
ことになる。それだけは絶対に防がなければ。だから受けなければ。けれど──  
「これからも、ずっと、わらわとともに、いてくれような?」  
 それは、それは、ぼくは、そうだ、いまは、いまこの場では──  
「わらわだけのそなたで、いてくれような?」  
 この場では頷いてやれ。「うん」と言ってやれ。それで事は丸く収まる。説得はあとですればいい。  
「な?」  
 抱いてやれ。抱いてやれ。「うん」と頷いて抱いてやれ。  
「ルト……」  
 余計なことは言わなくていい。ただ頷いてやるだけでいい。  
「ぼくは……」  
 それ以上は言うな! 何も言うな!  
「君だけの……ぼくでは……」  
 言うな! 言うな! 言うな!  
「いられない」  
 
 ああ!──とおのれを罵倒する。  
 何と馬鹿な自分。なぜそんなことを言ってしまうのか。  
「……どういう……ことじゃ……?」  
 ルトの表情が硬くなる。視線が刺すように強くなる。  
「君と、結婚は、できないよ」  
 まだ言うか。どこまで馬鹿なんだぼくは。いまそれを言って何になる。  
 いや──と、もう一人の自分が反駁する。  
 嘘は言えない。そこはどうしても譲れない。どんな結果になろうとも。  
「……結婚……できない……?」  
 が、その結果がこれだ。ルトが身を離す。顔がわなわなと震え出す。見る間に逆上に充ち満ちて。  
これにぼくはどう対応する?  
「婚約したではないか!」  
 待ってくれ。それはそっちが一方的に──  
「『ゾーラのサファイア』を渡す時、エンゲージリングと言うたであろうが!」  
 エンゲージリング? 何のことだ? あれはそういう意味だったのか?  
「わかったぞ。他に女がおるのじゃな」  
 は? 何をいきなり──  
「誰じゃ! ゼルダ姫か!?」  
「え? いや……」  
 なんでゼルダの名前が出てくるのか。確かにぼくはゼルダを──しかしゼルダとは何をした  
わけでも──  
「では誰じゃ! おらぬとは言わせぬぞ。思えばさっきの口づけは、たいそう上手であった。  
経験があるのであろう!」  
 そう、経験はいろいろとある。でもそれはこの際、関係のないことで──  
「……そやつは……わらわより……美しいのか……?」  
 逆上が、一転、悄然と──  
「……わらわには……魅力がないか……?」  
 とんでもない。君の魅力には初めから振りまわされっぱなしだった。けれど問題はそういう  
ところにあるのではなくて──  
 ルトの両目にあふれる涙。  
 ああ、ルトが泣き出す。あの時のように──バリネードを倒したあとのように──また大声で  
泣きわめくのだろう。無理もない。筋が通らない結婚話とはいえ、いくら泣きわめかれても  
しかたがないことを、ぼくはしてしまったのだ。  
 違っていた。涙を滝のごとく目から頬へと流しこぼしながらも、ルトは全く声を漏らさなかった。  
それがいっそうルトの心情を映し出しているようで、リンクの胸は激しく痛んだ。  
 どうする?  
 正直に言うしかない。  
「ルト……君には、ほんとうにすまないと思う。だけど、ぼくは……ぼくには、使命が……  
しなければならないことがあって……それはとても大切なことで……他の何よりも優先させなければ  
ならないことで……だから……だから、ぼくは──」  
「聞きとうない!」  
 激しい一声。  
「ルト──」  
「もう聞きとうない!」  
 だめか。わかってもらうことはできないのか。  
 そうではなかった。  
「……わかって……おった……」  
 
 わかっていた。ほんとうは、わかっていた。  
 父が常に言っていた。リンクには使命がある。自分のもとにはとどまれない。  
『ゾーラのサファイア』を必要としたのも、寄生虫を打ち倒したのも、リンクの使命の一環で  
あって、自分を助けることになったのは、ただその派生事に過ぎなかったのだ。  
 心の底では知りながら、けれども、認めたくなかった。たび重なる父の諫めも聞こえない  
ふりをして、自分の望みだけに固執して、そうあって欲しいと願い続ければ望みはかなうと無理に  
自分に言い聞かせて……  
 リンクの気持ちを確かめもしなかった。確かめるのが恐かったのだ。当のリンクが自分の望みを  
砕くことになるのが恐かったのだ。  
 そうなることがわかっていたから!  
 独善は、いつか破綻する。そのいつかが、いまなのだ。おのれの身勝手さの報いを、いま自分は  
受けているのだ。  
「……悪いのは……わらわの方じゃ……」  
 認めなければならない。リンクには使命がある。自分のもとにはとどまれない。  
「……そなたは……行くがよい……」  
 耐えよう。耐えなければならない。  
「……じゃが……」  
 耐えられるのか? このまま何もせずリンクと別れることが、自分にできるのか?  
「……このままでは……耐えられぬ……」  
 あの決意は、いまも変わらない。  
「……今宵限りで……かまわぬゆえ……」  
 もしリンクが、わずかなりとも想いを注いでくれるのであれば──  
「……どうか……」  
 せめてその証を残したい!  
「わらわの初めてを貰うてくれ!」  
 
 激しくぶつかってくるルトの身体。それを何とか抱き止めつつ、しかし頭は混乱する。  
 わかってもらえたのだろうか。「行くがよい」と、「今宵限り」と、ルトは言う。結婚のことは  
諦めたのだろうか。諦めたとは言っていない。言ってはいないが、そう解釈はできそうだ。  
できそうだが……  
「ルト、君は──」  
「何も言うな!」  
 訊けない。確かめられない。男はこんな時どうすればいいのか。下手な言葉は要らないのか。  
女の心が読めない自分がもどかしい。頭がまわらない。急転する状況が、腕に密着するルトの  
身体の感触が、ぼくを乱す。ぼくを惑わせる。だけど、ああ、だけど一つだけ確かなこと。ぼくの  
前に身を投げ出したルト。そのルトが求めているもの。その求めにぼくは応じなければならない。  
他の事情がどうあってもぼくはそれにだけは応じなければならない。ルトのためには応じなければ  
ならない。応じなければならない。応じたい。抱きたい。感じたい。ルトのすべてを感じたい。  
初めて出会った時からぼくをどきどきさせてきたこのルトを、ぼくはいまこそ感じたい。  
この想いは止められない。止められない。もう何もぼくを止められない!  
 
 腕に力をこめ、仰向けに押し倒す。  
 あ──と息を呑むルトにのしかかる。まっすぐ見据える。  
 涙に濡れた目。緊張した顔。  
 もう泣くんじゃない。  
 睫毛に、目蓋に、頬に、顎に残る涙を、唇で拭いてやる。悲しみの塩辛い残滓を消し去ってやる。  
続けて再び唇に、今度はおのれの意志で唇をかぶせる。じっと、時が過ぎるのを待つ。静かに、  
静かに、待つ。  
 唇を離す。ルトの顔にとどまっていた緊張が、口元で、不意に小さな笑みへと変わる。  
 そう、笑ってくれ。笑ってぼくを見てくれ。ぼくに触れてくれ。  
 そこで気がつく。ルトだけじゃない、ぼく自身、いままでどれだけ緊張した顔をしていたことか。  
でも、それもこれきりだ。ぼくも笑って君を見よう。君に触れよう。  
「ルト」  
 ささやく。  
「リンク……」  
 ささやきが返る。  
 重みをかけて抱きしめる。固く、固く、抱きしめる。  
 ルトの腕もぼくの背にまわる。固く、固く、抱きしめられる。  
 触れ合う頬と頬。耳元をくすぐるルトの吐息。その深く早い周期を意識しながら、初めて  
これほど密に接する清新な肉体を、どうにかしてぼくは感じようと、ぼくの身体に感じようと、  
強く、強く、自分を触れさせて、押しつけて──  
 だけどこれだけじゃだめだ。これだけじゃ足りない。裸のルト。着衣のぼく。二人の間に  
はさまる布。ほんとうのルトを感じるためにはあってはならない邪魔ものを、いつまでぼくは  
身に着けてるんだ。こんなもの、こんなもの、さっさと捨ててしまえ。胸も、腹も、足も、  
破裂せんばかりに立ち上がったぼくの男の部分も、全部、全部、さらしてしまえ!  
 ほら、そうしたぞ。ルトと同じ姿になったぞ。もうさえぎるものはない。二人を邪魔するものは  
ない。だから触れよう、触れ合おう、ぼくたちの生身の肌を、さあ、こうして触れ合わせよう!  
 
「あ! あぁ……」  
 ルトが叫び喘ぐ。君は感じている。ぼくの下になって、ぼくに抱きすくめられて、君はぼくの  
素肌を感じている。  
 ぼくも感じる。ルトの素肌の真髄。濡れたように涼やかな、流れるように滑らかな、君にしか  
ないこの肌の生々しさ、鮮やかさ、麗しさ。  
 その肌の下にひそむ健やかな弾力。泳ぎに長けた証としての若々しい筋肉の張り。しかし全身は  
あくまで細く、女としてのしなやかさを絶妙に保っていて、未熟ながらも女としての丸みを明確に  
述べ立てていて──  
 ああ、それだ。これまでぼくを惑わせ、いきり立たせ、振りまわしてきたのは、そしていま、  
ぼくがこの手に触れたい、感じたいと思っているのは、まさに、君の、その女の丸み!  
「ひゃ! や! あ……ぁ……」  
 胸の丸みに触れた瞬間、奇抜な声をあげてルトが身を震わせる。何とかわいい反応!  
 続けて胸を弄ぶ。柔らかくもあり硬くもある成熟途上の二つの乳房を、頂で盛り上がる豆粒の  
ような乳首を、繰り返し、繰り返し、撫でて、押さえて、こねまわして──  
「んん……んん……んぁ……あぁ……」  
 息の周期に乗る声を、わくわくと耳にとどめながら、別の丸みに向けてぼくは手を下ろす。  
これまでぼくの目の前で弾み踊っては、ぼくを釘づけにしてきた、二つの尻のふくらみを、ぼくは  
とうとうこの手に持って、この手につかんで、やはり柔らかくもあり硬くもある不思議な感触を、  
思う存分、手に焼きつけて──  
「あぁ……あぁ……あぁッ……はぁッ……」  
 高まり始めるルトの声。感じている。ルトは感じている。いいぞ、感じてくれ。もっともっと  
感じてくれ。そのために、君のもう一つの丸みを、尻の前にある、腹の下にある、低く小さな  
丸みを、ぼくの手は目指す。ぼくの手は探る。ささやかな範囲に、しかし明らかな密度で群れる、  
しゃりっとした感触。それは大人の兆し。そう、君はもう大人になりかかってる。そんな君が、  
ぼくよりもずっと大人に近づいた君が、子供のぼくの手で、喘いでいる。喘いでいる。嬉しい。  
誇らしい。年上の君にここまで感じてもらえて。だけどまだ終わりじゃない。終わらないどころか  
これからだ。これから君の最後のふくらみに、いまぼくの手がいるこのふくらみよりも、もっと  
下にある、もっと小さな、もっと敏感なふくらみに、ぼくは、こうして、触れてあげる。  
「きゃ! ひぁ! あ! あぁ! あ……あぁぁ……ぁ……」  
 息が乱れる。声が飛ぶ。身体がのたうち跳ね踊る。  
 わかるよ、ルト。君がぼくを感じてくれているのが、はっきりわかる。指を浸すこのぬめり。  
君の奥からこんこんと湧き出るこの潤み。けれどまだ早い。まだ足りない。もっと準備が要る。  
君は初めてなんだから。そこを許すのはこれが初めてなんだから!  
 
 初めて! 初めて! 何もかも初めて!  
 唇を合わせるのも、抱きしめられるのも、素肌をくっつけ合うのも、胸を撫でられるのも、  
尻をつかまれるのも、下腹の毛を梳られるのも、そしてその部分を触られるのも!  
 自分で触れたことはある。できるかどうかを確かめようとして。快いかどうかを確かめようとして。  
でもわからなかった。自分の手ではわからなかった。そんな自分が、いまはリンクに抱かれて、  
リンクに触られて、身体の中から止めようもなく湧き出てくるこの感覚に翻弄されて──  
 知らなかった! 知らなかった! 知らなかった!  
 これほどの感覚を生み出す場所がそこにあるとは。そこがこれほどの快さを──そう! 快さを!  
感じることが! できるとは!  
 でもそれだけではない。ここまでの初めてが、すべて、すべて、この快さの理由。すべての  
初めてをリンクに捧げることこそがこの快さの源!  
 では、これからの初めてはどうなのか。苦痛は覚悟している。しているが、果たして、それは、  
どれほどの──  
 それが始まる。リンクの指が入ってくる。ゆっくりと。ゆっくりと。どこまでくる? どこまで  
くる? 自分では無理だった。痛くて途中でやめてしまった。なのに、なのに、いまは痛くない。  
どうして? リンクの指はその地点をとうに過ぎてしまっているというのに、この抵抗のなさは  
どうしたこと? それどころか──それどころか! この! 快さは! どうした! こと!?  
 中を緩やかにすべる指。濡れている。そこは濡れている。そこがそんなになるなど、やはり  
初めてのこと。だから痛みもなく快さだけを得ることができるのか。わかった、わかった、  
わかったから、続けて、もっと続けて、ずっとずっとこうしていてリンク、リンク、リンク、あ、  
抜けてしまう、行ってしまう、戻ってきて、戻って──  
 来る!  
 脚の間に身を置いたリンクが、また上にのしかかって、腰を落として、あれを、男のあれを  
そこに触れさせて、ついに、ついにその時が──  
 覆いかぶさるリンクの、まっすぐな視線。無言の問いかけ。  
 頷く。ただ頷く。  
 だけどほんとうに受け入れることができる? できる。やってみせる。何があっても受け入れて  
みせる。指ができたのだからそれくらい、でも指よりは太そうなそれ、それ、それが、ああ、  
それが、少しずつ、少しずつ、そこを押して、そこを分けて、そこを広げて──!  
「あ! たッ! あつッ!」  
 無意識にはぜる声。  
 リンクの動きが止まる。息を荒げながらも、目を燃え立たせながらも、リンクは待ってくれている。  
そう、ちょっとだけ待っていて、この痛みを痛みと感じなくなるまで、だから少しだけ、少しだけ、  
うん、もういい、もう我慢できる、もうためらわない!  
「かまわぬ」  
 励ます。  
「そなたを、くれ」  
 一瞬の間。  
 そして貫かれる!  
「────!!!」  
 叫ぶ。しかし声は出ない。出せない。どんな表現も不可能なこの衝撃!  
 あらゆる苦痛を超えた、それは圧倒的な感動だった。  
 
 おのれを打ちこみ、密着を保って、ただし動きはとどめる。  
 大丈夫だろうか。指で準備を施すには問題なかったが、いまの挿入は苦しそうだった。  
促したのはルトの方とはいえ、ここはしばらく静かにしていなければ──  
 などと理性的な思考を頭の隅に残しながら、その実、動けない理由はこちらにもある。  
狭い肉鞘にきりきりとはさまれた陰茎が、例の敏感さにさいなまれて、いまにも暴発しそうだ。  
経験を重ねて多少は慣れてきたものの、身体の未熟さだけはどうにもならない子供のぼく。  
 耐える。じっと耐える。  
 何とかやり過ごし、大きく息を吐いたところへ、  
「……嬉しい……ぞ……」  
 喘ぎとともに漏らされる、小さな声。  
「……ようよう……そなたと……結ばれて……」  
 声にとどまらず、半ば開いた目が、かすかにほころぶ口元が、  
「……これ以上の……悦びを……」  
 陶然と想いを訴える。  
「……わらわは……知らぬ……」  
 かき抱く。  
 そこまで言ってくれるのか──と、胸が絞られる。が……  
 これ以上の悦びが、まだあるんだ。まだ君が知らないほんとうの悦び。それを、これから、  
感じて欲しい。  
 そっと、引く。君は目を閉じ、息を吐き、けれども表情に苦悶はなく──  
 そっと、進む。息はさらに深く、なおも表情は安寧に満たされて──  
 引く。進む。引く。進む。ゆっくりと。ゆっくりと。自分を保てる限りの速度で。  
「どう? いい? 大丈夫?」  
「……ああ……よい……よいぞ……」  
「痛かったら、言って……我慢しないで……」  
「……痛うない……心地よい……我慢など……」  
「気持ちいい? ほんとうに?」  
「……まこと……誓って……」  
「じゃあ、もっと……こう……これだと、どう?」  
 速度を上げる。  
「……ああ……たまらぬ……」  
「いいんだね、ルト」  
「うん、そなたは──」  
「ぼくも──」  
「わらわも──」  
「ルト!」  
「リンク!」  
 もう口をきいている余裕はない!  
 
 俄然リンクが動きを速める。勢いよく体内をこすられる。言葉のとおり、そこには快感だけ、  
快感だけ、身体がばらばらになりそうな快感だけしかそこにはない!  
 のみならず、口を吸われ、舌を挿しこまれ、それに夢中で応じるうち、さらに胸を揉まれ、  
胸に口づけられ、快感に快感が重なって、何がどうなっているのかわからなくなって、口が何かを  
叫んでいるのに何を叫んでいるのか自分でもわからなくなって、言葉もなくがんがんと身を  
打ちつけてくるリンクを固く抱きしめていることしかできなくなって、このとてつもない快感に  
舞い飛ばされることしかできなくなって、この快感を快感と受け止めること自体が快感になって、  
頭の中も身体中も快感だらけになって、何もかもが快感で、自分自身が快感で、快感で、快感で、  
たまらない、たまらない、もうたまらない、もうこのままではいられない、壊れる、壊れる、  
壊れてしまう、壊れたい、壊して、どうか壊して、どうかリンク、リンク、最後の、最後の、  
一片まで、壊して、壊して、壊しつくしてリンク──!  
 
 直後、希望は実現した。  
 リンクが最大の力で突入してきた瞬間、すべての快感が限界を超えて炸裂した。ぴたりと体動を  
止めたリンクの、そこだけはびくびくと脈打つ器官が体内に感じられ、それが最後の快感となって  
ルトを投げ放った。  
 落ちる。落ちる。落ちる。  
 落下はとめどなく、着地の気配もなく、けれども不安はなく、むしろこのままどこまでも  
落ち続けてゆきたいと……ゆきたいと……ゆきたいと──  
 
 ──思う間に、静止していた。  
 去ってゆく快感が惜しく、しかし静止の安楽が別種の快さをもたらしてもいた。その新たな  
快さに身を浸すうち、いまの自分の有様が徐々に感知されてきた。  
 変わらぬ夜の涼気。星が見える。背には草の感触。仰向けだ。  
 ずっとこの姿勢だったが、さっきまで──さっきまで? あれからどれほど経ったのか?  
見当もつかない。が、いずれにせよ、覚えている限りの間──上に感じていた重みは、ない。  
リンクの身体は上にない。すでに結び合いは解かれている。リンクは、どこに……  
 そばにいた。横になって、右の肘をついて、手で頭を支えて、こちらをじっと眺めるような  
格好で、ただし目は閉じられていて……  
 その目が開いた。こちらの意識が覚めるわずかな気配を感じ取ったのだ。眠っていたのでは  
ないらしい。  
 左腕がかぶさってくる。向かい合わせになるよう、身体を横に起こされる。抱き寄せられる。  
身体に力が入らず、なすがままになってしまう。そんな受け身の自分が、また快く、改めて触れる  
リンクの素肌が、さらにほんのりと快い。  
 時は流れる。  
 沈黙は暖かく、だが、どこか物足らなくもあった。言葉が欲しい──と、思った時、あたかも、  
その思いを読み取ったかのごとく、  
「君の──」  
 リンクが呟いた。  
「──初めてを……ありがとう」  
 つりこまれるような、その笑み。  
「ん……」  
 胸が詰まって、頷くことしかできなかった。  
 強引に押しつける形になった自分の想いを、リンクは受け取ってくれたのだ。二人の関係が  
この場限りのものであっても、その言葉だけで、その笑みだけで、もう充分ではないか。  
 いや、心残りが一つだけある。  
 何もできず、ただ身体を固めて横たわっているだけの自分を、リンクは優しく──熱を  
こめながらも一貫して優しく──的確に扱ってくれ、信じられないほどの快さを──そう、  
前に想像していたよりもはるかに大きな快さを──もたらしてくれた。  
 リンクに女性経験があるのは確実だ。  
 いまさら他の女性のことを云々する気はない。が、リンクが言ってくれたことを、自分も  
リンクに言いたかった、という思いは消せなかった。  
「……わらわも……」  
 詮ないと知りながら、言葉は漏れる。  
「……そなたの初めてが……欲しかったの……」  
 
 それは──と、リンクは心の中で苦笑する。  
 できることなら聞いてあげたいけれど、そればかりは無理だ。未来ではマロンと、過去では  
サリアと、ぼくは初めてを経験している。その他にも大概のことはやってしまっていて──  
 そこで思い当たった。あまりのことに自分で自分を否定しようとしたが、あまりのことだけに  
いっそう心が動かされる。心だけでなく、それは萎えていた部分にも再び力を注ぎこみ始める。  
 こんなことをルトが承知するだろうか。いや、ぼくの初めてが欲しいと言ったのはルトなのだから──  
「ルト」  
 訊くだけは訊いてみて……  
「いまのぼくが経験していないことが、一つ、あるんだ」  
 不思議そうな顔となるルト。その耳元に口を寄せ、ささやくように告げる。  
 ルトの目が大きく開かれた。あり得ない、とでも言いたげに、まじまじとこちらを見つめている。  
 やっぱり。無茶な話と思うだろう。当然だ。だいたい、前の初めてを知ったばかりで、  
そっちの方も、などというのは──  
「そのようなことが……できるのか?」  
 ルトが問う。そこにあるのは純粋な疑問。嫌悪の情は感じられない。  
 頷く。  
 ルトが目を伏せる。無言が続く。ややあって、顔が上がり、  
「やる」  
 きっぱりと言葉が放たれる。  
「それがそなたの初めてならば、わらわは受ける」  
 ほっとしたところへ、不安げな声が届いた。  
「わらわも、初めてじゃが……」  
 何とかなる。子供のぼくにとっては初めての行為だが、大人の時にアンジュから教わったことだ。  
その時の忠告を思い出して──  
 潤滑剤がない、と気づく。  
 子供のぼくの大きさなら、そんなにきつくはないかもしれないが、何もなしではまずいだろう。  
 考えた末、結論する。  
 体液を使うしかない。  
 ルトの股間に手を伸ばす。いまだ残る潤いを指で掬い取り、後ろに移して、そっと撫でつける。  
それを繰り返す。陰部への接触が既知の快美感を、肛門への接触が未知の違和感を引き起こす  
ようで、ルトの表情が、そのつど、微妙に移ろう。その移ろいが、かわいらしい。  
 しばらく続けるうちに、ほぐれてきたと感じられたので、人差し指の先を、ちょっぴり  
もぐらせてみた。さすがに顔をしかめて緊張するルトに、力を抜くよう諭しておき、じっと待つ。  
緊張の緩みを得たのち、指を少しだけ奥に進める。筋肉の収縮は、強くはない。が、すべりが  
足りていない。  
 顔を股間に持ってゆく。  
「あッ!」  
 ルトが小さく叫んだ。  
「そのような所に……口など……きたない……」  
 きたなくなんかあるもんか。君のここは、ほんとうにきれいだ。青白い肌とは対照的に、  
鮮やかな赤みを帯びた粘膜が、複雑な曲線を描いて、女にしかない美を形づくっている。  
 膣口に滲む血すら美しく感じられ、たまらず舌を這わせる。傷はさほどでもないらしく、  
苦痛の声は聞こえてこない。それどころか、いまぼくをたしなめていた口からあふれてくるのは、  
まぎれもない悦楽の喘ぎだ。  
 陰核への愛撫で感覚を高まらせておき、後ろへ舌を送る。抵抗感は全く湧かない。水中で過ごす  
時間が長いせいか、ルトのその部分はあくまで清冽。それに、肛門への口づけは、大人の時にも  
経験のない、真に初めての行為だ。ルトに施してこそふさわしい。  
 仰向けの股間にうずくまり、両脚を持ち上げ、尻を浮かせるようにして、唾液を満たす。  
舌で広げる。送りこむ。絶え間なく続くルトの喘ぎが、徐々に音量と音程を上げてくる。  
 もういいか。  
 ルトの身体を裏返そうとして、思いとどまる。  
 どうせなら、別の向きでやってみよう。後ろからじゃなく、向かい合って。そうすれば、  
ルトの顔を見ていられる。  
 
 両脚を持ち、浮かせた尻に、膝でにじり寄る。鈴口から出る粘液を、手でおのれの全長に  
伸展させたのち、先端をあてがう。ルトの全身が怯えたように竦む。目をぎゅっと閉じて、  
それでも可能な限り心と身体の張りを解こうとしていて、続く数度の吐息とともに、竦みは  
薄まってゆく。  
 その機を逃さず、突く。そっと。  
「く……ぅ……」  
 ルトが呻く。筋肉が硬化する。先端部はすでに侵入を果たしたが、それ以上は進まない。  
 無理しちゃいけない。あくまで優しく。優しい上にも優しく。  
 自分に言い聞かせ、待つうちに、ルトの筋肉が弛緩する。再び突く。硬化する。待つ。  
 硬化と弛緩の合間を縫い、少しずつ、少しずつ、リンクは幼い武器を送りこんでいった。  
長い時間を要する過程だったが、リンクはそれを厭わなかった。ルトの身を思えば当然の  
配慮であり、また、ともすればあの敏感さに我を忘れそうになる自分を抑えるためにも、事は  
慎重に進めなければならなかった。  
 やがて陰茎は根元までが腸内に没した。しばしののち、呻きを静めて、ルトがおぼろげな声を  
出した。  
「……もう……収まったか……」  
 こちらの動きが止まったことで察したのだろう。  
「すっかり入ったよ。君のお尻の中に」  
 敢えて露骨に言ってやる。  
「……わらわの……尻……」  
 ルトが繰り返す。薄目をあけて、ぼうっとした顔。何を言っているのか自分でもわかって  
いないのではないか。  
「……わらわの……尻は……快いか……?」  
 続くルトの言葉が心臓を鷲づかみにした。戯れに放った露骨な弁を、倍にして返された気分。  
「……どうじゃ……快いか……?」  
 追い討ちがかかる。答えざるを得なくなる。  
「気持ちいい……とても……」  
 ほんとうだ。がっちりと絞られた肛門の奥で、ぼくのペニスは必死に快感とせめぎ合っている。  
それを告白したことで、なおさら快感がたちまさってくる。  
「……わらわの尻で……そなたは……いくのか……?」  
 またもや心臓をつかまれる。  
 その言葉がどんなにぼくを興奮させるか、ルトはわかって言っているのか? わかって煽って  
いるのか? そうではないだろう。ないだろうが、もう──  
「いって……いい?」  
 哀願めいた問いを止められない。  
「……よいぞ……」  
 ルトが微笑む。  
「……わらわの尻に……そなたの初めてを……」  
 激発しそうになる自分をかろうじて抑制し、小刻みに腰を前後させる。  
 気をつけろ、気をつけろ、『力任せに無理やり動いたりはせずに』、優しく、あくまで優しく、  
初めてのルトには、そうだ、ルトはどうなんだろう、ルトは感じているんだろうか、確かめ  
られなかった、けれどもう訊いている暇はない、せめて、せめてこうして──  
 持ち上がった両脚の裏を身体で押さえつけ、斜め上から短い突きを繰り返しつつ、前門に片手を  
伸ばす。べっとりと濡れそぼった──(ああ、ルトは感じているんだ)──そこを刺激しながら、  
残る手を胸にやって、固まった乳頭を撫でてやる。  
 それが引き金となったか、  
「ひあぁぁッッ!!」  
 ルトがいきなり絶叫し、びくんと背をのけぞらせた。一気に収縮する筋肉が強烈な圧迫を内部に  
加え、  
「か! あッ!」  
 最後の抵抗を打ち砕いた。  
 もはや前後動を封じられた肉柱は、激しく狂おしく脈動し、絶頂の震えを周囲の粘膜に  
伝わらせていった。  
 
 身の上に投げ出されたリンクの身体を柔らかく抱き、霞のかかったような頭で、しかし奇妙に  
冷静さも残した意識をもって、ルトは思いをめぐらしていた。  
 これまで想像したこともなかった、肛門での交わり。  
 初めは苦痛を感じもしたが、そのうち、どう言い表したらいいのかわからない、不思議な感覚に  
支配され、それがついには──これもリンクの優しさのおかげなのだろう──明らかな快感と  
なって、自分を虜にした。  
 何か恥ずかしいことを口走ったようだけれど、そんなことは気にもならない。  
 リンクの初めてを受けられたのだから、そして、自分の──先の初めてに加えて──もう一つの  
初めてもリンクに捧げられたのだから、今度こそ、充分すぎるほど充分と言わなければならない。  
 そう、今度こそ。  
 リンクと至福の時間を共有する悦び。それは今宵限りと決めたこと。  
 リンクには使命がある。自分のもとにはとどまれない。  
 厳しくおのれに言い聞かせながらも、胸にわだかまる哀しみは消えなかった。消えるはずが  
なかった。  
 それでも、耐えなければならない。耐えるためには──  
 
 リンクは我に返った。下になっていたルトが身体を動かしたのだ。  
 重みをかけすぎたか、と気遣って、身を傍らに寄せる。ルトが上半身を起こした。妙に顔が  
こわばっている。声をかけるのを憚っていると、ルトの方が口を切った。  
「『金のうろこ』を持っておるか?」  
 硬い声と唐突な質問に戸惑いつつ、リンクは脱ぎ捨てた服を探った。地下水路での突発事で  
うろこをやりとりするうち、リンクは二枚のうろこをともに保持することとなっていた。  
そのうちの『金のうろこ』を差し出すと、ルトは礼も言わずにそれを取り上げた。次いですっくと  
身を立たせ、変わらぬ硬い声で、短く言った。  
「里へ帰る」  
 驚いて腰を上げかかるリンクに、叱責するような声が投げられた。  
「そなたは来るな」  
 腰は途中で止まってしまい、何とも中途半端な姿勢のまま、リンクはルトの顔を見上げた。  
 切り口上で、ルトが言う。  
「そなたとの婚約は、解消する」  
「ルト──」  
「よって!」  
 呼びかけはぴしゃりと封じられる。  
「そなたとは、ここで別れじゃ。どこへなりと好きな所へ行き、好きなようにするがよい。ただし  
ゾーラの里へは来るな」  
 左手を腰に当て、やや首を傾けて、こちらを見下ろすルト。この小島で初めて会った時と同様の、  
高飛車な態度だ。  
「どうして……」  
 やっと言えたのは、それだけだった。  
 ルトの表情が動いた。唇が開き、きれぎれに声が絞り出される。  
「二度と、そなたの顔は、見とうない」  
 罵倒としかとれない言葉だった。が、そこには、なぜか、哀しみとも呼び得る感情がひそんで  
いるように思われた。ゆがめられた表情には、いまにも散り乱れそうな儚さがうかがわれた。  
 それも束の間のことだった。不意に元のこわばった表情を取り戻し、ルトはついと背を向けた。  
みぎわへ歩み寄った。湖に身を躍らせた。どぼりと音がし、水に映る月と星々の光が大きく  
揺れ動いた。  
 やがて湖面には静寂が帰り、反射する光も再び形をなした。  
 ルトの姿だけが消えたままだった。  
 
 リンクは茫然とするばかりだった。  
 しばらくしてから、自分が不安定な姿勢を続けているのにようやく気づき、上げかけた腰を  
草の上に戻した。  
 ルトの態度の急変が理解できなかった。  
 結婚を断ったのを怒っているのだろうか。そうとは思えない。自分から婚約解消を持ち出す  
からには、やはりあの時点で──「行くがよい」と、「今宵限り」と言った時点で──ルトは  
納得していたはずなのだ。その後の交わりで、素直なルトを近しく感じて、望みには添えない  
までも、身体とともに心を触れ合わせることができたと思ったのに……  
 いくら考えても答は出そうになかった。リンクは服を着、とぼとぼと橋を渡って、みずうみ博士の  
家へ戻った。  
 すでに夜明けも遠からぬ時刻となっていたが、博士は起きていた。椅子に腰を据えて本を  
読んでいた博士は、戸をあけて室内に入るリンクに、からかうような視線をちらりと送って  
きたあと、すぐ怪訝な表情となった。  
「ルト姫は?」  
 やむなく答える。  
「ゾーラの里へ帰ったよ」  
 博士の不審の目を意識しながら、向かいの椅子にかけ、テーブルの上に頬杖をつく。  
「嫌われちゃったみたいだ」  
 博士は何も言わなかった。応答を期待していたわけではなかったが、沈黙が続くのは気詰まり  
だった。リンクは言葉を継いだ。  
「男が責任を取るって、難しいことなんだね」  
 ぷっ──と吹き出す音が聞こえた。見ると、博士が肩を震わせてくつくつと笑っている。  
別に腹は立たないが、何がそんなにおかしいのか、と疑問になる。  
 じきにわかった。  
『確かに、子供が深刻げに言う台詞じゃないな』  
 自分でもおかしくなってくる。  
 
「例によって、何があったかは訊かんでおくが──」  
 笑いを収めた博士が、それでも顔に微笑を残して、優しげに話しかけてきた。  
「お前さんのことじゃ。決して半端な気持ちでおったんではあるまい。お前さんなりに真剣に  
考えて行動したんじゃろ」  
 ふり返る。  
 ルトの想いを慮るならば、あからさまに結婚を拒絶するべきではなかったのかもしれない。でも、  
偽ることはできなかった。そこは間違っていない。絶対に。  
「うん」  
 確信をこめて、頷く。  
 博士が続けた。  
「なら、心配はない。若いうちは、いろいろある。そのうち、お互いわかり合える時は来るて」  
 惑いを消し去るには至らなかったが、慰めになる言葉ではあった。  
 ルトの心が読めないぼくだけれど、いずれは理解できる時が──  
「ともあれ──」  
 博士の口調が軽くなった。  
「ルト姫を預かる話は、ご破算ということでいいんじゃな?」  
 はたと気がつく。  
 ここへ来たのはルトを戦禍から守るためだったが、結局、ルトはゾーラの里へ帰っていって  
しまった。このままでは危険。ルトと交わることによって、その悲劇的な死を回避する目途は  
ついたものの……  
 そこで頭に浮かぶ大きな手抜かり。  
 賢者の件をルトに伝えていない!  
 キングゾーラには賢者の話をしてある。いざとなればルトに説明してくれるだろうが……  
いや……  
「これをどうするかのう」  
 博士の声に注意を惹かれ、視線を追う。テーブルの端に小さな袋があった。ルトが手回り品を  
入れていたものだ。  
「ぼくが届けるよ」  
 リンクは袋を懐にしまった。  
 賢者については、ぼく自身がルトに伝えよう。それも責任のうちだ。キングゾーラと約束した  
ことでもある。ゾーラの里へは来るなと釘を刺されたが、行かないではすまない。  
 とはいえ……  
 二度と顔を見たくない、とまで言い放ったルトに、この次、どんな顔をして会ったらいいのか。  
 懸念が湧くのはどうしようもなく、リンクの心は重みを増すのだった。  
 
 
To be continued.  
 

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