眼前の暗闇の中へは、下りの石段が続いていた。リンクはカンテラを手に取り、腕をできるだけ  
前に突き出して、奥を凝視した。  
 何も見えない。それでも直ちに危険な事態が生じるような徴候は感じられない。空気は黴臭く  
澱んでいるものの、意外に暖かく、呼吸にも差し支えはなさそうだ。  
「この先が神殿なの?」  
 かすれた声でアンジュが問う。  
「かもしれないけれど……ここからじゃ、よくわからない」  
「行くの?」  
「うん」  
「寒くない?」  
 言われて初めて気づいた。さっきまであれだけ寒さを感じていたのに、いまはさほどでもない。  
震えも止まっている。アンジュと抱き合ったのがよかったのか。  
「もう平気だよ」  
 答えつつ、自分の身体も現金なものだな──と、リンクは心の中で苦笑した。  
 ただ、探索するにあたっては……  
 脱ぎ落とした服に目をやる。ほとんど乾いていない。  
 ここでまた、ぐっしょり濡れた服を着たら、震えがぶり返してしまうかもしれない。といっても、  
乾くのを待っている時間はない。奥の気温はここより高そうだから、いっそ裸のままで行って  
やろう。魔物でもいるとなると厄介だが、そんな気配はない。仮にいたとしても、戦闘になった  
場合、濡れた服だと重くなるし、身体に貼りついて動きが制限されてしまう。探索が長引く  
ようなら、その時はその時で、また戻ってくればいい。足元には注意しなければならないが  
 リンクはブーツを履き、鞘から抜いたコキリの剣とカンテラだけを持って、石段に足をかけた。  
背後であわただしげな物音がした。ふり返ると、あわてた様子でアンジュが靴に足を入れている。  
「アンジュはここにいて」  
 リンクの制止に、  
「いやよ」  
 強い調子でアンジュは答え、一転し、はにかむような風情でつけ加えた。  
「一人でいるのは、心細いわ」  
 微笑ましくなる。  
 ぼくを追ってのこととはいえ、薄気味悪い夜の墓地へ一人でやって来るような、大の大人が言う  
台詞とも思えない。  
 しかし──と考え直す。  
 アンジュは地元の人だから、夜の墓地くらいで動じたりはしないのだろう。だがこの穴の中は、  
アンジュにとって未知の領域。心細く感じても不思議はない。それに何といっても、アンジュは  
女性なのだ。  
「じゃあ、一緒に行こう」  
 そう言うと、アンジュはいかにも嬉しそうな顔をして、そばに寄ってきた。服を着る気も  
ないようだ。こちらに合わせるつもりなのかもしれないが、アンジュの服はそれほど濡れては  
いないのに──と思い、床に目を落とすと、広げられたスカートに大きな染みがついている。  
その染みが、さっきアンジュが尻を置いていた場所に一致していること、そして、雨ではない  
液体によってできたものであることに気づくまで、若干の間を要した。  
 ぼくは射精していないのだから、もっぱらアンジュから漏れ出た液体のせい、ということに  
なるが、それにしても大きな染み。アンジュは気づいているのだろうか。気づいていたとしても、  
その程度なら身に着けたって大した障害はないはず。いや、身体の下に敷かれてしわくちゃに  
なった服を着るのは、快適とは言えないだろうから……  
 待て。なんでぼくはこうも躍起になってアンジュの動機を詮索してるんだ? どういう  
理由であれ、アンジュが裸でいたいのなら、いさせてやればいいんだ。いまは探索に専念しよう。  
 リンクは無理やり思考を打ち切った。が、心のどこかが妙に浮き立つのを止めることは  
できなかった。  
 
 石段の幅は狭く、二人並んで降りる余裕はなかった。リンクが先に立ち、アンジュはあとに  
従った。間もなく石段は尽き、開けた空間が現れた。リンクは立ち止まり、全身の感覚を  
研ぎ澄ませた。  
 真っ暗で様子はわからないが、敵の気配は感じられない。  
「わたしがカンテラを持つわ」  
 アンジュが言った。右手のカンテラを差し出すと、同じく右手でそれを受け取ったアンジュは、  
こちらの空いた右手に左手を繋いできた。そうしたいがための申し出だったのか──と考えて  
しまい、どきりとするが、不安なんだろう、それくらいは応じてやらなくては、と心を静める。  
 左手に剣を、右手にアンジュの手を持ち、一歩、一歩と、リンクは慎重に足を進めた。ここでも  
リンクが前に出る格好となったが、後ろのアンジュがカンテラを前方に掲げてくれているので、  
足元は充分に確認できた。  
 歩きながら周囲に目をやり、状態を把握する。人が数十人は余裕をもって入れそうな、がらんと  
した広い部屋。ここも床は石造りで、ところどころに水たまりがあるものの、ほぼ水平といって  
よく、歩行の邪魔になるようなものはない。ただ、ある程度の間隔をおいて、細長い箱のような  
物体が、規則正しく配列している。物体の長さは自分の身長の倍ほどで、表面には複雑な文様が  
彫られている。明らかに古びた感じがし、相当、昔に作られたものと思われた。  
「これ、棺だわ。上と同じで、ここもお墓なのね」  
 かぼそい声でアンジュが言う。棺というものに縁遠かったリンクは、そこで初めて合点がいった。  
 やはり、ここが王家の墓。  
 足を止め、アンジュの方を向いて、ダンペイから引き出した王家の墓の伝説を話してやった。  
興味ありげに聞きながらも、アンジュは時々、怯えたような視線を棺に送っている。いきなり蓋が  
開いて何かが飛び出してくるのでは、などと考えているのかもしれないが、もちろんそんなことは  
起こらない──  
「ひゃッ!」  
 悲鳴とともにアンジュが飛びついてきた。あわてて左手の剣を後ろへまわす。かろうじて  
傷つけずにすんだが、できたのはそれだけ。アンジュの胸が顔面を直撃する。咄嗟に右腕を  
アンジュの胴に巻いて、転びそうになるのをこらえる。  
 何が起こったんだ? まさか──  
 胸に冷たいものを感じて棺に目をやる。蓋は開いていない。ほっとして、しかし自分までもが  
空想的になってしまったのを恥じながら、  
「どうしたの?」  
 と訊くと、  
「音がしたのよ、後ろで」  
 アンジュが震え声で答えた。右手はカンテラを放していないが、左腕はこちらの肩をかき抱いて  
いる。  
「何かいるわ」  
 
 左腕にぎゅっと抱き寄せられる。顔が乳房に押しつけられる。同時に腹の皮膚が、じゃりっと  
した恥叢の感触を得る。  
 どきまぎしつつ、それでも緊張に身を固め、まわりに注意を飛ばす。  
 何の気配もない。  
「ほんとうに音がしたの?」  
「ほんとよ」  
 ぴちゃ──とかすかな音。  
「ほら! いまの!」  
 この音は──と緊張を解き、アンジュの身体を押しやって、その後ろの床を見る。水たまりが  
できている。  
「ここに天井から水滴が落ちたんだよ。心配ないさ」  
 左手を口に当て、ぽかんとして水たまりに目を向けていたアンジュは、一拍の間をおいて大きく  
息をつき、決まり悪げな顔になった。  
「ごめんなさいね、驚かせたりして──あ」  
 言葉の途切れに不審を感じて、アンジュの顔を見直すと、目がこちらの下半身に据えられている。  
視線を追う。勃起した自分を見いだす。いましがたの接触で刺激されてしまったのだ。  
 あわてて右手をかぶせる。だが、考えてみると、さっきまで同じ状態のそれをアンジュの前に  
さらし、なおかつ、その中にまで送りこんでいたのだ。いまさら隠すのも変な話。  
 右手をどける。何となく落ち着かない。  
 アンジュがくすりと笑った。  
「元気ね」  
 先刻の交合からさほども経っていないので、そう言うのだろうが、褒められているのか、  
からかわれているのか、よくわからない。  
「行くよ」  
 照れ臭くなり、ぷいと背を向けて、二、三歩、足を出すと、  
「あ、待って」  
 うろたえたような声を出して、アンジュが走り寄ってきた。再び右手をつかまれる。それで  
照れ臭さも和らいだ。  
 頼られる立場というのも悪くはない。大人のアンジュが、かわいいとさえ感じられてくる。  
 ただ、そのアンジュは、セックス以外の場面でも裸でいるとの状況に、全く照れていないようだ。  
ゾーラ族なら話はわかるが、アンジュはいったいどういう心境なのか。七年後にも──見たのは  
一度きりながら──全裸で料理をし、食事をしていたアンジュだ。ぼくが子供だから気を許している、  
というだけではないだろう。女性は身体を合わせた男の前だと、そんな態度をとれるものなのか。  
それとも一種の性癖なのか。いずれにせよ、アンジュの場合、実に自然にそう振る舞うので、  
いちいち意識する方がおかしいのだ、と思わされてしまう。  
 とはいえ……子供の自分と大人のアンジュが、ともに裸で、連れ立って冒険している、という  
現状は、やはり自然なものとは言えないだろう──と、心の揺れを抑えきれないリンクだった。  
 
 部屋の突き当たりに、今度は上りの石段があった。その先もまた、いっさい光のない空間で、  
空気はいよいよ生暖かく、いかにも何かがひそんでいそうな、不気味な雰囲気を醸し出していた。  
が、いくら気配を探ってみても、危険なものの存在は感知できなかった。  
 そろそろと進むうち、床が陥凹した部分に行き当たった。広い反面、浅い陥凹で、透明な液体が  
溜まっている。どこからか地下水が流れこんでいるのだろう。かすかに湯気が立っているのは、  
活火山であるデスマウンテンの地熱の影響か。  
「温泉ね」  
 聞き慣れないアンジュの言葉だったが、説明を聞くと、自分の考えに一致していた。気温が  
高いのはこのためだったのだ、と納得できた。  
 先の墓所よりは狭いその部屋の、さらに続きは、石段を介在させることなく、新たな部屋と  
なっていた。部屋の面積はなお狭く、奥は膝くらいの高さの低い壇となっていた。奥の壁には、  
天井まで届く大きな平たい石が張られており、表面には文字が刻まれていた。  
 中をぐるりと回って、部屋の四方を確かめてみる。来た側以外に出口はなく、道は行き止まりと  
なっていた。  
「ここが神殿?」  
 アンジュが小さな声で訊いてきた。  
「いや……」  
 王家の墓というのが、すなわち闇の神殿なのではないか、と、ぼくは期待していた。けれども、  
いまはそうとは思えない。墓所の部分を含めても、神殿にしては狭すぎる。これまで入ったことの  
ある神殿は、森の神殿、水の神殿、そして魂の神殿のいずれも、ここよりずっと規模が大きかった。  
当てがはずれてしまった。  
 それでも諦めるのは早い──と気を取り直し、リンクは奥の石壁を調べてみた。アンジュに  
カンテラで照らしてもらいながら、彫られた文字を観察する。  
 左右の二段に分かれた文字の集団。左段は通常のハイリア文字。右段は地上の崩れた石碑にも  
刻まれていた古代文字だ。文字の数はほぼ等しい。同じ意味の文章を、異なった二種の文字で  
書いてあるのだろう。地上の石碑には古代文字しかなかったが、あるいはここと同様、崩れた  
部分に同じ意味のハイリア文字が記されていたのかもしれない。  
 
 自分にも読めるハイリア文字の方に注目する。  
 
 この詩を 王の一族に 捧ぐ  
 
 という第一行のあとに、狭い間をはさんで、六行の文章が続いている。  
 
 のぼる太陽 やがて 沈み  
 生まれし命 いつか 消えゆく  
 太陽は 月に  
 月は 太陽に  
 生ける 死者には  
 安らかな 眠りを  
 
 さらに一行空けた次に、  
 
 この世に 迷う魂を  
 太陽の歌をもって しずめよ  
 
 とあり、その下の、壁の最も低い部分の中央──ハイリア文字の左段と古代文字の右段を  
ともに受けるような位置──には、横走する四本の平行線が描かれていた。明らかに楽譜。  
しかし音符はない。目を近づけてみたが、汚れに隠されているわけでもなく、削り取られている  
わけでもない。ただ四本の線があるばかりだ。  
 しばらく眺め続けたが、それ以上の情報は得られない。リンクは石壁に背を向け、壇に腰かけて  
考えこんだ。  
 王家の墓に入ることができて、道が開けたかと思ったのに、謎は解けない。むしろ深まる一方だ。  
この詩の意味は何なのか。『太陽の歌』とは何なのか。いかにもその歌を記録してあるふうで  
ありながら、楽譜に音符がないのはなぜなのか。そして、闇の神殿はどこにあるのか。  
 わからない。  
 が、闇の神殿については、まだ手がかりが残っている。井戸だ。神殿への道は、そっちの方に  
あるのかもしれない。『太陽の歌』の謎も、井戸を調べてみたらわかるのではないだろうか。  
 とはいえ、井戸の探索にあたっては、水を取り除く必要がある。『嵐の歌』で可能なはずだが、  
村が難民であふれている現在、そんな迷惑な事態を引き起こすわけにはいかない。時期を  
待たなければ。  
 では、ぼくがとるべきこれからの行動は……  
 
 熟考する様子のリンクを、アンジュはそばで見守っていた。壁に書かれた詩の意味はさっぱり  
わからなかったし、リンクにも理解できていないことは態度で察せられた。神殿を探していると  
いうリンクが、障害にぶち当たっているのは明らかだった。  
 横に並ぶ形で、そっと壇に腰を下ろす。リンクはふり向きもしない。わたしがいることも忘れて  
しまっているような──と微笑を誘われ、反面、一抹の物足りなさをも感じながら、アンジュは  
リンクの横顔に目を注いだ。  
 大真面目な顔で、何かを考えている。言葉をかけるのも憚られるくらいの真剣さ。小さな  
子供には不釣り合いなほどの真剣さ。でも、その真剣さがまぶしい。男らしい。  
 一人でいるのは心細い、とわたしはリンクに言った。けれども安全という点では、何があるかも  
わからない、真っ暗な穴蔵をうろつくよりは、一人で入口にいた方が、ずっとましだったはず。  
にもかかわらず、わたしがリンクについてきたのは、そんなリンクの男らしさを、近くにいて、  
この目で見ていたかったから……  
 期待したとおり、リンクは立派だった。どんなことがあってもわたしを守るとでも言うかの  
ように、わたしの前に立って、わたしの手を引いて、落ち着いた態度を崩すことなく、ここまでの  
行動を貫いた。いまは一心に頭を働かせ、神殿の謎を解き明かそうと、世界を救う手だてを  
得ようと、一生懸命、努力している。  
 頼もしい。  
 惹かれる。  
 リンクの男らしさに。探検を始める前から感じていたリンクの男としてのありように。わたしを  
抱き、わたしを貫き、わたしを絶頂させたリンクの男に。  
 思いの流れが、視線をリンクの股間へと導く。さっき抱きついてしまった時には、ぴんと  
突っ立っていたペニスが、思考に熱中しているせいか、すっかりおとなしくなっている。  
 こうして見ると、リンクがほんの子供に過ぎないことが、改めてよくわかる。発毛もして  
いないし、先ほどの交わりでは、達しながらも射精はしなかった。そんなリンクに、わたしは  
あそこまで熱狂させられてしまったのだ。  
 幼い子供と関係するという異常さが、わたしを興奮させたのは確かだ。幼いながらも男を感じさせる  
リンクが相手であることで、ますます興奮が高められたのも事実。だが、それだけではない。  
秘所への指の使い方、挿入後の腰の動かし方は、明らかに女を知った男のそれだった。リンクには  
経験があったのだ。  
 ひと月前には、そんな素振りなど全くなかったのに。  
 同年代の女友達とでも体験したのか。いや、未熟な者同士では、あれほど慣れた行為は身に  
つくまい。熟達した女に教えられたのだ。いったい、どこの誰に?  
 
 それが誰であれ……リンクが経験していたとなると、何も知らない小さな男の子に性を教えて  
やるというわたしの願望は、果たされなかったことになる。残念な気もするが、しかし、  
それ以上の妖しい気分を、いまのわたしは感じてしまう。  
 幼い身で女を知った少年に攻められ、いかされてしまった、大人のわたし。  
 リンクが、そんな表現で想像されるような、いやらしい気持ちでいたのではないことは、  
よくわかっている。リンクの行動は、あくまで真摯、あくまでまっすぐだった。でも、わたしは  
……わたしの方は……自分がそういう立場にあると考えてしまうと……こらえようもなく……  
 ぞくり──と背筋に震えが走る。寒さゆえでも、恐怖ゆえでもない、その震え。  
 そっと股間に指を這わせる。  
 濡れている。  
 先刻の残りではない、新たに湧き出しているわたしの愛液。  
 欲情している。わたしは欲情している。  
 リンクに。こんなに小さな子供のリンクに。  
 もう教えるなどという理由づけもなく、ただただ、わたしは、欲情している。  
 すでに一度リンクと交わってしまったいま、何の躊躇も、何の葛藤も、わたしには、ない──  
「戻ろうか」  
 不意のリンクの呟きが、アンジュをどきりとさせた。  
「ここにいても、無駄みたいだ」  
 さっきまでの深刻な色は消え、すっきりとした前向きの意志が、リンクの顔には現れていた。  
思考を無理やり現実へと戻し、アンジュはリンクに問うた。  
「神殿のこと、何かわかった?」  
 リンクは首を振った。  
「わからない。だけど神殿については、他にも気がかりなことがあるんだ。今度、別の時に、  
そっちを当たってみるよ」  
「そう……」  
 リンクの快活な態度とは相反するような、自分の淫らな情念を、後ろめたく感じながら、そして、  
その情念を発散しつくしてしまいたいとの衝動を抑えこむのに多大な苦労を払いながら、リンクが  
腰を上げるのに合わせ、アンジュは脇に置いていたカンテラへと手を伸ばした。  
 その時。  
 キィッ!──という耳を引き裂くような甲高い声とともに、部屋の隅の暗がりから黒い塊が  
アンジュの顔めがけて突っこんできた。  
「きゃッ!」  
 咄嗟に伏せたので、危うく衝突は免れたが、空気の振動が髪を逆巻かせるほどの近距離を、  
その塊は飛び過ぎた。  
「動かないでアンジュ!」  
 鋭い叫びと素早い足捌きの音がアンジュの耳を打った。  
 壇上に身を倒したまま、音の方へと顔を向ける。  
 目の前にリンクの踏ん張った両脚があった。  
 
 アンジュの前に立ちはだかり、左手に剣を握りしめ、リンクは最大級の警戒態勢をとった。  
 ついさっきまでは何の気配もなかった。いまは何かがいる。場所は突き止められないが、  
この部屋のどこかにひそんでいるのは確実だ。  
 何かとは? その正体は? 暗闇を飛翔する黒い影。大きなものではなかった。たぶん、  
あいつだ。  
 視界の隅に小さな赤い光が見えた。そちらを向くと同時に、光はぐんと大きさを増した。  
高速の接近、と瞬時に判断し、迷わず剣を突き出す。  
 ギェ!──と不快な鳴き声をあげ、二つの赤い目の間を貫かれた飛行物体は、ぼたりと床面に  
落ちた。  
 ほっと息をついた瞬間、左右の二方向から気配が突進してきた。構えをとる余裕はない。  
左が近いと察知し、気配だけを頼りに位置を測って剣を振りおろす。手応えを実感する暇もなく、  
右の気配に向けて即座に剣を払う。切り裂かれた二体の敵が落下する。  
 まだいるか?  
 いる。  
 目を凝らす。見えない。気配はあるのだが。  
 待つ。じっと待つ。気配は消えない。さらに待つ。  
「リンク──」  
「まだだ。伏せてて」  
 起き上がりかけるアンジュを制した直後、壇とは反対側の壁面に、赤い光を見いだす。すぐさま  
剣を構える。光は動かない。  
 睨み合っていても埒は明かない。パチンコかブーメランを持ってきていれば容易に対処できたのだが、  
ここは剣を使うしかない。ただ、やるなら一度で仕留めなければ。逃がせばアンジュに危険が  
及ぶかもしれない。  
 揺らめきもしない光に向け、一歩、また一歩と、ゆっくり足を近づける。  
 近づきすぎると、飛びつかれた時、応戦しづらくなる。この距離が限界か。しかし敵は動こうと  
しない──  
 
 いきなり光が大きくなった。羽ばたく音が耳を刺す。気をみなぎらせていたので機会は逸しない。  
それでもぎりぎりだった。左腕を上げた時、光は眼前に迫っていた。右に身体をひねりながら  
斜めの角度で斬り落とす。手は両断の感覚を確実に得た。  
 なおも油断なく周囲の様子を探る。  
 いるか?  
 いない。  
 ようやく警戒を解き、ふり返る。壇に腰をつけたアンジュが、石壁の前に頭を投げ出すような  
格好で横たわっている。顔だけがこちらに向けられて。  
 歩み寄って、声をかける。  
「全部やっつけたよ。もう大丈夫」  
 アンジュの目がぼくを追う。おどおどと声が発せられる。  
「……何だったの?」  
 横にすわり、安心させるつもりで、そっと肩に手を置いてやる。  
「キースさ。蝙蝠だよ。大した奴じゃない」  
 部屋のどこかに、外へ通じる小さな穴でもあって、そこから入りこんできたのだろう。  
この密閉空間で呼吸に支障をきたさないのも、内部の空気が外気と繋がっているからに違いない。  
 アンジュが腕にすがってきた。その腕に力を入れ、上体を引き起こす。と──  
 いったん起きたアンジュの上体が、今度はこっちに傾いた。がばと両腕で抱きすくめられる。  
二つの乳房の間に顔をはさまれ、息が詰まりそうになる。  
 怖かったのか。ほんとうに大した敵じゃないんだから、そんなに怖がらなくてもいいんだよ。  
 ほのぼのとした思いを抱きつつ、顔を胸から離し、アンジュを見上げる。  
 ぎくりとする。  
 アンジュの目が燃えていた。  
 この目は──と記憶を引き出しかけたところへ、アンジュの顔がかぶさる。唇を奪われる。  
舌を突っこまれる。  
 踊り狂うアンジュの口を、なすすべもなく受け入れながら、意識はきりきり舞いをする。  
 突然どうしたんだ? いったいアンジュに何があったと?  
 目。アンジュの、あの目。  
 アンジュがぼくの前であんな目をするのは……それは、いつも……ぼくを誘って、ぼくを求めて  
いる時で……だからいまもアンジュはぼくを……そうだ、アンジュは……アンジュは!  
 
 わたしは欲情している!  
 もう抑えきれない! もう止められない! もうわたしは我慢できない!  
 リンクはわたしを守ってくれた。これまで以上の男らしさを、まざまざとわたしに見せつけて  
くれた。そんなリンクの男の前で、わたしは自分をさらけ出さずにはいられない。リンクの男を  
求めないではいられない!  
 口を貪り貪り貪ったのち、身をかがめつつ、唇をすべらせる。顎へと。首へと。胸へと。  
鳩尾へと。腹へと。  
 壇を降り、腰かけたリンクの両脚を開いて、その間に身を置く。床に膝をつき、リンクの局部と  
向かい合う。  
 またもや元気を取り戻し、硬く直立したリンクのペニス。無毛の股間から立ち上がる、  
まだ剥けきっていない小さなペニス。けれどそれは男の象徴。リンクの男の象徴。わたしが  
圧倒的とさえ感じてしまっているリンクの男の、それは歴然とした象徴!  
 それが欲しい。わたしは欲しい。だからこうしてわたしは、リンクの前に跪いて、リンクの  
そこに顔を寄せて……  
 含む。  
「あ!」  
 リンクの呻きを快く耳にとどめつつ、わたしはひたすら口を使う。頬をすぼめて、舌を動かして、  
口のまわりの筋肉を総動員して、中のリンクを吸い、転がし、押し包み、揺すりに揺すり、  
揉みに揉み──  
「あ……うぅ……」  
 いったん解放して、今度は舌を伸ばして、上から下まで舐めおろして、下から上まで舐めあげて、  
先を剥き出しにして、舐めまわして、舐めすすって、舐めつくして──  
「お……う、ぁッ……」  
 唇ではさんで、覆って、くるんで、軟らかな圧迫を加えながら、撫でるように、さするように、  
あふれる透明な粘液の上で、舌をすべらせ、走らせ、こすらせて──  
「くッ……アンジュ……」  
 もう一度含んで、かぶりついて、小さなリンクは奥までは届かないけど、それでもできる限りと  
根元まですっぽり口の中に収めて、鼻が下腹をぐいぐいと押すくらい密着して──  
「いッ……んッ、んん……」  
 ゆっくりと引いて、ゆっくりと進んで、また引いて、また進んで、引いて、進んで、引いて、  
進んで、口でリンクをしごいて、しごいて、しごきたてて──  
「あッ、アンジュ!……も、もう……」  
 いくの? いきそうなの? ああ、このままいかせたい。びくびくと脈打つリンクのペニスを  
この口に感じたい。でも、でも、それを感じるべき場所は他にある。こうしている間にも、  
じんじんと、わんわんと、唸りをあげるようにそれを求めているわたしの部分、いまでは脚を伝って  
流れ落ち床に溜まりすらつくっているかもしれないほどだらだらと淫らな液をしたたらせている  
わたしの欲情の源、そこにこそわたしはリンクを、このリンクの男を受け入れなければ、  
受け入れなければ、けれどその前に、その前に、別のリンクを、別のリンクの男をそこに──  
 口を離す。リンクを見上げる。  
「よかった?」  
 息を弾ませ、表情を引きつらせながらも、かすかな頷きを、リンクは返す。  
「じゃあ、今度はわたしにも、同じようにして」  
 
 どう反応するかと思う間もなく、  
「うん」  
 即座に素直な応答がなされ、  
 ──やっぱり、リンクは……  
 リンクが立ち上がる。位置を替える。壇に腰を落としたわたしは両脚を開く。リンクが間に入る。  
膝をつく。見ている。わたしを見ている。ある種の感動を現して。しかし驚きも惑いもそこにはなく、  
 ──女のそこを見たことがあるんだわ。ならこれからすることもリンクは……  
 静かな情熱をもって、顔が寄せられる。  
「んあぁッ!」  
 来た! リンクが来た! リンクの口が来た!  
 唇で、舌で、歯で、吸われる、舐められる、噛まれる、リンクは知っている、口の使い方を  
知っている、どういうふうに女を口で攻めるのか、リンクは明らかに知っている!  
 それだけじゃない、指と同じように、ペニスと同じように、口でもまた、わたしがいちばん  
感じるやり方を、いちばん悦ぶやり方を、わたしに施してくれている!  
 どうしてなの? どうしてそんなことができるの? まるでわたし自身がリンクに教えてやった  
ことがあるかのように、わたしの急所を正確に適切に一心に誠実に柔和にそれでいて屈強に攻めて、  
攻めて、攻めてきてわたしはただその攻めを受けて、受けて、受けるしかなくて、でもこれでいい  
このまま続けてリンクどうかこのまま、わたしが感じることができる極点まで続けてお願いリンク、  
リンク、リンクああいいわすごいわ素晴らしいわ続けて続けて最後まで続けて最後まで最後まで  
最後まで──!  
「あ! あ! あああぁぁぁああああーーーッッ!!」  
 いった! いかされた! わたしはリンクにいかされた!  
 わたしはリンクがいく寸前でやめたのにリンクはわたしを、だけどわたしがやめたのはわたしが  
リンクを他の場所に欲しかったからで、そういう遠慮のないリンクがわたしをいかせてもおかしく  
ないしそれどころかそうしてもらいたかったのはわたし自身なんだからこれでいいんだわ、  
いいんだわ、いいわ、いいわ、またいく、またいく、またわたしはいかされてしまう──!  
「ぉあッ! あッ! あおぉぉぅぁぁあああッッ!!」  
 いってしまった、立て続けにいってしまった、けれどまだ終わらない、終わりそうにない、  
わたしの谷間の上で凝縮する女の中心点にリンクの舌が触れるたびに、  
「くうぅッッ!!」  
 触れるたびに、  
「あぁんッッ!!」  
 触れるたびに、  
「んおぁッッ!!」  
 次から次へと快感が炸裂して、その炸裂をもっともっと感じたいわたしはリンクの頭を両手で  
そこに押しつけて、動く範囲を制限されたリンクの舌が今度はわたしの奥へと伸びる肉洞の中に  
突き入れられ、  
「ぅわぁッッ!!」  
 突き入れられ、  
「ひぃぁッッ!!」  
 突き入れられ、  
「あおぉッッ!!」  
 獣のように吼えながら、全身を快感に乗っ取られて、満ちあふれさせて、埋めつくされて、  
続けて何度でも何度でもリンクの口で頂上を極めたいとの渇望を、いやそれではいけないと必死に  
抑えつけてわたしはリンクの顔をもぎ離し、わたしが垂れ流す液体にべっとりと濡れたその顔を  
見据えてわたしは激しく叫びをあげる!  
「来てッ!」  
 
 何に来て欲しいのか、どこに来て欲しいのか、アンジュの欲情に煽りまくられ身震いするほど  
のぼせ上がりながらもぼくはちゃんと理解していて、すでに一度アンジュと交わったぼくは未来の  
アンジュを幸せにすることができたはずだがこうなったら一度きりではもう収まらない、わかった  
すぐにと立ち上がって身を寄せてのしかかろうとするぼくをアンジュは──  
「待って!」  
 ──となぜか押しとどめ、床に下ろしていた両脚を上げたかと思うとくるりと向きを変えて、  
壇の上に肘と膝で四つん這いになって尻をぼくの方に突き出して──  
「さあッ!」  
 ──脚を開いてそこも開いてぼくを迎え入れる体勢を調えて、ああそうかこの格好ならいちばん  
奥に届くと未来のアンジュに教えられた、だけど子供のぼくではとうてい奥まで届かない、いや  
それでもできる限りぼくを深く感じたいからこの体位を──  
「早くッ!」  
 ──とっているんだねアンジュ、それに壇に上がったのは四つん這いになったアンジュのそこと  
床に身を立たせたぼくのこれとの高さがちょうど合うからで、同じ面にいたら身長の差がある  
ぼくたちがこの体位で繋がることは難しかっただろうから、そこまで考えてアンジュは──  
「どうしたのッ! 早く来てッ!」  
 ──ぼくを待って、ぼくを求めて、焦れて、乱れて、我を忘れて、淫らなアンジュ、何という  
アンジュ、そんなに、そんなに、ぼくが欲しい?  
「欲しいッ! リンクが欲しいのッ!」  
 いいよぼくもアンジュが欲しい、欲しい、欲しいから行くよ、行くよ、細身の胴から張り出す  
丸い尻に両手を添えて──  
「あッ! 早くッ! 早くぅッ!」  
 ──いきり立つぼくの先端を、熔け落ちそうなくらいどろどろにぬかるんだアンジュの入口に  
触れさせて──  
「あぁッ! 来てぇッ! 挿れてぇッ!」  
 ──ゆっくりと、ぬったりと、押しこんでいって──  
「そうよッ! もっとッ! もっとぉッ!」  
 ──ぼくの下腹とアンジュの尻がぴったりとくっつくまでいっぱいに押しこんで──  
「ああぁッ! リンクッ! 感じるぅッ!」  
 ──感じる、ぼくも感じるよアンジュを、アンジュの熱い熱い女の肉を──  
「いいわッ! あうぅッ! いいわぁッ!」  
 ──ぼくもいいよアンジュ、だからもっといい気持ちになろう、こうして、引いて──  
「あぁんッ! まだぁッ! まだよぉッ!」  
 ──そう、まだだ、まだ終わるもんか、引いて、引いて、引ききったところで──  
「そこからッ! 突いてッ! 突いてぇッ!」  
 ──いいともアンジュの望みどおり、力いっぱいぼくはぼくをアンジュに!  
「くぁッ! あ……あぁッ……ぁぁぁあああああッッ!!」  
 いった? いったんだねアンジュ? ぼくの口で何度も行き着いたアンジュが、いまぼくの  
男の器官で再び行き着いて、ぼくを感じてくれて、子供のぼくを最高に感じてくれて、それで  
ぼくはぼくの男をしっかりと自分で認めることができて、だからぼくはいっそう猛り立って、  
絶頂後もまた次の絶頂を求めて叫び出すアンジュの痙攣する尻をつかんでもはや歯止めもなく  
後ろから荒々しく突いて突いて突いて突いて突いて、これくらいにされた方がアンジュは  
嬉しかったりするんだろう確かそう言ったよねアンジュ、嬉しい、ぼくも嬉しい、嬉しすぎて、  
ここでアンジュがあの技を繰り出してきたらぼくはひとたまりもないだろう、なのにアンジュは  
そうしない、どうしてアンジュ? どうして? どうして?  
 
 出せない、あの技は出せない、いいえわたしは出さないの、出すつもりもないの!  
 最初の時はリンクに教えてやろうと思って、違うわそうじゃない、大人のわたしが子供の  
リンクに先にいかされたら恥ずかしいと思って出したあの技も、口で続けていかされて、さらに  
ペニスでいかされて、しかもその恥ずかしい立場を自分自身から求めたこのわたしが、いまさら  
繰り出す意味などありはしない。  
 恥ずかしい? そう、確かに。年端もいかない子供の前で、大人のわたしが、這いつくばって、  
尻を上げて、その子供にペニスを後ろから叩きこまれているなんて、恥ずかしさの極まった姿としか  
言いようがないだろう。しかし恥ずかしいがゆえにわたしはここまで感じてしまっていて、いや違う、  
こうあってこそわたしはリンクの男を極限まで感じることができるのだから恥ずかしくなどない、  
それどころかこうあるべきなのだ、だからリンクをあの技で攻めたりしてはいけないのだ、などと  
朦朧とする頭で筋が通っているのか通っていないのかわからない思考を漂わせる間にも、身体を  
内から爆発させそうな快感の連続の中、わたしは何やら叫びながら痙攣する尻をつかまれてもはや  
歯止めもなく後ろから荒々しく突かれて突かれて突かれて突かれて突かれて、突かれるたびに  
達して、達するたびに突かれて、いって、いって、いきまくった末に、とうとう、わたしの、  
意識は、少しずつ、少しずつ、かすれて、薄まって……  
 
 ぼくの突きに応じる躍動が徐々に静まりアンジュの身体から力が抜けてゆく、欲望全開の喚きが  
呟きに変わりそれが次第に消えてゆく、でも気を失ったわけじゃない、顔をぐったりと伏せながらも  
尻は上げられてぼくの前にあって、周期を延ばしながらも口は深い呼吸を続けていて、だけど──  
「アンジュ?」  
 ──返事はない、聞こえていない、アンジュの意識はちりぢりになっていて、肉体だけが  
かろうじて活力を残していて、どうしよう、アンジュがあの技がなかったからどうにかぼくは  
ここまでもった、けれどいきたい、ぼくもいきたい、もういきたい、いきたいけれどいいんだろうか、  
こんな状態で続けていいんだろうか、大量の粘液を際限もなくあふれさせているアンジュの  
この部分に──  
 と目をやったぼくは、思わず動きを止めてしまって、いまさらのようにそこが見えてしまって、  
ぼくがぼくを挿しこんでいる部分の上側にある黒ずんだすぼまりが見えてしまって、ああ未来の  
アンジュはそこでのやり方も教えてくれた、いまのアンジュはどうだろう、さっきアンジュが口を  
使ってくれた時は、サリアの口を経験した子供のぼくだけれど大人にしてもらうのは初めて  
だったからぼくは激しく感じてしまった、だからルトのそこを経験した子供のぼくをも大人の  
アンジュのそこは激しく感じさせてくれるだろう、塗るものは持っていないがルトの時のように、  
あたりを浸す粘液をこうして指でなすりつけてやって──  
「あ……」  
 ──ちょっと指先をもぐらせて──  
「ああ……」  
 ──呻いてはいるけれどアンジュのここの筋肉は軟らかい、この調子ならいいだろう、子供の  
ぼくの物は小さいんだし、いまはそれをアンジュが充分に濡らしてくれているんだし、それに  
何といってもアンジュなんだから、ぼくに教えてくれたアンジュなんだから、大丈夫だ、問題ない、  
よし、やろう、やってやる、膣から自分を引き出して──  
「あ、リンク……」  
 ──先をそっちの入口にあてがって──  
「リンク、何を──」  
 ──じわりと先に進めてやって──  
「あ! 何するの!?」  
 ──こうするんだよ、アンジュが教えてくれたとおりに──  
「違う! そこは違う!」  
 ──違う? 何が違うんだ?  
「痛ッ! やめてッ! 痛ぁいッッ!!」  
 頭を振り上げ背をのけぞらせたアンジュのその部分の筋肉が急激に引き絞られてぼくをひっつかみ、  
「ぅわッ!」  
 とぼくの口からも叫びがあがり、どうしたんだアンジュ、そんなに力を入れちゃだめだ、  
力を抜かせるようにと言ったのはアンジュ自身じゃないか、それなのにどうして、待てよ、痛い?  
痛いだって?  
「……何てこと……するの……」  
 苦しげな声が──  
「……そんな……所に……挿れるなんて……」  
 ぼくの頭から血を引かせ──  
「……無茶よ……」  
 まさか、まさか、アンジュは、そうか、七年前、いまは七年前なんだ、なぜ思いつかなかったんだ  
ぼくは、七年後のアンジュは知っていた、しかしいまのアンジュは──  
「もしかして……初めて?」  
 
「当たり前でしょ──あつッ!」  
 じりじりと肛門に染みる痛みが、声を出すとよけいに響く。  
「ごめんよ、アンジュ──」  
「だめ! 動かないで! ぁたッ!」  
 ペニスが引き抜かれそうになるが、それだけでも痛い。  
「……しばらく……このままでいて……」  
 治まるまで待つしかない。耐えるため、再び頭を伏せ、無理やり思考を振る。  
 リンクはまごついているみたいだけど、わたしに経験があると思っていたのかしら。  
 とんでもない!  
 そういうやり方があるとは知っていたし、興味が全くなかったわけでもない。けれども実行する  
気にはなれなかった。実際、アナルセックスの経験がある女なんか、そうそういるものじゃない。  
 ところがリンクは……そうだ、リンクには経験がある。言動から明白。これもどこかの女に  
教わったのね。誰だか知らないけど、普通のセックスだけじゃなく、アナルセックスまで教える  
なんて、とてつもなく淫乱な女に違いないわ。  
 こういう交わりを楽しむ女がいるというのが信じられない。小さいリンクですらこんなに  
痛いのに、大人の男のペニスだったらどれほど苦痛であることか。でもそれで平気な女が  
いるんだから、リンクくらいだとほんとは大した苦痛じゃないはずだわ。どうやったら快感が  
得られるのかしら。何かこつでもあるのかしら。  
「アンジュ、力を抜いて……」  
 力を抜く? 無理よ。お尻にこんなものを突っこまれたら、どうしたって力が入ってしまう。  
だけどこれだとリンクを締めつけすぎなのかも。だから動かされたら痛いのかも。わかったわ、  
やってみる。ちょっとずつ、ちょっとずつ、力を抜いて、力を抜いて、ああ、よくなった、痛みが  
引いた、これなら大丈夫、これなら耐えられる、けれど何だか変な感じ、お尻に物が入って  
いるのはやっぱり変な感じ、いままでに経験したことのない奇妙な感覚、痛いというのではない、  
苦しいというのでもない、身体の奥底を重々しく押さえこまれるような、おなかから頭に向けて  
何かがじわじわと流れてゆくような、これは何? この感覚は何?  
「もういい? 抜くよ」  
「あ、まだ!」  
 ちょっと待っててリンク、もう少し、もう少し、この不思議な感覚に浸っていたい、この未知の  
感覚を味わっていたい、この感覚、この感覚、ひょっとして、これが快感? これがお尻で  
得られる快感? 膣での快感とは違った、でもそれを追い求めたい、それに身を任せたいと  
思わずにはいられなくなるこの感覚は、いまリンクがわたしに与えてくれいるこの感覚は──  
 そうだ! リンク!  
 わかりきっていたことをいまさらのように意識する。  
 わたしはお尻でセックスしている、お尻でリンクと繋がっている、生まれて初めてのアナル  
セックスを、いまわたしはリンクと体験している、こんな子供に、こんな小さなリンクに、  
わたしは後ろの処女をあげてしまった!  
「……あ……あぁぁ……」  
 何てこと、何てこと、あたしは何てことをしているの、倒錯以上の倒錯、背徳以上の背徳、ああ、  
だけど、だけど──  
「うぁ……あ……おぉ……」  
 かまわないわ、当然だわ、リンクは男なんだもの、リンクの男を感じるためなら、お尻だって  
何だって使ってやるわ。  
 
「アンジュ?」  
「んん……リンク……突いて……」  
「え?」  
「突いて……んぁ……あうぅ……」  
「いいの?」  
「いいから……お願い……あぁ……」  
 リンクが動き出す。ゆっくり、ゆっくり、わたしを気遣うように、優しく、優しく、優しい  
上にも優しく、突いて、引いて、突いて、引いて、そうよ、そうして、それでいいのよ、いいのよ、  
いいわ、いいわ──  
「いいわ……リンク……気持ちいい……」  
 ──気持ちいい、そう、気持ちいい、わかった、この快感をわたしは知った、だからリンク、  
続けて、続けて、もっと、もっと──  
「もっと……あぁん……もっとぉ……」  
 ──もっと速くして、もっと強くして、リンクの男を感じたい、わたしのお尻に感じたい、  
感じたいからリンクどうかもっともっともっと──  
「もっとよ、リンク、もっと来て!」  
「アンジュ!」  
「リンク!」  
 速く、速く、速く、強く、強く、強く、リンクが動いて、わたしも動いて、動くにつれて快感が  
どんどんどんどん大きくなって大きくなってわたしを膨れあがらせていって!  
「どう?」  
「いいわ!」  
「感じる?」  
「とっても!」  
 呼び交わす二人の声が、同期する二人の動きが、こすれ合う二人の部分から生まれる感覚が、  
わたしを高めて、リンクを高めて、わたしたち二人をどんどんどんどん高ぶらせていって!  
「だめ! いきそう!」  
「いいよ! アンジュ!」  
「リンクも! お願い!」  
「うん! ぼくも!」  
 速く速く速く強く強く強くリンクとわたしが結び合う部分で二人の身体がぶつかってぶつかって  
ぶつかり続けて!  
「いっちゃう!」  
「いって!」  
「お尻で!」  
「さあもう!」  
「わたしを!」  
「これで!」  
「いかせて!」  
「いくんだ!」  
「リンク!!」  
「アンジュ!!」  
「いくわ!!」  
「いくよ!!」  
「あッッ──!!!」  
 
 最後の叫びとともにアンジュの腸壁が極限まで収縮し、同時にぼくは爆発し、痙攣し、硬直し、  
何がどうなっているのかわからなくなり、ただ絶大な快感のみに打ちのめされ、打ち震え、  
時を忘れて立ちつくし、立ちつくし、立ちつくし──  
 
 ──股間に接していたものの感触がなくなった。  
 閉じていた目をあけると、萎えた陰茎が肛門から抜けたところだった。アンジュの身体が  
ゆっくりと前方に崩れてゆき、うつ伏せに倒れて、動かなくなった。  
 声をかけようとして、がくりと膝が折れた。ずっと立ったまま激しい運動を続けてきたため、  
脚の力が限界に達していたのだった。  
 床に膝をついて息が整うのを待ち、身をいったん起こしてから、どさりと壇に腰を落とす。  
 傍らに横たわる裸体を、優しく見やる。  
 未来のアンジュが教えてくれたことを、今度はぼくが、いまのアンジュに教えてあげられた。  
初めてだというのに気がつかなくて悪かったけれど……最後には、アンジュも、感じてくれたね……  
 アンジュに寄り添う形で、壇の上に身体を倒す。アンジュの目蓋がわずかに開く。ぼうっとした  
表情が、ややあって、静かな笑顔へと変わる。  
 微笑みを返し、リンクはさらに身を寄せ、アンジュの胸に顔を埋めた。アンジュの腕が、  
リンクを抱き包んだ。  
 この上なく安楽な時間が過ぎていった。  
   
 その時間を堪能しつくすことはできないと、リンクは理解していた。それはアンジュも同じで  
あっただろう。やがて、どちらからともなく、身は起こされた。リンクは剣を、アンジュは  
カンテラを手にし、連れ立って部屋を出た。  
 温泉の湯で身体を洗ったのち、二人は入口に立ち帰り、着衣した。服は乾いてはいなかった  
ものの、湯と、心の温かみとが、その湿りを忘れさせてくれた。  
 夜が明けるまでには、まだ時間があった。雨はやんでいたが、穴の底には水が溜まったまま  
だったので、いまは本来の通路となった、元の窪みの場所に、二人は並んで腰を下ろした。  
手を繋ぎ、互いに頭をもたせかけ、そして、しばしの眠りについた。  
 
 
 翌朝、二人はダンペイに救助された。  
 アンジュが期待したとおり、朝になって墓地に出てきたダンペイは、転がった傘に目を引かれ、  
さらに、近くの石碑が動かされていること、石碑のあった場所が深い穴と化していることを  
知ったのである。窪みにいると上からは見えないだろう、と予想していたリンクが、穴の底に  
剣と楯を置いていた。それを認めたダンペイの呼びかけで、二人は目を覚ました。助けを求めると、  
ダンペイはいったんその場を離れたが、間もなく再び姿を見せ、上から縄梯子を垂らしてくれた。  
二人はやっと地上に戻ることができた。  
 救助作業が終わるやいなや、それまで抑えていたらしい怒りをあらわにして、ダンペイが  
ことの顛末を質してきた。リンクが答えた。  
 ──力いっぱい押したら、石碑が動いた。来合わせたアンジュと穴を覗いていて、底に落ちた。  
自力では上がれないので、朝までじっと助けを待っていた──  
「でたらめ言うな! 押したくれえでこれが動くわけ──ありゃ?」  
 虚偽を証明しようとしたのだろう、ダンペイは石碑に手をかけ、ぐいと押してみせたのだが、  
その目論見をあざ笑うかのように、石碑はわずかながら位置を移動させた。あっけにとられた  
ような顔のダンペイが、改めて両手に力をこめると、石碑はずりずりと地を這い、元の場所に  
帰って穴を塞いだ。  
「おかしいな、こんなんで動くはずはねえんだが……」  
 ぶつぶつ言いながら、押したり引いたりを繰り返すダンペイを前に、アンジュは沈黙を守っていた。  
 わたしがここに来た時には、すでに穴があった。リンクがどうやって石碑を動かしたのか、  
わたしは知らない。押しただけというのが真実なのかどうか、疑わしい気もする。が、穴の底が  
どこに続いているかを、いっさい口にしようとしないリンクだ。隠しておきたいことが他にも  
あるのだろう。ここは黙っているべきだ……  
「まあいい」  
 石碑を穴の上に戻したダンペイは、無理やり自分を納得させるように言葉を吐いたのち、  
「だいたい、ここには近づくなと言ったのに、おめえは──」  
 と、頭ごなしにリンクを怒鳴りつけ始めた。リンクは反駁せず、うなだれていた。そんなに  
叱らなくてもいいのに──と同情しながらも口をはさめずにいたアンジュだったが、  
「あんたもあんただ。こんなガキが夜中に墓地をうろついてるのを止めようともしねえで、  
あげく一緒に穴に落っこっちまうたあ──」  
 矛先が自分に向けられると、ひたすら謝罪を述べるしかなかった。  
 
 さんざん油を絞られ、二度と石碑を動かしたり穴に降りたりはしない、と約束させられたあと、  
ようやく二人はダンペイから解放された。  
 墓地の出口に向かいながら、うつむいて横を歩くリンクを、アンジュは思いやった。  
 世界を救おうと頑張っているリンクが、あれほど罵られなければならないなんて……  
 ところが墓地を出るとすぐ、リンクは顔を上げてアンジュを見、にこっと笑って、こう言った。  
「怒られちゃったね」  
 ダンペイの目が届かなくなるのを待っていた、という感じだった。アンジュも思わず微笑んだ。  
「そうね」  
 叱られたことを、全然、気にしていないようだ。それくらいの覚悟がなければ、世界を救うと  
いった勇敢な行動はとれないだろう。こうして見ているだけだと、いかにも子供っぽい、無邪気な  
様子のリンクなのに。  
 でも、その子供のリンクに……わたしは……  
 思いを湧き上がらせつつ、アンジュはまわりに目をやった。  
 雨上がりの清々しい空気の中、草木に残る無数の水滴が、朝の光を反射させ、墓地から村へと  
続く道を彩っている。生まれてこのかた何度歩いたか知れない、この道。わたしにとっては、  
ごくありふれた日常の風景。  
 この風景を眺めていると、昨夜のできごとが、いかに異常なものであったかを、つくづく  
思い知らされる。  
 ダンペイは気づかなかった。当然だ。見つかった時、わたしたちは服を着ていたし、そもそも、  
いかに一晩をともに過ごしたとはいえ、わたしたちがそんな行為に及んだなどとは、想像する  
ことすらできなかっただろう。  
 それほどの異常さだったのだ。  
 大人のわたしと、子供のリンクが、裸になって、抱き合って、貪り合って、果て合って、あとは  
裸のまま暗闇の中をさまよって、さらに身体を結び合わせて、大人のわたしが、子供のリンクに  
圧倒されて、ついには処女の肛門まで許してしまって……  
 とても現実とは思えない。まるで夢のような……そう、これは……一夜限りの夢だったんだわ……  
「アンジュ」  
 リンクが真顔に戻って呼びかけてきた。  
「お願いなんだけれど……王家の墓で見たことは、当分、誰にも言わないでいて欲しいんだ」  
「当分?」  
「うん、神殿についての謎が解けるまでは」  
「……ええ、いいわ」  
 リンクの現実。神殿を探し、世界を救う。それがリンクにとっての現実。  
 それから……  
「リンクも……」  
 こちらも真剣に呼びかける。リンクが言及しなかった点を指摘する。  
「ゆうべ、わたしたちの間にあったことは、誰にも言わないでね」  
 まっすぐな視線を保ったリンクが、こくりと頷く。  
「わかった」  
 
 わたしにとっての現実。  
 彼。  
 婚約している彼。  
 リンクとの体験を、わたしは後悔していない。それどころか、一生忘れられない、甘美な記憶と  
なるだろう。にもかかわらず、わたしは彼を愛している。その想いは、決して揺るぎはしない。  
 わたしの中で、彼と、リンクとは、全く異なる次元にある。  
 今後、わたしとリンクの関係が続くようなことがあってはならないし、また、続くはずもない  
ことなのだ。一夜限りの夢だったのだ。  
 彼の場合は、そうではない。  
 その人のそばにいたい。その人と一緒に生きていきたい。その人のためなら何でもできる。  
そんな想いを、彼以外の誰に捧げることができるだろう。  
 できるわけがない!  
 でも……  
 村に近づくにつれ、あわただしい人声が聞こえ始める。難民の到来による混乱は、今日も  
続いている。  
 反乱の勃発。予期される戦争。世界が動いてゆく。世界が変わってゆく。これが現実。これが  
わたしの前にある、新たな現実。この現実の中で、わたしと彼とは、どんな運命をたどることに  
なるのだろう。  
「アンジュも、この先、大変だろうけれど……」  
 思いを読み取ったようなリンクの呟きが、アンジュを我に返らせた。  
「……どうか……幸せに……」  
 途切れる言葉が、切なげな目の訴えが、心に染み入ってくる。  
「……ありがとう」  
 アンジュは答える。その幸せをもたらすものが、あたかもリンク当人であるかのごとく。  
 いや……  
 そうなのかもしれない。荒れ狂い始めた世界の現実に、真正面から立ち向かい、道を切り開こうと  
しているのが、他でもない、このリンクではないか。  
 そして、その幸せは、わたしと彼との間にも……  
『そうだわ』  
 今度、彼と寝る時には、リンクが教えてくれたやり方で、愛してもらおう。  
 かあっ──と頬が熱をもった。  
 きっと真っ赤になっている。リンクに怪しまれるんじゃないかしら。  
 いいわ。怪しまれたって、かまいはしない。  
 いまのわたしが持つささやかな希望に、それが繋がるものであるのなら──と、高まる胸の  
ときめきを快く感じながら、アンジュは思った。  
 
 
To be continued.  
 
 

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