来たるべきゲルド族との戦争に際し、ゾーラ族に共闘の用意がある旨を伝えるため、リンクは  
カカリコ村の指導者との面会を希望していた。この先、村に来て真の指導者となるインパが、  
他部族との共闘という同じ計画を考え出すはずだが、ここで先に話をしておけば、より早く態勢が  
調うだろう──と期待したのだ。しかし、それはリンクが予想していたほど容易なことではなかった。  
 どこの村にもあるはずの村長という役職が、カカリコ村には存在しなかった。村長にふさわしい  
人物といえば、村を開いたシーカー族の末裔であるインパだったが、村を庶民に開放したあとは、  
インパも形の上では単なる一住人に過ぎず、かといって、変わらぬ深い尊敬と信頼をインパに  
寄せ続ける村人たちにとっては、他に村長を選ぶなど、考えられないことだったのだ。ゼルダ姫の  
乳母となったのちのインパは、ハイラル城に居住し、めったに帰郷しなくなっていたが、引き続き  
村長を欠きながらも、村の生活に大した支障は生じなかった。それほど平和なカカリコ村だった  
のである。ところが多数の難民を受け入れざるを得なくなったいま、平和時には問題とならなかった  
村長不在という事態が、村の混乱を大きく助長することになってしまっていた。  
 そうした中で指導者と呼びうる立場にあったのは、村に駐屯する守備隊の隊長である。乗馬と  
矛をよくする、この初老の武人は、戦場での勇敢さに定評がある一方、平時の態度はいたって  
温和であり、村人たちの人気を得ていた。が、その隊長に、リンクは会えなかった。今回の反乱に  
即刻の対応を迫られた隊長が、自ら城下町方面へ偵察に出かけていたからである。  
 以上のような状況をアンジュから知らされ、リンクは困惑した。  
 伝えるべき内容はきわめて重要であり、誰かれなしに話すのは憚られる。とはいえ、いつ  
戻るかもわからない隊長をじっと待つのももどかしい。  
 そこへアンジュが一案を出した。  
 ──自分の父は、ふだんから守備隊長とつき合いがある。温厚な隊長とは反対に、気が短い  
父だが、腹蔵なく話ができる相手として、二人は互いを認めている。隊長に知らせたいことが  
あるなら、父から伝えてもらえるだろう──  
 さらに聞けば、アンジュの父親は、大工の親方という職業柄か、みなの先頭に立って現在の  
難事を捌こうと尽力しているらしい。そのような人物なら信用できるだろう、と判断し、リンクは  
伝言を頼むことにした。  
 アンジュに連れられて赴いた村の広場では、親方が四人の弟子を指揮して、とりあえず  
難民たちが雨露をしのげるようにと、仮小屋を建てている最中だった。アンジュが呼びかけても、  
親方はいっかな手を休めようとしなかったが、再三の要請に、ようやく会話を承諾した。  
「このくそ忙しい時に何だってんだ」  
 親方の不機嫌そうな様子にも動じることなく、リンクは言うべき内容を簡潔に述べた。  
 ゾーラ族との共闘の件。そして同じ提案を、これから訪ねるゴロン族へも持ちかけるつもりで  
あること。  
 子供の分際で──とでも言いたげに、あきれたような顔で聞いていた親方だったが、アンジュの  
口添えや、リンクが示したゼルダの手紙の効果もあってか、最後には頷いて、守備隊長への伝達を  
引き受けてくれた。  
 懸案を片づけたリンクは、二人に──とりわけアンジュには心からの──感謝と別れの言葉を  
贈ったのち、デスマウンテン登山道へと足を向けた。  
 
 初めてゴロンシティを目指した時と同じく、崖に沿った細い登山道を進むには、多大な注意が  
必要だった。さらに落石や火山弾がしばしば進行を妨げた。ただそれらも、未来で経験した  
デスマウンテン大噴火後の惨状に比べれば、ものの数とはならず、リンクの足は着実に、  
ゴロンシティへの道をたどっていった。  
 七年後の世界では熔岩流で断ち切られていた地点も、いまは問題なく通り過ぎることができた。  
その事実に勇気づけられながらも、太陽が西に沈みかかっているのを考慮し、リンクは前進を  
中止した。  
 このまま休まず行けば、真夜中までにはゴロンシティに着ける。だが日没後、灯りのない  
真っ暗な登山道を歩くのは危険。月の出は真夜中よりもあとだから、その光も期待できない。  
それに……  
 王家の墓で感じたように、冒険の連続で疲れが溜まっている。特にこの二日は夜の活動があって、  
睡眠時間が足りていない。今日は早めに寝て、身体を休めておこう。  
 暗くなるまでにとあたりを探し、見つけだした横穴へ、リンクは身を収めた。カカリコ村で  
補給しておいた食料と水を腹に入れ、穴の内壁にもたれて、全身の力を抜いた。  
 肉体には休息を与えておき、けれども心はすぐには眠らせない。問題点を整理するべく、  
リンクは思考した。  
 問題点の一つは神殿の場所だ。デスマウンテンに神殿があるのは確実と思われるが、ぼくも  
シークも、それを確かめてはいない。が、同じく場所の知れない闇の神殿に比べれば、この問題の  
解決は容易だろう。ゴロン族、特に族長であるダルニアならば、知っているはずだ。七年後には  
死んでしまっていたダルニアに、いまのぼくは会うことができる。  
 そのダルニアが第二の問題点。ルトと会った時には、状況のせいもあって、結局、賢者のことを  
伝えそこなってしまった。同じ失敗を繰り返してはならない。ダルニアには最初からきちんと話を  
しておかなければ。  
 そこで大きな懸念を感じてしまう。  
 ダルニアを賢者として覚醒させるには──現時点では半覚醒に過ぎないものの──ぼくと  
ダルニアが契りを結ぶ必要がある。女性としてのダルニアに、ぼくは対することになるわけだが……  
 ぼくの方に問題はない。しかしダルニアの方はどうだろう。  
 男ばかりのゴロン族の中で、なぜかは知らないが、女であるダルニアが族長という地位にある。  
その奇妙さは、ダルニアが女でありながら男として行動することによって、彼らの間では  
解消されているようだ。ゴロン族はダルニアを男と見なし、ダルニア本人もそう振る舞っている。  
 そんなダルニアが、女性として、ぼくと契ろうという気になるだろうか。  
 その上、大人のダルニアと子供のぼくという年齢差の問題がある。同じく年齢差のあった  
アンジュの場合は、あちらもぼくを求めてくれたからよかったが、あのダルニアが子供のぼくを  
求める場面など、想像すらできない。  
 うまい説得のしかたがあるだろうか。  
 いくら考えても妙案は思い浮かばなかった。が……  
 下手に言辞を弄しても、ダルニアは納得しないだろう。ぼくの思うままを正直にぶつけるしかない。  
 それが最終的な解答なのだ、と思考を打ち切り、リンクは心にも眠りを許した。  
 
「兄貴! リンクが来ましたぜ!」  
 部屋に駆けこんできた仲間の弾んだ声を耳にした瞬間、ダルニアの胸はどきりとした。  
 来訪の意図は瞬時に察せられた。にもかかわらず、すぐ通せ、と言うべき口は、凍りついた  
ように言葉を失った。どうして──と心を探る暇もなく、リンクがずかずかと入ってき、部屋の  
中央にすわっていたダルニアの前で立ち止まった。リンクの顔を見て、ダルニアの胸は再び動悸を  
打った。  
『たったひと月で、やけに面構えが男っぽくなりやがったな』  
 動悸はその急激な変化が意外だったからに過ぎない、とおのれに言い聞かせ、ではなぜ名前を  
聞いただけで自分は動揺したのか、との疑問は無理やり封じておき、ダルニアは族長として  
落ち着いた態度をとろうと心がけた。  
「よく来た。まあゆっくりしていけ、と言いてえところだが──」  
 リンクの真剣な表情は、ダルニアが言葉をかけても不変だった。  
「そうもいかねえ情勢のようだな」  
「じゃあ、反乱のことは知っているんだね」  
 挨拶も抜きに急きこんで訊いてくるリンクへ、ダルニアは頷きを返し、黙ったまま、すわれ、と  
手で示した。リンクはダルニアと向かい合う位置に腰を下ろした。  
 他部族との交流が密とはいえないゴロン族であったが、後継者をハイラル全土に求める必要上、  
完全に孤立はしていない。特にデスマウンテンの麓にあるカカリコ村の商人とは、収入源となる  
ゴロン刀や爆弾を仲介してもらうため、定期的な交易を行っている。つい先日、その目的で村を  
訪れた仲間が、ゲルド族決起の飛報をゴロンシティにもたらしたのだった。  
「『ゴロンのルビー』は役に立たなかったってことか」  
 嘆息するダルニアに、  
「そういうわけでもないんだけれど……」  
 と、奥歯に物のはさまったような言い方をしながらも、リンクはゼルダ失踪と反乱勃発の経緯を  
短く語った。知っていることを全部は話していないな、という印象を受けたものの、ダルニアは  
敢えて追求しなかった。  
「で、今日はどういう用件だ? また王女様からの頼みなのか?」  
 そうだと思って誘導したのだが、答は違っていた。  
「いや、ぼく自身からの頼みなんだ」  
 そこでリンクが、室内にとどまっていた仲間へ、ちらりと視線を移した。意を察し、ダルニアは  
仲間に部屋を出るよう指示した。二人きりになって、リンクは再び話し始めた。  
 ──世界支配を目論むガノンドロフのこと、城下町を占領するだけでは飽きたらず、いずれは  
カカリコ村を、さらにはゴロンシティを攻撃してくるだろう。対抗するにはゴロン族とカカリコ村とが  
共闘する必要がある。すでにゾーラ族は共闘を承諾し、準備を始めている──  
 壮大ともいえる話の内容もさることながら、その大仕事の調整役が目の前のリンクであると  
いう点が、ダルニアを驚かせた。『ゴロンのルビー』の探索を王家に任されるくらいだから、  
意外にはあたらないかもしれないが、それにしてもこんな子供が──と、感嘆の思いをダルニアは  
抱いた。リンクを疑う気持ちには、全くならなかった。  
『何といってもこいつは、キングドドンゴを倒したほどの男なんだ』  
 その「男」という認識が、またも動揺を引き起こしそうになり、ダルニアはあわてて思考を  
元に戻した。  
 反乱にどう対応するかは、自分も迷っていたところだ。ゴロン族が傍観者でいられるほど  
ガノンドロフは甘くないだろう。とはいえ、表立って反抗するのは危険に過ぎる。が、リンクが  
ここまで言うのなら……  
「わかった」  
 ダルニアは腹をくくった。  
「具体的には、誰と話をすればいい?」  
 まずはカカリコ村の守備隊長に、とリンクは言い、次いで、近いうちに到来するであろう、  
インパの名を挙げた。インパの評判はかねてから聞いていたので、ダルニアは納得し、使者を  
立てることを約束した。  
「忠告を感謝するぜ。大変な世の中になったもんだが、なあに、ゴロン族の安全は俺が守って  
みせらあ」  
 強がるわけではなく、話の区切りのつもりで、ダルニアは言った。ところがリンクの表情は、  
そこでいよいよ真剣味を増した。  
「話はこれだけじゃないんだよ。ダルニアがゴロン族を守るためには、ここからの話を聞いて  
もらわなくちゃならないんだ」  
 
 勿体ぶった台詞がダルニアの不審を誘った。  
「どういうこった?」  
 問いに対するリンクの答は、確かに深刻な内容を孕んでいた。  
 ──ゲルド族との戦闘だけなら、カカリコ村やゾーラ族との共闘で対応もできる。しかし最大の  
問題は、力のトライフォースを得て魔王となったガノンドロフの強大な魔力。奴がゴロン族に  
対して打ってくる手は、デスマウンテンを大噴火させること──  
「大噴火? いったいどうやって?」  
 いくら強大な魔力があるといっても、にわかには信じがたい。  
「それは……ぼくも……わからないけれど……」  
 リンクは自信なげとなり、黙ってしまったが、突然、霊感を受けたかのごとく、表情に活力が  
戻った。  
「そうだ! デスマウンテンには竜が棲んでいるんじゃない? 熔岩の中でも生きられるような」  
「竜だと?」  
「うん、ガノンドロフはそいつを操ってたんじゃないかと思うんだ」  
『操ってた』? なぜ過去形なんだ? リンクはその竜とやらを見たことがあるのか? そもそも  
リンクは、ガノンドロフがデスマウンテンの大噴火を引き起こすと、どうして知っている?  
 疑問は引きも切らなかったが、信頼するリンクが自分から話さないことを詮索するのは控えよう、  
とダルニアは自制した。それに、リンクの言う竜についても、思い当たる点があった。  
「ヴァルバジアのことか?」  
「いるの?」  
「伝説だがな」  
 ダルニアはゴロン族の古い口伝をリンクに話して聞かせた。  
 ──かつてデスマウンテンには、ヴァルバジアという邪竜が生息していた。しばしば暴れては  
噴火を誘発し、自らも火を吐きちらして、ゴロン族を苦しめた。そこで当時の族長が、強力な  
ハンマーをもって邪竜に戦いを挑み、みごとこれを倒して火山の奥深くに封じこめた。族長は  
英雄として称揚され、その名は現在に至るまで語り継がれている──  
「心許ない言い伝えだが、邪竜は実在したとも考えられる。お前の言うのが正しいのかもな」  
 ダルニアが語り終えると、リンクは勢いよく頷いた。信じきっている様子だった。  
「ただ……そうなると、どうやって対抗したらいいんだ? 伝説のハンマーとやらで竜をぶっ叩く  
ってえわけにもいくまいし、第一、でかい噴火が起こったら、ここから逃げ出すだけでも容易じゃ  
ねえぞ」  
 不安を漏らすダルニアへのリンクの返事は、その不安をいっそう強めると同時に、先刻から  
感じていた疑問をも強めるものだった。  
「そうなんだ! ゴロン族は全滅してしまうんだよ!」  
 ダルニアはまじまじとリンクを見つめた。視線を受けたリンクは、はっとあわてた様子で、  
「あ、いや……全滅、するかもって……」  
 と、きれぎれに言葉を継ぎ、目を伏せた。  
 こいつはやはり何かを知っているな──とダルニアは確信した。  
 未来に起こることを把握しきっているかのようだ。どういうわけなのか……いや、詮索しないと  
決めた以上、リンクを信じるだけだ。重要なのはこれからのこと。未来を知っているのなら、  
対応策も持っているはず。  
「どうすればいい?」  
 端的に問う。顔を上げたリンクは、答の代わりに別の質問をよこした。  
「デスマウンテンに神殿がある?」  
 
「ああ、あるぜ」  
 質問を奇異に感じながらも、ダルニアは素直に答えた。リンクの顔が喜色に満ちた。  
「やっぱり! どこにあるの?」  
「デスマウンテンの火口の中だ。ゴロン族の聖地でな。俺たちゃ炎の神殿と呼んでるが」  
「炎の神殿か……デスマウンテンの神殿にはぴったりの名前だね」  
 はしゃぐように言うリンクに向け、ダルニアは改めて問いを発した。  
「で、その神殿がどうだってんだ?」  
 リンクは一転して神妙な顔つきとなり、ゆっくりと話し始めた。  
 ──強大な魔王ガノンドロフを倒すためには、こちらにも相応の力が必要。鍵を握るのは、  
ハイラル各地の六つの神殿に関わる、六人の賢者。賢者たちを覚醒させ、その力を得なければ  
ならない──  
「ちょっと待て」  
 片手を開いて前に出し、ダルニアはリンクを制止した。  
「聞いてりゃ、やたら勇ましい話だが、ガノンドロフを倒すだの、賢者を覚醒させるだの、そりゃ  
いったい誰がやることなんだ?」  
 短い間をおいて、リンクがぽつりと言った。  
「ぼくだよ」  
 お前のようなガキが──と大声を出しそうになり、どうにか抑える。  
 キングドドンゴの件がある。が、そればかりではない。  
 リンクの表情。勇気と意志と使命感に満ちあふれた、その表情。  
 ただのガキではない。単なる使者でもない。  
『いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたみてえな、いっぱしの男のツラじゃねえか』  
 またも「男」という認識に動悸を誘発される。しかしダルニアは、そこから生まれてくる  
温かくも快い感情を、もう避ける気にはなれなかった。  
「勇者──か……」  
 ダルニアの呟きに、リンクの目が見開かれ──  
「あの伝説のマスターソードだって、お前なら引き抜けるんじゃねえかと思うくらいだぜ」  
 ──口が何かを言いかけて、けれどもついに声は聞かれない。  
 隠していることがあるのだ。  
 それでもいい。  
「お前が賢者を目覚めさせるんだな?」  
 念を押す。リンクが頷く。  
「お前がガノンドロフを倒すんだな?」  
 さらに強く、リンクが頷く。  
「よし」  
 どんないきさつがあるのかはわからない。だが、信じる。俺はリンクをどこまでも信じる。  
「話の続きだ。お前がここへ来たのは、炎の神殿に関わる賢者──『炎の賢者』とでもいうのか  
──そいつを目覚めさせるためなんだな?」  
 三たび頷くリンク。  
「どこにいるんだ、そいつは?」  
 答はなかった。ますます力を増した視線だけが送られてきた。奇妙に思い、そして、不意に  
理解ができた。  
「……俺──なのか?」  
 四度目の頷きが返された。  
 
 場に落ちる沈黙の中、出し抜けに突きつけられた自らの存在意義を、ダルニアは脳内で吟味した。  
 デスマウンテンはゴロン族の縄張り。その火口内に建てられた、ゴロン族の聖地である、  
炎の神殿。そこに関わる『炎の賢者』が、ゴロン族の族長たる自分である、との指摘は、なるほど  
筋の通ったものと思われた。  
「つまり──」  
 直ちに受容するには、なかなか困難な、その自覚を、どうにかおのれに刷りこませようと  
努力しながら、ダルニアはおもむろに口を開いた。  
「ゴロン族が全滅を免れるためには、俺が賢者として目覚めなけりゃならねえ、と……そういう  
わけか」  
 なおもリンクが頷く。  
「そのために、俺はどうすりゃいいんだ?」  
 一瞬、迷うような表情となったリンクは、しかし思い直したふうに、前にも増して真剣な調子で  
説明を始めた。  
 ──炎の神殿に身を投じることで、ダルニアは賢者としての力の一端を得る。その力により、  
神殿を中心とした一帯に結界が張られ、ゴロン族の安全は守られるだろう。ただし、いったん  
神殿に入ったならば、ダルニアは二度と外へ出ることはできず、現実世界とは切り離された存在と  
なってしまう──  
 最後のくだりを、リンクはいかにも言いづらそうに、途切れがちな言葉で述べた。が、  
ダルニア当人は、その言葉の重みを十二分に受け止めながらも、心の平静さを失いはしなかった。  
「……この俺が『炎の賢者』サマだなんて……笑っちまうぜ、なあ」  
 言ったとおりに苦笑いを漏らし、  
「まあ、これも運命ってやつだ……」  
 諦観にも似た深い信念をもって、ダルニアはおのれのあり方を確認した。  
 族長という立場にあるのだから、いざという時、一族のために我が身を投げ出すくらいの覚悟は、  
当然、できている。それに、ゴロン族の一員となって、初めてつらい生い立ちから解放され、  
人として真っ当に生きてこられた自分なのだ。一族への恩はなおさら忘れられない。  
「俺が賢者として目覚めることで、仲間を助けられるなら、これほど嬉しいこたあねえ」  
 穏やかな気持ちで、ダルニアは言い切った。リンクは安堵したように微笑んだ。その微笑みが、  
なお心を潤すのを感じながらも、  
「だが──」  
 ダルニアは疑問を呈することを忘れなかった。  
「俺が神殿に行けば賢者として目覚める、とお前は言うが……俺はいままでにも何度か神殿に  
入ったことがあるのに、目覚めなんぞは起こらなかったぞ。こいつはどういうわけなんでえ?」  
 そこで再び、リンクが迷いの表情となった。無言で何かを考えている様子だったが、やがて  
表情は決然とした色調を帯び、低い声による返答が、ゆっくりと口から発せられた。  
「目覚めるためには、神殿に行く前に、もう一つ、しておかなくちゃならないことがあるんだ」  
「なんだ、それは?」  
「ぼくとダルニアが契りを結ぶこと」  
 
 まさに、あいた口がふさがらない、という状態で固まってしまったダルニアが、  
「……お前……『契り』の意味をわかってて言ってんのか?」  
 ようやく出した言葉に対しても、リンクの決然とした表情は変わらなかった。  
「わかってる」  
 ダルニアはため息をつき、腕を組んで考えこんだ。  
 お前となら喜んで『兄弟の契り』を結んでやるところだが──と、キングドドンゴを倒したあと、  
確かに俺は思ったものだ。しかし、それは実現するはずのないことだとも、俺は承知していた。  
ゴロン族が契りの相手とするのは、それなりの年齢に達した者だけであって、リンクのような  
子供を相手にする習慣はない。  
「そりゃ、無理ってもんだぜ」  
 ダルニアの諭しにも、リンクは動じなかった。  
「無理じゃないよ。ダルニアがその気になってくれるんなら」  
 そうは言うが──と、再びため息をつき、ダルニアは思いをめぐらせた。  
 契りを施す際、いつも使っている器具は、とうていリンクには受け入れられまい。肥大した  
自前の物ならあるいは……いや、それとても、リンクの歳を考えると──  
「無理だ。お前にゃ受けられねえ」  
「え?」  
 リンクが不思議そうな顔になった。  
 わかっていないようだ。はっきり告げてやらなければならないか。  
「お前のケツにゃでかすぎるってこった」  
 ますます不思議そうに、ぽかんと開いていたリンクの口が、やがて、おずおずと言葉を漏らした。  
「……あの……ダルニアの言う『契り』って……どんなものなの?」  
「そりゃあもちろん──」  
 と言いかけ、ダルニアは気づいた。  
 どうも話が噛み合っていない。契りといえば『兄弟の契り』と思いこんでいたのだが。  
 ダルニアはリンクに説明した。部族内の上下関係を明らかにし、確認するための儀式である  
『兄弟の契り』について。上に立つ者の陰茎を、下の者がその肛門に受け入れること。  
「えッ!?」  
 心底驚いた様子のリンクが、  
「ち、違うんだ」  
 焦りをあらわにして、首を大きく横に振る。  
 やはり誤解があったのか。ではリンクはどういうつもりで『契り』などと言い出したのだろう。  
 その疑問は、すぐに解かれた。  
「逆なんだよ」  
「逆?」  
「ダルニアが、ぼくを、受け入れてくれないか、って──」  
「何だと!?」  
 部屋中に響きわたる大声をあげ、しかしダルニアは、それ以上の感情の激発を、かろうじて  
抑制した。  
 頭をさまざまな思いが乱れ飛ぶ。  
 長い沈黙をはさんで、ダルニアに言えたのは、  
「……しばらく……考えさせてくれ……」  
 それだけだった。  
 
 ドドンゴの洞窟においてリンクがなした絶大な功績は、ゴロン族全員の知るところであったから、  
今回ゴロンシティを訪れたリンクが大いに歓迎されたのは、当然の上にも当然のことだった。  
かつてリンクの辞退によって実現の運びとはならなかった宴会が、再び強く提案され、誰の  
反対もなく承認された。時局がら、大がかりな祝宴を張るわけにはいかなかったが、前途に  
立ちこめる暗い雰囲気を吹き飛ばそうという、みなの暗黙の了解もあって、その晩、ゴロンシティの  
大食堂は、常にない熱気と笑い声に満たされた。  
 いかつい男たちに囲まれ、背中をどんと叩かれたり、髪をもみくちゃにされたりと、手荒な、  
けれども心からのもてなしを受けるリンクは、いかにも子供らしい無邪気な笑みを周囲に  
返しながらも、精悍な連中の間にあって何の不自然さもない、確固とした存在感を示していた。  
そんなリンクを我がことのように誇らしく思う一方で、ダルニアは心に深い惑いをも澱ませていた。  
他の者たちのように、純粋な喜びに浸ることはできなかった。  
『ダルニアが、ぼくを、受け入れてくれないか、って──』  
 本来なら即座に拒絶しなければならない要求だ。ゴロン族では各人の上下関係が厳密に  
規定されている。『兄弟の契り』は目上の者が目下の者に施すもの。とりわけ自分は一族すべてに  
契りを施すべき族長であり、契りを受ける立場になることなど、決してあり得ない。  
 だが──と、ダルニアは揺れる。  
 リンクはゴロン族の一員ではない。制約に束縛されなければならない理由はないし、そもそも  
リンクの言う契りは、『兄弟の契り』とは異なったものだ。勇者と言っていいだろう、リンクの  
資格により、自分は賢者として目覚める。ならば、リンクが契りを施し、自分がそれを受ける、  
というあり方が、むしろ自然。一族を全滅から救うためは、そうしなければならない。  
 ──しかし、いくら一族のためとはいえ、族長である俺が……  
 ──いや、族長であるからこそ、この俺は……  
 振り子のごとく、二つの思いの間を、何度も、何度も、往復したあげく、ついにダルニアは  
心を定めた。決め手となったのは、リンクとともに成し遂げた、キングドドンゴ退治の件だった。  
 ゴロン族はリンクに恩義がある。その点で、リンクは──年齢とは関係なく──ゴロン族全員に  
とって目上の存在だ。族長である自分が契りを受けても、何らおかしいことはない。それどころか、  
受けるべきとさえ言えるだろう。恩義には報いなければならないのだから。  
 宴が終わりを告げ、一同が大食堂をあとにする中、ダルニアはリンクを呼び止め、周囲に  
聞こえぬよう、小さな声で告げた。  
「承知だ」  
 
 ゴロンシティには、『兄弟の契り』を行うための特別な部屋が設けられていた。が、ダルニアは  
その部屋を使うつもりはなかった。リンクとの契りは『兄弟の契り』とは別物なのだし、族長が  
部外者に契りを施されるといった大事件を──いくら自分が納得した上のことであっても──  
一族の者に知られてはならなかったからだ。  
 ダルニアはリンクを自室に招いた。シティには客用の寝室がないので、ダルニアが客人の  
リンクを自室に泊めるという状況を怪しむ者はいない。もちろん、そこで契りがなされるなどとは  
誰も想像すらしない、と言い切れる。それでもダルニアは、部屋の入口にしっかりと施錠するのを  
忘れなかった。  
 薄暗い部屋の隅にしつらえられた寝床に、どすんと腰を落とし、平静な態度を保とうと  
努めながら、ダルニアは短く言った。  
「来い」  
 リンクが歩み寄ってきた。先ほど応諾の返事を聞いた時には、ほっとしたような顔つき  
だったのが、いまは緊張のためか、表情はこわばり気味だ。  
「経験はあるのか?」  
 立ったまま、黙って頷くリンク。  
『どこでどうやって知ったのやら……』  
 子供のくせに──と、苦笑めいた思いが湧く。が……  
 その「子供のくせに」という印象を、自分はこれまで何度リンクに対して持ったことか。  
リンクがただの子供ではないことを、すでに知りすぎるほど知っている自分ではないか。  
「言っとくがよ」  
 自らが達した結論を伝え、かつ、再度おのれにも言い聞かせる目的で、ダルニアはリンクに  
語りかけた。  
「本来なら、族長の俺が、お前のようなガキから契りを受けるなんざ、あっちゃならねえ  
ことなんだ。でも、一族を守り、世界を救うのに必要なことだってんなら、俺は受けてやるぜ。  
他ならぬお前の言うことだしな」  
 リンクが再び頷いた。表情は固いままだった。緊張をほぐそうと意図し、ダルニアは口調を  
軽くした。  
「長いこと契りを施す側だったから、ケツを使うのはずいぶん久しぶりだが、たまにゃそういうのも  
いいだろう。昔を思い出して、励むとするぜ」  
 冗談っぽい台詞にも、リンクの表情は緩まなかった。  
「ダルニア……」  
 絞り出される声。  
「……ちょっと……違うんだ」  
 違う?  
「……ぼくが契るのは……族長としてのダルニア、というよりも……」  
 言葉が切れる。  
 うつむき、しばらく無言を続けた末、思い切ったようにリンクは顔を上げ、はっきりと言い放った。  
「女としてのダルニアなんだ」  
 
 積み重ねてきた思いの過程を根こそぎ吹き飛ばすリンクの発言で、今度こそ、ダルニアは完全に  
言葉を失った。  
 ──女だと? 女としての俺と契るだと?  
 胸に激情が沸騰する。表に立つのは女と見られることへの頑なな拒否感。絶対に受け入れられない  
指摘。  
 たちどころに葬るべきリンクの要望を、しかしダルニアは切り捨てられなかった。  
 女と見られることへのひそかな喜び。  
 おのれの内奥に厳然と存在する、その感情。  
 そう、リンクは、初めから俺を女と見なしていた。物事をあるがままに見る素直さで、ずっと  
そうだと言い続けてきた。そんなリンクを、俺は肯定した。リンクに女と見られることで生まれる  
感情を──(……それでも……いいや……)──俺は自分に許したじゃないか。  
 今日だってそうだ。リンクの名前を聞いて俺が動揺したのは、その感情のせいなんだ。さいさい  
胸が動悸を打ったのも、リンクの言動の端々に「男」を感じた、「女」の俺の、正直な感情の  
表れだったんだ。  
 だが……だが……  
 おのれの容姿を顧みる。  
 子供の頃から女と見られたことがなかった理由。女を捨て、男として生きるしかなかった理由。  
 それは忘れられない! どうしても!  
「ふざけんな!」  
 ダルニアは吼えた。真の感情に反することと知りながらも、自分を吐き出さずにはいられなかった。  
「俺のどこが女に見える? そこらの男よりずっとでけえ図体だし、身体つきはがちがちだし、  
ツラは不細工だし、胸はねえし、女らしいとこなんざ、これっぽっちもありゃしねえんだ。  
こんな俺を、お前は女として相手にできるのか? できるわけねえだろう!」  
 怒鳴りつける。仲間の男なら萎縮すること間違いなしの迫力で。  
 リンクは萎縮しなかった。  
「でも、ダルニアは、女だよ」  
 まっすぐな視線は揺るぎもしない。  
「他の女の人とは違ったところがあるけれど、ダルニアが女だってことに変わりはないし、それに、  
違っているところこそが、ダルニアの魅力だ、と、ぼくは思うんだ」  
 魅力──だって?  
 予想もしなかった言葉が、思考を停止させた。装備を床に下ろし、服を脱ぎ始めるリンクに、  
もはやダルニアは、何も言うことができなかった。  
 ほどなく全裸となったリンクが、眼前に立った。股間を隠そうともせず、むしろそこを  
ダルニアに見せつけるような態度だった。親子ほども年齢差のある幼い少年の持ち物は、  
勃起状態でも貧弱としか呼べないほどの大きさだったが、ダルニアはその「男」に圧倒される  
思いだった。何よりも、リンクが女としての自分に対して勃起しているという事実が、生まれて  
このかた抱いたことのない、畏れにも似た、しかし甘美な感動を、ダルニアの中に引き起こしていた。  
 リンクが近づく。二つの手が肩にかけられる。二つの目が座したダルニアを見下ろす。  
「抱きたい」  
 そのひと言に、貫かれた。  
 優しくも力強いリンクの視線を、やっとのことで受け止めながら、ダルニアは、こくりと頷いた。  
 
 思いは届いた──と安堵し、なお温かな心情を目にこめてダルニアへと送りつつ、リンクは  
自らの内面を反芻した。  
 確かにぼくは、サリアやマロンやルトやアンジュに対するような見方を、ダルニアに対して  
積極的にしたことはなかった。陵辱されるダルニアの幻影をツインローバに見せられて、大きな  
違和感を覚えたほどなのだ。それでも、ダルニアが女性であるとの認識は、ぼくの中で一貫している。  
最初に会った時からそうだった。  
 ぼくはダルニアを賢者として目覚めさせなければならない。熔岩流に蹴落とされて落命すると  
いう悲惨な運命からダルニアを救わなければならない。だがぼくの心にあるのは、そんな  
義務感だけでは、決してない。  
 ダルニアにはダルニアの魅力がある。本人にもわかっていないようだけれど、その魅力を、  
ぼくは、はっきりと、感じ取れる。  
 寝床に足を踏み入れ、横になる。ダルニアはすわった姿勢を崩さず、戸惑いの表情でこちらを  
見下ろしている。腕に手をかけて軽く引っぱると、促しとわかったようで、その身は傍らに  
横たえられた。  
 手を腕に触れさせたまま、そこに生じる感覚を、リンクは味わった。  
 ぼくの脚よりも太い腕。皮膚は硬く、その下にはさらに硬い筋肉が張りつめている。女性らしからぬ  
様相ではあるが、これほどの肉体を女性が備えているということ自体が、新鮮な印象としてぼくを  
打つ。  
 手を肌の上ですべらせる。ダルニアがびくりと身を震わせた。正面にある顔を見つめると、  
いつもは怒ったように引き締まっている表情が、いかにも困惑しきった感じになっている。  
目の向きも定まらない。こちらを見たかと思えば、すぐに視線はそらされてしまう。  
「どうすりゃ、いいんだ?」  
 ダルニアがぼそりと言った。意味がとれず、黙っていると、続けて、ややいらつき気味の、  
しかし頼りなげな色合いが透けても見える声が、ダルニアの口から発せられた。  
「どうするもんなんだ? 女が男と契る時ってのは」  
 理解するのに多少の時間が要った。理解ができた瞬間、リンクは思わず、頭に浮かんだとおりの  
言葉を漏らしてしまっていた。  
「まさか、ダルニアは……初めて、なの?」  
「悪いかよ!」  
 ダルニアがぷいとそっぽを向いた。  
「そんな機会なんざ、いままでなかったんだ。しかたねえじゃねえか」  
 言い方は乱暴でも、顔は紅潮している。日焼けと重なって、それは赤黒いというべき色調だったが、  
ダルニアの真情を吐露するその変化を、リンクはかわいらしいとさえ思った。  
 考えてみれば、驚くまでもないこと。大人はセックスの経験があるもの、と、何となく  
思いこんでいたけれど、ゴロン族として生きてきたダルニアなのだから、女としての経験が  
なくても不思議はない。  
 経験のない女性に対したことは、サリア、マロン、ルトと、三度ある。大人に教えるのは  
ゲルドの砦と似た状況だし、先日のアンジュとの体験もその一面を含んでいた。だが、自分より  
ずっと年上の大人で、しかも女として未経験という相手は、ダルニアが初めてだ。  
「ぼくに任せて」  
 とダルニアに、そして自らにも言い聞かせ、リンクは行動を開始した。  
 
 横に向けた身体の前面に、リンクが寄ってきた。頭と両手が胸に触れる。それだけでダルニアの  
心臓は激しく鼓動した。  
 こんな形で身体を触れ合わせることなど、ゴロン族同士ではあり得ない。『兄弟の契り』は  
欲望や愛情が介在しない崇高な儀式だが、一方で、形式的、事務的な面もある。互いの局部を  
繋ぐだけの接触だ。それに比べると、いまの状態は、はるかに大きく心を揺り動かす。ただ肌と  
肌とをくっつけ合っているだけでありながら。  
 自分の腕のやり場に困った末、これが最も自然だろう、と、リンクの背にまわす。  
 リンクは俺を「抱きたい」と言ったが、これだとこっちが抱いてやっている格好だ。だいたい、  
リンクが腕をいっぱいに広げたって、俺を抱くことはできない。それほど体格が違うのだ。なのに、  
抱いている俺が、抱かれているリンクに、逆に大きく包まれているような気がするのはなぜなのか。  
 疑問に答えるかのように、リンクの手が動き出す。胸を、腹を、脇を、静かに、穏やかに、  
手が撫でさする。その感触が、心をさらに大きく揺らす。身体が固まる。頬が熱くなる。喉元に  
衝動がこみ上げる。  
 そこへ未知の感触が加わった。何なのか、すぐにはわからなかった。しばらく続けられて、  
やっとわかった。  
 口。  
 リンクの唇が、リンクの舌が、肌の上を這っている。  
 これもゴロン族にはあり得ない接触。ぞくりと身体が震えてしまう。嫌悪のためではない。  
嫌悪どころか、正反対だ。もっと続けて欲しい、もっと感じさせて欲しいと思わずにはいられない、  
この不思議な快さ。  
 そう、快さ!  
 自覚した刹那、  
「あッ!」  
 とうとうダルニアの喉から声が漏れた。リンクの口に一方の乳首を捉えられたためだった。  
もう一方は指に刺激され、次いで口と手の位置が交代し、乳房とも呼びがたい小さな隆起の上で、  
そこだけは女としての特徴を明示する、男よりは大きな乳首を、優しく弄ばれるうち、ダルニアの  
感じていた快さはぐんぐんと程度を増し、喉からの呻きも間隔を狭めていった。  
 愛撫が休息し、上昇するばかりだった快感が一段落した時、ダルニアの口は深く速い呼吸を続け、  
仰向けの胸は同期して大きな上下を繰り返していた。  
 それが治まる間もおかず、リンクが身体をずらせ、顔の上に顔を近づけてきた。  
「待て!」  
 予感がし、  
「何するつもりだ?」  
 訊いてしまう。  
「キス……だけど」  
 キス! だって!?  
 不思議そうなリンク。そうだろう。こっちの思いなど、わかりはすまい。  
 やはりゴロン族がなすはずもない行為。しかし思いの理由は、そこにはない。  
 ゴロンシティに来る前、生まれた村で、その行為を交わす男女を見たことがある。みじめな  
気持ちがしたものだ。恋人たちの象徴。自分には決して縁のない行為。  
 そのはずだったそれを! その行為を! リンクが! 俺に!  
 感情が怒濤となって押し寄せる。  
 ダルニアは目蓋を閉じた。感情が目から発露してしまうのを封じようと。そして……  
 待ち受ける唇に、触れかかる唇。  
 同時にリンクをかき抱き、ダルニアはすべての抑制を解き放った。  
 女としてリンクの前にあるために。  
 
 リンクも知った。  
 背にまわされた腕の力が、唇に応じる唇の動きが、ダルニアの決心を物語っていると。  
 両手を頬に当て、できる限りの優しさと激しさで、口を貪る。ためらいがちだったダルニアの  
反応も、やがてつられるように活気を帯びた。リンク以上の熱意をもって、唇と舌が乱れ舞った。  
 ひとしきりの交歓ののち、今度は顔いっぱいを口づけで埋めつくす。埋めつくしたあとは、首へ、  
喉へ、胸へと、少しずつ口をすべらせてゆく。  
 再び乳首を吸ってやる。ダルニアが喘ぐ。さっきのようなくぐもった呻きではなく、甲高い  
女の声が、あからさまに快感を訴えている。  
 そうなんだ。ここがダルニアの女の場所なんだ。他のゴロン族と同じく胸を露出させていても  
さほど奇異ではないくらい、いまみたいに仰向けだとわからなくなってしまうくらい、ささやかな  
ふくらみだけれど、やっぱりここは女を主張している。逞しい筋肉の上にあって、それは不均衡な  
主張かもしれない。だとしても、その不均衡なところが、ダルニアの個性であり、魅力であり、  
美しさとさえ言えるんだ。  
 口を胸にとどめたまま、もう一つの女の場所を求める。ダルニアが身に着けた唯一のものである  
腰布の、裾の下から手を差し入れると、そこは何にも覆われてはいない。探る手が、濃密に  
繁茂する毛とともに、ねっとりとした潤みを感知する。その潤みの源である谷間を、女にしかない  
谷間を、そう、まさに女の証である谷間を、指はまさぐって、耳は高まる女の声をしっかりと  
聞き取って、ところがその時、谷間の上に異常な大きさで濡れ立つ中心点を、指は得てしまって、  
心臓は大きく拍動して──  
 胸から口を離し、下半身に注意を集める。腰布を解きにかかると、尻が浮いた。ダルニア自身の  
意思による動きだった。  
 すぐにその部があらわとなる。  
 他のゴロン族ほど毛深くはないダルニアだが、それでも恥毛の生え具合は、並みの女性の  
比ではない。密度の高さは恥丘と陰唇の皮膚が全く見えないくらい。範囲も広大で、上は臍から、  
下は両の大腿の内側までを、一面、覆いつくしている。  
 そして最も刺激的なのは、密生する毛を分けて立ち上がった、親指の先ほどもある巨大な陰核だ。  
小さなペニスとも呼べるだろう、その異様な器官は、異様さと同時に妖しくも鮮烈な存在感を放ち、  
ダルニアにしかあり得ない美を顕示している。  
 その美を、ぼくは、堪能したい。  
 ダルニアの股間に顔を寄せ、硬い毛が皮膚を刺すのもいとわず、恥液に光る女の勃起を、  
リンクはそっと口に含んだ。  
 
 その瞬間、背が弓なりにのけぞり、口が放埒な叫びをあげるのを、悦楽に満たされた脳の片隅で、  
ダルニアは意識した。とても自分のものとは思われない高音程の声を、実は確かに自分が発して  
いるのだ、ということは、さっきからわかっていた。初めはそんな自分に驚いたダルニアも、  
ここに至っては何のためらいもなく、ただ本能に従って、感じるままを喉からほとばしらせるのだった。  
陰部と口との接触は、これまたゴロン族にはありうべからざる行為だったが、そんなことは、もう、  
どうでもよかった。  
 陰核への刺激で得られる快感は、それを『兄弟の契り』で使用してきたダルニアにとって、  
既知のはずのものだった。が、リンクの口によってもたらされる感覚は、肛門を往復する際の  
単調な摩擦とは比較にならないほど、複雑、繊細、かつ躍動的といえた。ゴロン族の掟は自慰を  
禁じていたので、ダルニアの陰核がそこまで素晴らしい感覚を得るのは、このたびが初めての  
ことだった。それをダルニアは率直に嬉しいと思った。  
 次いでさらに大きな悦びが訪れた。リンクの口が下に移り、膣口を舌で愛撫し始めたのだ。  
敏感さでは陰核に劣るはずのその部分は、しかし陰核とは異なって、これまでいかなる理由に  
よっても使用されることのなかった、まごうことなき女の領域だった。ゆえにそこへの誠実な  
奉仕は、自分は女であるとのダルニアの自覚を強烈に高め、陰核が得る以上の快美感を、  
その身中に呼び覚ますのだった。  
 舌と唇の幻惑的な活動が、ダルニアの内の快感をぐんぐん膨れあがらせた。固められた舌が  
膣へと差しこまれるや、ついにダルニアは絶頂に至った。生まれて初めて女として果てたという  
感動が、ダルニアを幸福感でいっぱいにした。  
 幸福は終わらなかった。舌は強力に膣を攻め続け、応じてダルニアは達し続けた。体格の  
差により、リンクの舌が届く範囲は、膣口のわずか奥までに過ぎなかったが、快さを感じるには  
充分だった。  
 何度となく絶頂を経たのち、リンクの口が股間から離れるのを、ダルニアは察知した。目で見る  
余裕は失われており、ただ触感がなくなったことで、それと知ったのである。  
 快感の途絶を惜しむ間もなく、今度はリンクが身体を乗せてきた。いままで舌が差しこまれて  
いた部分に、別の硬い物が触れた。触れただけで達してしまった。その波がまだ引かないうちに、  
触れていた物が入ってきた。これも体格差のためだろう、痛みはなく、波に波が重なった結果の  
純粋な喜悦のみが、ダルニアを支配した。  
 陰茎の先端が到達しうる場所は、舌よりは深いようだったが、子供のリンクでは、大柄な自分の  
膣を満たすには、まだまだ及ばないだろう──と、かすれかかる頭で、ダルニアは考えた。  
 といって、その実態が何かを妨げるわけでもなかった。それどころか、自分の膣の中にリンクの  
陰茎が収まっているというだけで、ダルニアの幸福感は頂点を極めていた。  
 自分が女であること。  
 自分が、いま、女として性交していること。  
 自分が、いま、女として性交している相手が、リンクであること。  
 何もかもが嬉しい。何もかもが悦ばしい。  
 自分が、こうした交わりを、生涯のうちで、いま、この時、ただ一度しか経験できないとしても、  
何の不足があるだろう。  
 リンクが動き始めた。  
 体内を陰茎で摩擦される感覚は、肛門で知りつくしていた。だが感覚の性質は、膣と肛門とでは、  
明白に異なっていた。膣の方がよほどいい──とダルニアは思った。それはやはり自分が女だから  
なのだ──とも。  
 その思いが、なおさらダルニアを燃え上がらせた。あまりにも小さいリンクは、頭の位置が  
やっと胸に届くかどうかで、どんなに頑張っても顔を間近に見ることはできない。股間で  
結び合ったままでは、唇を合わせられない。それだけが残念だった。代わりにダルニアは、  
リンクを抱えこむように背へとまわした腕に、ぐっと力をこめた。応えるかのように、その時までは  
控えめだったリンクの動きが、俄然、速度と勢いを増した。嬌声を放ちながら、ダルニアは  
絶え間なく登りつめた。どれくらいの時間ののちか、リンクが、これ以上は不可能と思われる  
ほどの激しい躍動に移り、ぴたりと体動を止め、陰茎の脈打ちだけを残してがくりと力を失い、  
そして脈打ちが静かに消えてゆく頃となっても、ダルニアの絶頂感は終わらなかった。  
 やがて萎縮した陰茎が膣からこぼれ落ち、ようやくダルニアの身体にも、終幕の平安が訪れた。  
 
 最初に肌を合わせた時と同じ体勢で、二人は身を弛緩させた。リンクは横を向いたダルニアの  
胸にぴったりと身を寄せ、ダルニアは逞しい腕でリンクを抱いた。  
 抱いている俺が、抱かれているリンクに、逆に大きく包まれているような気がする。  
 その印象は、リンクとの契りを経たいま、いっそう大きくなっているようだ。  
 なぜだろう。これもリンクの器というものだろうか。  
 胸元にあるリンクの顔を見る。目を閉じている。眠っているのか。頬が胸にくっついていて、  
表情がよくわからない。  
 もっとよく見ようとして、身体を引く。頬が胸から離れると同時に、リンクが目をあけた。  
こちらを見上げ、にっこりと微笑む。  
『こうしてると、歳相応のガキとしか思えねえんだが……』  
 そのリンクが、自分に、どれほどのものをもたらしてくれたことか。  
 リンクに何か言うべきだろうか。  
 ダルニアはリンクの顔を見つめた。無邪気な微笑みとともに、深い満足感がうかがわれた。  
しかもそれは、決してリンク単独の満足ではなく、ダルニアが満足していることを知った上で、  
そのことに満足している、とでも言いたげな、篤い心遣いを含んでいると感じられるのだった。  
言葉は要らないな──と、ダルニアは得心した。  
 代わりにダルニアが口にしたのは、実際的なことである。  
「デスマウンテンの大噴火ってのは、いつなんだ?」  
 リンクの顔から微笑みが消えた。  
「半年くらいあと……だと思う」  
 曖昧さを残す言葉とは裏腹に、表情は確信を宿していた。疑う余地はなかった。  
「半年か……」  
 いますぐ炎の神殿に赴けば、余裕をもって一族を救うことができる。しかし、ゲルド族との  
衝突を目前に控えた現在、いきなり族長が姿を消すわけにはいかない。共闘態勢について  
カカリコ村と協議する必要があるし、部隊の編成、武器の調達、食糧の確保など、やるべきことは  
いくらでもある。族長の跡継ぎも決めなければならない。半年あっても足りないくらいだ。  
「山の様子にゃ、気をつけとくよ。噴火の兆候があったら、すぐ神殿へ行く。それでいいんだな?」  
 リンクが頷く。  
「そうやって賢者として目覚めたら、俺も役目を果たせるってこったな」  
 ダルニアは軽く笑った。リンクは笑いに応じなかった。  
「実は……」  
 
 ──いまの状態で神殿に入っても、ダルニアは賢者として完全には覚醒できない。結界を張って  
ゴロン族を守ることは可能だが、ガノンドロフを倒すためには、その後、さらに真の覚醒へと至る  
必要がある──  
「どうやって?」  
 いぶかしむダルニアの凝視を避けようともせず、リンクは明快に言い切った。  
「ぼくと、もう一度、契ることで」  
「ほう……」  
 今夜きりかと思っていたら……  
「いつだ?」  
「七年後」  
「へえ……」  
 ずいぶんと先の長え話だが……  
「楽しみにしてるぜ」  
 リンクの頭をぽんと叩き、頬に笑みを溜めながら、ダルニアは想いを浮遊させた。  
 まだ機会があるとは嬉しいことだ。それに七年も経てば、リンクも立派な大人。今夜とは、また  
違った契りになるだろう。  
『そういや──』  
 結局、尻を使う必要はなかったわけだ。せっかく念入りに清めてきたのに、勇み足だった。  
もちろん──朝までには時間もあるから──無駄にならないようにしようと思えば、できもするが……  
 いや、もう充分だ。  
 そっちは七年後のためにとっておこう。恩義に報いるのは、その時でいい。  
 ダルニアはおかしくなった。  
 世界を救うための契りだというのに、俺は自分の快楽のことばかり考えている。  
『まあいいじゃねえか』  
 自嘲が開き直りへと転化する。  
 やっと女になれたんだ。せめて今夜くらい、女として想いを馳せたって、罰は当たるまい。  
「な」  
 独り言のつもりだったが、呼びかけと取ったのか、リンクがきょとんとした顔つきになった。  
説明する気は起こらなかった。リンクのそんな顔を見ているのが、愉快でもあった。  
 
 
To be continued.  
 

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