「ちょっと気になるんだが……」  
 翌朝、ゴロンシティを発とうとするリンクに、眉根を寄せたダルニアが、心配そうな声で  
語りかけてきた。  
「いったん神殿に入ったら、俺は二度と外へ出られない──と、お前は言ったな?」  
 リンクは頷いた。  
「すると、俺たちが七年後に会おうと思ったら、お前は神殿に入ってこなきゃならねえ」  
 当然だ。初めからそのつもりでいる。  
「そいつは難題だぜ」  
「え?」  
 不審を感じるリンクに向けて、ダルニアが説明を始めた。  
 ──炎の神殿があるデスマウンテン火口内は、灼熱地獄といってもいい暑さである。火山という  
ものに慣れているゴロン族でも、いられるのは一時間が限度。他の者なら数分と耐えられまい。  
自分は賢者となるのだから、神殿に入りさえすれば安全なのだろうが、リンクの場合は、神殿の  
入口に達することすら覚束ない──  
 思わぬ障害に当惑するリンクだったが、  
「しかし、当てがねえわけでもねえ」  
 とのダルニアの言葉に希望を持ち、続きを促した。  
「例の伝説だ。きのうはそこまで話さなかったが、かつて邪竜に戦いを挑んだゴロンの族長は、  
デスマウンテンの頂上付近に住む二人の大妖精から大いなる力を授かった、と言われてるんだ。  
その力の一つがハンマーだったんだとさ。邪竜が実在するなら、大妖精だって実在するだろう。  
お前の助けになるかもしれねえ。山頂へ登って捜してみたらどうだ?」  
 あやふやな話ではあるが、行ってみる価値はありそうだ。  
 リンクはダルニアから山頂までの道筋を聞き取り、別れを告げて、ゴロンシティをあとにした。  
 
 初めは険しかった道も、尾根伝いとなってからは歩きやすく、行程は順調に進んだ。山頂に  
近づくにつれ、小噴火に伴う火山弾の飛来が頻度を増したが、進行をとどめさせるほどでは  
なかった。最後は垂直に近い崖をよじ登る羽目となったものの、慎重な行動の末、リンクは無事に  
山頂へ到達した。  
 道は岩壁にさえぎられて終わっていた。岩壁には二つの横穴があった。右側の穴を覗いてみると、  
奥はかなり深そうで、遠くに赤っぽい光が見えた。リンクは先を目指した。  
 気温の上昇で察せられたとおり、穴を抜けた所がデスマウンテンの火口だった。ダルニアが  
言ったように、そこは猛烈な熱気が渦巻く炎暑の地であり、立っているだけで意識が失われ  
そうだった。目の前の崖際まで足を出し、底に煮えたぎる熔岩の海を見下ろすのが精いっぱいで、  
神殿の場所を同定する余裕などなかった。ただ、崖の端に一体のゴシップストーンがあり、  
炎の神殿に関するメロディを秘めているのが、あるいはそれかもしれない、と推測できただけ  
だった。しかたなくリンクは来た道を帰った。  
 
 山頂に戻り、今度は左側の穴を探ってみた。こちらも奥は深く、しかし光はなかった。側壁に  
手を触れさせて身体の安定を保ちながら、リンクは真っ暗な穴の中をゆっくりと前進した。  
 やがて、ぼんやりとした光が見えてきた。安堵と警戒を入り混じらせ、光を目指して歩みを  
速める。穴は袋状に広がった空間で行き止まりとなっており、最奥部には泉が横たわっていた。  
その泉の水が光源だった。外光は届いていないのだから、それを反射させているわけではない。  
水そのものが、おぼろげな黄色っぽい光を発しているのだ。  
 以前の経験により、泉は妖精を連想させた。しかも自然に光るという不思議な水を湛えた泉だ。  
リンクは期待を抱いた。が、しばらく待っても、期待したことは起こらなかった。  
 失望してその場を去ろうとした時、水際の岩に目が行った。トライフォースの紋様が彫られていた。  
王家の墓で壁を開いた時のことを思い出し、そこを叩いてみた。岩は何の反応もよこさなかった。  
諦めず、頭を絞った末、トライフォースと王家の関係から、一つの着想が得られた。リンクは  
『時のオカリナ』を取り出し、『ゼルダの子守歌』を奏でてみた。  
 そのとたん、耳をつんざくような、絶叫に近い笑い声とともに、泉の水面から巨大な女が身を  
回転させながら飛び出してきた。宙に浮いたまま、ぴたりと動きを止めた女は、リンクに目を向け、  
顔に笑みを浮かべて、こう言った。  
「ようこそ、リンク。私は、力の大妖精」  
 リンクは唖然として女を眺めた。  
 目的とする相手に会えた。それはいいのだが、この突拍子もない対象に、ぼくはどう反応すべき  
なのか。  
 大妖精というからには普通の妖精よりは大きいのだろう、と思ってはいたものの、これほどとは  
予想しなかった。コキリ族が連れている妖精や、コキリの森の近くの泉で見た妖精は、らくらく  
手に乗る大きさでしかなかったのに、この大妖精たるや、ダルニアをもはるかに上まわる巨体なのだ。  
 見たところは成熟した女性の姿。歳の頃はよくわからない。十代後半から中年までの、  
どこにでも当てはまりそうな感じがする。だがその間であるという保証もない。なにしろ  
妖精なのだから、何百歳かもしれないし、何千歳かもしれない。年齢という概念があるか  
どうかさえ、定かではない。  
 容貌は独特。長く豊かな赤い髪が、三つの固まりにまとめられ、頭の後ろにぶら下がっている。  
顔立ちは整っていると言えなくもないけれども、目が異様に大きい。また睫毛が濃く長いせいか、  
目のまわりに黒い線が引かれているように見える。そこから放たれる視線は、こちらの身を貫く  
かのごとく強靱で、見返すだけでもかなりの気力が必要。顔は笑っているが、それがかえって  
不気味にも感じられる。  
 首から下も風変わりだ。丈の短い毛皮が胸から下の胴を覆っている。両脚には膝の上まで届く  
黒っぽいブーツ。肩と両腕と両大腿は素肌のまま。胸の盛り上がりは衣装を突き破らんばかりで、  
身体全体の大きさを考慮しても、なお驚異的なボリュームだ。  
 妖精というイメージにはほど遠い、原始の獣と呼びたくなる様相。  
 ところが──さっきの笑いは別として──声は実に美しい。ちょっと聞いただけで幻想に  
引きこまれそうになるくらい陶酔的で、それだけは妖精にふさわしいと思わされる。  
 その声で自分の名を呼ばれたことに、改めて気づいた。そして、  
「いずれ時の勇者が来ると思っていたわ。ガノンドロフも近頃は悪さが過ぎるようだから」  
 続く大妖精の言葉は、リンクに驚きをもたらすと同時に、その存在の深遠さをも思い知らせた。  
 ぼくの素性も、存在意義も、行動背景も、すべてわかっているのだ。こちらが何も言わないのに  
見通しているあたり、さすが大妖精というべきか。  
 
「求めることがあって、来たのではない?」  
「うん」  
 気圧される心を奮い立たせ、どうにか頷く。笑みを大きくした大妖精は、  
「いいわ。助けてあげる」  
 と応じ、意味ありげな口調であとを続けた。  
「でも、その前に、私の言うことをきいてもらうわ」  
 代償がいるのか──と思う間もなく、大妖精は空中にとどまったまま衣装を脱いだ。下には  
何も着けておらず、ブーツを履いただけの裸体が、次いでゆっくりと降下し、泉水に浸された。  
腰が底についた。水深は浅いようで、その肢体のほとんどが水面上に現れている。  
「私を満足させてちょうだい。人間に会うのは久しぶりだから、期待しているわよ」  
 後ろに傾けた上体を、水底についた両手で支え、大妖精は両脚を開いた。膝を曲げ、股間を前に  
突き出すような格好だ。  
 何が期待されているかは明白だった。が、リンクは棒のように動けなかった。  
 単刀直入にもほどがある。段取り抜きでいきなり誘われても、即応できるわけがない。いや、  
できたとしたって……  
 伝説のゴロンの族長も、同じことを要求されたのだろうか。ゴロン族なら身体が大きいから、  
相手になれたかもしれない。しかし子供のぼくだと話は全然違う。挿入しようとしても挿入に  
ならないだろう。この泉にペニスを突っこむようなものだ。  
「さあ、早くして」  
 大妖精が促す。声の調子がいくぶん強くなっている。  
「でも……」  
 ためらうところへ、さらに声がかぶさる。  
「無理は言わないわ。あなたにできることをしてくれたらいいのよ」  
 何かしないではすまないようだ。だが、いったいぼくに何ができるだろう。  
 しばし思考したのち、リンクは腹を据えた。装備を下ろし、泉に踏みこんで、身を近づけた。  
やはり水は浅く、下腿の半ばまでも濡れることはなかった。  
 情を煽るつもりか、大妖精は脚をさらに大きく開き、局部を露呈させた。それを無視して、  
胸元に歩み寄る。不審げな表情となる大妖精だったが、リンクが片側の乳房の前で立ち止まると、  
再び顔に笑みを戻し、  
「順序を踏むというわけ? いいわ。好きにして」  
 と蠱惑的な声で言いながら、胸を突き出してきた。リンクの頭よりも大きな、まるまると  
張りつめた乳房が、眼前に迫った。両手で抱えるようにして受け止める。足を踏ん張らなければ  
押し倒されかねない重量感だ。  
 おそるおそる手を這わせる。よほど中身が詰まっていると見え、肌は緊満し、押さえる手に  
強い弾力を返してくる。その皮膚は、やや黄色味を帯びているが、泉の光を浴びていることを  
考えると、ほんとうは純白に近いのだろう。染みも黒子もない、不自然なほど均一な色調の中で、  
穏やかなアクセントとなっているのが、乳房の頂上にある薄赤い乳暈。ただし穏やかなのは  
色だけで、規模からくる印象は強烈だ。そこだけは弾力を想像させない、皺のある皮膚で覆われた、  
硬そうな乳首がそそり立っている。そう、そそり立っているとしか表現できないくらいの、それは  
雄大な器官だった。  
 指でつまむには大きすぎるその部分を、片手に包んで、やんわりと揉む。  
「……ん……んん……んあぁ……ぁぁ……」  
 ため息とともに、大妖精がくぐもった呻きを漏らす。ふだんとは異なる触り方ではあるものの、  
この様子だと適切な行為を自分はしているのだろう──と鼓舞され、揉む手に力をこめる。両手で  
こねてやる。口に含んでやる。乳首は口腔を満杯にし、舌を動かすだけでも一苦労だ。けれども  
耐えて頬と顎を懸命に運動させ、熱をこめて刺激する。同時に両手で乳房を抱き、届く範囲  
すべてにその手を及ばせて、可能な限りの愛撫を施す。  
 
 口技を続け、さらに片手をもう一方の乳房へと伸ばす。なんとか乳首に指が届く。大妖精の声が  
音程を上げる。悦んでくれているようだ。それはいいのだが、この体勢は苦しい。横に立って  
いたのでは、反対側の乳房には、手をやるのが精いっぱいだ。  
 いったん手と口を引き、訊ねてみる。  
「上に乗ってもいい?」  
 怪訝な顔をしながらも、  
「いいわよ」  
 と許しをくれる大妖精の下腹部へ、ブーツを脱いだリンクは、身を跨らせた。前傾すると、  
ちょうど顔が乳房に届く。手で触れるにも好都合だ。  
 胸への接触を再開する。今度は存分に両方を攻められる。いっそうの力と熱意を発揮する  
リンクに、大妖精は絶え間ない喘ぎの下から、快美と賞賛の言葉を贈ってくれた。  
 ひとしきりの戯れののち、  
「そろそろこっちもかわいがってちょうだい」  
 淫らな調子で大妖精は言い、リンクを軽々と抱き上げ、股の間に置き直した。リンクは泉の中で  
膝をつき、かがんだ姿勢となって、あられもなく開陳された陰部を観察した。  
 形状は人間の女性と変わらない。陰毛は髪と同色で、密度は濃いが、範囲は通常の域内だ。  
しかし身体が大きい分、著しく広いと見えてしまう。陰核も巨体に比例し、異常な腫脹を呈している。  
実寸はダルニアよりも上だ。すでに何度も見た女性の部分が、大きいというだけで、やけに奇怪な、  
けれども新鮮なものとして目に映る。  
 努めて新鮮さの方に印象を傾け、ごくりと唾を呑みこんで、リンクは顔を近づけた。開かれた  
粘膜は充血し、すでにたっぷりと分泌された恥液によって、てらてらと光り輝いている。  
焦れでもしたのか、大妖精がやにわに腰を突出させてきた。リンクの顔面は二つの唇の間に  
押しつけられ、粘液まみれとなってしまった。  
 そうなると、もう躊躇してはいられなかった。おのれを励まし、リンクは活動を開始した。  
 左右の襞を唇にはさむ。その内側に舌と指を這いまわらせる。尖った陰核を口中に入れる。  
乳首ほどではなかったが、それでも相当な体積を持つ陰核は、リンクの口をかなりの領域に  
わたって占領した。折から大妖精が、  
「おぉッ!……おあぁッ!……んんあああぁぁぁぁッ!」  
 猛った声とともに股間を激しく揺り動かし始めたため、息をするのも難しくなった。加えて、  
女が男のペニスをくわえる時はこんな感じなのだろうか、などとしたくもない想像をしてしまい、  
頭が惑乱しかかる。そうした動揺もなんとか抑え、リンクはひたすら口の奉仕を続けていった。  
 身体の動きから察せられるように、大妖精は明らかに喜悦を感じており、しかも感じる程度は、  
リンクが活動を旺盛にするにつれ、ぐんぐん増加しているようだった。これなら満足させることが  
できそうだ、とリンクが安心しかかった時、いまやとどまるところなく快感の喘ぎをあげていた  
大妖精の口が、奔放きわまりない叫びを噴出させた。  
「リンク! いいわッ! とてもいいッ! だけど中も! 中もよくしてッ!」  
 中だって? 膣のことか? それは無理だ。ぼくの身体では無理なんだ。  
「早くッ! 早くぅッ! 私の中も気持ちよくしてぇッ!!」  
 無理は言わないと、ぼくにできることをしてくれたらと、そういう話だったじゃないか。  
「もう我慢できないッ! どうにかしてッ! 私のここをどうにかしてぇッ!!」  
 どうにかしてと言われても、どうしようもない。ぼくにはとうてい不可能だ。こんな巨体の膣を  
満たすためには、ロンロン牧場で見た馬くらいでないと追いつかない。あの馬の物はぼくの  
腕ほどの太さと長さがあって──  
 
『腕?』  
 連想がとてつもない思いつきとなってリンクを襲った。  
 冗談じゃない。そんなことできるわけがない。できるわけが──  
 ないだろうか? ほんとうに?  
 そこに指を挿れるのを、いままで全くためらわなかったぼくじゃないか。挿れる物が多少  
大きくなったって同じじゃないか。  
 あまりにも奇抜な自らの発想におののき、しかし考えれば考えるほど、その発想は合理的と  
思えてくる。  
 そうだ、これだって「ぼくにできること」の一つには違いない。ならば──  
 覚悟を決める。左手を握り、膣口に押し当てる。接触を感じ取った大妖精が、ひときわ激しく  
叫びを乱れ散らせる。それに応じて、リンクは腕を突入させた。  
「うおおあああぁぁぁぁッッ!!!」  
 咆哮という表現がぴったりの激越な音響を口からほとばしらせ、大妖精は体動を止めた。  
骨盤部の筋肉がぎしぎしと収縮し、膣に挿入されたリンクの左腕は痛いほどに圧迫された。  
その圧迫に耐え、じりじりと腕を進ませてゆくと、筋肉の収縮も少しずつ緩み、やがてリンクの  
手の先は最深部に到達した。  
 膣壁が、のたうつ触感と想像以上の熱感を、腕の皮膚に伝えてくる。指やペニスでは得られない  
異様な生々しさが、リンクの胸をどくどくと拍動させた。それは決して大妖精に固有の特徴なのでは  
なく──巨体がそれを増幅させているのは確かであろうが──これまで特に意識しなかった、  
女の性器というものに共通する「生物的」な側面を、如実に表現している、と思われるのだった。  
 一時の緊張を解いた大妖精が、再び行動を要求してきた。リンクはゆっくりと左腕を前後に  
往復させた。腕は膣内にゆったり収まっており、過剰な衝撃を与えてはいないと確信できては  
いたが、さすがに急速な運動はためらわれたのだ。けれども大妖精にとって、そんな気遣いは  
無用のようだった。悠長な動きでは物足りないとでも言いたげに、もっと、もっと、と、大妖精は  
リンクを叱咤激励した。そこでリンクも逡巡を捨て、腕の振幅速度を倍加させた。嬌声を  
響き渡らせ、身をのたうちまわらせながらも、大妖精は要求をやめなかった。リンクは最大の力を  
腕にこめ、できる限りのスピードでピストン運動を繰り返した。  
 腕がちぎれそうに感じられてきた頃、ようやく大妖精は絶頂に至った。耳がつぶれるかと  
思われるほどのわめき声が爆発し、先刻をはるかに凌ぐ膣圧が左腕を押し包み、同時に挿入部から  
大量の粘液が飛び散った。前にいたリンクは粘液の直撃をまともに受け、全身がべとべとになって  
しまった。  
 
 背をのけぞらせ、息を大きく荒げていた大妖精は、しかし大した間もおかずに涼しい笑顔を  
取り戻し、  
「期待した以上によくやってくれたわね。満足よ」  
 けろりとした調子で言うと、身なりを調えて、泉の上に浮き上がった。  
「では、あなたに剣の技を授けてあげる。さあ、受け取って」  
 大妖精の両手から、波のような黄金色の光が放たれ、リンクの身体を取り囲んだ。特に苦痛も  
快感ももたらすことはなく、じきに光は消え去った。  
 何が起こったかわからず戸惑うリンクに、大妖精が説明をくれた。それによると、いまリンクが  
得た剣技は『回転斬り』というもので、身のまわりを一周させるように剣を振るうと、剣が届く  
範囲を超え──さほどの距離ではないが──空間を隔てた場所にまで力を到達させることができる、  
とのことだった。試しに剣を抜いて振りまわしてみると、剣の長さよりも遠い地点の水面に波が  
立ち、大妖精の言葉が真実であると納得できた。  
 これなら、刃渡りの短いコキリの剣も、もっと長い大人用の剣と同じ威力を持つことになる。  
マスターソードなら、なおさら強力になるわけだ。  
「どうもありがとう。でも──」  
 礼を述べながらも、リンクの戸惑いはなくならなかった。  
 剣技は確かに助けとなるが、そもそも大妖精に会いに来たのは、超高温下のデスマウンテン火口で  
活動するにあたって援助が欲しかったからだ。  
 その点を告げると、大妖精は首を横に振った。  
「それは私の管轄ではないの。火口にいる、もう一人の大妖精の領分よ。そちらに頼んでごらんなさい」  
 火口のどこにいるのか、とリンクは訊いたが、期待した答は得られなかった。  
「いまのあなたには、まだ早いわ。大人になったら、もう一度いらっしゃい」  
 それだけでは素っ気ないと思ったものか、大妖精は続けて別の忠告を口にした。  
「大妖精はハイラルの他の地方にもいるのよ。機会があったら訪ねてみることね。きっとあなたを  
助けてくれるわ。ここからだとゾーラの泉が近いかしら」  
 言うだけのことは言った、というふうに、大妖精はそこで言葉を切り、あの絶叫めいた笑いを  
あげて、回転しながら水面に落ちた。浅いはずの水は大妖精の巨体をかき消すように呑みこみ、  
あとには何も残らなかった。  
 
 泉の水で身を清めたあと、穴を出て山頂に戻ったリンクは、思わぬ相手と再会することになった。  
ケポラ・ゲボラである。崖際の岩上に身を置いた、この巨大な梟は、気味悪さと安心感を合わせて  
印象づける、例の不思議な目でリンクを見つめ、  
「大妖精の力で、一段と逞しくなったようじゃな」  
 と、おかしみをこめたような調子で話しかけてきた。  
 ぼくと大妖精が何をしたのか知っているのだろうか──と気後れするリンクだったが、その  
気後れを打ち消すつもりもあり、ケポラ・ゲボラの言葉に直接は答えず、やや強い声で問いかけた。  
「あなたの覚醒については、まだ教えてくれないの?」  
「まだまだ」  
 ケポラ・ゲボラは目を閉じ、首を片側に傾けた。肩をすくめたようにも見えた。  
「いずれ、わかる──と言うたじゃろう」  
 その「いずれ」がいつなのかを知りたいのに……  
『いや』  
 おのれを抑える。  
 この梟を信じる、と、ぼくは決めたんだ。ここで焦ってもしかたがない。  
「下界まで行くなら、力を貸そう」  
 話題が転じられた。ケポラ・ゲボラもこの件に触れられることを望んでいない、と悟った  
リンクは、自らの意識を、さっきの大妖精の言葉と、懐にある品とに向け、端的に返事をした。  
「ゾーラの里へ」  
 
 ルトはハイリア湖での顛末を誰にも漏らさなかったようで、キングゾーラはリンクを王の間に  
迎え入れるやいなや、心配げに事情の説明を求めてきた。戦争から避難させた娘が、あっという  
間に舞い戻り、しかもことの次第をいっさい話そうとしないとあっては、キングゾーラが心を  
痛めるのも無理はなかった。リンクは簡単に経緯を述べた。しかしルトが突然に機嫌を損ねた  
理由はリンク本人にもわからないままであり、その点でキングゾーラの愁眉を開かせることは  
できなかった。  
「どうせ、いつもの気まぐれなのじゃろうが……そなたには、すまぬことであったの」  
 非はルトにある、とでも言いたげなキングゾーラの言葉は、かえってリンクを恐縮させ、  
いたたまれない気分にさせた。  
 リンクはルトとの面会を申し入れた。望みはかなわなかった。キングゾーラは親切にも仲立ちを  
試みてくれたのだが、ルトは頑としてリンクの前に姿を現すことを拒んだのだった。  
 じかに話をしようと決意し、リンクはルトの部屋を訪れた。部屋の戸は固く閉ざされていた。  
戸の前から何度も声をかけた。返事は得られなかった。  
 せめて怒るなり泣くなりしてくれれば接触の手がかりにもなるのだが、完全に無反応とあっては  
どうしようもない。  
 ハイリア湖でともに夜を過ごした折り、自分はルトに対して間違ったことはしなかった、と  
信じるリンクは、あまりに頑ななルトの拒絶にあって、辟易とした気分になりかけた。それでも、  
初めてルトに会った時のような怒りの感情は湧かなかった。  
 ルトの態度を、ぼくは理解できない。ただ、ぼくの方に問題があるとすれば、理解できないと  
いう察しの悪さ自体が問題なのだろう。お互いわかり合える時は来る、とみずうみ博士は言った。  
まだ時間が必要なのかもしれない。  
 とはいえ、時間が経つのをじっと待っている余裕はない。この先、ルトを再訪する機会があれば  
いいのだが、できない場合のことも考えておかねばならない。  
 結局、リンクにできたのは、ルトがみずうみ博士の家に置き忘れた手回り品の袋を返却する  
ことと、賢者としての目覚めにあたってルトがなすべきことを改めてキングゾーラに言い置くこと  
だけだった。  
 ──ガノンドロフの襲撃を受ける前に水の神殿へ赴く。現実世界との繋がりを絶たれようとも、  
それこそがルトの身を救い、ゾーラ族を救い、世界を救う唯一の方法である──  
 自らがルトに伝えられなかった不手際を詫びた上で、くれぐれも、と念押しし、リンクは  
キングゾーラに善処を依頼した。キングゾーラは承諾し、最後にぽつりと本音らしきものを  
つけ加えた。  
「それまでは、余も娘とともにいられるの……」  
 
 大妖精がゾーラの泉のどこにいるかについて、リンクには心当たりがあった。先にゾーラの里を  
訪れた時、元気になったジャブジャブ様に会わせる、と言ってリンクを泉に連れ出したルトが、  
あたりの案内をするうち、対岸にある洞穴の奥に別の小さな泉がひそんでいることを教えてくれて  
いたのだ。その際は聞いただけで、洞穴には入らなかった。ルトが大妖精の話をしたわけでもない。  
ルトのみならず、ゾーラ族の誰もが大妖精の存在を知らないようで、それはゾーラ族が──  
ゴロン族とは異なり──大妖精にまつわる伝説を持たないゆえと思われた。にもかかわらず、  
そこが求める場所だという確信が、リンクにはあった。  
 キングゾーラの許可を得て、リンクは洞穴を探ってみた。それはちょうどバリネードとの戦いが  
繰り広げられた岸辺にあり、その折りには気づかなかった岩の陰に、黒々と口をあけていたのだった。  
 洞穴の奥には、案の定、デスマウンテン頂上の穴と同じく、黄色っぽい光を放つ泉があった。  
そばの岩にトライフォースが彫られているのも同じなら、『ゼルダの子守歌』を奏でることにより  
水面から大妖精が出現する過程も同じであり、さらにその姿もデスマウンテンで会った大妖精と  
寸分違わなかった。同一個体かと怪しんだが、今度の大妖精は「魔法の大妖精」と名乗り、  
リンクを初対面の人物として扱った。  
 けれども相違点はそれだけで、この大妖精もまた、助けてやるから肉体を満足させろ、と  
要求してきた。先と同様の手順で、リンクは要求に応えた。腕によるセックスは、ここでも大いに  
満足をもたらしたようだった。ただ今度の相手は耐久力が強く、絶頂させるまでには、前回よりも  
長い時間が必要だった。  
 授かったのは『フロルの風』である。これは空間移動の魔法で、まず任意の一地点で発動させ、  
のちに別の任意地点で再び発動させると、瞬間的に元の地点へ戻ることができる、という説明だった。  
発動させる際は意志をこめて魔法の名称を口にすればよい、と続けたあと、大妖精は、この魔法は  
一度きりしか使えないから使いどころをよく考えろ、と釘を刺した。どういう場面で使ったら  
いいのか、リンクにはぴんとこなかったが、その場では神妙に頷いておいた。  
 礼を言って去ろうとするリンクに、大妖精は同族の新たな居場所を二カ所教えてくれた。  
 一つはハイラル城の城門をくぐった先。もう一つは『幻影の砂漠』の果てにある巨大邪神像の近く。  
 どちらも行くには難しい場所だ。ハイラル城はガノンドロフの支配下にあるし、ゲルド族の  
本拠地と苛酷な砂漠を突っ切って巨大邪神像へ向かうことの困難さもまた明白。  
 思いに沈むリンクに、大妖精は、大人になったらまた来い、と言い残し、奇態な笑いとともに  
泉の中へ消えた。  
 
 考慮の末、リンクは当面、カカリコ村へは戻らないことにした。三つの理由があった。  
 第一。シークから聞いていた情報によれば、インパがカカリコ村に現れるまでには、なお  
しばらくの日数がかかること。  
 第二。インパがカカリコ村に到着しても、難民救済作業の目途がつくまでは、『嵐の歌』に  
よって井戸の水を干上がらせるわけにはいかないこと。  
 第三。風車小屋の男の証言では、自分が『嵐の歌』を使うべき時期は、まだ二ヶ月ほども先の  
はずであること。  
 それまでの時間を利用し、ナボールとの出会いを図ってみよう──と、リンクは考えたのである。  
 未来の世界で『副官』が言うには、ナボールは反乱勃発直後にゲルドの砦へ戻ったとのこと。  
いまならすでに帰っているだろう。もちろん簡単に砦まで行けるとは思っていないが、時が経てば  
経つほど状況は悪化するのだ。ハイラル平原西方の決戦で王国軍が破れ、ゲルド族の平原移住が  
始まってしまったら、砦に到達するためには、広範囲の敵中を突破しなければならなくなる。  
それはまず不可能だ。いまの自分にはエポナがいないのだから。  
 意志を固め、リンクは西を目指して旅に出た。  
 
 ハイラル平原を横切り、その西端の町に着くまで、一週間あまりを要した。ゲルドの谷への  
入口にあり、やがてゲルド族の支配下に置かれるはずのこの町も、リンクが到着した時点では、  
まだ王国軍の勢力圏内にとどまっていた。しかし、リンク以外の人々にとっては、一寸先の未来も  
わからない、混沌とした状況に、町はさらされていたのだった。  
 ハイラル城の陥落と王の死去を伝える急報は、平原西方に展開していた王国軍を、混乱の渦に  
巻きこんだ。軍としての体裁を失わず、すぐさま対応に移ったところは、さすがに王国の正規軍と  
言うべきであったが、突然の破局による諸人の動揺は、作戦の円滑な進行を大きく妨げることに  
なった。やがて東から挑んでくるに違いないゲルド遠征軍に対抗できるだけの戦力を確保するため、  
分散していた各軍を集結させる一方、西のゲルド族本拠地への警戒も怠るわけにはいかない、  
という二正面作戦の困難さが、混乱に拍車をかけていた。  
 ただ王国軍にとって幸運なことに、城下町を占領したゲルド族は、略奪と暴行に明け暮れ、  
直ちに戦端を開こうとはしなかった。またゲルドの谷方面の敵も、なぜか鳴りをひそめ、王国軍の  
背後を襲おうとはしなかったのである。この隙を衝いて王国軍は、混乱の中にありながらも、  
徐々に戦闘態勢を調えつつあった。  
 町に入ったリンクを出迎えたのは、そんな殺伐とした空気だった。風変わりな格好をした  
一人旅の子供という、常時なら人目を惹いたであろうリンクの姿も、切迫感に追われてあわただしく  
行き来する人々の注目対象とはならなかった。  
 この様子なら先へ行くのに問題はないだろう、と心を安んじさせ、ゲルドの谷へ向けて町を  
通り抜けようとしたリンクだったが、それが楽観に過ぎたことを、すぐに思い知らされることと  
なった。  
 町の出口の門には、かなりの数の兵士が集結していた。ゲルドの谷に対する最前線なのだから  
当然である。ここで止められては面倒と思い、リンクは門から離れた所で町を囲む柵を  
乗り越えようとした。ところが乗り越えないうちから、たまたま近くに来た兵士の一人に  
見咎められてしまった。  
「おい! そこで何してる!」  
 一瞬どうしようかと迷ったものの、言い訳をするより逃げ切った方が早い、と判断したリンクは、  
柵の向こうに飛び降り、全力疾走を始めた。不運にも道は門の方に向かっており、リンクを  
発見した兵士の叫びによって、門に詰めていた連中が前をさえぎった。リンクは観念し、事情を  
話そうとして立ち止まったが、たちまち激高した兵士の集団に押しつぶされた。  
「貴様、谷に何の用がある!」  
「さてはゲルド族に通じる密偵だろう!」  
 そうじゃないんだ、話を聞いてくれ──と言葉を出す間もなく、後頭部にがつんと衝撃が加わり、  
リンクは意識を失ってしまった。  
 
 気がつくと、身は牢の中にあった。  
 拘束されてはいなかったが、目の前は鉄格子でさえぎられ、行動の自由は皆無に等しかった。  
剣や盾はもちろん、持ち物はすべて没収されていた。殴られたらしい後頭部が、さほどの痛みを  
訴えないことだけが慰めだった。  
 リンクはため息をついた。  
 世界を救うために活動している自分が、なぜこんな目に遭わなければならないのか。あの兵士らも、  
子供相手にやることが荒っぽすぎる──と恨めしい気持ちになる。が……  
 シークの言葉を思い出す。  
『君は危なっかしくて放っておけない。行動に際しての考えが浅すぎる』  
 冒険を続けるうち注意深くなったと自分では思っていたが、やっぱり無鉄砲な気質がどこかに  
残っている。  
 ぼくが軽率だったのだ。最前線に立つ兵士が敵陣へ走る人間に過敏となるのは当たり前のこと。  
こそこそしたりせず、初めから堂々と彼らに当たっていれば──ナボールに会うなどとは  
明かせずとも──少しは対応が違っていただろう。たとえばゼルダの手紙を見せて──  
『そうだ!』  
 
 この手紙を持参する者 王家のために働く者なり  
 あらゆる便宜を図るよう 配慮されたし  
 
 あの手紙を見せていればよかったんだ。  
『兵士や役人に足止めされたら、これをお見せなさい。きっと役に立つはずです』  
 ゼルダにそう言われたというのに、これまで何度もぼくを助けてくれた手紙だというのに、  
どうして今度に限って忘れていたのか。  
 敵中に乗りこむ興奮がそうさせたのだ──と自分で説明をつける。しかし、いまさらそんな  
ことを考えても後の祭り……  
『いや、そうでもない』  
 と期待を抱く。  
 あの手紙も他の持ち物と一緒に没収されている。誰かがそれを読んでくれたら、ぼくの身の証は  
立つ。そうでなくとも、ぼくは取り調べられるはずだから、その時に手紙のことを話せばいい。  
 期待に反し、取り調べは行われなかった。  
 食事はきちんと運ばれてきた。係は民間人らしい年老いた男で、リンクが捕らえられた事情に  
ついては何も知らず、ただ軍に命じられた仕事を淡々とこなしているだけ、というふうだった。  
リンクはこの男に、早く自分を取り調べるよう伝えてくれ、と訴えたのだが、耳が遠いらしい男は、  
ろくろく反応もよこさないのだった。案じたとおり、男への依頼は全く奏功せず、リンクは  
放置され続けた。  
 おそらく戦いを目前にして、子供一人にかかずらっている暇などないのだろう、とリンクは  
推測した。  
 
 釈放されたのは十日後だった。  
 リンクの推測は当たっていた。王国軍は散発し始めていたゲルド族との小競り合いに注力し、  
他の些事に興味を示す余裕を持たなかったのだ。戦闘の合間を縫って、とりあえず捕らえておいた  
子供の件がようやく取り上げられ、持ち物が調べられた。そこで初めて奇妙な手紙が担当者の  
注意を惹き、リンクは牢から出ることができたのである。  
 軍首脳部の前に連れ出されたリンクが、まず問われたのは、ゼルダの安否についてだった。  
失踪後のゼルダに会ったわけではないものの、未来での体験から、リンクはゼルダが安全であると  
自信を持って言い切ることができた。現在の居場所は不明とせざるを得なかったが、それでも  
リンクの回答は、みなに深い安堵と新たな力を与えたようだった。  
 ゲルドの谷へ行こうとした理由については、軽はずみな行為を謝罪した上で、一種の偵察で  
あると言葉を濁した。それだけでは納得させられないと感じたので、カカリコ村、ゴロン族、  
ゾーラ族の三者共闘の話を持ち出した。聞き手はそれらがゼルダの指示によるものと考えたらしく  
──無論リンクはその誤解を解いてやろうとは思わなかった──リンクの名誉は回復された。  
持ち物もすべて返却された。  
 さらにリンクの評価を高めたのは、ガノンドロフの戦法や魔力の実態を知っている、という  
点だった。リンクがガノンドロフの魔力と直接的に相対したのは、ハイラル城の正門前で  
なすすべもなく叩きのめされた時だけだったが、この世界では少し先のことになるハイラル平原の  
決戦で、ガノンドロフがどのように戦ったかを、カカリコ村にいたシークは伝え聞いており、  
それをリンクもシークから知らされていたのだった。  
 ──攻撃的なガノンドロフは、常に全軍の先頭に立ち、部下を大きく引き離しても躊躇せず、  
単独で突っこんでくる。いきなり魔力を使うことはない。最大の効果が得られる機会を待ち、  
大兵力を相手にした時など、ここぞという場面で使ってくる。使う際は、右の手のひらから白い  
衝撃の波動を放つ。放つ前に溜めが入る。等々──  
 ガノンドロフが魔力によって召還する魔物の件でも、リンクは王国軍に貢献できた。シークより  
得ていた情報で、決戦の場に召還される魔物の主力は、人間のように武装した集団とわかっていた。  
スタルフォスやリザルフォスの類であろう、とリンクは推察し、その実態や弱点、対処方法などを  
詳しく説明した。他の魔物についても、リンクは知る限りの詳細を伝えてやった。  
 これらの情報に基づき、王国軍は戦法を練り直した。新たな戦法がどれほどの効果を有するかは  
わからなかったが、多少とも戦況を好転させられるならば、とリンクは期待をかけた。反乱を防ぐ  
ことができなかったリンクにとっては、これが歴史の大勢を動かし得る最後の機会であったのだ。  
 以上のような経緯で軍の信用を得たリンクは、改めてゲルドの砦の探索を申し出た。奇妙な  
静観を保った敵の実情を調べる、という大義名分があったので、この申し出は承認され、今度は  
後ろ暗いところなく、リンクは西へ向かうことができた。  
 
 ゲルドの谷までは問題のない行程だった。が、谷に架かった吊り橋が見えた地点で、リンクの  
足は止まった。  
 対岸は──七年後の世界では取り払われていたが──ものものしい柵でさえぎられ、橋の  
西詰めには一人のゲルド女が立ちはだかっていた。  
 リンクは岩陰に身を隠し、どうしたものか、と考えた。  
 ここはゲルド族にとっての最前線。警戒は厳しいはず。見張りが一人きりとは考えられない。  
おそらく柵の向こうには、もっと多くのゲルド女がいるだろう。  
 できれば誰にも見つからないままナボールに会いたい。ぼくがゲルド族と接触し、そこから  
ガノンドロフに緑の服を着た少年の話が伝わってしまったら、その少年が封印されたはずの  
「リンク」であると悟られる可能性が高くなる。シークが指摘したように、いまのガノンドロフは、  
時の神殿にマスターソードが再出現していることをすでに知っているはずだから、なおさら危険だ。  
悟られたら──ぼくが未来から来ているとまでは思わないとしても──今後の活動が著しく困難に  
なってしまう。  
 とはいえ、この様子では、ゲルド族との接触なしには砦へ行けそうにない。「リンク」が  
この世界に存在する、と察知されるのを覚悟した上で行動するしかない。もちろん、今後  
できるだけ早く未来に帰る、と前提してのことだが。  
 では、どういう形でゲルド族と接触するか。  
 突撃するのは愚策だ。対岸の柵を突破するだけでも難事だし、仮に突破できたとしても砦へは  
行き着けまい。無理な行動が失敗に繋がるのは、先日も経験したこと。  
 穏やかにいこう。  
 心を決め、リンクは岩陰を出て、吊り橋に向かった。対岸のゲルド女がこちらに気づき、  
手にした薙刀を構え直した。敵意がないことを示すため、リンクは両手を上に差し上げ、  
ゆっくりと橋を渡った。  
「止まれ!」  
 橋の中ほどにかかった時、鋭い声が飛んできた。リンクは従った。  
「なんだ、お前は!」  
「ナボールに会いに来たんだ」  
 率直なリンクの言葉で、女の顔が不思議そうなものに変わり、薙刀の構えが緩くなった。  
少し間をおいてから、リンクは両手を上げたまま、再び歩を進めた。女は制止しなかった。  
ほどなくリンクは女の前に至った。  
「ナボールに、用だと?」  
 口調に警戒を残しつつも、女は問いかけてくる。  
「そうなんだ」  
「何の用だ?」  
「大事な話があって」  
「どんな?」  
「本人にしか言えない。砦にいるんだろう?」  
「うむ……」  
 やはりナボールは砦に帰っていた。女は考えているようだ。話の持っていきようによっては、  
うまくいくかも……  
 うまくいかなかった。  
「信じられん! さては王国軍の密偵だろう!」  
 ここでも密偵扱いか──と落胆する暇もなく、女が勢いこんで薙刀を突き出してきた。咄嗟の  
バック宙でかわす。ところが吊り橋という頼りない足場が降着を不安定にした。片足が橋板から  
はずれる。そのまま下へずり落ちる。  
『しまった!』  
 橋を吊る綱に手をかけようとするも及ばず、リンクの身は谷底へと落ちていった。  
 
 落下中の空虚な緊張感、着水時の物理的衝撃、そして慣れない水中での息苦しさが、リンクの  
思考を翻弄した。とにかく呼吸をと浮き上がる。川の流れは速く、身体はどんどん流される。  
幸い岸が近くに見え、腕は必死で水を掻いた。もう少しというところで頭が沈み、したたか水を  
呑んでしまう。息ができなくなる。意識が遠くなりかかった時、ぐいと引っぱられる感覚がし、  
肺は呼吸を再開できた。  
 岸にうずくまり、咳と嘔吐を繰り返しつつ、リンクはぼんやりと考えた。  
 ひどい目には遭ったが、この時代で助かった。水の涸れた七年後なら、河床に激突して  
間違いなく死んでいた……  
「大丈夫かい?」  
 頭の上で声がする。そうだ、岸にいた誰かがぼくを引き上げてくれたんだ。誰だろう。  
 見上げる。いぶかしげな顔がこちらを覗きこんでいる。女。若い女。ゲルド族の女。  
 これは……この女は……  
「『副官』!」  
 思わず叫ぶ。  
 間違いない。未来の彼女より数段若いが、見誤るはずもない。  
「はぁ?」  
 あきれたような顔と声。  
「あたしゃ副官なんてお偉いさんじゃないよ。ただの下っ端さ」  
 そう、彼女が『副官』と呼ばれるようになるのは、他のゲルド族がハイラル平原に移住したのち、  
ナボールらと砦に残ってからのことだ。いまの彼女は『副官』じゃない。  
「何があったんだい? いきなり降ってきて」  
 やけに気安く話してくれる。警戒しないのか。ぼくが子供だから甘く見ているのかもしれない。  
「……橋の上で……見張りに襲われて……足を踏みはずして……」  
 息を切らしながら、やっとのことで声を出す。  
 上空に架かる橋を見上げた『副官』──やはりそう呼んでおくしかないだろう──が、苦笑いを  
漏らした。  
「あそこじゃ、みんなぴりぴりしてるから。あんたみたいなガキ相手に、大人げないこった」  
 そこでこちらに向き直った『副官』は、声と表情を厳しいものにした。  
「だけど、こんな物騒な所をうろちょろしてるあんたも悪いんだよ。いったいどこの誰で、何しに  
ここへ来たのさ?」  
 すわり直し、息を整える。その間に素早く考える。  
 七年後の『副官』は、ぼくの味方だが、いまの彼女は、あくまでも敵の立場。ただ、彼女と  
ナボールの間には深い関係があるから、ここで話を通じておけば……  
「実は──」  
 ナボールに会いに来たのだ、と正直に告げる。リンクの前に腰を下ろしていた『副官』は、  
驚いた様子で身を乗り出し、対面の目的を問い質してきた。  
「ガノンドロフのことなんだ」  
 ナボールと『副官』はガノンドロフ嫌いという点で共通している。そこを糸口にしよう、という  
つもりだった。『副官』が怪しむような面持ちとなった。  
「うちの大将がどうしたって?」  
 再び考える。  
 ゲルド族の立場からすると、反乱を成功させた現時点のガノンドロフは、英雄といってもいい  
存在だ。いくら『副官』がガノンドロフ嫌いといっても、あまり悪し様に言うと、かえって反感を  
買うかもしれない。後日、ガノンドロフが魔王として世界破滅の所業を露骨にやり出す時期なら、  
その点で訴えかけることもできようが、いまはそこを糾弾はできない。  
「ちょっと……危ないんじゃないかって思うんだ」  
「危ないって、何が?」  
「なんていうか……このままだと、世の中がまずいことになりそうな気がして……」  
「ハイラル王国をひっくり返したのが気に入らないってわけかい」  
『副官』の口調がきつくなる。  
 ここも対応が難しい。いったん王国側の人間と見なされたら──事実そうなのだが──  
『副官』だってゲルド族だ。まともに対応してはくれないだろう。  
 
「いや、そうじゃなくて……ハイラル王国とか、ゲルド族とか、そういう小さい話じゃなくてさ、  
もっと大きな……世界全体が……危険な状態に陥りかねないっていうか……」  
 はっきり言えないのがもどかしい。だがこれはぼくの本音だし、未来の『副官』自身が漏らして  
いたことでもある。  
 しばらくの沈黙をはさんで、『副官』が新たな問いを発した。  
「で、あんた、ナボールの姐さんとはどういう関わりなんだい?」  
 これも答えにくい質問。七年後ならともかく、いまの『副官』に使命の詳細を告げるわけには  
いかない。  
「会ったことはないんだ。でも、ある所で、ナボールもぼくと同じことを考えているらしいって  
聞いて……それで、どうしたらいいのか相談しようと思って、ぼくはここまで来たんだよ」  
 虚実を取り混ぜ──その虚の部分もあながち虚ではないのだったが──リンクは精いっぱいの  
返答をした。  
 再度の沈黙ののち、目に真剣な色合いを溜め、『副官』は言った。  
「いいだろう。会わせてやる」  
「ほんと?」  
 リンクの胸に曙光が差した。  
「ああ。ガキのくせしてあんたの話は大仰だし、内容もはっきりしないが、わからないでもない。  
確かに姐さんも似たようなことを考えてるふしがある。ただし──」  
『副官』は続けていた言葉を切り、横に視線をやった。  
「まだ仕事が終わってないんだ。ちょいと待ってな」  
 視線の先に一頭の牛がいた。『副官』は立ち上がり、牛の体表を濡れた布で拭き始めた。  
 岸に上がった時から、牛がいるのには気づいていた。が、どうしてここに牛がいるのか  
わからなかった。訊ねると、砦で飼われている牛の世話をするのが『副官』の仕事で、毎日  
この川岸へ身体を洗いに来るのだ、という。七年後の砦には牛などいなかった。移住前のいまは、  
砦の生活も変化に富んでいるようだ。  
「ゲルド族といえば馬と思っていたけれど、牛もいたんだね」  
 微笑ましい気持ちで言うリンクに、『副官』は自嘲めいた応答をした。  
「馬の世話ができりゃ、あたしも嬉しいんだけどね。下っ端は馬なんか、なかなか触らせて  
もらえないのさ」  
 七年後には集団のリーダーとなる『副官』が、いまは一介の下働きなのだ。  
 その運命の数奇さに深い感慨を抱きながら、リンクは『副官』の作業を見守った。待つ時間は  
「ちょいと」どころではなく長かったが、服を乾かすには好都合だった。  
 リーダーという責任がないせいか、『副官』の態度は七年後よりもさらに開放的で、仕事の手を  
休めないまま、とりとめもない話題を次々と口にした。それらの多くは、さっきのような、  
下っ端としての愚痴であり、リンクという相手がいるのをいいことに、ふだん仲間の前では  
できない鬱憤晴らしをしている感があった。しかし、中にはけっこう重要な話題も混ざっていた。  
『副官』は戦闘に出ないのか、と訊いたところ、砦のゲルド族は戦闘を予定していない、という  
答が返ってきた。これは『副官』も失言と思ったか、すぐに話題を変えたのだが、それで  
リンクには砦の内情が推測できた。  
 ハイラル城を目指して主力軍が出発したあと、砦には大した兵力が残っていないのだろう。  
防衛するのがせいぜいで、攻勢には出られないと見える。王国軍の背後が平穏なのは、そのため  
だったのだ。  
 リンクは巨大邪神像についても訊ねてみた。いずれナボールが、そして自分が赴くことになる  
場所の現状を知っておきたかったからである。が、『副官』は答を持たなかった。巨大邪神像など  
興味の域外といった感じで、なぜそんなことを知りたいのか、と逆に質問してきた。神殿の意義を  
語れないリンクは、  
「ナボールやぼくにとって、そこは重要な所なんだ」  
 と、曖昧な答を返すにとどめた。  
 
「ついて来な」  
 仕事を終えた『副官』はリンクにそう言い、牛を牽いて、川岸から谷の上へと続く、つづら折りの  
道を上り始めた。リンクはあとに従った。  
 道は途中で二手に分かれていた。一方は吊り橋の方へ、もう一方は上流の滝の方へと続いている  
ようだった。道が分かれた所に小屋があり、その前でゲルド女が三人、立ち話をしていた。  
リンクは緊張したが、『副官』が歩みを止めないので、そのままついて行った。  
「そいつは誰だ?」  
 女の一人がリンクを見咎め、鋭く呼びかけてきた。立ち止まった『副官』が、  
「ああ、こいつは──」  
 と言いかけたところへ、別の一人が荒っぽい声をかぶせた。  
「さっき橋から落っこちたガキじゃないのか? 見張りが言ってたぞ。王国軍の密偵だとか」  
『副官』がぎょっとした顔でふり向き、リンクを凝視した。リンクは急いで首を横に振った。  
信じてくれたようで、『副官』は再び女たちに向き直り、  
「そうじゃないんだ。実はこいつはナボールの姐さんに──」  
 と説得を始めたが、それは完全に無視された。  
「下っ端は黙ってろ!」  
「そんな怪しげな奴を連れこむな!」  
「そうだ! 殺っちまえ!」  
 三人が三人、抜刀して迫ってきた。リンクは迷った。  
 頭に血が上っている。説得は無理だ。戦うか? そうはしたくない。こいつらを倒せたところで、  
あとがややこしくなるだけだ。『副官』の立場も微妙にしてしまう。敢えて捕まった方がいいか?  
いや、捕まえるなどと悠長なことをこいつらは考えていない。ぼくを殺すことしか考えていない。  
戦わざるを得ない。だが狭い山道。ここでは応戦できない。いったん退くしかない!  
 瞬時に思考をめぐらせ、リンクは回れ右をし、『副官』を残して道を駆け下りた。追いすがる  
足音を背後に聞きつつ、川岸に着く。水際に達したところでふり返る。三人が追いついてきた。  
リンクは剣を抜いた。ただし本気で立ちまわりをする気はなかった。  
 左手に剣を持ち、右手を懐に忍ばせる。  
 デクの実。これでこいつらを一時的に足止めしておき、あとは『副官』とともに砦へ走って──  
 目つぶしの効果は近距離でないと期待できない。リンクは相手が近づくのを待った。近づいて  
くれなかった。懐に入れた手を怪しむのか、三人は刀を使おうとはせず、代わりに弓を取り出した。  
『まずい!』  
 矢が飛んでくる。横っ飛びでかわす。かわしたところへ次の矢が来る。かする。よろける。  
また矢が来る。かわせない。これはかわせない! このままでは──!  
 リンクは川に身を投げた。  
 
 目をあけると、みずうみ博士の顔があった。身体はベッドに横たわっていた。  
 矢を避けるためゲルドの谷でゾーラ川に飛びこんだのはいいが、渓谷を走り下る激流に行動の  
自由を奪われてしまい、半死半生となってハイリア湖に流れ着いたのを、博士に助けられたのだった。  
聞けば、まる二日も意識を失っていたのだという。  
 リンクは礼を言い、手短に事情を語った。博士は驚きの表情で聞いていたが、話が終わると、  
例の飄々とした口調で、面白げに評を述べた。  
「その歳でゲルド族とやり合うとは、何とも勇ましいことじゃわい。それも使命のうちなんじゃろうが、  
ルト姫を寄生虫から守った一件といい、お前さん、まるで勇者といった奮闘ぶりじゃの」  
 思わず苦笑するリンクだった。  
 
 三日後、リンクは湖研究所をあとにした。体力は回復しきっていなかったが、のんびりとしては  
いられなかった。  
 さらに四日ののち、リンクは再び平原西端の町に入った。町の雰囲気は、前にも増して混迷の  
度を深めていた。ハイラル城下のゲルド族が、いよいよ決戦に打って出ようとしている、との噂が  
しきりだった。リンクは王国軍の司令部を訪れ、その噂が真実であると知った。  
 建て前上の任務とはいえ、ゲルドの谷方面の敵情は伝えておかねばならなかった。リンクは  
『副官』との会話から察した内容を報告した。ゲルドの砦の兵力は少なく、向こうから攻撃を  
しかけてくることはないだろう、との情報は、王国軍を安堵させた。その分、城下町から  
攻め寄せる敵勢に集中できるからだった。  
 一方でリンクは、砦の防御はしっかりしている、とつけ加えることも忘れなかった。王国軍が  
砦を攻撃しないように、との配慮である。敵ではあっても、ナボールや『副官』を危地に落とす  
わけにはいかなかった。  
『副官』はぼくを信じてくれたのに、その『副官』から得た情報を、ぼくは王国軍に知らせて  
しまった。騙すつもりはなかったのだが、せめて埋め合わせの一部にでもなれば──  
 そんな思いも、リンクにはあった。  
 
 この先の行動をどうするかにつき、リンクは熟慮に熟慮を重ねた。今回の旅はトラブル続きで、  
予想以上の日数を費やしてしまい、時間的余裕がなくなってきている。その点を踏まえなければ  
ならなかった。  
 できればもう一度ゲルドの砦を目指したい。せっかく『副官』に渡りをつけられたのだ。  
ナボールと会うには絶好の機会。  
 しかし問題はある。見てきたように、先方の警戒は厳重だ。再度の挑戦が実を結ぶかどうかは  
心許ない。  
 加えて、王国軍とゲルド族との決戦の行方が、状況を大きく左右する。仮に決戦が──自分の  
提供したガノンドロフ情報が役立って──王国軍の勝利に終われば、後顧の憂いなくナボールとの  
接触に専念できる。けれども反対にゲルド族が勝利してしまえば、背後を絶たれて立ち往生という  
ことになってしまう。  
 この町にとどまって決戦の結果を見極めてから動けばいいのでは、とも考えてみる。王国軍が  
勝てば、すべての活動が容易になるのだ。だがこの案は採用できない。逆の場合、この地の安全が  
失われるばかりでなく、別方面にも影響が及ぶ。  
 カカリコ村だ。  
 決戦に勝ったゲルド族は、とって返して東に向かうことになる。インパに会うのはカカリコ村  
攻防戦が始まる前でなければならないが、その時点でここを発ってカカリコ村に向かうのでは  
遅きに過ぎる。いや、いますぐにでも出発しないと間に合わないかもしれない。  
 リンクはゲルドの砦への接近を断念し、カカリコ村へ戻ると決めた。ナボールや『副官』の  
去就が気にかかったが、それについては後日の機会を改めて待つ、とせざるを得なかった。  
 
 帰りの行程は往路以上に時間を要した。決戦の舞台となる地域を避けるため、ハイラル平原の  
南方を大きく迂回する必要があったからである。のみならず、戦乱の噂が各地に混乱を波及させて  
おり、錯綜する人馬の往来がしばしば前途を妨げた。食料の入手も困難になっていた。さらに、  
連日の強行軍でリンクは疲労困憊し、一日あたりに進める距離が、徐々に短くなっていった。  
 二十日近くをかけ、リンクはようやく、カカリコ村まであと少しという地点までたどり着いた。  
そこには比較的人口の多い村があり、世間のさまざまな情報が飛び交っていた。ハイラル平原  
西方の決戦についても、すでに結果が伝わっていた。  
 王国軍は敗北していた。  
 暗澹とした気分に襲われるリンクだったが、情報は意外な事実をも知らせていた。戦いに  
勝利したゲルド族は、いったんハイラル城下町に帰還し、カカリコ村攻撃の準備に着手したのだが、  
つい先日、それとは反対の西に向け、再び全軍が出発した──というのが、その内容だった。  
敗戦によっても西方の王国軍は全滅に至らず、なお残存勢力が抵抗を続けているらしい。  
ささやかな変化ではあるものの、これは自分が王国軍に知識を与えたことによる歴史改変の現れ  
なのかもしれない、と、リンクはおのれを慰めた。  
 これでカカリコ村には余裕ができた。いまから村に行けば、もう帰還しているはずのインパと、  
じっくり話ができる。  
 そのように動こうとしたところで、リンクの頭に別の考えが浮かんだ。  
 全軍が出払った城下町。留守居の部隊はいるだろうが、数は少ないのではないか。反乱勃発後には  
至難と思われていた城下町への潜入が、いまは容易なのではないか。時の神殿に赴くことが  
できるのではないか。いったん未来へ帰ることができるのではないか。ルトとダルニアの運命を  
確かめることができるのではないか。  
 この町は城下町にも近い。ここで未来との間を往復しても、大して日数はかからない。  
カカリコ村訪問への時間的影響はないに等しい。  
 疲れた心身を奮起させ、リンクは城下町へと進路をとった。  
 
 城下町の正門には、さすがに守備の一隊が詰めていた。が、王家の別荘へ続く西の門に人影は  
なく、リンクはそこから城壁内に入った。期待したとおり、城下のゲルド族は少数で、日中の  
こととて充分な注意は要ったものの、リンクは誰にも見つかることなく、時の神殿に到達できた。  
略奪を受けた町の惨状にリンクは心を痛めたが、潜入の成功による喜びが、それを打ち消して  
余りあった。  
 マスターソードの再出現を知られたら、時の神殿は見張られる──というシークの言を、  
リンクは覚えていた。しかし──現状ではそこまで手がまわらないのか──神殿の入口に見張りは  
おらず、リンクは簡単に中へと歩を進められた。  
 吹き抜けの部屋も無人で、奥の石板に填めこまれた三つの精霊石が、天窓から差す日の光を受け、  
緑、赤、そして青と、美しくも厳粛な輝きを放っているばかりだった。七年後の世界では、神殿に  
いるのが夜間であることが多く、気づかなかったのだが、石板には、かつては見られなかった  
多数の傷がついていた。ゲルド族が精霊石を剥がし奪おうとした痕跡と思われた。貪欲な執着にも  
負けず、精霊石は石板との接触を固く保っており、その神秘的な不可思議さを、リンクは改めて  
印象づけられた。  
 続けて『時の扉』に近づき、リンクは奥の部屋へと目をやった。どきりとした。足が止まった。  
 剣の間の中を、武装した一人のゲルド女が、ぶらぶらと歩いていた。  
 やはり見張りはいたのだ。  
 リンクは開いた『時の扉』の陰に隠れ、女の様子を観察した。歩いたり、立ち止まったり、  
はたまた床にすわりこんだり、と、いかにも手持ち無沙汰という感じだ。いつ現れるとも  
わからない、いや、現れるかどうかもわからない人物──その人物は、いままさに現れて  
いるのだが──を待っていなければならないのだ。退屈するのも無理はない。  
 女が台座に近づいた。マスターソードに目を注いでいる。手を伸ばす。触れかけたところで、  
ためらうように手を引く。間をおいて、また手を伸ばす。今度は止まらず、手の先が、柄に触れる──  
「ひゃッ!」  
 悲鳴があがり、女の手が感電したかのごとく弾き飛んだ。怯えのうかがえる表情でマスターソードを  
見ていた女は、やがて、ぷいと目をそらし、ぶらぶら歩きに戻った。  
 興味本位の行為だろうが、勇者の資格のない者がマスターソードに触れようとすると、ああいう  
ことになるのだ。これなら奪われる心配はあるまい。  
 それはいいとして──と、リンクは思案する。  
 マスターソードの所まで行けるだろうか。台座は部屋の真ん中にある。どんなにこっそり  
近づいたとしても、女の目は避けられない。けれども女は油断しきっているから、全力で  
突進すれば、機先を制してマスターソードを抜くことはできるだろう……  
『いや、待て』  
 無鉄砲ゆえの失敗を繰り返してはならない。もっと先のことを考えろ。  
 この過去の世界でなすべきことは終わっていない。無事に未来へ帰っても、また戻って  
こなくてはならないのだ。ここで女に姿を見られてしまったら、戻ってくる頃には──それは、  
一、二時間というわずかののちだ──大騒ぎになっているに違いない。人数も増えているはず。  
神殿を逃れ出るのが難しくなる。  
 逃れられたとしても、あとが問題だ。マスターソードを抜き放てるのはぼくだけなのだから、  
緑の服の少年といった抽象的人物ではない、他ならぬ「リンク」の存在を、ガノンドロフは確実に  
知ってしまう。  
 さらなる問題。なすべきことを終えたら、ぼくはもう一度ここへ来なければならない。  
その時には厳戒態勢となっているだろう。神殿に近づくことすら不可能かもしれない。  
 いま未来への帰還を強行するのは愚かである──とリンクは結論した。  
 帰還の機会は一度きりだ。前に考えたとおり、なすべきことは全部すませてからでないと、  
未来へは帰れない。  
 とはいえ、帰還を先に延ばすうち、出撃しているゲルド族が城下町に戻ったら、神殿を  
訪れるのは、やはりたいへんな難行となる。  
 どうすればいいか。  
 熟考の末、リンクは一つの案を得た。そして、その場で処置をした。  
 
 リンクはハイラル城へ向かう道をたどった。この機会を使って、城門の先にいるという大妖精に  
会おうと思ったのだ。  
 城門の手前の曲がり角で、切り通しの崖に隠れ、様子をうかがう。城門には多数の見張りが  
立っている。そこを突破するのは無理だ。迂回しなければならない。  
 どこを?──と考えたリンクは、近くの崖の上から地面まで、太い植物の蔓が垂れ下がっている  
のを見いだした。力を入れて引っぱってみたところでは、相当の強度があると思われた。リンクは  
蔓に手足をかけ、上へと身を登らせていった。期待したとおり、蔓は切れることなくリンクの  
行動に耐えた。  
 崖の上は意外に平坦だった。細い帯状の平面が、城門の脇をかすめ、その向こうまでずっと  
伸びている。見渡してみると、城門の前を除いて人の姿はほとんどなく、遠くに見える城の近辺に、  
豆粒のような影が散在している程度だった。それでも念のために──と、リンクは伏せの姿勢をとり、  
崖上の迂回路をそろそろと這い進んだ。  
 城門の横を過ぎ、しばらく行った所で、崖は尽きていた。続く緩やかな傾斜を下り、道に  
降り立つ。城門からは死角になっており、見つかるおそれはなかった。  
 道は城へと続いていたが、それとは別に分かれ道があり、奥は行き止まりになっている  
ようだった。ただの行き止まりではあるまい、と予想し、リンクは分かれ道の先へ足を運んだ。  
道の終端は大きな岩で、予想に違わず、地面と接する所に穴が開口していた。穴は小さく、  
入るには腹這いとならなければならなかった。窮屈な環境を我慢し、リンクは再度、匍匐前進を  
行った。  
 やがて穴は広くなり、立ち上がることが可能となった。そこで起こったことは、以前の  
繰り返しである。同じ泉から、同じ方法で、同じ姿の大妖精が出現し──「魔法の大妖精」という  
名前までが第二の大妖精と同じだったが、やはり態度は初対面の人間に対するそれだった──  
同じ要求を突きつけてきた。リンクがとった行動も同じだった。下腹部に跨って胸を弄び、股間に  
うずくまって口を使い、左腕を膣に挿入して躍動させた。大妖精は悶え狂いながらも、いっそう  
強い耐久力を発揮し、到達させるまでには前に倍する時間を要した。ただでさえ疲れの溜まって  
いたリンクは、事が終わった時には体力を使い切り、まともに立っていられないほどの状態と  
なっていた。  
 絶頂から醒めた大妖精は、新たな魔法を授けてくれた。『フロルの風』と同じく、発動させるには  
意志をもって名称を唱えればよい、というこの魔法を、大妖精は『ディンの炎』と呼び、身体の  
周囲に烈火を生じさせ、着火はもちろんのこと、攻撃にも防御にも使えるものだ、と解説した。  
次いで、これも『フロルの風』と同様、使用できるのは一回のみであることを強調した。  
 
 大妖精の説明を、リンクは必死で頭に刻んだ。が、疲労に苛まれる身体はふらつき、ともすれば  
意識は飛散しかけた。そうしたありさまを大妖精も認知したようで、  
「たいへんそうね」  
 と優しげに声をかけてきた。  
「いつも満足させてもらっているから、今度は私があなたの疲れを癒してあげる」  
 台詞に違和感を覚えたが、それを脳内で追求する前に、次の言葉が送られてきた。  
「服を脱ぎなさい」  
 意図がつかめず、リンクは大妖精の顔に見入った。深い慈愛の色が、そこにはまざまざと  
現れていた。正視が困難と感じられるくらい独特であった表情が、いまは見るのに全く抵抗を  
生じさせない。心の抵抗もが消え失せてしまい、リンクは諾々と言葉に従った。  
 裸の身体が、やはり裸の大妖精に抱え上げられ、下腹に置かれる。手が背にまわり、抱き寄せられる。  
さっき胸に奉仕した時と同じ体勢だが、二人の身体の正面が素肌と素肌で合わさっている点が異なる。  
 大妖精の肌。これまで触れた、どの女性の肌とも違っていて。  
 柔らかさ? 滑らかさ? 張り? 鮮度? 温度? 粘度? 産毛の具合?  
 どれもが違っているようで、けれども、何が違っているのか、うまく表現できない。ただ  
確かなのは、この触れ合いがぼくにもたらす感覚と感情。恍惚と感謝、安寧と雄志、そして  
それらすべてが混淆した新生の気。  
 こんな経験を、ぼくはいまだかつてしたことがない。今後も経験できるかどうか。  
『そういえば……』  
 先に会った二人の大妖精は、大人になったらまた来い、と言っていた。この大妖精は……  
 問うてみる。  
「大人になったら、ぼくは、もう一度、ここに来ることになる?」  
「ええ」  
 大妖精は短く答え、ややあって、謎めいた言を続けた。  
「でも、すぐには会えないわ。あなたが資格を得て……そう……最後の戦いに臨んだら、また  
いらっしゃい」  
 どういう意味か、といぶかる思いも、朦朧とする意識の陰に隠れ去り、リンクは眠りへと  
沈んでいった。  
 
 目覚めた時、リンクの身体は浅い水に浸され、泉の中に横たわっていた。大妖精の姿はすでに  
なかった。  
 立ち上がって、気がついた。  
 あれほど蓄積されていた肉体の疲労が、完全に消え去っていた。のみならず、止めようとしても  
止められない、わくわくするような勇躍感が、全身を駆けめぐっていた。  
 これが癒しの効果なのか──と感嘆しつつ、眠り際に大妖精が残した言葉を、リンクは  
思い起こした。  
 最後の戦い。  
 いつになるかは、まだわからない。しかし、何と戦うことになるのかは、はっきりしている。  
その時、その場に至るまで、ぼくは、まっすぐに、進んでゆこう。  
 決意を新たにし、おのれの根幹をなす所懐を、リンクは改めて心に響かせた。  
 勇気をもって──と。  
 
 
To be continued.  
 
 

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