カカリコ村全体と、その近隣を俯瞰できる火の見櫓の上に立って、諸般の状況を観察していた  
インパは、真昼という刻にも似合わない薄暗さを、いまさらながらに感じ取り、ふと、天を  
ふり仰いだ。  
『今日も空は晴れないか……』  
 言いようのない憂鬱感が、胸に湧き上がる。  
 ゲルド族の反乱が起こってから、少しずつ天候が不順になってきている気がする。最近では  
晴れの日が減り、このように厚い雲が空を埋めつくすことが多くなった。まるで世界の前途を  
暗示するかのように……  
『何を馬鹿な』  
 インパは首を振った。  
 いま弱気になってどうする。未来が定まったわけではない。これからの自分たちの行動こそが、  
世界の行く末を決めるのだ。  
「インパ殿!」  
 下から呼ぶ声がした。目をやると、守備隊長が手を振りながら、笑みを浮かべてこちらを  
見上げていた。  
「お邪魔してよろしいですかな」  
 インパの手招きに応じ、隊長は初老という年齢に似合わぬ素早さで梯子を登り始め、数秒後には  
インパの横に身を置いていた。  
「西方の状況がわかったか?」  
 インパの問いに、隊長は厳しい表情となり、真剣な声音で答えた。  
「詳しい内容ではありませんが……ゲルド族との初戦には敗れたものの、ハイラル平原西方の  
王国軍は、なお勢いを保っているようです。近いうち、再び衝突することになるでしょう」  
「健闘しているな」  
 呟きつつ、インパは西に目を向けた。遠く離れた戦場が見えるわけもない。それでも、王国の  
運命を背負って戦う友軍へ、励ましの念を送らずにはいられなかった。  
「ただ……戦闘時に示されたガノンドロフの魔力は、やはり相当のものだったと言います。楽観は  
できません」  
 隊長はあくまで冷静だった。インパは深い頷きを返し、心に緊張を満たした。  
 西方の王国軍が最終的に勝利できるかどうかは、心許ないと言わざるを得ない。いずれは  
カカリコ村も戦闘に直面する。そう考えておかなければ……  
「ですが──」  
 顔に笑みを戻した隊長が、眼下に広がる村を見渡しながら、明るい声で言い始めた。  
「時間の余裕はできました。城下町に戻ったゲルド族が村へ攻め寄せてくる、と聞いた時は、  
まだこちらも準備不足で、正直、肝を冷やしたものですが、今後、奴らが西に注力している間に、  
態勢を万全とすることができます。早いうちからゴロン族やゾーラ族と共闘を組んでおいたのが  
幸いしましたな」  
 
 そのとおり──と、インパは再び頷いた。  
 インパがカカリコ村に来た時点で、すでに両部族との共闘作戦は実行に移されていた。同じ策を  
胸に秘めていたインパにとっては嬉しい誤算だった。その後も作戦は順調に進み、ゴロン族は  
ゴロン刀や爆弾といった武器を、ゾーラ族は食料を含む生活物資を、後方支援としてカカリコ村に  
提供する、との合意がなされたほか、いまでは戦闘時における各々の具体的な行動指針までが、  
詳細に至るまで検討ずみだった。  
 誰が三者共闘を提案したのか──と、インパは隊長に訊ねたことがあった。この件を知らせて  
くれた大工の親方によると、そもそもはどこかの少年が言い出した話らしい──というのが隊長の  
答だった。隊長は少年の身元を知らず、多忙であったインパも、それ以上は追求しなかったのだが、  
その少年の先見の明が、インパには大きな印象として残っていた。  
 少年といえば──と、インパは別件へ思考を振った。  
 ゲルド族がカカリコ村へ進撃する準備を調えた、との情報を得た日の夜、「お前は生き延びるのだ」  
と諭して、私はシークを村から送り出した。ところが結果的に情報は誤りであり、シークが急いで  
旅立たなければならない理由はなくなってしまったわけだ。  
 シークが南の荒野へ向かったことはわかっている。二人で話し合ってそう決めたのだ。これから  
でも迎えをやって、村に呼び戻すか……  
『いや』  
 インパはおのれを抑えた。  
 迎えに割ける人員の余裕などない。それにこの先、村はいつ危険に陥るかわからないのだ。  
ここで呼び戻しても、いずれまた、一人で生きてゆかねばならない時が来る。ならば、いまの  
ままとて同じこと。  
「インパ様!」  
 また下方で呼び声がした。今度こちらを見上げていたのは、一人の兵士だった。  
「どうした?」  
「インパ様に会いたいという者が、村の入口まで来ております」  
「誰だ?」  
「わかりません。小さな男の子です」  
『男の子?』  
 一瞬、シークが帰ってきたのか、との思いが湧いたが、インパは即座にそれを否定した。  
 シークなら村の誰もが顔を知っている。また、当面は戻ってくるなと言い聞かせたシークが、  
いまここに現れるとも思えない。  
 誰なのか?  
 疑問を胸にくすぶらせつつ、隊長をその場に残し、インパは火の見櫓を降りていった。  
 
 城下町をあとにし、本来なら二日の行程を一日半に縮めてカカリコ村に到着したリンクは、  
その変貌ぶりに驚いた。  
 村の前面には堅固な防御陣地が築かれており、なおも規模を大にと盛んな工事が行われていた。  
村への出入りは厳しく制限されているようで、陣地の門に近づいたリンクは、多くの兵士に  
取り囲まれ、素性や訪問の目的をしつこく問い質された。インパに会いたいと繰り返すしかない  
リンクを、兵士らはなかなか信じようとしなかったが、今回は忘れず呈示したゼルダの手紙の  
効力により、一人の兵士が村へ伝達に赴くところまで、やがて事態は行き着いた。  
 ほどなく姿を現したインパは、リンクを見て驚愕に打たれた形相となった。ぽかんとあいた  
口からは、何の言葉も出てこなかった。  
 しばらくののち、インパは驚きを表情から去らせ、リンクの身元を保証して、兵士たちの追求を  
退けた。次いで、一緒に来い、というふうに顎をしゃくり、背を向けて歩き始めた。いかにも  
落ち着いて見える行動だったが、村へと続く石段を登るインパの足取りは、焦りを感じさせる  
ほどに速く、またリンクに話しかけようともしない態度が、内心の動揺を映し出していると  
察せられた。  
 村に入ったリンクは、場の雰囲気が、入口の所と同じく、すっかり変わっているのに気づいた。  
心和む平穏さが失われている点は先日と同様であるものの、難民の到来による混乱は完全に  
払拭されており、戦いを控えた緊迫感の中にも、共通の目標に向けて団結する人々の強い意志が、  
活発なその動き、その声に、はっきりと現れているのだった。  
 インパの指導力がもたらした成果なのだろう──と感心するリンクだったが、インパはリンクの  
思いなど気づきもしない様子で、一軒の家にすたすたと歩みを寄せた。リンクは急いであとに続いた。  
 インパの自宅らしきその家の、居間に置かれたテーブルをはさみ、二人は向かい合って椅子に  
腰かけた。そこで初めてインパは表情を崩し、本音ととれる台詞を口にした。  
「ここでお前に会うとは思いもしなかったぞ」  
 話したいことは山ほどあるが、戸外では他人の目を憚っていた──とでも言いたげな感じだった。  
 確かに、人目を憚らなければならないだけの重要な話を、これからぼくたちはするわけだ。  
 リンクの予想に違わず、インパはいきなり核心を突いてきた。  
「なぜお前はここにいる? お前は時の神殿でマスターソードを抜いたはずだが、それから  
いままでどうしていたのだ?」  
 インパがこの出会いを不審に思うのは当然だ。他の人々とは異なり、インパはぼくが光の神殿に  
封印されたことを知っているのだから。ただそれゆえに、ぼくはすべてを語ることができる。  
 
 七年間の封印、未来での活動、そして時を越える旅の件をも含め、リンクは冒険の概略を述べた。  
先ほどリンクを見た時以上の驚きを表して、インパは話を聞いていた。そのインパの驚きが最も  
あらわとなったのは、自分自身が賢者だと知った時である。  
「まさか、この私が……賢者だったとは……」  
 笑いを漏らすインパだったが、それは、あまりにも数奇な自らの運命を笑うしかない、という、  
茫然とした虚ろな感情をうかがわせるものだった。  
 しかし一時の驚きが過ぎると、インパはいつもの実際的な態度を取り戻した。賢者として  
覚醒してしまったら現実世界には戻れなくなる、との指摘にも、インパは全く動揺を示さなかった。  
「ハイラル王家を守護するシーカー族である私だ。このハイラルを、そしてゼルダ様を守ることが  
できるのなら、現実世界との縁を絶たれようが、何の痛痒も感じない」  
 信じがたいほど強い意志──と、崇敬にも近い思いで、リンクはインパを見つめた。が、その  
意志にも限りがあると告白するかのごとく、そこでインパは目を伏せ、気遣わしげな面持ちとなった。  
「賢者に関する情報をシークに伝えられれば、使命の遂行が、ずっと容易になるのだが……」  
 聞けば、シークはリンクと入れ違いの形で、先日カカリコ村を発ち、南の荒野へ向かったのだ  
という。過去の世界では会わない方がいい、というシークの言に、図らずも従ったことになる。  
「まあいい。いずれ知らせる手段は講じよう。いまは修行に専念させるべきだな。なにしろ──」  
 再び意志を感じさせる口調で呟いたインパは、リンクに目を向け、穏やかに微笑した。  
「お前の話では、その修行こそが未来のシークを成り立たせているようだから」  
 この話題に先立って、リンクはすでに、七年後もシークは健在である、とインパに告げていたが、  
ここでまた、シークが七年の間、いかに大きな働きをしたか、出会いののち、どれほど自分を  
助けてくれたかを、熱心に語った。  
「そうか」  
 言葉はそれきりであったものの、インパの顔を彩る微笑は、シークへの深い思いと、その活動に  
対する大きな満足を表出している、と、リンクは確信した。  
 そんな一場を経て、インパは、またも実際的な態度になった。  
「ところで、どうやって私が賢者として目覚めるか、という点について──」  
 その時まで、覚醒の条件を詳しく話していなかったリンクは、インパの言葉に身を固くした。  
「何より問題となるのは、闇の神殿のありかだな」  
 リンクは頷いた。  
「自分の故郷に神殿があると知らなかったのは、我ながら迂闊と言わねばならんが、そのあたり、  
お前は何か手がかりを持っているのか?」  
 王家の墓と井戸の件を、リンクは簡潔に説明した。  
「なるほど。王家の墓の探索が行き詰まったのなら、井戸の方を調べてみるか」  
 理解は早く、聞き終わるやいなや、インパは立ち上がった。  
「行こう」  
 
 風車小屋への道をたどりながら、インパは感慨をこめて、先を行くリンクの後ろ姿に見入った。  
 小さな体格が、やけに大きく感じられる。ハイラル城で会った時は、意気込みは立派でも実力の  
伴わない、未熟な子供であったのに、時を越えての冒険の数々が、見かけ以上の成長をもたらして  
いるのだ。さすがはマスターソードを手にする資格を持った「勇者」と言えよう。  
 ゴロン族とゾーラ族を共闘に引き入れたのがリンクであることも、さっき聞かされた。真相を  
知ってしまえば、未来の現実を過去に適用させただけ、と片づけられる。とはいえ、それを  
思いつき、実行に移し、そして実際に成し遂げた、リンクの意志と行動力は、やはり並大抵の  
ものではない。  
 だが──とインパは首をかしげる。  
 剣の腕はどうなのだろう。以前、立ち合った際は、まるで話にならなかったが……  
 気配を殺して剣を抜き、リンクの背後に近寄る。上段に構える。  
 頭めがけて振り下ろす!  
 刹那、リンクは敏捷に身体をふり向かせ、同時に背の鞘から抜き放った剣を眼前に構えて、  
殺到する攻撃を受け止めた。剣と剣との衝突音が、きん!──とあたりに響き渡った。  
「よく気配を読んだな」  
 莞爾と笑みつつ剣を引き、インパは言った。リンクも剣を背に戻し、笑みとともに答を返してきた。  
「剣が抜かれるのには気づきませんでした。斬りかかってこられて初めて気配を感じたんです。  
ぎりぎりでした」  
「それだけでも大したものだ。しかし、いまのは私が手加減していたから受け止められたのだぞ。  
実戦だったらお前の頭は真っ二つになっていた」  
「わかってます」  
 リンクが笑みを大きくした。  
「ぼくを試したんでしょう? 後ろから斬ってくるのはあなたしかいない。手加減してくれると  
承知していたんで、剣を出したんです」  
「ほう、では実戦ならどうしていた?」  
「回避。相手の意図や力量がわからないうちは、むやみに応じたりしません」  
 しばし黙してリンクの顔を眺めたあと、インパは静かに評を下した。  
「腕を上げたな」  
 リンクが照れたような表情となって頭を下げる。  
「ありがとうございます」  
 そこへ声をかぶせる。  
「『ございます』は要らん」  
「え?」  
 面を上げ、不思議そうな視線を送ってくるリンクに、念を押す。  
「敬語は使わんでもいい、と言ったのだ」  
 反応を待たず、インパは風車小屋への歩みに戻った。  
 
 礼儀作法に疎い──というより、頓着したくないリンクが、敬語を用いて話す相手は、ごく  
限られた数に過ぎなかった。インパは、そのわずかな対象のうちの一人であり、それはインパが  
リンクにとって、剣の師匠と呼びうる人物だったからである。  
 そんなインパが、敬語は不要と自ら言い出すとは……  
 リンクは立ちつくしていた。初めはつかめなかったインパの真意が、じわじわと胸に染みとおってきた。  
『ぼくを対等と認めてくれたんだ』  
 歩み行くインパの背に向けて再び礼を送ったのち、リンクは小走りにあとを追った。  
 
 井戸を涸れさせてしまってよいものかどうか、リンクには懸念が残っていたが、インパは意に  
介さなかった。  
「村に必要な水は、ゾーラ川からの分水で賄える。それにお前の話だと、井戸が涸れるといっても  
一時的な現象のようだから」  
 リンクは意を強くし、風車小屋の扉を叩いた。すぐ開かれた扉の向こうには、あの手回し  
オルガンの男が立っていた。久しぶり──と思わず言いかけたリンクは、あわてて言葉を呑みこんだ。  
 ぼくたちが話をしたのは七年後。いまの彼にとって、ぼくは──城下町での事故の折りには  
こちらの存在を意識していなかっただろうから──初対面と言っていい相手なのだ。  
 インパが男に話しかける。  
「突然ですまないが、この子がこれから演奏する曲を聴いてやってくれ」  
 いぶかしげな顔をする男の前で、リンクは『時のオカリナ』を取り出し、『嵐の歌』を奏でた。  
奏でながら、リンクの頭は解決のない疑問に浸された。  
 いま、ぼくは彼にこの曲を聴かせている。ところが、ぼくにこの曲を教えたのは七年後の彼なのだ。  
とすると、この曲を作ったのは、いったい誰ということになるのだろう……  
 思ううちに、気象が急変し始めた。曇っていた空がみるみる暗みを増し、雷鳴とともに、どっと  
雨を落としてきた。突風が吹き荒れ、風車は勢いよく回転を速めた。  
 数分も経たない間に天候は回復した。しかしリンクはそのあとも、雷鳴とは異なる重々しい音が、  
地の底から腹に響いてくるのを感じていた。  
「来てみろ」  
 井戸に歩み寄ったインパが手招きをした。リンクも井戸に近づき、中を見下ろした。  
 水面がぐんぐん下降していた。  
 インパと微笑みを交わし合ったのち、茫然と大口をあけたままの男に向き直って、リンクは  
未来の自分への情報中継を託した。  
「このメロディをよく覚えておいて」  
 
 水が失われるのを待って、リンクとインパは探検に取りかかった。すでに準備はしてあった。  
井戸の縁から垂らした縄梯子を伝い、二人は慎重に身を下ろしていった。  
 底部に着くと、側面に開いた横穴が目を引いた。  
「ここから井戸に水が供給されていたようだな。いまはこの先のどこかで水流が絶たれているのだ」  
 インパの言に、リンクも同意した。  
 二人はカンテラを手にして、墓地の方向へとまっすぐに伸びる、その横穴に入った。断面積は  
比較的大きく、リンクが立って歩く分には支障なかった。身長のあるインパでも、少し背を  
かがめれば歩行は可能だった。  
 初めのうち、穴の上下左右の面は、いかにも天然のものと見える、ごつごつとした岩から  
なっていたが、しばらく行った所で、整然と積まれた石組みに変わり、人工の水道という様相が  
明らかとなった。  
 さらに進むと、側壁に三箇所の開口部が現れた。水道の先からちょろちょろと流れてくる水が、  
その開口部を通じて横にこぼれ落ちていた。  
 井戸の水は、そこから抜けていったらしい。  
 リンクは開口部の一つに立ち、カンテラを掲げて、奥の様子をうかがった。いまいる水道と  
平行する形で、それよりも一段低い所を、同じような細長い空間が伸びており、思ったとおり、  
そこには大量の水が溜まっていた。  
 突如、記憶がひらめいた。  
 墓地と風車小屋を結ぶ地下通路! ぼくが見ているのは、まさにそれだ!  
 地下通路にあった扉。水漏れをきたしていた扉。どうやっても開かなかった、あの三つの扉。  
仕掛けの詳細は不明だが、風車の回転に伴って扉が開き、井戸へ行くべき水が、地下通路へと  
流れこんでいるのだ。地下通路は、実は排水路だったのだ!  
 誰がこんなからくりを仕組んだのか、それは全くわからない。けれども、ここまで大がかりな  
ことをするからには、この水道の先には、相応の秘密が隠されているに違いない。  
 予感を抱きつつ、リンクはインパとともに、その秘密の正体へと、なおも肉薄していった。  
 
 やがて水道は広い空間に変貌した。それまでの一本道が左右に分岐し、石造りの柱や壁で  
構成されたその側面には、小部屋ともとれる窪みがいくつか見受けられ、単なる通路ではない、  
建物としての姿が、明白に現れていた。  
 予感を確信に変え、リンクはインパの前に立って、右側の道をたどって行った。が、道は四回  
左へと折れ、結局、元の分岐点に戻ってしまった。すなわち道は回廊であって、二人は正方形の  
四辺をぐるりと回ったに過ぎないのだった。最奥部に井戸の水源があるとわかったのが、唯一の  
発見だった。そこの壁に開いた四角い穴から水が噴出し、回廊の床に落ちて、二人がやってきた  
水道の方へと流れ去っていたのである。  
 分岐点に立ちつくし、リンクは混乱する思考をまとめようとした。  
 ここが闇の神殿──と確信したのだが、どうも違うようだ。王家の墓と同様、規模が小さすぎる。  
 しかしそうすると、いったいここはどういう場所なのだろう。単なる水源地にしては構造が  
複雑だ。まだどこかに秘密があるのだろうか。  
 いや、回廊の途中に分かれ道はなかった。探索すべき場所など、あるとは思えない。  
 待てよ。ないことはない。回廊が取り囲んでいる正方形の空間。何かあるとすれば、そこでは  
ないのか。  
 とはいえ、その空間への入口は存在しない。全周を壁で取り囲まれている……  
 リンクは湿った壁に近づき、手を伸ばした。押したくらいでどうなるものでもない、とは  
思ったものの、王家の墓の例もあるので、試してみずにはいられなかったのだ。  
 手の先が壁に触れた。そのはずだった。が、あるべき触感のないまま、手は壁にめりこんだ。  
「わッ!」  
 リンクは驚愕して手を引いた。  
「どうした?」  
 インパが寄ってくる。  
「この壁……」  
 呟きつつ、再度、手を前に出す。指先が消える。壁との接触面ですっぱりと切断されたような  
状態だ。かといって、痛くもかゆくもないのだが。  
 腕を突き出してみる。指全体が、手のひらが、手首が、前腕が、次々に消えてゆく。  
 インパが同様に腕を伸ばした。肘のあたりまでが見えなくなった。  
「これは……」  
 驚きを隠せず絶句していたインパだったが、すぐ平静な態度に戻り、つかつかと左右に歩みを  
やって、壁面を調べ始めた。  
「端の方には、確かに壁がある。ところが……」  
 角の所まで行ったインパが、壁に手を添わせながら、こちらへ歩いてくる。  
「ここには、壁がない」  
 そう、他の部分と全く見分けがつかないけれど、正方形の一辺の中央にあたるここだけ、  
あるはずの壁が、実は存在しない。逆に言えば、見えない抜け道が、ここにあるのだ。信じがたい  
ことだが、それが現実!  
「行ってみるか」  
 インパの言葉に頷きを返し、リンクは壁に顔を寄せた。見えてはいるが存在しない壁を、何の  
抵抗もなく、顔はすり抜けた。腕をもすり抜けさせ、カンテラで前方を照らす。  
 だだっ広い正方形の部屋が、そこにあった。  
 
 部屋の床は回廊よりも高く、水は流れこんでいなかった。乾いた石畳に濡れた足跡を残しながら、  
リンクはインパと並んで、そろそろと歩を進めた。  
 気配を探る。  
 何もいない。  
 インパの得た印象も同じであるようで、特定の何かに注意する素振りは示していない。  
 危険はなさそうだ──と判断し、少し緊張を緩めて、周囲を見まわす。目に入るのはカンテラの  
光が届く範囲だけだが、ほんとうに何もない部屋だ。天井を支える柱の一本もなく、床に置かれた  
物体の一つもない。  
 いや──  
「あそこに……」  
 インパがささやいた。リンクもそれに気づいたところだった。部屋の真ん中に、箱があった。  
森の神殿で『妖精の弓』を得た箱と、大きさや形がよく似ている。  
 ここでも何かを得られるのだろうか──と、期待半分、警戒半分で、箱に歩み寄る。インパの  
顔をうかがう。インパが無言で頷く。リンクは箱に手をかけた。  
 中に入っていたのは、箱の大きさに似合わない、小さな品物だった。容易に片手で持てる、  
手鏡のような形状のそれは、しかし紫色の丸い枠の中に、鏡ならぬ、赤色を帯びたレンズを  
填めこませていた。  
「何だろう……」  
 呟きつつ、意見を促すつもりで、インパに示す。さっぱりわからない、とでも言いたげに、  
難しい表情でその品を凝視していたインパが、突然、はっとした様子になった。  
「『まことの眼鏡』──だろうか」  
「『まことの眼鏡』?」  
 鸚鵡返しで訊ねるリンクに、インパはカカリコ村の言い伝えを語り始めた。  
 ──昔、カカリコ村に「真実を見る目」を持つ者が住んでいた。真実を見極めるには、心の目を  
鍛える他はない。だがその者は、『まことの眼鏡』という特別な道具を使っていたらしい。  
その者の住んでいた家は、いまでは地の底深く沈んでしまった──  
「ただの昔話と思っていたが……ここは確かに地の底だし、そいつの形からいっても、お前が  
手にしているのは、まさにその『まことの眼鏡』──と考えざるを得ないな」  
 そのとおりだとしても、疑問は残る。「真実を見る目」とはどういう意味だろう。これを通せば  
「真実」が見えるというのだろうか。  
 レンズを目に当てる。特に変化は生じない。試みにインパの姿を視野に入れてみるが、服が  
透けて見えるわけでもない……  
『何を考えてるんだ』  
 おのれの不埒な思いつきを叱り、どきまぎしながら視線をそらせる。その瞬間、リンクの脳に  
一つの発想が浮かんだ。  
 箱のそばを離れ、部屋の入口の前に立つ。裸眼では壁としか言いようのない、けれども確かに  
存在する見えない入口。それは『まことの眼鏡』を通すことによって──  
 見える!  
 壁の中央に穿たれた四角い穴。向こうに伸びる回廊。見えないものが、はっきりと見える!  
『見えないものが見える?』  
 再びリンクの脳に発想が浮かんだ。先の発想よりも数段大きな衝撃を、その発想はリンクに  
もたらした。怪訝な顔をして近寄ってきたインパに向け、リンクは思わず叫んでいた。  
「王家の墓へ行こう!」  
 
『まことの眼鏡』の作用を知って、インパもリンクの叫びに同意した。のみならず、急いで  
その場を去らねばならない、別の理由が生じていた。正方形の部屋から回廊に出た二人は、床の  
水かさがわずかに高まっているのを見いだしたのである。  
 二人は足早に水道を戻っていった。来る時は開いていた三つの扉が、いつの間にか閉まっていた。  
風車の回転に連動して開いた扉も、一定の時間が経つと元に戻り、あの回廊も、この水道も、  
そして井戸も、やがて再び水に満たされるのだ──とわかった。  
 井戸から上がると、騒ぎが起こっていた。十人ほどの村人が手回しオルガンの男を取り囲み、  
お前が風車を操って井戸を涸れさせたのだろう、と責め立てていた。インパが割って入り、  
男のせいではないこと、井戸はじきに元どおりとなることを告げ、村人たちをなだめた。たちまち  
騒ぎは収まった。  
 インパの存在感は墓地においても発揮された。二人が王家の墓へと続く石碑を押し動かして  
いると、ダンペイが血相を変えて駆けつけてきた。が、これは必要なことなのだ、とのインパの  
言に、ダンペイは何らの反論もなく服従し、ここでも使うことになった縄梯子を地上で固定する  
役割についた。  
 石碑を動かしたのち、その縄梯子で穴の底に降りた二人は、先日リンクが開いた通路をたどって、  
奥へと向かった。王家の墓を訪れるのはこれが初めてとなるインパは、途中にある棺や温泉に  
興味を覚えるふうだったが、リンクは先へと気が逸り、ともすればインパを引き離しがちとなった。  
 行き止まりの部屋に着き、リンクは奥の石壁に、とりわけその下部に彫られた楽譜に注目した。  
 四本の平行線だけが引かれた、音符のない楽譜。いや、音符は存在しないのではなく、見えて  
いないだけなのだ!  
 予想したとおり、『まことの眼鏡』は、空白の楽譜にいくつかの音符をありありと出現させた。  
いまや全貌を現した──といっても、それはごく短い断片的なメロディに過ぎなかったが──  
『太陽の歌』の音階を、リンクはしっかりと脳裏に刻んだ。  
 興奮を隠せない様子のインパが見守る前で、リンクは『時のオカリナ』を取り出し、得たばかりの  
曲を奏でてみた。  
 夜明けの鳥のさえずりを模したような、軽やかな音色が、狭い部屋に響く。  
 その響きが消えないうちに、上方で重々しい音が生じた。見上げると、天井に四角い穴が  
開口しつつあった。穴の先は、屋根裏部屋といったふうの、小さな空間となっているようだった。  
かつ、その空間のさらに上方には、細い縦穴を通して、灰色の空が見えていた。曇天ゆえ光量は  
弱かったが、いま天井に開いた穴は、カンテラの光を除けば完全な暗黒となるこの地下へ、確実に  
外光を送りこんでいるのだった。  
「夜に差す一条の暁光──といったところだな」  
 感に堪えたように、インパが呟いた。まさに『太陽の歌』でもたらされるべき現象──と、  
リンクの胸にも感動が渦巻き、さらなる意欲がかきたてられた。  
 この光は、単に物理的な光であるだけではない。事態進展への誘導灯ともなるはず。  
 二人は屋根裏部屋の探索へと移った。天井はリンクの背には高すぎたが、長身のインパが  
石壁前の壇から跳躍すると、穴の縁に手がかかった。インパは卓越した運動能力で軽々と身を  
引き上げ、持っていた縄を上から垂らしてくれた。リンクは縄を伝って屋根裏部屋へと至った。  
 部屋とは表現したものの、そこはむしろ、奥に続く新たな通路の起点だった。おどろおどろしさ  
すら感じさせる真っ暗な通路を、しかし迷わず進むうち、脇に一体のゴシップストーンが  
見いだされた。その意味を噛みしめつつ、今度こそ、との期待と確信を抱いて達した先は、舞台の  
ような円形の空間となっており、中央には多数の燭台が密集していた。  
 カンテラの火を燭台に移して、空間内に光を満たす。  
 二人は見た。  
 通路と向かい合う壁面に、門があった。その巨大さは、両側の太い柱に施された、奇怪な形の  
彫刻とも相まって、いかにも大規模な建造物の存在を物語っており、門の奥には、ただ底知れぬ  
闇だけが、重く静かにわだかまっていた。  
 シークと自分の長きにわたる探求を、何重もの障壁によって阻んできた闇の神殿が、いま  
目の前にあることを、リンクは、もはや疑わなかった。  
 
「私が赴くべき場所は、ここなのだな」  
 厳粛な思いをもって、インパは述懐した。  
「ゲルド族の襲来によって、村が危険にさらされる時が来たら、私は即座にここへ身を投じよう。  
そうすれば、私は結界を張って、村を守ることができるわけだ」  
 神殿を見いだし、喜色をあらわにしていたリンクが、その言葉により、一転して神妙な顔つきと  
なった。現実世界から切り離されてしまう、こちらの行く末を気遣っているのか──と推し量り、  
敢えて笑みを浮かべ、説き聞かせるように言う。  
「気にするな。カカリコ村を救えるのなら、私一人の運命など、何ほどのものでもない。まして、  
それが世界全体を救うことにもなるのなら……な」  
 リンクは頷いた。が、リンクの心を占めるのは、その点ばかりではないらしく、表情からは  
思い詰めた様子が去らなかった。何を考えているのか、との疑問への解答は、  
「実は──」  
 やがて、ためらいがちに開かれたリンクの口から明らかにされた。  
 賢者としての目覚めを得るためには、もう一つ、条件を備えなければならないのだ──とのこと。  
 条件の内容を問うと、リンクは言いにくそうに、家に帰ってから説明する、とだけ答えた。  
よほど重大なことらしいと察し、インパはその場での追求に固執しなかった。  
 
 説明を聞く機会は、すぐには訪れなかった。  
 リンクとともに墓地から村へ戻ったインパを、守備隊長ほか、幾人もの村人たちが待ちかまえて  
いた。一連の探索にかかった時間は、せいぜい、二、三時間といったところなのだが、その間にも、  
指導者であるインパの決済を必要とする案件が山積みになっていたのだった。リンクには先に  
帰宅するよう告げておき、インパは用務を優先させた。  
 用務はなかなか片づかず、解放された時には、すでに日は暮れていた。家路をたどるインパの  
目に、灯火を映した自宅の窓が見えた。リンクは自分を待っているのだ、と案じられ、足を  
速めようとした、その時。  
 家の裏手に蠢く人影を、インパは認めた。  
『何者?』  
 足を止め、物陰に隠れて観察する。人影はゆっくりと窓の外に移動し、そこで静止した。窓から  
内部をうかがっている様子だ。漏れ出る灯火により、若い男と見てとれる。  
 インパは忍び足で男の背後へと迫った。男は覗き見に夢中となっているようで、インパの接近に  
気づきもしない。ようやく気づいたのは、インパがその首根をつかみ、地面に組み伏せてしまった  
時である。男は暴れる素振りを示したが、  
「おとなしくしろ。さもないと痛い目を見るぞ」  
 ドスを効かせたインパの言葉で、あっさりと抵抗を放棄した。  
 外の異変を感じ取ったのだろう、いきなり窓が開き、リンクが緊張した顔を突き出してきた。  
「どうしたの?」  
「こいつが家を嗅ぎまわっていた。調べる。お前は中で待っていろ」  
 リンクに窓を閉めさせておき、インパは男の動きを封じたまま、尋問に取りかかった。  
「何が目的だ?」  
 男の正体はわかっていた。大工の親方の息子である。親方は村の危難を救おうと率先して  
奔走しているのに、このやくざ者の息子は協力する気もないらしく、だらだらとした生活を  
送っている。指導者である自分にも面白からぬ感情を抱いているようだ、と常々思ってはいた。  
 男はふてくされたように顔を背けている。が、片腕をねじ上げてやると、案外に脆く、情けない  
声でべらべらと白状を始めた。  
 ──先日、インパの弱みを握ろうとして屋根裏にひそんでいたところ、インパとシークの  
交わりを目撃した。ゲルド族が攻めてきたら、その情報を売って歓心を買い、ひとり村から逃れる  
つもりだった。今日はインパが別の少年を家に連れこんだので、同じ状況が再現されるのでは  
ないかと期待し、様子を探りにきた──  
 シークとの行為を見られていた、という事実は、インパに驚きを与え、同時に慚愧の念を  
もたらした。行為自体を恥じたのではない。とても冷静ではいられない状況だったとはいえ、  
男の気配に気づかなかった、おのれの不注意を恥じたのである。  
 そう、シークとの交わりには深遠な理由があった。恥じるところなど全くない。しかし、  
その理由を明かすことはできないし、よしんば話し聞かせたにせよ、この男の理解は得られない  
だろう。表面的には「母子相姦」となる異常な行いだったのだから。  
 対応を考える。  
 性根の腐った奴ではあるが、永久に口を塞がねばならないほどの大物でもない。特に、この男の  
家族──親方と、その妻、その娘が、現在の村にどれほど貢献しているかを考慮すると、手荒な  
処置は控えておきたい。  
 インパは男を押さえていた腕の力を緩めた。  
「行け」  
 男が意外そうな顔になった。  
「言いふらしたければ、言いふらすがいい。だが、そうなったら私も黙ってはいないぞ。相応の  
礼をしてやるから、肝に銘じておけ」  
 裏切りを図っていた罪は問わない代わりに、ざっくりと脅しをかける。男の顔が怯えにゆがんだ。  
 知らない状態でいきなり暴露されたら、激しく動揺してしまったかもしれない。けれども、  
いまの告白で、こちらに心の準備はできた。将来、どこでこの話にぶつかろうと、即座に否定する  
だけだ。指導者である自分と、やくざ者の男と、みながどちらを信用するかは、火を見るよりも  
明らかだ。  
「言っておく。この話をゲルド族に売ろうとしても無駄だぞ。あいつらは村へは来られないからな」  
 起き上がった男は、不審げな表情でインパの顔を見ていたが、やがてくるりと背を向け、  
どこへともなく走り去っていった。  
 
 家に入ってきたインパに、リンクは急き込んで事情を訊ねた。しかしインパは、  
「不心得者がうろついていただけだ。心配はない」  
 と言い捨てたのみで、詳細を語ろうとはしなかった。村の指導者であるインパの家を探る者が  
いるのは奇妙──と思われてならなかったが、インパが心配ないと言う以上、さらなる問いかけは  
できなかった。  
「待たせてすまなかった。夕飯にしよう」  
 インパは台所に立ち、てきぱきと食事の支度を始めた。ほどなく供されたのは、蒸かした芋と  
塩漬けの生ハム、野菜スープ、それにパンという、いかにもあり合わせといった感じの質素な  
メニューである。ただし味は上等だった。  
 身体つきも物言いも態度も、ほとんど男と変わらないのに、料理をよくするとは、やはり  
インパは女性なんだな──と、リンクは感じ入った。が……  
 問題は、インパの、その女性としての面なのだ。  
 テーブルについて食事をしながら、時折、向かいのインパへと目をやり、すでに何度もたどった  
思考を、リンクは反芻した。  
 契りの件を告げようとして、これまで告げられなかった。インパが大人であり、ぼくが子供で  
ある、という年齢差を越えた上で、しかも、そこらの男よりはよほど男らしいインパが、女として  
自分と契ることを承諾するかどうか──との心配が、ぼくの口を押しとどめたのだ。  
 いや、そのことが理由なら、ダルニアの場合と同じだ。ダルニアに対した時と同じように、  
インパにもこちらの真意を率直にぶつければいい。ところがインパには、ダルニアとは違った面が  
あり、ゆえに真意をぶつけるのが躊躇されるのだ。  
 インパが自分の剣の師である、という意識が影響しているのか。いや、それだけではない。  
インパという人物が持つ威圧感、とでも言えばいいか。  
 ダルニアにも威圧感らしきものはあった。怒鳴りつけてくる時の迫力は、震えがくるほど  
凄かった。けれどもダルニアには──女としての経験がなかったせいか──急所を突けば  
ぽっきりと折れてしまうような脆弱さも感じられて、契りを言い出せないほど萎縮した気持ちには  
ならなかった。  
 インパとて、女としての経験があると想像するのは難しい。ツインローバの幻影に出てきた、  
陵辱されるインパの姿が──ダルニアと同様──ぼくには現実のものとは思えなかったくらいだ。  
とはいえ、インパにはダルニアのような脆弱さは全く感じられない。  
 常に冷静で、頭の回転が速く、軽々しく人を寄せつけない厳しさがあって、しかし内には温かい  
心も秘めている。人となりが、シークによく似ている──  
『そうだ!』  
 そこで思い出した。  
 シークはインパに女を教わったと言っていた。当然、インパは女としての経験を──おそらくは  
少なからぬ経験を──持っているわけだ。しかも、シークという、ぼくと同い年の子供を相手に  
した経験まであって……  
 ならば、ぼくの場合も──と鼓舞され、同時に、ある意識が脳の中で拡大される。  
 男っぽいインパにも、女の特徴はある。料理の腕とは、また別の特徴。ダルニアよりも、もっと  
あからさまな、その肉体的特徴。  
 大きく盛り上がった両胸。  
 ハイラル城で初めて会った時から印象づけられていた。その時は、風貌とは相反する性別の明示、  
くらいにしか思わなかったが、女性というものを知り、女性の乳房が男に対して持つ意味を  
知ってからは、インパの胸にも、以前とは異なる意識を抱くようになった。今日、『まことの眼鏡』を  
通してインパの身体を見た時も、そうした意識が根底になかったとは言えないのだ……  
「私の顔に何かついているか?」  
 突然、言葉が飛んできた。  
「あ……いや……」  
 どきりとし、返事にならない返事をしながら、あわてて目を泳がせる。思考にふけるうち、  
インパの顔に見入ってしまっていたのだ。  
「食べるのも忘れるほどぼんやりするとは、感心せんな」  
 硬い声だった。皮肉な調子であるのは、内心が声音ほどの手厳しさにはないことを表して  
いるのかもしれなかったが、積極的になりかけたリンクの気分に冷水を浴びせるには充分だった。  
 こんなインパが、果たしてぼくと……  
 いや、それでもぼくは……  
 拮抗する二つの思いを載せた、リンクの心の天秤は、果てしなく揺れを繰り返した。  
 
 その天秤のどちらの皿を下げきるかを決めなければならない時が到来した。夕食がすんだあと、  
それまで以上に真面目な顔となって、インパが話しかけてきたのだ。  
「賢者の覚醒に必要な、いま一つの条件とやらを、そろそろ教えてもらおうか」  
 ついに──とリンクは緊張した。  
 天秤のどちら側を下げるかは、考えるまでもない。言わなければならない。インパにどう  
思われようとも、ぼくは言わなければならない。  
 リンクは言った。  
 ──インパが賢者として覚醒するためには、いまここで、そして七年後の世界で、ぼくと契りを  
結ぶ必要がある──  
 聞いた瞬間、眉を聳やかしたインパだったが、さほどの間もおかず、顔に平静さを取り戻すと、  
無造作に椅子から立ち上がった。  
「来い」  
 誘われるままに居間を出る。別の部屋へと誘導される。インパがともした灯で、室内の様子が  
明らかとなる。  
 窓際にソファ。反対側にベッド。  
 寝室か──と認識した時には、すでに脱衣が始まっていた。唖然として見守るリンクの前で、  
あっという間にインパは全裸となり、淡々と声を送ってきた。  
「どうした? 私と契らねばならんのだろう」  
 即断即決。指導者としてあるべき姿の一つではあるが、こういう場面でそれを発揮するのか。  
単刀直入ぶりは大妖精にも劣らない。女っぽい誘いがない分、さらに唐突さが際立っている。  
 応ずる余裕もなく立ちつくし、いまさらな質問をしてしまう。  
「ぼくみたいな子供と……するのが……気にならない?」  
「別に」  
 案ずる様子もない。  
「必要なことだとお前が言うから、私もしようと言っているまでだ」  
 続けてインパはベッドに歩み寄り、布団を整えながら、独り言のように呟いた。  
「お前も一応、経験はあるのだし……」  
 引っかかった。  
「ぼくに経験があると、どうしてわかるの?」  
 インパは虚を突かれたような顔となってこちらをふり向いたが、現れかけた感情はすぐに  
消え散った。  
「お前はすでに他の賢者と契りを交わしている。そうなのだろう?」  
「あ……うん……」  
 こっちの経験を語ってもいないのに、見通されている。話の流れからは見通されて当然では  
あるものの……  
 ただ──とリンクは力を得る。  
 見通されているからには話は早い、とも言える。また、シークとの経験があるためか、やはり  
インパは子供のぼくとの交わりを拒もうとはしない。こっちがためらう理由はない。  
 それに……  
 眼前の裸体に目を奪われる。  
 普通の女性にはない特徴が──みごとに発達した、しかしあくまでしなやかに均整を保つ筋肉が  
──すっきりとした長身とも相まって、活動する肉体としての完成度を表現している。ただし  
年齢に応じた──いままでインパの年齢を意識したことはなかったが、三十代半ばといった  
ところだろうか──成熟した女性としての明らかな主張もそこにはあり、両の胸には、ぼくの  
意識を捉えてきた二つの球体が──大妖精は例外として、ぼくの見てきた中では最も豊かだった  
大人のマロンのそれよりも、なお雄大な一組の乳房が──一見するに異様な、けれども独自の  
存在感をもって、全身の機能性と破格の釣り合いを呈している。後ろに引っ詰められた短めの髪と  
同じ、輝くような銀色の恥毛が、浅く褐色調を帯びた肌と対照を示して、広く股間を覆うさまも、  
また独特。  
 インパひとりが持つ、それは美しさという他はない。  
 いましがたぼくをたじろがせた、インパの行動の唐突さも、その美しさの前では、何の影響も  
及ぼさず……ぼくは……  
「色気がないのは勘弁しろ。これが私の性分なのでな」  
 こちらの胸中とは相反した、自嘲ともとれるぶっきらぼうな台詞に、  
「ううん」  
 思わず首を強く横に振って否定の意を返す。  
 それがリンクに一線を越えさせた。  
 
 インパは心底で苦笑せずにはいられなかった。  
 またもや年端もいかない少年と交わる羽目になるとは、つくづく因果な巡り合わせだ。あの  
覗き屋が言ったとおりになってしまった。  
 そこで警戒心が働いた。感覚を研ぎ澄ませ、念入りに周囲の気配を探ってみる。  
 自分たち二人の他には、誰もいない。  
 安堵し、目を戻すと、リンクが素裸になっていた。隠すべき場所を隠そうともせず、堂々と  
すべてをさらけ出し、こちらにまっすぐな視線を据えている。その態度に加え、小さくとも機敏な  
運動性のうかがえる肢体が、そして股間に息づいた幼くも覇気ある屹立が、インパに感銘を  
もたらした。  
 中性的なシークとは異なる、明瞭な男の姿。  
 インパは手を差し伸べた。脱衣するまでの、腰が引けたような素振りはもはやなく、しっかりと  
した足取りでリンクが歩み寄り、その手を取る。  
 シークよりは高い身長。それでもこちらの胸をさほど越えてはいない。  
 インパの両腕はリンクの背にまわり、抱き寄せたリンクの顔が、大きく盛り上がった乳房の間に  
うずめられる。リンクの両手もまた、インパの身体を抱きしめる。  
 胸に触れかかる熱い息が、背を押さえる手の力強さが、やはりシークとは異なった男の意思を  
感じさせる。ただ、その意思は抑制されており、むやみに突出はしてこない。余裕がうかがえる。  
 すでに経験があるせいか。どれほどの経験なのかは知らないが。  
 ともあれ、ここまでは、いい。  
 灯火を弱めておき、ベッドに入る。手による誘いに応じ、リンクも傍らへ身をすべりこませてくる。  
側臥して向かい合い、互いに肩を抱く。  
 リンクの目を見つめながら、インパは思いをめぐらした。  
 私はこれからリンクと交わる。小さな子供のリンクと。同じ子供のシークとは、また違った  
意味で。  
 リンクとそうあることに、一抹の躊躇はある。しかし、私が賢者として目覚めるための、これは  
動かしようのない定めなのだ。そうあることが『あなた』の助けとなり、『あなた』の使命を  
成就させる必須要素となる。  
 のみならず、『あなた』を守る者として、私は別の目的をも併せ持つ……  
 顔を寄せ、唇を合わせる。リンクはすぐには動かない。重なり合いを味わうように、静かな  
接触を保っている。が、舌でリンクの唇を割り、口中をなぞってゆくと、リンクは臆せず反応した。  
舌の動きを静めてみても、反応は止まらない。熱意をもって、ただし決して暴走に陥ることなく、  
リンクの舌が、唇が、歯が、こちらにさまざまな刺激を付してゆく。  
『よし』  
 心の中でひそかに頷き、次の過程へ導こうとして、  
「う……」  
 インパは思わず声を漏らした。導くまでもなく、リンクは先に進んでしまっていた。両手が  
両の乳房に添い、ゆっくりと、ゆったりと、動き、すべり、流れ、時には適度の力をもって、  
張りつめた内部に圧迫を施し、細かい指の操作によって、頂上の突起を優しく操り……  
『いい』  
 じんわりと染みとおる快感に、インパは身を浸した。しばしの時が過ぎても、そこから脱する  
気になれなかった。リンクに口と胸を預けたまま、ほのかに温かいこの快感を、ずっと享受して  
いたい──と思い始めていた。  
 いや、そうも言っていられない。  
 
 リンクの股間に手を伸ばす。シークよりもやや大きい、しかしやはり発毛すら欠く幼い部分が、  
欲望を主張していきり立ち、インパの手の中でぴくりと脈打つ。律動的な刺激を加えるうち、  
リンクの息が荒くなり、腰が刺激に応じて揺れ始める。  
 攻めの手際はなかなかのものでも、受ける側にまわると脆いようだ。このまま刺激し続ければ、  
容易に行き着かせられる……  
 シークを除いて、しばらく男とは接していないが、若い頃にはそれなりの経験がある。王家を  
守護するという役目上、シーカー族が携わるのは、もっぱら裏の仕事。ゆえに閨房術の訓練は  
受けてきた。武芸が売りの自分は、そちら方面で活動する機会はさほどなかったし、恋愛らしい  
恋愛もしていないけれども、男女を籠絡する性の技術は習得している。リンクを翻弄するくらいは  
造作もない。が……  
 いまはそんな場面ではない。リンクの男ぶりを確かめられれば、それでいいのだ。技術など不要。  
シークの時と同じく、あるがままの流れを素直に受け入れよう……  
 とはいえ──とインパは再び苦笑する。  
 そういう態度でいたら、シークにはけっこう感じさせられてしまった。自分も受けでは脆い方だ  
と言わねばならない。だが、シーク相手ではそうであっても──  
『お前が相手だと、どうかな』  
 仰向けになって、リンクの手を下へといざなう。いざないかけただけで、ここでもまた、手は  
自発的に、胸から腹へ、恥毛の茂るなだらかな隆起へと、柔らかい軌跡を描き、ついには秘めた  
場所へと侵入してくる。  
 ぬ、と湿った音。  
『もう──か』  
 シークとの時ほどには驚かない。濡れている自分。さっきの快感なら、そうなるのも道理。  
 変わらぬ自発性をもって、リンクが指を使い始める。  
 ねばつく左右の唇へと。熱い肉洞のとば口へと。そして感覚の凝結する小さな塊へと。  
「……ん……」  
 動きは的確。けっこう経験を積んでいると見える。  
「……む……」  
 ただ無駄な動きも多い。女の急所のみに集中した動きではない。  
「……あ……」  
 洗練されてはいない。シークのような「天性の」技巧ではない。  
「……うッ……」  
 ないのだが、この動きは、垢抜けないまでに真っ正直なこの動きは──  
「……あぁッ……」  
 私のそこを隅から隅まで知りつくそうとするかのようなこの動きは──  
「……くぅッ!……」  
 ひたすらおのれの意図を知らしめようとするかのようなこの動きは──  
「……はぁッ!……」  
 単なる技巧を超えた真情として私に届き、私を持ち上げ、私を舞い上がらせ──  
 湿った音が、さらに大きくなってゆく。  
『このままでは……』  
 胸元に寄せられた頭に手を触れ、動きをとどめてやろうとした折りも折り、頭はそこから  
いなくなり、リンクの身体全体が脚の間へと移り、指が股間から離れ、代わりにそこへリンクの  
顔が寄せられ──  
『口を使う気か』  
 意表を突かれ、その動揺を抑える暇もなく熱いものが陰部に接触し、インパは耐えきれず叫びを  
放った。  
 
 大きな喜びをもってインパの叫びを聞き取り、さらにわくわくと胸を躍らせながら、ぼくは  
その部分に意識を集中する。  
 発達した筋肉よりなる硬い肉体の中で、そこだけは不似合いに軟らかく、意外な無防備さ、  
意外な従順さを呈して開かれていて、ぼくには目新しい銀色の群叢のもと、脂肪が少なく簡潔な  
薄茶色の外の唇、対して複雑にはみ出す黒ずんだ内の唇、その狭間で深遠な奥まりを瞥見させる  
赤黒い粘膜、上方の綴じ目で包皮を押し上げている淡紅色の小さな突起が、多様な形状と色彩を  
織り交ぜ、さらにあふれ出る透明の粘液に浸されて、一つの美を、女性にしかない美を、ただし  
組み合わせは同じでも個々の要素の性状と全体のまとまり具合は明らかに他の女性とは異なる  
インパ独特の美を形づくっていて、それはぼくがすでに見、すでに触れたインパの全身、インパの  
乳房とともに、インパにしかあり得ない美しさなのであって、その美しさを玩味できる感動と、  
その美しさを玩味させてくれるインパへの感謝とすら言いうる心情をぼくは抱いていて、それを  
どうにかしてインパに知らせたい、伝えたいと思うがゆえにぼくはこれまでインパに口づけし、  
インパの胸とこの場所に手を送り、そしていま、口で、舌で、唇で、歯で、この同じインパの  
美しい部分にできる限りのことをしているんだ。  
 だからそのぼくの行為に応じて、そう、そうやってインパが呻いて、喘いで、悦びの声をあげて  
くれるのが、ぼくはとても嬉しくて、嬉しいばかりでなく、力づけられるというか、勇気づけられる  
というか、それはインパが、ぼくに威圧感を覚えさせるほどのインパが、肉体的にも心理的にも  
見上げるばかりの存在だったあのインパが、いまこうしてぼくとのセックスに臨んで、感じていて、  
乱れていて、いつもとは違った新鮮な姿を見せてくれていて、そんな姿をぼくに見せることを  
厭いもしないで、しかもそうした事態をぼくの手が、ぼくの口が、ぼくの身体が、ぼくそのものが  
生じさせているんだというこの誇らしい気持ち、その気持ちがさらにぼくをかきたてて、行為にも  
いっそう熱が入って、そうするとインパもいっそう高ぶりを現してきて、それがまた嬉しくて、  
またぼくをかきたてて、またインパを高ぶらせて、螺旋を上るがごとくのその繰り返しがぼくたちを  
興奮させて、ぼくの股間も逆上して、一刻も早く欲望を満たしたいとぼくを急きたてて、急きたてて、  
けれどもまだ、まだだ、まだなんだ、もう少し、もう少し、もう少しでインパは達する、ぼくに  
とって大人の中の大人であるインパをぼくはもうすぐ絶頂させられる、もうすぐ、もうすぐ、  
もうこれで、これで、このひと舐めで、このひと噛みで、いってしまうんだインパは──!  
 
『いかされた──か……』  
 身体の中心で炸裂する快感に身をゆだね、しかしそれを恥じもせず、そこへ至るまでの過程の  
自分と、いまの自分のありさまを、心の片隅に残した理性で、インパは冷静に観察した。  
 口を使われるとは予想していなかった。シークとは行わなかったことあり、ずいぶん長い間、  
ご無沙汰だった行為だ。それが自分の受けの脆さを助長してしまったか。  
 いや、そうではあっても、リンクの男ぶりは評価できる。技巧的には、まだまだ進歩の余地が  
あるが、こめられた心情は充分に伝わってきた。その点ではシーク以上と言えるだろう。  
 身を起こし、リンクの顔を見る。見返す顔には、欲情による熱感とともに、満足の笑みが  
漂っている。こちらの悦びを一緒に悦んでいると察することができ、その点はすんなりと心に  
染みた。ただ、自分の成果を誇るような色合いも、そこには感じられた。それは思い上がりと  
いうほど嫌味なものでは決してなく、むしろリンクの正直さを反映していて、微笑ましい気持ちを  
誘われるくらいなのだが、インパにある種の反発心を抱かせたのも事実だった。  
『あまりいい気になるなよ。こちらは手加減していたのだからな』  
 そう、剣の腕を試した時と同じように。  
 あの時は手加減なしでも対処できるといった口ぶりだった。けれどもベッドの上だと、そんなに  
簡単にはいかないのだ。  
『わからせてやる』  
 いきなり腕を突き出し、押し倒す。笑みを驚きに換えるのが精いっぱいで、ものも言えない  
リンクにのしかかり、股間に顔を近づける。  
 一人前に剥けてはいるが、大きさの点ではかわいいものだ。  
 口に含む。  
「あ!」  
 同じくかわいい声をあげて、全身を固まらせるリンク。休まず吸いたててやると、身体の  
固まりが強まり、震えを起こし、声は高まり、一分も経たないうちに、リンクは限界の様相を  
呈し始める。  
『ここまでだな』  
 女と違って、男が一度達してしまったら、あとが厄介だ。寸止めにしておいてやる。  
 いったん解放し、波が引くのを見計らって、今度は温和に舌を使ってやる。即効的な技では  
ないので、リンクは耐えられる。歯を食いしばり、顔をゆがませ、必死に耐えている。それでも  
快感の堆積は、じきに再度の瀬戸際へとリンクを押しやってしまう。  
 脆すぎる気もするが、リンクはここまでずっとこちらに奉仕してきたのだ。かなり溜まって  
いるに違いない。それを考えれば立派なものだ。  
 口を離し、起き上がる。ほっとしたような、しかし欲望のはけ口を求める煩悶をもあらわにした  
表情のリンクに、上から軽く微笑みを投げ、シーツに腰を落とす。リンクを引き起こす。上体を  
倒し、再び仰向けになる。  
 男としての詰めを果たしてもらわなければならない。  
『これからだぞ』  
 声には出さず、目で呼びかける。リンクの目にも力が宿る。  
 頼もしい。  
 インパは大きく身体を開いた。同時にリンクが上に乗ってくる。導いてやる必要はあるまい、  
との期待どおり、リンクは自ら位置を定め、そして──  
 入ってきた。  
 
「んんッ!」  
「ん……!」  
 インパの呻きに呻きを重ね、ついに得た目的の地を早々と退くことにだけはならないように、と、  
ぼくは動きを止めておのれを見定める。  
 やっぱりインパは大人だった。インパが達したのは何もぼくが一方的に秀でていたからじゃ  
なくて、あれはインパの大人としての余裕というものだったんだ。その証拠に、ぼくはインパの  
口で即座にいかされかけて、インパがぼくをいかせようと思ったらそれは簡単なことだったんだと  
思い知らされて、いや、それでもぼくがインパをいかせたことは確かなわけで、インパが敢えて  
余裕ある態度をとったのも、それはぼくにそうされることを期待していたからで、インパがぼくを  
口でいかせなかったのも、これからぼくがすることに期待しているからで、だからぼくはその  
期待に応えなくちゃならない。ただ限界ぎりぎりまで来てしまっているだけに、しばらくは  
おとなしくしていなければ。その間にぼくがいる場所の様子を確かめて、態勢を整えて……  
 インパの膣。身体の大きさに比例して、ぼくの物には広すぎるようにも思えるのだけれど、  
それはひしひしとぼくを押し包んできて、軟らかいのに硬い、硬いのに軟らかい、奇妙な感覚を  
ぼくに与えてきて、こんな感覚は初めてだ、これが大人の膣というものなのか、いや、同じ  
大人でもアンジュやダルニアとは明らかに違う、してみるとこれもインパ独自の特徴なんだ、  
発達した筋肉がそう感じさせるのかもしれない、あまり強い圧迫じゃないからぼくを限界に  
追いこむほどじゃない、もう動けるか、動ける、動いてやる、動いてやる、ぼくはインパの中で  
動いてやる。  
 ゆっくりと進ませる。ゆっくりと引く。大丈夫だ。この調子なら大丈夫だ。  
 続けて動く。動く。緩やかに。そして少しずつ速く。速く。  
 厳しいところへきたら遅くして。慣れてきたら速くして。  
 必要に迫られての転調ではあるものの、期せずしてそれは予測できない複雑な刺激として  
インパには届いているようで、それは明らかにインパにとって快感であると、口から漏れ出す声の  
調子で、ぼくの動きに同期する腰の揺れで、ぼくには察知できて、それを甘受しているのも  
インパの余裕の現れなんだろうけれど、甘受しているということはインパがそれを欲しがっている  
ということで、ぼくを欲しがっているということで、だからぼくは続けてやる。続けて、続けて、  
インパが行き着くところまで続けてやるんだ。さあ、インパの声が強まってきた、高まってきた、  
このまま、このまま、ぼくはこのままインパを──  
 
「むッ!……あぁッ!……ぅあぁッ!……」  
 とどめようもなく快美の声を高まらせるおのれに驚きつつ、その快美をもたらしている  
リンクへと、インパは素直に嘉する思いを送った。  
 一気に暴発してしまっても、あるいは一気に暴発へ持っていきたくなっても致し方ない  
状態なのに、よく自分を保っている。意識してのことかどうかはわからないが、動きを単調に  
陥らせず、複雑な緩急をつけているのもあっぱれだ。  
 小さい体を両腕で支え、その複雑な動きを下半身に営ませながら、やっとこちらの首の下に  
届くくらいの所に顔は据えられて、そしてその顔に、いまにも果てそうな儚さと、それを  
乗り越えようとする逞しさを、やはり複雑に混淆させて、リンクは現在の行為に全身全霊を  
打ちこんでいる。  
 自身のために。私のために。  
 こんな子供が──と思ってしまうが、いや、見かけに騙されてはいけない、リンクには未来での  
経験があるに相違ない、だからこれほどのことができるのだ。  
 ただ、それは実は、年齢や経験の程度の問題ではなく、その人の本質の問題なのであって、  
その点、リンクは──  
「ぅおッ!」  
 突然、強い突きを加えられ、動物的な叫びをあげてしまう。同時に膣壁が反射的な収縮を起こし、  
「お、あッ!」  
 引き絞られたリンクが喉を鳴らして凝固する。  
 そのつもりではなかったが……いまので、リンクは?  
 耐えている。かろうじて耐えている。いっとき耐えて、再びリンクは動き出す。  
 が、限界は近い。リンクだけではなくこちらもだ。快感が思考を凌駕し始めている。快感を  
得ながらも冷静さを残してきた脳をまともに思考させるのがそろそろ困難になってきている。  
リンクの突きに応じて膣が勝手な収縮を繰り返している。それもいいだろう、もういいだろう、  
最後の詰めだリンク、独善に堕ちることなく相手に思いを払いながら、お前はみごとにやってきた、  
だがここまできたら他のすべてを振り捨ててお前は男に徹しなければならない、お前の男を  
ぶつけてこい、力いっぱいぶつけてこい、私はそれを見極めたいから、私はそれを欲しているから、  
お前の男が欲しいから──!  
 
 ぐいぐいと絞られては解かれ、解かれてはまた絞られる。アンジュ以上かもしれないこの蠕動。  
ぼくをいかせようとしているのか? ここでそうしてくるか? いや、無意識の動作なのかも  
しれない、かもしれないがどちらにせよもうこれ以上は長引かせられない、もう後戻りはできない、  
ここまできたら他のすべてを振り捨ててぼくは男に徹しなければならない、ぼくの男をぶつけて  
やる、力いっぱいぶつけてやる、緩急も糞もなく全力で腰を突き出して、突き出して、突き出して、  
何度も何度も何度も何度も激しく激しく突き出しまくって身体を支える腕ががくがくと震えて  
ぼくは上半身をインパの上に投げ出す、その目の前にあるインパの胸、そう、インパの胸!  
 ぼくにとって最も印象深いインパの特徴。男のように逞しい胸筋の上で、あまりにも女である  
豊満な乳房。その矛盾が素晴らしい。ぼくの顔をすっかりはさみこんでしまうかと思えるくらいの  
大きさなのに、垂れもせず、ぱんと張りきっていて、それは胸筋の支えがあってこそなのか、  
ならばこれもやはりインパにしかあり得ない素晴らしさなんだ、その素晴らしさをいまぼくは  
味わって、手で、指で、口で、舌で、思うままに味わって、同時にペニスを最大の力と速さで  
打ちこんで、攻めて、攻めて、攻めて攻めて攻めて攻めて攻めて、ああ、インパが乱れる、  
乱れ狂う、もういく、いこうとしている、インパが間もなくいこうとしている、ぼくもいってやる、  
もういってやる、インパと一緒にいってやる、二人の悦びを一つにするためにこれを最後にさあ  
インパぼくと一緒にいこういこういこうインパ!  
 
 それは確かに自分がこれまでの生涯で得た最高の悦びだった──とインパが意識したのは、  
おのれの上にあった小さな重みが、ふと失われた時である。  
 いつ果てるとも知れない、と、訪れの際には思われた、純粋な歓喜の爆発が、ようやく静まって  
ゆき、荒れ騒ぐ息も常時の安定を取り戻しかけていた、その時、重みの主は、萎えた陰茎を、  
やっとのことでとどめていた膣から、とうとう完全に撤退させ、併せて、インパの傍らに  
うつ伏せとなって横たわった。  
 こちらに向けられる、精根尽き果たしたかのようなしどけない顔を、しばらく眺めたのち、  
「……よかったぞ」  
 小さく声をかけると、リンクは閉じていた目を開き、かすかに微笑んだ。何の雑念もない、  
無心な感情のほころびに、インパもまた、同じく無心の微笑みを返した。  
 リンクは顔の前に左手を添えていた。左手は甲を上にし、そこに小さな金色の三角形を浮かび  
上がらせていた。  
 それと対になる三角形を持つ人物が脳裏に現れ、そして、その人物と、いま目の前にいる  
人物との関係を、インパは思いやった。  
 自分が賢者として目覚めるためのリンクとの交わりに、『あなた』を守る者としての自分が  
併せ持っていた、別の目的。  
 すでに『あなた』と繋がりを有し、この先、さらに深い繋がりを結ぶことになるであろう  
リンクが、『あなた』にふさわしい男であるかどうか、私は確かめておかなければならなかった。  
 結果はどうだったか。  
 満足できる結果だったと言えよう。  
 リンクのセックス。  
 女性との結び合いからくる悦びを、可能な限り自分のものとし、また、その悦びを相手に伝え、  
可能な限り相手のものとし、ともに分かち合おうとする、リンクのセックス。  
 おのれの欲望だけを独善的に暴走させることなく、ひとえに相手を思い、相手を尊ぶ、技巧を  
超えたそのあり方は、すでに私が知っている誠実さ、勇敢さとともに、リンクの本質をなすもの  
なのだ。  
 リンクは『あなた』にふさわしい。  
 いずれ賢者として覚醒し、この世界から切り離されてしまう私が、『あなた』を守る役目を  
誰かに託すとしたら、それはリンク以外にはあり得ない。  
 インパは厳かに言葉を贈った。  
「ゼルダ様を、頼む」  
 
 不意に耳を打ったその名が、胸をどきりと拍動させ、同時に、ある疑問へとリンクを誘った。  
 契りを交わし終えた、いまこの時、なぜインパはゼルダの名を出してきたのか。ぼくとインパの  
交わりが、ゼルダにどう関わってくるのか。  
 すぐに思いつくのは、こういうことだ。  
 この交わりによって、インパは賢者としての覚醒──現時点では半覚醒──への道を踏み出した。  
いずれ闇の神殿に入ってしまえば、インパは現実世界とは切り離され、ゼルダを守るという役目を  
果たせなくなってしまう。その役目を、インパはぼくに託そうとしたのだ。  
 それはいい。納得できる。自分にしかできない役目だと自負もする。  
 だが、それだけなのだろうか。  
 インパはぼくを認めてくれた。剣の腕を認めてくれたのと同じように、「よかったぞ」との、  
あの言葉で、セックスにおけるぼくをも認めてくれた。その延長でゼルダの名を出すということは、  
インパは……ぼくとゼルダが、そういう関係になるのを……  
『いや!』  
 思考を抑えこむ。  
 それはぼくがずっとひそかに願っていることで、他ならぬインパがそれを認めてくれると  
いうのなら、ぼくはとても嬉しいし、心強い。けれどもそのことを、ゼルダとのその行為を、  
はっきり頭の中に描こうとすると、ぼくはどうしても惑ってしまう。ゼルダに悪いとか、ゼルダを  
穢すとか、そんな意味合いではなくて、ゼルダがぼくをどう思っているのか、ぼくにはさっぱり  
わからないから、そういう点を放っておいて自分だけ勝手な願いに浸るのが、寂しいようで、  
虚しいようで、それでもゼルダを想わずにはいられない、いられないのが、またどうにもならず  
胸苦しくて──  
「……ゼルダは……どこにいるのかな……」  
 言ってしまう。  
 答はなかった。  
 
 インパは心の中で慨嘆した。  
 リンクには、教えておきたい。  
 しかし、教えてはならないのだ。  
 リンクが秘密を他人に明かしてしまうと危ぶんでいるのではない。リンクなら決して明かしは  
しないだろう。だが、明かそうとしなくても明かしてしまう危険があるのだ。だからリンクの心の  
片隅にさえも、この秘密を置かせてはならないのだ。  
 同じことがシークにも言える。  
 シークの記憶の欠落を、私は補ってやろうとはしなかった。欠落しているからには理由がある  
はずだったからだ。シーク本人の心の片隅にさえも、欠落した内容を置かせてはならない、という  
理由。その理由を、今日までの私は知らなかったが……  
 いまは知っている。  
 リンクが語った冒険譚の中で、それは明らかにされた。  
 何がシークの記憶を欠落させたのかは、いまだにわからない。ただ、シークが記憶を失うに  
あたって、理由となる「あの者」の存在が考慮されていたのであれば、実に深遠な意図と  
言わなければならない。それこそ神の思し召しとでも呼ぶべきような。  
「ゼルダ様のことは……心配するな」  
 リンクに言えるのは、これだけだ。シークにも言った、この言葉だけ。  
「お前が使命を果たしてゆけば、ゼルダ様は必ず姿を現す」  
 秘密を秘密とする必要がなくなった時点で、すべては帰すべきところへ帰するはず──と、  
インパは確信していた。  
「うん……」  
 リンクが頷く。  
「シークも同じことを言っていたよ。いまのインパの言葉をぼくに伝えてくれたんだろうけれど、  
シーク自身、そう信じていたし……」  
 目に意志がこめられる。  
「だから、ぼくも信じる」  
 インパは両手でリンクの左手を固く握りしめた。口では届かせきれない、深く熱い思いを、  
その手の触れ合いに染みこませて。  
 
 
To be continued.  
 
 
 

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