初戦を失いはしたものの、戦意までは失わなかったハイラル平原西方の王国軍は、いったん  
後退して態勢を立て直し、ゲルド族との再戦に臨んだ。激闘の末、ともに少なからぬ損害を出し、  
勝敗のつかぬまま、両軍は陣を退いた。劣勢の王国軍にしてはまずまずの結果だったが、劣勢を  
覆すことができたわけではなく、満足な補給も得られない状態では、むしろ前途はジリ貧といえた。  
このたびの善戦も、なぜか敵陣にガノンドロフがおらず、魔力攻撃を警戒する必要がなかったから  
こそであり、同じ幸運が次戦以降も続く保証は全くなかった。それでも人々は乏しい希望に  
すべてを賭け、できる限りの努力を続けていた……  
 再び平原西端の町に入ったリンクを待っていたのは、以上のような状況だった。最初の戦いで  
王国軍が壊滅に陥らず、いまだ勢力を保持していると知ったリンクは、各地の混乱に妨げられ  
ながらも、カカリコ村からここまで、急ぎの旅を続けてきたのだった。もちろん、もう一度  
ナボールとの出会いを図ろうとしてのことである。  
 二度目の戦いにおいてガノンドロフが姿を見せなかった理由は、リンクにもわからなかったが、  
あるいは失踪したゼルダの捜索を優先させているのかもしれない、と推測はできた。王国軍との  
戦闘を部下に任せられるだけの余裕があるのか──と、リンクは改めてガノンドロフの圧倒的な  
力を感じ取り、同時に、その脅威に負けぬよう、自らを奮い立たせた。  
 
 相変わらず静観を保ったゲルドの谷方面の敵情を観察する、という名目で軍の同意を得、  
リンクは町からさらに西へと道を取った。押され気味の王国軍にさえ攻撃を仕掛けてこないのは、  
以前に考えたとおり、砦の戦力が乏しいからだ──とリンクは確信しており、それが自分の活動を  
容易にしてくれることを期待もしていた。が……  
 ゲルドの谷に至り、吊り橋近くの岩陰から対岸の敵情をうかがったリンクは、ことはそんなに  
容易ではない、と思い知った。  
 対岸の柵に詰める人数は、前よりも増えているようだ。強行突破は、まず不可能。かといって、  
穏やかな接触すら受けつけないのは、先の経験でわかっている。  
 リンクは夜を待った。暗闇が対岸の見張りの目から自分の姿を隠してくれると見定めてから、  
それでも充分に注意を払いつつ、崖の縁にそろそろと歩み寄った。  
 真っ暗な谷底を見下ろす。どうどうと激流が下りゆく響きが聞こえてくるだけで、その響きを  
つくる水も、岩も、全く目には映らない。  
 危険きわまりない行為。しかしこれしか方法はない。  
 胸の動悸を抑えつけ、ごくりと唾を呑みこんで、リンクは宙に身を投じた。  
 
 視界の効かない状態では、落下中の緊張も、着水時の衝撃も、流れに揉まれる苦しさも、以前に  
倍するものとなって、リンクを打ちのめした。が、泳ぎ着くべき対岸の位置は把握できており、  
その感覚だけを信じて、リンクは力の限り腕を動かした。これ以上は無理、と思われたところで、  
ようやく水以外のものに手が触れた。最後の力をふり絞り、リンクは岸に身体を引き上げた。  
 荒ぶる息を整えながら、決死の行動の成功を喜び、そして今後への期待を抱く。  
 ナボールと接触するためには、『副官』に仲立ちをしてもらうしかない。その『副官』は、  
牛を連れて毎日この岸辺に来ると言っていた。ここで待っていれば『副官』に会える。  
 更けゆく夜の闇に身を沈め、リンクは浅い眠りについた。  
 
『副官』が現れたのは、翌日の昼過ぎだった。リンクの姿を認めるやいなや、  
「あんた! 生きてたのかい!」  
 と驚喜の叫びをあげた『副官』は、次いで先日の自分の行動を詫びてきた。無造作にリンクを  
連れ歩いて仲間たちを刺激し、結果、リンクを危険に落としこんでしまったことを、『副官』は  
気に病んでいたのだった。  
「あれほど融通がきかない連中とは思ってなかったもんでね。あんたにゃ、ほんとに悪いことをした」  
「いや、いいんだ。それより──」  
 ナボールに会わせてくれ──と迫ると、  
「それが……姐さんは、いま砦にはいないんだ」  
『副官』は顔を曇らせ、意外なことを言い始めた。  
 ──リンクとの出会いを、ナボールに伝えた。ところが以降、ナボールの様子がおかしくなった。  
巨大邪神像は重要な場所である、というリンクの指摘が、やけに気にかかるようで、そのうち、  
そこへ行ってみる、と言い出した。目的はお宝探しとのことだが、他に理由があると思えてならない。  
問い質したが、心配するな、の一点張り。一緒に行くと言っても聞き入れない。とうとうひとりで  
旅立ってしまった。それがつい二日前のこと──  
「この非常時にのんきなことを──って、仲間うちでも不審に思われてる。心配でしょうがないんだが、  
来るなと言われたのに追いかけるわけにもいかず……正直、困り果ててたところなんだ」  
 子供のぼくを相手に、素直な感情を吐露する『副官』。ぼくを信用してくれているからなのだろうし、  
「恋人」であるナボールを想うあまりのことでもあろう。  
 それはそれとして──とリンクは考える。  
 ナボールが巨大邪神像へ赴くのは、本来なら、なお数ヶ月も先であるはずだ。その時期が  
早まったのは──これもまた、ぼくによる歴史改変の一端ということになるが──ぼくが言及し、  
『副官』を通じて伝わった、巨大邪神像という言葉の何かが、ナボールを動かしたからだ。  
言い換えるなら、ナボールが自分でも気づかないまま持っている、賢者としての潜在意識を  
刺激したのかもしれない。とすれば、ナボールを賢者として半覚醒させるのに、いまは絶好の  
時期ではないのか。  
「ぼくが追いかけるよ」  
 決心を述べるリンクに、あんたみたいなガキが──と言わんばかりのあきれ顔を見せる  
『副官』だったが、すぐ、  
「こんな物騒な所へ、二度までも危険を冒してやって来るんだから……」  
 と自分に言い聞かせるように呟いたあと、熱のこもった視線を突きつけてきた。  
「あんたに任せる」  
 
 日中は仲間の目があるから──と、『副官』はリンクに待機を命じ、牛を連れて砦へ帰っていった。  
 次に『副官』が川辺に姿を見せたのは、日没から数時間が経ち、夜半も近いかと思われる頃だった。  
最小限の言葉を、しかもかすかなささやきのみでリンクに送り、『副官』は先に立って、ゲルドの  
砦への道をたどり始めた。その慎重さに倣い、背負った剣や楯が揺れる音にまで気を配りつつ、  
リンクはあとに従った。  
 途中では誰にも遭遇しなかったが、砦の入口の門には、さすがに見張りが立っていた。  
『副官』は、川岸まで忘れ物を取りに行く、という言い訳で砦を出ていたらしく、暗くて探すのに  
苦労した、などと話しかけ、見張りの注意を惹きつけた。物陰に隠れていたリンクは、その隙に  
門をくぐり抜けた。『副官』はすぐに追いつき、再度リンクを先導した。  
 見張り以外の者は、みな建物の中に引っこんでいるようだった。リンクは『副官』に案内され、  
人影のない構内を横切って、砦の片隅にある小さな小屋へと身を入れた。  
「できるだけの準備はしたよ」  
 そこには、水、食料、砂除けの大布、コンパス等、『幻影の砂漠』を横切る旅に必要な品々が  
揃えられていた。仲間の目を盗み、短時間でここまでのことをしてくれた『副官』に、リンクは  
深い感謝の言葉を述べた。続けて『副官』は、道しるべの赤旗や、中間地点の建物など、砂漠を  
旅するにあたっての有益な情報を教えてくれた。すでに未来の世界で、身をもって見聞していた  
ことではあったが、好意はありがたく受け取っておいた。  
 装備を調えたリンクは、『副官』と連れ立って、砂漠に出る門へと至った。警戒は平原の方角に  
集中していると見え、こちらの門は無人だった。  
「夜明けまでに、できるだけ砦から離れろ。その時に見つからなきゃ、あとは大丈夫だ。ふだん  
砂漠へ出て行く仲間はいないから」  
 励ましをこめるように言ったあと、『副官』は、ふと表情に翳りを宿した。乏しい月明かりの  
もとでも、その翳りは明瞭に見てとれた。  
「あんたが姐さんに会って何をするつもりなのか、あたしは知らないけど……」  
 それを知らせないぼくを暗に非難しているのか──と思ったが、そういうわけでもなさそうだった。  
「あんたが前に言ったように、あんたと姐さんは、どうやら同じことを考えてるみたいだ。だから  
あんたは、姐さんと一緒に、信じるとおりのことをやってくれ。それから……」  
 言葉がいったん切れた。目に潤みが見えたような気がした。  
「いずれでいいから……よかったら……あたしにも、わけを話してくれよ」  
『副官』の翳りの本態を、リンクは悟った。尽きせぬ想いを通じて、ナボールに迫る運命の変転を、  
何とはわからぬまでも敏感に察し、けれども自分はそこに関われないという、それは切ない心の  
表れなのだった。  
「わかった」  
 言えたのは、それだけだった。  
 いまは話せない。しかし、いつかは話せる時が──いや、話さなければならない時が来るだろう。  
その時には、必ず……  
 未来で身体を重ねた際のかわいらしさとは、また異なった純情を垣間見せる『副官』に、  
リンクは無言で誓いを立てた。  
 
 七年後の世界でさんざんな目に遭ったこともあり、『幻影の砂漠』を進むにあたって、リンクは  
相当の覚悟をしていた。そのせいか、初めのうちは、さほどの苦労も感じなかった。方角や  
道のりはわかっていたし、砂嵐の季節ではない点も幸いした。無論、あの悲惨な幻影を見ることも  
なかった。  
 が、中間地点の建物を過ぎ、行程の後半に入ると、砂や太陽の絶えざる攻撃が、徐々にリンクの  
心身をすり減らすようになった。水と食料は確実に消費され、ついには底をつき始めた。リーバの  
襲撃がないことだけが救いだった。七年後の砂漠にリーバがいたのは、魂の神殿に閉じこめた  
ナボールを、さらに隔離するために、ツインローバが施した妨害だったのかもしれない──と、  
リンクは霞みかけた頭で考えた。  
 大人時代と同じく一週間をかけ、それでもリンクは、とうとう巨大邪神像が見える地点に  
到達した。その眺めはリンクに生き返るような喜びをもたらしたが、ナボールに追いつけなかった  
という懸念は残った。  
 やっとのこととはいえ、子供のぼくがここまで来られたんだ。大人のナボールが遭難したとは  
思えない。おそらく神殿の中にいるのだろう。  
 そう自分に言い聞かせ、リンクは最後の歩みを進めていった。  
 
 まずは水の補給を──と、オアシスに走りかけたリンクは、途中の岩壁に裂け目を発見し、  
足を止めた。  
 七年後の世界でここに来た時は、気づかなかった。気づいていたとしても、特に何とも  
思わなかっただろう。でも、いまのぼくは、この裂け目に意味を感じる。オアシスよりも、  
もっとずっとぼくを癒してくれるものが、ここにはあるはず……  
 裂け目に身をすべりこませ、奥へと進み、あると予想していたとおりの泉を発見する。その水で  
とりあえず喉を潤し、服を脱いで身体を洗う。着衣を省き、『時のオカリナ』で『ゼルダの子守歌』を  
奏でる。  
 第二、第三の大妖精に続き、三度目の登場となった「魔法の大妖精」は、疲れ果てたリンクを  
思いやってか、肉体を満足させろという例の要求を口にする前に、癒しを提供しようと言って  
くれた。否やもなく、リンクは全裸のまま、大妖精に抱かれて、心と身体の疲労をすべて洗い流した。  
あとはこれまでと同じで、清新な力を取り戻したリンクの手と口と腕により、大妖精は悶絶し、  
絶叫とともに身を果てさせた。  
 事後、リンクは『ネールの愛』を授かった。短時間ではあるが、発動中は食らった攻撃をすべて  
無効化する、という防御魔法である。他の魔法と同様、名を唱えることで発動し、やはり使える  
機会は一度きり、とのことだった。  
 
 求める人物に会えるだろうか──という懸念は、意外な容易さで解消された。巨大邪神像──  
魂の神殿──の大広間に足を踏み入れるやいなや、リンクは呼びかけの声を浴びたのである。  
「見慣れない坊やだねえ」  
 はっとして声の方に目をやる。正面にある短い階段に、声の主は腰かけていた。  
 特徴あるゲルド族の衣装。健康そうな褐色の肌。後ろで留められた長く赤い髪。精悍な活力を  
満たした表情。七年分の若さがある点を除けば、かつて見たままの、それはナボールの姿だった。  
「あんたみたいな子供が、こんな所に何の用だい?」  
 落ち着き払った声。ここで人に会うとは思っていなかっただろうに、驚いた様子もない。  
こちらが神殿に接近していることを察知していたのかもしれないが、それにしても、この腹の  
据わりようには感心する。七年後の世界で感じた、あの堂々たる存在感は、こんな年回りの頃から、  
ナボールが身につけていたものだったのだ。  
 その存在感に圧倒されないよう、リンクは全身に気を満たした。  
 このナボールを、これから説得し、賢者として覚醒する運命を受け入れさせなければならないのだ。  
「ぼくは──」  
 名乗りを上げ、歩み寄ってナボールの前に立ち、『副官』との出会いの件から説明する。  
「ああ、あんたがあの娘の言ってた坊やかい。話は聞いてるよ」  
 やはり平然としている。こちらを見た瞬間、そうとわかっていたのだろう。  
「あたしに相談があるらしいね。はるばる砂漠を越えてやって来るなんて、かなり切羽詰まってる  
みたいだけど、いったい何の相談なのさ?」  
『副官』から話を聞いたのなら、相談の内容も知っているはずだ。なのにどうしてこんなとぼけた  
言い方を……  
 いや、ぼくを値踏みしているのかもしれない。伝聞ではなく、じかに内容を聞き取ることで、  
こちらの真意を確認するつもりなのか。  
 真意を伝えるのに、ためらいはない。とはいえ、伝え方には気をつけなければ。  
 七年後のナボールは、ガノンドロフを打倒すべし、と明確に認識していた。けれども現時点の  
ナボールが、どの程度のことを考えているのかは、わからないのだ。ガノンドロフの破滅的所業は、  
まだ本格化していない。『副官』と同じく、奴を嫌悪はしていても、打倒しようとまでは思って  
いない、という可能性も、充分にある。そんな段階で、賢者だの契りだのと突っこんだ話を、  
いきなり始めるわけにもいかない。  
 まず、『副官』に言ったことを、ここでも繰り返す。  
 世界全体を窮地に落としかねないガノンドロフの危険性。  
 次いで、  
「ハイラル王国だけの問題じゃないんだ。ゲルド族自体にとっても、将来、立ちゆくことが  
できるかどうかの、大きな問題だと思うんだよ」  
 と強調する。  
 ナボールは、じっとこちらに目を据えている。無言。無表情。腹の内が読めない。が、  
読めないほど、それを隠すということは、内心、思うところがあるからではないのか、と希望も湧く。  
 やがて、ナボールは口を開いた。  
「ガノンドロフをどうしようっていうんだい?」  
 核心を突く質問。  
 言っていいものだろうか。  
 迷った末に、決断する。  
 ここまできたら言うべきだ。  
「倒さなくちゃならない」  
 ハッ!──とナボールが破顔した。  
「ゲルド族のあたしに、そう言うのかい? フフン! いい根性してるじゃないか。気に入ったよ」  
 同意してくれるのか──との期待を裏切り、ナボールは続けて奇妙なことを言い始めた。  
「その根性を買ってやる。あたしの頼みをきいてくれないか?」  
 
 頼み? 頼むのはむしろこっちの方なのだが……  
「この建物にはね、あたしらゲルド族に古くから伝わるお宝が眠ってるって言い伝えがあるのさ。  
あたしはそいつを探しに来て、あっちの方から──」  
 ナボールが右側の通路を手で示す。  
「──行ける所は全部行ってみたんだけど、見つからないんだ。ところが──」  
 そこで言葉を切り、ナボールは立ち上がった。階段を登ってから、左の方へと歩いてゆく。  
リンクもあとについて行った。壁にぶつかった所で、ナボールがこちらに向き直り、下を指さした。  
「これさ」  
 床の高さで壁に小さな穴があいている。七年後の世界でも見た穴だ。  
「この向こうに、もっと部屋がありそうなんだが、あたしじゃこの穴をくぐり抜けられない。でも、  
あんたならそれができる。あっちへ行って、お宝を探してきて欲しいんだ」  
 どういう意図だろう──とリンクはいぶかしんだ。  
 ナボールが何かを探している、というのは、嘘ではあるまい。求めるものがあるからこそ、  
ここへ来たはずなのだ。その探索をぼくに頼むとは、ぼくを信用してくれているからか。あるいは、  
まだ信用しきってはいなくて、ぼくを試そうとしているのか。  
 いずれにせよ、ここはナボールの望みに添ってやった方がいいだろう。実際、有用なものを  
発見できるかもしれない。うまくいけば、あとの話もしやすくなる。  
 返事をしようとしたところへ、声がかぶさってきた。  
「見つけてくれたら……いいことしてやるよ」  
「いいこと?」  
 思わず問い返す。  
「そうさ」  
 ナボールが腰をかがめ、顔を近づけてくる。  
「どんなことだか、知りたいかい?」  
 にやりと口の端が吊り上がる。直後、いきなり股間をつかまれた。  
「あッ!」  
 反射的に身を引こうとするが、右手に睾丸を握られ、離れられない。さらに左腕が首に  
巻きついてきた。身動きできない状態で、下着越しに局部を揉まれる。荒っぽい操作であるにも  
かかわらず、ペニスは勝手に反応し、みるみるうちに硬くなってしまう。  
「元気がいいねえ」  
 耳元でささやくナボール。  
「坊やのくせして、いっちょまえに勃つじゃないか。感じるのかい?」  
 否応なしに感じてしまう。物理的な刺激だけじゃない。なぶるようなナボールの言葉に背筋が  
ぞくぞくとなって……こんな感覚は……これまで……  
 急に股間の感触がなくなった。首に巻かれた腕も解かれる。  
「続きはお宝を見つけてからだ。しっかりやるんだよ」  
 身を立たせたナボールが、相変わらずにやにや笑いを顔に浮かべ、こちらを見下ろしている。  
どぎまぎする思いが消えないまま、しかしリンクは、そんなナボールの態度に幾分かの反発も覚えた。  
「いいこと」を餌にして、命令口調だ。頼みをきいてくれと言い出しておきながら。  
 いや──と心を抑える。  
 これもナボールの気質なのだろう。こっちが子供だから、なおさら強気なのかもしれない。  
それに、ナボールの方から「いいこと」を持ち出してくれたのは、契りを結ぶにあたって好都合だ。  
セックスに積極的なゲルド族らしい言動。ただナボールの場合、純情なところがある『副官』とは、  
また違った攻撃性を感じさせるが……  
「お宝って、どんなものなの?」  
 背筋がぞくりとする感覚を思い出しそうになったリンクは、あわてて意識をそらせ、できるだけ  
それとは離れた、けれども聞いておかなければならない重要な質問を、ナボールに向けた。が、  
ナボールは、  
「それがわかってりゃ苦労はしないよ」  
 と肩をすくめて言い、次いで、何とも大雑把な要求を口にした。  
「あんたがそれっぽいと思うものがあったら、何でもいいから持ってくるんだ」  
 戸惑ってしまうが、  
「さあ、早く行っといで」  
 追い立てるようなナボールの促しに抗いもできず、リンクは身をしゃがませ、穴の奥へと  
這い進んでいった。  
 
 穴を抜けた先には、案の定、未知の部屋が続いていた。七年後の世界で通った右側の部分と、  
完全に対称というわけではなかったが、規模や内装は似たようなものであり、階段によって  
上階へと至る構造も同様だった。敵の気配はなく、他にも危険な徴候はなかった。ただし  
お宝らしい品物も見当たらなかった。  
 進むうち、大きな吹き抜けの部屋に出た。中央に巨大な女神像が坐している。  
 七年後の世界でも、ぼくはここに来た。あの時は右側から入ったのだが、いまは左側からだ。  
どっちの道をとっても、結局は同じことだったのか……  
 よく観察した結果、同じではないとわかった。いまいる階上の高さでは、左右の進入路は  
繋がっておらず、右側へ行こうと思ったら、階下の床に下りなければならない。ところが、いまの  
場所には、階上と階下の間を移動する方法がないのだ。右側では壁に手足をかけて上り下り  
できたのだが、こちらの壁はつるつるで、それができない。無理に飛び降りることはできても、  
いったん階下に下りると、階上には戻れなくなってしまう。つまり、左側から右側へは行けるが、  
右側から左側へは行けない構造になっているのだ。  
 ということは──とリンクは考える。  
 いまの場所からは、さらに階段が上へと続いている。右側から来たはずのナボールは、当然、  
この階段の上へは行っていない。ぼくが探索するべきは、そこなのだ。  
 階段を登った先は、広い部屋だった。丈の低い板状の石が壁から突き出していたり、大きな石の  
ブロックがいくつか置かれていたり、隅に燭台があったり、と、思わせぶりな内観である。しかし、  
お宝めいたものはない。  
 奥に扉があるので、先に進もうと思ったが、押しても引いても開かない。森の神殿での経験を  
思い出し、どこかに印でもないかと探してみる。それらしいものは見つからない。  
 燭台に火をつけてみる。ブロックの上面に太陽の絵が描かれているのを発見し、『時のオカリナ』で  
『太陽の歌』を奏でてみる。  
 何も起こらない。  
 試行錯誤の末、天井から光が漏れているのに気づいた。重いブロックをそこへ押し動かして、  
上面の太陽の絵に光が当たるようにしてみた。それが正解だった。光が絵に触れると、重い音を  
たてて奥の扉が開いた。  
 よし!──と胸を躍らせ、扉を抜ける。  
 こんな仕掛けで道をさえぎるからには、この先には何かがあるに違いない。それこそ、お宝の  
名に値するような何かが。  
 扉に続く階段を登り、またも大きな部屋に出る。部屋は左側に伸びていて、その奥には──  
 ぎょっとして立ち止まる。  
 斧を持った甲冑が立っていた。  
 
 思い出す。  
 七年後の世界で、女神像の部屋の中央にいた、あいつ。一発食らえば死あるのみの巨大な斧を  
びゅんびゅんと振りまわす、あの強敵。ここでお宝を守っているのか。倒さないと先へは  
進めないのか。  
 リンクは剣を抜き、そろそろと甲冑に歩み寄っていった。  
 あの時は、中にナボールがいた。こいつの中にも誰かが隠れているのだろうか。  
 前まで近づく。甲冑は微動だにしない。  
 目の部分のすき間から、奥を覗きこむ。  
 誰もいない。  
 ただの置物だったのか──と気を緩めた瞬間。  
 がちゃり、と音がした。  
 驚きが瞬時の体動を促し、リンクは後方へと身を跳ばした。  
 甲冑の足が前に出る。ゆっくりと。  
 中に人がいなくても動けるのだ。だが人がいようがいまいが、戦い方は変わらない。  
 待ち受ける。間が詰まる。斧が振り上げられる。落ちかかる。バック宙。轟音とともに床石を  
砕く斧。  
 そこへジャンプ斬り!  
『あ!』  
 空振り!  
 茫然とする間もなく、斧が床から持ち上がり、横に構えられる。  
 来る!──と読んだとおり、猛然と薙ぎが飛んできた。間一髪でバック宙。かすめた刃先が  
傍らの石柱に激突する。柱は粉々となって崩壊する。  
 その間に後退し、構えを直す。  
 剣の違いを忘れていた。マスターソードでは届く間合いも、コキリの剣では届かない。もっと  
引きつけなければならない。とはいえ、いま以上に近づくと斧を食らってしまうだろう。  
 あれしかない。  
 再び甲冑が眼前に迫る。腰を落として待機する。振り下ろされる斧。バック宙で回避。着地の  
直後、前に跳ぶ。ジャンプしながらの回転斬り!  
 剣先は届かない。が、弧状の軌跡から発せられた衝撃は、間合いを越えて空中を伝播し、  
見えない刃となって獲物に殺到する。激しい金属音。斬り裂かれる鎧。仰向けとなって倒れる敵。  
 機を逸さず飛びかかる。ガン! ガン! ガン! と叩きすえ、充分に狙いをつけて、渾身の  
ジャンプ斬りを頭部に見舞う。  
 今度は得られる確実な手応え。  
 兜が割れる。全身がばらばらとなって崩れ落ちる。やはり中には何者の姿もなく、剥落しつくした  
甲冑の部品は、もはや生気の欠片をも失い、やがておぼろな白煙とともに、形すらとどめず  
消え去った。  
 
 危機を脱した安堵、勝利への満足感、そして予想を超えた回転斬りの威力への驚きがないまぜとなり、  
リンクは大きく息をついた。  
 その息が終わらないうちに、物音がした。はっと警戒態勢をとり直すが、敵の気配はない。  
怪しみつつ物音の方向をうかがう。甲冑が立っていた部屋の奥。その壁面に四角い穴があいていた。  
 いまの敵を倒したことで、扉が開いたらしい。  
 歩を寄せ、扉の奥を覗きこむ。トンネル状となった通路の先に、外光らしき明るみがほの見える。  
 何かがある──と確信し、リンクは足を進めていった。  
 
 再び大広間の階段に腰を下ろしたナボールは、突然、自分の前に現れた、奇妙な少年について、  
漫然と思いをめぐらしていた。  
 右手に残る勃起の感触が、身体の奥をじわりと潤ませる。同時に自嘲の苦笑が漏れる。  
 ガキを相手にする趣味などないのに……  
 長らく男と交わっていないせいだ。砦ではしょっちゅう『副官』と抱き合い、それはそれで  
充実した性生活だったのだが、男を求める本能はなくならない。ガキとはいえ、久しぶりに生の  
男を見て、欲情を抑えきれなくなってしまったのだ。それに……  
 リンクと名乗った、あの少年。  
 年の頃に合わない「男」を感じる。  
 見かけが大人っぽいわけではない。持ち物だってガキのサイズだ。けれども確かに、そこらの  
ガキとは一線を画している。全体に漂う雰囲気が違うというか……いや、それだけではなく……  
 思いは好色な領域を離れ、徐々に深刻さを増してゆく。  
 たった一人で砂漠を越えて、こんな辺地までやって来るのだから、ただのガキじゃない。  
おまけに、その理由というのが、ガノンドロフを『倒さなくちゃならない』からだ、とは……  
 その台詞を聞いた時は、咄嗟に笑いでしのいだものの、実際のところは、どえらい衝撃だった。  
こんなガキが、と、あきれる一方で、こちらの考えをずばりと言い当てられたかのような驚きを  
禁じ得なかった。  
「かのような」? 例えか? 例えなのか? それは実はあたしがほんとうに──  
 ナボールは頭を振った。  
 先走るな。ことは重大だ。じっくり考えてみよう。  
 あたしがガノンドロフに対して抱く、重い感情。  
 嫌悪と。不安と。そして恐怖と。  
 嫌悪は以前からあった。女は自分に屈従するのが当然と言わんばかりの態度。強い女である  
ことに誇りを持つあたしは、そんな態度にずっと反感を抱いてきた。  
 不安もしばらく前から続いている。ガノンドロフはいまにも王国を滅ぼして、ハイラルの  
支配者になろうとしている。ゲルド族としては万々歳だ。ところがあいつは、まだそれ以上の  
何かを求めている。そう、危険な匂いのする何かを。  
 そして恐怖。  
 反乱勃発の時、ハイラル城の玉座の間で、ゲルド族の中でもとりわけ肝が太いと自負する  
あたしですら正視に耐えないような虐殺を、ガノンドロフは平然とやってのけた。その顔に  
浮かんでいた、あの笑い。あれはとても、人間のつくることのできる笑いではなかった。  
『こいつはもう、人として立ち入ってはならない領域に踏みこんでしまった』  
 あの時、あたしはそう思った。  
 ガノンドロフは魔王と呼ばれている。魔力を駆使するゲルドの王として。でもそれだけじゃない。  
あいつはすでに人間じゃない。「やばすぎる」もの。そう、その異名のとおり、魔になって  
しまったのだ。あたしはそれをこの目で見た。  
 
 こいつのもとにはいられない。  
 あたしはそう決意し、反乱のどさくさに紛れ、ガノンドロフの許可も得ず、強引に連絡役を  
買って出て、ゲルド族の本拠地である砦へと舞い戻ったのだ。  
 しかし、それだけだ。それ以上のことは考えていない。  
 考えていない……はずなのに……  
 リンクは言う。  
『ゲルド族自体にとっても、将来、立ちゆくことができるかどうかの、大きな問題だと思うんだよ』  
 否定できない。あたし自身、思ったものだ。  
 ガノンドロフなら──文字どおり魔王と化した、あのガノンドロフなら──自分の欲望を満たす  
ためには、仲間のことすら、斟酌したりはしないのではないか。その欲望の対象が何なのかは、  
わからないのだが……  
 さらに、リンクの、この指摘。  
 世界全体を窮地に落としかねないガノンドロフの危険性。  
 何を大げさな──と一蹴しきれない、真実の匂いが、そこにはある。  
 あたしは心の奥でそれに気づいていたのではなかったか。だからこそ──これもリンクが  
示唆したという──巨大邪神像の重要性を察して、自分の惑いを解く何かがあると感じて、  
ここまでやって来たのではなかったか。  
 その何かとは、何なのか。  
 ゲルド族の宝? それもあるだろう。だけど、それだけじゃない。何か……そう、もっと……  
あたしの存在自体に関係するような……いわば……精神的なもので……そこには誰かが──  
あたしにとってとても重要な誰かが──(リンク?)──関わっていて……その目的は……  
「……ガノンドロフを倒す……」  
 口に出した瞬間、鳩尾にずんと衝撃を感じた。  
 そうしなければならないのだろうか。  
『いや……』  
 決められない。踏み切れない。ガノンドロフがほんとうにそこまでの奴なのか、確信が持てない……  
 ナボールは再び頭を振った。  
 考えるだけでは解決しそうにない。リンクがお宝を見つけたら、何かわかるかも。そうだ、  
リンクとも、もっと話をしてみて──  
「我らの神殿へ侵入するとは、恐れを知らぬ不届き者よのぉ。ホッホッホ………」  
「では、その不届き者に、罰を与えてやりましょうかねぇ。ヒッヒッヒ………」  
 二つのキイキイ声がその場に反響した。ナボールは驚愕して入口に目をやった。  
 箒に乗った二人の老婆が浮いていた。  
 
 トンネル状の通路を抜け、外光を身に浴びた刹那、リンクは凝然となった。  
 吹きさらしの空間。左には巨大邪神像の胴体が迫り、右には陽炎の立つ無限の熱砂が広がっている。  
 ここは……邪神像の右手だ。ぼくはいま、邪神像の右の手のひらの上にいるんだ。  
 そして、そこにあるのは……ぼくの目の前にあるのは……  
 大きな箱。  
『妖精の弓』や『まことの眼鏡』が入っていたのと、大きさも形もそっくりの箱。  
 やはりお宝はあったのだ。  
 胸を躍らせ、一息に蓋をあける。中にあったのは一対の手袋。銀色の薄い金属板が甲に貼られて  
いる。大人用と見え、子供である自分の手には合わない。ぶかぶかだ。もし合ったとしても、  
生地が厚すぎて、指をまともに曲げられそうにない。剣を持つこともできないだろう。  
 いったいどういうお宝なんだ?  
 考えてみるが、わからない。手に合わないから、自分で試してみることもできない。  
 ナボールに渡して確かめるしかないだろう、と結論し、手袋を懐にしまったところで思いついた。  
 右手の上にお宝があるなら、左手の方にも何かあるのでは?  
 風に舞う砂を通して前方を透かし見る。邪神像の左手。その上に……ある! 確かに箱が!  
 あっちへは、女神像の部屋を経て、神殿の右方の上階から行くことになるのだろう。七年後の  
ぼくは、女神像の部屋でナボールに会ったあと、下へ戻ってしまったから、その道を通っていない。  
ナボールは通ったはずだが、それでも宝を見つけられなかったのは、さっきぼくが経験したように、  
途中で道をさえぎられ、最後までは進めなかったからだ、と想像される。  
 左手の方へ行ってみよう──と心を決めた、その時。  
「リンク」  
 背後で声がした。驚いてふり向く。進んできた通路の出口、その上の岩塊に、ケポラ・ゲボラが  
とまっていた。  
 
 ここで何を──と訊くより早く、ケポラ・ゲボラは性急に言った。  
「ツインローバが来ておる」  
「えッ!?」  
 再度の喫驚。  
「ナボールを追ってきたようじゃ。まずいと思うてわしも来た」  
 いつものような勿体ぶった口調ではない。緊張した声だ。それが事態の深刻さを表している。  
 どう深刻なのかを、沸騰せんばかりの頭で必死に考える。  
『副官』によれば、巨大邪神像へ向かったナボールを、仲間は不審に思っていたらしい。そこから  
ツインローバに話が伝わったのだ。ツインローバはナボールの行動に疑惑を抱き、ここまで  
追いかけてきたのだ。  
 人の心を読むツインローバが、ナボールに会ったらどうなるか。  
 最悪なのはナボールが賢者と悟られること。悟られたら確実に抹殺される。が……  
 ぼくはナボールに賢者の件を話していない。だからツインローバがナボールの心を読んでも、  
賢者と悟られはしない……  
『違う!』  
 そうじゃない! 七年後の世界でツインローバはこう言った!  
『お前がリンクと出会ったことで』  
『賢者のオーラが見えるようになったよ』  
 ぼくとナボールが出会ってしまえば、心を読まなくても、ツインローバにはナボールが賢者だと  
わかるのだ。そしてぼくたちは出会ってしまった!  
 ナボールが危ない!  
 思わず走り出そうとし、  
『待て!』  
 おのれを制止する。  
 ぼくは? ぼくについては? ぼくとツインローバが出会ったらどうなる?  
 ぼくの存在を知られてしまう。しかしそれはいまに始まった問題じゃない。いずれはそうなると  
覚悟していた。それにツインローバがナボールの心を読んだ時点で、あるいは「賢者のオーラ」を  
感得した時点で、ぼくの存在は暴露されるのだ。ぼくがツインローバと会おうが会うまいが同じこと。  
 重要なのはそこじゃない。  
 ぼくがこの世界に存在しているというだけであれば、封印の途中で目覚めたのだ、としか  
思うまい。けれどもツインローバがぼくの心を読んだら、ぼくが未来からやって来て、賢者たちの  
運命を書き換えていることが、完全にばれてしまう。結果は明白。奴らは即座に先回りをし、  
裏をかいて──そう、ぼくが対策を施す暇もなく──賢者を皆殺しにするだろう。そうなったら  
もう取り返しはつかない!  
 ツインローバに心を読まれてはならない。ツインローバに会ってはならない。絶対に!  
 だが……だが……ナボールはどうなる? ナボールを見殺しにしてはならない。それもまた  
絶対的な命題なのだ。  
 ぼくはいったいどうすればいい?  
 
 ナボールの身体を電撃のような緊張が貫いた。  
 ツインローバ! ガノンドロフの片腕が、ここへ何をしに? あたしを追ってきた?  
ガノンドロフも一緒か?  
 身を跳ね立たせ、入口を凝視する。外の光が見えるだけだ。  
 いない──と安心しかかる心を、ぐっと引き締める。  
 ツインローバだけでも一大事だ。何しろこいつにかかったら──  
「こんな辺鄙な所へ」  
「何用あってやって来たのか」  
「とっくりと教えて」  
「もらおうかねえ」  
 にたにたと笑う二人の老婆を乗せた箒が、すいと眼前に移動してくる。  
 ──心を読まれる!  
 ナボールは自らの思考を止めようとした。が……  
「無駄だよ。そんなことをしたって」  
「わかるよ。お前の心にあることは」  
「なかなか面白いことを考えてるねえ」  
「前からくさいと思ってたんだよ」  
「折に触れて反抗的だったお前が」  
「企みそうなことだわさ」  
「「ガノンさんをぶっ倒そうなんて!」」  
 ──そうじゃない! まだそこまでは……  
「まだ、ときたよ」  
「いずれは、ということだね」  
 ──だめだ。何を言ってもこいつらには通用しない。  
「そうさ。言い訳は無用だよ」  
「お前も年貢の納め時──ん?」  
「ほ?」  
 二人のにたにた笑いが凍りつき、  
「なんと──」  
「お前──」  
 悪魔的な哄笑となって復活する。  
「はっはぁ! そうかいそうかい、そういうことだったのかい」  
「ほっほぉ! これで裏切りの理由もわかろうというもんさ」  
「「お前が『魂の賢者』だったとはね!」」  
 
 ──賢者? いったい何のことだ?  
 純粋な疑問を読み取る気もないらしく、二人の老婆は聞くに耐えない声で絶笑を振りまきながら、  
大広間の中を目まぐるしく乱舞した。と、いきなり二人の動きが止まり、  
「さあ、こいつをどうしたもんかねえ、コウメさん」  
「知れたこと、すぐに殺しちまいましょう、コタケさん」  
「いや、それはどうかね」  
「はん? 何か不都合でも?」  
「ガノンさんの許しを得ていない」  
「そんなこと! かまうもんかね!」  
「だめだよ。一応、訊いてはおかないと」  
「ガノンさんだって殺せと言うに決まってるさ!」  
「そうだとは思うけど……」  
「あんたはこの期に及んで──」  
 言い合いを始めた。話題の主がすぐ前にいるにもかかわらず、全く眼中に入っていないかのようだ。  
 ナボールはじりじりと足を移動させた。  
 賢者とかいうものが何を意味しているのかよくわからないが、自分に死の危険が迫っている  
ことだけは間違いない。この場では殺られなかったとしても、いつかは粛清される。逃げなければ。  
奴らが口論している隙に、ここを抜け出して……  
 その余裕はなかった。ツインローバの「自家撞着」は、じきにコタケの慎重論が優勢となり、  
コウメもしぶしぶ納得の気配を示した。こっちに矛先が向くか──と観念しかかった時、  
「他にも忘れちゃならないことがあるよ」  
「何だね?」  
「リンクさ」  
「あ……」  
 新たな話題が二人の間に持ち上がった。  
「そうか、リンクは」  
「そうさ、ここにいる」  
「消えていたマスターソードが時の神殿に再び現れて」  
「緑の服を着た子供がゲルドの谷をうろついていたと聞いて」  
「おかしいおかしいとは思っていたが」  
「どうやら封印の途中で目覚めたらしいね」  
「放っておくと厄介だ」  
「どうするか考えないと」  
「どこにいるのかね」  
「神殿の中のどこかだろうが……」  
 二人の老婆はナボールの頭上を通り過ぎ、左右の通路の先をうかがうように、ふらふらと空中を  
遊弋した。  
 ──いまだ!  
 ナボールは階段から飛び降り、入口に向かって突っ走った。  
 外に出たところで先は砂漠。逃げ切れる当てがあるわけではない。それでもとにかく逃げなければ。  
逃げなければ!  
「あッ!」  
「待て!」  
 叫びを背後に聞いた時、すでにナボールは像内を脱し、まぶしい陽光の中へと身を躍らせていた。  
 
「む!」  
 突然、ケポラ・ゲボラが目を下に向けた。視線を追ったリンクは、神殿から走り出る一人の  
人物を認めた。間もおかず二つの物体が空気を切り裂くように飛び出してきた。距離を隔てた  
邪神像の掌上からでも、状況は明確に把握できた。  
 追われるナボール。追うツインローバ。  
 逃げられるわけがない──との危惧は的中し、砂の上を疾走するナボールは、たちまち二人の  
老婆に追いつかれた。  
「いま殺しはしないが」  
「逃がしもしないよ」  
「これでも!」  
「食らえ!」  
 二人が腕を振った瞬間、砂が大きく陥没した。ナボールが底に落ちこむ。脚がずぶずぶと砂に  
埋まる。  
「ちくしょう! 放しやがれ!」  
 悪態も虚しく、ナボールの身体は徐々に砂中へと沈んでゆく。腕をばたばたさせているが、  
沈降は止まらない。  
「ホッホッホ、とりあえずはこうして捕まえとくことにするよ」  
「ヒッヒッヒ、あとはガノンさんに許しを得て、なぶり殺しさ」  
 ナボールの頭上を旋回しつつ、あざ笑う老婆二人。  
 激しい惑乱がリンクを襲った。  
 ナボールを助けなければ! しかしここでぼくが出て行っては──  
「わしが一肌脱がねばならんようじゃな」  
 え?──とふり返った時には、もう姿はなかった。羽ばたきの音を残して飛び立った  
ケポラ・ゲボラは、あっという間に神殿前の石柱の上へと巨大な身を移していた。  
「何だ?」  
「お前は?」  
 ツインローバが旋回を止め、警戒の声を短く発する。  
「わしが誰だかわからんかな?」  
 からかうような言葉に、  
「梟……」  
「そのでかい図体……」  
「「ケポラ・ゲボラだね!」」  
 二重のキイキイ声が返される。  
「ご存じとは光栄。じゃが、それだけかな?」  
 いぶかしげにゆがむ二人の顔。  
「わしの心を読んでみたらどうじゃ? それとも鳥の心までは読めぬかな?」  
「く……」  
「む……」  
 やけに挑発的なケポラ・ゲボラ。ツインローバの方は、その挑発に乗って何やら念をこめている  
ふうだが、うまくいかないようだ。  
「あたしらが人の心を」  
「読めると知っているお前は……」  
 
 不意に二人の表情が変わった。驚愕と歓喜が顔に充ち満ちる。  
「わかったよ!」  
「心を読めなくても!」  
「匂いでわかる!」  
「お前は!」  
「「ラウル!!」」  
 ケポラ・ゲボラは答えなかった。薄笑いを浮かべているようにも見えた。  
「精神だけで生きてるお前が」  
「どこに隠れているのかと疑問だったが」  
「まさか梟に宿っていたとはね」  
「いけしゃあしゃあと出てきたからには」  
「ただじゃおかないから覚悟しな」  
「死ねッ!!」  
「くたばれッ!!」  
 二人の指先から炎と氷の帯が噴出する。寸前でかわしたケポラ・ゲボラは急降下し、ナボールの  
肩を両脚でつかんで砂から引き抜くと、一気に中天高く舞い上がった。  
「この野郎ッ!」  
「待ちやがれッ!」  
 急発進するコタケとコウメ。ナボールという重量物を抱えたケポラ・ゲボラは、しかしそんな  
負荷などものともしない速度で、砂漠の上をぐんぐん東へと遠ざかる。  
 このまま逃げ切ってくれ──と祈るがごとくリンクは見守る。と、追跡する二人のうち、後方に  
いたコウメが、ぴたりと進行を止め、こちらをふり向いた。  
 ──見つかった?  
 突進してくるコウメ。  
 ──見つかった!  
 通路に駆けこむ。  
 かなり離れているから心は読まれていないだろう。けれども追いつかれるのは時間の問題。  
 トンネル状の通路をひた走る。終端まで来て動転する。  
 扉が閉まっている!  
 開かない!  
 どこかに仕掛けがあるのか? だが調べている暇はない。爆弾で吹っ飛ばすか? だめだ  
ここでは爆風を避けられない。避けるには外へ出ないと。出たら捕まる。もうコウメはそこまで  
来ているだろう。行き詰まった。逃げられない。どうする? どうする?  
「どこだリンク!」  
 コウメの怒号が聞こえる。  
 最後の手段!──と覚悟しリンクは叫んだ。  
「『フロルの風』!」  
 
 一瞬のうちに眼前の光景が変化した。  
 静謐な無人の空間。目の前の石板に三つの精霊石。開け放たれた『時の扉』の傍らにある、  
おのれの身体。  
 時の神殿の吹き抜けの部屋。  
 先にこの部屋を訪れた際、前もって処置していた。効果は覿面。コウメの追跡を逃れ得た  
だけでなく、『幻影の砂漠』とハイラル平原を間にはさむ長々距離を飛び越えて、ここまで戻って  
こられた。が……  
 ぼくがここで『フロルの風』を発動させておいたのは、未来へ帰る際、厳しくなるに違いない  
ゲルド族の監視のもとでは、時の神殿への到達はきわめて困難だろう、と予想したからだ。今回の  
使用は──絶体絶命の危機を脱するためとはいえ──早すぎた。ぼくは、この過去の世界で  
なすべきことを、まだ、なし終えてはいない。  
 ナボールを半覚醒に導けなかった。ラウルの覚醒方法も──何度かケポラ・ゲボラと会ったにも  
かかわらず──わからないままだ。いや、事態はもっと切迫している。ナボールとケポラ・ゲボラは、  
ツインローバの魔手から逃れられるのか。  
 懸念は他にもある。ルトは賢者となる運命をちゃんと受け入れてくれるだろうか。ハイラル平原  
西方の王国軍はどうなるだろう。  
 考える。  
 さらにとどまって、これらの問題を片づけるべきか。  
『いや』  
 そうはできない。すでにぼくの存在は暴露された。奴らは血眼になってぼくを追いかけ始める。  
その追求を避けて行動するのは至難の業。特に、行方も知れないナボールとケポラ・ゲボラを  
探し出すことなど、不可能と言っていいだろう。また何よりも、ツインローバに会ってはならない  
という状況は、全く変わっていないのだ。  
 未来へ帰ろう──とリンクは決意した。  
 気がかりは残るが、選択の余地はない。あとは期待するしかない。  
 ナボールとケポラ・ゲボラに関しては、無事に逃げ切ることを期待して。  
 ルトに関しては、キングゾーラの説得を期待して。  
 王国軍に関しては、できるだけの健闘を期待して。  
 そうあってくれ。どうかそうあってくれ。そうあってくれさえすれば、ぼくが未来で、  
なすべきことを完遂させてみせるから!  
 リンクは剣の間の様子をうかがった。以前と同じく、ゲルド女が一人──前に見たのとは  
別人だが──退屈そうに見張りをしている。  
 女が背を向け、部屋の奥の方へぶらぶらと歩き始めたのを見て、リンクはそっと足を進ませた。  
物音をたてないように台座へと近づく。  
 近づききらないうちに、女が部屋の端に達した。ふり向く!──と見越して身を駆け跳ばせる。  
もう物音にかまってはいられない!  
「あッ!」  
 女が叫んだ時には、すでにリンクは台座に達し、マスターソードを抜き放っていた。  
 深遠な闇が周囲を満たす。世界が一挙に暗転する。  
 実りあるべき過去への旅の、それが最後の幕切れであり、同時に、いよいよ佳境へとなだれこむ、  
未来での戦いの再開幕でもあった。  
 
 
To be continued.  
 

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