四本の脚が地響きをたてて跳躍する。その表面に突き出た無数の棘に触れたら、深い裂傷は
避けられない。警戒しつつ、けれども後退はせず、じっと間合いを測る。そこへ跳びかかってきた
赤い甲殻体は、次の瞬間、
「てやッ!」
気合いとともに振り下ろされるマスターソードに両断され、脆くも死骸へと化していた。
魔物相手の戦闘にも慣れたリンクにとって、図体はでかくとも防御力の低い赤テクタイトは
難敵ではなかった。さほど数も多くはない。が、崖に沿う狭い道での戦いは、ただでさえ危険な
デスマウンテン登山道を、さらに危険な場としており、また落石や火山弾の飛来も──シークが
指摘したように──七年前に比べて明らかに頻度を増していた。
そうした現状に苦しみながらも、歴史改変前には道を断ち切っていた熔岩流が、いまはないだけ
ましである──とおのれに言い聞かせ、リンクは前進していった。
ゴロンシティに着いたのは翌日の昼前だった。七年ぶりの訪問は、ゴロン族一同を大いに驚かせ、
かつ喜ばせた。キングドドンゴ退治というリンクの功績を、みなは忘れてはいなかったのである。
ただ、歓迎一色とはいかなかった。頻発する地震と噴火は、シティに種々の被害を及ぼしていた。
落盤によって鉱山での採掘作業は困難となり、少なからぬ負傷者や、最近ではついに死者までもが
出ていたのである。火山活動の活発化に伴って、シティ内部の気温は上昇し、日常生活そのものが
影響を受けつつある事態ともなっていた。
リンクは族長と会見した。ダルニアの跡を継いだその人物は有能であり、ガノンドロフの暴威が
世界を席巻した七年足らずの間、ゴロン族の安全と団結を──ダルニアの結界あってのこととは
いえ──よく保ってきたのだが、ここに至っては、シティ放棄、全員下山もやむなし、と、
いまにも苦渋の決断を下そうとしていた。
それは待って欲しい──とリンクは押しとどめた。
「ぼくがこれから炎の神殿へ行って、必ずデスマウンテンの活動が治まるようにしてみせるから」
どうやって?──といぶかしむ様子の族長だったが、リンクの以前の功績がものを言ってか、
深い追求もせず、最後には全幅の信頼を寄せてくれた。
ゴロンシティで休息の一夜を過ごしたのち、リンクはデスマウンテン山頂へと向かった。
視界を奪う分厚い火山灰の幕、そしてますます数と威力を増す火山弾により、行程はしばしば
妨げられた。小康状態を待って先へ行こうにも、噴火はひっきりなしで、絶える気配がない。
やむなくリンクはハイリアの盾を構え、降り来る火山弾の中を強引に突き進んだ。少々の怪我には
留意していられなかった。
最後の崖の下に達すると、不意に上から青テクタイトが降ってきた。赤テクタイトよりも
防御力が高いこの魔物を、しかしリンクは動じることなく葬った。崖には多くのスタルウォール
──スタルチュラよりは小型の蜘蛛──が張りついていたが、矢で射落とすのは容易だった。
敵を一掃したのち、リンクは崖を這い昇った。
山頂に至ったリンクの前にあったのは、七年前と同じく、岩壁に穿たれた二つの横穴である。
リンクは迷わず左側の穴の中へと身を入れ、奥の泉を目指した。
『ゼルダの子守歌』により、例の絶叫めいた笑い声をあげて泉から飛び出してきた大妖精は、
リンクにじっと目を注ぎ、感慨深げに言った。
「ようこそ、リンク。見違えるくらい逞しくなったわ」
再び奉仕が必要か、と案じたが、二度目とあってか要求はなく、
「あなたには、火口内の大妖精の居場所を伝えなければならないわね」
リンクが何も頼まないうちから、所定事項とばかり、大妖精は話し始めた。
「火口の入口から、左側の崖に沿って下っていけば、知恵の大妖精の泉へ続く洞穴が見つかるわ。
爆弾でも壊せない固い岩で塞がれているけれど、いまのあなたなら大丈夫ね」
意味がわからず、ぽかんとしていると、大妖精がおかしそうに指摘した。
「あなたは『銀のグローブ』を持っているじゃない」
そこで思い出した。過去の世界で巨大邪神像を訪れた際、その右手の上で発見した手袋を、
リンクは懐から取り出した。
『銀のグローブ』という名のとおり、甲に銀箔が貼られている。子供の手には合わなかったが、
大人の身なら装着可能だ。
「それを使えば、普通の人間には出せないほどの腕力を発揮できるの。生地が厚いから、剣を
持ったりはできないわ。でも岩を持ち上げるくらいなら簡単よ」
言うべきことはそれだけ──といった態度で、大妖精は笑いとともに泉へと身を消し去った。
デスマウンテン火口は、以前にも増して猛暑が支配する地となっていた。高温に耐えて行動
できるのはごく短時間、とわかっていたので、リンクはあらかじめ『銀のグローブ』を装着し、
火口に入るやいなや、左の崖沿いの道を全速で駆け下った。
たちまち汗が噴き出す。熱を受ける肌がひりつく。頭がぼうっとなり、脚がもつれる。
これ以上は走れない──と観念しかかった時、霞む目が褐色の岩塊を捉えた。ふらつく脚を
どうにか動かし、そこに近づく。手をかけ、足を踏ん張り、思い切り気合いをこめると、火口の
内壁に接していた大岩は意外な軽さで持ち上がった。壁面には洞穴の口が開いている。傍らに岩を
落とし、リンクは穴に走りこんだ。
進むに従って気温はぐんぐん下がり、最奥部の泉に達する頃には、外の熱暑が嘘のような
涼しさとなっていた。リンクは大きく息をつき、からからに渇いた喉を泉の水で潤した。
とはいえ、安息に浸り続けることはできない。また灼熱地獄の火口内に出て行かなくては
ならない。そのためには、この泉にいる大妖精の助けを得る必要があるのだ。
毎度の奇態さで登場した「知恵の大妖精」は、リンクの要望を──知恵とは無関係でありながら
──二つ返事で聞き入れてくれたが、
「今度はただではすまないわよ。私を満足させてちょうだい」
と、早くも欲情を声に表し、もともと少ない衣装を惜しげもなく脱ぎ去って、豊満という
言葉では言いつくせない、爆発的な裸体を開陳した。
いつものように──と、乳房への愛撫から始めたリンクは、いままでと勝手が違っていることに
気がついた。大人の身体となっているため、手の届く範囲が広くなり、余裕をもって行動できるのだ。
大妖精の方も、そんなリンクの手と口の攻めで、これまでにはない快感を呼び覚まされている
ように見える。
それはいいのだが──とリンクは心配になった。
大人になって、ぼくの腕もかなり太さを増している。いくら大妖精が巨体といっても、膣への
挿入は無理だろう。満足させるにはどうしたらいいか。
考えた末、以前にも言われたように、できることをするしかない、と腹をくくる。
「そろそろこっちも……」
喘ぎつつの要求に応じて、リンクは全裸となった。股間にしゃがみこみ、口で高まらせて
おいてから、勃起をあてがって、腰を突き出す。体格の差はいかんともしがたく、先端は、ほんの
入口までしか届かなかったが、それでも、自分は初めて大妖精と局部を触れ合わせ、セックス
らしいセックスをしているのだ、との感慨が、身の躍動を増進させた。大妖精も同様の感慨を
抱いているのか、サイズの点では上の、腕による交わりの際よりも、もっと大きな愉悦を味わって
いるようだった。
激しい交合ののち、二人は絶頂に達した。その瞬間にも、大妖精に放出するという行為がやけに
倒錯めいたものと感じられ、リンクの絶頂感は倍増した。
事後、大妖精は深く満足の意を表明し、抱擁による癒しをも提供してくれた。促されるままに
着衣すると、黄金色の光の波が全身を包んだ。それは大妖精が何かを授けてくれる時、常に生じる
状態だったが、何が起こったかわからない点でも、いままでと同じだった。
「あなたの服に耐熱効果を宿らせたの。これで気温の高い所でだって活動できるわ。この地に
ちなんで『ゴロンの服』と呼んでおきなさい」
そう言われても、自分の服がどう変化したのか、全く実感できない。
困惑するリンクを残し、大妖精は、あっさりと泉の中に消えてしまった。
いつまでも困惑したままではいられないので、大妖精の言葉を信じ、リンクは泉をあとにした。
火口へと近づくにつれ、気温の上昇が感知されたが、身の危険を感じるほどではない。火口に
出てもそれは変わらず、自由な行動が可能となっていた。
気がつくと、緑色だった服の色が、真っ赤に変わっていた。高温下では自動的に耐熱仕様の
『ゴロンの服』となる、その変化のしるし、と思われた。
火口内の道は、崖際を伝う一本のみであり、炎の神殿がその先にあるのは確実だった。リンクは
道をさらに下り、火口の底へと接近した。
入口の崖からだと、はるか下方に見えていた熔岩の海が、もはや目の前である。煮えたぎる
流動体の表面は複雑に蠢き、時おり小爆発を起こして宙に熱塊を噴き上げる。景色は深紅に染まり、
熱せられた空気によって不安定に揺らめいている。その熱気は『ゴロンの服』を通してさえ身を
ひしひしと炙り、皮膚は絶え間なく大量の発汗をきたす。
普通の服なら瞬時に卒倒しているだろう。いや、それどころではない。身体全体が融解して
しまうかも──と、ややもすれば断ち切れそうになる意識を必死で繋ぎとどめつつ、リンクは考えた。
道は最深部で短い横穴に続いており、その奥では深い縦穴が地下に向かって伸びていた。縦穴の
内面には岩の突起が規則正しく梯子のように配列している。そこに手足をかけ、リンクは穴の
底へと降りていった。
降りた所は巨大な門となっていた。ぴったりと閉じられていた扉は、『炎のボレロ』の旋律に
よって、重厚な鳴動とともに左右へ引かれ、荒々しくも豪壮な空間が、リンクの眼前に現れた。
ダルニアに会わなければ──と探索を開始したリンクだったが、炎の神殿の構造には戸惑った。
森の神殿のような回廊様式ではなく、魂の神殿のように左右ほぼ対称というわけでもない。だが
行ける範囲をさまよううち、大雑把には二つの部分が並んだ格好となっているのがわかった。
左側の部分は、底に熔岩を満たした広い空間で、対岸に扉が見えるものの、渡り着くことは
できそうになかった。対して右側の部分は、上階へと連続する進路が設定されているようだった。
リンクは右方の探索を優先させることにした。
神殿内の環境は厳しいものだった。あちこちに熔岩が露呈しており、いくら『ゴロンの服』を
着ていても、一歩間違えて落ちこめば即死である。加えて──ガノンドロフの魔力による罠なのか
──迷路のような細道を大岩が転がってきたり、柱や地面から火が噴き出してきたり、背後から
炎の幕が迫ってきたり、扉と思った板状の物体がいきなり倒れてきたり、といった不意打ちには
事欠かなかった。
またシークが危惧したとおり、神殿内には魔物が跳梁していた。多くは雑魚のキースやバブル
だったが、場所柄か、それらは炎をまとい、ファイアキース、あるいは赤バブルの姿で突進して
くるのだった。周期的に発火を繰り返す、トーチスラグという名の大蛞蝓もいた。剣で容易に
片づけられる弱敵であっても、火が絡むだけに、注意を怠れば火傷を負う。そして問題は、
神殿内が、注意を保ち続けるのに困難を覚えるほどの暑さであることだった。その点で、真の敵は
魔物よりも暑さ自体といえた。
中には容易ならぬ敵もいた。探索の途中、リンクは祭壇ふうの一隅を備えた小部屋を発見し、
他の場所よりはましという程度ではあるものの、意外な気温の低さを感じて一息ついたのだが、
直後、その一息を再び呑みこまざるを得なくなる物体の存在に気づいた。ライクライクである。
上方の口からあらゆるものを吸いこんで消化してしまう、この巾着形の生物は、動きは鈍重ながら、
ひたひたとリンクに迫り、ぐいと身を曲げて、鋭い棘の生えた大口を威嚇するように開いて
見せるのだった。胴は軟らかそうであるのに口のまわりは硬く、マスターソードでも傷つけられない。
対応に苦慮したが、食いたいのなら、と思いつき、口に爆弾を放りこんでやった。これは図に
当たり、体内での爆発で動きを止めた相手の胴を、リンクは一気に斬り裂いた。
フレアダンサーは燃える巨大案山子とでも呼ぶべき魔物だった。急速に回転しつつ、一面に炎の
小塊をばらまくので、まともに接近することができない。遠隔攻撃しかないと判断し、矢を射て
みたものの、動きが速すぎて当たらない。功を奏したのはここでも爆弾だった。爆発により敵は
矮小な本体をさらけ出し、ちょこまかとあたりを逃げ惑った。最初はそれに追いつけず、炎の中に
入られ、復活を許してしまったが、二度目の攻撃で本体を斬り捨てることに成功した。
数々の敵と炎熱に耐え、リンクは神殿の最上階へと到達した。そこは吹き抜けの大空間で、
上はドーム状となった岩肌に覆われ、はるか下には地階の熔岩帯が真っ赤な口をあけていた。
その階では、内壁に接する岩が、螺旋状に緩やかな上りの傾斜をなしており、頂上にあたる狭い
平面の上に、いわくありげな大箱が望見できた。
ここまでの行程で、ダルニアを見つけることはできなかった。探索し残した場所は、神殿左方の
熔岩の向こう岸だけだ。そこへ渡るために必要なものが、あの箱の中にはあるのだろう。
頂上を目指すリンクの足は、傾斜にかかろうとした所で止まってしまった。そこは単純な
斜面ではなく、先へ進むには、足がのるかどうかのかぼそい道を、綱渡りのようにしてたどって
行かねばならないのだった。
外側に落ちるのなら、岩にぶつかるだけだから、せいぜい打撲ですむ。しかし内側に落ちれば、
地階の熔岩帯まで真っ逆さまだ。まさに命がけの行動を要求される。平時なら、さほど難しくも
ないだろう。ところがいまは、暑さで頭が朦朧としかかっている。脱水症状も現れているようだ。
リンクは水筒を取り出した。大妖精の泉で汲んできた水は湯と化しており、残量は──
飲用よりも蒸発によって──僅少となっていた。そのわずかな液体を口に含んでどうにか渇きを
癒し、リンクはおもむろに足を踏み出した。
平衡を保つには集中力が必要であり、集中力を保つには無量の意志と勇気を必要とした。
それこそが自分の本領──とおのれを励ましつつ、リンクはひたすら漸進した。やっと目標点に
達した時、緊張の糸は切れる寸前となっていた。
深呼吸を繰り返して、落ち着きと気力を取り戻したのち、リンクは箱の蓋を開け放った。中の
品を見、これは……と記憶をまさぐりかけた時、
──そいつが例のやつさ。
どこからともなく、覚えのある声が聞こえてきた。
「ダルニア!」
──昔、ゴロンの族長が大妖精から授かって、邪竜ヴァルバジアをやっつけた、という伝説の
ハンマーだ。
「どこにいるんだ?」
──それをお前に渡すってことが、どういうことかは、わかるだろうな。ここでヴァルバジアを
倒すのは、お前の役回りだぞ。
「どこなんだ? ダルニア!」
──これまで精いっぱいデスマウンテンを守ってきたが、いまのあいつは俺じゃ抑えきれねえ。
どうしてもお前の力が必要なんだ。
一方的に話しかけてくるだけで、会話が成り立たない。森の神殿でサリアの声が聞こえた時も
そうだったけれど。
「返事をしてくれ!」
──うるせえな!
いきなり応じられ、びっくりしてしまう。
──ぎゃあぎゃあわめいてないで、ちゃんと聞きやがれ! 俺の話がわかったか?
「ダルニア──」
──わかったかって訊いてんだよ!
「あ、ああ……わかったよ」
一方的な言い方は変わらないものの、意思疎通ができること、また、かつてと同じように豪快な
ダルニアであることが、リンクの胸をほころばせた。
「だけどさ」
──ん?
「もうちょっとましな場所に置いてくれたらよかったのに」
──贅沢言うな。そいつは昔からそこにあるんだ。俺だって勝手にゃ動かせねえんだよ。そこへ
行き着ける度胸を持った奴だけが、そいつを手にできるってわけだ。
「試験なのかい?」
──そういうこった。お前は合格したんだ。さあ、そのハンマーでヴァルバジアの頭を
ぶっ潰してやれ!
声はそれきり聞こえなくなった。しかしリンクは不安を感じなかった。
ダルニアは困難な状況にあるようだが、鼻息は荒い。いまは姿を見られなくとも、ヴァルバジアを
打ち倒せば、必ず会えるはず。
闘志を燃やし、ハンマーに手を伸ばす。持ち上げようとして、できなかった。相当の重量である。
あわてず『銀のグローブ』を装着する。剣は操れないが、ハンマーの柄ならどうにか握れる。
ちょっと力を入れただけで、あっさりとそれは持ち上がった。振りまわすことも容易にできる。
帰りは綱渡りをする必要はなかった。螺旋状の傾斜は空間内をほぼ一周していたので、頂上の
平面から飛び降りるだけで、その階の入口の前に戻ることができた。
そばの床に意味ありげな突起があった。ハンマーで叩いてみると、派手な音をたてて床が陥没し、
階下への道が形成された。下る先々に現れる同様のスイッチを、同様に叩きすえ、リンクは
どんどん進んでいった。
最後はただのスイッチではなく、叩いた部分の床が抜けてしまった。開いた穴から見下ろすと、
そこは最初に前進を阻まれた神殿左方の熔岩空間であり、抜け落ちた床は熔岩上に落ちて、浮島の
ように漂っていた。あれを足場にすれば熔岩を渡ることができる、とわかり、リンクは急いで
出発点に戻った。
改めて左方の空間に出る。できた足場に飛び移り、対岸に着く。扉を開く。
そこも広大な空間だった。上面も、下面も、側面も、すべてがごつごつとした岩からなっている。
地には多くの穴があいており、熔岩が不気味な蠢動を示している。熱気の程度も凄まじい。
荒涼とした、実に不穏な光景だった。
ダルニアはここにいるのか?
気を配りつつ、一歩、二歩と足を前に出した時──
突如、背後の扉が閉まった。
『来るか!?』
背筋に緊張が走る。
『来る!』
地鳴りが起こる。地面が揺れる。凶暴な叫びが響きわたる。
どこに──と思う間もなく、眼前の穴から熔岩が噴出し、一瞬ののち、巨大な物体が飛び出して
きた。リンクの胴の何倍もの太さのそれは、天井に向けて伸び続け、あきれるばかりの時間を
かけてようやく穴を脱し、全貌を視野に入れられないほどの長大な姿を空中に展開させた。
金属的な硬さを思わせる赤黒い鱗が、凹凸不整な体表を覆いつくしている。一対の前肢の
先端にはそれぞれ鋭い三本の爪。頭部には二本のねじ曲がった角。髪の毛のように後方へたなびく
火焔。鮮烈な碧色の光輝を宿す二つの眼。
これがヴァルバジア! ツインローバの幻影に出てきたあいつ!
複雑なくねりを呈して竜は上空を舞う。優美とも呼びたくなるその動きは、突然、獰猛な
直線運動となって押し寄せてくる。あわてて回避するリンクを揶揄するかのごとく、竜は再び
空中舞踏に戻り、ぐるぐると頭上を旋回する。いかにも自らを誇示するような、余裕さえ
うかがえる行動だ。
その余裕を吹き飛ばしてやりたいのはやまやまだが、飛んでいる相手にハンマーは届かない。
歯噛みするリンクには見向きもせず、高度を下げた竜は、そのまま熔岩の穴へと身を沈めていった。
リンクは穴に駆け寄った。
これで終わりのはずはない。また飛び出してくるはず。その瞬間を狙ってハンマーを──
離れた所で熔岩が噴き上がった。驚いて目をやる。地表から突き出たヴァルバジアの頭部が見える。
別の穴から出てくるとは!
こちらに顔を向けているヴァルバジア。動くな!──と心で叫び、ハンマーを振り上げて突進する。
『待て!』
記憶が制止をかけるのとヴァルバジアが大口を開くのがほぼ同時だった。咄嗟に横っ飛び。
そこを猛炎が突っ走る。何とか直撃は免れたものの、放散する熱までは避けきれず、頬は
ひりひりと痛みを訴えた。
奴は炎を吐く。食らったらそれまで。迂闊には近づけない。
緊張に身を固めるリンクの前でヴァルバジアが飛び上がる。空中をゆったりと飛翔する。
波打つ胴が天井にぶつかり、その衝撃で岩の塊が次々に落下してくる。竜にとっては石ころ同然の
大きさでも、人に当たれば致命傷になる。リンクは必死で身をかわした。
右往左往するリンクをあざ笑うかのように、ひとしきり遊泳したのち、またもヴァルバジアは
熔岩の穴にもぐりこむ。
今度はどこから?
背後で噴出音。ふり返る。頭が現れる。駆け寄る。口が開く。間に合わない。轟然と疾走する
炎の帯。ぎりぎりで回避。ヴァルバジアが飛び出す。岩が降ってくる。よける。降ってくる。
よける。熔岩に突っこむヴァルバジア。
その繰り返しになった。
頭を出したところへハンマーを叩きこみたいのだが、どの穴から出てくるのか全くわからない。
わかった時にはもう遅い。事前に予測することもできない。地面の揺れが気配を隠してしまうのだ。
無為に走りまわるうち、身体が疲労にまみれてくる。焦りがそれに輪をかける。猛暑が思考の
働きを奪う。叫喚と地鳴りと岩の落下音が場にがんがんと反響し、耳が痛くなってくる。他にも
何か音がしているようだが、何なのかわからない。わからなくてもいい。どうでもいい。
音が大きくなる。うるさい。静かにしろ。集中できないじゃないか。もっと大きくなる。やめろ。
ほっといてくれ。これ以上ぼくの邪魔をするな──
──馬鹿野郎!
大音声で我に返る。
──のぼせ上がってんじゃねえ! 俺の声が聞こえねえのか!?
声? あの音はダルニアの声だったのか?
──落ち着け。俺が奴の居場所を教えてやる。先回りするんだ。
ダルニアが指示を? ぼくに?
ちょうどヴァルバジアが穴に消えたところだ。いま地下の熔岩内を移動しているはず。やはり
気配はつかめない。どこにいるのか全然わからない。わからないが──
──左だ!
瞬時に身をひるがえす。走る。走った先に穴がある。振りかぶる。待ちかまえる。熔岩が
揺れ始める。黒い影が現れる。
いまだ!
全力で振り下ろしたハンマーが影に衝突し、鈍い音響とともに跳ね返る。
まだまだ!
腕が麻痺するほどの衝撃に耐え、動きの止まった影を叩く叩く叩く叩く叩く!
陥没する頭蓋。砕けて飛び散る角。光を失う片目。
ぶっ潰してやる!──との攻勢を、竜は強引に押し返し、宙に向かって躍り上がる。頭の半分を
割られた状態で、苦悶の絶叫を轟かせつつ、隻眼となった竜がのたうちまわる。もうこちらを
なぶる余裕もなく、しかし今度は敵意を剥き出しにして襲いかかってくる。炎を吐き出す。
突進してくる。火焔。突進。かわすのがやっとの猛攻撃。
反撃しなければ。だが穴に身を隠す気はないようだ。ハンマーが使えない。どうする?
どうする? 空中の敵を討つには……
ハンマーを放り出す。『銀のグローブ』を脱ぎ捨てる。
──おい、どうする気だ?
背負った『妖精の弓』を手に持つ。腰を落とす。片膝を立てる。
──止まるな! 炎を食らっちまうぞ!
突っこんでくるヴァルバジア。かまわず弓に矢をつがえる。弦を引き絞る。
──やめろ! 危ねえ!
迫る頭部。開かれる口。喉の奥に膨らむ炎。そこを狙って──
──やめろったら!
放った一矢は眼前に殺到する口腔の中へと一直線に吸いこまれ、結果を確かめる暇もあらばこそ
思い切り横へ身を投げると、猛然と脇を通過した竜は轟音を響かせて地面に激突し、やった
いまのうちにと頭の前に駆け寄るも手にハンマーはない、まだびくびくと身体は動いている
いつ跳びかかってくるかわからないから拾いに行っている時間はない、そうだここは退魔の剣、
とどめはやっぱりこれでと背のマスターソードを抜き放ち、跳躍しつつの上段から残る力を
すべて凝縮させた脳天への一撃は、
「つあぁッッ!!」
ざっくりと確実な手応えを返し、刹那、竜の巨体が弾かれたように舞い上がり、空間いっぱいを
飛び、飛び、飛び、もはや目標もなく生気が暴走するまま盲目となって飛びまわり、その生気も
全身に走る亀裂から噴き出す炎となって拡散し、炎は竜を焼き、焼き焦がし、焼きつくし、ついに
動きの止まった長大な身体が神殿全体を震わせるほどの重みをもって地上に落ち、炎より変じる
真紅の光に包まれたそれは、見る間に真っ黒な骨格のみの亡骸と化して、リンクの前に横たわった。
荒れすさぶ呼吸に治まりがつきかけた時、ようやく、
『勝ったんだ』
という事実が脳に染み渡ってきた。剣を鞘に戻し、疲労が達成感へと昇華してゆく過程を快く
味わううち、小さな赤い光点の揺らめきが、視界の隅に見いだされた。初め一つであった光点は、
次第に数を増やしてゆき、まばゆい輝きを放ちながら寄り集まる。やがて輝きは唐突に失われ、
あとには一人の人物の立ち姿が残された。
その人物が、声を出す。
「無茶なところは、ちっとも変わってねえな、お前は」
嘆じるような、けれどもしんみりと温かい、その声。
「だが……みごとな戦いぶりだったぜ」
深い慈しみと懐かしみに満ちた、その目。
「それに、七年で……ずいぶんと、まあ……立派になりやがって……」
ダルニアが大きく腕を広げる。こちらも腕を広げる。微笑み合う。歩を寄せる。距離をなくした
二つの身体が、互いの腕にがっちりといだかれる。
その一体感が、さらに勝利の感動を強くした。
ダルニアの助けがなかったら、ぼくはいま、ここにこうしてはいられなかっただろう。ぼくたち
二人の力が合わさってこそ、ヴァルバジアを倒すことができたのだ。そう、キングドドンゴを
倒した時と同じように。
長い抱擁が解けたのち、なお感動の余韻を噛みしめつつ、泣き笑いに近いダルニアの表情を
しみじみと見つめていたリンクは、ふと周囲の環境の変化を感じ取った。
さっきまで灼熱の熔岩があたりを赤々と照らしていたのに、いまはかなり暗い。熔岩が冷えて
黒っぽくなっているのだ。気温も明らかに低下している。
「火山活動が止まったのかな」
ダルニアがまわりに目を向けた。リンクの疑問の理由を悟ったようである。
「完全に止まったわけじゃねえ。さんざん山を煽ってきたヴァルバジアが死んじまって、一時的に
その反動がきてるのさ。いずれ元どおりになるだろうが……」
いったん言葉が切れ、愉快そうな声が後に続いた。
「お誂え向きってこった。ちったあ冷えてくれねえと困るからな」
意図がわからず、ダルニアの顔を見る。わかっていないということを、こちらの様子で察したのか、
ダルニアは小さくため息をつき、
「もうちっと居心地のいい所へ行こうぜ。ここは殺風景すぎる」
と言いながら、ぽんと肩を叩いてきた。
連れて行かれたのは、一端が祭壇のようになった、例の小部屋である。祭壇の側に二つの篝火が
焚かれている以外はがらんとしており、こことて殺風景であることには変わりない。が、岩や
熔岩が剥き出しになった他の場所とは異なり、床も壁も天井も人の手になる滑らかな平面である分、
落ち着いて身を置くことができそうだった。
ライクライクの死骸は消え去っていた。部屋へ来るまでの間にも魔物の姿はなく、森の神殿と
同様、親玉に相当する敵を倒せば、すべての魔物が消滅するのだと知れた。
篝火による明るみが作られた部分の床に、リンクは腰を下ろした。少し何かを考えるような
素振りを示したあと、ダルニアも向かいにすわりこんだ。
横にある篝火の熱がほのかに感じられる。それを熱と感じられるほど室温は下がっている、
ということだ。暑いかと問われれば暑いと答えざるを得ないのだが、先刻よりは格段の和やかさ。
もともと他よりは気温が低かった部屋だけに、いまはいっそう過ごしやすい場となっているのだ。
何気なく服に目をやり、驚いてしまう。いつの間にか緑色に戻っている。『ゴロンの服』で
なくとも耐えられるくらいの温度なのだ。
「ここならいいだろう?」
ダルニアが唐突に口を開いた。
「うん……」
確かに居心地はいい、と同意する。じっとこちらを見ているダルニア。奇妙な間があく。
「大丈夫だな?」
「え?」
念を押されて、けれども意味がとれない。いらついたような、はにかむような、複雑な面持ちと
なって、ダルニアが続ける。
「どうなんだよ」
何がどうだというのか。言葉が短すぎる。
「察しの悪い野郎だな、お前は」
ダルニアが口調を荒げる。だが真剣に怒っている感じでもない。
「ここなら脱げるだろうって言ってんだよ!」
それでようやく気がついた。
俺の方から言わなきゃならねえとは──と、ダルニアは嘆息する。
これじゃまるで、俺がそのことばかり考えてるみてえじゃねえか。
強いて憮然とした文句を胸に並べつつ、しかしそれが事実なのだ、と、ダルニア自身、よく
わかっていた。
『炎の賢者』として、ゴロン族を救い、世界を救うための、これは必須事項なのだ、とは、重々
承知している。が、同時に、個人としての自分が、自分の悦びを得られる、再度の──そして
最後の──機会である、という点の方が、ダルニアにとっては、はるかに重要なのだった。
なのに、こいつときたら……
ぼけっとしやがって。契りのことなど忘れきったみたいに。
自分の思ったことに、どきりとする。
リンクが忘れるはずはない。ないのだが……
それを思い出させるだけの魅力が、俺にはないということなのか。
『まさか!』
リンクがそんなふうに思っているわけがない。七年前、俺が女なのだと、女の魅力があるのだと、
あれほど直裁に指摘したリンクなのだから。
ただ……揺るぎのない意志で契りの件をぶつけてきた、あの時のリンクを思うと、いまの鈍さが、
どうにも不思議に感じられてしまう……
忘れていたのではない──と、リンクは心で抗弁する。
そのことは常に頭にあった。苦難を乗り切った感慨と、急な環境変化への戸惑いとで、思考が
追いつかなかっただけなのだ。
とはいうものの、これでは察しが悪いと突っこまれてもしかたがない。
自嘲しながら、微笑を禁じ得ない。そっぽを向いたダルニアの顔が真っ赤に染まっていて。
ダルニアが嬉しそうだったのは、そのせいなんだ。もちろん勝利や再会の喜びもあっただろう。
さっき抱き合った時、ぼくの内にあったのはそれだったし、ダルニアだって同じはず。だけど
ダルニアには別の感情もあったんだ。ダルニアを浮き立たせていた、その感情とは……
ぼくよりずっと年配のダルニアが……以前と変わらぬ頑健な肉体を持ったダルニアが……大人の
ぼくよりも、なお背が高く、なお逞しいダルニアが……
いじらしく、かわいい一人の女性として、そこにある。
かつて子供のぼくとの初めての体験に際して、身を震わせていた時のように。
その体験から七年を隔てたいま、ぼくたちは……
……いや、不思議でもない。
神殿に巣くう魔物どもを倒し、数多くの罠を切り抜け、最後にはヴァルバジアとの激闘を
制しなければならなかったリンクなのだ。戦いに集中するあまり、すべてが終わったあとも、
すぐには心の切り替えができなかったのだろう。
こいつはそういう奴だ。
何ごとに対しても、常に真剣で、常にまっすぐで……
そのまっすぐな感情が──
ダルニアの胸は動悸を打った。リンクが立ち上がったのである。
──いま、こっちに向かって……
気負ったところのないリンクの態度だった。装備は自然に床へと下ろされ、衣服は自然に
脱ぎ落とされ、流れるがごとき動作ののち、一個の男の全裸体が、そこには自然に現れていた。
そう、男!
子供の時、すでに「男」であったリンクが、七年の成長を経たいま、さらに圧倒的な「男」と
なって、目の前にある。
力強く発達した筋肉が、見違えるばかりに伸びた全身を、健やかに包んでいる。素肌に差す
篝火の揺らめきは、内に滾る若い血潮が映し出されているかのようだ。体表を走る無数の傷跡、
とりわけ最近負ったと思われる右肩の切創も、決して肉体の健全さを損じてはおらず、むしろ
それこそが戦う男の証なのだと実感される。
そして、何よりも……
股間にそそり立つ猛々しいまでの器官が、かっと身体を熱くさせる。ゴロン族として仲間の物を
見慣れてきた自分に、それは全く違った意味をもって突きつけられている。生理的にはこれもまた
健全な、ただし同時に明白な──かつ純粋な──欲望の意をもあらわにした屹立を、俺は……
女としての俺は……
リンクが歩み寄ってきた。はっとする間もなく、隣に座を占められる。肌が触れ、思わず身を
引いてしまう。待ち焦がれていたはずなのに。
さっきここに腰を下ろそうとして、迷った。リンクの隣にすわろうか、と、一瞬、思った。
リンクが契りのことを持ち出さないので、妙に気後れして、結局、向かいにすわってしまったのだが、
そんな逡巡を吹き飛ばすようにリンクは……
「ダルニア」
呼ばれる。肩に手をまわされる。顔が近づく。何をされるのかがわかって、胸がばくばくと
暴れ始める。が……
初めてリンクにそうされた時の、あの怒濤のような感情は、いまの自分にはない。なぜなら
これは、男と女の自然な行為なのだから。
目を閉じる。待つほどもなく、唇が触れ合わされる。その温かさ、柔らかさに動悸はいっそう
激しくなり、けれども頭はきれいに澄み渡り、ただこの瞬間を、そして次に来る瞬間を、ひいては
瞬間の連鎖が形づくる絶え間ない時間を、あるがままの自分として享受する、その悦びに、いまは
ひたすら没頭しよう……
そう自分に言い聞かせながらも、リンクの穏やかな力によって横たえられるおのれの身の
いかつさを、ダルニアは心の隅で顧みずにはいられなかった。
口に優しく口を使い、それに抵抗もなく応じるダルニアをこまやかに思いやりつつも、肌の上を
這うリンクの手は、その身体に残るいくばくかの硬さを感知していた。
肢体を縮めたがっている気配なのである。緊張だけが理由とは思えなかった。
察しが悪かったのは申し訳ない。でもダルニアの魅力を忘れていたわけじゃないんだ。だから
そんなに小さくなろうとしなくてもいいんだ。確かにダルニアはぼくより大きいけれど、七年前
ほどの体格差はない。あの時のぼくはダルニアにすがりつくような体勢しかとれなかった。だけど
いまのぼくは──立派になったと言われたとおり──こうして腕をまわせば、ダルニアをぐっと
抱きしめることだってできるんだ。すっぽりと包めるほどではないにしても、大妖精に比べたら、
何ほどの不自然さもありはしない。
それにぼくは大きくなったから、こうして口を合わせたまま、いろんな所に手を伸ばせる。頬は
もちろん、頭はもちろん、首にも、肩にも、腕にも、手にも、そして胸にも──
うッ!──とダルニアの喉に呻きが溜まり、閉じた両目のまわりに皺が寄る。
離さない。ぼくは唇を離さない。呼吸だけはできるように、ただし発声は封じておいて、ぼくは
胸のふくらみを、胸筋の上でなだらかに盛り上がる女のふくらみを、そっと、
あるいは力をこめて、撫でて、覆って、押して、頂上でみるみるうちに固まってゆく突起部を、
指でじっくりといとおしんで……
途切れをなくすダルニアの呻き、それをやはり解放はさせないで、ぼくはさらに腕を伸ばす。
脇へ、腹へ、腰へ、ああ、まだ腰布を着けていたんだ、解いてやろう、半裸だったダルニアが、
いまぼくの手で、ぼくと同じ姿に、すべての肌を剥き出しにした状態に、さあ、なった、
ダルニアは素裸になったんだ、これでもうぼくは、ぼくの手は、さえぎられることなくそこに、
その部分に、密林のごとく生い茂る恥毛の奥で疼いている女の部分に触れて、七年前にもぼくを
迎えたその部分にぼくは再び帰ってきて、すでにどっぷりと濡れつくしたその部分にぼくの指は
もぐって、埋まって、できる限りの手厚さと、できる限りのひたむきさとであたり一帯を
かきたてて、中でも、そう、中でも驚くほどの規模で立ち上がるこれを、小さなペニスとさえ
言える勃起したこの中心点を、ぼくは攻めて、攻めて、緩急強弱さまざまに、一途に一心に
攻めて攻めて攻めるうち、ダルニアの呻きは暴発せんばかりに高まって、それでも暴発は許さず
口に口をとどめて、跳ね上がりそうになる身体を身体で押さえつけて、指には活動を続けさせて、
いくんだ、このままいくんだダルニア、ぼくの手で、ぼくの腕の中で、ぼくが支配するこの状態で
女であることをはっきり認めて行き着くべき所へ行き着くんだ行き着くんだ行き着くんだダルニア!
ずん!──と股間ではぜる感覚がたちまち全身の隅々へと伝播する。転げまわりたくなるほどの
快感を、しかしリンクに圧せられた肉体は発散できない。腕力を振るえば押しのけることなど
難しくはないのに、そうはできない、そうはしたくない、なぜなら発散される代わりに内へと
凝縮する快感が、さらなる快感を呼び起こしてくれるから!
七年前、リンクを抱く自分が抱かれているリンクに逆に大きく包まれているような気がすると
思ったものだけれど、いまは文字どおりリンクに抱かれて、自由を奪われて、声さえも封じられて、
男の部分も使われず、手で、ただ手だけで一方的になすすべもなく絶頂させられるこの喜悦、
身も心もリンクに支配されているという喜悦が、あの時をはるかに上まわる感動を、女としての
感動をもたらしてくれる!
その快感が、喜悦が、感動が絶えないうちに、やっと離れたリンクの唇と舌が、今度は身体
全部をくまなく這い進んでいって、どこを舐められても、どこを吸われてもびりびりと感じて
しまう快さのために、封鎖を解かれた口はあられもない叫びを放ちまくる。これもいい、これもいい、
女の至福を思い出し思い知ったいま、その女を声で存分に表出するこれもまた別の形の悦び!
とこうするうちリンクの口は、最も女である部分へと下りていって、下りていって、ああ来るんだ、
さっきまで手が舞い踊っていたそこへリンクの口が来るんだ、七年前にもしてくれたように、
また口でそこを愛撫してくれるんだとぞくぞく震えながら待つうち期待どおりの、いや期待以上の
奔放さで唇が、舌がその部を翻弄し始め、もう我慢できないのたうちまわりたい、なのにリンクの
両腕が腰をがっちりと固定してしまって下半身は動かせない、どうにもならないじりじり感が
代償を上半身に求めて、首が、肩が、両腕が、ばたんばたんと揺れ振られ暴れ、それでも治まらない、
治まるはずのない快感が、斟酌ないリンクの口のもとでどん! どん! どん! と続けざまに
爆発して意識がすうっと遠のきかけて……
引き戻される。股間の感触で、いや、股間から感触が消えたことで、何かが起こるんだと
否応なく思わされてしまう。それは何? あのこと? ついにリンクの男がそこに──では
ないのだった。気配がする。ずっと閉じていた目をあける。リンクが立っている。リンクが眼前に
立ちはだかっている。こちらを見下ろしている。訴えかけるような、挑みかかるような熱した視線。
何をすると? 何をしろと? いったいリンクは──
「吸って」
短く断固とした言葉とともに突き出される陰茎。ようやく意味がわかってけれども衝撃で
すぐには応えられなくて。性器を口にするなどゴロン族にはあり得ない行為、だけど、ああ、
だけどリンクは口を使ってくれた、ならば当然同じことをすべきなんだ、していいんだ、するんだ!
上体を起こす。顔を寄せる。手を伸ばす。持つ。硬い硬い肉の棒。露出した紫色の先端は
湧き出す粘液でてらてらと光る。これほど近くで見るのは初めてのそれ。のみならずこれから
それを口に、自分の口に、どうすればいい? どうやるものなんだ? わからない。わからないが、
そうだリンクと同じように、リンクがしてくれたのと同じようにやってみたら? やってみよう。
やってやろう!
再び目を閉じる。思い切って近づける唇にそれは触れる。硬さの中にも弾性を有する固まりが
上下の唇の間に割りこむ。先端の小さな口に当たった舌はあふれ出る液体のかすかな辛さを感じ取る。
その奇矯な感覚が背筋に震えを走らせる。でもこうして震えているだけじゃいけない、リンクが
してくれたようにこちらもしなければ。唇をすぼめて開いて、舌をぐるりと回して、そこに優しく
刺激を加えて──
「くッ……」
リンクが呻く、リンクが感じている、口で感じてくれている、いいんだ、これでいいんだ、
もっと感じてもらおう、そのためにはもっと強く、もっと深く、もっと速く──
『!!』
──しようとしたところでリンクが進んでくる、じわじわと進んでくる、進んでそれは口を
満杯にして喉まで達して息ができない、できない、できない苦しさに耐えられなくなる直前に
それは引かれて、ほっとする間もなく再びそれは進んできて、また引かれて、また進んできて、
口の中をゆるゆると何度も何度も何度も往復して、リンクの両手に頭をつかまれて、こちらの手は
もうそれに添えることもできずリンクの脚に抱きつくしかなくて、攻められる、攻められる、
口を攻められる、自分よりはるかに若い男の前に跪いて口に性器を突っこまれているこのさま、
新たな形でリンクに支配されるこの快感、この喜悦、この感動が、荒くなってゆく激しくなってゆく
リンクの呼吸を聞く嬉しさとともに、無類の陶酔となって脳を惑わし、またもや意識は溶け出し始め……
どうなった? いま自分はどうなっている? 口を、喉を、胸の中を、空気がものすごい勢いで
出ては入って出ては入って、息をしている、息ができている、ということはリンクのそれは口の
中にはないんだ、どこに、それはどこにと働き出す意識は身体の上にある重みを感知する。身体の
上に? 跪いていたはずなのに? そうじゃない、いまはそうじゃない、寝てるんだ、いつの間にか
床に身体は寝かされていて、仰向けになっていて、リンクに乗られている、のしかかられている、
抱かれている、撫でられている、口づけられている、大きく広げた脚の間にリンクの腰が
据えられている、前と前とが触れ合っている、そことそことが触れ合っている、ああそれはそこに
あったんだ、リンクのそれはそこだったんだ、先がいまにもめりこんできそうな位置にそれは
ぎりぎりでとどまっていて、ついにこれからそれが──
「ダルニア」
──来るという合図の声に声を返せない目もあけられない、ただ頷き、ただ背に手をまわして
かき抱き、ただ身を開いて待ち受けるうちそれは──
「あ!」
──入ってくる、入ってくる、ゆっくりと、しっかりと、入ってくる、七年前にも受け入れた
それが、いまは比較にならない大きさとなって──
「あ……あぁ……」
──道を切り開く、押し広げる、かつては届かなかった奥の奥までそれは着実に進入を果たし、
女の内部が充たされる、リンクの男で充たされる、充たされて充たされて充たされきったこの
充足感、何ものにも代え難い、他の何にもまさるこの幸福──
「あぁッ!」
──よりももっとずっと素晴らしい幸福があった、そう、まだあったんだ、リンクに充たされ、
あまつさえこうして、ああ、こうしてリンクが体内で動くのを感じること、七年前よりも格段に
雄々しい強さと密度で突いて突いて突いてくるのを感じられる無上の境地、摩擦と刺突と圧迫が
悦びの上にも悦びをもたらして──
「あッ!……あッ!……あぁッ!……ああぁ……あぁ……ッッ!!」
──さらに前には体格差ゆえ不可能だった口と口との接触もいまは同時にできる、のみならず
リンクの両手が頬に、肩に、背に、胸に、届くすべての場所に及んで、上から下まで表から中まで
できる限りの範囲でいま二人は互いを触れ合わせていて押し合わせていてこすり合わせていて──
「んッ!……んんッ!……ん……んん……ッッ!!」
──ずんずんと、がんがんと加わる刺激が全身を炎上させるほどの快感と喜悦と感動を
沸きたたせ、もっと強く、もっと速くと叫ぶ心をなぜか、いや当然の正確さで読み取ってくれる
リンクはそのとおりに望むとおりにしてくれる、してくれる、してくれるから自分もそれに任せて
いく、いく、いく、いくいくいくいき続けるいき続けるどこまでもどこまでもいき続ける
止まらない止まらない止まるわけがないリンクリンクああリンクこのままずっといかせていかせて
いかせ続けてどうかどうかリンクの男でそこを満たしていっぱいにして硬い硬い男のそれでそれが
吐き出す男の液体であふれるほどに溺れるほどにさあリンクきていまきていますぐきてきてきて
くるくるくるそれがああそれが震える膨らむリンクの声が腕の力が口を吸う勢いが強まって
強まって強まりきった瞬間にとうとうそれも一緒に弾けてずどんずどんと撃ちまくる放ちまくる
噴きまくるそこでその中で自分というまごうことなき女の中で!!
どれほどなのか知るべくもない時間の経過ののち、ダルニアはおのれに意識と感覚が戻って
いるのを感得した。渦中にいる際は無限に続くかと思われた絶頂感が、いまは薄く拡散して
しまっており、しかし完全には失われることなく、身体の奥をひたひたと洗っていた。気温は
低下していても、なお室内には熱気がわだかまり、接し合う肉体はともに汗まみれである。
リンクは依然として上にあり、局部の結合も解かれてはいなかった。
膣はみっしりとリンクに占められている。射精後も勃起を保っているのか、それともいったん
鎮まったあと再び高ぶりを取り戻しているのか、判断はつかなかったが、いずれにしてもそこに
リンクの欲情が明示されていることは明らかで、ダルニアの体内に潜伏していた陶酔は、またも
拡大の気運を呈し始めた。
リンクに体動の気配が感じられ、ダルニアは受け入れの態勢をとろうとした。が、リンクの次の
行動は、そんなダルニアの期待を、一方では裏切り、一方では大きく煽り立てるものだった。
リンクはダルニアの耳元で、こうささやいたのである。
「もうひとつのダルニアが欲しい」
リンクの方から──という驚きと、そして喜びとが、渾然一体となって押し寄せてきた。
キングドドンゴ退治の件でゴロン族がリンクから受けた恩義に報いるため、それは族長としての
自分が行うべきことなのだ──と、七年前から思ってきた。そうした理由づけを、けれども
ダルニアは表明する気になれなかった。できたのは、ただ、こくりと頷くことだけだった。
陰茎が膣から抜かれ、身体の上の重みが消えた。合間がごくわずかであることはわかっていたが、
リンクと離れなければならないのが残念だった。その合間を可能な限り短縮しようと、ダルニアは
いっさいの言葉を省いてうつ伏せとなり、腰を浮き上がらせた。
尻の両側に手がかかり、肛門は硬直の感触を得た。括約筋を弛緩させると、即座にそれを
認識したようで、つつましいほどに少しずつ、ただし明確な力強さをにじませて、それは
押し入ってきた。混和する二人の体液が接触部を充分に潤しており、過程は円滑だった。
ほどなくリンクの下腹部と陰毛が尻に触れ、挿入が完了したとわかった。新たな場所の居心地を
味わっているのか、それはしばらく静止を続けたが、より高次の交歓を堪能したいと言うかの
ように、やがて規則的な前後運動が開始された。
久しく忘れていた感覚だった。族長となって以来、他者に契りを施すことはあっても、自分が
他者を受け入れることはなくなっており、その上、七年の空白期間が加わっているのである。
とはいえ、かつては頻繁に経験した行為であり、苦痛は全く感じなかった。
それだけではない。肛門性交がもたらす感覚はすでに知りつくしていたはずなのに、また、
行為自体も以前の経験と同じであるはずなのに、そこから生まれてくるのは、ゴロン族との
『兄弟の契り』では決して得られなかった幸福感なのだった。先ほど膣で交わった際にも十二分に
得たものと同質の、その幸福感の根底にあるのは、自分が──族長としてではなく──女として
リンクと結び合っている、という点に他ならなかった。
『兄弟の契り』とて快楽は伴う。ただ、一族の崇高な儀式である『兄弟の契り』は、快楽そのものを
目的としてはいなかった。むしろ快楽のために肉体を重ねることは、ゴロン族が厳重に戒める
点だった。
ところがいまのリンクとの交わりは、やはり契りでありながら、快楽を否定はしていない。
それどころか、快楽あってこそ完全なものになるのだ、とダルニアは確信していた。ここで快楽に
没入することが、『兄弟の契り』の貶めになるとは、寸毫も思わなかった。二つは別種の契り
なのである。のみならず、何の束縛もなく快楽に身を任せられるという解放感が、ひたすら
ダルニアを感涙させた。
声で、体動で、できるすべての方法で、ダルニアは幸福感を表現した。応じてリンクの動きが
強さと速さを増す。ダルニアの全身は沸騰し、さらにリンクの活動が旺盛となる。
最後にはぶつかり合いと言っていいほどになった激しい交接の末、二人は同時に頂点を極めた。
かつてない快感の爆裂に全身を痙攣させながら、稀薄となってゆく意識の片隅で、ダルニアは
結尾の感慨を紡いでいた。
これでもう、女としての自分に、思い残すことはない──と。
和合を終えたのちも、肌の接触をできるだけ維持して、二人はそこに横たわっていた。
リンクはダルニアの肩に腕をまわしていたが、全体としてはダルニアがリンクを抱く形に
なっていた。それが自然な状態だった。しかし、そのように体格の点で──そして年齢の点では
なおもはるかに──自分を上まわるダルニアに対し、一貫して男であることができた、という
誇りと満足感を、リンクは胸の中で陶然と反芻していた。行為が攻めに偏重していたのは
確かである。が、まさにそうした状態をこそダルニアは望んでいたのだ、との確信が、リンクには
あった。
長く静かな安息を途切れさせたのは、気温の上昇だった。暑さが増したかな──と気づいて
みると、皮膚に達する熱の度合いが、もう通常の気候ではあり得ないほどの強さとなりかけていた。
「山が勢いを取り戻してきたな……」
ダルニアが呟いた。
「俺も、そう長いこと、生身の身体じゃあいられねえ」
穏やかな、けれどもきっぱりとした口調だった。二人の時間の終結を意味するその言葉を、
リンクは無言で受け入れた。ダルニアが腰布を手に取り、身に着けた。リンクも淡々と着衣した。
服の色は赤くなっていた。
元の姿に帰った二人は、腰を下ろしたまま、しばし沈黙を守っていた。
ダルニアが口を切る。
「俺にとって、ゴロン族のみんなは『兄弟』ってわけだが……」
ほのかな微笑みが、口元に浮かぶ。
「お前のことを、どう呼んだらいいのか……いろいろ考えてはみたけども、いい呼び方を
思いつけねえんだ」
リンクは脳内を探ってみた。
確かに適切な単語が浮かんでこない。友人、同士、仲間──どの要素もあり、それでいて、
どれも正確ではないように感じられる。ダルニアが女であることを考慮すると、なおさらだ。
「だからお前のことも『きょうだい』だって思うことにするよ。ただし、一族の他の連中とは違う、
特別の『きょうだい』だ」
「うん……」
リンクは頷いた。巧緻な表現ではないのだが、そこには間違いなくダルニアの真情がこめられて
おり、不思議な的確さで、リンクの胸にもすんなりと落ち着いた。
「その剣を見せてくれねえか」
話題の転換に、一瞬、当惑したが、ダルニアの本来の生業と、七年前の会話を思い出し、
リンクは背から剣を下ろした。鞘ごと渡そうとすると、ダルニアが苦笑いしながら手を横に振った。
「俺にゃ触るこたあできねえ。抜いて見せてくれ」
自分以外の人間には触れられないのだった──と、こちらも苦笑いしつつ、鞘を払う。柄を
左手に握り、刃を立てて示す。
「これが……マスターソードか……」
ダルニアが感無量といった声を出す。
「……こりゃあ、いい……実に素晴らしい剣だぜ……」
矯めつ眇めつ、剣を眺めていたダルニアは、やがて短く言った。
「ありがとうよ」
剣を鞘に戻すリンクに、続けてダルニアの声が届いた。
「それを見られたら、もう心残りはねえや。ゴロン族としての俺にもな」
すべてを吹っ切ったような、さばさばした言い方だった。意味を完全には把握できないところが
あったが、追求する気が起こらないほど、ダルニアの態度は完結的だった。
「ほんとを言うと、やり残したことが一つだけあるんだけどよ」
諧謔めいた表情で、ダルニアが語りかけてくる。
「マスターソードに劣らぬ優れた剣を、お前にやるっていう約束だ。『きょうだい』との約束を
果たせねえのは残念だが、勇者のお前はマスターソードのご本尊を持ってるわけだし……それに……」
ダルニアの顔が引き締まった。
「代わりとして、お前には、力を託した」
サリアの言葉が思い浮かぶ。
そう、サリアも同じことを言った。世界を救うために必要な力。
「いまのお前には、実感がねえだろう。だが、いずれその力を使う時が来る」
それもサリアに言われたこと。
「わかった」
意志をこめて、頷く。
ダルニアが立ち上がった。リンクも腰を上げ、向かいに立った。眼前にあるダルニアは堂々と
胸を張り、感傷めいたところなどかけらも感じさせなかった。まさしく真の覚醒を得た『炎の賢者』の
姿だった。
「行け、勇気をもって」
毅然とした言葉とともに、ダルニアが両手をかざす。光の渦が沸きたち始める。まぶしく
かすれゆく視界の中、最後にリンクの目が捉えたのは、恬淡としつつも熱い想いを秘める、
ダルニアの平安な笑みであった。
光が消え去ったあとの身は、デスマウンテン火口の最深部にあった。炎の神殿に続く横穴を、
万感の思いで見つめたのち、リンクはその場を去った。
山頂に出ると、空気が涼しかった。火口の近くが涼しいはずはないのだが、そう感じてしまうほど、
それまで滞在していた場所が高温だったのである。
火口に入ってから、ほぼ一昼夜が経過しており、雲に隠れた太陽が、西に向けて傾きつつあった。
他では決して見ることのできない、広大なハイラルの光景が、ここデスマウンテン山頂からは、
一望のもとに見渡された。
太陽は間もなく雲の陰から姿を現し、地平線へと没してゆくだろう。日光を享受できる西方の
地は、言うまでもなくゲルド族の支配領域だ。対して、視界の多くを占める東方は、一面、暗雲に
覆いつくされている。中でも最も暗いのは、ここからさほど遠くない、北方のハイラル城下町。
その中心に、あのガノン城がある。
湧き上がる痛みと憤りを振り払うように、別方向へと目をやる。切れ目のない暗雲が、南東の
隅でだけ、きれいになくなっている。コキリの森のある場所だ。
そして、いま……
リンクは後ろをふり返った。火口から立ちのぼる噴煙は、火山活動の継続を物語っている。
けれどもそれは、七年前にも認められた、デスマウンテン本来の姿なのだった。邪竜の跋扈、
ひいてはガノンドロフの暴虐を象徴していた、あの炎の乱舞は、完全に消失していた。
さらに上を仰ぎ見る。
何ものにもさえぎられることのない、限りなく透明な空が、そこにはあった。
つかつかと歩み寄ってきたツインローバが、低い声で言った。
「気づいてるわね、ガノン」
当然、気づいている。が、ガノンドロフは答えなかった。
暗黒に満たされたガノン城の一室。傍らの燭台だけが唯一の光源である。そのかすかな明るみの
中に、露出の多い衣装をまとって立つツインローバは、しかし豊熟した肉体を誇る余裕もない
ようだった。ガノンドロフとて、食指を動かす気分にはなれなかった。
沈黙に耐えられなくなったか、ツインローバが言葉を吐き出す。
「『炎の賢者』が目覚めた。『森の賢者』に続けて二人目だ。賢者を抹殺できなかったツケが
まわってきたってとこだけど……」
椅子に沈めた巨躯を動かしもせず、ガノンドロフは問いを発した。
「賢者はどうやったら覚醒するものなのだ?」
「はぁ?」
素っ頓狂な反応は無視して、続ける。
「元は賢者だったお前だ。覚醒の方法くらい知らんのか?」
唐突な質問に戸惑った様子のツインローバは、それでも思考を探るように小首をかしげると、
慎重な口ぶりで話し始めた。
「あたしが賢者だった時は、お近づきになる勇者がいなかったから、覚醒した経験なんかありゃ
しない。方法だって知らないわよ。けれど賢者が相応の力を発揮するためには、それなりの
喚起力が必要だわね。勇者がのこのこ出かけていって、『こんにちは、ご機嫌いかが』って
挨拶する程度じゃ、とても無理だろうさ」
「ではどうだと?」
いらだつ胸を抑えて重ねる問いに、
「セックス」
端的な応答がなされた。
「それくらいの密な接触でもなけりゃ、覚醒は起こらないわ。つまり、リンクの奴……」
ツインローバの顔が苦々しげにゆがみ、
「若造のくせして、賢者相手に、やることはやってますってわけさ。さすがは勇者サマだ。大した
ご活躍だよ」
高まった声が室内に響いた。
それに対してどうするのか──という無言の問いかけを、投げかけられる視線から察しつつ、
ガノンドロフは再び沈黙に戻った。
賢者とのセックス。
『こっちがやり終えたはずのこと!』
はち切れそうになる惑乱を、無理やり抑制する。
俺とツインローバは、すべての賢者を犯し、そして殺した。そうしたはずなのだ。そのはずなのに、
なぜか、そうではなくなっている。
最初に気づいた時は、一人だけだった。『森の賢者』だけが生き残っていた。それのみでも
不可解だったのだが、数日前、またも状況が変化した。今度は賢者全員が生き延びたことになって
いたのだ!
記憶がおかしいのではないか、と、何度も自分を疑った。しかし、そうではない。すべての
賢者を抹殺し、何の不安もなく、世界を睥睨していた自分。あれが単なる想像の産物だとは、
どうしても思えないのだ。
歴史が変えられている。
そうとしか考えられない!
誰によって?
リンクだ。
変えられる前の歴史では、七年間、何の音沙汰もなかったリンクが、いまの歴史では、
光の神殿に封印されたあと、いつの間にか再び現れて、怪しい行動をとっていた。巨大邪神像に
リンクがいたとツインローバが報告してきたし、他にも同時期、リンクらしい人物を見たという
者がある。
その活動は一時的だった。時の神殿で、見張りの隙を衝いてマスターソードを抜き、姿を消した
あと──再度、封印されたということなのだろう──七年間、リンクの消息は絶えた。が、短期の
活動の間に、リンクは賢者どもと接触し、各々の運命を変えてしまうような働きかけを行ったに
違いない。結果……
自分が世界を支配しているという大枠は、そのままだ。ところが、森、炎、水、闇の四人の
賢者は、こちらが手を回すより早く、神殿にこもってしまった。各地域には結界が張られ、侵入は
不可能になった。どうにか魔力を結界内に浸透させ、賢者を葬るべく魔物を送りこんでいたのだが、
まず『森の賢者』に、そしていま『炎の賢者』に、七年間の封印を脱したリンクが、完全なる
目覚めをもたらしてしまった。
残る二人の賢者──『魂の賢者』と『光の賢者』については、手出しできなくなったという
わけではないものの、行方は全くつかめていない。
実にいまいましいことではあるが……
「賢者に対しては、どうしようもない──というのが現状だな」
努めて冷静に、ガノンドロフは言った。ツインローバは収まりがつかないようだった。
「のんきに構えてる場合じゃないわよ。あんたが闇の世界に封印されるかどうかの大きな瀬戸際
なんだから」
それだけではあるまい──と、ガノンドロフは心の中で応じた。
ツインローバとしては、終生の敵であるラウルを放置してはおけない、というのが本音なのだろう。
「当面、賢者は放っておいてもいい、と思っている」
「何だって?」
逆上の気配を見せるツインローバに、鍵となる言葉だけを投げかける。
「ゼルダだ」
ツインローバが、我に返ったように表情を固まらせ、次いで沈黙に落ちた。ややあって
発せられた声からは、興奮の色は消え去っていた。
「そうね……いまリンクを片づけるのは簡単だけど、ゼルダをおびき出すためには、泳がせて
おかなきゃならない。ゼルダが出てきた時に二人からトライフォースを奪ってしまえば、事態は
一気に逆転して、あんたが最後の勝者になる。そうすりゃ賢者だって、単なるお飾りだ。完全な
トライフォースを得たあんたなら、神殿に隠れていようと、真の目覚めを迎えていようと、
料理するのは簡単だろうしね」
安堵と期待を述べるツインローバに、鷹揚な頷きを与えておきながら、ガノンドロフ自身は
懸念を捨て去ることができなかった。
リンクが歴史を変えたという点は、何とか理解できる。では、どうやって歴史を変えたのか。
いったん確定した歴史を、どうすれば変えられるというのか。いかなる作用がそこに働いたのか。
もう一つ。
歴史が変わったのに気づいているのは、どうやら俺だけのようだ。ツインローバや他の部下たちは、
いまの歴史に何の疑問も抱いていない。なぜ俺だけが?
右手の甲に走る、漠然とした痛み。
そこにあるものへと、ガノンドロフは惹きつけられる。
これだ。トライフォースだ。ツインローバが言うように、ゼルダの持つ知恵のトライフォースと、
リンクの持つ勇気のトライフォースを奪い取り、俺の手にある力のトライフォースと合わせて、
完全なものにできれば……こんな懸念など……
「それから……聞きたくないことかもしれないけど……」
言いにくそうに前置きして、ツインローバが語り出したのは、かねてから知らされていた、
ゲルド社会の不穏な情勢についてである。
食糧事情の悪化、頻発する奴隷の逃亡、一部地域への人口集中と他地域の過疎化、等々。
「最近じゃ、城下町に駐留する連中すら不安を漏らし始めてる。ここらで手を打っとかないと……」
鬱陶しかった。
そんな些事も、完全なトライフォースを得さえすれば、どうとでもなる。そう……トライフォースさえ
完全にできれば……
くどくどと語を継ぐツインローバを無視し去り、ガノンドロフの意識は、トライフォースという、
ただその一点に、むっつりと凝り固まってゆくのだった。
To be continued.