部屋の扉は苦もなく開いた。傾斜路を下り、突き当たりの扉から、神殿中央部の空間に出る。
床の端まで来て、ルトが短く言った。
「もぐるぞ」
答える間もなく身は水面に落ち、続けて水の中へと引っぱりこまれる。腕を取られているので、
ルトの動きに従うしかない。
最下層まで一気に沈んだのち、通路に導かれる。片腕を封じているにもかかわらず、ルトの
泳ぎは実に巧みだ。おかげでこちらは、手足を動かさなくとも、ごく自然に水中を進むことができる。
やがて頭は水上に出た。探索中、来たことのある場所だった。
細長い部屋の一端が大きく陥凹し、多量の水を溜めている。その底にある穴から、いま浮き上がって
きたのだ。目の前に低い足場が見え、一段上の高さに床がある。先は壁で行き止まりだ。調度も
装飾もろくにない簡素な内観だが、奥まった雰囲気が何とはなしに心を落ち着かせる。天井の
すき間から漏れる光が、ほどよい薄暗さをもたらしているせいでもあろうか。
腕がほどかれた。ルトは軽々とした動作で足場に上がり、続けて床の上へと身を移した。あとを
追って床に立つと、室内に目をやっていたルトが、
「契りにふさわしい寝所がないのは残念じゃが、ここなら幾分はましであろう」
と呟くように言い、次いで、
「な?」
軽く首をかしげつつ、こちらに顔を向けた。
その台詞と眼差しが、さっきからの情動を、いっそうかき立てる。
「どうじゃ?」
言葉が出ない。何も言えない。それは──
「七年ぶりに見るわらわは、どんなふうじゃ?」
──真正面に立つ君が、君の裸の身体が──
「七年経って、わらわも少しは、あでな姿になっておるか?」
──少しどころか圧倒的で、ぼくは大人の君に圧倒されて──
「そなたの好みにかなう、わらわであるか?」
──君の身体への、君の心の持ちようへの驚きと感嘆を、ぼくは──
「思うところは、あるであろう?」
──どう伝えたらいいのかわからないから……
「何としたこと!」
不意に声を大きくし、いかにも愉快そうな笑いを、ルトが顔に咲かせる。
「ぼうっと突っ立っておるだけでは事が進まぬではないか。以前のそなたはもっと積極的で
あったぞ。七年の間にずいぶん慎ましゅうなったものじゃのう」
煽るような口ぶりが、さすがに意地を刺激する。
君に圧倒されているといっても、尻込みしているわけじゃない。
七年前のルトは、自分の裸体がぼくに及ぼす影響を、はっきりとは自覚していなかったはずだ。
常に裸でいるというゾーラ族の習慣を実践していたに過ぎない。無邪気なものだった。大人に
なりかけとはいえ、まだまだ子供だったのだ。ところがいまのルトは、成熟した自らの肉体が持つ
意味をよく知っていて、しかも恥じらう気持ちがないのはそのままに、むんむんと匂い立つような
大人の女の官能を、隠そうともせず見せつけてくる。
そんな違いが印象深かったんだ。言葉にできない感動だったんだ。
だが、君がそこまで言うのなら、思いのたけをぶつけさせてもらう。言葉では表現できなくても、
行動で示せばいいんだろう。
歩を寄せる。顔を見る。余裕ある素振りとは裏腹に、強い感情の光を、二つの瞳は宿している。
その強さに劣らぬ強さで、瞳の主の熟れた裸身を、リンクは固く抱きしめた。
「あ!」
抱きしめられた瞬間、声が漏れた。これから抱きしめられるとわかっていたのに、声を
抑えられなかった。それほど心を揺り動かすリンクの抱擁だった。
勇者としてのリンクの使命。賢者としての自分の運命。それらをすべて理解して、納得して、
過去の自分で戯れられるくらい、棒立ちのリンクに挑発的な言葉を投げてやれるくらい、いままで
平静でいられたのに。超然とした態度をとってこられたのに。
乗り越えたはずだった。諦めたはずだった。リンクへの想いは断ち切ったはずだった。が、
『断ち切れるはずもない!』
がらがらと崩れそうになる自我を、しかしルトはかろうじて保ちきった。
リンクには使命がある。自分のもとにはとどまれない。
七年間、厳しくおのれに言い聞かせてきたことを、のみならず、いまは知るもう一つの真実を、
改めて心に染みこませる。
それは決して動かせない真実、と、わかっている。充分すぎるほど、わかっている。
わかってはいるが……
リンクに再び会える日を、ずっと、ずっと、待っていた。賢者として真の目覚めを得るために
必要不可欠なことだから、という理由のみでは、もちろんない。七年前、今宵限りと思い切った
リンクとの繋がりを、リンクと至高の時間を共有する悦びを、もう一度、持つことができるのなら、
その時は──と。
そう、それはまさにいまこの時、だからいまは……いまだけは……
『……そなたは……わらわのものじゃ……』
抱かれる強さに劣らぬ強さで、ようやく得られた男の身体を、ルトは固く抱きしめた。
いま自分はリンクを抱いている。いま自分はリンクに抱かれている。
ぐんぐんと高まってゆく情感に胸を震わせつつも、ルトの意識の一隅には、なお冷静な思いが
残っていた。
こちらの内面をリンクに悟られてはならない。こちらへの情けでリンクを縛ってはならない。
目覚めに向かう賢者として、あくまで明朗に、あくまで恬然と──
『わらわは、あらねばならぬ』
心の中で何度も繰り返し、その戒めが破れるおそれはない、と確信したところで、
「服がこすれて……」
ささやく。
「ちと、くすぐったい」
少し離れて、目を見つめる。
「くすぐっとうないように、してくれぬか?」
若干の間をおいて、目は熱を帯びる。手が動き始める。装備が、衣服が、次々と床に落ちる。
あらわとなるリンクの素肌が、高まる情感をさらに高まらせ、身の内に欲望の炎を燃え上がらせる。
おのれの声がいささかの動揺もまじえていなかったことに満足し、ルトは惑いの最後の破片を
消え散らせた。
注がれる視線を意識しながらも、リンクはその視線に自分のすべてをさらして見せた。
「逞しゅうなったの」
しみじみと、ルトが言う。相変わらず落ち着き払った、しかし確かな高揚をも感じさせる声で。
そうだ、大人になったのはルトだけじゃない。ぼくもそうなんだ。大人のルトがぼくを圧倒する
のなら、大人のぼくだってルトを──
思考は中断する。ルトが身体を寄せてきたのだ。背にまわされる腕。再度の抱擁。しかも今度は
肌と肌との触れ合い。この冷ややかな、つややかな、涼やかな、滑らかな感触は、七年前と全く
変わっていない。水の湿りがそれをいっそう際立たせる。皮膚の下の弾力、筋肉と脂肪の精緻な
組み合わせ、これもまたあの時と同じ、いや、あの時以上に複雑で多彩な印象を、ぼくに与えて
くれる。その印象の筆頭が──
これだ。乳房。ぼくの胸に押しつけられる二つの隆起。まるまると張りきった大人の女のしるし。
弾けんばかりの健やかさと、溶け落ちそうな淫らさとを、同時に備えた不思議な器官──
「大きゅうなったであろう?」
どきっとする。
そこを見ていたわけじゃない。肌で感じていただけだ。なのにどうしてぼくがそのことを考えて
いるとわかるんだ? ひょっとして、ぼくにそれを感じさせようと意図して押しつけてきたのか?
「おなごの胸は殿方に揉まれ続けて大きゅうなる、と、里の誰ぞが申しておったが……」
ルトがぼくの肩に手を移して、わずかに身体を後退させて、
「わらわには、当てはまらぬな」
ふくらみを強調するように背筋を伸ばして、
「七年前、そなたが触れたほかは、誰も触れておらぬからの」
天真爛漫とも言えそうな笑みを湛えて、
「触れてよいのは、そなただけじゃ」
ただし目には燃え盛る欲望を満たして、
「そなたに触れて欲しいと想い続けるだけで、ここまで大きゅうなったのじゃぞ」
「君は──」
さえぎってしまう。
この猛烈な誘いかけは何なんだ? 七年前のぼくとの体験しか知らないというルトが、なぜ
ここまで誘惑的になれるんだ? 心身ともに成熟した大人だから? 随意な行動に慣れたお姫様
だから? それとも自分を偽らないルト本来の奔放さゆえ?
「──言葉は要らないって、言わなかったかい?」
気押されないようにと思う心が、冷やかしの台詞を吐かせる。
ルトは全く動じなかった。
「『余計な』言葉は要らぬと言うたのじゃ。必要な言葉なら惜しみはせぬ。それで、ぼんやりの
そなたが、わらわの、ここに……」
ルトの両手が肩から離れ、自らの胸に寄る。左右の乳房が、ぐいと持ち上げられる。
「触れてくれるのであれば、な」
かっと頭に血が上る。
ただでさえ質量感のある球体が、手に支えられることで一段と重みを実感させ、見た目の
盛り上がりもなお増して、声高に主張を突きつけてくる。
視線は釘づけとなり、離そうとしても離れない。離す気になどなれるわけがない。
完全にルトのペース。半端な冷やかしではこの流れは止められない。いや、止められなくても
かまわない。初めて出会った時からぼくはルトに振りまわされてきた。止められなくて当然なんだ。
これがルトなんだ。大人になっても変わらないルトの魅力なんだ。ぼくがすべきことは、この
流れに逆らわないで、ルトの主張を受け入れて、ルトの魅力を堪能して、その上でルトを、そう、
七年前のようにルトをできる限りの方法でぼくは──!
左手を上げる。手のひらを向ける。指を広げる。ルトの右胸に覆いかぶせる。
瞬間、ルトは笑みを引き、目をきゅっと閉じ、ぴくりと肩を震わせ、はっとかすかに息を呑み──
陶然と、目が開く。口元に、笑みが戻る。その口が何かを言い出そうとして、けれども声は
発せられない。ただあふれる感情の波だけが、短い距離を隔てて、ひたひたとこちらに伝わってくる。
乳房の下にあったルトの右手が、ぼくの左手に重ねられる。押さえつけられる。肌にめりこむ指。
反発する弾力。若さと生命力が詰まった女の証。
ルトの右手がゆっくりと回転し始める。その動きに従い、さらにはそれを無視して、ぼくは手に
意志をこめる。撫でる。揉む。つかむ。七年前はちんまりとした粒でしかなかった乳首が、いまは
小指の先くらいにぷくんと飛び出していて、ぼくの手の下でそこはくっきりと立ち上がってきて、
乳房自体の大らかな質感とは異なる凝縮した硬さをぼくの指に訴えかけてきて、この久しぶりの
接触はぼくだけでなくルトにも感銘をもたらしているはずで、ぼくよりもずっと玄妙な感覚を
ルトは味わっているはずで……
その感覚を倍にしてやる、とばかり、ぼくは余した右手をルトの左胸に届かせる。初めから
遠慮を欠いた右手の躍動に、もう誘導は不要と悟ったのだろう、ルトはぼくの両手に両の乳房を
預けきり、ひたすら呼吸を荒げてぼくを見据え、ぶつかる視線が二人の欲情を結び合わせ、
かしいだルトの顔が少しずつ近づき、ぼくも反対向きにかしがせた顔を少しずつ近づけ、そして──
口が接する。
接するやいなやぼくたちは互いを貪り始める。唇が、舌が、歯が、及ぶすべての範囲を
玩味しつくそうとして絡み合う。交じり合う。
胸に集中し続けるぼくの手に対して、ルトの両手はぼくの頬に触れ、ぼくの顔をはさみつけ、
やがてぼくの頭を、髪を、首を、肩を、背を、口に負けない勢いでせわしなく力強く撫で、こすり、
握り、七年前には身を竦ませてぼくのなすがままだったのが嘘のような、それはルトの熱情の
率直な表現であって、同じ表現は実は手だけでなく別の所でも行われていて、ルトの腰はぼくに
ぐいぐいと押しつけられていて、さっきからずっと勃起しっぱなしのぼくの物はそのせいで
ますますいきり立ってしまっていて、重なる二人の下腹の皮膚と恥毛はべっとりと濡れて
しまっていて、濡らしているのはもちろんぼくの先端から染み出す先走りの液体で、のみならず
そこにはルトが分泌する同種の液体が混じっているのもまた確実で、そんなふうに露骨な
意思表示をしてくるルトは、いまや全身でぼくに寄りかかって、しなだれかかって──
「もう……」
唇をもぎ離し、告げてくる。
「立って、おられぬ……」
浴びせられる身体を、ぼくはがっちりと抱きとめる。そっと、優しく、床に横たえる。
すぐさま活動を再開する。口で口をついばみながら、一方の手で豊かな胸を揉み動かしながら、
もう一方の手で肩の、腕の、背の、脇の、腹の、何らの雑感もないすべすべとしたつるつるとした
肌を、どこまでも清冽なルトならではの特徴を、ぼくは存分に賞味する。ルトもまた、ぼくを
放っておかない。立っていた時と同じように、いや、身体を支える必要がなくなったいまは、
もっと熱烈に、もっと懸命に、ぼくの身体の表面をルトの手は這いずりまわる。
互いのすべてを感じつくそうと、身体を寄せ合わせ、押し合わせ、弄び合うぼくたち二人。
「ん……んんッ……ん、んん……ッ……」
密着した口の奥で、ルトが呻き始める。高ぶりの証明であるくぐもった響きを嬉しく聞き取り
ながら、その高ぶりをなおも確かめたくなって、ぼくは吸い続けていた口を離す。
「は! あッ……」
空気とともに噴出する声。離した口を頬から首へ、首から胸へと移す間にも、
「あぁ……あぁ……あぁ……はぁ……」
抑制の解除が呼吸に合わせた周期的な発声をルトにもたらす。口が乳房にかかるにつれ、
「はぁ……はぁッ……あぁッ……んあぁッ……」
声は周期を速め、音量を上げ、ついに乳首に達すると、
「ひ! あ! んぁ! あ、あぁ……」
あの奇抜な叫びとなってリズムを乱す。仰向けになっても隆起を失わない張りつめた乳房の、
その頂点を手と口で攻める間、声の乱れは直ることなく、そればかりか片手を下へとやるに至って、
「ん……あぁ……そうじゃ……」
徐々に意思を明示し始めてきて、意思は声のみならず体動にも表現されていて、腰は妖しく蠢き、
両脚はもどかしげにこすり合わされ、そのつけ根にある部分がじんじんとルトを苛んでいるのが
容易に想像されて、でもぼくは意地悪くそこには行かないで、手前の丘にとどまって、これも
大人のしるしである密な茂みを丹念に指と混和させて──
「うぁ!」
やにわに股間をつかまれ、喘いでしまう。続けてそこに加わる圧力を、圧力の微妙な変化を、
ぼくはじっと甘受するしかなくて、いや、じっとしてなんかいられない、握られているだけじゃ
物足りない、こうして前に出して、後ろに引いて、そんな刺激が欲しいんだと心の中で白状するのが
聞こえるはずもないのにルトの手が前後に動き出して、これはどういうわけなんだ、七年前に
こんなことはしなかったし、以来経験はないというルトが──ためらいはなくとも技巧もない
手の使い方からして初めてだとわかる──そんなルトがどうして、あ、いまのぼくのちょっとした
動きでそうすればいいと察知したのか、あるいは以前の交わりでそれが膣内をこするさまを
思い出して手でこすればいいと理解したのか、または前から理解していたのか、いずれにせよ
やはり七年前とは異なる能動的なルトのこの行為、ぼくに同じことをしろと言葉以上の雄弁さで
言い立ててくるこの行為に、ぼくはもう抵抗できず手を伸ばして、濡れそぼったルトの谷間に指を
沈ませて──
「んッ! そこ、そこじゃ……」
──情欲をくらましもせずぐいと広げられる両脚の中心にぼくは触れて、左右の襞の間を
撫でさすって、その上の小さなふくらみを包皮ごとつまんで──
「ひゃッ! ぁんッ! リンク! そこッ!」
──こりこりと柔和に揉んでやると、ルトは身を固まらせて顔をくしゃくしゃにして大きく
あけた口から嬌声をほとばしらせる。自分の手技の至当さを教えてくれるルトのありさまに心を
躍らせつつも、七年ぶりなんだから確かめておかなければ、と開ききった秘裂の奥にそっと指を
刺し──
「あ! あ! あぁッ!」
──ゆっくりと、ゆっくりと、突き挿れてゆき──
「あッ! んあッ! くぅ……あッ!」
──強い締めつけにもかかわらず、そこに進入を阻害する要因はないと──
「よい……よいぞ、もっと!……あッ、もっとッ!」
──ルトも苦痛を感じてはいないと、それどころか喜悦しか感じていないと知ってぼくはしかし
すぐには挑みかからず、その前にできることはしておいてやる、と指を抜いた途端、がばりと
ルトは起き上がり、向きを変え、躊躇する気配もなくぼくの勃起を口に含む。
「お……」
こっちがやろうとしたことを、また先にやられてしまった。ルトがそうするのは初めてのはず。
以前ぼくがルトのそこを口でかわいがってやった経緯があってのことに違いないが、それにしても
初めての行為を、こうも迷いなく実行に移せるとは驚くばかり。そしてその実行ぶりは──
「くッ……あ……」
──決してうまくはない。時に歯が当たったりして、ぎこちなさを感じさせる。けれど細かい
点には頓着せず、自分にできるだけのことをしようというルトの熱情が、そこにはやっぱり如実に
表れていて、慣れないだけに大胆で意表を突く舌の運びがいっそう快感をかき立てて、気持ちいい、
気持ちいい、だけど耐えてやる、これくらいで参ったりするもんか、君がここまでしてくれるんなら、
ぼくだって──
──という思いを読み取ったかのごとく、ルトはぼくをくわえたまま上に跨ってきて、仰向けの
ぼくの顔に秘所を突きつけてきて、いまや美しく花開いたそこは真っ赤に色づいてしっとりと蜜を
したたらせていて、その蜜を、蜜の湧き出る源を、ぼくは味わいたい、味わいたいからこうやって、
胸よりもなお大きく張った尻に両手をかけて、左右に分けて、間にある裂け目の奥を──
「ん! んん!……んんーーーーんッ!……ん、んんッ!」
──ルトが呻きをやめられないくらいひとえに舐めて、啜って、しゃぶって、唇ではさんで、
舌を突き刺して、口全体をこすりつけてなぶり通す。ルトも受けるばかりではなく呻きながら
ぼくをなぶり返す。ぼくの口が攻め立てる。ルトの口が攻め立てる。互いが互いを攻めて攻めて
攻めて攻めて攻め続けたその果てに、ルトの動きが止まる、身体がちりちりと震え出す、震えは
少しずつ少しずつ強くなり接した局部と口を通じてぼくの顔をもうち震わせ、やがて接触を
保てないほどの激しさとなった末に──
「や、あんッッ!!」
──口を離して絶叫するルト。背は弓なりにのけぞり、震えの代わりに硬直がその全身を
支配する。ルトは達したんだ、ぼくはルトを口でいかせてやれたんだと満悦する間もなく硬直は
解け、尻がどさりと顔に落ちてくる。ルトの全体重がかかってくる。
重みがかかるのはかまわないが、顔を覆われたら息ができない。
脱力したルトを床に移し置く。はあはあと息を吐くだけで無抵抗のルト。しかしその目は爛々と
光っていて、一度達したくらいでは治まらないとでも言いたげだ。
いいとも、もちろんこれで終わらせたりはしない。
仰向けのルトにのしかかる。応じてルトが脚を開く。間に身を置き、腰を近づける。自らの
愛液とぼくの唾液でぬかるみきったその場所に、同じく濡れきった切っ先をぼくは触れさせる。
「あ……」
一気に突っこみたくなるのを我慢し、自分に手を添え、あたりを亀頭で撫でまわしてやる。
「ひゃ! あ! う……くぅぅ……ッ……」
徐々に力をこめ、一帯をかきまわす。挿入はしない。接触だけを続けてやる。
ルトの手が伸びてきた。敏感な部分への刺激に悶えながらも、それ以上の攻めがないのに
耐えられなくなったのだろう、自らぼくを導こうとする。その手をさえぎり、さらに思わせぶりな
接触を継続する。
喘ぎを連ねていたルトが、やがて言葉を口にした。
「……何を……しておる……早う……」
したりとばかり添えていた手を引き、おもむろに先端をもぐりこませる。
「お! あぁ! リンク!」
ルトの表情が歓喜の輝きを放つ。腰が迎えの態勢をとる。苦痛はないと改めて確認した上で、
先には進まず、挿れかけた物を抜いてやる。
「あ……ん……」
失望に曇るルトの顔。
再び挿れる。
「あ! リンク! 早う!」
再び抜く。
「うぅ……あぁぁ……どうして……」
歓喜と失望が移り変わるさまを、わくわくしながら観察する。
君はあれほどぼくを煽ったじゃないか。今度はぼくが君を煽ってやってるんだ。
軽微な抜き差しを何度も繰り返す。差し挿れるたび、ルトが腰を突き出してくる。逃がすまいと
しているのだ。けれどもそんな要求を、そのつどぼくはすげなく拒絶する。
「……そなた……」
恨みがましい目つきとなって、ルトが言葉を絞り出す。
「……焦らすにも……ほどがあろう……」
目を近づけて、ささやきかける。
「どう?」
「……もう……たまらぬ……」
「欲しい?」
「……知って……おるくせに……」
「聞かせて」
「……わらわに……言わせたいのか?……」
「うん」
「……何を言い出すか……わからぬぞ……」
「いいよ」
「……ほんとうに……よいのか?……」
「かまわないよ」
ルトが目を閉じる。眉間に皺が寄る。何かに駆り立てられている様子が、そこにはうかがわれた。
しばしの沈黙を経て、
「……待って……おったのじゃ……」
苦しげに呟きが漏らされる。
「ずっと……待っておったのじゃ……こうしてそなたに抱かれる時を」
たどたどしい呟きは次第に切迫した言葉の連続となり、
「わらわはずっと待っておったのじゃぞ、なぜならそなたはいまは、いまだけは──」
そして唐突に中断し、再度の沈黙をはさんで……
ほ──とルトが息をつく。眉間の皺が解ける。駆り立てていた何かをやり過ごしたかのように。
「……いま、思えば……」
声は一転して穏やかとなり、
「七年前も、わらわの方から言うたのじゃったな……」
やんわりと、目蓋が上がる。
「そなたが、欲しい」
とどまらず、
「これ以上は待てぬ、早うしてくれ、どうかわらわにそなたをくれ!」
尻上がりに調子を強める声が、ぞくぞくと背筋を震わせる。
そこまで言ってくれたら……
押し当てる。
「あ! あぁ……」
進ませる。
「あぁッ! リンク……リンク!」
大人とはいっても決して広くはない入口を開いて──
「もっと……そうじゃ! もっと!」
──もはや苦痛はないと知ってはいてもなお細心の注意を払って──
「きて……ぅぅぁぁぁあああッ! きてッ!」
──焦らしたせいなのか指で探った時よりもそこは──
「ぅあ! あ! んんん……おぉぉぁぁあああッ!」
──さらに締めつけを強くしていて、でもその強さに打ち勝って──
「あぁッ! もうッ! リンク! もうッッ!!」
──ぼくはわずかずつ、しかし着実に進んでゆき、そして──
「ひぁッ! んぁッ! くるッ! くるぅぅぅッッ!!」
──ついに奥まで到達した瞬間、
「ぉあ! あッッ──!!」
またもやルトが硬直し、狭い部分がますます収縮し、ぎりぎりとぼくを絞りあげ、絞りあげ、
絞りあげ、ぼくの中身を噴き出させようとするのをぼくは耐えて耐えて耐えて耐えて耐えきって、
まだだ、まだいくもんか、こんなところでいったりはしない、だけどすぐには動けそうにない、
ちょっとだけ、もうちょっとだけこのままにしておいてくれ、静かにさせておいてくれ、静かに、
静かに、そう、そうやって……静かに……
ルトの硬直が引いてゆく。膣の締めつけも和らいでゆく。和らいでもそこはしっかりぼくを
捕まえているのだけれど、さっきみたいなことはない、大丈夫? 大丈夫。よし、ルト、今度は──
「……リンク……」
しんみりと、
「……再び……そなたを……迎えられて……」
うっとりと、
「……この上のう嬉しゅう……思うておるぞ……」
ルトが言う。
じん──と胸が熱く潤う。
こっちこそ嬉しい。とても嬉しい。
とはいうものの、なぜここでそんなにしおらしくなるんだ、大人の君の圧倒的なところにぼくは
感動したんだから、こうしてひとつになったからにはすぐ受け身にまわったりしないで圧倒的な
ところを続けてぼくに見せてくれ、ぼくの下にいたらやりづらいというなら、さあ、抱き起こして
やる、ぼくが仰向けになるから上に跨るんだ、ぼくはじっとしているから君のしたいようにして
みるんだ。
何が起こったのかというふうに目を見張るルト。急な体位の変化に戸惑っているのか?
それともこの体位の知識がない? 仮に知らなくてもどうしたらいいかはわかるだろう、
男に貫かれた女が、女を貫いた男が、どこをどう動かしたら気持ちよくなれるか君はもう
知ってるじゃないか、ぼくの方が動かないとしたら動けるのは君だけなんだから──
ルトが動き出す。
「んん……」
ゆっくりと、
「んん……んん……」
ゆっくりと、上下に、
「んん……んん……んぁ……」
前後に、左右に、回転するように、
「んぁ……んぁ……んぁ……あぁ……」
時にはぐりぐりと接触部を押しつけてきたり、
「んん、んーーーぁぁあああ……あぁ……」
膣内のぼくをぎゅっと締めつけてきたり、
「ん、んん……んーーーーん、ぁ……あぁ……」
少しずつ、少しずつ、動きは速くなって、強くなって──
「あぁ……あぁ……あぁ……あぁッ……」
動きに同期した声もだんだん速くなって、強くなって──
「あぁッ……あぁッ……あぁッ!……はぁッ!……」
繋がった部分がたてる粘液質の音もだんだん大きくなって──
「あぁッ!……あぁッ!……はぁッ!……うぁッ!……」
全身を揺り動かしながら君が一心に快楽を貪っているのはもうあからさまで──
「あぁッ!……んぁッ!……うぁッ!……リンク!……」
君はずっと閉じていた目を開いて、上からぼくを見下ろして──
「わらわは……うまく……やって……おるか?……」
「……すごいよ、ルト……」
初めての体位とは思えないくらい素敵な動きだ。
「どうじゃ……そなた……心地が……よいか?……」
「……いい、感じる……」
このままだといくらも経たないうちにいってしまう。
「わらわも……よいぞ……よすぎて……あぁッ!」
体動が激しくなる。
「もう我慢できぬ! わらわは! わらわはッ!」
跳ね躍り──
「あ! あぁッ! もうッ! だめじゃッ!」
踊り狂い──
「んああぁぁぁあああああッッ!!」
叫喚とともに身をのけぞらせ、自らの乳房を握りしめて凝固するルト。陰茎は強烈に圧迫され、
しかし突然のことで状況に追いつけない。圧迫の感覚だけを享受するうち、力を失ったルトの
上体が、がくりとぼくに投げかけられる。
抱きとめておいて、じりじりしながらルトの回復を待つ。
徐々に高まっているのかと思ったら、いきなり登り詰めてしまった。すでに二度達していた
ことで、絶頂の限界値が低くなっているのかもしれない。ルトが何度も感極まってくれるのは
嬉しいし、誇らしい気持ちにもなるのだけれど、そろそろぼくの方も行き着きたい。ルトの
主導権がここまでなら、次はぼくがルトを──
ルトが顔を上げる。半ば開かれた口から漏れる深い息。目は茫然と恍惚の色を湛えている。
微笑みかけて、接吻する。唇と舌での愛撫を続けるうち、じっとしていたルトも口を動かし
始める。まだ応じる余力があるとわかって、望みを告げる。
「そのままで、向きを変えられる?」
「……ん?」
「乗ったままで、後ろ向きになれるかな」
ルトが上体を起こし、
「こう……か?」
疑問を返しもせず、ゆるゆると脚を動かす。
「そう……それでいいよ」
結合部を中心とした回転を終え、ルトが背を見せたところで、ぼくも上半身を立てる。床に膝を
つき、ルトを前にかがませ、四つん這いにする。
「あ、このような格好で──」
うろたえた声を出すルト。
「これではまるで獣ではないか」
「そうさ」
背中に覆いかぶさり、きっぱりと言ってやる。
「獣みたいに交わるんだ、ぼくたちは」
尻に腰を押しつけ、奥まで挿した肉棒をさらに奥の奥まで届かせる。垂れ下がる豊満な乳房を
揉みしだく。繁茂する恥叢に片手を這わせ、ぼくを呑みこんだ部分の直上にしこる、欲情が
凝縮した小塊を、剥き上げるように撫でてやる。
「ひぁ! あぁッ! ぁ……ぁぁぁあああんッ!」
這いつくばったまま攻めを受けるしかないルトの、悩ましくも甘美な叫びが耳を打つ。
胸と秘部とを弄びつつ、背に唇をつける。刹那──
「ひぃゃッッ!!」
悲鳴が空気を切り裂いた。
もういったんだ。感じる部分を刺激していたとはいえ、背中へのキスで行き着くなんて、
やっぱりルトはよほど敏感になっているんだ。
締めつけられる、締めつけられる、締めつけられてもまだ耐えられる。だけどこんな調子だと
ルトはこれから何回達するかわからない、そのうちぼくも耐えられなくなるだろう、そうなる前に
動いてやる、ここまで抑えてきたものをぶつけてやるからルト、ぼくを受けてくれ受け取ってくれ
受け止めてくれ!
背を伸ばす。ルトの尻を両手でつかむ。
突く。引く。
突く。引く。
突く。引く。突く。引く。突く、引く、突く、引く、突く引く突く引く突く引く──
止められない。もう止められない。狭い肉鞘の中、絡みつく粘膜と揉み合いながら前に後ろに
すべり動くことの何という快感。その快感を求めてぼくはもはや自動的に腰を打ちつけるしかない。
そして快感は大きくなって、どんどんどんどん大きくなって、それはぼくの限界が近づいている
ことを意味するのは当然としても、ぼくに加わる物理的な圧迫がどんどん大きくなっているのも
また確かであって、つまりルトの締めつけがどんどん強くなっているわけで、これはルトが
立て続けに絶頂しているということなのか、そうかもしれない、そうなんだろう、そうに違いない、
ぼくを圧倒していたルトをいまぼくは逆に圧倒しているんだ、でもこっちも限界だ、もういく、
もういく、このまま、このままぼくはルトの中にと心を身体を決壊させる寸前になってぼくは
必死で踏みとどまる。
動きを止め、射精の衝動を抑えこむ。
ここでいきたいのはやまやまだけれど、どうせなら……
ルトは声も出せず、ただただ息を荒げている。その息が治まるのを待って、こちらの意図を
耳打ちする。ルトもそれを望んでいたのだろう、素直に頷きを返してきた。
ルトの左脚を抱え、ゆっくりと持ち上げる。ルトが身体をねじるように回転させるのを、残る
腕と脚で慎重に支えてやる。結合を解きたくないための難しい動作だったが、どうにかルトを
仰向けとし、床に横たえることができた。
上に重なる。ルトは目を閉じている。閉じたまま、恥ずかしそうに声を出す。
「獣となって交わるのも、思いのほか、快いものであったが……」
目が開く。
「そなたの顔を見られる方が、もっとよい」
「ぼくも」
そうなんだ。君の顔を、君のその美しい顔を間近に見ながら達したかったんだ。
ルトの頭を腕に抱く。ルトの腕がぼくの頭にかかる。目と目が極限まで近づき、互いの想いを
伝え合う。すでに深く繋がった部分がゆさゆさと運動を始め、互いの欲望を高め合う。快感に
引きつるルトの顔。目蓋が落ちかけて、それでも視線は断たれない。ぼくの顔も同じように
ゆがんでいるだろう、それでも視線を断つ気はない。
ルトを見るぼく。ぼくを見るルト。ルトの瞳にはぼくの顔が映っていて、ぼくの瞳にはやはり
ルトの顔が映っているはずで、二人の間には互いの姿が無限に映し出されているはずで、無数の
ぼくと無数のルトがそこでは見つめ合っているはずで、
「ルト──」
そのすべてであるぼくと、
「リンク──」
そのすべてである君は、映し出されていない部分では密な上にも密に互いを接触させていて、
悦びを極めようと激しく腰を動かし合っていて、その究極の悦びがだんだん近づいているのが
わかってぼくはもっと目を寄せて、焦点が合わなくなるまで寄せたところでようやくぼくたちは
視覚を捨て、口と口との接触に移る。
瞬間、ルトの膣が反射的に脈動する。唇が、舌が触れ合うたびに脈動は頻度を増し、ぼくの手が
ルトの胸をつかむに及んで脈動は連続する痙攣となり、ぼくを終局へと引きずりこむ。
止められない、今度こそほんとうに止められないし止めるつもりもない、できる限りの速さと
強さでぼくはルトを攻めて、突き刺して、貫きとおして、局部の痙攣が伝わったかのごとく全身を
がくがくと震わせるルトにさらなる快感を送り届けてやりながら、ぼくも溜まりに溜まった欲望を
いまこそ吐き出してやろう、ぶちまけてやろうと自分を思うまま躍動させるうち、くる、とうとう
くる、下腹に渦巻いていた快感が急速に勢いを増して股間に集中し、純化し、凝結し、これを
越えたらあとには戻れないという一線を逡巡もなく跨ぎ越えたのちは終末点に向かって一直線に
突進する、突進する、突進する、突進しつつ口を離し顔を上げ望んだとおりにルト、君を見て、
君の顔を見て、快美に乱れ狂う君の顔を見つめてぼくは──
「ルト!!」
爆発する快感がぼくの中心部を通って次々と君の内奥に激突するのを感得しながら──
「リンク!!」
同じくそれを感得した君が放つ紛れもない絶頂の叫びを聞き取って──
すべての枷を振り切った解放感に身を任せつつ……ぼくは……
君の腕の中へと……
落ちこんで……
ゆく……
意識が現実に戻った時、室内は闇に満たされていた。
夜か──と、リンクは思った。
神殿に入ったのは早朝だが、探索にかなりの時間を費やしたから、夜になっていてもいい
頃ではある。天井から漏れてくる光は、日没によって失われてしまったのだ。
いや、完全には失われていない。かすかではあるが光が差している。夜だというのに。
ぼんやりと考えるうち、意味がわかった。
夜間、神殿内に漏れ入るだけの光を上方からもたらすものといえば、月しかない。神殿の上空に
月が出ているのだ。雲がかかっていれば、光はとうていここまで届くまい。つまり、いま、空は
晴れているのだ。ということは……
傍らを見る。目を閉じたルトがいる。
二人は床に横たわり、身体を寄せ合って眠っていたのだった。
眠ってはいても、賢者としては目覚めているルト。
顔を寄せる。かぼそい光がルトの頬に落ちている。
涙の跡があった。
眠っている間にこぼしたのだろう。が……
再会してからのルトのありようと、それはいかにも不釣り合いに感じられた。
誘惑的、能動的なルトの言動に煽られて、ぼくは熱狂の坩堝へと身を投じることになったのだ
けれど……
『もしかしたら……』
あのルトの言動は、ぼくを熱狂に引きこむための手段ではなかったか。
もちろんルト自身も熱狂を欲していただろう。賢者としての覚醒を得るという、単なる儀式に
とどめる気は、初めからなかったのだ。だが──この涙の跡を見ると──ルトは快楽に溺れたかった
だけなのではない、熱狂によって何かを押し隠そうとしたのだ、と思われてならない。
何を?
不意によみがえる記憶。
初めての交わりののち、別れの際にルトが示した、あの言葉。あの表情。
(二度と、そなたの顔は、見とうない)
当時のぼくには罵倒としかとれなかった言葉にひそんでいた、哀しみとも呼び得る感情。
ゆがめられた表情にうかがわれた、いまにも散り乱れそうな儚さ。
それらと同種のものが、この涙の跡には、こめられているのではないだろうか。
自らの運命について悟りすましたふうに語っていたルトではあるが、現実世界との──
なかんずく、ぼくとの──別離を余儀なくされるにあたって、思うことはあるに違いない。
『それだけだろうか』
別の記憶がよみがえる。
何を言い出すかわからない、と前置きして、何かに駆り立てられるように、ルトは言葉を連ねた。
あれは──
(わらわはずっと待っておったのじゃぞ、なぜならそなたはいまは、いまだけは──)
あれは、押し隠されていたルトの真情が、ふと垣間見えた瞬間だったのでは?
では、その真情とは?
ぼくをずっと待っていた、というのは理解できる。でもそのあとの、
(なぜならそなたはいまは、いまだけは──)
これは?
いまだけぼくは何だというのか。ルトを駆り立てていた何かとは何だったのか。
わからない。察しが悪いおのれを省みて、なお考えても、わからない。
わからないけれど……
あのあと、ルトは安定を取り戻した。話の流れはそこで変わってしまった。ルトは自分の内面を
ぼくに見せようとはしなかった。見せたくなかったのだ。かつては常にあらわな感情をもって
ぼくと接していたルトが。
ならば、見せたくない、というルトの思いだけを、ぼくは黙って受け取っておくべきなのだろう。
リンクはルトの肩を抱き、目を閉じた。そして再びまどろみに落ちた。
意識が現実に戻った時、室内には弱からぬ光が差しこんでいた。
朝か──と、ルトは思った。
ふだんの朝よりも、よほど明るい。意味は正確に把握できた。
傍らを見る。目を閉じたリンクがいる。
肩にかけられた手の温かみを、暫時、ぼんやりと楽しんだのち、ルトは起き上がった。リンクは
起きる様子もなく、裸体を横たえたままだった。
床から足場に降り、水中へと身を入れる。
交わっている間は全く気にならなかったのだが、一夜明けてみると、硬い床の上での盛んな
体動が、身体の各所に鈍い痛みをもたらしていた。しかし、ほどよく冷たい水の中でゆったりと
全身をほぐすうち、痛みは治まっていった。絶大な快感の余韻は、消えずに残った。それは
さわやかな水の感触と相まって、気だるくも和やかな心地よさとなり、ルトを堪能させた。
堪能しながら、思いを馳せる。
七年前の交わりでは、リンクのなすがままだった。今度リンクと抱き合う時は、ああもしよう、
こうもしよう、と考えていた。それがこのたび、誘惑的、能動的な言動となって、表に出たのだ。
初めのうち、リンクは馬鹿にどきまぎしていた。微笑ましくなるくらいに。こちらが圧倒して
いたと言ってもいいかもしれない。
とはいえ、所詮はろくに経験もない者の付け焼き刃。結局、立場は逆になった。リンクに
圧倒され、何もできなくなってしまった。
あれほどの快感を得られたのは、圧倒されたからこそなのだから、一向にかまわない。むしろ
圧倒されたいがゆえに敢えてリンクを煽った、というのが正直なところなのだ。
望んだとおり、リンクは熱狂に引きこまれてくれた。結果、こちらは無上の悦びに浸ることが
でき……かつ、内面を押し隠すことができた。
一度だけ、思わず自分をさらけ出してしまいそうになったが……
(わらわはずっと待っておったのじゃぞ、なぜならそなたはいまは、いまだけは──)
その時も、どうにか抑制できた。内面を悟られることはなかったはず。
ただ……
あの真実。決して動かせない、あの真実。
あれについては──片鱗だけでも──リンクに告げておくべきではないだろうか。
告げておくべきだろう。
告げることが、自分にとって、けじめとなる。それに何より、リンクのためを思うのであれば──
「ルト」
床の上から声がかかった。裸のままのリンクが立っていた。
「起きたか」
仰向けとなって水面に浮き、朗らかに声を返す。
「そなたも泳がぬか? 気持ちがよいぞ」
リンクは黙っていたが、やがて水に入ってきた。
しばらくの間、ルトは一人で自由に水と戯れた。リンクも緩やかに手足を動かしながら、勝手に
泳いでいた。会話は生じなかった。気詰まりというほどではないにせよ、沈黙はルトにリンクの
内心を想像させた。
泳ぎ寄る。水は深く、底に足はつかない。その場で浮遊を保ちつつ、
「見よ、明るうなったであろう」
手で室内を示し、ことさら快活な調子で語りかける。
「空が晴れたのじゃ。わらわも立派に『水の賢者』として目覚めたというわけじゃな」
無言のリンク。やるせない表情。
「辛気くさい顔をするでない。わらわと別れるのがつらいのであろうが、そんなざまでは
時の勇者の名が泣くぞ。こののちもそなたには、なすべきことが残っておるというのに」
賢者としてあらねばならない運命を、リンクは思いやってくれているのだ。それは嬉しい。
だがリンクに心を残させてはならない。こちらもすでに納得ずくのことなのだから。
やるせなさを残しながらも、リンクの顔は微笑みを宿した。
「うん……」
そう、そのように笑っていてくれればいい。笑って去ってくれればいい。
ただし、去る前に、しておくことがある。
一つは、あの真実を告げること。
そして……
「──とはいうても、じゃ」
顔を近づけ、小声で言う。
「このまま別れるのでは、ちと物足りぬ。いま少し、わらわとつき合うてくれ」
リンクの顔から笑みが消えた。きょとんとした表情になった。消えた笑みを受け継いで、
リンクに返す。唇を寄せ、頬に接吻する。続けて唇同士を合わせる。唇を割って舌を送りこむ。
リンクが左手を胸にかけてきた。愛撫するというよりは、しがみついている感じ。浮くだけで
精いっぱいなのだろう。泳ぎに長けてはいないのだから、当然ではある。こちらが動いて
やらなくては。
右手をリンクの股間に伸ばす。すでに勃起しかけている部分を握る。優しく刺激する。
ほどなく勃起は完全となる。その硬さと太さと長さが、興奮を呼ぶ。
これが、きのう、自分の中にあったのだ。
腰の深いところにもやもやとわだかまっていた、うずくような感覚が、急激に勢いを増して
股間の中心へと集まってゆく。余した手で探ると、そこはぬるぬるになっていた。水で流せない
くらい大量の粘液が湧き出しているのだ。
握った物の先端にその部を近づける。触れさせる。両脚をリンクの尻に巻きつけ、ぐいと腰を
押しつける。
「うッ!」
「あんッ!」
同時に飛び出す呻きとともに、二つの身体は一つとなる。それは縦を向き、横を向き、どちらが
上ともなり、どちらが下ともなり、あるいは右とも、左ともなり、水面で、水中で、浅く、深く、
目まぐるしい舞いを舞う。
自らを貫かせたリンクにしがみつく格好で、しかし巧みに手足を操りもして、ルトはこの奔放な
結び合いを主導した。
泳ぎながらの性交は、ゾーラ族の間では珍しくもない行為だ。もちろん実行したことはないし、
見たことがあるわけでもないけれど、やり方は見当がつく。実際、こうして行えている。ただ、
行えるのはこちらが泳ぎを心得ているからであって、リンクの方は呼吸するだけでも大変だろう。
抱きしめてくれてはいるが、さらなる行動をとろうとはしない。突きを繰り出す余裕もないようだ。
長くは続けられない。それでもいい。まだ別の方法が残っている。
腰を揺り動かして摩擦を生じさせ、いや増す快感に喘ぎつつも、ルトは冷静な判断を失わなかった。
絶頂までは求めず、頃合いを見て動きを止め、身体を離した。
「大事ないか?」
問うと、
「ああ……大丈夫……」
言いつつも、リンクは激しく息を弾ませている。
床に上がり、隣り合わせに腰を下ろす。欲情に耐え、リンクの息が整うのを待つ。
整ったところで、
「最後に」
欲情を、
「そなたを、迎えたい」
解放する。
「わらわの、尻に」
リンクの目が丸くなった。
露骨な言葉に驚いているのだろう。
七年前、そこをリンクに捧げた時、似たような台詞を口走ったという、おぼろげな記憶がある。
あの時の二人を再現したくて、恥も顧みず告白したのだ。驚くだけでなく──
「あ」
抱き寄せられる。
──そう、そうやって……
身体が傾く。背が床につく。
──ともに心と身体を高ぶらせて……
両脚を抱えられる。腰を持ち上げられる。
──もう一度、あの至福の時を……
「あッ!」
唇を当てられる。舌で舐められる。前も、後ろも、一緒くたに攻められる。自身が精を放った
前の部分を、体内の滓が排泄される後ろの部分を、水で洗われているとはいってもそんな不浄の
場所をリンクは口で、いいや違う、リンクが口をつけてくれるのだから、不浄であるはずはない、
その部分は、前も、そして後ろも、リンクと繋がるための清く尊い場所なのだ。
溶けてゆく。溶けてゆく。リンクの唾液でほとびた上に、体内から絶え間なくあふれ出す液体が、
股間をどろどろに溶かしてゆく。どろどろが後ろに集められる。リンクの舌がそこを這う。そこに、
「んあ!」
尻の中心に、
「んん……ぅあ!」
肛門に、
「ぉ……あぁんッ!」
深々と挿しこまれる。身体の軸を走り上がる異様な感覚。くすぐったいような痺れるような
それでいて明らかに快いこの感覚。七年前の至福をありありと思い出させてくれるこの感覚は、
実は七年ぶりというわけでは必ずしも──
「は……ぁッ……」
口が離れる。かがみこんでいたリンクが起き上がる。脚を抱えたまま腰を寄せてくる。それが
そこに触れる。押しつけられる。
「いいかい?」
頷くやいなやそれは、
「くッ!」
じわりと、
「ぅぅ……ぁ……」
ぐいっと、
「ん!……んあぁ……」
押し入ってくる。苦しい。苦しいけれど苦しくならない方法はもう知っている。力を抜いて、
筋肉を弛緩させて、このまま、このまま、こうしていれば苦痛なくリンクを迎えられる、止まる
ことなくリンクは奥まで入ってこられる、そう、こんなふうに、こんなふうに、奥まで、奥まで、
届く限りの奥深くまで!
この時のために指を使ったのだ。きのう膣にリンクを受け入れた時、全く苦痛がなかったのは、
リンクとの再会を待つ間、何度となく指で慰めた経験があったからだ。それと同じことを、
後ろでもしていた。尻に指を差し挿れてその感覚に慣れ、のみならず、将来男の器官でそうして
くれるはずのリンクを想って喜悦に浸っていたのだ!
前はともかく、後ろでそんなことをする女が、自分の他にいるのかどうかは知らない。知らないが
世界で自分ただ一人であったとしても全然かまわない。そのおかげでいまこうして、あの時よりも
数段大きなリンクを尻に受け入れて、苦痛もなく、ただただ快感に、指での慰めなど及びもつかない
最高の快感に身を震わせることができるのだから!
リンクが動き出す。ゆっくりと。
そんなに遠慮しなくていい、もっと動いてくれていい、苦しくないから、平気だから、そうして
欲しいから、もっと、もっと、動いて、動いて、リンク、リンク、そう、そうやって、そうやって、
突いて、突いて、突いて、突いて突いて突いて突いて突き通して抉り抜いてめちゃくちゃにして──
「ひぃぃッ!」
リンクが胸に触れてくる、乳房を揉まれる、乳首をこねられる、感じる、感じる、感じるから
そこもそうしていて、リンクを待って大きくなったこの胸をどうか心ゆくまで弄んでなぶって
いたぶって──
「ひあぁッッ!!」
前に触れられた、リンクに突かれている場所の前にあるいちばん敏感な所に触れられた、
そこに触られたらもうだめ、電流じみた刺激が身体の隅々にまで伝わっていって、身体全体が
浮き上がるような沈みこむような自分のものではないかのような異常な感覚を呼び起こして──
「んぁあッッ!!」
その上リンクが指を、指を前に挿れてきて、前と後ろを同時に貫かれて、なに? これはなに?
こんなことがあっていい? こんな快感を、いや、快感という言葉ではとても追いつかないような
こんな幸せを味わうことができてほんとうにいい? いい? いっていい? いく、いく、
いってしまうからリンクも、リンクもいって一緒にいってもっと激しく動いて動いて動いて動いて
動きつくして最後になったらそう! そう! 出して! 放って! リンクの命を注ぎこんで!
ここに! リンクのためにあるこの尻の中に!!
灼熱の噴射を叩きつけられ、同時に自分も達してしまい……
あとは……
もう何も……
わからない……
気がつくと、リンクに抱かれていた。
目の前にリンクの顎があった。背には両腕がまわされていた。向かい合った格好で、床に
横たわっているのである。
そのままでいたくて、じっとしていた。それでもこちらの目覚めを感じ取ったのだろう、
リンクの腕に力がこもり、肌の接触が圧を増した。嬉しさも増した。
抱擁を満喫したのち、目を上げ、リンクの顔を見た。純粋な微笑みが、そこには認められた。
ルトも微笑みを返し、ただしそれ以上の行動には及ばず、発語も控えて、起き上がった。
再び水に入り、身を清めた。リンクの精液が洗い流されている、と考えると、残念な気がしたが、
その方がよい、そうあるべきなのだ、と思い直した。
同じく水に浸かったリンクとの、身体の触れ合いを求める気は、もうなかった。ルトは水から
上がり、続いて床に立ったリンクに、脱ぎ落とされた衣服への留意を、目で促した。リンクは何も
言わず、衣服を身に着けた。
装備を調えたリンクが、正面に相対するのを待って、ルトは口を開いた。
「そなたの、さらなる活躍を、わらわは信じておる」
リンクが頷く。
「そのために必要な力を、わらわはそなたに託した。いかにしてその力を使うか、まだ、そなたは
知ってはおらぬ……な?」
再度の頷き。
「いずれ、そなたは知ることになる」
いまは言えない。ただ……
あの真実の片鱗だけは伝えておかなければ。
「そなた、ゼルダ姫を捜しておろう?」
刹那、リンクの顔に驚きが走った。が、すぐにそれは消え、
「うん」
短くも力強い返事が返された。
「ゼルダ姫は生きておる。それはわかっておるな?」
頷きながらも、リンクは不思議そうな面持ちとなった。なぜ知っているのか、と疑問に思って
いるのだろう。
「そなたは、ゼルダ姫を好いておる。そうじゃな?」
今度は返事も頷きも返らなかった。明らかな動揺を、リンクの表情は呈していた。
「わらわに隠しごとはできぬぞ」
小さく笑いながら言ってやる。言いつつ過去を回想する。
あの時もそうだった。七年経っても変わっていない。考えていることがすぐ顔に出るのだ、
リンクは。
「安心するがよい。ゼルダ姫もそなたを好いておる」
リンクの顔が驚愕に満たされた。
やがて口から漏らされたのは、言葉の断片だけである。
「どうして……それを……」
「わらわには、わかるのじゃ」
答にはなっていないと知った上で、
「じゃから……」
告げるべきことを、告げる。
「そなたの大切なひとを、慈しんでやるのじゃぞ」
さらに、
「シークに会うたら、わらわが礼を言うておったと伝えてくれ。よいな」
茫然としていたリンクの表情が、怪訝そうな色を帯びた。
唐突な発言に聞こえただろう。けれども詳しくは話せない。
リンクに向けて両手をかざす。光の渦が湧き起こり、リンクの身体を包みこむ。物問いたげな
顔のまま、リンクの姿が色と輪郭を失い始める。
消えてゆくリンクを、温かな、しかし一抹の痛みも残した心で見送りながら、かつての
ゼルダとの出会いを、ルトは思い出していた。
****************************************
思わぬ形で出現した、その人物を前にして、ルトは大きな驚きを禁じ得なかった。そして、
その人物が上げた名乗りは、より大きな驚きへとルトを導いた。
名のみを知り、これまで会ったことのなかった人物──ハイラル王国の王女、ゼルダ姫が、いま、
目の前にいるのである。
なぜここに──と疑問を呈するまでもなく、ゼルダは経緯を語り始めた。
世界支配の野望に憑かれたガノンドロフを打倒するべく起こした行動が、いかにして破綻に
至ったか。その破綻を修復するために何が必要であり、またゼルダ自身が何をしなければ
ならなかったか。
すでに父や『シーク』から大略は聞かされていたものの、ゼルダが語る詳細は、理屈では
わかっていても完全には得心できていなかった、賢者としての自分のあり方を、深く納得させて
くれるものだった。さらに、ゼルダこそが激動する世界の中心軸であるという事実は、ルトに
否応なく多大な感慨をもたらした。
自分よりもなお若い、いまだ少女の域を脱していないゼルダの、そのか弱い双肩に、全世界の
運命がのしかかっているのだ!
が……
同時にルトの心を占めるのは、話の中で触れられた、この場にはいない、もう一人の人物の
件だった。
「で、そなた──」
ゼルダが語り終えたあとの、場にわだかまる沈黙を、その人物に言及することで、ルトは破った。
「リンクとは、どういう関係なのじゃ?」
「それは、いま──」
話したばかりではないか──と続けたそうなゼルダを抑えて、語調を強める。
「わらわが訊きたいのは、使命がどうたらいう表向きのことではない。そなたとリンクの個人的
関係じゃ」
個人的という部分に力をこめた。硬い声になっているのが自分でもわかった。和らげようとは
思わなかった。
しばしの間ののち、ゼルダが漏らしたのは、何とも曖昧な台詞である。
「……リンクを……信頼しています」
「わらわの問いへの答ではないな、それは」
声をいっそう硬くする。
再び間があいた。今度の間は長かった。
答える気はないということか。それとも答えるべき内容がないということか。
ゼルダの表情は動かない。内心がうかがえない。
観察しながら、ルトの胸には、別の印象も浮かんでいた。
美しい。噂に聞くとおりだ。自分と同じくらい、いや、あるいは──
「あなたは?」
不意に問いを返され、どきりとする。
「何じゃ?」
「あなたとリンクは、個人的にどのような関係なのですか?」
なお表情は変わらない。けれどもその発言で、ゼルダの胸の内は透けて見えた。
『この女、やはり……』
むらむらと対抗心が湧き上がる。
「契りを結んだ仲じゃ」
純粋に個人的な関係と言える行為ではないのだが──と、内心、引け目を感じながら、それでも
ルトは強気に出た。
効果があった。
初めてゼルダの表情が動いたのである。明白な動揺が、そこには表れていた。
賢者覚醒の機序を知らないのか?──と意外に思いつつも、
「それだけではないぞ」
嵩に懸かって言い放つ。
「わらわとリンクは婚約したのじゃ」
婚約「している」のではないが、婚約「した」ことは間違いない。
ゼルダの顔が蒼白となった。そう見えた。ずっとこちらに向けられていた視線が、下に落ちた。
勝った──という喜びは、しかし一瞬にして消え去った。苦みだけが残った。
こんな詭弁で言い負かしてどうなるというのか。婚約なるものの実態や、リンクの本心を
考えると……それに……
「とはいえ──」
自嘲をこめて言い捨てる。
「賢者として神殿に赴き、この世界とは切り離されてしまうわらわじゃ。リンクとの間に何が
あったとて、もはや詮ないことではある」
ゼルダは無言だった。打ちひしがれているようだった。こちらの言葉が聞こえていないようでも
あった。
そうではない、とわかったのは、気まずい沈黙が、いたたまれなくなるほど延々と流れたのちの
ことである。
「……方法は……あるかもしれません」
沈黙を押し分けるゼルダの言を、ルトは最初、理解できなかった。
「何じゃと?」
ゼルダの視線が戻ってくる。
「あなたがこの世界にとどまれる方法が、あるかもしれません」
「世界を救うには、六人の賢者が目覚めねばならぬのであろう。そんな方法など、あるはずがない」
「一人が欠けるだけなら、他の賢者が力を合わせて、不足を補えるかも……わたしが……」
「そなたが?」
「わたしも賢者の一人なのです」
驚く。
「ですからわたしがあなたの分まで力を尽くせば、もしかしたら──」
「何を言う!」
思わずさえぎる。
「なぜそなたがそこまでせねばならぬ! そなたはリンクに想いを──」
「わたしは!」
今度はゼルダがさえぎった。抑制していた感情が噴き出すような、激した声だった。しかし
激情は続かず、あとには再び抑制が復した。
「……わたしは……リンクの幸せを望みます。リンクの想いが、あなたに寄せられているのなら
……その想いが実って……幸せになって欲しいと……」
愕然となる。
リンクの幸せ?
リンクの幸せというものを、いままで自分は考えたことがあっただろうか。
ありはしない! 一度たりとも!
リンクを想って、結婚したいと願って、けれどもそれはただの独善であって、リンクの気持ちを
確かめもしないで一方的に婚約を押しつけて、願いがかなわないとわかったのちも自分を守るため
一方的にリンクを拒絶して……
自分のことしか考えられないで!
『だけではない』
自分の生き方そのものが、どうであったか。
王女という身分に安住して、言いたい放題、したい放題、わがままばかりの生活だったでは
ないか。ガノンドロフによって世界が暗黒に呑みこまれつつあるこの時ですら、現状をろくに
見据えようとせず、自分の役割に深く思いを致すこともなかったではないか。
だというのに、同じ王女である、このゼルダは……
これまでも、そしてこれからも、たった一人で世界をさまよい、生き、戦い、おのれに課された
すべての責を果たしてゆかねばならないのだ。
何という違いだろう!
いかに幼い自分であったことか!
自分はとうていゼルダに及ばない。生き方においても。リンクに寄せる想いの篤さにおいても。
『いかん』
このままではゼルダを騙すことになってしまう。それはできない。してはならない。
「……嘘じゃ」
「え?」
「婚約など、嘘じゃ」
契りとは賢者の覚醒に必要な過程でもあったのだ、と説明し、
「とはいうても、リンクの真の想いは、わらわの方には向いておらぬ」
告げるべきことを、告げる。
「リンクはそなたを好いておる」
ゼルダの顔が驚愕に満たされた。
やがて口から漏らされたのは、言葉の断片だけである。
「どうして……それを……」
「わらわには、わかるのじゃ」
女がいるのではないか、それはゼルダではないのか──と、リンクを問いつめたことがある。
口では肯定しなかったリンクだが、狼狽しきった態度が、すべてを告白していた。リンクは嘘を
つけないのだ。
「自身が賢者と知っておるそなたは、もう賢者として目覚めておるのか?」
唐突な問いをいぶかしむ様子を示しながらも、ゼルダは答を返してきた。
「……いいえ、まだ……」
「目覚めの方法は、わらわの場合と同じであろうかな?」
「……わかりません。わたしは、他の賢者とは、少し立場が違うのです」
「とは?」
「六人の賢者の、さらに長となるべき、七人目の賢者がいます。それがわたしです。他の賢者は、
覚醒したあと、神殿に身を置き、各地を守護する存在となりますが、わたしだけはこの世界に
とどまって、魔王を封じる役割につきます」
「そうか……」
現実の世界にとどまる。それは一見、恵まれた境遇とも思える。が……
神殿の中で安全を保てる自分よりも、なお苛酷な運命を、ゼルダは背負うことになるかも
しれないのだ。
「わらわも、そなたのごとく、あらねばならぬな……」
ゼルダはハイラル王女としての責任を果たそうとしている。ならば自分もゾーラの王女としての
責任を果たさなければならない。
そして……
「そなたの幸せを、わらわは願おう」
ルトは静かに、そう言った。
****************************************
リンクには結ばれるべきひとがある。そしてそれは自分ではない。
その真実を心の中で繰り返し、意識の片隅に残るかすかな痛みをも拭い去って、ルトは胸の前で
腕を組み合わせた。
リンクの姿をかき消した光が、今度はこちらの身を包む。
実体を失いつつあるおのれを自覚しながら、ルトは最後の思いを馳せた。
ゼルダ。そしてリンク。
二人がたどる道は、険しく厳しいものとなるだろう。ゼルダとの出会いの際、想像されたように。
それでも……
『わらわは、祈る』
二人の前途に幸あらんことを……
光がなくなったのちの自分の身を、ハイリア湖に浮かぶ第二の小島の上に、リンクは見いだした。
空は青く澄み、真昼の陽光が燦々と降り注いでいた。のみならず、いつしか湖には、透き通った
水が満々と湛えられているのだった。涼しい風が細やかな波紋を湖面に残し、さらには岸辺の
木々の葉を、歌うがごとくさざめかせている。それはかつてのままの、美しいハイリア湖の
風景だった。
リンクは、しかしそうした佳景の復活を、無心に喜ぶ気分にはなれなかった。別れ際のルトの
言葉が、耳にこびりついていた。
(ゼルダ姫もそなたを好いておる)
ほんとうだろうか。そうであって欲しい、と、ずっと思ってきた。それがほんとうなら──
ルトの口調は断定的だった──ぼくは口では言い表せないくらい……
だが、ルトはなぜそれを知っている? ゼルダに会ったのか? いつ? どこで?
いまとなっては、確かめようもない。
疑問とは別に、意外と感じられる点が、一つあった。
強引に結婚を迫るほど、ぼくに対して一途だった、あのルトが、ぼくとゼルダの関わり合いを
認めるとは……
そこで思い出す。
(なぜならそなたはいまは、いまだけは──)
その続きが何だったのか。ルトの内面に何があったのか。
いまはわかるような気がする。
ルトは望み、ぼくは応えた。それはいい。いいのだが……
さらに思い出す。
(……男なら……責任を取れ!)
当時は理解できなかった。けれども、いま、そのルトの言葉を吟味してみて……
ぼくは責任を取ることができたと言えるだろうか。
確かな答は、出そうになかった。
ただ、その答がどうであれ、生じた結果を、ぼくは負ってゆかなければならない。
北の空に目を向ける。ハイリア湖の上空が晴れ渡ったのちも、そこは依然、不気味な暗黒に
占められていた。
その暗黒をもたらした者と、ぼくは対峙することになる。それはもう遠い未来のことではない。
緊張と重圧が押し寄せてきた。苛烈な戦いが予想された。が……
ぼくに力を託したルトがいる。そしてまだ見ぬゼルダがいる。おのれ自身の勇気とともに、
二人の意志をも携えて、ぼくは至難に立ち向かおう。
湖面を渡る風が、にわかに勢いを増し、湖畔の木々を大きく揺らしながら、ハイラル平原の
方へと吹き過ぎていった。風は天に舞い、暗雲とぶつかって、その縁をちぎり取った。
微細ながらも確然とした兆しをそこに感じ、リンクは固く拳を握った。
To be continued.