ハイリア湖にかつての美しさを取り戻させた豊潤な水は、やはりかつてのごとき激流へと 
ゾーラ川を変貌させていた。ハイラル平原からゾーラの里を目指して川を遡るリンクは、そのため 
多大な苦労を強いられることとなった。が、苦労は実際には苦労ではなく、むしろ前進が困難で 
あればあるほど、リンクの喜びは大きくなるのだった。水量の増加は明らかに、『水の賢者』として 
目覚めたルトの力によって、ゾーラの里を埋めつくしていた氷が溶け去ったことを意味していた 
からである。 
 最上流に至って、それは確かめられた。洞穴を塞いでいた巨大な氷柱は、七年前のとおりの 
瀑布に復元され、ゾーラの里の大空間も、底部に満たされる清浄な水や、そこに落ちかかる一条の 
滝を、以前のままの幻想的な情景として、リンクの前に供覧したのだった。 
 期待に違わず、ゾーラ族の人々も、凍結からの蘇生を遂げていた。彼らにとっては、止まって 
いた時間が約四年を隔てて再び流れ始めたことになる。当然、里は大混乱を呈していたが、 
それでも人々は、ゾーラ社会の再建に向けて着々と立ち働いていた。最大の損失である 
ジャブジャブ様の死も、嘆きの対象のみには終わっていなかった。その稚魚がゾーラの泉で 
発見され、未来への希望の礎となっていたからである。 
 リンクはキングゾーラに謁見し、ことの次第を報告した。娘の運命に関して思うところ 
多かったであろうキングゾーラは、しかし全く私情を表に出すことなく、ゾーラ族の復活を 
もたらした功績への感謝と、今後の使命遂行への激励を、簡潔ながらも真心のこもった言葉で、 
リンクに表明したのだった。 
 
 エポナに跨り、ハイラル平原を北上しながら、リンクの目は、ややもすると空に向いた。 
 ゾーラの里の上空から、暗雲は消え去っていた。南方のコキリの森、および北方のデスマウンテンは、 
すでに青空の下にあったから、ハイラル世界の東端は、いまやほとんどの領域が、日の光を 
享受できるようになったわけだった。それは言うまでもなく、サリア、ダルニア、ルトと、六人の 
賢者のうち三人までを、覚醒に導いた結果である。現実世界から切り離された賢者の運命を思うと、 
手放しで喜ぶ心境にはなれないリンクだったが、ガノンドロフ打倒という最終目標、そして 
ゼルダとの出会いが、着実に近づいていることは確かであり、自ずと気力は高まるのだった。 
 残る賢者は、インパ、ナボール、ラウルの三人。次の目標は…… 
 進行方向に目を移す。ハイラル平原を縁取る晴れ間の中に、一箇所だけ、黒い雲が残されている。 
いまこそ、それを取り払ってやるのだ──と心に誓い、リンクは旅を続けていった。 
 
 異常に気づいたのは、その雲の真下にさしかかった時である。カカリコ村へ続く石段の前まで 
来て、ふと空を仰いだリンクは、ぎょっとなった。 
 すでに日は落ちていた。密雲のせいで昼なお暗い空が、夜とあって、いっそう重苦しい暗みを 
凝縮させている。それだけならいつものことなのだが、いまはそこに、暗みをさらに暗くする 
要素が加わっていた。 
 村の中から湧き上がる、どす黒い流動物。 
『煙!』 
 リンクはエポナから飛び降り、全力で石段を駆け上がった。  
 
 村は危惧したとおりの状態となっていた。 
 火災である。 
 火の手は数カ所から上がっていた。興奮の叫びを口にしながら、大勢の村人たちが右往左往して 
いる。一部では消火活動が始まっているようだが、火の勢いが治まる気配はない。それどころか、 
ますます燃え広がりそうな様子ですらある。 
 原因は? 
 いやな予感に苛まれつつ、村に駆け入ったリンクは、ちょうど前を横切りかけた若い男に声を 
かけた。 
「何があったんだ?」 
「見りゃわかるだろ、火事だよ!」 
 話をしている暇などない、と言わんばかりの態度で走り去ろうとする男を、無理やり引き止める。 
「どういう事情で? 失火か? 放火か?」 
 こちらの切迫した調子に押されてか、いらついた顔をしながらも、男は答をよこしてくれた。 
「俺もよくは知らないが、井戸から何か現れて、村の中を暴れまわったらしいぜ」 
 井戸から! 
 村の井戸の水位が不安定な変動を示している──とシークは言っていた。あれはこの事態の 
前触れだったのか! 
 記憶を探っているうちに、男は行ってしまった。追いかける気にはならなかった。 
 井戸から現れた何かとは何なのか。それを確かめなければ。 
 ごった返す通りに走りこむ。人をかき分け、村の奥へと向かう。 
 赤黒い炎に照らし出され、夜の闇に浮かび上がる風車。その手前にある井戸が見えてくる。 
誰かが井戸の縁に手をかけ、中を覗きこんでいる。誰なのかがわかり、大声で呼びかける。 
「シーク!」 
「下がってろ、リンク!」 
 ふり向きもせず叫んだシークが、いきなり宙に舞い、頭から地面に落下した。 
 何が起こったのかわからなかった。何かがシークを持ち上げたようなのだが、目には何も 
見えなかった。しかし…… 
 倒れ伏すシークに駆け寄ろうとして、立ち止まる。 
 見えなかったが、気配はあった。確かに「何か」が井戸から飛び出してきたのだ。その気配は、 
いま── 
 あわただしく周囲に注意を払う。 
 感じ取れた。 
 村を取り巻く山肌の上を、ものすごい速さで這い進む、おぞましい「何か」。 
 それはいったん平原の方へと遠ざかったのち、再び急速に接近してきた。今度は村の真ん中を 
突っ切って、ぐんぐんこちらへ近づいてくる。 
 剣を抜く。腰を落とし、迫り来る気配に向けて盾を構える。 
 やはり目には見えない。が、「何か」がこっちに突進してきているのは間違いない。それは 
すぐそこまで来ている。何なんだ? それは盾で防げるのか? ぼくはそれに対抗できるのか? 
ぼくは── 
 思いが完結する前にそれは到来した。盾に激しい衝撃が加わった。身体が後ろに吹っ飛ばされる。 
がん!──と頭に痛みを感じ、そのまま意識はかすれていった。  
 
「大丈夫か?」 
 その声で意識が戻ってきた。目をあけると、すぐ前にシークの顔があった。 
「ああ……」 
 上体を起こしつつ、あたりを見まわす。身は井戸の傍らにあった。あの「何か」の直撃を受け、 
井戸の石組みに頭をぶつけてしまったのだ。頭頂部がずきずきと痛むが、頭脳も肉体も活動に 
支障はないようである。 
「……大丈夫だ。君は?」 
「僕もだ」 
 こめかみから血を流しながらも、シークの態度は平静であり、言葉も明瞭だった。 
 頭から落ちたので気になっていたのだが、この様子だとシークにも問題はなさそうだ。 
 すでに「何か」の気配は消えていた。とりあえず、ほっと息をつく。けれどもまだ安心は 
できない。 
「いまのは?」 
 シークがてきぱきと説明を始める。 
「あいつが現れたのは、つい半時間ほど前だ。村中を走りまわって、家をいくつか破壊した。 
火事が起こったのはそのせいだ。僕はたまたまこの近くにいたので、あいつが井戸から出てきて、 
そこに戻っていったのがわかった。井戸を調べてやろうと思っていたら、また飛び出してきたと 
いうわけだ」 
「今度も井戸へ帰っていったのか?」 
「ああ」 
「何なんだ?」 
「わからない。僕や君が食らった衝撃の程度から、かなり図体の大きな奴らしいと推測はできるが、 
まるで姿が見えない。気配はするのに……君も感じただろう?」 
 頷く。 
「呼ぶとすれば、魔物と表現するしかない。しかも強力だ。ガノンドロフがインパを狙って 
闇の神殿に送りこんだ奴なのかも……」 
「闇の神殿?」 
 奇異に感じて口をはさむ。 
「あいつがひそんでいるのは井戸なんだろう? 闇の神殿とは別の場所だよ」 
「とも言い切れない」 
 あくまで冷静なシークの言葉だった。 
「過去で井戸を探索した結果、水道が墓地の方に伸びていて、その先に水源があることがわかった 
──と君は言っていた。闇の神殿と同じ方角だ。二つの場所はどこかで繋がっているかもしれない」 
 確かに──と納得する。 
「だとしたら、インパの身に危険が迫っているってことに──」 
「そうだ」 
 シークの語調が強まった。 
「インパの守護のおかげで、カカリコ村は平和を保ってきた。だがここへ来て、その平和にも 
翳りが生じている。君はこれからすぐ神殿に向かいたまえ。インパを助けて、一刻も早く賢者と 
しての覚醒をもたらすんだ」 
「わかった」 
 リンクは勢いこんで身を立ち上がらせた。 
 
 魔物の再来を警戒し、かつ、いまだ勢いを減じない火災に対応するため、自分は村に残る──と 
言ったシークは、しかし必要な情報は忘れず提供してくれた。 
 この歴史改変後の世界において、王家の墓から神殿の入口まで赴いた経験のあるシークは、 
途中にあるゴシップストーンより、神殿の扉を開くメロディを得ていた。シークが竪琴で奏する、 
『闇のノクターン』と題された、不安定ながらも荘重なその旋律を、リンクは『時のオカリナ』で 
繰り返し、頭に刷りこませた。  
 
 探索に必要なものはダンペイが住んでいた小屋の中に用意してある──と教示してくれる 
シークに感謝を述べ、リンクは墓地へと急行した。 
 小屋からカンテラと縄梯子を持ち出す。墓地の奥の石碑を動かす。縄梯子を使って地下に降りる。 
そこはアンジュと交わった思い出の場所。けれども感慨にふけっている暇はない。 
 王家の墓に踏み入る。頼りないカンテラの灯では、ろくに内景も見えないが、一度来たことが 
あるので、歩みに迷いは生じない──はずだった。ところが…… 
 棺の並んだ広い部屋を抜け、石段を登って次の部屋に入りかけたところで、足は止まった。 
七年前は真っ暗だった部屋に、緑色の光が立ちこめているのだ。 
 怪しみつつ、ゆっくりと歩を進めるうち、奇妙なものが目に入った。 
『人?』 
 と認識した瞬間、 
 キィアァァァァーーーーーーーッッ!! 
 耳をつんざくような叫びが響き渡り、同時に全身が硬直した。 
 いったいどうなったのかと焦り、必死でもがこうとするが、身体は全く動かない。その間にも、 
前に立っていた人──いや、人の形をした、世にもおぞましい何ものかが、こちらに向き直り、 
のろのろと近づいてくる。 
 皺だらけの体表は腐ったような濃褐色。両目は真っ黒で生命の片鱗もない。ただ、剥き出しに 
なった鋭い歯、つかみかかろうとして掲げられた両手、そして一歩一歩と迫る足の動きが、 
そのものの凶悪な意思を物語っている。 
 ぞっとした。俊敏さのかけらもない相手なのだが、こちらが身体を動かせず、接近してくるのを 
見ていることしかできないという状況に、否応なく恐怖心が煽られた。 
『恐怖だなんて!』 
 奮い起こした勇気のためか、いまにも噛みつかれそうになったところで硬直が解けた。瞬時に 
後方へ跳びすさり、カンテラを捨ててマスターソードを抜き放つ。敵の歩みは止まらない。 
合わせてじりじりと後退する。 
 下手に近づくと、また硬直させられてしまうだろう。離れていれば大丈夫のようだが、 
このままだと埒が明かない。ならば…… 
「たあッ!」 
 気合いをこめて繰り出す回転斬り。放たれた疾風は本来の間合いを超えて目標を切り裂く。 
よろめく敵。続けて加えた数度の斬撃で、その肢体は床に倒れ、ややあって、完全に消滅した。 
 気を抜かず室内に目を配る。同じ敵が二体いた。それらも回転斬りで葬り去り、危険が 
なくなったのを確かめてから、リンクはようやく警戒を解いた。 
 やはりガノンドロフが送りこんだのだろう、その魔物は、リンクにとって未知の存在だった。 
みずうみ博士の図鑑にも載っていなかったのである。が、思い当たる点はあった。 
 リーデット。 
 以前、雑談の折りにシークから聞いたことがある。ハイラルに伝わる怪談。死者の肉体だけが 
滅びずに残り、魔と化してしまった存在。いまのはそれに違いない。 
 緑色の光の正体は、すぐにわかった。前は清潔な湯を容れていた床の陥没部が、いまは汚らしい 
液体に満たされ、それが発光していたのである。試しに布の切れ端を投じてみると、白い布は 
あっという間に黒染し、どろどろに溶解した。 
 明らかに猛毒。身体に触れたら骨まで爛れてしまうだろう。これもガノンドロフの魔力のなせる 
業か。 
 憤りを胸に溜めつつ、再びカンテラを手にして、奥の部屋に入る。突き当たりの石壁に刻まれた 
詩文を何の気なしに読み進むうち、最後のくだりが意識を捉えた。 
 
 生ける 死者には 
 安らかな 眠りを 
 
 この世に 迷う魂を 
 太陽の歌をもって しずめよ 
 
 いままで意味がわからなかったが、「生ける死者」とはリーデットを指しているのだろうか。 
『太陽の歌』でリーデットを封じこめられると? 
 確信は得られなかったものの、リンクはこの件を記憶にとどめておくことにした。  
 
 アンジュを背後から味わいつくしたその場所も、いまのリンクには試練の場でしかなかった。 
闇の神殿に至るには、天井裏に上がらなければならないのである。 
 子供の時は背が足らず、インパに引き上げてもらうしかなかった。けれども大人のいまなら、 
自分にもインパと同じ行動がとれるはず。 
 リンクは壇上に立ち、力いっぱい跳躍した。ぎりぎりで穴の縁に手が届いた。インパのように 
手際よくはいかなかったが、それでも何とか天井裏に身を移すことができた。 
 続く通路をたどり、円形の空間に到達する。中央の燭台に火をつける。その光を受け、巨大な 
門が姿を現す。ぴったりと閉じた扉は、『闇のノクターン』の旋律によって、重苦しい音響と 
ともに開放された。 
 奥にわだかまる深遠な暗黒が、多大な緊張を呼ぶ。が、 
『怖れるな!』 
 おのれに厳しく言い聞かせ、リンクは力強く暗黒の中へと歩を進めていった。 
 
『闇の神殿』の真の敵は、文字どおり、闇そのものだった。光は皆無だった。カンテラがなければ 
どうにもならない状況であり、あっても油断はできなかった。床がところどころ欠落していたので 
ある。 
 それは底なしの奈落だった。小石を投げ入れてみても、何の音も聞こえないのだ。場所に 
よっては通路の途中が大きく断ち切られていた。跳び移ることができる距離ではなかった。木製の 
梁などの目標があれば、フックショットによる空中移動が可能だったが、それすらできない所も 
あり、前進の目途は立たなかった。 
 行ける所から探索しようとしても、行ける範囲は限られていた。どこもかしこも行き止まり 
なのだ。さんざん時間を費やした末、壁に手がもぐりこむ地点を発見し、それでようやく 
『まことの眼鏡』の存在を思い出した。見えなかった通路が見えるようになり、リンクは勇んで 
探索を続けた。 
 ある部屋の扉をあけると、リーデットが立っていた。驚いて後ずさったが、先刻の記憶に従い、 
『時のオカリナ』で『太陽の歌』を奏でてみると、リーデットの方が硬直してしまった。やはり 
効果はあったのだ──と力を得、リンクは「生ける死者」に永遠の眠りを与えてやった。 
 別の部屋は奇妙な様相を呈していた。だだっ広い空間の中で、土のままの床から、ひょろ長い 
ものが数本突き出している。 
『木?』 
 いぶかしみつつ近づくと、突然、頭をつかまれた。木ではなく腕だったのだ。力が異常に強く、 
引きはがそうとしても引きはがせない。そこへ地中から巨大な本体が現れた。リーデットと同じく 
鋭い歯で噛みつこうと接近してくるそれは、リーデットよりもはるかに醜く陰惨な顔を持った 
化け物だった。 
 リンクは怯まなかった。ここでも寸前に拘束を脱し、抜き打ちで剣を顔に叩きこんだ。確実に 
ダメージは与えられたと思ったが、とどめを刺す前に、敵は土砂を舞い散らせて地面にもぐって 
しまった。 
 気配はなくなった。けれどもどこかにひそんでいるのは間違いない。 
『まことの眼鏡』で観察すると、案の定、地下の一点に影が見えた。動く先を読んで待ちかまえる。 
目標が再び地上に現れるやいなや、マスターソードは瞬時にその頭部を両断していた。 
 床に横倒しとなり、動きを止めた敵の前で、リンクは剣を鞘に収めた。直後、 
『危険!』 
 予感が走った。死体が爆発した。咄嗟に盾を前に出したので、どうにか傷は受けずにすんだが、 
しばらく動悸が治まらなかった。 
 一筋縄ではいかない相手だった。これからも気は抜けない。 
 落ち着いたところで、部屋の奥に箱を発見した。蓋をあけると、空気が流れ出て足元を洗った 
ような気がした。それだけである。箱の中は空だった。 
 わけがわからず立ちつくしていると、 
 ──お前のブーツに新たな力を宿らせた。 
 唐突に声が聞こえてきた。 
 ──ホバーブーツだ。短時間だが、空中を歩くことができる。跳躍力も増すはずだ。 
 声の主がわかり、 
 ──踵の内側を押すと発動する。もう一度押せば解除だ。 
 呼びかけようとするが、 
 ──早く来い。待っている。 
 一方的に言うだけ言ったあと、声は聞こえなくなった。 
 笑い出しそうになってしまう。 
 必要なことを簡潔にしか話さない、素っ気ないともいえる態度だが、そこがいかにもインパ 
らしい。そんないつもの態度が崩れていないのだから、インパに大事はないのだろう。それでも 
「待っている」と言われたからには、期待に応えなければならない。 
 リンクは踵を返し、前進を阻んでいた通路の欠落部へと向かった。ホバーブーツを発動させると、 
身はすべるように空中を移動し、難なく通路の先へ至ることができた。  
 
 そこから先の道は単純で、迷うことはなかった。ところが反面、敵がやたら出現するように 
なった。天井からスタルチュラが降ってくる。フォールマスターが降ってくる。道の分かれ目には 
ビーモス──機械仕掛けの回転体──がいて、大きな一つ目から光線を放ってくる。部屋に入ると、 
キースの大群がいたり、リーデットやギブド──前者と同じ怪談に出てきた、全身に包帯を巻いた 
魔物──が立っていたり、フロアマスター──斬りつけると三体に分裂する、フォールマスターに 
似た巨大な手──が待ちかまえていたりで、安息の時間はなかった。取り立てて強いというほどの 
敵はいなかったが、暗闇の中、カンテラの光を消さずに戦わなければならないため、行動が 
制限されてしまい、意外な苦戦を強いられる場面もあった。 
 問題は魔物ばかりではなかった。ある部屋では珍しく敵の気配がなく、ほっとして身を 
休めようとしたのだが、あまりに平穏そうなのが、かえって気になった。『まことの眼鏡』を 
使ってみると、見えない大鎌が室内で回転していた。うかつに足を踏み入れたら、首を 
すっ飛ばされていたところである。 
 リンクは臆せず前進した。大きな刃物が次々と落ちかかってくる通路は、微妙な間を見切って 
駆け抜けた。ホバーブーツでも届きそうにない大空隙は、見えない足場を『まことの眼鏡』で 
見いだすことで突破できた。ついには一歩も前に進めないほどの強風地帯が現れたが、そこは 
ヘビィブーツで乗り切った。 
 
 行き着いた先は水路だった。大きな人工物が水に浮かんでいる。 
 水上を移動する乗り物である舟というものを、リンクはハイリア湖で見たことがあった。 
みずうみ博士が魚を釣るために所持していたのである。ところが目の前にあるそれは、博士の 
小舟よりもずっと大規模なものだった。 
 とはいえ、用途に違いはないだろう。 
 飛び乗ってみると、板張りの床にトライフォースの印があった。『ゼルダの子守歌』の旋律で、 
舟は動き始めた。リンクは床にカンテラを置き、自らも腰を下ろそうとした。下ろす前に、何かが 
上から降ってきた。 
 二体のスタルフォス。 
『こんな所で──』 
 即座に剣と楯を構えながら、強敵を目の当たりにして、リンクの心身はこわばった。 
 森の神殿での経験により、戦法は心得ている。が、舟にしては大きいとはいえ、戦う場としては 
広くない。しかも水上とあって足場は揺れる。どこまで力を出し切れるか。 
 剣闘が始まる。やはり防御は固く、簡単に斬らせてはくれない。足元が不確かな分、思い切った 
踏みこみもできない。ただそれは敵も同じだ。得意の跳躍攻撃を、ここでは控えているようだ。 
 膠着状態となった。そこで思い出した。 
 森の神殿では持っていなかった武器を、いまのぼくは持っているじゃないか。 
 右手の盾を捨てる。その時、焦れたらしい一体が、初めて跳躍を仕掛けてきた。すかさず放った 
フックショットが脊椎骨を打ち砕く。どさりと落下する頭蓋骨をマスターソードで破壊する。 
残る一体を舟の端に追いつめ、剣で激しく攻め立てるうち、押し負けた相手は水路に落ちて 
見えなくなった。 
 勝利に浸る暇はなかった。がつんという衝撃とともに舟が進行を止めた。沈み始めた。あわてて 
盾とカンテラを回収し、左方に見える地面へと身を投じる。間一髪だった。舟は水中に没し去り、 
暗い水だけがあとに残った。 
 これで後戻りはできなくなった。 
 覚悟を決めて、前を見る。扉がある。歩みを寄せ、扉を開く。 
 広大な奈落が眼前に広がっていた。一見するのみだと、どうにもならない場所だが、『まことの 
眼鏡』で足場を見つけ、ホバーブーツで飛び渡ることで、先に到達できた。 
 気味の悪い装飾が施された扉を抜ける。床に穴があいている。奥がどうなっているのか、様子は 
うかがえない。しかしそこが目的の場所であることは疑いようがなかった。 
 リンクは迷わず飛び降りた。  
 
 衝撃を予想し、ホバーブーツとしていたが、それが不要なほど、床は軟らかだった。床と 
いうより、布が緊密に張られているような感じだった。そのため着地の際に身体が跳ね、傷を 
負わなかったのである。 
 リンクは場を観察した。円形に近い、広い部屋だった。他の場所とは異なり、そこは暗黒では 
なかった。緑色の光が漂っていた。端に寄ってみると、床をぐるりと取り囲むように、緑色の 
液体を満たした溝があった。王家の墓で見た、あの毒水である。ここに落ちるわけにはいかない 
──と、緊張に身を震わせた時、床が続けざまに大きく振動した。 
『来た!』 
 ふり向く。二つの巨大な手が床をリズミカルに叩いている。そのせいで身体が跳ね躍ってしまい、 
身構えることもできない。いったん解除していたホバーブーツを再び発動させ、体動を制御した時、 
二つの手は空中に舞い上がった。 
 どこかで見たことがある──とリンクは思った。 
 巨大な手といえばフォールマスターとフロアマスターだが、いまの相手はそのどちらでもない。 
どこで見たのか…… 
 手が襲いかかってきた。開いた状態で、あるいは握った状態で、横から、上から、どかどかと 
攻撃を仕掛けてくる。一発食らえば大怪我だ。それだけではない。毒水に落とされでもしたら 
確実に命はない。 
 カンテラを放り出し、ひたすら避ける。二つの手は、互いに近づきつつ、次の瞬間には 
遠ざかりつつ、独立した動きで、しかし微妙な連携をも取って、好き放題に乱舞する。その巧妙な 
さまが記憶をよみがえらせた。 
 これもツインローバの幻影に出てきた! ガノンドロフと戦っていたインパを敗北に追いこんだ、 
あの手だ! 
 思い出したところで倒せるわけではない。それでも油断ならない相手であることは理解できた。 
 どうするか。 
 敵は空中にある。剣は届かない。フックショットを使うか? いや、それよりも…… 
 攻撃をかいくぐって弓を構える。移動方向を見切って矢を放つ。矢はみごとに命中し、片手が 
ぴたりと動きを止める。間をおかず、もう一方の手も矢で動きを封じる。 
 やったか──と気を緩めた瞬間、正面から異様な気配が急接近してきた。横っ飛びで大きく 
回避する。 
 いまのは何だ? 
 気配を目で追う。何も見えない。何もいない。 
『違う!』 
 あいつだ。井戸から飛び出して村を襲ったあいつ。やっぱりあいつはここにいたんだ。敵は 
手だけじゃない。あいつが敵の本体だったんだ! 
『まことの眼鏡』を目に当てる。 
 果たして、見えた! 
 頭部が赤く花弁のようにはじけた、肉体とも呼びがたい肉の塊が、空中を疾走していた。 
 見えるには見えるが、『まことの眼鏡』を持ったままでは戦えない。対抗するには両手が要る。 
見えない状態で戦わなければならない。 
 両手が活動を再開した。またも降り来る攻撃を避け、気を落ち着かせて矢を射る。両手の動きが 
止まる。 
 ここで本体が突っこんでくるはず。 
 マスターソードを抜き、神経を集中させる。予想どおり、気配が接近してきた。剣を振り上げる。 
しかし振り下ろせない。間合いがつかめない。相手の位置がわからない。わからない。わからない! 
 迷ったあげく横に身を投げ出す。遅かった。直撃は免れたものの、脚に打撃を食らってしまった。 
 激痛。 
 床に転がり、必死で対策を考える。 
 立てないほどではないが、もう素早い動きはできない。先手を打つしかない。 
 両手の攻撃は先に矢で防いでおき、本体の突進を待ち受ける。気配がする。近づいてくる。 
やはり正確な位置はわからない。わからなくてもいい。方向さえわかれば、これで── 
 気配に向けて放つ一矢が、見えない敵を貫いた。急停止するのがわかった。何もなかった空間に 
本体の姿が現れた。 
 狙いどおり! 
 脚の痛みを無視して走り寄る。ざん! ざん! ざん! と斬りつける。痙攣する花弁の中心に 
とどめの一撃を突き加えると、胴は力を失い、両手は床に落ち、ぼろぼろと形を崩し、やがて 
音もなく消え失せた。  
 
 部屋の中央に紫色の光点が出現した。一つが二つ、二つが四つと分裂する光点は、たちまち 
目にも追えない速さで増え始め、ついには人の形に収束する。そこに覚えのあるインパの全身を 
見いだした時、突如、光は消え去ってしまい── 
 場は暗黒に閉ざされた。 
「よくやった」 
 インパの声がする。けれども真っ暗で姿が見えない。カンテラの灯は放り出した時に消えて 
しまったようだ。毒水が発していた緑色の光はどうなったのか。 
「立派な勇者になったものだ。いまのお前には、私とて敵うまい」 
 そうだろうか。確かに初めの頃と比べたら戦いには慣れた。腕は上がっているという自覚もある。 
それでもインパより強くなったとは思えない。お世辞もいいところだ…… 
『いや』 
 そうじゃない。インパはお世辞を言うような人じゃない。実際に立ち合ったらどうなるかは 
わからないとしても、いまのはインパの本心なんだ。他ならぬインパにそう言ってもらえて、 
ぼくは…… 
「お前も気づいているだろうが、いま、お前が倒した敵が、カカリコ村を襲った奴だ。この神殿と 
井戸とは、実は繋がっているのだ。神殿内の水が井戸の水源となっている」 
 やっぱりそうだったのか。井戸の奥で壁から噴き出していた水は、ここから流れ出していたんだ。 
あいつは水の流れに沿って井戸に入りこんだわけだ。そうすると、この部屋の毒水は…… 
「奴の侵入に伴って、井戸の水にも毒が混じった。だが、お前が奴を倒してくれたおかげで、水は 
浄化された。村で井戸を使うのに、問題はない」 
 ああ、そうか。水がきれいになったから、緑色の光がなくなったんだ。この部屋が真っ暗なのは 
喜ばしいことなんだ。ただ、これだけ暗いと、どうにも…… 
「あとは私が賢者として……どうした?」 
 インパが問いかけてきた。こっちの戸惑いを察したらしい。こんな暗闇の中で、ぼくの表情なり 
素振りなりがわかるんだろうか。 
「……あの……暗すぎて……インパがどこにいるのかも、よくわからないんだ」 
「ほう」 
 笑いを含むインパの声。 
「生身の人間の不自由さを忘れていたな。カンテラを拾ってこい」 
 カンテラ? どこにある? 
「お前の右後方だ」 
 インパにはすべてが見えているようだ。『闇の賢者』の力の片鱗だろうか。 
 右後方に歩を進める。といっても詳しい位置は不明だ。手や足でそろそろと床を探る。そのつど 
インパが方向を教えてくれるが、なかなか正しい所に行き着けない。 
 ようやく探り当てた。火打ち石を取り出し、手探りで火をつける。小さな明るみを宿した 
カンテラを持ち、元の場所へと歩み戻る。 
 人影が視野に入った瞬間、リンクはぎょっとして足を止めた。 
 全裸のインパが立っていた。  
 
 現れた時は服を着ていた。なのにいまは裸だ。カンテラを探しているうちに脱いだのだろうが、 
この唐突な行動は── 
「何を驚いている?」 
「あ……いや……」 
「賢者としての真の覚醒を、私は得なければならん。これからそのための契りを交わすのだろう?」 
「そ、そうなんだけど……」 
「だから脱いだまでのことだ。それとも着たままの方が望みか?」 
「そういうわけじゃ……」 
「では、これでいいな」 
 平然としている。七年前、初めて交わった時もそうだった。契りが必要と知ると、インパは 
ぼくの目の前ですぐさま脱衣した。即断即決。単刀直入。実にインパらしい行動。とはいうものの…… 
「ここで?」 
 サリアもダルニアもルトも、神殿の中でそれなりの場所を選んだのに、さっきまで熾烈な戦闘が 
繰り広げられていたこの部屋を、インパは契りの場にすると? 
「舟が沈んでしまったから、他の場所へは行けない。それにここは床が軟らかいから、ちょうど 
いいだろう」 
 そう言われればそのとおり。合理的な発想だ。 
「前にも言ったが、色気がないのが私の地でな。そこは我慢しろ」 
「そんな……」 
 我慢だなんて、とんでもない。ちょっとインパのペースに追いつけなかっただけなんだ。ぼくは 
決してインパのことをそんなふうには── 
「脱げ」 
 端的な、けれども穏和な指示に、 
「……うん」 
 ぼくは従う。ぼくは脱ぐ。ぼくは裸になる。 
 淡々としていたインパの表情が、そこで感嘆の色を帯びた。 
「あの時の少年が、これほどの男に成長するとは……七年の歳月というのは、長いものだな」 
 その言葉に応じ、 
「インパも──」 
 ぼくも思うとおりを口にする。 
「──七年分、歳を取ったんだね」  
 
 インパの眉が吊り上がった。 
「老けた、と言いたいのか?」 
「え?」 
 声が硬い。急な変化にびっくりする。 
「本人に面と向かってそう言うとは、いい度胸をしているな」 
 苦笑している。怒っているのではなさそうだが、何がインパを刺激したのか。ぼくは事実を 
言っただけなのに…… 
「色気がない上に老けた女が相手で、悪かった」 
「ち、違うよ!」 
 誤解されてしまったらしい。 
「歳を取ったのが悪いとか言いたいんじゃなくて……」 
 ──顔の皺が増えたり、張りきっていた乳房が少し垂れたりはしているけれど── 
「いまのインパにしかない素敵なところがあるんだって、ぼくは言いたかったんで……」 
 ──若い女性にはない、その歳にならないと得られない何かが── 
「安心できそうっていうか、一緒にいてほっとしていられそうっていうか……」 
 ──熟した大人の女性でなければ発揮できない魅力というものが── 
「そんな感じがして、それはいまだけのほんとうのインパで……」 
 ──そこには備わっているから── 
「だから……そんなインパを……」 
 ──ぼくは── 
「欲しいって……思う」 
 誤解は解かなければ──と、頭の整理もつけず、とにかく言葉を並べてみたが、自分でも何を 
言っているのかわからなくなってしまった。これで理解してもらえるだろうか。 
 インパが笑みを広げた。 
「お前に悪意がないのは承知している。ちょっとからかったのだ。すまなかった」 
 本気で臍を曲げたのではなかったようだ──と安堵する。 
「だが……」 
 面白そうな顔つきのまま、インパが言葉を続けた。 
「お前も世間知らずだな。『歳を取った』というのは、本来、女性に対しては禁句だ。失礼に 
当たるぞ。正直なのも時と場合によりけり──と覚えておけ」 
 そういうものなのか。知らなかった。 
「私の場合、老けたのは事実だから、気にはしないが、それでも……」 
 インパが歩み寄ってくる。 
「お前の気持ちは、嬉しい」 
 肩に手がかかる。 
「カンテラを置け」 
 しゃがんで言われたとおりにする。インパも合わせて腰を落とす。カンテラから手を離すや 
いなや、インパに抱きすくめられた。接した二つの身体はゆっくりと床に倒れ、横向きに相対する。 
 インパがささやいた。 
「いまの私を味わわせてやる」  
 
 唇と唇を合わせ、舌と舌を絡ませ、さらに複雑な接触を続けながら、口のみならず全身を 
押しつけ合い、ぼくたちは互いを感じ取る。特に手が、ぼくの二つの手とインパの二つの手が、 
七年の間に生じた二人の変化を細大漏らさず知りつくそうと、頭から腿まで届く範囲のすべてを 
這いまわる。 
 インパの筋肉。女性らしからず発達したそれは、いまやかつての頑強さを減じていて、表面を 
覆う皮膚からは、何とはない柔らかな触感が送られてくる。 
 柔らかいのは、ここも同じだ。胸。乳房。ぼくにとってのインパの象徴。豊満さはそのままに、 
でも立った時に垂れていたのがわかったように、以前の張りつめた緊満感は弱まっていて、だけど 
その柔らかさが心地いい、安心できるというか、一緒にいてほっとしていられるというか、もっと 
言えばどこか懐かしい感じがして、ずっとここを触っていたい、撫でていたい、そこだけは硬さを 
残した頂点を口で吸っていたい、二つの大きなふくらみの間に顔をうずめていたいという、 
根源的ともいえる欲求がぼくにはあって…… 
「胸がいいのか?」 
 問われる。不意とあってすぐに返事ができない。 
「女の身体では、胸が好みか?」 
「……あ……」 
 インパの胸には惹かれる。しかしインパだけのことだろうか。考えてみると、これまでもぼくは 
女の人に接する時、とりわけ胸に注目していたような気がする。 
「……うん……そうかも……」 
 ただの好みなのか、あるいは何か理由があるのか、理由があるとしたらどういう理由なのか、 
いまのぼくにはわからないけれど…… 
「それはいいが、こっちも──」 
 手を取られる。下に導かれる。密生した恥毛と、その下で潤う谷間。 
「──忘れるなよ」 
 忘れていたわけじゃない。胸への執着は否定しないが、次はそっちに手を這わせるつもりだった。 
先に言われてしまった。そういえばインパはやけに積極的だ。七年前はほとんど受け身の形だったのに。 
いや、受け身といってもあれは子供のぼくに対する大人の余裕の表れだった。あの時のインパには、 
ぼくを試すというか、見極めるというか、そんな意図があったようだ。 
でもあれでインパはぼくの男を認めてくれたんだから、そうか、だからいまは純粋に女として男の 
ぼくを求めているのか、だったら…… 
 指を深みにもぐらせる。すでにじんわりと濡れたその場所。軟らかい二枚の唇に囲まれた 
熱い入口。欲望を凝結させる小さな尖塔。 
「く!……う……ぁ……」 
 インパが顔をしかめてきれぎれに声を漏らす。漏らしながらもその手はぼくの股間に伸び、 
欲望を凝結させる勃起をつかむ。 
「あ!……ん……」 
 今度はこっちが呻いてしまう。 
 握られる。揉まれる。しごかれる。強く、弱く、荒く、優しく、自由自在に、縦横無尽に、 
インパがぼくを弄ぶ。 
「ここも立派になったな」 
 喘ぎをとどめて、インパが余裕ありげに言い始める。 
「勇者が持つ、もう一振りのマスターソード──というわけだ」 
 驚いた。インパがこんな冗談を言うなんて。 
「この剣で何人の女を斬った?」 
「え?……あ……」 
 思わず勘定を始めてしまう。 
「数え切れないくらい、か?」 
「そ、そんなには──」 
「まあいい。それも勇者の務めだからな。だが……」 
 インパが言葉を切った。真顔になっていた。 
「なに……?」 
 訊いてみたが、 
「……いや、何でもない」 
 インパは目をそらし、それが自然な行動とでもいうふうに、顔をぼくの胸に寄せ、口をつけ、 
そこから腹へ、さらに下へと唾液の跡を伸ばしてゆく。  
 
 何か言いたいことがあるんだろうか──との疑問は、 
「うッ!」 
 中心部を包みこまれる感覚によって中断された。 
 口だ。インパがぼくを口にくわえんだ。唇が、舌が、口全体が、ぼくを含んで、舐めて、吸って、 
ここでも、ああ、ここでも弄ばれる。強く、弱く、荒く、優しく、手よりもなお自由自在に、 
縦横無尽に、ぼくはインパに弄ばれる。インパの口技が優れているのは子供の時の体験でわかって 
いたけれど、大人のぼくでさえ容易には耐えられそうにないこの巧みさ。だけどされている 
だけじゃだめだ。インパはいまもぼくより少し背が高いが、それでもぼくが子供の時には 
できなかったことが、そこを同時に口で攻め合う行為がいまのぼくたちには可能なんだ。ちょうど 
目の前にインパのそこがある。ぼくもやってやる、やってやる! 
「んッ! んんッ……ん……」 
 熟れたインパの最も熟れた場所、そこに口をつけた瞬間、インパが呻きを発する。ぼくを 
含んだままインパが呻く。そう、そんなふうに感じて欲しい、ぼくのそこを口で感じるだけでなく 
ぼくの口をそこで感じて欲しい、そのためにぼくはこうやって、銀色の縮れ毛に飾られたインパの 
隠し所を、いまにもとろけそうなくらい淫らに花開いたその場所を、一心に含んで、舐めて、 
吸って、インパがぼくにしてくれるのと同じようにぼくもインパにしてあげる、してあげる、 
してあげるうちにインパはぼくの根元に口を移して、二つの袋を撫でさすって、次にはそこにも 
舌を伸ばしてあげく全体を口に入れてしまって── 
「ぅあッ……」 
 それはぼくにはできない、女のインパにはしてあげられない、ぼくが一方的に感じるしかない 
それ、それ、それでは終わらない、インパの攻めは終わらない、インパの舌がもっと動いて、 
もっと後ろに動いてそれはついにぼくの── 
「あ! イン……パ……!」 
 ──そこに、肛門に触れかかって、何てことだ、そんな所を舐められるなんて! 
「じっとしていろ」 
 思わず起き上がろうとするぼくをインパの胴と脚が押さえこむ。だけでなく冷徹なほどの声が 
その行為に伴っていてぼくは動けなくなる。動けなくなる。動きたくなくなってしまう。なぜ? 
どうして? 男がそこを攻められるセックスがあると『副官』から聞いた時、水の神殿で触手に 
そこを襲われかけた時、ぼくは思った。「冗談じゃない」と。その冗談じゃないことがいま 
起こっている。ぼくは感じている、インパに舐められて感じている、そこで感じてしまっている、 
男のぼくがこんなことをされて感じるなんて、いや、そこは男も女も同じなんだから、ルトが 
ぼくにそこを舐められて感じていたのとこれは同じことなんだ、だから何もおかしなことじゃ 
ないんだ── 
「あッ!」 
 入ってくる、そこに何かが入ってくる、これは? 指? インパが指を入れてきた? 
「力を抜け」 
 そう、そうすれば痛くない、苦痛はないと知ってはいるがまさかぼくがそう言われることに 
なるとは、こんなにされて感じることになるとは、そうだぼくは感じている、異様で奇妙な感覚と 
いうだけでなく確実な快感をぼくは得てしまっている、これと同じような快感をアンジュも 
『副官』もルトもダルニアも得ていたのか、ぼくの場合は指に過ぎないけれど、彼女たちが得た 
快感の一端をいまぼくは身をもって── 
「おぉッ!」 
 ──感じているとインパが再びぼくを口に含んで、前と後ろを同時に攻め立ててきて、 
とてつもない快感のためにもうぼくはインパのそこに口を寄せることすらできずただのけぞって 
喘ぐしかなくて、ペニスを口でなぶられる快感はともかく、後ろを指でぐりぐりと圧迫される 
快感は、ああ、そこ、そこ、そこを圧迫されると、ことのほか、変な、すごい、ものすごい感覚が 
湧き上がって、これは、この感覚は、そうだ、いく、いく、いってしまう、強烈な快感がそこから 
どんどんとめどなくぼくを突き上げて突き起こして突き動かしてどうにもならずどうしようもなく 
とうとうぼくはいってしまう!  
 
 激しい噴出を口で受け止め、その若々しい勢い、味、匂いを、肉茎本体の脈動とともに、 
インパは堪能した。無限とも思える脈動が徐々に弱まってゆき、ようやく鎮静に至ったところで、 
そっと顔を離し、口腔内に溜まった粘い液体を、ごくりと呑みこんだ。次に、肛門に挿しこんで 
いた指を、ゆっくりと引き抜いた。 
 局部の興奮が治まったのちも、リンクは目を閉じたまま、浅く速い呼吸を続けていた。身体は 
横向きのまま、動こうとしない。 
 寄り添うように身を横たえ、インパは待った。 
 しばらくののち、リンクが薄く目をあけた。 
 微笑みかける。 
 リンクは応えず、視線を落とした。 
「どうだ?」 
 沈黙が流れ、 
「……うん……」 
 ためらいがちに言葉が発せられる。 
「……こんなの、初めてで……」 
「恥ずかしいか?」 
 男のお前が女の私にあんな具合にされて──とまでは言わず、それでも敢えて直裁に訊ねる。 
「……ちょっとね。でも……」 
 目がこちらを向く。 
「こういうセックスもあるんだ──ってことだよね」 
 初めてリンクが微笑んだ。 
「……とてもよかった」 
 インパの胸に温かい感情が染み渡った。 
 素直な男だ。妙なプライドを持たない点が好ましい。こんなリンクなら、セックスに、ひいては 
人と人との繋がりに、曇りのない、偏見のない、広い視野をもって、向かい合ってゆけるだろう。 
「あそこは男の急所だ。的確に衝けば誰でもああなる。気にすることはない」 
「うん……」 
 リンクが胸に顔を寄せてきた。あくまで素直なその様子に心がくすぐられる。 
 インパはリンクの背に腕をまわし、やんわりと抱きしめた。当分、そうしているつもりだった。 
 すべきことは、まだ終わっていない。けれども一度達したのだから、間をあけなければ。 
 そこで自らの行いを顧みる。 
 七年前は、こうではなかった。あの時の私は、口でリンクを絶頂寸前まで追いこみながら、 
男が一度達してしまったらあとが厄介と判断して、寸止めにしたのだ。ところがさっきは、 
リンクを絶頂させることに何のためらいも感じなかった。なぜかというと…… 
 苦笑が漏れる。 
「歳を取った」という、あの言葉が──気にしないとは言ったものの──引っかかっていたのだろう。 
相応の魅力がある、とリンクは強調してくれたが、自分が女として衰えているという事実は 
否定できない。その事実に反発する意識があったから、むきになってしまったのだ。若い頃に 
修得した、男を確実にいかせる技術を駆使してまで、「いまの私を味わわせてやる」と。 
 悪いこととは思わない。それが「素直な」自分の感情だったのだから。 
 ただ、こうした葛藤も、いまは些細な問題でしかない。自分が「女」であることができるのは、 
あとわずかの間だけなのだ。 
 とはいえ…… 
『機会は充分に使わせてもらうぞ』 
 リンクを抱く腕に、インパはそっと力をこめた。  
 
 頃合いというには、まだ早いか──と危ぶみながら、リンクの股間に手をやると、そこはもう、 
半ば硬直を取り戻していた。 
『元気のいいことだ』 
 自分にはない若さの発露を、羨望とも慈愛ともつかぬ思いで感得しながら、インパは握った手を 
ゆっくりと前後させた。それはたちまち硬さを増してゆく。 
「いいか?」 
 問いに、 
「うん、気持ちいい」 
 うっとりとした表情で、しかしまっすぐにこちらを見て、リンクが答える。 
 射精後の弛緩状態だと、陰茎を刺激しても快感は得られないはず。気持ちいいというのなら、 
その状態は脱しているわけだ。このまま刺激を続けてやれば、すぐに活動可能となるだろう。 
 ふと思いついた。 
 手を離し、身体を下へとずらせる。リンクを仰向けにし、股間に上体をのしかからせる。 
「どうするの?」 
 不思議そうな声を出すリンクに、にやりと笑いかけ、 
「お前は胸が好きなようだから、こうしてやる」 
 両の乳房の間に肉柱をはさみこむ。手で左右から乳房を押さえ、はさんだ肉柱を揉み立てる。 
すでに先端からあふれている粘液が谷間に塗りたくられ、摩擦は潤滑に行われる。時には口も 
使いつつ、翻弄の速度を少しずつ上げてゆく。 
「こういうのは初めてか?」 
 リンクが頷く。ぎゅっと目をつぶって。 
「胸でされるのも、いいものだろう」 
 リンクが頷く。声も出せない様子で。 
「このままいきたいか?」 
 リンクが頷く。抑えがたい快感に顔をゆがませて。 
「だめだ」 
 はっとしたように目をあけるリンク。かまわず身を起こし、腰の上に跨りすわる。いまや 
完全復活した怒張に手を添え、秘唇の綴じ目に触れさせる。 
「いくなら、ここでいけ」 
 言うが早いか、インパはぐいと身体を落とし、荒ぶる肉剣におのれを貫かせた。  
 
『これを!』 
 いけとは言ったがすぐにいってもらっては困る、しかしリンクは耐えきったようだ──と冷静に 
思考する一方で、インパの脳内には感動が奔流となってほとばしった。 
『私は欲していた!』 
 膣をいっぱいに充たす男の感触。びったりと粘膜に接し、奥の奥まで到達する、硬い硬い男の 
真髄。それを私はずっと欲していたのだ! 
 子供のシークやリンクと交わって、すでに七年。それらはそれらで感動的なできごとでは 
あったが、いかんせん子供の物では肉体的物理的な充足感までは望めない。そうした充足感を 
最後に得てから、どのくらいの年月が経っただろう。十年? 十五年? それほど昔のこと 
だったか。成熟した男を受け入れるという充足感を、いまこうして得るまでに、それほど間隔が 
開いてしまっていたのか。しかもただ成熟した男というだけでなく、心の底から嬉しいと思える 
相手であることが、これまでの私の人生で、果たして何度あっただろう。 
 闇に生きるシーカー族の戦士として、厳しい運命を背負った王女の守り手として、ゲルド族との 
戦いに臨む人々を導く者として、真の覚醒を待つ『闇の賢者』として、女でありながら女を捨てて 
生きなければならなかった私。肉の交わりをなすことはあっても、世間では当たり前の、人との 
親密な触れ合いを、望むことすらほとんど許されなかった私。 
 年齢に比してあまりにも数少ないそんな場面の、その掉尾となる一幕を、いま私は成長した 
リンクとともに迎えている。賢者として真に覚醒するというだけでなく、ただの女であることが 
できるこの機会を、私は待っていたのだ。ホバーブーツを授ける際、リンクに待っていると 
伝えたのは、まさにその意味だったのだ。 
 七年前は、リンクの男を確かめる、との目的があった。無心でいるわけにはいかなかった。 
いまは違う。いまは純粋に女として男のリンクを求めていられる。だから私は欲情していた。 
リンクに対して常のごとく振る舞いながらも、ひそかに私は欲情していたのだ。「歳を取った」と 
言われて拗ねたさまを演じて見せたり、もう一振りのマスターソードなどと品性に欠ける冗談を 
言ってみたり、そういう自分らしからぬ自分が現れてしまったのも、じりじりと身を炙っていた 
欲情が表面に滲み出た結果なのだ。 
 だがもう抑制の必要はない。こうしてリンクを体内に収めたからには、思い切り欲情を 
解放してやる。思い切り快楽を追い求めてやる。激しく腰を振って、上下させて、押しつけて、 
快感を得られるすべての部分に刺激を与えてやるのだ。その快感が頂点に達するまで、いいか 
リンク、いったりするなよ、私がいくまでお前はいくな、お前の肉棒に私の肉鞘を突かせて 
こすらせて抉らせて、いま私は実に、実に実に実に悦びを感じているのだから、この悦びを 
途切れさせるようなことはしてくれるなよリンク、リンク、ああ、その部分が訴える快感が 
強くなった、私が腰を動かすだけではこれほどの快感は得られないだろうに、なぜそうなったかと 
いうと、リンク、お前が下から腰を突き上げているせいなのだな、私に悦びを与えようとお前は 
そうしてくれているのだな、そうだお前はそういう男だ、お前は常に相手を思う、それだと自分の 
快楽しか考えていない私は赤面ものだが、いまは許してくれ、さっきいろいろなやり方でお前を 
楽しませてやっただろう、いまは私が楽しむことを許してくれ、許してくれ、許してくれ! 
 許してくれるならリンク、さらに頼む。できるならもう少し別の方法を加えてくれると 
ありがたいのだが。そうしてくれたら私はもっと嬉しくなれる。わからないか? これだ。 
お前の好きな部分だ。二つの胸だ。お前の手を、そう、そんなふうに両手を胸に持ってきて、 
撫でてくれ、揉んでくれ、なぶってくれ、下では私が好きなように動くから、上ではお前が 
好きなようにやってくれ、両方の場所で私を嬉しがらせてくれ、嬉しがらせてくれ、嬉しい、 
嬉しい、嬉しいぞリンク、ああ登り始めた、快感が頂点に向けて登り始めた、このまま続けて 
頂点に至ってやる、登り詰めてやる、もうそこまで来ている絶頂を目指して私は突っ走るから 
リンク、ここは私をいかせてくれ、いかせてくれ! いかせてくれ──!!  
 
 ──どうした? 私はいまどうなっている? リンクの上にうち跨って淫らに腰を振りたてて、 
あげく勝手に達してしまった私は、達したことで意識が飛んだわずかな時間のうちに、自分の 
位置の把握もできなくなっている。わかるのはそこに繰り返し突きが加えられていて、突かれる 
たびに快美感が全身を駆けめぐっていて、それがどんどん強くなっていきつつあることだけだ。 
いや、もう一つ、その突きは上の方から加えられているのがわかる。私の上に重みがかかっている。 
床に背をつけた私は仰向けの格好で上からリンクに突かれているのだ。ずっと受け身だった立場を 
一挙にひっくり返して獰猛な男となったリンクが私を攻めまくっているのだ、いま! 
 あれからリンクは起き上がって結合したまま私を床に組み伏せたのだろう、私がいっても 
リンクはいかなかったのだ、私が望んだとおりにしてくれたのだ、そればかりか一度ならず 
二度も── 
「ぅあッッ!!」 
 三度も── 
「はぁッッ!!」 
 立て続けに私をいかせてくれているのだ、これほどのことができるようになったのだリンクは! 
 嵐のような体動がふと弱まり、けれども膣内を前後する男の動きは穏やかに保って、目の前に 
顔を寄せてきたリンクが、 
「感じて……くれてる……?」 
 荒い息をはさみながら、ささやいてくる。 
「……ああ……感じる……」 
 荒い息をはさみながら、こちらも答える。 
 そう言うリンクも感じている。その顔でわかる。単純な言葉では表現できない感動がその顔には 
充ち満ちている。七年前から変わっていない。女性との結び合いからくる悦びを、可能な限り 
自分のものとし、また、その悦びを相手に伝え、可能な限り相手のものとし、ともに分かち合おうと 
する、リンクのセックス。おのれの欲望だけを独善的に暴走させることなく、ひとえに相手を思い、 
相手を尊ぶ、技巧を超えたそのあり方は、すでに私が知っている誠実さ、勇敢さとともに、 
リンクの本質をなすものなのだ。 
 それはいい、それはいいがリンク、これだけは心得ておけ。さっき言いかけて言わなかったこと。 
数々の女性との出会いによってお前はここまで来ることができた。それはお前の成長に 
必要だったし、事実お前は立派に成長した。だがお前の進んでゆく先で、お前を待つひとがある 
ことを、お前にこの上なく深い想いを差し伸べるひとがあるということを知っておけ。そして 
そのひとに劣らぬ深い想いをお前もそのひとに差し伸べていることは私にもわかっている。 
お前はそのひとにふさわしい。ゆえにお前の持つすべてをそのひとのために捧げてやってくれ、と、 
もうそのひとのそばにいられない私は心からお前に── 
「んんッ!」 
 リンクの突きが再び強さを増す。止めようもない快感に思考は絶たれる。 
 心の中で苦笑う。 
 そのひとのために──と真剣に思いながら、私はいまこうしてリンクと交わっている。 
身も世もなくよがり狂っている。いいではないか、それくらいは許して欲しい、いまは私が 
女でいられる最後の機会なのだから。 
 リンクがさらに動きを速める。もう限界なのだろう。いいぞリンク、いってくれ。私の中で 
いってくれ。私の中にお前の男を放ってくれ。それは私が賢者として真の覚醒へと至るのに 
必要な触媒。私はそれをしっかりと受け止めてやるからリンク、そうだリンク、突いてこい、 
突いてこい、突け、突け、突いて突いて突いて突いて私をもう一度いかせてくれ、くれ、くれ、 
私にくれ、お前の男をお前の精髄をお前の雄渾な命のしるしを──!!  
 
 爆発的な絶頂感とともに、それはもたらされた。リンクの先進部から煮えたぎる液体が噴射され、 
膣内に満たされた。心までもが感激に満ちた。 
 インパは意識を失った。 
 
 新たな感覚が、インパを現実に引き戻した。 
 肛門に口をつけられている、というのが、まず感じられたことだった。続けて、口をつけて 
いるのがリンクであること、リンクはすでに膣との結合を解いていることが、徐々に理解されてきた。 
 身体を動かしもできず、舌の感触を楽しむうち、指が挿し入れられた。インパは甘受した。 
さっきの仕返しなどという意図ではなく、リンクは自分が感じ得たものをこちらにも施そうとして 
くれているだけなのだ──と認識されたからである。 
 口が勝手に喘ぎ始めるのを、インパは自覚した。それが明白な快さの訴えであることをリンクは 
理解しているようで、指はひとしきり、ひっそりと、しかし継続的に、腸の内部で蠢いた。 
 やがて指は去った。リンクの両手がインパをうつ伏せにした。両手が腰にかかった。腰が 
持ち上げられた。インパは抵抗しなかった。抵抗する気などさらさらなかった。 
 肛門に陰茎が押し当てられた。それは充分な硬度を有していた。先刻の射精からどのくらいの 
時間が経過しているのかわからなかったが、どのくらいにせよ、尋常とは言えないリンクの 
逞しさを、インパは心から悦ばしいと思った。 
 リンクが入ってきた。インパは受け入れた。膣よりもなお長い期間、そこは男と接触して 
いなかった。それでも、どのようにすればいいかは身体が覚えており、苦痛は感じなかった。 
 しばしの静止ののち、リンクが動き始めた。動きは優しく、穏やかだった。そのせいか、 
あるいは二度の射精を経ているためか、リンクはいっこうに達する気配を示さなかった。対して 
インパは、静かに、確実に、絶頂し続けた。 
 安らかな肛交は延々と続いた。が、結尾は迎えねばならなかった。それまで温和な動きを 
保っていたリンクが、徐々に活動を強め、ついには全力で腰を打ちつけてきた。インパはひたすら 
心と身体を開き、ほどなくなされた放出に、最後の法悦をもって応えた。  
 
 できる限りのことはやった──との満足感を味わいつつ続けていた、温かい相互の抱擁は、 
インパに肩を叩かれて、終わりを告げた。 
「起きろ」 
 インパが短く言った。横たえていた上体を立て、脱ぎ落とした服から布を取り出して股間を 
拭ったのち、黙々と着衣を始めた。リンクも同様に行動した。賢者として覚醒したインパに対し、 
心遣いを表すべきだろうか──と考えたが、おのれの運命を知っても恬淡とした態度を全く 
崩さなかった七年前のインパを思い出し、軽々しい発言は控えることにした。 
 身なりを調え、二人は起立して向かい合った。 
 いつものように実務的な調子で、インパが語り出す。 
「安心しろ。ゼルダ様は、いまもご無事だ」 
 確信している件であり、リンクは頷きのみを返した。 
「間もなくゼルダ様はお前の目の前に現れ、すべてを語られるだろう。その時こそ、我ら六賢者の 
力をもって魔王は封印され、ハイラルに平和が戻るのだ」 
 再度、頷きながら、ガノンドロフを打倒する筋書きの具体的な一端が示されたことで、リンクは 
緊張した。が、インパはさらなる詳細を明かす気はないようだった。 
「私はここに残らねばならない。お前はゼルダ様のおそばへ行き、私の代わりにお守りしてくれ」 
 そこでいったん言葉を切ったインパは、かすかに表情を和らげ、こう続けた。 
「ゼルダ様を守れるのはお前だけだ」 
 ずしりと響く重い言葉を、リンクは敢然と受け止めた。 
「わかった」 
 インパが深く頷いた。とともに、 
「忠告しておくが──」 
 その顔の笑みが大きくなる。 
「──この先、ゼルダ様に向かって『歳を取った』などとは言うなよ。くれぐれも、な」 
 怪訝に思って口を開きかけたところで、インパの両手がこちらに向かってかざされた。眼前に 
光が渦巻き、インパの姿は見えなくなった。  
 
 送り届けられた先は、闇の神殿に続く通路の起点──王家の墓の天井裏だった。頭上の穴は 
高所にあって、見える範囲がごく狭いため、空の状態を詳しく観察することはできなかったが、 
そこから差しこむ光は、神殿に入る前よりも、確かに明るさを増していた。 
 リンクは下の階に降り、出口へと向かった。 
 途中の部屋は真っ暗で、緑色の光は消え失せていた。もちろんリーデットもいなかった。 
カンテラの光で調べてみると、床の陥没部には、かつてと同じくきれいな温泉の湯が満たされていた。 
 進みながら、リンクはインパの最後の台詞を、頭の中で繰り返した。 
 よくわからなかった。 
 女性に「歳を取った」と言うのが失礼であることは、理解できた。しかしそれは、ある程度、 
年齢を重ねた女性に対した場合のことだ。ゼルダはぼくと同い年なのだから、いまは若い盛りで、 
「歳を取った」という言葉が失礼に当たるとは思えない。未熟な子供の状態から脱したという 
意味で、むしろ褒め言葉でさえあるだろう。インパはどういうつもりであんなことを言ったのか。 
 考えるうち、一つの点に思い当たった。 
 インパは言った。「この先」と。 
 心臓が大きく動悸を打った。足が止まった。 
「歳を取った」という言葉が失礼に当たるほどの年齢にゼルダがなった時──その時にもぼくが 
ゼルダのそばにいる、という前提で、インパはあのように言ったのだ。それはつまり、ぼくと 
ゼルダが、将来…… 
 まるで実感が湧かなかった。湧かなかったものの、その概念は胸を打ち、天国的な感動を、 
リンクにもたらした。 
 が…… 
 リンクは頭を振った。 
 ぼくを信じてゼルダを託そうとインパがそう言ってくれるのは──七年前と同様──実に嬉しい。 
けれどもそれは、いまのぼくにとっては、あまりにも空想的なことがらだ。ぼくがなすべきは、 
地に足をつけて、目の前にある現実を見据えることであって、遠い未来の幻想などに囚われたり 
していてはならないのだ。 
 おのれを叱咤しながらも、 
「ゼルダ……」 
 口はその名を呟く。 
 これまで何度も口にしたことのある名前が、新たな意味をもって感じられる。現実と無関係とは 
切り捨てたくないその意味を、リンクはひそかに探らずにはいられなかった。 
 
 
To be continued.  
 

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