交合も二時間近くとなると、さすがに飽きを感じてくる。 
 ガノンドロフは抑制を解き放ち、できうる限りの強さと速さで陰茎を突き動かした。その圧倒的な 
攻撃は、ガノンドロフの巨躯の下ですでに何度も絶頂を経ていた女を、さらなる高みへと至らしめた。 
射精と同時に女は絶叫し、全身を痙攣させ、やがて静止した。 
 ガノンドロフは膣から分身を引き抜き、ベッドの上に身体を投げ出した。 
 女が甘えた仕草で裸身を寄せてくる。 
 隠密組の中でもとりわけ働きぶりがよく、特に目をかけてきた女だ。ゲルドの砦にいる頃から、 
このガノン城に落ち着いて数年となる現在まで、長い間、そばに置いてきた。ツインローバを 
除けば、抱いてやった回数が最も多い部下でもある。 
 気心が知れているはずの、その女の接近が、いまは煩わしかった。肉交中は忘れていられた 
懸念が、去ってゆく快感に替わり、またも心を侵し始めたのだった。 
『闇の賢者』の覚醒。 
 これで六人の賢者のうち四人までが、リンクによって覚醒を得たことになる。リンクは着実に 
前進している。この俺を追いつめようとして…… 
『馬鹿な!』 
 頭に浮かぶ思いを打ち消す。 
 俺は追いつめられてなどいない。賢者は放置しておくと決めたのだ。現状はすべて想定内だ。 
 自分に強く言い聞かせても、心を浸す苦みはなくならない。なおもそれを払拭しようと、 
ガノンドロフは思考を一点に集中させた。 
 トライフォース。 
 リンクがこのまま活動を続け、すべての賢者を覚醒させれば、必ずゼルダが姿を現す。その時こそが 
俺の狙いだ。ゼルダとリンクからトライフォースを奪い取る。完全なるトライフォースを、 
俺は手中に収めるのだ。 
「…………」 
 そうすれば俺は神に匹敵する存在となり、世界のすべてを思いのままにできる。 
「………様?」 
 ツインローバがいつも愚痴っているゲルド社会の動揺や部下たちの不安とて、それで一掃できるのだ。 
「ガノンドロフ様?」 
 女の呼びかけに、やっと気がついた。 
「何だ?」 
 思考の妨害にいらつきを感じながらも、答は返す。 
「あの……お願いがあるのですが……」 
「言え」 
「はい、あの……できれば、少しの間、お休みを戴ければ、と……」 
「休み?」 
「はい、このところ大した仕事もありませんし、たまには平原に住む昔の仲間に会ってみたいと 
思いまして……」 
「ここにいるのがいやか」 
 いらつきが増幅し、声が硬くなる。 
 女が小さく息を呑み、あわてた様子で言いかける。 
「いえ、そんな──」 
「ろくに光も差さないこんな城にはとどまっていたくない──ということだな」 
「あ……」 
「正直に言え」 
 女は迷うふうだったが、しばしののち、意を決したかのごとく、熱のこもった口調でしゃべり始めた。 
「ガノンドロフ様と違って、わたしは平凡な女です。この暗いお城で何年も暮らしてきて、 
もう神経が限界です。耐えられません。人らしい生活がしたいのです。決してガノンドロフ様を 
厭うわけではありません。が……どうか、お許しを……」 
 素直な告白と認識はできた。しかしそれ以上に、女の漏らした言葉が感情を刺激した。 
 人らしい生活。 
 俺が人ではないとでも言いたげに。 
 確かに俺は常人とは違う。魔王と自負するところでもある。だが、その俺についてはいけない、 
と、お前が──これまでずっと目をかけてきたお前までが──言うようになったとは…… 
 凶暴な怒りが膨れあがる。 
 完全なトライフォースを手に入れさえすれば、すべての問題が解決するのだ。そんな俺の気も 
知らずに、この女は…… 
『寵愛に狎れおって!』 
 憤怒があらゆる感情を押し流した。  
 
 寝室の前に立ったところで、ツインローバは悲鳴を聞いた。 
 驚いて中に入り、さらに驚いた。 
 数本の燭台のみが光源となった、暗い室内。その奥に据えられたベッドの傍らに、女が倒れている。 
背中を深々と斬られ、大量の血が流れ出している。絶命しているのは明らかだった。 
 横に立つガノンドロフは、右手に剣を握り、肩を大きく上下させながら、女の死体を睨みつけている。 
「いったい……」 
 やっとのことで口を開く。 
「……どうしたの……」 
 答はない。 
 ことの重大さが徐々に理解され、言葉が止まらなくなった。 
「仲間を手にかけるなんて! それもあんたの腹心中の腹心じゃないの! 何があったって 
いうのよ、ガノン!」 
「やかましい!」 
 ガノンドロフが怒鳴り声をあげた。 
「この城にはいたくないと言いおった。俺を裏切ったのだ、こいつは!」 
 ツインローバは心の中で慨嘆した。 
 心配していたとおりになった。忠実だった隠密組さえ、いまや不安を隠さなくなったのだ。 
 このことは、とうてい隠し通せない。隠密組の同僚から、城下町に駐留する他の連中へ、 
さらには平原で暮らす仲間たちへと、たちまちのうちに伝わってゆくだろう。 
 ガノンドロフの大将が腹心の部下を殺した──と。 
 殺害の理由はわからないでもない。が、ただでさえ不穏な昨今の社会情勢を考えると、理由が 
どうあれ、これで一気に人心が離反してしまうのは間違いない。 
 こんな男ではなかったのに──と、痛ましさにも似た気持ちで、ツインローバは眼前に 
立ちつくす巨人を見やった。 
 傍若無人に振る舞いながらも、仲間への配慮を、かつてのガノンは忘れなかった。たとえ自分に 
反感を持つ相手であっても──そう、たとえばあのナボールであっても──仲間の殺害など、 
容易に許しはしなかったはずだ。それなのに…… 
 何がガノンをこれほどまでに変貌させたのか。 
 思い当たる点はある。このところ、ガノンの態度は、どこかおかしい。あたしの知らない何かを 
知っているようだ。それは賢者の覚醒に関係したこと、と見当もついている。しかし詳細は 
わからない。ガノンはいっさい話そうとしない。話しても無駄だと思われているみたいで、正直、 
いい気はしないのだが…… 
 以前ならガノンの心を読むことができた。『力のトライフォース』を手に入れた直後あたり 
までは。ところがその後、ガノンは魔力で思考を隠すすべを身につけたらしく、心の内を見せなく 
なった。それも魔王の特権、と認めてはきたものの、こういう事態になったら……いや、いまの 
ガノンには、何を言っても…… 
「トライフォースさえあれば……」 
 ガノンドロフが、低い声で呟いた。 
 ああ、それだ──と、ツインローバは悟る。 
 世界を支配するため、と追い求めてきたトライフォースに、いまのガノンは、逆に取り憑かれて 
しまっているのだ。ガノンはトライフォースに縛られてしまっているのだ。それがガノンの行動を 
狂わせ、さらにはゲルド族全体の運命を狂わせ…… 
『いいや!』 
 鞭打つがごとく、おのれを叱咤する。 
 ここまで来たら、あとへは退けない。是が非でもガノンに完全なトライフォースを入手させなければ 
ならない。そうなれば、このまずい状況も一挙に打開できるだろう。 
 そのためには…… 
『あたしが動かないと』 
 四人の賢者が目覚めたいま、残る賢者は、『魂の賢者』のナボールと、『光の賢者』のラウル。 
ともに所在は不明だが、覚醒には神殿という場が必要だから、いずれはそこに現れるはず。 
接近できない光の神殿は措くとしても、自分の縄張りともいえる魂の神殿なら、手の打ちようは 
あるというものだ。 
 リンクが賢者を覚醒させるのを、じっと待っているだけなんて、悠長に過ぎる。ここはあたしが 
出て行って、すべての片をつけてやる。特に── 
『ラウル……あんたとの決着は、必ずつけてやるからね……』 
 窮地にある身を自覚しながら、ツインローバは強いて頬に笑みを浮かべた。仇敵を思い、自らを 
鼓舞しようとしての笑いだった。  
 
 カカリコ村を発つにあたり、リンクとシークの間で討議されたのは、当然のことながら、次の 
目的地をどこにするか、という点だった。 
 四人の賢者が目覚めたいま、残る賢者は、『魂の賢者』のナボールと、『光の賢者』のラウル。 
ともに所在は不明だが、覚醒には神殿という場が必要だから、いずれはそこに現れるはず。 
接近できない光の神殿は措くとしても、到達可能な魂の神殿なら、手の打ちようはあるという 
ものだ。 
 それで方針は決まった。同行を申し出るシークに、リンクは心から歓迎と感謝の意を表した。 
「願ってもないことだよ。こっちから頼みたかったくらいさ」 
 二人は村の市場へ赴き、食料や武器など、旅に必要な種々の物品を補充した。武器を扱う店では、 
ゴロン族の新製品というボムチュウ──鼠の形をした自走式爆弾──が話題となっていた。 
リンクは興味を覚え、いくつか購入しておいた。 
 シークとともに村の石段を下り、リンクはハイラル平原へと降り立った。迎えてくれたのは 
エポナである。前夜、そこに乗り捨てる形となっていたエポナは、放っておかれたことに不満も 
持たない様子で、嬉しそうに嘶きつつ、顔をすり寄せてきた。その顔を撫でてやりながら、 
エポナとの信頼関係が不動であることを確認し、リンクの心は力を得た。 
 力となったのはエポナの存在だけではなかった。カカリコ村に光をもたらした晴天が、平原の 
方にまで大きく張り出していたのである。 
 見ると、暗雲の消褪は、村に隣接する部分にとどまらず、平原東方の相当な範囲にわたっている 
ようだった。 
 茫然と空を見上げるリンクに、シークが自説を述べた。 
「インパの覚醒によって、デスマウンテンからコキリの森に至るハイラル東方の一帯が、 
ひと続きの晴れ間で繋がった。それで賢者の力が相乗効果を発揮し、平原の天候にも影響を 
及ぼし始めたんだろう」 
「すると……ハイリア湖からも晴れ間が広がっているのかな」 
「おそらく」 
「それなら、いずれ平原全体が晴れるだろうね」 
 心の浮き立つまま、リンクは希望を述べた。が、シークは冷静さを失ってはいなかった。 
「完全に、とはいかないだろうな」 
 シークの目が動く。 
「元凶があそこに居座っているうちは」 
 同じ方向に、リンクも目をやった。 
 いまだ空は、かなりの領域に暗雲を残している。その雲がとりわけ厚く、とりわけ邪悪な空気を 
発散させているのが、そっちの方向だ。 
 ガノン城。 
 シークの言うとおりだ。ガノンドロフを倒さない限り、ハイラル全土の平和は望めない。 
 おのれに課された使命の完遂を、改めて胸に誓う。 
 その時、 
「リンク」 
 シークがささやいた。緊張が感じられる声に、こちらも緊張を誘われ、急いでふり返る。 
 何かを注視しているシーク。その視線を追う。 
 村の入口から少し離れた所に立つ、一本の木。そのてっぺんに、ケポラ・ゲボラがとまっていた。 
 驚きと期待が頭の中を走る。 
 未来の世界に帰ってきてから、ケポラ・ゲボラに会うのは初めてだ。賢者をめぐる旅が大詰めに 
近づいているいま、ついに彼は何かを語ろうとして、ぼくたちの前に姿を見せたのだろうか。 
 期待は満たされなかった。こちらの注目を確かめれば充分とばかり、何も言わぬまま、 
ケポラ・ゲボラは樹上から飛び上がり、空の彼方へと去っていった。 
 今度は失望と疑念が胸をよぎる。 
 まだ早い、ということなのか。としても、いったい彼は何のために現れたのだろう。 
「やはり、西か……」 
 シークの呟きが、リンクの記憶を喚起した。 
『そうか!』 
 七年前、コキリの森を出て冒険に乗り出した時、ハイラル城でゼルダのもとへ行こうとした時、 
ケポラ・ゲボラはぼくの進むべき道を示してくれた。いまもそうなのだ。ケポラ・ゲボラの針路は、 
まっすぐ西を指している。それはすなわち、魂の神殿を目指すぼくたちの行動が正当であることの 
明確な証明だ。 
 胸にあふれる高揚感を自覚しつつ、 
「行こう!」 
 シークに向かい、リンクは力強く声をかけた。  
 
 リンクの高揚は、長くは続かなかった。二日も行かないうちに、空は再び暗雲に閉ざされた。 
東方の晴れ間は、まだ平原の辺縁部にしか及んでいなかったのである。 
 一度、希望を抱いた身には、すでに慣れていたはずの陰鬱な雰囲気が、いっそう重苦しく 
感じられてしまう。加えて、晴天下では姿を消していた魔物が、まだそこでは我が物顔に 
跳梁しており、なおさら気分は暗くなった。 
 それにも増してリンクを落ちこませたのは、平原に点在する村々の状況だった。改変前の世界と 
変わらぬ苦しい生活を、なおも人々は強いられていた。賢者の守護が届かない地域である以上、 
当然のことではあるのだが、リンクは自らの力の至らなさを実感せずにはいられなかった。 
「たくさんの人たちを救った気になっていたけれど……」 
 と、平原での野営の折り、焚き火を前にして、リンクは重い胸中を吐露した。 
「ハイラル全体からしたら、まだ一握りに過ぎなかったんだね」 
 ──話すほどに、思いは深まり── 
「考えてみれば……この七年の間に、ガノンドロフのせいで命を落とした人も多いわけで……」 
 ──これまで意識しなかったことを意識してしまい── 
「過去の改変によって助かった人がいる、といっても……それはやっぱり、死んだ人の 
ごく一部でしかないわけで……」 
 ──何がその事態を引き起こしたか── 
「この未来の世界でいくら頑張っても、もう取り返しのつかないことが、いっぱいあるんだよね」 
 ──誰がその責任を負わなければならないのか、と突きつめてゆくと…… 
「考えてもしかたがないのかもしれないけれど、さ」 
 シークは何も言わず、火に目を向けていた。慰めを期待してはいなかったので、沈黙は 
気にならなかった。むしろ軽々しく慰めを口にしたりせず、こちらの言を深刻に受け止めている 
様子であるのが、自分とシークとの一体感を表しているようで、胸が温まる心地すらした。 
 長い間をおいて、シークがおもむろに口を開いた。 
「確かに、過ぎたこと、と切り捨ててはおけない、重要な点だ。が……」 
 視線がこちらに移される。 
「いまは僕たちにできることをやるしかない。そうしてこそ、責任も果たされようというものだ」 
 常のごとく、余分な感情を排した、淡々とした口調だった。しかしその言葉は、ものごとを 
透徹した目で見るシークならではの真摯な意思を浮き彫りにしており、甘すぎもせず、 
苦すぎもせず、励ましとして、また癒しとして、リンクには感じられるのだった。 
「……そうだね」 
 短く、けれども素直な意をこめて、リンクは応じた。  
 
 自分にできる精いっぱいの答を返しながら、リンクの言が有する重みを、シークは真剣に吟味した。 
 リンクの言うとおり、いかに過去が改変されようと、もはや取り返しのつかないことは、 
数多くある。それらはひとえにガノンドロフの悪行の所産だ。とはいえ、そうと決めつける 
だけではすまされない、微妙な点もある。 
 世界が荒廃に陥ったのは、ガノンドロフが『力のトライフォース』を奪取したからだが、 
その事態を生んだ直接の原因は、リンクが時の神殿でマスターソードを台座から抜き放ち、 
聖地への道を開いてしまったことにある。リンクがそうしなければ、ガノンドロフは 
トライフォースに触れられなかった。つまり、世界荒廃の原因の一端はリンクにある、とも 
言えるのだ。 
 もちろん、意図した上での行為ではない。不幸な偶然というべきだろう。にもかかわらず、 
リンクは自分の行動の意味を認識し、責任を感じている。いまのリンクの発言は、その心情の 
表れなのだ。 
 できることをやるしかない、と言う他はなかった。実際、リンクに可能なのはそれだけだ。 
それで充分だ。充分すぎるほど充分だ。 
 では──と、シークは思考を旋回させた。 
 ゼルダについてはどうか。 
 リンクが時の神殿に行き、マスターソードを抜いたのは、ゼルダの示唆があったからだ。 
ゆえにゼルダにも、世界荒廃の原因の一端があると見なしうる。 
 ゼルダとて悲劇を意図していたわけではない。やはりこれも不幸な偶然なのだ。ただ、ゼルダは 
自らがトライフォースを得てガノンドロフを倒そうとしていたという。その発想自体が、結果的に 
悲劇を生んだと言えなくもない。 
 リンクが責任を負うのであれば、ゼルダも責任を負わなければならない。 
 どういう形で責任を取るのか。 
 ガノンドロフを倒すにあたって重要な役割を演じるであろう、と想像はつくが…… 
 それだけだろうか。 
 それ以上のことを、ゼルダはなさねばならないのではないだろうか。 
 それは── 
『何を考えているんだ、僕は』 
 ゼルダが何をなすべきかは、ゼルダ当人の問題だ。僕があれこれ気にする必要はないし、 
気にする意味もない。 
 思考を突き放しにかかる。なのに何かが引っかかり、どういうわけか突き放しきれない。自分の 
心をいぶかしみ、焦りすら覚え始めた、その時──  
 
「忘れてたよ」 
 突然、リンクが大きな声を出した。 
「君に伝えなきゃならないことがあったんだ」 
 思考の乱れから逃れようとし、シークはそちらに注意をねじ向けた。 
「何だ?」 
「ルトからの伝言さ。君に礼を言っていたと伝えてくれ──というだけのことだけれど」 
「そうか……」 
「ルトを説得して水の神殿に送り届けたのが君だから、そのお礼なんだろう」 
 リンクの言葉には応じずにおき、シークはルトの「礼」の意味を考えてみた。 
 意外な気がした。 
 ルトがゾーラの里から水の神殿へ行くにあたって、実はシークは大した働きをしたわけでは 
なかった。礼を言われるほどのことではないのに──というのが正直な感想だった。 
 リンクには知らせていない経緯である。 
 賢者としての覚醒を決意しきれず、あれやこれやと文句をつけるルトを、半ば引きずるようにして、 
シークは地下水路に入ったのだが、ハイリア湖へ向かう途中、激しい腹痛のため、不覚にも意識を 
失ってしまったのである。 
 それは、概して健康なシークが有する、唯一の「持病」といえた。 
 最初は南の荒野に潜伏中のことだった。夜間、前触れもなく襲ってきた腹痛は、シークに塗炭の 
苦しみを味わわせた。ところが一夜の睡眠──あるいは失神──を経てみると、苦痛は嘘のように 
消失していた。むしろ前よりも体調がよくなったと思えたくらいである。 
 同様の腹痛は、その後も年に一度の割合で訪れた。奇妙なことに、発作が起こるのは、毎年、 
同じ時期──さらに言えば、同一の日──なのだった。それも決まって夜に生じ、朝になると 
治っている。特に治療を施さずとも、眠っているうちに回復するのだ。 
 腹痛の原因も、年に一度という規則正しい周期の由来も、全く不明だったが、慣れてくると、 
自分はそういう体質なのだ、と納得できるようになった。発作が起こる日は予測可能であったから、 
前もって安全な場所に身を置き、誰とも接触しないよう心がけた。それで危険に陥る事態は避ける 
ことができた。 
 ルトと行動をともにした時が、唯一の例外だった。その夜、発作が来ることはわかっていたので、 
シークはできるだけ早くゾーラの里を発とうとしたのだが、ルトが駄々をこねたせいで出発が遅れ、 
ハイリア湖に着かないうちに、腹痛の発来を迎えてしまったのだった。 
 意識が戻ったのは明け方で、身はハイリア湖の岸辺にあった。横にはルトがすわっていた。 
助けられたのである。ルトを水の神殿に送り届けるはずが、逆にルトの足を引っぱるはめになって 
しまったのだ。 
 礼を言われるほどのことではない──と思うのは、そういう事情だったからである。 
 その意外さに加え、シークには、もう一つ、気になる点があった。 
 自分がハイリア湖で目覚めた時の、ルトの変わり具合である。 
 出発前はシークへの反感を隠そうともしなかったルトが、実に素直な言動を示すようになっており、 
賢者として神殿に入る覚悟も完全に固めていた。王女の名に恥じない、それは崇高ともいえる 
態度だった。 
 ルトの驚くべき変化に、当然、シークは疑問を抱いた。自分が眠っている間に何かがあったのだ、 
としか思えなかった。が、何があったのかは見当もつかなかった。ルトは何も説明しなかったし、 
下手に言葉をかけるのが憚られるほど超然とした挙措であったため、シークも強いて訊ねる気には 
なれなかったのである。 
 リンクから伝えられたルトの「礼」が、改めてその疑問を炙り出した。それはなぜか、 
さっきまで頭にあった、ゼルダの責任という問題と重なり、シークを落ち着かない気分にさせた。 
 まずい──と感じ、シークは再び思考の転換を試みた。  
 
「ところで……」 
 シークはリンクに話しかけた。 
「まだ君に教えていないメロディがあった」 
 竪琴を構え、弦をつま弾く。楽しい物語の幕開けを告げるかのような、明朗で軽やかな 
その旋律を、リンクは『時のオカリナ』で繰り返し、次いで、問いかけてきた。 
「この曲は?」 
「『光のプレリュード』──と僕は呼んでいる」 
「というと、光の神殿に関係した……」 
「そのはずだ。時の神殿の前にあるゴシップストーンから、僕はこのメロディを得た」 
「そうか……光の神殿は、時の神殿の地下にあるんだったね。でも……」 
 リンクが懐疑の表情となる。 
「他の曲と同じように、これは神殿の扉を開く効果があるのかな? そもそも、光の神殿の中に 
入ることができるものなのか、入らなくちゃならないものなのか、ぼくにはよくわからないんだ」 
「その点は僕もわからない。ラウルの覚醒は、他の賢者の覚醒とは、機序が異なるようだからな。 
ケポラ・ゲボラと契りを交わす必要はない──と彼は言ったんだろう?」 
「うん……」 
 眉根に皺を寄せ、リンクは押し黙った。その内面に渦巻いているはずの疑念を、シークは容易に 
想像できた。いまだ解決していないラウル覚醒の件は、かねてからシークも同様に疑念としていた 
からである。 
 ナボールの場合は、さほどの困難はあるまい──と、シークは考えていた。 
 すでに覚醒を果たした四人の賢者とは違って、ナボールは過去の世界でリンクと契りを交わして 
いない。とはいえ、それは何の障害にもならない。リンクが時の勇者としての力を発揮できる 
現時点で契ればよいことだ。 
 魂の神殿の扉を開くメロディを、僕は知らないけれども──それは神殿に行かない限り知る 
ことはできないし、まさにその目的もあって僕はリンクとともに神殿を目指しているわけだが── 
ナボールは神殿に身を隠しているのではないから、扉を開くという行動自体、必要ないかも 
しれないのだ。 
 問題は、所在の知れないナボールに会うことができるかどうか、という一点だ。ただ、この問題は── 
「いま、君が──」 
 不意にリンクが語りかけてきた。 
「──この曲を教えてくれるのは……魂の神殿に行けば、ナボールだけでなく、ラウルの覚醒に 
ついても解決が得られる──と考えているからかい?」 
「ああ」 
 シークは率直に語った。 
「これまでナボールはケポラ・ゲボラにかくまわれていたと思われる。そのケポラ・ゲボラが、 
僕たちに西へ向かえと指示した。おそらく彼は、魂の神殿で僕たちをナボールに引き合わせる 
つもりなんだろう。となれば、残る懸案はラウルの覚醒だけだ。ガノンドロフの追求を避ける 
のであれば、できるだけ早く片づけておかなければならないこと──と、ケポラ・ゲボラも 
わかっているはずだ」 
 深く頷くリンクに向けて、言葉を続ける。 
「もっとも、ラウルの覚醒方法は不明だし、どういう場面で『光のプレリュード』を使うことに 
なるのかもはっきりしないが……そうした問題も、いずれ必ず解決されるはずだ」 
「必ず──か……」 
 リンクが微笑んだ。 
「君はラウルの話になると、いつも自信ありげなことを言うけれど……やっぱり、あの予感が 
働くのかい?」 
『予感?』 
 シークは自らの内部を探った。 
 ラウルに関して自分の信じるところを、「予感」という言葉で、かつて僕はリンクに説明した。 
いま僕の中にあるのは、やはりそれと同じ確信だ。 
「そう言ってもいいだろうな」 
 答えつつ、その「予感」がどこから生じてくるのか、シークは怪訝に思った。 
 以前、リンクはゼルダの予知になぞらえていたが、僕に予知能力はないのだから…… 
 またも心が揺れ始める。その揺れを強く抑制しながら、そこに奇妙な夾雑物が混じっているのを、 
そこはかとなくシークは感じていた。  
 
 カカリコ村を発ってから一週間を経て、リンクとシークはゲルド族の支配領域の外縁に到達した。 
その後、数日をかけて付近の住民から情報を収集するうち、二人はゲルド社会の意外な現状を 
知ることとなった。 
 悪化する一方の食糧事情を鑑みて、ゲルド族が領外の一般住民と平和的協定を結んだ、という 
確報があった。一部の奴隷が解放されている、との噂もあった。 
 すでに動揺の兆しを示していたゲルド社会に、最近、激動ともいえる体制変化が加わったようで 
あった。二人は大いに驚き、かつ情勢の好転を喜んだものの、変化があまりにも急である点は、 
同時に不審をも引き起こした。 
 その不審があるため、支配領域内への侵入は、当初、きわめて慎重に行われた。が、進むにつれ、 
大して警戒する必要もないことがわかってきた。ゲルド族の連中は、農業や牧畜など、日々の 
生活を保つための作業に専念しており、外敵の侵入などにはろくに注意を払っていなかったのだ。 
 こういうことさえあった。二人がエポナを牽きつつ、とある村の近くを歩いていた時、いきなり 
数騎のゲルド女が家の陰から姿を現した。すわ、と戦闘態勢をとりかけた二人だったが、 
ゲルド女たちは敵意のかけらも見せずに走り去った。明らかにこちらの存在を認知していたにも 
かかわらず、である。何か急ぎの用事があるふうではあったものの、見知らぬ人物の徘徊を 
放置する彼女らの態度は理解困難で、二人は思わず顔を見合わせたものだった。 
 平原西端の町に近づく頃には、そうした状況も例外ではないと知れていたので、二人は 
白昼堂々と進行するようになった。町へ入る際にも邪魔はされなかった。通りを右往左往する 
人々の多くはゲルド族だったが、一般のハイリア人も普通に混じっており、奴隷の解放は真実と 
察せられた。二人はほとんど無視された。みなが何らかの仕事に携わっており、忙しくて部外者の 
相手はしていられない、とでも言いたげだった。 
 そんな中、珍しく注意を向けてくる一人のゲルド女があった。いぶかしむような女の視線を、 
リンクもいぶかしんで見返したのだが、その瞬間、相手は喜色満面となってリンクの名を叫び、 
駆け寄ってきた。すぐにリンクも思い出した。 
 それは『副官』とともにゲルドの砦で暮らしていた、九人のゲルド女のうちの一人だったのである。 
 
 女が自分のことを覚えているのを、初め、リンクは不思議に思った。この七年後の世界で 
出会った人々は、歴史の改変に伴い、シークを除けばことごとく、改変前の世界の記憶を 
封じられていたからである。 
 シークの教示もあって、それが別に不思議でもないことを、やがてリンクも悟った。 
 歴史改変による境遇の変化は、リンクが過去の世界で関係をもった女性、および、その影響を 
強く受ける周囲の人々に生じている。たとえばマロンの場合だと、マロン当人とインゴー、それに 
タロンだ。相手が賢者の場合は、賢者が守護する領域にある多くの人々が影響を受ける。 
サリアであればコキリ族全体、ダルニアであればゴロン族全体、ルトであればゾーラ族全体に、 
みずうみ博士と釣り堀の親父、インパであればカカリコ村住人(アンジュの場合はリンクとの 
直接的関係も反映される)、といった具合である。 
 ところがゲルド族の場合、リンクは過去で誰とも性的接触をしていない。ナボールと『副官』には 
会って話をしたが、身体の関係は結ばなかった。そのためゲルド社会には、歴史改変の影響が 
及んでおらず、改変前に起こったことが──完全に、とは言えないまでも──ほぼそのまま 
引き継がれているのだ。 
 理解しきれない点も残っていたが、それでリンクは一応、自分を納得させることができた。  
 
 雑然とした道端に坐しての会話を通して、ゲルド社会変貌の真相を、二人は女から教えられた。 
それは、女を含めた『副官』一派の活動ゆえ、といってよかった。 
 ──リンクがゲルドの砦を去ったのち、すぐに『副官』らは行動を起こした。町で暮らす連中の 
うち、味方になってくれるだろうと思われる者たちに、まずは声をかけ、次に彼女らを通じて他の 
有志を糾合し、さらにその周囲へと、活動の波を広げていった。 
 主張したところは、旧ハイラル王国住民と和解した上での社会の立て直しである。食糧事情 
改善のための協定や奴隷解放も、『副官』らの発案だった。 
 その主張は驚くほどすんなりと受け入れられた。誰もが内心、不安定な現状を危惧して 
いたのである。ガノンドロフへの反逆になる、と抵抗する者も少なくはなかったが、その 
ガノンドロフが社会不安を放置している以上、事態の改善は望めない、という反論は、みなが 
一様に同意できるものだった。加えて先日、ガノンドロフが仲間の一人を手打ちにした、との噂が 
伝わると、もはや反逆を気にかける者はいなくなった。こうして『副官』率いる反体制派は、 
一躍ゲルド族の主流派となり、いまは日々、熱心な改革が進められているのだった。 
 これまで虐待してきた一般住民との和解は、容易になされるはずもなかった。が、中には改革の 
真意と熱意を知って、積極的に協力を申し出る住民もあり、徐々にではあるにせよ、和解の空気は 
醸成されつつあった── 
 実例は目の前にあった。話をしてくれたゲルド女は、すでに住民の一男性を「彼氏」にして、 
いまは一緒に暮らしている、と嬉しそうに言い、次いでリンクの耳に口を寄せ、こうささやいたのだった。 
「これもあんたが男とのつき合い方を教えてくれたおかげさ」 
 
 女の話を聞くと、『副官』は現時点でも『副官』と呼ばれているようだった。 
 二つの点で、それは奇妙な話ではあった。 
 いまはゲルド族全体を指導する地位にあるのに──というのが、まず一点。 
 彼女は実際に副官という立場を経験したことはないのに──というのが、もう一点である。 
 後者は、リンクによる過去の改変がゲルド社会にもたらした、数少ない変化のうちの一つだった。 
 改変前の世界のナボールは、ゲルド族のハイラル平原移住後も、ガノンドロフを嫌って砦に残り、 
同様の仲間とともに一党を形づくった。その一員である『副官』は、特にナボールに懐いていた 
ため、『副官』と呼ばれるようになったのだ。 
 ところが改変後の世界のナボールは、移住が行われる前に砦を離れ、そのまま行方不明となって 
しまった。『副官』を含め、ガノンドロフ嫌いの者たちは──改変前と同様──移住後も砦に 
残ったが、そこにナボールは存在しなかった。『副官』がナボールの副官である時期などなかった 
のである。 
 にもかかわらず『副官』は『副官』だった。彼女は常に自らをナボールの妹分と見なし、近年、 
砦の集団のリーダーとなっても、あくまで自分はナボールの代理に過ぎない、との認識を 
変えなかった。ナボールへの篤い思慕がそうさせたのだが、仲間はその意を汲んで、彼女に 
『副官』なる称号を贈ったのである。ゲルド族全体の指導者となった現在も彼女の認識は不変で、 
自分の主張はナボールの主張と同じである、と強調し続けていた。ゆえに人々はいまもなお、 
彼女を『副官』と呼んでいるのだった。 
 その『副官』は、どこでどうしているのか──と、リンクは女に訊いてみた。 
 最近はこの町に移り、改革の先頭に立って働いているが、ここに腰を据えて本格的に活動する 
ため、いまは一時的にかつての本拠地である砦へと戻り、少数の仲間とともに、そこを引き払う 
作業を行っている──というのが、女の答だった。 
『幻影の砂漠』へ踏みこむにあたって、砦は重要な中継地点だ。なおかつ、そこに『副官』が 
いるというのなら、ぜひとも訪ねてみなければなるまい。 
 リンクとシークは頷き合い、女に別れを告げ、西への旅を続けていった。  
 
 旅はいたって順調に進んだ。心配されたのは、橋が焼け落ちてしまったゲルドの谷の状況だったが、 
そこには仮橋が架けられていた。そうでもなければ、砦にいた『副官』らが町へ行けるはずは 
ないのだから、当然といえば当然なのだった。応急的な普請とあって、エポナを渡らせる際、 
橋は大きく撓み揺れたものの、幸い、切れ落ちることもなく、二人と一頭は、無事に対岸へと 
身を移した。 
 ゲルドの砦に着いたのは、町を出てからほぼ一日後のことである。 
 構内に入ると、建物の前に積み上げられた荷物の山が見えた。二人のゲルド女が建物の中から 
新たな荷物を運び出しており、それを別の一人の女が指揮していた。後者はこちらに背を向けて 
いたが、その女が『副官』であることは遠目にも明らかだった。 
 さほど近づかないうちに、『副官』はふり向いた。顔が驚愕に満ちあふれ、凝固した。二人が 
歩を寄せ、立ち止まっても、凝固は溶けなかった。視線がリンクとシークの間をあわただしく 
往復し、それもほどなく一点で静止した。表情を驚愕から泣き笑いに変え、『副官』は身体を 
ぶつけてきた。 
 シークに、である。 
『やっぱりな』 
 固く抱き合う二人を見やりつつ、リンクは心の中で苦笑した。 
 
 シークと『副官』の熱い抱擁は、解けるまでに、かなりの時間を要した。ようやく身体を 
離したのち、『副官』はリンクに向き直り、照れ臭そうな顔をしながらも、再会の喜びを率直に 
表明した。 
 二人のゲルド女とも、リンクは親しく挨拶を交わした。やはり、この砦で前に出会った、 
旧知の相手だったのである。リンクがシークを紹介すると、彼女らは興味津々といった様子で、 
自分たちのリーダーの「彼氏」を観察していた。 
 砦に備蓄されていた荷物を町に移送するという『副官』たちの作業は、リンクとシークを 
迎えたことで、一時中断となった。互いの近況が語られた。ゲルド族の側の状況は、すでに 
あらかた知っていた二人だったが、『副官』自身の口から語られる内容は、さらに詳しく、 
興味深いものだった。 
 対して二人は、再びナボールとの出会いを求めて魂の神殿を目指していることを、正直に告げた。 
『副官』は複雑な面持ちとなり、長い間、押し黙っていたが、やがて彼女自身が、その沈黙を破った。 
「この件は、あんたら二人に任せるよ」 
 リーダーにふさわしい、簡潔にして明瞭な意思表示だった。が、その内にある感情は、 
リンクにも困難なく推察できた。 
 ナボールの覚醒を図るだけでなく、『副官』への配慮も忘れてはならない──と、リンクは 
おのれの心に銘記した。 
 
 積まれていた荷物の一部がほどかれ、リンクとシークが『幻影の砂漠』を旅するための準備が 
調えられた。それにはさほど時間もかからなかったが、砂漠の天候は折悪しく砂嵐で、即時の 
出発は不可能だった。二、三日で終息するだろう、という女たちの言葉を信じ、二人は砦で 
待機することにした。 
 その夜、再会を祝し、かつ旅の安全と成功を願う、ささやかながらも楽しい宴が幕を閉じると、 
『副官』は悪びれる色もなく、シークを一室へと誘った。何か言いたげな視線を送ってくる 
シークに、リンクは手の仕草で『行けよ』とだけ伝えてやった。二人きりで積もる話もある 
だろうし、また「なすべきこと」もあるだろう──と、リンクは微笑ましい気持ちで、 
部屋の中に消える両人を見送った。 
 一方、リンクにも「なすべきこと」はあった。『副官』が見えなくなるやいなや、しなだれ 
かかってきた二人のゲルド女を、リンクはその後、夜中過ぎまでかけて、ともに満足させて 
やらなければならなかった。とはいえ、それはリンクにとっても、満更、迷惑ともいえない 
営みではあった。  
 
 目覚めたのは、ちょうど日の出の頃だった。熟睡している二人の女をベッドに残し、リンクは 
戸外へと歩み出た。砦の構内の片隅にある井戸で顔を洗い、喉の渇きも癒そう、と思ったのである。 
 井戸には先客がいた。『副官』である。リーダーとしての自覚が早朝の起床を促したのだろうが、 
その目は腫れぼったく、やけに太陽の光がまぶしそうで、彼女が夜間、睡眠を二の次にして、 
熱烈な行為に没頭していたことを、如実に物語っていた。 
 思わず笑い出しそうになるリンクだったが、 
「ゆうべはすまなかったね。あんたを無視したわけじゃないんだ」 
 いかにも申し訳なさそうな顔となって話しかけてくる『副官』に、冷やかしの言葉は吐けなかった。 
「すまなかっただなんて……君はシークとは、ずいぶん久しぶりだったんだし……別に何とも 
思ってないよ」 
『副官』が、ほっと息をつき、 
「なら、よかった」 
 次いで、悪戯っぽい笑みを顔に浮かべた。 
「埋め合わせと言っちゃ何だけど、今夜は三人で一緒に寝ないかい?」 
 仰天する。 
「三人──って……」 
「あんたとあたしとシークとで、さ」 
 言葉が出ない。 
「あたしはあんたのことだって気に入ってるんだ。気に入った男二人に同時に抱かれたいと 
思ったって、おかしくはないだろ? せっかくの機会なんだし」 
 おかしいよ!──と叫びたくなる自分を、やっとのことで抑える。 
 ゲルド族がセックスに関して奔放であるのは、充分わかっているつもりだったが、これほどとは…… 
 こちらがあきれているさまを見て、『副官』が咎めるような調子になる。 
「三人でするのがおかしいってのかい? あんただって前にここでやってたじゃないか。ゆうべも 
そうだったんだろ?」 
「それは……そうだけれど……」 
「男一人に女二人だろうと、男二人に女一人だろうと、特に変わりはないさ」 
 変わりはない? そう言われればそうかもしれない。観念的には。しかしそれでは割り切れない 
ものがある。 
「だけどシークだってそんなことは──」 
「シークなら承知だよ」 
「えッ!?」 
「ゆうべ訊いたら、かまわないって言ってた」 
 シークが? 同意した? ほんとうに? なぜ? 
 驚きと疑問が脳内を駆けめぐる。 
「あんたとシークは気心の知れた間柄みたいだから、問題ないんじゃないのかい?」 
 問題ない? ないだろうか。あるだろう。では何が? 何が問題になる? 
「いやだってんなら、いいよ、やんなくても」 
 業を煮やしたのか、『副官』は、ぷいと顔をそむけ、足早に歩み去っていった。  
 
 その背を見送りながら、リンクは継続する思考の混乱と必死に格闘した。 
『副官』はああ言うが、男二人に女一人という組み合わせに、ぼくは自然と抵抗を感じてしまう。 
たとえば極端な話──想像するだけでも厭わしいことだが──ぼくとゼルダが一緒にいるところへ 
他の男が割りこんでくる、という事態を、ぼくはとうてい容認できない。 
 ただ、そんなぼくが、二人のゲルド女と寝ることには抵抗を感じないのだ。そうなると、自分の 
抵抗というものが、ずいぶん偏っているようにも思われてくる。 
 結局は同意の有無ということになるのだろう。三人ともが同意するのなら──『副官』の言う 
とおり──男一人に女二人だろうと、男二人に女一人だろうと、特に変わりはないし、何も問題は 
ないわけだ。 
 けれど、いまの場合は、その同意の点が問題だ。なぜシークは同意したのか? 
 そこへ当のシークが現れた。やはり起床後の洗顔が目的のようだった。睡眠の不足など全く 
うかがわせない、平生のままのシークに、リンクは『副官』の言の真偽を問い質した。シークは 
肯定した。リンクはさらに問いつめた。 
「君と『副官』は前につき合いがあったのに、ぼくが彼女を抱いても、君は気にならないのかい?」 
「彼女は君ともつき合いがあったじゃないか」 
「だけど──」 
「いいか」 
 言い募ろうとする口を、シークの冷静な言葉に封じられる。 
「特定の相手に囚われず、自分の好きなようにやる──それが『副官』の本質だ。ゲルド族全般に 
共通する傾向ともいえるがね。そんな彼女の本質を、僕は否定したくない。彼女が君と抱き合って 
幸せを感じられるなら、僕に言うべきことはないし、むしろそうあって欲しいと望むくらいだ」 
 これもまたシークならではの透徹した見解──と驚くリンクへ、逆に質問が投げられた。 
「君はどうなんだ?」 
「え?」 
「君は『副官』を抱きたいと思わないのか?」 
「ぼくは……」 
「正直に答えてくれればいい」 
 そこまで言われたら、こっちも腹を割らなければならない。 
「……思うよ」 
「では、問題はなくなったな」 
 そう、なくなった。三人ともが同意したのだから。 
『待て』 
 それでもぼくの心には抵抗が残っている。割り切れないものが残っている。 
 何なんだ? 自分がセックスしているのを他人に見られること? 
 いや、それは女二人との場で、すでに経験している。 
 女に見られるのと男に見られるのとで違いがあるか? 
 ない。理屈の上では。 
 しかし理屈では割り切れない──そうだ、割り切れないものがそこにはあって、それは 
見られるというだけでなく── 
「シーク、君は……」 
 ──もっと直接的な行為に繋がる可能性を秘めていて── 
「そういう時に男がそばにいて、自分が男と触れ合うことになっても、平気なのかい?」 
 それだ。男二人に女一人という状態だと、女を間に挟んではいても、男と男の肌が接触する 
機会が、否応なく生じてしまうだろう。ぼくの抵抗の正体は、それなんだ。 
 シークは答えない。けれども視線はぴったりとこちらに貼りついている。 
 その目に、異様なまでの強い感情が渦巻いているのを、リンクは見てとった。 
 どうした? シークは何を考えている? こんなシークは初めて見る。動揺? 動揺しているのか? 
いまのぼくの問いにシークが動揺している? 
「君は──」 
 ようやくシークが口を開いた。 
「──いやなのか?」 
 どきりとする。 
 どういう意味だ? 自分は平気だと言いたいのか? 裸のぼくが目の前にいて、あまつさえ 
自分と肌を触れ合わせるはめになってもかまいはしないとシークは思っているのか? あるいは、 
もっと積極的に── 
「おーい!」 
 遠くから声が飛んできた。緊張の糸を切られ、半ば安堵し、半ば懸念をも残して、リンクは 
声の主に目を向けた。いつの間に起きたのか、さっきまで同衾していた女のうちの一方が、 
興奮した様子で手招きしている。 
「砂嵐が治まったよ!」  
 
 それで議論は打ち切られた。 
 予想よりも早く出発可能となった。この機を見過ごすことはできない。もう夜の過ごし方を 
云々する必要はなくなったのだ。 
 そう自分に言い聞かせ、心に残る懸念を抑えこんで、リンクは井戸端を離れた。シークも黙って 
あとについてきた。 
『副官』もまた、状況の変化に適応していた。内心はどうあれ、気まずい終わり方をした先刻の 
会話などすっかり忘れたような態度で、出発に際しての実務的な話題のみを、てきぱきとリンクに 
──そして容易には別れ難いはずのシークに対しても──呈示した。二人はあわただしく装備を 
身につけた。 
 エポナは置いて行かなければならなかった。作業の都合でなおしばらく砦にとどまる予定だから 
──と言って、『副官』は快くエポナの世話を引き受けてくれた。以前にも『副官』らに面倒を 
見てもらった経験があるからだろう、エポナの方も砦で待つのに否やはない様子だった。 
 いよいよ出立という時になっても、『副官』は毅然とした態度を崩さず、しかし目には深い 
想いを湛えて、リンクに短く言葉をかけてきた。 
「姐さんのことは、よろしく頼む」 
 次いでシークにも別れを述べる『副官』を見ながら、リンクは心に銘記していたことを確認した。 
 
 直射日光と砂の脅威は相変わらずだったが、リンクは旅に格別の苦しみを感じなかった。 
『幻影の砂漠』を行くのは三度目で、行程は頭に入っていたし、環境の厳しさも覚悟できていた 
からである。『幻影の砂漠』を初めて体験するシークを、これまで常に導かれてきたのとは反対に、 
今度は自分が導いてやらなければならない──という自覚も、気力を高める大きな要素となっていた。 
 そのシークは、初めのうち、気遣いなど不要と思われるほどの力強い歩みを続けていた。が、 
何度か昼夜の入れ替わりを経るうち、その歩みは徐々に遅れがちとなった。華奢な体格のせいで 
体力を持続させるのが困難なのだ──と慮りつつ、シークの活動を制限しているのはそればかり 
ではないような印象も、リンクは受けていた。 
 シークは寡黙だった。いつものとおりである。ところが、その寡黙さの具合が、どことなく、 
いつもとは異なっていると感じられた。話しかけても、すぐに答をよこさないことがある。 
何か気がかりがあって、心ここにあらず、といった風情なのだ。 
 背後のシークを顧みる。そのシークが、砂に足を取られ、ぐらりと身体をよろけさせた。 
リンクは咄嗟に手を伸ばし、シークの片腕をつかみ取った。 
「すまない」 
 シークはリンクの手にすがって、砂上に身を立たせた。感謝を意味するはずの言葉から、 
感情は伝わってこない。けれどもそれは感情が存在しないからではなく、無理に感情を抑えている 
ためなのではないか、とリンクは想像した。同時に、自分の手とシークの手の接触が、やたらと 
意識された。 
 シークの手に触るのは、何も初めてではない。なのに、なぜ、いま、それを意識してしまうのか 
というと、シークが砦で…… 
(君は──) 
 あんなことをぼくに言うから…… 
(──いやなのか?) 
『考えるな!』 
 滲み出る思いを、リンクは断ち切った。そうしなければ、いままで経験したことのない、 
実に不安定な心境に自分が陥る、と予想されたからであり、また、その不安定さは必ずしも 
不都合ではないかもしれない、という思念が根拠もなく頭に浮かんで、それがなおさら、 
畏れに近い心の震えを誘ったからである。  
 
 シークは思い惑っていた。砂漠の苛酷な環境を乗り越えるという、ただそれだけに精神を 
集中させなければならない──とわかってはいるのに、どうしても思考が言うことを聞かず、 
ともすれば一つのことに立ち戻り、そこから動かなくなってしまうのだった。 
 ゲルドの砦での、リンクとの会話。 
『副官』が他の男とセックスすることについて、僕にこだわりはない。リンクに言ったとおりだ。 
自分が誰と寝るかは自分が決める──『副官』はそういう女だし、僕も『副官』を縛ろうとは 
思わない。 
 こだわるとすれば、リンクが他の女とセックスすることについてなのだが、この件ではもう 
惑わない、と僕は自らに徹底させた。リンクは女性たちと真剣に向き合い、何らかの救いを、 
何らかの幸せを彼女らにもたらしている。そんなリンクの本質を、僕は──『副官』の本質を 
否定しないのと同様──否定するつもりはない。リンクとゼルダの間に、あの特別な「何か」が 
保たれている限りは…… 
『ゼルダ?』 
 ああ、どうして僕は、こうもゼルダに執着してしまうのだろう。 
 リンクはゼルダに特別な感情を抱いている。そして僕自身も、リンクの感情を支持している。 
リンクとゼルダの結びつきを願っている。リンクの友人として、彼の幸せを念じている。 
 それは確かだ。確かではあるが、それだけではない、と思われてならない。 
 僕が『ゼルダの子守歌』を知っていたという事実は、僕とゼルダの間に、リンクを介さない 
何らかの繋がりがあることを意味している。その繋がりとは何なのか。世界荒廃に関するゼルダの 
責任が気になるのも、その繋がりのせいなのか。あるいは僕とゼルダは、過去にどこかで出会って 
いて、それを僕は覚えていないというのだろうか。僕の失われた記憶の中に、ゼルダとの繋がりの 
秘密が隠されていると? 
 そうなのかもしれない。が…… 
 いま僕を惑わせている問題は、別のところにある。 
 リンクとゼルダの結びつきを願いながら、僕がリンクに向けている感情。 
(自分が男と触れ合うことになっても、平気なのかい?) 
 リンクの言葉で、自覚してしまった。 
 はっきりと。 
 リンクとの触れ合いを、僕は拒否しない。それどころか、積極的にリンクと触れ合いたいとさえ、 
僕は思っているのだ。『副官』が言い出した三者でのセックスに僕が同意したのは、実は── 
 その場にリンクがいて、目の前に裸のリンクがいて、裸のリンクを見ていられるから、裸の 
リンクと触れ合うことができるから、というのが真の理由だったのだ。 
 そういう潜在的願望があったからこそ、僕は──(アンジュがいなくとも、僕には君がいる) 
──あんなふうに発想してしまったのだ。 
 男同士の性愛というものが──例外的にではあっても──存在することを、もちろん僕は 
知っている。知ってはいるものの、それを自分が志向することになろうとは、いままで思いも 
しなかった。けれども、ふり返ってみれば、すでに徴候は何度も僕の心に表れていた。 
 リンクが他の女とセックスすることについてのこだわり自体、その徴候といえる。 
 嫉妬なのだ。 
 以前、それを意識しながら、自分は男なのだから、と即座に僕は打ち消したものだが、男で 
あるのが理由にはならないことを、いまの僕は認識してしまった。 
 かつてゲルドの谷で僕がリンクに施した接吻。惑乱したリンクを落ち着かせるため、と納得して 
いた──いや、そうだと自分を納得させようとしていた──あの行為は、やはりそこに由来していた。 
リンクに寄せるひそかな想いが僕にあの行為を──  
 
『違う!』 
 そうじゃない! あの時、僕を突き動かしたのは、そんな単純なものじゃない! 
 僕とリンクの間には、単なる恋情とは次元の異なる、僕たちの間でしか成り立たない関係がある! 
 では、何が僕を突き動かしたのか? 
 自分の中にある自分ではない何者か。 
 そんなものは存在しない──と以前は否定した、その何者かが、異様な実在感をもっておのれの 
内部にあることを、いま、僕は、確信している。 
 何者なのか? 
 記憶の断片が脈絡もなく氾濫し始める。 
 ──君には言っておかなければいけない、と思ったんだ。 
 ──それでもお前は生きてゆかねばならないし、生きてゆけると私は信じている。 
 ──泊まっていくでしょ? 
 ──どうか……希望を捨てないでくれ…… 
 ──居場所がわからないのに、どうして安全だと言えるんだ? 
 ──無駄だ。 
 ──あんたみたいな……毛も生えそろってないようなガキに…… 
 ──勇気だけは忘れない。 
 ──リンクは陽。おぬしは陰。 
 ──お茶を入れるわ。 
 ──七年後……ですか…… 
 ──お前の心に『賢者』という言葉が見えたんでね。 
 ──ゼルダはすばらしい人だよ。 
 ──お前に女を教えてやる。 
 ──自分のことを話そうとはしないのね。 
 ──簡単に口にはできんような事情があるんじゃろ。 
 ──いろいろとすまない。ほんとうに、ありがとう。 
「シーク!」 
 リンクの声で我に返る。 
「大丈夫か?」 
 いつの間にか砂の上に倒れてしまっている。 
「具合が悪いのか? まさか幻影を見たんじゃ?」 
 幻影? 
「いや……」 
 リンクはこの砂漠でツインローバに幻影を見せられたという。けれども僕がいま対面して 
いるのは、そんなものではない。僕自身の過去だ。過去を俯瞰することで、自分の中にいるのが 
何者なのか、見えてきそうな気がする。もう少しで見えそうな気がする。なのに、どうしても 
わからない。わからない。わからないのだが、その何者かがいまも僕を突き動かしているのだ。 
あの接吻の時と同じように── 
 そうか? そうなのか? 同じようでいて、どこか微妙に違っているようにも思われる。 
ただ全く同じではないにせよ、その何者かが僕の感情をリンクに向けさせていることだけは 
間違いない。その命じるところを僕は── 
「つかまって」 
 リンクが僕を抱き起こす。僕の右腕を肩にかついで、僕の胴に左腕をまわして、一歩、一歩、 
進んでゆく。僕も合わせて足を出しながら、自分が歩いていると実感できない。リンクが何か 
言っている。僕に呼びかけている。声は耳に届いているのに、言葉の意味を僕は理解できない。 
茫漠とした脳内で、しかし一つのことだけは、逆にいよいよ確然となる。 
 そうしたい。 
 いや、むしろ…… 
 そうしなければならない──という義務感にも似た強い欲求を、シークは明瞭に認識していた。  
 
 半ば意識を失ったシークを連れ、また日没が近づいてもいる、という現況に、リンクは焦りを 
感じた。 
 今夜をどう過ごすか。砂漠の夜は冷えこみが厳しい。体調が悪そうなシークに、通常の野営は 
無理だろう。 
 望みはあった。行程の中間地点にあたる、地下室を備えた建物が、さほど遠くない場所にある 
はずだった。ともかくそこへ──と、シークを抱きかかえるようにして、リンクは歩を進めた。 
時おり励ましの声をかけてみたが、聞こえているのかいないのか、シークは明確な返事を 
よこさなかった。 
 幸い、暗くなりきるよりも早く、目標に到達できた。が、そこからがさらに難行だった。 
地下室へ至るには、垂直の壁を伝い降りなければならない。壁に打ちこまれた小さな足場だけが 
頼りであり、いまのシークが自力で行えることではなかった。背にした装備をいったんはずし、 
代わりにシークを背負って、リンクはそろそろと身を降ろした。両手を壁から離せないので、 
シークを支えてはやれない。呼びかけにも反応しないシークが、こちらの肩につかまって 
いられるかどうか、はなはだ心許なかったが、途中で落下するような大事にもならず、リンクは 
どうにか地下の平面に足を立たせることができた。 
 地下ではあっても、外界との繋がりはある。降りたあたりには、砂がうずたかく積もっていた。 
しかし奥の方は砂の侵略を受けておらず、床は本来の石の色と模様を見せていた。じかに寝るには 
硬すぎると思えたので、出発の際、砦で供与された砂除けの大布を──丁寧にはたいて砂を 
落としてから──床に敷き、その上にシークを横たえた。 
 ほどなく地下室は暗黒に満たされた。リンクは荷物から蝋燭を取り出し、火をつけた。 
 シークは眠っているようだった。ほのかな光に照らされた顔は、特に苦痛を表現するふうでもなく、 
ひとまずは安心できそうだった。 
 リンクは傍らに腰を下ろし、シークを見守った。 
 見守るうちに、思い出してしまう。 
 さっきまでシークと身体を密着させていたこと。 
 その時は意識しなかったのに。 
 いや、意識するな、と、ぼくは知らず知らずのうちに心を抑制していたのかもしれない。 
安全な場所を求めて緊張している間は、抑制も保たれていた。ところが、ここに落ち着いて緊張が 
緩んでしまい、その抑制もはずれてしまったらしい。 
 考えるな──と、再び抑制が働き始める一方で…… 
 はっきりさせておくべきだ──と、抑制を凌駕する思いも高まってきて…… 
 結局、後者が勝った。リンクは自分の心と向き合った。 
 あのシークの発言。 
 男二人と女一人が一つのベッドにいるという状況で、ぼくと身体が触れ合っても、別段、 
気にはならない──とシークは言いたいらしい。それだけならわからないでもないのだが、 
シークの態度からは、もっと積極的な意思が感じ取れた。ぼくがシークとの接触を妙に意識する 
ようになったのは、そのせいなのだ。 
 行為中たまたま、というのではなく、意図的にぼくと触れ合いたい──とシークは思って 
いるのではないか。シークがほんとうに欲しているのはぼくではないのか。 
『まさか……』 
 シークがぼくに対してそんな感情を抱いているなんて、信じられない。これまでシークは 
一度だって── 
 ああ、一度だけあった。歴史改変前、賢者の全滅を知り、絶望に打ちひしがれていたぼくを、 
ゲルドの谷で、シークのキスが救ってくれた。惑乱したぼくを落ち着かせるため、と思っていたが、 
考えてみると、落ち着かせるためにしては奇異な行為。あの行為はシークのそうした感情に 
由来していたのか? ぼくに寄せるひそかな想いがシークにあの行為を促したと? 
 だとしたら、ぼくは──  
 
「リンク」 
 声がした。ささやきに近い小声であったにもかかわらず、それは無数の爆弾が同時に爆発したか 
のような轟きとなって、リンクの心臓を跳ね上がらせた。 
 横たわった姿勢のまま、シークは目をあけている。ぼくを見ている。いつもは鋭いシークの目が、 
いまは頼りなげに、けれども強い感情をこめて、ぼくに何かを語りかけている。何かを要求している。 
「水でも……飲むかい?」 
 思わず示す回避の態度を、 
「いや、それより……」 
 シークは許してくれなかった。 
「僕の頼みを……きいてくれないか」 
 ──頼み。 
「……なに?」 
 ──ひょっとしてそれは── 
「僕を……」 
 ──シークが秘めていた感情の── 
「抱いてくれ」 
 ──瞭然たる発露! 
 やにわに起こした上半身をシークが投げかけてくる。ぼくはやむなく両手で抱き止める。しかし 
シークの頼みがそれだけではないことくらい、いかに鈍いぼくでもわかる。やっぱりそうだった。 
やっぱりシークはぼくを求めているんだ。ぼくはいったいどうしたらいい? 
 男同士の交わりなんてとんでもないとしか思えない。違和感が、嫌悪感が、湧き出してくるのを 
止められない── 
 ──はずなのに、そのはずなのに、いまのぼくには違和感も嫌悪感もない。これはどういう 
わけなのか。シークの身体つきが華奢で、中性的で、いかにも男といったごつごつしたところが 
ないせいか。それもあるだろう。でも外見的な理由ばかりじゃない。もっと内面的な理由が 
あるはずだ。シークはぼくの友人で、同志で、けれどもそれにとどまらない、そんな既存の 
単語では言いつくせない深い繋がりがぼくたちの間にはあって、こうして抱き合っているのは 
実に自然なことであって、ぼくが男と行為に及ぶとしたら相手はシーク以外にはあり得ないとさえ 
ぼくは思ってしまって── 
「リンク……」 
 眼前に寄せられるシークの目が、なおも熱烈な感情をもってぼくに語りかける。そうしたいと。 
そうしなければならないと。なぜなのか、なぜそうしなければならないのか、ぼくには理解 
できないのだけれど、そうしなければならないということを、不思議にもぼくは確信できる。 
それは義務感にも似た、しかし決して無理強いではない自発的欲求なのであって、その証拠に 
ぼくは、ああ、ぼくは勃起している、手も触れていないのに、何の物理的刺激も加わって 
いないのに、そこは、勃起、して、いる、それが、ぼくの、意思、なのだと、声高に、ぼく自身が、 
叫んで、いる! 
 だからぼくは近づけられるシークの唇を避けてはならない、ぼくの唇で受け止めなければ、 
あのキスの時と同じように── 
 そうか? そうなのか? 同じようでいて、どこか微妙に違っているようにも思われる。 
ただ全く同じではないにせよ、シークがぼくを求めていて、ぼくがそれに応えなければならないこと、 
のみならず、ぼく自身がそれに応えたいと思っていることだけは間違いない。間違いない! 
間違いない!!  
 
 思い切ってしまうと、もう止まらなかった。リンクは腕に力をこめた。それに応じて激しく 
情動を解放するシークを、さらに上まわる勢いで、リンクはひたすら行動した。 
 唇が結び合わされる。舌が絡み合わされる。手が互いの身体をまさぐり合い、性急に着衣を 
奪い合う。 
 露出された股間にシークの手が触れる。硬くいきり立った部分をシークが愛撫する。ついには 
口が使われる。 
 リンクもまた、シークの同じ部分に、同じ行為を施した。ためらいは全く起こらなかった。 
シークの奉仕がもたらす絶大な快感を──それはシークが巧みであったからだけではなく、 
同性の勘所は同性こそが熟知するからでもあっただろう──こちらもシークにもたらしてやりたい 
という純粋な熱意が、リンクを駆り立てたのである。 
 熱意は報われた。シークの口から漏れる吐息とかすかな呻きは、明らかに快感の受諾を 
意味していた。リンクはそれを素直に嬉しいと思った。 
 そうこうするうち、局部が新たな感触を得た。まといつくシークの手が、やけにぬるぬるしている。 
日焼け止めの油のせいであることは、間もなくわかった。砦を発つ時、装備の一つとして渡された 
ものだ。かつて『副官』との行為で使用されたのと同じものでもある。それをこの場でこのように 
使うことで、シークが何を欲しているかは、必然的に理解できた。 
 シークが向きを変え、這う姿勢をとった。リンクはその後ろに膝立ちとなり、シークの腰を 
両手でつかんだ。自らを近づけ、ゆっくりと前に進ませた。 
 ずっと積極的に振る舞っていたシークが、いまはぴくりとも動かず、身を固まらせている。 
強い緊張がうかがわれる。これはシークにとって初めての体験なのだ、とわかる。 
 リンクは細心の注意を払い、長い時間をかけ、少しずつ、少しずつ、おのれを深みに沈めていった。 
 完全に入りきったところで、リンクは動きを止めた。シークへの気遣いだけではない。自身が 
それ以上の刺激に耐えられそうもなかったからであり、動かなくとも充分なほどの満足感と 
幸福感を得ていたからでもあった。 
 密着したまま静止を続けるうち、シークが自らを握っているのに気づいた。シークはこの 
結び合いを悦んでおり、そしてさらに悦びを高めようとしているのだった。リンクは左手を伸ばし、 
代わってそれを握りしめた。 
 シークが喘いだ。その喘ぎが欲望を煽った。リンクは握った手を前後させ、合わせて腰をも 
前後させた。シークの喘ぎは強まり、リンクの手と腰の動きも強まった。 
 リンクの手の中で、やがてそれは断続的な脈動状態に至った。感激が衝動を全開にし、リンクも 
自分に同じ脈動を許した。  
 
 リンクの身体が離れ、傍らに横たわった。 
 シークは動かず、ただただ、感動を反芻した。 
 肉体の感動が余韻に移ったのちも、なお弱まる気配のない精神の悦びを、シークは感じていた。 
いっさいの惑いが消え去っていた。周囲に立ちこめていた深い霧が一掃されたかのような、実に 
清々しい気分だった。 
「そうしなければならない」との欲求は、まさに正鵠を射ていたのだ。僕は正しいことをしている。 
正しい道を歩んでいる。確かにそうだと得心できる。 
 自分の中にある何者かの正体がわかったわけではない。 
 失われていた記憶がよみがえったわけでもない。 
 それでも、これまで見えていなかったものが──具体的にではないにせよ──見えるように 
なった気がする。リンクと交わりが、僕の内部の何かを変えたのだ。 
 そんな僕が思うのは、交わりをここでとどめてはならない、ということで…… 
 いや、先の欲求とは違って、「そうしなければならない」ほどの厳密さは感じないのだが、 
にもかかわらず、そうした方がいい、そうするべきだ、と、いまの僕は思わざるを得ないのだ。 
ここまでのことが僕のために必要であったのに対して、ここからのことはリンクのために必要── 
とまでは言えなくとも、望ましいとは言えるはずだ。 
 この概念は何なのだろう。 
 わからない。しかし、惑いはない。それは「正しい」ことなのだ、と、僕は信じられる。 
「リンク」 
 呼びかける。顔が上げられる。忘我の色を漂わせる瞳に向けて、僕は想いを言葉にする。 
「君を、貰うよ」 
 
 その言葉を、リンクは静かに受容した。 
 本来なら受容できるはずもない。 
 ここまでの行為は──相手の性器が男性のものである点を除けば──これまでぼくが女性に 
対して行ってきたことと、本質的に変わりはなかった。ところが、いま、シークは、ぼくに 
正反対の立場を要求している。男を身に受け入れろと迫っている。 
 以前のぼくなら、背筋が寒くなるほどの忌避感を抱いただろう。にもかかわらず、そうした方が 
いい、そうするべきだ、と、いまのぼくは思わざるを得ないのだ。 
 シークはぼくを受け入れた。だからぼくもシークを受け入れよう。 
 どちらがどちらに優るわけでもない、ぼくとシークの関係を考えれば、それが二人の自然な姿と 
さえ言えるだろう。 
 その自然さをもって、営みは続けられた。リンクは先刻のシークと同じ体勢をとった。後ろを 
開かれる感覚は、さすがに心身を緊迫させたが、インパの指を収めた経験があったので、過度の 
苦痛は感じなかった。そればかりか、挿入の完了に際してリンクの胸にあふれたのは、自分が 
シークを充たした時に得たのと同じ満足感と幸福感だった。 
 二つの感情は、シークの手を前に感じるに及んで、なお大きくなった。前と後ろの双方に 
加えられる刺激が、それらをさらに大きくした。 
 暫時ののち、リンクは終局に達した。  
 
 リンクが目をあけた時、地下室は、依然、暗みに支配されていた。が、真の暗黒に閉ざされていた 
夜間とは異なり、天井の一隅からは、わずかながらも朝の光が差しこんでいた。 
 シークは横の床に腰を据え、食料の残量を確認していた。着衣は整っていた。 
 ゆるゆると上体を起こす。シークの視線がこちらに移り、次いでその口が開かれた。 
「食事にしよう。じきに出発だ。時間を無駄にはできない」 
 いつものように冷静なシークの声であり、態度だった。リンクはそそくさと服を着た。 
 朝食の間、会話は交わされたが、内容はもっぱら今後の旅の進め方についてであり、前夜の件は 
毛ほども話題にのぼらなかった。それが現実であったことは、身体に残る感覚からも確かなのに、 
とうてい現実とは思えないほど、場の空気は淡白だった。 
 シークはどういうつもりなのだろう──と、リンクはいぶかしんだ。 
 ゆうべの交歓がぼくたち二人の真情に由来していたことは疑いない。が、その真情の表出を、 
今後、常態とする気はない、とシークは言いたいのだろうか。だとしたら、あの交歓には何の 
意味があったのか。 
 何らかの意味はあった。それはぼくも確信できる。できるのだが、どういう意味なのかが 
わからない。わかりそうで、わからない。 
『それでも……』 
 いずれは、わかるだろう。 
 シークは常にぼくを助けてくれた。ぼくを導いてくれた。そんなシークを、ぼくは全面的に 
信頼している。シークがこの件に触れようとしないのは、いまは触れるべき時ではないからなのだ。 
その時が来れば、シークは必ずぼくに教えてくれるはずだ。 
 ぼくたち二人の関係が持つ意味を。 
「行こうか」 
 シークが腰を上げた。リンクも立ち上がり、装備を調えた。 
 出口に向かうシークの足取りに乱れはなく、体調は完全に回復しているようだった。華奢な 
身体つきでありながら、そこには男としての頑健さが備わっていた。 
 しかし──と、すでに抱いていた疑問を、リンクは改めて意識した。 
 ゆうべ、シークは、絶頂の際、射精しなかった。 
 成熟した男だというのに、なぜ? 
 明らかに異常なその現象が、自分の知らないシークの一面を暗示しているように思われる。 
ただ同時に、それはむしろシークという人物に似つかわしい、という不思議な印象も、リンクの 
心には浮かんでいた。 
 
 
To be continued.  
 

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