オアシスのほとりを照らしていた火は、夜も更けないうちに勢いを減じてしまった。焚きつけと 
した木の枝が著しく乾燥していたため、燃え尽きるのも早かったのである。 
 集められるだけの枝はすでに集めきったあとであり、他の可燃物の補給も望めない。一方、 
気温は着実に低下してゆく。 
 ここに居続けるわけにはいかない、と判断したシークは、『副官』にその旨を告げ、連れ立って 
神殿に入った。開かれた扉を通して外気と連続しているにもかかわらず、大広間の空気は── 
建物を構成している石材の保温性が良好であるせいか──ほどよく暖かで、寒を避けるには 
充分だった。ただし光はなかった。シークは携帯していた蝋燭に火をつけ、ささやかながらも 
行動に困らない程度の明るみを確保した。 
 二人は階段に腰を下ろし、時が過ぎるのを待った。『副官』は依然として黙しがちだった。 
内心が察せられたので、シークも強いて話しかけることをせず、場を占めたのはもっぱら沈黙だった。 
 その沈黙は、やがて沈黙ではなくなった。 
 神殿の奥から、かすかに女の喘ぎ声が聞こえてきたのである。 
 胸がちくりと痛んだ。それが思いを誘発した。 
 もう惑わないと決めたことだというのに。 
 誰に対しても常に真剣なリンクだからこそ、接する相手は幸福を得る。そんなリンクの本質を 
否定してはならない。賢者の覚醒という意義ある場面とあってはなおさらだ。 
 それに…… 
 僕の気持ちをリンクに向けさせていたのは、僕の中にひそんでいたラウルだった。覚醒する際、 
リンクとの交わりが必要になるのを見越して、僕の心理を誘導したのだ。そのラウルが半覚醒した 
以上、僕に惑いが──もっと端的に言えば、嫉妬が──生じる必然性などないはずだ。実際、 
いまの僕は、リンクへの直接的な欲求を持ってはいない。 
 が…… 
 何かが引っかかる。理屈だけでは消せない何かがある。 
 何なのだろう。 
 ラウルではない、あの「何者か」が関係していることなのか? 
『待て』 
 この件はしばらく措いておけ──とケポラ・ゲボラは言った。すべてが解明される時は遠からず 
来る。いま考えても詮ないこと。 
 おのれを抑制する。そこで注意を引かれた。『副官』が通路の入口に目をやっていた。声のする 
方向である。その素振りに自分との共通点を感じ、シークはそっと言葉をかけた。 
「気になるのか?」 
「え?」 
『副官』が弾かれたようにふり返った。話しかけられるとは思っていなかったのだろう、不意を 
衝かれた様子である。 
「何が?」 
 反問する『副官』に、婉曲な表現で応じる。 
「ナボールが、君以外の、しかも男と二人でいることが」 
「別に」 
 答はすぐに返ってきた。強がるふうでもなく、正直な意見とみえた。 
「姐さんが男とするのなんて、前から普通にあったことさ。いちいち気になんかしないよ。 
姐さんだって、あたしが男とまぐわうのに文句をつけたりはしないしね」 
 確かにそうだ。先刻のナボールは、『副官』が僕やリンクと関係していることを笑い話にして 
いたくらいだ。 
「女同士の絡みもいいもんだけど、男のよさってのは、また別物なんだ。女はどうしたって男の 
代わりにゃなりきれない。何よりいまの姐さんは、賢者として目覚めるための大事な境目にいる 
わけで、あたしがとやかく言う筋合いじゃないさ。ただ……」  
 
『副官』は言葉を切った。 
 奥から聞こえる喘ぎは徐々に切迫感を強めている。ナボールがリンクによって多大な喜悦を 
味わわされているのは明らかだった。 
 ややあって、『副官』がゆっくりと言い始める。 
「ただ……いつも攻めだった姐さんが、男相手に受けに回ってるみたいなのが、何だか変な 
感じで……」 
 敬愛するナボールが男に屈服している状況を容易には飲み下せないのか──と推量してみたが、 
さまでの深刻さもなく、『副官』は快活な口調となった。 
「でも、ま、あたしだってあんたに抱かれて男のほんとのよさを知ったんだ。姐さんが同じ経験を 
したって何も問題はないし、むしろ、ぜひ経験して欲しいと思うよ。ことに相手がリンク 
だってんなら、納得も納得、大納得さ」 
 敢えて端的に訊いてみる。 
「リンクはそれほど上手なのか?」 
「うーん……」 
 迷い顔を呈したのち、しんみりとした調子で、『副官』は続けた。 
「上手──ってのとは、ちょっと違うね。うまさならあんたの方がずっと上だよ。ただ、リンクの 
セックスは……何て言ったらいいか……ひたむきなんだ。つまされるっていうか、こっちも元気を 
分けてもらえるっていうか……そんな感じなのさ。姐さんもリンクに抱かれたら、きっと同じことを 
感じるだろうし……幸せな気持ちにもなれるだろう──って思う」 
 やはりそうなのか──と、シークは心の中で呟いた。リンクとの交わりが女性に何をもたらすかは、 
すでに理解できていたつもりだったが、心からとみられる『副官』の言は、改めてシークにそれを 
深く実感させた。 
「とはいっても、ね」 
 再び『副官』の口調が明るくなった。 
「話は戻るけど、姐さんとリンクがそういうふうになったところで、あたしはちっとも気に 
ならないよ」 
「……そこまで思い切れるのか?」 
「うん」 
「どうして?」 
「だって姐さんが他の誰と何をしようと、あたしとの繋がりの強さは変わらないもの」 
 どきりとする。 
 他の誰と何をしようと、繋がりの強さは変わらない。 
 これは……僕が前から何度となく自分に言い聞かせてきたことで……いや、自分に関してでは 
ないのだが、リンクとゼルダを繋ぐ、あの「何か」が── 
「だから」 
 継がれる台詞が注意を引く。 
「仮にあんたが姐さんと抱き合ったって、あたしは一向にかまわないんだ」 
 言ってから、『副官』が目を見張った。あくまで例として述べたに過ぎない文言が、自身を 
刺激したようだった。 
「それって……いいかも……」  
 
 にわかに生じた思いつきを胸中で吟味しているのだろう、いったん発言は断片的となった。が、 
すぐに意思は固まったとみえ、熱のこもった言葉が『副官』の口から連なり出始めた。 
「あんたと姐さんは力を合わせて戦った間柄なんだし、そうなっても全然おかしくないよな。 
それにあたしの好きな二人がそんなふうに仲よくしてくれるんなら、あたしだって嬉しい上にも 
嬉しいよ」 
 声が熱意を増してゆく。 
「そうだ、どうせなら三人で──じゃない、リンクも入れて、四人で一緒にしっぽりといこうじゃ 
ないか。あたしたちはみんな心を一つにした仲間なんだから、差し支えはないだろ? おさらば 
しなくちゃならない姐さんへも、何よりのはなむけになるしさ」 
 さすがに驚きと苦笑を禁じ得ない。ゲルド族としては自然であっても、世間一般には通用しない、 
奔放きわまりない発想だ。 
 以前、リンクを含めた三人での交歓を『副官』から提案された時、僕は迷わず同意した。ただし 
それは、当時の僕がリンクへの欲求を持っていたからで、その志向を欠くいまの僕が、四人での 
セックスに応じるいわれはない…… 
『いや、そうでもない』 
 と考え直す。 
 些末な点に拘泥しないゲルド流の大らかさを、僕は見習うべきだろう。 
 リンクと女性の関わりを思う際、いつもついてまわる引っかかり。 
 いっそのこと、リンクが女性とどのように接しているかを目の当たりにしてしまえば、すっきり 
するかもしれない。 
 加えてアンジュの例がある。かつて三年間の修行を終えてカカリコ村に戻った僕は、再会した 
アンジュに対して、変に屈折的な感情を抱いていた。リンクとの仲を勘繰ったためのその感情を、 
僕はアンジュと抱き合った末、穏当に昇華できた。 
 リンクが接する女性に自分も接することによって、いまなお僕が感じている引っかかりは 
解消できるのではないか。しかも、それをリンクとともに行うことで、僕とリンクの一体的な 
関係が、なおさら深みを増すようにも思われる。 
「いいだろう」 
 と返事をする。 
 ぱっと顔を輝かせた『副官』は、しかし続けて渋い面持ちとなった。 
「だけどリンクが納得するかねえ。あいつは前も誘いに乗ってこなかったし……」 
「納得するさ」 
 リンクが躊躇していたのは僕との接触だ。それを抜きにすればリンクとて否やはないはず。 
「あとで訊いたら、リンクも君を抱きたいと言っていた」 
「そうかい? じゃあ──」 
 表情に喜色を戻した『副官』が、通路の方へと目を移した。ナボールの喘ぎは音量を上げ、 
ますます悩ましげな雰囲気を醸し出している。 
「あっちがひと区切りつくには、まだしばらくかかりそうだね」 
『副官』は肩をすくめ、次に上目遣いで視線を送ってきた。 
「区切りがつくまで……さ……」 
 小柄な身体が寄りかかってくる。 
「……こっちも……」 
 手が股間に触れかかる。 
 そこが勃起しているのを、すでにシークは自覚していた。声とともに神殿の奥から漂ってくる 
淫猥な気配と、二人より多い人数でのセックスという未体験の観念が、否応なくその部分を 
高ぶらせていたのだった。 
 シークは『副官』の肩を抱き、首筋に唇を這わせていった。懸念を消し去ることのできる機会が 
目前とあってか、自分でも意外なほどの解放感が心に宿り、高ぶりを抑えきれなくなっていたのである。  
 
 ちりぢりになっていた意識の断片が、ひとつ、またひとつと継ぎ合わされてゆく過程の中で、 
ナボールはただ、おのれが浸る無上の安息のみを、忘我の境地で味わっていた。やがて意識が 
原形に復し、自らの置かれた状況を再び正しく把握できるようになっても、心身を満たす平安は 
なくならなかった。 
 身体は布の上に横たわっている。傍らではリンクが仰向けとなっており、その逞しい胸に、 
ナボールの顔は寄り添っていた。背から肩にかけては、リンクの左腕が、優しく、しかし緊密に 
巻きついている。 
 男に──しかも自分より年下の男に──無条件で身を預けているという、ゲルドの女には本来 
ありえない状態が、この上なく幸せと感じられた。何のこだわりも生じなかった。 
 ふと想起する。 
 昔、ガノンドロフに犯されるさまを想像して、自慰に及んだことがあった。 
 いまとなってみれば、あの時のあたしは阿呆としか思えない。 
 確かにガノンドロフには、女を惹きつける魔的な力がある。あれだけ仲間の女たちにかしずかれる 
のだから、性技にだって長けているに違いない。だが、たとえあたしがまかり間違ってガノンドロフに 
抱かれるはめになったとしても、こんなに清澄な悦びは得られなかっただろう。いや、決して 
得られなかったと断言できる。 
 悦びはなおも続いていた。性器の結合はかなり前に解かれていたが、なおも体内には、リンクの 
温かみが、活力が、情熱が、確然と残っているのだった。 
『そういえば……』 
 リンクとの交わりによって、あたしは『魂の賢者』としての目覚めを迎えたはず。 
 どのあたりが目覚めたのだろう。 
 よくわからない。実感が湧かない。目覚めていることを自分では感じ取れないものなのか。 
あるいは、あたしを支配しているこの悦びこそが、賢者の証なのだろうか。 
 思いは漂うままである。身体を動かす気にもなれなかった。それほど手放しがたい悦びなのだった。 
ずっと堪能していたかった。 
『でも……』 
 堪能するだけでは物足りない。この悦びを表現したい。リンクに気持ちを伝えたい。 
 どう表現すればいいのだろう。どう伝えればいいのだろう。 
 どんなに言葉を尽くしても、言い表すことはできそうにない。 
 あたしに言えるのは、このひと言だけ。 
「……嬉しい……」 
 自分らしくもない──と、口に出したあとで思った。頬が火照るのがわかった。 
 羞恥を和らげてくれたのは、肩にかかるリンクの手だった。少しく強まったその圧力が、 
あられもなく漏らした心底に対する、リンクの真摯な反応と察せられ、ナボールの胸はほのかに 
温まった。 
 気を励まされて表情をうかがう。 
 見る者を安んじさせずにはおかない、実に素直な微笑みが、そこにはたゆたっており、 
半ば開いた目は、微笑みにこめられた意を、なお明らかにするような、柔らかい光を湛えていた。 
 ナボールは自らも微笑みを送った。顔を寄せ、軽く唇を合わせた。そして再びリンクの胸へと 
頭を戻し、いましばらくの安寧を享受すべく、心と身体の力を抜いた。  
 
 さほど経たないうちに、注意を呼び起こされた。 
 かすかに女の喘ぎ声が聞こえてきたのである。 
 その意味を、ナボールはすぐに理解した。 
 神殿のどこかで『副官』とシークがよろしくやっているのだ。向こうの声が聞こえるのだから、 
こちらの声も向こうに届いていたはず。それに煽られたのかもしれない。 
 思う間にも声は高まり、ついには絶叫と呼んでいいくらいの音響となった。 
 なかなかいい泣きっぷりだ。あたしに抱かれる時だって、めったにあんなには乱れない。 
よほどシークがいいのだろう。 
 ナボールの胸は波立った。嫉妬を覚えたのではない。そこまで『副官』が夢中になる、 
シークという人物への興味が、ふつふつと湧き上がってきたのである。 
 一見しただけだと、ただのなまっちろい色男だが、リンクとともに重い使命を負うだけあって、 
なかなか根性は据わっている。戦いぶりもみごとなものだった。 
 そんなシークが、女に関してはどれほどの腕を持っているのか。 
 さっき『副官』と二人で過ごした時、シークとのなれそめについては、ざっと聞き出している。 
けれども突っこんだ点まで聞く暇はなかった。詳しいことはわかっていない。 
 つき合いの長い『副官』が、どんな態度で男に屈服しているのかも、興味の対象だった。 
リンクに屈服した自分が思うのもおかしな話だけど──と自嘲しながら、ナボールはさらに思いを 
移した。『副官』については期する点があり、それがナボールを真面目な気持ちにさせ、一方では 
煽り立てもするのだった。 
 リンクとの静かな時間は終わりつつあった。が、リンクによってもたらされた悦びが、さらなる 
悦びを引き寄せようとしているのである。その機会を逸する気にはなれなかった。 
「なあ」 
 ささやきかける。 
「あんたにも聞こえてるだろ?」 
「……うん……」 
 消え入るような声が返ってくる。 
「あっちで何が起こってるのか、わかるよな?」 
「……うん……まあ……」 
 煮え切らない言い方──といぶかしんで目をやると、さっきまで温雅な微笑みに彩られていた 
顔が、いまは妙にこわばっている。どぎまぎしている様子だ。その落差が微笑ましく、また、 
かわいらしくも感じられた。 
「あの二人がどうしてるのか、気にならないか?」 
「……なるといえば……なるよ」 
 満更でもないようだ──と判断し、ナボールは実行に向けての言葉を口にした。 
「見に行こうや」  
 
 リンクは驚いた。全く予期しない発言だった。 
「それは、ちょっと……」 
 確かにシークと『副官』の様子は気になるが、その行為を見物するというのは、いくら何でも── 
「覗きは趣味が悪いってかい? なら合流しようか」 
「えッ!?」 
 さらに喫驚する。 
「それって……四人で……するってこと?」 
「そうともさ」 
 記憶がよみがえる。 
 先に『副官』から、シークをまじえた三人でのセックスに誘われたことがあった。あの時は 
男同志が接触する状態となる点に抵抗を禁じ得なかった。しかし── 
「四人が顔をつき合わせるんなら覗きにはならない。だろ?」 
「あ、ああ……そうだね……」 
 ──ぼくとシークの交わりは、もう起こらないことなのだから、抵抗を覚える必要はない 
わけで── 
「じゃあ承知かい?」 
「う……あ……その……」 
 ──そうすると前に経験した男一人に女二人という状況とあまり違いはないのだけれど、 
そこにシークがどう関わってくるかと考えると── 
「どうなのさ?」 
「どうって……あの……ええと……」 
 ──とてつもなく凄い場面が想像されて、いや、想像できないほどの行為が展開されそうで、 
どきどきしてしまう反面、そんなことをしていいのかと── 
「ああもう! はっきりしないねえ!」 
 ナボールがやにわに上半身を起こし、荒っぽい声を出した。 
「さっきはあんなに男だったのに、いまはどうして──ん?」 
 不意に黙りこむナボール。声のしていた方を見ている。「していた」方である。いつの間にか 
声は途絶えていたのだった。 
「どうやらあっちの方は終わったみたいだね」 
 ナボールがにんまりと笑う。 
「これで次に進めるってこった。あんたもその気がないわけじゃないだろ? 正直になりなよ」 
 何だか──ツインローバじゃないが──心を読まれているようだ。正直になれって? なって 
いいものなのか? あまりに急な成りゆきで考えがまとまらない…… 
 通路の先で気配がした。 
 即座に上体を起こし、正体を探りにかかる。ナボールもそちらを注視している。待つほどもなく、 
小さな光の接近が感知された。ひたひたと物音も聞こえる。 
 足音。二人分。 
 気配を感じた時点で予想はしていた。やがて目の前に予想どおりの二人が現れた。ただし二人の 
格好は予想外だった。予想しておくべきことだったのだが。 
 シークと『副官』は──シークの方は火のついた蝋燭とともに──それぞれの衣服を手にしていた。 
つまり二人は全裸だったのである。  
 
「なんだ、来たのか。こっちから行こうと思ってたところだったのに」 
「姐さんもそのつもりだったのかい? 気が合うってのはこのことだねえ」 
 ナボールと『副官』が言葉を交わす。全く不自然なところがない。シークもまた、着衣の時と 
変わらない、静かな態度で立っている。 
「姐さんとシークには、ぜひ仲よくなってもらいたいんだ。シークはその気だよ」 
「そりゃ光栄だねえ」 
 大げさな台詞を吐きながら、顔には無邪気ともいえる笑みを浮かべ、ナボールがすわった 
位置からシークを見上げる。 
「こういう格好でご対面てのも何だけど、細かいことは抜きでいこうや。あんたのことは 
気に入ってる。もっとよく知りたいと思ってたんだ」 
 シークは無言のまま、穏やかに微笑し、やや首を傾けて、挨拶するように頷いた。 
 整然と進行してゆく事態を、リンクはものも言えず見守るばかりだった。 
 予告もなく加わってきたシークと『副官』。しかも裸で。 
 いや、裸であること自体は特に衝撃でもない。『副官』の裸は前にじっくりと見る機会が 
あったし、シークの場合も──複雑な事情が付帯しているとはいえ──いまさら裸を見るだけで 
動揺したりはしない。 
 ところが現状はそれにとどまらず、大して広くもない空間に四つの裸が集まって、一緒に何かを 
しようとしているわけで── 
 何だって? 『四つ』? 『一緒に』? 
 四人の中に自分が入っていて、その何かを一緒にしようとしていると認めるのかぼくは? 
 困惑したまま坐していると、隣に『副官』がすわりこんだ。ナボールと同様、髪を解いている。 
シークと睦み合った際の処置であることは明白だ。 
「あんたとこうなるのは、しばらくぶりだね。砦じゃつれない素振りだったけど、今度は 
逃がさないよ」 
「あ……うん……」 
 積極性をあらわにした『副官』の語りかけに、無意識的な返答をしてしまう。『副官』が 
にっこりと笑う。肯定と受け取ったのだろう。そう取られてもしかたがない。でもちょっと 
待ってくれ。このまま流れに呑まれてしまうというのはぼくとしては── 
「あん!」 
『副官』が小さな悲鳴をあげた。ナボールに腕を引っぱられたのだ。 
「男どもは行き着いたばかりで、まだ役に立たないだろ。先にあたしの相手をしとくれ」 
 有無を言わせない態度で『副官』を抱き寄せるナボール。ぼくという目標から引き離された 
『副官』は、しかし不満の色も見せず、嬉々としてナボールに身を任せる。 
 攻守の地位を反映しつつ、二人はねっとりとした抱擁と口接に移っていった。  
 
 当面の行動を免れ、ほっとしたような、何となく物足らないような気分でいるところへ、今度は 
シークが腰を下ろしてきた。 
「これってどういうことなんだ?」 
 小声で訊ねる。 
「見てのとおりさ」 
 同じく小声で答が返される。煙に巻くとしか表現できないその返事を、それでも不親切と 
思ったか、続けてシークは言葉を継いだ。 
「僕たち四人は心を一つにした仲間だ。こういうつき合いも自然なことなんだ。別れを目前にした 
ナボールへのはなむけにもなる」 
 淡々と述べたあと、 
「──とは『副官』の言だがね。僕もこれには同意する。だから来た」 
 きっぱりと言い切るシーク。 
 筋は通っている。文句がつけられない。シークの意志も固いようだ。こちらに向けられた視線の 
強さがそれを物語っている。が…… 
 視線があまりにも強くはないか? いま言った以上の動機がシークにはあるのでは? 
ひょっとするとそれは── 
「心配しないでいい」 
 機先を制された。 
「前に言ったとおり、君と直接どうこうするつもりはないから」 
 安堵する。同時に疑問が湧いてくる。 
 とすると、シークの動機というのは── 
 疑問はかき消された。絡み合っていたナボールと『副官』が言葉のやりとりを始め、それに 
関心を持たずにはいられなかったのである。 
 ナボールが『副官』を下に敷き、頭から局部までの一帯を念入りに愛撫しながら、落ち着いた 
声で問いを発する。『副官』の方は、絶え間ない喘ぎを挟みつつも、ひとつひとつ問いに答えてゆく。 
「あっちでシークとやってたんだろ?」 
「……うん……あッ……あぁ……」 
「よかったかい?」 
「……よかっ……た……うッ……とっ……ても……」 
「あたしとどっちがいい?」 
「……ん……どっちも……いい……」 
「どっちもだなんて、ごまかす気かい?」 
「……あん……そんな……は……ぁ……」 
「どっちがいいのか、はっきり言ってごらん」 
「……うぅッ……言えない……よ……」 
「あたしに言えないってことは、シークの方がいいんだね?」 
「……そう……じゃ……んん……ない……」 
「どういうことさ?」 
「……男と……お……女じゃ……んぁッ……違う……」 
「何が違うんだい?」 
「……よさが……あッ……違うんだ……比べ……られない……」 
「ふん……」 
 そこでナボールは問いを打ち切り、考えこむような顔つきとなった。 
 二人の女が密着したまま蠢くさまは、意思とは関係なく、リンクの体内に熱を生じさせていた。 
とともに一連の問答が、存外な印象をリンクにもたらした。 
 言葉だけだと、ナボールが『副官』を意地悪く責め立てているふうだが、実際は異なる。 
ナボールの口調には、からかうというか、反面、試すというか、あくまで親密かつ真面目な思いが 
反映されていると思えるのだ。一方『副官』は、ナボールにすべてを許しながらも、盲目的に 
従属するのではなく、主張は主張として譲ろうとしない。 
 淫らな行為の中にも、真剣な感情の交換が、二人の間では行われているのだった。 
 ナボールが再び口を開いた。 
「わかるよ。あたしもリンクに抱かれて、同じようなことを思ったからね」 
 優しい笑みを投げかけ、ナボールは身の下の『副官』を抱きしめた。『副官』の腕もナボールの 
背にまわる。 
「じゃあ、女のよさを、お互い、たんと楽しもうじゃないか」 
「うん……」  
 
 二つの女体が一体となった。舌と舌とが激しく結び合わされる。手と手がしっかりと握り 
合わされる。乳房と乳房が形をゆがめて押し合わされる。秘部と秘部とがぬとぬとと粘液質の音を 
たててこすり合わされる。 
 口を塞がれた『副官』は喉の奥に呻きを溜めこみ、時たまナボールの顔が離れると、 
デスマウンテンの噴火のごとく、意味不明の叫喚を爆発させる。身体は終始のたうち続ける。 
ナボールが上で押さえになっていなければ、壁や床をぶち抜いていたかもしれない、と思われる 
ほどの乱れようだ。ナボールも攻め手の立場を保ちながら、その声と表情には隠しようのない 
愉悦がほとばしっている。 
 リンクは二人の交合から目を離せなかった。 
 女と女の交わりはゲルドの砦で見たことがある。しかし眼前の光景は、あれとは段違いの迫力だ。 
 少なくとも『副官』についてだと、この熱狂ぶりは、ぼくと交わった時のそれを明らかに 
上まわっている。シークとはどうだか知らないが、さっき聞こえた声よりは、いまの声の方が 
いっそう激しい。 
 女同志というのはそんなにいいものなのか。 
 男には決してわからないことなのかもしれない。女の感覚をほんとうに知るのは女だけで、 
その感覚を最上のやり方で刺激し、研磨し、純化することができるのも、やはり女だけなのだろう。 
 男同士の場合について、シークとの交わりの際、ぼくは似たような感想を持ったものだけれど、 
女同士の悦びは、それとは次元がかけ離れているように思われてならない。なぜなら女と女は 
最も気持ちのいい部分をじかに接し合わせることができるからで、そう、ちょうどナボールと 
『副官』がしているように、密な上にも密に局部をくっつけ合うことができるからで、そこに 
生まれる快感の凄さを男のぼくは想像すらできない。 
 こうなると男である点に劣等感さえ覚えそうになるが、そうじゃない、さっきの問答でも 
言われていたじゃないか、男のよさと女のよさは違うんだ、男は男にしかできないやり方で女を 
満足させられる、男しか持っていないこれで── 
 股間がぎんぎんといきり立つのを感じる。思わず手で握ってしまう。そのまましごきたてたく 
なるものの、だめだ、もしこんなところでいってしまったら、あとが── 
 あと? あとで何をしようと? ここでいったら困るようなことをぼくはあとでしたいと思って 
いるのか? 
 自分自身の思考をつかみきれない。そんな惑いに振りまわされているところへ聞こえてきたのは 
大きなため息である。 
 シークが漏らしたのだ。 
 横を見る。いつもの冷静な表情──のようで実はそうでもない。二人の女に目が釘づけと 
なっている。瞬きもしない。 
 シークらしからぬ没頭ぶり、と意表を突かれる。視線に気づいたか、シークがこちらを向いた。 
一瞬、恥ずかしそうな、気まずそうな翳りが面を走り、口元に移って苦笑となった。 
「女性同士の行為を見るのは初めてなんでね。つい引きこまれてしまった」 
 これも意外。いかにも経験を積んでいそうなシークなのに…… 
 いや、考えてみれば意外でもない。女同士がセックスする場面など、そう簡単に遭遇できる 
ものじゃない。それこそぼくのようにゲルド女の集団と相対する機会でもない限りは── 
 待てよ、そう言うからには、シークは複数の女性を相手にした経験がないのか。その点はぼくに 
一日の長がある。いまみたいに四人でいるのもシークにとっては初めてというわけで── 
 ふとシークの股間に目がいく。勃起している。欲情している。ぼくと同じなんだ。同じだけれど 
シークはそれを握ってはいない。我慢している。ぼくも我慢しないと。シークより経験のある 
ぼくの方がこういう状況でどうしたらいいかはよく知っているはずで、我慢すべき時は我慢して 
その時になったら── 
 だからその時というのは何なんだ。すっかりやる気になっているじゃないかぼくは。それで 
いいのか? いいのか? いいだろうか? いいんじゃないか──? 
「んあッ! んあぁッ! んおぉぉぉあああああッッ!!」 
『副官』の声が一段と高ぶる。それに注意を引っぱられる。 
 顔をくしゃくしゃにゆがめて感泣する『副官』。ナボールも息を荒げながら腰の動きを 
速くしたり遅くしたりと攻めの調整に余念がない。頃合いを計っているのだろう。 
 間もなく頃合いはやってきた。激しい体動を震えに変えた『副官』が身をのけぞらせて 
わめき出す。摩擦の速度を最大にして尻を振りたてるナボール。両者の激情がぶつかり合い、 
せめぎ合い、絡まり合ったその果てに、二人は時を同じくして声を止め、動きを止め、呼吸すらも 
止めて一個の像と化し、やがて再び生の肉体となって静かに重なった。  
 
 幕間は長くは続かなかった。 
 お呼びがかかるか、とのリンクの危惧──あるいは期待──をよそに、二人の女は飽くなき 
欲望を二人の世界の内で発散させ続けた。 
 絶頂後の余韻に浸る間も惜しいとでも言うかのように、ナボールは放置されていた張形を手早く 
腰に装着し、仰向けの『副官』にのしかかるや、黒光りする突出部を、委細かまわず膣内に 
挿入していったのである。 
 自分の物よりもひとまわりは大きい人工のペニスが、恥液にあふれた秘裂を出入りする。 
その操作が『副官』に大きな悦楽を与えていることは、リンクにもはっきりと認識できた。 
 見入ってしまう。息を呑んで。 
 おそらくシークも同様だろう。が、すぐ隣にいるシークの様子をうかがう気にもなれないほど、 
ぼくの意識は目の前の行為に絡め取られてしまっている。 
 張形による女同士の交わりもゲルドの砦で目にしたが、あの時は遠くから眺めただけだった。 
いまのこれとは迫真性の点で比較にならない。さっき見せつけられた痴態と同じように── 
 いや、同じじゃない。さっきは二人の「女」が抱き合っていた。いまは違う。いまのナボールは 
「男」だ。現実の男と変わらないことをナボールはやっている。 
 女同士だとこういうこともできるんだ。女だって「男」になれるんだ。男は男にしかできない 
やり方で女を満足させられるとさっきは思ったけれど、それは女にもできるやり方だったわけで、 
つまり男の出る幕はないということになってしまうじゃないか、じゃあぼくは、ぼくとシークは、 
何のためにここにいるんだ、「男」のナボールに夢中の『副官』を馬鹿みたいに見ていることしか 
できないのか、『副官』は張形で充分感じているからもうぼくたちの出番はないと── 
 いやいやいや、それはおかしい、いくらナボールが相手とはいえ『副官』がこれで充分だと思う 
はずがないんだ、『副官』が──それにナボールもだが──ぼくと抱き合った時に表した感激は 
真実のものだった、シークだって『副官』に同じ感激をもたらしたに違いない、事実『副官』は 
張形でのセックスのことを── 
(それなりだね。ほんとの男の方がずっといいと、あたしは思うよ) 
 ──と言ってたんだぞ、女と女の接触ならまだしも、「男」と女の接触がほんとうの男と女の 
接触にまさるわけがない、それを証明したい、思い知らせてやりたい、彼女らにも自分にも 
徹底させたい── 
 ──などと考えるぼくは完全にその気になっている、そうしなければならないとまで思って 
しまっている、それでいい、かまわない、四人だろうが何だろうが関係ない、一刻も早くこの身を 
快楽に没入させたい、なのにいつまで待たせるんだ、いつまで続くんだこの女二人の結び合いは?  
 
 おのれの前面に突隆した巨茎を、すすり泣くがごとく喘ぎ続ける『副官』の肉洞内で、 
ナボールはゆっくりと往復させた。上体を立て、腕で『副官』の両脚を抱え上げて、見物人が 
結合部を容易に観察できるよう心がけた。 
 その見物人は──と横目で見やりながら、ナボールは心の中でほくそ笑んだ。 
 二人ともすっかり魅せられている。ペニスはすっかり硬直を取り戻し、先走りの液が亀頭を 
光らせている。シークの方はそれでも勿体ぶった表情を崩していないが、リンクは目を見開き、 
口も半開きで、欲情しているのがまるわかりの顔だ。 
『副官』との交わりを見せつけることで、いったん行き着いた男どもを復活させるという目論見。 
それはうまくいった。煮え切らない態度だったリンクをその気にさせることもできたようだ。 
『けど……』 
 もっと大事な目的がある。 
 ナボールは『副官』に意識を戻し、刺突の速度を少しく上げた。 
 永遠の別れを迎える前に、できる限りのやり方でこの娘と愛し合っておきたい。 
 先ほど二人で過ごした時、すでに身体は重ねた。いまのように「男」になって愛しもした。が、 
七年の空白を埋めるには、まだまだ足りない。 
 悩乱の叫びをあげる『副官』に、さらなる快感を与えてやろうと腰の動きに緩急をつけつつ、 
ナボールは真剣な思いを抱いていた。 
 この娘には、ぜひとも伝えておかなければならない。 
 ゲルド族全体のリーダーという地位に立つのであれば、セックスの面でも心得ておくべきことが 
あるのだ。 
 小さい頃から金魚の糞のようにあたしのあとをついてきたこの娘だが、いまはもう、あたしに 
従属してはいない。さっきは、あたしに攻められてメロメロになりながら、あたしを無条件で 
賛美したりはせず──シークとリンクによって男の真髄を知ったせいだろう──男と女のよさは 
違うと言い通した。部族外の人々と協調していかねばならないこれからのゲルド族には 
必要不可欠な認識だ。それを理解している点、この娘はリーダーとして適格といえる。 
 しかしそこで問題になるのは…… 
 
『副官』の声が不規則に乱れ、悶えていた肢体が硬直の気配を示し始めた。挿入からさほども 
経っていないのに、もう絶頂を迎えようとしているのだ。 
 一度いったら、あとは何度も達しがちになるのがこの娘の癖──とひそかに微笑んだナボールは、 
突きに勢いを加え、自らの快感をも倍増させにかかった。 
 張形の突出部の裏側には小さな隆起があり、膣口と陰核を圧迫する形になっている。相手を 
突いて悦ばせることで、攻める側も悦びを得られるのだ。 
 とはいえ──とナボールは思う。 
 男がペニスで女を突く時の感覚とは全然違うだろうし、得られる快感も男のそれにはとうてい 
及ぶまい。女である自分には決してわからないことだが…… 
 ほどなく『副官』は登り詰めた。が、ナボールは惜しくもそこまでには至らなかった。 
 所詮、張形は張形。攻め手に「男」としての真の悦びはもたらしてくれない。 
 そして、それは受け手にとっても同じであって……  
 
 弛緩した『副官』の身体に、しばし手で愛撫を施したのち、ナボールは、陰門に埋めこんでいた 
張形を引き出し、自らの腰からも解きはずした。 
 リンクとシークは股間を臨戦態勢にして、じっとこちらを見つめている。出陣の合図をいまか 
いまかと待ちかまえているようだ。が…… 
 もうしばらく我慢してもらわなければならない。 
 坐して待つうち、『副官』がゆるゆると身を起こし、陶酔に潤んだ眼差しを送ってきた。 
ナボールは張形を突きつけることで、敢えてその陶酔を破った。 
「今度はあんたが使ってみな」 
『副官』は返事をしなかった。ぼんやりとしているだけである。 
 自分の知る限り、この娘は張形で「男」になった経験がほとんどない。戸惑うのも無理はないが、 
しかし…… 
「……あたしが?」 
 ようやく口が開かれた。 
「ああ」 
「姐さんを?」 
「そうさ」 
 顔が驚きを満たしてゆく。ありうべからざることと言い立てている。 
 ナボールは説きにかかった。 
「あんたはもっぱら受けだったが、これからはそうもいかない。仲間を束ねていくためには、 
攻めの立場にも慣れてなきゃならないんだ」 
「……それは……そうかもしれないけど……でも──」 
「いいかい」 
 迷いを払うように言葉をかぶせる。 
「あんたはもう、あたしの『副官』じゃあない。あんた自身として、やっていくんだ」 
 手にしたものを押しつける。 
「さあ、あたしを乗り越えて行きな」 
 押しつけられるままに受け取ったものを、やり場もなく保持していた『副官』だったが、やがて 
その目に意思が宿り、首はこくりと縦に振られた。 
 覚束ない手つきでそれを身につけたのち、生じた「男」を握りしめた『副官』が、緊張に顔を 
こわばらせ、膝立ちの格好でにじり寄ってくる。ナボールはすわった姿勢のまま、脇に両手を 
ついて体重を支え、上半身を後ろに傾けた。合わせて脚を大きく開き、生じたすき間に相手を招く。 
近づける所まで近づいた『副官』は、ごくりと唾を呑みこんでから、先端を中心に触れさせてきた。 
そこで動きが止まった。 
 ほんとにいいの?──と目が言っている。 
 いいのさ──と目で答える。 
 それでも惑いが去らなかった『副官』の表情は、しかし次の瞬間、激しい衝動に塗り替えられた。 
いきなり力が加わってきた。一気に奥まで貫かれる衝撃を全身で鮮烈に感じ取りながら、 
ナボールは浴びせられた身体を抱きとめ、後方に倒れて仰向けとなった。 
 じん──と脳天まで走り来る快感が思考を痺れさせる。 
 痺れはしても、失われはしない。 
 こういうふうに受けるのは久しぶりだが、この張形というやつ…… 
 攻め手にとってそうであるように、受け手にとっても、やはり実際の男には及ばない。リンクを 
知ったいまではよくわかる。あの生き生きとした感触、体温、脈動が伝わってこないのだ。 
さっき張形で達したこの娘だって、ほんとうは同じように思ったはず。 
 ただ、だからといって無用とは切り捨てられない。決して萎えない点は誰もが認めるであろう 
長所。女が「男」となって攻める、あるいは「男」となった女に攻められるという倒錯的な感覚も、 
また捨てがたい。 
 何より、ゲルドの女が互いの関係を深める上で、なくてはならない道具だ。いくら部族外の 
人々との交流が進んでも、これがゲルド族の生活から失われることはあるまい。 
 使いこなしていかなければならないのだ、この娘は。  
 
 挿入後、じっと身を硬くしていた『副官』が、ためらいがちに腰を動かし始める。代用品では 
あっても、膣壁の摩擦は確実に快美を生む。それが愛する者によってなされているという事実が、 
なおさら深く心を打つ。 
 穏和な刺激が作り出す、ほのぼのとした安楽に身を任せる間にも、肉体の方は限度なく、 
さらなる快を要求する。 
 腰の前後運動に集中するあまり、他の行為を並行させる余裕が、『副官』にはないようだった。 
こちらの腕と胴に囲われた上半身は、ただそこにあるだけという状態で、眼前にある乳房に 
手も這わせてこない。実際、『副官』の目はきつく閉じられ、見えるはずのものも見ていなかった。 
 必死の想いを浮き彫りにしたその顔に向け、 
「上手だよ」 
 と真実を、続けて励ましをささやきかける。 
「もっといっぱい、やっとくれ」 
 はっと目が開かれる。頼りなげにゆがんだ顔が、ふとかすかな笑みを得て、 
「姐さん……」 
 再び意思をあらわにする。腰の動きが速められる。どんどん、どんどん、強くなる。 
「……ぁ……あぁ……ああッ……ぅあッ!」 
 自然に声が出てしまう。抑えようもなく。抑えるつもりもなく。 
 その声が高揚を呼ぶのか、『副官』の突きはますます激しくなった。リンクとシークがそばに 
いることなど忘れ果てたような一心さだった。 
 ナボールも二人の存在を忘れかけていた。それほど興奮していた。興奮させられていた。体内を 
烈々と削りたてるのが人工の物体であることなど、全く気にならなくなっていた。そんな些事を 
超越して余りある至情が、腕の中にある相手から脈々と伝播してくるからだった。 
 急速に上昇してゆく体感を、無心に愉しみ、いとおしむうち、『副官』が弾む息の下から 
きれぎれに言葉を漏らし出す。 
「どう?……あたし……うまく……やってる?……」 
 応じる言葉もきれぎれとなる。 
「……ああ……うまいよ……とても……いい……」 
「ほんと?……姐さん……あたし……なんかで……」 
「……ほんとさ……あんたは……立派に……やってる……」 
「そう?……じゃあ……もっと……やらせて……」 
「……いいよ……もっと……ああ……やって……」 
「これで……いい?」 
「……いい……あと」 
「あと?」 
「ちょっとで」 
「いくの?」 
「いきそう」 
「あたしで?」 
「あんたで!」 
「ほんとに?」 
「ほんとに!」 
「もう?」 
「すぐ!」 
「いって!」 
「いくよッ!」 
「いってッ!! 姐さんッ!!」 
「いくぅッ!! いっちゃうぅぅッッ!!」 
 
 ナボールの意識は弾け飛んだ。 
 空白が尽きたあとには、何ものにも代えがたい充足感が残った。 
『副官』もまた、すべてを成し遂げた喜びをその表情に満たし、ナボールの上で身を静まらせていた。 
同時に絶頂していたのだった。 
 そっと唇に口づけする。 
 妹分だった『副官』が自身の道を歩み始めたことへの、それは心をこめた祝福だった。 
 
 
To be continued.  
 

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