言葉もなく、ただ感動を面に表出させていた『副官』だったが、しばしの間ののちその口は、 
短くも真情あふれる呟きを、ナボールに向けて送り出した。 
「ありがとう、姐さん……」 
 密に接していた肌が離れた。深々と打ちこまれていた剛直も抜き去られた。しかし情交が 
終わったわけではなかった。腰の装着物を取りはずすやいなや、『副官』は再び身をかぶせて 
きたのである。 
 張形を使う間は繰り出せなかった技を、まとめて駆使しようとでもいうように、手と口による 
繊細な愛撫が、顔から首へ、胸へ、腹へと、順々に、濃密に、施されてゆく。ほどなく『副官』の 
顔は秘部に寄せられ、激しくはあっても一様だったさっきまでの攻めとはうってかわった、実に 
多彩で玄妙な動きを展開した。 
 きわめた頂上から下りる暇もなくなされる操作は、最高峰には及ばないまでも決して看過できない 
何度かの高まりに、ナボールを導いた。女として女を的確に燃え上がらせるという、『副官』が 
もともと備えていた技巧に加えて、執拗ともいえる接触を自らが絶頂したあとも続けられるだけの 
強靱さが、そこにはありありと反映されていた。それは先ほどの交わりを通じてこの娘が達した 
境地に違いない──と、絶え間なく体内を駆けめぐる快感に仰向けの身体をたゆたわせながら、 
ナボールは思った。 
「あはッ」 
『副官』が小さく笑い声をあげた。 
「姐さんのここ、なんか出てくると思ったら、こりゃリンクのだね」 
 おかしそうに言うと、また『副官』は口をつけてきた。舌が一帯を綿密に這い、続けて膣口に 
唇が貼りつく。滲み出る精液を舐めつくし、奥に溜まった分をも残らず吸い出そうとしているのだ。 
 趣を変えた口技に、ナボールは酔った。粘膜への物理的刺激のみならず、愛する者に清められて 
いるという心情的な要素が、新たな快感をかき立てたのだった。ただ『副官』の行為には、 
こちらへの奉仕にとどまらない、別種の熱意がこめられているようにも思われた。 
 上半身をわずかに起こす。生じた重みを両肘で支え、悦びの源に目をやる。腹這いの『副官』が 
股間で頭を蠢かせている。 
 その頭が持ち上がった。口中のものをぐっと飲みこむ動作のあと、表情が奇妙な色合いに染まる。 
次いでこちらの視線に視線を合わせ、『副官』はおどけたふうに言葉を発した。 
「これまで機会がなかったんで飲んでみたけど、まあ悪くはない味だよ」 
 熱意の正体が知れ、つい笑ってしまう。同時に疑問も浮かんでくる。 
「シークのは? 長いこと一緒に暮らしてたんだろ?」 
「出さないんだよ、シークは」 
「え? 最後までいかないのかい?」 
「いっても出さないのさ。そういう体質みたい」 
 言われて思い当たった。『副官』の陰部には射精の痕跡がなかったのである。 
 ナボールは奇異な感じを抱いて傍らのシークに目をやった。 
 若いとはいえ、とっくに精通を迎えていてしかるべき年頃。確かにリンクほどの逞しさはないし、 
背もあまり高くはないが、立派な大人の男であることは間違いない。 
『いや……』 
 男でありながら、女っぽい印象も受ける。 
 整った顔貌。色白の肌。髪を除けば薄めの体毛。適度に発達した筋肉を有していても、身体の 
線はあくまで柔らかく滑らかだ。美しいといってもいいくらいに。 
 そういう体質──との『副官』の言を、素直に肯定したくなる……  
 
 出し抜けにシークが立ち上がった。裸身の前面がさらされた。その時、 
『!?』 
 何かが見えた。目に映ったのではない。シークの「中に」何かがあると感じられたのである。 
 シークの中にはラウルがいるという。いま見えたのは彼なのか? 
 違う。ラウルじゃない。別の「何者か」だ。あたしにはわかる。なぜなら── 
 歩みを寄せてくるシーク。とうとう我慢できなくなったのか。しかしそんな急迫感は微塵も 
うかがわせない落ち着き払った素振り。少なくとも外見的には。ただしその内面には── 
 すぐ横まで来てシークが止まる。腰を落とす。片膝をつく。右腕が肩にまわされる。左手で頬を 
触られる。肩を触られる。乳房を触られる。その感触にぞくぞくする。ぞくぞくする。とめどなく 
身体が震え出す。 
 この触れ方。とても男とは思えない。どこをどうすれば女がどう感じるかを知りつくした、 
女でなければできないはずの絶妙な手つき。 
 けれどもシークは男なのだ。 
 こちらを見つめる目。対象を貫き通すかのような鋭い視線が、リンクとはまた違った強さを 
主張している。 
 何よりも…… 
 股間に目を移す。直立したペニス。サイズの点ではリンクにやや劣るようだが、それでも明瞭な 
男のしるし。 
「その調子だよ、シーク」 
『副官』がささやく。 
「あんたのよさを姐さんに教えてやっとくれ。あたしも頑張るから」 
 秘所への口接が再開される。シークの手技にも磨きがかかる。 
 二方からの精緻な攻めが、ナボールの感覚を急激に舞い上がらせた。 
 三人での絡みは何度か経験した。その時は三人ともが女だったし、自分の立場は攻めだった。 
一人が男に換わることで、自分が受けに回ることで、こうも違うものだろうか。気持ちのよさは 
比較にならない…… 
 シークが顔を近づけてきた。あっと思う間もなく唇を塞がれる。そこを許した二人目の男── 
と意識した瞬間、全身がびくびくと痙攣した。 
 達してしまったのだった。 
 朦朧とする意識の中、ナボールは必死に思いを繋ぐ。 
 今日一日で何度登りつめただろう。身体が敏感になっている。これじゃこの娘のことを笑えない。 
逆に笑われそうだ。 
 口に舌が挿しこまれる。手が乳房を揉みしだく。下では急所を吸い立てられる。こちらが達した 
ことに気づかないのか。気づいていないはずはない。気づいていながら二人は行動を止めようとは 
しない。 
 ああ、笑われたっていい。目覚めた賢者としてじきにこの世界から切り離されるあたし。 
いまのうちに登りつめられるだけ登りつめておこう。この娘もシークもそう思うからこそあたしを 
攻め抜こうとしているんだ。 
 嬉しい。嬉しい。嬉しいけど、だからといって受けるばかりじゃ格好がつかない。できることは 
やらないと。あたしに何ができるかというと…… 
 片手を伸ばす。シークに触れる。これはどこ? 脚だ。じゃあもっと上だ。ここ? このあたり? 
もう少し上? 
 捕まえる。握りしめる。シークの身体がぴくりと揺れる。束の間、手と舌の活動が滞る。 
 感じている。シークが感じている。もっと感じさせてやるよ。あんたの中に誰がいようと、 
もうこの際どうでもいいから…… 
 握った手を動かす。荒ぶる男の象徴をこすりあげる。 
 応じて強まるシークの攻めを受容しつつ、かつてない快楽の渦中に落ちてゆく自分を、 
ナボールは心地よく認識していた。  
 
 リンクは行動を起こせなかった。いまにも欲情が爆発しそうになっているにもかかわらず、である。 
 シークが立ち上がり、ナボールに歩み寄った時が、行動の機会だった。しかしながら、続けて 
繰り広げられる三人の営みが、リンクをその場に固着させてしまっていた。 
 腹這いとなった『副官』が、大きく開かれたナボールの股間に顔をうずめ、ひたすら口を 
使っている。肘の支えでわずかに持ち上がったナボールの上半身は、シークの腕に捉えられ、 
よどみなくなされる手と唇のいたわりによって、絶えず揺らぎを示している。一方、ナボールは 
シークの屹立を掌中に収め、優しくも盛んに弄んでいる。そして三つの口からは、こらえきれない 
喜悦を表すくぐもった呻きが、時おり妖しく漏れ出てくる。 
 三人が三人、各々の情動を隠すことなく、見せ合い、受け合い、交換し合っていた。 
 男一人に女二人という同じ組み合わせを、自分が経験したことがあるとは信じられないほど、 
それはリンクにとって新鮮なありようだった。 
 実に自然で、美しい情景だった。 
 この情景の前では、張形についての気負いなど、取るに足らない小事でしかない。自分との 
セックスに熱狂していたナボールが、いまはシークによって恍惚となっていることにも、全く 
抵抗を覚えなかった。喜ばしいとさえ感じられた。 
 多人数で交わることへのためらいは、まだ残っていた。ただしそれは、この自然で美しい交情に 
自分が入りこんでもいいのだろうか、という、先のものとは別の意味でのためらいである。 
 動けないのは、そのせいだった。 
 
 シークがナボールの上体を抱き起こした。支えの役を免じられたナボールの両腕が、シークの 
胴にしっかりと巻きつく。二人の肉体が接着し、口と手による交歓を強めてゆく。 
 影響は『副官』に及んでいた。ナボールの上半身が起きたことで、秘部が下向きとなり、 
口をつけられなくなってしまったのだ。 
『副官』はあきらめていなかった。今度は自身が仰向けとなり、ナボールの尻の下に頭部を 
すべりこませた。ナボールも腰を浮かせて『副官』の顔を跨ぐ。こうしてナボールと『副官』は、 
それぞれ上と下に位置を変え、股間と口との密な接触を続けていった。 
 ますます旺盛となる三人の活動が、リンクをじりじりと炙り苛む。加わってもいいのかとの 
ためらいが、加わりたいとの熱望に、少しずつ、少しずつ、すり替わってゆく。 
 この自然な触れ合いを見ているだけというのはかえって不自然だ。ぼくも加わった方が 
自然じゃないか。シークもナボールも『副官』も、ぼくを除け者にしているわけじゃない。 
ぼくさえその気になったら、もっとずっと自然で素晴らしい関係ができあがるんだ。だからぼくは…… 
 でもどういうふうに? 完成された三人の繋がりの、そのどこにぼくが加わる余地がある? 
 一つある! 
 シークのそこはナボールの手に。ナボールのそこは『副官』の口に。ところが『副官』の 
そこだけが何にも触れていない。 
 いや、触れているものはある。『副官』自身の指だ。敏感な所を撫でまわして、割れ目の間に 
もぐって、時々奥に入りこんで。彼女は欲しがっている。欲しがっているのに誰も触れて 
くれないからしかたなく自分でいじっているんだ。それならぼくは、ぼくのすべきことは──  
 
 リンクは動いた。ゆっくりと三人のもとに這い寄った。 
 シークとのキスを中断し、微笑みかけてくるナボール。シークもかすかな笑みを目に浮かべる。 
顔を覆われた『副官』だけが気づいていない。 
 足元へと身を近づける。 
 閉じられた両脚。立てられた膝。 
 その膝頭に両手を置いた瞬間、『副官』の身体がびくりと震えた。が、誰がそうしたのかを 
即座に理解したようで、力を入れるまでもなく膝は左右に割れた。脚が開いた。触れていた手も 
引かれ、脚のつけ根が丸見えとなった。 
 すぐにでも自分を叩きこみたい。けれどもこの自然な交わりに性急な行動は似合わない。 
 からくも獣欲を抑え、背をかがめる。顔を寄せる。 
 色黒の皮膚に刻まれた真紅の裂隙。 
 同じゲルド族であるナボールのそれと似通った像でありながら、そこには『副官』の特徴が 
はっきりと見てとれる。たとえば、恥毛の範囲はナボールよりも狭く、色はやや薄い。クリトリスは 
小さめだ。逆に両の唇は肉厚で、幅も少し広い。それに…… 
 つん──と甘酸っぱい匂いが鼻に届く。 
 これは『副官』ならではのもの。以前、砦で結ばれた時も、ぼくはこの匂いに刺激されたんだ。 
 誘われる。誘われる。誘われるまま、ぼくはまっすぐ口をつけてゆく。 
「んんッ! んッ! んんーん……んん……ん……」 
 くっと身を固まらせて唸る『副官』。ほんとうはもっと大きな声で叫びたいのかもしれないが、 
ナボールに口を塞がれていてはそうもできないのだろう。そのはけ口を『副官』は攻めに 
見いだしたらしく、ナボールと接する部分からはいままでにも増してぴちゃぴちゃと淫らな 
吸啜音が聞こえてくる。ぼくも負けじと吸い立てる。すでに何度も達していると思われるのに、 
愛液は尽きる気配もなく、ぼくの顔をびっしょりと濡らす。それでも不足とばかり『副官』の 
両脚が頭に巻きつき、ぼくを氾濫地帯へと押しつける。呼吸すら難しくなった状況に耐え、ぼくは 
舌を突き挿れる。シークを、そしてナボールの張形を収めて拡張されたはずの肉洞は、いまは 
緊密に狭まっている。伸縮自在と知ってはいても実に不思議なその場所。そこを進もう、 
貫こうとしてぼくはできる限り舌を伸ばす、伸ばす、伸ばすのだけれど、舌ではとうてい 
及ばない深さ、小柄な『副官』とはいえ舌だけではどうにもならない、どうにかするためには 
舌ではなくて── 
 
 何かが動く気配がした。 
『副官』の両脚による拘束を脱し、頭を起こす。 
 シークが身を立たせている。ナボールの顔を両手で持った。見下ろすシーク。見上げるナボール。 
その目の前に突きつけられるシークの硬直! 
 ナボールが微笑する。目を閉じる。口を開く。 
 そこにシークが入ってゆく。ゆっくりと、入ってゆく。 
 入りきってから、戻ってくる。ゆっくりと、戻ってくる。 
 腰を緩徐に前後させつつ、手にしたナボールの頭部をも、シークは逆方向に前後させる。 
突く時には近づけ、引く時には遠ざける。緩やかな摩擦であっても、それで感度が倍加するのだ。 
 ナボールは『副官』に跨ったまま、顔だけを横に向けている。左手をシークの腰にまわし、 
右手で自らの胸を揉み、静かに、穏やかに、口への攻めを受け入れている。かすかな呻きを 
規則的に喉から染み出させて。 
「ん!」 
 異なる呻きが耳を刺した。『副官』だ。ぼくが口を離したことへの抗議か。もっと──と 
言いたそうに腰が揺れている。 
 いいだろう、もういいだろう、シークだって自分をナボールの中に送りこんだんだ、ぼくが 
そうしていけないわけがない!  
 
 上半身を立てる。膝で寄る。『副官』の両脚を抱え上げる。さっきナボールが張形を挿入した 
時と同じ体勢。だけど今度はぼく自身が、生の男が挿入されるんだ。それをはっきり感じ取って 
欲しい。 
 先端をあてがう。そこでもう悟ったのだろう、一段と高まる『副官』の呻き。焦れきった 
その響きにも後押しされ、猛り立った男根を、ぼくはずぶずぶと挿しこんでゆく。ますます 
高潮する呻きに合わせ、とどまることなく前進する。 
 奥底まで。舌では届かなかった奥底まで。 
 そこに至って静止する。呻きが絶え、代わりに襞が収縮する。待ち望んでいたと言わんばかりに。 
 ぼくも待っていた。君のここに包まれる時を。 
 これで、ああ、これで、四人が一線に繋がった。ぼくのそこだけが宙ぶらりんだったけれど、 
これでみながみな、悦びを満喫できるようになったんだ。シーク、ナボール、『副官』、そしてぼく。 
各々の局部が何らかの形で誰かのどこかと繋がって。 
 でも単に繋がるだけじゃ満たされない。だからぼくは動き始める。ただし四人で繋がっている 
からには、自分勝手に暴走するわけにはいかない。 
 ナボールの口を制しているシークと同じように、ぼくは『副官』の膣を制する。ゆっくりと、 
ゆったりと、前後させる。前後させる。もどかしいほどの速度ではあっても、一度達した身と 
しては、また味のある快さ。ぼくを取り巻く鞘のきつさも、運動の悠長さを補って余りある。 
 だが『副官』はどうだろう。これで感じてくれているだろうか。 
 感じている。わかる。両脇に投げ出された手はぎゅっと握られ、切れ目なくびりびりと震えている。 
震えは腕にも及んでいる。肩も震え始めた。胸も、腹も、腰も、そして脚も! 
 痙攣する全身。逼迫する呻き。 
 どうしたんだこれは? まるで到達寸前、いや、ほんとうにそうなのか? 到達しようとして 
いるのか? こんな動きだけで? 何度も行き着いたせいで限界点が下がってしまっているのか? 
あのルトがそうだったように? 
 突きに力を加えてみる。刹那── 
 ぎゅん!──と『副官』の身体が跳ね上がり、同時に、 
「んーーーーーッッ!!」 
 と遂情の呻吟。のみならず、 
「んあぁぁッッ!!」 
 とナボールが叫びをあげる。『副官』の絶頂が伝染したかのごとく。 
 その肢体は暫時の硬直ののち、徐々に傾いて、『副官』の横に転がった。  
 
 顔面が自由となった『副官』は、せわしい呼吸を繰り返しつつ横たわっていたが、さほどの 
間もおかず、閉じていた目を開いた。ようやく顔を見られたというふうに、切なげな笑みが頬に 
浮かぶ。 
 まだ満たされない情欲を刺激され、のしかかろうとしたところで、いきなり『副官』が上体を 
起こし、首に両腕を巻きつけてきた。膝立ちのこちらにしがみつく格好である。動きは止まらず、 
ぐいと体重を預けられた。結合したまま安定を求めて後ろに身を倒す。『副官』は騎乗の体勢となる。 
「リンク……」 
 呟きが漏れる。あとは続かない。言いたいことはあるけれども言葉にする気はない、ただ行いに 
よって伝えればいい──とでも思っているのか、さっそく『副官』は上下左右に腰を振り始めた。 
 登りつめたばかりでもうこれなのか。だがその淫蕩さがぼくを燃え立たせる。 
 そう、さっきはぼくの方が動いたのだから、今度は君が動くといい。好きなだけ動いてくれればいい。 
『副官』は動く。まさに好きなだけ動いているのだろう。これぞゲルド族の流儀といった激しい 
舞いが披露される。抑制のかけらもない叫びとともに。 
 ぼくは耐える。耐えられる。どんなに動かれようが耐えてやる。 
 それだけじゃない。 
 突き上げる。下から突き上げる。腰の落下に合わせてぼくは思い切り突き上げる。 
 震え出す身の上の肢体。もういくのか? またいくのか? いいよいくらでもいってくれ、 
何回いってもいいぞぼくはかまわない、いけばいくほど君はいいんだろうぼくだってその方が 
嬉しいんだ、にちゃにちゃと粘っこい音をたててこすれ合う性器の他に、君のかわいい、 
手をかぶせるとすっかり隠れてしまいそうな乳房をぼくはこうやって、こうやって、撫でて 
あげるから、揉んであげるから、だから君は君の好きな時に好きな姿勢で好きなだけ叫んで── 
「んあッ! んぉあッ! んんんぁぁぉぉぉおおあああッ!!」 
 獣めいた吼え声。拘縮する膣壁。 
 前に倒れてくる頭を捕まえる。『副官』自身の液体に濡れたぼくの唇と、ナボールの液体に 
濡れた『副官』の唇が、強く、固く、結び合う。  
 
 そのナボールと、それにシークはどうしているか──と、脱力した『副官』を抱きとめておいて、 
ぼくは周囲に目を移す。 
 二人は並んで横たわっている。抱き合っている。ただ詳しい様子はわかりにくい。カンテラの 
光が届くぎりぎりの所なので。 
 さっきナボールが絶頂した時、シークは達していなかった。勃起は保たれていた。ならば 
いまこそそれをナボールに突き刺しているだろう。ナボールが盛大に喘いでいるのはそのため── 
 ──ではなかった。二人の身体が動いて見やすくなった。ナボールのそこをなぶっているのは 
シークの手だ。まだ挿入していなかったんだ。いつものように冷静に、計算しつくしたかのような 
操作でナボールに悲鳴をあげさせている。股間は勃起を続けていて、さぞ欲望をぶちまけたい 
だろうに、なんて我慢強いんだシークは。 
 だけど我慢にも限界があるはず。実際、シークの部分はナボールの手に握られていて、受ける 
ばかりではないというナボールの主張を映し出すかのごとく激しくしごかれていて、それが 
シークの顔を引きつらせている。もうあまり余裕がないんじゃないか── 
 ──と思ったところで案の定、シークがナボールに乗ろうとする。ところが動作が止まってしまう。 
どうしたのか。 
 ナボールが身を起こし、こちらを見ながらシークに何ごとかささやいた。シークが頷いた。 
立ち上がった。近寄ってきた。意図を判じかねているうちにも、シークは傍らで腰をかがめ、 
ぼくの上で弛緩した『副官』の、赤らんだ頬に手を触れる。 
 頭を上げる『副官』。シークを認めてほころぶ顔。そのほころびが消えぬ間に、やおらシークは 
位置を移す。ぼくの顔を跨いで膝をつき、力を誇示し続ける陰茎を、『副官』の唇に押し当てる。 
何の抵抗もなく唇は開き、生じたすき間にシークは楽々とすべりこんでゆく。 
 仰向けの顔のすぐ上で、ペニスと口が結合する。ペニスが口に出入りする。よく知りもし、 
よく行いもしたその交わりが目の前でなされていることへ驚き、おののき、高ぶりがぼくの心臓を 
ばくばくと拍動させる。さらに、そう、二人の男を同時に受け入れたいというかつての『副官』の 
願望が、いま、まさに果たされているわけで、その胸中にある歓喜を想像するとぼくまでが 
嬉しくてたまらなくなる。あの時ためらったのが愚かしいとさえ思えるほどの、この自然な三者の 
交合が、シークと同じく達していないぼくの分身を沸騰させる。 
 突き上げる。突き上げる。下から膣を突き上げる。 
 突きこまれる。突きこまれる。上では口に突きこまれる。 
 このまま、このまま、三人で一緒に── 
 ──と思いを飛ばしかけた折りも折り、嵐の中の小木のようにぼくとシークの間で翻弄されていた 
『副官』がぴたりと動きを止める。ぐいと前方に傾斜する。何が起こったのかといぶかる間もなく 
ぼくは奇怪な感触を得る。『副官』の膣内にいるぼくにじわじわと加わる圧迫感。ぼくの肉柱に 
──じかにではなく──接して下からゆっくりとのし上がってくる硬質の物体。これは? これは 
いったい? 
 ああ、これと似た感触をぼくは知っている。以前『副官』の後ろを経験した時、膣に挿入された 
彼女の指が同様の感触をぼくにもたらした。ということは──あの時とは位置が逆だけれど── 
膣にいるぼくと並行して別の何かが『副官』の肛門に挿入されているんだ。『副官』の指じゃない。 
姿勢からして無理だし指のように細くもない。もっと太くて長くて硬くて── 
 張形! 
 ナボールが張形で『副官』の肛門を攻めている! 
 なんてことだ。二人どころじゃなかった。一人の女は三人の男を──いまは一人が「男」だが 
──同時に受け入れることができるんだ。いったん解かれた四人の結合が復活しただけでも 
素晴らしいのに、しかも今度は単に一線ではなく三つの攻めが一点に集中していて、その一点に 
いる『副官』はどれほどの快感を味わっているのだろう。そして快感を味わわせている三人の 
うちの一人がぼくなのだという事実と、薄い膜状の隔壁を通してナボールの偽茎に刺激される 
感覚が、一躍、ぼくを驀進させる。 
 しゃにむに膣を突き上げる。そこの触感でナボールもまた肛門を突きまくっているのがわかる。 
眼前ではシークが口を突き通している。それら三つの攻撃を受けてわなわなと震える『副官』の全身。 
左の乳房をシークの右手が捉えている。ぼくも左手で右の乳房を握る。可能な限りの接触を 
保ちながら四人が渾然一体となって終局を目指す、目指す、目指す先に見えてくる、見えてくる、 
見える、見える、法悦に眩む『副官』の顔、びくびくと脈打つシークの陰茎、さらに喚声を 
あげつつナボールが突きに終止符を打ち、同時にぼくは溜めに溜めた欲望をとうとうそこで 
爆発させる──!!  
 
 ナボールは絶頂していた。 
 同じ『副官』を相手に、同じ張形を使いながらも、前門を愛した時には届かなかった地点へと、 
今回は到達できたのである。 
 事前にシークの手で煽りまくられていたからでもあるだろう。 
 が、何よりも、四人が一つとなって悦びを共有するという、異常といえば異常な、しかし 
この上もなく貴重な体験が、それを可能にしたのだ。同時に絶頂した──とナボールは察知していた 
──他の三人もまた、同一の事由によってそこへ導かれたに違いない。 
 他の部の結合が解かれるのに合わせて、ナボールは『副官』の肛門から張形を撤退させ、 
おのれの身からもほどき落とした。 
 空気にさらされた陰部は、掻痒感にも似る、ちりちりとした感覚を訴えていた。 
 傷やかぶれがあるわけではない。数度の頂点を経たにもかかわらず、なおもそこは性的な刺激を 
求めているのだ。 
『副官』も同じであるらしく、リンクの上から離れる時は精根尽き果たしたかのようであったのに、 
たちまち活力を取り戻し、ナボールに身体を寄せてきた。 
 ナボールには──そしてまず確実に今日より前の『副官』にも──経験のない、三者に三カ所を 
攻められるというセックスは、実はゲルド族の間では時に見られる。けれどもそれは、常に 
女のみが張形を用いて行うものだ。おそらく『副官』は、男をまじえてのそれを経験した、 
史上初のゲルド女であるだろう。 
 そんな稀有な経験でさえ、『副官』の欲望を満たすには至っていないのだ。 
 女の性欲というのは底なしなのだろうか──と、自らもがその女であることに苦笑しながら、 
ナボールは思った。 
 確かにそういう面があるかもしれない。勃起の継続に制限のある男とは違って、女は── 
いくつかの例外を除けば──いついかなる時でも性交できる。だが、いまの自分や『副官』が 
常にも増して発情しているのも、また確かだ。 
 この場を支配する雰囲気がそうさせるのだろう。 
 限りなく淫靡で、猥褻で…… 
 いや、それだけでは説明できない。ここの空気は、親しみやら敬いやら励ましやら慰めやら、 
その他、人と人との間にかかる、さまざまな感情を集約しているように思われる。だから心身が 
わくわくと高ぶるのか。 
 興奮しつつも安らかな気分で、ナボールは『副官』と抱き合った。互いのすべての場所に 
手と唇を這わせた。『副官』の膣からしたたるリンクの精液を、ナボールは舐め啜った。 
男の体液を口にするのは、『副官』と同じく初めての体験だったが、ためらいは起きなかった。 
味はやや辛みがあるといった程度で、特に珍奇なものではなく、先刻『副官』が評したように、 
「悪くはない」とでも言う他はない。ただ、男の欲望の凝縮を飲むという行為自体がある種の 
悦びを生むことは、ナボールにも実感できた。 
 女同士の戯れを終え、ナボールと『副官』は男二人を元気づける作業に移った。陰茎の根元を 
紐で縛り、鬱血によって強制的に勃起させるのが、男狩りでのゲルド族の常習だったが、まさか 
そうするわけにはいかない。女二人は男たちに対し、時に相手を替えつつ、穏健に口を使った。 
その献身により──また彼らにも場の雰囲気が影響しているせいか──大した時間も要さず、 
二本の陰茎は硬直した。  
 
 ナボールはシークに身を寄せた。 
 シークが女の扱いに卓越していることは、すでに思い知っていた。『副官』が参ってしまうのも 
当然と納得できたし、そんなシークとの同棲歴を持つ『副官』が羨ましくもあった。リンクとは 
対照的な、しかしリンクに決して劣らないシークの男ぶりゆえ、その唇を唇に受け、またその 
怒張を口にくわえることには、初めから何の逡巡もなかったが、いまは一刻も早く、それを身体の 
別の場所に収めたかった。 
 リンクにされたように、一方的に犯されたい、という気持ちも、なくはない。ただ──これも 
リンクとの交わりにおいてそうであったのと同じく──まずは自分の流儀で、との矜持めいた 
思いも、ナボールにはあった。 
 その体位は、四人が暗黙のうちに了解している行為にも必要となるのである。 
 ナボールはシークの肩に手を置き、力を加えた。抵抗はなかった。シークの胴は静かに傾き、 
背を床につけて横たわった。どんな体位だろうが関係ない、とでもいうような、自信ありげな 
態度だった。 
 半ば気押されながら、半ば対抗心をも抱いて、ナボールはシークの腰を跨ぎ、泰然とした顔に 
上から目を注いだ。 
 そしてナボールは見たのである。 
 先刻、その片鱗を捉えかけた、ラウルとは別の「何者か」の実態が、正確に理解されたのだった。 
『そういうことだったのかい……』 
 驚きは感じなかった。知れてみれば、実に平仄が合っている。理解できた点にも意外さはない。 
自分が『魂の賢者』として真に目覚めていることを、それは明白に意味していたからだった。 
 とはいうものの── 
『いまのあんたは、男だからね』 
 欲情は消えるはずもない。 
 股間から突き出た肉棒の先端を陰裂に触れさせるやいなや、ナボールは一気に腰を沈ませた。 
膣はなおも恥液にあふれかえっており、目標物を収納するにあたっては、何の障害も起きなかった。 
「くッ!……あ……」 
 収納が完了した瞬間、電撃のような快感が体軸を貫いた。 
 動けなかった。 
 下から小刻みな突きが加わってきた。突かれるたびに腰の奥で火花が散った。胸から脚までの 
皮膚をまさぐられ、そこに無数の火花が広がり弾けた。両の乳房を揉み立てられるに及び、火花は 
炎となって全身を焼いた。 
 飛び散りそうになる意識を、ナボールはかろうじて繋ぎ止めた。 
 どうやらあたしは絶頂し続けているらしい……シークのなすがままになって…… 
 そう……上に乗って主導するはずのあたしが……下にいるシークに……すっかり支配されて 
しまって…… 
 耳元で声がした。 
「姐さん」 
 開始からいかほどの時間が過ぎたのか、全く感知できなくなっていた。 
「シークのよさ、わかってくれたかい?」 
 頷くことしかできなかった。口から出るのは喘ぎ声だけだった。 
「一緒にあたしも受けてくれるね? あたしがされたみたいに」 
 このあたしを教え諭すかのような口ぶりじゃないか──との怪しみはたちまち氷解する。 
『副官』にそうなれと言い聞かせたのは自分自身なのだ。 
 やはりかすかな頷きだけを、ナボールは返した。 
 背を押される。のけぞらせていた上半身を前に倒す。後方に露呈された肛門が指の接触を得る。 
粘っこい液体が塗りつけられる。 
 さっき自分も『副官』に使った、日焼け止めの油。 
 後ろから尻をつかまれる。気を整える暇もなく硬い物体が押しつけられる。 
「う……」 
 めりこんでくる。 
「あッ……」 
 割りこんでくる。 
「ぉあッ!……」 
 昔、仲間の女に教えられて以来、誰も迎えていなかった場所。処女も同然の新鮮なその場所を、 
愛する者に開かれてゆく感動が、 
「……あ……あ……あ……あ……」 
 必然的に伴う苦痛を大きく凌駕して、ナボールの胸に染み渡った。かつ、隣り合う二つの場所が 
ともに充たされているという未曾有の感覚が、ナボールを芯から揺さぶった。  
 
『副官』の心遣いゆえか、直腸を埋めつくした張形は、しばらく動きを控えていた。シークも 
突きを中止していた。が、ナボールの呼吸が落ち着くのを待って、前者はおもむろに行動を開始し、 
後者の刺突も再開された。 
 気が狂いそうな快さだった。 
 いちどきに二カ所を攻められるのがこんなにいいとは……これと同じ快感をさっきはこの娘も 
……いや…… 
 まだ同じではないのだった。同じとなるためには、さらに一カ所を攻めに委ねなければならない。 
 機会はじきに訪れた。 
 頬に触れる手を感じて、ナボールは閉じていた目をあけた。赤黒く膨張した亀頭がそこにあった。 
リンクの物と認識するよりも早く、口はそれを迎え入れた。咽頭までの粘膜が急速な摩擦に 
さらされた。 
 またも時間の感覚がなくなった。ナボールは陶酔境をさまよい続けた。同時に三者を受け入れて 
いること、自分を中心として四者が一体となっていることが、至上の幸福と感じられていた。 
「姐さんはさ」 
 はるか遠い所から聞こえてくるように思われる声を、ナボールは意味のある単語と認識できなかった。 
肛門を穿たれる感触が消えて初めて、すぐ後方にいる『副官』がその声を発したのだと知った。 
「男に後ろを許したことはないだろ?」 
 頷こうにも頷けない。もちろん声も出せない。リンクに口を犯されているから。 
『副官』は返事を要求しなかった。 
「リンク、交代だ。姐さんに教えてやっとくれ」 
 口が自由になった。陰茎が引き抜かれたのである。 
 リンクの精のほとばしりを口で受け止めたかった。が、その心残りよりも、受け止めるなら 
尻の方がずっといい、との切望が立ちまさった。 
 二人が位置を替える気配も感じ取れずにいるうち、再び尻をつかまれた。 
 突き挿された。 
「おあああッッッ!!!」 
 すでに『副官』が押し広げていた場所である。大きさも張形には及ばない。にもかかわらず、 
ナボールは激越な叫びを抑えられなかった。初めてそこに迎える生の男は、限りなく熱く、強く、 
躍動的で、それまで以上の感激をナボールの胸に呼び起こした。 
 リンクも呻き、喘いでいた。自分の肛門がリンクに多大な快美を与えているとわかり、 
ナボールは欣喜した。またリンクの快美が、膣を領するシークとの共同作業にも由来していると 
察せられ、三人でそうあることの悦びが、ひときわナボールを熱狂させた。 
 さらに四人目が加わった。リンクが占めていた眼前の空間に、今度は『副官』が陣取った。 
張形を取りはずした素のままの女陰が突きつけられた。迷わず顔を寄せ、口淫を施す。『副官』は 
腰を悶えさせながら悩乱の声をあげ、それがナボールに、なおいっそうの満足感をもたらした。 
 身体を貫く棒が三本から二本になっても、快感は全く減少しない。逆にどんどん増強する。 
 最も感じる二つの場所を男二人に蹂躙されながら、口では女に喜悦を堪能させている、 
自分という女。 
 そんな錯綜した、しかし不思議に統一された結び合いが、究極の官能世界を形成していた。 
『副官』が叫ぶ。リンクが吼える。シークまでもが唸りをあげる。三人が揃って突っ走り始める。 
その疾走に煽られ、巻きこまれ、もみくちゃにされながら、ナボールも結末に向けて突進する。 
やがて口に捉えた女陰がしぶきを発し、猪突していた二本の陰茎が強烈な脈動に移行した時、 
ナボールはおのれを極限まで解放し── 
 そして、すべてを受納した。 
 
 女二人は、なおも欲望を終息させなかった。互いの心と肉体をあまねく記憶に刷りこませようと 
するかのように、熱のこもった交接を飽くことなく展開した。それがまたもや、疲れ果てた 
男二人を刺激し、発奮させた。 
 ナボールが上、『副官』が下となって秘所を貪り合う場面に、男たちは介入した。シークは 
ナボールの背後から、リンクは『副官』の正面から、それぞれの肛門に挑みかかった。女たちは 
むせび泣きつつ自らへの攻めを歓待し、目の前の結合部にも舌を這わせた。 
 形を変えた四者の交わりは、延々と続いた末、全員が同時に最後の絶頂をきわめることで、 
ようやく完結した。  
 
 意識は戻ったが、おぼろなままだった。視界がぼやけていた。身体も動かせなかった。 
 少々の睡眠では解消できない疲労が、全身にどんよりとわだかまっている。その一方で、 
シークの心は、深い安らぎに満たされていた。 
 自分の抱いていた懸念が、実に矮小なものと感じられた。 
 激しくも親密だった四人でのセックス。 
 あの自然な一体感のもとでは、リンクがナボールや『副官』と交わることを、僕は何の 
こだわりもなく許容できた。そうあるべきとまで思えるほどだった。リンクの方も、僕と 
彼女たちの行為を同じように認識しただろう。 
 セックスは男女の到達点ではない。むしろそこから真の繋がりが始まるといえる。僕と 
アンジュの関係も、僕と『副官』の関係も、まさにそうだったではないか。 
 肉体関係の有無だけに固執していては本質を見誤る。向かい合う二人が、さらなる意思を 
交わしてこそ、さらなる関係が築かれるのだ。 
 それをリンクと築いてゆくのは── 
「目が覚めたかい」 
 急に視界が明瞭となった。音による刺激で眼球が焦点を合わせたのである。 
 カンテラの光とは異なる明るみが、あたりには漂っていた。石組みのすき間から陽光が 
漏れ入っているのだった。その明るみの中で、目を閉じた全裸のリンクと『副官』が、しどけなく 
横たわっている。 
 とすると、いま声をかけてきたのは…… 
 ふらつきを抑えて上半身を起こす。ふり返る。 
 ナボールが坐していた。壁に背を預けた格好である。 
 どうして僕の目覚めを知ったのか。身体は動かさなかったし、後ろにいるのだから開眼を見た 
わけでもないはず…… 
 疑問が解けないうちに、言葉を重ねられた。 
「リンクのことだけどさ」 
 ちらりとその人物に移った視線は、すぐにこちらへと戻される。悪戯っぽい微笑とともに。 
「悪く思わないでおくれよ」 
 答えられない。答えようがない。 
「わからないかい?」 
 笑みがわずかに大きくなった。 
「わからなけりゃわからないでいいよ。いずれわかることだから」 
 僕のすべてを見通しているかのような──と思った直後、考えがひらめいた。 
「君は眠らなかったのか?」 
 流れに沿わず発した問いに、 
「眠らなくてもいい身体になっちまったらしいね」 
 肩をすくめてナボールが応じる。 
 自分の前にいるのが覚醒した『魂の賢者』であることを、シークは悟った。 
 それゆえか、ナボールは──ただ静かにすわっているだけなのに──どことなく侵しがたい 
雰囲気を、その身辺にまとわせていた。 
 まとっているのは雰囲気のみではなかった。ナボールは着衣していた。髪も頭の後ろで 
留められていた。 
 シークも倣って着衣した。気配が伝わったのか、リンクと『副官』が目を覚ました。二人は 
しばらくぼんやりとしていたが、やはり饗宴の終了を察したとみえ、黙って衣服を身に着けた。  
 
 場を整理し、各々、所持品を確保したのち、ナボールの先導のもと、一同は神殿入口の 
大広間へと赴いた。 
「扉が……」 
『副官』が怪訝そうに呟いた。入口が閉まっていた。ナボールの覚醒に伴う現象とシークには 
理解できた。 
「心配ないよ。あたしが送り出してやるから」 
「いや」 
 ナボールの提言を、敢えて退ける。 
「扉の開き方はわかっている。手間をかけてくれなくてもいい」 
「そうかい。じゃあ……」 
 気にする様子もなく、ナボールは、数歩、後ずさった。穏やかな眼差しが『副官』に向けられた。 
「しっかりやるんだよ」 
 すべてを消化しているのだろう、『副官』は無言で頷いただけだった。 
「リンク」 
 眼差しが転じられる。 
「あんたには、力を託した。その力を──」 
 言葉が途切れ、ナボールの目がこちらを向いた。何だ?──と思う間にも、視線はリンクに 
戻される。 
「──どうするのか、いまのあんたには、まだわからないだろうが……まあ……うまいこと 
使ってだな……」 
 いかにも面白そうな、それでいて慈しむような笑みが頬を彩ったあと、一転してナボールの 
口調は活気を帯びた。 
「ガノンドロフをぶっ飛ばしてやんな!」 
 一拍おいて、リンクが力強く答える。 
「わかった」 
 再び笑みを得た顔が、次いでこちらに向き直った。 
「それから、シーク、あんたは……」 
 優しい声で、ナボールが言う。 
「幸せにな」 
 またも覚える不審をよそに、胸の前で両手を組み合わせるナボール。そこにぽつりと生じた光は、 
みるみるうちに輝きを増し、流れめぐる渦となってナボールの身体を取り囲んだ。薄暗かった 
室内が真昼以上の明るさに満たされるや、唐突に光は薄らいでゆき、元の暗みが立ち返った時には── 
 ナボールの姿は、もはや、なかった。  
 
 無用と思われた『魂のレクイエム』が、結局、その役割を果たすことになった。ただし 
外からではなく、内からである。『時のオカリナ』を奏でるリンクの前で、神殿の扉は厳かに 
開かれた。 
 太陽が天頂に届くまでには、まだかなりの時間を要する刻限だったが、砂漠を覆う乾いた空気は、 
すでに炎暑の気配を宿していた。疲労の上に重なる熱感をやりきれなく思いながら空を見上げた 
リンクは、そこに一つの影を見いだした。影は瞬く間に眼前へと舞い降りてきた。 
「事情は片づいたとみえるが、おぬしらのへばった様子では、砂漠を渡ってゆくことはできまい。 
わしがゲルドの砦まで送ってやろう」 
 ケポラ・ゲボラはすました口ぶりで真実を突いてきた。気恥ずかしさを禁じ得なかったが、 
期待していた件ではあり、好意は素直に受け取ることとした。 
 まずは『副官』が輸送の対象となった。その身を足から釣り下げたケポラ・ゲボラが、東の空に 
消えてゆくのを見送ったのち、 
「シーク」 
 抱いていた疑問を、リンクは表に出した。 
「ナボールは君に妙なことを言ったね。幸せに、とか……あれはどういう意味なんだ?」 
 しばらくの沈黙を挟んで、ひと言だけが返ってきた。 
「わからない」 
 声にも顔にも感情はなく、素っ気ない態度ではあったものの、虚偽ではないことは確かだと 
思われた。 
 さらなる追求は行わず、リンクはもう一つの疑問へと思いを伸ばした。 
 ナボールが──そして他の賢者たちが──ぼくに託したという力。それをぼくは実感できないし、 
いつ、どのように使うのかも知ってはいない。誰も教えてはくれなかった。その時が来ればわかる 
と言うだけで。 
 シークに差し出された言葉の意味も、その時になったらわかるのだろうか。 
 いまは考えても解けない疑問である──というのが、リンクの達した結論だった。 
 
 空手で戻ってきたケポラ・ゲボラは、次にシークを運び去った。 
 ひとり残されたリンクは、大妖精の泉を訪れた。ここの大妖精からは再訪の誘いを受けて 
いないが、何か助けが得られるかもしれない──と思いついたのである。 
『ゼルダの子守歌』により、泉から登場した大妖精は、一つの援助を提示してくれた。前例の 
ごとく、再度の出会いとあって、代償は要求されなかった。要求されても応じられる体力は 
なかったので、ほっとしたものの、今回は癒しを提供しようと言ってくれないのが不思議でも 
あった。が、すぐに、疲労の原因が原因だけにそこまで面倒を見る気にはならないのだろう、 
と考え直した。 
 大妖精の援助は『銀のグローブ』の能力強化だった。より重い物体を持ち上げられるという 
『金のグローブ』の能力を、いかなる場面で発揮することになるのか──といぶかしむリンクに、 
「あなたが最後の戦いを前にした時、それはきっと役に立つわ」 
 との弁を残して、大妖精は泉の中に姿を消した。 
 リンクはその場に立ちつくしていた。最後の戦いという言葉が、心をぴんと張りつめさせたのだった。  
 
 ケポラ・ゲボラにつかまっての四度目の──大人の身としては初めての──飛行は、順調に 
経過した。踏破するのに苦労した砂漠を、はるか下に見ながら飛び越えてゆくのは、実に爽快な 
気分だったし、熾烈な日射による炎熱も、切り裂く空気が風となって和らげてくれた。 
ぶら下がった状態では喉の渇きを癒せないのが難だったが、それも限度に達しないうち、リンクは 
目的地である砦に到着していた。 
「ありがとう」 
 地に降り立ったあと、心からの礼を述べるリンクに、ケポラ・ゲボラは、いままでになく 
しみじみとした調子で語りかけてきた。 
「リンクよ、おぬしはすっかり勇者の風格を身につけた」 
 過褒とも思える言だったが、身体は否応なく引き締まった。 
「この先、おぬしの勇気に、ハイラルのすべての民の未来が懸かっておる。もうわしの出る幕では 
ないの」 
「でも……」 
 これまで自分を導いてくれたケポラ・ゲボラが、別れを言い出そうとしている。 
 そう感じ取ったリンクは、思わず、すがるように訴えた。 
「ひとつ、教えて欲しいんだ」 
 ガノンドロフを倒すために、賢者が託してくれた力。それをいかに使えばよいのか。 
 ケポラ・ゲボラは首を横に振った。 
「いずれ、わかる」 
 またその台詞か──と肩を落とすリンクに、続けて軽妙な声がかぶせられた。 
「ツインローバ亡きいまとなっては、おぬしに知らせても不都合はないのじゃが……なにせ当人が、 
時を迎えておらぬでの」 
 意味が取れない。 
「その当人から、聞くがよい」 
 取れないが、時は目前にあるのだろう。最後の戦いを控えた、ぼくの目前に。 
 突如、羽ばたきの音がした。一直線に宙へと駆け上がったケポラ・ゲボラは、次いで悠然たる 
滑空に移り、いずこへともなく飛び去っていった。 
 消えゆく影を目で追いながら、おのれの胸に充満する、かつてないほどの緊張を、リンクは 
ひしひしと意識していた。 
 
 
To be continued.  
 

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