倒れたゼルダのそばに、リンクは蒼惶と身をかがめた。 
 肉体的にも精神的にも疲労の極にあったのだろう、ゼルダの意識は絶えたまま、回復する徴候を 
示さない。ただし呼吸は保たれている。脈にも異常はない。 
 ひとまず安堵の息をつく。 
 命には別状ないようだ。とはいえ、ここにじっとしてはいられない。もっと安全な場所へ 
ゼルダを運ばなければ。 
 リンクは周囲の状況を確認した。 
 浮遊状態から落下をきたしたガノン城は、本来なら、巨大な陥没を満たす熔岩に呑みこまれて 
いたはずである。ところが、そうはなっていない。城の崩壊と軌を一にしてか、熔岩は完全に 
消え失せていた。わずかに熱の残滓が感じ取れるだけだった。 
 焼け爛れての死は免れたわけだが、それでも深い陥没の底に位置していたら、そこから 
這い上がることはできなかっただろう。幸い、倒壊した塔は、塔としての形状を大きく損ない 
ながらも、元の地面である崖に引っかかった状態となっており、その天辺にあたる現在位置から 
崖の縁まで移動するのは、容易ではないにせよ不可能でもないと思われた。 
 仰向けにしたゼルダの、肩を右腕で、膝を左腕で支え、抱き上げる。意識のない肉体が遠慮なく 
預けてくる重みで、右腕と左肩の傷が、きりきりと痛みを訴える。しかし重みも痛みも苦には 
ならない。むしろ、いっそう、いとしさが募る。 
 再会したのち、ようやくぼくたちは、身体を触れ合わせることができた。かつて手を握った 
時よりも、もっと互いに近しい形で。 
 ただ、触れ合う二人の一方は、その近しさを実感できていないのだ。 
 こぼれそうになる想いを抑えて、ゆっくりと歩を運ぶ。慎重に足元を確かめながら、瓦礫の山を 
避け、あるいは乗り越え、前に進んでゆく。かなりの時間を費やした末、どうにか無事、地に足が 
つく所まで到達できた。 
 ゼルダを抱きかかえたまま腰を落とし、しばしの休みをとったあと、リンクは再び身を立たせ、 
先に続く道をたどっていった。 
 
 すでに荒廃の色濃かった城下町が、さらに壊滅の様相を呈していた。あちこちに大きな地割れが 
生じ、立ち残っていた家々もほとんどが倒壊している。ガノン城の崩壊と同時に、激しい地震が 
起こっていたのだった。 
 地割れの底は不気味な赤みを溜め、立ちのぼる熱が空気を異様に生暖かくしていた。ガノン城の 
下方にあった熔岩が、地殻の変動に伴って、流動の場所を変えたのだと知れた。 
 リンクは城下の北東部へと向かった。『副官』に教えられたゲルド族の宿所が、その方角に 
あったからである。地割れや建造物の残骸が、しばしば歩行を妨げたが、道は失われてはいなかった。 
 進むにつれて足場は良好となった。そのあたりには地割れがなく、市街の破壊の度合いも 
極端ではなかったのである。反面、視界は悪くなった。熔岩の赤い光が届かないため、あたりの 
暗さが強調されているのだった。 
 リンクは空を見上げた。 
 暗いのは、時が夜に移りつつあるからだが、空がいまだ暗雲に占められているからでもある。 
熔岩が停留していることといい、ガノンドロフの死後もなお、自然に及ぼす魔力の影響が、 
なくなってはいないのだろうか。 
 いずれは回復するだろう──と自分を励まし、リンクは歩みを続けていった。  
 
 地震の被害が軽いとはいっても、あくまで「比較的」と付言されるべきなのが、その地区の 
実情だった。崩れ残った家が多少は認められる、と表現した方が正確である。しかもその大部分は、 
中に身を入れることなどできないほどの破損をきたしているのだった。 
 そんな中、ゲルド族の宿所であった家屋は、曲がりなりにも形を保っている数少ない建物の 
一つだった。広壮でも豪華でもなく、むしろ質素で古風な佇まいだったが、かつては倉庫を備えた 
商店であったらしく、頑丈な造りになっているようだった。間口が広く人の出入りに便利である 
点や、地区の中心である広場に面しているという立地のよさが、その頑丈さとともに、宿所として 
選ばれた理由と推し量られた。 
 開きっぱなしの戸をくぐる。内部は真っ暗で、さっぱり様子がわからない。抱いていたゼルダを、 
いったん床の上に横たえる。所持していた蝋燭に火をつけ、室内に目を凝らす。 
 広めの部屋だ。もともとは接客用の設備があったのかもしれないが、いまは椅子やテーブルが 
いくつか乱雑に置かれているだけ。兵士がたむろするにはそれで充分、とゲルド族の連中は 
考えたのだろう。 
 一方の壁に暖炉があった。残っていた薪で火を熾す。蝋燭にまさる明るみを得るためであり、 
肌寒い空気を暖めるためでもあった。地割れのないその一帯では、熔岩の熱が気温に反映されて 
いないのだった。 
 しかるのちに検分を続ける。宿所というからにはベッドがあるはずで、そこにゼルダを寝かせて 
やらなければならない。 
 裏手が住居部分となっていた。居間、寝室、食堂兼台所、浴室が認められたものの、屋根が 
崩れ落ちており、台所を除いては原形をとどめていなかった。宿所として少なからぬ人数を 
収容する必要上であろう、居間と寝室には、ぎっしりとベッドが詰めこまれていたが、それらは 
とうてい役には立たないまでに潰れてしまっていた。やむなくリンクは、敷布や毛布や枕を 
可能なだけ引っぱり出し、元の部屋に戻って、暖炉の前の床に敷いた。その仮の寝床に、改めて 
ゼルダを移し置いた。硬いのが安息の邪魔になるかもしれないと思い、肩当てだけは取ってやった。 
 ゼルダの意識は戻らなかった。呼吸や脈拍に変調はなかったが、頬が紅潮していた。触れて 
みると、熱が感じられる。 
 リンクは蝋燭と、台所にあった手桶とを持ち、家の外に出た。広場の隅に井戸があるのを、 
あらかじめ目に留めていたのである。地震で水が涸れているのではないか、との危惧もあったが、 
むしろ水位は上昇しており、石組みの縁からあふれんばかりとなっていた。地殻の変動が水脈を 
堰き止める方向に働いたようだった。 
 水を見た瞬間、渇きが意識された。長い間、一滴の水も口にしていないのを、初めて思い出した。 
喉を潤したのち、手桶を満杯にして、リンクは宿所に帰った。 
 渇きが解消したことで、今度は空腹が意識され始めていた。しかし食事よりも先に、しておく 
べきことがあった。 
 ゼルダの横に腰を下ろす。敷布の端を破り取り、水を染みこませる。唇を濡らしてやる。 
布を絞って余分の湿りを除き、折りたたんで額にのせる。 
 そこまでやり終えたところで、強烈な眠気が押し寄せてきた。食欲を上まわる、疲れきった 
肉体の訴えを、リンクは無視することができなかった。 
 ちょっとだけ目を閉じていよう、そのあとで食料の確保を──などという目算が成り立つ 
はずもなく、リンクは坐したまま、まどろみに落ちた。 
 
 それでも眠りが浅かったのは、ゼルダの具合が気になっていたからだろう。 
 目が覚める。症状が悪化していないことを確認し、布に新たな水を含ませ、額へと戻す。 
微睡に帰る。 
 その繰り返しの何度目かで、熱が下がっていることに気づいた。安心が緊張を和らげた。 
 窓に目をやる。 
 夜明けは近いはず。けれども戸外の闇は、まだ薄らいでいない。 
 リンクは暖炉脇の壁に背を預け、いましばらくの休息をおのれに許した。  
 
 次に目覚めた時、室内には、暖炉の炎とは異なる光があった。 
 腰を上げ、窓に寄り、外を見る。 
 空は相変わらず雲に埋まっており、光といっても、夜ではないとわかる程度のわずかな 
明るみでしかないが、風景を視認するくらいは可能である。日の出から数時間は経った頃と 
推測された。 
 休みすぎだ──と自分を叱る。 
 何かあった時にはすぐ対応できるよう、仮眠の範疇にはとどめておいた。とはいえ、無防備な 
ゼルダのそばにいてやるからには──最後の戦いが終わったあとで、特に危険があるとは 
思えないにしても──できるだけ意識を鮮明にしておかなければならない。 
 そのゼルダは、依然、昏々と眠り続けている。 
 起こす気にはなれない。 
 ゼルダは、いわば、溜まりに溜まった七年間の疲れを癒しているのだ。七年を封印のもとで 
過ごしたぼくよりも、はるかに苦しい経験を、ゼルダは重ねてきたのだ。 
 それに比べたら、いまのぼくの疲れなど、吹けば飛ぶようなものではないか。 
 昨晩に続けての調査にとりかかる。 
 倉庫にあたる一室があり、中には種々の生活物資が貯蔵されていた。ゲルド族が撤収した時の 
残り物だけに、大して豊富というわけではないものの、そこそこの品は揃っているようである。 
 まず食料を確認する。パン、干し肉、芋、根菜などが見つかった。とりあえずパンと干し肉で 
空腹に対処する。パンは硬くなっていたが、水に浸せば問題なく食べられた。 
 次いで、当座の用に足る品を探す。寝具の替えがあるのを記憶しておき、コップ、タオル、包帯、 
カンテラなどを持ち出す。 
 井戸端で傷を洗う。出血は止まっていた。念のため包帯を巻いておく。 
 屋内に戻って、暖炉の火が消えかかっているのに気づく。薪は残っていない。再び外に出て、 
近隣の倒壊家屋から手頃な木材を調達する。宿所に運びこみ、火にくべる。 
 それやこれやで過ごすうち、時は早くも夕刻となった。 
 暗い部屋に横たわるゼルダを、暖炉の炎が照らしている。 
 傍らにすわる。 
 眠りは解けそうにない。 
 さすがに心配となってくる。 
 外傷としては、擦り傷や打ち身がいくつかある程度だ。外見から判断する限り、着衣で覆われた 
部分にも、意識を失わせるほどの大怪我はないはず…… 
 ずきりと胸が痛んだ。 
 見えない部分に、少なくとも一つ、大きな傷があるのを、ぼくは知っている。衣服の腰の 
あたりに染みこんだ血。それがどこから流されたものなのかを、ぼくは知っている。 
 痛みがじわじわと広がってゆく。 
 ぼくはガノンドロフを打ち倒した。ぼくは自分の使命を果たした。喜びの絶頂にあって 
しかるべきなのだ。なのに、いまのぼくは、単純に喜びを感じることができない。 
 払わなければならなかった犠牲を考えると! 
 七年前、ぼくはゼルダの前で心に誓った。『君を守る。必ず』と。 
 その誓いを、ぼくは果たしたといえるのか? 
 確かにゼルダの命は守りきった。だが、命に劣らぬ大切なものを、ゼルダは失ってしまったでは 
ないか。 
 なるほど、力のトライフォースを取り戻すためには必要な代償だったのかもしれない。けれども、 
ぼくさえしっかりしていたなら、そこまでのことをしなければならない状況に、ゼルダが陥る 
ことはなかったのではないか。 
 その時のゼルダの苦しみは、いったいどれほどのものであっただろう! 
 自責の念が心をかきむしる。と同時に、それを凌駕する圧倒的な想いが湧き上がってくる。 
 無量の苦しみをも甘受し、断固たる意志をもって、文字どおり身を挺して、君は自らに課された 
務めを果たしきった。崇高ともいえるそのあり方、その生きざまに、ぼくは感動すら覚える。 
そして、そんな君のために──力の足りないぼくではあるけれど、それでも──何かができないか、 
何かをしてやりたいという切羽詰まった願望を、欲求を、どうにも抑えきれないところまでぼくは 
来てしまっている。 
(お互いを大事に思って……この人のそばにいたい、この人と一緒に生きていきたい、この人の 
ためなら何でもできる……って、思うようになるの) 
 あのアンジュの言葉の意味を、ようやく、ぼくは理解した。これまでわからなかった、ただの 
「好き」を超える、あの概念の本質を、いまこそ、ぼくは知ったのだ。 
 だから、ゼルダ、ぼくは、君に── 
「リンク」 
 かすかな声が万雷のごとく耳を打った。 
 ゼルダが目を開いていた。  
 
 沸き立つ感情をそのままぶつけるわけにもいかず、黙して見守るリンクの前で、ゼルダは 
ゆっくりと上体を起こした。 
「……ここは?」 
 周囲に目をやるゼルダに向けて、 
「ゲルド族の宿所さ」 
 強いて平静を装い、 
「君は、まる一日、眠っていたんだよ」 
 無難な台詞を送り出す。 
「まあ……」 
 たゆたっていたゼルダの視線が、こちらに寄せられる。 
「ここまで運んでくださったのですね」 
「ああ」 
「この寝床も?」 
「そう」 
「ずっとわたしについていてくれて?」 
「うん」 
「申し訳ありません。何もかも、頼りきりで……」 
 そんなことはない、むしろぼくの方が君に──とも告げられず、 
「これ……」 
 コップに水を汲み、差し出す。 
「戴きます」 
 ひと息に中身を飲み干したあと、 
「ありがとう」 
 微笑みとともにコップを渡してくるゼルダに、 
「もっと飲む?」 
 微笑みと言葉を返しながら、 
「いいえ、もう……」 
 自然に聞こえるやりとりが、 
「じゃあ、何か食べる?」 
 実は非常に不自然であると、 
「いいえ、それも、いまは……」 
 ぼくは感じずにはいられない。 
「どこか具合の悪いところは?」 
 思わず訊ねてしまう。直後、質問の馬鹿さ加減に気づく。 
「大丈夫です。気になさらないで……」 
 返事を聞いて、耐えられなくなる。 
「身体を拭くといい」 
 水の入った手桶とタオルを敷布の上に置き、リンクは足早に戸外へと出た。  
 
 すでに夜である。 
 闇に向かって、声には出さず、叫びを放つ。 
 ──気にならないわけがない! 
 穏便な会話を交わしている場合じゃない。互いが思うところを、はっきりさせなければ 
ならないんだ。その上で、ゼルダに言いたいことが、言わなければならないことが、ぼくには 
あるんだ! 
 激情が治まるのを待ち、ゼルダが身繕いにかける手間を考慮して待ち、さらにいくばくかの 
時間をおいてから、リンクは室内に足を踏み入れた。 
 ゼルダは敷布の上に正座している。汚れたタオルが手桶の縁にかけられている。両の手袋と 
額の飾りがはずされ、テーブルの上に置かれている。頭の後ろで結ばれていた髪が解かれている。 
他の身なりは前のままである。 
 どの程度の範囲を洗ったのかはわからないが、じっとすわっているのだから、洗いたい部分は 
洗い終えたのだろう。 
 横にどさりと腰を落とす。 
 うつむくゼルダ。こちらを見ようとしない。 
 ぼくの尋常ならざる様子を感じ取っているのだ。のみならず、ゼルダも何かを心に溜めている。 
その何かを、すっかり吐き出してもらおうじゃないか。 
 口を切る。 
「ゼルダ、ぼくは……」 
 切ってから、詰まる。 
「ぼくは……君を……いや……君と……」 
 言葉が思いに追いつかない。 
「君が……その……ぼくと……じゃなくて……」 
 言いたいことはあるのに、どう言ったらいいのかわからない。 
「つまり……あの時……ぼくは……君に……」 
 まず言わなければならないこと、ともかくそれを言わなければ。 
「……つらい思いを……させてしまって……」 
 ゼルダが顔を上げる。 
「あなたのせいではありません」 
 しんみりと、かつ、きっぱりと、断じるゼルダ。 
「だけど……」 
「あれしか方法はなかったのです。あれがわたしの運命だったのです。あなたはあなたの最善を 
尽くし、ガノンドロフを倒しました。あなたは、なすべきことをなしたのです」 
 胸が熱くなる。 
 なすべきことをなせ。それがぼくの信条だった。他ならぬゼルダがそう言ってくれるのなら、 
ぼくは…… 
 いや! しかし! 
「……でも……君の……純潔を……」 
 間があって── 
 静かに言葉は発せられた。 
「わたしは純潔ではありませんでした」  
 
 まず耳を疑った。が、それほど単純な言を聞き違えるはずもない。 
 次に頭に浮かんだのは、これは何かの例え話なのだ、という解釈である。 
 そうだ、そうとしか考えられない。ここまでのゼルダの人生をふり返るならば…… 
「シークとしての経験のことを、言っているんだね」 
 それが唯一の可能性──との信憑は、あっという間に崩される。 
「いいえ、ゼルダとしての経験です」 
 時間が止まったかと思われた。 
 まさか……まさかゼルダが……いったい…… 
「誰と?」 
 変わらぬ静やかさで、真実は告げられた。 
「あなたです、リンク」 
 
 言わなければならない。とうとう告白しなければならない。 
 わたしが犯してしまった罪のことを。 
 長きにわたっておのれを苛み続けてきた心の痛みを、改めて切実に意識する一方で、その痛みから 
やっと解放される時が来たのだという安堵の思いをも抱きつつ、表にあってはあくまでも淡々と、 
ゼルダは言葉を連ねていった。 
「わたしたちがハイラル城で初めて出会った日の夕方、わたしは『時のオカリナ』を持って、 
あなたの部屋を訪れました。覚えていますか?」 
 顔を茫然と固まらせたまま、リンクが頷く。 
「あの時、わたしは予知を得たのです。西の空に輝く予兆の星に喚起されて」 
 はたとリンクの表情が動く。 
 予知の内容を把握し、愕然となっていたわたしに、リンクは不審そうな態度で声をかけてきた。 
それを思い出しているのだろう。 
「予知って……どんな……?」 
 きれぎれに、リンクが問うてくる。 
 呼吸をひとつ挟んだのち、ゼルダは答えた。 
 
 コンヤ ワタシハ りんくト チギラネバ ナラナイ  
 
 その意図を告げた時のインパは──と、ゼルダは回想する。 
 いまのリンクに劣らぬ驚きようだった。 
『それは──』 
 と言いかけて、インパは言葉を切った。「正気ですか?」とでも続けたかったのだろう。 
王女に向けるべき台詞ではないと思ったか、さすがに口には出さなかったが、そうなじられても 
しかたのないほど、確かにあれは異常な主張だった。 
 晩餐の終わりに酒を飲んで酔いつぶれてしまったリンクを、客室に運んでベッドに寝かせたあと、 
インパを自室に誘った時のこと。 
 沈黙を続けるわたしの前で、インパは改めて口を開き── 
『確かにあの少年には──リンクには──見どころがあります。剣の腕は知りませんが、あの歳で 
魔物を倒したというのなら、大したものだと言えるでしょう。それに、正直だし、誠実だ。 
あなたが信頼を……好意を寄せるに値する人物だと、私も思います。しかし……』 
 語調を強めて── 
『それがどんなに危険な賭であるか、あなたにもおわかりでしょう』 
 かぶせるように── 
『ハイラルの未来。あなたの未来。それらがすべて、そこに懸かってくるのですよ』 
 厳しく言い募った。 
 そのとおり。ガノンドロフを倒すために必要不可欠な要素とはいえ、王女という立場を考える 
ならば、実に危険きわまりない行動だ。 
 けれども、わたしには確信があった。 
『わたしのお告げは……予知は……いつも正しかった。それは、インパ、あなたも知っている 
はずです』 
『それはそうですが……しかしこれはあまりにも……』 
『必要なことなのです』 
『なぜそこまで確信を持てるのです? それが必要だという理由が、私には理解できない』 
『理由は、わたしにも説明できません。でも、わたしにはわかるのです。それが絶対に必要な 
ことだと』 
 そう、その時のわたしは理由を知ってはいなかった。にもかかわらず、わたしには絶対の確信が 
あったのだ! 
 翻意させることはできない、とインパは悟ったのだろう。が…… 
『姫……』 
 次にインパは最後の抵抗を試みてきた。 
『つらい生涯を送ることになるかもしれません。それでもよいのですか?』 
 リンクは──第三者にしてみれば──どこの馬の骨ともわからない浮浪児だ。そんな相手と、 
一国の王女が、しかも九歳という幼さで、出会ってから半日かそこらのうちに、身体の交わりを 
結ぼうというのだ。そのような暴挙が人に知れたら、わたしは狂人と見なされ、王女の身分を 
剥奪されて、一生を幽閉のもとに過ごさねばならなかっただろう。最悪の場合、密殺すらあり得た。 
 それでもよかった。迷いはなかった。 
『わかりました……』 
 ついにインパは折れてくれた。 
『あなたは、あなたの信じる道をお行きください。私は全力でお守りします』 
『ありがとう、インパ』 
 心からの感謝だった。喜びすら、わたしは感じていた。 
 インパは複雑な表情をしていた。あるいは、こんなふうにでも考えていただろうか。 
 ──信頼し、好意を寄せる男性と結ばれるのだから、本来なら喜ぶべきことなのかもしれない。 
だが、その歳で、自分の純潔をも生涯をも懸けて、世界の救済を考えなければならないとは── 
と…… 
 
「──わたしは、予知に従いました。その夜、部屋で眠っているあなたを、わたしは訪い、そして、 
想いを遂げたのです──」 
 端的な事実のみをリンクに述べながら、とうてい口では言いつくせない当夜の記憶を、ゼルダは 
胸中で反芻した。 
 
****************************************  
 
 王家の私的な客を泊める部屋は、城の中でも奥まった部分に位置している。部外者の闖入は 
あり得ない。侍女や用人が訪れるのも、事前の取り決めがない限り、特に呼ばれた時だけだ。 
 だから見つかるおそれはない──と自らに言い聞かせながらも、深夜の廊下を忍び歩く 
ゼルダの目は、ともすれば、おどおどと周囲に向いた。万一の場合を考慮し、廊下の端でインパが 
見張りをしてくれている。それでも胸の動悸は治まらなかった。 
 自室からさほど離れていない、その部屋へと至るのに、かなりの時間を要した。 
 廊下の左右が無人であることを確かめる。そっとドアを開く。急いで中に身を入れる。 
ドアを閉める。施錠する。 
 ほっと息をつく。 
 すぐさま気を引き締める。 
 安心していてはいけない。肝腎なのはこれからなのだ。 
 室内の様子をうかがう。ベッド脇の机に置かれた蝋燭が唯一の光である。その弱々しい 
明るみの隅に、求める者の姿はあった。 
 ベッドの上。身体は毛布に覆われている。顔だけが見えている。 
 おそるおそる、歩みを寄せる。 
 両目は自然に閉じられている。かすかに規則的な寝息が聞こえる。 
 熟睡している。 
 小さく呼びかける。 
「リンク?」 
 無反応。 
 少し声を強めて、再度。 
「リンク?」 
 微動だにしない。 
 ふと、思う。 
『いまなら、まだ引き返せる』 
 即座に否定する。 
 ここで引き返すくらいなら、初めからこの部屋に来たりはしなかった。 
 行動に移る。 
 そろそろと、毛布を剥がし取る。 
 リンクの全身が現れる。両手を横に投げ出した、仰向けの姿。先刻、寝かせた時と、同じ格好。 
寝返りひとつ打った形跡はない。 
 少々のことでは目が覚めないよう、手は打っておいた。とはいえ、覚醒を呼びかねない 
振る舞いは、できるだけ避けねばならない。ことを容易にするため、寝間着に着替えさせて 
おいたのだが、全部を脱がせるのは危険すぎる。 
 寝間着の裾をめくり、下着に手をかける。細心の注意を払って、膝まで下ろす。 
 その部分があらわとなる。 
 男のそこがどんなふうになっているのかは、絵画や彫刻で知っていた。しかし実物を見るのは 
初めてである。 
 ペニス。 
 すべすべとした皮膚からちょこんと飛び出している様子がかわいらしくもあり、それが自分に 
もたらすであろう感覚を思うと空恐ろしくもある。 
 矛盾する感情の絡みが、心臓をどきどきと拍動させる。自分が自分でなくなりそうな気がしてくる。 
 頭を振る。 
 見ているだけでは何にもならない。 
 行為にあたって、そこがとるべき状態は、よくわかっている。相手の意識がない以上、こちらが 
その状態にしてやらなければならない。睡眠中でもそうなるのかどうか、一抹の不安はあるが、 
血管拡張による鬱血がその本態なのだから、物理的刺激で可能なはずだ。 
 ベッドの横に膝をつき、身を乗り出す。手を伸ばす。 
 触れる。 
 軟らかい。 
 指で押さえてみる。 
 微妙な弾力がある。 
 押さえたり、緩めたりを、ゆっくりと繰り返す。 
 明らかな変化はない。 
 表面をさすってみる。 
 軟らかいままだ。 
 もっと効果的なやり方があるのかもしれない。といって、他には何も思いつかない。  
 
 しかたなく、続ける。 
 そのうち、硬化の兆しが現れた。 
 胸の鼓動が速まってゆく。 
 男の性器をいじりまわしているわたし──と、いまさらながら意識してしまう。さらに動悸が 
強まる。顔面が、いや、全身の肌が、やけに熱っぽい。身体の中で何かがとろけていくような 
感じがする。 
 その心持ちが乗り移ったかのごとく、握っていたものは急に膨張の度合いを増した。多少の 
弾力は残っているが、最初に比べると段違いの硬さである。 
 手を離してみる。支えもないのに、それはまっすぐ上を指している。 
 これなら、いいだろう。 
 身を起こす。両手を衣服の奥にやり、下着を脱ぐ。 
 そこで、思い立つ。 
『せめて、わたしだけでも……』 
 着ているものを、すべて脱ぎ落とす。頭巾も取って、髪を背中に下ろす。ありのままの自分になる。 
 ベッドに上がる。 
 手を離している間も、それは屹立を保っていた。 
 腰に跨る。持つ。中心に触れさせる。 
 ぬるりとした感触で、自身の潤いを知る。 
 性的な興奮がそうさせる、との知識はあった。 
 そう、わたしは興奮している。昼間、手を握った時よりも、もっと互いに近しい形での、 
この身体の触れ合いによって。 
 ただ、触れ合う二人の一方は、その近しさを実感できていないのだ。 
 ゼルダは思う。 
 わたしは、いったい、何をしているのだろう。 
 ゲルド族の女は、捕らえた男に跨って一方的に情欲を満たすのだという。自分がしようと 
していることは──いかによんどころない事情があるとはいえ──それと違いはないではないか。 
 わたしは初めて。リンクも初めてに違いない。 
 初めての二人が、初めての夜を、こんないびつな形で迎えなければならないなんて。 
『でも……』 
 こうしなければならないのだ。 
「ごめんなさい、リンク……」 
 すべてを振り切る。一気に腰を沈ませる。 
 身を裂かれる凄まじい感覚! 
 ゼルダは耐えた。 
 どれくらいの時間が経っただろうか。 
 苦痛の中から、別種の所感が湧き起こってくる。 
 リンクと一体になったという、それは感動に他ならなかった。 
 ゆっくりと、身体を動かしてみる。 
 接する部分は、痛みとともに、かすかな、しかし明白な快感を訴えた。 
 このまま続けてゆけば……さぞかし……もっと…… 
「ん……」 
 呻きが聞こえた。 
 どきりとして、ずっと閉じていた目をあける。 
 視線が合った。リンクも目を薄く開いていたのである。 
『気づかれた!?』 
 さにあらず、束の間だった。リンクは再び目を閉じ、何ごともなかったかのように、従前どおりの 
安眠へと戻った。 
 目が覚めたのではない。大丈夫だ。認識はしていないはず。 
 けれども、これ以上は続けられない。 
 後ろ髪を引かれつつも、ゼルダは行為を中断した。目的自体は果たしたと確信されていた。 
 静かに身体を離し、ベッドから降りる。血に彩られたリンクの部分、そして自分自身を、 
手巾で拭き清める。着衣する。痕跡が残っていないことを確かめ、リンクの下着を元に戻す。 
毛布をリンクの上にかける。 
 ドアに歩み寄る。 
 ふり返る。 
『リンク……』 
 いつか必ず、すべてを話せる時が来る。その時までは…… 
 なお股間を疼かせる痛みにもまさる、心の痛みに苛まれながらも、おのれの行いの正しさを信じ、 
ゼルダはひっそりと部屋を去った。 
 
****************************************  
 
 驚きという言葉では表現できないほどの驚きに、リンクは支配されていた。 
 ぼくとゼルダが、あの夜、結ばれていただって? 
 信じられない! とても信じられない! 
 そんなことがあったら、絶対、気づいていたはずだ。確かにぼくは酔っぱらっていたけれど── 
 待てよ……酔っぱらっていた? 
「晩餐で、ぼくに酒を飲ませたのは……」 
「そのためです。眠りを深くする薬も入れてありました」 
 そこまで…… 
 あの席でゼルダは、酒を勧めたのはうっかりしていたから、とか言っていたが、あれは真意では 
なかったのだと? 
 それにしたって、朝、起きた時、何か察することくらいできなかったのか、ぼくは? 
『いや!』 
 ぼくは察していた! 「何か変だ」という気がしたのだ! 何がどう変なのかわからないまま、 
インパが部屋に入ってきて── 
 そのインパは、ぼくにこう訊ねた。 
(夜の間のことを、何か覚えているか?) 
 探りを入れてきたのだ! すべてを知らされていたに違いないインパが! 
 ぼくは思い出せなかった。それでもインパは駄目押しをした。ぼくを挑発して、立ち合いに 
誘いこんで──もちろん剣の稽古をつけてやるとの目的もあったのだろうけれど──かすかに 
残っていたぼくの起き抜けの当惑を、完全に消してしまったのだ! 
 そしてゼルダ! 
 晩餐の間、ゼルダは饒舌だった。ぼくとの会話を楽しむ素直な態度というだけでなく、大事を 
前にしての心の動揺を隠そうする意識の表れだった、とも解釈できる。 
 一方、朝食の席でのゼルダは、いっときは陽気であっても、おおむね、やけに静かだった。 
無理もない。初めての体験をした翌朝、当の相手と顔を合わせていたのだから。 
 そうした様子に不審を抱いたぼくを、またもインパが誘導した。 
(ゼルダ様は、お前を酔わせてしまったことを、申し訳なく思っておられるのだよ) 
 ゼルダはそんなことを思ってはいなかった。インパの台詞に驚いていたのが証拠だ。もっとも、 
その助け船に乗じて、すぐゼルダは話を合わせてきたのだったが。 
 インパに関しては、他にも思い当たる点がある。 
 七年前の世界で、『闇の賢者』として覚醒するのに必要、と契りを申し出た時、インパは 
ベッドを整えながら、独り言のように──いかにもうっかり口から出してしまったというふうに 
──こう呟いた。 
(お前も一応、経験はあるのだし……) 
 どうして経験があるとわかるのか、と訊くと、インパは虚を突かれたような顔になった。 
実際に虚を突かれていたのだ、あの時のインパは! 
(お前はすでに他の賢者と契りを交わしている。そうなのだろう?) 
 などと取り繕っていたが──それが事実であったためにぼくも騙されてしまったのだが── 
インパの言う「一応」の「経験」とは、ゼルダとのことを指していたに違いないのだ! 
 もはや疑う余地はない。 
 ゼルダはガノンドロフとの行為で出血していたではないか、との反論も、反論にはならない。 
サリアがそうだった。すでに経験があったにもかかわらず、大人のぼくとの交わりで、サリアは 
出血をきたしていた。子供のぼくしか知らなかったゼルダが、ガノンドロフの巨根を受け入れて、 
出血しないはずはなかったのだ。 
 それに、きわめつけがある。 
 ぼくが何度となく見てきた、ゼルダの夢。 
 七年前、カカリコ村へ向かう途中で、初めてその夢を見た時、始まりは、こんな具合だった。 
(霧のかかったような、ぼんやりとした風景。目を凝らしてみても、その霧は晴れそうにない) 
 その雰囲気は、まさしく── 
(霧のかかったような、ぼんやりとした頭。考えてみても、その霧は晴れそうにない) 
 ──インパの質問に応じて、夜の間の記憶をまさぐった時のぼくの印象と、全く同じだったでは 
ないか! 
 素裸で、髪を背中に下ろして、首をややのけぞらせて、両目を閉じて、眉間に軽く皺をよせて、 
わずかに口を開いて、苦しいのか嬉しいのか判然としない、得も言われぬ表情をしていたゼルダ。 
 ガノンドロフの夢がぼくの実際の記憶だったように、あのゼルダも、ただの夢ではなく、ぼくの 
無意識の記憶だった。おそらく一過性に眠りが浅くなっていたのだろう。その時に垣間見た 
ゼルダの姿を、ぼくは脳裏にとどめていたんだ! 
 信じよう。認めよう。ぼくとゼルダは、あの夜、結ばれていた。 
 だが! 
 納得できないことが残っている。 
「なぜ、ぼくに何も言ってくれなかったんだ? 君だけじゃない、インパもだ。どうして秘密に 
しなければならなかった? そもそも、七年前のぼくたちの契りに、どんな意味があったって 
いうんだ?」  
 
「当時のわたしが知っていたのは──」 
 淡々とした挙措を崩さず、ゼルダは語る。 
「──あの夜のわたしたちの契りが、ガノンドロフ打倒に際して必須の事項である、ということ 
だけでした。具体的な意味までは、わかりませんでした。この件をあなたに告げなかったのは、 
告げてはならないとの制約を、予知が課していたからです。その理由も不明でした」 
 全く答になっていない。当時のゼルダが知らなかったことを、いまのゼルダは、いつ、どこで、 
どうやって知ったというのか。 
「時の神殿であなたと再会した時、『時の賢者』としてのわたしが、どういう立場であったか、 
あなたには、わかりますね?」 
 ゼルダの立場? 『時の賢者』としての? 
 思い至る。 
 子供のぼくと七年前に交わったゼルダは、時の神殿に現れた瞬間、『時の賢者』として── 
「半覚醒?」 
「はい」 
 頷くゼルダ。 
 そうだ、半覚醒。だからゼルダは時の神殿のまわりに結界を張ることができた! 
 言葉が継がれてゆく。 
「『時の賢者』として覚醒したわたしがガノンドロフを封印する、というラウルの計画は、 
わたしがガノンドロフに拉致されたことで、脆くも破綻しました。けれども、ラウルの計画とは 
無関係だった、わたしの半覚醒が、情勢を転回させる『切り札』となりました。その『切り札』を、 
いかにして切るか。わたしがそれを悟ったのは、ガノン城で、ガノンドロフの前に立った時でした。 
そこで初めてわたしは、遠い昔から決定づけられていた、動かしようのない、自らの予知の全貌を 
知ったのです」 
 あの時! すべてを諦めてしまったと見えたゼルダが、実は逆転の端緒を開いていた、あの時! 
「半覚醒は、所詮、真の覚醒ではありません。また、契りの際、あなたに意識がなかったせいも 
あって、わたしが発揮できる能力は、ごく限られたものでしかなく、ガノンドロフを封印するという 
本来の目的を果たすには足りませんでした。それでも、六賢者の助けを得て、ガノンドロフの力を 
一時的に抑えるくらいは可能だったのです。結局は、あなたの活躍もあり、封印を超える成果が 
得られました。力のトライフォースを取り戻した上で、ガノンドロフを完全に滅ぼすことが 
できたのです」 
 ラウルの計画は破綻する運命にある、と、すでに七年前、ゼルダは──知らず知らずのうちに 
──見通していた。そして事態を理想的に決着させるための布石を打った。それがぼくとの 
契りだったと! 
「このことを秘密にしなければならなかったのは──」 
 ああ、ここまでくれば、ぼくにもわかる。 
「──シークがゼルダでありラウルであるという知識を、あなたが持っていてはならなかったのと、 
同じ理由です」 
 ツインローバだ。人の心を読む能力を持ったツインローバに、この件が漏れるのを防ぐためには、 
ぼくにさえ真相を伏せておく必要があった。 
「ガノンドロフは、賢者の覚醒があなたとの契りによってもたらされることを、すでに知っていた 
はずです。加えて、時の神殿にひそませた影を通じ、わたしが『時の賢者』であるとの情報を 
得ました。その上、もし、わたしたちの過去の契りのことまで知っていたら、ガノンドロフは 
賢者であるわたしを──完全な覚醒はしていないとしても──警戒し、不用意に身を近づけたりは 
せず、結果、わたしの『切り札』は不発のまま、すべてが終わっていたでしょう」 
 つまりゼルダはそこまで予知していた。ゼルダの予知はどこまでも完璧だったのだ! 
「納得したよ。何もかも」 
 黙っていなければならなかったのは、ゼルダにとって、途方もない重荷であったに違いない。 
 そんな重荷も、もう担う必要はなくなったんだ。 
 手を差し伸べる。 
 その手を、ゼルダは取らなかった。 
 顔をうつむかせて。  
 
 差し伸べられるリンクの手を、わたしは取れない。取ってはならない。 
 切々たる想いに胸を衝かれながらも、ゼルダはその想いを押し殺した。 
 言うべきことは、これからなのだ。 
「わたしは罪を犯しました」 
 ややあって、 
「ゼルダ……」 
 届くリンクの戸惑い声を、敢えて聞き捨てる。 
「あなたとの契りは、ガノンドロフを倒すために、必要な行動でした。ただ、それは、あなたの 
人格を無視した行動でもありました。あなたを目的のための手段として扱った──と言われても、 
しかたがありません」 
 声は返らない。 
「わたしは、さらに愚かでした。おのれの未熟さを顧みず、先んじてトライフォースを手に入れ、 
聖地を制御し、ガノンドロフを倒そうなどと……そのためにあなたを争いに巻きこみ、『光の神殿』に 
封印させてしまった……あなたの七年間を奪ってしまったのです……」 
 なおも無言のリンク。 
「そしてシークのこと……あなたの封印が解かれたあとも、真実を告げず、シーカー族と偽って 
あなたに接してきた……わたしはあなたを欺くばかりでした……」 
 ここまでなら!──と、ゼルダは心の中で叫ぶ。 
 ここまでなら、まだ、許しを請うことができた。時の神殿で思い定めたように。 
 しかし…… 
 いかに使命のためとはいえ、わたしはガノンドロフを、この身に受け入れてしまった。 
 悔いているのではない。 
 ハイラルの運命を背負う、王女として、賢者としてなら、なすべき行いであったと胸を張れる。 
 けれども、リンクとともにあろうとする一人の女としては、許されないことだった。 
 リンクがわたしに向ける想いの中身を、わたしは知っている。 
 その想いを受ける資格が、もはや、わたしには、ない……  
 
「勝手なことばかり言わないでくれ」 
 硬い声。 
 思わず目を上げる。 
 こわばった表情が、そこにあった。 
「ぼくを争いに巻きこんだ、だって? ぼくは巻きこまれて戦ってきたわけじゃない。そもそもの 
始まりはデクの樹サマだ。君と出会う前だった。出会ったあとも、ぼく自身が望んで戦って 
きたんだ。世界のために。君のために。それは君にもわかってるはずだ」 
 気負った態度で── 
「ぼくの七年間を奪ったって? 君はどうなんだ? その間、君は女であることを捨てて、 
さんざん苦労して、それに比べりゃ、ぼくの七年間が何だっていうんだ? ぼくはその七年間、 
ただ眠ってただけだ」 
 ぞんざいな口調で── 
「シークのことも気にしちゃいない。シークでいる間、君はゼルダの記憶がなかったんだから、 
いまの君がどうこう言う必要はないんだよ。シークはいつもぼくを助けてくれた。いくら 
感謝してもしきれない。こんな無鉄砲なぼくに、よくつきあってくれたと思う。こっちが謝りたい 
くらいさ。そのシークの中には君がいた。君はずっとぼくと一緒だったんだ。それで充分さ」 
 限りない率直さで── 
「そりゃ、自分の知らない間に、君と結ばれていたなんて、驚きだよ。ほんとうに驚いたさ。 
だけどガノンドロフを倒すために必要なことだったんなら、全然、いっさい、何の文句もないね。 
それどころか、ぼくの最初のひとは君だったわけで、君の最初のひとはぼくだったわけで、 
こんなに嬉しいことが他にあるかっていうくらいさ」 
 次々と言葉がぶつけられる。圧倒される。 
「君に訊こう。その予知とやらで、契りを結べという相手が、ぼく以外の人物だったとしたら、 
君はやっぱりそれに従ったかい?」 
 そんな仮定は意味がない。勇者であるリンク以外の人物では生じるはずのない予知だったのだから。 
 とはいえ…… 
「どうなんだ、ゼルダ。答えてくれ」 
 思い出す。 
 契りの翌朝、一時的にでもリンクと別れなければならなかったことで、わたしの心は揺れていた。 
ハイラル城の主塔に登って、平原を行くリンクを捜し求めたのは、それゆえだった。 
 そんなわたしの心の揺れを、インパは見抜いていた。もう引き返せない所まで来てしまったのに、 
かくも軟弱なありさま、気丈なようでも、やはり少女は少女に過ぎないのか──と案じたのだろう、 
残酷ともとれる質問を放ってきた。 
(後悔してはいませんか?) 
 もちろん後悔などしていなかった。インパもそれは知っていたはず。いまさら何をうじうじして 
いるのか、と、敢えてわたしを煽ったのだ。 
 けれどもわたしは、いくら煽られようと、平静な態度を保っていられた。 
 信じられるものがあったから。 
 このわたしを、王女という器としてではなく、一人の人間として見てくれるリンクがいたから、 
わたしはわたしの道を進むことができたのだ。 
 また、別荘での入浴時。 
 契りの記憶に動かされ、思わず秘部に近づけてしまった指を、次にわたしは、明らかな意図で、 
そこに触れさせた。リンクの顔を目に浮かべながら、リンクに会いたいと願いながら、契りの際は 
不完全に終わった、あの快感を、わたしは再現し、追求しようとしたのだ。 
 中断されたその試みは、七年後、妖精の泉で全うされた。 
 かつての経験により、さほどの抵抗も覚えず、そこに指を挿し入れることができたわたしは、 
絶頂に至って、他ならぬリンクに──七年前のようないびつな形ではなく、自然な形で── 
「こうされたい」とまで思ったのだった。 
 そう、すべてはリンクだからこそ! 
 でも……でも……  
 
「でも……わたしは……ガノンドロフと……」 
 舌打ちの音。 
「ちょっとあそこに突っ込まれたくらい、何だっていうんだ!」 
 暴言── 
 さすがに言いすぎと思ったか、しばしリンクは悄然となった。 
「すまない……」 
 が、声は再び熱を帯びる。 
「だけど誤解しないでくれ。君の苦しみを無視してるわけじゃない。初めてじゃなくても 
苦しいのに変わりはなかったってことはよくわかってる。ぼくが言いたいのは、そうじゃなくて 
……ガノンドロフは……母さんを……」 
 リンクの顔が大きくゆがむ。 
「ぼくの母さんを……犯したと……言ってたけれど……ほんとうなのかどうか、わからないけれど 
……もしほんとうだとしても……母さんがぼくを守ってくれたことは確かなわけで……だから…… 
母さんがあいつに何をされていたって、ぼくは母さんを責めたりはしない。するもんか! それは 
君でも同じことだ!」 
 ずいと顔が迫ってくる。 
「ガノンドロフを倒すためには他に方法がなかった。君はそう言ったじゃないか。自分を 
犠牲にしてそこまでのことができた君を、ぼくは尊敬さえするよ。なのに君自身はそれを 
気にしてる。そんなことはどうだっていいんだ。それだからといって君が君でなくなるわけじゃ 
ないんであって、それもこれも全部引っくるめて君なんであって、それであろうとなかろうと 
関係なくぼくにとって君は君なんであって……だから……君はもう……ぼくは……そんな君が…… 
くそ、なに言ってるんだ、ぼくは……」 
 怒濤のようだった言葉の連続が、暫時のよどみを示し、リンクは苦々しげな表情となった。 
「そのへんを云々してたら、ぼくの方はどうにもならない。あっちこっちでいろんな女の人を 
抱いてきて……君はシークで、いきさつを全部知ってるから、隠し立てのしようがないから 
正直に言うけれど、そういう自分を悪いとも間違ってるとも考えちゃいないんだ、ぼくは。 
そんなぼくを、いったい君はどう思ってるんだ?」 
 わたしとリンクとでは相手の事情が違う。リンクの場合は── 
「賢者を覚醒させるためには、必要だったと──」 
「建て前じゃない。君がどう思うかを訊いてるんだ。君はここに──」 
 右手をつかまれる。ぐいと引き寄せられる。 
「知恵のトライフォースなんかくっつけてるから、頭がまわりすぎるんだ。理屈はいい。 
君の本音を聞かせてくれ!」 
 わたしの本音? リンクに対する? 
 リンクは誰に接する時も真剣だった。そのあり方をどうして非難できるだろう。ただ、 
わずかでもいい、それ以上の真剣さを、わたしに向けてくれるなら、と…… 
 リンクが目を背ける。 
「そりゃ、ぼくなんか、君と違って……シークの君に言われたように、行動する時の考えが 
浅いから……そのせいで、ガノンドロフとの戦いでも、散々な目に遭って、君にかっこ悪い 
ところを見られて……」 
 そんなことでわたしの心が動くはずもない! 
 同時に、悟る。 
 まさに同じ内容のことを、さっきからリンクはわたしに告げているのだ。 
 そんなことでぼくの心が動くはずもない──と。  
 
 リンクが向き直る。 
「それでもぼくは、言いたいことは言うぞ。自分勝手でも、情けなくても、かまうもんか。 
君に言わなきゃならないことが、ぼくにはあるんだ」 
 ──まっすぐ突きつけられるリンクの視線…… 
「七年前、ハイラル城で君と初めて会った時、『ハイラルを守ることができるのは、わたしたちだけ』 
って、君は言ったね。『わたしたち』って。世界の危機を真剣に考えていたのは、ぼくだけじゃ 
なかった。その一体感が、ぼくにとっては感動だった。あの時にもう、君とぼくとはひとつ 
だったんだ。そうじゃなかったのか?」 
 ──ああ、わたしも、あの一体感の喜びを忘れはしない…… 
「君が耳飾りを見せてくれた時、顔を間近で見合わせてしまったのを、君は覚えてる? ぼくは 
どきどきしながら……どこか、いい気持ちがして……あの時ぼくたちの間には『何か』が 
始まったんだとぼくはずっと思ってきて……君はあの時、何を考えてた?」 
 ──あの時わたしは……あのままリンクと顔を寄せ合っていたいと……そして、リンクが 
わたしにそれ以上の何かをするのではないかと、ひそかに期待して……そう、あの時こそが、 
わたしたちの…… 
「あのあと、ぼくたちは友達になったね。七年後のこの世界でも、ぼくとシークの君は、ずっと 
一緒に戦ってきた。戦友さ。で、いまはどう? まだ友達? それだけ? もっと別の関係に 
なれないのか?」 
 ──別の関係……それ以上の関係……七年前にわたしが期待していたような関係…… 
「時の神殿で、七年ぶりにゼルダの君と会えて、ぼくは嬉しかった。心の底から嬉しかった。 
君に会うために戦ってきたんだ。君は? ぼくに会えて、君は嬉しかったかい?」 
 ──もちろん……もちろん……でも……でも…… 
「でも……わたしには……その資格が……」 
 ──これが最後の壁……けれどすでに形ばかりのそれを── 
「君には資格がない。そう言いたいのか? いい加減でわかってくれ。建て前は聞き飽きた。 
ぼくは君の本音が聞きたいんだ。何もかも吐き出して、その上で、君がぼくと、どうありたいのかを!」 
 ──リンクはいとも軽々と……ああ、もうすべて言い破られてしまった…… 
「言えよ。君が思うとおりのことを」 
 ──言いたい…… 
「言えったら」 
 ──言わなければ…… 
「言えないのか?」 
 ──わたしがリンクと、どうありたいのかを…… 
「じゃあ、ぼくが先に言ってやるよ。生まれて初めて、ぼく自身の本心として、この言葉を言ってやる」 
 ──妖精の泉で封じた、あの言葉を…… 
「君が何と言おうと」 
 ──リンク…… 
「他の何がどうであっても」 
 ──ああ、リンク…… 
「ぼくは君を愛してる!」 
 ──あ…… 
「何度でも言ってやる。ゼルダ、君を愛してる! 愛してる! 愛してる! さあ、君は?」 
 ──わたしは…… 
「君は?」 
 ──あなたを…… 
「聞こえないよ! ゼルダ!」 
「愛しています!」  
 
 ゼルダはリンクに身を浴びせる。リンクはゼルダを受け支える。 
「愛しています……リンク……」 
 あらわな嗚咽をまじえながら、 
「……愛して……いるわ……」 
 声は少しずつ消えてゆく。 
 逆に、リンクをかき抱く腕の力は強く、さらに強く…… 
「ゼルダ……」 
 リンクが呟く。放心したように。 
 それでも、ゼルダをかき抱く腕の力は強く、さらに強く…… 
 息がつまるほどの抱擁が、どのくらいの間、続いただろう。 
 腕の力が、わずかに緩む。 
 向かい合う、顔と顔。 
 ゼルダは言う。 
「だから……」 
 続く言葉は、しかし喉にとどまった。 
 リンクも言う。 
「ぼくも……」 
 やはり言葉は、そこで途切れる。 
 想いがこみあげ、涙があふれて、またもゼルダはリンクの胸にむしゃぶりついた。 
 合わせてリンクの両腕も、ゼルダを深く包みこむ。 
 もう、何も言わなくていい。言わなくても、わかる。 
 ただ、こうして、固く、強く、結び合っていれば。 
 真実の時が舞い降りる。 
 至上の時が流れてゆく。 
 長い、長い、旅路の果てに── 
 ──わたしたちは…… 
 ──ぼくたちは…… 
 とうとう、ついに、ここまで来た── 
 
 無人の街の片隅に立ち残る、古びた一軒の家。 
 ほの暗く窓に映る、ささやかな暖炉の炎。 
 暗黒の夜に覆われた廃墟に灯る、たったひとつの命のしるし。 
 そのかぼそい光に染められて、硬い床にしつらえられた、粗末な仮の褥の上で、男と女が 
抱き合っていた。 
 運命に翻弄されつつも、自ら運命を切り開いてきた、若い二人。 
 リンクとゼルダ。 
 互いを想いさすらう魂を、二人は、いま、まさに触れ合わせながら、優しくも狂おしく 
燃え震えていた。 
 
 
To be continued.  
 

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