目眩。 
 軽い衝撃。 
 脳が次第に活動を始める。衝撃の本態が認識される。 
 落とした膝が床にぶつかったのだった。 
 膝の皮膚は露出していた。膝だけでなく、脚全体がそうだった。肌着に覆われてはいなかった。 
 確かめる。 
 子供の自分を発見する。 
 床に膝をついたまま、リンクはがっくりと首を垂れた。起き上がれなかった。身体に力が 
入らなかった。 
 ぼくは過去に戻ってしまった。二度とゼルダに会うことはできない。 
 暗澹たる思いが、ずっしりと胸に沈澱するのを、いかにしても防ぎ得ないリンクだったが、 
しばらくののち、どうにか気力を奮い起こした。 
 ぼくには、なすべきことがある。 
 時の勇者としての最後の使命。みなが幸せに生きることができ、賢者が賢者として覚醒せずとも 
すむ、真に平和な世界を作り上げる。それを果たすことこそが、ゼルダへの、ぼくの愛の証となる。 
 どうやって果たせばいい? 
 ともかく現状を把握しなければ──と、自らを督励しつつ目を上げたリンクは、自分がどこに 
いるかを知り、意外な感に打たれた。 
 剣の間ではない。時の神殿の中ではあるが、その手前にあたる吹き抜けの部屋だ。三つの 
精霊石を置く石板の前に、ぼくは跪いている。 
 奥を見る。これまで常に開かれていた『時の扉』が、いまはぴったりと閉まっている。 
『時の扉』を閉ざすと言っていたゼルダが、言葉のとおりにしたらしい…… 
 いや、違う。あれは未来の『あの世界』の話だ。過去の『この世界』に影響するはずがない。 
だが、それなら、なぜ扉は閉じられている? 
 混乱しながら立ち上がる。別の情報を求めてさまよわせた視線が、石板の上で停止する。 
 左側の窪みに『コキリのヒスイ』が填っている。ところが真ん中と右側には窪みがあるだけだ。 
『ゴロンのルビー』と『ゾーラのサファイア』は影も形もない。どうして一つきりなのか。 
 なおも混乱する頭を必死で整理する。 
 そもそも、いまは、いつなのだろう。根本的な過去改変ができる時点にぼくを帰す、とゼルダは 
言ったが、そこを明確にしておかないことには…… 
 左手に目がとまる。甲は空白。勇気のトライフォースは宿っていない。 
 持ち物を調べてみる。 
 あるもの。コキリの剣。デクの楯。サリアのオカリナ。パチンコ。デクの実。コキリの森を 
出た時から持っている身の回りの品。それだけだ。 
 石板にない二つの精霊石は、所持品の中にも見当たらない。『時のオカリナ』もない。 
爆弾もない。ブーメランもない。ゼルダの二通の手紙もない。ルピーや食料すら持っていない。 
『ということは……』 
 理解した。 
 これまでの過去への旅とは違う。既知の時点に戻っている。 
 石板に『コキリのヒスイ』しか填っていないのは当たり前だ。「ついさっき」ぼく自身がそこに 
置いたんだ。 
 手を伸ばす。あっさりと窪みからつまみ上げられる緑色の宝石。 
 ぼくは「以前すでに」やったことを「いま初めて」やっている。 
 そして、このあと、ぼくは……  
 
 向きを変える。部屋の出口へと走る。 
 明るい日光の下に出るやいなや、鋭い声が飛んできた。 
「おい、お前、いつの間に神殿に入った?」 
 驚いてふり返る。入口の脇に二人の兵士が立っていた。いかめしい顔をした、その片方が、 
あの邪険な口調もそのままに、続けて声を投げてくる。 
「ここには王家の許可がないと入れんのだ。勝手に入った者は罰せられるんだぞ」 
 リンクは返事ができなかった。 
 そう、ここでぼくは呼び止められる。驚くまでもなかった。こうなるはずだったんだ。次に 
ぼくは口答えをするのだけれど、いまは邪険なこの兵士も、ハイラル城がゲルド族に襲われる 
際には、城門の前で『生きてゼルダ様をお守りしてくれ!』とぼくを励ましてくれるわけで、 
それを思うと── 
「さっき俺たちがあっちで話している間に入ったんだろう。子供なんだから許してやれよ」 
 もう一方の兵士が、あの親切な口ぶりで、穏やかに割って入ってくる。するべき口答えを 
しなかったにもかかわらず、ことは決まったとおりに進んでゆく。 
「……まあいいだろう。何かに触ったりしなかっただろうな?」 
「いや……何も……」 
 ようやく口が反応した。 
「よし、もう行け。二度と勝手に入るんじゃないぞ」 
 リンクは軽く頭を下げ、兵士たちに背を向けた。去りつつ後ろの会話を聞く。 
「まったく、こんな古びた神殿の見張りを、なんで朝から晩までやらなきゃならないのかね」 
「言うな言うな、これも仕事だよ。王家にとっちゃ、しごく大切な場所らしいからな。なんでも 
ゼルダ様ご自身、見張りが必要とおっしゃったそうだ」 
「ほう、ゼルダ様がね。なら、しかたがない。仕事に励むとするか」 
「ゼルダ様のご命令なら、か?」 
「そうとも。あの姫様のおっしゃることなら、何はさておいても聞いて差し上げなくては」 
「調子のいいやつめ」 
 行くにつれ兵士たちの声は消えてゆき、代わりにざわめきが高まってくる。人の数が増えてくる。 
大通りに至ってそれらは頂点に達する。 
 真昼のハイラルの城下町。 
 あらゆる年齢の男女が、てんでばらばらな方向に歩き、あるいは走りながら、意味のわからない 
──いや、いまなら多少は理解もできる──話をし、けたたましく笑い、大声で怒鳴り、商人が 
客を呼ぶ声、辻音楽師の奏でるにぎやかな音楽なども加わって、混乱のきわみを呈しつつも、 
全体としては奇妙にまとまった世界を形作っていた。 
 ぼくがこの町に初めて来た時と全く同じ情景だ。それもそのはず。ぼくは、まさに今日、 
この町に着いたのだから。 
 耐え難いほどの喧噪が、無性に喜ばしく、懐かしい。 
 だが、この能天気な平和ぶりの裏では、すでに悲劇への胎動が始まっている。それをぼくは 
食い止めなければならない。そのために、まず、なすべきは…… 
 ゼルダに会うことだ! 
 過去に戻ったいまとなっても、ぼくは『この世界』のゼルダになら会うことができる! 
 小さな身体を雑踏の中に割りこませ、リンクは一心に足を進めていった。  
 
 いまだ威容に翳りもない、白亜のハイラル城が見えてきた所で、リンクは歩みを止めた。 
城門まで行っても、衛兵に追い返されることはわかっていたからである。道端の木の横に立ち、 
来るべきものをリンクは待った。 
 ふと地面に目が行った。木の影が木ならぬ形状を呈している。見上げると、いつの間に 
飛来したのか、ケポラ・ゲボラが樹上にとまっていた。無言の対峙を経て梟は巨大な図体を 
飛び立たせ、ハイラル城の主塔のまわりを旋回したのち、内壁の一角に降着して左の翼を開いた。 
記憶にあるままの一場だった。 
 城下町の方から、のんびりとした調子で一台の馬車がやって来た。御者台にいるのは、もちろん 
タロンである。 
 やり過ごしてから後ろにつき、荷台に侵入する。ミルク壺の間に身を隠す。 
 馬車はゆっくりと進んでいった。城門の衛兵による監視を突破し、もう一カ所の警備も無事に 
切り抜ける。やがて馬車が動きを止める。リンクはこっそりと荷台を降り、堀の中の足場に 
ひそんだ。作業を終えたタロンが馬車で去ってゆくのを確かめて、堀から上がる。尖塔の上の 
ケポラ・ゲボラが城の内壁を翼で示す。そこに開いた穴から水路に入り、身体を縮めて這い進む。 
 広い庭に出る。散らばった衛兵の目をかいくぐって奥まで行く。小さな門の前に数人の兵士。 
ケポラ・ゲボラが彼らの注意を奪っている間に、背後をすり抜けて門に到達する。その陰に隠れて 
呼吸を整える。整えつつ思考をめぐらせる。 
 ここまでは筋書きどおりの進行だ。何が起こるかわかっているから、楽に対応ができる。だが、 
いつまでも筋書きに従ってはいられない。どこかで歴史の流れを変えないことには、悲劇の開幕を 
防げない。 
 いかにして? 
 まず何に対処すべきかは承知している。けれども、どうすればそれが可能となるか、細かい点は 
あやふやだ。 
 心を決める。 
 考えるばかりでは解決しない。行動しなければ。 
 先を目指す。通路は左に折れ、すぐに別の空間が現れる。 
 さほど広くはない、円形の中庭。まわりは城の建物に囲まれ、中央には色とりどりの花が咲いた 
花壇がある。 
 その向こう。庭の反対側。 
 周囲より少し高くなった狭い壇上に、一人の人物が背を向けて立っている。見覚えのある子供の 
背格好。白と紫の清楚な服。頭には同じ色の組み合わせの頭巾。 
 そっと歩を進める。物音を立てたつもりはなかったが、その人物は、さっと後ろをふり返った。  
 
「誰?」 
 ゼルダが言う。 
「あ、あなた、誰なの? どうやってこんな所まで……」 
 動揺がこもった、鋭い、しかし、よく通る声。 
「ぼくは……」 
 リンクは口を開きかけた。が、胸がいっぱいで、言葉が続かない。 
「あら……その緑色の服……」 
 ゼルダの口調が変わる。 
「あなた……森から来た人なの? それなら、『森の精霊石』を持っていませんか? 緑色の 
きらきらした石……」 
 その言葉。ぼくの覚えと寸分違わないその言葉。 
「持っているのでしょう?」 
 ぼくは君を知っている。未来の君まで知っている。だけど君はぼくを知らない。初めてぼくに 
会っている君なんだ。ここまで来るには来たけれど、そんな君に、ぼくはどう接したらいいのだろう。 
「おかしいわね、あなたがお告げの人だと思ったのですが……」 
 ゼルダが表情を曇らせる。唐突に心が動かされる。 
 知らせるべきことは、知らせなければならない。 
「これ……」 
 やっとそれだけを呟き、懐から『コキリのヒスイ』を取り出す。 
「やっぱり!」 
 ゼルダの顔がぱっと輝き、次いですぐに深刻な色を帯びる。 
「あなたがこれを持っていることを、誰にも言ってはいけませんよ」 
 もちろん誰にも言うつもりはないが、問題はぼくが君に何を言うかだ。『この世界』の君に 
対してどうすれば、『あの世界』の君が望んだふうにできるのか、いまだにぼくは明確な答を 
出せない。 
「おしゃべりな男の方は、よくありませんよ」 
 拗ねたような顔になるゼルダ。惑いはいったん措かざるを得ない。かわいいと思わずには 
いられない。自然に返事が口から出る。 
「いや、誰にも言わないよ」 
 ゼルダの表情が和らぎ、笑みが満ちた。 
 そうなるとわかっていても見とれてしまう。かわいいだけじゃない。美しい……いや、 
それだけでは表現できない、慈しみにあふれた、この笑み…… 
 またゼルダが口調を変える。あわてた様子となって。 
「あ、ごめんなさい。わたし、夢中になってしまって。まだ名前もお教えしていませんでしたね」 
 呼吸が一つ挟まれた。周囲の空気が引き締まる。 
「わたしはゼルダ。ハイラル王国の王女です」 
 言わずと知れたその素性。しかし自ずから感慨は呼び覚まされる。 
 子供のぼくよりもやや背が低い、小さな存在でありながら、名乗りを上げる君の声には、王女に 
ふさわしい威厳が漂っている。だがその威厳は、先に見た、いかにも子供らしく移り変わる仕草や 
表情と、何の不自然さもなく同居している。 
 一国の王女であり、かつ血の通った一人の女の子。 
 改めて実感する。 
 なんという魅力だろう。 
「あなたの名前は?」 
 問いかける声。意識が浮遊し、口は半ば自動的に答える。 
「リンク」 
「リンク……」 
 ゼルダは繰り返す。何かを思い出そうとするように。 
「不思議……なんだか懐かしい響き……」 
 懐かしい? どうして? 前に聞いた時は気にも留めなかったけれど、考えてみれば妙だ。  
 
「ゼルダ……」 
 今度はこちらから呼びかける。 
「はい」 
 礼儀正しく律儀に返事をするゼルダ。 
「君は、ぼくのことを知っているの?」 
 ゼルダは話し始めた。夢のお告げの件だった。 
 ──ハイラルが真っ黒な雲に覆われる中、森から現れた一筋の光が、緑に光る石を掲げた人の 
姿に変わった。緑色の服を着たリンクが、その人、すなわちコキリの森からの使者である── 
 続けてゼルダは、『森の精霊石』にまつわる王家とデクの樹の関係を語った。リンクも 
デクの樹からここへ来るよう指示されたことを伝え、しかし一方では疑問に囚われていた。 
 ゼルダの話の内容は、前と全く変わっていない。ぼくの名前に懐かしさを感じたのは、 
『あの世界』のゼルダの記憶が、何かの具合で『この世界』のゼルダの記憶に影響したせいか、 
と思ったのだが、そういうわけでもないらしい。別の要因があるのだろうか。だとすると、 
その要因とは何なのか。 
 疑問は棚上げになった。ゼルダが表情を真剣なものに変え、後方の壁にある窓へと歩み寄った 
のである。 
「わたしは……いま、この窓から見張っていたのです。あなたも覗いてみてくださる?」 
 どきりとする。 
 窓の向こうに誰がいるのか、ぼくは知っている。 
 知ってはいても、確かめずにはいられない。 
 窓に近づく。先を見る。広間を横から眺めているような情景。一人の人物が横を向いて跪いている。 
「鋭い目つきの男が見えるでしょう? あれが西の果ての砂漠から来た、ゲルド族の首領、 
ガノンドロフ……」 
 ガノンドロフ! 
 奴は生きている。『この世界』では、まだ。 
「夢のお告げの、もう一つの暗示……ハイラルを覆う黒い雲……あの男のことに違いありません」 
 表情のこわばりを自覚しつつ、窓から離れ、ゼルダに向き直る。 
「ハイラル王国とゲルド族は、長い間、争いを続けてきました。ところが最近、ゲルド族は王国に 
和平を持ちかけてきたのです。首領のガノンドロフは……いまはお父さまに──国王に忠誠を 
誓っているけれど……きっと嘘に決まっています!」 
 ゼルダの声が熱を帯びた。 
「ガノンドロフの狙いは、おそらく──」 
 はっとした顔となってゼルダが言葉を切る。切れた言葉を補完する。 
「トライフォース」 
 大きく見開かれるゼルダの目。 
「ああ、あなたも知っていたのですね。そう……ガノンドロフの狙いは、聖地に納められた 
トライフォース。それを手に入れるために、ハイラルにやって来たのでしょう。そしてハイラルを 
……いえ、この世界そのものを我が物にしようと……」 
 まさに『あの世界』ではそうなってしまった。が…… 
「わたしは……怖いのです。あの男がハイラルを滅ぼしかねない……そんな気がするのです。 
それだけの恐ろしい力を持った男なのです」 
『この世界』ではそうさせてはならない! 絶対に! 
「ゼルダ、君はそこまでわかっていて……そのことをお父さんには……」 
 リンクが言い終わらないうちに、ゼルダは首を振り、悲しげに言った。 
「お父さまには話しました。けれどお父さまは、わたしの言うことを信じてくださいませんでした。 
夢のお告げなど馬鹿げていると……子供が政治のことに口出しするな、とも……ふだんは立派な 
お父さまなのに……」  
 
 ゼルダが切迫した調子で言葉を継ぐ。 
「でもわたしにはわかるのです! あの男の悪しき心が!」 
 手を握られる。 
「リンク、あなたは信じてくださる?」 
 真剣きわまりない目。 
「信じてください! お願いです!」 
 こちらの手を取ったまま、祈るように合わされるゼルダの両手。その両手に額を近づけ、目を 
伏せたゼルダの、必死の懇願。 
 言うべきことは、ただ一つ。 
「信じるよ」 
 すべてを知っているぼくだからこそ、完全なる確信をもってそう言える。 
 ゼルダが顔を上げる。 
「ありがとう……」 
 そこに浮かんだ安堵の色が、あの時と同じ暖かさを心にもたらす。 
 リンクはゼルダの手を握り返し、知らせるべきことの一つとして、コキリの森の変事を語った。 
 デクの樹に何が起こり、自分は何を担ったか。 
 ゼルダは頷きながら聞いていた。おのれの考えが裏づけられてゆく興奮と喜びを、きらきらと 
輝く両目に表して。 
 語ったあとに、しばらくの沈黙。 
 やがてゼルダが言葉を発する。夢見るような口調となって。 
「ほんとうに不思議……今日初めて出会ったあなたとわたしが、二人とも別々に全く同じことを 
思っていたなんて……」 
 そう、これは運命なんだ。 
 ぼくが君に出会ったのも、その後の冒険を経て未来の君と結ばれたのも、そしていま、過去に 
戻って君と再び出会い、こうして話をしているのも、全部、君とぼくとの運命なんだ。 
 この運命が決めた務めを、ぼくは果たさなければならない。 
「ゼルダ、君はさっき、ガノンドロフのことを、怖いと言ったね」 
 暗い表情でゼルダが頷く。 
「怖がってちゃいけない。勇気を持って」 
 表情にほのかな明るみが差す。 
「ガノンドロフの野望は、必ず打ち砕く。そうするために、ぼくは来たんだ」 
 一語一語に力をこめる。しっかりと眼前の顔を見つめる。 
「だから、君も……」 
 ゼルダの目に涙が浮かび、続けて微笑みが顔を彩る。 
「そうね、わたしも……」 
 繰り返すようにゼルダは言い、そして── 
「いま、ハイラルを守ることができるのは、わたしたちだけなんですもの……」 
 わたしたち! この言葉! この一体感! 
「……よかった……あなたが来てくれて……」 
 深い安らぎを湛えたゼルダの声が、陶酔にも近い感動へとリンクをいざなった。  
 
「あ……」 
 ゼルダが小さく声を漏らし、 
「ごめんなさい。わたし、夢中で……」 
 すっと手を引いた。恥ずかしそうに顔を伏せている。 
 リンクは微笑ましい気持ちになった。 
 あの時は、ぼくもまだ初々しくて、謝らなくてもいいのに、などと思ったものだが、いまなら 
ゼルダの胸の内を察することができる。ことに『あの世界』でゼルダの述懐を聞いたあととあっては。 
 それはそれとして──と、リンクは思考を冷静にした。 
 ゼルダにどこまで話したものか。何もかも全部話したいとは思うけれど、いまの段階では、 
いくらゼルダでも、時を越える壮大な冒険について、理解は及ばないだろう。 
 時間をかけて丁寧に説明すれば、わかってもらえるかもしれない。が…… 
 ゼルダにわかってもらうだけでは、ことは進まないのだ。 
 真に平和な世界を作り上げるためには、とりあえず、ガノンドロフの反乱を防がなければ 
ならない。これについては、ぼくやゼルダが個人的に動くだけでは不可能だ。ハイラル王国という 
体制そのものを動かす必要がある。しかし、難しい。王国とゲルド族が対立している情勢なら 
まだしも、いまの王国はゲルド族の恭順姿勢を疑っていない。未来を知るぼくにとっては、反乱は 
既定の事実なのだが、それをどんなに言い立てても、人は根拠のないたわごととしか受け取らない 
だろう。実際『あの世界』では、時の神殿を見張る兵士や城門の衛兵を説得するのにたいそう 
苦労したし、また『この世界』でも現に、ゼルダのお告げの内容を国王は信じようとしない。 
『とにかく……』 
 焦る心を落ち着かせる。 
 ゼルダの理解を得るのが先決だ。今後、どう活動するにせよ、王女であるゼルダの協力が要る。 
ぼくとゼルダは一体となっていなければならない。 
 ただ…… 
 一体となるとはいっても、具体的にはどうすればいいか。 
 ここまでの二人の会話は、あの時とほとんど同じだ。そうしようと意図しているわけでは 
ないのに、自然とそうなっている。歴史の流れが変わっていないのだ。ぼくとゼルダの関係も、 
あの時と同じ状態であって、果たしてこれでいいのかどうか、あるいはどこかでこの関係を──  
 
「リンク?」 
 不意に声をかけられ、リンクは我に返った。ゼルダが真面目な顔つきとなっていた。恥ずかしげな 
風情は消えている。 
「あなたはトライフォースについて、詳しいことをご存じ?」 
「あ、それは……」 
 トライフォースについてなら、知りすぎるほど知っている。その一部を左手の甲に宿していた 
くらいだ。とはいえ、この件も、どの程度ゼルダに話していいのか…… 
 ──とのためらいを、知らずと解釈したらしく、ゼルダは、 
「ここにおすわりになって」 
 と言うと、二人のいる壇上と地面を繋ぐ短い階段に腰かけ、隣に腰を下ろしたリンクに向けて、 
長い打ち明け話を始めた。 
 三人の女神の伝説。ハイラル王家に伝わる秘密。 
 時の神殿、『時の扉』、三つの精霊石、『時のオカリナ』──等々、重要な事項が語られる。 
すでに飲みこみずみのことどもではあっても、ゼルダの篤実な話しぶりは、リンクに深い感銘を 
与えた。 
『時のオカリナ』を持つ王女ゼルダ。ハイラルの運命を背負う幼い少女。 
 守らなければ──と、心から思う。 
 思いながら、リンクは戸惑いをも覚えていた。 
 あの時はぼくからトライフォースのことを訊ねたのだが、いまはゼルダが自発的に説明を始めた。 
結局、状況は同じままだ。会話が少し変化したくらいでは、歴史の流れは変わらないとみえる。 
このあと、ぼくはトライフォースの大きさや形を訊くはずなのだけれど、わかりきっていることを 
訊く気にはなれないわけで、でもたぶんその程度では── 
「トライフォースがどういう形をしているか、あなたは知らないのではないかしら」 
 ああ、やっぱりそうだ。ぼくが訊かなくても、君の方から言い出した。歴史の流れは変わらない。 
ならば次に来る場面も── 
「トライフォースはハイラル王国の象徴で、王家の紋章にも使われています。この城や城下町でも、 
いろいろな所で目にすることができますが……そうね……」 
 君はちょっと周囲を見まわして、手近な例を探そうとして── 
「そう、この耳飾りはちょうど、トライフォースの形、そのものです。ごらんになって」 
 横を向き、右耳に指を添えつつ、耳飾りを示す。 
 これだ。この場面だ。 
 耳飾りが触れている、薄桃色の耳朶……耳飾りの色に同期したような、頭巾の縁からのぞく 
金色の髪……その生え際から頬に続く、きめ細かな白い肌……表にうっすらと透けて見える産毛 
……そしてそれらすべてによって形作られる、君の端正な横顔……さらに…… 
 顔を寄せる。 
 君の肌から湧く、かすかな、芳しい香り。装いなどではなく、君自身のものだとぼくがよく 
知っている、この香り……  
 
「どう? おわかりに──」 
 突然、君はこちらを向く。間近に合わされる顔と顔。それらを隔てる距離は予想していたにも 
かかわらずはなはだ短く、君は絶句し、ぼくも息を呑み……そのまま、時間が過ぎてゆく。 
 君の吐く息、そして体温すら感じ取れるほどの、この近さ。それをぼくは、畏れもなく、 
ただただ、快いと…… 
 今度は、君は謝らない。何も言わない。だけど、君がこの近さをどう思っているのか、ぼくには 
わかる。わかっている。 
(あのまま、あなたと顔を寄せ合っていたい、と……) 
(それ以上の何かを、あなたがするのでは……いいえ……) 
(……してくれるのでは……と……) 
 のみならず── 
(あの時のわたしたちがこうしていたら、世界の運命は変わっていたかしら) 
 そうなのか? いまがそうなのか? いまが歴史の転回点なのか? ぼくたちが「それ以上の 
何か」をすることで、歴史の流れは変わるというのか? 
 どうだろう。わからない。わからないけれど、先の歴史がどうなるとしても、いま、この瞬間、 
ぼくたちの間に切っても切れない繋がりが生まれたことは確かだ。この瞬間をすでに経験した 
ぼくはもちろん、初めて経験している君もそれを鮮明に意識しているはずなんだ。 
 自分の激しい動悸が聞こえる。いや、ぼくが聞いているのは、ひょっとして、いやいや、 
ひょっとしなくても、ぼくのものだけではなく君のものでもあるのだと、君もときめいて 
いるのだと、ぼくは絶対の確信をもって言い切れる。 
 涼しい風が中庭を吹き抜ける。でもそんなことではぼくの想いは妨げられない。君の想いも 
妨げられない。その証拠に、君は身を引こうともしないで、ぼくを見つめて、見つめて、 
見つめた末に目は閉じられて、顎がわずかに浮いて、口が心持ち前に出て、君は待っている、 
ぼくを待っている、ぼくがそうするのを待っている、だからぼくは── 
 そっと触れ合う二つの唇。 
 これが君! 
 大人の君を彷彿とさせる情味の中に、少女の君にしかない生気が息づいている。 
 こんなに柔らかく、それでいて鮮烈なのは、君の命が弾み踊っているからか。 
 こんなに温かく、そればかりか熱いとさえ思えるのは、君の情感が高ぶっているからか。 
 ぼくは君を感じている。 
 君もぼくを感じているだろう。感じているに違いない。 
 これでよかったんだ。ぼくたちは初めからこうあるべきだったんだ。これがぼくたちのあるべき 
運命なんだ! 
 感激が時間を忘れさせ、しかし時間は流れているのだと否応なく気づく時が来る。 
 唇が離れる。君は目を開く。陶然とした面持ちで、目に何かを語らせている。その何かが 
何なのかを探り求めようとして──  
 
「ここにおいででしたか」 
 声がした。中庭の入口の方からだった。 
「あ、インパ……」 
 ゼルダが瞬時に身を起こした。リンクもあわてて立ち上がった。インパが隙のない身のこなしで 
足早に歩み寄ってくる。その足が止まったところで、ゼルダはリンクに向き直った。 
「紹介するわ、リンク。こちらはインパ。わたしの乳母です」 
 静かな口調である。 
「乳母というより、教師、兼、護衛、といったところですが」 
 深みのある低い声で、インパがゼルダの言葉を訂正した。 
「インパ、こちらはリンク。コキリの森からおいでになったの。ほら、前にお話しした、森からの 
使者よ」 
「ほう……」 
 しげしげと眺められる。厳しい表情。『あの世界』で親密な関係になった相手とはいえ、やはり 
威圧感を覚えてしまう。ことにいまはゼルダと口づけを交わした直後で、何となく後ろめたい。 
インパは気づいていない様子だが、もし気づかれていたらと思うと冷や冷やする。 
 ゼルダは何ごともなかったかのような態度をとっている。インパに気取られまいとしている。 
それはつまり、ぼくたちが二人だけの秘密を共有する間柄になったということだ。インパが現れた 
せいでゼルダの本心は聞けなくなってしまったけれど、おそらくゼルダは── 
「ねえ、リンク、長い旅で疲れたでしょう。今夜はここに泊まっていって」 
 急にゼルダが話しかけてきた。リンクは意表を突かれた。 
 この誘いはインパが現れる前になされるはずだった。発言の順序があの時と違う。 
 即座に反応ができなかった。ところがゼルダは返事も待たず、 
「インパ、今晩、リンクはわたしのお客さまなの。晩餐にご招待するわ。それまでにお部屋へ 
ご案内して」 
 と話を決めてしまった。 
「承知しました」 
 インパは短く答え、愛想のかけらもない顔を向けてきた。 
「リンク、インパについて行って。まずお部屋で休んでください。あとでわたしも行きますから。 
どうか……怖がらないで」 
「怖がらないで、とはご挨拶ですな」 
 諧謔のこもった二人のやりとりを聞きながら、あの時と同じ──(あとでわたしも行きますから) 
──語句の裏にある、あの時にはなかったゼルダの意図を、リンクは感じ取っていた。  
 
 案内された城中の一室で、リンクは窓際の椅子に腰かけ、テーブルに頬杖をついて、思いに 
ふけった。インパの指示に従い、浴室で身体を洗ったのちのことである。 
 熟考が結論を導いていた。 
 未来の話は、『この世界』の誰にも──ゼルダにも──しないでおこう。 
 今後の活動がうまくいって、ゲルド族の反乱を防ぐことができたとしても、それは一時的な 
措置にとどまるかもしれない。ガノンドロフの野望を完全に叩き潰せるとは限らないのだ。 
その場合、問題となるのは…… 
 ツインローバ。 
 未来を知っているぼくは、人の心を読む能力を持つツインローバに、決して出会ってはならない。 
もし奴に未来を知られたら、あらゆる局面で先手を打たれて、『あの世界』よりもさらに悲惨な 
『この世界』となってしまうだろう。 
 未来を知る人間が多ければ多いほど危険は増大する。知っているのは、唯一、ぼくだけで 
あるべきだ。ぼくさえ警戒していればすむように。 
 だが、そうなると…… 
 反乱をどうやって人々に納得させるか。 
 働きかけるならインパだ。頼れる存在だ。ゼルダと近しいから、お告げの件を理解していようし、 
王国の枢要内にも人脈があるはず。インパを動かすことができれば、ことは成ったも同然。 
けれども、いまのぼくはインパにとって、突然ゼルダの前に現れた一介の少年に過ぎない。 
たとえ「森からの使者」ではあっても、直ちに信用はしてくれないだろう。インパの信用を 
得ようとするなら、やはりゼルダの口添えが必要になる。ゆえにまずぼくは、ゼルダを 
納得させなければならないのだが、未来の話をすることなしにそれが可能かというと、 
正直なところ、心許ない。 
 どうする? 
 誠心誠意、当たるしかない。 
 幸い、ぼくとゼルダの間には、固い絆ができつつある。 
 やってみよう。 
 ただ、ひとつ気がかりなのは──  
 
 入口のドアがノックされた。そろそろか、と予期していた訪問である。リンクは短く答を返した。 
「はい?」 
「ゼルダです。おじゃましてもいいかしら」 
 ドアの向こうから声がした。椅子から立ち上がり、応諾の返事をする。 
「いいよ、入って」 
 ドアが開き、軽い微笑みを浮かべて、ゼルダが部屋に入ってきた。 
「どう? おくつろぎになれた?」 
「ああ、とても……気持ちのいい部屋だね」 
「よかったわ、気に入ってもらえて」 
 ゼルダが近づいてくる。手にしたものに注目する。 
 視線に気づいたのだろう、ゼルダはすぐ前まで来て歩を止め、それを両手で持ち上げてみせた。 
「『時のオカリナ』です」 
 ゼルダはそう言うと、リンクに椅子を勧め、別の椅子をそばに近寄せて、そこに腰を下ろした。 
肩が触れ合わんばかりの近距離である。 
「トライフォースに近づくためには、三つの精霊石とともに、この『時のオカリナ』が必要です。 
『時のオカリナ』をもって、『時の歌』を奏でよ、と言い伝えられています」 
 厳かな口調で、ゼルダが言う。 
「あなたには、見ておいて欲しいのです。『時のオカリナ』の実物を……」 
 示されるまでもなく、見慣れた品だ。それでもあの時と同じく、世界にとって、ゼルダ自身に 
とって、果てしない重みを持つこの小さな楽器を、こうして見せてくれるところに、ゼルダが 
ぼくに寄せる信頼をひしひしと感じる。 
 そして、いま、ぼくが思うのは…… 
『あの世界』のぼくは、これを君から託され、長きにわたって自らのものとした。使命を果たすに 
あたって、これは必要不可欠だった。 
 だが『この世界』では、これが必要不可欠となるような事態を招いてはならない。ぼくがこれを 
持つようなことがあってはならない。ずっと君の手にとどまらせておかなければならないんだ。 
 決意を胸に燃やしながら、傍らのゼルダに視線を移す。 
 はっとした。 
 ゼルダの目が何かを語っている。さっき中庭でそうしていたように。 
 何を語っているのか。 
 明白だ。 
 中庭を去る前、ぼくがゼルダの言から感じ取った意図。 
 ゼルダがここへ来たのは、ぼくに『時のオカリナ』を見せるためだけじゃない。 
 やっぱりあれが転回点だったんだ。些細な点ではあるものの、確実に歴史は変わっている。 
君がここへ来た動機もそうだし、二人がすわっている位置もそうだ。つかず離れずだった 
あの時とは違って、いまのぼくたちはほとんど接し合っている。君がそうしたいと思ったからだ。 
ぼくのすぐそばにいたいと思ったからだ。それはちょうど未来の君が酒を注ごうとするぼくの隣に 
椅子を寄せてきたのと同じであって、ただそばにいたいというだけじゃなくて、君が目で語って 
いるのは、中庭での行為の、その続きを、君は欲しているということなんだ 
 本来なら、このあと、ぼくはサリアのオカリナを取り出して、君にサリアや自分の生い立ちの 
話をして、それからぼくたちは友達になるのだけれど、いまのぼくたちはもう友達の域を超えた 
間柄になっていて、これは確かに歴史の変化を反映していて、その発端が中庭での口づけだった 
ことを考えると、ぼくたちの関係が強まれば強まるほど歴史は変わってゆくだろう、そうに 
違いない、あるべき歴史を『この世界』に歩ませるのは、ぼくたちのあるべき関係なんだ。 
 だからぼくは、中庭に続いてここでも間近に合わされた二人の顔の間隔を、徐々に、徐々に、 
短くしていって、君もまた、欲するところに従い、徐々に、徐々に、顔を近づけてきて、そして再び──  
 
 唇は触れ合う。 
 君の命は弾み踊っている。先刻にも増して。 
 君の情感は高ぶっている。先刻にも増して。 
 そんな君の感奮が、高揚が、ぼくをも感奮させ、高揚させる。 
 さっきはただ唇を合わせているだけで時間を忘れてしまったというのに、もはやそれでは 
足りなくなって、ぼくはテーブルの上に置いた手を、同じくテーブルの上にある君の手に重ねる。 
応じて君は持っていた『時のオカリナ』を惜しげもなく横にやってぼくの手を握る。二つの手が 
固く、固く、絡み合い、睦み合っているうちに、ぼくたちは余した手を互いの腕に、肩に、頬に 
伸ばして、添わせて、押しつけて、そうなると動きを手だけに任せているわけにはいかなくなって、 
ぼくは唇を開き、舌を送り出し、君はぴくりと身体を震わせて拒むように唇を固くして、でも 
すぐにその硬さは捨てられて、君も唇を開き、開いた所から差し出された舌先がぼくのそれと 
静かに出会い、初めはおずおずと、やがては大胆に、互いを愛でて、愛でて、愛でて、ついには 
相手の口の中をあまねく訪ねようという願望をぼくたちは隠しもしなくなって、延々と、延々と、 
深遠な交歓を続けていって、息が苦しくなるまで続けていって── 
 顔を離す。 
 見つめ合う。 
 君は相変わらず目だけで語っている。目に熱情が滾っている。いや、目だけじゃない。 
生き生きと紅潮した頬が、動揺と歓喜を取り混ぜてかすかに撓む口元が、その口を出入りする 
空気の流れの速まりが、君の内心を暴露している。 
 言葉もなくぼくたちはここまで来た。言葉なんか必要ないんだ。なくてもぼくたちの想いは 
通じ合っているんだ。いるんだけれど、ここから先はどうしても言葉が要る。ハイラルの平和を 
どうすれば守ることができるかという大切な話をぼくたちはしなければならない。 
「ゼルダ──」 
 鐘の音が大きく響いた。 
「あ──」 
 ゼルダがつと向きを変えた。窓の方に、である。 
 リンクもそちらに目を向けた。日はすっかり暮れていた。気づけば部屋の中も暗くなっている。 
 ゼルダは動かない。凍りついたかのように。 
 その視線が行き着く先を、リンクは見てとった。 
 赤黒く染まる空の高み。一番星が光っている。 
『あれは──』  
 
 予兆の星! 
 いまだ! いま、ゼルダは、予知を得た! 
 愕然とした表情が、そのことを如実に物語っている。 
 これが気がかりだった。 
 ぼくとゼルダの関係が強まれば、この事態にも変化が及ぶのではないか、と期待したのだが、 
歴史は肝腎なところで変わっていない。ガノンドロフを倒すのにあの『切り札』が必要だという 
暗黒の歴史の大勢は、いまもって不変のままなのだ! 
「ゼルダ?」 
 探る。 
「どうかしたの?」 
 ゼルダがゆっくりとふり返る。 
「いえ……なにも……」 
 何気なさそうな言い方。表情は平静になっている。 
「もうすぐ晩餐が始まるわ。あと少しだけ、待っていてね」 
 ゼルダは侍女を呼び、灯りをつけさせると、『時のオカリナ』を携えて、部屋を出て行った。 
 ひとりとなって、考える。 
 予知を得たあとのゼルダの態度は、あの時と全く同じだった。今夜、ゼルダは、間違いなく、 
ぼくのもとに忍んでくる。 
 契りを結ぼうとして。 
 それはゼルダが賢者としての覚醒を得る第一歩となる。賢者が賢者として覚醒せずともすむ 
世界を作る、との目的には反する行為だ。しかし幸いなことに、ゼルダは賢者として覚醒しても 
現実世界にとどまれるから、許容可能な範囲ではある。さらに留意すべきは、ガノンドロフに 
対抗する手段を確立していない現状では『切り札』を放棄はできない、という点だ。 
 必要な契りであるのなら、結ぶまで。 
 ただ、その時をどのように迎えるかが問題だ。 
 歴史の大勢が不変のままとはいっても、それは現時点での話であって、この先、ぼくが何らかの 
行動を起こせば、なお変わる余地もあるだろう。 
 どうするか。 
 再度の熟考が、リンクを新たな結論へと至らしめた。  
 
 晩餐は和やかに進行した。 
 ゼルダは饒舌だった。積極的に話題を提供し、なおかつ、リンクと、そしてただ一人の 
同席者であるインパから、的確に発言を引き出した。リンクも会話を楽しんだ。 
 表面上は、である。 
 リンクはゼルダを観察し、案に相違せずとの印象を得ていた。いかにも嬉しげな素振りの陰に、 
大事を前にしての心の動揺を隠している──と察知できたのだった。 
 リンクの方は落ち着いていた。行動の方針は決めてあった。 
 晩餐の終わりに、ゼルダは酒を勧めてくる。ぼくを眠らせようと、薬まで仕込んで。 
 その企ては──いまはゼルダ自身、理由を知ってはいないのだけれど──契りの件が 
ツインローバに漏れないようにするためだ。しかしそれは、実は全く無意味な企てなのだ。 
眠ろうがどうしようが、すでにぼくは契りの件を頭の中に記憶してしまっている。 
 ゼルダと事前に話ができていればよかったのだが、時機を失した。インパがいるこの席で 
突っこんだ話は不可能。ぼくにできるのは待つことだけだ。 
 酒を拒否するわけにはいかない。拒否すれば、ゼルダは企てが失敗したとみて、今夜の訪問を 
中止するかもしれない。そうなっては困る。『切り札』は確保しておく必要がある。 
 かといって、眠らされても、また、困る。どこかの時点で歴史は変わらなければならない。 
その時点が今夜なのだ。 
 ゼルダには酒を飲んだと思わせておいて、実際には飲まずにおく。そんな芸当が要求される。 
 いったん酒を口に含み、こっそりと吐き出すしかないだろう。 
 どこに、どうやって、どのタイミングで吐き出すか。 
 ──などと子細を考慮するうちにも、話題は次々に転じてゆく。 
 乳母という立場やシーカー族に関するインパの説明、ゼルダの求めに応じて語ったデクの樹 
がらみの「武勇伝」、ハイラル城侵入の経緯、自分の年齢と誕生日──という、記憶にある 
とおりの展開だった。 
 誕生日については、前に訊かれた時は曖昧なことしか言えなかったが、このたびは明確に返事が 
できた。七年後に封印から目覚めた日が自分の誕生日だとわかっていたからである。それでも 
ゼルダの反応は同じだった。 
「じゃあ、わたしの方がちょっと早いわ。わたしがお姉さんね」 
 はしゃぐように声を響かせるゼルダを、リンクは温かな気持ちで見やった。 
 心に動揺があるとしても、この反応は本物だろう。独りぼっちで田舎から出てきたぼくを 
保護してやりたいという、ゼルダの思いやりの表れなのだ。そんな大人びたところが確かに 
ゼルダにはあって、それは未来でもぼくに対してしばしば発揮された。けれど、自身、大人の 
経験があるぼくは、いまのゼルダに、大人っぽさなどよりも、愛らしさ、かわいさの方を、 
ずっと強く感じてしまう。 
 ゆえにぼくは奮い立つ。あの時よりも、さらに。 
 君を守らなければならない──と。  
 
 想いをたゆたわせているところへ、デザートが運ばれてきた。リンクは心を引き締めた。 
 皿が空になったあとで、ゼルダが酒の瓶を手に取った。 
「これを……」 
 グラスに注がれる濃褐色の液体。予定の行動を脳内で復習し、おもむろに手を伸ばす。 
 ところが── 
「酒はだめです。まだ子供なのに」 
 インパが厳しい声を発した。グラスを持てなくなってしまう。 
「わたしはいつも飲んでいるから……」 
「あなたは王女です。嗜みも必要でしょう。だが世間の子供というのは、酒など飲まないものですよ」 
「……そうね、気がつかなかったわ」 
 インパは、いま現在、まだゼルダから契りの件を知らされていないのだろう。だから止めに 
入ったのだ。あの時は喉が渇いていて、インパが口を挟む間もなくぼくは一気に酒を飲み干して 
しまったが、今回は慎重であろうとして、インパに制止の余裕を与えてしまった。 
 まずい。飲まずにすんだのはいいとしても、このままではゼルダが計画を中止するおそれが…… 
 二人の会話に必死でついてゆきながら、リンクはゼルダの顔をうかがった。 
 すまなそうな表情をしているものの、焦燥や切迫は見いだせない。思惑が狂って動転している 
はずなのに、みごとともいえる沈着さだ。いったいこれからゼルダはどうするつもりなのか。 
 じりじりと胸を燻らせるうち、思考がまとまらなくなってきた。おかしいと感じるそばから 
頭がぼやける。強烈な眠気が押し寄せてくる。 
 なぜ? 酒を飲んでもいないのに…… 
『あ!』 
 ようやく気づく。 
 ゼルダが動じていない理由! 
 酒だけではなかった。食事の間に飲んだ水とか、ひょっとしたら料理そのものにも、薬が 
仕込まれていたのだろう。 
 迂闊! 
 自分を叱りつける。だがもう遅い。意識が遠くなってゆく。 
 眠ってしまう。ぼくは眠ってしまう。眠っちゃいけない。眠っちゃいけない。眠ったら前と 
同じになる。歴史を変えられなくなってしまう。だからどうしてもぼくは目をあけていなくちゃ 
ならない。眠っちゃいけない……眠っちゃいけない……眠っちゃ……いけない………… 
眠っちゃ…………  
 
『いけない!』 
 跳ね起きる。 
 同時に頭がぎりっと痛み、リンクは思わず目を閉じた。 
 痛みが消えるのを待ちかねて目蓋を上げる。 
 ベッドの上。先に案内された客室。暗い。脇の机に置かれた蝋燭が唯一の光。 
 服が替わっている。薄く白っぽい、やけにふにゃふにゃした、しかし肌触りのいい寝間着。 
 やっぱりぼくは眠ってしまった。この部屋に運ばれて着替えさせられたんだ。 
 まだ夜は明けていない。が…… 
 ことは終わったあとなのか? 
 あわてて股間を確認する。その痕跡はない。その感覚もない。もちろん記憶は全くない。 
けれどもそんなことは何の根拠にもならない。 
 ベッドから降りる。ふらつく脚を操って窓際に行く。外を見る。月と星の位置でおおよその 
時刻を知る。 
 真夜中くらいか。意識を失ってから大して時間は経っていない。 
 まだだ。 
 緊張の糸が切れ、一気に身体の力が抜ける。崩れかかる腰を、どうにか椅子に落としこむ。 
 一服盛られたにもかかわらず、眠りは完全とはならなかった。酒が加わらなかったのが幸い 
したのか。あるいは、『眠っちゃいけない』という意思が脳に残って、覚醒を促したのかもしれない。 
 ともあれ、結果的に、ことはうまく運んだ。ゼルダはぼくが眠ったものと思っている。ところが 
ぼくは起きている。今夜のぼくたちはそうあらねばならない。そうあってこそ、ぼくとゼルダの 
関係は決定的に強まり、ひいては世界の歴史が決定的に転回する。『あの世界』のゼルダが望んだ 
とおりに──  
 
 胸がずきりと痛んだ。 
 頭痛や脚のふらつきは、おそらく薬のせいだ。でも、この胸の痛みは、そうではない。 
『あの世界』のゼルダ。 
 今夜の営みを経て、ぼくと『この世界』のゼルダは、なおもあるべき関係を紡いでゆくだろう。 
あるべき運命をたどってゆくだろう。世界のためにはそうあらねばならないし、何より、ぼく自身、 
そうありたいと願っている。 
 だが! 
『この世界』のゼルダは、『あの世界』のゼルダではない。ともに命を懸けて戦い、ともに愛の 
日々を過ごした、『あの世界』のゼルダとは違うのだ。同じゼルダではあっても、違うのだ。 
 ぼくは『この世界』のゼルダを愛していいのだろうか。 
 ぼくは『この世界』のゼルダを愛してゆけるだろうか。 
『この世界』の二人をよそに、『あの世界』の君は、たったひとりで取り残されて…… 
 思ってもしかたがないとわかっているのに、思わずにはいられない。 
 未来の君に会えるものなら── 
『いまさら!』 
 会えるわけがない! マスターソードの能力は封じられ、時を越える旅は不可能となったのだ。 
ぼくが『あの世界』を訪れる機会は絶対にない! 絶対に、絶対に、絶対に── 
 
「あ──!」 
 
 リンクは知った。 
 
 剣は戦と旅にのみ用いるものにあらず 
 ただその時を待ちて用いるべし 
 
 大妖精の忠告! あれはそういう意味だったんだ! 
『この世界』のゼルダと『あの世界』のゼルダを区別する意味も必要もありはしない! 
 すべてはあるべき形となる! 『この世界』に「その時」が訪れさえすれば! 
 長い歳月が必要だ。しかし「その時」は必ず来る。 
 それまでにぼくがしなければならないのは…… 
 できる限り、いや、できる限り以上に、『この世界』のゼルダを愛すること! 
 
 大いなる平安を、リンクは味わった。懸念は吹き払われ、心は晴れ渡った。暗い部屋の中で 
あるのに、何もかもが光り輝いて見えるような気がした。 
 その輝きが消えやらぬうち──  
 
 ひっそりとドアが開いた。廊下から小さな人影がすべりこみ、すぐさまドアは閉じられた。 
鍵をかける音が聞こえた。 
「リンク?」 
 ささやいたのち、人影はそろそろと動き、蝋燭の光の中に入った。全身が見てとれた。衣装は 
替わっていない。人が寝静まる時間帯には不似合いな出で立ちである。 
 侵入者は不審そうな面持ちで空のベッドを凝視している。窓の方には注意を向けてこない。 
暗いせいで気がつかないのだ。 
 椅子にすわったまま呼びかける。 
「ゼルダ」 
 ぎょっとしたふうに身を震わせたあと、ゼルダは動かなくなった。狼狽の表情でこちらを 
見ている。リンクが立ち上がり、歩を近づけても、そのさまは変わらなかった。前まで行って 
足を止め、じっと顔に視線を注いだところで、ようやく凝固は溶けた。 
「あの……わ、わたし……べ、別に何も……」 
 しどろもどろである。 
「わかってる」 
「え?」 
「君がここへ何をしにきたのか、ぼくにはわかってる」 
 再びゼルダは凝固し、次いで断片的に台詞を並べ始めた。 
「わたしは、ただ……あなたが急に……眠ってしまったから……気になって……具合でも 
悪いのかと──」 
「違うよ」 
 黙らせる。 
「君はぼくと契りを結びにきた。お告げに従って。そうだろう?」 
 三たびの凝固。 
「……どうして……それを……」 
 きれぎれの呟きに、やんわりと言葉をかぶせる。 
「ぼくにもお告げがあったんだ」 
 茫然とするゼルダ。 
 ややあって、短い応答が返された。 
「あなたにも?」 
 頷く。 
 ゼルダの顔に満ちていた驚きの色が、ふと弱まった。口元に笑みが浮かびかけた。とみるや、 
たちまち笑みは消え飛んだ。 
「ああ、でも!」 
 目を虚空にやり、両手でこめかみを押さえ、ゼルダは惑乱の叫びをあげる。 
「このことを知られてはならなかったのに! あなたには決して──」  
 
「いいんだ」 
 恐慌の溢出を堰き止め、説き聞かせる。 
「これでいいんだよ。君のお告げではそうだったかもしれないけれど、ぼくのお告げでは 
そうじゃない。ぼくは知っていてもかまわない。いや、知ってなきゃいけないんだ。お互いが 
お互いの存在をきちんと認めて、お互いの気持ちを確かめ合って、そんなふうにぼくたちは 
結ばれるべきなんだ」 
 ゼルダは沈黙している。 
「ぼくのお告げは絶対に正しい。君のお告げ以上に正しいんだよ」 
 そう、実際に未来を見てきたぼくだけが言える、予知をも超えた絶対の真実! 
「ぼくを信じて!」 
 想いを切々と言葉にこめる。ゼルダの手を取り、握りしめる。 
 沈黙が続く。 
 待つ。 
 ゼルダが、ほっと息をついた。両肩の位置がわずかに下がった。筋肉のこわばりが緩んだのである。 
 口元に笑みが浮かび上がった。今度の笑みは消えなかった。 
「信じるわ」 
 安らかな声。 
「あなたはわたしを信じてくれたんだもの。わたしもあなたを信じるわ」 
 はにかみをまじえて。 
「ほんとうは、わたしも、そんなふうに、結ばれたかったの」 
 胸に染み入るその言が、自ずと笑みを返させる。 
「ゼルダ……」 
 リンクは握っていた手を放し、両腕を開いた。ゼルダが身を寄せてきた。 
 抱き包む。抱き包まれる。顔と顔とを見交わしながら、穏やかな触れ合いを堪能する。 
 薄く頬を赤らめて、ゼルダがおずおずと口を開く。 
「中庭と、ここで……二度もあんなことになったのに……いままで、言えなかった……」 
 訥々と言葉が継がれてゆく。 
「わたしたち、会ったばかりで……それに、まだ子供だけれど……でも……」 
 言葉が切れる。目が伏せられる。が、ほどなく再び上げられた目には、確然とした想いが 
凝縮していた。 
「愛しているわ」 
 甘く快い衝撃が、無上の感悦を呼び起こす。感悦が口に作用する。 
「愛してる」 
 ゼルダの両目に潤みが湧いた。潤みは一粒ずつの雫となって、左右の頬を伝い落ちる。 
 落ちゆく先は見られなかった。顔がぎりぎりまで接近し、見えるものはゼルダの目のみとなって 
しまったのである。 
 その目がつぶられた。 
 リンクも目をつぶった。 
 唇と唇が接し合い、すでに経た交歓を再現し始める。交歓は次第に激しくなる。複雑に 
うねり踊る二つの口が、飽くなき貪欲さで相手を求める。 
 求めつくせなかった。口だけの交歓では充足できなくなっていた。 
 リンクはゼルダの背にまわした手を服の合わせ目に移した。そこを解き放とうとする試みは、 
しかし緒につくより早く妨げられた。ゼルダが反射的に身を離し、数歩、後ずさったのである。  
 
 拒絶ではなかった。 
「少しの間だけ、後ろを向いていて……いいと言うまで……」 
 リンクは従った。 
 背後でさらさらと音がする。 
 やがて音は絶えた。発声はなかった。別種の音がひそやかに続いた。その音もじきに聞こえなく 
なった。 
「いいわ」 
 ふり返る。 
 ゼルダはベッドに入っていた。身体は毛布に覆われ、首から上だけが見えていた。 
 頭巾はかぶっていない。枕と頭の間から金色の髪の束がはみ出している。天井を向いた顔は 
無表情。眠っているかのごとく両目は閉じられ、口も閉じられ、不自然な固まりを呈している。 
 緊張が感じられた。 
 横の机に目をやる。衣服が畳み置かれている。その分量と種類から、毛布で隠れた部分の状態は、 
容易に知れた。 
 リンクは自らを同じ状態とした。着ているものが少ないので、手間はかからなかった。 
 ベッドの上で、ゼルダは位置を一方に偏らせていた。空いた側へとリンクは近づき、毛布の端を 
持ち上げた。瞬間、強い張力を感じた。ゼルダが毛布をつかんでいるのだった。 
 毛布を持ち上げたのは、自分が横たわろうと思ったからで、他意はない。ところがゼルダは 
それ以上のことを予想したようである。 
 リンクは微笑んだ。 
 羞じらう気持ちはよくわかる。心の準備はできているのだろうけれど、まだ少女の君なんだ。 
ためらいながらも初めからすべてをさらして見せた大人の君とは違う。 
 気持ちは尊重すべきである。が、ゼルダの反応により、かえって欲望は高まった。「それ以上の 
こと」をやってやろうという気になった。未来のゼルダとの体験が脳裏にあった。 
 羞じらいを羞じらいにとどめておくのではなく、羞じらいの域を超えさせてこそ、あるべき 
二人になれるのである。 
 毛布を持つ手に力を入れてみる。張力が増す。 
 言う。 
「見せて」 
 ゼルダがびくっと身体を痙攣させた。それだけだった。 
 さらに、言う。 
「君の裸が見たいんだ」 
 若干の間を挟んで、ゼルダは頷いた。手に伝わっていた張力が消えた。 
 毛布を足元の方へと捲り送ったのち、リンクはベッドに上がり、直接触れない程度の間隔を 
あけて、ゼルダの横に坐した。 
 仰臥する裸体は、いまだ羞じらいを表出している。折り曲げられた右手が胸を、伸ばされた 
左手が股間を、絶妙の位置で隠している。未来のゼルダがしていたとおりに。 
 無理もない。こういうふうに裸を見られるのは、ゼルダにとって初めてのことなのだ。 
 ──とわかっていて、敢えて、追いつめる。 
「全部見せて」 
 再び痙攣が起こった。痙攣は微細な震えとなって全身に残った。顔にも変化が生じた。 
目は閉じられたままだったが、口がわずかに開き、呼吸の、ひいては心拍の高ぶりをうかがわせた。 
 要望は、しかし受理された。ゼルダは両腕を移動させ、おのれの全貌を明らかにした。  
 
 未熟な肉体である。 
 皮下脂肪が少なく、全体に丸みを欠いている。胴の側面はほとんど一直線で、腰のくびれはない。 
肋骨が浮いて見える所もある。四肢も細い。腕力のある者なら簡単にへし折ることができるだろう。 
病的に痩せているわけではないものの、いかにもひ弱な外観。 
 胸は真っ平らで、左右の乳暈がほのかな桃色の蕾を──蕾と呼べるほどのふくらみさえないのだが 
──形作っているだけだ。手で隠す必要もなかろうに、などと考えてしまう。股間にはもちろん 
発毛の気配すらない。まわりと同じ皮膚の真ん中に一本の縦筋が刻まれているのみ。 
 姿勢も素っ気ない。腕を胴の両側にぴったりとつけて、気をつけでもしているようだ。色気と 
いうものを考慮する余裕が──あるいはその概念自体が──ないのだろう。 
 女性として最も単純な姿態。 
 にもかかわらず、美しい──と、リンクは思うのだった。 
 七年後の、あの神々しいと表現したくなる美しさとは全く異なっていて、そんなふうになると 
知ってはいても信じられないくらいの、いまのゼルダなのだが、これもまた──異なる様相での 
──美の極限と断言できる。 
 何より清新だ。未熟であったり単純であったりするところが、逆に清新さを強調している。 
 未来でも強く印象づけられた肌の白さは、年若いだけあってか、いまの方が、より著しい。 
体表の起伏が乏しい分、純粋に皮膚の特質が実感でき、それがさらに清新さを強めている。 
 そうした外見は、外見以外の要素をも想起させる。 
 ひ弱な存在であるからこそ、守ってやらねば、と、いとしさが募る。 
 これほど未熟な肉体の中に、あれほど高邁な志操が宿っているのだと思うと、なおのこと感銘が 
強くなる。 
 常識的な見方をするなら女性としての魅力など皆無と評さざるを得ないゼルダのありように、 
こうまで感じ入ってしまうのは、ぼくが初めて女性として意識した女性が、『あの世界』で見た 
夢の中のゼルダ、すなわち、いびつな契りの途中で垣間見た、いまと同じ姿のゼルダであったから、 
というだけのことなのかもしれない。ぼくひとりの主観に過ぎないのかもしれない。 
 だとしても、何が問題だろう。ぼくにとっては、それが不動の真理なのだ。 
 美の極限にあって、清新にして無垢にして純潔なゼルダ。 
 生まれて初めての交わりを、ぼくと──このぼくと──結ぼうとしているゼルダ。 
 ふと思い至った。 
『ぼくだって、初めてなんだ』 
 そう、『この世界』の、いまの時点では。 
 ぼくは『あの世界』で、初めてを、三度、経験した。記憶の上での初めてはマロンとだった。 
肉体的な意味での初めてはサリアとだった。けれどもほんとうの初めては──ぼくの知らない 
うちになされたことではあるが──ゼルダとだった。 
 そしていま、ぼくは四度目の──かつ、最後の──初めてを経験する。 
『君と』  
 
 リンクは起こしていた上体を倒し、ゼルダに寄り添う形で横たわった。震えを少しく強めながらも、 
ゼルダは動こうとしなかった。 
 見せてという要望に従い続けているのか。それとも、褥に男と隣り合ってどうしたらいいかと 
惑っているのか。いずれにせよ、放っておいたらいつまでも姿勢を崩さないだろう。 
「ありがとう」 
 と要望の終息を伝える。ゼルダが目をあけた。顔だけが動いてこちらを見た。 
「どう?……わたし……」 
 心細げな声である。 
 率直に言う。 
「きれいだよ、とても」 
 いきなり身体がぶつかってきた。いまの返事に感極まったようでもあり、近づくことで観察から 
逃れたいという羞恥の表れのようでもあり、やっとすがるべき相手にすがることができたと安慮を 
告白するかのようでもあった。 
 両腕と胴で受け止めた肢体は、眺めて得た印象よりも小さく感じられた。自分も決して 
大きくはないし、さほど身長が違うわけでもないのに、そう感じてしまうのである。大人だった 
時の感覚が脳に染みついているせいかもしれなかった。 
 そんなはかなさ、たおやかさとともに、しかしリンクは、密に接したゼルダの皮膚から、別の 
感動をも与えられていた。 
 繊細さ。清明さ。みずみずしさ。 
 それらは大人のゼルダにも存する特長だったが、肌の白さと同じく、いまのゼルダにおいて、 
なおいっそうの際立ちを示していた。触れているだけで心が安まるのだった。 
 リンクは抱擁の持続に長い時間を費やし、安寧を満喫した。が、素肌と素肌の触れ合いは、 
否応なく性感をかき立てる。安寧は安寧に終わることなく、やがて興奮へと変化していった。 
 腕の中で横を向いていたゼルダを、再び仰向けにする。添わせた身体の位置は保ちつつ、 
上半身だけかぶせて顔を見下ろす。喜びとおののきをまじえた青い瞳に笑みを送り、半ば開いた 
唇を、唇でもって塞いでやる。 
 もう慣れたはずの交歓だというのに、ゼルダの舌使いはぎこちない。接吻のみに集中して 
いられない心境と察せられた。 
 知らないからこそ気を取られる。気を取られないためには知ることだ。 
 順を追って教示する。口を口のまわりへとずらし、顔いっぱいに散策させる。併せて手による 
愛撫も絡める。 
 耳に舌を這わすやいなや、ゼルダは小さな悲鳴をあげ、首をすくめて縮こまった。 
 敏感なのは子供の頃からだったか──と微笑ましくなる。 
 深追いはしなかった。刺激が強すぎると考えたからである。 
 ところが一度の刺激で火がついてしまったらしく、ゼルダの呼吸は荒くなり、かすかな喘ぎを 
混じるようになった。どう使えばいいのかわからないといったふうに投げ出していた両手で、 
不器用ながら愛撫を返してもきた。 
 よい傾向と評価する一方で、冷静に評価できるだけの落ち着きを失いかけている自分を認識する。 
それでもリンクは衝動を抑え、温雅な行為を続けていった。 
 手と口の柔らかな訪いのもとで、平らな胸にある二つの蕾の中心は、微小な粒を作って 
盛り上がった。ひときわ顕著となる喘ぎに煽られ、左手を下にすべらせる。無毛の丘まで到達する。 
先には行けない。ゼルダが両脚をよじり合わせ、進路を塞いでしまったのである。 
 致し方ない仕儀。その目的でそこを人の手に任せた経験がゼルダにはない。自分で触れた 
経験すらないはず。 
 だが許容はしない。強引とならぬよう注意しつつ、縦筋の上端に届かせた指を、じわじわと 
谷間に沈ませる。訪れたいという意思を表明する。  
 
 静かなせめぎ合いは、間もなくリンクの勝利に終わった。ゼルダは脚の力を緩め、防御していた 
領域を明け渡した。 
 そこは濡れていた。 
 左右に分かれた襞を、底に伸びる暗渠の入口を、綴じ目にひそむ小さな硬結を、優しく 
撫でてやる。繰り返し、繰り返し、撫でてやる。一段と悩ましくなるゼルダの声。欲情の亢進が 
うかがい知れる。おのれの欲情も亢進する。 
 が、まだ早い。 
 指先を潜入させる。緊密な圧迫が生じる。道の狭さが実感される。無理な開削は控えておき、 
けれども指はとどめて、異物の存在に慣れさせる。 
 慣れてきたと思われたところで指を引く。身体の位置を下げ、脚の間に入る。腹這いとなって 
口を近づける。 
「あ!」 
 うろたえたように声を出し、ゼルダは股を閉じようとする。脚がこちらの頭に当たって 
閉じきれないとわかると、腰をねじってそこを隠そうとする。 
 未来のゼルダも同じように抵抗した。見られるのが恥ずかしいのだろう。それだけでなく、 
口で性器を愛するという行為自体を、いまのゼルダは知らないのかもしれない。 
 そうだとしても退く気はなかった。しかしやみくもな突進は禁物である。腿の内側に唇をつけ、 
穏健な接触を保ちながら、両手で開脚を促して、少しずつ目標に肉薄する。 
 またもゼルダは屈服した。 
 局部が完全に露呈される。 
 草の一本もない裸地にしっとりと咲く、簡素にして清らかな一輪の花。形状に似通ったところは 
あっても、大人のゼルダが有していた淫靡な花とは、かなり風情が異なっている。ただ、湧き出す 
蜜の量だけは、未来のそれに匹敵し、高ぶりのほどをあからさまにしている。 
 その蜜を吸う。 
 喘ぎの破片をばらまき、身体を硬直させるゼルダ。意思によってか、あるいは無意識にか、 
腰を後ろに引こうとする。 
 逃がしはしない。 
 両手で腰を固定しておき、吸啜を続ける。さらに舌を中へと挿しこむ。狭隘な点は言を俟たない。 
それでも指を進めた時よりは、圧迫の度合いが軽いと感じられる。 
 拡幅の予行を試みるうち、ゼルダの挙動が変化した。退避の所作は影をひそめ、硬直も次第に 
失われ、声は甘やかに悦びを表現し始める。ついには当初と全く逆に、腰を押し出す素振りすら 
示す。もう脚を閉じようともしない。 
 時機──と悟る。 
 身体を上に持ってゆく。胸と胸、腹と腹とを接し合わせる。肩を抱く。顔に顔を近づける。 
 とろりと溶けた表情で、ゼルダが両腕を首に巻きつけてきた。 
 おもむろに腰を出す。すでに高ぶりきっていた勃起の先端を、ぬかるみの表面に触れさせる。 
 刹那──  
 
 激しい快感が巻き起こった。全身はがくがくと震え、止めようとしても止まらない。どうして 
こんなに、と面食らってしまう。 
 すぐに納得がいった。前にも出くわした現象である。 
 頭の中にある経験を駆使して、ここまでことを運んできたが、肉体の方は未経験。敏感なのは 
当然だ。 
 震えが治まるのを待って、行動を再開する。接触を少し強めるだけで快感が爆走し、なかなか 
進攻は捗らない。しかしそれはかえって好都合ともいえた。入念に準備は施したものの、そこに 
初めて男を迎えるにあたって、ゼルダが苦痛を被るのは必至。その苦痛を少しでも和らげて 
やれるのなら、歓迎すべき遅鈍さである。事実、緊張はあっても辛苦の色は呈していない、 
ゼルダの面差しだった。 
 とはいえ、やはり、安易とはいかない。じきに関門へと行き当たってしまう。 
 改めてゼルダの顔を見る。目に意思を語らせる。 
 眉の間に切なく皺を作り、それでも頷きを献じてくれるゼルダ。 
 息を整え── 
 
 突破する! 
 
 猛烈な衝撃がリンクを襲った。陰茎は全周から強圧を受け、従前とは桁違いの快感を訴える。 
またも全身が震えをきたす。ただ、このたびの震えには、ついに結びを果たしたことへの心情的な 
わななきが、要因として加わっていた。 
 ひとしきり感激の沸騰が続き、やがてなだらかに鎮静する。が、強圧の程度は変わらない。 
そこに働く作用の本態に、ようやくリンクの思いは及んだ。 
 狭いだけが理由ではない。ゼルダの身体が、がちがちに固まっている。見れば、眉の間に 
限局していた皺が、いまは閉じた両目のまわりにまで、いや、顔全体に広がって、ありありと 
艱苦を描出している。 
 どうしようもない。だけど、どうにかしてやりたい。 
 唇に接吻する。 
 ゼルダが目をあけた。皺が解けた。顔がほころんだ。 
 けなげなさまに胸が引き絞られる。言葉をかけたいと思っても、かける言葉が見つからない。 
ゼルダも同じ気持ちであるのか、口が何かを言おうとして、けれども声は出てこない。 
 それで充分だった。 
 挿入した部分は快美に溺れ、いまにも破裂しそうに欲求を言い立てる。その主張をリンクは 
抑えこんだ。待たなければならなかった。 
 時間は静やかに過ぎてゆく。合わせて欲求も強くなる。 
 耐えて、耐えて、耐え忍んだ末── 
 抱いていた手が筋肉の弛緩を感じ取った。ゼルダが安定に至ったのである。 
 リンクは腰を引き戻し、次いで、再び前に送った。できるだけゆっくりと行為した。ゼルダへの 
配慮であるとともに、自らへの配慮でもあった。うっかりすると、たちまち暴発に陥るおそれが 
あった。 
 ゼルダは顔をしかめている。疼痛の遺残を意味している。中止は要求されない。我慢していると 
わかる。ただし我慢だけではないともわかる。悦ばしげな色調が、表情にも、呼吸にも、 
表れていた。未来のゼルダを知っているからこそ感得できる、確かな徴候だった。 
 温和な運動を継続するうち、ゼルダが示す徴候は、徐々に明瞭な輪郭を帯び、苦痛の発現を 
凌駕していった。初めは緩やかな変移だった。が、いったん上昇の波に乗ると、あとの経過は 
急速で、見る間にゼルダは切迫状態となった。 
 首にまわされた腕が力を溜め、息は大きく不規則に揺らぎ、面容は熱狂の極を呈する。 
 リンクも忍耐の限度に達した。 
 抑制を捨てて攻めかかろうとした折りも折り、思わぬ勢いでゼルダが腰を突き出してきた。 
そこへ急進する形となった陰茎は、予想以上の摩擦にさらされ、一気に終局が訪れた。 
 同時にゼルダが短く叫び、全身をわなわなと震わせた。 
 唐突な、しかしこの上なく幸福な絶頂だった。  
 
 結びをほどいたあととなっても、ゼルダは恍惚の域を脱さなかった。感動を表現する言葉を 
いくつか発しただけで、すぐに眠りへと落ちていった。 
 傍らに身を横たえ、リンクはその寝顔に見入った。二人で余韻を楽しむ機会を逸したことに 
なるのだったが、残念だとは思わなかった。 
 よほど気が張りつめていたのだろう。ぐっすりと眠ってもらいたい。自分のそばでゼルダが 
安らぎを得られるのなら、それにまさる喜びはない。 
 思い出す。 
(ぜひ起きたまま、最後まで君と一緒にいたかったのに) 
 あのいびつな契りの翌朝のこと。酔っぱらって眠ってしまったのが残念だ、と、照れ隠しの 
つもりもあって、ぼくはゼルダにそう言った。ゼルダとインパは顔を見合わせていた。夜の間に 
何があったかをぼくが知っているのではないか、と怪しんでいたに違いない。そうではないと 
知って二人は笑った。ぼくも笑った。気のきいた台詞が受けたと思っていたのだけれど、 
とんでもない。実はぼくだけが事情をわかっていなかったのだ。 
 ──と、いかにも過去のことのようにぼくは回想しているが、これは過去のできごとではなく、 
未来に起こるはずのできごとだ。明朝、ぼくはそう言うはずだ。いや、そう言うはずだった。 
実際には、言わない。すでに歴史は変わったのだ。こうして、起きたまま最後までゼルダと 
一緒にいる、いまのぼくなのだから。 
「リンク……」 
 ゼルダが呟いた。目は閉じたままである。 
「抱いて……」 
 規則的な寝息があとに続いた。 
 思わずくすりと笑ってしまう。 
 夢でも見ているのだろう。現実には言えなかった言葉を心おきなく口にできるような二人の 
関係が、ゼルダの夢の中では、できあがっている。 
 その夢を、夢のままにはさせない。 
 ゼルダの寝言を聞ける男は、この先ずっと、ぼく一人だけだ。 
 意識せずなされた要求に応え、リンクはゼルダの身体を腕に包んだ。素肌のなめらかな感触と、 
ほのかに湧く芳香が、リンクをくつろがせた。ベッドの柔らかさもくつろぎを助長した。リンクは 
思考の流れを止め、自らも眠りに入った。  
 
 廊下の端で見張りをしながら、インパは焦っていた。 
 夜明けも近い頃だというのに、ゼルダは戻ってこない。不測の事態でも生じたのだろうか。 
 とうとう待ちきれなくなった。インパは廊下を進み、リンクの部屋の前に立った。 
 耳を澄ませてみる。物音はしない。 
 ドアのノブに手をかける。施錠されている。 
 どんな状況にも対応できるよう、合い鍵は用意していた。あたりに人がいないことを確認した 
上で、インパは素早くドアを開閉し、その間に室内へと入りこんだ。 
 暗い空間の一端で、短くなった蝋燭が小さな光を放っている。光はぼんやりとベッドを 
照らし出している。 
 インパは歩みを寄せ、ベッドの上にあるものを見た。 
 全裸の二人が、いかにも仲睦まじげに、抱き合って眠っていた。シーツには血痕が印されていた。 
 戸惑いを消せないまま眺めていると、気配を察知したのか、突然リンクが目を開き、がばりと 
上半身を起き上がらせた。次にゼルダが眠りから覚め、やはり驚愕の表情となって上体を起こし、 
引き寄せた毛布で肌を隠した。 
 初めは身を竦ませていた二人だったが、眼前にいるのがインパと知って──気まずそうでは 
あったものの──安心したようだった。しかしインパの胸中は、安心からはほど遠かった。 
「どういうことです? リンクに知られてはならなかったのでは?」 
 詰問口調となってしまう。 
 ゼルダは平静だった。 
「これでいいの。リンクには、知っていてもらわなければならなかったのよ」 
 さっぱり事情がわからないが、予知した当人がそう言うのだから、いまは追求しないでおこう。 
差し迫った問題が他にある。 
「とにかく、早く服を着てください。もうすぐ城内の者が起き始めます。ここにいてはなりません」 
 着衣を終えたゼルダとともに、その場を去ろうとしたところで、インパはリンクに釘を刺した。 
「お前には言っておくことがある。呼びに来るまで部屋から出るなよ」  
 
 数刻を経て、インパは、再度、リンクの部屋を訪れた。リンクはおとなしく待機していた。 
洗濯ずみの服を渡して着替えさせる。ベッドのシーツを交換し、証拠を隠滅する。そののち 
インパはリンクを連れ、自室へと戻った。 
 ゼルダはそこに待たせてあった。坐していた椅子から腰を浮かせようとするゼルダを手で制し、 
その隣にリンクを立たせ、インパは口を開こうとした。 
 先んじて、リンクが容易ならぬことを言い出した。 
 ゲルド族が反乱を企図している、すぐに対応を──というのだった。 
「根拠は?」 
 驚きつつ問うと、 
「根拠といえるような根拠はないよ。でも、これは絶対に確かなことなんだ」 
 熱のこもった答が返ってきた。表情は真剣そのもので、冗談を言っているふうには見えない。が、 
にわかには信じがたい話である。 
「わたしはリンクを信じるわ」 
 さやかな声が挟まれた。 
「だからインパもリンクを信じてあげて」 
 ゼルダもまた、真剣な表情をしていた。自らの予知に対して常に持っているのと同じ確信が、 
そこにはうかがわれた。 
 もともとインパも疑惑を抱いてはいた。ガノンドロフがトライフォースを狙っている、という 
ゼルダの主張もさることながら、闇に生きるシーカー族の目をもってすれば、ゲルド族が示す 
恭順姿勢には、不自然な点が少なからず見受けられるのだった。 
 和平の気運が高まっている昨今とあって、疑惑を表明するのが憚られていたのだが……あるいは…… 
「わかった。調べてみよう」 
 リンクは見るからに安堵した様子となった。大きく息をつき、ゼルダに顔を向け、にっこりと 
微笑んだ。ゼルダも嬉しそうに微笑みを返した。そのやりとりが、インパにもう一つの重要事項を 
思い出させた。  
 
「それはいいとして、だ」 
 意図的に声を硬くする。リンクが向き直った。真面目な顔に戻っていた。 
「ゆうべお前が経験したことは、断じて口外するなよ。すればどうなるか、わかっているだろうな」 
「わかってる」 
 即座の返答。 
「ゼルダを窮地に立たせはしない。ぼくは、一生かけて、ゼルダを守る」 
 感嘆した。 
『一生かけて──か……』 
 その意気やよし。強固な意志が、純粋な誠実さが、まっすぐに伝わってくる。 
 とはいえ、聞き捨てならない言でもある。 
 二人の契りは容認した。が、将来のことまで認めたわけではない。ところがリンクは、 
ゼルダとの関係を今後も続ける気でいる。どこの誰とも知れない身の上でありながら、一国の 
王女を相手に、なんと大それたことを…… 
「リンク……」 
 おぼろげな声がした。ゼルダが椅子から立ち上がり、うっとりとした面持ちで、リンクに身を 
寄せてゆく。 
 ああ──と、インパは心の中で嘆息した。 
 ゼルダの方もそのつもりだ。いまのリンクの言葉に陶酔している。 
「姫……」 
 申し述べる。 
「ご自分の立場を、どうか、おわきまえあって……」 
「わかっているわ……」 
 ゼルダが言った。言葉だけである。こちらを見ようともせず、リンクと手を取り合っている。 
すっかり上の空なのだった。 
 気丈な人だと思っていたが、やはり少女は少女なのか…… 
『いや』 
 その想いこそが動機であるならば──世界を救うという行動が、そしてそこに不可欠な 
リンクとの関係が、その想いあるがゆえになされ、築かれるものならば──どうしてそれを阻む 
ことができようか。 
 信じよう。 
 この二人が万人に祝福される日は、いずれ、来るだろう。それまでは…… 
『私が周囲に目を光らせておかんと、な』 
 こんなありさまでは──と、肩をすくめるインパの前で、その存在すら忘れ果てたように、 
幼い二人はしっとりと唇を重ね合わせていた。 
 
 
<第五部・了> 
 
 
To be continued.  
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル