「ここまでにしておきましょう。そろそろ正午です」 
 直角三角形の一つの頂点と内接円の中心を結ぶ補助線を引くべきか、あるいは中点連結定理を 
用いるべきか──という考察は、その声によって断ち切られた。 
「もうそんなになる?」 
 ゼルダは机上に貼りつけていた視線を上げた。書斎の窓は北に面していて、太陽を視野には 
入れられない。それでも、外に建つ白亜の城塔が眩しく照り輝くさまは、インパの言葉どおり、 
光の源が天頂近くにあることを明瞭に物語っていた。 
「時間が経つのを忘れるほど熱中しておられましたか? 姫は幾何がお嫌いだと思っていましたのに」 
 横のソファから立ち上がりつつ、インパがからかうような口調で言った。 
「別に嫌いではないのよ。苦手ではあってもね。ただ──」 
 ペンを置き、椅子にすわったまま両腕を上げ、背筋を伸ばす。朝から机に向かい休憩なく難問に 
挑み続けてきたせいで、筋肉が硬くなっていた。 
「──いまのわたしの本分は尽くさなければ、と思っているの。王女という立場にある者としては」 
「まことによいお心がけです。教える立場の私もやりがいを感じますな。しかし……」 
 インパの口調が真面目なものに変わった。 
「このところ、根を詰めすぎでは? 勉強が捗るのは結構ですが、今日の課題など、もとは 
来年以降に予定していたものです。ほどほどになさっておいた方が、お身体にもよろしかろうかと」 
「そうね……」 
 教科書と帳面を閉じ、小癪な図形に別れを告げながら、ゼルダは思いをめぐらせた。 
 最近、わたしが疲れ気味なのを、インパは見抜いて、心配してくれている。世界を知ろうとする 
使命感をもって旅に出たリンクに倣い、自分は自分のなすべきことをなそうと努めてきたのだが、 
多少は肩の力を抜くべきなのかもしれない。けれども勉強に打ちこんできた理由は他にもあって、 
リンクがいない寂しさを紛らせるためでもあって、そうしないとリンクを想うたびに身体の奥が 
じんじんとうずいてどうしようもなくなってしまうから…… 
「じゃあ、午後は別のことをするわ」 
 まさに起こりかかる身体のうずきを忘れようとして、ゼルダは思いを転換させた。 
「何をなさいます?」 
「少しは運動した方がいいわね。弓のお稽古はどうかしら。前にインパが教えてくれてから、 
もうかなりになるでしょう? あの時は的をはずしてばかりだったし、もっと上手にならないと」 
「弓術は姫のご本分ではありますまい」 
「幾何なんかに比べたら、ずっと王女にふさわしいと思うわ」 
「さて、ふさわしいのかどうか……」 
「教えてくれた当のインパがそんなふうに言うなんて、おかしいじゃないの」 
「それはそうですが、あくまでも一種の嗜みとしてお教えしただけで、特に上達しなければ 
ならないというわけではありません」 
 やけに頑固なインパ──と思いかけ、すぐ考え直す。 
 頑固なのは自分の方だ。 
 以前、弓の経験があるとリンクに話したことがある。びっくりさせようと思ったのに、 
案に相違して、リンクは驚いた様子も見せず、こう言った。 
 ──君が弓をうまく扱えたら、将来、役に立つかもしれないね。 
 わたしが弓にこだわるのは、そのせいなのだ。 
 もっとも、リンクは続けて、 
 ──だけどほんとうは、この世界の君が弓を持たないといけないような事態が、あっては 
ならないんだ。 
 とも言った。平和を願う意味では深く同意できる。となると、弓術は王女の本分ではないとする 
インパの言も、しごく当然と頷かれる。こだわりすぎるのはよくあるまい。 
 そこで思いが浮遊した。 
 リンクは時々「この世界」という言葉を使う。まるでこの世界とは別の世界が── 
「あの世界」とでも呼ぶべきものが──存在しているかのごとき、奇異な言いまわし。 
 ふだんは無邪気で一本気で、年齢相応に子供っぽいリンクが、そういう時だけは、何かを 
懐かしむような、それでいてほろ苦い感情を噛みしめるような、大人びた雰囲気を漂わせる。 
大人びている点ではリンクよりはるかに上と自認するわたしにも、その雰囲気の由来はわからない。 
実際には由来などなく、単にわたしの思い過ごしなのかもしれない。ただ、そんなところが 
リンクの魅力の一つでもあり、また、大人びているはずのわたしが、ベッドではリンクの 
なすがままになってしまうことに、倒錯めいた悦びを感じもするのだけれど……  
 
「弓術よりも、いっそ──」 
 インパの声である。ともすれば恋人へと流れる意識を、ゼルダは引き戻した。 
「──ゆっくり休養をとられては? 別荘へお越しになってはいかがです? あそこの風呂で 
疲れを癒すのもよろしいかと考えますが」 
 それでインパの真意は知れた。 
 弓の稽古に賛成しないのは、やはりこちらの体調を気遣ってくれてのことだったのだ。提案の 
内容も悪くない。城下の西縁にある王家の別荘は、たいそう気に入っている。城の背後の山々に 
続く活火山、デスマウンテンの恵みによる温泉を引き、かつ、雄大なハイラル平原の風景を 
展望できる大浴場は、とりわけわたしの好むところ。でも…… 
「別荘へ行くのは、もう少し日が経ってからにしたいの」 
 算段があるのだ。引き戻した意識が、またも同じ方へと流れ出してしまうが、この場合は 
しかたがない。 
「とおっしゃいますと?」 
 インパが訊いてくる。答えずばなるまい。しかし言い方に注意しなければ…… 
「リンクが帰ってきたら、行こうかと思って」 
 返事がない。あわてて続ける。 
「まだリンクはあの別荘を知らないし、それに、ほら、お城で過ごすのが何となく窮屈みたい 
だから、あそこに招待して、のんびりしてもらうのがいいんじゃないかって」 
「なるほど」 
 インパの声が皮肉味を帯びた。 
「城内では人目があって迂闊な行動をとれないが、別荘でなら自由に振る舞える──との 
ご画策ですか」 
 完全に見透かされている。かっと頬が熱くなる。 
「そんなにうまくいきますかな。別荘といえども二人きりにはなれません。護衛の兵士たちが 
付き従いますし」 
 開き直って言い返す。 
「護衛ならインパが一人でやってくれればいいわ。それができないインパではないはずよ」 
 インパに見透かされるのはやむを得ない。わたしとリンクの関係を知っているのだから。 
とはいえ、初めての時も二度目の時も許してくれたインパだ。今後についても内心では許して 
くれているのではないか。その証拠に、いまもわたしたちの行為を頭ごなしに禁じようとはしない。 
そこを足がかりにして立ち向かおう。 
「私を見張り役に仕立て上げるおつもりとは……」 
 インパがあきれたように言った。だが顔はかすかに笑っている。叱る気はないと察せられ、 
ゼルダは心を強くした。 
「護衛はともかくとして、侍女はどうされます?」 
「連れては行かないわ。身のまわりのことくらい自分でできるもの」 
「料理人は? 食事だけはどうにもなりますまい」 
「心配はご無用よ」 
「料理人も要らない?」 
「ええ」 
「ほう、では誰が料理するのです? まさか私ではないでしょうな?」 
「インパには頼まないわ」 
「すると?」 
「わたしが」 
「姫が?」 
 笑いをあらわにするインパ。 
「できないことをおっしゃるものではありません」 
「練習すればできるようになるわよ」 
 言い放ってしまう。同時に妙案がひらめいた。 
「そうだわ、練習よ。ねえ、インパ、お料理を教えてちょうだい。弓のお稽古よりは王女に 
ふさわしいといえるのではなくて?」  
 
「それとて王女の本分ではありませんが……」 
 インパは笑いを引き、しかし目には優しげな色合いを残して、語を継いだ。 
「……まあ、よろしいとしますか。姫も女性なのですから、料理をなさってもまんざらおかしくは 
ありませんし、勉強の息抜きにもなりましょう。何にせよ積極的であるのは好ましいことです」 
「ありがとう、インパ」 
 心からの感謝である。もちろん料理方の教授だけがその対象ではなかった。 
「リンクはいつ戻るのです?」 
「細かい日取りはわからないけれど……」 
 コキリの森の土を持ち帰るのが主目的の旅だが、他にもいろいろな場所をめぐってみたいと 
リンクは望んでいた。二ヶ月にはなるだろうと言っていた。その二ヶ月は、もう過ぎている。 
「近いうちのはずよ」 
「何食かの献立をすべて一人で賄うのは、けっこう大変な仕事です。リンクが戻るまでに、 
果たして習得しきれますかな?」 
「してみせるわ」 
 挑発的な言辞に昂然と応じる。 
 リンクに自分の手料理を食べてもらえるのなら、リンクと二人きりで過ごせるのなら、 
何であろうとしおおせてみせる! 
「そこまでおっしゃるのであれば、あとは実行あるのみです。午後は調理実習としましょう。 
ところで……」 
 インパが真剣な顔つきになった。 
「お父上にはリンクとのことをお話しになりましたか?」 
 どきりとする。 
 リンクとの関係は、インパ以外の誰にも知られてはならない。王女という自分の地位に加え、 
九歳という二人の年齢を考えるならば、それは絶対的な命題だ。が…… 
 父に対してまで──政事に多忙な国王とあってふだんはあまり接する機会のない、けれども 
限りない愛情をわたしに注いでくれていることは論ずる余地もなく明らかな父に対してまで── 
秘密を持たなければならないのは、実に、実に、心苦しい。かといって、いまの自分を 
あからさまにもできない。リンクとの交わりを少しも、微塵も、いささかも悔いていない 
わたしではあるものの、九歳にして男を知った娘だなどと、どうして父に告げられよう。 
 心づもりはあった。 
「お父さまには、いずれ、きちんとお話しします」 
 自然に言葉が丁寧となる。 
「必ず?」 
「必ず」 
「お話しできるのは、ずいぶん先のことになるのでは?」 
「そうでしょうね。でも、それは致し方ありません」 
「その時まで、そしてそののちも、あなたとリンクがともにあり続けられると言い切れますか?」 
 静かに述べる。 
「言い切れます」 
 沈黙が落ちた。 
 突きつけられる厳しい視線を、ゼルダはしっかりと受け止め、相手に返す自身の視線も微動だに 
させなかった。 
 沈黙を破ったのはインパである。 
「ご決意のほど、しかと承りました。お父上にお知らせするのは、そうするに適当な時期と 
なってからの方がよいと、私も思います」 
 いったん言葉を切ったあと、インパは重い付言をした。 
「あなたを信じておりますから」 
 ゼルダは頷いた。その重みを担って生きる意志に揺るぎはなかった。無論、近日中に訪れるであろう 
交歓の時を放棄する所存もなかった。 
 是非ともリンクに示したいものを、ゼルダは持っていたのである。  
 
 リンクがハイラル城に帰ってきたのは、それから一週間後のことだった。到着は日が落ちる 
直前で、再会を喜び合うのもそこそこに、二人は城内の食堂で夕食をともにする運びとなった。 
席上では盛んに会話が飛び交った。主たる語り手はリンクであり、次から次へと披露される旅の 
土産話が、料理以上にゼルダを堪能させた。 
 一方、ゼルダは計画していたとおり、別荘に招待する旨を──ただし準備の要があるので 
出向くのは翌日になるとの断りも含め──リンクに伝えた。自分だけの手で食卓を調えるつもりで 
あることも、併せて宣言した。一週間の特訓により、一応、人前に出せるだけの品を、幾皿かは 
作る自信ができていたのだった。リンクは大いに興味を惹かれた様子で、すぐさま招待を受諾し、 
料理の腕は信用していると言ってくれた。信用の根拠は不明であったが、リンクにそう言われては 
嬉しくないはずがないゼルダだった。 
 招待期間はごく短かった。翌々日の夕方までである。ゼルダが供することのできる料理の品数が 
少ないため、長期の滞在は困難なのだった。といっても、間には一夜が挟まるわけで、ゼルダは 
リンクに対し、その一夜の存在と、期間中はインパを除き余人の関与がない点を、注意深く 
選択した言葉によって伝達した。二人でゆっくり──しかも安全に──時間を過ごせるよい機会で 
あると暗示したのだった。同席していた、いわば共犯者のインパはともかく、しょっちゅう食堂に 
出入りする給仕係らの手前、露骨な表現はできかねたのである。いつもは察しの悪いリンクも、 
さすがに一夜の存在は意識せざるを得なかったとみえ、暗示の受領を熱い視線で知らせてきた。 
 ゼルダは続けて、長旅で疲れているでしょうから今夜はぐっすりお寝みなさい、と仄めかしを 
送った。無理をせず明晩を待つつもりだった。これもリンクは理解したようで、その夜、ゼルダは 
ベッドに自分だけの身を横たえ、朝まで眠りを妨げられることはなかった。もっとも、夢の中には 
遠慮なく一人の訪問者を迎え入れたのだったが。 
 
 翌日、昼食を終えてから、二人は別荘へと赴いた。同行はインパのみである。 
 ゼルダの別荘行きは珍しくもない習慣とはいえ、三人きりという人数の少なさは異例だった。 
その異例さは、しかし特段の障害を呼ばなかった。ゲルド族の反乱未遂事件が一応の解決をみ、 
世情に落ち着きが戻っていたことで、王女が気軽に振る舞うのもよかろうとする温かい空気が 
城内にはあった。唯一にして貴重な友人である──としか他者には思われていない──リンクを 
招待するとの名目は自然だったし、幼い王女が自ら接待役を務める点も、ままごとの延長のような 
ものと──実情はままごとどころではないのだったが──微笑ましく周囲は受け取った。加えて 
インパという「お目付役」の存在が、充分な安心感を人々に与えたのだった。 
 別荘は快適な状態に整えられていた。前夜、住み込みの番人に到来を予告し、準備させて 
おいたのである。急な仕事の代償は翌夕までのお役免除で、番人はめったに得られない自由時間を 
享受すべく、三人が到着するやいなや、跳ねるような足取りで城下町の方へと去っていった。 
 三人は、すぐに二人となった。インパが同室を辞退したのだった。滞在中は二人の前に顔を 
出さない、と言うのである。 
「姿を隠していても、警護くらいはできますからな」 
 粋な計らいと解釈し、ゼルダは改めてインパに礼を述べた。  
 
 二人きりの時間は、閑静な趣を満たす客間での喫茶から始まった。茶の仕度をする程度であれば、 
ゼルダも特には手こずらない。前夜に続く盛んな会話を、飽くことなく二人は楽しんだ。 
 リンクは別荘滞在を心から喜んでいるようだった。 
「こんなに素敵で、居心地のいい所だったんだね」 
 素直な賞賛というだけでなく、何らかの深い──あたかもそうではない別荘を前に見たとでも 
言いたげな──感慨をうかがわせる台詞と思われたが、詳細を質そうとする前に、リンクが新たな 
話題を出した。その日のゼルダにとっては、夜のベッドでなされるはずの行為に匹敵する── 
ある意味ではそれ以上の──重大事だった。 
「夕食の献立は何なのかな」 
 ゼルダは品目を挙げた。自分にぎりぎり可能な厳選メニューである。リンクが口にする待望の 
言葉は、前夜と同じくゼルダを嬉しい気持ちにさせたが、当日とあってこのたびは精神的な緊張を 
引き起こしもした。 
 リンクの話が、さらに感情を修飾した。旅先で知り合った人々の中に、自分たちと同じく 
幼い頃に母親を亡くした、しかも自分たちより一つ年下の少女がいて、炊事のみならず掃除や 
洗濯といった主婦業全般を立派にこなしている、というのだった。感心の思いとともに対抗心が 
湧き、ゼルダは緊張を正の方向に持っていこうと努めた。 
 やがてゼルダが厨房にこもらなければならない時刻が来た。放置を余儀なくされるリンクに、 
ゼルダは入浴を勧めた。リンクは迷うふうだった。何人もが一緒にいられる広い浴場であることは 
すでに知らせていたので、リンクが迷う理由は推察できた。そこで、こう言い足した。 
「お風呂に入る回数は、一日に一度だけとは決まっていないのよ」 
 怪訝そうな表情となるリンクだったが、 
「お食事のあとで、もう一度、入ればいいわ」 
 との念押しで、ようやく意味を悟ったとみえ、ゼルダの提案を受け入れた。 
 浴場の脱衣所までリンクを案内したのち、ゼルダは厨房へと移動した。 
 あとに待つ種々の楽しみを思うと、身体が熱くなるのを止められない。しかしそれはあくまでも 
あとのことである。 
 ゼルダは邪念を払い、調理台の上を眺めた。城から届けさせておいた食材が並んでいる。 
何をどうすればよいかは頭の中で整理できていたものの、多彩な品の数々をいざ目にすると、 
想定していた手順に不安を覚える。インパの不在が不安を助長する。 
 考えてみれば、困った事態が生じても助言すら得られないのだ。不在は粋な計らいと思って 
いたが、実はインパは、お手並み拝見とわたしを突っ放しただけだったのかもしれない。 
失敗したら無能力ぶりをあげつらい、この先、リンクとの別荘行きを許してくれなくなるのでは? 
『そうはいかないわ』 
 心から不安を押しのけ、おのれに奮起を促し、ゼルダは作業に取りかかった。  
 
 奮起は成果をもたらさなかった。 
 個々の行程をつつがなくこなす自信はあったが、複数の行程を同時並行させるのは予想以上の 
難事で、することなすことすべてが後手に回った。厨房の構成が、実習の場となったハイラル城の 
それとは異なっていた点も、混乱の原因となった。下見しておくべきだったと悔やんでも、もはや 
あとの祭りである。 
 できあがったのは、見た目はどうにか料理と呼べる程度の代物に過ぎなかった。やむなく 
ゼルダはそれらの物体を皿に盛り、食堂へと運んだ。入浴をすませていたリンクは、席につくなり、 
複雑な表情を呈して食卓に見入った。そこにあるものが口の中に移ると、表情はますます複雑と 
なった。 
 評価に値しない味であることは、ゼルダも重々承知していた。肉は焼きすぎ。野菜は茹ですぎ。 
スープは沸騰して微妙な香りが飛んでしまっている。デザートのアイスクリームに至っては 
ほとんど溶解状態で、まともなのは調理する必要のないパンと飲み物くらい。穴があったら 
入りたいとはこのこと──と、ゼルダは胸中で羞恥に悶えた。 
 リンクは食べながら、 
「まあ……これも……なかなか……」 
 などと曖昧な語をぽつぽつ漏らすだけである。不味いとは言わないが、美味いとも言わない。 
見え透いたお世辞を聞かされていたら、かえって気が鬱いでいただろうから、嘘をつけない 
リンクの朴訥さが、その場面ではむしろありがたかった。 
 悄然としているさまをリンクも気にしたらしく、 
「いまの君だと、いろいろ大変なんだろうね」 
 と、慰めにしては妙な、けれども暗に将来を期待するような言葉をかけてくれ、次いで、 
「今度の機会にはポトフを作ってもらえないかな。ちゃんと肉を入れてさ」 
 との要望を呈示してきた。ポトフには肉が入っているのが当たり前だろうに、とは思ったものの、 
期待の一環と解し、ゼルダは新メニューへの挑戦を約束した。 
 要望された料理はもう一つあった。ただしリンクはその名前を知らず、説明も要領を得なかった。 
芋と野菜をどろどろにして混ぜ合わせたものだと言うのだが、何を指しているのかさっぱり 
わからない。しまいにはリンクも肩をすくめ、意味不明な台詞で話にけりをつけた。 
「すぐじゃなくていいよ。七年もすれば作れるようになるはずだから」 
 自分がうまく説明できないのを冗談にしている感じだったので、それ以上の追求をゼルダは控えた。 
 
 食後、リンクは──おそらく意識的に──食べ物の件から話題を逸らし、日中に入った風呂に 
ついての感想を語った。温泉の湯の心地よさ、大理石の床に掘られた浴槽と浴場全体の広さ、 
自然を模した壁の石組みの巧みさなどを賞賛し、しかしそれらにも増して素晴らしいのは窓から 
眺望されるハイラル平原の絶景である、と力説した。自身が常々抱いている感想と同一なのを 
ゼルダは喜ばしく思い、料理の不首尾が生んだ失意も薄らいだ。 
 リンクは賞賛ばかりでなく、 
「あれだけ広い窓だと、外から覗かれるんじゃない?」 
 と危惧をも述べたが、それが不可能なように設計されているというゼルダの説明で、危惧を 
納得の返事に変えた。 
 話が一段落すると、リンクの態度はもじもじしたものになった。言いたいことがあるのに 
言い出しかねている、といったふうである。そこまでの話題が必然的に招来する願望の表れと 
ゼルダには理解でき、また、同じ願望がおのれにおいても招来されているのを自覚した。 
 夕食を隔てて再び招来された願望である。 
 二人がそれを望んでいると、二人ともが知っている。ところがリンクは明言を避ける。 
もう照れ臭がるような間柄ではないのに、と思う一方で、照れ臭がるさまが微笑ましくもある。 
 けれども同様の逡巡をわたしも抱いているのだ。リンクを笑うことはできない。 
 敢えてひねくれた告げ方をする。 
「もう一度、お風呂に入ってきたら?」 
 自分からは言い出しかねた。リンクに言わせたいとの悪戯な気持ちもあったが、やはり 
羞じらいが立ちまさった。 
 対してリンクは率直だった。勧奨に力を得たらしく、若干の間をおきながらも、ずばりと願望を 
言葉にした。 
「一緒に入ろう」 
 胸はいまさらのように動悸する。としても返すべき答はただ一つである。 
 ゼルダはこくりと頷いた。  
 
 浴場への入口となる一室は、いわばゼルダの私地である。居間と書斎を兼用させたような部屋で、 
文机と椅子、丈の低いテーブルと一対のソファ、戸棚、花瓶台が置かれ、壁にはいくつかの絵が 
掛けられている。さほど広くはなく豪奢でもない、しかし調度の形状と色調の統一感には 
気を配った、ゼルダ好みの空間だった。 
 廊下から入室すると、右の壁の手前側が、脱衣所に続くドアとなっている。そこでゼルダは 
足を止めた。 
「入って」 
「君は?」 
「あとから行くわ」 
 脱衣を見られるのが恥ずかしいという、この期に及んでの感情もさることながら、それ以上に 
ゼルダを支配していたのは、脱衣のごとき中途半端な状況下では示したいものを示したくないとの 
意思だった。 
 リンクがドアの向こうへと消えてから、踵を返して反対側のドアに向かう。その奥の寝室に 
灯をともし、そこがいつでも使用可能となっていることを確かめる。さらに少し待ち、頃合いと 
判断して脱衣所に赴く。 
 判断のとおり、そこにリンクの姿はなかった。籠に緑衣が脱ぎ捨てられている。ゼルダは順に 
着衣を解き、順に籠の中へと落とした。二人分の衣服が折り重なった。 
 タオルを広げる。身体の前を覆う。戸を開き、浴場内に身をすべり入らせる。 
 灯りをつけていないので内部は暗い。が、平原に面する横長の窓から青白い月光が差しこんでいて、 
おぼろげながらもあたりの様子は視認できる。 
 リンクの姿は浴槽内にあった。顔は窓外に向いていた。 
 静かに歩み寄る。顔がこちらに向き直る。 
「きれいな空だね」 
「ほんとうに」 
 夜とあって眺望はきかないものの、冴え返る月と無数の星々が、昼にはない美景を織りなしていた。 
 とはいえ、いくら自然が美しかろうと、感興を惹ききるには至らない。浴槽に入り、底に腰を 
つけ、肩までを湯に浸してゆったりと身体をくつろがせても、自ずと意識されるのは隣にいる 
リンクである。 
 リンクもこちらを意識している。やや下に落ち気味の視線が、タオルの下の素肌を見たいと 
無言のうちに告白している。 
 すでに二度、自らの裸体をリンクの視線にさらしたわたしではあるが、あっけらかんとそうして 
しまえるほどの境地には、いまなお達せない。いったんそうすればあとは気にならなくなると 
わかってはいるのに、どうしてもためらいが湧く。しかし今日のわたしはリンクに示すべきものを 
持っていて、それを最も効果的に示したいと思ってここまで来たわけで、だからそうしよう、 
いまそうしよう、でもさりげないやり方だと気づいてもらえないかもしれない、ある程度は 
勿体ぶった方がいいかもしれない、ならば……  
 
 おもむろに腰を上げる。膝で立って上半身を湯の外に出す。身体の正面をリンクに向けて── 
 タオルを落とす。 
 ただしすべてをあらわにはしない。 
 興奮の面持ちとなりつつも、リンクはいぶかしそうに眉根を寄せた。 
 さもあろう。右手を右の胸に、左手を左の胸にかぶせ、それでいて股間を露出させたこの格好は、 
隠すにしては不徹底で、変に胸を強調しているとの印象を与えるはず。そうやって注目して 
もらったところで── 
 両手を下ろす。 
 引き続きいぶかしげだったリンクの顔が、ややあって、 
「それ……」 
 幾分かの驚きと、そして感動に染まって、それでわたしも嬉しくなって、ちょっと気取って、 
「いかが?」 
 と訊くと、 
「とても、きれいで……」 
 夜空に献じたのと同じ賛辞をあなたはしみじみと口にしてくれて、続けて、 
「かわいい」 
 と、ひとこと。 
 女性の胸を評するにあたっては必ずしも褒め言葉とはいえないのだろうけれど、いまの 
わたしだとその表現でもしかたがない、いいえ、どころか、その表現こそが最適で、あなたの 
感動が如実に反映されているとわかってわたし自身をも感動させる、それはひとこと。 
「いつからだい?」 
「ひと月くらい前から」 
 そう、その頃から、わたしの両の乳首を取り巻く薄桃色の円が、わずかに盛り上がって小さな 
円錐を形作った。まだまだとうてい乳房とは呼べない。ごくごく一部の突出に過ぎない。しかし 
ほんのかすかな変化ではあっても、これは確然とした女のしるしで、わたしが女として成長して 
いるという歴然たる証拠で、こうなったのは、たまたまこうなる時期だったからなのではなく、 
あなたとの交わりがわたしの身体にこうなるよう仕向けたからだと思えてならない。だからこれを 
あなたに示すことができるのはわたしにとってこの上ない喜び。あなたは湯の中から左手を出して、 
おずおずとこちらに伸ばしてきて、ふとその手を止めて、 
「触っていい?」 
 と問う。少し迷いながらも心を定めて、 
「ええ」 
 とわたしは頷きを返す。あなたには触れる権利がある。触れていい。触れてちょうだい。 
どうか触れて、触れて、触れて── 
「あ!」 
 ぴりっ!──と痺れのような快感が走る。 
 そこは敏感になっている。前より敏感になっている。初めてそこの変化を知った時、自分で 
触ってみてどうもそうらしいと気づいてはいた。でもそこに──いや、どこであろうと──触って 
わたしを気持ちよくさせるのはあなただけだと決めていたから、それ以上の刺激は控えてきた。 
いま、あなたに触れられて、そうなっているのがはっきりとわかった。感じる。感じる。あなたの 
左手が右の円錐を弄んで、円錐の頂点が硬くなって、いっそう快感は強くなって、同じことが 
左の円錐でも起こっていて、あなたは両手を差し出していて、さまざまな刺激をいっときの 
休みもなく目まぐるしいばかりに繰り出してきて、その両手が背にまわってあなたは顔を 
寄せてきて、そこを── 
「あぁッ!」 
 舐める。吸う。噛む。しゃぶる。口が交互に左右の胸を攻める。攻められるわたしはとても、 
とても、とても、とても心地よくて、ぞくぞくして、淫らな気分になってしまって……  
 
 ああ、わたしは、こんな、所で、こんな、淫らな、ことを、している! 
『いまさら!』 
 こんなことをするためにわたしたちはここへ来たのではないか。まさか真っ昼間からこうする 
わけにもいかないし、リンクと話をするのは楽しかったし、それに夕食の準備もあったから、 
夜まで待って、いまは夜になっていて、もう何を憚る必要もなくわたしたちは好きなように 
好きなことをやれる、はず、とは、いっても、ちょっと待って、ちょっと待って、ベッドの上でも 
ないのに裸でこんなことをするのは変でしょう? ここはお風呂だから裸なのは当たり前としても、 
こんなことをするための場所ではないでしょう? 「触っていい?」と問われて「ええ」と答えた 
わたしにしてはおかしな言い草だと自分でも思うけれど、触るくらいならという程度にわたしは 
考えていたのであって、だけどあなたは触るだけでなく口まで使ってきて、このままだと、 
このままだと、ここでしてはいけないことまであなたはしようとするかもしれない、いくら 
心地よくてもこれ以上は、これ以上は── 
「身体を……」 
 やっとのことで、 
「……洗いたいわ」 
 声を絞り出す。 
 あなたは胸から口を離して、顔を上げて、軽く笑って、 
「うん」 
 と応じる。不満げではない。それでも何となく申し訳ない心境になる。かといってひとたび 
遮ったからには台詞を取り替えるわけにもいかず、起き上がって浴槽を出るあなたに合わせ、 
わたしも裸の身を湯の外に出す。 
 丈の低い腰掛けを石の床に据え、そこにすわって髪を清める。すませて次に石鹸を手に取り、 
泡立てて肌にこすりつけようとした時、横で髪を濯ぎ終えていたあなたが、腰掛けに置いた身を 
わたしの前に寄せ、 
「洗ってあげるよ」 
 と言って石鹸を取り上げる。拒めない。泡だらけの両手がわたしに触れる。肩に、腕にと 
這ってゆく。触れられた皮膚はぴりぴりと反応して、気持ちがいいとしか言いようのない感覚を 
生み出す。しかしこれは愛撫ではない、身体を洗ってくれているだけなのだと自分に言い聞かせ、 
それなら── 
「わたしも」 
 ──あなたを洗ってあげる。同じように両手で、あなたの肩に、腕に、泡をなすりつけ、続けて 
互いが互いの胸に、腹に、背に、脚にと両手を伸ばして泡の範囲を広げていって、愛撫ではない、 
愛撫ではないといくら心で繰り返しても、あなたはやたらとわたしの胸をいじって、それは確かに 
さっきのような触れ方ではないのだけれど、そこへの関心の大きさをうかがわせるには充分で、 
わたしの息は速くなって、あなたの息も速くなって、あなたの手は下がっていって、下がって 
どこへ行くのかをわたしは予期していて、どきどきして、わくわくして、わくわく? 違うわ、 
いまわたしたちがしているのはそれとは違う、違う、違うのにあなたは── 
「あ、うッ!」 
 そこへ! 手を! 
 差し入れて、届かせて、とてつもない快感を引き出す、引き出す、引き出そうともこれは違う、 
あなたはそこを洗ってくれているだけ、だからわたしもあなたのそこを、そこを、ああ、硬い、 
硬い、硬いこれを握って、しごいて、いいえ、洗って、洗ってあげて── 
「ん、んんッ!」 
 唇に唇が押しつけられる。口の中に舌がねじこまれる。その舌をわたしは出迎えて、 
追い出そうともせずもてなして、これはもう身体を洗っているとはいえない。互いの秘所で 
手を動かして、あまつさえキスまでしてしまったら、欲情した男女の行為としかいえない。 
そしてキスから逃げなかったわたしは、それどころかキスを続けたがっているわたしは、身体を 
洗っているだけだなどと言い訳をしながらこうなることがわかっていた。あなたが石鹸を 
取り上げるのを拒めなかった時から、いいえ、わたしがここに入ってきた時から、いいえいいえ、 
そもそもあなたに入浴を勧めた時から、こうなることがわかっていた。こうなることを望んでいた。 
あなたが欲しかった、欲しかった、欲しい、欲しい、欲しい──  
 
『でも!』 
 唇をもぎ離す。 
「だめ」 
「え?」 
「だめよ」 
「どうして?」 
「ここでは」 
「なら?」 
「出てから」 
「じゃあ」 
 あわただしく石鹸の泡を湯で流し落とす。あわただしく浴場を出る。あわただしく身体を拭く。 
あわただしくあなたの手を取って服も着ずに脱衣所を出て部屋を横切って寝室に入ってベッドに 
飛び乗って固く固く固く固くわたしたちは抱き合う。互いが互いの上になって下になって 
上になって下になってごろごろとベッドの上を転がって、転がるのが止まるとわたしはあなたの 
下にいて、顔から脚までをぴったりとくっつけ合って押しつけ合って、盛り上がりかけた二つの 
蕾はあなたの胸板に潰されて、かっかと燃えるわたしのあそこにあなたのあれが詰め寄ってきて、 
もっと詰め寄ってきて欲しいわたしは迷わず脚を大きく開いて、その脚の間にあなたは位置をとって 
いったん腰を引いてそしてわたしを貫きにかかる── 
 ──と思ったのに、てっきりそうすると思ったのに、あなたは身体を起こしてしまって、 
それでわたしの胸は盛り上がりを取り戻すことができるのだけれど、ずっと潰されたままでも 
いいからとにかくあなたにきてもらいたかったわたしはなぜあなたが離れてしまうのか理解できない。 
あなたはわたしの両膝の裏に腕をかけて、両脚を抱え上げて、固まりきったあなたの武器を、 
熱しきったわたしの谷間に、谷間の上に、中にではなく上に置いて、こすりつけてくる、 
こすりつけてくる、前に後ろに腰を揺らして、それを左右の唇の間ですべらせる、わたしの敏感な 
一点も一緒くたになって摩擦される、そこはべたべたに濡れていて、あなたとわたしの二人ともが 
分泌する潤滑液であふれていて、いくら洗おうとも尽きることのない淫猥な液体が接触をすこぶる 
なめらかにしていて、気持ちがいい、たまらない、声が出てしまう、声が出てしまう、だけど 
気をつけないと、うっかり大きな声を出したら誰かに聞かれて── 
 ──なんて考えなくてもいいんだったわ。人の多い城内とは違って、ここにはわたしの声を 
聞き咎める人などいない。だからわたしは好きなだけ声を放って、あなたがくれる快楽に 
心ゆくまで没頭できる── 
 ──のはいいとしても、こうやってそこをあなたのそれでこすられて涙が出るほど快いとは 
いっても、もっと密に繋がりたい、あなたのそれをくわえこみたいという欲望をわたしは抑える 
ことができない。ところがあなたはそうしようとしない。あなただってそうしたくないはずは 
ないのに、ひたすら表面をこすり立ててわたしをもどかしがらせるだけ。どうしてそれだけなのか、 
どうしてわたしを焦らすのか── 
 焦らす? 
 ひょっとすると、あなたは(あなたも)昼のうちからうずうずしていて、でもわたしがそんな 
素振りを示さないのでずっと我慢していて、夜になってやっとお風呂で裸のわたしを目にして、 
なのにわたしが──勿体ぶって胸を見せたりしたにもかかわらず──二度も遮ったものだから、 
わたしがあなたを焦らしていると思って、それで今度はわたしを焦らしている? 
 そんなつもりはなかったのよだってこういうことをするのはベッドでないとまずいでしょう? 
わたしだってあなたとこうなるのを待ちわびていたのよそこのところをどうか──  
 
「リンク……」 
 わかって── 
「お願い……」 
 でないとわたし── 
「もうだめ……」 
 自分が誰かも忘れて── 
「早く……」 
 はしたないことを── 
「……ちょうだい」 
 口走ってしまった! 
 けれど恥ずかしくはない悔いもない、なぜならあなたはわたしの願いを聞き入れてくれて、 
そこの上ですべらせていたそれを入口にあてがって、そして一気に── 
「うぅッ!」 
 入ってきて── 
「んん、んッ……!」 
 進んできて── 
「ぅあッ! あッ! あぁあッ!」 
 突いてくる、突いてくる、がんがんと絶え間なく突いてくる、前の二度の交わりでは── 
少なくとも皮切りには──とても優しかったあなたが、その優しさをかなぐり捨てて、ものすごい 
勢いで突いてくる、そんなに切羽詰まっていたのかしら、だとしたらごめんなさい、でも 
こうなったからには好きにして、どんなに荒っぽくされてもわたしは平気だから、苦しくないから、 
逆に恐ろしいほど気持ちがよくて、荒っぽくされればされるほど気持ちのよさも甚だしくなって、 
もっともっととけしかけたくなる、だけどそうはできない、恥ずかしいせいじゃない、口は喘ぎを 
漏らすのが精いっぱいでまともな言葉を発せられない、というくらいわたしは歓喜している、 
ただ一つだけ残念なのは、あなたが身体を起こしていて、わたしとぴったりくっついてくれないこと、 
わたしの手があなたを抱きしめられないこと、せっかく結び合えたのにそうできないのは── 
 ──との思いが伝わったのか、あなたは身をかがめてくる、わたしの両脚を抱えたまま頭の方に 
押しやって、わたしの身体を腰の所で二つ折りにして、ひときわ強く突きまくってくる、なんなの 
この不自然な格好はと戸惑う一方で、あなたの突きが深くなったように思えて、いや、確かに 
深くなったと断言できて、つまりこの格好だと結合の角度がいいわけで、いい、いい、とってもいい、 
いくら不自然でもこんなにいいのならわたしはいつまでだってこの格好を続ける── 
 ──のは正直言ってちょっと大変、息が詰まってしまいそうだし、やっぱりあなたに手を 
届かせられない、あなたを抱きしめることができない、もう少しでいいからあなたが身体を倒して 
くれたら── 
 倒してくる、あなたは身体を倒してくる、わたしの上に乗ってくる、すかさず腕を差し上げて 
あなたを抱きしめてあなたもわたしを抱きしめてくれて、だけどあなたに解放された両脚が 
元の位置に戻ってしまって絶妙な角度を保てなくなってそれが心残りといえば心残り、でも 
考えてみたらわたしが自分で脚を上げていればいいだけの話、もちろんあなたの支えなしに 
この姿勢でいるのは難しいからどうするかというと、そう、こんな具合に、脚をあなたの腰に 
巻きつけて、こうすれば角度がよくなって、結合もなおさら緊密になって、安心してあなたの 
突きを受けていられる、合わせてわたしも腰を振ることができる、そんな嬉しい体勢となって 
あなたは動きをいっそう速める、わたしの悦びもいっそう高まる、突いて、突かれて、突いて、 
突かれて、頭がだんだんぼんやりしてくる、身体が勝手に弾み踊る、快感の度合いが加速度的に 
増していって、増していって、間近に迫った頂点を目指してわたしたちは物狂おしく互いを求めて、 
欲して、貪って、もうそこに達することしか考えられない考えるつもりもないあなたもそうに 
違いないそれでいいからきて、リンク、きて、きて、わたしも、いくから、あなたも、一緒に、 
いって、いかせて、一緒に! 一緒に──!!  
 
 激流に揉まれるかのような交合が果て、忘我の時間が過ぎるうち、ゼルダはおのれの上にあった 
重量が消えるのを感じた。リンクが身体を浮かせたのだった。 
 浮いた身体はベッドに落ち、ゼルダの隣に横たわった。どちらからともなく腕が差し伸べられ、 
再び二人は抱き合う姿勢をとった。抱擁は和やかだったが、必ずしも静かではなかった。永らく 
抑えこんできた欲情が一度の絶頂で治まるはずもない。ゼルダはゆるゆると、しかし熱意をこめて 
リンクの肌に手を這わせた。リンクの手も同様にゼルダの体表をさまよった。ただその手は 
主として両胸の小さな萌芽に関心を持っており、そこに加えられるやわらかくも執拗な刺激が、 
ゼルダに新たな高揚をもたらした。 
 口づけが交わされた。唇と舌のもつれ合いは、さまざまに形を変えながら延々と続いた。 
 ひと区切りののち、ゼルダはリンクに先んじて口を移動させた。以前の交わりでは、リンクが 
身体中に施してくれる接吻を陶然と享受しながら、自分からはリンクのごく限られた部分── 
口と性器──にしか接吻していない。未知の場を遍歴したいという望みがあった。 
 察してくれたらしく、動きを止めて仰臥の姿勢となるリンクに、ゼルダは覆いかぶさり、 
顔から首、さらに胸へと口接の部位を移していった。リンクは表情をうっとりとたゆたわせ、 
感極まったふうに吐息をつく。嬉しい反応である。反面、案外な印象も受けた。 
 耳を舐めれば切なげに呻き、乳首を吸えばその先端を硬くして身をよじるリンクではあるが、 
わたしがそうされた時ほどの法喜には至っていないと思われる。わたしとリンクとでは── 
あるいは一般的に言って女と男とでは──感じ方に違いがあるのかもしれない。女が身体の 
あちこちで著しい快感を得られるのに対し、男の場合は快感を高度に誘発する箇所が限定されて 
いるということか。 
 その限定された箇所への探訪に、ゼルダは取りかかった。そこは早くも勃起状態に復しており、 
高揚が自分だけに訪れているのではないと知れた。いきおい意欲は増進した。 
 前に習得した口技を倍の丁寧さで披露する。併せて手による摩擦も加える。調子を強めてゆく 
リンクの呼吸と、時おり生じる肉柱の引きつりによって、やはりここがその箇所なのだと確信される。 
 種々の試みを重ねるうち、とりわけ感度のよい箇所があるのに気づいた。亀頭の裏側にある 
筋のような部分を刺激すると、特に感悦を深める態のリンクなのである。さっきそれをこちらの 
秘部の上ですべらせていたのも、焦らすだけが目的ではなく、裏側に集中する快感を愉しむため 
だったのだろうと思い当たった。 
 その部を主な対象として、ゼルダは一途に奉仕を続けた。リンクの感悦がすなわち自らの 
感悦でもあった。 
 リンクが身動きした。不審に思って頭を上げる。身体の向きを変えている。双方が相手の股間に 
顔を近づけて側臥する体勢となる。意図を悟った瞬間、電流のような衝撃が下半身を走った。 
リンクが口をつけてきたのだった。何もかも放り出して快楽の大波に巻きこまれたくなる衝動に 
耐え、ゼルダも奉仕を再開させた。互いが互いの急所を同時に口撫するのである。感悦は一段と 
程度を増した。  
 
 かき立てられる快感が弱まった。リンクの口が後方へとにじり寄ってゆく。覚えずゼルダは 
腰を引いた。リンクは許してくれなかった。両腕でがっちりと腰を抱えられ、逃げようとしても 
逃げられない。 
 とうとうそこを舌に捕らえられ、ゼルダはたまらず悲鳴をあげた。風呂できれいにしたとは 
いっても、汚物が排泄される場所である。信じられない行為だった。 
 ところがそうされて生じる感覚は──前方で得られるものとは微妙に異なっていても──やはり 
快感に他ならないのだった。不可解ではあるが、そのように感じるべくそこはできているとしか 
結論できない。そんな所をすらいとおしんでくれるリンクの情熱にも煽られる。それに考えてみれば、 
同じく汚物を排泄する前方への接吻には全く当惑しないのだから、後方にだけ拘泥するのは 
奇妙である。 
 腰に溜めていた力を抜く。素直になってみると、ことさら快感は強まった。自らも眼前にある 
後方の窪みへと舌を這わせる。リンクの尻がぴくんと震える。喜悦の表現と察知でき、ゼルダは 
すべてのためらいを捨て、夢中になって口を使った。 
 やがてリンクが前方への攻めに戻った。同調して肉棒を頬張ると、それは中で往復を始めた。 
リンクの腰が前後しているのだった。一方では舌を膣の奥へと挿し入れてくる。ゼルダも腰を 
揺らしてそれに応えた。ともに相手の口を性器に見立てたのである。否、この場合、口は性器以外の 
何ものでもなかった。 
 二人の動きは次第に速くなった。再度の絶頂が到来しかかっているのをゼルダは感じた。 
その形で登りつめることには何の迷いもなかった。が、自分だけそうなりたいとも思わなかった。 
リンクを口中で果てさせたかった。互いが同等に惑溺する淫技の、それが理想的な決着であるから 
だった。 
 ゼルダの体内で終局への疾走が惹起され、もはや後戻りは不可能となった。追い立てられて 
機動を激しくした口が、やにわに内部の痙攣を感じ取った。痙攣は間欠的に続き、リンクの全身が 
強直を呈した。追ってゼルダも同じ状態となった。 
 肉体と精神の感奮が合一した、満足の極点と呼ぶべき瞬間だった。  
 
 そこまでの満足も、ゼルダにとっては一時のものに過ぎなかった。肉体の火照りは消えやらず、 
精神も相変わらず高ぶっていた。眠気がつけいる隙もなかった。 
 飽きもせず愛撫を続けていると、リンクが語りかけてきた。 
「今日の君は、ずいぶん積極的だね」 
 顔はほのかに笑んでいた。冷やかすふうな感じでもあった。 
「だって……」 
 色欲の激しさを指摘されたような気がする。事実そのとおりと自覚される。それでも言い訳 
せずにはいられなかった。 
「久しぶりで……ずっと我慢してきたから……」 
 リンクが不思議そうな面持ちになった。 
「我慢?」 
「ええ」 
 不思議そうなのが不思議だった。欲望を発散する機会が他にあろうはずもないのに。 
「自分でしなかったの?」 
「自分で──って?」 
「オナニーさ」 
 初めて聞く言葉である。インパの教えには含まれていなかった。 
 まごついているのを読み取ったらしく、リンクが訥々と説明を始めた。こちらが知らないのを 
さらに不思議がっているようだった。 
「自慰ともいうけれど……つまり……自分が感じる所に、自分で触って……それで、気持ちよく 
なれるっていう──」 
「そんなこと!」 
 思わず強い声を出してしまう。 
「しないわよ」 
 想像したことはある。リンクに触れられてあれだけ気持ちがいいのだから、自分で触れても 
快感は得られるだろうと。しかし…… 
「へえ、君ならてっきり──あ……」 
 あわてたように言葉を呑みこむリンク。てっきりどうだと? そんなことを平気でする女だと 
思われていた? 何を根拠に? おのれの行動をふり返ればそう思われて当然という気もするが、 
わたしを気持ちよくさせるのはリンクだけとの決心ばかりは疑われたくない。 
「一人でするなんて……なんだか……あなたに悪いみたいで……」 
「悪くなんかないさ」 
 熱心な口調でリンクが言う。 
「君がぼくのことを想ってそうするんだとしたら、ぼくはとても嬉しいよ」 
「嬉しい?」 
「ああ」 
「ほんとに?」 
「ほんとに」 
 そういうものなのだろうか。 
「あなたも、するの?」 
 リンクは少し逡巡するふうだったが、すぐに明快な答を返してきた。 
「するよ。時々ね」 
「わたしのことを想って?」 
「うん」 
 旅の空にあって、遠く離れたわたしを想って、その想いを行為にするリンク。 
 いやらしいとは感じない。むしろ胸が温かくなる。互いを隔てる距離の遠近にかかわらず 
固い絆で結ばれているわたしたちなのだと実感される。嬉しいというリンクの言が、まこと至当と 
納得できる。とすればわたしも……  
 

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