「わたしも旅をしてみたいわ」 
 という、かねてからのゼルダの願いが、ついにかなえられることとなった。国内視察の旅に 
出るのを年に一度の恒例としていたハイラル王が、このたびは息女ゼルダに名代を仰せつけた 
のである。いまだ十歳と若年ではあっても、将来、女王となる身であれば、そろそろ世間の実情を 
知っておくべき、と考えたわけだった。宿敵ゲルド族も最近は神妙で、平和な日々が続いている。 
その点も愛娘を「冒険」に送り出す上での後押しとなった。 
 いずこを訪問するかについて、当初、国王や重臣らは、初の遠出となるゼルダに配慮し、 
できるだけ近場を、と計画していた。しかし当のゼルダが反対した。辺鄙な地域であるハイラル 
南東部、とりわけコキリの森を希望したのだった。 
「コキリの森は、かの地の守り神であるデクの樹サマに、昔、王家が『森の精霊石』を託した 
特別な場所。そのデクの樹サマは、一年ほど前、奇禍に遭って枯死したと聞きました。王家としては、 
ぜひとも先方に赴いて哀悼の意を表するべきですし、デクの樹サマ亡きあと、コキリの森が 
どのような状況にあるのか、確かめておく必要もあると思います」 
 この希望は容れられ、やがて旅立ちの時は来た。視察団の規模は小さからず、常にゼルダの 
そばを離れぬインパはもちろんのこと、身のまわりの世話をする侍女ら、事務を司る文官ら、 
護衛の武官や兵士らを合わせ、総勢は百人を軽く超えた。 
 リンクも人数のうちの一人だった。コキリの森が目的地とあって、そこに縁の深いリンクが 
案内役となるのを、誰もが当然と見なしたのである。リンク自身もその役目を引き受けるに異存は 
なかった。ゼルダとの真の関係は秘密であるから、行程中は常に他者の目を意識していなければ 
ならない。恋人同士としての振る舞いはできない。それでもよかった。愛するゼルダとともに旅が 
できるというだけで、充分、喜ばしい心持ちとなれるのだった。 
 ただし、心には喜ばしさばかりでなく、懸念も宿っていたのだったが。  
 
 賢者との契りの件で揉め事を起こして以来──と、旅にあってリンクは思うのだった。 
 ──ぼくは自分の発言に注意し、ゼルダの心情を酌み取ろうと努めてきた。ゼルダの方も、 
二度と怒りを爆発させたりはせず、柔和な態度を保っている。結果、二人の間に生じた緊張は 
一時のものに終わり、親交はつつがなく維持された。肉体の交歓も濃密かつ情熱的に続けられている。 
 契りが実行された時でさえも緊張は再現されなかった。説得は困難と考えられるインパは 
とりあえず措き、残る三人──サリア、ルト、そしてダルニア──との契りを、すでにその順で 
ぼくは結び終えているが、いずれの場合も──前に約束したとおり──実行に先立って、相手が 
誰であるかをゼルダに告げた。ゼルダは動揺の素振りをいささかも見せずぼくの言葉を聞き、 
穏やかに了解の返事をした。あとで話を蒸し返して云々することもなかった。 
 つまり二人の関係に全く揺るぎは生じていない。 
 表面的には。 
 けれども、裏面はどうかというと…… 
 ゼルダの心情を酌み取ろうとする気遣いは、ともすれば、こんなことを言ったらゼルダが機嫌を 
損ねるのではないかと顔色をうかがうような臆病さとなる。つい言葉を控えがちになる。 
意識しすぎなのかもしれない。が、他人の心理を細かく読んで自己の言動を調整するなど、 
そもそもぼくが最も苦手とするところだ。努めてそうしようとしなければそうできず、しかも結局、 
言いたいことを率直に言えない。なんと不自然なぼくだろうか。 
 不自然さはゼルダの側にもある。その穏やかさだ。先に賢者との契りを容認したのだから、 
実行となって動揺しないのは当たり前ともいえるが、それにしてもあまりに穏やかすぎる。 
作為的な穏やかさという気がしてならない。 
 一見つつがない二人の親交が、実は容易ならぬ問題を孕んでいる。ゼルダは強いてその問題を 
押し隠している。ゆえに不自然さが醸し出され、ひいては、二人の間に見えない壁が存在している 
かのような印象を、ぼくは持ってしまうのだ。 
 問題の本質はわかっている。 
 ぼくと賢者の契りを容認しながらも、ゼルダが心の底に澱ませている情念。 
 端的に表現するなら、嫉妬と不安。 
 ぼくにすれば、賢者との契りは彼女らを守るための必要事項であり、かつ、彼女らとの人間的な 
繋がりを確立する上での然るべき行いなのだが、そのためにゼルダへの愛が変化するという 
ことはない。絶対にない。とはいえ、ぼくが持つ性愛についての認識は──誤りだとまでは 
思わないにしても──どうやら一般通念とは異なっているようだ。ゼルダはぼくのようには 
認識していない。 
 ぼくの想いが自分を離れて他者に向いてしまうのではないかと危ぶんでいる。 
 しかしその点をゼルダと議論することはできない。議論などしたくないからこそ、自らの情念を 
押し隠しているゼルダなのだ。 
 押し隠そうにも押し隠せず、不自然な穏やかさとして表出されている情念ではあるのだが。  
 
 その表出の程度が──と、リンクは思いの向きを旋回させる。 
 どうも一定ではない。 
 契りの相手として挙げた三人の中で、特にサリアの名がゼルダを刺激したらしく思われる。 
ぼくがその名を口にした途端、ゼルダは表情に──ほんの一瞬ながら──警戒とも疑惑ともつかぬ 
複雑な色調を帯びさせたのだ。 
 ぼくにとってサリアがどういう存在なのかは、契りの件が浮上する前から、ゼルダには 
話してある。出会って間もない頃だ。ぼくがコキリの森でどんな生活を送ってきたかを語るに 
あたって、それは避けて通れない点だった。 
 かけがえのないひと。 
 ひとり妖精を持たず孤独であったぼくを、サリアだけが常に気にかけ、見守ってくれた。 
 これまで特に留意しなかったけれども、いま思えば、『あの世界』でサリアの話をした時、 
ゼルダは何となく微妙な態度を示したものだ。『この世界』のゼルダの態度も、同じように 
微妙だった。ぼくの説明によってゼルダは、ぼくがサリアに特別な感情を抱いているとの印象を 
──それは、ある意味、真実ではあるが──持ったかもしれない。 
 であれば、契りの相手がサリアと聞いてゼルダが刺激を受けたのは自然な成りゆきだろう。 
 そんなゼルダに、契りの件だけでなく、かつてサリアと交わしたキスのことをも告げたものか 
どうか、ぼくはずいぶん迷った。まさにゼルダが機嫌を損ねそうな話だからだ。 
 あのキスはサリアの方からしかけてきたもので、サリアにしたって当時はキスの持つ意味など 
知ってはいなかったはずで、いや、サリアのせいにするつもりは毛頭なく、ぼくとサリアの 
繋がりという観点からすれば、あのキスがぼくたち二人にとって有意義な体験であったことは 
確かで、それはぼくとゼルダの繋がりとは次元の異なるものであって、何よりあれはぼくと 
ゼルダが出会う前のできごとだったわけで…… 
 迷った末、事実だけを告げた。告げてこそゼルダに対して誠実であれると思ったのだ。 
 幸い、ゼルダは機嫌を損ねなかった。ただ、ゼルダの表出する穏やかさが、その時、どことなく 
素っ気ない様相に変わった。 
 ぼくはシークを思い出した。『あの世界』における会話の中で、ぼくの女性体験が話題と 
なった時、シークは妙に素っ気ない態度をとることがあった。いまならわかるが、あれはシークの 
内にあったゼルダの嫉妬心が屈折的に表現された結果で、すなわち『この世界』のゼルダもまた、 
同様の素っ気なさに内なる嫉妬心を反映させていたに違いないのだ。 
 そのゼルダが、コキリの森を訪れたいという。 
 デクの樹サマの死に対して哀悼の意を表する。コキリの森の現状を確かめる。それらは確かに 
ゼルダの真意だ。しかし他にも動機はある。ゼルダはぼくにだけこっそりと明かしてくれた。 
「あなたが暮らしていた場所を見てみたいの」 
 そう聞いた時には喜んで歓迎の返事をしたぼくだが、いま改めて考えてみると…… 
 コキリの森にはサリアがいる。それも動機の一部ではないだろうか。 
 であるにせよ、ゼルダが具体的に何を意図しているのかは、さっぱりわからないのだけれど。 
 一方──と、リンクの思いはまたも旋回する。 
 サリアに関しては、別の懸念がある。 
 ぼくがサリアと契りを交わしたのは、賢者であるサリアを守るためだが、加えて、デクの樹の 
こどもを誕生させ、コキリ族が子孫を得る道を確保して、その滅亡を防ぐという目的もあった。 
 ところが生まれてこないのだ。 
『あの世界』では、サリアとの契りののち、時をおかずしてデクの樹のこどもは誕生した。なのに 
『この世界』では、契りを終えても、枯れたデクの樹サマに代わる新たな生命は出現しなかった。 
 森への呪いを排除できているという好条件下ではあっても、いまだ子供で時の勇者としての力を 
発揮できないぼくと、『森の賢者』として半覚醒さえしていないサリアとでは、やはり無理な 
ことだったのだろうか。 
 ぼくが大人にならなければ、この件は解決できないのだろうか……  
 
 ゼルダは旅を楽しんだ。 
 美しく聡明と評判の王女様が、地方へは初のご来駕とあって、お立ち寄りを求める地区は 
数知れず、それらを篩にかけた上でも、日程は非常に過密となった。行政官や土地の有力者との 
面談、住民たちを前にしての演説、各種施設の見学など、行く先々でさまざまな予定が組まれ、 
休む暇さえほとんどない。移動は馬車である。徒歩や騎馬に比べれば楽とはいえ、長い距離を 
揺られて行けば、身体にはけっこう負担がかかる。宿泊所には個室とベッドが用意されていたが、 
ハイラル城の自室とは大違いの質素さ。他にも生活全般にわたり、日頃との差を感じる機会は 
少なくなかった。 
 しかしゼルダは不満を覚えなかった。 
 自然の風景。人々の営み。書物や伝聞で知ってはいても、実際にそれらを目にするのは、全く 
初めてのことなのである。何もかもが新鮮に感じられる。何もかもが興味の対象となる。煩雑さや 
不便さなど何ほどでもない。 
 なおかつ、一行の中にはリンクがいる。 
 リンクとの真の関係は秘密であるから、行程中は常に他者の目を意識していなければならない。 
恋人同士としての振る舞いはできない。それでもよかった。愛するリンクとともに旅ができると 
いうだけで、充分、喜ばしい心持ちとなれるのだった。 
 ただし、心には喜ばしさばかりでなく、わだかまりも宿っていたのだったが。  
 
 わたしはリンクに対して──と、旅にあってゼルダは思うのだった。 
 ──寛大であろうと努めてきた。わたしという恋人がありながら他の女性を抱こうとする 
リンクの行動を、それは特異な生い立ちに由来する奔放さの表れであって、しかも世界の平和に 
通じることなのだから妨げてはならない、とおのれに言い聞かせ、平静な態度を保ってきた。 
 リンクの方も、一般通念に照らしてみれば性愛に関する自分の認識は異常であると悟ったのか、 
最近は言葉に気をつけているようだ。わたしの心情を酌み取ろうとする気配りがうかがえる。 
実に優しい。身体を合わせた時も、すこぶる濃やかに手技口技を駆使し、熱するべき場面では 
炎のごとく熱して、わたしを陶酔の極に運んでくれる。 
 それは嬉しい。嬉しいのだが…… 
 時としてリンクは、こんなことを言ったらわたしが機嫌を損ねるのではないかと顔色をうかがう 
ような態度になる。そんなリンクはリンクらしくない、もっと率直であってくれてもいいのに、 
と思ってしまう。かつて率直なリンクの台詞に怒りを爆発させたわたしがそういうふうに思うのは、 
きわめておかしなことではあるのだけれど。 
 とまれ、わたしたち二人の間に生じた緊張は解消した。契りが実行された時でさえも緊張は 
再現されなかった。リンクが契りの相手となる三人の名を挙げた時、わたしは穏やかに了解の 
返事をした。いずれはその時が来るとわかっていたから、動揺を表には出さなかった。 
 表には、だ。 
 内には、あった。 
 いかに寛大であろうとしても、わたしの心の奥底には、消しがたい情念がひそんでいる。 
 嫉妬と不安。 
 リンクはわたしを愛している。間違いなくそうだと信じている。にもかかわらず、リンクの 
想いが他の誰かに移ってゆくのではないかという──あるいはすでに移っているのではないかと 
いう──危ぶみを、どうしてもわたしは捨てられないのだ。 
 ルト姫。ゾーラ族の王女。以前より名を聞くだけで、会ったことはない。しかし王女ならば 
それなりの人物であるはず。容姿は不明にせよ、人格や教養は並み以上と思われる。わたしも 
同じく王女だが、ルト姫はわたしより少し年上だそうだ。女の魅力ではかなわないかもしれない。 
しかもゾーラ族は常に全裸で過ごすと聞く。なおさら魅力は著しかろう。 
 ダルニア。やはり名前だけは知っていた。男ばかりのはずのゴロン族の族長が実は女だと 
いうのは意表外だったが、女だてらに荒くれ男たちを統べるからには、さぞかし秀でた人物に 
違いない。成熟した大人である点にも──そんなに歳の開いた相手とリンクは契るのか、との 
驚きとともに──ある種の羨望を感じてしまう。  
 
 そして、サリア。 
 ルト姫やダルニアにも増して、その名はわたしを刺激した。 
 リンクから話は聞いている。 
 コキリの森に住む、リンクの幼馴染み。ひとり妖精を持たず孤独であったリンクを、 
サリアだけが常に気にかけ、見守ってくれたのだという。 
 リンクを庇護してやりたいと思ったことのあるわたしだが、実際にはすでにサリアがその役割を 
果たしていた。サリアはわたしの知らないリンクを知っている。わたしよりもリンクとの 
つき合いが長いのだ。 
 それだけではない。リンクはサリアを「かけがえのないひと」と呼び、サリアから貰った 
『妖精のオカリナ』をずっと大事に持ち続けている。リンクはサリアに特別な感情を抱いている。 
リンクの生い立ちを考慮するなら、自然な感情といえるだろう。が、その感情は、余人が立ち入る 
ことのできない二人の独特な関係を──単なる幼馴染みの域を超えた関係を──明確に反映して 
いる、と、わたしは認めざるを得ないのだ。 
 なにしろ二人は口づけまで交わした間柄。 
 リンクはわたしを愛していると強調する。であるからには、リンクがサリアに向ける感情は、 
わたしへの感情とは質が異なるのかもしれない。口づけにせよ、リンクがわたしと出会う前の 
できごとであって、わたしがどうこう言える筋合いのものではない。 
 とはいうものの、口づけのことを聞いた時、わたしは平静を装いつつも、内心の動揺を 
抑えるのに必死だった。そんなことなど聞きたくはなかった。リンクにすれば、告げてこそ 
わたしに対して誠実であれると思ったのだろうが、過去にであれ恋人が他の女と口づけを 
交わしたと知って、どうして平気でいられよう。女心がわからない、そういう馬鹿正直さは、 
確かにリンクらしいともいえるけれど、らしくない及び腰の態度をとるリンクが、なぜその時だけ 
リンクらしくなるのか、と恨めしい気持ちになったりもする。 
 一方では、契りの相手を教えろと要求しておきながら──リンクの行動を把握したいと 
意図しながら──口づけの件にこだわる自分は、なんと得手勝手かと自己嫌悪に陥る。 
 さらに翻って、いまでは口づけ以上の行為さえ交わしているあの二人なのだと思うと、とうてい 
心穏やかではいられない自分がいる。 
 疑問もある。契りの対象となるのはガノンドロフを封じこめるにあたって重要な役割を持つ 
人物だとリンクは言う。なるほど、ゴロン族の族長であるダルニアや、ゾーラ族の王女である 
ルト姫なら、重要人物と言われても納得できる。しかし果たしてサリアが──僻地に住む無名の 
一少女に過ぎないサリアが──それほどの重要人物なのだろうか。ダルニアやルト姫が各々の 
部族を代表するように、サリアもコキリ族の代表なのかもしれないが、大人にならない、すなわち 
子供ばかりの種族である──とリンクから聞いた──コキリ族に、どれだけの役割が果たせると 
いうのか。 
 ──といった種々の惑いの中にあって…… 
 わたしは一つの決断をした。 
 旅する機会を利用し、サリアに会ってみようと思い立ったのだ。 
 会って何かをしたいわけではない。わたしのリンクに手を出さないで、などと修羅場を演じる 
つもりはさらさらない。これほどわたしが惑うのは、サリアという人物のことを直接知らない 
からで、知れば惑いにも整理がつくのではないか、と考えたのだ。 
 もしもサリアが取るに足らない人物ならば──そんな仮定をする自分の傲慢さが嫌にもなるが 
──わたしは安心できるだろう。 
 反対に、サリアが素晴らしい人物ならば──わたしよりもリンクにふさわしい人物ならば── 
わたしは新たな決断を迫られるかも…… 
 ゼルダは思いを打ち切った。 
 すべてはサリアに会った上での話なのである。  
 
 三週間を経て、視察団はハイラル南東部のはずれにある村へと至った。ハイリア人が住む 
地としては最果てである。まだ先にあるコキリの森を目指すなら、自然のままの平原を突っ切って 
行くことになる。大所帯での移動はできない。よって、ゼルダを含む一部の人々のみが旅を続け、 
残りは村にとどまってその帰りを待つと決定された。 
 ゼルダに付き従うとなったのは、リンク、インパ、そして二十人の兵士たち。通常なら王女の 
警護としては貧弱だが、害をなそうと企む不届き者がいるわけではなく、魔物や野獣が徘徊して 
いるわけでもない、安全な──とリンクは知っていた──地帯を進むのであるから、充分な 
人数ではあった。 
 道なき道を行くとあって馬車は使用しがたい。そこでゼルダは騎行と決まった。乗馬の練習は 
積んでいるので問題なしと本人は主張し、周囲もその主張を認めたのだった。他に馬を使うのは 
隊長格のインパ。リンクと兵士らは徒歩である。いまだエポナを得ていない『この世界』の 
リンクなのだった。 
 誰もが忙しかった。旅を続ける者たちは人跡も稀な土地に踏み入るための、残る者たちは 
多数の人員が待機生活を維持するための、それぞれ準備をしなければならない。無論、リンクも 
多忙だった。村は父の没地で、コキリの森を訪ねる際は必ず立ち寄り、種々の思いにふけることと 
していたのだが、このたびばかりはその暇もなく、あわただしいうちに出発の時を迎えた。 
 目的地は遠くない。しかし着くまでには、なお相当の時間を要する。早朝に村を発った一行が、 
森の入口に達した時、すでに日は暮れかかっていた。夜の森は視界が利かず進むのは困難と 
リンクは忠告し、承けてインパはその場での野営を一同に宣した。 
 何の不自由もなく育った『この世界』のゼルダにとっては苦難の連続だろう──とリンクは 
思いやった。食事は簡素。休息は草上。用足しも野外において行うのである。ところがゼルダは、 
そんな苦難すら楽しむふうだった。硬い地面や冷たい夜気をも快いと評する。のみならず、長旅に 
耐えるみなの気を引き立たせようとしてか、個々の兵士にまでいちいち優しく声をかけるのだった。 
さすがは一国の王女とリンクは感心し、切望していた旅を満喫するさまには自分のことのような 
喜びを覚えた。 
 翌朝も早い出立となった。森の中を行こうとすれば徒歩が唯一の方法であり、時間を無駄には 
できないのである。置いてゆく馬の世話と見張りを数人の兵士に任せ、あとの面々は自らの足で 
鬱蒼たる樹林へと踏み入った。 
 そうなることは想定されていたので、ゼルダは服装を替えていた。意匠こそ王女らしく 
雅やかだが、裾は短く、厚手のタイツを穿いた両脚がすらりと伸びているさまを見ることができる。 
頭巾だけが常のままである。活動的なゼルダの風采に、リンクは新たな魅力を感じた。 
 振る舞いも活動的だった。大きな段差を越えられず、インパに背負われる場面もあったものの、 
おおむね歩行は堅調で、先導するリンクに引き離されない。よほどの熱意がなければここまでは 
できまいとリンクは感嘆し、同時に、その熱意の源泉が何であるかを案じて、ひそかに胸を 
騒がせるのだった。  
 
 コキリ族の居住域に入る手前で、一行は前進を止めた。道が出現していた。かつてデクの樹サマが 
見えない障壁を築いていた地点である。いまや障壁は失われており、物理的に進入を妨げる 
要素はない。しかし、そこより先へはリンクとゼルダの二人だけが赴くと決められていた。 
外部の人間を──とりわけ大人というものを──知らないコキリ族の前にインパや兵士たちが 
現れ出るのは不穏当だからであり、また、デクの樹サマ追悼に大仰な儀式は要らず、ゼルダ一人でも 
充分に可能だからだった。 
 時刻は午後となっていたが、追悼に長時間はかからないと目されたので、二人は続けて 
進むことになった。インパらはその場に滞留し──平原への帰還はどうしても翌日となるため── 
野営の準備である。 
 くれぐれも姫様に変事なきよう──と念を押すインパに、リンクは腹を据えて頷きを返した。 
 ここからはぼく一人がゼルダの守り手。その任を譲ってくれたインパの信頼を裏切ってはならない。 
 行く先は安全と知りつつも心を引き締め、リンクはゼルダを連れて、前方に伸びる一筋の道を 
たどった。 
 守られる側のゼルダに緊張の気配はなかった。もう人目を気にする必要はなくなったとばかり、 
嬉しそうに手を繋いでくる。いまさらのごとくリンクの胸はときめいた。二人きりの道行きは、 
やはり心楽しいことである。 
「あとどれくらい?」 
「もうすぐさ」 
 などと会話を交わすうちにも、二人の前には、谷川に架かる吊り橋が、次いで木々のトンネルが 
現れ、やがて景色は明るく開けた。 
 緑の草に覆われた、あるいは濃褐色の土を露出させた地面の上に、さまざまな形の巨木が 
点在している。一隅には浅い池があって、幾本かの小川に水を給している。 
「まあ……」 
 と嘆声を漏らすゼルダ。 
「素敵な所ね」 
 リンクにすれば見慣れていて、そんなに素敵とも思えないのだが、永らく住んでいた場所を 
褒められれば自ずと気分はよく、誇らしい気持ちにもなる。 
 それはともかく──と、リンクは以後の次第を考えた。 
 少女一人とはいえ、『外の世界』の人間の到来は、この地にとって大事件だ。みんなに事情を 
説明しなければならない。ゼルダはとりあえずぼくの家に案内して、休んでいてもらおう。 
 その旨をゼルダに伝えて歩を運ぶ。途中で一軒の家にさしかかる。 
「ここなの?」 
「いや、ここは……」 
 少し迷ったが、事実を述べる。 
「サリアの家だよ」 
 特に動じた様子もなく、ゼルダは問いを重ねた。 
「いま、いらっしゃる?」 
「どうかな」 
 中を覗いてみる。誰もいない。 
「出かけてるみたいだ。たぶん『森の聖域』にいるんだろう」 
「どこ?」 
「あそこから行くのさ」 
 高台の一角を指さしてみせる。迷いの森の入口である。 
「遠いの?」 
「それほどでもないよ。だけど──」 
「おーい! リンク!」 
 突然、離れた所から声が飛んできた。ふり向くと、駆け足で近寄ってくるミドが見えた。 
不機嫌そうな顔をしている。 
 うるさい奴につかまった。が、いずれはゼルダを引き合わせなければならない。避け通す 
わけにはいかない。  
 
 そばまで来てミドは立ち止まり、ゼルダに怪しみの視線を向けつつ、無遠慮な言葉を発した。 
「こいつは誰なんだ?」 
 間髪を容れずゼルダが応じた。 
「ハイラル王国の王女、ゼルダです。初めまして」 
 丁寧な物腰に驚いたのか、黙ってしまったミドだったが、それも瞬刻。たちまち横柄な調子に 
立ち戻った。 
「変なのを森に連れこむな。俺に断りもなく」 
 むっとしかかる気分を、リンクは抑えた。 
 ハイラル王国なる概念すらろくに持たないミドなのだ。ゼルダを「変なの」呼ばわりする 
無礼さを非難はできない。それに他人の礼儀を云々できるぼくでもない。「断りもなく」という 
点については、事前に断る機会などなかったし、断る必要があったとも思わないが、コキリ族の 
ボスを自認するミドの責任感が言わせているのだと考えれば、腹を立てるほどのことではあるまい。 
「ゼルダは変な人なんかじゃないよ、ミド。大事な用があってここに来たんだ」 
「大事な用って?」 
「それは……話すと長くなるから、ちょっと待っててくれないか。ゼルダをぼくの家に連れて行く 
ところなんでね」 
「大丈夫なのか?」 
「何が?」 
「スタルフォスが……いや、これくらいの歳ならスタルキッドか……とにかく、魔物が一匹 
この森に出現なんてことになったら大変だぞ」 
 リンクは胸中で嘆息した。 
 コキリ族の間では、『外の世界』の者が森に入るとスタルフォスなりスタルキッドなりに 
変化してしまうという説が流布している。しかしそれは、生前のデクの樹サマが、コキリ族は 
森から出てはならないとみなを教育する際、対比する意味で述べた脅かしに過ぎない。 
『外の世界』の一員であるぼくが──もうそのことはみなに知れ渡っている──長年、森で無事に 
暮らしてきたのだから、虚構性は明らかだ。けれどもミドは、いまだに虚構と認識できていない。 
「大丈夫さ」 
「ほんとか?」 
「ほんとだって。あとでそのこともちゃんと話すよ」 
「あとじゃだめだ。いますぐ話せ」 
「だからゼルダを──」 
「リンク」 
 不意にゼルダが口を挟んだ。 
「話してあげたら? わたしには何のことかよくわからないけれど、疑いは早めに解いておいた 
方がいいんじゃない?」 
「でも、君がいる前だと……」 
 またミドが無礼な台詞を吐き連ねるのではないか。 
「わたしがいて不都合なら、こちらで──」 
 サリアの家を手で示すゼルダ。 
「待たせていただくわ」 
「ここで?」 
「ええ」 
「そうするって言ってるんだ。したいようにさせとけよ」 
 割り込んでくるミドに辟易しながらも、 
「じゃあ……」 
 と説明の態勢に入る。ところがミドはさらなる要求を持ち出してきた。 
「俺に話すだけじゃすまないぞ。仲間たちみんなに話すんだ」 
「そりゃかまわないけれど……」 
 もともとそのつもりではあった。 
「ここへみんなを呼ぶのかい?」 
「俺の家へ行こうぜ。あそこならみんなが集まりやすいからな」 
 そうするとゼルダが一人になる。いかがなものか。 
「一緒に行って、安心させてあげて。わたしのことは気にせずに」 
 それで臍を固めた。 
 いたって平和なコキリの森。一人でいても危険はない。 
 できるだけ早く戻るから──と言い残し、リンクはミドとともにその場を去った。  
 
 早くは戻れなかった。 
 まず、みなを呼び集めるのに、ある程度の手間が要った。ゼルダ到来の事情を理解させるのは、 
なおさら時間のかかる仕事だった。リンクが森を出る契機となったデクの樹サマの死については、 
自分が原因ではないことをすでに納得してもらっていたので、その点での紛糾はなかったものの、 
『外の世界』を知らないコキリ族ゆえ、ハイラル王家とデクの樹サマの関係という、はるか昔の 
話に始まって、ハイラル王国とは何か、王女とは何かといった基本的事項から解説する必要があり、 
浴びせられる数々の質問にも答えてやらねばならなかったのである。 
 ゼルダが魔物に変化するはずがないことについても、なかなか理解を得られなかった。リンクは 
自らを例に引いて説いたのだが、みな、理屈ではそうと受け入れながら、頭に染みついた迷信を 
簡単には捨てられないようだった。あるいは、リンクを異世界の人間と見なしつつも、長い年月を 
一緒に生きてきたがため、半ばは自分たちの仲間であって、反例にはならないと考えているのかも 
しれなかった。それはそれで嬉しい。しかし理屈が通らないのは厄介である。 
 もっと前から説明しておくべきだった──とリンクは悔いた。森を出たのちの何度かの訪問で、 
サリアにだけは『外の世界』の詳細をいろいろ語っていたのだが、あまり親密ではない他の連中には 
話すのをなおざりにしていたのである。その付けが回ってきた感じだった。 
 ようやく説得し終えた時には、ゼルダと別れてから二時間近くが経っていた。さぞ待ちくたびれて 
いるだろうとの気遣いを抱いてサリアの家に戻ったリンクは、そこで驚きに直面した。 
 無人なのである。 
 散歩でもしているのかと思ってあたりを探す。いない。捜索範囲を広げてみても見つからない。 
念のため引き返してみなに訊ねてみるが、さっきまで全員がミドの家に集まっていたのだから、 
見かけた者がいるはずもない。 
 いったいどこへ──と焦るうち、思い当たった。 
『森の聖域』へ行ったのでは? 
 ぼくはサリアが『森の聖域』にいるだろうとゼルダに言い、そこへの入口を示しもした。 
サリアに関心を持っているらしいゼルダだ。その手がかりをもとにして、一人でサリアに会いに 
行ったのでは? 
 であれば、まずい。 
 ぼくが示したのは入口だけで、『森の聖域』へ至るまでに何があるかは知らせなかった。 
知らせようとした時、ちょうどミドが声をかけてきて、話がそれきりになってしまったのだ。 
 迷いの森。 
 初めてそこに踏みこんだ者は、必ず道に迷ってしまう。 
 リンクは『森の聖域』へと駆けた。途中、ゼルダの姿が見えないか、せめて通った形跡でも 
ないかと注意深く観察したが、何の収穫もないまま、これより先に道はないという地点まで 
行き着いてしまった。 
 予想したとおり、サリアはそこにいた。やにわに現れた者の正体を知るやいなや、いつもの 
切り株にすわらせていた身を跳ね上がらせ、 
「リンク!」 
 と叫んで走り寄ってくる。契りを交わして以来の再会とあってか、常にも増して喜ばしげである。 
 しかしその喜びに応じるゆとりはなかった。 
「ゼルダが来なかったかい?」 
「え?」 
 ゼルダという人物と知り合いになっていることは以前に告げてあった。が、唐突な言及は 
サリアを戸惑わせたようだった。リンクは手短に経緯を語った。 
「誰も来ないわよ」 
 やはり道に迷っているのだ。 
「ぼくはゼルダを捜しに行く。サリアはここにいてくれ。行き違いになるかもしれないから」 
 物問いたげなサリアを置いて、リンクは来た道を駆け戻った。 
 姫様に変事なきよう──とインパに念押しされたのを思い出す。 
 もしもゼルダに何かあったら、インパに、国王に、ハイラル王国のすべての人たちに対して 
申し訳が立たない。一刻も早く見つけださなければ。 
 それは容易なことではなかった。リンクとて、迷いの森の複雑な道を知りつくしているわけでは 
ないのだった。  
 
 会ったこともない人物の家に入りこむという失礼な所行に、敢えてゼルダが及んだのは、 
家の主であるサリアに関心があったからである。その人柄の一端にでも触れることができれば、 
と思ったのだった。 
 家の内装は地味で、いかにも女の子といったふうな華やぎはなかったが、きちんと整理されており、 
居住者の篤実な性格を想像させた。落ち着いた雰囲気が感じられた。けれども、所詮、物は物で 
あって、人自体ではない。間接的な印象を得れば得るほど、直接的な情報が欲しくなった。 
 待っていればいつかは帰ってくるはずである。リンクが戻れば紹介してくれるだろうとも 
予想していた。ところが両人とも一向に姿を見せない。 
 そこで『森の聖域』とやらへ行ってみようと決めた。ちょっとでも当人を垣間見られればいい。 
その程度の動機だった。 
 リンクに教えられた入口をくぐった瞬間、森の深さにたじろいだ。やめておこうかとも思った。 
が、遠くはないというリンクの言葉が頭にあったので、少しだけならとおのれを励まし、奥へと 
進んだ。進むにつれ、森はますます深くなった。臆して引き返そうとした時には── 
 帰り道がわからなくなっていた。 
 ちょっと旅をしたといっても、ふだんは王城暮らしの自分、大自然の中では全く無力な 
存在なのだ──と、軽はずみな行動を後悔したものの、もはや手遅れである。 
 ゼルダはさまよった。どこをどのように歩いても森は尽きない。時間は無情に過ぎ、太陽は 
傾き始める。その方角を参考にするのだが、なぜか方向感覚を保てない。それまでは気に 
ならなかった旅の疲れが一挙に押し寄せてくる。歩行が困難になってくる。このまま夜になったら 
どうするかと恐怖する。 
 心細さが限界に達した時、ようやく木々の切れ目が見いだされた。古びた石塀が複雑な通路を 
形作っている。遺跡である。元の場所でないことは明白だったが、人工物との遭遇によって、 
ゼルダの精神は少しく安定した。 
 いずれリンクが捜しに来てくれるだろう。深い森の中でも目標になりそうなこの場所にいれば、 
見つけやすいのではないだろうか。 
 棒のごとくとなった脚を引きずって歩く。石の階段が現れる。やっとの思いで登りきる。 
 広場に出た。 
 驚いたように切り株から立ち上がる一人の人物が目に入った。 
 それを少女と認めた瞬間、ゼルダの思考は途絶した。  
 
 感触があった。 
 初めはあるというだけだった。 
 が、徐々に感触は明確となり、やがて、何かが身に触れているのだとわかった。併せて、意識も 
明確になりつつあること、すなわち自分が意識を失っていたことを知った。思考の再開は神経を 
敏感にした。触れられているのは胸部だった。 
 目をあける。 
 顔が見えた。 
 刹那、その顔はぎくりと緊張を表し、同時に胸部の感触がなくなった。 
 緊張の時は短かった。顔が憂慮の色を帯び、気遣わしげな声を発した。 
「大丈夫?」 
 答を返せない。まだ思考の速度が回復していない。眼前にあるのが先ほど見た少女の顔だと 
確かめ得たのみである。 
「怪我をしたの? どこか痛む? 頭を打ったんじゃない?」 
 矢継ぎ早の問いに、 
「いいえ……」 
 ようやく応じる。 
 傷を負ったわけではない、疲れきっていたところで人の姿を発見し、気が緩んでしまったのだ 
──というふうな説明をしようとするのだが、言葉にならない。それでも少女は安堵したらしく、 
大げさとも思える仕草で息をつき、面差しを明るくほころばせた。心に染み入ってくるような 
温かい笑みだった。その温かさが思考の稼働を促した。自分が草の上に仰臥しており、少女は 
傍らにすわってこちらの顔を覗きこんでいるという状況が把握されてきた。 
「水を持ってくるわ。ちょっと待っててね」 
 少女が視界を脱した。小走りの足音が遠ざかり、ほどなくして消えた。 
 ゼルダは上体を起き上がらせた。肉体的な疲労はあったが、意識は鮮明となっていた。 
 空を仰ぎ見る。太陽の高さから判ずるに、気を失っていた時間はそれほど長くないようである。 
 次いで周囲を見渡す。 
 密生する木々に囲まれた草地。かすかに潤いを秘めた心地よい空気。かろうじて葉擦れの音と 
鳥のさえずりが聞こえるだけの静謐な空間。奥には神殿とおぼしき建物が聳えている。廃墟じみた 
外観が、あたりの気配を寂然としたものにしている。しかしそれは決して陰鬱さとはならず、 
むしろ、心を慈しむような、温かさ、和やかさと受け止められた。 
 これこそ『森の聖域』──と、ゼルダは胸の内で呟いた。場の情趣と少女の面影とが自然に 
重なり合った。 
 その少女が帰ってきた。 
「起きてていいの?」 
 案じるふうの言に、 
「ええ、もう大丈夫」 
 今度はしっかりと返事をする。少女もそれ以上の危惧は示さず、横に腰を下ろし、 
「はい」 
 膨らんだ革袋を手渡してきた。 
「ありがとう」 
 礼を述べて受け取る。 
 近くの泉からでも汲んできたのだろう、その水は、適度に冷たく、他所のものにはないほのかな 
風味を有しており、凝り固まった疲労を溶かしてくれた。ゼルダは時間をかけて少しずつ喉を 
湿らせながら、改めて少女を観察した。 
 わたしと同年代に見える。背の高さも同程度。ただ、わたしよりはやや肉づきがいい。リンクや、 
先ほど会った少年──リンクはミドと呼んでいた──がそうであるように、緑色の服を着ている。 
コキリ族の風習なのだ。髪の毛までが緑色なのは風変わりだが、いかにも森の住人といった様相で、 
違和感は覚えない。両の耳の下でくるりと巻いているのが印象的。顔立ちは生き生きとしていて、 
かわいらしい。ぱっちりとした目、薄く日に焼けた肌、女の子には珍しい半ズボン姿などが、 
活発な性質をうかがわせる。のみならず、初めて会ったわたしを警戒もせずに──こちらが 
いきなり倒れてしまったという事情もあるのだろうけれど──世話してくれる親切心を持っている。 
 好感を抱かずにはいられない。しかし好感の対象としてよい人物なのかというと……  
 
 そこでおのれを省みる。 
 思うところはどうであれ、相手を検分するばかりでは礼儀に反する。 
 ちょうど水を飲み終えたところだった。ゼルダは空となった革袋を少女に返し、 
「どうもありがとう」 
 と、再び謝辞を呈したのち、名乗りに取りかかろうとした。 
「わたしは──」 
「ゼルダでしょ?」 
 先取りされた。語を継げられなかった。 
「リンクから聞いてるわ。デクの樹サマのお弔いに来たんだって? あたしはサリア。よろしくね」 
「よろしく……」 
 ミドには率先して挨拶ができたのに、いまは、かけられた言葉を繰り返すのがやっとである。 
少女の正体が知れたからではない。それはとうから予測していた。肩書き抜きで名のみを呼ばれた 
ことが、ゼルダの心を強く揺り動かしたのだった。 
 身内である父を除けば、わたしを名前だけで呼ぶのは、リンクただ一人。その呼び方はわたしに 
とって、リンクから寄せられる愛情の象徴でもある。だから他者には許したくない。 
 ところが、サリアにそう呼ばれても、わたしは不快を感じないのだ。 
 なぜだろう。介抱してもらったという感謝の念があるからか。 
 かもしれない。だが…… 
 そんな困惑を察する様子もなく、サリアは朗らかにしゃべり続ける。 
「さっきリンクがここに来たの。ゼルダが迷いの森に入ったみたいだって、ずいぶん心配してたわ。 
あそこは道を知らない人だと絶対に迷っちゃうのよ。大変だったでしょ? でも無事でひと安心。 
あたしがここにいたのもよかったのよね。そうしてくれってリンクに頼まれたからなんだけれど」 
 やたらと言及される名に胸を波立たせつつ、ゼルダは気がかりな点を問うた。 
「リンクは、いま、どこに?」 
「迷いの森の中よ。あ、待って!」 
 あわてて立とうとしたところを止められた。 
「いま行っても、どうせ会えないわ。それくらい道がこんがらがってるの。そのうち戻ってくると 
思うから、ここで待ってましょうよ」 
 妥当な案である。ゼルダは上げかけた腰を草の上に戻した。 
 そこでサリアが声をひそめた。 
「ひょっとして、身体の具合がおかしくない?」 
「え?」 
「身体が骨だけになりそうだとか、顔がなくなりそうだとか、そんな感じがしない?」 
 面食らってしまう。 
「いいえ、全然」 
「やっぱり!」 
 声を高らかにして破顔するサリア。 
「リンクの言ったとおりだったわ!」 
 何のことだかわからない。面に出たその不審を見てとったのだろう、サリアは愉快そうに 
いきさつを語り出した。 
「『外の世界』の人が森に入ってきたら、そういう魔物に変わってしまうっていう噂があるのよ。 
だけど、その噂の元はデクの樹サマの脅かしで、ほんとうは魔物になんかならないってリンクが 
言うから、あたしは噂を信じないことにしたの。信じないでいたのが正しかったのね、結局」 
『リンクの言うことなら信じるんだわ』 
 とゼルダは思い、すぐさま、嫌味な考え方だと自戒した。しかし本質はそうであるとの 
判断までは覆さなかった。 
 リンクはサリアに特別な感情を抱いている。では、サリアがリンクに対して抱く感情はどんな 
ものなのか。そこを見定めるのが今回の訪問の目的だった。契りを交わすからには少なからぬ 
好意を寄せているのだろうと推測できる。だが推測だけでは心を安ませられない。じかに会って 
確かめたかった。 
 その目的は果たされつつあった。相当の好意と信じられた。初対面である自分の前でこれほど 
楽しげな態度をとるのも、リンクに会えた嬉しさが継続しているためと解された。 
 ところがそれだけではなかったのである。 
「噂が噂だけのことでよかったわ。あたし、ずっと思ってたの。いつかゼルダと会ってお話しして 
みたいって」  
 
 当惑した。 
 サリアはわたしに関心を持っているのか。どういう関心なのか。何を話したいと望んでいるのか。 
リンクとの関係についてだろうか。そもそもサリアは、わたしとリンクの関係の実態を、どこまで 
知っているのだろう。 
 探りを入れてみる。 
「わたしのことを、前からリンクに聞いていたのね」 
「うん、いろいろ」 
「リンクはどんなふうに言っていたの?」 
「とてもきれいで、素晴らしくて、尊敬できる人だって。そのとおりだとあたしも思うわ。 
ゼルダは美人だし、すわり方ひとつにしても、他の人とは違って、上品な感じがするもの」 
 ますます当惑する。 
 ことさら上品なすわり方をしているつもりはないが、淑やかさを要求される王城暮らしの癖が 
無意識のうちに出ていて、それがサリアには目新しいのだろう。その点はともかく、どうやら 
リンクは例の馬鹿正直さを発揮して、自分の思うことを腹蔵なくサリアに告げているらしい。 
褒められているのだから悪い気はしないものの、女性に対して他の女性を褒めてみせるなど、 
あまりにもまっすぐすぎるやり方。サリアもサリアで、リンクの言をそのまま受け取り、当の 
わたしに賛辞を呈するとは、理解しがたい素直さだ。 
 この素直さは装いではないのか。実はわたしに含むところがあって、褒め殺しをしているのでは 
ないか。といっても、わたしと会って話してみたかったと喜ぶさまはまことに純真そうで、裏に 
別の意をひそませているようには見えないのだが…… 
「ねえ、ゼルダ」 
 サリアの態度が改まった。 
「ひとつ訊きたいことがあるの」 
 真剣な面持ちである。本題に入ろうとしているのだと察し、ゼルダは心を警戒させた。 
「何かしら」 
「ゼルダはリンクが好き?」 
 核心を突く問いだった。咄嗟には答えられなかった。 
「あなたは、どうなの?」 
 と、かろうじてかわす。しかしサリアは直截だった。 
「好きよ。大好き。で、ゼルダは?」 
 これは挑戦か? わたしが胸にくすぶらせている嫉妬の情をサリアもくすぶらせていて、 
それを「恋敵」のわたしにぶつけてくるつもりなのか? 
 受けて立とう。 
「わたしも好きよ」 
「どのくらい? 普通に好きなだけ?」 
 鋭い追及に、最大限の形容で応じる。 
「世界中でこんなに好きなひとは他にいないと言い切れるくらい、リンクのことが好きよ」 
 沈黙するサリア。じっとこちらを見据えている。いまにも感情を激発させるかと思いきや、 
やがてサリアが口にしたのは、実に意外な言葉だった。 
「嬉しいわ。ゼルダがそんなふうに思っていてくれて」  
 
 あっけにとられた。皮肉かとも疑った。が、いかにも満足げに微笑むサリアを見ると、正直な 
気持ちを述べているとしか解釈できない。 
「……なぜ?」 
「なぜって?」 
「あなたの好きなリンクを、わたしも好きだと聞いて、わたしが憎らしくならないの?」 
「ならないわ。あたしはリンクが好きで、ゼルダもリンクが好きなら、あたしとゼルダはリンクを 
好きな者同士なんだから、つまりあたしたちは同類ってことでしょ? 憎らしいはずがないじゃ 
ないの」 
 きょとんとしている。やはり本心からの発言なのだ。それにしても奇妙な発想。「恋敵」の 
はずのわたしを「同類」だとは。嫉妬心というものを持たないのだろうか。この奇妙さの所以は、 
おそらく…… 
「コキリ族の人たちは、みんな、あなたのような考え方をするものなの?」 
 しばし思案の態となったのち、サリアは答えた。 
「そういうわけでもないわ。たとえばミドは──あ、ミドには会った?」 
「ええ」 
「ミドはあたしとリンクの仲がいいのをよく思ってないみたい。でも、あたしはそんなふうには 
思わないの」 
 すると、これはサリア独自の発想なのか。生態が特殊なコキリ族だからというのではなく。 
「リンクはね……」 
 サリアが口調を静かにした。 
「この森で暮らしてた頃、あんまり幸せじゃなかったの。ひとりだけ妖精がいなかったし、 
雰囲気も他の人とは違ってて、みんな何となくリンクを避けるような感じだった。ミドなんか 
大っぴらにリンクをいじめたりしてたのよ。あたしだけはリンクの味方だったけれど、ほんとの 
ところ、この森はリンクにしたら居心地のよくない場所だったと思うわ」 
 寂しげな表情となるサリア。 
「リンクが森を出て行くって言った時、あたし、とても悲しかった。でも、リンクはもともと 
『外の世界』の人で、『外の世界』に帰るのが当たり前で、『外の世界』でやらなきゃならない 
こともあって、だったら引き止めちゃいけないんだって、あたしは決めたの。ただ、あたしが 
いないと、リンクは独りぼっちになっちゃうから、それが心配で……」 
 そこでサリアは笑顔に戻った。 
「だけど、ゼルダみたいな素敵な人がリンクのそばにいてくれたら、『外の世界』でもリンクは 
独りぼっちじゃないし、きっと幸せでいられるわ。リンクが幸せなら、あたしだって嬉しいの。 
だから、ゼルダ、これからもリンクのことを好きでいてね」 
 驚きとも感動ともつかぬ衝撃がゼルダを見舞った。 
 そこまで言ってのけられるとは! なんという寛大さ! 
『いや……』 
 考え直す。 
 自分が寛大であるなどとサリアは認識していないだろうし、そうあらねばと努めているのでも 
ないだろう。ごくごく自然に発想しているだけだ。わたしの持つ常識とは相容れずとも、サリアに 
してみれば普通の発想であって、それを奇妙と表現するのは不適切。あまつさえ、サリアの純な 
心を知れば知るほど、彼女の発想こそが正しいのではないか、わたしの常識は実のところ 
非常識ではないのか、という思いにすらなる。 
 確かめてみた。 
「あなたはそれでほんとうに満足なの?」 
 ふと寂しげな気配がサリアに回帰し、 
「すっかり満足──って言ったら、嘘になるわね。ずっとリンクと一緒にいられる方がいいに 
決まってるもの」 
 しかしその気配は即座に消える。 
「けれど、リンクは『外の世界』の人。あたしは森から出られないコキリ族。これはどうしたって 
変えられないわ。変えられないことをくよくよ考えてもしかたないでしょ? いまだって時々 
リンクは森に戻ってくるんだから、それで充分満足よ」 
『同じだわ』 
 リンクを慕いながらも常にはともにいられないという立場は、まさにわたしと同じ。サリアは 
もう一人のわたしともいえる。 
 もっとも、リンクとは稀にしか会えないサリアに比べ、旅の合間合間には必ず会える──しかも 
望めば今回のように連れ立って旅もできる──わたしの方が、はるかに恵まれているのだが。 
 加えて、いつまでも子供であり続けるサリアが、時の経つごとに大人へと成長してゆくリンクを 
──自分とはかけ離れてゆくその姿を──見ていなければならないのに対し、わたしはリンクと 
同等に歳を取り、常時、同世代でいることができるのだ。 
 それほどの恵みがあるとなれば、わたしが胸底に澱ませていた情念など……  
 
「わかったわ」 
 すべてのわだかまりを捨て、ゼルダは言った。 
「じゃあ、『外の世界』では、わたしをリンクと一緒にいさせてね。その代わり、リンクが 
この森にいる時は、あなたが一緒にいてあげて。いままでみたいに」 
「うん!」 
 勢いよく頷くサリア。 
「あたしたち、同類なんだもの。住む世界は別々でも、同じようにリンクを見守っていけば 
いいのよね。ただ……」 
 言葉が切れる。考えこんでいる。 
「同類っていうと、何となく大げさだから……そうね、友達はどう? ゼルダのこと、友達だって 
思ってもいい?」 
 新たな衝撃だった。笑みにも増して心に染み入る、それは温かな響きだった。 
「もちろんよ。わたしからもお願いするわ。お友達になってちょうだい」 
「わぁッ!」 
 サリアが歓喜の声をあげる。手に手を重ねてくる。さらなる温かみがゼルダを魅した。 
 わたしの友達といえば──もはや友達以上の存在ではあるけれど──リンクだけ。同性の友達は 
いなかった。そこに物足りなさを感じていた。リンクとのつき合いは何にも換えがたいが、 
同性ならではのつき合いというものもあるだろうと思っていた。女の子同士でこそ堪能できる 
話題もあるだろうと思っていた。 
 リンクとは無関係に、と限った話ではない。それどころか── 
「あたし、リンクのことを遠慮なく話せる人が欲しかったの。森の仲間が相手だと、そんな話は 
できないから」 
「わたしもよ」 
 そう、わたしも心おきなくリンクを語りたい。リンクとの関係を隠さずともよく、インパの 
ように──と引き合いに出して申し訳ないが──小言を並べたりもせず、わたしの気持ちを 
理解してくれるであろう、同年代かつ同性の相手と。 
 すなわち、サリアと。 
 サリアとリンクの繋がりは確かに独特で、わたしは立ち入ることができない。わたしとリンクの 
繋がりも、他者の立ち入りを許さない独特さを有している。二つの繋がりは別個のものだ。 
 しかし、完全に切り離されているわけでもない。 
 サリアはわたしを「ゼルダ」と名前だけで呼ぶ。他にもいっさい敬語は使わない。一般社会から 
隔絶した地に生きるコキリ族だけあって、王族に対する言葉遣いを知らず、そもそも王族を 
敬うという概念すら持っていないのだ。けれども、そこまでサリアが率直であるのは、単に 
無知なるがゆえではなく、人と人との繋がりを、ただ純粋に希求するがゆえ。わたしがサリアの 
態度に不快感を覚えないのも、その純粋さがまっすぐに伝わってくるからだ。 
 リンクがそうであるのと全く同じように。 
 わたしが愛するリンクの美点を、サリアもまた持っている。 
 もともと二人ともがそうなのか。どちらかがどちらかに影響されたのか。 
 サリアが影響を及ぼしたのだろう──と、わたしには思われる。 
 コキリの森で孤立しがちだったリンクを、サリアは常に見守っていた。サリアの美点がリンクを 
救ったのだ。そしてリンクはその美点をサリアから受け継いだ。つまり、リンクとサリアの交流が 
あったからこそ、わたしとリンクの愛は生まれたのだといえる。 
 リンクという結節点。その結節点を介して間接的に繋がっているわたしとサリア。 
 ここでわたしとサリアが直接的な繋がりを持てば、三者よりなる新しい繋がりが形成される。 
それがわたしたち三人のあるべき関係ではないだろうか。 
 サリアが素晴らしい人物ならば、新たな決断を──すなわちリンクとの別れを──迫られるかも、 
などと考えていたわたしは、実に視野が狭かった。サリアがどんなに素晴らしい人物であっても、 
わたしとリンクの繋がりは動じない。むしろ、サリアが素晴らしい人物であればあるほど、 
わたしたち三人の繋がりは──各々同士の繋がりであれ、三者全体の繋がりであれ──確固とした 
ものになるだろう。  
 
 打ち解けた二人の間で、会話は和気藹々と続けられた。俎上に載ったのは、言うまでもなく、 
二人が共通して知る人物だったが── 
「リンクったら、ほっとくと、そのへんの地べたにすわって、平気でものを食べたりするのよ。 
お行儀よくしなさいって、あたし、何度も言ったのに、なかなか直らないの。ゼルダと一緒の時も 
そんなふう?」 
「食事のマナーは、あまりいいとは言えないわね。わたしは気にしていないけれど」 
「甘やかしてばかりだと、つけあがるわよ。時には厳しいところも見せてやらなくちゃ」 
「そうね。でも、リンクが型破りでいてくれると、わたしもお城暮らしの窮屈さを忘れて 
いられるから……」 
「お城で暮らすのって、そんなに窮屈?」 
「けっこう大変よ」 
「たとえば?」 
 ──と、サリアはゼルダの日常を問い、次いでゼルダもサリアの日常を訊ね、かくして話題は 
互いの個人的な領分へと移った。ふだん服装や髪型にどんな配慮をしているか、などという── 
ゼルダが望んでいたところの──女の子同士でこそ堪能できる意見交換も行われた。 
 ゼルダはそうした対話を楽しみ、しかし一方では、いつしかサリアがためらいがちな雰囲気を 
漂わせ始めたことにも気づいていた。何かを言い出そうとして、なかなか言い出せない、といった 
感じなのである。ためらいのほどは次第に強くなり、やがてサリアは顔をうつむかせ、黙止の 
状態となってしまった。 
「どうしたの?」 
 との呼びかけにも、なお沈黙でしか答えないサリアだったが、ほどなく思い切ったように顔を 
上げ、深刻な眼差しで言葉を発した。 
「ゼルダって、胸が、少し、ふくらんでるよね?」 
「ええ……」 
 と答えつつも、ゼルダは突然の指摘に戸惑い、かつ、なぜサリアがそれを知っているのかと 
いぶかしんだ。胸の隆起はまだまだ軽微で、服の上からではとうてい見極められないはずだからで 
ある。 
 サリアの弁が疑問を解いた。 
「さっきゼルダが倒れちゃった時、あたし、びっくりして、まさか死んだんじゃないかって 
気が気じゃなくて、胸がとくとく動いてるかどうか確かめようと思って、触ってみたの。そしたら、 
なんだかそこがふくらんでる感じがして……」  
 
『そういえば……』 
 意識を取り戻した時、胸に感触があった。あれはサリアの手によるものだったのだ。 
「『外の世界』の人って、みんなそういうふうになるの?」 
「女の人は、そうよ。わたしくらいの歳だと、まだ小さいけれど、大人になったら、もっと大きく 
なるわ」 
 ゼルダは解説した。子供の形態を保ち続けるコキリ族は、第二次性徴を経ることがないため、 
その種の知識を欠いているのだろう──と考えたのである。 
 ところが案に相違し、サリアは意外な告白をした。 
「ほんとのこと言うと……あたしも、少し、胸がふくらんでるの」 
「え?」 
 気がつかなかった。わたしと同じく服越しではわからない程度のふくらみらしい。それはいいが…… 
「コキリ族の女の子も、そうなるの?」 
 首を横に振るサリア。 
「こうなってるのは、あたしだけ」 
「ということは……もしかして、あなた、実は『外の世界』の人なんじゃ──」 
「ううん」 
 再度、サリアは否定した。 
「あたしの胸がふくらみ始めたのは一年くらい前で、でも、ちょっとふくらんだだけで 
止まっちゃったの。それに、身長でいうと、前はあたしの方がリンクより少し上だったのに、 
いまじゃ、もうリンクに追い越されちゃってる。リンクは『外の世界』の人だから、どんどん 
背が高くなるのよね。だけどあたしの背は全然伸びてない。やっぱりあたしはコキリ族なのよ」 
 では、なぜサリアだけが──との疑問をゼルダが呈示するより早く、 
「どうしてあたしだけが──」 
 サリアは切羽詰まった調子で同義の語句を口にし── 
「──って、初めは、不安で、心配で、けれどそんなこと他の誰にも相談できなくて、あたし、 
ずいぶんと思い悩んで……」 
 心細げに言い募り、しかし── 
「でも、最近、こういうわけだったんじゃないかって気がついて……」 
 うっとりと何かを思い出すように微笑みを浮かべ、次には── 
「それから、さっき、ゼルダがあたしと同じように胸がふくらんでるってわかって── 
そうなってるのはあたしだけじゃなかったんだってわかって──あたし、とっても嬉しかったの」 
 深い安慮の色合いを、顔いっぱいに湛えてみせた。 
 ゼルダは合点した。 
 サリアが最初からわたしに示していた親愛の情は、その点にも由来していたのだ。その点でも 
わたしたちは「同類」だったのだ。 
「でね、ゼルダ」 
 熱心な口調で言葉を継ぐサリア。 
「ほんとに同じなのかどうか、確かめさせてくれない?」 
 意味を量りかねたまま黙っていると、サリアは声をやや強くし、別の表現で意を明らかにした。 
「胸を、見せてくれない?」  
 
 驚いた。 
 が、理解はできた。 
 自分だけではなかった──との思いを、かつて、わたしも抱いたものだ。ハイラル城で初めて 
リンクに会った時、世界の危機を真剣に考える人が自分の他にもいたという一体感を得て、 
わたしは心を安んじさせることができた。 
 それだけに、サリアの気持ちはよくわかる。 
 さらに言えば、自分だけが他者と違っているとの苦い思いは、リンクがコキリの森で常に 
抱かざるを得なかったはずのもので、そんなリンクを救ったのがサリアなのだから、同様の思いを 
抱くサリアに、わたしは手を差し伸べるべきだ。サリアの要望に応じるべきだ。 
 相手が同性であれば、素肌を見せることにこだわりはない。ふだんの生活ではよくあること。 
着替えや入浴の際、侍女やインパがそばにいても、わたしは全く気にしない。まして相手は 
「友達」のサリアだ。拒む理由がどこにあるだろう。 
 ただ…… 
「ここで?」 
 戸外で胸を露出させた経験はない。その点だけに引っかかりを覚える。いまは二人きりとはいえ、 
もしも誰かがここに来たら…… 
「大丈夫」 
 思考を読み取ったかのように、サリアが言う。 
「他のみんなは、ここへは来ないから」 
「確かに?」 
「確かよ」 
「それなら、いいわ」 
 ゼルダは着衣を解いた。前あきの服ではないため、胸をあらわにしようとすれば、上半身を 
すべてさらけ出すことになるのだったが、同座しているのはサリアのみという安心感と、 
サリアにならそうしてみせてもかまわないという信頼感が、ゼルダに躊躇を捨てさせていた。 
かつまた、場を満たす心地よい空気に肌を広く触れさせてみると、森の新鮮な息吹によって全身が 
浄化されてゆくような、この上ない爽快感、解放感を享受でき、ここでは衣服など不必要であると 
さえ思われてくるのだった。 
 サリアは瞬きもせず、露呈されたものに目を凝らしている。口をきくことさえできないといった 
態の集中ぶりである。が、そのうちようやく、 
「ゼルダって……」 
 と呟き、ひとつため息をつき、いかにも感じ入ったという言いぶりで、あとを続けた。 
「ほんとに、きれいねえ……」 
 どぎまぎしてしまう。 
 素直なサリアがそう言うのだ。お世辞ではあるまい。いまなお未熟なこの身体をきれいと 
言われると実に面映ゆいが、大人の女性を知らないサリアであるがゆえに、そこまで評価して 
くれるのだろう── 
 ──との結論は単純すぎるか。前にリンクからも同じ評を貰った。してみると、わたしくらいの 
年代に限定された、未熟の美というものがあるのかもしれない。しかしあるとしても、わたしには 
判断不能な美だ。なぜなら、わたしは同年代の女性の裸を見たことがなく── 
『同年代の女性?』 
 それなら目の前にいるではないか。サリアの身体はどんなふうなのだろう。わたしと同じように 
胸がふくらんでいるらしいが、実際にはどの程度のふくらみなのか。同じかどうか確かめさせてと 
サリアは言い、いままさに確かめたはずだけれども、確かめた結果を述べようとはしない。 
こちらを眺めるのに夢中となっている。訊いてみるか。いや、訊くだけでは不充分だ。こうして 
わたしが見せているのだから── 
「あなたも、見せてくれる?」  
 

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