「今日はお天気がいいから、中庭に出てみない?」
とゼルダが誘う。
リンクは迷わず承諾した。
旅を終えてハイラル城に戻ると、まずはゼルダの部屋に赴き、もしくはゼルダを自分の部屋に
迎え、積もる話に花を咲かせるのが慣わしだったが、話の場がその二カ所でなければならない
理由はない。屋内にいるのがもったいないほどの好天であることは確かだし、ちょうど清掃係が
部屋の掃除に来る頃でゆっくり話ができる雰囲気ではなかったし、それに何より、二人が初めて
出会い、初めて口づけを交わした特別な場所で、あの時と同じく二人の時間を過ごすのは、
リンクにとって──そして疑いなくゼルダにとっても──常に大きな楽しみなのだった。
いつものごとく、奥の壇に隣り合ってすわる。留守していた間に城で起こったできごとを
ゼルダから聞く。例によってのどかな日々だったと知る。次に旅先で見聞したことを話して
聞かせる。興味深そうに耳を傾けるゼルダである。
久しぶりにコキリの森を訪ねたと告げるや、その興味は一段と強くなった。
「サリアは元気?」
「元気だったよ。君に会いたがってた」
「わたしも会いたいわ。でも……」
ゼルダは残念そうな顔になった。
「近いうちには無理ね。そんなにしょっちゅう旅はできないもの」
「お父さんの代理で視察に出ることは、これからもあるんじゃない?」
「あるだろうけれど、行く先がコキリの森ばかりというわけにはいかないし……」
「いずれ機会はできるさ。また一緒に行こうよ」
「そうね」
未練を断ち切るように笑顔となるゼルダ。
「その時が来るのを楽しみに待つわ。それに、他の所へ行けば、他の人にも会えるでしょう」
誰のことであるかは言われずともわかった。
ダルニアとルト。
サリアと親しくなったゼルダは、ぼくが契りを結んだ他の相手とも親しくなりたいと考えている。
かつては彼女らに嫉妬の情を抱いていたゼルダが、いまでは心を開いて積極的に彼女らとの
繋がりを志している。あまつさえ──口にはしないが──ダルニアやルトに対しても、サリアと
同様の「親密な」関係を念頭に置いているらしく思われる。
歓迎すべき志向だ。
人と人との繋がりを求める点で、その志向はぼく自身のそれと合致する。しかも、ぼくと
ゼルダと賢者が織りなす繋がりは──サリアとの交わりによってデクの樹のこどもが誕生した
ように──賢者が関わる地域に何らかの幸福をもたらすのではないかと想像される。
ただし、ダルニアやルトの場合、サリアの時ほどすんなりとはいかないかもしれない。二人とも
種々の意味で魅力ある人物だが、ダルニアには粗野な、ルトには高慢なところがあって、親しいと
いう域に達するまでには、ある程度の曲折を経ねばなるまい。
他にも大きな障害がある。デスマウンテンにせよゾーラの里にせよ、人が容易に近づける
場所ではない。ゼルダがそれらの地を訪れるのは、すこぶる困難。
しかし──と、リンクは思いを楽観に傾けた。
絶対に無理と決まったわけではない。その二人についても、いずれ機会はできるだろう。
が……
楽観を許さない問題が一つある。
契りを結ばねばならない、もう一人の賢者。
もともと、ぼくが賢者との契りを決意したのは、ゲルド族の刺客ではないかと──確証はない
ものの──疑われる何者かが、インパに傷を負わせたからだった。不慮の危難から賢者たちの身を
守るためには、前もって契りを結んでおくしか手段はないと考えたのだ。ところが、そもそもの
発端となったインパに対して、あれからほぼ一年が過ぎたいまになっても、ぼくは契りの件を
切り出せていない。
理由の第一は、インパの人となり。
常に謹厳な態度を崩さず、威圧感すら漂わせるインパが、契りを結ぼうなどという申し出を
簡単に受け入れるとは思えない。『あの世界』のインパは拍子抜けするほどあっさり同意して
くれたが、あれは自分が賢者だと知り、契りの意義を理解した上でのことだったからで、賢者に
まつわる秘密を──ツインローバの読心能力を警戒し、かつ、でき得るならば賢者には賢者として
でなく普通の人間として生きて欲しいと望むがゆえに──話せない『この世界』のインパだと、
納得させるのは至難の業だ。ましてこちらは子供のぼく。下手な持ちかけ方をしたら、文字どおり、
痛い目に遭わされかねない。
理由の第二は、ゼルダの存在。
インパとゼルダはきわめて近しい関係にある。ぼくとゼルダが恋人同士だと知っているインパで
あれば、なおさらぼくとの契りには応じまい。ゼルダにしろ、ぼくがサリアやダルニアやルトと
契るのは許容できても、相手が自分の身近にいるインパとなると……
「どうしたの?」
ゼルダが問う。こちらが黙ってしまったのをいぶかしむ様子。
「いや……」
別に何でもない──と言いかけて、考え直す。
いっそのこと、ゼルダに打ち明けてしまおうか。
以前に交わした二つの約束のうち、契るのは一人の相手につき一回だけという方は撤回されたが、
事前に相手の素性を教えるという方はそのままだ。インパと契りを結ぼうとするのであれば、
どうせゼルダには知らせなければならない。知らされてどんなふうに思うだろうかと心配は
心配だけれども、もし許してくれるようなら、のちの展開にも好影響が望めそうだ。
「実は……」
と、思い切って告白する。
契るべき「重要人物」がもう一人いること。それは他ならぬインパであること。
ゼルダは沈黙した。驚きのあまり口もきけないようである。予想していた反応ではあったものの、
沈黙が続くと落ち着かない気分になる。
「どう思う?」
「どうって……」
返事に困っている。考えを言葉にするのさえ難しいという心境なのか。
「いろいろ思うところはあるけれど……一つは……なるほど、というか……」
意味がわからなかった。不審の色を見てとったか、ゼルダは説明を追加した。
「あなたの言う重要人物は、みんなハイラルの各地にいる諸部族を代表しているわね? サリアは
コキリ族、ダルニアはゴロン族、ルト姫はゾーラ族といった具合に。だったら、シーカー族の
中にも重要人物がいて、それがインパだとしても不思議はないと思ったの」
ゼルダもそこに気づいていたのか──と、その明敏さにいまさらながら感心する一方で、案外と
冷静な言であることにリンクは意表を突かれ、同時に胸を撫で下ろした。
少なくとも前のように怒りを爆発させる気配はない。
「許してくれる?」
「インパの身を守るためには、契りが必要なんでしょう? わたしだってインパには無事でいて
欲しいし」
反対しない。よかった。しかし消極的な賛成でしかない感じでもある。率直に訊いてみるか。
「ぼくがインパとそういう関係になっても、気にしない?」
ゼルダは難しげな表情で首をかしげた。
「気にするとかしないとかの前に、全然、実感が湧かないの。インパが男の人とそういうことを
するなんて、想像の域外だわ」
もっともな感想。体格といい、身のこなしといい、しゃべり方といい、ものの考え方といい、
なまじっかな男よりはずっと男っぽいインパだ。ぼくにしたって、『あの世界』のインパを
知らなければ、ゼルダと同じ感想を持っただろう。
「あの歳なら経験はあるはずだよ」
「でも、結婚はしていないし、誰かとつき合っているようでもないし……」
「いまはともかく、若い頃には、さ」
「そうかしら」
懐疑的な面持ちを保ったまま、ゼルダが質問を向けてくる。
「あなたは気にしないの?」
「何を?」
「あなたはインパに女性としての魅力を感じるの?」
答をためらった。肯定できなかったからではない。思ったとおりを述べていいものかどうか
迷ったのである。
すぐに意思は定まった。
ここまで打ち明けたのだから、とことん正直になってやろう。インパを正当に評価する意味でも。
「もちろん感じるよ」
「どういうところに?」
「たとえば、胸」
「ああ、そういえば……」
ゼルダは呟き、視線を宙に漂わせた。
「いままでそんなふうに意識したことがなかったけれど……確かにインパの胸は……立派だわねえ……」
ゼルダならインパの、あの雄大な乳房を、生で目にする機会もあるだろう。それを思い出して
いるのだ。サリアとの体験によって多少とも対女性観を変えたに違いないゼルダが、初めて
インパを「そんなふうに意識し」ながら。
誘導してみる。
「けっこう魅力的だろ?」
「そうね……」
「触ってみたい?」
「ええ……あ!」
あわてて口を手で押さえるゼルダ。
「君もその気になったってわけだ」
からかい気味に指摘してやる。ゼルダはほんのりと頬を赤らめ、よくも白状させたわね、と
言わんばかりに睨みつけてくる。しかし口元には笑みも生じている。うっかり欲望の意を吐露した
自分自身におかしみを誘われたようだ。
「あなたが感じるインパの魅力は、胸だけ?」
いまさら隠してもしかたがないと開き直った態度で問いを継ぐゼルダに──からかうばかりでは
悪いので──真面目な意見も呈示する。
「他にもあるよ。ただ、女性としての魅力を挙げるだけだと、かえってインパの魅力が見えなく
なるんじゃないかな。つまり……女性らしいところも女性らしくないところもひっくるめて
インパには魅力があるというか……インパはインパだからこそ魅力があるというか……」
熱心な口調でゼルダが応じる。
「その人のありのままを見て、ありのままを好きになるということね。素晴らしい考え方だわ。
わたしもあなたのように考えてみたら、いま以上に、もっともっとインパを好きになれそう」
素晴らしいとまで言われると面映ゆいが、志向の一致は喜ばしい。ゼルダの賛成は積極的と
なった。打ち明けたのは正解だった。
しかし問題が解決したわけではない。
ゼルダも気がかりであるらしく、
「ところで、インパには契りのことを話したの?」
と訊いてきた。
「いや、まだなんだ。なかなか言い出せなくて」
「インパにそんな話をしたら、さんざんどやされるでしょうね」
「だろう? どやされずに聞き入れてもらえる方法があるかな」
ゼルダは黙考の態となり、しばしののち、にわかに目を輝かせ、勢いこんでしゃべり始めた。
「前にインパはこう言っていたわ。『私にせよ、あなたくらいの年齢なら、リンクを好きになって
いたかもしれません』って」
意外だった。
インパが? ぼくを? とても額面どおりには受け取れない。
「ふざけてたんじゃないのかい? それに君くらいの年齢ならっていう仮定つきだろ?」
「確かに冗談みたいな感じだったし、仮定的な表現だったわ。でも、全く興味がないのだったら、
そういうことは言わないと思うの。脈はあるんじゃないかしら」
あるだろうか。ぼくに対してその種の好意を抱いているなどとは匂わせもしないインパだが、
実は彼女なりにぼくを認めてくれているのだろうか。だとしたら、そこが突破口となる可能性もある。
「あなたさえよかったら、わたしからインパに訊いてみてもいいわよ。ほんとうはリンクをどう
思っているのかって。わたしには本音を漏らすかもしれないし、でなくても何かのきっかけには
なるかもしれないし」
試す価値はある手だ。インパの胸中を観測しようとするなら、ぼくよりもゼルダの方が適役と
いえる。
「重要人物」には当人が「重要人物」であることを知らせたくない──とは、以前、ゼルダに
告げてある。賢者についての秘密までは明かせないので、さもないと危険が増大するのだとか
何とか理由をこじつけたのだが、それもぼくの得た「お告げ」だと考えたらしく、ゼルダは
納得してくれた。インパに余計な情報を与えたりはしないだろう。
「そうしてくれると助かるな。大人のインパが子供のぼくを本気で相手にするのかどうか、正直、
心許ない気もするけれど」
「子供のあなたは大人のインパに本気で魅力を感じているのにね」
面白そうにゼルダは言い、次いで、ふと表情を真剣なものにした。
「だけど、大人の女性というのは、男の人の目には、それほど魅力的に映るものなの?」
「そりゃあ成熟した女の人は素敵だと思うよ」
何の気なしに答えると、ゼルダは拗ねたような顔になり、ぷいと横を向いて、つっけんどんに
言い放った。
「じゃあ、インパみたいに胸が大きくなくて、まだ子供のわたしなんか、魅力はないってことね」
うろたえてしまう。
いきなり機嫌が悪くなった。インパを褒めたのが気に入らないのか。ものわかりがよくなった
ように見えて、まだ嫉妬の情を残しているのか。にしてはおかしい。いまのいままでそんな様子は
なかったのに。どういうわけだかさっぱりわからないが、とにかく真意を伝えなければ。
「とんでもない。胸が小さかろうが子供だろうが君には君の魅力があって、それはいまの君にしか
ない魅力で、ぼくがその魅力に参ってることは君だって知ってるはずじゃ──」
必死の言明を、リンクは途中で打ち切った。ゼルダがくすくすと笑い始めたのである。
「冗談よ。さっき、からかってくれたお返し。ごめんなさいね」
口では謝りつつ、しかし悪戯っぽい笑みを引こうとはしない。ほっとしながらも、ころりと
騙されてあからさまな言葉を口走ってしまった自分が恥ずかしく、文句の一つもつけたくなった
リンクだが、
「あなたの気持ちはよくわかっているの。わたしの胸がふくらみ始める前から、わたしたちは
結ばれていたんですものね。でも、魅力があると言ってくれて嬉しいわ。どうもありがとう」
素直に出られると、責めるに責められなかった。
かわいい企みだ。嫉妬とまではいかずとも、自分を見て欲しいと主張はしておきたかったのだ。
いいだろう。ゼルダに注目することでは誰にも引けを取らないぼくであると、こちらも主張して
おこう。
「君の胸だって満更でもないさ。今度の旅に出る前と比べたら、また少し大きくなったよ」
「ほんとう?」
ゼルダは胸を反らせ、うつむいて当該部位を観察する格好となった。あくまでも格好に過ぎない
とリンクは判じた。
自分のそこがどんな状態にあるかは、いま観察せずとも、よく承知のはず。胸を反らせることが
主眼なのだ。そうすれば服の上からでも若干の隆起が見てとれる程度にまで、そこは発育して
きている。ゼルダはそれをぼくに誇示したいのだ。
ところが台詞は妙に控えめである。
「大きくなったとは思えないわ。気のせいじゃない?」
「気のせいなもんか」
「絶対にそうだと断言できる? 目で見た印象というのは、案外、当てにならないものよ」
充分、当てになる──との反駁を、リンクはあわてて呑みこんだ。ゼルダの真意が理解できたの
だった。
「断言するとなると難しいな」
「でしょう? 他の方法でも確かめてみないと」
「他の方法って?」
「それはあなたが考えて」
自分からは口にせず、ぼくに行動を起こさせようとしている。慎み深いわたしという演出か。
いいとも、行動してやろう。いくら演出に凝ろうが、君が何を望んでいるかは明々白々。
左手を胸元に近づける。案の定、拒む素振りは示さない。のみならず、反らせた胸をさらに
突き出してくる。慎み深いのは台詞だけで、態度を慎む気はないらしい。
片側の胸に手をかぶせる。君は眼差しを悩ましげにして、小さくひとつため息をつく。そこを
軽くつかんでやると、こらえかねるといったふうに君の喉は呻きを発し、続けて呼吸が速やかとなる。
「やっぱり大きくなってる」
確かめ得た事実を突きつける。実は知っていたの──との告白めいた微笑を君は頬に浮かべ、
ゆっくりと顔を寄せてくる。
接吻。
常にも増して熱っぽい唇が、君の高ぶりを物語っている。インパの話が刺激になったのか。
「リンク……」
口を離して君はささやく。ひたむきな視線が何かを──いや、「何か」とぼかすまでもない
事柄を──要求している。
「明日は別荘に行けるんだよね?」
暗に自重を促すも、
「明日まで……待てない……」
切羽詰まった塩梅の君。心にも身体にも火がついてしまったようだ。
「なら、今夜」
との譲歩も認めず、とんでもないことを君は言う。
「いま、すぐ」
「すぐ?」
「ええ」
「でも……ぼくたちの部屋は掃除中で……ベッドも使えないし……」
「ここで」
仰天する。
建物の外で? この昼日中に?
かつてゼルダは『森の聖域』で同様の場面を経験している。それでこうも大胆になれるのか。
といっても、ここは城内。近くに人がいなかった『森の聖域』とはわけが違う。
ちょっとした触れ合いやキスくらいなら、いままでにもここでやってきた。出会いの時に
してからがそうだった。しかし最終的な行為に及んだことは一度だって──
──と自制に努める心が、次第にぐらぐらと揺らいでゆく。
そんなに危険ではないかもしれない。城の中心に位置しているこの中庭だが、周囲の城壁に窓は
少なく、死角に入るのは簡単だ。行き止まりの形になっているので、たまたま人が通り抜ける
気遣いもない。用がある者でなければ入ってこない。そしてこの場所がゼルダのお気に入りで
あることは城のみんなが知っているから、めったに近づく者はいないのだ。事実、これまで
ゼルダと二人でここにいて誰かに邪魔された例は……
一つだけある。
ゼルダと初めての口づけを交わした直後、ずかずかと侵入してきた彼女が──
「インパが、来るかも……」
そう、いつもぼくたちを見張っている彼女が──いまは別のどこかにいるようだが──急に
現れないとも限らない。
ところがゼルダは平気な顔である。
「インパなら大丈夫よ。仕事のことで大事な会議があって、長くかかるだろうと言っていたから」
となれば、求めを退ける理由はない。
ぼくも、ほんとうは、欲していた。旅から帰って、やっとゼルダに会えて、二人きりになって、
その上、胸に触れて、キスまでして、いまやとうてい我慢ができない状態に立ち至ってしまっている。
「じゃあ……」
勃起しきった部分を露出させる。さすがに肌をさらす気にはなれないので、服は身に着けたまま
とする。ゼルダもそこはわきまえていて、下穿きを取り去っただけである。
体位はゼルダが決定した。
──リンクは壇の縁に腰をかけ、その膝の上にわたしが後ろ向きとなって跨る。そうすれば
わたしは庭の入口を視野に入れることができ、万が一、誰かが中庭に入ってきても、すぐにそれと
気づいて身を離せるし、離れるのが遅れた場合でも、二人ともが着衣していて、特にわたしの
衣装は裾が長く、肝腎な場所は隠されてしまうから、単にリンクがわたしを膝にすわらせている
としか思われないだろう──との説明だった。
ゼルダを膝にすわらせているというだけで大問題になるのではないか──と危ぶんだものの、
もはや衝動は止められない。所定の位置についたゼルダが、濡れそぼる秘洞の中に、硬く直立した
肉柱を呑みこんでしまうと、危ぶみは跡形もなく消え去った。
結合の完成に感極まっているのか、自らを貫くものの感触をしみじみと味わっているのか、
しばらくは微動だにしないゼルダだったが、やがて激しく腰を使い始めた。リンクも下から突きを
繰り出し、さらに両手を前にまわして二つの胸をいじり立てた。
二人はひたすら熱狂した。
議長を含む何人かが急用で欠席を余儀なくされたため、会議は後日に延期となってしまった。
インパはいったん自室へと戻り、次いで隣にあるゼルダの部屋を訪れた。そこでは何人かの
清掃係が仕事に励んでいるだけだった。リンクが帰還したことは知っていたので、そちらの部屋に
赴いたが、やはり掃除中で、求める人物は見つからない。
城内は安全だから、四六時中の護衛は不必要。しかし王女の居場所くらいは把握しておく
べきである。リンクまでが不在という点も気になった。
心当たりの場所をまわってみる。屋内には姿がない。インパは中庭へと足を向けた。
入口に立った瞬間、状況が見てとれた。踏みこみはしなかった。その程度の遠慮はあった。
だが立ち去るわけにもいかない。余人が闖入せぬよう見張っていなければならなかった。
インパは物陰に身を隠し、
『やれやれ……』
そっと嘆息した。
日頃、小言は絶やさずとも、決して二人の交際に不寛容ではなかったインパである。
王女という身分であれば、生活全般に制限がつきまとう。他者と気軽な交流はできない。
ゼルダが実年齢以上に大人びているのは、生まれついての聡明さと、幼少のみぎり母親を亡くした
という経歴が主因であったが、人とのつき合いの稀薄さが性格を特異にした結果ともいえた。
考えようによっては不憫である。
ゆえにインパは、ゼルダに同年代の友人ができたことを喜んだ。人格形成の上でも当人のために
なるとの確信があった。
リンクという人物も高く評価していた。
性質がいい。何ごとにおいても誠実で、正しくあろうとする意志に濁りがない。加えて、
子供にしては──と制限をつける要もないほど──剣技に優れている。風変わりな生い立ちの
せいか、礼儀や教養は怪しげで、ゼルダに対する言葉遣いは、とても王女を相手にしているとは
思えない粗略さだが、それとて不適切とは切り捨てられない。「友人」であるからには、主従の
関係を離れた対等のつき合いが望ましいし、将来、国を統治する立場となるゼルダにとって、
境遇が異なる人物との接触は、必ずや大きな糧となる。
二人が男女の関係になっている点も、さして不都合とは考えなかった。
元来、ハイリア人はセックスに関して大らかである。女性の月経周期がきわめて規則的で避妊が
容易という理由もあり、生殖としての意義のみならず、快楽としての意義も充分に認めている。
未婚の者の交わりであれ、必ずしも不道徳とは見なされない。
さりながら、二人くらいの年齢となると、やはり異常の範疇である。が、その異常さを重々
承知しつつも、以前から実際的な見地に立って幼いゼルダに性教育を施してきたインパは、二人の
交際内容につき、同じく実際的な判断を下した。
できてしまったものはしかたがない、との割り切りだけではなかった。
ゼルダがそうと予知した以上、ガノンドロフを倒すにあたって二人の繋がりは必須。根拠は
不明にせよ、絶対に確実。よって二人の関係は正当とされるべき。仮に予知の件を措くとしても、
遅かれ早かれ経験することであるなら、早めに経験し、早めに性の本質を知っておいた方が、
人間というものを理解するのに、より好都合といえる。他日、人の上に立つ身となるゼルダの
場合はなおさら。
それに……
二人の愛は真実だ。いかに幼くあろうとも。
セックスを伴う交際は、確かに年齢不相応。しかしそうしてこそ、二人は互いを真に理解し、
尊重することができる。二人は互いを高め合うことができる。
愛が永遠とは限らない。別れという結末も考えられる。その場合、王家の後継者を産む定めに
あるゼルダは、いずれ他の男と結びつかねばならない。過去の男性関係は重大な問題となる。
だが回避は可能だ。相手の男がものわかりよく、ゼルダの過去を問わないと言うのであれば、
それでよし。ものわかりがよくなくとも、女が寝所で処女を装う方法などいくらでもある。
もっとも、そんな結末にはなるまい。
一時、諍いもあったようだが、最近の二人は前にも増して強固に繋がっていると感じられる。
『とはいうものの……』
インパは現実に立ち戻った。
愛し合っている二人であると、いつかは公にもできるだろう。リンクは王家の血を引いて
いるから、身分違いとそしられることもないだろう。しかしそれはあくまでも適当な時期が
来たらの話で、現時点では、いまだ幼い二人の関係の実態を、絶対、人に知られてはならない。
知られたら両人とも破滅する。ゆえに常々、軽はずみな行動は控えるようにと言い聞かせてきた。
城内での交合は原則として禁じ、代わりに別荘での逢瀬は黙認した。二人を信用しての処置であり、
二人ともそのあたりの機微はわかっているはずだ。
『なのに……』
最近のゼルダには危機感がない。こちらの小言に慣れてしまったのだ。
そして、現在、目と鼻の先で繰り広げられている淫行。
夜の寝室ならまだしも、日中の屋外。
ここは人通りも稀で、発見される危険は乏しいが、乏しいというだけだ。断じて無ではない。
ふだんのゼルダは実に勤勉で、未来の女王として自分はどうあるべきかを真摯に考察している。
決してセックスに溺れてはいない。むしろリンクとの交際がよい方向に作用している。生活に
張りを感じているのだ。ところが反面、いざリンクに相対すると、途端に隙だらけとなってしまう。
恋人を前にした少女であれば、それが自然だろうし、かわいらしいともいえるが、こうも無防備な
状態に陥るとなると、かわいらしいではすまされない。
リンクもリンクで、いつぞやは、
(ゼルダを窮地に立たせはしない。ぼくは、一生かけて、ゼルダを守る)
などと大言壮語したくせに、いまのありさまは正反対だ。ゼルダを窮地に追いこんでいる。
リンクにすれば、ゼルダを悦ばせることに「正しくあろうとする意志」を反映させているつもり
なのかもしれないが。
理解はできなくもない。
二人はともに十一歳。肉体も精神も成長する頃だ。性欲も強まり始めているのだろう。
この場での交わりとて、二人の強固な繋がりの表れとも呼べよう。
『だとしても!』
あまりに能天気な所行ではないか。
こちらが会議で近くにいないのをいいことにしてのやり口らしいのも──あの二人なら
それくらいの機転は利かせて当然とは思われるものの──信頼を裏切られたようで不愉快だ。
叱らねばならない。
──と決めたインパであったが……
物陰に身をひそめていると二人の姿は見えない。されども気配は明瞭である。
ひたすら熱狂する男と女。
それがおのれの理性ならぬ感情を揺り動かしている──と、インパはひそかに自覚していた。
やがて行為は果てた。二人の身繕いが終わるのを待って、インパは物陰を脱し、中庭の奥へと
歩みを進めた。ぎくりとした素振りを示す二人に、ついて来るよう、ことさら冷たい声で命じ、
あとは言葉もかけず、まっすぐ自室に向かった。
二人を中に引き入れる。立たせておいて、睨みつける。まずいところを見られたと悟っている
のだろう、後ろめたそうな表情の両人である。
何食わぬ顔をするよりは好感の持てる風情だが、だからといって容赦はしない。
インパは厳しく叱責した。理解できなくもないとの思いは敢えて伏せ、苛烈な態度を押し通した。
すでに清掃係は仕事をすませており、隣り合うゼルダの部屋は無人とわかっていたので、憚る
ことなく声を強めた。
二人は素直に反省しているようだった。こちらの信頼を裏切ったのだという指摘はとりわけ
応えたらしく、心からとみられる謝罪を口にし、次いで二人ともが、しようと主張したのは
自分であって相手に非はないと熱弁した。両者の雰囲気から、リンクの方がゼルダを庇って
いるのだと推量できたが、譴責の程度に差はつけなかった。結局は合意の上で行ったことなのだから、
どちらも同罪である。
インパは次々に言葉を連ねた。しかしそのうち、自分は感情的になりかかっていると気づいた。
発語の持続によって脳が加熱し、いつの間にか同じ内容の言を繰り返しているのだった。
口調を和らげ、ゼルダに問う。
「危険だとは思われなかったのですか?」
中庭の入口に顔を向けていたので、人が来たらすぐわかるはずだったし、仮に見られても、
リンクの膝に乗っているだけで、行為は発覚しないだろうと思った──というのがゼルダの答だった。
『なんと浅はかな……』
夢中でいれば注意力は落ちる。人が来ても見いだすのは遅れる。事実、こちらが中庭の入口に
いたことを──即座に姿を隠したせいでもあろうが──二人は全く察知できなかったではないか。
それにあの時、二人が何をしているかは一目瞭然だった。陶酔の面持ちで腰を振り立てるゼルダを
見て、膝に乗っているだけだと考える者など一人もいまい。
雷を落とそうして、思いとどまる。
もう二人とも自分たちが浅はかだったことは了解しているだろう。くどくど叱り続けても
逆効果だ。
ただし、罰は与えなければならない。
「明日の別荘行きは、取りやめです」
つまりは謹慎。
二人はがっかりした気色で顔を見合わせ、けれども異議は唱えなかった。
「それから当面、夜、姫がお寝みの間、私は寝室内で護衛をいたします」
護衛という名の監視により、夜間の密会をも封じておく。二人の反省具合からみて、そんな
不埒を働くこともなかろうとは思われたものの、ここは甘い顔をせず徹底的に厳格さを見せつけて
おいた方がよいと判断したのである。
後段に対しても二人からの異論はなかった。従順ぶりに満足しつつも、自らに内在する感情を
意識してしまうインパだったが、表面的には峻厳さを保って懲戒の宣告に区切りをつけ、二人を
各々の部屋に引き取らせた。
会議の延期によって生じた予定の空白は、二人が去ったあととなっても、なおいくばくか
残っていた。インパは椅子に腰を休めた。処理すべき用件はあったが、手をつける気にはなれない。
二人が交わるさまを見て以来、心にしこっていた感情が、他事への興味を阻害するのである。
その感情を分析したくないにもかかわらず、どうしても思いは分析へと傾く。
葛藤ののち、インパは抵抗をやめ、思いの傾きを放置した。
感情の本質が認識される。
顧みれば……
私も若い頃にはいろいろと経験した。が、一般的な意味での性体験ではなかった。
シーカー族は闇に生きる一族。ハイラル王家の命に従い、長年、隠密として裏の仕事に
携わってきた。必要とあらば男女とも自らの身体を──格闘以外の意味で──駆使し、敵の異性を
籠絡する。場合によっては同性もだ。私は女にしては珍しく武芸を専門としたが、閨房術の訓練は
受けたし、何度かは訓練の成果を実地に行使もした。
すなわち任務の一環としてのセックス。
そんな日々だった。
恋愛らしい恋愛もしていない。
訓練期間中、技を磨くという目的で、男仲間の一人と集中的に性行為の練習を行ったことがある。
仲間ゆえの親しみもあって、その男を憎からず思うようになった。といっても、甘い言葉を
ささやき合ったり、幸せな未来を夢見たりしたわけではない。所詮は訓練の延長だった。当時は
王国がハイラル統一に乗り出した時期で、シーカー族が活躍──あるいは暗躍──する機会は多く、
その男もある地域に派遣され、結局、生きては戻らなかった。いまでも時々その男の顔を
思い出すが、あれは真の意味での恋愛ではなかったと自分では結論づけている。
任務を離れてのセックスもあるにはあった。しかし身体を触れ合わせて心の底から嬉しいと
思える相手はほとんどいなかったし、それとて一時の小憩に過ぎなかった。私的な交際に熱を
入れる余裕も意思も、その頃の私にはなかったのだ。
王国がハイラル統一を達成すると、シーカー族の活動機会は激減した。戦乱が続くうちに一族の
人数も減っていた。もはや部族としての存在意義はないと結論され、各人が自由に生きてゆく
こととなった。王国に臣従して隠密業を続けた者もいれば、富裕階級の用心棒になった者もいる。
私だけはシーカー族の根拠地であったカカリコ村に残り、一族の記録と記憶を守りつつ、無為なる
日々を送ったが、数年後には村を庶民に開放し、一住人となって静かに生きる道を選んだ。村を
開放したことにみなが恩義を感じていたため、自然と指導者の立場に祭り上げられてしまい、
必ずしも静かな生活とはならなかったものの、血生臭い修羅場の連続だった昔に比べれば、充分、
心の安まる環境ではあった。
ただ、指導者ともなると、身辺をきれいにしておかねばならない。当然、色事とは縁遠くなった。
王妃の死後、ゼルダの乳母にと──要望されたのは授乳でなく護衛と教育であったわけだが──
白羽の矢を立てられ、ハイラル城で起居するようになると、ますます、めったなことはできなく
なった。
そして、いま……
もう永らく性交していない。
私は男を惹きつけるだけの魅力に欠けている。年齢的にも女の盛りは過ぎてしまった。この先、
二度とまぐわう機会はなかろうと、すでに諦観しているのだが……
先ほど目の当たりにした、二人のセックス。
つき合いの実態は把握していても、交わる場面を見たことはなかった。今日、初めて実見した。
訓練や任務においては他者の交わりをしばしば──感動もなく──眺めた経験のある私が、二人の
それには大いに感情を揺り動かされてしまう。
久しぶりに見たからという単純な理由ではない。
乳母である私にとってゼルダは娘も同然。その相手にふさわしいと評価できるリンク。自分には
無縁だった幸福な男女関係を二人には築いて欲しいと願い、まさにそうした関係を築いている
二人だと確かめ得たことによる、正なる感情の揺れなのだ。
しかし……
負なる感情も存在する。
羨望。
愛を紡ぐ二人を継続して見守りながら、これまで意識せずにいた──いや、努めて意識しない
ようにしていたといった方が正確だろう──その念が、自己抑制を破って表に出てきてしまった。
だから厳しく叱ったわけではない。叱るだけの理由は他にちゃんとあった。私情は挟まなかった。
が、その念には全く影響されなかったと言うこともできない。少女のゼルダが性の愉しみを
享受しているのに、翻って自分の方は──と考えてしまったのだ。
浅ましい。
けれども、それが、私の本音だ。
肉体が憤懣を訴えている。やたらと股間の奥がうずく。
『こういう時は……』
さっさと発散させた方がいい。悶々としたままでいるのは精神衛生上よくない。
立ち上がって廊下へのドアに歩み寄る。施錠する。再び椅子の上に身をくつろがせる。右手を
衣服の隙間に差しこみ、無造作に指を急所へとやる。
濡れていた。
その感触が懐かしかった。
独り寝が寂しい時には、まま、行ってきたこと。それすら久方ぶりになる。
苦笑的な思いはたちまち消えた。指技による快美がインパを支配した。久方ぶりゆえに快美感も
絶大だった。
一気に到達を目指しかけて、ふと、そうするのがもったいなくなる。
『どうせなら……』
刺激を弱めて引き延ばしにかかる。記憶を掘り起こして気分を高める。
過去に交わった男たち、女たち。ほとんどは思い出したくもない輩どもだが、中には妄想に
招待してもいいと許せる者もある。誰にしよう。やはり憎からず思ったことのあるあの男か。
しかし新鮮さが欲しい気もする。対象にする価値があって、なおかつ新鮮に感じられる人物と
なると、そう、リンクなら……
『リンク?』
自分の思考にあきれ果てる。
なぜここでリンクを想起するのか。
確かに彼の人物は評価している。「私にせよ、あなたくらいの年齢なら、リンクを好きになって
いたかもしれません」とゼルダに言ったこともある。だがあれはあくまでも冗談であって、いまの
私が息子ほども歳の離れた少年に本気で惚れるわけがない。単に一時の欲情を差し向けるだけでも、
あり得べからざる対象だ。そこまで私は飢えているのか。我ながら血迷っているとしか思えない。
男としてまだまだ未熟なリンクを──
『いや……』
リンクは男だ。紛れもなく。
剣技においても。精神においても。
そして、セックスにおいても。
今日、そうと知ってしまった。
ほんの一瞬、垣間見ただけだったが、ゼルダはリンクの膝の上で明らかに喜悦を極めていた。
幼くともリンクはそれほどの「男」なのだ。あり得べき対象であると前言を撤回しよう。
ただ、そうなると、ゼルダの恋人を借り受けることになる。気が引ける。妄想に倫理を
持ちこむのは無意味とわかってはいるが……
理性と欲望がせめぎ合ううちにも、指は勝手に活動を速め、肉体に絶頂への一本道をたどらせて
いた。インパはついに理性を捨てた。道の終点めがけて疾駆しようと、おのれにとどめを
刺しかけた、その時──
物音が聞こえた。
ごく小さな音だった。が、自然のものとは思えなかった。あたかも人がこっそり行動する際に
発する音と感じられた。
即座に股間から手を引き、あたりに視線を走らせる。
室内には自分ひとり。当たり前だ。いくら自慰に没頭していても、部屋に踏みこまれるまで
気づかないほど惚けてはいない。
物音は絶えている。しかし聞こえたのは間違いない。部屋の内ではなかった。かといって
外でもない。内と外との中間のような印象。つまり内外を繋いでいる場所だ。正確な位置は
不明だが、候補は限られる。
窓? 違う。ここは上階で、ベランダ等もない。外からだと窓には近づくことさえできない。
とすると、三つあるドアのうちのいずれかだ。
浴室? 論外。そこに人がひそんでいないことは確かめるまでもなく断定できる。
廊下の方? かもしれない。誰かが訪ねてきたとも考えられる。ドアには施錠したから、
たとえそこに人がいたとしても、こちらの行状を見られてはいない。安心できる。だがノックの
音はしなかった。訪問者にしては不自然だ。物音がした方向とは位置が微妙に違っているような
気もする。
では、もう一つの候補か。
ゼルダの寝室に通じるドア。
在室中のゼルダに何かあった時、すぐ駆けつけられるようにと設けられたもの。ただしその
用途で使用した前例はなく、常時、鍵をかけてある。こちらからドアをあけたこともない。たまに
ゼルダがそこから顔を出す程度だ。通常はゼルダも──先ほど叱った時がそうだったように──
廊下を経てこの部屋に出入りするのだが、夜、寝衣でいるなどして、廊下に出にくい事情がある
場合は、そのドアの鍵をあけてこちらにやって来るのだ。
いまもゼルダがそこにいたのだろうか。
ゼルダとてそのドアを使う際はノックを欠かさない。けれども何らかの理由でノックを省いた
可能性はある。
インパは席を立ち、忍び足で問題のドアに近づいた。向こうに人がいる気配はなかった。
ノブを握ってみる。動かない。鍵はかかっている。
といっても、ゼルダがそこにいなかったことの証明にはならない。施錠開錠はあちらから自由に
できるのだ。さっきの音はこのドアに施錠した際のものだったのかもしれない。開錠であれば
現在もそのままのはずだから。
だとすると、私は開錠の音を聞き逃し、施錠の時までゼルダの気配にも気づかなかったことになる。
それほど迂闊な私だったと?
そんなはずはない──とは言い切れない。なにしろ私は常態ではなかった。
見られただろうか。
わからない。
二人の情交を目にした私が、今度は自慰を見られたとすれば、実に皮肉と言わねばならないが……
いずれにせよ──と、腹を決める。
この件については沈黙していよう。ゼルダを問い質すわけにはいかない。見られていたとしたら
気まずい雰囲気になってしまう。そうまでして真実を知る必要もなかろう。
それに、物音はやはり自然のものであって、私が疑心暗鬼に陥っていただけとも考えられなくは
ないのだ。
インパは心に安堵を強いた。しかし落ち着くには至らなかった。自慰を続ける気分では
なくなっており、リンクを思い浮かべたまま絶頂しなくてよかったと思う一方で、欲求を
満たせなかった肉体は、依然、不平を言い立て続けていたのだった。