「あら?」
袖に通した腕先を見て、ゼルダは思わず声を発した。
「何か?」
着替えに付いていた侍女が、いぶかしげに応じる。
「この服、短くなっているわ。洗濯したあと縮んだのね」
「縮むような生地ではないはずですが……」
「でも、ほら」
片手を差し出してみせる。手首が広く露出した状態である。
侍女はくすりと笑いを漏らし、諭すように言葉を返してきた。
「洗濯のせいではございません。姫様のお腕が長くなられたのですよ」
「あ……」
言われて気づいた。
一年前に新調した服が、もう身に合わなくなっている。おのれの成長の速さを実感させられる。
ふだんはあまり意識しないけれども。
「別のお召し物になさいますか?」
「そうするわ。公式のパーティーに出るのだから、格好はきちんとしておかないと」
「でしたら、先月おあつらえになった白のドレスになさっては? 姫様にはたいそうお似合いですし、
公式のお席にもふさわしかろうと存じます」
「ああ、あれ……」
ゼルダはためらった。その思いを声から判別したのか、侍女が怪訝そうに問いを重ねる。
「お好みにかないませんか?」
「いいえ、ただ……着るものが白だと、汚れた時に目立つでしょう?」
真意ではなかった。
肌が白いわたしに白の衣装は映えないような気がする。しかしそれを言うと、いかにも色白さの
自慢に聞こえそうなので、咄嗟に他の理由を口にしたのだ。もっとも実際のところ──サリアの
健康的な肌を羨んだりしながらも心の底では──自分の色の白さをひそかに誇りとしているわたしでは
あるのだが。
「ご心配には及びません。公式のパーティーなら、ご出席の方々もマナーをおわきまえでしょうから、
お召し物が汚れることもございますまい。第一、いつもお淑やかな姫様ですもの、そんなお過ちを
なさるはずがありませんわ」
熱心な説得。本気で似合うと考えているようだ。何人かいる侍女の中でも年若で、わたしと
趣味がよく合う彼女の意見がそうであるなら、ここは勧めに従ってみるか。色彩の単調さは
装身具で補えよう。
「じゃあ、あれにしようかしら」
「ええ、ぜひ」
侍女が大げさな口ぶりで推奨を続ける。
「何といっても、白は穢れなき純潔の象徴。姫様にはぴったりでございますよ」
胸にちくりと痛みが兆した。
他意のない弁とはわかっている。素朴な感想を述べているだけなのだ。が……
純潔にはほど遠い、いまのわたし。
そうなったことを微塵も悔いてはいないけれど、人前では純潔を装っている自分であると思うと、
どうしても後ろめたさを覚えてしまう。お気に入りの侍女にさえ事実を秘しておかねばならないのも
心苦しい……
ゼルダは小さく首を振った。
それを思ってもしかたがない。どうせなら思いは思い甲斐のあるものに致そう。
思い甲斐のあるものとは?
決まっている。
わたしが純潔を捧げたひと。
真実の愛で結ばれたひと。
……もう永らく会っていない、そのひと。
男としての修行を積むため、南の荒野に腰を据え、半年間、ひとりで野外生活をする──と、
きっぱり言い切り、リンクはハイラル城を発っていった。
いままでに例のない長期の不在。
前触れはあった。
旅するにあたり、以前はインパから融通してもらっていたルビーや食料を、近頃、リンクは
受け取らなくなった。いつまでも甘えてはいられないと言うのだ。聞けば、旅の途中、農家や
工事現場で短時日の労働に従事し、食べるなり稼ぐなりしているらしい。自活の手段である
のみならず、世間の人々の暮らしを実体験できるいい機会だと語っていた。
また、リンクはインパに──ルビーや食料の代わりとして──弓を求め、城に滞在中は、
その稽古に励んでいた。鳥獣を狩って食用とするためで、旅の間に実践もしてみたそうだ。
なかなかうまくはいかないとのことだったが。
とまれ、そんな行動の延長線上に、リンクがしている今回の修行はある。
かつて反乱を企んだゲルド族も、爾後は恭順の姿勢を保っている。ハイラルは平和だ。ところが
リンクは、安逸な生き方をよしとせず、自らを高めようと努力している。
ゆえにわたしは完全なる同意をもってリンクを送り出した。半年間を別れて過ごすのは実に寂しい。
しかし感傷を優先させる気にはなれなかった。リンクにはリンクの意志を通して欲しかった。
そうあってこそリンクと惚れ直しもした。
正しい判断だったと思う。
『でも……』
同時に、一つの疑問を感じるのだ。
男としての修行を積もうとするのであれば、リンクは自分の「男」を物足りなく思っている
ことになる。確かに十一歳では一人前の男とはいえない。けれども、年齢に似合わぬ活動力を、
つとに有しているリンクだ。どうしてそれ以上の「男」を目指さなければならないのか。
男とはそうした生き物なのだろうか。
いや、常に向上を図るとの意味合いにおいて、男女が区別されるべきではあるまい。わたしも
見習わなければならない。参考までにリンクの心境を聞いてみたいものだ。離ればなれとあっては
聞く方法もないが、もはや長くは待たずとも──
「さあ、どうぞ」
侍女がクロゼットから取り出した衣服を、ゼルダは手に受けた。
「ありがとう」
と、口では言うものの、頭にあるのは別のことである。
半年という期間はすでに過ぎた。リンクが城に帰る日も遠くはない。いまはどこにいるのだろう。
もう南の荒野はあとにしたのか。ハイラル平原を旅している途中か。いずれにせよ、わたしと
リンクを隔てる距離は、着々と縮まりつつあるはずだ。そう考えるだけで心は喜びに満たされ──
「姫様、お時間が……そろそろ会場へお出向きになりませんと……」
夢見心地は破られた。折しも、暮色に染まった窓外で、夕べの鐘が鳴り始める。言われるとおり、
開宴は間近である。
現実に立ち戻らねばならないのを口惜しく思いながらも、ゼルダはそそくさと着替えをすませた。
侍女を後ろに従えて寝室を出る。居間を横切る。廊下へのドアをあける。
そこでゼルダの足は床に釘づけとなった。
リンクが立っていた。
口もきけなかった。できたのは目に映るものを見ることだけだった。
リンクは茫然とした表情で、握った左手を顔の前に差し上げている。凍りついたかのごとく、
その姿勢を保持している。敲こうとしたドアがいきなり開いて驚いたようである。しかしそれのみが
驚きの理由ではなく、また驚き以外の想いもそこには描出されていると感じさせる、リンクの
面持ちであり、佇まいだった。
無言と不動の対面を、先に変化させたのはリンクである。左手を下ろし、和やかな色合いを
目に湛え、やんわりとほころばせた口元から、簡素な言葉を送り出してきた。
「ただいま」
予想外のできごとによって働きを妨げられていたゼルダの頭脳は、その言葉でにわかに奔走を
始めた。視界内のものが示す意味を理解しようと躍起になった。
近いうちに戻るとは思っていたが、まさか今日とは。よほど旅程を急いだのか。なぜ?
一刻も早くわたしに会いたかったから? などと考えるわたしは自惚れている。修行を早めに
切り上げのかもしれないではないか。いや、あれだけ強固な意志をもって旅立ったリンクだ。
期間を半年と決めた以上、一日たりとも短縮はすまい。ならば、やはり……と胸はときめき、
眺められる修行の成果がそのときめきに輪をかける。体格はあまり変わっていないけれども、
四肢の露出部を見る限り、筋肉の量が幾分かは増していて、逞しくなったと思わされる。逆に頬は
少しこけたようだが、すっかり日焼けした皮膚の色とも相まって、むしろ精悍さを印象づけられる。
そして「ただいま」というひと言は、以前と同じ声色で、以前と同じ邪気のない笑みとともに
発せられながらも、以前にはなかった深みを──万感の想いを凝縮させた精神的な深みを──
秘めている……とは贔屓目だろうか。愛するリンクであるがゆえに、わたしは何ごとも賞賛の
対象としてしまうのだろうか。違う。わたし以上にリンクを正しく評価できる者はいない。だから
わたしはわたしの信じるとおりを信じていればいいので、心を満たすどころか、いまや心から
あふれんばかりとなっている、リンクに会えた喜びを、リンクの成長を目の当たりにし得た喜びを、
どうにかして表現しなければならない、表現したい、したい、しよう、こんなふうに──
「お帰りなさい……」
それだけ? たったそれだけ? そう、言葉にできるのはたったそれだけ。言葉などでは
とうてい表しつくせないわたしの想念。表しつくすためにはどうすればいいのかというと、床に
貼りつけた足をこうして一歩踏み出して、いとしい、いとしい、あなたに、わたしは──
「姫様!」
──抱きついてしまっていただろういまの呼びかけがなかったとしたら!
すんでのところで動きを止め、その存在すら忘れていた、背後にいる人物へと、ゼルダは注意を
差し向けた。
侍女にすればリンクはあくまでもわたしの「友人」に過ぎない。「恋人」であると悟られては
ならない。親密すぎる素振りは見せられない。
だが、いまの呼びかけは……
悟られただろうか。
耳元でささやく声がした。
「お召し物が……」
素早く思考をめぐらせる。
わたしの服とリンクの服。触れ合いそうになっている。わたしの服は染みひとつない純白。
対してリンクの服は──いままで気づきもしなかったけれど、修行の間、ろくに洗いもしなかった
のだろう──汚れきった緑衣。侍女はわたしの服に汚れが移るのを防ごうとしたのだ。リンクが
わたしの「友人」であるがゆえに、遠慮して服が汚いとは明言せず、最小限の言葉だけを口に
したのだ。わたしたちの関係を疑ったのではない。
ゼルダは安堵した。併せて、リンクの服の汚さが示唆する別の事実に思い当たり、再度、心に
陶酔の芽を育んだ。
そんな格好を改めもせず、リンクは帰還するやいなや、わたしの部屋を訪ったのだ。なぜなら、
一刻も早くわたしに会いたかったから……
しかし──まことに残念ながら──その陶酔に浸ってはいられない。
ゼルダはリンクに近づけていた身を後ろへ引き、「友人」への言としてはそれが適当と思われる
程度の親しみを付加するだけとして──そうせざるを得ないのもまた残念至極だったが──状況に
ふさわしい台詞を並べた。
「お久しぶりね。旅のお話をいろいろとうかがいたいわ。でも、ごめんなさい、これから
パーティーに出なければならないの。またの折りにしていただけないかしら」
常ならぬ他人行儀な話しぶりを奇妙に思ったらしく、リンクは顔に不審の色を浮かべた。後ろで
侍女が見ているからなのよ、という意をこめ、ゼルダは懸命に目配せを送った。意は通じたとみえ、
明るい声が返ってきた。
「ああ、ぼくの方こそ、忙しい時に邪魔して悪かった。いつならかまわない?」
パーティーが終わったら──との答を、ゼルダはかろうじて喉の奥にとどめた。
終わるのは深夜になる。そんな時間帯に会おうなどと侍女の前では言えない。リンクが
パーティーに招かれていたら、こっそり会場で伝えることもできただろうが、それも無理な話。
王女の「友人」というくらいでは招待に値しないほど格式ある集まりなのだ。
やむなく告げる。
「明日の朝、お食事の席でなら」
「わかった。じゃあ、今夜はゆっくり寝ませてもらうよ」
「そうしてちょうだい」
リンクは顔を笑みで彩らせ、何も気にしていないといったふうに軽く片手を上げるや、くるりと
向きを変え、廊下を歩み去っていった。その後ろ姿を見送りつつ、ゼルダは心の中でごめんなさいと
繰り返し、一方では冷静に計画を練った。
すぐにでもインパを捕まえて、明日の別荘行きを手配してもらおう──と。
満々と湯を湛えた広い浴槽の中で、リンクは存分に四肢を伸ばし、ゆったりと安楽な気分に浸った。
前夜、自分の部屋に附属する浴室で、修行中は無縁だった入浴という行為を半年ぶりになし、
少なからぬ快味を得てはいたが、ここ、王家の別荘に設けられた大浴場は、面積においても
湯の量においても自室の風呂とは比較にならない豊かさを備えており、得られる快味もまた、
段違いに濃厚なのだった。絶えず浴槽に注がれる天然の温泉が、疲労回復の効能を有するためでも
あろうかと思われた。
健康には自信があったものの、こうした癒しの場に身を置いてみると、知らず知らずのうちに
疲れが溜まっていたと実感される。疲労を疲労と認識する余裕も失うほどの生活を、半年間、
リンクは送ってきたのだった。
その内実は──と回想する。
今朝、食堂で再びゼルダと対面し、せがまれるままに修行の思い出を語った。語るべき事柄の
多さに比し、朝食の時間はあまりにも短く、続きは──ゼルダが午前の勉強を終えるのを待って
──昼食時に持ち越され、それでも話題は尽きなかった。別荘へ移動したのち、今度は夕食の席で、
最近、一段と料理の腕を上げたゼルダの手による種々の佳肴を味わいつつ、ようやく長談義に
決着をつけ、あとは勧めに従って、いま、湯浴みを満喫しているぼくなのだが……
胸中をすべて明かしてみせたのではなかった。
南の荒野という地の寂寞たる風景と厳しい生活環境を語りながら、ぼくは思わず笑ってしまった。
『あの世界』のゼルダならぼくよりもよほど詳しく知っているはずの内容だからだ。ゼルダは
ぼくの笑いを不思議がっていたけれども、無論、その理由を説明するわけにはいかない。
狩猟に慣れるまでの一ヶ月くらいはろくな獲物もなく、しばしば空腹に悩んだものだ、との
苦労話に、弓の扱いには『あの世界』でかなり習熟していたにもかかわらず、などと註釈を加える
こともできないのだ。
どうにか食うに困らなくなってからは、時おり野性の魔物が巣くっている地域に赴き、実戦で
剣の腕を磨いた、という体験談を、ゼルダは感心したような顔で聞いていたが、それとてぼくが
『あの世界』で戦った数々の強敵を知らぬがゆえの感心といえる。
そもそも修行を志すに至った心境とは?──とゼルダに訊かれた時も、ぼくは同じ制限に
縛られていた。世界が平和であっても安穏としてはいられないから、と表層的な動機を述べるに
とどめざるを得なかった。
正直に言えば、不安があったのだ。
『あの世界』のぼくは常に危険と隣り合わせだった。一歩間違えば死という場面に何度も遭遇し、
毎回、全力で切り抜けてきた。そんな経験の積み重ねがぼくを強くしたのだ。それにひきかえ、
『この世界』のぼくは楽をしすぎている。世が平和なのはまことにけっこうなことで、まさに
ぼくが──そして『あの世界』のゼルダが──望んだとおりの筋書きなのだが、他面、鍛錬の
機会を奪われているともいえよう。そんな『この世界』で十六歳となる頃、ぼくは果たして
『あの世界』のぼくと同等の姿であるだろうか。『あの世界』で七年間の眠りから覚めた時、
ぼくの身体は理想的な状態だったけれども、あれはラウルの計らいに違いない。『この世界』の
ぼくは自ら努めて──戦闘を経験できない分は他の方法によって──おのれを鍛えるべきなのだ。
日々の旅は鍛錬の一環になる。しかしそれで充分とは思えない……
──と考えた末の修行だった。
南の荒野での単独生活。『あの世界』のシークに倣ったもの。
狩りには剣ならぬ飛び道具が必要だというシークの言を念頭に置き、前もってインパに弓を
求めた。同じ飛び道具でも、パチンコやブーメランでは遠距離の目標を狙えないからだ。
期間については、いくら平和とはいえ、あまりにも長く一般社会から離れていると、万が一、
ゲルド族が不穏な動きを示した場合、対応できなくなるおそれがあるので、半年が上限と
折り合いをつけた。
シークの修行はもっと徹底していた。ガノンドロフの手により魔界と化したハイラルで、ぼくが
覚醒するまでの七年間を生き抜かねばならないとの切実な事情があったにせよ、いまのぼくよりも
幼い歳の頃から、しかもぼくの場合をはるかに上まわる三年という長きを、シークはたった
ひとりで過ごしたのだ。
それに比べたらずいぶん条件の甘いぼくの修行だったが、いざ始めてみると難儀は多かった。
ゼルダには詳細を話さなかったけれども、実のところ、初期の食糧事情は劣悪の極みで、水のみの
数日を強いられた際は、餓死という言葉さえ脳裏にちらついた。そうした危機を乗り切ってみると、
今度は孤独に苛まれた。人との出会いを生きる糧ともしてきたぼくにとって、誰とも会えず、
誰とも話せず、誰とも笑い合えない生活は、飢え以上につらいものだった。
そんな時、いつもぼくはシークを思って自分を励ました。換言すれば「ゼルダを思って」だ。
ゼルダにできたことが──いや、ゼルダがしたことの何分の一かに過ぎない程度が──ぼくに
できないわけはない、と。
一種の対抗心といえるだろう。
さらに……
ゼルダへの対抗心は、別の意味でも存在した。
肉体の発達差。
初潮ののち、大人へ向けて着実に育ちつつあったゼルダだが、十一歳の誕生日を迎える頃から、
前にも増して成長が速くなった。身体つきがめっきり──まだまだ完成の域には遠いとしても──
女らしくなった。相変わらずの細身でありながら、つくべき部位には脂肪がついて、なまめかしくも
美しい曲面を作り、腰のあたりにはくびれができた。胸のふくらみは下縁の輪郭が明瞭となり、
大きさはともかく、形の上では、いまや充分、乳房と呼ぶに値する。そこだけを包む──確か
ブラジャーとかいう名の──下着を使い始めたほどだ。股間の翳りにも変移がみられる。
なお恥丘の下部を占めるだけではあるものの、密度が高まり、直線的だった繊毛には縮れが生じた。
そんなゼルダを眺めていると、『あの世界』で見た大人のゼルダに少しずつ近づいているのが
わかって、ぼくは嬉しくなってしまう。否応なく興奮してしまう。
しかし……
反面、劣等感をも覚えるのだ。
ゼルダとは異なり、いまだに性徴が未発現のぼく。思春期は女の子の方が早く育つというのが
ゼルダの説明で、つまり、いずれはぼくにも……と、理屈の上では納得できるのだが、こうまで
差がつくと納得にも揺らぎが起こる。
とりわけ応えたのは、身の丈の件だ。
順調に伸びていたゼルダの身長は、とうとうぼくのそれを追い越してしまった。これには
けっこう自負心を刺激された。向かい合って立つ時、こちらが相手を──わずかな角度ではあれ
──見上げなければならなくなったのだ。生まれたのがぼくより少し早いといっても、実質的には
同い年のゼルダであるのに。
のみならず、もともとゼルダの言動にあった「お姉さん」ぽい雰囲気が、より顕著になったと
感じられる。「何々しなさい」とか「何々するのよ」とかいった台詞が耳につく。
寝室での態度も変化した。
性徴の点で差がついても、これまでならベッド上の主導権はおおむねぼくの方にあった。
ゼルダを支配するのがぼくの役回りだった。ところが最近はそうでもなくなってきた。ゼルダが
やけに積極的なのだ。以前から好んでいる後背位の他、騎乗位を希望することが多くなった。
膣に収めたものを締め上げる技術も上達していて、場合によってはぼくをあっけなく果てさせる。
そういう時、ゼルダの顔には、いかにも満足そうな笑みが浮かぶのだ。
一度など、ゼルダはぼくの肛門に指を挿入し、男の急所を突いてきた。『あの世界』のインパが
ぼくに施した技で、ゼルダはそれをインパから聞き出したに違いない。ぼくは一方的に
絶頂させられてしまった。
いやなのではない。ゼルダに攻められる悦びを、ぼくは『あの世界』でも堪能した。ただ、
大人になりつつあるゼルダが、子供のままのぼくを翻弄するさまに、釈然としないものを感じる。
男として情けない姿なのではないかと思う。自分の身体の未熟さを意識せずにはいられなくなる……
──と、ぼくは焦っていた。焦ってもしかたがないとわかっていながら焦りを捨てられなかった。
その焦りが、修行の動機の、少なくとも一部ではあったのだ。
が……
半年を経て、焦りはなくなった。
飢えに瀕していた頃は、焦りを感じる暇もなかった。
そしてのち、孤独がおのれを見つめ直すきっかけになった。対人関係において自分がいかに
恵まれていたかを改めて思い知った。
コキリの森で暮らしていた時にはサリアがいて、森を出てからはゼルダが──あるいはシークが
──いて、他にも多くの人たちがいて、ぼくの支えになってくれた。そのありがたみを考えれば、
ぼくの焦りなど、吹けば飛ぶような些事でしかない。
そもそもぼくとゼルダの関係はいかなるものであったか。
ゼルダの「お姉さん」ぽさが顕著になったこと。ゼルダが攻めのセックスに積極的であること。
それらは、なるほど、ぼくとゼルダの肉体に発達差が生じたための変容なのかもしれない。しかし
ゼルダの本質までが変わったか?
絶対に否。
ぼくの本質は?
一貫して不変。
そう、ぼくたちの関係は──ぼくたちが寄せ合う想いの根底は──いささかも変容していない。
その単純な真実を、ぼくは再認することができた。それが修行の成果だった。肉体面については、
少し筋肉がついたくらいで、身長はあまり伸びていないし、依然として性徴も見られないのだが、
厳しい生活を乗り切ったという自信とも相まって、精神面では一皮剥けたぼくだと確信している。
ゆえに昨日、ゼルダと再会した時、ぼくの胸に屈託はなかった。半年のうちにゼルダはいっそう
大人っぽくなっていて、ぼくは驚き、自分との格差がさらに広がったことを認めざるを得なかった
けれども、決して萎縮的な感情は抱かなかった。素直にゼルダの成長を賞美できた。
同時に、欲情した。
白い清楚な衣装の下にある、みずみずしい裸体を思い描いて、ぼくは猛然と股間を勃起させていた。
半年の間、完全に禁欲状態だった。自慰すら行わなかった。それも修行の一つとおのれを律して
きたのだ。そんなぼくが、愛するゼルダを久方ぶりに眺めて、欲情せずにいられようか。
だが、耐えた。
城内で、あまつさえ──ゼルダが目配せによって警告してきたように──侍女が見ている前で
めったなことはできないし、パーティーに出るというゼルダを引き止めるわけにもいかない。
その夜も身を慎んだ。自室でひとりベッドに横たわり、ちょっと歩を運べばゼルダの部屋に
行けるのだと頭の中で繰り返しながらも、ぼくは身体を起こさなかった。自分のものに手を
やりもしなかった。
半年間の修行で我慢には慣れている。いずれは訪れるとわかっている機会を待てないほどの
ぼくではない。
とはいえ、今朝、ゼルダが早々と別荘に誘ってくれたのは──旅から帰った際の恒例では
あるものの──嬉しい上にも嬉しい成りゆきだった。
付き添いのインパは、例によって、別荘に着くやいなや姿を消し、ぼくたちを二人きりにして
くれたから、しようと思えばすぐにでもゼルダと同衾できたのだが、朝から続けてきた土産話が
終わっていなかったし、何より、ゼルダにそうしたいという気配がなかった。日常的な態度を
保っていた。楽しみはあとにとっておこうとの意がうかがえたので、ぼくもその意に従った。
我慢の時間がほんの少し延びるだけのことだった。
そして、いま……
温泉の湯の快味にも優る、心の弾みがもたらす快味に、ぼくは煽動されている。
ゼルダはぼくに入浴を勧めた。自分はいつものようにあとから入ってくるつもりなのだ。
間もなく現れるだろう。我慢の時間は終わりつつある。ゆうべはそばにいなかったゼルダが、
いまは壁を隔ててすぐの所にいて、もうじきこれよりさらには近づけないというくらい近づく
ことになるぼくたち二人なのだと──
リンクの思いはそこで差し止められた。浴場の戸が開く音を聞いたのである。間もなくと
予想できていたにもかかわらず、胸はどきりとし、次いで、速い鼓動を打ち始めた。
人影が視野に入った。近寄ってきた。身体の前面をタオルで隠している。羞じらうような、
勿体ぶるようなその格好を、浴槽の縁で立ち止まっても、なお、しばしゼルダは続けてみせ、
注目は確かめられたというふうに微笑むや、はらりとタオルを足元に落とした。
ふだんなら灯りを消し、窓の外に夜空を見ながらの入浴なのだが、今回は敢えて明るいままに
してあった。ゼルダの裸身をとっくりと眺めたかったからである。望みどおりの場面に接し、
リンクの目は、しかし望んだ以上のものを認めていた。衣服越しでは捉えきれなかった成長の跡が、
身体中に顕然と印されている。湯の中で継続的に勃起していた陰茎が、びりびりと震えをきたす
ほどの美しさだった。
誇示するがごとくの佇みを、やがてゼルダは坐位に変え、手桶に汲んだ湯でざっと清めをした
のち、浴槽の中へと身を入れてきた。その身はすぐとリンクの右に至り、底に腰をつけた二人が
隣接する形となった。
リンクは顔を横に向けた。ゼルダの顔もこちらを向いていた。
視線が絡み合う。
急激に衝動が湧き起こった。
右手をゼルダの背にまわすのと、抱き寄せるのと、顔を近づけて唇を吸うのが、ほぼ同時だった。
抑えに抑えてきた欲情を、もう抑えきれなくなっていた。
舌を口中にこじ入れる。すぐさまゼルダは応じてきた。粘膜の接触がさらに興奮を高めた。
背にやっていた右手を伸ばす。腋下をくぐらせて右胸にかぶせる。ゆとりをもって包みこめる
程度のふくらみだったが、むくむくと盛り上がってくる頂上部の突起は、明らかに半年前よりも
大きさを増していた。ますます興奮した。左手を両脚の合わせ目に届かせる。恥毛。丘の麓だけ
ではない。秘唇にもかすかな芽吹きが生じている。これも成長の一端と感動し、指がそこに滲む
ぬめりを探知してまた感動し、いっそうの感動を求めてぬめりの源へ指を差し込み──
「んッ!」
ゼルダが身体を硬くし、喉の奥に声を作った。快感の表出とは異なる音調だった。
我に返る。股間から手を引く。唇を離す。
「ごめん、痛かった?」
「いいえ。でも、ちょっとあわてすぎよ」
確かにそうだと反省する。
我慢が限界に達しているとはいえ、決して性急であってはならない。それにしてもゼルダの
落ち着きぶりはどうだろう。こちらをたしなめる口調に余裕が感じられる。さっき裸体を
じっくりとさらしてみせたのも余裕の表れか。ゼルダとて欲情を溜めていないはずはないのに。
なお楽しみをとっておこうとしているのか。あるいはここでも「お姉さん」たろうとしているのか。
「身体を洗いましょう」
泰然と笑みつつゼルダは言い、静かに腰を浮き上がらせた。リンクは逆らわなかった。交歓の
中断を提案されたのではないとわかっていた。浴槽から出て、石張りの床に坐し、石鹸の泡を
相手の肌になすりつけ、自分の肌になすりつけられ、その触感を玩味する。すなわち二人にとって
身体を洗うというのは、互いが互いを愛撫する行為なのだった。
ゼルダの息が速くなった。ついに余裕が失われてきたかと思った刹那、勃ちっぱなしだった
陰茎を握られた。半年間、排泄以外の目的でそこを使用することがなかったせいか、自分でも
驚くほどの快美感が巻き起こった。ゼルダが握った手で摩擦を開始すると、快美感は一気に
膨れ上がった。
『まずい!』
と判じて腰を引こうとした時はすでに遅く、直ちに終局が訪れた。
何かがそこを突き抜けてゆくような感じがした。
『この世界』では初めての、ただし記憶にはしっかりと刻まれている、それは鮮烈な感覚だった。
リンクが呻きをあげた瞬間、握っていた肉茎がびくんと痙攣し、同期して先端から何かが
噴き出した。
ゼルダは喫驚した。右手の中のものが脈動を繰り返し、徐々に鎮まってゆくのを頭の隅で
感知しつつも、注意はもっぱら、自分の胸に飛び散った、その「何か」に集中していた。余した
左手をそこにやると、白っぽい──しかし石鹸の泡とは異なる──粘性を帯びた液状物が指に
付着した。甘ったるい刺激臭が鼻をついた。
即座に状況が理解された。見たことのない物質であり、現象だったが、男性器から射出される
尿以外の液状物が何たるかくらいは、インパに施された性教育によって、とうに知識となっていた
のである。ただ、リンクは絶頂してもその状態にはならないという先入観があったため、眼前の
できごとが妙に突拍子もなくゼルダには感じられてしまったのだった。
修行中に経験していたのだろうか。
「あの……」
と声をかける。
自らの股間を眺めていたリンクが、ゆっくりと顔を上げた。
放心の表情。リンクにとっても意外なできごとだったのか。となれば……
「もしかして、初めて?」
「うん……」
リンクは頷き、ほっと息をつき、感慨深げな笑みを頬に浮かべ、しみじみとした口ぶりで言葉を
継いだ。
「これで、ぼくも、やっと……大人……に、なれたんだな……」
そのとおり──と同調の思いを抱く一方で、いかにも安心したといったふうなリンクの趣に、
ゼルダは引っかかりを覚えた。
リンクは「大人」であろうと強く志向していたらしい。修行の目的はそこにあったのだろうか。
「大人の男」でありたいという心境だったのだろうか。そういえば、リンクは自身に第二次性徴が
なかなか訪れないことを懸念していた節がある。ひょっとすると、わたしの方にも──自分では
全く意識しなかったが──リンクの懸念を煽るような言動があったかもしれない。つまり肉体的な
未熟さへの不安がリンクを修行に駆り立てたのだと? 女子に比べて男子の性徴発現が遅れるのは
自然の摂理なのだから、気にしてもしかたがあるまいに……
いや、動機が何であれ、リンクが持つ向上心の価値は減じない。見習うべき目標であることに
変わりはない。それに──修行の結果といえるかどうかはともかくとして──いま、めでたく
リンクは「大人」になった。今後も立派に成長してゆくだろう。
『ということは……』
リンクが「大人」としての第一歩を踏み出すにあたって、わたしは……
感動がぞくぞくと背筋を走る。
リンクにとって生まれて初めての射精を、わたしはこの手で導いた。
リンクが生まれて初めて放った精液を、わたしはこの肌で受け止めた。
そして、このあと、わたしは、あなたに──
「ゼルダ」
呼ばれて顔を見る。
どきりとする。
目に異様な輝きがあった。いままでにない迫力を感じさせた。
気づけば、右手に握り続けていたものが、いつしか、再度、勇ましく硬直している。
「今日は、確か、危ない日じゃなかったよね?」
「ええ……」
と呟き返すゼルダの胸は、恋人が言葉にこめた意思を正しく吸収し、早くも恍惚の色に染まり
始めていた。
リンクは高ぶっていた。
ゼルダの手によってあっさり絶頂させられたことを恥じる気持ちはなかった。長期の禁欲後と
あっては致し方ない仕儀だったし、また、絶頂の際に生じた現象の方がはるかに重要な意味を
持っていた。
身長や発毛に関しては、まだゼルダに劣るのだったが、全く気がかりとはならない。すでに
結論づけたとおり、「お姉さん」だろうが何だろうがゼルダはゼルダなのである。なおかつ、
ここに至り、自分に顕れた「男」のしるしを、初めて捧げ、浸透させることになる相手が、
他ならぬそのゼルダであるという点に、かつてないほどの高揚感を誘われていた。
身体にも心にも烈々と力が沸き返っていた。
風呂を出る。着衣は省く。寝室へ向かう。
ドアを開いたところで思いついた。
入室しようとするゼルダを引き止め、有無を言わせず横抱きにした。抱き上げられたゼルダは
驚きを禁じ得ない様子だったが、すぐに表情を喜色でいっぱいにし、腕を首に固く巻きつけてきた。
少年の腕にはけっこうな負担となるはずの重みであるのに、重いという感覚はまるで頭に
浮かばなかった。リンクは安定した足取りで寝室に歩み入り、抱えた裸体をそのままの形で──
すなわち仰向けとなるようにして──静かにベッドの上へと置いた。ドアを閉め、灯火を弱めて
おいてから、自らもベッドに上がり、仰臥を保っていたゼルダに身を覆いかぶせた。
いつもなら丁寧に前戯を施すところだが、いまは寸刻も待てない心持ち。
それでも衝動に流されないだけの余裕はあった。
ゼルダの目を見る。妖しい光が宿っている。室内のかぼそい明るみが、そこに湧く潤みに
映ろっているのである。少しく開いた口は、しきりに浅い呼吸を繰り返す。合わせて胸郭が
せわしなく上下するのを、接したリンクの同部は感じ取った。
片手を秘所に差し遣わす。おびただしい量の恥液が一帯を濡らしている。
明らかな情欲の発露と解し、けれども短兵急な行動には出ず、短い語句で可否を問う。
「いい?」
返答は速やかに、頷きと、脚の開きと、再び首をかき抱く動作によって行われた。
リンクは腰を至適の位置に据え、勃起し続けていた股間の武器を、おもむろにゼルダの体内へと
送りこんだ。
そこは懐かしくも甘い緊密さで挿入物を押し包んだ。絶大な快感がリンクの全身を貫いた。
しかし決壊には至らなかった。前もっての絶頂が閾値を引き上げていたのである。とはいえ、
少しでも迂闊な動きをすると、たちまち先刻の再現となりそうだった。リンクは静止を保ち、
崩落の徴候が消えるのを待った。
ゼルダは持ちこたえられていなかった。両目を固く綴じ合わせ、歯を食いしばり、全筋肉を
強直させるそのさまは、早々の遂情を物語っていた。味わえるものは充分に味わわせて
やりたかったので、静止を余儀なくされている状態は、かえって時宜に適っているといえた。
やがてゼルダが肢体に緩みを戻した。目をあけた。とろけたように揺らめく両の瞳に向けて、
リンクは微笑みとささやきを送った。
「ただいま」
若干の間をおいて、微笑みとささやきが返った。
「お帰りなさい」
接吻が交わされた。互いの腕が互いを抱きしめた。
リンクは緩やかに抽送を開始した。
恋人の口から漏れる悩ましげな喘ぎと、常よりもなお芳しく感じられる彼女特有の香りに
触発されて。
ゼルダは高ぶっていた。
高ぶっているという表現ではとうてい追いつかないほど高ぶっていた。
半年ぶりでリンクに抱かれている。それが理由であることは言を俟たない。が、それのみで
ここまでの高ぶりに達したのではなかった。もしそうなら、別荘に到着して二人きりの状況が
できた時点で──いつ抱かれても問題はないと決まった時点で──高ぶりを抑えきれなくなって
いたはずである。そこを切り抜けたとしても、浴場で自らの裸体をこれ見よがしに披露したり、
逸るリンクを落ち着いてたしなめたりする余裕は持てなかっただろう。
過去の性交にはなかった要素が、常よりもなおゼルダを物狂おしくさせているのだった。
リンクの体動は巧妙である。決して単調には陥らない。削り立てるような激しさで、と思えば、
撫でやるような優しさで、感涙にむせぶ秘洞の内を、浅く、深く、行き、そして戻る。時には、
じっと動かなくなり、摩擦の快感に飢えさせておいて、渇望が限界に達する頃を見計らったかの
ごとく、やにわに躍動を再開させる。口は断続的に口同士の結び合いを挑み、合間には手と
一緒になって二つの胸を弄ぶ。伏させていた上体を起こしたとみるや、両手で足首をつかみ、
裂かんばかりに股を広げ、満開となった秘唇の間を突きまくる。さらには結合部の周辺に指を
這わせ、捉えた女芯をしつこくなぶる。
ゼルダにとってはすべてが悦びだった。すべてが望みどおりだった。独善に堕さないリンクの
振る舞いが、この上もなく嬉しく、ありがたかった。
とはいうものの、それらはいずれも既知の行為である。つまり行為自体が特別なのではない。
リンクのありようが違っていた。
力強い。圧倒的。自信に満ちあふれている。
以前の交わりにおいても発揮された特徴ではあるが、目下、それらは名状しがたいまでに
際立って、ゼルダを翻弄しつくしていた。
由来は明白だった。
修行の完遂、および性徴の発現が、リンクを鼓舞し、高揚させていることに、ゼルダは疑問を
抱かなかった。
無論、そうした思考を整然と営んでいたのではない。
絶え間なく押し寄せる愉悦の波と、その頂点に来る爆発的な歓喜の繰り返しによって、ゼルダの
脳は混乱の極を呈しており、稀に稼働する理性のかけらが、ようやく精神作用を維持させているに
過ぎないのだった。
リンクの挙措を思うに加え、ゼルダは自己の状態をも、かろうじて断片的に認知していた。
のしかかる逞しい肉体を抱きしめていたはずの腕が、いつの間にか、ベッドの上をのたうち回り、
手先につかんだシーツを引き裂きそうになっている。脚はぴんと伸びてこむらがえりのように指を
屈曲させ、さもなければ、抽送に専念する相手の腰に巻きつき、何が何でも逃すまいとして堅牢な
囲いを作る。押しつけられた唇を舌で舐めずり、それでは足らず、噛みさえしてしまう。そこまで
口の接合に執着しておきながら、次の場面では、髪が散り乱れるほどの勢いで首を左に右にと向け、
悦楽を表す露骨な言葉を叫び散らしていたりする。尖り立った乳頭が痛みにも似た快感を
びりびりと放散させ、一方、より高次の快感を得ている下半身は、その供与者がなす動きに
合わせて盛んにくねり踊る。
淫らとしか言いようのない自分──という意識が、唐突に記憶を刺激した。
(白は穢れなき純潔の象徴。姫様にはぴったりでございますよ)
こんなことをしているわたしは、もとより純潔ではあり得ない。穢れていると難じられても
しかたがない。
が、しかし、本当にそうだろうか。
愛するひとと身も心もひとつにして、その悦びに骨の髄まで浸ることが、どうして穢れなどで
あるだろう。
あるわけがない。
『しかも……』
リンクの運動が威力を増した。快感がひときわ強くなった。再び意識はちぎれ飛び、けれども、
ただ一点のみ、ゼルダの心を捉えて離さない事柄があった。
この交わりをいつまでも続けたいと切望しつつ、早く終端に至って欲しいとも熱願される。
なぜなら、終端に起こるべき現象こそが、今回、ゼルダを高ぶらせている、いま一つの要素で
あるからだった。
射精。
肉体を結合させるにとどまらず、おのが体内に男の体液をぶちまけられる。
人によっては穢れの極致とも評するであろうその事態を、ゼルダは断じて穢れとは思わなかった。
逆に浄めであるとさえ思った。リンクが放つ液体の白さが、それを象徴しているかのように
感じられるのである。かつまた、リンクの精を受け入れ、自らの身体に染み通らせることは、
二人が結ぶ強固な繋がりを、なお強固とする決定的な行いであり、そうしてこそ自分は人間として
完全になれると信じずにはいられないのだった。
リンクはますます運動を速くし、終着しようとする意思を隠さなくなった。激化する刺突に
よって法悦の最高点へと押し上げられながら、ゼルダは総身を拝受の態勢にし、その時が来るのを
ひたすら待った。
そして、時は来た。
突然、体上の運動が停止し、膣内の物体が脈打った。
男の絶頂を意味する既知の様相の中に、このたびは未知の感覚があった。
命のほとばしり。
感激がゼルダの意識を崩壊させ、その最後の一片までを粉砕した。
初めて契りを交わした時のそれをも凌駕する、至上を超えた至上の感激だった。
おのれの「男」をゼルダに刻印したことで、リンクの心は達成感に満たされていた。高ぶりは、
依然、高ぶりのままだった。
しかし、続けての行為は断念せざるを得なかった。ゼルダは失神状態となっており、リンクが
ベッドに身を移し直したのち、一時、覚醒に戻りはしたものの、朦朧とした雰囲気は消えやらず、
じきにまた眠りへと沈んでいったからである。
無理に起こしてまで高ぶりを放出する気はなかったので、リンクはゼルダにつき合って自らを
睡臥させた。
翌朝の目覚めは、傍らのものが動く気配によって引き起こされた。全裸のゼルダがベッドを降り、
寝室に隣接した小部屋に入ってゆく。そこは水を使える場所で、洗顔を目的とした行動だという
ことは容易に推測できた。言い換えれば、ゼルダは──おそらく朝食の仕度をするために──
寝室を離れようとしているのである。前夜の滾りを残していたリンクにすれば、とうてい許せない
所行だった。
起き上がり、ベッドに腰掛けて待つ。
小部屋から出てきたゼルダが、なお眠たげな声で述べる朝の挨拶に、口の上では応じつつも、
睦みをやめるつもりはないとの意思を、リンクは態度によって明示した。
ことさら脚を開き、下腹に触れるほど直立した陰茎を見せつける。
戸惑ったように立ちすくむゼルダだったが、ほどなく顔に発情の色を浮き上がらせ、ゆっくりと
歩みを寄せてきた。目の前まで来て、その細い脚は膝のところで折れ曲がり、美しい裸体を
床の上に蹲らせた。頭部が股間に接近する。時をおかず、勃起は唇の温かみを得、次いで、
舌と口腔をも担い手とした、一途な仕事の対象となった。
すでに多数回の経験を有するとあって、口の使い方は堂に入っている。しかも、昨晩、
そうすることができなかったのを、無念きわまりないと考えているかのような、ゼルダの
熱中ぶりである。リンクの感悦は飛躍的に高まった。吸引部がひっきりなしに発する淫靡な音、
頭の動きに従って揺れる金髪が腿を撫でる感触、そして、やはり同期しての揺れを垣間見せる
かわいい乳房が、感悦を煌びやかに飾り立てた。
思いのほか早く限界に達しそうだった。
奉仕され続けて果てるのも悪くはない。けれどもここは主体的な立場でありたい。
リンクは両手でゼルダの頭を挟み持った。
中止の要求だろうか──と、一瞬、ゼルダは思った。が、リンクの手は、がっちりと捕捉した
頭を自分の側へ引き寄せるようにしたので、中止ではなく継続が期待されているのだとわかった。
期待に応えんとするゼルダの吸啜は、しかしリンクの姿勢変化によって妨げられた。
立ち上がったのである。
意図を判じかねながらも、くわえた肉柱を離すまいとし、ゼルダも自らの姿勢を変えた。
背を伸ばし、膝で立つ格好となった。
途端に衝撃を感受した。口中のものがさらに奥へと突き入れられたのだった。衝撃は一度に
とどまらず、規則的な周期で繰り返された。
口腔内をせわしなく往復する硬直。
そうされた経験は以前にもあった。ただ、勢いは以前の比ではなかった。される側が技を弄する
必要も余地もない。開口しているだけで精いっぱいだった。
長さや太さは収納範囲内である。歯の接触を防ぐこともできる。息苦しくはあっても呼吸は
保てる。ところがゼルダには、毛も生えていない子供のそれが、巨大な剛棒と印象されて
ならなかった。
口を犯されている感じだった。
立ちはだかるリンクの前に跪き、本来ならば飲食や会話を行う器官に、なすすべもなくペニスを
突っ込まれるわたし。
昨夜にも増して力強く自信あふれるリンクに、圧倒され、翻弄され、屈服するわたし。
ゼルダは被虐の快感に酔いしれつつ、両手でリンクの尻を抱き、下半身にしがみつく体勢を
とった。一方的な攻めを甘受する所存の表明だった。
『と、いっても……』
どんどん激しくなるリンクの動き。このまま達しようとしているのか。口でいかせたことは
幾度もあるが、いまでは絶頂と射精が同義。下に放たれたのだから、上に放たれてもいい、いや、
放たれて当たり前、放たれるべきとまで思いはするのだけれど、放たれたものをいったい
どうすればいいのだろう……
迷っている暇はなかった。いよいよ攻勢を強めていた陰茎が、不意に休止し、直後、ぐんと
径を膨らませるとともに、熱い液汁を発射した。奔流に洗われる感覚も、脈打ちに伴う圧迫も、
膣でのそれらを超えて生々しかった。連続する吐出に合わせてリンクが腰を前に押し出し、口を
塞いでしまうため、液汁は喉の奥に溜まるばかりだった。
ゼルダは自分にできる唯一のことをした。
ためらいはなかった。膣に注がれて問題ないからには飲んでも無害と信じられた。むしろ
有益とすら考えた。生殖という本来の目的からすれば没意義の行為にせよ、別の観点から見れば、
とてつもなく有意義なのだった。
いま、胃の腑に流れ落ちたリンクの体液は、消化され、わたしの血肉となる。
これこそリンクとの完璧な一体化ではないか!
重ねての感激はゼルダに精神的な満悦をもたらした。しかし肉体的な満悦までは獲得させて
いなかった。口交の間、ゼルダの性器はうずきにうずいていたものの、状況からして適切な処方は
望めず、そこが無制限に愛液を垂れ流し、腿の内側をべっとりと濡らすのを、ただ放置して
おくしか手はなかったのである。
ゼルダはベッドの上に身を投げ出した。仰向けとなり、先ほどのリンクに倣って、大きく脚を
開く。局部の氾濫ぶりを供覧する。恥知らずな自分を省みる気はいささかもなかった。あるのは、
すぐにもそこをかきまわされたいという欲望だけだった。朝食の仕度をしなければならないとの
所念も、きれいさっぱりなくなっていた。
リンクがベッドに上がってきた。広げた脚の間に身体は這い、顔がそろそろと近づけられる。
希望したとおりの行動だった。ゼルダは欣喜した。次いでなされた訪いが、欣喜を十倍にも
百倍にもした。
狭間に接吻される。
襞を舐められる。
鞘に舌を挿し込まれる。
小さな勃起を吸い立てられる。
叫声がゼルダの喉をついて出た。両手は──やはり先ほどに倣い──口戯者の頭をつかんで
接触部に押しつける。その圧迫にもめげず唇と舌は旺盛な活動を続け、受け手に喜悦を強制する。
ゼルダは悶え狂った。快感が激烈すぎて息もできないほどだった。
一服を求めて逃れようとしても、リンクの両腕がそれを許さない。
無限とも思える連鎖的な絶頂の末、とうとうゼルダは全身の力を失った。
しかし欲望は失われなかった。
ぼんやりと霞む脳内に、一つの願いが閃光を発する。
──膣と口とをリンクの精で満たしたからには、残る場所にも……
あたかも閃光を信号として受け取ったかのように、リンクがむくりと上体を起こした。
ゼルダは、自分の両脚がつかまれ、持ち上げられ、頭の方に折り曲げられるのを感じた。
脱力した身体は何の刃向かいもできなかった。できたとしても絶対に刃向かわなかっただろう。
その姿勢で露呈されることになる部分こそが、ゼルダの関心を惹いていたのである。そして、
その姿勢を強いたリンクもまた、そこへの関心を抱いているに違いないのだった。
案の定──
舌がそこに触れかかり、優しく、かつ、執拗に蠢き始めた。
物理的刺激による快美の感覚と、期待に応えてくれたリンクへの感謝と、言葉も使わず望みを
同じくできるのはリンクと心が通じ合っているからに他ならないという感銘が、ゼルダを陶然と
させていった。
リンクは一心に舌を勤しませた。
もとより汚いとの意識はなかった。そこが溶けるまで舐めても舐め足りない気分だった。
高ぶりは一向に治まらない。膣と口に続いて肛門にも「男」を刻印しようとする野蛮なまでの
攻撃欲が、リンクを強烈に奮い立たせているのだった。傷つけてはならないと懸命におのれを御し、
舌の操作に保たせてきた優しさも、堅持するのがだんだん難しくなった。
潤いが充分に達したとみて、リンクは舌による準備を切り上げた。けれども即刻の本式行為には
移らなかった。奥をも慰撫しておく必要があった。
慎重に人差し指を挿し入れる。
予想外の容易さが、リンクを当惑させた。
もう肛交に慣れているゼルダではあるが、初手から緊張を解いたことはない。挿入時、筋肉は
多少とも抵抗を示す。なのに、いま、括約筋はほとんど弛緩状態だ。
なぜだろう。
無感覚なのではない。挿入に反応して、ゼルダは艶っぽく喘いでいる。
全身の脱力がそこにも波及しているのか。たぶんそうだ。しかし……
ためしに中指を参加させる。指二本の挿入は初めてだったが、やはり抵抗は起こらない。
ゼルダの面差しや仕草にも苦悶の気配はない。喘ぎをいっそう艶っぽくするだけである。
ゼルダはそこへの攻めを待ち望んでいる。喘ぎの具合でわかる。そこをすっかり開放して、
いつでもどんなふうにでもしてちょうだいと訴えているのだ。ぼくがいろいろと気をまわさなくても
いいようにしてくれているのだ。間違いない。だったら──
リンクは指を引き抜いた。切なげな呻きがゼルダの口から漏れた。慰撫の途切れを恨むが
ゆえではなく、たちどころに空白が埋められるのを冀うがゆえの切なさと確信できた。
ゼルダの身体を裏返しにする。尻をつかんで持ち上げる。
ぐんにゃりと這いつくばる肉塊を支えておくには少なからぬ力が必要だったが、わざわざ手に
力をこめるという意識もないまま、リンクは膝で立たせた身をゼルダの後方に近接させた。
すでに復活していたこわばりの先端を薄黒い裏門に押し当てる。
一気に貫く!
ゼルダが狂ったようにわめき声をあげた。それが苦痛の表現でないことは、続けて叫ばれる
よがりの語の数々によって証明された。もっともリンクの注意は、聞こえるものだけにではなく、
占拠した場所の方にも向けられていた。弛緩状態にあったその部の筋肉が、突入と同時に
すさまじい収縮をなし、陰茎をぎりぎりと締め上げたのだった。
声が苦痛のせいでないからには、筋肉の収縮も苦痛のせいではありえない。明らかに歓迎の
意なのである。
激越な快感がリンクの理性を奪った。締め上げを振り切るようにして、それほど熾烈に
振る舞ったことはないというくらいに、がんがん腰を打ちつける。ゼルダは自堕落な叫びをやめず、
時おり声量を甚大にして、感電したかのごとく身体を引きつらせる。繰り返し絶頂しているのだと
知れた。そんなさまがなおさら快感を煽った。快感の上に快感が重なった。満身が沸騰した。
けれども終末点は見えてこない。到達したいのに到達できない。昨夜から数えて三度もの射精が、
快感の処理機能に耐性を与えているのだった。
状況を展開させたのはゼルダである。自らの悦びを言い立てるばかりだったその口が、次々に
哀願の台詞を吐き連ね始めた。
早くいって! 早く出して! わたしのお尻をあなたの命でいっぱいにして!──と立て続けに
耳を鞭打たれ、ついにリンクはおのれにめぐらされていた鎖を引きちぎった。
股間が炸裂した。
感泣するゼルダに和してリンクは哮り、果てた身を前に倒れ伏させた。
ゼルダと抱き合ってのまどろみと、ゼルダと背を流し合っての入浴と、ゼルダと向かい合っての
昼食が、リンクに安らぎを取り戻させた。刻印すべき全部位への刻印が終わったことにより、
ようやく高ぶりも鎮静化していた。
食後はまたもや共臥の時間となったが、リンクは必ずしも交接を望まなかった。ゼルダを
腕の中に置き、また、自分がゼルダの腕の中に置かれているだけで、充分、幸せな気持ちと
なれるのである。それはゼルダも同じらしく、結果、二人の間では、激した動きを伴わない、
穏健な接触が維持された。
しかし肉体が沈黙を続けていたわけではない。
互いがするたわやかな愛撫のもとで、いつしか男根は勃ち、女陰は濡れた。
リンクは仰臥するゼルダの上に乗り、前夜以来、無沙汰にしていた、女性のみが持つ麗しい
洞窟の中へと、静かにおのれを分け入らせた。
行為は温雅に営まれた。ゼルダを──いまは言うに及ばず、永遠に──慈しもうという想いが、
リンクの内には充ち満ちていた。
想いはゼルダの施しによってひとしおとなった。
運動を緩徐にとどめているせいで、局所に加わる肉壁の働きを詳しく感知することができる。
馴染みである締めの所作に加え、リンクが初めて知る、奇異にして絶妙な技を、そこはひたむきに
演じていた。
収めたものを──ひいては収めたものの持ち主自体を──奥の奥まで引きずり込もうとするかの
ような行いだった。
リンクの胸に感動が湧き上がった。感動の理由はわからなかった。ゼルダがその行いに何らかの
意志を反映させているという印象は受けるのだが、いかなる意志かも推し量れない。感動だけが
際限なく膨張し、他のあらゆる頭脳活動を中断させてしまうのである。そればかりか、先刻よりも
なお強い耐性を帯びているはずの身体が、勃然と溢出の趨向を示し、尋常ならざる速さで終点へと
押しやられてゆく。
抗おうとは思わなかった。
そうありたいとしか考えられなかった。
望みは一瞬にして成就された。
気づけば左様にしていた──というのが、ゼルダにとっての実状だった。気づいたのちもそこは
勝手に動作し、努力の援助を必要としなかった。が、あらわな故意の所産ではなくとも、収めた
リンクのものを──ひいてはリンク自体を──奥の奥まで引きずり込もうとするかのような
その行いに、おのれの確固たる意志が反映されていることを、はっきりとゼルダは認識していた。
リンクとのさらなる一体感を希求するがゆえの行い。
──であるとともに……
リンクが達した。
自分の行いがそうさせたのだという感動と、そこで生じている現象に惹起される感動とが、
ないまぜとなってゼルダの胸を震わせ、至高の情を爆ぜさせた。
あなたが放つ命の水。
五度目ともなれば量は少なかろう。しかしその水は確然とそこにあって、わたしのする行いが
象徴する方向をとり、奥へ、奥へと──子宮の中へと──流れ進んでゆくのだ。
もし、仮に、時が時なら、それはわたし自身の命と合体し、新たな命を結実させることになる。
もちろん、いまはそうなるはずもない。
あってはならない事態でもある。
『けれど……いつかは……』
ああ、いや、それに先立って……
神の前で、永遠の愛を、約束する儀式。
に、臨むと、なったら……
いかに肌が白くあろうと、その儀式には付き物の白い衣装を着ることに、わたしは寸毫も
ためらいを覚えないだろう。
──と、おぼろげながらも輝きを透かし見せる未来に、甘美な夢を馳せるゼルダだった。
To be continued.