アンジュの脳は紛乱した。 
 信じられない。だがこれは現実だ。この二人は友達同士どころではなかった。それ以上の…… 
ああ、やっとわかった。どうしていままで思いつかなかったのか。リンクの好きな人というのは 
ゼルダ姫だったのだ。しかも、ままごと的なんかではなく、片思いでもなく、恋仲としか 
呼びようのない関係。リンクが相手のことを話さなかったのも道理だ。ハイラル王国の王女様が 
恋人で──別の言い方をすればハイラル王国の王女様に恋人がいて──それも二人揃って未成年で、 
未成年というばかりか十二歳の子供で、そんな二人がキスする間柄だなどと人に知れたら 
大事件になる。好き合っているだけならわからなくもないけれど、十二歳でキスとはいかにも 
早すぎる。わたしが初めてのキスをいまの夫としたのは十八歳の時だった。最近の子供は 
ませている? 年齢にそぐわず大人びたゼルダ姫だから? リンクも稀に大人びた雰囲気を 
漂わせるが、そのせいで……いや、逆に、ふだんからこういうことを──そう、二人を見れば 
キスに慣れているとわかる──しているからこそ大人びてくるのか? どっちなのだろう。 
どっちでもいい。そこが問題なのではない。問題はわたしの目の前でとんでもない事態が生じて 
いるということで、わたしが大変な秘密を知ってしまったということで、いったいこれから 
わたしはどうしたら…… 
 ちょっと待って。落ち着こう。大げさに考えすぎかもしれない。十二歳といえば思春期だ。 
性への関心が起こり始める頃だ。たぶん二人はその関心が少しばかり強く、大人っぽく振る舞って 
みたいと背伸びをしているのだろう。キスくらいで大騒ぎする必要もないのではないか…… 
 自らを説き伏せようとするアンジュの努力は不成功に終わった。二人の行為はますます濃厚に 
なっていったのである。 
 合わさっていた唇が離れたとみるや、次には舌と舌が絡み始めた。一方が他方の口中に押し入り、 
ほどなく押し入られた方が押し入り返す。唇が舌を吸う。舌が唇を舐める。かてて加えて、 
リンクは卓上で結ばせていた手をほどき、相手の胸へと差し伸ばしてゆく。そこを触る。撫でる。 
揉む。そんな不埒な所行をゼルダ姫は拒もうともせず、 
「ん……あぁ……」 
 と切なげに呻きを漏らす。顔には陶酔の色が浮かんでいる。 
 やがてリンクの左手が胸を離れ、ゆっくりと下降し、テーブルの陰に隠れた。かすかに衣擦れの 
音がする。ゼルダ姫が接吻を中断した。首を半ば仰け反らせ、目を閉じ、口を開き、何かを 
待ち受けるような緊張感を面に表す。刹那── 
「あんッ! うぅッあッ! あぁあッ!」 
 鋭い音声がその喉からほとばしり出た。眉間に皺を寄せている。苦痛を訴えているかに見える。 
しかし内にある感覚が苦痛ならぬ快美であることは、あとに発せられる喘ぎのなまめかしさで 
容易に推断できた。 
 悶えるゼルダ姫をリンクは右腕で支え、もう一本の腕を下方での作業に勤しませ続ける。成果を 
確認するつもりか、喜悦にゆがむゼルダ姫の顔を注視している。が、沈着なのでもないようだった。 
リンクにも切迫の気配があった。いまにも興奮が溢出しそうにみえる。 
 ──との印象は正鵠を射ていた。もう我慢できないといったふうに、リンクがゼルダ姫の耳元に 
口を寄せ、何ごとかをささやいた。一瞬、戸惑いの気振りを示したゼルダ姫だったが、すぐに 
蠱惑的な笑みを面差しに含ませ、テーブルに残していた右手を、リンクの左腕と交差させる形で 
下に派した。再び衣擦れの音。今度はリンクが緊張状態となり、暫時ののち、ぴくりと胴を 
震わせた。悩ましげでありながら、やはり快美の色調が浮き出ているその顔。けれども 
ゼルダ姫とは違って声は出さない。耐えている。そして対抗の意図でか、いったん止めていた 
左手の作業を再開させる。 
 アンジュは絶え間のない驚愕に襲われていた。瞬きさえろくにできなかった。 
 キスにしろ、愛撫にしろ、大人のやり方となんら変わらない。とすれば、下に伸ばされた二人の 
手は、おそらくわたしが想像するとおりのことをしている──と思われるのだがどうだろう。 
テーブルが邪魔してそれを目にはできない……  
 
『だめ!』 
 できなくていい。見てはならない。わたしはこの場を離れるべきだ。家を出てしまうのはまずい 
としても、覗き見などという卑しい振る舞いはとにかく即座に打ち切って…… 
 ……なのに、ああ、なのに、わたしは足を動かせない。どころか、腰をかがめて、視点を下げて、 
見えないものをわざわざ見ようとしてしまう。なぜなら── 
 思考は妨げられた。テーブルの下の衝撃的な光景がアンジュの視界を占領したのだった。 
 ゼルダ姫が纏う衣装の、履物に届くほど長い裾が、いまは腿まで捲り上げられ、白い長靴下に 
包まれた両脚はしどけなく開かれ、その奥に眺められる、同じく白い下穿きの中で、リンクの 
左手が蠢いている。ゼルダ姫の右手もリンクの股間にあって、こちらは下着の前開き部分から 
棒状の器官を引き出し、そこにせわしなく玩弄を加えている。 
 想像していたにもかかわらず、実際に見ると息が詰まりそうになる。心臓が破裂しそうになる。 
 行い自体が驚きなのではない。この程度の性技ならわたしも夫としばしば施し合っている。 
結婚前からやっていた。大人であればなんら珍しくない行為だ。ところが、現在、わたしの眼前で 
それをしているのは── 
「あ……」 
 ゼルダ姫が不意を突かれたように小さく呟いた。 
「リンク、あなた、生えて……」 
 誇らしげに微笑むリンク。しかし言葉は控えめである。 
「やっとね。だけど、君にはほど遠いよ」 
「あら、わたしも、まだ、それほどは……」 
 ──そう、あそこの毛も生えそろっていない子供同士。ましてや一方はこの国の姫君。そんな 
二人が大人なみに性器をいじり合うなど決してあってはならないこと。あまりにも異常だ。 
異常すぎる! 
 アンジュは心の中で激しく言い立てた。が、室内に踏みこんで二人の行いを阻む気には 
なれなかった。当事者の一人が王族だからとの遠慮だけが理由ではない。遠慮するならそこを 
離れるという選択肢もあるのに、依然としてそうすることもできず、ドアの前にしゃがみ続けて 
いる。「異常すぎる」二人のありさまに、かえって倒錯的な関心をかき立てられ、おのれの内に 
じわりと染み広がる興奮にも焚きつけられて、この先どうなるかを見届けたいと思わずには 
いられなくなっていたのだった。 
「生えただけじゃないんだ。わかる?」 
「ええ。ちょっと大きくなったみたいね」 
「育つのは君の方が早かったけれど、これで合うようになったかな」 
「あら、いままでだってぴったり合っていたわ」 
「もっと合うかもしれないよ、いまなら」 
「そうかしら」 
「試してみるかい?」 
「いいことよ」 
「じゃあ、寝室……は、まずいか」 
「ベッドを使ったりしたら、絶対、インパにばれるわね」 
「なら……」 
「ここで……」 
「どこにせよ、ばれそうな気もするな」 
「きちんと始末をしておけば大丈夫よ。それに、もしばれても弁明はできるわ。この家では 
するなとインパに言われたわけではないから裏切りにはならないし、お城よりも安全なのは確かだし」 
「だったらベッドでもかまわないんじゃ?」 
「ばれないに越したことはないでしょう?」 
「まあ……そうだね」  
 
 意味ありげな会話である。アンジュの動悸はいっそう速まった。 
 何が「大きくなった」のかは話の流れから明らかだ。しかし、それが「合う」とはどういう 
意味なのか。ベッドでするか否か、ばれるか否かがが問題となる行為とはいったい何なのか。 
 見当はつく。にしても…… 
 まだ十二歳の子供二人が、まさか、まさか、そこまでのことを…… 
 そのまさかだった。 
 ゼルダ姫がリンクの股間に遊ばせていた右手を引いた。応じてリンクが左手を撤退させる。直後、 
椅子の上にあったゼルダ姫の腰がわずかに浮き、両手と両脚が素早く動いた。捲り上げられていた 
裾が元に戻ってしまったため、詳細を目の当たりにはできなかったものの、床に脱ぎ落とされた 
小さい布片が、起こったことの本質を物語っていた。 
 リンクが立ち上がり──テーブルと壁に挟まれた場所では狭すぎると考えたのか──椅子を 
横方向に移動させた。それで視界が改善された。椅子にすわり直したリンクの全身が見える。 
勃起したものが下着の前からあらわに突き出ている。取り立てて大きくはない。年齢相応と 
思われる。が、先端を露出させていきり立つそのさまに、大きさを超えた迫力が感じられもした。 
 そこへゼルダ姫が歩みを寄せた。婉然と笑みつつ裳裾を持ち上げ、ためらうふうもなく、 
対面する形でリンクの膝に跨った。互いの両腕が互いを抱きしめる。上気した二つの顔が 
至近距離で向かい合う。ゼルダ姫の腰がおもむろに沈んでゆく。 
「あぁッ!」 
「んッ!」 
 短くも悦ばしげな二つの声が重なった。 
 ゼルダ姫の衣服に隠れて肝腎の部位は見えない。けれども、そこがどのような状態にあるのかは、 
もう想像するまでもなかった。きれぎれに交わされる言葉がアンジュの確信を裏づけた。 
「ああ、素敵……リンク……」 
「ゼルダ……ぼくも……」 
「感じる……ぴったりだわ……」 
「ほんと? 合ってる?」 
「ほんとうよ……前より、ずっと……」 
「全部? 奥まで?」 
「ええ、全部……あなたで……いっぱい……」 
 いまリンクはゼルダ姫の中にある! 二人は肉体を交わらせているのだ! 
 婚約していた彼に処女を捧げた時、わたしは二十歳だった。奥手の方だ。村の女たちは 
たいていもっと早くに体験する。それでも十二歳でというのは聞いたことがない。いや、キスに 
限らずセックスにさえ慣れているとしか見えないこの二人は、ひょっとすると、もっと幼い頃から…… 
 アンジュの思念は統制を失った。すでに考えた内容、新たに考える内容が、渾然となって脳内に 
渦を巻いた。 
 ゼルダ姫は全身を凍りつかせている。リンクに貫かれる感覚を堪能しているのである。 
アンジュはその心境を理解できた。二人がとっているのは女が男を体内の最も深い所に 
迎え入れられる体位の一つであり、アンジュ自身も何度となく夫を相手に同じ体位で同じ感覚を 
堪能してきたからだった。 
 記憶がなおさら興奮を煽った。常にも増して身体がうずいていた。他者の性交を見るのは 
初めてである。傍観者としての立場が興奮に新奇さを加えているのだった。先に抱いた倒錯的な 
関心も、相変わらず興奮と連動し、アンジュを固く囲繞していた。もはや善悪の判断もままならず、 
目の前で展開される艶事を、アンジュは、ただ見守ることしかできなかった。 
 ゼルダ姫が腰を動かし始めた。垂直方向の動きによって内部の、水平方向の動きによって外部の 
摩擦を図るその動きは、女が上にあっていかにすれば最高の快感に浸れるかを知りつくした者の 
それである。遅速と強弱の取り混ぜ方も堂に入っている。 
 対してリンクは自らを動かさない。うっとりとした表情で、ゼルダ姫の奔放な所作が生む悦楽を、 
なすすべもなく享受しているだけに見える。口を食いちぎらんばかりのキスを挑まれても、唇と 
舌と歯による蹂躙を無抵抗で受け入れている。  
 
 まるでゼルダ姫がリンクを犯しているかのようだった。実際、ゼルダ姫の腰が急速な上下動を 
繰り返す際の勢いは、獰猛という表現が至適と思われるほど激しい。息は弾み、目は爛々と輝き、 
肉体的な快楽とともにリンクを追いつめる精神的な快楽をひたすら希求するふうである。身長に 
おいてゼルダ姫が──この時期の少年少女はえてしてそんなものだが──同い年のリンクを 
上まわっている点も、女の側の優位性を強調していた。 
 しかしゼルダ姫の攻勢も終わりを告げる時が来た。絶頂を極めたのだろう、背を弓なりに反らせ、 
硬直し、しばしの間をおいて、弛緩した上体をリンクの腕に預けた。 
 受け身に徹しつつも、いまだ達していないらしいリンクは、抱き取った相手に、そっと行動を 
仕掛けた。胸の部分のなだらかなふくらみを手で懇ろに撫でさすりながら、時おり唇に優しく 
接吻する。ゼルダ姫が見せた攻めとは対照的な穏やかさ。いったん登りつめたあとに連続して 
過大な刺激を与えるのは不適切という気遣いかもしれない。が、心まで穏やかなリンクなのでも 
なさそうだった。服越しの愛撫は執拗である。もどかしげでもある。ゼルダ姫もやはり 
もどかしいのか、胸をリンクに押しつけるような仕草を示す。 
 二人の目と目が合った。無言のうちに意思交換は果たされたとみえ、なお落ち着かぬ呼吸のまま、 
ゼルダ姫は腰のまわりに巻かれた装身具風の金属帯を解きはずした。次いで、幾枚か重ね着された 
上下ひと続きの衣装をまとめてたくし上げ、頭部を中にくぐらせて身体から分かち、無造作に 
床へと放り投げた。かろうじて躯幹を隠す薄い下着も、同様の手順で床に落ちた。脱衣に際して 
乱れ傾いだ頭巾もまた──それが象徴する慎み深さを包含するようにして──惜しげもなく 
捨てられた。 
 すでに下穿きは取り去られているので、残るは靴と長靴下のみ。腿から上は皮膚がすっかりあらわである。 
 王女様の裸を見ているという恐懼を超えた、無量の感銘がアンジュの背筋を震わせた。 
 面立ちが美しいだけではなかった。身体の美しさも抜群だ。総じて細めで、胸部や臀部の張りも 
控えめで、まだまだ女としては不完全だが、そこは全く瑕疵とはならない。成熟と未熟が混淆した、 
思春期の少女にしかない独特の魅力が、絶妙に、完璧に、形となっている。まぶしいほどの肌の 
白さや、背に垂れかかる金髪のつややかさも、その魅力を一段と引き立てている。 
 女のわたしですら、こうも感銘を受けるのだから、男であるリンクは──と、注意をそちらへ 
移してみるに、案の定、茫然とした表情で、鼻先に出現した裸身を見つめている。ついさっきまで 
もどかしがっていたのに、手は愛撫するのを忘れてしまったようである。 
 若干の時をおいて、からくも自分を取り戻したらしいリンクが、かすれた声を発した。 
「ぼくも、脱ごうか?」 
 同意は返されなかった。 
「着たままでいて」 
「いいのかい?」 
「ええ……離れたくないの……」 
 二人がまぐわいの最中であるという事実を、いまさらのごとく、アンジュは意識した。 
 リンクが脱衣しようとすれば、一時にせよ、二人は身体をほどかねばならない。そのわずかな 
空白さえ許せないゼルダ姫なのだ。かくも情欲の虜となって……いや……かくもリンクを…… 
 またもや感銘が背筋を駆けのぼった。なにゆえの感銘かをアンジュは確かめようとし、けれども 
確かめることはできなかった。再びゼルダ姫の体動が始まり、それを端的に表現する、先ほどは 
衣服の陰になっていた「肝腎の部分」へと、アンジュの注意は吸い寄せられてしまったのだった。 
 リンクの股間を跨いで左右に広がった両脚のつけ根。なめらかな曲面をなす双臀の狭間。 
まばらに発毛した陰唇を割り、男の武器が深々と突き刺さっている。刺された側が、苦悶の 
素振りもなく、むしろ嬉々として腰を上下させるのに合わせ、恥液に濡れ光る肉柱の側面が 
見え隠れする。  
 
 生々しい肉交場面が、傍観者としての興奮を飛躍的に高めた。自らも毎日のように夫としている 
行為でありながら、眺めてみるとなると、ことさら猥褻に感じられる。動悸の頻度は心臓が 
耐え得る上限に達し、血液は激流となって全身を駆けめぐった。頭の奥がずきずきと痛んだ。 
眩暈さえ覚えるほどだった。 
 それでもアンジュは観察をやめられなかった。 
 恋人の裸体にそそられたのだろう、このたびは受け身に甘んじていないリンクである。活動に 
復した両手が、咲きかけた花を思わせる清新な乳房に戯れかかり、頂点で小さく尖り立つ部分に 
対しては、唇と舌が不断に働いて、べっとりと唾液をまとわりつかせる。腰も突き上げに精励し、 
結合部は淫らな粘性音を奏でる。 
 ゼルダ姫は悩乱の態だった。愉悦の言葉と、言葉未満のよがり声を、脈絡なく口から垂れ流して 
いる。が、優勢な立場を手放そうとはしない。女の方が動きやすい体位という利点を活かし、 
リンクの上で総身を盛んに踊り狂わせる。膣内に捉えた陰茎を磨り潰さんばかりの猛々しさである。 
 熱烈にして放埒なせめぎ合いの末、先に限界を口走ったのはリンクだった。 
「もう……いく……」 
 これまで遂情を経ていないだけに、順当な成りゆき。 
 ところがゼルダ姫は、 
「だめ!」 
 と、にべもなく、 
「まだよ! 我慢して!」 
 叱咤に近い叫びを散らし、いよいよ体動を激甚にする。 
「でも……」 
「もう少し! あぁッ! もう少しだけ!」 
「ん……」 
「もう少しで! わたしも! あああわたしもッ!」 
「く……ぅッ……」 
「だから! ああぁあッ! 待って! リンク!」 
「うん……んん……」 
「ぅううぁああとちょっとッ! ちょっとでッ! いきそうッ!」 
「んッ!……ん、ん……ッ!」 
「いぃいいきそぉおッ! おッ! おぁッ! あぁぁああッ! いくッ!」 
「ゼルダ?」 
「いくわッ! わたしッ! いくッ! いくうぅッ!!」 
「ぼくも──」 
「いってッ! あなたもッ! いまよッ! いってえぇッ!!」 
「ゼルダ!」 
「リンク! あッ! あぁああぁッ!! リンクッ──!!」  
 
 室内に響き渡っていた叫声が、ぱったりと途絶えた。二人は互いをしっかと抱きしめ、彫像の 
ごとく微動だにしない。唯一の動きは、女陰に埋めこまれた肉茎の間欠的な脈打ちである。が、 
それもほどなく安静に至った。 
 アンジュも凝結を維持していた。 
 事が終われば観察の要もない。そもそも見てはならぬものを見ていたのである。にもかかわらず、 
そこを離れねば、という意思は生まれなかった。さりとて眺めることに固執したいわけでも 
なかった。あまりにも度外れた一連の経過によって、なおもアンジュは精神を縛られ、「魂を 
抜かれたような」と言い表すのが至当な様態に陥っていたのだった。 
 粛然とした数分間ののち、椅子の上の男女は抱擁を解いた。その動作がアンジュを我に返らせた。 
 そこで二人が身仕舞いを始めていれば、アンジュの思考も正常に復しただろう。 
 しかし、そうはならなかった。 
 ゼルダ姫は立ち上がり、密着させていた身体を別々にはしたものの、衣服を手に取ろうとは 
しない。床にへたりこみ、着座の姿勢を保つリンクの脚に取りすがって、膝に、腿にと口づけを 
繰り返す。上体は少しずつ前のめりとなり、口づけの対象部位も中枢方向に移ってゆく。 
歓迎するふうにリンクが両脚を開くと、すかさずゼルダ姫はその間へ這い進み、股間に顔を寄せ、 
一戦のあと萎縮状態にあった陰茎を、臆する気配もなく口に含んだ。 
 アンジュは愕然となった。 
 ゼルダ姫が舌や唇や頬肉を使うさまは実に自然で、頻繁にその行為を経験しているとわかる。 
満足げに吐息をつくリンクも、そうされるのはいつものことと態度で語っているかのようである。 
 ただ、大人なら──アンジュ自身も含めて──稀ならず行う口戯に、子供の二人がふけっている 
というだけでは、もはや驚きにならない。性器と性器の結び合いを習慣としていれば、口と性器の 
結び合いも習慣としていて不思議はないのである。 
 驚きの対象はゼルダ姫の変容ぶりだった。 
 衣装を捨て、気品も捨て、美しい顔をもいびつに変じさせ、うら若い身で性の快楽を貪る 
ゼルダ姫のありようは、風貌についても行動についても、アンジュが有する王女様の概念を、 
すでに大きく逸脱していたが、それでもなお、リンクとの交わりにおいて主導権を保持する姿には、 
人の上に立つ者としての威風が感じられた。ところが、いまやゼルダ姫は、その威風さえも 
放擲してしまった。リンクの前に跪き、口で男根を慰めるという屈従的な奉仕に、いそいそと 
励んでいるのだった。 
 アンジュの中にあった既存の価値観は粉々に崩壊した。 
 が、喪失感は覚えなかった。常識を超越した何かが確然と残存しているのである。アンジュが 
二人に対して抱く思いを反映させた何かである。 
 何かとは何なのか。 
 追求するゆとりをアンジュは持たなかった。もみくちゃになった頭脳が理性の稼働を拒んでいた。 
新たな展開に目が惹きつけられてもいた。 
 いつの間にか、リンクの一物が逞しさを回復している。ゼルダ姫の行為は、濡れ事の残滓を 
舐め取るといった後戯的な目的からなされたものではなく、次なる濡れ事に向けての前戯だったのだ。 
 もう充分との意思表示だろう、リンクがゼルダ姫の頭にそっと左手を置いた。頭が局部から 
離れるのを待って、左手は右手とともに自分の服へと移り、脱衣の挙動を示す。まぐわいを 
中断する必要のない今度こそ素肌の接触を果たそうと、リンクは企図しているのだった。  
 
 意外なことに、ゼルダ姫はその企図を封じた。リンクの腕を手で押さえ、首を横に振って 
見せたのである。 
「どうして?」 
 いぶかしげなリンクに、 
「万が一、人が来た時のため」 
 と説くゼルダ姫。 
「アンジュなら、まだ当分は戻らないよ」 
「予定が早まるかもしれないでしょう? 他の誰かが急に訪ねてくる可能性もあるし」 
「戸締まりはしてあるんだ。いきなり踏みこまれる心配はないさ。外で待たせておいて、その間に 
服を着れば……」 
「だけど、長く待たせると怪しまれるわ。それより、あなただけでも早く応対に出た方がいいと 
思うの。玄関の所で時間を稼いで、来た人がこの部屋に入るのを遅らせてちょうだい。その間に 
わたしは身なりを整えて、あとの始末をするから」 
 数拍おいて、リンクは長息し、 
「ほんとに知恵がまわるなあ、君は」 
「悪知恵と言いたいんじゃなくて?」 
 からかうふうに笑むゼルダ姫を、 
「いやいや、本気で感心したんだよ」 
 褒めつつも、くすりと似たげな笑みを返す。 
 アンジュの心はさざめいた。 
 確かにゼルダ姫は周到といえる。しかしこの場では無意味な周到さだ。わたしはずっとここに 
いて、二人の秘め事をしっかり目撃してしまった。そしてそれに二人は感づきもしていないのだ。 
『でも……』 
 二人を浅はかと決めつける気にはなれない。なぜというに、わたし自身も、かつては…… 
 記憶が呼び覚まされるうちにも、室内では事態が進行していた。 
 会話に時を費やしてはいられないとばかり、ゼルダ姫は床にすわらせた身をくるりと半回転させ、 
上体を前に倒して四つん這いとなった。リンクも椅子から床へと降り、ゼルダ姫の後ろで膝立ちの 
体勢をとった。左右に開かれた脚の間に進み入り、突き出された尻を両手でつかみ、股間の屹立を 
まっすぐ近づけてゆく。先に放たれた精液を滲ませる、赤く充血した粘膜の裂け目に、同じく 
赤みを帯びた肉塊が触れかかり── 
「ん……ッ……」 
 遅滞なく中へと分け入ってゆき── 
「あ……うぅッ……」 
 たちまちその全長は見えなくなった。 
 こここそ安住の地と表白するかのごとく表情を陶然とさせ、胴を反らし気味にして凝り固まる 
リンクに、 
「あぁあ……いい……わ……とても……」 
 ゼルダ姫の方は顔を伏せたまま言語で歓喜を表白し、けれどもなお歓喜の余地はあるとの意を、 
「もっと……よくして……」 
 すすり泣きにも似た震え声で訴える。  
 
 リンクの腰が前後に動き始めた。ゆったりと大きな振幅を見せるかと思えば、小刻みな刺突を 
急速に繰り返したりもする。合わせてゼルダ姫が発する声も、 
「ああーーーあぁぁぁ……んんん……んーーんんッ……んあぁあぁ……はあぁ……」 
 嫋々とした波打ちと、 
「あッ! あッ! うッ! んあッ! あぁッ! あぅッ! うぅッ! あぁッ!」 
 短い叫びの反復という二極間をさまざまに移ろう。あたかもリンクに操られているかのような 
同期ぶりである。 
 最前よりかき立てられていた興奮が、ひときわ強烈となってアンジュを燃え上がらせた。同じ 
格好で夫と交わる時のことが、ありありと思い出されたのだった。男に屈服したがるたちではない 
アンジュではあったが、そうする際の愉楽は愉楽として率直に肯定できた。 
 後ろから挿入される、この体位。女が上になる場合にも増して、男を体内の深奥に迎えることが 
できる。のみならず、獣のごとく這いつくばった姿勢で一方的に攻められる状況が、男に 
支配されているという被虐的な快感を生み出す。 
 ゼルダ姫もその快感を味わっているに違いない。 
 服を着ているリンクに対して、靴と長靴下だけの裸体をさらすゼルダ姫。支配者と被支配者の 
関係を絵に描いたふうでもある。ゼルダ姫がリンクの脱衣を肯んじなかったのは、実のところ── 
人が来た時に云々とは単に方便であって──このように被支配者としての自分を強調したかった 
からではないだろうか。 
 屈従の悦びにどっぷりと浸かっているのだ! ハイラル王国の王女様ともあろうお方が! 
『ただ……それも……』 
 リンクが腰の動きを和らげた。上半身を前傾させ、ゼルダ姫の背中に接吻しながら、左手を 
胸にやり、かわいい乳房を弄ぶ。される側の声はやはり同期して欣喜を表現する。左手が下腹に 
移動すると、表現される欣喜の程度は格段に増した。女の最も敏感な部分がまさぐられて 
いるのである。 
 複数の性感帯を同時に刺激されて、いかに女が快くあれるかを、アンジュは実体験として 
知っていた。ゆえに、ゼルダ姫が描出しようとしている欣喜の絶大さは、造作なく想像することが 
できた。 
 が、次に演じられた二人の行為は、アンジュの想像力がとうてい及ばない領域に属するものだった。 
 リンクが上半身を元の位置に戻し、今度は左手を、結合部の直上に位置する窪みへと差し向けた。 
「あッ……リンク……そこ……そこよ……」 
 ひとしきり愛撫を行ったのち、 
「そこに……あぁッ……挿れて……お願い……」 
 哀訴を受けて、指はずぶずぶと侵入してゆく。 
「くぅッ!……うぅぅッ……ぅぅ……ぅぁぁ……ぁああッ!……」 
 首を絞められる者が出すような呻きをゼルダ姫の喉は断続させ、しかるにそれはここでもやはり── 
「あぁああッ!……いいッ!……いいわッ!……リンク!……」 
 苦痛ならぬ快美の表れであって── 
「そうよ!……してッ!……両方で!……思いっきり!……」 
 その快美が引き出す欲深な求めに応じ、前門に陰茎を、後門に指を、リンクは猛々しく突入させる。 
「おぉッ!……ぉあぁあッ!……いいわぁッ!……どっちもッ!……」 
 二重の交接に狂乱するゼルダ姫。しかし快美に際限はないようで、さしたる間もおかず、新たな 
求めを叫喚にした。 
「お尻がッ! お尻が気持ちいいのッ! そっちにほんとのあなたをちょうだいッ!」  
 
 たちどころにリンクは両所から撤収し、淫液にまみれた股間の硬直を、もう一方の坑口に 
押し当てるが早いか、ただの一突きで、その根元までを埋没させた。 
「ひぃぁああッッ!!」 
 空気を切り裂くようなゼルダ姫の悲鳴にも構わず、リンクは容赦なく腰を躍動させる。 
こうするのを君は望んでいるんだろうと言わんばかりである。そのとおりなのよと言い返すかの 
ごとく、ゼルダ姫も熱狂的に腰を揺すり立てる。 
 アンジュの驚愕は極点に達していた。 
 肛門が性交に使われ得るとの知識はあった。多少の興味もあるにはあった。が、実践したことは 
なかったし、実践したいと本気で考えたこともなかった。そんな変わった交わりを好む者も 
広い世の中にはいる、という程度の認識だった。 
 ところが…… 
『なんて……こと……』 
 左様にわたしとは──そして大概の一般人とは──無縁の行為を、いまだ子供に過ぎない二人が 
営んでいる。もう何度もそうしているとわかる自然さで。そこに生起する快感のすべてを何の 
障害もなく自分たちのものとしながら。 
 驚愕は次第に興奮の推進剤へと遷移した。火照りに火照る身体のあちこちで、痛いとも痒いとも 
つかぬ刺激感が頻発していた。どろどろと熔け落ちてしまいそうな部位すらあった。頭は朦朧とし、 
見えるものがまともな像を結ばなくなった。 
 ぼんやりとした視界の中で、二人の体動が激しさを増してゆく。当初は見られなかった動きも 
加わっている。ゼルダ姫が右手でおのれの秘所をなぶり立てているのだった。リンクは後方での 
抽送に専念していて、前方を慰撫する余裕がない。その欠損の補填である。といっても、 
ゼルダ姫がそうと明確に意識しているかどうかは疑わしかった。一心に快楽を欲するがゆえの 
本能的行動とも解された。顔貌がそれを示唆している。両目の焦点が定まっておらず、だらしなく 
開かれた口は涎を垂らしている。知性のかけらも感じられない呆けきった表情だった。 
 否定的な思いは浮かばなかった。そこまで恍惚となれるゼルダ姫が羨ましくさえあった。欲情が 
身中で荒れ狂っていた。 
 突然── 
「おおおぉッッ!!」 
 発声を憚らないゼルダ姫とは対照的に、歯を食いしばって攻撃に注力していたリンクが、 
とうとう叫号に及び、腰の躍動を終結させた。 
「ああぁんッッ!!」 
 ゼルダ姫も叫号に続けて全身を硬くした。 
 同時に二人は行き着いたのだった。 
 外見的には不動の二体。しかしアンジュは承知していた。見えない所──ゼルダ姫の腸内── 
では、いま、まさに、リンクの分身が、どくどくと白濁液を噴出させているのである。  
 
 耐えられなくなった。 
 アンジュは腰を上げ、ドアの前から離れた。 
 脚が震える。よろめいてしまう。物音をたててはならないと必死で自分に命じ聞かせ、どうにか 
転倒は免れた。 
 台所に着く。が、場所としては不適当。声を出さずにいられる自信がなかった。出せば二人に 
察知されるのは確実である。 
 勝手口の鍵をあけ、外に出る。暗がりの中、細い道が左右に延びている。人影はない。みな 
宴の場にいるのである。その方角から浮かれ騒ぎのざわめきが聞こえてくる。これなら自分の声も 
かき消されるだろうと信じられた。 
 閉めた勝手口の戸に背を寄りかからせ、アンジュはスカートを捲り上げた。 
 下穿きに触れてみる。 
 ぐっしょりと濡れていた。布を隔ててもはっきりと触知できるくらい、肉芽が異常な腫脹を 
呈していた。 
 圧する。 
 瞬時に爆発が起こった。 
 脚の力が抜けた。腰が地面に落ちた。痛みはなかった。あるのは快感だけだった。 
 結婚してのち、自慰からは遠ざかっていたアンジュである。夫との濃密な交情がそれを不要と 
したのだった。だのに、いまやアンジュは、押し殺してきた欲情を発散させずにはいられなく 
なっていた。寸刻たりとも快感を絶やしたくなかった。 
 右手を下穿きの内に差し入れる。荒々しく急所をこねくりまわす。 
 絶頂が続けざまにアンジュを襲った。何度と数えることもできないくらいだった。 
 それでも満足には遠かった。 
 わたしの知らない方法がある──と、自分の中で自分が声高に言い続けていた。 
 指を後ろへと届かせる。 
 不可思議な感覚が湧き起こった。快感というよりは違和感だった。けれどもやめようとは 
思わなかった。そこまでするわたしなのだという自認が興奮を極値にしていた。同じことをされて 
狂喜するゼルダ姫の姿が念頭にあった。 
 挿入する。 
 感覚が暴走した。 
 全身が痙攣した。 
 何が何なのかわからないまま、どれほどとも知れぬ時間が流れ去った。 
 アンジュは理性の一端を取り戻した。身体のうずきは消えていなかったが、暴走の域からは 
脱していた。 
『いまのは……』 
 絶頂だったのだろうか。 
 違和感と見なしたのは誤りだった。その語では表しつくせない感覚だった。しかし快感と呼んで 
いいのかどうか。 
『いや、そんなことよりも……』 
 淫らな妄執から無理やり思考を引きはがす。 
『わたしは、これから……どうしたら……』 
 二人を観察する間に頭をよぎった種々の想念。それらを取りまとめようとするのだが、なかなか 
うまくいかない。埋み火のように燃え続ける欲情が、理性の働きを邪魔するのだった。 
『ともかく』 
 まとめられない考えはひとまず措こう。もう一時間は過ぎたはず。さしあたって対処しなければ 
ならない事柄がある。  
 
 アンジュは立ち上がり、道をたどって、玄関へとまわった。 
 ノックする。 
 待つほどもなく、反応があった。 
「誰?」 
「わたしよ」 
 閂をあける音がし、戸は開かれた。 
「お帰り。遅かったね」 
 いつものように明るいリンクの声。ごめんなさいとでも返すべきところであるのに、 
「ええ……」 
 と応じるのが精いっぱいだった。顔をまともに見られなかった。ただ、リンクの身なりが秩然と 
していることは看取できた。 
 引き止めようとする言動はない。すでに始末は完了しているのだ。さもあろう。そうするだけの 
時間は充分あった。 
「お茶を入れるわ。居間で待ってて」 
 リンクを遠ざけておき、台所に向かう。急いで勝手口に鍵をかける。 
 安堵の息がアンジュの口をついて出た。 
 わたしが家の中にとどまっていたという証拠は、これで隠滅された。あとは知らぬ顔を 
決めこんでいればいい。そうすれば事は荒立たない。 
 ──と、思い切るには至らなかった。 
 この件を放置していいのだろうか。正すべきこと、もしくは質すべきことがあるのではないか。 
 かといって、具体的な方針は立たない。覗き見の証拠を消しておきながら、それを自ら反故に 
しようとするのは、大きな矛盾でもある…… 
 なおも考えをまとめられないまま、アンジュは茶の仕度をし、居間に赴いた。いまは離れて 
位置する二つの椅子に、二人は端然とすわっていた。 
 リンクの表情をうかがう。落ち着き払っている。 
 ゼルダ姫の態度にも作為は感じられなかった。微笑む顔の美しさといい、 
「お手数をかけます」 
 と言いつつ一礼する仕草に漂う気品といい、まさに完全無欠である。服装には一点の乱れもない。 
 アンジュはゼルダ姫にお辞儀を返し、盆に載せた茶器をテーブルに移した。平静を装っては 
いたものの、胸の中で狐疑せずにはいられない。 
『さっき見たのは、もしかして、幻?』 
 しかし事実なのだった。始末しきれない痕跡が残っていた。 
 室内の空気が妙に甘ったるい。情交に際して女が発する身体の匂いと推し量られる。かすかに 
精臭も混じっている。部屋に居続けの二人はこの空気に慣れてしまって、特異さを感知できないのだ。 
 腰の奥がむずむずとした。嗅覚が得た官能的な気配によって、欲情が刺激されたのだった。 
 それをアンジュは強いて無視した。 
「少し暑いですわね。風を通しますわ」 
 と何気ないふうに言い、窓をあける。席につく。養鶏場見学の細かい段取りをゼルダ姫と 
相談する。互いの秘密に無関係な話題を選んだのである。 
 換気ができたと思われる頃には、窓の外でも変化が起こっていた。聞こえてくる広場の 
ざわめきが賑やかさを減じていた。 
「そろそろ宴会はお開きみたい。インパ様もじきにここへ来られるでしょうね」 
 独り言めかして呟く。やにわにリンクが椅子から腰を浮かせた。 
「じゃあ、ぼくは……」 
 ゼルダ姫と一緒のところを見られてはまずいと判断したのだろう、自分の宿所へ行くと 
言い残して、そそくさとその場を去った。リンクは護衛の兵士らとともに、守備隊の兵舎で寝る 
手筈となっているのである。ゼルダ姫も同じ判断をしたとみえ、リンクを引き止めようとは 
しなかった。  
 
 しばらくしてインパが姿を現した。久しぶりの帰郷と大がかりな歓待に、酒の影響も加わってか、 
機嫌のほどは上々である。それでも身のこなしには全く乱れを見せず、ゼルダ姫への配慮も 
欠いてはいなかった。 
「お加減はいかがです? 酔いは醒めましたか?」 
「何ともないわ。心配かけてごめんなさい」 
 巧妙──とアンジュは思った。 
 いまの問いに「はい」と答えていたら偽言だが、「何ともないわ」だけならそうとはならない。 
事実だからだ。ゼルダ姫は決して嘘をついてはいない…… 
 所感は途中で打ち切られた。 
「長く付き添わせてしまったな。すまなかった」 
 インパに話しかけられ、アンジュは自分の身を案じなければならなくなった。 
 確かにわたしはずっとこの家にいた。しかし付き添ってはいなかった。一方、ゼルダ姫は 
わたしが不在だったと思いこんでいる。下手に会話を続けていたら、わたしの居場所について、 
二人のうちのどちらかが──あるいは二人ともが──不審を抱くおそれがある。ひいては、 
覗き見をしていたと──そしてこういうものを見たのだと──白状せざるを得なくなるかも…… 
 あとはインパに任せるという意味の台詞を、アンジュは早口で告げ、蒼惶と家を出た。 
 歩きつつ、黙想する。 
 ひとまず窮地は脱したものの、懸案が解決したわけではない。自分がどうすべきなのか、 
いまだに考えはまとまらない。とはいいながら、すでにいくつかの行動をとってしまったのだが…… 
 部屋の空気を入れ換えた。事前に警告してリンクを去らせた。情事の発覚を防いでやるために。 
 咄嗟ではあったにせよ、気まぐれではなかった。自分の経験と照らし合わせ、思うところが 
あってそうしたのだ。ただ、それが正しい行動だったといえるだろうか…… 
 いつしかアンジュは広場に足を踏み入れていた。約束を破ってしまった件で母親に謝らなければ 
──と、思考の向きを転じかけたところで、別の方向へと思考は転がっていった。宴に興じる 
人の数は、減ってはいたが、まだ残っている。その中に夫の姿が認められたのだった。 
 欲情が急激に膨れ上がった。もう無視することはできなかった。結婚前に夫と積んだ「自分の 
経験」への追想も、高ぶりの増進に寄与していた。 
 アンジュはつかつかと夫のもとへ歩み寄り、その耳に口を近づけ、小声で言った。 
「抱いて」 
 寸時、夫は唖然とした顔になったが、愛妻の直な要求を断るほど冷淡ではもちろんなく、むしろ 
喜んで承諾の意を表明した。 
 二人は急いで自宅に帰り、寝室に直行し、身に着けたものをすべて脱ぎ捨て、ベッドに倒れこんだ。 
 交わりは嵐のような激しさで推移した。アンジュは幾度も絶頂以上の絶頂に押し上げられた。 
指では満たしきれなかった肉体が、ついに本格的な感悦を得たのだった。 
 けれども完全な満足とはいえなかった。その夜の彼女にとっては、である。 
 ひとたび果てた夫を、しつこいまでの愛撫と口戯で立ち直らせたのち、アンジュは肛門での 
性交をせがんだ。さすがに驚きを見せた夫も──実は以前からひそかに望んでいたことだったのか 
──たちまち満身を性欲の塊とし、アンジュをベッドに這わせるや、背後から猛り立った剛棒を 
突きつけてきた。 
 初めは、あの不可思議な感覚だった。それはすぐに痛みへと変じた。たまらずアンジュは暫時の 
休止を求めた。 
 ただしあくまでも休止である。中止ではない。 
 子供のゼルダ姫がこの行為で恍惚となれたのだから、大人のわたしが同じ境地に達せられない 
はずはない──との思いが、強固な忍耐を可能としていた。 
 耐えた甲斐はあった。やがて痛みは減退し、代わってその部に別の感覚が宿った。通常の交合で 
生じるものとは異なる、しかしこのたびは明らかに快感と断言できる、甘美きわまりない感覚だった。 
 アンジュは夫に再開を促し、自らも腰を振り立てた。快感が急増した。突かれている部分だけを 
残して肢体がばらばらになりそうな気がするかと思えば、そこを発火点として全身が轟々と 
炎上してゆくような心地にもなった。それほど鮮烈な印象でありながら、甘美さは甘美さの 
ままだった。天国的な幸福感がアンジュを支配した。ゼルダ姫の恍惚を自分のものとして了得できた。 
 無限とも感じられる法悦の中で、その感じを最後の記憶とし、アンジュは意識を失っていった。  
 
 饗応役の割り当ては初日のみ、よって次の日は暇になるはずだったが、ゼルダ姫を我が家に 
迎えるとあっては、のんびりと惰眠を貪ってもいられない。アンジュは夫とともに早起きして、 
屋内外の整理整頓に精を出した。ただ、訪問は午後と予定されていたので、自由がきく時間も 
多少はあった。アンジュはその時間を割き、実家に赴いた。前夜、積み残しにしていた、母親への 
詫びを果たすためである。 
 なかなか尽きない母の小言を、ひたすら低頭してどうにかしのぎ、自宅へ戻ろうと母屋を出た 
ところで、 
「おはよう、アンジュ!」 
 リンクに元気な声で呼ばわられた。どきりとして見れば、道に一人である。 
「……おはよう」 
 と挨拶を返し、続けて問う。 
「ゼルダ様に付いていなくてかまわないの?」 
「午前中は、インパとか、守備隊長とか、他にも村の人がたくさん付いてまわるから、ぼくは 
一緒じゃなくてもいいんだ」 
「そう……」 
 今日、ゼルダ姫は、まず風車小屋を訪れることになっている。カカリコ村の象徴とされる、 
他所ではお目にかかれない稀有な建造物ゆえ、見学対象の筆頭に選ばれたのだ。自慢したさで 
案内を志願した者も多かったのだろう。 
 アンジュにすれば好都合だった。他人をまじえずにリンクと話ができるからである。知り合って 
間もない、しかも王女様であるゼルダ姫には言いにくいことでも、日頃より親しくしている 
リンクになら言える、との決意があった。 
 とはいえ、実行するとなると容易ではない。リンクを誘い、庭のベンチに隣り合ってすわった 
まではよかったが、どう切り出したものかと迷ってしまう。依然、考えがまとまりきって 
いないのだった。 
 そんな葛藤に、リンクは気づく様子もない。ゆうべ宴の場にいた人たちがやたら朗らかだったのは 
酒のせいなのだろうけれど、ぼくには酒の旨さというものがよくわからない──などと無邪気に、 
快活に語るのである。 
 相槌を打ちながら、アンジュは思いをめぐらした。 
 大人顔負けのセックスに熱中していた昨晩とは打って変わった、リンクの、この態度。 
 こういうのを「何食わぬ顔で」と表現するのだろう。一般的には。 
『でも……』 
 その表現を、わたしは使いたくない。 
 なぜなら、いまの──そしていつもの──リンクが見せる無邪気さ、快活さは、断じて虚飾では 
ないからだ。わたしがリンクを好きになった所以の純真さ、さわやかさは、あれだけの淫蕩な 
行いによっても損なわれはしない。どちらも真実のリンクなのだ。 
 セックスの悦びを心得ない者であれば、男女が淫らに結び合うさまを汚穢と評し、別の場面で 
その淫らさを表に出さないのは偽善だと非難するかもしれない。しかし、わたしは心得ている。 
夫と抱き合う時は限りなく淫らになるわたしも、ふだんは真面目な顔で生活しているわけだが、 
そういう自分を偽善的であるとは考えない。どちらも真実のわたしなのだ。 
 ゼルダ姫についても然り。 
 リンクとの交わりにおいて驚くべき変貌を遂げ、とりわけリンクに屈従することを全く 
厭わなかったゼルダ姫の姿は、確かにわたしの持つ「王女観」を崩壊させたが、わたしは失望も 
幻滅もしなかった。ゼルダ姫が持つ真実の一面と了承できた。リンクを求める一途なありように 
感銘し、羨ましいとさえ思った。わたしだって、夫に抱かれる折りには、徹底的に乱れるし、 
乱れたい。つまり、わたしが見たゼルダ姫の「醜態」は、彼女とて神格的存在ではなく、わたしと 
同じ一人の人間、一人の女であることの証左なのであって、彼女に備わった種々の魅力──美貌、 
気品、知性、真摯さ、謙虚さ、親しみ深さ──を色褪せさせる要因とはならないのだ。  
 
 さらに言えば、リンクとゼルダ姫の交際は、わたし自身と夫──になる前の彼──のそれを 
想起させる。 
 自分たちが肉体関係にあることを、わたしも彼も、家族には隠していた。その手の話を 
大っぴらにはできない家庭環境だった。互いの家では事に及べない。そこで、夜、こっそりと 
墓地を利用するなどして、逢瀬の時間の短さを嘆きながら、狂おしく身体を絡ませ合った。そんな 
苦労の思い出が、同様の苦労を強いられている若い二人への、同情を、親近感を誘発する。 
 しかも、二人を取り巻く状況は、わたしたちの場合より、はるかに厳しい。 
 わたしと彼は婚約していた。日常、つき合う分には、周囲の目を憚らなくともよかった。 
肉体関係についても、案外、家族は気づいていて、そうと表に出さなかっただけなのかもしれない。 
 そんな救いは望めない、現在の二人なのだ。 
(好きな人と、気兼ねなく、ずっと一緒に暮らしていけるというのは、幸せなことだよね) 
 あのリンクの言は、こちらの境遇に思いをめぐらしつつ、自身の境遇を見つめるふうでもあった 
ではないか。 
 だからわたしは情事の痕跡を隠してやった。放っておけない気持ちになってしまったのだ。 
仲立ちの件でしようと思っていたリンクへのお礼という意識もないではなかった。加うるに、 
いまなら、新たな性交方法を──間接的にせよ──教えてくれたことでも、二人にお礼を言いたい 
気分だ。 
『けれど……』 
 おのれが正しい対応をしたか否かについて、なおもアンジュは惑っていた。 
 互いを求め合う二人の心情は理解できていた。しかし二人が子供同士であるという現実を 
無視するわけにはいかなかった。単に興味本位でセックスに溺れているのなら、堕落としか 
言えない。特に、いずれハイラル王国を統治する身となるゼルダ姫の場合、人品や振る舞いに 
問題があれば、国の将来が危ぶまれる事態ともなりかねないのである。ゆえにアンジュは── 
昨晩はその目を眩ます行動に出てしまったものの──二人に近しい立場のインパに事実を告げ、 
善処を勧めるべきではないか、とまで考えていた。 
『ただ、そうする前に……』 
 アンジュは口を切った。 
「訊きたいことがあるの」 
「なに?」 
 リンクの顔がアンジュを向いた。 
「前に、好きな人がいるって、言っていたわね」 
「うん」 
 突然の言及が腑に落ちないといった感じで眉根を寄せ、それでも頷くリンク。 
「その人のことを、どう思っているの?」 
 即座の返答はなかった。怪訝な表情は不変である。 
 婉曲な話し方をしたつもりだったが、いまの問いでリンクは、ゼルダ姫との関係を見抜かれたと 
悟ったかもしれない。それもやむを得まい。確かめておかねばならないのだ。 
 ややあって、リンクは謹直な面持ちとなり、一片の曇りもないまっすぐな視線を投じてきた。 
「愛してる」 
 確信ありげな発言だった。しかしアンジュは疑念を捨てられなかった。 
「愛というのが、どんなものなのか、わかってる?」 
 再度、リンクは頷いた。大人びた──そして、なぜか──まるで懐かしい者でも見るかのような、 
あの眼差しで。 
「その人のそばにいたい。その人と一緒に生きていきたい。その人のためなら何でもできる。 
そんなふうに、思ってるよ」  
 
 胸を衝かれた。 
 
 仮にわたしが、愛とは何かと訊ねられたら、同じ回答をしただろう。 
 リンクは真剣にゼルダ姫を愛している。そして── 
「その人も、リンクのことを、そんなふうに思っているかしら」 
「思ってる」 
「言い切れるの?」 
「言い切れる。絶対に」 
 疑いを差し挟む余地はなかった。 
 わたしが感じた、二人の共通点。 
 いまなら、わかる。 
 人との繋がりに誠実であろうとする志操だ。 
 それは二人の繋がりにも反映されている。 
(各地に住む方々と広く積極的に交流して、その暮らしぶりに通じようと努めている人が、 
わたしの知り合いの中にいます) 
 リンクのことだ。明らかに。 
(わたしもそれに倣うべきだと思ってきました) 
 そう、リンクの存在があってこそ、ゼルダ姫は統治者としての高みを目指せる。堕落などしよう 
はずがない。 
 昨夜、漏れ聞いた会話の切れ端を、アンジュは思い起こした。 
(この家ではするなとインパに言われたわけではないから) 
 アンジュが告げるまでもなく、インパは二人の関係を知っているのである。知っていて容認して 
いるのである。インパもまた、二人の繋がりに意義を感じ、二人を見守っているのである。 
 王女様と勇者の恋。おとぎ話のようなその組み合わせが、至上のあり方とも思われてくる。 
『ならば……』 
 わたしも二人を見守ろう。ゆうべ見たことは、わたしの胸の内だけに納め、決して誰にも話すまい。 
「その人と、どうか、幸せに──ね」 
 できる範囲で贈った最大限の言葉に、 
「ありがとう」 
 純粋な笑みとともに返される、単純でいて、何かしら深い意味を秘めていそうな謝辞を、温かい 
心持ちで受け取るアンジュだった。 
 
 
To be continued.  
 

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