水泳をしたい──と、ゼルダが言い出した。 
 しばらく旅に出ていたリンクは知らなかったのだが、近頃、城下において大流行なのだそうである。 
 そもそもは、肥満を気にするどこぞの女性が、ゾーラ族に倣おうと考えたのが発端らしい。 
ハイラル王国の住民で、ゾーラ族に会ったことのある者は──国王が稀に派遣する親善使節と、 
そしてリンクを除けば──ほぼ皆無だったにもかかわらず、彼らが男女とも非常に美しい体型を 
しているとの噂は、以前から世間に広まっていた。ゾーラ族ならではの生活習慣といえば魚食と 
水泳である。しかし城下では、食料としての魚類は流通が少なく高級品とされていて、前者を 
継続的に実行するのは難しい。よって、くだんの女性は後者に目をつけたわけだった。 
 同じ悩みを持つ手合いは少なくなかったようで、この試みは瞬く間に大きな評判となった。 
誰それは体重がこんなに減った、などと──真偽のほどは不明ながら──喧伝され、いまや、 
城下町に点在する手頃な池は、泳ぎ──実際は水浴び程度の行為なのだが──に興じる人々で、 
連日、かなりの賑わいを呈している。美容が目的とあって、集まるのは女性ばかりとのこと。 
 ハイラル城も、その風潮の域外ではなかった。出入りの商人等から話を聞いた女官たちが、 
多大な関心を抱いたのである。城内には泳ぎのできる場所がないため、わざわざ休みを取って 
城下へ赴き、流行に染まって帰り来る。体験談が周囲へと浸透してゆく。ゼルダもまた、侍女が 
伝聞で得た情報を通じて、興味をかき立てられるに至ったという次第。 
 リンクには理解できなかった。水泳の経験はあったが、それは冒険するにあたっての必然的な 
過程であって、痩せるためにそうするというのは、奇異な発想としか見なせないのだった。 
「あなたには女性の気持ちがわからないのよ。痩せる必要がない身体つきでもあるし」 
「君だって、太ってなんかいないじゃないか」 
「そう?」 
「そうさ。いまよりもっと細くなったら、かえって健康によくないと思うね」 
「ところが、さにあらず、なの。痩せる痩せないはともかくとして、水泳は全身運動だから健康に 
いいと侍医は言っていたわ。それに、侍女が聞いた話だと、水に浸かるのはとても快適なんですって。 
精神衛生面でも効果があるんじゃないかしら」 
 熱心に主張するゼルダである。 
「風呂に水を張って浸かったら?」 
「だめよ、そんなのは。広々とした所でないと運動にならないわ」 
「じゃあ、どこで泳ぐんだい? まさか王女様が、そこらの池でばちゃばちゃやるわけにも 
いかないだろう?」 
「いい場所があるの」 
「というと?」 
「ハイリア湖」 
「ハイリア湖? 無理だよ。遠すぎる」 
「遠くても大丈夫。近々、またお父さまに代理を言いつかって、南西地方へ視察旅行に出る 
予定なのよ。ちょっと足を伸ばすだけでハイリア湖に行けるわ。あそこは風光明媚だから訪ねる 
価値はあるって、お父さまもインパも認めてくれたし」 
 周到に根回しをしたとみえる。 
「わたし、待ち遠しくて、もう水着まで用意したの」 
「ミズギ? 何だい、それ?」 
「泳ぐための服よ」 
 着衣のままでは泳ぎにくい。かといって、裸暮らしのゾーラ族──その点も王国内ではよく 
知られていた──と同じ格好はできない。そこを解決する方法として、とある服飾業者が開発した 
新製品だとか。けっこう売れているらしく、それが水泳の流行に拍車をかけたともいえそうだった。 
 リンクは考えた。 
 ほんとうに泳ぎ自体が目的かどうか疑わしい。ゼルダも女性だけあって、服装にはこだわる方だ。 
水着とやらが好みに合い、ついふらふらと買ってしまって、買った以上、着ずには治まらない、 
といった程度のことではなかろうか。いかなる服なのか想像もつかないが、どうせ珍妙なものに 
違いない。流行に乗って稼ごうとする怪しげな業者に騙されて売りつけられたのだ。 
『まあ、いいさ』 
 気のすむようにさせてやろう──と結論し、さらなる口出しを、リンクは控えた。  
 
 出発の日となった。 
 自分も姫様のお供をしてハイリア湖で泳ぎたい──と、城内の女性連中が抱いた希望は、 
はかなく散っていた。カカリコ村を訪問して以来、ゼルダは遠出の際、侍女を同伴しなくなった 
からである。自立を目指す王女の意志は尊重されるべきなのだった。 
 リンクは同行を許されていた。というより、依頼されていた。ゼルダのハイリア湖行きは、 
視察の一環ながら、私事に近いものでもあるため、そこの住人──たった二人、すなわち、 
みずうみ博士と釣り堀の親父だけなのだが──に迷惑が及ばぬよう、特に配意する必要があった。 
『あの世界』と同様、『この世界』でも彼らと懇意にしていたリンクだったので、先方との仲介を 
要請されたわけである。 
 のみならず、すでに別の役割をも、リンクは果たしていた。ハイリア湖は、ハイラル王国の 
版図内にあるとはいえ、ゾーラ族とも縁の深い場所。ハイラル王家の者が足を踏み入れようと 
するなら、事前に承認を得るのが筋というもの。そこでリンクが──やはり先方と懇意である点を 
買われて──使者となり、キングゾーラとの会見で、話をまとめておいたのだった。 
 しかし、旅の途中においては、取り立てて用事もなかった。一応、ゼルダを警護する役どころ 
ではあったものの、インパや数多くの兵士がそばに侍っているので、リンクは出しゃばらなくとも 
よいのだった。黙ってあとについて行くだけである。 
 ただ、他の兵士らと同列ではないという思いもあった。最近、ゼルダは──やはり自立精神を 
発揮し──外出にあたって馬車の使用をよしとせず、じかに馬を御すのが習慣となっており、 
それは今回の旅でも踏襲されていたが、リンクもまた、徒歩の兵士らとは一線を画し、おのれの 
身を鞍上に置いていた。しばらく前にエポナを我がものとしていたのである。別荘滞在の折り── 
インパの許しを得た上で──ゼルダと二人、ハイラル平原を騎馬での散策と洒落こんだことも 
あった。このたび、馬を並べての道行きがかなわないのは残念だったけれども、例によって、 
ゼルダとの真の関係を周囲に気取られてはならなかったから、妥当なあり方と納得はできた。 
 
 そうして旅は続き、視察の日程は順調に消化され、いよいよ一行はハイリア湖を目前とする 
地点に到着した。そこから細い道を進めばすぐに湖水を眺められるという、ハイラル平原の 
南西端部である。晴天の昼下がりで、暑からず寒からず、みぎわに佇むには絶好の加減といえた。 
 仲介役が行動すべき時だった。他の面々をその場に残し、リンクは単独で湖畔へと向かった。 
 みずうみ博士も、釣り堀の親父も、不意の多客に驚きを禁じ得ないふうではあったが、 
いささかも躊躇せず、滞在を歓迎すると言ってくれた。みずうみ博士の場合は、珍しい種類の 
人々に会えることで持ち前の好奇心が騒いだらしく、一方、釣り堀の親父は、千載一遇の稼ぎ時と 
大喜びだった。面白いことに、相手が王家を代表する一団であるにもかかわらず──なおかつ 
名高いゼルダ姫がおわすにもかかわらず──二人とも全く恐れ入る様子を見せない。好んで僻地に 
暮らすという独立不羈の生き方をしているせいでもあろうか、あるいは、前からルトと知り合いで、 
「王女」に馴染みが深いせいかもしれない──とリンクは推測した。 
 ともあれ、目的は達成されたわけである。リンクは平原に引き返し、一同にその旨を伝達した。 
野営の仕度が始まった。初日はゼルダが湖での楽しみをもっぱらにし、残りの者は観光を翌日まで 
遠慮して、平原で待機する手筈となっていたのだった。ただしインパとリンクだけは例外と 
されていた。護衛の一人と仲介役くらいは付き添わねばならない。 
 とうとう念願がかなうとあって、ゼルダは見るからに浮き浮きとしている。インパもまた、 
遊山の旅に解放感を誘われてか、いつになくにこやかである。そんな二人を先導し、再び湖畔へと 
道をたどりながら、リンクは胸の内に疑問を抱いた。 
 ハイリア湖は広く、湖岸の線も長い。全員がまとまって休めるくらいの場所はあるし、 
そうしてもゼルダの邪魔にはならないはずだ。なぜ、みんな、わざわざ平原にとどまるのだろう。 
 ほどなくリンクは理由を知った。  
 
 まず三人が赴いたのは湖研究所である。ゼルダがその地で身を落ち着けられる所といえば、 
そこを措いて他にはない。みずうみ博士はそれを──自宅が当夜の宿となることも含め──快く 
承諾してくれていた。 
 リンクによる互いの紹介に続けて、ゼルダとインパは博士に対し、挨拶と、厚意への感謝を、 
丁重な言葉で述べた。応じる博士の弁は、 
「なあに、別段、苦労にもならんでな」 
 という、はなはだぞんざいなものだった。同じ王女のルトにもぞんざいな博士だから、当然と 
いえば当然である。けれども決して反感を抱かせはしない。飄々としたさまには滑稽味が感じられ、 
満面の笑みは親愛の情を瞭然とさせている。年長者の風格とでも呼ぶべき、博士のそんな自然体を、 
初対面の二人も無礼とは受け取らず、むしろ心を温まらせているようだった。 
 博士の前でゼルダと話す時の言葉遣いをどうしたものか──と迷っていたリンクだったが、 
そうした雰囲気を斟酌して、敬語は使用しないと決めた。過去、リンクはルトとともに、何度か 
湖研究所を訪れており、その際、ルトと対等に語らうのを、博士には見聞きされている。ゼルダに 
限って丁寧な口のきき方をすれば、かえって奇妙に思われかねない、と判断したのだった。 
ゼルダも機微を察したらしく、ふだん私的な場で聞かせる親しげな語調を改めることはなかった。 
「王女」に馴染みの深い博士ではあっても、ハイラル王国のそれともなると、感興は尽きない 
様子である。謎の多いシーカー族の一員たるインパに向けても、投げかけたい質問は多そうだった。 
他方の二人も、室内に雑然と陳列された、博士のさまざまな研究成果には、少なからず求知の念を 
そそられたとみえた。 
 盛んな会話が始まりかけた。が、目下、ゼルダには、会話以上の志向対象がある。ために 
そちらを優先させることとなった。 
 着替えをするというので、インパのみがゼルダのそばに残り、男二人は屋外へと出た。 
 思いのほか長く待たねばならなかった。 
 こういう場合に時間をかけるのがゼルダの──そして女性の──常とは知っているものの、 
退屈な気分となってしまうのはやむを得ない。 
 あくびが出そうになったところで、ようやく家の戸が開いた。 
 目をやる。 
 途端に心臓が爆発した──とでも表現するしかない衝撃を覚えた。 
「どう? 似合うかしら」 
 ゼルダが問う。ほんのりと頬を染めて。それでも自らを誇示するように、身体の正面をこちらに 
向けて。 
 リンクは返答できなかった。 
 これは……これは……服と呼んでいいものなのか? 
 桃色の薄い布が胴を覆っている。胴だけだ。腕も脚も剥き出しだ。上の方は肩や腋や鎖骨の 
あたりまでが丸見えの状態。下の方にしても布がもう少し小さければ大事な部分が覗いて 
しまうかもしれない。まるで下着も同然。いや、並みの下着よりさらに大胆。布は皮膚に 
密着していて、身体の線や起伏がすっかり見てとれる。 
「ねえ、どうしたの? どこか変?」 
 変だって? 変だとも! 
 珍妙だろうと予想はしていたが、これほど突拍子もない代物だとは! 
 ただ…… 
「いいや、全然……とても……よく、似合ってる……」 
 この珍妙さは、何というか、実に── 
「ほんとう? 少し恥ずかしいけれど、そう言ってもらえると嬉しいわ」 
 実に歓迎すべき珍妙さで、ぼくは否応なくどきどきしてしまって── 
「ああ……君が、こんなに……素敵に見えたことは……ないよ……」 
「まあ、リンクったら」 
 面を伏せるゼルダ。頬は真っ赤になっている。しかしそこには歓喜と満足を表すさやかな笑みも 
湛えられていた。 
「じゃあ、あの、わたし、ちょっと」 
 照れているのか、ゼルダは早口で断片的な言葉を並べ、素足を草上に駆け出させた。その肢体は 
跳ねるがごとく、水辺へと続く緩い斜面を走り下ってゆく。  
 
「ふうむ、都会では奇抜な服が流行っておるんじゃのう」 
 みずうみ博士が、あきれとおかしみを混ぜ合わせたような声で言った。 
 特に驚いているふうでもない。全裸のルトを見慣れているので、この程度では動じないのか。 
 リンクの方は動揺に捉えられたままだった。 
 歓迎すべきなどと正直な感想を持ってしまったが、普通に考えたら異常きわまりない。 
 ゼルダのあとから家の外へ出てきたインパに、思うところを伝えてみる。 
「ねえ、あれ……露出しすぎじゃない?」 
 インパは平静な面持ちで、 
「ゾーラ族に近づこうとすれば、必然的にああなる。水の抵抗を減らす意味では理に適っている」 
 と、いかにも実際家らしい論を述べた。 
 そういえば、いまのゼルダほどではないにせよ、インパの服もけっこう露出度が高い。機動性を 
重んじているのだ。ゆえに水着の機動性をも評価するのだろう。 
「でも、女性が人前であんな格好をするのは、問題があると思うけれど……」 
「確かにな。今日、湖をゼルダ様専用にしたのは、あの姿を他の者の目に触れさせてはならないと 
慮ったためだ。しかしそれも、水泳なる運動が、まだ広くは認知されていないからに過ぎん。 
いずれ人々の意識も変わってゆくだろう。現状でも、城下の女性たちは、もう、かなりの数が、 
水着の着用を躊躇しなくなっているようだぞ」 
 つまりは考え方次第というわけか。水泳とはこうしたものとの観念が常識化すれば、ああいう 
格好も珍妙とは見なされなくなると。 
 ゼルダにしても、恥ずかしいと口では言いながら、あの姿で他人の──ぼくはともかくとしても 
みずうみ博士の──前に立つことをためらわなかった。すでに意識を変えているのだ。 
 が、ぼくとしては困ってしまう。簡単には意識を変えられない。なぜなら── 
「リンク!」 
 岸の方から声が飛んできた。ゼルダが頭上にやった右手を大きく振っている。 
「こっちに来て! 泳ぎ方を教えてちょうだい!」 
 まごついてしまう。 
「そら、ご指名だ」 
 インパに肩を叩かれた。見れば、にやにやと笑っている。 
「どうした? 水泳の経験はあるのだろう?」 
「うん、まあね。だけど……」 
 裸同然ともいえるゼルダにぼくが近づくのを、インパは容認するつもりなのか? 
「……いいの?」 
「かまわん。教えて差し上げるがいい」 
 なるほど、これはインパなりの心遣いだ。城の人たちの目を憚らなくともよいこの場面で、 
旅の途中では距離をおかねばならなかったぼくとゼルダに、接近する機会を与えてくれたのだ。 
ひょっとすると、ゼルダとインパの間では、あらかじめ話ができていたのかもしれない。 
でなければゼルダもぼくに泳ぎを教えてくれと頼みはすまい。みずうみ博士の目がある点は 
留意しておくべきだが、ゼルダと一緒に泳ぐくらいなら許容範囲内だろう。また、博士は、何かに 
気づいたとしても、それを他者に吹聴するような人ではない。 
「ただし、勘違いはするなよ。あくまでも泳ぎ方の教授だからな」 
 不埒な行状には及ぶなと釘を刺しているのだ。言われるまでもないこと。真っ昼間から、しかも 
インパや博士が見ている前で、どうして不埒な行状になど及べよう。 
「わかった」 
 リンクは頷いた。 
「ゼルダ様にも念を押しておいたが、深みに嵌らんよう気をつけろ。足の届く範囲より沖へは 
出るな」 
「それもわかった」 
「行け」 
 インパは短く言うと、リンクから視線をはずし、次にそれをみずうみ博士へと向けた。 
「さっきの話に戻りますかな」 
「よろしい。では、シーカー族の歴史について──」 
 二人は地面に腰を下ろし、熱のこもった問答を取り交わし始めた。もっともインパは、常に 
ゼルダを目で追い、何かあればすぐに駆けつけられるよう、態勢は整えている。 
 リンクは岸辺へと歩を運んだ。 
 動揺は治まっていなかった。 
 インパの心遣いはありがたい。ありがたいのだが…… 
 変えられない意識が、なおもリンクを──とりわけ肉体の一部を──支配していた。  
 
 初めは、膝のあたりを濡らすのでさえ、おっかなびっくりといった態のゼルダであったが、 
そのうち慣れてきたらしく、肩を、そして顔までを水面下にするのにも、なんら差し障りがない 
模様となった。きゃあきゃあとはしゃぎ声をあげながら、水を手で掻いて周囲に撒き散らしたり、 
浮力の助けを得て高く飛び跳ねてみたりと、さまざまな「運動」に飽きる気配がない。自然の水と 
戯れるのが、たいそうお気に召した様子である。けれども泳ぎという運動までを自ら案出するのは 
不可能。そこでリンクが呼ばれたのだった。 
 しかしリンクとて、別に水泳を得意としているわけではない。『あの世界』においては、 
『ゾーラの服』により、思うがまま水中で行動できたが、それを備えていない『この世界』では、 
どうにか溺れずに水の上を進めるだけ。ゼルダにしてやれることといえば、両手を持って浮遊の 
補助をするのがせいぜいである。実際に泳ぐさまを見せてくれとも頼まれたので、とりあえず 
応じるには応じたものの、見本にもならない稚拙な動作を供覧するのは、なんとも気恥ずかしい 
次第ではあった。 
 羞恥を誘われる理由は他にも存在した。 
 水着を持たない自分は泳ぐにあたってどんな格好をしたらいいか、ゼルダと同じく最低限の 
着衣とするならこれが順当だろう──とリンクは考え、下穿きのみの姿となっていたのだったが、 
その前方が盛大に突出してしまうのである。ゼルダには生の勃起を何回も見られているから、 
いまさらそれくらいで恥ずかしがるのはおかしい。とはいいながら、そうなることが必要な 
場面でもない、ゆえに堂々とした態度をとりかねるのだった。 
 一方では不思議な感にも囚われる。 
 なぜぼくはこうもゼルダの水着姿にそそられてしまうのか。 
 裸に近い格好のため──ではあるだろう。 
 十三歳となって、身体つきにますます大人っぽさが加わってきているゼルダ。露出した部分に 
ついて言えば、かつては簡単にへし折れそうなほど細かった四肢が、いまでは脂肪をのせ、しかし 
あくまでもすらりとしなやかに、健康的な生気を形としている。水着がくっついた部分はさらに 
煽情的で、胸のふくらみ、腰のくびれ、尻の張り出しと続く曲面が、なお未熟さを残しながらも、 
女の色気を芬々と薫らせている。特に乳房は、成年女性でも小さめの人ならこの程度ではないかと 
思われるまでに育って、それだけでなく、二つの丘の頂点にある突起が最近はこりこりとした 
硬さを持ち始めたのをぼくは知っていて、下腹の秘叢は徐々に面積と密度を増やしつつあって、 
もっとも、いま、そういう所は水着の下に隠れていて見ることはできないのだけれど…… 
 そう、見えないのだ。裸に近いといえども裸ではない。水着が透けて見えるわけでもない。 
なのに、その裸をもう何度も目の当たりにしているぼくが、肝腎の部分を隠したいまのゼルダに、 
いつも以上のなまめかしさを感じてしまう。どうしてなのか。 
『むしろ……』 
 隠されているから──か? 
 隠されているからこそ、逆にそこが強く意識されて、よく知っているはずの身体が、やたら 
新鮮に見えるのかもしれない。 
 では、ゼルダの方はどうなのだろう。 
 裸に近いのはこっちも同じ。それに、近頃はぼくの方も成長が加速し、けっこう逞しくなったと 
自負している。身長は再びゼルダと同等に戻った。声変わりもした。髭が生え出したし、陰毛も 
──まだゼルダほどではないにせよ──濃くなったし、のみならず発毛は腋窩にも兆している 
(ただしゼルダはそこの毛を剃ってしまうのでぼくとの比較はできない)。男の一物はひとまわりも 
ふたまわりも長さ太さを増した。ただ、そのせいで股間の突出が余計に強調されてしまう…… 
のだが…… 
 ゼルダの目には入っていないらしい。 
 意図的に無視しているのではあるまい。泳ぎに夢中で気がつかないのだ。 
 これほど一生懸命だとは。水着になるのが眼目などと考えたのは的はずれだった。ゼルダは 
純粋に水泳を楽しみたかったのだ。 
『だったら、ぼくも……』 
 リンクは邪念を払おうと努めた。ある程度、それは成功した。心の動揺は消し去れなかったが、 
肉体は状況に適応したとみえ、少なくともあからさまな膨張は鎮まった。 
 やがて、さすがに疲れてきたらしいゼルダが、暫時の休息を希望した。リンクは応諾した。 
 二人が湖岸に身を引き上げた、その時── 
 背後で音がした。何かが水を割って現れ出でたと判ぜられる音調だった。 
 反射的にゼルダを庇う体勢へと移行しつつ、リンクは音のした方に視線を転じた。 
 ルトの頭が水面にあった。  
 
 咄嗟に思い浮かんだのは、 
『まずい』 
 の一語である。 
 ゼルダとルト。 
 いつかは出会うことになるだろうと思っていたし、出会わせたいとも思っていた。が、出会いの 
手順は慎重に運ばれなければならなかった。にもかかわらず、不測の遭遇が起こってしまった。 
 いや、こちらにとっては不測でも、ルトにとっては想定内。視察団の旅程はキングゾーラに 
伝えてある。一行がハイリア湖に到着する日時を、ルトは予想できた。予想した上で、地下水路を 
通り、ここにやって来たのだ。 
 目的は? 
 おそらく…… 
 過去の経緯がリンクの脳裏をよぎった。 
 ルトから『水の精霊石』を譲られた時、それが婚約と同義ではないことを、ぼくは言明した。 
ルトは納得し、のちのちその件を蒸し返したりはしなかった。賢者としてのルトを守るために 
契りを結んだ時も──すなわちぼくがルトの「初めて」を貰い受けた時も──彼女は大いに 
喜んでいた。そして以後も関係は無事に維持されてきた。 
 ぼくとルトのそんなありようを、ゼルダは理解してくれている。 
 ところが、ルトは、違う。 
 ゼルダとの関係の実態を、ぼくはルトにはっきりとは告げていない。あけすけな言詞が必ずしも 
誠実にはならないことを、前にゼルダと諍いを起こした際、思い知ったからだ。が、こちらの 
生活状況を話すとなれば、ゼルダの名前くらいは出さざるを得ない。そこにルトは鋭く反応してくる。 
露骨に機嫌が悪くなる。わらわの方がゼルダ姫より、などと対抗意識をあらわにする。胸の内で 
嫉妬の情を燃やしているのだ。かつてのゼルダがそうだったように。 
 ルトが漏らしたところによると、ぼくとゼルダが精霊石を集めてガノンドロフに対抗しようと 
志したいきさつを知るキングゾーラが、ぼくたち二人の繋がりを、縁だの運命だのと大げさに── 
あながち大げさでもないのだが──評したことがあるらしい。それもルトの嫉妬を煽る一因 
なのだろう。 
 加うるに、ルトは、ぼくとゼルダの関係が「きわめて親密な」ものであることを、うすうす 
察している節がある。そうなのであろう、と追及してきたりはしない。しかし、我の強いルトが、 
その点についてだけは黙っているというところに、かえって不自然さを覚える。はっきり 
告げずとも、こちらが口にする別の言葉や、示す態度の端々から、感じ取れるものがあるのかも 
しれない。 
 追及がないゆえに助かっている、との面はある。敢えて告げずにいるとはいっても、問われたら 
答えねばならない。嘘はつけない。けれども、事実を明白に知れば、ルトは──やはりかつての 
ゼルダと同様──激怒するだろうし、『あの世界』のルトに劣らず大泣きもするだろう。結果、 
ぼくとルトの関係が決定的に壊れてしまうおそれもある。そんな事態にはしたくない。ルトも 
そうしたくないからこそ、追及を控えているのだと思われる。 
 無事に維持されてきたようにみえるぼくとルトの関係は、実のところ、そうした緊張を 
孕んでいた。いずれは決着をつける必要があった。 
 つけ方はわかっている。 
 ぼくとゼルダとルトの三人が一つの関係になればいい。ゼルダもそれを望んでいるし、また、 
コキリの森やカカリコ村の前例からすれば、ゾーラ族全体が何らかの幸せを得ることにもなろう。 
 そのためには、ゼルダとルトを引き合わせなければならない。だが、引き合わせたとしても、 
サリアやインパの時のようにすんなりとはいくまい。ルトがおとなしくしているはずがない。 
感情を爆発させる可能性がきわめて高い。 
 だから慎重に──と思ってきた。ただ、出会いの機会は容易に得られそうもなく、いままで 
棚上げとなっていたのだったが…… 
 今回、ルトの方が先に行動を起こした。ここに来ればゼルダに会えると知って。 
 彼女なりのやり方で決着をつけに来たのだろうか。もしそうなら、ぼくが考えている方法とは 
全く異なったやり方に違いない。 
 おのれの想像が当たっていることを、リンクは確信した。 
 ルトの双眸が明らかに敵意を宿していたからである。  
 
 硬い表情のまま、ルトは近づいてきた。近づくにつれて身体は少しずつ水上に現れ、リンクと 
ゼルダの前で立ち止まった時には、全身が見てとれる状態となった。もちろん素裸である。 
その姿にいまさらながら動悸を誘われつつも、リンクは強いて注意をルトの人格に向け、ことさら 
声を明るくして呼びかけた。 
「やあ、ルト。紹介するよ。この人は──」 
「わらわは!」 
 呼びかけを遮って、ルトが鋭い声を発した。目はまっすぐゼルダを睨みつけている。 
「ゾーラの王女、ルトである」 
 胸を反らし、両手を腰に当て、見下しの姿勢で言い放つルト。 
 リンクは背筋がひやりとするのを感じた。 
 背の高いルトだから見下す姿勢になるのは当然なのだが、それにしても傲慢な態度。もともと 
高飛車なところはあるけれども、ここまで高飛車なルトを見るのは初めてだ。よほど神経を 
ぴりぴりさせているのか。 
 ゼルダはといえば、あっけにとられた顔つきである。 
 無理もない。いきなり湖から全裸の女が現れて、しかも、やけに威張りくさっている。お姫様の 
ゼルダは、これほど横柄な接し方をしてくる人物に、いまだかつて一度も会ったことがあるまい。 
相手が以前から知り合いたいと思っていたルトだとわかっても、こんな具合に振る舞われたら、 
とうてい心静かではいられないだろう。我慢できずに怒り出すのでは? 
 危惧は当たらなかった。ゼルダはゼルダだった。居住まいを正し、 
「ハイラル王国の王女、ゼルダです。お初にお目にかかります。以後、お見知りおきください」 
 と、穏やかな声で自己紹介し、作法どおりにお辞儀さえした。 
 丁寧な応対を意外に思ったか、一瞬、鼻白んだふうのルトだったが、すぐに様相は尊大な 
ものへと戻った。 
「見知りおく。遠方よりご苦労。そなたに会えて嬉しい」 
 ほんとうに嬉しがっているとはとても思えないぶっきらぼうな口ぶり。「その方」と呼ばないだけ 
ましという程度。表情はきついまま。礼の一つも返そうとはしない。 
 異様な光景ではあった。 
 ハイラル王国とゾーラ族は、ともに独自の王を持つ。外交的には対等である。しかし国力の差は 
明らかであり、事実上、後者は前者の勢力圏下に置かれているといってよい。ゾーラ族も 
その事実は受け入れていて、ハイラル王家に特別な敬意を表するのが通例となっている。 
本来ならばこの場でも、ルトの方が下手に出るべきなのである。ところが実際は正反対で、 
あたかもゼルダがルトに臣従するかのような、二人の挙措の差となっているのだった。 
「ときに……」 
 ルトの口調が妙に柔らかくなった。 
「そなた、奇態な装いじゃの。ハイラル王国の姫君は、そのような格好で暮らすのが常か? 
ふだんのリンクよりみすぼらしい身なりじゃが」 
 嘲弄と挑発の意が歴然としていた。たまらずリンクは口を挟んだ。 
「いや、これは、水着といって──」 
 自分が間に入ることでルトの気分を和らげようと試みたのだった。 
 効果はなかった。水着の説明を聞いたルトは、いかにも驚いたような表情となった。 
「どうして泳ぐのに何かを着る必要があろうぞ。裸で泳げばよいではないか。わらわのごとく、な」 
 そんなこともできぬ輩は泳ぐな、とでも言いたげだった。着衣を習慣とする者がそうできない 
のを知った上で、馬鹿にしているのである。  
 
「ははあ……」 
 次いでルトは、わざとらしく得心の素振りをしてみせ、 
「おおかた、おのれの裸に自信がないのであろう。わかるわかる。わらわに比べれば、そなたの 
身体など、まだひよっこも同然じゃ」 
 と自慢げにうそぶき、余裕たっぷりの笑みをリンクに向けてきた。 
「のう、そうは思わぬか?」 
 返事のしようがなかった。 
 確かにルトの身体は素晴らしい。『あの世界』で会った大人のルトとは、なお三年の開きが 
あるが、もうすでにあの時の彼女を彷彿とさせる。均整のとれた肢体。大きく盛り上がった乳房。 
股間の密な茂み。女性としてほぼ完成の域に達している。加えて、卓越した泳ぎ手ゆえに発達した 
筋肉や広めの肩幅が、身長の高さとも相まって、独特の魅力となっている。二つ年下のゼルダとは 
格段の差があると言わざるを得ない。 
 が、口に出して肯定するわけにはいかない。ゼルダを貶めることになる。しかし否定も 
できないのだ。すればルトは怒り狂うだろう。 
 そもそもルトはぼくの肯定など求めてはいない。肯定させるまでもないと心得ている。自分の 
方が肉体的に優っていることをぼくに念押しし、かつ、ゼルダにも思い知らせたいのだ。 
 けれども「ひよっこ」呼ばわりは過小評価。全貌をさらさずともぼくを興奮させるだけの肉体を 
いまのゼルダは有している。もっともルトを見てもぼくは興奮してしまうのだが、まあそれは 
ともかく、要は、現時点において二人の成長段階が違うというだけであって、ルトにはルトの 
魅力があり、ゼルダにはゼルダの魅力があり、両者を比較して優劣を云々するなど全く無意味な 
ことなのだから、ゼルダ、君もルトの放言なんか聞き流してやってくれ、君ならその程度の分別は 
持ち合わせて── 
 いるのだろうか果たして! 
 リンクはぎょっとなった。 
 さすがにかちんときたのだろう、表情をこわばらせているゼルダである。おまけに、右手を左の 
肩にやり、そこにかかった水着の紐状部分をつかんでいる。 
 脱ぐつもりか? まさか! 
 驚くリンクの眼前で、ゼルダは右手を下ろした。水着は元のままだった。 
 ほっとする。 
 分別が勝ったということか、それとも…… 
 穏やかさを取り戻したゼルダの顔は、しかし、穏やかであろうとする努力とともに、ルトには 
かなわないと告白するような無念さをも、その片隅に滲ませていた。 
 リンクは焦りを覚えた。 
 気にしないでいいんだ、あと三年経てば君だって超絶的な姿態になるのをぼくはよく知って 
いるんだ──と、ゼルダの肩を持ってやりたいところだけれども、無論、そんな「予言」は 
できない。ルトを好き放題にさせておくのもよくないとは思うが、下手に説教などしようものなら、 
ますます臍を曲げるのは目に見えている。 
 それでも、ここは、ぼくが何とかしないと……  
 
「ああ……その……せっかく会ったんだから、仲よくしようよ。二人とも、ね?」 
 及び腰の台詞になってしまう。 
「わたしはそうしたいと思っているわ」 
 ゼルダは答え、ちらりとルトに視線をやった。問題は相手にあるとの意味をこめた仕草である。 
「わらわとて、そうするにやぶさかではないぞ」 
 ルトが存外な返事をした。局面が打開できるかと愁眉を開きかけたのも束の間、次なるルトの 
弁はリンクの期待を打ち砕いた。 
「仲ようして意味のある相手に限っての話じゃがな」 
 リンクとは仲よくしても、ゼルダとはしない──と言いたいのである。 
 前途は暗い。けれども諦めるには早い。 
 いちいち言葉に棘のあるルトだが、状況を修羅場にまでは陥らせていない。少なくとも、 
いまのところは。逆上させないよう注意して、辛抱強く説得して…… 
「リンク」 
 ゼルダが呼びかけてきた。 
「着替えるわ」 
「あ、うん」 
 ならば自分もそうするべきである。あたふたとタオルで身体を拭き、岸に脱ぎ置いていた服を 
身に着けながら、リンクはゼルダの胸中を推し量った。 
 ハイラル王国の王女として、隣国の王女と対面するにふさわしい服装をしよう、との理性的な 
意思だけが動機ではあるまい。肉体の差が明瞭となるような格好ではいたくない、と考えたでのは 
ないか。 
 そこまでゼルダに劣等感を抱かせなくてもよかろうに──と、責めの思いをもってルトを 
見やると、相手の方も視線を送ってきていた。 
 恨めしげな眼差しだった。 
 責めの気持ちが薄らいでしまう。 
 ルトの目には、こうしてあわただしく着衣するぼくが、ゼルダの命に唯々諾々と従っている 
ように見えるのかもしれない。それが気に食わないのだろう。が、そんなふうに、哀しみにも近い 
情のこもった顔をされると、ルトの心境も理解できなくはないと考えられてくる。一途なことでは 
誰にも引けを取らない彼女なのだ。 
 どっちつかずの自分にも問題はある──とリンクは省みた。 
 板挟みの立場は実に居心地が悪い。けれどもこれは自業自得。ぼくが態度をはっきりさせる 
べきなのだ。 
 とはいうものの、どうやって? 
 具体案を思いつかないまま、リンクは身支度を終え、ゼルダとともに湖研究所へと向かった。 
ルトも同じ行動をとった。二人きりにはさせないという意図がありありと感じられたが、文句を 
つけることはできなかった。  
 
 ゼルダが衣装を整えたあとは、インパとみずうみ博士をもまじえた五人での歓談が、屋内で 
催される運びとなった。歓談といっても、ゼルダとルトは、ほとんど言葉を交わさない。しかし、 
幸い、軋轢は深刻化しなかった。二人の大人がもっぱら会話を担い、それが場の安定に働いたのである。 
 ルトも努めて我意を抑えているようだった。同席者が旧知のみずうみ博士だけなら、何の遠慮も 
しないはず、なのに、おとなしくしているのは、インパの存在を意識するがゆえ、とリンクは察した。 
 インパが特別なことをしたわけではない。全裸のルトを珍奇と見なすふうでもなく、他国の 
王女を遇するに妥当な、如才ない物言いに徹している。が、インパには──当人が意識せずとも 
──自ずと醸し出される威圧感があるので、ルトといえども傍若無人ではいられないのだろう。 
この調子なら説得が可能かも…… 
 ところが、インパは夕刻になって、リンクを困惑させる行動に出た。自分は平原の野営地に戻り、 
そこで夜を過ごす──と言ったのだった。 
 インパに消えられると、ルトを抑制するものがなくなる。あわてたリンクは、あっさりと席を 
立って戸外に去ったインパを追い、呼び止め、行動の理由を訊ねた。 
「あの家にある客用のベッドは一つだけだそうだ。ゼルダ様がそこでお寝みになるとなれば、 
私には寝る場所がない。野営地に戻らん限りは、な」 
 もっともな説ではあったが、本音ではないようにも感じられた。隠密として種々の訓練を 
受けているシーカー族のインパなら、椅子に坐したまま眠ることができるし、徹夜も困難では 
ないのである。 
「護衛役がゼルダのそばにいないのは、まずいんじゃない?」 
「湖に通じる道は平原からの一本のみだ。その入口には我々が陣取っている。誰も近づけない。 
それでも護衛が要ると思うなら、お前が一人でやれ」 
「護衛だけじゃなくてさ、インパにはぼくたちを監督する役目もあるだろう?」 
「監督なら、みずうみ博士がしてくれる。話はつけてある」 
 何を言ってもかわされる。引き止めの手段を失ったところで、インパがにやりと頬を緩ませ、 
皮肉っぽい言葉をかけてきた。 
「いつもは私を出し抜こうとするのに熱心なお前が、今日に限っては、やけに殊勝なことだ」 
 出し抜くのに熱心なのはむしろゼルダの方なのだが、こちらもおおむね同調しているから、 
反論はできない。  
 
 インパもこだわってはいないようで、すぐと話を本筋に戻した。 
「お前の頭の内はわかる。ゼルダ様とルト姫に喧嘩でも始められたら困ると思っている。 
そうだな?」 
「……気づいてた?」 
「もちろんだ。二人ともなるべく直接の会話を避けながら、それでいて互いを強く意識していた。 
とりわけ、ルト姫がゼルダ様に向ける目は、いまにも火を噴きそうだった。私が一緒なので 
心ならずも口を慎んでいる、といったふうに見えた」 
 その点にもインパは気づいていたのか。とすれば、インパが進んで会話を担当したのは、 
ゼルダとルトの間にわだかまる危うさを洞察した上での心配りだったのだ。会話に乗った 
みずうみ博士も、同じ洞察をしていたに違いない。 
「お前が原因なのだろう?」 
 見抜かれている。 
「……うん」 
 だからインパには言い出せかった。それを引き止めの手段にしたくなかった。けれども 
気づかれているなら隠しても無駄だ。ここは率直に協力を頼むか。だが、待てよ。自らの存在が 
ルトを牽制していると知った上で、インパは去ろうとしたのだ。つまり…… 
「私は関わらんぞ。恋愛がらみのいざこざに首を突っこむ気はない」 
 案の定、素っ気ないインパだった。 
「これくらいのごたごたも取り捌けんのなら、何人もの女性とうまくつき合ってゆこうなどという 
大それた望みは捨てることだ」 
 胸をぐさりと刺された気分。ひと言も返せない。 
「あと、これは肝に銘じておけ。ルト姫を怒らせると、事はハイラル王国とゾーラ族の外交問題に 
発展しかねん。そんな騒動にしてはならん」 
 ぎくりとする。おのれの立ち位置の微妙さ、重要さが改めて実感される。 
「その点で……」 
 厳しい台詞を連ねていたインパが、そこで、ふと、口調を変えた。腕組みをし、目線を上にやり、 
独り言のように呟いたのだった。 
「今回の件は、ゼルダ様にとって、案外、いい経験になるかもしれんな。あのルト姫がお相手では、 
何かと大変ではあろうが」 
 意味がよくとれなかった。リンクは説明を待った。しかしインパは続きを語ることなく、 
平原への道をきびきびと歩み去っていった。 
 再び呼び止める気も起こらず、リンクは暮れゆく湖畔に立ちつくした。 
 ふだんはぼくとゼルダの交際にわりと寛容なインパだけれども、甘えさせてはくれない。いまも 
敢えてこちらを突き放したのだ。これは一種の試練、自分で何とかしろ、と言いたいのだ。 
 そうするしかあるまい。 
 それにしても、ゼルダにとっていい経験になるとは、いったいどういう意味なのか。ぼくに 
何かを仄めかそうとしたのだろうか。 
 何も思いつかなかった。  
 
 湖研究所に戻ってみると、インパという圧力から解放されたルトが、早速、不穏な空気を 
醸成し始めていた。夕餉の仕度に取りかかろうとするみずうみ博士に、手伝いましょうとゼルダが 
言い、それは気さくに聞き入れられ、二人の共同作業となっていたのだったが、ルトの方は椅子の 
上に置いた身をいっかな動かそうとせず、隣にすわったリンクに向かい、 
「料理など、王女が手ずから行うべきものではないのにのう」 
 と、話題の主に届くような大声で、軽蔑的に論評するのである。 
 ルトをおだてて共同作業に参加させられれば、場の空気も少しは和むのではないか、と企て、 
「そうかな、料理をする女性というのは、素敵だと思うけれど」 
 遠回しのつもりで呈示した言は、憤りのこもった睥睨と、さらなる批判にさらされただけだった。 
 まずい言い方だったと臍をかむ。 
 ぼくがゼルダを素敵だと思っているように──事実なのだが──聞こえただろう。それに、 
考えてみれば、お姫様のルトに料理ができるはずもない。ゼルダはあくまでも例外なのだ。 
 言葉を選ばなければと検討するも、すればするほど迷ってしまう。結局、有効な手立てを何一つ 
講じられないまま、四人が夕食のテーブルを囲むこととなった。 
 食事中、ルトはよく口を使った。食べるだけではない。料理の見栄えや味にあれこれとけちを 
つけるのである。聞き過ごすふうのゼルダではあったものの、仮面のような無表情さに、内心の 
硬化がうかがわれた。 
 もう一人の作り手も貶されていることになるが──と案じて、みずうみ博士を横目で見るに、 
どこ吹く風といった塩梅である。ルトをたしなめようとする気配もない。インパと同じく、 
我関せずの態度を保つつもりらしかった。むしろ面白がっている感じでもあった。 
 夕食が終わると、ルトの言辞はいっそう先鋭になった。リンクとゼルダがここに泊まるので 
あれば自分もそうする──と、強引な主張を押し出してくる。ゼルダに当惑の視線を向けられた 
博士は、 
「ベッドは一つしかないからの」 
 と、既知の事実を述べるのみ。相変わらず傍観者席にあって、どちらの側に立つ気もない 
ようである。 
 やむなしといった表情で、ゼルダはルトと直談判を始めた。 
「そういうわけですから」 
「どういうわけじゃ?」 
「ベッドは一つきりだそうです」 
「知っておる。それがどうした?」 
「あなたのお寝み場所がありませんわ」 
「そなた、なぜ自分がベッドを使うと決めこむのじゃ?」 
「泊まることにしたのは、こちらの方が先ですので」 
「順序など関係ない。しょっちゅうここを訪れておるわらわの方に優先権がある」 
「でも……」 
「そなたは野営地とやらへ行って寝ればよかろうが。あのインパもそこで寝ると申しておったに」 
「そちらこそ、お里へ帰られてはいかがですか?」 
 ゼルダが声を強くした。それまで受けてきた挑発をまとめて返すとでもいうふうな口ぶりだった。 
 ルトの顔が赤みを帯びた。もともと肌が青白いルトにしては珍しい現象──などとのんきに 
観察している場合ではない。そうなるほど頭に血が上っているのである。 
「わらわを追い払いたいのじゃな!?」 
 叫びが室内に響き渡った。 
「追い払ってどうする? ベッドを独り占めにしてどうする? わかっておるぞ! わらわの 
おらぬ間にリンクを引っぱりこんで乳繰り合おうと──」 
「ルト!!」 
 リンクは大喝した。せずにはいられなかった。 
 平素よりゼルダと抱き合う機会を作るのに貪欲なリンクではあったが、みずうみ博士がいる 
家の中で同衾する気はなかった。それくらいの慎みは持っていた。ゼルダはベッドで寝ませ、 
自分は寝室外の床に臥すつもりだったのである。その段取りはゼルダも──ベッドに寝られない 
リンクを気の毒がりはしたけれども──承知ずみなのである。 
 ルトも本気で言ったのではない、口が滑っただけなのだ──とは推量できた。しかし、そこまで 
不謹慎と評されてしまうと、どうにも腹立ちを抑えきれない。加えて、ゼルダを性的に侮辱するが 
ごとき発言は、とうてい聞き捨てにできないものだった。  
 
 気まずい雰囲気になってしまったが、ここまで来たら、言うべきことを言わなければ。 
 声を落として、再度。 
「ルト、君に話が──」 
「待って」 
 ゼルダに遮られた。 
「わたしが話します。その方がよいと思います」 
「だけど……」 
 ぼくに丁寧語を使ってくるほど真剣なゼルダには何か考えがあるのか、だが二人の対立の 
原因であるぼくこそが話さなければならないことではないのか──といった惑いの表出を 
控えさせたのは、視界の隅に映ったみずうみ博士の仕草だった。首を横に振りつつ、顔の前に 
やった片手をも左右に振っている。やめておけ、との意味だと知れた。 
 怒鳴られた際には、さすがに怯みの色を見せていたルトが、ゼルダの積極性に刺激されてか、 
再び勝ち気の相を顕然とさせた。 
「ちょうどよかったぞ。わらわもそなたに話すことがある」 
「承ります。が……」 
「何じゃ?」 
「わたしの話は他聞を憚ります。そちらのお話もご同様なのでは?」 
「む……確かに……差しでするべき話じゃな」 
「となると、ここでは不都合。博士とリンクにわざわざ退場願うわけにもゆきませんし」 
「ならば、我らが外へ参ろう。話すに適当な場所がある」 
「では」 
「よし」 
 二人は同時に席を立ち、戸口に向けて歩みを寄せた。 
「あの……」 
 思わず声を出したリンクだったが、 
「あなたはここにいて」 
「そうじゃ。そなたは来るに及ばぬ」 
 示し合わせたかのごとく両者が表明する拒絶に逆らうことはできなかった。 
 二人の姿が屋外に消えるやいなや、みずうみ博士がくつくつと笑い始めた。我慢しかねていたと 
いう風情である。 
「両手に花じゃのう、リンク」 
 両手に花どころか、針の筵だ。そうとわかった上で冷やかしているのだ。この剽軽者の老人は。 
 むくれ気味になるおのれを自覚する。それでも心をもっぱら占めるのは、不興の感よりも 
疑問だった。 
 ゼルダもルトも、ぼくを差し置いて、勝手に事態を進めてしまった。ぼく抜きでするべき話とは、 
いったいどんな内容なのか。ぼくの介入を止めた博士は、二人の意中を読み取っているのか。 
ツインローバのような読心能力者でもないのに…… 
 ──と連想した折りも折り、ほんとうにそうではないかと思わずにはいられないほどの的確さで、 
博士がリンクの秘めた疑問に答を返した。 
「お前さん、自分が何とかせねばと逸っておったな。その意気は買うが、かっかきておる時に 
ものを言うても、事はこんがらがるだけじゃぞ」 
 かっかきておる、だって? 
 ……相違ない。ぼくはルトの発言に腹を立てていた。 
「それに、この手の話は、間に立った男がごちゃごちゃ言うと、かえって収拾がつかん羽目になる。 
女の意地のぶつかり合いじゃでな。お互いが直接ぶつかりたいと思うとるなら、後腐れないように、 
とことんぶつかればいいんじゃ。女同士でしかわかり合えん事柄もあるでの」 
 何となく理解できる気もするが。いまひとつ、ぴんとこない。ぼくが曖昧にしか把握できない 
点を、博士はちゃんと把握しているらしい。これが年の功というものか。 
「けれど……二人をあのままにしておいて、もし、のっぴきならない状況になったら……」 
「血を見ることになる──と?」 
「いや、そこまでは……でも……」 
「心配はない」 
 博士が笑った。今度の笑いは優しげだった。 
「ゼルダ姫は落ち着いておった。お前さんよりも、もちろん、ルト姫よりも、な。年齢と身体では 
ルト姫の後塵を拝しておるが、頭の回転と度胸については、ゼルダ姫の方が一枚も二枚も上じゃわい。 
あの調子なら、ゆめゆめ悪い結果にはならんじゃろうて」 
 いつしか不興感は溶け去っていた。博士の言葉は諭しである、と素直に受け取ることができた。 
楽観的な見通しにも力づけられた。 
 ただ、自分が関与しない場で、その時、まさに繰り広げられているであろう、二人の女の対決を、 
安穏と思い描くほどには楽観できなかったのだが。  
 
 夜のとばりが一帯を覆っていた。もはや空には残照もなく、代わって、東の山影を見下ろす 
までに昇った満月と、複雑な疎密をもって全天に飾られた無数の星々とが、おぼろげながらも 
光といえる光を、広い湖面に投げかけ、美しく反射させている。 
 湖水を跨ぐ狭細な橋を気ぜわしく渡り行くいまのルトにとっては、しかし、頭上と足下に 
交響する霊妙な光の調べも、ただ単に、それゆえ灯火の補助なく自由な歩行が可能という、 
はなはだ現実的な意味合いしか持たなかった。あとに続くゼルダを瞥見もせず、ルトはひたすら 
歩み進んだ。 
 目指すは沖合に浮かぶ小島である。岸からは遠く離れていて、「差しで」話をするには 
うってつけの場所。なおかつ、そこにまつわる、忘れようにも忘れられない記憶が、ルトの心を 
震わせ、同時に、気を奮わせもするのだった。 
 ゾーラの里では、リンクを好きだと常日頃より公言し、また、その人とともにある時は、 
手を繋ぎ、腕を組む程度ならば、全く傍目を気にしないルトではあったが、父たるキングゾーラの 
監督範囲内で房事に及ぶのは差し控えざるを得なかった。そこで着眼したのがハイリア湖だった。 
初めての契りも、爾後の幾度かの交歓も、なされたのは例外なく当該の小島においてであった。 
ゼルダという「恋敵」と対決するにあたり、リンクとの絆の象徴ともいえる場を舞台とすることで、 
ルトはおのれの精神を高揚させようと目論んだのである。 
 効果はあった。ルトの内では戦闘態勢が整っていた。そのため、目的地に着き、ゼルダと 
向かい合って草の上に腰を据えたあと、 
「うかがいましょう」 
 と、まず相手に促された時──会話を主導されることへの反発も加わって──ルトは端的な 
先制の一撃を放つのに露ほども逡巡をしなかった。 
「リンクはわらわのものじゃ! そなたは手を引け!」 
 ゼルダがリンクに寄せる感情の如何を確かめる気もなかった。同じ女である。態度を見ていれば 
わかるのである。ゆえにルトは、居丈高に要求を突きつけつつも、それが簡単に受諾されるとは 
考えていなかった。しかし、 
「お断りします」 
 と、すぐさま、自らに劣らぬ端的さで応戦されたことには──拒否されること自体は予想の 
うちとしても──いささか戸惑いを覚えた。要求される内容を洞見し、答を準備していたとしか 
思えない反応速度。その落ち着きぶりに気押される感じがした。 
 ゼルダが二の矢を射かけてきた。 
「仮に、わたしが同じことをあなたに求めたとしたら、あなたはどうなさいますか?」 
「断る! 絶対にじゃ!」 
 ルトは声を張りあげた。押し返してやろうとの気負いがあった。が、併せて疑念をも抱かずには 
いられなかった。 
 なぜ「仮に」なのか。ほんとうはそんなことを求める気はないとでも? 
 ゼルダは動じなかった。微笑みすら浮かべていた。ルトの戸惑いは増し、さらに、 
「わたしたち二人とも退く気はない。そうすると、リンクの意思が決め手になりますが……」 
 返ってきた言葉は動揺を呼んだ。 
 リンクが自分に向ける好意を、ルトは信じていた。けれども一方では、かねてから、自分だけが 
好意の対象ではないとも察していた。 
 平生、リンクと話す折り、ともすれば思い知らされる。ゼルダのことが話題に上った時、 
リンクが示す言動の端々に──本人は意図していないだろうが、正直な性質だけにくっきりと── 
彼女への想いが透けて見える。それが自分への想いを上まわっているのではないかと不安を覚える。 
 そして、その日の昼、水際で戯れ合う二人を目撃したことにより、ルトは不安を一段と 
濃くしていた。ために自ずと態度が強硬になったのである。 
 微笑みを絶やさず、ゼルダは語を継いだ。 
「あなたが──これもまた仮に──わたしと別れるよう、リンクに求めたとします。リンクは 
拒みます。間違いなく」 
 愕然となる。 
 リンクはわたしを選ぶ──と、この女は確信しているのか? なにゆえの確信? リンクが 
そうと明言でもした? 自分の不安は的中していた? まさか!  
 
 怒りと悲哀と絶望感がないまぜとなってルトの胸を荒らした。そんなはずはない!──と 
断じたいのに、喉はその語を発することができない。発せられるのは言語ならぬ吼え声のみ── 
 と、なりかけたルトを、寸前で押しとどめたのは、続けてゼルダが口にした、静かな陳述だった。 
「反面、わたしがリンクにあなたと別れるよう求めたとしても、リンクは拒むでしょう」 
 混乱した。 
 依然として言葉は出てこない。ただしこのたびは思考の紛糾ゆえである。感情は爆発する時機を 
逸してしまっていた。 
 その混乱を見透かしているのか、ゼルダは、解説めいた語りを、変わらぬ微笑み顔で継続させた。 
「リンクはあなたのものではありません。しかし、かといって、わたしのものでもないのです。 
リンクはリンク自身のもの。わたしたちはそれを認めて、リンクの意思を重んじて、わたしたち 
同士も互いを認め合って、互いを重んじ合って、互いが築くリンクとの繋がりを大切にして 
ゆくのが最善の道──と、わたしは考えます」 
 なおしばし、ルトの混乱は止まなかった。 
 かなりの時間を経て、ようやく思考が言葉に結実した。 
「つまり……我らは、ともに……独占を欲するべきではない──と?」 
「はい」 
「リンクも……それを、望んでいる──と?」 
「はい」 
 当たり前といったふうに頷くゼルダを、ルトは驚きに打たれながら、まじまじと見つめた。 
 これは何かの企みでは? 突飛な物言いでこちらを煙に巻こうとしているのでは? 
 ──とも思えないのだった。実に泰然としたゼルダの面容である。とても邪心を抱いている 
ようには見えなかった。 
 穏和な声が夜気を押し分ける。 
「わたしたちが争えば、リンクは苦しみます。わたしたち自身の首を絞めることにもなります。 
それはわたしの本意ではありませんし、あなたにしてもそうだと信じるのですが」 
 暗示の内容は理解できた。 
(わらわのおらぬ間にリンクを引っぱりこんで乳繰り合おうと──) 
 あの発言──いや、暴言だったと認めよう──に、リンクは本気で腹を立てていた。もし、 
激情にまかせて、もっとひどいことを口走っていたら…… 
 愛想を尽かされていたかもしれない。 
 そう、ゼルダを追い落とそうとすればするほど、リンクはこちらから離れてゆくだろう。 
かえってリンクを失う結果に──自分の「首を絞める」羽目に──なるだろう。 
『それに……』 
 ゼルダがリンクを独占するつもりであれば、こちらがそんな具合に暴走し、自滅してゆくのを、 
ただ見ていればよかった。ところがゼルダは座視しなかった。左様な愚挙には及ぶなと忠告して 
くれたのだ。さすれば、先ほどからのゼルダの言は、やはり真情の発露であると──好意ですら 
あると──解する他はない。  
 
『じゃが!』 
 首肯しがたい点があった。 
「公平ではないな」 
「何が──でしょうか?」 
「わらわがリンクに会えるのは、一年に、二、三回がよいところじゃ。そなたの方が、はるかに 
恵まれておる」 
 ゼルダはうつむいた。笑みは引かれていた。 
「それは……おっしゃるとおりです。あなたの倍は機会を持てるわたしですから」 
「はぁ?」 
 思わず素っ頓狂な声が出た。全く意想外だった。 
 倍? 
 ということは、せいぜい、年に、五、六回? 
「それしき……で、あったのか?」 
「ええ」 
「もっと、しばしば……と、思うて、おったが……」 
「リンクは、年中、旅をしています。合間合間にハイラル城を訪れてはくれますけれど、 
そう頻繁には会えません」 
 旅? 
 言われてみれば…… 
 リンクは旅の毎日を送っている。そのことは知っていた。以前からリンクに何度も聞かされてきた。 
 しかし実感できてはいなかった! 
 顧みるに、リンクがしてくれた旅の土産話を、自分はほとんど覚えていない。恋しい男に会えて、 
嬉しさばかりが募って、他事に心を割くゆとりがなかったのだ。それも致し方なしとおのれを 
庇いたくなるが、にしても、あまりに近視眼的だった。 
 リンクが稀にしかゾーラの里に来られないのと同じく、ハイラル城もまた、彼の常なる 
居場所ではなかった。そうとわきまえていて当然なのに、リンクとゼルダが、始終、一緒で 
あるとの錯覚を、知らず知らず、自分は抱いていた。 
 二人の関係を意識しすぎて! 
 会える頻度に差といえるほどの差はない。ゼルダがとりわけ恵まれているわけではない。 
 こちらとさほど違わぬ境遇だったのだ。 
「……つろうは……ないか?」 
 ぽろりと漏らした問いかけを── 
「え?」 
 受けていぶかしむように顔を上げるゼルダへ── 
「長いこと離れて、会える時を、ただ、待っておるのは、寂しゅうないか?」 
 重ねて問いを送り出す。 
 若干の間をおいて── 
「寂しいですわ」 
 答があり── 
「でも、待つ日々が長ければ長いほど、会えた時の喜びも大きくなります」 
 その面にはしみじみとした笑みが戻った。 
「さもあろう、な……」 
 自分もまさに同じ思いで耐えてきた。もう一人の自分が目の前にいるようでもある。  
 
 いつともなく、ルトの胸は静まっていた。が、腑に落ちかねる点は、まだ、あった。 
「そなた、リンクとは、男と女の間柄なのであろう?」 
「はい」 
「わらわとリンクも同じ間柄なのを知っておるのか?」 
「はい」 
 従前どおりの落ち着きようである。感嘆の思いを抱きつつ、ルトは疑問を呈示した。 
「なにゆえリンクに好き勝手をさせる? 文句の一つもかましてやりとうなるであろうに」 
 自分ならばそうしている。いや、文句の一つや二つどころではすまなかっただろう。感情を 
制御できなくなっていたはずだ。もっとも、自分はリンクに、実のところゼルダといかなる関係に 
あるのかを──不安がりながらも知るのが怖くて──問い質せなかったのだが。それにひきかえ、 
ゼルダの、この自若としたさまは、いったい…… 
 ゼルダの顔がほころびを広げた。 
「わたしにしても、初めから、ものわかりがよかったわけではありません。一時は、癇癪を 
起こして、リンクを怒鳴りつけたりもしました」 
「ほう……」 
 この雅やかなゼルダでも、そんなに感情を激させることがあるのか。何となく親しみが湧く。 
「では、いかにして、いまの境地に?」 
「時が経つうちに……とでも言いましょうか……」 
 ゼルダは述べ始めた。淡々とした話しぶりだったが、声には柔和な響きがあった。 
「リンクには、世間の常識が通用しない……というか……常識を超越したところがあります。 
複数の女性と肉体関係にあることを不道徳だとは思っていません。通常の意味での倫理観を 
欠いています」 
 吹き出してしまう。 
「直截じゃのう。要は女好きということか?」 
「欲望に忠実であるとはいえるでしょう。が、うわついた気持ちでいるのではありません。当人は 
真剣です。ある女性と知り合って、相手をほんとうに理解したい、人としての繋がりを築きたいと 
願って、また、相手も同じように願うのであれば、身体を交わらせるのが自然の成りゆきで、 
そうしてこそ双方が幸せになれると信じているのです。倫理の基準が一般的なそれとは少しばかり 
異なっているだけで、リンクはリンクなりに相手を尊重しています。ただ、そんなふうに繋がりを 
築きたい女性が、リンクの場合、一人にとどまらないのですわ」 
「……なるほど。しかし、男はそれでもよかろうが、女の側からすれば、たまったものではないな」 
「そうでしょうか。わたしはリンクと繋がりを持てて幸せです。あなたはいかがですか?」 
 考えてみようとした。 
 考えるまでもない──と、すぐに結論づけられた。 
「その点は……わらわも、同じじゃ……が……」 
 そなたがおらねばもっと幸せであった──などと憎まれ口を叩く気は、もう起こらない。 
とはいえ、まだ疑問は解けていなかった。 
「リンクとの繋がりに幸せを感じる女が、自分の他にもあることを、そなたは許せるのか? 
わらわを憎むのが道理であろう? なのに、そなたは、憎むどころか、まことに優しゅうて、 
気前がよい。奇怪至極じゃ」 
「リンクと繋がる人は、リンクを介してわたしとも繋がっています。その人の幸せは、わたし自身の 
幸せでもあるのです」 
 きっぱりと言い切るゼルダである。 
 強がりではない。心底からそう思っているとしか解釈できない。  
 
 実に面妖。なぜそんな考え方ができるのか。王女であれば万人の幸福を願っておかしくはないが、 
同じ王女であっても自分の場合は──決して模範的な王女ではないと自覚はしているけれども── 
頭の隅にすら浮かばなかった発想。いや、王女だから云々という次元の話ではなかろう。どうやら、 
リンクとゼルダの繋がりには、二人の間だけで通じる特異さがひそんでいるようだ。それを 
合点しきれないのが歯がゆくはあるものの、敢えて可能な表現をすれば…… 
「そなた、リンクの非常識さに染まってしもうたのではないか?」 
 諧謔をこめて言いやると、 
「かもしれません。が、そうだとしても、全然、後悔はしていませんわ」 
 声に同じく諧謔の風味を加え、しかし言辞には揺るぎを持たせず、ゼルダは答を返してきた。 
『そこまで達観できるとは……』 
 そのように思えること自体が幸せともいえよう。 
 ルトは穿鑿の意を放棄した。 
 これほどの信念に対して、俗な観点からの批評は無意味。となれば── 
「よし、決めた」 
 さばさばとした気分で結論を伝える。 
「リンクとのつき合いに関しては、提案に同意しよう。折り合いのつけどころとしては妥当な 
線じゃ。そなたの言うとおり、争うて有益とも考えられぬからな」 
「ご了解いただけて、嬉しく思います」 
 ゼルダは言葉どおりの明るさを表情に湛え、さらに訴えを寄せてきた。 
「いかがでしょう。こうなれば、わたしたちも誼みを結びませんか? 争わないというだけなく、 
もう一歩進んで」 
 即座には返事ができなかった。 
 いよいよどうかしている。「恋敵」同士が誼みを結ぶなど── 
『いや』 
 もはや恋敵とは呼べまい。むしろ── 
「リンクをめぐっては立場を同じくしているわたしたちですし」 
 そう、なにしろゼルダは「もう一人の自分」であって── 
「王女という立場でも共通しているわけですし」 
 まこと、そこも含めて似た者同士なのであって── 
「話の合うところも少なくはないでしょうし」 
 なるほど、そんなふうに話ができる知り人がいるのはこちらにとって── 
「まあ、それも……悪い提案では、ないな」 
「では……」 
 ゼルダの笑みが軽みを帯びた。 
「仲よくして意味のある相手と認めてくださいますか?」 
「うむ……あ!」 
 肯定しかけて気がついた。昼間に投げつけた皮肉──(仲ようして意味のある相手に限っての 
話じゃがな)──を引用されたのである。  
 
 ばつの悪い思いでゼルダの顔を見る。根に持っている感じではない。うかがえるのは純一な 
洒落っ気だった。 
 素直になれた。 
「そなたには、散々、馬鹿なことを言うてしもうた。汗顔の至りじゃ。申し訳ない」 
「気にしてはいませんわ」 
 やわらかい声が、胸に染みる。 
 こちらの悪意に、ゼルダは善意で応えた。人徳の面では脱帽せざるを得ない。 
「今後も、どうか、よしなに頼む」 
「こちらこそ。相身互いですから」 
「相身互いか。しかし、わらわの方にできることがあろうかの」 
「ありますわ。泳ぎを教えていただけません?」 
「ほ……それはお安いご用じゃが、そなた、リンクに教わっておったであろう?」 
「ええ、でも……こう言っては何ですけれど、リンクの泳ぎは、少々、頼りないところがあって」 
「はは、いかにも、じゃな。ゾーラ族として言わせてもらえば、リンクの泳ぎなど、泳ぎの内には 
入らぬ」 
「よろしければ、明日にでも」 
「承知した。で、実は……わらわも、そなたに、願いの儀が一つあっての」 
「何でしょう」 
「その……料理をじゃな、なんぞ一品でもよいので、伝授してはもらえぬか、と……たまには 
そういうのも楽しかろうかと思うて……」 
「喜んでお教えしますわ。それも明日でよろしいでしょうか」 
「よいとも。手数をかけるが、ぜひ」 
 ──と、和やかに会話を紡ぎつつ、ルトは、その和やかさにすっかり順応してしまっている 
おのれを認識した。 
 ゼルダに対し、先刻まで敵意を煮え滾らせていたのが、我ながら信じられないほどだ。ひとたび 
心を開いてみれば、それまで見えていなかった──否、見えているのに見ようとしなかった── 
ゼルダの美質が、すんなりと伝わってくる。 
 対立する相手にも誠意を尽くす広量さ。一貫して気品を失わぬ高雅な物腰。言葉遣いが 
丁寧なのは年少たる身を意識してのことだろうが、さりとて過度の卑下には陥らず、理不尽には 
毅然と応じる芯の強さをも備えている。 
 接していて安らぐ。温かみを感じる。自分もこうあらねばと励まされる。 
 魅力的だ。 
 リンクが惹かれるのも、むべなるかな、と頷ける。 
 女の当方でさえ、惹かれるのだから。  
 
 

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