「ねえ、お水……は、もうないわよね?」 
「うん、さっき飲んだ分でおしまいだよ」 
 心細げなゼルダの問いに、答えるリンクも意気揚がらず。 
 二人は馬を停め、困惑の眼差しを交わし合った。 
 リンクがエポナを入手して以来、時おり騎馬でハイラル平原を散策するのが、二人の新たな 
楽しみとなっていた。人目につかない所を行くのであれば、そしてリンクがしっかり護衛役を 
果たすのであれば、との条件で、インパも──彼女にしては気前よく──許可してくれているのだった。 
 ところが今回は──と、リンクは思いに苦みを混じらせる。 
 好天に誘われての遠乗りだったが、その好天がかえって仇をなした。予想以上に気温が高くなり、 
喉の渇きが著しく、とうとう手持ちの水を飲みつくしてしまった。 
 ハイラル城に戻れば飲み物にありつける。しかし、急いでも二時間はかかるだろう長距離を、 
この暑い中、水なしで進むのは、かなりの苦行。かといって、補給もまた困難。丘陵地帯ゆえ、 
川も池もない。もちろん人家もない。「人目につかない所」を選んでの道行きだからだ。 
 とはいえ、何らかの方策は必要。渇きを癒す手段を見つけなければ。このあたりで水を得られる 
所といえば…… 
「そうだわ」 
 ゼルダが声と顔を明るくした。 
「ここからだと、ロンロン牧場が近いんじゃない?」 
 まさにぼくもそれを思いついたところだ。が…… 
「そこでお水を分けてもらって……ああ、でも、どうせなら、お水よりロンロン牛乳の方がいいわ。 
お城に届けられる分もおいしいけれど、搾りたてだと、もっとおいしいでしょうね」 
 すっかり乗り気のゼルダである。 
 ぼくがロンロン牧場と懇意なのを──旅の話をする際、稀ならず言及してきた場所なので── 
ゼルダは知っている。牛乳を貰うくらい造作もないと思っているのだろう。確かにそのとおり。 
牛乳どころかエポナを譲られるほど親しい間柄だ。 
 とはいうものの、ゼルダを連れてロンロン牧場を訪れるのには抵抗を感じる…… 
「どうしたの? 早く行きましょうよ」 
「あ、うん……」 
 方針は決定とばかり促すゼルダに、曖昧ながらも肯定の返事をする。そこでしか飲み物を 
手に入れられないのであれば、選択の余地はない。 
『だけど……』 
 せかせかと馬を進ませるゼルダのあとを追いつつ、リンクは胸の内に懸念を宿らせた。 
 問題は、マロン。 
 彼女と密な関係にあることを、ぼくはゼルダに告げていない。そもそも、ぼくと同年代の 
女の子がロンロン牧場に住んでいるという事実さえ伏せたままだ。旅先で知り合った人々の中に、 
自分たちと同様、早くに母親を亡くした、しかも自分たちより一つ年下の少女がいて、 
主婦業全般を立派にこなしている──などと話題にしたことはあるけれども、それがどこの誰とは 
明かさなかった。 
 いきさつがある。 
『あの世界』のマロンと同様、『この世界』のマロンも──同一人物ゆえ当然だが──幼い頃から 
性的な事柄に興味津々だった。家畜がする交尾の観察を通してセックスの何たるかは理解しており、 
自慰も習慣的に行っていたらしい。ぼくと会うたびにキスをせがんでくるし、「もっといいこと」を 
したいと匂わせもする。 
 そうした要求を、ぼくはどうにか回避してきた。ゼルダという恋人がいるからだ。翻って、 
回避している以上、そんな話をわざわざゼルダにする必要はない、とも判断した。  
 
 しかし、ゼルダの許しを得て賢者たちと契りを結んでからは、考えが変わってきた。 
 サリアやルトやダルニアとは交流を深められたのに、マロンだけを避けるのは不自然ではないか。 
なにしろマロンはぼくにとって──記憶の上では──「初めて」の女性。一種、特別な存在だ。 
また、『あの世界』のマロンを悲惨な境遇から救ったぼくとの結びつきが、『この世界』でも彼女に 
──いまは悲惨でも何でもないにせよ──なにがしかの幸せをもたらすかもしれない。 
 ──と思いながらも、さしあたり実行には移さなかった。ゼルダとの約束が頭にあった。 
他の女性を抱こうとするなら事前に相手が誰かを知らせるという、あれ。賢者ではない、従って 
その種の繋がりを持つ必然性のないマロンとの交情を、ゼルダが認めてくれるか否かは 
わからなかったが、筋からいえば確かめるべき。 
 ただ、ほんとうに確かめるかどうか、確かめるならどの機会にか、と迷っているうち…… 
 マロンが大胆な行動に出た。 
 ロンロン牧場に泊まる時、ぼくはいつも牛小屋に寝かせてもらっている。ある夜、マロンは 
そこに忍んできた。そして──よほど思いつめていたのだろう──いきなり「セックスして」と 
言い放ち、着ているものをすべて脱ぎ捨てた。 
 そうまでされたら、とても邪険にはできない。『あの世界』でもぼくを虜にした、かわいい顔で 
露骨な台詞を吐くさまに、大きな刺激を受けもした。『あの世界』での「初めて」と同じ場所で 
似た状況にあるぼくたち二人だという意識が、なおさら興奮を強めた。 
 した。 
 以来、関係が続いている。 
 そのこと自体を悔いてはいない。マロンを深く正しく理解するには至当な方法だったし、彼女の 
ためにもよかったと思う。いまでは心がかりなく、あの咲きほこる花のような明るさをもって、日々、 
溌剌と暮らせているマロンなのだ。 
 ぼくが『あの世界』よりずっと早い時点でエポナを自分のものにできたのも、マロンと緊密な 
「繋がりを結び得たためで、それは別方面にも好影響を及ぼした。マロンが言い出したぼくへの 
エポナ譲渡に、タロンは快く同意してくれたが、一方では、この調子で娘を好き放題にさせれば 
牧場の動物たちを次々に失いかねないと危惧したか、以後は従来の怠け癖を改め、真面目な 
働き手に変貌した。『あの世界』のタロンとは異なり、博打などには目もくれない。つまり、ぼくと 
マロンとの繋がりが、ロンロン牧場の安定に──ひいてはマロンの幸せに──寄与したわけだ。 
 恥じる要はないぼくたちの関係といえる。 
 しかしゼルダには告白しづらかった。話すとなれば事後承諾を求める形になるが、すんなり 
承諾が得られるかどうか心許なかった。 
 なかなか言えないまま時間ばかりが過ぎた。過ぎてますます言いにくくなった。 
 結局、折り合いをつけた。 
 もともと、あの約束は賢者を対象にしたもの。すなわちマロンは対象外だ。よってゼルダには 
告げなくともかまわない。それでも約束を破ることにはならない。 
 そう決めて──据わりの悪い理由づけだと頭の隅では自覚しながらも──今日に至っている。 
『だけど……』 
 ここにきての懸念。 
 ゼルダとマロンが顔を合わせたら、いろいろと不具合が起こりそうで…… 
『いや、大丈夫さ』 
 牧場に着いても、ゼルダをマロンに会わせなければいいのだ。これは正当な措置。ぼくと 
ゼルダが城外に二人きりでいるのを他人に見られてはならないのだから。 
 決して自身の都合を優先させているのではない──と、強いておのれに言い聞かせ、リンクは 
エポナに歩みを速めさせた。  
 
 やがて丘陵の上に横長の建造物が見えてきた。ロンロン牧場を取り囲む石塀である。 
さらに行けば、塀の一カ所に設けられた門が視野に入る。ふだんならまっすぐそこを目指す 
リンクだったが、このたびは、門の近くにある木立のそばで、いったん前進を止めた。 
 牛乳を貰ってくるから、君は木陰で待っていてくれ──と、ゼルダに告げる。人目を憚るべき 
自分たちであるとはゼルダも承知しているので、反対はしない。護衛役が王女から離れてしまう 
ことになるが、平原を眺め渡しても人影は一つとしてなく、他にも害となり得るような要素は 
観察されず、短時間であれば問題あるまいと結論した。 
 門の前に至ってエポナから降りる。轡をとって牽き進む。曲がり角を過ぎれば、母屋と馬小屋に 
挟まれた小径である。 
 そこにマロンがいた。 
 手には箒。掃除中らしい。日常の仕事だから、マロンがそこでそうしているのには何の不思議も 
ないのだが、到着早々、その姿を目の当たりにして、胸のどきつきを止められない。 
「あ! リンク!」 
 マロンは表情を輝かせ、箒を地面に放り出し、宙を飛ぶかのような速さで足を駆けさせ、 
「来てくれたのね! 嬉しい!」 
 勢いよく身体をぶつけてきた。ようやく踏みとどまって衝撃を吸収する。と同時に、思わず 
後ろをふり返ってしまう。ゼルダに目撃されるおそれはないとわかっていながら。 
 一方では、胴に巻きつく腕の力の強さと、押しつけられる胸の豊かな弾力が、まことにもって 
心地よい。あけっぴろげな行いに微笑みを誘われもした。 
 マロンとて、タロンやインゴーの前では、一定の慎みを保つのが常だ。いまは両人とも近くに 
いないので、これほど奔放に振る舞うのだろう…… 
「誰かと一緒なの?」 
 問われて、ぎくりとなる。マロンが面持ちをいぶかしげにしていた。 
「あ、いや……」 
 露見したわけではない。後ろをふり返ったせいで、マロンにそういう印象を与えてしまっただけだ。 
「ぼく一人さ。誰もいやしないよ。いるはずがないじゃないか」  
 
 何気なさを装って言葉を並べ、次いで話題の転換を試みる。 
「たまたま近くを通りかかって、喉が渇いたから、ロンロン牛乳を飲ませてもらおうと思って、 
それで、ちょっと、寄ってみたんだ」 
「あら、あたしに会いに来たんじゃないの?」 
 拗ね顔になるマロン。あわてて語を追加する。 
「もちろん、君の顔も見たかったさ」 
「顔だけ?」 
 意味は理解できた。しかし応じるわけにはいかなかった。 
「そりゃ、他の所も見たいけれど……ゆっくりしていられなくて……」 
「じゃあ、今夜は?」 
「泊まれないよ」 
「えーッ? そんなのつまんなーい」 
 マロンは駄々っ子めいた言い方で不満の意をあらわにする。手こずらされたものの、何としても 
はずせない用事があるのだと説得した結果、次の訪問時に埋め合わせをするという条件で、 
どうにか納得にもってゆくことができた。 
「しょうがないわね。リンクにも事情があるんだろうし」 
 案外、さばさばとした態度のマロンである。リンクは胸を撫で下ろした。が、まだ関門は 
残っていた。母屋に移り、牛乳を貰う段になって、二人分を確保するため、二本の瓶に 
満たしてくれと頼んだところ、またもやマロンの不審を買ってしまったのだった。 
「持っていくの? 二本も? この暑さだと牛乳は長もちしないわよ。じきに傷んじゃうわ」 
「心配ないって。すぐ飲み干せるさ。喉がからからなんだ」 
「だったら、ここで飲んでいけば?」 
「そ、そうもいかないんだよ。なにしろ急いでるもんで……」 
 怪しみの色を表情にとどめながらも、マロンは頼みに応じてくれた。二本の瓶を受け取ると、 
リンクは、なお話を続けたそうなマロンの機先を制して謝辞と別れの挨拶を送り、そそくさと 
その場を去った。 
 平原に出て、大きく息をつく。ともかくも難関を切り抜けたという安堵感が、緊張に代わって 
心を満たした。 
 リンクはエポナを牽いて──瓶を二本も持っていては乗馬しにくいからである──木立の方に 
向かった。ゼルダは馬を静かに佇ませていた。 
「待たせたね」 
 と微笑みつつ呼びかけ、同じく微笑んで首を横に振る鞍上のひとに、瓶の片方を差し出す。 
ゼルダが右手を伸ばし、提供物に触れようとした、その時── 
「リンク!」 
 背後から呼ばわられた。リンクは瓶を取り落としかけた。それほどの驚きだった。 
 おそるおそる、ふり向く。 
 マロンだった。  
 
 あとをつけられた──との状況を把握するに精いっぱいで、一言も発せられないリンクに、 
引き続き、マロンは声を投じてきた。 
「やっぱり連れの人がいたのね。そんならそうと言ってくれればいいのに、水くさいんだから」 
 言葉こそ責めるに近いが、怒っている感じではない。むしろ面白げな顔つきである。そこに 
一抹の救いを覚え、リンクはようやく口を開かせられるに至った。 
「……どうしてわかったんだい?」 
「そりゃ、わかるわよ」 
 ころころと顔を笑み崩れさせるマロン。 
「瓶を二本だなんて、二人分だと白状してるのと同じじゃないの。そもそも来た時から様子が 
変だったもん。リンクは考えてることがすぐ顔に出るのよ。嘘が下手ねえ、ほんとに」 
 はなから見抜かれていたのか──と臍をかむ。 
 こうやってマロンに内心を読まれるのは、初めてではない。過去に経緯があり、しばしば 
似たような追及を食らっている。その内容は…… 
 いや、過去の経緯など、いまはどうでもいい。問題はゼルダとマロンの遭遇だ。どうやって 
この場を切り抜ければいいか。 
 惑いが渦巻くリンクの胸に、なおもマロンが惑いの種を植えつける。 
「だいたい、リンクがうちに来て、何もせずに帰るっていうのがおかしいのよ。いつも必ず 
泊まっていってくれるのに」 
 あわててしまう。 
 そんなふうに言わなくてもいいじゃないか。ゼルダがどんな具合に解釈することか。 
 そのゼルダに、あっけらかんとマロンが話しかけた。 
「こんにちは。初めまして。ロンロン牧場にようこそ。あたしはここの娘で、マロンっていうの。 
あなたは?」 
 初対面の相手でも物怖じしない。マロンならではの天真爛漫さだ。ぼくが他の女性と一緒にいるのを 
目にしながら、かつてのルトのごとく敵意を燃やしたりしないのも──「過去の経緯」からして 
それは当然の成りゆきだが──ありがたいこと。 
 けれども、話しかけられた方はどうだろう。 
 馬上のゼルダは当惑の面差しだった。適当な台詞を思いつけずにいるらしく、リンクとマロンを 
交互に見やるのみである。ただ、リンクには、自らに向けられるゼルダの視線が、「このひとは 
あなたの何?」という疑念を秘めているように思えてならなかった。 
 それはそれで気にかかるが、いま最も重要なのは──と、無理やり思考を別事に集中させる。 
 ゼルダが示すべき言動だ。幸い、マロンは自分が王女様を前にしていると気づいていない。 
ゼルダの顔を知らないのだ。服は──遠乗りの途中で仮に誰かと会ってもごまかせるようにという 
インパの指示により──乗馬用の軽快かつ地味なもので、高貴な出自を匂わせる華美さはない。 
だからゼルダがうまく振る舞えば、そして一点を──そう、わずか一点だけを──マロンが 
見過ごしてくれたら、王女の王女らしからぬ城外散策を隠し通せる…… 
 ところが、 
「あら?」 
 マロンは見過ごしてくれなかった。 
「その耳飾りは……ご王家の……」 
 ああ!──と、リンクは心の中で慨嘆の叫びをあげた。 
 トライフォースの耳飾り。ハイラル王家の人物にだけ許された意匠。 
「ってことは……もしかして……」 
 王族。若い女性。該当するのは、ただ一人だけ。 
「ゼルダ……様……」  
 
 ばれてしまった! 
 マロンも年頃の少女。装身具に目が行って当たり前だ。危険因子を残しておいたのは明らかな失敗。 
だがゼルダを責めるのは酷。ぼくとの思い出の品であるこれだけは身につけていたい──と、 
ひたむきに主張したのだ。それをどうして退けられようか。 
 茫然と立ちつくしていたマロンが、やにわに身体を崩し落とし、額を地に擦りつけんばかりにして 
陳謝を始めた。 
「あ、あたしったら、気がつかなくて、何て言えば、こんな時、そう、ごめんなさい、じゃなくて、 
も、もうしわけ、ありません、ございません、ご、ご無礼の段、どうか、どうか、お許しを……」 
 ゼルダが行動を起こした。馬を降り、マロンの前にしゃがんで、穏やかに口を開いたのである。 
「謝ることはありませんわ。そんなにかしこまらないで、楽にしてください。そうしてもらえれば、 
わたしもくつろげます」 
 マロンが頭を上げた。親しげに接されたのが意外だったとみえ、きょとんとしている。 
「……いいんですか?」 
「ええ」 
 にこやかにゼルダは応じ、マロンに向けて片手を差し出した。 
「わたしには、同じ年まわりの知り合いが、多くはありませんの。なので、あなたのような方と 
お会いできて、とても嬉しいのです。堅苦しいやりとりは、なしにしましょう」 
 無言のマロンだったが、ややあって、おずおずと、自らの手掌を相手のそれに重ねた。ゼルダの 
顔がいっそうほころぶのを見て、ようやく安慮したのだろう、マロンも表情を明るくし、熱心な、 
しかし、なおも動転ぶりを残した口調で、次々に言葉を羅列した。 
「あの、もし、ご休憩とかでしたら、ぜひ牧場の方までおいでいただければ、これから父に言って 
準備を、あ、父はタロンと申しまして、あたしがマロンだから合わせてロンロン牧場なんですけど、 
あとはインゴーさん、いえ、インゴーという使用人がおりまして、二人ともゼルダ様がおいでに 
なると聞けば大喜びに違いないんでどうか少しだけお待ちくださいそうしたら──」 
「たいへんありがたいお申し出ですが……」 
 放っておくと無限にしゃべり続けそうなマロンを、ゼルダがやんわりと遮った。 
「今日は身分を隠しての外出で、できるだけ他の人には会いたくないのです。牧場をお訪ねするのは、 
またの機会にさせてください。それより、ここであなたとお話ししていたいですわ」 
 マロンにとっては、王女様を独占できるその誘いの方が、はるかに訴求的だったらしい。 
ゼルダの断りにがっかりした様子もなく、逆に興味を深めた態で問いを口にした。 
「こんなふうに、お城の外へ出られることが、よくあるんですか?」 
 平静に答えるゼルダ。 
「時々です。領内のありのままの状態を見てまわるのも、王家の者の勤めですから。というわけで、 
今日、わたしに会ったことは、どうか内緒にしておいてください。ご家族にも」 
「誰にも言いませんわ。でも、こっそり出歩かれたりして、危なくありません?」 
「大丈夫です。このリンクは、家来衆の中でも腕の立つ人で、安心して護衛を任せられます」 
 一瞬、リンクは戸惑いを覚えた。が、すぐにゼルダの真意は把握された。 
 これは咄嗟の善後策だ。王女とばれたのはやむなしとして、ほんとうは単なる散策── 
というより逢い引き──であるのを用務と装い、マロンを懐柔し、秘密を守らせようとしている。 
ぼくを家来扱いするのも、真の関係を秘匿したいがため。ならばぼくもこの場では、お忍びの 
王女様を守る従者の役割を演じなければならない。 
 控えめであろうと心がけ、女性二人からやや身を離して地面に坐す。二人も草上に腰を落ち着け、 
会話を続けていった。  
 
 ゼルダが牧場での暮らしぶりを訊ねる。詳細に答えるマロン。そうするうちに気持ちもほぐれて 
きたようである。ロンロン牛乳を飲んだゼルダがその味を褒めちぎると、マロンは有頂天になった。 
当初の怯えは跡形もなく消え失せ、口ぶりは──敬語の使用をこそ保ってはいたものの── 
どんどん遠慮を稀薄にし、時おり、けたたましい笑いを挟ませる。 
 普通の人間なら、いくら楽にしてと言われても、王女様を相手に、こうも厚かましい態度は 
とれないだろう。しかしそこがいかにもマロンらしい。ゼルダも不興がってはおらず、むしろ 
上機嫌でいるように見える。 
 もともと、王女の権威を振りかざして他者をひれ伏させようなどとは絶対にせず、人々とは 
気さくに接したいと考えるゼルダだ。マロンの無邪気さは歓迎するところのはず。相手を懐柔する 
とはいっても、見せかけで優しくしているのでは決してない。 
 二人がこれほど親密になれるのなら、懸念する必要もなかった──と、リンクは胸を安んじさせた。 
 ところが…… 
 次第に雲行きが怪しくなってきた。打ち解けた気分がそうさせるのか、マロンが話の中に 
リンクの名を織り交ぜ始めたのだった。 
「牛小屋は塔の形になってるんですけど、リンクはそこに登るのが好きで──」 
「エポナは人見知りの激しい馬なのに、リンクとは初めから気が合ったみたいで──」 
 といった具合である。のみならず、いつしかリンクの隣に位置を移し、笑うのに合わせて肩を 
叩いてきたり、頬を指でつついてきたりする。その程度ならふだんからタロンやインゴーの前でも 
自然に行っているので、特別の意図があってのことではないとは思われるのだが、ちょっとした 
ものであれ、身体が接触するさまをゼルダに見られるのは、リンクにすれば気が気でなく、 
かといって、大仰に避けるのも、口で言ってやめさせるのも、何となくわざとらしいと感じられ、 
結果、なすすべなくすわったままでいる他はないのだった。 
 不意にゼルダが質問とも感想ともつかぬ発言をした。 
「あなた方お二人は、ずいぶん仲がおよろしいのですね」 
 声の調子は温和である。が、リンクの肝は冷え渡った。他方、マロンは嬉々とした表情になった。 
「そうなんですの。あたしたち、とーっても仲がいいんです」 
 狼狽する。 
 何が「とーっても」だ。わざわざ強調しなくてもいいだろうに。 
「そろそろ、おいとましますわ」 
 いささか唐突に、ゼルダが言った。リンクはほっとした。座談が終わりとなれば、マロンが 
余計なことを口走るのではないかと心配せずにすむからである。もっとも別種の心配が残っている 
のではあったが。 
「え? もうお帰りになっちゃうんですか?」 
 残念そうに問うマロンへ、ゼルダが説明を返す。 
「あまり長居をすると、日が暮れるまでに城へ戻れませんから」 
 そのとおり。適切な判断。ゼルダの頭脳に乱れはない。顔は微笑みを絶やしておらず、感情の 
揺れもうかがえない。しかし外からうかがえないだけではないだろうか。 
 マロンも聞き分けはよく、執拗に引き止めたりはしなかった。帰路での口渇に備えて 
ロンロン牛乳を携えるよう勧め──二本の瓶はすでにリンクとゼルダが空にしていたので── 
追加を取ってくる、と親切な提言をくれた。それだけならよかったのだが、続けてマロンは、 
「一緒に来て」 
 と、命ずるかのごとくリンクを促し、返事も待たず、その手を引いて牧場に向かおうとする。 
どうしてぼくが一緒でなければならないのか──とリンクはいぶかしんだものの、拒めばマロンの 
親切に水をかけることとなりそうであり、ゼルダの目を気にしつつも、やはり、なすすべなく 
引かれてゆく他に選択肢を思いつけなかった。  
 
 門をくぐり、二人きりになると、マロンは歩きながら深々とため息をつき、うっとりとした 
口調で言った。 
「ゼルダ様って、ほんとに、おきれいで、お淑やかで、素敵な方ねえ……確か、あたしより一つ 
年上で、ってことは、まだ十四歳なのに、ずいぶん大人っぽくて……あたし、憧れちゃうわ」 
 ゼルダを褒められれば我が事のように嬉しいリンクではあったが、次にマロンがにやつきと 
ともに送りつけてきた、 
「リンクの本命って、ゼルダ様なんじゃないの?」 
 との台詞には、驚き入り、足を止めずにはいられなかった。 
 これを言いたくて、ことさらぼくをゼルダから遠ざけたのか? 
 追い打ちがかかる。 
「二人は恋人同士なんでしょ?」 
 なぜそれを!?  
 必死で言い募る。 
「な、なに言ってるんだよ、ぼくとゼルダが恋人同士だなんて──」 
「あ!」 
 マロンの大声が否定の弁を遮った。 
「ゼルダ様のこと、呼び捨てにしたわね。リンクがゼルダ様を何となくそれっぽい目で見てたから、 
ひょっとしたらって思ったんだけど、やっぱりそうだったんだ。あはははッ!」 
 しまった!──と悔やんでも、後の祭り。 
 愉快そうな笑いを途切れさせ、マロンがさらなる爆弾を投下した。 
「ゼルダ様ともセックスしてるの?」 
 絶句する。 
 それを肯定と──正しく──見なしたのか、マロンは再び高笑いに戻った。 
 リンクは胸中で省み、そして顧みた。 
 ほんとうにぼくは「それっぽい目」などでゼルダを見ていたのだろうか。自分ではわからない 
けれども、ゼルダに傾倒しているぼくだけに、知らず知らず、想いが眼差しに反映されていたのかも 
しれない。が、だとしても、それだけでマロンが確信に至ったわけではないのだ。本命だの 
恋人同士だのは当てずっぽうだったのだ。にもかかわらず、ぼくの迂闊な物言いで、真実を 
悟られる羽目となってしまった。 
 いつも、この調子で、してやられる。 
「過去の経緯」というのも、その伝だった。 
 マロンには、肉体関係を結ぶ前から、ぼくが童貞ではないこと、複数の女性とつき合っている 
ことを──彼女らの人数や身元は別として──知られていた。こちらが進んで話したのではない。 
経験はあるのか、相手は一人だけなのか、と好奇心旺盛なマロンに訊かれ、どう答えようかと 
困っている間に、実のところを察せられてしまう。ぼくの言葉遣い、目つき、顔つき、とりわけ 
答に困っているというありさま自体が、内心を物語るらしい。それで「考えてることがすぐ顔に 
出る」とか「嘘が下手」とか言われてしまうのだ。 
 そうした予備知識を踏まえ、マロンはぼくとゼルダの関係を正確に読み取った。ぼくがゼルダを 
好きであることは、ぼくの目なり言葉なりから推測もできよう。けれどもゼルダがぼくを 
どう思っているかは──さっきの彼女は完璧にぼくを「家来」としてしか扱わなかったので── 
わからないはず。なのにマロンがぼくとゼルダを恋人同士と見極められたのは、ぼくに懇意の 
女性があると承知していたからこそだ。 
 ただ、一方では、そんな「過去の経緯」が、救いにもなっている。もともと複数の女性と身体の 
繋がりを持つぼくだと認識しているマロンゆえ、嫉妬とは無縁。牧場にいる間はあたしの 
リンクだけど、よそでは誰と何をしたってかまわない──と割り切っている。だから、ゼルダが 
ぼくの恋人と知っても、いまのように笑っていられるのだ。 
 その点では助かる。とはいえ、釘は刺しておかねばならない。 
「ねえ、頼むから、このことは誰にも言わないでくれよ」 
「言いやしないわよ。あたしだってリンクとのことが父さんとかにばれたら大変だもん。 
お互いさまってとこね」 
 とりあえず安堵する。 
 始末に負えないマロンではあるが、このざっくばらんさは憎めない。やれやれ、しかたがないな、 
と思わされてしまう。 
 しかし安堵できない部分もあった。「別種の心配」が、なおもリンクの心にはわだかまっていた。 
 マロンが、ぼくとゼルダの関係を疑いながら、ゼルダの前でぼくへの親愛感を隠さなかったのは、 
悪意や対抗心ゆえではあるまい。ごく自然な、作為のない行動だったといえる。嫉妬という感情を、 
マロンは持っていないのだから。 
 だが、ゼルダの方は、それをどう受け取っただろうか?  
 
 ハイラル平原を騎行する二人の間に、会話は交わされなかった。沈黙を守るゼルダに対し、 
何をも言い出しかねるリンク、という図式だった。 
 ぼくとの交際の実態をマロンに悟られたことを、ゼルダは知らない。そのため、見送るマロンの 
姿が眺められるうちは、気安く語り合うさまを見せるべからず、と警戒しているのではないか…… 
 当初はそんな希望的観測にすがっていたリンクだったが、ロンロン牧場の石塀が稜線の向こうに 
消えたのちも口をきこうとしないゼルダとわかって、その心境が通常ならざることを確信せずには 
いられなくなった。 
 ぼくとマロンの「密な」関係を、ゼルダは察知したのだろうか。 
 マロンはぼくにしなだれかからんばかりだった。かなり馴れ馴れしかった。そしてぼくはそれを 
──一応の理由はあれ──拒絶しなかった。察知されたとしても不思議はない。どうしたらいいか。 
正直に告白すべきか。すべきだろう。しかしゼルダの出方が読めないうちはこちらも── 
「リンク」 
 突然の呼びかけ。 
「な、なんだい?」 
「あなたは、あのマロンという方のことを、これまでわたしにひと言も聞かせてはくださいません 
でしたわね」 
 激したところの全くない声だった。が、リンクの気を挫くには充分といえた。他者の耳を 
気にせずともよい場面で、かくも馬鹿丁寧な話し方をするのは、ゼルダがすこぶる不機嫌な時の 
癖なのである。 
 告白するにしても、時期を選んだ方がいい。 
 ──というわけで、生まれかけた会話は発展することなく、あとは、再び無言に戻った 
両者による、実に静かな道中となった。リンクにとっては、長く、そして著明な緊張を強いられる 
時間だった。 
 
 ハイラル城に帰着してからも事態は変わらなかった。その晩は別荘に赴く予定となっており、 
そこでじっくり話をしようとリンクは考えていたのだったが、ゼルダは爾後の行動について 
いっさい言及せず、自室にこもってしまった。とてもじかに訊ねられる雰囲気ではなかったので、 
侍女に確認を頼んだところ、別荘行きは延期とのこと。理由は不開示。とりつく島もないありさま 
である。 
 夕食時となっても、ゼルダは食堂に現れなかった。給仕係に問うと、部屋へ料理を運んだという。 
食事はそちらですませるつもりらしい。すぐに局面を打開するのは難しそうだった。 
 次の日もゼルダには会えなかった。徹底的に避けられている感じだった。勇を鼓して部屋の 
前まで行き、ドアをノックし、声をかけてみたが、返答はない。よほど気分を害していると 
推量され、リンクの胸は暗雲に満ちた。  
 
 事態が動いたのは、その翌日である。 
 朝、食堂に行くと、ゼルダが着席していた。 
「おはよう、リンク」 
「……おはよう」 
 挨拶の交換は無難に行われた。が、ゼルダの表情は茫漠としていた。怒っているふうではない 
ものの、さりとて親しみも表してはいない。 
「予定を延ばしていたけれど、今日、お昼が過ぎたら別荘へ行くわ。あなたも一緒に行って 
くれるわね?」 
「あ、うん……」 
 リンクは記憶を掘り起こした。 
 類似の状況で別荘に誘われた経験が、以前にもある。賢者との契りをめぐって諍いを起こした時だ。 
あの時はゼルダの方が下手に出てきた。今回もそうするつもりなのか。誘う以上は、いつもそこで 
ぼくとしていることを念頭に置いているのだろうし、馬鹿丁寧な言葉を使わないのは機嫌を直して 
いるからとも思える。しかし楽観はできない。つかみどころのないゼルダの面貌。感情を 
押し隠しているようでもある…… 
 ゼルダが言い継いだ。 
「実は、マロンを招待してあるの。今夜は別荘に泊まってもらうから、あなたも心得ていて 
ちょうだい」 
 喫驚する。 
「招待って……どうして?」 
「おとといお世話になったお礼よ。マロンのお父様に伝えたの。きのう牛乳を届けてくれた 
折りにね。承知していただけたわ。今日のお昼に連れてきますって」 
「牧場に行ったのをタロンに話したのかい? あれは内緒にしておかないとまずいんじゃ──」 
「もちろん、話したりはしていないことよ。わたしと歳の近いお嬢様がそちらにいらっしゃると、 
最近、初めて、リンクから聞かされたので、一度、お会いしてみたい──と、それらしい理由を 
つけておいたわ」 
 なるほど、知恵がまわる──と感心している場合ではない。ゼルダは「初めて」というところで 
声を強めた。皮肉の意をあからさまにした。機嫌は直っていないのだ。ならば、マロンを 
「招待」するにつき、何か特別の動機を持っているのではなかろうか。 
 三人で一夜を過ごすとなれば、必然的になまめかしい想像が浮かぶ。サリアやインパやルトを 
まじえての交歓を、これまでぼくとゼルダは行ってきた。けれどもこのたびは事情が異なる。 
前例が踏襲されるとはとうてい考えられない。ぼくとマロンのつき合いを、決して面白くは 
思っていないはずのゼルダなのだ。 
 果たして、どうなる? 
 いっそうの不安がリンクを苛んだ。  
 
 間もなく正午という頃になって、リンクはゼルダの部屋を訪れた。二人でマロンを迎えようと 
誘われていたのである。なおゼルダの真意を量りかねていたものの、提案自体は妥当なので、 
リンクも同意したのだった。 
 マロンとの件をゼルダに告白するだけの、時間的、心理的余裕はなかった。ただ一つ、マロンが 
自分たちの関係に感づいていることだけは知らせておいた。それをゼルダは──不思議にも── 
全く気にしない様子だった。 
 ほどなくマロンが侍女に案内されて到来した。王女様のお招きと意識したためだろう、小綺麗な 
服装をしている。生まれて初めて足を踏み入れた王城の雰囲気に戸惑っているのか、きょろきょろと 
周囲を見まわすさまが落ち着かなげである。それでも、初会の際と同様、楽にするようゼルダに 
言われ、続けて挨拶をやりとりするうちに、平常心を取り戻したらしく、屈託ない笑顔で 
しゃべるようになった。 
 歓待の次第は、まずは昼食、次いでは城内の見物だった。その間、ゼルダとマロンは、絶えず 
会話を弾ませた。一昨日のやりとりとは立場を換え、王女の生活の実態をマロンが熱心に問い、 
それにゼルダが優しく答える、というのがもっぱらで、リンクは同伴していながら蚊帳の外に 
いるのも同然だった。 
 疎外感は湧かなかった。自分が話題にならないのは、むしろ幸いだった。しかしゼルダの 
態度には惑いを覚えずにいられなかった。 
 嫉妬に駆られてマロンを責め立てるのではないか、と──まさかとは思いつつも──危ぶんで 
いたのだが、そんな気配はいささかもない。マロンとの語らいを心から楽しんでいるようだ。 
頷けることではある。開放的な性格のマロンは、ふだんから王城暮らしの窮屈さをかこつ 
ゼルダにとって、格好の話し相手といえよう。先日の二人がすでにそうだった。とすれば、 
マロンを「招待」するについて、ゼルダに他意はなかったのか。 
 いや、結論を出すのはまだ早い。城内では人目があるから本音を伏せているだけなのかもしれない。 
『だとしたら……』 
 これからが大変──ということになるのだった。  
 
 別荘へ行くにあたっては、例によって、監督者という名の局外者であるインパが付き添った。 
そのインパも、マロンには好感を持ったとみえた。持ち前の明るさを発揮して、怖じもせず 
話しかけてくるさまが気に入ったらしい。また、ゼルダが同年代の女友達を持つことにも賛意を 
抱いているようだった。 
 目的地に着き、インパが姿を消すと、あとは三人きりである。 
 客間のテーブルを囲み、ゼルダが手ずから入れた茶を飲みながら、歓談に興ずる。 
 ただし、興じているといえるのは女性二人のみだった。リンクはその場でも蚊帳の外であり、 
それは各人の位置にも反映されていた。ゼルダとマロンがソファで隣り合っているのに、リンクは 
一人掛けの椅子に孤座した状態である。自分を揉め事の種にせずして二人が仲睦まじくなるなら 
文句のないリンクではあったが、あまりに放っておかれると、存在を無視されているような気に 
なってくる。「憧れのゼルダ様」との対話に夢中なのか、マロンが今回は話の中でリンクの名前に 
触れないことも、好都合ではある反面、何とはなしに物足りなく思われる。 
 勝手な言い分だとは自覚していた。さらに、依然としてゼルダの本心が読めないという不安も 
あった。 
 そんな時── 
 ゼルダがマロンに言った。 
「ところで、確かめておきたいことがあるのですけれど……」 
「何ですか?」 
「あなたは、リンクと、とても仲がいい──と、おっしゃっていましたわね」 
 リンクは緊張した。とうとうゼルダが本題に踏みこんだのである。声音は静やかだったが、 
居住まいを正さずにはいられなくなるような緊迫性をも感じさせた。 
「はあ……」 
 あやふやに応じるマロン。ゼルダの意図を判じかねるらしく、当惑の面持ちとなっている。 
「リンクとは、どういうおつき合いをなさっているの?」 
「どういう──って……」 
 マロンはますます当惑の色を濃くし、リンクにちらりと視線を送ってきた。リンクは口を 
挟もうとしたが、挟む言葉を決められないうちに、ゼルダが先手を取って問いを重ねた。 
「男と女のおつき合い──と、解釈してもよろしいこと?」 
 語調は相変わらず慇懃。しかし言葉の意味するところは先鋭。その感触をマロンも知覚したとみえ、 
表情を硬くして返答した。 
「ええ、そう解釈していただいて結構ですわ」 
 挑戦的な言い方である。 
「やはり、ですか……」 
 ゼルダは動じず、重大な事実を淡々と述べた。 
「実は、わたしも、そうなのです」 
 ようやくリンクは理解した。 
 ゼルダがぼくとの関係をマロンに感づかれていると知っても平気だったのは、はなからそれを 
マロンに明言しようと思っていたからなのだ。 
 目的は? 
 自分の立場を押し出して、マロンと一戦まじえるつもりか? 
「それは知ってますけど」 
 マロンも負けてはおらず、 
「ゼルダ様はあたしに何をおっしゃりたいんですか? リンクとつき合うのをやめろとでも? 
だったらずいぶん横暴だと思いますわ。あたしはリンクが他の誰とつき合おうが気にしません。 
なのにゼルダ様は気になさるんですか? それであたしとリンクの仲を引き裂こうとなさるんですか?」 
 敢然と言い放つ。  
 
 すわ、激突! 
 ──と思いきや、 
「誤解なさっているようですね」 
 あくまでも冷静なゼルダだった。 
「わたしはお互いの立場をはっきりさせたかっただけです。あなたとリンクの仲を引き裂く 
つもりなどありませんわ。おつき合いを続けたければ、どうぞ続けてください」 
 ぽかんとするマロン。 
 リンクもあっけにとられた。 
 続けていいのか? しかし、ならば、なぜ、ゼルダは、ぼくを…… 
 少しく声を和らげて、ゼルダが言葉を継ぐ。 
「つき合うなと言ったところで、どうにもならないでしょう。あなたはたいそうリンクをお好きな 
ご様子だし、それに、なにしろ、リンクは……」 
 冷ややかな視線が飛んできた。 
「女性に目がない人ですから」 
 唖然── 
 そこまで言うか!?──と返したくなるが、あまりのことに口が動かない。 
 ゼルダがマロンに向き直った。 
「その点、あなたはどう思われますか?」 
「え?」 
 展開の存外さに勢いを殺がれてしまったマロンが、 
「それは……まあ……リンクには……」 
 ぽつりぽつりと答をこぼす。 
「つき合ってる人が……たくさん、いると、聞いてますので……おっしゃるとおりかと……」 
 そこで納得するなよマロン! 「たくさん」というほどでもないだろう? だいたい君は、 
ぼくの交際相手が複数とは知っていても、正確な人数までは知らないじゃないか! 
 ──との論駁も、やはり頭の中を駆けめぐるのみ。 
 なんとか言葉を絞り出す。 
「ねえ、ちょっと、二人とも、言うことがひどすぎ──」 
「あなたは黙っていて!」 
 張り手を食らわせんばかりの叱声とともに、ゼルダが鬼神も顔負けの睨みを突きつけてきた。 
穏健さはかなぐり捨てられていた。 
「リンク。わたしもマロンと同じで、あなたが他の誰とつき合おうと、細かいことは言わないわ。 
いろいろな人との出会いを大切にしたいあなただとわかっているし、相手の人にとっても大切な 
あなたなんでしょうから。でも、誰かとつき合うならつき合うと前もって話してくれる約束 
だったわね? マロンとのつき合いを秘密にしていたのは、その約束を破ったということだわね? 
あなたはわたしを裏切った。そうだわね!?」 
 怒濤のごとく迫り来る難詰。マロンはあの約束の対象外とは、とても抗弁できないほどの 
憤りようである。 
「どうなの? 答えて!」 
 黙れと命じつつ答えろと要求するのは矛盾しているけれども、それを指摘するほどの度胸はない。 
 やむなく、頷く。 
「君の……言うとおりだよ……」 
 ほんとうは、わかっていた。わかっていながら、自分をごまかしていた。対象が賢者であろうと 
なかろうと、あの約束は成り立つ。マロンは賢者にあらずという理由づけが据わりの悪いものだと 
自覚されていたのは、ぼくの心にやましさがあったせいだ。  
 
「マロン」 
 ゼルダが再び向きを転じた。声は苛烈さを消していた。 
「びっくりさせて、ごめんなさい。あなたを責めるつもりはないから、安心してちょうだい」 
「はあ……どうも……」 
 場の流れをつかみきれないといった態のマロンに、なおもゼルダが温かげな言葉をかける。 
「で、あなたのご意見は?」 
「……あたしの?」 
「ええ。いまの話を聞いて、どうお思い?」 
 困ったように首をかしげるマロンだったが、間をおきながらも、返事を口から漏らし落とした。 
「そっちの、事情は……よく、わかりませんけど……そういう、約束を、してたんなら…… 
リンクが、それを、守らなかったのは……悪いと思います」 
 マロン! 当事者の君までが! 
「決まりね」 
 ゼルダが断じた。 
「マロンも認めたわ。リンク、あなたに非があるのは客観的に見ても明らかなのよ」 
 待ってくれ、いまのは君がマロンを誘導してそう言わせたようなものじゃ── 
『いや……』 
 約束のことを知らなかったマロンに罪はない。悪いのはぼくだ。間違いなく。 
「あなたには罰を受けてもらうわ。いいわね?」 
 罰だって? いったいどんな? 
 ──と疑問は湧くが、ここは潔くしておこう。 
「……うん」 
 点頭し、罰とやらの宣告を待つ。 
 ところが、ゼルダは改めてマロンに注意を移し、それとは別の──としか思えない──話を 
始めた。 
「わたしはね、マロン、リンクがわたし以外の人とつき合うのを許してはいるけれど、 
ただ許すのではなくて、その相手がどういう人かを知っておきたくもあるの。あなたについてもよ」 
 いつしか慇懃さは影をひそめ、より親しみを感じさせる口ぶりとなっている。 
「は、はい……」 
 覚束なげに反応するマロン。ゼルダの親しみに触れられるのが嬉しい反面、この局面で何を 
言われるのだろうかと案じているようでもある。 
「教えてちょうだい。あなたはわたしのことをどんなふうに思っているのかしら」 
「え? あ、あの……おきれいで、たいそう、素敵な方だと……」 
「あら、ありがとう。でも、あなただって、とてもきれいよ」 
「まさか、あたしなんか、とうていゼルダ様にはかないません」 
「そんなことはないわ」 
「いいえ、他にもゼルダ様はあたしにないものをいっぱいお持ちで、お優しくて、ご立派で、 
しっかりしてて……」 
「あなたもわたしにないものをたくさん持っていると思うの。それに、しっかりしているという 
点では、あなたの方がわたしより上かもよ」 
「あたしがですか?」 
「ええ。さっき、わたしに食ってかかった時のあなたは、勇ましいと言ってもいいくらいだったわ」 
「あ!」 
 マロンがあわてきった仕草で両手を頬に押し当てた。 
「す、すみません! あたしったら、とんでもないことを──」 
「気にしないで」 
 笑みつつゼルダは言い、ソファの上の身をマロンに寄せ、その両手を取って、自らの膝に置いた。 
マロンの動揺を解きほぐそうとしての所作と察せられた。 
「あれは誤解だったけれど、でも、筋が通らないと思ったら、相手が誰であれ、はっきり自分の 
意見を述べるというのは、そうあるべきではあっても、なかなかできることじゃないわ。そんな 
ふうにできるあなたが、わたしは……」 
 ゼルダの顔がマロンのそれに近づいた。マロンの手を握るゼルダのそれがいくらか力を増した 
ように見えた。 
「好きよ」  
 
 文脈的には自然な用語だった。が、文脈以上の意味がそこには秘められているのではないかと 
リンクは感じた。マロンも同種の感を抱いたのか、そしてその意味を読み解こうとしているのか、 
即座には口がきけない模様である。 
「あなたは?」 
 ゼルダが問う。慈しみの情を言葉と顔に湛えて。 
「あたしも……」 
 マロンが応ずる。眼前の存在に魅入られたふうとなって。 
「ゼルダ様が……好きです……」 
 優美の極みといえるほどの域に、ゼルダは笑みを至らしめ、 
「嬉しいわ」 
 すでに間近とさせていた唇を、マロンのそれに重ね合わせた。 
 リンクは驚愕した。 
 マロンも然りとみえ、両目を大きく見開き、後退の動作を示しかけた。しかしその動作は 
実行されなかった。ゼルダがマロンの両手をがっちりと捕捉しているからだった。 
 しばしの時を経て、ゼルダは顔を引いた。マロンの顔は動かない。否、動かせないのである。 
なおも驚きに絡め取られているのだった。 
 若干の間ののち、 
「こんなこと……」 
 マロンが震え声で呟いた。 
「あたしたち……女同士なのに……」 
 笑みを保ったまま、ゼルダが説く。 
「女同士でも、お互いがお互いを好きなら、こうして、全然、おかしくはないのよ。それとも……」 
 またぞろ顔を近づけるゼルダ。 
「わたしとでは、いや?」 
 マロンは黙し、けれども逃れようとはせず、差し向けられる眼差しをおのれの目で受け止め、 
やがて、 
「いやじゃ、ありません」 
 と言い切った。おぼろげな声調ではあるも、語意に不確かさはなかった。 
 再び接吻が始まった。ゼルダは積極性を全開にしていた。唇と舌を駆使してマロンの口を愛玩し、 
両腕を輪にしてその身体を抱き包む。マロンの腕は不動だった。抱擁を返すだけのゆとりがない 
ようである。だが、口への訪いには答礼している。初めはためらいがちだったそれが、次第に 
意思的となり、ついにはゼルダに劣らぬほどの情熱を映し出すまでに立ち至った。 
 リンクの驚愕は続いていた。 
 ゼルダは何を考えているのか。ぼくからマロンを奪い取ろうとしているのか。それがぼくへの 
罰だというのか。 
 マロンもマロン。同性とのこうした触れ合いには無縁だったはずなのに、この順応ぶりは 
どうしたことか。もしかして──好色なところがあるだけに──前から興味を温めていたのか。 
「憧れのゼルダ様」に誘われて、その興味を抑えられなくなったのか。 
 ゼルダが両手を活動させ始めた。マロンの顔をじかに、そして首から下の部分を服越しに 
撫でまわす。マロンは呼吸を不規則にし、きれぎれに呻きを挟み入れる。愛撫が胸に差しかかるや、 
呻きは小さな叫びとなり、ぱちぱちとあわただしく目は開閉し、視線は揺れ、リンクのそれと 
ぶつかった。 
 マロンの身体が固まった。 
 うろたえている。熱中のあまり忘れ果てていたぼくの存在を、いま、やっと頭によみがえらせたのだ。  
 
「見られていては、気になる?」 
 マロンの視線が何に向けられているかを確かめたゼルダが、からかうように言った。 
「え? あ、あの……」 
「わたしとこんなことをして、リンクに悪いとか考えていやしない?」 
「そ、それは……」 
「リンクの前で他の人とキスするわたしを、変だと思う?」 
「え、ええと……その……」 
 いずれも図星なのか、言葉を濁すマロンだったが、 
「気兼ねはいらないの。リンクもわたしも慣れているから」 
 落ち着き払ったゼルダの物腰には迷いを薄らがせられたとみえ、しかし疑点も生じたらしく、 
「慣れてるって、どういう……」 
 と、不完全な台詞でそれを表現した。 
 躊躇もなくゼルダは解説した。 
「わたしとリンクは、時々、他の女の人と一緒に寝んでいるの。意味は、わかるわね?」 
「三人で、する──っていうことですか?」 
「そうよ」 
「じゃあ、今日も?」 
 マロンの表情に明るみが差した。もともと奔放な気質ゆえ、通常ならぬゼルダの言にも拒否感は 
抱かず、逆に期待を高まらせたようである。が、 
「いいえ」 
 ゼルダはきっぱりとはねつけた。 
「ああいうことをしでかした以上、リンクにいい思いはさせられないわ。謹慎していてもらわないと」 
「謹慎?」 
 マロンが呈した疑問の短言に、ゼルダは質問で応じた。 
「あなたはこれまでにリンクと何回したの?」 
 露骨な言いまわしにたじろぎもせず、マロンが答える。 
「四十回くらい、かな」 
「えッ!?」 
 リンクは思わず喉から声を飛び出させた。 
 馬鹿な! マロンと深い関係になったのは四年前だが、以後、会ったのは十回ほどに過ぎない。 
一夜のうちの交わりが一回を超えたことはままあるけれども、それでも総計して四十回には 
ほど遠いはず。マロンはどこからその数字を引っぱってきたのか。記憶が過剰に修飾されているのか。 
あるいは自分が達した回数とでも混同しているのではないか。 
 ゼルダの顔がリンクに向いた。 
「そんなにも、だったの」 
 最前とは違い、声音も顔貌も整然としていた。にもかかわらず──否、むしろ、だからこそ── 
伝わってくる感情の温度は限りなく低かった。憤りを表面には出していないだけで、ゼルダの 
内ではそれが氷のごとく凝結しているのである。 
 リンクは観念した。 
 ぼくが発した声に心外さを酌み取ってくれない──もしくは酌み取りながら無視している── 
ゼルダだ。マロンの陳述は不正確だと反論しても、聞く耳を持たないだろう。  
 
「では、リンク、こういうことにします」 
 ゼルダが丁寧語になった。 
「あなたは、当分、女性に触れてはなりません。わたしにも、マロンにも、もちろん他の誰にも。 
これがあなたへの罰です。よろしくて?」 
 そのくらいの「謹慎」は課されてもしかたがない。従わなければならない。が…… 
 おずおずと訊き返す。 
「当分って、どれほど?」 
「あなたがマロンと楽しんだ回数分、わたしもマロンと楽しませてもらいます。それがすむまでです」 
 返事ができなかった。あまりにも突飛である。ところがゼルダはさらなる突飛さを次の要求に 
盛りこんでいた。 
「わたしとマロンが楽しむ間、あなたはそばにいて、わたしたちのすることを見ていなさい。 
ただし、見るだけです。いま言ったとおり、わたしにもマロンにも触れてはだめ」 
 混乱した。 
 二人の行為を見せつけられる。手は出せない。さぞかし歯がゆいだろう。しかし理解できないのは、 
禁欲を指令しておきながら、どうしてことさらぼくの欲情を煽ろうとするのかという点で── 
「その程度の我慢はしてもらってこそ、あなたの罪にふさわしい罰だと考えます。いかがかしら」 
 つまり、禁欲の条件を厳しくしたいと? 
 何となく理屈に飛躍があるような気もする。けれども、そこまでの罪だとゼルダが思って 
いるのなら…… 
「……わかった」 
 ゼルダの面に微笑みが浮かんだ。が、それはリンクに対してのものではなかった。 
「ということで、マロン」 
 いい加減、密にしていた接触を、一段と密にして、ゼルダがその接触相手を勧誘した。 
「わたしと一緒に楽しんでくれる?」 
 寄せられる微笑みに顔を相対させつつも、マロンは応答を滞らせていた。 
 ぼんやりとした表情。あきれているようでもある。 
 リンクは曙光を見いだした。 
 マロンはゼルダの奇矯な案を受け入れられずにいるのではないか。ゼルダは──期限つきとはいえ 
──ぼくとマロンの交歓を禁じたわけで、それはつき合いの継続を認めた前言に反するともいえる 
わけで、その点にマロンが不賛成ならば、ゼルダとて態度を軟化させるかも…… 
 当てはみごとにはずれた。一時ののち、マロンは、陶酔さえうかがわせる声で、 
「……はい」 
 と承諾を表明したのだった。曙光は幻に過ぎなかったのである。 
 あきれているとみたのは大間違い。実際のところ、マロンはゼルダの微笑みに心を奪われて 
いたのだ。ゼルダの魅力に参ってしまっているのだ。ぼく自身がそうであることを思えば 
無理もないと言わざるを得ないが、それでも、ぼくを全く──少なくともいまは──眼中に入れず、 
気の毒がろうともしないマロンは、ずいぶん薄情…… 
 そこでおのれをたしためる。 
 マロンを恨んではならない。忘れるな。悪いのはぼくなのだ。  
 
 自省に努めようとするリンクの前で、二人の少女は淫事を再開させていた。もっとも、 
能動的なのはひとえにゼルダの方で、マロンは、執拗になされる接吻と愛撫を、ただただ受領し、 
喘ぐのみである。その喘ぎがとりわけ頻繁となるのは、ゼルダに──先刻はとっかかりで 
中断された──胸への手技を施される時だった。 
「あなたの、ここ、触り心地がいいわ。とても大きくて」 
 感に堪えないといったふうなゼルダのささやきは、否応なくリンクの耳に入り、否応なく記憶を 
刺激した。 
 そう、マロンの胸は相当に大きい。早くから成長を始めていて、いまや、一つ年上のゼルダは 
おろか、並みの大人のそれをも凌駕するほど。マロンに備わる魅惑的な諸点のうちでも 
特筆していい一項だ。その豊かさは着衣のままでも歴然たるもので、服を脱げばいっそう明瞭で、 
しかも単に大きいだけではなく、色、形、重み、触感、どれをとってもまことに秀抜。ゼルダは 
触り心地がいいなどと言っているけれども、ほんとうの触り心地は服越しだとわかりっこない。 
マロンの裸に接した経験のあるぼくしか知らないあの感覚。ふわふわというか、ぷりぷりというか、 
やわらかいくせに充実していて、あんな感覚は他の何によっても得られはしないと断言できる 
独特さで── 
『いけない!』 
 股間がうずき始めていた。 
 余計なことを考えるな。自分で自分を煽っているようなものじゃないか。 
 目を閉じるなり背けるなりすれば視覚的情報を遮断できるが、見ていろというゼルダの命令には 
逆らえない。せめて想像くらいは封じておかなければ。でないと、この先…… 
 ゼルダが両手の操作を細やかにした。マロンの衣服を解きにかかっている。「ほんとうの 
触り心地」を実感したくなったらしい。 
 リンクの心臓は激しく鼓動した。いくら想像を封じたところで、女の裸を目の当たりにすれば、 
たちまち興奮に襲われてしまうことは論を俟たない。本能を完全に抑制するのは不可能なのである。 
 ゼルダの操作は、しかし、遂行を妨げられた。マロンがにわかに身をすくめてしまったのだった。 
リンクの見るところ、その体動は無意識的なもので、本心から脱衣をいやがっているのではないと 
思われたが、ゼルダは無理押しせず、両手を愛撫役に復させた。焦らずともよいという余裕が 
感じられた。 
 情欲の沸騰を回避できたことで、リンクの胸は動悸を弱めかけた。しかるに、それは束の間の 
平穏でしかなかった。 
 ゼルダが右手をマロンの下半身に這い進ませた。暫時、腿のあたりで服地をさすっていた 
その手は、やがて裾をくぐって内部に侵入した。マロンが両脚をよじり合わせる。拒むがごとく 
である。ところが今度は容赦しないゼルダだった。着実に、ただし粗暴さは露ほども見せず、 
右手を奥へと分け入らせてゆく。そんな執心ぶりに絆されたのか、マロンは抵抗をやめ、 
のみならず、脚を開いて歓迎の意さえ示した。ためにゼルダの目標達成は容易となった。 
 行為の実際を、リンクの目は捉えられなかった。裾を捲り上げられながらも、マロンの服は 
遮蔽物であり続けていた。が、ゼルダの腕の動きから、何が起こっているかは容易に推断可能 
だった。いまやゼルダの右手は下穿きの内へと入りこみ、マロンの中心部に微細かつ律動的な 
指技を行使している。  
 
 首を仰け反らせ、呼吸を速め、悩ましい呻きを断続させるマロンに、再度、ゼルダがささやきかけた。 
「あなた、感じやすいのね。もう、びっしょりよ」 
 柔和な声に乗せてなされるあからさまな表現が、マロンを高揚させようとしてのものであるなら、 
その効果は抜群といえた。マロンの呻きはいっそう悩ましくなり、腰はゼルダの手弄に合わせて 
小さく揺動を始めた。上々の首尾に気をよくしてか、さらにゼルダはささやきかけを重ねた。 
「日頃、自分でいじっているの?」 
 頷くマロン。隠そうとする気も起こらないようである。 
「そしてリンクにもいじらせている──と」 
 頷きに音声が加わった。 
「……あ……はい……」 
「あなたもリンクのあれをいじってあげている?」 
「……はい……」 
「どんなふうに?」 
「……握って……」 
「それから?」 
「……揉んだり……こすったり……」 
「そうしたら、リンクは?」 
「……悦んで……たくさん、出してくれます……」 
「他のやり方でも出させているんでしょう?」 
「……はい……」 
「どうやって?」 
「……口で……舐めたり、吸ったりして……」 
「そのままで出させるの?」 
「……はい……」 
「出されたものは?」 
「……飲みます……全部……」 
「わたしと同じだわ。で、あなたの、ここも──」 
 ゼルダの右手が妖しいくねりを演じた。 
「──リンクに舐められたり吸われたりしているのね」 
 刺激の強まりが嬉しいとみえ、マロンは喘ぎに快美の色調を帯びさせた。腰の動きも活発化する。 
また、刺激は肉体だけでなく心にも働いたようで、話す言葉は数と種類を増した。 
「……そうです……リンクは、いつも……あッ、あたしがいくまで……そこを、うッ……舐めて、 
吸って……それから……」 
「それから?」 
「……舌を挿れてきて……んんッ……指とかも……」 
「あれも?」 
「……そう、あれも……あたしをいっぱいにして、突き刺して、かきまわして……んぁんッ!…… 
いかせてくれるんです……」 
「こっちには?」 
 ゼルダが右手の侵攻距離を伸ばした。肛門をまさぐりにかかったのだとわかった。マロンは抗う 
素振りを見せない。そこを触られるのには慣れているのである。 
「……そっちでも……ちょくちょく……してます……」 
「たいていのことは経験ずみというわけね」 
 と総括するゼルダ。ひととおりは聞き出せたと判断したらしい。が、マロンは証言をすませて 
いなかった。 
「……最近は……別のやり方も……」  
 
「別?」 
 ゼルダの眉間に皺が寄った。 
「まだ他にやり方があるの? どんなやり方?」 
 真剣に訊ねている。 
「……あれを、あたしの胸に挟んで……しごくんです……」 
 ゼルダが顔をふり向かせた。矢のような視線がリンクを射た。 
「そんなの、わたしとは、やらないのに」 
「そりゃあ──」 
 たまらずリンクは言葉を返した。非難されても困る事柄である。 
「君の胸はマロンのほど大きくないから──」 
 言い終えないうちに遮られた。 
「大きくなくて悪かったわね。どうせわたしは貧乳よ」 
 違うんだ、マロンほどじゃないだけで、君はその歳にしては充分な大きさの胸を持っているんだ、 
貧乳なんかであるはずがない──といった註釈をつけるのもためらわれる、ゼルダのひねくれた 
言いぶりである。 
 いくらマロンがあけすけな話をしても、それが自分も経験した範疇であるうちは、平然と 
していた。ところが、自分の知らない性技を、ぼくとマロンが営んでいると聞いて、態度が 
変わった。ぼくの恋人としては黙っていられないということか。そうした不満を──嫉妬とまでは 
いかずとも──妙にこじらせている。ぼくへの憤りが下地にあるせいだろう。 
 ゼルダがマロンに問うた。 
「そのやり方で、何回したの?」 
「……二回です……」 
「なら──」 
 再び視線がリンクを刺し貫く。 
「規定の回数を二回増やすわ。全部で四十二回よ」 
 これまた飛躍した理屈! 
 けれども不服を申し立てる気にはなれない。いまのゼルダには何を言っても悪く解釈されそうだ…… 
 リンクの沈黙を受諾と決めつけたふうに、ゼルダは話を打ち切り、マロンへの尋問に立ち返った。 
他に未知の事項があるなら残らず明らかにしてやるとの意欲に燃えているのだろう、マロンの 
秘部を盛んに攻めつつ、リンクとどのように交わったのかを、こと細かく問い質してゆく。 
訊かれるままに答えるマロン。あたかもゼルダの淫技が自白作用を有しているかのごとくである。 
寝た状態で正面から、四つん這いとなって後ろから、仰向けのリンクに跨がって、膝の上に 
すわって、立った形で──と、実行した体位を次々に羅列し、果ては、一夜のうちに膣と肛門と 
口の三カ所を精液で満たされただの、タロンとインゴーの目を盗み、晴天下、牧場の隅で 
あわただしく交わっただの──後者は奇しくも『あの世界』での逢瀬の一つを再現するものだった 
──そんな具体的内容を、自ら進んでしゃべり散らした。幸いなことに、ゼルダはそれらと同一 
ないしは同種の行為をすべて経験ずみであり、新たな不満は生じさせていないようだった。 
 その点には放慮できたリンクだったが、他事についての苦しみは甘受しなければならなかった。 
二人の女性の秘戯を直視させられ、なおかつ、陰事の詳細を──自分がしたものとはいえ── 
聞かされれば、いやが上にも興奮は高まる。自省の念など保てるはずもない。陰茎は膨張の極みに 
達し、下着を突き破らんばかりとなっていた。痛みすら覚えるほどだった。 
 リンクは股間に手をやった。着衣を緩めて圧迫を解除しようとしたのである。が── 
「だめよ!」 
 それを目敏く視認したゼルダの咎めに、試みはねじ伏せられた。 
「自分でするのも許さないわ」 
 そんなつもりじゃない!──と反駁しかけ、しかし、言葉を呑みこむ。 
 いまは忍耐あるのみ。嵐が過ぎ去るのを待つしかない。 
『とはいっても……』 
 いつまで続くこの嵐なのか。 
 その意図はなかったが、もし仮に一発でも抜くことができるなら、少しは楽になれるかも 
しれない。けれどもゼルダはそれさえ禁じてしまった…… 
「いろいろ教えてくれてありがとう、マロン」 
 打って変わって思いやり深い声となり、ゼルダは右手の動きをいよいよ激しくした。マロンは 
腰を前後左右に躍動させ、口からは絶え間なくよがりの語を垂れ流す。絶頂を目前としているのが 
明白だった。 
 ほどなくマロンが放った遂情の叫びを、リンクは歯噛みしながら聞き取った。 
 楽になりたいなどと考えてはならないのだ、この苦しみこそが自分への罰──と、心の内で 
繰り返す。 
 局部を破裂させんばかりの肉欲を、その程度で超克できるはずもないのではあったが。  
 
 

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