「おう、来てくれたか。呼び出したりしてすまねえな」
ゴロンシティの自室にリンクを迎え、まずは挨拶的に話しかけたダルニアだったが、あとに
続けようとした「まあ、すわれ」との勧めを口にはできなかった。口にする暇もなく、リンクは、
部屋の中央であぐらをかくダルニアの面前に、どさりと腰を落としたのだった。入室時の
せかせかとした歩調にもうかがえた性急さである。
「何があったんだい? まさか刺客に襲われたとか?」
声にも表情にも緊張がみなぎっている。その緊張を解くべく、
「刺客? 何を言いやがるんだ、馬鹿。そんなんじゃねえ」
ダルニアはおどけた調子で答えた。刺客云々という突拍子もない台詞の理由はわかっていたが、
それについて言及はしなかった。
リンクが大きく息を吐き出した。
「安心したよ」
「カカリコ村で大工の親方から用件の内容を聞かなかったのか?」
「言づては聞いたさ。でも親方はダルニアがぼくに会いたがっているとしか言わなかったんだ」
「ちッ! あの親父、肝腎なことを省きやがったな。せっかちな奴め」
「ダルニアがわざわざ人に言づてをしてまでぼくを呼び出すのは初めてだろう? だから心配に
なって……」
「びっくりさせちまったか。かさねがさね、すまなかった」
「いや、いいんだ。で、どんな話?」
ダルニアは語った。
──ゴロン族の生活基盤は、鉱山経営と、採掘された鉱石を利用しての工業活動、とりわけ
ゴロン刀や爆弾の生産であるが、ここ最近、鉱石の産出量が減少している。製品も減産せざるを
得ない。その分、価格は上がることになる。しかし、交易相手であるカカリコ村の商人たちは、
当然ながら値上げには反対で、なかなか折り合いがつかない。交渉は続けるつもりでいるけれども、
収入の安定を図るなら、他の販路を作っておいた方がよい。武器を最も必要とするのは軍隊であり、
それを常備するハイラル王国と直接の取り引きをするのが最適と考える。ついては、
「王家の使者」であるリンクに、この件の伝達を頼みたい──
「わかった。然るべき人に伝えるよ。ただ……」
再びリンクは心配顔となった。
「とりあえずはそれでいいとしても、この先、もし鉱石が採れなくなってしまったら、
ゴロン族は……」
「なあに、大丈夫だって。いずれ別の鉱脈が見つかるさ」
楽観論を述べたものの、実のところダルニアは、リンクと同様の懸念を心にわだかまらせていた。
一族の熱心な探索にもかかわらず、新たな鉱脈を得る目算は、いまだ全く立っていないのである。
「ここのみんなの暮らしは? 不自由してない?」
「全然。どだい深刻になるようなことじゃねえんだ。販路拡大の話も、念のため一応は対策を
講じておこうってだけでな」
わざと軽めに言う。が、リンクは愁眉を開かなかった。
「その話、期限はある?」
「そちらさんが乗ってくれるんなら、ひと月のうちには仔細を詰めておきてえ」
「ひと月? やけに急ぐんだね。深刻じゃないって言うわりには」
不審そうである。
ダルニアは答えなかった。それがリンクの不審をさらに煽ったようだった。
「何か事情でもあるの?」
──そう……
「あるんだね?」
──ある。できれば伏せておきたい事情が。しかし……
「聞かせてもらえないかな。よかったら、だけど」
──そんな具合に頼まれたら断れない。なにしろリンクはゴロン族の「恩人」なのだ。
ダルニアは腹を固めた。
「俺が族長でいる間に片をつけとこうと思ってんだ」
「えッ!?」
リンクが面貌に驚きを満たす。
「つまり……ダルニアは……族長じゃなくなるわけ?」
「ああ」
「ひと月後に?」
「ああ」
「どうして?」
「引退するのさ」
聞かせると決めたからには率直であらねばならない。ダルニアは淡々と説明した。
──ゴロン族は、十年に一度、デスマウンテン火口にある炎の神殿で、大がかりな祭祀を催す
しきたりになっている。今年がその十年に一度。あと一ヶ月あまりで開催の日。当然、族長が
主催者になる。ところがダルニアにはそれができない──
「神殿には入らねえってお前と約束したんでな」
五年前である。
リンクが急に突飛なことを言い出したのだった。
反乱を未然に防がれて以来、ゲルドの砦に逼塞しているガノンドロフだが、いつまた悪事を
企てるやもしれず、それはハイラルの重要人物たるダルニアを害せんとする形で起こる可能性が
あり(刺客の件はそこで例示されたのだった)、けれども破局を防ぐ方法はあって、「あること」を
行ったのちダルニアが炎の神殿に赴けばよく、ただし危険が目前となるまでは決して神殿に
入ってはならない──というリンクの陳述を、当初、ダルニアは、はなはだ懐疑的に受け取った。
いかなる意味でダルニアが重要人物なのか、なぜ「あること」──それは奇矯きわまりない
方法だった──を行わねばならないのか、神殿がどんな役割を果たすのか、どうしてぎりぎりまで
神殿を避ける必要があるのか、等々の点を、リンクはつまびらかにしなかったのである。
余人に告げられたのなら、馬鹿げていると一蹴したに違いない。が、結局、ダルニアはすべてを
聞き入れた。詳細を話せない理由があるのだろう、と相手の胸の内を忖度し、いっさい質問は
返さなかった。かつてガノンドロフが、ゴロン族を脅迫するため差し向けてきたキングドドンゴを、
みごとに退治した「恩人」のリンクが言うことであれば、信義を重んずるゴロン族として──
またダルニア個人の「感情」からも──無条件で信用すべきなのだった。そして、そのあり方は、
五年という歳月を経ても不変であらねばならなかった。
「約束は破れねえ。かといって祭りをやめるわけにもいかねえ。だから族長の地位を別の奴に譲る。
それだけのことよ」
再度、ダルニアがした軽めの表現に、しかしリンクは慰められないふうだった。
「あの約束のせいで……ダルニアが……」
と、いたわしげに言葉を途切れさせる。
『やっぱりな』
ダルニアは小さくため息をついた。
こういう反応をするだろうとは予想できていた。ゆえに事情を伏せておきたかった。余計な
気遣いをさせたくなかったのだ。
その意を台詞にする。
「お前が責任を感じるこたあねえんだぜ。俺にとっちゃ、お前との約束を守ることが何よりも
大事なんでな」
さらに。
「この件がなくても、そろそろ身を引こうと考えちゃあいたんだ。俺の族長歴も長すぎるくれえに
なってるし、それに、もう歳だ。若え連中にあとを任せる頃合いなんだよ。一族のみんなも
納得してくれてる」
後半は必ずしも真実ではなかった。確かに、ゴロン族の誰一人として、族長の引退に反対する
者はいない。だが実際は、みな、まだまだ老けこむには早い年齢のダルニアに、なおも族長を
続けて欲しいと願っているのである。ダルニアの意思が強いのを慮り、表立って不満を言わない
だけなのである。そんな仲間たちの心情を、ダルニアは正確に感じ取っていた。
できるなら仲間たちにはほんとうのところを伝えたい。けれどもリンクとの約束は秘密にして
おかねばならない。「あること」の異常さ加減を考慮するならば。
こちらにそうした気のもつれがあるせいか、いまの述懐も説得力を欠いているようだ。リンクの
顔にうかがえる苦衷の色は、あまり薄まっていない。
「それより、お前」
ダルニアはことさら声音を明るくした。
「最近、例の恋人とはどうなんだ? 相変わらず仲はいいか?」
敢えて話題を変えようとする意図を酌んでくれたのだろう、リンクは頬に笑みを浮かべ、
「うん、うまくやってる」
と、穏やかに答を返してきた。
「そのうち紹介してくれよ。といっても、噴火の絶えねえ、こんな危険な山に、かよわい女を
連れてくるのは、どだい無理な話だが」
「ダルニアだって、女なのに、『こんな危険な山』で暮らしてるじゃないか」
リンクが口にする諧謔に、
「俺の場合は、全然、かよわくはねえからな」
ダルニアも諧謔で応じ、合わせて脳裏に過去をよみがえらた。
男ばかりのゴロン族の中で、ただ一人、ダルニアだけが女であり、しかも族長の地位に
就いているという風変わりさの背景には、実に数奇な経緯があった。
そこらの男よりは数段いかつい体格と、お世辞にも美しいとはいえない容貌のせいで、
幼い頃から女扱いされない苦しみを忍び続けてきたダルニアは、ならば男として生きようと決心し、
家業の刀鍛冶に携わった経験から、ゴロン族の一員となることを志した。初めはこれを相手に
しなかったゴロン族も、鉱山の落盤で生き埋めになった当時の族長らを身ひとつで救出した
ダルニアには感謝を惜しまず、その功をもって仲間入りを許した。生物学的な性別よりも
生きざまを重んじ、ダルニアを「男」と認めたのだった。以来、持ち前の体力、忍耐力、行動力、
決断力、および刀鍛冶としての優れた才能により、ダルニアはますます高い評価を受け、ついには
一族全員に推されて族長に就任するまでとなったのである。
部族内において「男」と見なされることを、ダルニアは──もともとそれを望んでいたため──
寸毫も意に介さなかった。むしろ仲間の男たち以上に「男」であろうと努めた。
体格については問題なかった。身のこなしや言葉遣いも、仲間と接するうち、自然に男らしく
なった。セックスさえも「男」として──受けの際には肛門を使って、攻めの際にはそれ用の
器具を用いて──行った。そうすることでダルニアは生活の安定を得た。
とはいえ、心までを完全に安定させられたわけではなかった。
言葉遣いは男っぽくできても、声を野太くはできない。
胸は貧弱ながらも筋肉とは異なる盛り上がりを示している。
股間は月に一度の周期で血を滴らせる。
それらを無視しようとするダルニアの試みは成功に至らなかった。どうしても捨て去れない
女性要素が自らにあるという意識は、心の底に澱としてひそみ続けた。
その澱をかき乱したのがリンクだった。初対面の際、ダルニアを女と見なす発言をして
憚らなかった。ゴロン族なら絶対にやらない暴挙である。ダルニアは動揺した。思わず
「出て行け!」と怒鳴りつけたくらいだった。
が、頭を冷やしてみて、動揺の正体は知れた。
自身、否定的な感しか抱けなかったおのれの「女」を、リンクは直截に肯定してくれたのである。
そうされて生まれた「感情」は──あまりにも斬新な体験であったため、当座、実際とは正反対に、
怒りでしか反応できなかったのだが──まごうことなき「喜び」だった。
リンクのキングドドンゴ退治を目の当たりにして、喜びは一段と大きくなった。
そこまでの「男」が、自分を「女」と認めてくれている。
胸がときめいた。
このときめきが恋というものか──とは、迂遠にも、あとになって、ようやく思い至った
点である。
ゆえに、後日、リンクから持ちかけられた「あること」──男女の契り──を、それが
「異常」で「奇矯きわまりない」行為と自覚しながらも、敢えてダルニアは受け入れたのだった。
ゴロン族が行うセックス──『兄弟の契り』──は、部族内の上下関係を明らかにし、
確認するための崇高な儀式である。快楽は伴うが、快楽そのものを目的とはしない。欲望や愛情も
介在しない。ゴロン族のそんな常識とは著しくかけ離れた種類の交わりを結ぼうとするのだから、
無論、葛藤はあった。しかし、「女」としてリンクに接することができる、リンクの前では「女」で
あれる、との思いが、あらゆる制約を断ち切った。
そうしてよかったと言い切れる、至高の一夜だった。儀式だけに事務的な面もある
『兄弟の契り』とは別次元の繋がり──肉体と肉体のみならず、心と心が通い合うそれ──を
結び得て、ダルニアはかつてない幸福感を味わった。
けれども、その繋がりを常時のものとする気はなかった。恋を成就させたいとも考えなかった。
ゴロン族の族長が女として男と恋愛関係に落ちるなど、絶対にあってはならないことだったし、
また、仮にゴロン族という前提が除かれようと、親子ほど歳の違うリンクとの間に、まともな
恋愛が成立するはずもないのである。
一夜限りの幸福でいい。若い頃の不遇を思い起こせば、それだけでも望外の果報。
リンクもダルニアの意を察したとみえ、同種の求めを二度とは口にせず、結果、二人の交際は、
互いが理性を前面に立てるものとなった。
よって、のち、リンクに恋人がいると知らされても、ダルニアは心平らかでいられた。
どのような人物なのかをリンクは語らず、ダルニアも強いて聞き出そうとは思わなかったが、
どうであれ、リンクが相応の恋人を持つのは当然の成りゆきであり、さらに言えば、持つべきで
ある、と虚心に結論でき、その幸せを素直に祝することもできた。
そうした心理を端的に表現するなら、最も近いのは「友情」であっただろう。それが大きな
年齢差にふさわしくない語だとすれば、「人生の後輩に寄せる親愛」と言い換えてもよい。ただ、
いずれにせよ、リンクにとってのダルニアが「女」であることに変わりはなく、ダルニアも無理に
「男」であろうとはしなかった。いまのように、二人きりの場では、両者ともその点を事実として
こだわりなく口に出せる。そんな安らかな関係を、数年にわたり、二人は構築してきたのだった。
もっとも、ダルニアにすれば、リンクの前で女であれる「喜び」は継続を許されたわけであり、
反面、それだけに、かつて得た一夜の幸福が、懐かしく、また儚く感じられてしまうのだったが。
「一つだけ──」
不意にリンクが口を開いた。ダルニアは我に返り、そうなってみて、自分が思いにふけって
いる間、リンクもまた、なにやら考えこむふうであったのに気がついた。
「ダルニアが族長を辞めなくてもすむ方法があるんだけれど……」
驚いた。と同時に興味が湧いた。それが可能なら最善である。
「俺が神殿に入れるようになるってことか?」
「うん」
「どんな方法だ?」
リンクは慎重な言いまわしで回答を避けた。曰く、そうするためにはある人物の協力を仰がねば
ならず、詳細を明らかにするのは、その人物の意向を確かめてからにしたい、と。
「でも、たぶん協力してもらえると思うよ。それに、この方法を実行できたら、ダルニアが
気にしてる他のことを、まとめて解決できるかもしれないんだ」
思わせぶりなリンクの弁に期待と疑問を抱き、しかしダルニアはさらなる追及を控えた。
無条件で信用すべき相手の言うことであったから。
早くも一週間後、ダルニアはリンクの再訪を受けた。もたらされた報告は申し分のない
ものだった。ハイラル王国はダルニアの提議を歓迎し、すぐにも実務的な会談を開きたいと
いうのである。
武器の優先的供給が王国の関心を惹かないはずはないと踏んではいたが、こうまで対応が
迅速なのは、「王家の使者」が熱意をもって働いてくれたおかげに違いない。
ダルニアはリンクに深謝し、以後の次第を二人で検討した。
会談の日程と場所について、王国側から打診されたのは、十日後にカカリコ村で、との案だった。
事を急ぎたいダルニアにとっては文句のない日取りである。場所も当を得ていた。ハイラル王国の
勢力圏内にあるデスマウンテンとはいえ、政治の上では独立を保つゴロン族にしてみれば、
ハイラル城までのこのこ出かけてゆくのは、いかにも服従的で沽券にかかわる。さりとて、王国の
要人をゴロンシティに呼びつけるのは失礼であるし、危険な登山道を通行させるのも憚られる。
両所の中間地点にあたるカカリコ村を会談の舞台とする案は、双方の立場を尊重するという意味で、
すこぶる妥当だった。
他にも都合のよい点があった。カカリコ村の商人たちをも会談に参加させられるのである。
ゴロン族とハイラル王国の交渉がまとまれば利益の一部を失うことになる彼らへの配慮を忘れては
ならない。手乗りコッコなどに加え、近年、ゾーラ族から提供される魚類の商いにも携わるように
なって、著しい経済的発展を遂げたカカリコ村の地位は、充分に尊重されるべきなのだった。
会談用の施設にも不便はない。リンクの話によれば、王族のご訪問を賜った時に必要だと、
かねてから大工の親方が執心だった迎賓館が、一年ほど前に完成している。名称は仰々しい
けれども、面積の限られたカカリコ村では、普通の民家より多少は広く小綺麗という程度の、
ただし造りは実用に即した建物であり、頻繁にそこを訪れるでもない王家が、ふだんは公民館的な
利用を村人たちに許可しているらしい。
事の重要さを念頭に置き、ダルニアは自身が会談に臨むと決めた。ゴロン族の一員となって以来、
山を下りたことはなかったが、ハイラル王国との直接交渉とあっては、どうしても族長が
出張らなければならない。
リンクは、ダルニアの姿をできるだけ──会談の出席者はともかくとして──人々の目には
触れさせないよう努める、と言った。腰布一丁の半裸体がゴロン族の「正装」である。族長の
「女」が好奇の対象になるのを防ごうとする気配りと知れ、ダルニアは重ねてリンクに感謝した。
かくして会談は実現した。
その席についたダルニアは、一つの腹づもりをしていた。
こちらから言い出した交易ではあれ、決して卑屈な態度はとらない。
王国がこの話に乗ってきたのは、金銭的な利があるからだ。ゴロン族の側で値上げをしても、
カカリコ村の商人を仲介させない分、先方はいままでよりも安価に武器を購入できる。
そのあたりを酌んで取り引きを持ちかけたのだが、王国がこちらの足元を見、権力を笠に着て、
不当に安く買い叩こうとするなら、話をまとめるわけにはいかない。最悪の場合は決裂もやむなし。
ハイラル王国がよこしてきた使節も、ダルニアの心を刺激した。
会談には、ゴロン族とハイラル王国とカカリコ村が、それぞれ三名ずつを出席させる手筈と
なっていた。ゴロン族からは、族長ダルニアの他、長年、渉外役を務めてきた二人の部下。
カカリコ村の三人は、いずれも有力な商人たち。ところが、ハイラル王国は、財務担当と
軍事担当の高官二人はよしとしても、その上位者たる代表の座に、なんと、いまだ十五歳の王女、
ゼルダ姫を据えていたのだった。
美しいと噂には聞いていたが、噂での描写をはるかに上まわる美貌。
感嘆しながらも、ダルニアは王女臨席の理由を読もうとした。
ハイラル王国の民すべてに慕われているというゼルダ姫。とりわけカカリコ村では、乳母の
インパとやらがそこ出身との縁もあってか、人気絶大らしい。商人たちも強引な主張はできまい。
ゴロン族にとっては巷の人気など知ったことではないが、王族が相手だとやりにくいのは確かだ。
狙いはそこか。会談を手前有利に運ぼうとしての起用だろう。だいたい、王女に実務的な交渉が
できるはずもない。王家の権威を演出するためのお飾りに過ぎない。
全くの見当違いだった。
王国側の意見を述べたのはもっぱらゼルダ姫であり、しかも、終始、借り物ではない自分の
言葉でしゃべった。時おり二人の高官と小声で話し合う場面はあったものの、議題の政治的、
経済的背景をよく理解していることは明白だった。
ゴロン族とハイラル王国の間で売買される品々の価格を決定するにあたり、ゼルダ姫は、
まず互いが互いの希望を出し、そののち摺り合わせの相談に移る、といった商業の常道に
従わなかった。それだと王国の利が薄すぎるのではないかと案じられるような──言い換えれば、
ゴロン族が容易に頷けるような──値を、初めから単刀直入に提示してきた。買い叩く意図など
皆無のようだった。
両者の直接交易で利益減となるカカリコ村に対しては、別観点からの補償が提案された。
城下町とカカリコ村を結ぶ街道の拡幅を王国が行い、さらにゾーラの里への山道をその対象に
加えてもよい、との計画である。街道が整えられれば、輸送量が増え、輸送時間は短縮される。
結果、収入は増加し、経費は節約でき、今回の件による減益を補って余りある。もちろん、
カカリコ村は大喜びでこれを受け入れた。
ダルニアは、ゼルダ姫への感嘆を、容姿以外の面へも広げずにはいられなかった。
街道整備の費用を出すというカカリコ村への提案は、ハイラル王国の深甚なる誠意だ。
ゴロン族との取り引きで得ることになる利を自分たちだけのものにはしないと表明したも
同然なのだから。そしてゴロン族へも誠意の手は差し伸べられている。こちらの窮状を察した
からこそ、高めの買い取り価格を提示してくれたのだろう。といっても、王国ばかりが割を食う
わけではない。街道の整備や武器の安定確保は、長い目で見れば、王国にも利益をもたらす。
つまりハイラル王国は、関係者すべてが得をするという理想的な形で、問題を解決に導いたのだ。
当然、この方針の案出には、王国の多人数が関わっているはず。だが、ゼルダ姫本人の意志を
反映させた策でもあるのは間違いなかろう。彼女のしっかりとした話しぶりから、そう推断できる。
美貌。誠意。加うるに知性と視野の広さ。
『だけじゃねえ』
事前に抱いていた偏見のせいで、当初、会談の場におけるダルニアの言動は──表層的な
儀礼とは元から無縁だったが、その元にも増して──ぶっきらぼうになった。王国の高官らが
眉を顰め、部下たちですら顔に懸念の色を浮かべたほどである。ところがゼルダ姫は、
無礼すれすれの態度で言いたいことを言うダルニアに対し、いっさい反感を表さず、丁寧な物腰を
崩さなかった。
『王女様ならではの気品と寛大さってとこか』
ダルニアは感銘の吐息を漏らした。
その夜、カカリコ村の広場では、会談の成功とゼルダ姫の来村を祝しての大宴会が催された。
ゴロンシティとハイラル城からの客は、会談に出席した三人と三人のみではなく、特に後者は
護衛の兵士らを含めて数十人にも及ぶ。それを村人たちがほとんど総出で歓待するのだから、
人数は相当なものとなった。
しかしダルニアは、自分用に準備された迎賓館内の一室にとどまっていた。ゴロン族の族長が
実は女だと知る人の範囲を、会談の出席者のみに限定しておきたかったのである。
孤独ではなかった。リンクがともにいてくれた。会談の場にはおらずとも、陰の功労者には
相違ない年若の友人に、ダルニアは改めて謝辞を述べ、リンクは明るい声で事の成就を寿いだ。
二人はテーブルに向かい、宴会場からまわってきたご馳走に舌鼓を打ちながら、会話を弾ませた。
ダルニアが語る内容は、どうしてもゼルダ姫の印象が主になった。会談中に得た感銘を
余すところなくリンクに伝えた。口をきわめて人を褒めそやすなど俺らしくもない、と心の内では
思ったが、それでも賛辞を止められなかった。
リンクは嬉しそうに、頷きや相づち、あるいは註釈を差し挟んだ。
聞けば、会談でなされたハイラル王国の主張は、ゼルダ姫の発案を骨子にしているとのこと。
ダルニアの推測が裏づけられたわけであり、なおさら感銘は深まった。
意外だったのは、ゼルダ姫が使節の代表となった理由である。成人が目前ともなれば重要な
公務の一端を担うくらいの経験は必要と、国王や重臣たちが考え、当人も同意しての人選だった
そうで、そのあたりはダルニアも想像していたが、加えてゼルダ姫は、談判の相手が同じ
女性ならばダルニアも余計な気苦労をせずにすむだろう、とリンクには漏らしていたという。
ダルニアの性別に関するリンクの気配りを踏まえ、ゼルダ姫も配慮してくれていたのである。
『そういや……』
確かに気苦労は免れた。俺は相手が年少の王族である点は意識したけれども、女である点は
大して意識しなかった。性別を意識せずにいられたからこそ、言いたいことを言いつつも、
話し合いの意思を保てたのだ。相手が男で、妙な視線を送ってきでもしていたら、必ずや俺は
気分を害していただろう。会談の成否に影響したかもしれない。そこまで考えた上での、
ゼルダ姫の配慮であったとは。
──と思うにつけ、悔やまれ、恥ずかしくなるのは、俺が初めに抱いたゼルダ姫への偏見と、
会談中の不遜な態度だ。ゴロン族の生活を守ろうとする気負いがそうさせたのだが、それは
言い訳にならない。やたら偉ぶっていると見えただろう。ゼルダ姫のありように比べたら
天地ほどの差がある。今度会ったら謝らなければ……
機会は唐突に訪れた。ゼルダ姫が、インパを従え、前触れもなく部屋に入ってきたのである。
迎賓館には宿泊用の個室が三つあり、当夜、それらを使うことになっていたのは、ダルニアの他は、
ゼルダ姫と護衛役のインパであったから、その二人が現れてもなんら不思議はないのだったが、
宴会を中座してまでの来室は予想のうちになかったため、ダルニアはすっかり動転してしまった。
身を置いていた椅子からあわてて立ち上がる。伝えたいと思っていた内容を頭の中で
あわただしくまとめる。けれどもすぐには舌がついていかない。
「ひ、姫様には……たいそう、ご、ご機嫌、麗しく、あられる、ようで……わ、わたくしも、
まことに、喜ばしく……」
初対面の場でもないのに俺は何を言ってるんだ。しかも、びびっているみたいにどもりながら。
おのれへの叱責と焦りが脳内で渦を巻き、言葉は途絶してしまう。
あっけにとられるふうだった先方の顔が、あでやかな笑みに転じた。
「おくつろぎください」
ゼルダ姫は空いていた椅子に腰を下ろし、手の仕草でダルニアに再度の着席を勧めてきた。
温雅な動作である。ダルニアも落ち着きを取り戻し、勧めに従ったのち、改めて詫びの言上に
及んだ。
「お気になさいませんよう。あなたのお立場からくる責任感の表れと承知しています。ご立派な
お人柄に触れることができて、ほんとうに嬉しく思います」
さても鷹揚なお姫様ではある。
恐縮するダルニアへ向けた目に、ゼルダ姫は愉快げな色合いを混じらせた。
「いつもどおりに振る舞われてよろしいのですよ。ざっくばらんな話し方はリンクで慣れていますし」
「ぼくを引き合いに出さなくてもいいだろう?」
まさにそのざっくばらんなところを、笑いとともに披露するリンク。ダルニアは驚きを覚えた。
リンクは俺に呼びかける時、「ダルニア」と呼び捨てにする。ゼルダ姫を話題にする際も敬称を
つけない。が、いくら「王家の使者」とはいえ、まさか本人に向かってさえこんな口をきくとは。
会談中の俺だって、ぶっきらぼうではあっても、一応、敬語は使っていたのに。
インパを見やる。平然としている。王女への馴れ馴れしさを許されたリンクなのである。
なるほど、そんなふうなリンクの飾らない性格をゼルダ姫は好んでいるのか。俺もふだんから
そこにリンクの美点を見ている。つまりリンクに対する思いの点で俺とゼルダ姫は共通していて、
そうなるとゼルダ姫が自分にずいぶん近しい存在と感じられてくる。
「じゃあ、俺の流儀でやるぜ。あとで文句は聞かねえからな」
ことさらぞんざいに言ってみる。返ってきたのは、一段とほころびの増した顔がする頷きだった。
「かまいませんわ。リンクがそうであるように、わたしにもあなたのお友達でいさせてもらえれば」
それはゼルダ姫がリンクとのつき合いにも通底させているあり方なのだ──と納得し、また、
依然としてインパが放任を決めこんでいるふうなのにも安心し、ダルニアは敬語の省略を続けた。
ただし自分の温かい心情を言葉に反映させようとは努めた。否、努めるまでもなかった。
ゼルダ姫の方は丁重な物言いを変えなかったが、生き生きとした表情や身ぶりから親しみ深さは
充分に伝わってき、ダルニアも自然に和やかな気持ちとなれた。
インパは、何やら用があるらしく、やがて座をはずし、残る三者によって、以後、歓談は
営まれた。発言量はダルニアが最も多かった。平生、能弁なわけでもないダルニアにして
そうなったのは、ゴロン族の生活につき、それに詳しくないゼルダ姫から、多くを訊ねられた
からであったが、質問者の様子にうかがえる心からの興味に、可能な限り応えてやりたかった
からでもあった。ゼルダ姫の理解が深まれば深まるほど、ハイラル王国とゴロン族は、より良好な
関係を維持できるのである。のみならず、人格的に優れたゼルダ姫と交流できることへの欣快が、
ダルニアの胸には充溢していた。
そうこうするうち、再びインパが現れ、湯殿の用意が整った旨を告げた。
「お先にどうぞ」
とゼルダ姫に促されるも、さすがにそれは受けられない。譲り合いの末、ダルニアの言い分が
通った。ゼルダ姫は礼を述べ、インパに付き添われて部屋から去った。
三人でいる間は黙しがちだったリンクが、熱心な口ぶりで声をかけてきた。
「ゼルダと話してみて、どうだった?」
公的な場での印象はすでに語ったが、いまは私的な対面の感想を求められているのだろう──
と判じ、ダルニアはゼルダ姫への好感を正直に言葉として表した。リンクはいかにも満足そうな
面持ちとなった。我が意を得たりというふうである。
疑問が湧いた。
リンクが控えめにしていたのは、もっぱら俺とゼルダ姫に会話をさせるためだったらしい。
なんでそうまでして俺とゼルダ姫を結びつけたがるのか。
率直に訊いてみた。答は謎めいていた。
「紹介してくれって頼まれてたからね」
「え? 誰を誰に紹介するって?」
「ダルニアをゼルダに、さ」
「誰が頼んだんだ?」
「ダルニアだよ」
「はあ? 俺はそんなこと頼んだ覚えなんぞ──」
そこで記憶がよみがえった。あまりの破格さに口が動かなくなり、機能を取り戻すまでに
しばらくの時間がかかった。
「つまり……お前の恋人ってえのは……」
リンクが首を縦に振る。面映ゆげでもあり、誇らしげでもある。
考えてみれば、見通せるだけの材料はあった。リンクの馴れ馴れしさと、それを許容する──
ばかりか歓迎するふうな──ゼルダ姫の態度。単なる友人同士では説明がつかない雰囲気を
醸し出していた二人ではなかったか。しかしその解釈に至らなかったのを愚鈍ともいえまい。
なにしろ相手が相手なのだから。
「そりゃまた……豪勢なこった」
適切な語句ではないとわかってはいた。が、王女を恋人にしている男に適切な他の表現を、
咄嗟には頭に浮かべられない。ゆえに修辞は諦め、思うとおりを言いやった。
「でも、まあ、あれほどの恋人を手に入れられる男は、そうそう世の中にゃいねえだろうよ。
身分もさることながら、面相といい、性質といい、天下一品だあな。幸せ者だぜ、お前は」
「ありがとう。嬉しいよ。ダルニアがゼルダを気に入ってくれて。ただ──」
しみじみとした口調を、途中でリンクは真剣なものにした。
「このことは秘密にしておいて。絶対に」
「こっそりつき合ってんのか?」
「うん」
「あの乳母は?」
「インパは知ってて、ぼくたちを見守ってくれてる。だけど、他には……」
さもありなん。成人前の王女に恋人がいるとの風評が立てば、政治的にもまずかろうとは容易に
想像できる。
「心配すんな。誰にもしゃべらねえよ。だが、そんだけ気にするんなら、俺にだって話さねえ方が
よかっただろうに」
「ダルニアには知っていて欲しかったんだ。いや、知っていてもらわなけりゃならないんだ」
そこまでの仲だと思ってくれているのか──と歓喜する一方で、リンクの言葉遣いに違和感をも
覚える。
「やけに強調するんだな。俺が知っているのは義務なのか?」
「義務というか……絶対条件というか……」
「条件? 何の?」
しばしリンクは口を閉じ、やがて、思い切ったように発言を再開した。
「ダルニアが族長を辞めなくてもすむ方法がある──って、前に言ったよね」
「ああ、聞いた。方法自体は聞いてねえがな。協力が必要な誰かの意向を事前に確かめてえとかで」
「その誰かっていうのが、ゼルダなんだ」
「ほう……」
リンクとの関係を考えれば、別に奇異な人物でもない。しかし何についての意向なのかは不明の
ままである。
「で、お姫様のご意向は?」
「賛成してくれたよ」
「ふん、じゃあ、方法とやらの内容を聞かせてもらおうじゃねえか」
短い間をおいて、リンクは答えた。
「ダルニアが五年前にぼくと一度したことを、もう一度、ぼくとしてくれればいいんだ」
刹那、種々の観念がダルニアの脳にあふれかえった。理性と感性の混淆からなるその観念の
最前面に躍り出たのは、純粋無垢な「喜び」である。
もう一度、リンクと、あの幸福を?
一夜限りと思い定め、けれども懐かしく儚く感じずにはいられなかった、あの幸福を?
胸がときめく。頬が熱を持つ。心がとろけそうになる。
が、感情の崩落は、リンクの次なる言で押しとどめられた。
「それに、ゼルダと」
今度は思考が停止した。
とてつもない衝撃ゆえである。
「どう?」
とリンクに問われるまでに、どれほどの時が経過したのか、ダルニアには知覚できなかった。
秒単位ではすまないはずと見当づけられただけだった。その間──自らの台詞が与える衝撃を
予想していたのか──応答を急かしもせずにいたリンクが、ようやく発した音声で、凍りついていた
観念は息を吹き返し、いっそう乱脈さを増して脳を攪乱した。
「どうって……」
とりあえず相手のひと言を繰り返しておき、頭の中の整理を試みる。
俺が……ゼルダ姫と……?
『あり得ない!』
神殿に入れるようになれば族長を辞めずにすむ。しかしゼルダ姫との交わりが神殿入りに
必要だという論旨が理解できない。しかも、俺は女で、ゼルダ姫も女で、女と女がそうするなど、
考えたこともないし、実行可能とも思えない。何もかもあり得ない。こんなでたらめな話は
たちどころに却下して──
口は意図を裏切った。
どうしても拒絶を言葉にできなかった。
できない理由があるはず。なのに、なお残る頭中の混乱が分析を妨げる。
なんとか整理の域を広げようと努力するうち……
部屋の戸が外から敲かれた。思いを中断させてでも応じるべきは、その部屋の主たる自分である。
「お、おう」
ゼルダ姫が入室してきた。単身だった。インパはどこかに控えているらしい。
「お先にお湯を使わせていただき、ありがとうございます。では、あなたもどうぞ」
室内の微妙な空気を察せられないのか、あるいは察しながら受け流しているのか、相変わらず
温雅なゼルダ姫の物腰。
ダルニアはリンクに目をやった。
まめやかな表情で頷くリンク。よく考えてみてくれ、と言いたげである。
「そうさせてもらおうか」
二人のどちらにともなくダルニアは答えた。
浴槽は床を掘る形で設置された木製の箱だった。箱とはいえども結構な広さで、身体の大きい
ダルニアでもゆったりと手足を伸ばせる。湯は浴室の壁越しに屋外から絶えず供給されている。
水を沸かしたものではない。火山の麓という地の利を生かし、温泉を引いているのである。
ゴロンシティでも同じ火山の同じ恵みを享受してきたダルニアにとって、肉体のみならず精神をも
安らがせられる、それは馴染みの感触であり、温かみだった。
ために自ずと心は静まっていった。拒絶を拒絶する理由が見つかった。聞いた時にはあり得ない
と思われたリンクの説も、決してあり得なくはないと考え直された。
そもそも五年前の、俺を守ることになるというリンクとの契りからして、全く根拠を欠いていた。
それでも俺はリンクの求めに従った。無条件で信用すべき相手の主張だったからだ。ならば今回も
無条件で信用すべきではないのか。
女と女と契りについても了解できる。男同士の交わりを、過去、何度となく、ゴロン族の俺は
見てきた。女同士の交わりがあっても全然おかしくはない。
『だが……』
迷いは消えなかった。
五年前、俺がリンクの求めに従ったのは、そうしたいとの願望が、初めから俺の内にあった
ためだ。
では、いまは?
同種の行為をゼルダ姫と営みたいとの願望が、果たして俺の内にあるだろうか。
確かにゼルダ姫は秀逸な人物。しかし、かといって……
『それに……』
ゼルダ姫はこの件をどう考えているのだろう。
賛成してくれた──とリンクは言った。が、リンクという恋人がありながら、こんな突拍子もない
話に賛成できる、その心境が不可解だ。
ダルニアは考え続け、所詮、ひとりで考えても解決はしないと結論した。
『当人と話してみねえことには、な……』
部屋に戻ると、先刻そうしていたとおりの姿勢で椅子に坐すリンクが、物問いたげな視線を
向けてきた。ダルニアは、
「次はお前があったまってこい」
とだけ言い、リンクの正面にすわるゼルダ姫を、ちらりと横目で見た。先延ばしになっていた
返事を貰えないのに当惑したのか、リンクは怪訝そうな顔になったが、ダルニアの素振りに
何らかの意図があることは感じ取ったようで、黙ったまま部屋を出て行った。
ダルニアは自分の椅子に腰かけた。
いまや一人となった同室者を改めて眺める。
そこで注意を惹かれた。外観がさっきとは微妙に異なっていた。
衣装に変化はない。顔つきが何となく違う。
ほどなく合点がいった。湯上がりとて、最前までは面にあった化粧がなく、素顔を見てとれる
ようになっているのだった。もともとごく控えめな修飾にとどまっていたため、すぐには
認識できなかったのである。別言すれば、あるかなきかの粧いに過ぎずとも感嘆おくあたわざる
美貌だったのであり、ゆえに現在、素顔でも美しさの度合いは全く低減していない。
「どうかなさいましたか?」
「ん? あ……別に……」
じろじろ観察していれば不審がられるのも道理。
ダルニアは、どぎまぎする心を抑え、
「ちょっくら、訊きてえんだが」
と切り出した。
「何でしょう」
澄んだ声が返ってくる。
「ああ……その……つまり……あれだ」
話そうと決めたのに、いざとなるとできない。わずかな動揺をも排したゼルダ姫の声調に、
かえってたじろぎを覚えてしまう。
こんな小娘に──と言っては失礼きわまりないけれども、年齢的には確かにそうである相手に
──たじろいでなどいられるか、と自分を励ますも、
「リンクから、話を持ちかけられたんだが……ああ……何の話かは、わかってるか?」
腰が引けた言い方になるのを如何ともしがたい。その反対に、
「契りのお話ですわね? ええ、聞いています」
ゼルダ姫は平気なふうで鍵となる単語を口にのぼらせる。それでダルニアも腹を決め、口吻を
遠慮のないものにした。
「この話を、あんた、受けたそうだな」
「はい」
「度胸があるぜ。俺たちが会うのは今日が初めてだってのに」
「あなたの秀でたお人となりについては、以前からリンクを通じて聞き及んでいます。リンクの
人を見る目に狂いはないと信じています。今日、実際にあなたとお会いできて、わたし自身、
そうと確かめられました」
「褒めてくれてありがとうよ。しかしそれにしたってだな、あんた、リンクの恋人なんだろう?」
「はい」
「ってこたあ、あんたら二人は……なんていうか……もう、できた仲なんだろう?」
さすがに肝腎な箇所では口ごもってしまうが、
「はい」
ゼルダ姫の方はいたって平静。ダルニアは半ばあきれつつ言葉を続けた。
「だったらどうして受けられるんだ? 度はずれな話じゃねえか。それとも、なにかい? 俺は
長えこと山で暮らしてて、下界の風紀のありようをよくは知らねえけども、そんなのが最近の
流行なのか?」
「そういうわけでは……」
微笑むゼルダ姫。といっても韜晦の演技ではない。
「わたしも王城暮らしの身で、世間の傾向に、あまり詳しくはありませんけれど、わたしのように
考える人は、他にいたとしても、ごくごく少ないでしょう」
どこまでも真面目なのである。
「じゃあ、なんで?」
ややあって、直接的ではない返答がなされた。
「五年前、あなたはリンクと契りを結ばれましたわね?」
「ああ」
そのことを「協力者」のゼルダ姫は知っていて当然。知らずに受けられるこの話でもなかろう。
こちらもリンクが恋人だというゼルダ姫の秘密を知っているのだからお互い様。だが、いま、
それを指摘するゼルダ姫の真意は?
「リンクがそうする以上、そうするだけの素晴らしさを、相手の人は備えているに違いありません。
その素晴らしさを、わたしも知りたいのです。リンクの立場に自分を置くことで、わたしは
いっそうよく相手の人を知ることができ、そして相手の人にもいっそうよくわたしを知って
もらえる。またリンクの気持ちもいっそうよく知ることができる。そんなふうに考えています」
すんなりとは腑に落ちなかった。抽象論とも思えた。しかし他面、真摯なあり方と感服もされた。
これは不動の信念であるとでも言いたげな、微塵の迷いもない毅然としたさまが眩しかった。
ふと、ダルニアは思った。
どうして俺はゼルダ姫に嫉妬しないのだろう。
自分がひそかに想いを寄せるリンク。
成立し得ない恋愛と割り切り、リンクの幸せを素直に祝うことはできても、なおかつ解消不能な
想いがあるゆえの、あの一夜に致す懐かしみ、儚み。
そんなリンクの恋人がゼルダ姫なのに。
しかも、その恋人たるや、女が持ち得る魅力のすべてを──ことごとくこちらが欠いている
ものを──一身に集めたかのような存在なのだ。
初めからかなわないと諦めきっている……のではない。そういう負の感情を俺の心は
わだかまらせていない。俺はゼルダ姫をあくまでも肯定的に捉えている。これはいったい──
「そうしてこそ真に確かめられるのが」
ゼルダ姫の付言に、
「人と人との繋がりではないでしょうか」
ダルニアは打たれた。
『人と人との繋がり……』
その言葉のどこに打たれたのか──と、おのれの内を探ろうとした折りも折り、部屋の外で
足音がした。戸が開かれた。リンクである。閉扉の動作もそこそこにせわしく脚を動かし、
ダルニアの前に緑衣の姿を立たせる。顔がほのかに上気している。入浴のせいばかりでは
なさそうである。二つの青い目がダルニアを見、次いでゼルダ姫を見、そして再びダルニアに
据えられた。
「どう?」
重ねての問いに、
「……いいぜ」
思わず知らず、そう答えていた。
まだ決心してはいなかったのに──と自身を怪しみつつも、差し出されたリンクの左手を
握ってしまう。引っぱられれば椅子から腰が浮いてしまう。
同時にゼルダ姫が身を起こした。戸に近寄り、鍵をかけ、向きを転じてダルニアの横に来たった。
右手に背を触れられる。やんわりと押される。リンクに手を引かれる。必然的に足が前へと出る。
両側の二人も歩みを始める。行く先は部屋の隅に置かれたベッドである。
「いまから、ここで……か?」
「そうだよ」
「誰か来たら……どうする?」
「誰も来ません。インパが気を配ってくれています」
歩きながらの質問は、かわるがわる左右が出す声によって捌かれる。
するまでもない質問だった。いまが唯一といってよい機会なのは瞭然としているし、ふだんから
二人を見守っているというインパの役回りも推察できたはずである。ために「三人で?」と続けて
質問するのはやめにした。逡巡の気配もない二人の態度が、すでに答を代弁していた。ただ、
それがいかなる様態となるのかは想像もできなかった。
ベッドの脇に至ると、左右の二人は少しくダルニアから離れ、静かに着衣をほどき始めた。
立ちつくすしかないダルニアの目は、おずおずとリンクに向いた。徐々にあらわとなってゆく
肉体が、ダルニアの心臓を激しく鼓動させた。
五年前は幼い少年に過ぎなかったリンクが、いまや心身ともに逞しい「男」となってそこにある。
過去、会うごとに成長の度が深まってゆくリンクを見てきてはいるが、五年ぶりに眺める
この裸身ほど鮮烈な実感を与えてくれたものはなかった。逞しいとはいえ、身長、骨格、
筋肉の発達、いずれも自分よりは下。しかるに発散される「男」の気は圧倒的。わけても
股間の屹立。仲間うちでは見慣れているそれであるのに、持ち主がリンクというだけで震えが
くるほどの感激を覚える。
自分への──「女」としては不足が多すぎる自分への──以前と変わらぬ欲求を具現して
くれている、それ。
『なら……』
目を転じる。
俄然──
文字どおりの震えがダルニアの全身を走った。胸の鼓動がひときわ頻度を増した。
所以はゼルダ姫の一糸纏わぬ姿である。
たおやかな、ただし、まろやかであるべき部分はすこぶるまろやかな肢体。真っ白な肌に
覆われていて、青みを帯びた両の目と、ほどよく充実した胸乳の上を飾る薄桃色の小領域と、
箇所により若干の濃淡を示す黄金色調の有毛部が、色彩上のアクセントになっている。下腹の
秘叢がなおいささか薄くはあるけれども、ほとんど完成の域に達したその造形は、容貌のみに
とどまらない、神々しいまでの美を描出していた。
「女」として何一つ不足がないばかりか、あり余るほどの女性性!
なのに羨望の念は生じない。ましてや嫉妬など兆しさえしない。心を満たすのは美中の美への
純一な感動のみだった。
『いや……』
感動のみだろうか。別の心理がありはしないか。
この胸の鼓動はリンクの裸体に惹起されたそれと区別できない。だったら俺はゼルダ姫に対して
情欲を抱いているということになるのではないか。ゼルダ姫と「そうしたいとの願望」を、やはり
俺は胸の奥にひそませていたのだろうか。まるで男が女を求めるかのように。長い年月を
「男」として過ごしたせいで、俺は性衝動すら男化してしまったのだろうか。
『まさか!』
ゴロン族の「男」は女を求めたりはしない。それにリンクの前では「女」でありたい俺だ。
「女」の感情を失ってはいないのだ。しかし、ならば、ゼルダ姫への感情をどう説明する?
わからない。
わからない。
俺は女なのか男なのかいったいどっちなのか──
(人と人との繋がりではないでしょうか)
翻然と、
『そうか……』
ダルニアは悟った。
どっちだってかまわないんだ。どっちでもあると開き直ったっていい。どうであろうと俺は
俺なんだ。俺という一個の「人間」なんだ!
リンクは俺を「女」と見なしてくれたけれども、正確には、男っぽい女だという個性を持った
一個の「人間」と見なしてくれていたのだ。それは俺を女扱いしなかった奴らはもとより
ゴロン族の仲間たちも持ち得なかった観点。そこへ来てゼルダ姫はリンクと同じ見方をしてくれた
わけで、リンクとゼルダ姫の志向はぴったりと一致しているわけで、だからこそ俺はゼルダ姫との
会話で、リンクとの交友時の安らかさにも似た、和やかな気持ちになれたのだ。そう考えれば、
ゼルダ姫に嫉妬する気が起こらないのも、ゼルダ姫を肯定的に捉えてしまうのも、ゼルダ姫へ
向ける俺の感情がリンクへのそれとそっくりになるのも、理の当然と言わねばならない。
さらに言うなら、「男と女」であったり「女と女」であったりする以前に「人と人」である
俺とゼルダ姫の関係ならば、自分の性別の如何にかかわらず、美しいものは美しいと思い、
その美しさに触れたいと願って、何の不都合もなかろうではないか。
この帰結を、たぶん、俺は、とうから、無意識的に了承していた。ゆえにリンクの誘いを
拒みもせず、差し出された手を握るのにも躊躇を感じなかったのだ。
であれば、いま、俺が、すべきことは……
ダルニアは腰布を解き落とした。
かりそめにも迎賓館であるから、ベッドは大きめに作られている。ダルニアほどの図体が
横たわっても、両横にそれぞれ一人が寄り添えるだけの余地はあった。その二人が間断なく
施してくる愛撫に、ダルニアは仰向けた身を預けきっていた。
リンクもゼルダ姫も──恋人同士ゆえしばしば相互に行い合っているためだろう──手技は
巧みである。ダルニアの肉体は、熱し、潤み、悶え、うち震えた。
施し手が二人になったことで、五年前に比し、快感は倍増していた。のみならず、すべが微妙に
異なる二種の愛撫の混和により、快感の質までが練り磨かれてゆく。
決して粗雑にはならないリンクの手つきではあるも、対象をくまなく支配せんとする「男」の
意思が、身体の強健な進化にも触発されてか、五年前とは段違いの堅固さで、そこには
反映されていた。ダルニアの「女」は随喜した。くまなく支配されたいと冀った。
他方、ゼルダ姫のまさぐりは、優しみと慈しみをしっとりと染み伝わらせてくる。同じ女として
あなたの内にある快さの程合いはよくわかっています、どうかもっともっと快くあってください
──と語りかけるかのようである。その厚情は、恋人たるリンクの占有に拘泥しない寛容さとも
相まって、ダルニアを万謝の念に浸らせた。一方で、それほどのゼルダ姫を恋人にしている
リンクが、自分を交歓の相手としてくれていることへも、同様の念は及ぼされる。
先にゼルダ姫が表明した信念の真実性が実感できた。単なる抽象論ではなかったと確信された。
三者が褥を一つにするという異常な状況についても、それは異常でも何でもない、ごく自然な
あり方なのだ、と得心できる。
とはいうものの、三者は活動の程度において同等ではなかった。リンクとゼルダ姫の積極的な
行為を、ただただ拝受するのみのダルニアである。大幅に年長の自分が未成年の二人に、いわば
翻弄されるさまを、心許なく思わないではない。施される分は施し返したい。しかし、なにぶん
経験が乏しいため、また、あまりに快楽がおびただしいため、そうするだけのゆとりを持てない。
ただ、中年の域にあるダルニアにとって、若い二人は溌剌とした生命力の具象化とも感じられ、
受け身に徹する形ではあっても、健やかな肌に接していられる態勢を、ありがたく是認もして
しまうのだった。
その若い二人がする積極的な行為は、手によるもののみに限られてはいない。口が──細かく
述べれば、唇と舌と歯が協同して、あるいは独立して──ダルニアの体表を縦横に経めぐる。
部位によっては体内までが探られた。ダルニア自身の口、および局部である。ゴロン族に接吻や
口腔性交の習慣はないが、ダルニアには一度だけ、それらの部をリンクの口に委ねた経験があった。
成長したリンクへの、そして新たな知音たるゼルダ姫への、五年ぶりとなる委ねは、大いなる
満足をダルニアにもたらした。否、満足ばかりではない。性器への口戯は渇望をも育む。
より大きな満足を、別の行為によって、そこはもたらしてくれるはずなのである。
やがてその時となった。リンクが体上に乗りかかってきた。ダルニアの両脚は押し広げられ、
股間は熱く硬い棒状物の接着を感受した。
にわかに興奮が高まった。
最も女である部分をリンクに明け渡すことで、俺は最も「女」たり得る!
それはゆっくりと進入してきた。五年前のそれに数倍する体積をもって、ダルニアの肉洞を穿ち、
広げ、充たしきった。息が詰まるくらいの被圧倒感と、そこまでの圧倒が可能なほど力強い
リンクに制されているという幸福感が、ダルニアを喘がせ、陶然とさせた。
存在を誇示するかのように、当初、悠然と静止していた進入物は、しばらくののち、緩徐な
運動を開始した。前進と後退を繰り返すその運動は、速度と強度をさまざまに変化させながら、
総体的には次第に激しさを増していった。
前進時には被圧倒感がいっそう募る。けれども苦痛とは全くならない。洞内での摩擦が生み出す
感覚と混じり合い、極上の快美へと遷移する。同期して幸福感は増大の一途をたどる。
ほどなくそれらは最高点に達した。恍惚のうねりに我が身をたゆたわせることを除いて
ダルニアにできたのは、リンクを固く固く抱きしめることだけだった。
うねりが治まってゆくにつれ、一つの事実が認識された。
ダルニアが登りつめるのに合わせて、リンクは運動を止めていた。しかし、男が行き着いた時に
示すはずの脈動を、ダルニアの膣は感知していなかった。
一時的な休止だろう──との予想は裏切られた。リンクはダルニアの抱擁から脱し、下半身の
結合をも解いてしまったのである。
が、失望している暇はなかった。それまでリンクが身を置いていた場所に、ゼルダ姫が進出して
きたのだった。
ダルニアは、いつの間にかゼルダ姫が自分のそばから離れていたこと、そして自分とリンクの
交わりを眺めていたに違いないことを遅まきながら知った。羞恥の念が胸に浮かびかけた。
けれどもその念は、ゼルダ姫と一対一で愛撫以上の密合を演じられるという喜びにより、
一瞬のうちにかき消された。
リンクの肌が「男」の精悍さをありありと表出しているのに対し、ゼルダ姫の肌は徹頭徹尾
「女」である。やわらかで、すべらかで、みずみずしい。特に、二つの乳房の絶妙な丸みと、
そこに内蔵される優雅な弾力は、まさに「女」の象徴といえる。種々のそうした特質を、もはや
疑問の一片すらなく賞翫できるダルニアだった。
ただし、賞翫の名に値するほどの余裕を長くは保てなかった。
二人の秘部と秘部とは、絶えず両所からあふれ出る蜜液を介し、わずかな隙間もなく
接し合っている。そこへゼルダ姫は律動的に圧迫を加えてくる。元来、異常に肥大している
ダルニアの女芯は、ゼルダ姫の谷間にすっぽりと埋まっていた。膣口をくぐるほどではないものの、
両唇にきつく挟まれ、揉み立てられる形となっている。
絶大な快感だった。
リンクに「内側の女」を攻められたあとは、ゼルダ姫に「外側の女」を攻められる。そういう
女同士の交わりが、こんなにも素晴らしいものだったとは!
未知の体験がもたらす喜悦に、ひたすらダルニアは耽溺した。
もっとも、女同士と単純には言い切れない。圧迫を図るゼルダ姫の腰使いは、先のリンクの
それに酷似している。肉体的には究極の「女」たるゼルダ姫が、行為者としては「男」も
同然なのである。男女の要素を併せ持つ人間が自分の他にもいたという共感と、左様な二人が
交わっているという倒錯感とが、ダルニアの喜悦をますます高めた。
喜悦はゼルダ姫によってさらに増強された。行為に際して寡黙であったリンクとは異なり、
ゼルダ姫は発声を憚らない。とりどりの母音を脈絡なく垂れ流し、快さを表す猥褻な形容詞を
断片的にちりばめる。腰の動きは勢いづく一方。両目は情熱を宿して爛々と輝き、髪は振り乱され、
皮膚は紅潮し、体温は上昇し、そのさまはあたかも燃えさかる炎のごとし。
女芯を揉み立てられるのは攻め役も同じゆえ、ゼルダ姫の乱れようとて奇とするにはあたらない。
にしても、ついさっきまでの高貴さ、清楚さが、嘘のような変貌ぶりである。
ダルニアは、しかし驚かなかった。これもまたゼルダ姫の真なる一面と了得し、倣っておのれも
喘ぐばかりでなく感ずるところをありのままに表白しようと決め、実行した。そんな自分らしからぬ
行状に及べたのは、快感が理性を鈍らせていたせいかもしれない。が、たとえそうでも
かまわなかった。自己をさらけ出してこそ、喜悦の極限化は可能となるのである。
絶頂が続けざまにダルニアを襲った。
人が得られる最高の境地──との思いが頭の片隅をかすめる。
ところが、それは序章に過ぎなかった。
突如、ゼルダ姫の身がずり上がった。後ろから何かに押されたような──と印象した瞬間、
ダルニアは股部に衝撃を感じた。その何か──リンク──が、硬直した肉茎をダルニアの膣に
突入させてきたのだった。
静止を冒頭に置いていた先回とは打って変わって、このたびのリンクは初手から遠慮をしない。
猛然と刺突を反復させる。子宮をこじあけんばかりの荒々しさである。にもかかわらず、
そうされるのはダルニアにとって至福以外の何ものでもなかった。淫事を積み重ねるうちに性感が
向上し、いかなる刺激をも快と捉えられるようになっていた。
もう一つの刺激も健在だった。
リンクの熾烈な寄せは、ダルニアの大柄な身体をさえ──なおかつその上にゼルダ姫の重みが
加わっていてさえ──むやみやたらに揺さぶり動かす。またゼルダ姫も、揺さぶりに合わせ、
自らがする腰の揺さぶりを継続させている。リンクの介入により、女陰同士の接触は密着度を
弱めていたが、愉悦の供給を滞らせてはいない。
先には個別だった内外への攻めを、いまは同時に食らっているのである。
快感は絶大を通り越していた。気を失ってしまいそうだった。
失ってもいい──とダルニアは思った。しかし機会は訪れなかった。代わりに膣内の充満が
失われた。直後、ゼルダ姫の体動と嬌声が著しくなった。上下に接して並ぶ秘穴の下から上へと、
リンクが矛先を転じたのである。
落胆はしなかった。内部の空虚は甘受せねばならないにせよ、女陰の密着が復元され、さらに
ゼルダ姫を突きまくるリンクのこわばりがダルニアの陰唇をも摩して往復するため、得られる
快感は──性状を変えこそすれ──直接挿入に比べて遜色ない。
ゼルダ姫の内の充満を心底から喜ぶこともできた。
自分とゼルダ姫が一体となってリンクにいとおしまれている。
リンクとゼルダ姫が一体となって自分をいとおしんでくれている。
であれば……
ダルニアもおのれの腰を揺さぶりに参加させ、秘裂間の摩擦強化を目論んだ。自分とリンクが
一体となってゼルダ姫をいとおしむ形を作りたかった。
目論見は成功したとみえ、ゼルダ姫が切迫の様相を呈し始めた。が、そこでリンクは目標を
ダルニアに戻してきた。熱烈な交合が今度はダルニアを切迫させる。と、またもやリンクの照準は
ゼルダ姫へと移る。
二人の女をとっかえひっかえしながら、それぞれを絶頂寸前まで追いこみ、けれども最後までには
行き着かせないというリンクの所行は、周期的に性状が変わる快感でもってダルニアをしたたか
悦ばせ、かつ、もどかしがらせた。ゼルダ姫も同一の心持ちであることは、嬉しげでもあり
悩ましげでもある声の調子から推量できた。
その声がひときわ乱調をきたし、一転して途絶えた。腰が動きを止め、全身に細かい痙攣が
走った。
とうとうゼルダ姫が感極まったのである。
羨む間もなくダルニアは、それまでゼルダ姫を熱狂させていたリンクの強襲を受けた。すでに
限界の一歩手前だった興奮は、ほんの短時間で一気に爆発へと導かれた。
無上の法悦がダルニアを押し包んだ。先ほどは感知できなかったリンクの脈動が、今次は
明瞭だった。リンクが遂情の場に自分を選んでくれたという──いつもは恋人の中でそうして
いるに違いないリンクの、それは今回を特別な機と考えての饗応だったのだろうけれども──
そして、五年のうちに真の「男」へと成長したリンクが脈動と同時に放ったはずの精を生まれて
初めて身の奥底に浴び、いまこそ自分は真の「女」になれたという、感激を超える感激に、
ダルニアは到達した。
痙攣を終えたゼルダ姫が、上体を前に倒し、口づけをしかけてきた。舌と唇のなまめかしい
貪りにダルニアも応じ、対手の美身を両腕でしっかりと懐抱した。
三者の合一が感激をさらに膨らませた。
反比例的に意識は薄らいでいった。
欲しつつもなかなか得られなかった、感悦の末の失神を、ついにダルニアは経験できたのである。
気がつくと、上にあった重みは消えていた。皮膚にも粘膜にも触感はなかった。ただ気配のみを、
朦朧とする頭が至近に探知した。
目をあける。気配の方に首を傾ける。
二つの裸体が接していた。
起こした上半身を両腕で支え、長々と脚を投げ出したリンク。
その脚のつけ根に顔を寄せている、うずくまった格好のゼルダ姫。
ぼんやりと見るうちに、事態が理解されてきた。
ゼルダ姫がリンクの男根に口を使っているのである。
舐められ、接吻され、頬ばられ、合間に右手でしごかれるそれは、よほど長いことダルニアが
気を失っていたためか、よほどリンクの精力が旺盛であるためか、よほどゼルダ姫の技術が
卓越しているためか、ひとたび果てたあととは思えないほど隆々とそそり立っていた。
再び湧き出す興奮に煽られ、ダルニアは、仰向けのままだった姿勢を、見たいものがもっとよく
見える形に変えた。動きに感づいたらしく、ゼルダ姫が顔を上げた。次いでその顔はダルニアに
向き、微笑みを浮かべ、身体ごと後ろへ退いた。
譲られたのだと知れた。
五年前はリンクに恥部を啜られたが、逆は行っていない。もちろんゴロン族の仲間たちとも
行った前歴はない。
しかしダルニアはためらわなかった。
初めてだろうが何だろうが、できることは残らずやっておきたい。
ゼルダ姫が占めていた場所に身を移し、ゼルダ姫がしていた口技と手技を模倣する。慣れない
自分がリンクを満足させられるかどうかについての不安は、相手が漏らす心地よげな呻きと、
報礼のように優しく頭を撫でられる感触によって払拭された。口に感じる新奇な味と強壮な硬さが、
興奮をいよいよ募らせもした。
リンクが腰を前後に運動させ始めた。喉を突かれる感覚にダルニアは酔い、けれども一方では、
そのまま事を進めた場合に起こるであろう現象への戸惑いを覚えた。
そんな戸惑いを見透かしたかのごとく、ゼルダ姫が耳元で、そうなった時の心得をささやいた。
続けてリンクが、事後にはダルニアが持つもう一つの肉穴に挑む旨を宣告した。ダルニアは胸を
高鳴らせながら、二人に諾々と頷きを返した。
暫時ののち、リンクは射精に至った。ダルニアはゼルダ姫の教えに従い、噴出した液体を一滴も
余さず飲み下した。下の口にとどまらず上の口をもリンクに征服されるという、被虐にも似た
ありように対し、ダルニアが心に抱いたものは、至純の満悦だった。
もっとも肉体は満悦していなかった。口戯の間、放置せざるを得なかった陰部が、焦れに焦れ、
うずきを訴えていた。
達したばかりのリンクに、うずきの解消を請うことはできない。が、ここまで淫らな気分に
なってしまうと、おとなしくリンクの回復を待ってもいられない……
待つ必要はなかった。ダルニアはゼルダ姫に抱きつかれ、またしても仰向けにされ、またしても
その重みを支える役どころとなった。ただし両者の向きは互い違いの体裁に変じていた。すなわち
ゼルダ姫の顔はダルニアがうずかせる部分を見下ろす位置にあり、ゼルダ姫が顔を落とせば口で
うずきを癒せるわけであり、そして現実にゼルダ姫はそうしてくれた。
待望の快味がダルニアに叫びをあげさせた。新たな快味も加わっていた。リンクが言及した
もう一つの肉穴──いわば第三の口──へも、ゼルダ姫は舌を這わせてくる。ダルニアへの
奉仕であるとともに、リンクの訪問に備えた下地作りでもあるのは明らかだった。
目を閉じ、快感に吹きちぎられる思考を、どうにかこうにか縫い合わせる。
リンクを相手に俺がしようとしている行為は、『兄弟の契り』に準ずるものだ。族長と
なってからは常に契りの施し手だった俺が、受けにまわる点で、それと大きく異なっては
いるものの、契りの崇高さを冒涜することにはならない。ゴロン族としてリンクから受けた恩義に
報いるとすれば、むしろ至当な方法。キングドドンゴ退治の直後に──もしくは五年前の折りに
──行っていてもよかった。しかしリンクの幼さを考慮して実行は見合わせた。その後も
リンクにはいろいろと世話になったが、理性的な交際を心がけてきたため、報恩の機宜は
得られなかった。しかるに、いま、この場となっては──会談の件でさらなる恩義を被りもした
上は──ぜひともなさねばならない行いといえる。
『そんな……固え……話って……ばかりでも……ねえ……んだよな……』
今夜はここまで「女」だった俺が、「男」としてリンクに攻められるのも、俺という人間らしくて
面白いだろう。受けの立場は久しぶりだが、肛門に陰茎を挿し入れられてどうすればいいかは、
まだ身体が覚えている……
ふっつりと局部の感覚が消えた。不思議に思い、ダルニアは目を開いた。
眼前にはゼルダ姫の後ろ姿。その先にリンク。こちらの脚間に膝をついてしゃがんだ格好。
ゼルダ姫は頭を前後に振っている。リンクの一物を口で元気づけようとしているのだ。
『そういうことなら……ほっとかれても……かまわねえ……が……』
ゼルダ姫の方に注意が向いた。
前のめりの姿勢につき、隠し所が丸見えとなっている。甚だしい濡れようである。そこを
うずかせていたのは自分だけではなかったのだと悟られる。
『だったら……俺も……』
ダルニアはゼルダ姫の腰を両手で把持し、首を起こし、目当ての部分に顔を寄せた。女性器を
間近に見、あまつさえそこに口をつけるという未体験事に際し、ダルニアの心は露ほどの惑いをも
宿していなかった。
唇を触れさせる。舌を遊ばせる。襞の繊細な形象と、愛液の甘酸っぱい味と、由来不明の芳香が、
各所の神経をくすぐり、脳は陶酔感でいっぱいになる。
ゼルダ姫も陶酔しているようだった。口に含むものがあるため、聞こえる声はくぐもり気味だが、
むせび泣きにも類する音調はまことに官能的。勃起した雌核を舐め上げてやれば、声は倍して
嬌艶さを帯び、リンクへの励ましにも熱が入る様子。自分の勤しみがゼルダ姫を高まらせ、
ひいてはリンクをも高まらせることになると知り、ダルニアは唇と舌のの動かしを一段と
濃やかにした。
報酬はあった。ゼルダ姫はダルニアへの慰撫も忘れてはいなかったし、その時はリンクも肉柱を
ダルニアの敏感な箇所に添わせ──挿入はせずとも──強弱取り混ぜての摩擦を施してくれる。
それが──ゼルダ姫の献身とともに──リンク自身の性感をも刺激するのだろう、いつしか肉柱は
硬さを取り戻している。
ダルニアはその硬みがおのれの後門に押し入る瞬間を切望し、翻って、ゼルダ姫の同じ部に
関心を抱き、そこへおもむろに舌を派した。自分もそうされたのだからという返礼の意味合いも
あった。
ゼルダ姫は抵抗しなかった。それどころか、もっとやってと言わんばかりに尻を突き出し、
声にも快美の音色をあからさまに混じらせる。そこを使い慣れている者にしかできそうにない
反応である。
『ってこたあ……』
ゼルダ姫は稀ならずそこにリンクを迎え入れているのだ!
もっと早く気づいていて然るべきだった。リンクがその型のセックスを経験ずみとしている
ことに。そういう関係のリンクとゼルダ姫であることに。リンクが俺のそこを貰うと──
こちらから示唆したわけでもないのに──宣告した時点で。
肛門性交は男同士に限られたものではない。男女間でもあり得る交わり方だ。こんな自明の理に、
どうして俺はいままで思いを及ぼせなかったのか。実際に女であるこの俺自身が数え切れないほど
やってきたことなのに。だからこそ逆に真実が見えなかったのか。『兄弟の契り』が先入観に
なりすぎていたのか。
……ともあれ、わかった。
女がそうするのに「男」である必要はない。「女」のままでも全く問題はない。
となると、俺の場合は──
リンクが思索の敷衍を禁じた。いきなりダルニアの太い両脚を抱え上げ──それを苦もなく
やってのけられるのが現在のリンクなのである──猛り立つ剛棒を肛門に突き入れてきたのだった。
ダルニアは反射的に筋肉を緩めた。身に染みついたその操作と、リンクの断固たる進撃により、
ダルニアの直腸はほとんど瞬時に強靱な武器で充たされた。
直ちに急速な往還が始まる。
障害はない。
ダルニアとリンクが各々の性器から分泌する粘液に、ゼルダ姫の唾液が加わって、あたり一面は
どろどろのぬかるみ。それが後方へも波及し、肉と肉とのこすれ合いをこの上なくなめらかにして
いるのだった。
ダルニアの精神内にも何かが引っかかるような起伏はなかった。
「女」の自分と「男」の自分が一つとなった、最も自分らしい自分をリンクに捧げられるという
超一等の欣喜が、思索の遮断などにはいささかも影響されず、ダルニアの全霊を照り輝かせていた。
そうした心身の高揚と、肛門を穿つリンクの激甚な攻勢と、陰門から陰核にかけてを統べる
ゼルダ姫の精妙な口技とが、渾然一体となってダルニアの快感を超絶的にした。
無限数の頂点をダルニアは極め、けれどもかろうじて自己を保ち置き、できることをできるだけ
行った。
括約筋を収縮させてリンクの陰茎を締めつける。
ゼルダ姫がさらす二つの穴をこもごも舌で掘鑿する。
後者は奏功した。ゼルダ姫に数度の絶頂を供し得た。しかし前者をリンクはものともしない。
攻撃は雄渾さを失わない。が、それはそれでダルニアの欣喜をいっそう欣喜たらしめるのだった。
どれほどともわからぬ長さの時間が過ぎ、ついにリンクが果て、ダルニアとゼルダ姫も後を
追った。
過ぎてもなお悠久と感じられる至上の時間だった。
ゴロン族、ハイラル王国、カカリコ村の三者間で結ばれた協定は、日ならずして実践に移された。
経済的効果は多大だった。三者各々に利益をもたらしただけでなく、周辺地域へも好況は及んだ。
いずれはハイラル東方一帯の発展が促進されるだろうと評する者さえあった。
ゴロンシティでは、ダルニアが引退の撤回を発表し、それは一族すべての歓呼をもって
迎えられた。炎の神殿における祭祀を、ダルニアは族長としてつつがなく主催し、その身柄には
なんらの異常も生じなかった。
加えて、デスマウンテンでは──幸運にも──以前から探求されていた新鉱脈が発見された。
埋蔵量は計り知れず、鉱質も非の打ちどころなし。結果として市場には、良質かつ安価な
ゴロン製品があふれることとなった。三者協定は細目の変更を迫られたが、協定自体は維持され、
それによって、需要と供給、価格と流通量は適正に釣り合い、三者が得る利益のさらなる増加も
保証された。
ダルニア個人も恩恵を被った。伝説の剣たるマスターソードにも劣らぬ優れた剣を打ち上げて
やるという、かつてリンクと交わした約束を、質の高い鉱石でもってすれば、果たすことが
できるのである。
ゴロンシティの自室にあって、ダイゴロン刀と名づけたその進物に仕上げをかけながら、
ダルニアは思いをめぐらした。
新鉱脈発見の影響は瞠目的だ。ゴロン族や、カカリコ村や、そこいらあたりの地域が感謝する
だけではすまない。リンクによれば、ハイラル王国は、予定以上となった利益を、予定以上の──
カカリコ村方面に限定しない全国的な──規模で、街道整備に投入するつもりだとのこと。実現の
暁にはハイラル全土の発展が期待できる。
その発展の基盤を作るのがゴロン族とくれば、晴れがましい気分にもなれようというものだ。
『しかし……』
新鉱脈が見つかったのは、ゴロン族にとって、まさしく幸運だったが……
ほんとうに、ただの幸運なのだろうか。
(この方法を実行できたら、ダルニアが気にしてる他のことを、まとめて解決できるかも
しれないんだ)
あの方法──俺とゼルダ姫との出会い──は、確かに、俺の懸案をまとめて解決した。
ゴロン族は窮地を脱し、なおかつハイラル王国との公的な関係を樹立できた。
俺は族長を辞めずにすんだ。
リンクの恋人を紹介してもらえることにもなった。
とすると、新鉱脈の発見も、俺とゼルダ姫の出会い──ありていに言えば、あの交わり──に
起因するものなのでは……
『まさか、な』
考えすぎ。偶然だ。
ただ、あれについては……
ダルニアは思いを旋回させた。
幸福の極致だった、あの交わりは、これから先、二度と再現されないだろう。リンクの、
あるいはゼルダ姫の身体と、個々に触れ合う機会もないだろう。五年前、リンクとの交際から
恋愛的要素を除くと俺に決めさせた諸般の事由──社会的地位や年齢差の問題──は、いまなお
厳として存在するのだから。
あの夜は、特別だったのだ。
不本意なのではない。
俺は、今後、あの夜を、懐かしむことはあっても、決して儚むことはあるまい。
──と、いま、達観できるほど、充実していた、あの夜だった。
『しかも……』
あの体験は俺の人生観さえ変えてしまった。それも解決された懸案の一つ……
「兄貴」
仲間の一人が部屋に入ってきた。ダルニアは注意の向きを変えた。
「何だ?」
「カカリコ村の商人が、ゴロン刀を多めによこせと言ってます。最近、売れ行きがよくって、
品薄になってるみたいで。在庫はありますから、あした、補充のために村へ人をやろうと
思うんですが、かまいませんかい?」
「わかった。そうしてくれ」
「へい」
相手は一礼した。引き下がろうとする。
ふと、心が動いた。
「おい、ちょっと待て」
「へ? 何か?」
「あしたは俺も一緒に行く」
驚きの表情が返ってきた。
「……兄貴が……じきじきに……ですかい?」
「俺が行ったって別におかしかねえだろう? こないだの会談の時だって行ったんだからよ」
「そりゃそうですが……兄貴が出向くほどの用事じゃねえですぜ、今度のは」
「いいって。俺が行きてえんだ」
声を強くする。
「はあ……まあ……兄貴がそう言うんでしたら……」
反論はせずとも顔は釈然としないふうのままで退出する仲間を、ダルニアは、こっそりと
笑みつつ見送った。
常に俺を「男」と見なし、「兄貴」と呼ぶゴロン族ではあるが、生物学的には女の俺だという
ことを、みな、よくわきまえている。表に出さないだけなのだ。ところが、あいつは、「女の身を
人目にさらすのか?」との意を──驚きのあまりか、ついうっかりと──表情に語らせて
しまっていた。
以前の俺なら、その匂いを敏感に嗅ぎ取り、たちまち機嫌を損ねていたはずだ。
けれども、いまの俺は、泰然としていられる。
カカリコ村の連中と──あわよくば他の誰とでも──気軽に会って、話をしてみよう。
そうすれば俺の世界も広がるだろう。こっちの見かけについてこそこそ言う奴がいたとしても、
そんなのは笑い飛ばしておけばいい。
『それが俺という人間なんだからな』
──と、安らかな上にも安らかな気分を育みながら、そこまでの心境におのれを至らせてくれた
二人の年若い友へと──なかんずく美しい同性の親朋へと──深い謝意を奉ずるダルニアだった。
To be continued.