表彰式をプログラムの最後として、剣技大会は幕を閉じた。席を埋めつくしていた観衆は、 
押し合いへし合いしながら出口へと向かう。場内に充ち満ちていた熱気も急速に薄らいでゆく。 
ゼルダも侍女と連れ立って人群れの流れに従い、けれども感動を衰えさせてはいなかった。 
その感動の贈り主に、一刻も早くおのれの思いを伝えたかった。 
 出場者の控え所に行ってみようか。 
 だめだ。そんなことをすれば間違いなくインパに見つかる。 
 城に帰って、待っていればいい。今日のうちには会えるはず。 
 でも、待ちきれない。時を隔てれば隔てるほど感動が弱まってしまいそうで…… 
 いや、我慢しなければ。いまここでどうにかなるわけでもないのだから…… 
 心は迷うも歩みは止められず、場外に出、町の中心へと続く道をたどり始めたゼルダだったが、 
さほども進まぬうちに案が浮かんだ。 
 待つにしても待つ場所を一つと限る必要はない。 
 あたりを見まわす。とある建物が目についた。いくつかのテーブルが路側に並び、それぞれに 
数脚ずつの椅子が備わり、多くは人の坐すところとなっている。卓上には瓶だのカップだの 
皿だのが種々の組み合わせで置かれている。飲み物や軽食を客に供する店屋である。 
 こういうのを確かカフェと呼ぶのだった──と、以前に書物で得た知識を記憶から引き出し、 
意を決めて侍女に言いやる。 
「少し休んでいきましょうか」 
 すでに日は落ちているものの、帰城すべき時刻までには、まだたっぷり間がある。侍女も心得て 
いるようで、ためらうふうもなく承知した。 
 建物の中にも座席は構えられていた。しかしそちらを選ぶつもりはなかった。幸い、屋外の 
テーブルが一つだけ空いていた。ちょうど二人がけである。すわるやいなや、店員が注文を取りに 
きた。ゼルダは好みの酒の名を告げようとし、声にする寸前で意を翻した。 
 あれはけっこう強い酒だ。「町娘」には不似合いと怪しまれるかも。 
 かといって、「町娘」に似合う品をたちどころには思いつけない。 
 そこで、まず侍女に注文させ、それと同じもの──アルコール入りではあるが濃度は薄く、 
甘味が主体の飲み物──を頼んだ。不審は抱かれずにすみ、数分ののち、二つのグラスが届けられた。 
 ゆるりと味わい、心の中で苦笑する。 
 たかが飲み物の注文に困惑してしまうとは。客となって店に入るということ自体が初めての 
体験だから致し方ないのだけれど。これもまた些細ながら一つの冒険といえようか。 
 そもそも、ここにこうしてすわっているだけでも、王女としては大冒険なのだ。インパが 
知ったら何と言うだろう。ゲルド族の刺客がまぎれこんでいるやもしれぬ城下町をうろつくなど 
言語道断──と、頭に角を生やすだろうか。もっとも、そんな危険があるはずもない平和な 
昨今ではあるのだが…… 
 とりとめのない思考を脳内に移ろわせつつも、ゼルダは道の方に向けた視線を動かさなかった。 
用がすめばハイラル城に帰還するはずのリンクであり、すなわちこの道を通るはずであり、それを 
待ち受けんとして、わざわざ戸外に席をとったのである。 
 剣技大会は終わっても、祭りは終わっていない。ことに最後の夜とあって、町の賑わいは 
収束するどころか、たけなわはこれからといった具合の盛り上がりよう。歩行者の数も一向に 
減らず、うっかりすると目当ての人物を見逃してしまいそうだった。ゼルダはひとえに監視を続けた。  
 
 そうするうちに、気づいた。 
 若い男女の二人連れがやたらと多い。手を繋ぎ、腕を組み、あるいは肩を寄せ合うなどして、 
いずれもまことに仲睦まじげである。また、そうと知った上でまわりを見れば、店のテーブルも 
ほとんどは同種のカップルに占められている。女同士の自分たちが場違いな存在に感じられてくる。 
侍女も同じ思いとみえ、どことなく落ち着かぬ気色である。 
 テーブルの男女はスキンシップにいっそう熱心だった。手と手はもちろん、頬と頬、さらには 
唇と唇さえ平気で触れ合わせる。見ている方が赤面しそうになる。けれども本人たちは全く 
恥ずかしがっていない。 
 彼らとてふだんから慎み知らずなのではなかろう。祭りという非日常的な場で、開放的な気分に 
浸っているのだ。とはいえ、人前でこれほどあけすけに振る舞えるとは羨ましい限り。立場のある 
わたしにはとうてい無理なこと…… 
『無理?』 
 いや、そうでもない。いまのわたしは王女ならぬ「町娘」なのだから── 
「ごめん、通して!」 
 突然、聞き覚えのある声が耳に飛びこんできた。はっとしてそちらに目をやると、案の定の 
人物が、道いっぱいの人波をかき分けるようにして姿を現した。やけにあわただしげである。 
 なぜ?──との疑問にかまけてはいられなかった。 
 脇目もふらずの逸りっぷり。放っておけば行き過ぎてしまう。ここで逃しては元も子もない。 
「リンク!」 
 立ち止まった。ふり返った。 
 きょろきょろしている。目線は何度かこちらに向くが、見れども見えず。わたしをわたしと 
認識できていない。しかたがあるまい。服装や髪型がいつもと違うし、第一、こんな所にわたしが 
いるとは夢にも思っていないのだ。 
 手を振ってみた。それでやっと目線を捉えられた。リンクの表情が怪訝味を帯び、次いで驚きに 
変じた。 
「ゼル──」 
 呼びかけは途中で切れた。ここで名前を出してはまずいと咄嗟に判断したらしい。が、 
会話までを控えるつもりはないようで、人目を気にする素振りを見せながらも、リンクは 
テーブルの脇に歩み来たり、 
「なんでまた?」 
 と、あっけにとられたふうに言った。 
 ゼルダは説明しようとし、けれども直ちには言葉を出せなかった。思うことが多すぎ、何から 
告げたものかと迷ってしまったのである。内容によっては大きな声で語れないという事情もあった。 
「あの……もし、よろしければ……」 
 侍女が遠慮がちに話しかけてきた。 
「しばらくお時間をいただけませんか? おみやげを買ってこようかと……他に片づけておきたい 
用事もありまして……」 
 おみやげの意味はわかった。城の通用口で役人と交わした約束である。しかしわからないことも 
あった。ゼルダは忙しく頭を働かせた。 
 他の用事とは? いままでおくびにも出さなかったが? 方便? 二つしかない席の一つを 
リンクに譲ろうとして? わたしたちを二人にしようと? 気をきかせた? まさかわたしと 
リンクの仲に感づいている? 
 そうではない──と結論した理由は、妙にそわそわした侍女の態度である。 
 おみやげの購入にかこつけて、恋人に会おうとしているのだ。今朝まで一緒だったといっても、 
また当分は離ればなれ。名残が尽きず、王女の付き添いを安心して任せられる剣士の出現という 
好機に飛びついたのだろう。まわりのお熱い雰囲気にあてられもしたか。とまれ、わたしに 
とっても好都合なこの申し出を断る手はない。彼女を邪魔とまでは思わぬにせよ、座をはずして 
くれた方がありがたいのは確かだ。  
 
「いいわ。行ってらっしゃい」 
 侍女は嬉しげに礼を述べ、リンクに後事を託し、一時間後には戻ると言い置いて席を立った。 
去ってゆく足取りは弾むように軽い。 
『やっぱり』 
 ゼルダは心の内でにんまりとしたが、すぐに意識は別事へと向いた。空いた椅子にリンクが腰を 
下ろしたのである。 
 胸がときめいた。 
 これでわたしも場違いではなくなった。他のテーブルの人たちと同じになったのだ。ならば 
振る舞いも同じにできる。無名の「町娘」が彼氏と何をしようと全くの自由── 
 放縦な想念は、しかし中断を余儀なくされた。リンクの寛いだ様子が、棚上げしていた疑問を 
思い出させたのだった。 
「ゆっくりできるの? 引き止めて迷惑じゃなかった?」 
 きょとんとするリンク。 
「いや、ちっとも。どうして?」 
「ずいぶん急いでいるみたいだったから」 
「ああ、それで」 
 リンクが顔をほころばせる。 
「もう急がなくてもよくなったんだ」 
「え?」 
「で、ここにすわってるってわけさ」 
 つまりわたしに会おうとして急いでいたのだと? 会ってどうするつもりだった? 
 わかりきっている! 
「君に知らせることがあってね。ぼくは──」 
「待って」 
 敢えて遮る。びっくりさせてやろうという当初の目論見にこだわりたかった。 
「わたしから言わせて」 
「何を?」 
 いぶかしげに眉を寄せるリンクに、思いの集約を伝える。 
「優勝おめでとう。とても素晴らしい戦いぶりだったわ」 
 目論見は当たった。リンクの両目が丸くなった。 
「見てたのかい?」 
「ええ」 
「いつから?」 
「最初から」 
「最後まで?」 
「すっかり」 
「まいったなあ」 
 面映ゆそうな微苦笑をリンクは頬に浮かべた。 
「格好悪いところも見られてたのか」 
「そんな……」 
 確かに劣勢の場面もあった。が── 
 覚えず口調に熱がこもる。 
「格好悪いところなんて全然なかったわよ。勇ましくて、頼もしくて、立派で、素敵で、わたし、 
いままでの何倍も何十倍もあなたのことが好きになったわ」 
 自分自身に驚いた。 
 こうもあからさまな台詞を逡巡なく口にしてしまうなんて。いつの間にかわたしの気分も 
開放的に? いまのを聞いてリンクは?  
 
 どぎまぎしていた。 
「あ、ありがとう……君に、そう、言ってもらえたら……ぼくも、嬉しいよ……だけど……」 
 ぎくしゃくと声を躓かせ、 
「勝てたのは、君のおかげで……そもそも、大会に出たのは、君に勧められたからで……」 
 うっすらと面を上気させ、 
「それで……試合中、ずっと……思ってたのは……」 
 ゼルダがひそかに冀っていた、まさにそのひと言を呟いた。 
「君のために──って」 
 ふわりと身体が浮き上がったような気がした。 
 あの陶酔感がよみがえった。 
 かわいらしいとも思えた。誕生日が過ぎてリンクより年上に──なおかつこのたびは先を越して 
成人に──なったという、例の「お姉さん」的な意識がそうさせたのかもしれなかった。 
「ところで……ええと……君の方は、よく町まで出てこられたね」 
 照れ隠しなのか、リンクが話題を変えようとする。 
 ゼルダはいきさつを述べた。 
 ハイラル城脱出の件は「大きな声で語れない」話の筆頭である。周囲のカップルは自分らの 
会話に夢中で、こちらに関心を持ってなどいないとわかってはいるが、声量はどうしても 
ひそひそ程度に抑制される。しかるにあたりの騒がしさは尋常ならず、聞き取ることも 
聞き取らせることも容易ではない。いきおい、二人とも上体をテーブルの上に乗り出し、 
顔と顔とを突き合わせる格好になる。 
 ために陶酔感は弱まらなかった。むしろますます強くなった。 
 リンクの顔が目の前にあるだけで胸がどきつく。もう七年も深い関係を紡いできて、普通の 
恋人たちがするようなことはたいてい──どころか、普通以上のことまでも──経験ずみだと 
いうのに。 
 いまさら? 
 いや、いまだからこそ! 
「ハイラル一の剣士」に、その誉れを求めたのは「君のため」とまで言われて、心を躍らせずに 
いられるわけがない! 
 しかも、それが「わたしのため」にとどまらず「わたしたちのため」になること── 
わたしたちの輝かしい未来を約束してくれるかもしれないこと──とあっては。 
 匂いがする。リンクから。汗臭い。当たり前だ。あれほどの熱闘。試合後に身体を拭く暇も 
なかったのだろう。不潔? とんでもない! なにゆえに流された汗かと考えたら芳しさの極みと 
も感じられる。強壮な「男」の香り。その源に迫りたい。簡単だ。もう少しだけ顔を近づければ、 
そこに頬を寄せ、唇を触れさせられる。やればいい。まわりではみんなそうしている。 
わたしたちだって「何をしようと全くの自由」なのだ。したいことを好きにやればいい── 
 のだけれど、できない。気分を開放しきれていない。自由になりきれていない。あまりに人の 
数が多すぎて。 
 リンクが強引にでも仕掛けてきたら、わたしとて抵抗するつもりはさらさらない。眼差しや 
顔つきから判じる限り、リンクにもその気はありそうだ。が、やはり他見を憚ってか、一線を 
越えようとはしない── 
 わけでもなかった。 
「あの……よかったら……もっと静かな所へ行かないかい? ここじゃ、ちょっと…… 
話しにくくて……」 
 一も二もなく同意する。 
 話しにくいというのはほんとうだろう。それはわたしも同じ。声をひそめるだけでは足りない。 
言葉を選ぶ必要もある。特にリンクの場合、わたしの名前さえまともに呼べないのだ。 
 リンクが立ち上がった。ゼルダも合わせて腰を上げた。支払いをすませて通りに出る。侍女の 
ことを忘れてはならないのだったが、戻ってくる刻限までにこちらも戻っていればいい、と 
割り切った。  
 
 依然として道は人で溢れている。ややもするとあらぬ方へ押し流されそうになる。リンクが 
歩きつつ左手を差し伸べてきた。身体を接触させることに、一瞬、ためらいを覚えたものの、 
気遣いを無にはできない、こんなに混み合っていたらしかたがない、と自らに言い訳し、ゼルダは 
出された手を取った。いったんそうすると度胸がついた。握り合わせた部分に感じる温かさが 
快くもあった。さらなる接触が欲しくなる。腕と腕とを絡ませてみる。リンクは拒まなかった。 
どころか腕に力をこめる。離しはしないと言わんばかり。その力に従い、半ばリンクに寄りかかる 
姿勢となって、ゼルダはうっとりと足を運んだ。 
 恋人と腕を組んで道を行く。世間的にはありふれた行為である。しかし、一人の女として 
リンクとともに過ごす機会を、常に忍び逢いとしなければならなかったゼルダにとって、 
生涯初の体験となるそれは、無限にして無上の喜びだった。 
 ただ、若干の疑念も湧いていた。 
 行き先はどこなのか。 
 リンクの歩調に迷いはなかった。何らかの案を持っているらしい。そこで、問うのは控え、 
委細はリンクに任せようと決めた。 
 やがて道の片側で家並みが途切れた。リンクの歩みがそちらに向いた。広々とした空間の前に 
出る。草木が豊富に植わっている。知識としては頭の中にある城下町の地理と照らし合わせ、 
市街地内に設けられた公園だろうと見当をつけた。 
 芝生や花壇や木立の間を縫うように延びる歩道へと、二人は足を踏み入れた。灯火はなく、 
照明といえば月と星の薄い光だけ。進むにつれ、背後の町並みから届くざわめきも遠くなってゆく。 
もはや他見を憚る要のない「静かな所」にいる二人なのだった。 
 リンクは沈黙していた。話しにくいとの理由で場を変えたにしては奇妙な態度である。けれども 
ゼルダはそれを奇妙とも何とも思わなかった。 
 話す以外にやりたいことがあるのだ。わたしと同じで。 
 いつでもそうしてくれていい。 
 ゼルダの胸は鼓動を速めた。身の内に熱が生じ始めていた。 
 ところが目算は狂った。 
 そこは二人だけの場所ではなかった。歩道の上にこそ人影は見当たらないものの、点在する 
ベンチや東屋は、すべて先客に使用されている。いずれも男女のペア。暗中とあって詳しくは 
見て取れないが、みな、その暗さに安心してか、カフェのカップルを凌ぐ濃厚なスキンシップを 
演じているようである。のみならず、木立の中にも人の気配はあり、荒い息づかいや切ない 
喘ぎ声が、かすかに聞こえてきたりする。 
 夜の公園という絶好の環境で、ひたすら交歓に没頭する恋人たち。 
 刺激される。ひときわ身体が熱を持つ。 
 その熱を発散するに適した所は、しかし残らず先取りされている。 
 いたずらに徒行を続けるうち、とうとう歩道は尽き、またもや人で充満する通りに入りこむ 
こととなってしまった。 
 相変わらず無言のリンク。足を止めようともしない。思い切って、 
「どこへ行くの?」 
 と訊ねてみたが、返ってきたのは、 
「ああ、いや」 
 との意味不明な呟きのみである。真意を計りかねながらも、ゼルダとしては歩みを合わせるしか 
なかった。 
 その通りの両側には、飾り気のない、お堅い雰囲気の建物が並んでいた。官庁街のようである。 
町の中心部に近いだけあって人出は多い。が、角を曲がって路地に入ると、意外にもそこは 
無人だった。さらに何度か道を折れる。誰にも出くわさない。  
 
 別段、意外にもあらず──とゼルダは考えた。 
 これは役所の通用路だろう。城と同じく祭りの間は休業、しかも夜だから、所内に人がいる 
はずはなく──事実、建物の窓は真っ暗い──従って、ここを通る人もいないのだ。表通りの 
ざわつきは伝わってくるけれども、この場に限ればひっそりとしている。繁華な町の中心にひそむ 
小さな空白地帯。リンクは知っていた? 初めからここを目指していて、公園はただ横切るだけの 
つもりだった? それとも、やむなくそうせざるを得ず、ここに来たのは次善の案? どっちでも 
いい。路地の先にあるに違いない「静かな所」へ行き着けさえすれば…… 
 いったん引きかけた身体の熱が再び高まるのを感じた折りも折り── 
 空気を破裂させるような音が遠くで響き、直後、頭上に光が出現した。思わず立ち止まり、空を 
仰ぎ見る。白い輝きを発する無数の粒が放射状に広がり、闇の中に溶けこんでゆく。その白光が 
消えぬうち、同様の破裂音が立て続けに鳴って、今度は、赤、青、緑といった多彩な色調の、 
ただし形状は似通った光の散らばりが、美しく夜空を染め上げた。祭りには付きものの花火である。 
時宜を得た演出に心が弾み、 
「きれいね」 
 とささやきつつ、ゼルダは隣に目を向けた。 
 ぞくりとした。 
 次々と宙に咲く光輪に照らされたリンクの顔。それが異様な固まり方をしていた。 
 獣じみた野蛮さが感じられた。 
「ゼルダ!」 
 荒い呼名に合わせ、組んでいた腕が抜き去られた。腕はたちどころに二本となってゼルダを 
拘束し、道に沿う塀の際へと押しやった。空の光が見えなくなった。リンクの頭部が視界を 
遮ったのだと思う間もなく、それは表情を固まらせたまま目の前に詰め寄ってき、声も出せずに 
いるゼルダの口を、同じ部分でもって強引に塞いだ。 
 ぞくりとした感覚が数倍になって背筋を走った。 
 不快ではなかった。嫌悪を催しもしなかった。かかる事態を切望していたゼルダである。 
全身全霊が蕩けてゆくかのような、甘美きわまりない感覚だった。リンクはせっかちに過ぎると 
分別が注文をつけても、「静かな所」とは路地の先にあるのではなく非常識なことに路地そのもの 
だったのだと悟られても、陶然となったゼルダの脳は、露ほども惑いを宿さなかった。 
 舌が口内へと暴れこんでくる。活発に舌を同調させる。 
 巻きついた腕に胴を締めつけられる。負けじと力いっぱいの抱擁を返す。 
 リンクの左手が単独行動を始めた。両の胸が乱雑にまさぐられる。服の下で乳首が突き立ってゆく。 
そこから発する並々ならぬ快感に、ゼルダの総身は支配された。 
 まさぐりが対象を下半身に移す。 
 許した。 
 裾が捲り上げられる。手が腿を経て股間に達し、下穿き越しに秘部を侵蝕する。 
 少々たじろいだが、許した。 
 下穿きの中にまで手が入ってくる。 
 許すしかなかった。そうされて得られるものの素晴らしさはよくわかっていた。実際、急所を 
じかに攻められての快感は、胸をまさぐられてのそれをはるかに凌いだ。ゼルダは塞がれた口の 
奥に呻きを溜め、無意識のうちに腰をくねらせた。 
 が、下穿きを脱がされかけるに及んで、さすがに理性が抵抗を言い立てた。 
 まさかリンクはこれ以上のことをしようとしている? わたしが下穿きを着けていてはできない 
ことを? 
 ここで? この路上で?  
 
『いくらなんでも!』 
 キスや愛撫くらいならともかく、そこまでは考えてはいなかった! 
 戸外で交わった経験はある。『森の聖域』とか。ハイリア湖の小島とか。しかしどこもそれなりに 
風情がある場所だった。ここはどうか。町の真ん中。ごみごみした路地裏。風情などかけらも 
ありはしない。なおかつ剣呑。いまでこそ「静か」だが、一つ向こうの通りには人がひしめき 
合っている。誰かが気まぐれにここへ来ようと思いつく可能性を決して看過はできない。だから── 
「リンク……だめ……」 
 唇を唇からもぎ離して制止を試みる。両脚をよじり合わせて奪衣を防ぐ。 
 手が狼藉を中止した。けれどもそれは従順さの表明ではなかった。出し抜けにリンクは身を沈め、 
路上に膝をついた。 
『何をする気?』 
 との不審も束の間、下穿きが一気に足首まで引きずり下ろされた。両手を使いやすくするための 
」姿勢変更だったのである。 
「あ! だめよ!」 
 無視された。あらわとなった部を灼熱感が襲った。口をつけられたのだった。 
「だめッ! あぁッ!」 
 懸命に脚を閉じようとするも、それをリンクは両手で妨害し、容赦なく狭間に顔をねじこんでくる。 
唇と舌が敏感な領域を蹂躙する。 
 気が遠くなるほどの快さだった。 
 くずおれそうになる身体を塀にもたせかけ、やっとのことで起立を保ちながら、強烈な悦楽感が 
吹きすさぶ脳内で、からくもゼルダは理性の行方を追った。 
 わたしを悦ばせようとしているだけでのリンクはあるまい。早くそこを潤わせたいのだ。 
早くそこに入りこみたいのだ。いつになく性急。どうしたというのか。そんなに切羽詰まっていた? 
そんなに「したい」リンクだった? 
 ……さもあろう。今回リンクが旅から戻ったのはわたしの誕生日の直前だった。成人式を 
控えていて睦み合う暇がなかった。その後の一週間はわたしの仕事が立て込んでいた。 
誕生日から始まる月の障りが挟まりもした。ずっと情欲を抑えていなければならないリンク 
だったのだ。加えて今日は戦いに次ぐ戦い。いまなお男の攻撃本能が滾っているのかもしれない。 
いかにわたしが「だめ」と言っても聞き入れられないくらいに。それを責められるだろうか。 
わたしこそ実はどんなつもりでいるのか。ほんとうに「だめ」ならリンクを突き飛ばしてでも 
やめさせるところだ。なのにわたしはそうしない。のみならず、リンクがこじあけようとする 
両脚を、もはやわたしは閉じようともしないで、知らず知らずのうちに自ら進んで開こうとさえ 
していて、踵に引っかかった下穿きから片足を抜き、開くにあたっての支障を取り除いたりもして。 
 なぜなら……  
 
『したい!』 
 ──リンクを迎え入れたい! 
 ──リンクに充たされたい! 
 ──リンクとひとつになりたい! 
 この場所で? 
『この場所で!』 
 他のどこでできるというのか。 
 城に戻って? 無理だ。城内でのまぐわいはインパに禁じられている。 
 別荘? やはり無理。事前の手配が要る。いまから手配すれば明日の夕方には行けるが、 
そんな悠長なことは言っていられない。もう我慢できない。情欲を抑えていたのはリンクだけでは 
ないのだ。 
 城に帰らずリンクを待つわたし。わたしのもとへと急ぎ向かうリンク。そんな二人が 
相まみえられたこの町。カフェや道で熱々ぶりを見せつけていた男女は、今宵、さぞかし幸せな 
時間を共有するだろう。すでに公園でそうしていたカップルもあったはず。侍女とていま頃は 
恋人と刹那的に激しく互いを求め合っているかもしれない。ならばわたしたちが同じことを 
するのに何の不都合もなかろうではないか。 
 勇猛果敢な「ハイラル一の剣士」にかかれば、王女であろうが、誕生日が過ぎて年上となった 
「お姉さん」であろうが、先に成人した身であろうが、諾々とその意に従うしかないのだ。治下の 
町の露天で恥知らずな行いを迫られようとも、喜んでその命に服すしかないのだ。 
 万が一、誰かに見られたとしても、王女としての自分に危険はない。見られるのは「町娘」 
なのだから。顔の判別もつかない暗がりの中なのだから。 
 ──と、わたしはここまで思い切ってしまった。もう何がどうなってもかまわない。ああ、 
リンク、あなたにそこを吸われてわたしはとても気持ちいいのだけれど、もっと気持ちのいい 
ことをしてもらいたいの。身体のもっと奥にあなたを感じたいの。そこはとっくに潤いきっていて、 
あなたの口がしてくれた以上にわたし自身がそこを潤わせていて、わたしの心も身体もすっかり 
あなたを受け入れられるようになっているのよ早くわかって、わかって、わかって── 
 リンクが立ち上がった。腰を押しつけてきた。ゼルダは待ち焦がれていたものの感触を下腹に 
得た。口戯の間に取り出されたのだろう、肉の剣が生の姿で猛々しく欲望を主張していた。 
ゼルダの欲望もふくらみきった。しかし欲望を満たすにはいささか面倒な状況だった。道幅は狭く、 
路面は汚れていて、横たわるのは躊躇される。立ったままでいるしかないのだったが、ゼルダより 
背の高いリンクという点で、その姿勢での結び合いは難しかった。調整が図られた。リンクが腰を 
かがめる。ゼルダは爪立つ。剣先が谷間に触れた。触れるにとどまった。右足を浮かせる。 
リンクの左腕が膝を持ち上げる。谷間が開いた。間髪容れずそれは攻めかかってきた。 
 押し入られる。押し入られる。押し入られる。押し入られる。 
 不安定な体位ゆえか進みは遅い。それがかえって喜ばしかった。リンクに制圧されている 
自分であると実感できた。反面、じれったくもあった。一秒でも早く制圧しつくして欲しかった。 
 やがて侵攻が止まった。身体の中心を深々と貫かれ、その全域を占領された状態にゼルダは 
あった。願望どおりである。ところがそうなってみると、まだまだ充分とはいえないのだった。 
激烈な突撃によって完膚なきまでに叩きのめされ、男のみが誇示可能な制圧のしるしを体内に 
ぶちまけられたかった。 
 リンクはわきまえていた。やおら往復運動が始まった。自然に呻きが漏れる。実に実に心地よい。 
けれども完全な満足には至らなかった。もっともっと心地よくなれるはずなのである。難は 
リンクの格好にあった。かがめた腰では勢いをつけられない。が、不遇に甘んじ続けもしない 
リンクだった。腰を伸ばそうとしていた。ために攻めが一段と深まる。嬉しい限りである。 
ただ、体位はいっそう不安定化した。爪立ちをぎりぎりにしても追いつかない。いまにも倒れて 
しまいそうになる。  
 
 無用の心配だった。ついに左足が浮き、地面との連絡が完全に断たれても、身体は平衡を 
失わなかった。リンクの両手が腰部をしっかりと把持してくれていた。その逞しい力にゼルダは 
おのれを預けた。上肢下肢をそれぞれリンクの首と尻に巻きつける。背中は塀で支えられている。 
よって体位はおおむね安定をみた。 
 俄然、リンクが猛攻に転じた。腹を突き抜くかのような仮借のなさだった。 
 にもかかわらず、感じられるのは喜悦だけである。 
 まさしく「完膚なきまでに叩きのめされ」ているわたし。これが剣闘ならとっくに惨敗している 
ところだ。でもここには立ち合いを止める審判はいない。ずっとずっとずっとずっと叩きのめされて 
いられる。リンクの体力が続く限り。だが、いつまで続くのだろう。いまも続いているのが 
不思議に思える。剣技大会でかなり疲労したはずなのに。「ハイラル一の剣士」にとってみれば、 
この程度、痛くもかゆくもない? 無尽蔵の体力を誇る強健無双のリンク? 
 ──というわけでもなさそうだった。眼前にあるリンクの顔。場の暗さゆえ、表情をこそ 
明らかには看取できないものの、呼吸の乱れは歴然としていた。せわしなく吐かれる息は熱風の 
ようで、感情の燃え盛り具合を如実に反映している。しかし同時に、肺の機能が限界に近いことを、 
ぜいぜいと喉を鳴らすさまが示唆してもいる。 
 何がリンクをこれほどまでに駆り立てるのか。 
 リンク自身が告白していた。 
 呼気と吸気の苦しげな繰り返しに、時として短い中断が挟まれる。 
 そこにゼルダは我が名を聞き取った。 
 うわごとのようにその語を口走りながら腰を打ちつけてくるリンクなのだった。 
 激しく心が震えた。 
 わたしとともにこうあるためには体力の枯渇もいとわない。そればかりか、わたしの存在が 
リンクを鼓舞しているとさえいえるかもしれない。剣技大会で勝てたのは「君のおかげ」と言って 
くれるほどなのだから。 
 ならば、リンクとともにこうあることを、ひいては、より深い意味においてもリンクとともに 
あることを常に望んでやまないわたしもまた、同じくその念を一語にこめ── 
 伝えた。 
 すぐさま伝え返された。 
 さらに返す。 
 さらにさらに返される。 
 愛し合う二人が呼び交わす互いの名前。そこに働く特別の引力が、言葉の発出元にも作用した。 
唇と唇が密に密に接する。接したまま蠢く。舌を口の奥まで挿しこみ挿しこまれ、相手のそれに 
絡み絡まれ、あげくには唾液を啜り取り啜り取られ…… 
 身体の上部と下部とで並行してなされる交わりにゼルダは耽溺した。ただ一つ、衣服を 
介在させていなければならないことだけが残念だったが、むしろそのため生身の結合部分に感じる 
快美は貴くも凄まじかった。膣壁の摩擦と子宮への衝撃が相乗して生み出す快感はとりわけ 
激烈だった。 
 リンクが刺突をいよいよ急速にした。意図は明らかである。 
 ゼルダの内でも急速に感悦が巨大化した。 
 あとは何も考えられなくなった。 
 二人は相伴って終着した。  
 
 事が終わり、心身に安静が戻ると、併せて理性が息を吹き返した。 
 自分で自分が信じられない。こんな時にこんな所でこんなことをしてしまうとは。わたしは 
正気を失っていたのだろうか。 
 おのれの所行にあきれ果てる。しかし後悔は微塵も生じなかった。いつか再び同じ状況に 
なったら同じことをわたしはするだろう、リンクとともにであれば何でもやってのけられる 
わたしなのだ、とゼルダは迷わず結論し、そこまでの信念を持てる自身であることに満足した。 
 事前には、気の逸りゆえか、むっつりと黙りがちだったリンクも、憑き物が落ちたかのように 
優しくなり、不自然な姿勢で身体を痛めなかったか、衣服に破れはないか、などとしきりに心を 
遣ってくれる。ただ、非常識な振る舞いについての詫びは言わない。もっとも、その振る舞いを 
望んだゼルダとしては詫びなど必要なかったし、そうと意が通じているからこそリンクは 
詫びないのだとも確信され、互いの繋がりの緊密さを改めて深く噛みしめられた。 
 一時間後という刻限が近づいていたので、急ぎ二人は身支度をし、カフェの前まで戻った。 
待つほどもなく侍女が帰来した。別れていた間の行動を問われると困るところだったが、幸いな 
ことに詮索はされなかった。やはり侍女は侍女で別の何かに思いを占められているようだった。 
 三人はハイラル城への帰路についた。町に溢れかえる群衆も、城門に続く一本道にまでは 
氾濫しておらず、そこへ至ってようやくゼルダはリンクと普通の会話を交わせるようになった。 
侍女がいるため、恋人同士ではなく友人同士としての穏便な語らいにとどめておく必要はあった 
ものの、喧噪や身元秘匿の面倒さに悩まされずともよい点では気が休まった。 
 和やかに思いをめぐらせる。 
 半日間の「冒険」が終わろうとしている。最後は意想外の──ただしこの上なく嬉しい── 
展開になってしまったけれど、それを含めてわたしは充分に楽しんだ。心残りはない。明日からは 
再び仕事に励むとしよう。当面の問題は南西地方の街道建設。優先的な支援を与えるか否か。 
たとえ他の地方が多少のしわ寄せを食おうとも、担当官が信頼できる人物とあらば支援する方向で 
考えたいが、現地の事情をもっと詳しく知っておきたくもある。どこかに情報通がいないだろうか…… 
 そこで気がついた。 
 わたしの隣にいるのがまさにその人。ハイラル中を旅するリンクなら、南西地方の現況をも 
把握しているはず。 
(世界で何が起こっているのか、どんな具合に動いていっているのか、全部、君に教えてあげるよ) 
 と、かつてリンクは言い、言われてわたしはこう思ったものだ。 
(いずれハイラル王国を統治する立場となるわたしにとって、リンクの教示は欠くべからざる 
糧となる) 
 いまがその糧を収受すべき時。  
 
 訊いてみた。 
 明快な答が返ってきた。 
 ──南西地方はこれといった産業がなく、人々の生活水準は他の地方よりも低い。それを 
改善するのに街道建設はきわめて有意義。しかしながら、そもそも人口が少ない地域なので、 
現地のみでの労働力確保は困難。王家はぜひとも援助すべきである── 
 心は決まった。 
 リンクがいてくれてほんとうによかった。わたしが政治に携わる上で、リンクの存在は今後も 
大いに助けとなるだろう。 
『ただ……』 
 そんなリンクの存在意義を、他の人にも知ってもらいたい。わたしこそがリンクを最もよく 
知っているとの矜持は決して揺るがないが、「みながリンクを認めてくれ」るようになって 
欲しいとも切に切に思う。 
 剣技大会におけるリンクの活躍を願ったのも、そう思うがゆえ。 
 そして、今日、その思いがかなったとなれば…… 
 わたしの胸にある究極の願い──王女が「より深い意味においてもリンクとともにあること」──の 
実現とて、遠からず視野に入ってこよう。 
 ──と、万人の祝福を受けて寄り添う自分らの姿を、楽しく脳裏に活写するゼルダだった。 
 
 ゼルダは知っていなかった。 
 せっかく進展の兆しをみせた街道建設事業が、日ならずして中断のやむなきに至ることを。 
 リンクに破れた若き剣士が、唯一の弱点ともいえる実戦経験のなさを、好むと好まざるとに 
かかわらず、解消しなければならない場に投入されることを。 
 祭りの雑踏に刺客をまぎれこませるといった迂遠な陰謀を、もはやめぐらすつもりもない 
ガノンドロフであることを。 
 ハイラル王国の王女とハイラル一の剣士が、ともにその存在意義を厳しく問われる事態に瀕し、 
それでも苦難の末に危機を克服して──ゼルダの場合は「未知なる自分」と合しもして── 
「輝かしい未来」を見晴らす二人となれるであろうことを。 
 
 十日ののち、ゲルド戦役が勃発した。 
 
 
To be continued.  
 
 

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