「お仕事の具合はいかがで? 捗っておられますかな?」 
 昼餉をとろうと食堂に入るなり、先に着席していたインパが声をかけてきた。諧謔的な口ぶりが 
一種の慰労とも感じられた。しかしゼルダの心に諧謔を返すだけのゆとりはなかった。 
「あまり」 
 と短く答え、自席につき、大きくひとつ息をつく。 
 朝から数時間、ずっと執務室にこもりきりだった。決裁を要する書類に署名をするだけだから、 
肉体的な疲労はない。だが精神的にはきつい。書類は多く、判断に困る案件も稀ならずある。 
「お悩みごとでも?」 
「ええ」 
「何です?」 
「南西地方の街道建設よ。工事が予定より遅れているので人員や資材を優先的にまわして欲しい、 
という陳情書を、現地の担当官が送ってきたの」 
「お聞き入れになるのですか?」 
「迷いどころね。そっちを優先しようにも、他の地方にだってあまり余裕はないし、現地の詳しい 
事情はわからないし、それに……」 
「担当官が無能なだけかもしれない、と?」 
 ゼルダは返事をしなかった。 
 その可能性も念頭に置いてはいるものの、家臣の能力を疑うような発言を、王女たる者が 
軽々しく行ってはならない。たとえインパに対してであっても。 
 アペリチフを注ぎに現れた給仕係に、食事はリンクが来てから始めると告げ、再び同室者が 
インパのみとなるのを待って、ゼルダは正直な感想を吐露した。 
「政治がこんなに大変なものだとは思わなかったわ」 
「お父上のご苦労が、少しはおわかりになりましたでしょう」 
「ほんとうに。戸惑うことがいっぱい。いままで時たま視察の旅に出たりはしてきたけれど、 
ああいうのとは大変さが全然違うんですもの」 
「極言させていただきますと、視察の旅など娯楽に過ぎません。政治とは、本来、地味で、 
苦労ばかり多くて、うまくやっていくのが当たり前で、一つでも失敗を犯せば、民衆には非難され、 
国の存続さえも危うくなりかねない、実に過酷な仕事です。あなたには、かねがね、そうお教え 
してきたつもりですが」 
「よく覚えているわ。でも、本式に政務を執るようになった早々から、これほど責任の重い立場に 
立たされるだなんて、考えてもみなかったのよ」 
「街道整備事業は、そもそもが姫のご発案によるものなのですから、姫が責任者になられるのは 
当然です。それだけあなたは期待されているのです」 
 いつもながらに厳しいインパの言を、いつもながらに励ましと受け止めつつも、ゼルダは思いを 
過去へと馳せさせずにはいられなかった。  
 
 過去といっても、つい一週間前。 
 十六歳の誕生日。荘重な雰囲気のもとに挙行された成人式。 
 あの時のわたしは、名実ともに「大人」となれたことを純粋に喜んでいた。今日という日を境に 
わたしの公的な重みは飛躍的に増すのだ、と覚悟はしたが、それすらも高揚の材にしかならなかった。 
 身に纏うものの変化も高揚感を助長した。 
 華やかさと淑やかさを兼ね合わせた、濃淡のある紅色の衣装。トライフォースとハイラル王家の 
紋章が描かれた前垂れ。二の腕まで届く長い手袋。純金製の肩当て。頭には、前日まで常用して 
いた頭巾の代わりに、赤い宝石をあしらった額冠を装着。トライフォースの耳飾りのみは以前の 
ままとして。 
 式に先立ち、わたしはその姿をリンクに披露した。成長した自分を誇りたかった。 
 リンクは大いに感動していた。口もきけないといったふうだった。うっすらと涙ぐんでさえいた 
かもしれない。 
 そこまで感動してもらえて、わたしの嬉しさも、また、大いに募った。 
 もっとも、リンクの表情に何かを懐かしむような色合いがあるのを不思議には思ったが。 
その出で立ちを見たことがあるはずもないリンクだというのに…… 
「現地の事情がおわかりにならないのでしたら──」 
 インパの声に意識を引き戻される。 
「──わかる者を呼んで、意見をお訊きになればよろしいでしょう」 
「けれど、わたしのために他の人の手を煩わせるのは、なんだか悪い気がして……」 
「あなたは王女。そうなさるだけの権限をお持ちです。余計な斟酌はかえって害にもなります」 
 叱咤にも近い示教ののち、インパの口調は少しく和らぎ、 
「臣下を思いやるお心がけはまことにご立派です。しかしあなたを補佐するのが臣下の務めである 
こともお忘れなきよう。ご自身のみで解決可能な問題かどうかを冷静に判断され、否であれば 
迷わず他にお諮りなさい」 
 さらに優しみをも帯びる。 
「お一人で何もかもを背負いこまれなくともよろしいのですよ」 
 真意が悟られた。 
「ありがとう、インパ。忠告に従うわ。仕事を始めて一週間かそこらで弱音を吐いてちゃ 
いけないわね」 
 応答にこめた安慮と奮起の意が正しく伝わったのだろう、インパは微笑み、言いまわしに 
諧謔味を戻らせた。 
「それでこそ姫様、と賛辞を呈しておきましょう。ただし、ご自愛ください。政治に遅滞は 
許されないとはいえ、時にはご休息も必要。幸い、明日から三日間は政務から離れられます。 
英気をお養いになるには好都合かと」 
 そう──と、今度は近しい未来に思いを馳せる。 
 城下町で催される、年に一度の大祭。ハイラルの創造主と言い伝えられる、ディン、ネール、 
フロルの三女神に感謝を捧げるための──というのが建て前だが、実のところは、人々が一年の 
憂さを忘れ、三日三晩にわたって大騒ぎをする、いわば慰安の機会。この時ばかりはハイラル城も 
「休業」となる。城で働く者たちの多くが休みをとって気散じに行くからだ。 
 わたしは行かない。過去にも行ったことはない。王族が出張れば必然的に「権威」が発生する。 
祭りの主役たる庶民の「慰安」を乱してしまう。ゆえに、かねてから、原則として王家は祭りに 
関与しない、と暗黙のうちに了解されているのだ。 
 それでも、インパが言うように、休養するにはもってこいの三日間。 
 ただ、賑やかさでは比べものなしと評判の祭りを、一度は見てみたいという気持ちもあるのだ 
けれど……  
 
『詮ないわ』 
 思いを振り切り、会話に戻る。 
「じゃあ、インパもゆっくり休んでちょうだい」 
「ところが、そうもいきませんので」 
「あら、どうして?」 
「剣技大会の警備役を仰せつかりました」 
「剣技大会って何のこと?」 
「ご存じありませんでしたか? では、ご説明いたしますと──」 
 ──今年の祭りの目玉企画。剣闘を勝ち抜けば、多額の賞金と、ハイラル一の剣士という栄誉を 
獲得できる。開催は三日目、すなわち祭りの最終日の午後だが、出場を希望する各地の腕自慢たちが、 
すでに少なからぬ数、城下町に到来している。中には気性の荒い輩もいるだろうから治安に 
心配あり、と慮る企画者の相談を受けた王家が、祭りには関与せずとの不文律を例外的に棚上げし、 
会場の警備を司ることになった── 
「それだと、お城にいる手練れの人たちは出場できないの?」 
「警備にも携わる上でなら、という条件で、許可が下りています。実際に出場を表明している者も 
何名かおりますよ」 
「インパは?」 
「ご冗談を」 
 苦笑いするインパ。 
「影の存在たるシーカー族が剣技大会などに出てなるものですか。仮に出て勝ったとしても 
自慢にはなりませんし」 
 つまり出れば勝てると言いたいわけね──との揶揄をゼルダは控えた。別の人物のことを 
訊ねたかった。しかし、それを言葉にするよりも早く、当の人物が、あわただしく食堂に入ってきた。 
「遅れてごめん」 
 リンクの着席と同時に給仕係が再登場し、各人の前に前菜の皿を置く。そうして昼餐は始まった。 
 機を見てゼルダは直接の問いかけを行った。 
「リンクは剣技大会に出るつもり?」 
「剣技大会? ああ、あれね」 
 感興がうかがえない声だった。 
「あの手の試合は、ちょっと……」 
 気乗り薄のようである。 
 がっかりだ。リンクの活躍を期待したのに。 
 自信がないのだろうか。 
 インパを相手として剣術の稽古に励むリンクを見たことがある。武芸の達人たるインパには 
及ばずとも、けっこうな技量と思われたのだけれど。 
 ただの贔屓目? リンクが活躍すると決めてかかっている「恋は盲目」なわたしだと? 実は 
大して強くもないリンクだった? 
「でも、まあ、たまにはそういうのもいいか」 
 風向きが変わった。 
「え? 出るの?」 
「うん。腕試しにもなるだろうから」 
 大丈夫? 無理に背伸びをしているだけなのでは? 
 そんな懸念も知らぬげに、のんびりとした調子でリンクは語を継ぐ。 
「あ、だけど、出場の申し込みはどこでするんだろう」 
 インパが応じた。 
「城下町の広場に受付がある」 
「締め切りは?」 
「今日の日没時」 
「じゃあ、食事をすましたら行ってくる」 
 言のとおり、食後の飲み物を喉に流しこむやいなや、リンクはさっさと食堂から立ち去った。  
 
 ゼルダはその場にとどまり、同じく坐したままのインパに、おのれの懸念を表した。 
「リンクは勝てるかしら」 
「さあ」 
 不得要領。 
 訊き直してみる。 
「リンクの剣の腕というのは、どの程度なの?」 
「ずば抜けています」 
 当惑した。直前の返事の曖昧さにはそぐわない評価である。 
「ほんとう?」 
「はい。子供の頃から達者でした。歳に似合わぬ、まるで幾度も死線を越えてきたかのような、 
大胆さと沈着さを兼ね備えた剣筋、とでも言いましょうか。荒削りなところはありますが、 
その点も徐々に改善されてきています。近頃は、私ですら、立ち合えば三本に一本は必ず──いや、 
どうかすると二本も──取られてしまうありさまで」 
 驚いた。武芸に関してインパがそれほど他者を褒めるのは稀有なこと。 
 そんなに凄腕のリンクだったのか! 
 が、併せて疑問も生じる。 
「だったら、大会に出ても勝てるんじゃない?」 
「そう単純にはいきません」 
 インパは肩をすくめ、諭すように説明を始めた。 
「リンクの剣は実戦向きなのです。戦場でなら傑出した強さを発揮するに違いありません。しかし、 
試合となると、基本的な型を会得しておく必要があります。相手も型に則って剣を捌きますから。 
ところがリンクは、型については不調法。対戦すればまごつくでしょうな」 
「その型というのを、インパはリンクに教えてあげなかったの?」 
「教えようとしたこともありますが、かえってリンクの長所をつぶしてしまいそうだったので、 
敢えて型破りのままにしておいたのです。本人も進んで覚えようとはしませんでしたし」 
 なるほど、リンクが初めのうち大会出場に消極的だったのは、「実戦」ならぬ「試合」には 
向かない自分だと考えていたせいなのか。 
「でも、それなら、なぜリンクは出場する気になったのかしら。苦手なはずの大会に」 
「おわかりになりませんか?」 
 インパが含み笑った。 
「わからないわ」 
「あなたのご要望に添ったのですよ」 
 どきりとする。 
 確かにわたしはリンクの出場を願った。けれどもそうと明言したわけではない。なのにどうして 
リンクは、そしてインパも── 
「ご自分ではお気づきになっておられないようですが、さっき、出場を渋るリンクの台詞を 
聞かれたあなたは、束の間ながら、残念そうな顔をなさいました。リンクはそれを見て取って、 
度を翻したのです」 
 わたしが? そんな顔を? 面に出すつもりはなかったのに。 
 ふだんは察しの悪いリンクが、そこまでわたしに注意を払ってくれていた? 
 思い出す。 
(腕試しにもなるだろうから) 
 腕試しに「も」! 主目的が他にあったのだ! 
 わたしの意を酌んで、わたしの期待に応えようとして、わたしのために──そう! わたしの 
ために!──リンクは戦おうとしてくれている? 
 ふわりと身体が浮き上がったような気がした。 
 見るものすべてが眩く輝き、胸は甘美な震えをきたす。 
 インパの言葉が陶酔に輪をかけた。 
「そういう動機があれば、苦手も苦手のままでは終わりますまい」 
「勝てるかもしれない?」 
「いい所までは行くでしょう」 
「優勝も?」 
「あるいは」 
 断定ではないことに、ゼルダは留意しなかった。 
 ──リンクがハイラル一の剣士になる? 
 ──そのさまを我が目に焼きつけたい! 
『ああ、でも……』 
 にわかに陶酔は立ち消えてしまう。 
 王女には不可能なことなのだった。  
 
 その日の午後、ゼルダは幾人かの重臣に会い、南西地方の街道整備を優先的に進めるべきか 
どうかについて諮問した。答申は賛否両論だった。が、否とする場合の事由は──ゼルダも 
考えたように──他の地方がしわ寄せを食うから、というものであり、現地の担当官を批判する 
者はいなかった。むしろ有能な人物との評がもっぱらだった。結果、ゼルダは迷いを── 
解消とまではゆかずとも──軽減でき、方針決定へ向けてさらなる検討を自らに課すだけの意欲を 
持てた。 
 そうやって仕事に一段落をつけたあとは、別件に関し、不可能を可能にする方法をあれこれと 
模索した。 
 リンクが旅先でする魔物退治の話を聞いたことはある。インパとの稽古を眺めたこともある。 
しかし真剣勝負の場にあるリンクを目の当たりにしたことはない。 
 ぜひとも見たい! 剣技大会という晴れ舞台で存分に腕を振るうリンクの姿を! 
 王女は祭りに出かけられない? そんなの理不尽だわ。インパや他の将兵たちだって── 
例外的な措置ではあっても、警備の役目を負ってではあっても──城下町にいられるじゃないの。 
わたしが出かけて何が悪い? 
 ともすれば溢出しようとする感情を抑え、「冷静に判断し」た末、ゼルダは一つの案を得た。 
 けれども「ご自身のみで解決可能な問題」ではない。「他にお諮り」する必要がある。 
 誰に? リンク? 
 いや、リンクには知らせずにいよう。あとで教えてびっくりさせてやりたい。 
『とすれば……』 
 お気に入りの侍女を自室に呼ぶ。 
「あなた、お祭りの間、一日、休みをとりたいと言っていたわね」 
「はい、できましたら」 
「三日とも休んでいいわ」 
「え? 三日通してですか? ありがとうございます!」 
 感激の態で深々とお辞儀をする相手が、かくも感激する理由を、ゼルダは把握していた。 
 彼女が休暇をどうやって過ごすかは想像に難くない。城下町で暮らす恋人に会いに行くのだ。 
逢瀬を一日きりにとどめずともよいとなれば喜ぶのも当然。同じく恋人を持つ身として、彼女の 
心情はよくわかる。だが…… 
「その代わり」 
 本題に入る。 
「三日目はわたしのために使ってもらえないかしら。といっても、仕事じゃなくてよ。あなたの 
好意にすがりたいの」 
 感激が怪訝に変わった。 
「と、おっしゃいますと?」 
「わたしを城下町に連れ出してちょうだい」 
「えぇッ!?」 
 仰天の叫びをあげる侍女に、ゼルダは切々と──多少の粉飾を加えつつも──事情を訴えた。 
 ──リンクが剣技大会に出場する。旧知の仲だし、王家にゆかりの人物でもあるので、何を 
措いても応援すべきところ。しかるに公式の臨席は無理。微行とするしかない。あなたには手間を 
かけさせてしまうけれど、そこを枉げてお願いする── 
 返事は戻ってこなかった。悪からぬ反応だった。 
 無茶な要求を──と、あきれているのだろうが、即座に拒否しない点で望みはある。ふだんから 
自分を気に入ってくれている王女への敬愛、恋人とゆっくり会える機会を与えられたことに 
ついての感謝、断ればその機会も取り消されてしまうのではないかとの危惧が、ないまぜとなって 
彼女の心を揺り動かしているのだ。 
 押してみる。 
「あなたもリンクの勇姿を見てみたくはない?」 
 わたしの「友人」たるリンクには、彼女とて親近感を持っている。 
「それは……まあ……仰せのとおりで……」 
 さらに押す。 
「わたしのためというだけではなくて、王家のためとも思って欲しいの」 
 大義名分が奏功した。 
「……わかりました。でも、どんなふうに手引きしてさしあげたらよろしいのでしょうか」 
 やったわ!──と胸の内で歓声をあげ、ゼルダは温めていた計画を打ち明けた。ひとたび 
決心するや、侍女は積極的となった。頷きながら話を聞き、修正すべき項目を指摘してくれる。 
 こまごまと謀議は凝らされていった。  
 
 当該の日、ゼルダは、朝昼兼用の食事を終えたのち、周囲の者に、今日は読書に集中するから 
誰も邪魔をしないように、と命じ、自室にこもった。少しでも長く時間を確保するため、夕食は 
遅めにする、とも伝えておいた。 
 正午前、休暇中だった侍女──「誰も」の中に含まれない唯一の人物──が、部屋に忍び入って 
きた。打ち合わせておいたとおりの一時的帰城である。 
 見れば、二日間を恋人と仲睦まじく過ごし、夜はその腕に抱かれ、歓喜し、満ち足りたことを、 
つやつやと照り輝く顔に物語らせながらも、さすがに緊張は隠せない様子。 
 ゼルダも緊張していた。ただ、緊張を楽しんでいるおのれであるとも感じられた。 
 はらはらする一方で、わくわくもする。ほんの近所といってよい城下町への、たかだか数時間の 
外出が、大冒険でもあるかのごとく思われる。リンクがいつもしている旅とは比較にならないし、 
自分のこととしても、何度か経験した視察旅行の方が、よほど冒険らしい。けれども王女という 
肩書きなしで城の外に出るのは生まれて初めてだ。リンクと馬でハイラル平原を遠乗りするのは 
それに近いが、その際とてリンクに庇護される立場のわたし。侍女同伴とはいえ、自らが主体的に 
行う今回の挙を、冒険と呼んでも、あながち大げさではないだろう。 
 ──と心を高ぶらせ、しかし迅速な行動を忘れはしないゼルダだった。 
 着替えをする。服は侍女から借り受ける。背格好が似ているので問題なく着こなせる。さらに 
髪型を変える。常に身から離さないトライフォースの耳飾りとも、このたびばかりは暫時の別れ。 
かくして町娘風の扮装ができあがった。 
 侍女とともに部屋を出る。こっそりと廊下を進む。「休業」中の城内は森閑としており、人目を 
避けるに困難はない。インパがいればたちまち発見されていただろうが、そのインパも朝から 
警備の仕事に出ていて不在。無論、それを前提として立てた計画である。 
 脱出経路は城の裏手にある通用口。城内の働き手たちや外部の商人らが行き交う場所で、 
出入りを監視する役人はいるけれども、数多くの兵士が厳重に見張りをしている正門側に比べれば、 
警戒の度合いは格段に薄い。 
 出口の横に役人の詰め所がある。二人一組での勤務のはずだが、そこにいるのは一人きり。 
昼食時とあって、いま一人は奥の部屋に引っこんでいる。それも計算ずみだった。 
 侍女が進み出る。ゼルダは物陰に隠れ、時機を待った。 
 役人が侍女に話しかけた。 
「おや、探し物は見つかったかい?」 
 一時的帰城にそういう理由をつけていたのだろう。 
「ええ、見つかってよかったわ。せっかくの休みが途中切れになったのは残念だけど、まだ日は 
高いから、もういっぺん町に戻って、夜まで楽しんでくるつもり」 
「羨ましいねえ。祭りだってのに俺らは当番がまわってきちまって、ずっとここに居続けさ」 
「お気の毒さま。でも、私だけ楽しい思いをするのは申し訳ないわね。何かおみやげを買ってきて 
あげましょうか?」 
「かまわないのかい? そんならお願いしようか」 
「何がいい?」 
「そうさなあ……」 
「奥の人にも訊いてみて。一人分も二人分も同じことだもの」 
「よし、ちょっと待っててくれ」 
 会話が途絶えた。役人が持ち場を離れたのだと知れた。侍女が手招きする。ゼルダは物陰を脱し、 
素早く出口を通り抜けた。  
 
 間に合った。 
「夜食に適当な美味いもんと、酒の一本でも頼むよ」 
「仕事中にお酒を飲んだりしちゃだめでしょ?」 
「そいつは当番がすんでからにするさ」 
「ほんとに? もしばれたら、私だって怒られちゃうわ」 
「約束するって」 
「きっとよ。じゃあね」 
「ゆっくりしておいで」 
 名演技である。ひと足早く戸外に出ていたゼルダは、合流してきた侍女に小声で感謝と賛辞を 
捧げ、切所の突破を喜び合った。 
 が、なお切所は残っていた。城の敷地を脱して城下町へ至るには、二カ所の城門を経なければ 
ならない。いずれも、常時、数人ずつの衛兵が目を光らせている。また双方とも周囲の見通しは 
よく、しかも快晴の真昼時。通用口とは違い、ひそかにすり抜けることは不可能。かといって、 
まともに通ろうとすれば通行証の提示を求められる。 
 策はあった。 
 ゼルダが扮する町娘は新入りの侍女であり、城の「休業」で通行証の作成が遅れている、という 
ことにする。城内人事の詳細までは知らされない末端の兵士なら、先任の侍女がそう証言すれば 
信じるだろう。ただ、顔をじっくり見られるとまずいので、ゼルダは控えめにうつむきの姿勢を 
保ち、侍女が前に立ちふさがって衛兵に応対する。 
 第一の城門ではうまくいった。衛兵は侍女の言を疑わず、ゼルダの顔をろくに確かめようとも 
しなかった。役目上、城へ近づく者には用心しても、城から出て行く者にはさして注意を 
しないのが衛兵なる人種の習性。休暇で城下町に出かける者が多い時期とあってはなおさらである。 
 ところが、第二の城門を守る衛兵は──注意深くない点では同様だったものの──一つの質問を 
投げかけてきた。 
「名前は?」 
 訊かれると予想すべきだった、しかし等閑に付していた事柄。心臓が激しく鼓動した。けれども 
間を作っては怪しまれる。ゼルダは頭に浮かんだ音の繋がりを咄嗟に言葉とした。 
「テトラです」 
 一応、名前らしい響きだったのが幸いしてか、衛兵の問いは続かなかった。ゼルダは侍女を 
遮蔽役にしたまま、そそくさとその場を離れた。動悸はなかなか治まらない。それでも、ともあれ 
難事を切り抜けたという安堵感に、ほどなく心は占められた。  
 後日、あの新入りはどうなったのか、と話題にされるかもしれないにせよ、その時は、不都合が 
多いのですぐ馘にした、とでも言い繕えばいい。 
 口裏合わせを侍女と謀っておいてから、いまや自由となった身を、ゼルダは城下町へ向けて 
軽やかに歩ませ始めた。  
 
 町はごった返していた。 
 初めて群衆に接するゼルダではない。視察旅行の出発時や帰着時には、歓呼する大勢の人々に 
見送られ、あるいは出迎えられるのが常である。が、交通整理の行き届いた街路を、馬車なり 
騎馬なりで悠々と通り過ぎる、そんな折りとは懸隔した様相だった。 
 道はくまなく人間で埋まり、路面を目に入れることもできないほど。彼らが動く速度も方向も 
千差万別。侍女と手を繋いでいなければ、たちまち雑踏という名の洪水に呑まれてしまいかねない。 
 輪をかけて凄まじいのが音響である。個々は普通の語らいであっても、無数のそれが集まれば、 
空気を揺るがすどよめきと化す。のみならず、あまりの混雑で観察しようにもしようのない道の 
両側に、おそらくは立ち並んでいるのだろう種々の店舗や屋台では、商魂たくましい連中が客を 
呼びこもうとひっきりなしに叫びを発しており、また辻音楽師らは、雰囲気を盛り上げようと 
してか、テンポの速い舞曲を大音量で演奏し、加えて、喧嘩をしているとおぼしき者の怒号、 
子供の泣き声、何かの演し物が始まるのを告げるらしい金管楽器のファンファーレなども遠くから 
聞こえ、それらが無秩序に重なり合い、耳を聾せんばかりの騒々しさになっている。 
 祭りの賑わいを体験したいと望んでいたゼルダにとっては、最適の状況といえるはずだったが、 
いざその場に立つと、賑わいの域を超えた賑わいに圧倒されるほか、なすすべがない。 
落ち着こうとしてもとうてい落ち着けない。ただ、そういう気ぜわしさやどきどき感こそが 
祭りならではの妙味なのかも、とは思えた。 
 手を引いてくれる侍女を唯一の頼りとし、どうにかこうにか人混みをかき分けて道を進む 
心許なさを、次第にどきどき感が凌駕してゆく。町はずれ近くの空き地に特設された剣技大会 
会場が見えてくるほどになると、人の密集度も喧噪もいっそう顕著であるのに、それをもはや 
ゼルダは異常とも感じず、胸の沸き立ちを快いとさえ捉え始めていた。 
 そこここに警備の兵士が立っている。けれども彼らは姫君を姫君と認識できず、大手を振っての 
会場入りを許してくれる。他者を装うまでもない。王女といえど、大人数の中に埋没すれば、 
名もなき存在になってしまうのである。それでも油断ならないのがインパだったが、彼女は 
出場者の控え所に常駐している──と、あらかじめ本人から聞き出していた──ので、見物人の 
監視まではできまいと判じられた。 
 ゼルダと侍女は、その見物人のうちの二人となり、試合場をぐるりと取り囲む観客席に入りこんだ。 
 やたら混み合っている。なんとか空席を見つけて腰を下ろす。 
 ちょうど最初の試合が始まるところだった。入場の際に貰ったプログラムによると、対戦は 
トーナメント方式で、リンクの登場は一回戦の最後。それまでの十数試合は、ゼルダにすれば 
前座に過ぎず、早く終わってくれないかしら、とのみ、初めのうちは考えていたが、他に見る 
ものもないこととて観戦を続けるにつれ、むくむくと不安が膨れ上がってきた。 
 どの出場者も強そうだ。剣の使い方がさまになっている。誰もかれも立派な大人ばかりだし、 
人並み以上の体格を持つ者も多い。果たしてリンクは勝ち抜けるだろうか。 
 いよいよ試合場に姿を現したリンクを見ても、ゼルダは単純に喜べなかった。ますます不安が 
強くなった。リンクがいつもの緑衣のままなのに対し、対戦相手は──三十歳前後であろうか── 
これぞ剣士の正装と言いたげに、頑丈そうな甲冑で身を覆っている。あまつさえ、その身は巨躯と 
呼ぶにふさわしく、もうすぐ十六歳になろうとするリンクが、ほんの子供であるかのように見えて 
しまう。また、相手の、そんな若造など眼中にないというふうな威圧的所作や、髭の濃い重厚な 
顔貌が、いかにも戦い慣れした猛者らしく、それは大会の進行役が朗々と読み上げる経歴に 
よっても裏づけられた。  
 
 他方のリンクは、今大会最年少の出場者である、と、はなはだ簡潔に紹介されただけだった。 
もとを正せばれっきとした家の出であることや、ゲルド族の反乱を未然に防ぎ、魔物を倒して 
各地の人々を救い、といった、ハイラル城内ではよく知られた功績が述べられないのを、ゼルダは 
遺憾千万に思ったが、まさかそこで自分が弁ずるわけにもいかない。 
 リンクが自己宣伝を好まなかったのだろう。奥ゆかしいこと。これ見よがしに豪傑ぶっている 
相手とは大違いだ。 
 やつあたりめいた感想を抱くうちに、 
「始めッ!」 
 審判の声が響き渡った。 
 不安は的中した──と憂えずにはいられない展開だった。 
 巨漢の敵が次々に繰り出す攻撃を、かろうじて受け、かわすだけのリンク。防戦一方。足は 
じりじりと後退してゆく。 
 ゼルダの胸は早鐘を打った。 
 上背や腕力で劣るのはやむなしとしても、剣術に詳しからぬわたしの目にさえ、リンクの動きは 
鈍重に映る。インパとの稽古ではもっと俊敏だった。やはり型を知らないのが災いしたか。 
使い慣れない剣──試合用の模造剣──を持たされ、なおかつ盾は不使用というルールだと、 
勝手が違って戦いにくくもあるのだろうか。 
 とうとうリンクは試合場の隅に追いつめられた。あとはないぞ、と嘲るかのごとく、相手は 
にやりと笑い、剣をゆっくり上段に構える。それがリンクの脳天に襲いかかるさまを想像し、 
たまらず顔を背けようとした、その時── 
 リンクが右足を横に踏み出した。相手の狙いがそちらに寄る。と、次の瞬間、リンクの身体は 
左へ跳び、あわてて振り下ろされる剣が空を斬る間に、地面の上を転がって安全地帯へと逃れた。 
 思わず安堵の息が漏れる。 
 上段からの攻撃は、動きが大きくなる分、避けやすい。相手も油断したのだろうけれど、そこを 
衝いたリンクも冷静といえる。危地の脱し方を──以前に経験でもあるのか──心得ていたのだ。 
これでいつもの調子を取り戻してくれたら…… 
 取り戻したとみえた。 
 逃げられて怒ったらしい相手の猛烈な突出を、正面では受け止めず、巧みにいなしている。 
もう押しまくられてはいない。しかし攻め返すとなると難しそうだ。隙ができるのを待つしか 
なかろうが、敵も玄人、そうそう気を抜いてはくれまい…… 
 リンクは待たなかった。相手の側方を、さらには後方をとろうと、不断に素早く足を運ぶ。鎧を 
着こんだ大男が機敏ならざる点を利用し、自力で隙を作り出そうとしているのである。 
 うまくいった。動きについてゆけなくなった相手が上体を泳がせた。すかさずリンクが 
斬りかかる。惜しくもよけられる。反撃がくる。が、崩れた体勢での悪あがきなど恐るるに足らず。 
ゆとりをもって回避したリンクの腕が一閃する。鋭い金属音。高々と宙を舞う一本の剣。 
戦うすべをなくした相手の喉元にリンクが刃先を突きつけたところで、 
「そこまで!」 
 審判が試合を終了させた。 
 どっと観客席から喝采が湧き起こった。ゼルダもそれに和し、いつの間にか握っていた拳を 
開いて、思う存分、拍手に勤しませた。 
 出だしは危なっかしかったものの、後半は立ち直ってくれた。 
『これなら、きっと……』  
 
 ゼルダの期待は裏切られなかった。 
 勝ち上がるにつれて相手も強くなるのがトーナメント戦である。にもかかわらず、次の試合も、 
そのまた次も、リンクは勝利した。「型の剣術」に対しては敏捷さでもって「型」を崩すべし、と 
戦いながら理解したようだった。インパに実戦向きと評されたリンクの、それが真骨頂とも思われた。 
 年若い無名剣士の奮闘に、観客も注目し始めた。 
 勝つたびに歓声が大きさを増す。みなが興奮を募らせてゆく。 
 ゼルダにしてみれば、まさに「我が意を得たり」である。 
 あの勇者がわたしの恋人なのよ──と高らかに宣言したくなる。実際にそうできないのが 
なんとも歯がゆい。 
 ただ、そんなわたしこそが会場内で最も興奮している、と自覚できるくらいには客観能力を 
失っていないゼルダであり、その視点から、新たな不安要素を見いだしてもいた。 
 リンク以上に観客の注目を集める、一人の出場者。 
 進行役の語りによれば、ハイラル平原西方に駐留する王国軍の一員で──主筋にあたりながら 
ゼルダは寡聞にして知らなかったのだが──彼の地では無双の使い手とされているらしく、事実、 
楽々と勝ち進んでゆく。寄せ来る攻撃をさらりと受け流し、的確かつ無駄のない動作で短時間の 
うちに片をつけるという、すこぶる洗練された戦い方。 
 剣技を究めつくしている。もしもリンクが挑むことになったら、いくら「型の剣術」に慣れて 
きているとはいえ、苦戦は免れないだろう…… 
 別種の感情も喚起されていた。 
 問題の人物は二十代前半。清新と成熟がほどよく釣り合い、容姿は端麗、挙措は端正、まことに 
もって魅力的──と感じるのか、観客席の女性たちは、もっぱら彼を応援している。わたしとて 
その魅力を認めるにやぶさかではないが、リンクに優るほどとも思えない。しかるに彼女らが 
二人を見て表す関心の度合いは明らかに異なっていて、わたしとしては不思議でならず、また、 
リンクが軽んじられているふうなのには腹立たしささえ覚える…… 
 諸々の念に心を揺さぶられるうちにも事態は進行した。期待も不安も途切れることなく、やがて 
それらは一体化して最高潮に達した。リンクも、くだんの美丈夫も、順調に勝ちを重ね、ついに 
決勝戦で顔を合わせる運びとなったのである。 
 ──ここまできたからには、ぜひ! 
 ──いや、あの相手だと、正直…… 
 決着を見たい。けれども見たくない。 
 二極の思いが胸中で渦を巻く。意図せず再び両手を握りしめてしまう。これまた最高潮に達した 
大観衆の熱気にも煽られ、息をすることすら難しいほどの切迫感に囚われる。  
 
 西に傾きかけた太陽が赤い光を落とす試合場に、勝ち残った二人が現れ出でた。 
 叫声、口笛、拍手、足踏みの音などが入り混じり、先に浴びた街頭の騒音をも上まわる轟きと 
なる中、審判が恬然と試合の開始を宣する。 
 ゼルダは葛藤を振り捨てた。 
 いかような決着がつこうとも見ていなければならない。わたしが願ったがために戦ってくれて 
いるリンクなのだから。 
 目を離すな。瞬きも控えろ。ともに速戦を期する二人であれば、勝負は一瞬で決まるかもしれない。 
 ──との予測に反し、劈頭は両者とも静止しての睨み合いである。 
 剣を両手で持ち、顔の左横に立て、前のめり気味に構えるリンク。相手は腰を落とし、同じく 
両手に握った剣を右へ倒している。前者は攻めを、後者は受けを企図するようではあるも、対峙は 
一向にほどけない。 
 互いに互いの出方をうかがっているのだ。決勝ともなれば敵も強力ゆえ迂闊に動くのは禁物、 
と考えてのことか。だがいずれは動かざるを得なくなる。どんなふうに? 正面切っての 
ぶつかり合い? それが剣術の定法なのだろうけれど…… 
 先に動いたのはリンクだった。果たして例のごとく──すなわち「定法」には従わず──敏活に 
横方向へと駆け、時おり牽制的に突きなど出しつつ、相手の後ろをとろうとする。少しでも 
隙あらば一気に畳みかけようという態勢。 
 ところが相手は隙を見せない。防具を最小限にした身軽な格好のためか、もともと身体の 
安定性が抜群なのか、従前の敵のように崩れてはくれない。すばしこく移動するリンクを鋭い 
視線で捕捉し、受けの構えをとり続けている。 
 ゼルダの内に危ぶみが兆した。 
 リンクは最善を尽くしているのだろうが、落ち着き払った相手に翻弄され、ちょこまかと 
走りまわっているだけのようにも見えてくる。いや、見た目はどうだっていい。問題は、これだと 
リンクが一方的に体力を消耗しかねないという点で…… 
 同様の危ぶみをリンクも抱いたか、やにわに運動の向きを変え、怒濤の攻撃を開始した。 
 縦に、横に、斜めに、上に、下に、前にと乱れ舞う剣。さしもの敵も後ずさる。観客席の 
女性陣が悲鳴をあげる。 
 しかし完璧に防がれた。 
 リンクの攻勢が止まる。呼吸を整える必要に迫られたらしい。 
 途端に反攻がきた。斬り、薙ぎ、突きの連続的な急迫。 
 きわどいところで窮地を脱し、再び攻めに転ずるリンク。 
 届かない。 
 相手の猛反撃。 
 凌ぎきる。 
 目まぐるしく入れ替わる攻防、剣と剣との激しい衝突、二つの口からほとばしる裂帛の気合いが、 
場内の興奮を極限まで高め、いつしか観衆は総立ちになっていた。 
 ゼルダも席を捨てた。そうせずにはいられなかった。興奮だけが理由ではない。前方の見物人が 
みな立ち上がってしまったため、坐しての観戦が不可能になったのである。起立のみでは充分な 
視野を得られず、前に並ぶ人々の間に身を割り込ませることまでもした。  
 
「こりゃあ好勝負だな」 
「ああ、決勝にふさわしい熱戦だぜ」 
「実力伯仲。どっちが勝ってもおかしかねえよ」 
 周囲から聞こえる感嘆の声。 
 ゼルダは同意できなかった。 
 なるほど、リンクは善戦していると言っていい。ここまでの各試合をどれもあっさり制してきた 
相手と、もうかなりの時間、渡り合っている。だが互角とは思えないのだ。相手は力を残している 
ように見えるけれども、リンクの動きには余裕が感じられない。特に防御の際は。やはり序盤の 
体力消耗がまずかったか…… 
 憂慮は当たった。両者の勢いに差がつき始めた。リンクは受け太刀になることが多くなり、 
表情も次第に疲労の色を濃くしてゆく。比例して強まる観客の喚声。みなが相手を応援して 
いるかのように印象されてしまう。 
『でも! わたしは! わたしだけは!』 
 ゼルダは我を忘れた。喉が破れんばかりに声援を送った。どんな言葉を発しているのか自分でも 
わかっていなかった。 
 されど祈りも虚しく、 
「あッ!」 
 がくりとリンクが片膝を折った。 
「決まりだ!」 
 誰かが叫ぶ。 
『そうなの!?』 
 頭の中が真空になり、しかしながら両目は見るべきものを見続ける。弱った獲物に飛びかかる 
猛獣のごとく、無情なほどに高速の突きが、地に跪くリンクの顔面を襲った。 
『もうだめ!』 
 覚悟した刹那── 
「うおぉッ!」 
「あれはッ!」 
 数多の声が爆発した。会場にいる全員が──対戦相手も含めて──喫驚したに違いない。 
ゼルダも然り。絶体絶命とみえたリンクが、いきなり身体を後方に跳ばし、空中で一回転したのだった。 
『バック宙!』 
 それを容易にやってのけられるリンクと知るゼルダでさえ予想できなかった回避法。 
「すげえッ!」 
「あんなのありかよッ!」 
 観客の賞嘆も耳に入らぬふうに、相手はいち早く驚愕から脱し、着地直後のリンクに、またもや 
突きを見舞ってきた。今度は跳んでも逃がさないとの意思を、前にも増しての急速度に凝縮させていた。 
 リンクは跳ばなかった。逆に身を低くし、前に向かって猛進した。  
 
 激突! 
 かまびすしさの極にあった場内が、一転、静まりかえった。 
 リンクの帽子がすっ飛び、放物線を描いて地面に落ちた。まともに突きを食らったのである。 
ただし食らったのは帽子だけだった。文字どおり間一髪で強襲をかいくぐったリンクは、水平に 
把持した剣を、みごと、相手の胴に叩きこんでいた。 
「そこまでッ!」 
 審判の大声が沈黙に終止符を打った。 
 場内は一瞬にして熱狂に満たされた。 
 飛び交う喧号、叫号の中にあって、ただ一人、ゼルダだけは声を失っていた。著しすぎる感動を 
外に表すすべがなかった。 
「勝ちました! 勝ちました!」 
 腕にすがりついてきた侍女が、とりのぼせたように繰り返す言葉へも、こくこくと頷きを 
返すのが精いっぱいである。 
 ただ、その欣喜するさまは、彼女もまたリンクを応援してくれていたのだということを、 
いまさらながらゼルダに思い出させた。 
 加えて、背後では、 
「鮮やかな逆転劇だったな。あの緑の坊や、かなり押されてたのに」 
「技術じゃ相手の方が優ってたよ」 
「違いない。剣を習う奴が模範にしていいほどの腕前だった。しかし最後はちょいとばかり攻めが 
正直すぎた。きれいに勝ちたかったんだろうが」 
「実戦の経験がないんじゃないか?」 
「うむ、駐留軍のメンバーとはいっても、ここ数年は平和続きだから、あれくらいの歳だと、 
戦場で命の懸かったやりとりをしたことはあるまい」 
「その分、詰めが甘かったか」 
「そこへいくと、あの坊やは──いや、坊やなんて言っちゃ悪いな。ええと、何て名前だったっけ?」 
「リンク」 
「ああ、それそれ、リンク君は腹が据わってたねえ。何度も修羅場をくぐってきたみたいに」 
「あれだけ若いのにか?」 
「そうとしか思えん。あの戦い方を見たら」 
「垢抜けない戦い方ではあったけどな」 
「垢抜けないというか、ずいぶん型破りだったよ。まさか宙返りなんぞやらかすとは」 
「あんときゃ危なかったね。相手の突きがめっぽう鋭かった。もういっぺん宙返りをやってたら 
逃げ切れなかっただろう」 
「だが逃げなかった。あそこで前に飛び出していくたあ度胸満点だぜ」 
「相打ち覚悟だったのかな?」 
「うんにゃ、カウンター狙いとみたね。ぎりぎりで攻撃をかわせる自信があったのさ」 
「大したもんだ」 
「まったく」 
 退役軍人なのか、剣の心得があるとおぼしき年嵩の男たちが、リンクに高評価を与えている。 
自分の印象やインパの説に通底する内容。嬉しくも正しい評価と頷ける。 
 黄色い声で優勝者を讃える女性たちもいた。さっきまで相手方を応援していた彼女らである。 
が、変わり身の早さを責める気にはならない。 
 試合場では、準優勝に終わった美剣士が、なおも地に蹲っていた。殺傷能を欠く模造剣とはいえ、 
腹に一撃を食らえば、なかなか動けぬものらしい。それでも、先に身を起こしていたリンクが 
差し出す片手に気づくと、その手を握り、立ち上がり、さわやかに笑んだ。敵手の勝利を素直に 
祝するありよう。ゼルダも素直に好感を持てた。 
 みながリンクを認めてくれている。 
 それこそをゼルダは欲していたのだった。  
 
 

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