「さっきはお気疲れなさったのでは?」 
 とゼルダに訊かれ、 
「気疲れ程度ですむもんか。すっかり肩が凝っちまった。かしこまってお偉いさんと話をするのは、 
どうも性に合わないね」 
 あけすけに答えたナボールだったが、否定的言辞ばかりを弄するつもりはなかった。 
「つっても、あんたは別だよ。こんなふうに客として招いてくれたことについちゃ、ほんとに 
感謝してる」 
「そう言っていただけると、わたしも嬉しく思いますわ」 
「あんたの親父さんたちに逆らう気もないんだ。いまのはちょっとした愚痴だから、告げ口は 
よしとくれな」 
「告げ口なんて、まさか。わたしにしろ、公の席では四角張っていなければならないのを、いつも 
窮屈に感じていますもの」 
 その同調はあながち社交辞令でもあるまい──と、ナボールは胸の内で独り言つ。 
 多少の誇張はあるやもしれぬにせよ、本音には違いないだろう。だからこそ、こっちの 
気疲れをも察せられるのだ。それを率直に訊いてくるところに、また好感を覚える。いかにも 
王女様らしい気品に満ちた物腰でありながら、お高くとまったような雰囲気は全くない。 
親しみ深さがすんなりと伝わってくる。おまけに笑顔のなんと魅力的なこと。同じ女の 
あたしでさえ、ついうっとりと見惚れてしまうくらいだ。たぐい稀な美貌の同性を嫉む気持ちの 
ひとつも起こらないのは、この笑みが醸し出す純粋な温かさのためか。 
 そんな親しみ深さ、温かさに、かつてもあたしは癒された…… 
 ナボールの思いは過去へと飛ぶ。 
 ──首領ガノンドロフに絶対の服従を誓うゲルド族の中で、あたしは例外的な存在だった。 
ハイラル王国の秘宝とかいうトライフォースに執着するガノンドロフが、ゲルド族の将来を 
危うくする「やばい奴」だと思えてならなかった。勇猛で鳴るゲルド女たちがなよなよとあいつに 
身を任せるのを苦々しいとも思い、自らは断固として肌の接触を拒んだ。同じ意見の仲間は 
少数ながらも幾人かはいて、いつの間にかあたしは彼女らの親分めいた立場になった。もちろん、 
ガノンドロフに公然と反抗したわけではなく、ガノンドロフの方も、目障りなはずのあたしたちを、 
さして害にもならないと放置しておくほどには広量だったのだが…… 
 ハイラル王国との戦いを決意したあと、ガノンドロフは方針を変えた。一族の結束を乱す 
おそれのある不満分子として、あたしたちを粛正しようとした。総大将なら謀って当然の策かも 
しれない。が、粛正される側にすればたまったものではない。 
 あいつとの縁もこれまでと腹をくくり、あたしたち一党はハイラル王国に亡命した。直後、 
戦争が始まった。ゲルド軍の不意打ちを食らってあわてふためきつつも、王国は亡命者に対する 
安全保証を放棄しなかった。あたしたちはハイラル城へと護送され、そして…… 
 このお姫様に会った。 
 あたしたちの立場は微妙だった。敵を惑わそうとする偽りの投降と判断されてもしかたがなく、 
事実、そうした見方をする者もいたようだ。 
 なのに、このお姫様は、頭からあたしたちを信じてくれた。周囲の人々にもその旨を明言し、 
邪推の根を絶ち、のみならず──ちょうどいまのように──無類の親しみ深さ、温かさでもって、 
あたしたちを友達なみに扱ってくれた。たまげたことには、話すにあたって──同じくいまの 
ように──敬語は不要とさえ言った。ぞんざいな口調が常のあたしたちにとってはありがたい配慮。 
もっとも自分の方は丁寧な言葉遣いを崩そうとしない。片手落ちだと突っこめば、九歳も年下の 
わたしだからそうするのが当たり前と返される。それでも情意は明確に伝わってくるので、 
しゃべり方にはこだわらないことにした。ただ、九つも下とは思えないほど、あたしら以上に 
気丈夫なあんたじゃないか、と内心では突っこみを重ねたものだが。  
 
 その気丈夫なところは、戦争中、遺憾なく発揮された。武器を手にして戦うなどはさすがに 
無理としても、後方支援の諸事万端を遺漏なく取り仕切った。実務だけではない。存在自体が 
とてつもなく大きな意味を持っていた。ハイラル王国にゼルダ姫ありとの一事が、どれだけ諸人を 
力づけたことか。王国軍が難戦に耐え抜けたのは、背後にこのお姫様のおわしますゆえ、とまで 
言っても、決して言いすぎではなかろう。 
 七ヶ月以上にわたった戦闘ののち、ハイラル王国は勝利した。ガノンドロフは討たれ、 
ツインローバは自死し、生き残りのゲルド族は全員が降伏した。彼女らに対し、王国は苛烈な 
処置を下さなかった。以後の恭順を条件として、ある程度の自治を認める方策をとった。そこには 
やはりゼルダの意思が影響していた。平和希求の理想と、遺恨が遺恨を呼ばぬようにという 
現実的思考を包括した王女の案を、ハイラル王や重臣らは採用したのだ。 
 さらに一つの付帯案をも。 
 あたしは請われた。 
「これからは、あなたがゲルド族を束ねていってください」 
 引き受けた。 
 恩人の求めを無下にはできない。客観的に見て妥当な措置でもあった。 
 あたしはあくまでもゲルド族。ガノンドロフ嫌いではあっても、他の連中までを憎む気はない。 
一族の未来は気にかかる。ハイラル王国と繋がりのある自分が、ゲルド族と王国との橋渡し役を 
果たせば、部族全体にとっても好都合だろう。 
「他の連中」もそう考えたらしく、彼女らからすれば「裏切り者」のあたしが頭目となるのを、 
特に反対もせず認めてくれた。一緒に亡命した仲間も同様に迎え入れられた。 
 西の砂漠に隣した古巣へと、あたしたちは帰った。 
 それから一年。 
 ゲルド族の暮らしぶりの現状を国王に報告するため、あたしはこうして再びハイラル城を訪れた。 
公事のみが滞在の目的ではない。儀式めいた謁見が終わったあとは、王女の私的な友人として 
城の奥にある立派な客室に通され、招待主の訪いを受け、暖かい午後の陽に照らされた窓辺の席に 
差し向かいですわり、そしていま、その人が顔に浮かべる、一年前と変わらない至純の笑みに心を 
安らがせているところなのだ── 
「先ほどのお話だと……」 
 おや?──と、ナボールは訝しみを覚えた。ゼルダの声には真面目な響きがあった。いつしか 
笑みも引かれている。 
「ゲルド族の方々の新生活は、おおむね軌道に乗っているとのことでしたが……」 
 国王へはそう報告していた。 
「実際はどうなのですか? ご苦労も多いと思うのですけれど」 
「うーん、そりゃまあ……」 
 確かに苦労はある。とはいえ、ことさらにそれを言い立てるのも弱音と解されそうで躊躇される。 
ために言葉を濁したのだったが、ゼルダは問いを途切れさせなかった。 
「ハイラル王国に敵意を抱いている人が、まだ多くいるのでしょうか」 
「いいや」 
 ナボールは断言した。 
「長い戦争の間、さんざんしんどい思いをして、すっかり疲れちまって、あんたらと喧嘩しても 
得なこたあない、穏便につき合ってく方がましだって、みんな肝に銘じたみたいだよ。そっちが 
処分を寛大にしてくれたことについても恩に着てる」 
「安心しました」 
 ゼルダは表情に和らぎを戻し、しかし、すぐまた心配げな面持ちとなった。 
「近隣の民びととはうまくいっていますか? 揉め事が全くないとも考えにくいのですが……」 
「もちろん、はなっから和気藹々とはいかないさ。あのあたりは戦争でけっこう荒らしちまったし、 
そもそも昔はあたしらが盗賊稼業で暴れまわってた所だからね。でも、少しずつ交流はできて 
いってるよ。わだかまりがすっかり消えるには時間がかかるだろうけど、希望は持てる。ただ……」  
 
 内心の懸念が、最後になって、ふと言葉になってしまった。その懸念を察知したらしいゼルダが 
敏感に反応した。 
「何か問題が?」 
 ここは敢えて「弱音」を吐いてみよう──と、ナボールは決めた。公式的な報告を聞いただけで 
よしとはしないゼルダの親身なありように動かされたのだった。 
「問題はある。あたしらの側に」 
「というと?」 
「戦争に負けるまで、あたしらには、盗賊業なり、打倒ハイラル王国なり、生きていく上での 
目標があった。事の善し悪しはともかくとしてね。だけど、世の中が平和になって──それが 
いやだっていうんじゃさらさらないんだが──自分たちが何を目指したらいいのか、よく 
わからなくなっちまったのさ。そんなもんで、みんないまひとつ意気が揚がらない感じなんだよ」 
 ゼルダは頷き、ナボールの述懐を要約した。 
「つまり、平和な世界での存在意義を見つけあぐねているのですね?」 
「そうそう」 
 やっぱりこのお姫様はよくわかっている──と、心強く思いながら、ナボールは応じた。 
「気取って別の言い方をするなら、生きがい探しに困ってるってとこかな」 
「あなた方のお得意なことで社会に参加なさっては? たとえば牧畜業とか」 
「そいつはもうやってるよ。実際、いまあたしらが曲がりなりにも食っていけてるのは、 
馬の育成を手がけてるからなんだ。とはいうものの、大々的に事業を展開するってわけにも 
いかないんだよな」 
「どうしてですか?」 
「王国内の同業者と競合することになるだろ? 馬の扱いにかけちゃ、ゲルド族より上の 
奴なんか、ハイラルにはいない。当然、あたしらの方が有利なんだが、だからといって競合相手を 
破産させたりしちゃ、それはそれで恨みを買うからねえ」 
「ごもっともです」 
 ゼルダは視線を落とし、しばし考えこむふうとなったのち、再び目を上げ、真剣な声で言葉を 
継いだ。 
「いまのわたしは最善の策を思いつけません。でも、何か方法はあるはずです。考えてみますわ」 
「ありがとよ」 
 その言に収まりきらない感謝の念をナボールは抱いた。ゼルダは本気でゲルド族の将来を案じて 
くれている、と実感できたのである。が、懸念を払拭するには至らない。相手がほんとうに 
本気なのかを確かめたかった。 
 心懸かりを余さず吐き出す。 
「つっても、ゲルド族とハイリア人とが、すっかり肝胆相照らす仲にまでなるのは、正直、 
無理なんじゃないかと思うこともあるんだ」 
「なぜでしょう」 
「いろいろと『違ってる』からさ。あたしらの耳は丸いけど、あんたらの耳は尖ってる。他にも、 
鼻の形とか、髪や肌の色とかね。だもんで、ゲルド族の中にゃ、いくら頑張っても自分たちは 
ハイラルじゃ仲間はずれだって、ひねくれたことを言う奴もいたりするんだよ。ゲルド族がずっと 
ハイラル王国に敵対してきたのも、もとを正せば、そんな気持ちがあるせいなんだ。それに、 
ハイリア人の方だって、自分らとは違うゲルド族を疎んじる気持ちが、心の底にはあるんじゃ 
ないのかい?」 
 即座に答が返ってきた。 
「そういう気持ちの人が全くいないとは言いません。が、細かい違いはあろうと、ハイリア人も 
ゲルド族も同じ人間です。そのことをいつまでも理解できないほど愚かなハイリア人ではないと 
わたしは信じています」  
 
 気負いがうかがえる語調だった。それだけに真情は痛いほど感受できた。ナボールは安堵した。 
ハイラル王国の次期国王がこの気組みでいてくれるのなら未来は明るい、と断じられたのである。 
「同じ人間か。そりゃそうだ」 
 気分の晴れがナボールの口を軽くした。 
「ゲルド族とハイリア人がまぐわったら、ちゃんと子供ができるもんな。同じ人間だもんな。 
はははッ!」 
 連想が働いた。 
「そうそう、子供といやあ、そこらへんにも問題があったよ」 
 愉快げに「問題」を挙げようとする不釣り合いさに戸惑ったらしく、ゼルダが怪訝そうな 
顔つきになる。ナボールは説明した。 
「あたしらゲルド族は、男ってのはとっつかまえて犯すもんだと思ってきたから、平和なご時世に 
なってみると、そっち方面のやりようにまごついちまってねえ。まさか昔みたいに乱暴な真似は 
できない。じゃあどんなふうに男とつき合ったらいいのかっつうと、それがさっぱりわからない。 
どうすることもできずに欲求不満を溜めてる奴が、けっこういるのさ」 
 色事などには無縁に違いない深窓の姫君にとっては刺激的に過ぎる話題かもしれない、と 
推し量りながら、しかしナボールは言葉を止めなかった。世間ではこうした卑俗な事柄も重要で 
あり得るのだと知らしめたかったし、純な王女様をどきどきさせてやろうという悪戯心もあった。 
「だけど、中には適応力のある奴もいるよ。さっさと好みの男を見つけて、仲よく一緒に 
暮らしてたりする。仲よくっつっても、かかあ天下だがね。ゲルド族の本性は簡単に消えて 
なくなりゃしない。とはいえ、それでお互いが満足なら大いによかろうってもんさ」 
「案外、そういうところから、二つの民族の融和が進んでゆくかもしれませんわね」 
「うんうん」 
 相槌を打ちつつも、ナボールは思惑のはずれを感じた。生臭い話柄にいっこう怯むふうもない 
ゼルダなのである。 
「あなたはいかがなのですか?」 
「え?」 
「男性とのおつき合いに不自由なさっておられますか?」 
 微笑んでいる。 
 ナボールはたじたじとなり、同時に負けん気も奮い起こした。 
 こっちのからかい気分を察知して、その程度のネタでは動じないぞと切り返してきたのだ。 
意外に頭が軟らかい。それならもっと露骨な話をしてやろう。 
「別に不自由じゃないよ。あんた、知ってるかい? あたしらゲルド族の中には、女同士で 
まぐわうのが好きな奴も少なからずいてね。あたしにも昔から昵懇の妹分があって、そいつと 
毎晩しっぽり抱き合ってるんだ」 
「男性がそばにいなくてもかまわない、と?」 
「そりゃ、あたしだって男が欲しくなることはあるさ。でも、そこいらの弱っちい男とやろうって 
気には、これっぽっちもなれないね」 
「お眼鏡にかなう方はいらっしゃいません?」 
「一人だけ、こいつはすごいと感心させられた奴がいる。今日にでも会いたいと思ってるんだが」 
 驚きの調子がゼルダの声に混じった。 
「この城で?」 
「ああ」 
「どなたですの?」 
「リンクさ」 
 ゼルダが目を丸くした。意表を突けたようなのが面白く、ナボールはあからさまな発言を続けた。 
「あいつには、亡命した時、この城まで連れてきてもらったりとかで、ずいぶん世話になったし、 
それに何より、あのガノンドロフをぶっ倒したほどの男だ。かなり歳は下だけど、あいつとなら 
つき合ってみてもいいな」  
 
 さらに言う。 
「あたしの見たところ、あいつ、まだ女を知らないって感じがするんだ。どうかねえ」 
「さ、さあ……どうでしょう」 
 どぎまぎしているようである。面白味が増す。 
「これはあたしと同じガノンドロフ嫌いの仲間から聞いた話なんだが──」 
 と前置きして、ナボールは自らの印象の根拠を述べた。 
 ──亡命時がリンクとの初対面だったナボールとは異なり、仲間たちは以前からリンクと 
接触していた。ハイラル王国とゲルド族が争うのはお互いのためにならないという説得に動かされ、 
剣の腕が立つのにも感服し、そんなこんなで親しくなるうち、リンクの男ぶりにそそられた一人が、 
一緒に寝ないかと誘惑した。リンクは乗ってこなかった。他にも誘いをかけた者はあったが、 
誰に対してもうんと言わない。びびっているふうでもある。うぶな坊やに無理強いはよくなかろうと、 
以後は一同、自重することにした── 
「──ってなわけでね。剣には長けてても、そっちの方じゃ、いたって素人らしいんだ。この際、 
あたしが女を教えてやろうかと思ってさ」 
 ゼルダは黙っている。あきれているようにも見える。 
「おっと、リンクはあんた直属の剣士だったか。上司の許し抜きで勝手に決めちゃいけないよな。 
じゃあ、改めて訊くけど、リンクを誘ってもいいかい?」 
「それは……個人的なことですから、わたしがとやかく言う筋合いは……ありません……けれど……」 
 語尾の逆接表現にナボールは留意しなかった。ゼルダをうろたえさせられて小気味がよかった。 
「なら、好きにさせてもらうよ。あ、そうだ」 
 悪戯心が再帰する。 
「あんたに贈り物があるんだ」 
 ナボールは席を立ち、部屋の隅に歩みを寄せた。置いていた荷物から一つの袋を取り出し、 
席に戻ってゼルダに手渡す。 
「ありがとうございます」 
 言いつつゼルダは受け取った。袋はさほど重くも大きくもなく、両手で容易に把持できる。 
「飾りもしてなくて、すまないけど」 
「いいえ、お気遣いなく」 
 飾りがないのは当たり前。ひょっとして使う機会もあろうかと荷物に突っこんできただけの 
私物だ。贈り物としたのは咄嗟の思いつき。 
「何かしら」 
 との呟きに、もっともらしく答える。 
「ゲルドの名物さ」 
「あけてみてもよろしくて?」 
「いや、あけるのはあとにしときなよ。ひとりの時にでも、こっそりと」 
「こっそりと?」 
 不思議そうである。 
「格別の意味はないんだ。世の中にはこんな物もあるってことを知っといてもらってもいいかと 
思っただけでね」 
 なおも訝り顔のゼルダだったが、育ちのよさゆえか、押して問い質そうとはしない。ナボールも 
それ以上の解説は控え、しかし胸中ではくすくす笑いを抑えられなかった。 
 中身を見たら、さぞかしびっくりするだろう。あるいは、品の使途がわからず、きょとんとして 
しまうかも。 
『普通なら王女様なんかの目には触れっこない代物だもんねえ……』  
 
 客人の部屋に長々と居座るのも憚られたので、会話が一段落したのを機に、ゼルダは自室へと 
帰った。 
 ひとりである。 
 ソファに腰を下ろす。 
 くすり──と、覚えず笑いが漏れる。 
 話題がきわどい領域に入ると、ナボールはどことなく諧謔的な口ぶりになった。わたしを、 
色事などには無縁に違いない深窓の姫君と思いこみ、からかってやれと考えたのだろう。とても 
そんなに身持ちのよい女ではない、このわたしなのだが。 
 リンクを童貞と決めてかかっているのも、わたしにしてみれば滑稽だ。十七歳でリンクほどの 
経験を積んだ男は、おそらくこの国のどこにもいないはず。 
 もっとも、リンクに関するナボールの誤解は、わたし自身がその遠因かもしれない。 
 リンクがゲルド女たちの誘いを拒んだのは、わたしとの約束を守ろうとしたからだ。他の女性を 
抱こうとするなら事前に相手が誰かをわたしに知らせる──という、あれ。マロンの件でわたしと 
揉めたのに懲り、必要以上に頑なな態度で彼女らの求めをはねつけたのではなかろうか。であれば、 
こいつは女とつき合うことなど考えない堅物だ、との印象を、彼女らが受けたとしても不思議は 
ない。 
 ともあれ、そういう誤解を抱いたままで、リンクのもとに赴いたナボールは、はたしてどんな 
体験をすることになるだろう…… 
 再度の笑いがゼルダの頬に広がった。二人のありようが想像されたのに足して、はなから二人の 
同衾を許しているおのれがおかしかったのである。 
 よその女が自分の恋人にちょっかいをかけようとする状況に、全く動揺しなかったわけではない。 
しかし、その上で、個人的なことをとやかく言わないと述べたのは、わたしとリンクの関係を 
その場では明かしかねたがためだけではなく、もとより単なる強がりでもなく、二人の繋がりを 
素直に認められたからなのだ。男まさりの戦士たるナボールにして、リンクを優れた男と見なして 
いるのを、大いに嬉しく思ったほどでもあった。確かにそれは、自らのことながら笑ってしまう 
ほど、常識からすれば奇妙な心理ではあるのだけれど。 
 この心理は──と、ゼルダは思いを深化させた。 
『この世界』のわたしがすでに到達していたところ。 
 サリア。ルト。ダルニア。インパ。マロン。 
 彼女たちとリンクの結びつきを、わだかまりなくわたしは認めている。ナボールがそこに加わる 
ことを、いまさら厭う道理などない。 
 ただ、『あの世界』の記憶を持ついまのわたしは、かつての『この世界』のわたしとは別の 
観点から、種々の事柄を──とりわけ賢者についての諸点を──見られるようにもなっている。 
『あの世界』のナボールもリンクに好意を寄せていた。ならば同人格である『この世界』の 
ナボールがリンクに近づこうとするのは自然の成りゆき。二つの世界の統合によって、いまや 
ナボールの心の内にも存する『あの世界』の記憶が──ただし、トライフォースを宿す資格のある 
わたし以外のすべての人々と同じく、それは決して認識できない種類の記憶なのだが──そこで 
経験したリンクとの交情を再現させようと、意識下でひそかに策してもいるのだろう。 
 その指向を──『魂の賢者』たるナボールの希望を──妨げてはならない。 
 わたしは賢者たちに借りがある。賢者としての覚醒と引き替えに現実世界との関わりを絶たれる 
という過酷な運命を、『あの世界』の彼女たちが甘受してくれたからこそ、わたしとリンクは 
結ばれることができたのだ。左様な厳しい軛から解放された『この世界』の彼女たちの望みを、 
どうしてかなえさせてやらずにいられようか。 
 なおかつ……  
 
 いまのわたしは知っている。二つの世界の記憶が合一化されるまでの七年間に、『この世界』の 
わたしが怪しみながらも解明できなかった──あるいは怪しみすらしなかった──さまざまなことを。 
 リンクが時たま、「この世界のハイラル」という、まるでこの世界とは異なる「あの世界」とでも 
呼ぶべきものが存在しているかのごとき──事実、存在したのだが──奇妙な言いまわしをし、 
そんな折りに、何かを懐かしむような、それでいてほろ苦い感情を噛みしめるような、大人びた 
雰囲気を漂わせていた理由。 
 弓を使えると言うわたしにリンクが向けた、「この世界の君が弓を持たないといけないような 
事態が、あってはならないんだ」との台詞の意味。 
 別荘を「初めて」訪れた時の、「こんなに素敵で、居心地のいい所だったんだね」というリンクの 
発言は、荒れ果てたそこを「かつて」実見したがゆえの感想であったこと。 
 うさんくさげな「芋と野菜をどろどろにして混ぜ合わせた」食べ物──それをいまのわたしは 
苦もなく作り上げられる──の由来や、肉を入れないポトフのいわれや、わたしが料理に 
失敗してもなお腕前の向上を信じてくれたリンクの心境について。 
 シークとつき合うのは控えろと文句をつけたわたしの前で、リンクが笑い転げた、そのわけ。 
 リンクが南の荒野での修行を志した真の動機。また、そこでの経験を語るにあたって、自分の 
修行など大したことではないとでも言いたげな、照れ臭そうな笑いを浮かべていた所以。 
 わたしが成人式の際に着る衣装を見て、リンクが表していた感動の本質。 
 インパの言う「まるで幾度も死線を越えてきたかのような、大胆さと沈着さを兼ね備えた剣筋」を、 
いかにしてリンクは身につけたか。 
 加えて、リンクが、わたしと「初めて」契った時から性技に堪能で、わたしが交媾に際して── 
とりわけ耳を攻められて──示す反応を知りつくしているようで、わたしが平然と自慰をする 
女だと決めこんでおり、素肌にエプロンという格好や全裸での食事を特に異常とも考えておらず、 
ごく自然に肛門性交を知識としていて、ごく自然に肛門性交と失禁を関係づけられた──といった 
事どもの背景。 
 それらについて、いまのわたしとリンクは、もう、いささかの隔意もなく語り合える。 
 賢者をめぐる問題についても。 
『あの世界』において、わたしを含めた賢者たちとリンクとの交わりは、ガノンドロフを倒すのに 
必須の事項だった。わたしと賢者たちの力でガノンドロフを封ずるというラウルの計画は破綻した 
けれども、それとは異なった経緯で目標は達成された。必須事項は必須事項として重要性を 
変えなかったのだ。そしてそのことをわたしは──謎めいた形ではあったが──あらかじめ正確に 
予知していた。 
 では、『この世界』においてはどうだったか。 
『この世界』での予知は『あの世界』での予知と同一だった。ゆえに『この世界』のわたしは 
『あの世界』のわたしと同じくリンクと契りを結んだ。それがどんな意味で必須なのかをわたしは 
知らず、リンクもまた──「お告げ」ならぬ『あの世界』での実体験によって──必須と 
信じながら、やはり必須の事由を知ってはいなかったのだが、必須であること自体をわたしは 
露ほども疑わなかった。絶対の確信があった。 
 しかるに…… 
 ガノンドロフ打倒はリンクの剣によって果たされ、わたしも他の賢者たちも、賢者の超自然的な 
力を直接的には全く行使しなかった。『あの世界』では必要だった賢者としての覚醒さえ、 
わたしたちには起こらなかったのだ。 
 一見、予知は大間違いであったかのように思える。 
 しかし、そうではなかった。 
 ──わたしの予知は、はずれたことがない。 
 ガノンドロフ打倒は決してリンクのみの手柄にあらず。王国軍の奮戦がなければ、いかに 
リンク一人が勇者たろうとも、国土はゲルド軍に蹂躙されていただろうし、また、人民すべての 
覚悟と協力がなければ、戦争の継続は不可能だった。  
 
 わけても重要だったのは…… 
 武器の大量供給を可能とした、ゴロン族の鉱工業力。 
 戦費調達に多大な貢献をなした、カカリコ村の経済力。 
 豊富な水産物を食糧として供給し得た、ゾーラ族の漁業力。 
 それらはいかにして培われたか。 
 デスマウンテンでの新鉱脈発見であり、カカリコ村の重要財源である手乗りコッコの誕生を 
促した第二の井水であり、ゾーラの泉での魚類大繁殖であり、そしてそれら各々は、各々の地に 
関わる賢者たち──ダルニア、インパ、ルト──とリンクとの交わりに由来していたのであり、 
そこにはわたしが一種の触媒として関与する要があって、そのためにはわたしとリンクの交わりが 
事前に行われていなければならなかったのだ。 
 わたしやルトやダルニアが、リンクと契り、かつ神殿に足を踏み入れてさえ、おのれの半覚醒を 
自覚せず、ふだんのままに生活できる不思議さを、リンクは、魔王ガノンドロフに対抗するという 
賢者本来の使命を、当面は要求されないので、賢者としての意識や思念が、さしあたり封印されて 
いるのだ、と解釈したそうだが──それはそれで的を射た解釈と思われるが──実のところ、 
リンクが想定もしなかった、迂遠な、けれども着実な方法で、事態は成就に向かっていたのだ。 
(ぼくとゼルダの関係が強まれば強まるほど、世界はいい方に進んでいく) 
 まことに的確なリンクの予感だったといえよう。 
 かくのごとく有意義なリンクと賢者の繋がりは、ナボールにもあって然るべきだ。 
 ガノンドロフは滅び、戦争に耐え抜く努力は、もはや不要となった。彼の魔手から賢者を 
守るというリンクの目的も、すでに対象を失っている。成人した──すなわち時の勇者としての 
力を発揮できるようになった──リンクと交誼を結び続けているわたしや他の賢者たち──敢えて 
交誼の内容を限定しているダルニアを除いて──は、すでに真の覚醒を得ているはずなのに、依然、 
賢者の神秘的な力を意識して行使することはできず、それはこの平和な世界において行使する 
必然性を欠くからに他ならない。 
 しかし、それでもなお『魂の賢者』としての立場にあらねばならないナボールなのだ。 
 リンクとわたしと賢者との三者関係は、ガノンドロフ打倒にのみ作用していたわけではない。 
ダルニアやインパやルトとの交わりは、戦争関連にとどまらない幸福を、各々が関わる地域に 
もたらしている。サリアとの交わりは、対ガノンドロフ戦に寄与するところはなかったが、 
デクの樹のこどもを誕生させ、コキリ族滅亡の危機を排除し、また、デクの樹のこどもが新たに 
築いた結界によって、『あの世界』でのごとき惨事──コキリの森の焼失──は防がれ、結果、 
現在ハイラルは、大森林が産する清浄な空気をふんだんに享受できている。 
 ナボールにも同様の貢献が可能であるはずだ。そしてそれは、いま彼女が苦慮している点にも 
好影響を与えるのではないか。 
 だからわたしはナボールがリンクに対してとるだろう行動を妨害しないし、あまつさえ協同すら 
しようと──いや、しなければならないと──考えているのだ。無論、理屈だけが動機ではない。 
彼女のさっぱりとした性格に惹かれるからでもある。ただ、わたしをからかったことについては、 
ひと言、物申したい気もするのだけれど…… 
 思いが現実へと還るのに合わせて、手にあるものへの関心がよみがえった。 
 ナボールからの贈品。 
『何なのかしら』 
 袋の口を開く。 
「まあ……」 
 驚いた。 
 これをわたしに? なぜ? いったいどんな意味が? 
 ……いや、ナボール本人が言ったとおり、「格別の意味はない」のだ。わたしをまごつかせようと 
する、これもまた彼女のからかいなのだ。こんなもの、王女様のあんたは見たことも聞いたことも 
ないだろう──という。 
 三たび、笑みがゼルダの頬を満たした。 
 おあいにくさま。見たことがあるどころか、使ったことさえある。もっとも、いまのわたしに 
とっては、記憶の中だけでの使用歴だが。 
 ともあれ、ここまでわたしをからかうのなら…… 
『それなりのお返しはさせていただきますわ』 
 ゼルダは構想した。 
 難しい企てではないにせよ、いくつかの準備は必要だった。  
 
 こうと決めたら迅速に行動するのがナボールの主義である。このたびもそれは踏襲された。 
 世話係として付けられた侍女を部屋に呼び、リンクの所在を訊ねる。城内にいることは 
確かめられたが、さらなる仔細を侍女は知らなかった。では、とリンクの部屋の位置を問うに、 
ナボールのいるその場からいくらも離れていない。案内を頼んで赴く。 
 不在だった。 
 捜してまわるか──と、一瞬、思ったが、やめておいた。客として滞在中の場所、しかも 
王城内を、勝手にほっつき歩くのは失礼な所行である。ナボールは自室に戻り、次の機会を待った。 
 そこでなら必ず、と期待していた晩餐の場に、しかし、ナボールはリンクの姿を見つけられ 
なかった。代わりに居並ぶのは──招待主のゼルダの他は──ハイラル王をはじめとする王国の 
重鎮たち。非公式の席ゆえか、彼らも地位を表には出さず、気取りのない物言いに終始したので、 
昼間の謁見では感じたような堅苦しさを、ナボールは免れ得た。のみならず、上等の料理、 
上等の酒、そして、もともと王国寄りの立場とはいえ、かつては敵だった者を、そうまで 
歓待してくれる人々の厚情が、ナボールの心をほぐし、温かくした。 
 けれども目当ての人物に会えない歯がゆさを忘れることはできなかった。 
 宴が果てたのは深夜だった。ナボールはひとりとなって部屋に引き取った。が、そのまま寝る 
気にはなれなかった。再び外の廊下に出、リンクの居室に向けて足を忍ばせる。ほろ酔い加減が 
気分と行いを大胆にさせていた。 
 ドアの前に立つ。ノックする。返事はない。ノブに手をかける。扉が開く。中は真っ暗。 
無人である。 
 不審が湧いた。 
 日付が変わろうかという時刻になっても部屋にいないとは。いったいどこで何をしているのだろう。 
だいたい、あたしが城に来ていることはリンクも知っているはずだ。本来なら向こうから挨拶に 
来ていいところだ。なのに一度も顔を見せない。年下のくせに生意気な── 
『いや……』 
 何か事情があるのかもしれない。恨みがましく思うのはよそう。 
 一人の男に執着しているかのような自分が省みられた。しかし欲情の行き場をなくしたままに 
留め置くつもりもなかった。 
 踵を返しつつ、ナボールは心の中で呟いた。 
『あしたには必ずつかまえてやるからね』 
 
 意気ごむまでもなかった。翌朝、ナボールはゼルダにこう告げられたのだった。 
「今日は別荘にご招待しますわ。リンクも一緒です」 
 しかも、他は往復の道を乳母のインパが付き添うのみで、自分とゼルダとリンクの三人だけが、 
次の日の昼までを自由にそこで過ごすのだという。 
 ナボールは即座に了承した。もっけの幸いである。が、多少の疑問も感じた。 
 話がうますぎる。こっちが目的を果たしやすいようにというゼルダの配意? とすれば 
ずいぶんなサービスのよさだ。そこまで気の練れたこの王女様だったのか? 
 そんな思いも長くは続かなかった。出発の直前になってリンクが現れると、注意はそちらに 
惹かれてしまった。かねてから気に入っているところの快活な笑みや、荒くれのゲルド女とも 
怖じずに話す人懐こい態度が、以前にも増して心に染みた。年下ではあっても、すでに自分よりは 
背が高い、若々しくも壮健な体躯に、改めて「男」を意識させられもした。 
 久方ぶりの顔合わせとあってか、リンクは饒舌だった。ナボールや、かつて知り合った 
仲間たちの現況を聞きたがり、翻っては自身の旅での見聞を語りたがった。応じるナボールも 
多弁になった。別荘にても歓談は尽きず、ためにその場は主として二人が交わす声によって 
占められた。 
 口を閉じている時間が長いゼルダは、しかし、ナボールの見るところ、不興がりも退屈がりも 
していなかった。むしろ傍観者たるを好むふうだった。それのみか、時おり発せられる言葉は、 
うまく話題を操縦し、他の二人の親睦を深めようとするものらしくも思えた。客に心おきなく 
会話させるのが招待主の役割とわきまえてか、あるいはこれも特別な「配意」か──と、またもや 
ナボールは疑問を感じたが、どちらにせよ自分に好都合ではあるので、難しくは考えないことにした。  
 
 ゼルダお勧めの温泉風呂は、潤沢な湯を惜しげもなく流れるままとしていて、水の少ない 
砂漠地方に住むナボールを驚嘆させ、かつ堪能させた。夕食は──これまた驚いたことに── 
王女ゼルダが手ずからこしらえたもので、本職の料理人が腕を振るった前夜の晩餐ほどでは 
ないにせよ、見栄えも味も優に水準を超えており、ナボールの食欲を完全に満たしきった。 
 そうしたもてなしを充分に楽しみつつも、先のことへの待望はナボールの内でふくらむ 
一方だった。ただ、ふくらみすぎるのを抑えてもおかねばならなかった。たとえゼルダの 
「配意」があろうと、さすがにその面前で行動は起こせない。それゆえ、ゼルダが就寝の旨を 
口にした時、まだ夜が更ける頃とはなっていなかったにもかかわらず、ナボールは直ちに賛同した。 
 ゼルダには個人の寝室があり、他の二人にもそれぞれ一室が準備されていた。ナボールは 
いったん自分の部屋に入り、若干の時間を過ごし、何をするにも支障なさそうなのを確かめたのち、 
目的の場所へと歩を運んだ。 
 前日からの欲情が、すでに心身を燃え立たせていた。 
 ゲルド戦役が終結してより、妹分たる『副官』を、昔からのようにもっぱら情交の対象と 
してきたナボールだったが、男と交わったことも何度かはあった。しかし満足はできなかった。 
骨っぽい男を選んだつもりなのに、また、あくまでも温和に交渉を持ちかけているつもりなのに、 
相手はみな、何となく尻込みするふうなのだった。かつてのゲルド流──強姦──が、いまだに 
彼らの先入観となっているらしかった。そんな不首尾ですら、もう数ヶ月も前である。男への 
飢えは耐えがたいまでの域に達していた。 
 リンクほどの男なら、決してあたしをがっかりはさせまい。 
『だけど……』 
 ナボールはおのれを戒めた 
 がっつくのは禁物。以前の男どもが逃げ腰だったのは、温和でいようとしても隠しきれない 
飢えた者の獰猛さを、あたしから感じ取ったせいに違いない。いくらリンクとて、女を知らぬ 
身ならば、多かれ少なかれ当惑するはず。できるだけ優しくしてやらなければ。 
『とはいっても……』 
 剽悍なゲルド女の中でもとりわけ然りと自負するあたしに、優しくとかいった計らいが 
可能だろうか。そもそも、仲間たちにすげない態度をとったリンクが、はたしてあたしを 
受け入れるだろうか。ちょっとは強引に出ねばならないだろうか。 
 ぎりぎりになって湧いた迷いを処理できないまま、ナボールはドアの前に立った。 
 逡巡は、しかし一過性だった。 
 こんなことで悩むなんてあたしらしくもない。やりたいようにやるまでだ。 
 戸を敲く。 
 今度はたちどころに返事があった。 
「あいてるよ」 
 入室する。手を後ろにまわしてドアを閉め、鍵をもかける。秘め事であるからには当然の 
用心である。 
 リンクは何をするでもなくベッドに腰かけていた。にこやかな表情に歓迎の意がうかがわれた。 
それでいて言葉を発しようとはしない。 
 ナボールは奇異に思った。 
 ノックに間髪を容れず答えたことといい、訪問の理由を訊ねもしないことといい、まるで 
あたしが来るのを先読みしていたみたいだ。どういうわけだろう。 
「やあ」 
 とりあえず呼びかけてみるに、 
「やあ」 
 木霊のようである。 
 やけに落ち着いている。どことなく何かを面白がっているふうにも見える。いったいこれは…… 
『かまうもんか』 
 ナボールは疑念を振り払い、端的に言い放った。 
「いいことしてやるよ。どうだい?」  
 
 反問してくるだろうとの予想は、あっさり覆された。リンクは笑みを消さず、 
「うん」 
 と、ただ頷いただけだった。 
 再び疑問符が頭の中を飛び交う。 
 わかった上での肯定か? ほんとうはわかりもしていないのでは? 
『知ったことかい!』 
 どうであれ相手は頷いたのだ。もう引き返せない。 
 ナボールはベッドに近寄った。リンクの前で立ち止まり、素早く衣服を脱ぎ捨てる。 
 わかっているなら、さっさとするにしくはない。わかっていなくとも、女の裸を見れば、若くて 
健康な男のこと、いきおい身体は反応し、その気の一片くらいは起こるだろう。 
 ──との思惑ですべてをさらすナボールに、リンクは動ずる気配を少しも示さなかった。 
おもむろに立ち上がり、ナボールと同じ行動をとった。 
『こいつ……』 
 実は女を知ってやがるな──と、ナボールは悟った。そうでなければ説明できない自然な 
振る舞いである。 
 だったら話は早い。素人を仕込む手間が省けたというものだ。なぜ前は仲間たちを拒んだのか、 
なぜいまはあたしを拒まないのか、そのあたりは不可解だが、いや、そんなことはどうでもいい。 
尻込みしないのは大いに結構。リンクがこの調子なら、とりたてて優しくせずとも問題はなかろう。 
身体の方も、思ったとおり…… 
 ナボールは口中に溜まった唾液を飲みこんだ。眼前に立つリンクの裸身は男の逞しさをみごとに 
具現していた。なかんずくそれは、恥ずかしげもなく露呈された屹立に顕著だった。激しい 
うずきがナボールの股間を襲った。 
 リンクの左腕が動きを見せた。ナボールはどきりとした。思わず声を出してしまう。 
「寝なよ」 
 差し伸べんとする手をかわすかのごとき言に、瞬時、リンクは戸惑う様子だったが、すぐと 
表情に笑みを戻し、わずかに肩をすくめると、その長身をベッドに移動させ、仰臥の体勢をとった。 
 ナボールもベッドに乗った。リンクにうち跨がり、硬直した肉柱を手に取り、いざ、それを 
おのれの内に呑みこもうとした時── 
 リンクが口を開いた。 
「いきなり挿れるの?」 
 腰を折られたように感じた。返しは自ずとつっけんどんになった。 
「悪いかい?」 
 いちゃもんをつけられるいわれはない。男とやる時はいつもこうだ。こっちの準備も万端。 
陰部はとうから潤っている。 
「あ、いや……君がいいなら、いいんだけれど……」 
『はぁ?』 
 奥歯にものが挟まったようなこの言い方は何だ? 「君」呼ばわりも──前からのことであって、 
それを別にどうとも思ってはこなかったが──いまに限ってはいささか癪に障る。年下のくせに…… 
 胸のもやつきを、しかしナボールは強いて無視した。いや増す股間のうずきをいかに処理するか 
の方が先決だった。  
 
 手で支えた勃起の先端を陰孔に導き、続けて一気に腰を沈みこませる。 
「うッ! んんッ!……んんんッ……ん……ッ!」 
 骨盤部内で弾けた衝撃が脳天に向かって駆け上がった。久々に味わう充実感が意識を甘く 
かすませた。 
 のけぞり気味に全身を固め、四肢の末端にまで広がり散る愉悦をうっとりと受納する。 
 生の肉棒ならではの快美にして、過去に得たいずれのそれをも上まわる心地よさ。 
 ──なのに、 
『いいや……まだまだ……』 
 と思ってしまう。 
 強欲なおのれをたしなめもせず、ナボールは運動を開始した。 
 身体を浮かせては沈めて、浮かせては沈めて、膣粘膜の摩擦が生み出す快感をひたすら貪り、 
時には沈めっぱなしにして満杯の程合いに随喜し、腰をひねりまわして局部表層にも摩擦の恵みを 
分け与え、また元に戻って上に下にを何度も何度も繰り返すうち、頂点を求める気持ちは急速に 
高まって、高まって、運動も併せて速度を増し、勢いを増し、あとひと息でそこに到達できるという 
限界線を越えようとして── 
 からくも思いとどまった。 
 すぐに終わってはもったいない。この一物、長さや太さは人並みだが、硬さの点ではなかなかだ。 
もっとじっくり楽しんでやろう。 
 休みを入れる。ふと下を見る。 
 リンクの顔がゆがんでいた。 
『あ……』 
 我に返る。 
 痛い目に遭わせてしまったか。経験者なら特段の優しさは不要といっても、ちょっとは 
手加減すべきだったか。まずい。ここで怯まれたらせっかく捕まえた具合のいい棹が──と、 
それのことばかり考えるのがそもそもよくない。棹の持ち主にも留意しなければ。 
「あー……その……荒っぽすぎたかい?」 
 おずおずと訊くに、 
「いや、別に」 
 案外、泰然としたリンクである。 
「ほんとか? 苦しかったら遠慮せずにそう言いな」 
「大丈夫さ。少しくらい乱暴な方が君らしくていいよ」 
 ほっとした。と同時に胸が熱くなった。男に「君らしくていい」などと言われたことはかつて 
一度もなかった。ただ、まるであたしとつるんだ前歴があるみたいな口ぶりじゃないかと 
不思議にも思われ、年下の若造がかくも余裕綽々であるのに幾分かの反発も覚え、その若造に 
好評価されて喜ぶ自分を恥ずかしくも感じた。 
 ともかく──と、諸々の想念を脇に置く。 
 それならもう気にかけない。顔のゆがみは快さゆえでもあったのだろう。手加減抜きでやらせて 
もらおうか。 
 躍動の再開は、しかし遮られた。 
「だけど……」 
 言いつつリンクが左手を伸ばしてきた。どきりとした。ベッド脇で同じことをされそうに 
なったのが思い起こされた。その際は咄嗟に言葉で逃れたのだったが、交接中のいまは回避の 
手段がない。  
 
 右の乳房に触れられる。 
 喘ぎが唇を割って出た。目蓋は固く綴じ合わさった。ともに我知らずのうちの所作だった。 
 左の乳房にも触れかかるものがあった。もう一方の手だと認識するいとまもなく、二つの手は 
同期して活動し始めた。初めは全体を包みこむように。次いではやんわりとした圧迫を断続させて。 
さらには乳首を細かい探りの対象として。 
(いきなり挿れるの?) 
 というリンクの言が脳裏によみがえった。 
 こんなふうにするのもいいんじゃない?──と、改めて言われているような気がした。 
 確かによかった。 
 尋常でなくよかった。 
 やがて二つの手は胸部を離れ、腹へ、腰へ、腕へ、脚へと移動していったが、さして鋭敏な 
地帯でもないはずのそれらさえ、性器や乳房にも劣らぬ性感帯と思えてしまうほど、そうされて 
生じる快味は著しかった。 
 女同士のまぐわいでなら普通に施し施される愛撫を、男とはほとんど交わしたことがない 
ナボールだった。気まぐれから男に胸などを触らせた経験はあったにしても、女の手による 
それには趣の点でとうてい及ばずと結論していた。膣を充たすだけならともかく、女が皮膚全般の 
触覚から悦びを得るについては、同じ女こそが最も効果的な方法をわきまえているのである。 
ゆえに、おのれの素肌を男の自由にさせようとは断じてせず、このたびもリンクが示しかけた 
その意をいったんは拒絶したのだった。 
『なのに……』 
 どうしてあたしは、いま、こんなふうに、リンクが身体を撫でまわすのを許しているのだろう。 
いくら回避ができない体勢とはいっても、いやなら手を振り払うことだって簡単にできるじゃないか。 
 どうしてあたしは、いま、こんなにも、リンクに身体を撫でまわされて気持ちがいいのだろう。 
下手ではないにせよ、女がする繊細ないとおしみに比べたら、はるかに粗っぽい触り方じゃないか。 
『もしか……して……』 
 実はこういうありようをあたしは望んでいた? 強姦される男がびくつきながら行うおざなりの 
愛撫なんかではなく、相手がゲルド女だろうが何だろうが自分を見失ったり飾ったりせず堂々と 
まっすぐに真情を突きつけてくる男らしい男の手に身を任せたいと? だとしたら…… 
「あッ!」 
 口が勝手に叫びを吐いた。出し抜けに股間を突き上げられたのだった。それは一度にとどまらず、 
短い周期で連続した。 
「あッ! あッ! あッ! あッ!」 
 リンクの腰の激しい上下動に合わせ、意図せぬままに叫びも連なってゆく。 
 快感が急膨張した。ひとたび遠のいた限界線が再び間近に迫る。今度は引き返せそうになかった。 
引き返したいとも思わなかった。ナボールは自らも激しく腰を上下させた。強さを増した秘部の 
衝突がいよいよ知覚を暴走させた。加えて、乳房に回帰したリンクの両手が、固まりきった 
その突先に刺激を集中させてきた。快感は二重となり、三重となり、ついには無限の重なりと 
なって、怒濤のようにナボールを呑みこみ、翻弄し、押し流した。思考は飛び散った。輝かしい 
歓喜のみがナボールの脳内で炸裂した。  
 
 体力も知力も尽きてはいなかった。騎乗位で交わる間、直立させ続けていた上体が、ふらりと 
前方へ倒れそうになるのを、ベッドに両手をついて止めるだけの余裕はあったし、自分がちゃんと 
そうできていると意識もしていた。が、絶頂を過ぎても歓喜はいっこうに薄らがない、おのれの 
常ならぬありさまを、少しもおかしいと感じないくらいに、頭の働きは鈍っていた。かなりの 
時間を経て、なぜなのか、と疑問が湧き、さらに遅れて、ようやく理由に思い当たった。 
 依然として膣には甘美な充実感が凝縮している。リンクは硬度を保っている。つまりリンクは 
まだ達していない。だからあたしは至福の境地をなおも期待できるわけで、それが嬉しくて 
たまらないということなのだ。 
 ナボールはベッドから両手を浮かせ、前のめり気味となっていた上体を直立に戻し、再度、 
腰の運動に勤しもうとした。できる限り歓喜を長引かせたかった。 
 しかし思惑どおりとはならなかった。いきなりリンクが上半身を起こしてきたのだった。 
勢いに押され、今度は後方へと倒れそうになる。防ぐ方法は一つしかない。ナボールはリンクに 
しがみついた。応じるようにリンクの両腕がナボールの胴を包んだ。けれどもそれは転倒の 
阻止だけを目的としたものではなさそうだった。背の表面を手が緩やかにすべる感触があった。 
姿勢を変えても愛撫は忘れないリンクなのである。 
 胴を拘束された形になっているので、腰を上下に動かせない。なのに嬉しさにはわずかな 
瑕瑾もない。男の愛撫を受けるだけでなく、その腕に抱かれ、その胸板に乳房を圧されるという 
斬新な体験が、ナボールを陶然とさせていた。ただ、それほど嬉しいのは同時に性器を貫かれて 
いるからこそではあり、ゆえに、そこへの刺激を欲する気持ちが弱まることはなかった。嬉しさの 
上の嬉しさが求められてしまうのだった。 
 リンクがささやいた。 
「髪を解いて」 
 ナボールは頷いた。何のためかは量りかねたが、質しはしなかった。相変わらず思考は鈍麻して 
いた。 
 髪は後頭部で装具に束ねられている。そこに手をやる。装具をはずす。 
 直後、身体が後ろに急傾斜した。再びリンクにすがろうとするも、手は塞がっている。どうにか 
装具を放り出した時には、もう頭と背がベッドに落ちていた。このたびのリンクは体勢の保持を 
助けてくれず、逆にナボールを組み敷こうとしているのだった。 
 他の男にそうされたのなら、手にした装具を投げつけ、顔面に拳を叩きこみ、腹を蹴り上げる 
くらいのことはしていただろう。セックスを覚えたての頃に仲間の女から手ほどきを受けた 
折りを除けばもっぱら攻め役、とりわけ男とまぐわう場合は常に女が上になる体位で主導権を 
握り続けてきたナボールとしては、である。そんな攻撃性を、しかし、リンクに向ける気には 
微塵もなれない。ああ、あたしが仰向けになりやすいように髪を解けと言ったんだな、よく 
気がつく奴だな、優しいんだな──等々、好意的な感想ばかりが頭に浮かんでくる。のしかかって 
くる重みに感動すら覚える。リンクの顔が眼前に迫り、何をしたがっているかが知れてさすがに 
たじろいだが、「キスしてもいい?」とかいった軟弱な台詞は抜きで、是が非でもそうしてやるとの 
意志をあらわにした眼差しに捉えられてしまうと、とても拒絶はできなかった。 
 男に唇を明け渡す。生まれて初めての体験。 
 ナボールの胸は打ち震えた。希求していた抽送をリンクが開始すると、感激はますます強まった。 
ナボールは自らも腰を振り、夢中でリンクの口を吸った。抽送は次第に勢いを増した。無数の 
絶頂にナボールは見舞われ、神経は快感以外の感覚を伝えなくなった。ついには迎え腰を使う力も 
失った。猛烈な突進を一方的に食らうことしかできない。ゲルド女にあるまじき醜態である。が、 
ナボールにとってそれは恥でも何でもなく、むしろ幸福の極致だった。 
 リンクの抽送速度が一段と上がった。最後まで突っ走る気のようだった。ナボールはおのれの 
身の上で躍動する逞しい肉体をかき抱き、膣内で暴れ狂うものが征服の証を吐き出す瞬間を 
待ち望んだ。 
 やがて願いはかなえられた。  

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