「ねえ、シークに会ってみたくない?」
旅を終えてハイラル城に戻った時の通例で、ゼルダに数々の土産話を披露していたリンクは、
その間、相手がどことなくそわそわしていることに気づいていた。先方も何かを伝えたがって
いるようである。そこで早めに話を切り上げ、今度は聞き役にまわるよ、という姿勢を作って
みせたのだったが、待ちかねていたといった調子でゼルダが発した問いかけには、少なからず
当惑させられた。
シーク。
『この世界』では、ぼくとゼルダのみが知る名前。いまはゼルダの部屋でぼくたち二人だけが
テーブルについていて──昼間だから二人だけでもけしからぬ振る舞いはすまいと判断したのか、
インパも割りこんではきていない──シークの名を出しても一向にかまわないのだが、それに
しても……
問い返す。
「どういう意味?」
ゼルダは熱のこもった口調を変えなかった。
「言葉どおりの意味よ。いま、シークが『この世界』に現れたとしたら、どんな風貌になって
いるのか、興味が湧かない? 会ってみたいと思わない?」
「そう言われたら……」
『あの世界』で行動をともにしたシークは、ぼくと同じく十六歳だった。いまなら十八歳。
年齢以上に大人びた青年だったけれども、二年を経ればその度合いはさらに増しているかも
しれない。それやこれやを考えてみると……
「見てみたい気はするね」
「でしょう?」
我が意を得たりといったふうに、満面を笑みとするゼルダ。
しかしリンクは疑問を抱かずにはいられなかった。
「でも、なぜ急にそんなことを言い出すんだい?」
ゼルダは真面目な顔となり、短い返事を口にした。
「ラウルの件よ」
直接の答ではないにしても、これでわかるでしょう?──と言いたげである。
確かに推断はできた。
ラウル。『光の賢者』にして、肉体を持たぬ精神生命体。『あの世界』では、ラウルの精神が
ゼルダの肉体に宿って、シークという、ラウルともゼルダとも異なる一個の人間が具現化した。
つまり、いま、『この世界』にシークが現れるということは……
リンクの思考をよそに、ゼルダは言葉を継いでゆく。
「『あの世界』では、ガノンドロフを倒すために、賢者の覚醒が必要だったわね?」
「うん」
「『この世界』でも、細かい点での違いはあれ、やっぱり同じ目的で、賢者は覚醒、あるいは
半覚醒する必要があったわけだわね?」
「そのとおり」
「だけど『この世界』では、いまだにラウルは覚醒していない。これはおかしいんじゃないかしら」
「覚醒する必要がないからだろう? もうガノンドロフはこの世にいないんだよ」
「賢者の覚醒はガノンドロフ打倒だけがその成果ではないわ。賢者が関わる地域に、ひいては
ハイラル全土に、何らかの幸福なり利益なりをもたらしたでしょう? ナボールがいい例よ。
彼女が覚醒したのはガノンドロフの死後だったけれど、結果として『新世界』が発見されて、
そことの通商に携わることでゲルド族は自分たちの存在価値を見いだせたし、それにハイラルも
『新世界』も、この先、交流が深まるにつれて、お互い、ますます発展してゆくでしょうし」
「ラウルの覚醒も、似たような幸福なり利益なりをもたらすはずだ、と?」
「ええ」
「でも、覚醒が必要だったら、ラウルの方から接触してくるんじゃないかな」
「ラウルは知らないのかもしれないわ。賢者の覚醒が生むガノンドロフ打倒以外の利点について」
直ちには合点がいかなかった。
そんなに迂闊なラウルだろうか。『あの世界』の彼は、諸事、はなはだ用意周到だったが。
『いや、しかし……』
ガノンドロフ封印という『あの世界』での彼の計画は、最後の場面で破綻した。ラウルとて
万能ではないのだ。ゼルダの説にも一理はある。
「だとしたら、どうする?」
「わたしからラウルに訊いてみようと思うの」
「訊く? どうやって?」
「時の神殿で、祈りを通じて呼びかけるわ」
「ああ、そうか」
『あの世界』では、南の荒野で予兆の星に向けて祈りを捧げるゼルダに、ラウルが「啓示」を
与えたという。それを踏襲しようとしているのだ。祈りの場が時の神殿なら、なお効果的だろう。
時の神殿の地下には光の神殿があって、そこにラウルはいるのだから。
なるほど、妥当な案……だが……
「だけど、そうやって、仮にラウルが覚醒に同意して、君に宿って、シークがそこに現れたら、
いろいろと厄介だよ」
「何が?」
「君が時の神殿に行くとすれば、当然、インパや護衛の兵士たちが一緒だろう?」
「そうね」
「みんなの前で君がシークになったりしたら……いや、神殿には君ひとりが入るとしてもさ、
出てくる時はシークなんだから、どっちにしろ間違いなく大騒ぎになる」
ゼルダは動じなかった。
「もちろん、その場でシークに、なんて馬鹿な真似はしないわ。ラウルもわきまえているでしょうし、
たぶん、まわりに人がいない適当な時を選んで、という段取りになるわね」
「そうだとしても、君がシークでいる間、王女ゼルダは行方不明なわけで、やっぱり大騒ぎは
避けられないかと……」
「騒がれるほど長い不在にはしないつもりよ。せいぜい一日。別荘にでも行っていれば、誰にも
気づかれないうちに事を終えられるわ」
あらかじめ考え抜いていたようである。さすが知恵者と感心せざるを得ない。もっとも、
「まだ問題はあるよ。シークになれば、君はゼルダとしての記憶をなくしてしまうじゃないか。
ぼくが事情を説明してやるにしても、短い時間で、君は──つまりシークは──はたして状況を
理解できるかどうか……」
「ラウルが取り計らってくれるでしょうよ。わたしの──つまりゼルダの──記憶を持ったままで
いられるように頼めば」
との弁には、それはちょっと手前勝手な要望じゃないか、と懐疑させられ、さらに、
「じゃあ、そこはうまくいったとして……ラウルを覚醒させようとするなら、ぼくとシークが
契りを結ぶことになるんだろうけれど、『この世界』では、ぼくと賢者だけじゃなくて、君もそこに
加わらなきゃならないだろう? 君は同時にゼルダとシークの二人ではいられないんだから、
契りが成り立たないよ」
「それもラウル次第でどうにかなるんじゃないかしら」
と聞いて、不思議な感をも心に抱いた。
そこがいちばん肝腎な点なのに、ゼルダはあっさりと流してしまった。なぜ?
この話を持ち出してきた時のゼルダは、やけに熱心で、楽しげだった。なぜ?
ラウルの覚醒よりシークになることの方が主眼だとでも?
ならばその目的は?
『まあ、いいか』
ラウルがゼルダの祈りに応えるとは限らない。応えたら応えたで、ゼルダに真意を質す機会は、
まだいくらでもある。せっかく乗り気でいるところに、わざわざ水を差すこともあるまい。ここは
思うとおりにさせてやろう……
ゼルダが時の神殿に赴くとなったのは翌々日の昼である。リンクは護衛役の一員として行を
ともにした。
聖地への入口とされる時の神殿は、ハイラル王家にとって非常に大切な場所であり、かねてから
ゼルダは折々の参拝を習慣としていた。ゆえにであろう、リンクの見るところ、城内の人々は
こたびの挙を恒例行事の一つとしか受け取っておらず、同行のインパや兵士らにも不審の色は
うかがえなかった。ゼルダ本人もまた、いたって自然に振る舞っていた。実は単なる恒例に
あらざることを誰にも気づかれてはならない、と、当初、リンクは神経を尖らせていたのだったが、
そんな懸念も不要のようで、目的地に着く頃には心を落ち着かせられていた。ひとり神殿に
入ってゆくゼルダを見送る際も、中で変身が生じることはないと信じられていたので、祈りが
聞き届けられるかどうかが気になりこそすれ、不安は湧かなかった。
ところが……
他の面々とともに神殿の外でゼルダを待つ時間は、予想を超えて長くなった。ラウルになかなか
接触できないのだろうか、接触はできたけれども意を伝えるのに手間取っているのだろうか、
などと考えるうちにも、時は刻々と過ぎる。さすがに心穏やかではいられなくなってくる。やがて
インパが、
「遅すぎる」
と呟き、それは兵士たちにも共通する思いだったらしく、戸惑いを表す言葉がひそひそと
ささやかれ始め、たちまち合意ができあがった。
「ゼルダ様に何かあったのでは?」
「ご様子を見に行った方がいい」
頷いたインパが、神殿の入口に歩み近づく。
が、すぐにその足は止まった。
ゼルダが姿を現したのだった。
ほうっ──と、兵士らが放慮の吐息を重ね、リンクも合わせて口から小さく息を漏らした。
しかし安堵は続かなかった。
「どうかなさいましたか?」
インパの気遣わしげな声に注意を惹かれ、問われたゼルダに目をやると、表情がこわばっている。
顔色も悪い。
「いいえ、どうもしないわ」
文字にすれば何気なさそうな答だが、どこかわざとらしい平板な音調。
おかしい。明らかに。
自らも問おうとして、ゼルダと正対しているインパの横まで、リンクは進み出た。
言葉が出なかった。
ゼルダが向けてきた眼差しに驚かされたのだった。
そんなふうに見られたことはかつて一度もなかったと断言できる異様な目つき。
刹那ののち、ゼルダはインパに視線を戻し、
「帰りましょう」
と、感情のうかがえない──あるいは感情を押し殺したような──声で言い、ゆっくりとした
足どりで歩き始めた。インパは困惑を面に表出させつつも、黙ってそのあとに従い、リンクと
兵士たちも所定の護衛位置について歩調を揃えた。
ゼルダにひと言も話しかけられなかったことは、リンクにとって意想外ではなかった。ラウルや
シークの名が出てくるような会話を人前で交わすわけにはいかない。二人きりになってから
心おきなくすればよいのである。しかし、ゼルダの態度、とりわけ不可思議な目つきは、リンクの
胸を騒がせた。
ラウルとの接触が不首尾に終わったのだろうか。
そのように思われる。
だが、あの目に秘められていたものは?
失望?
いや、違う。あれは……
「怯え」だった。
ゼルダがぼくに怯える? どうして?
理解しがたい。けれどもそうとしか考えられない……
心の揺れるおのれに言い聞かせる。
ゼルダと細かい話ができない以上、いま、あれこれ忖度しても無意味。城に帰ったらゼルダも
語ってくれるだろう。それまでの大して長くもない時間を、ちょっと辛抱すればいいだけだ……
思惑どおりにはならなかった。
帰城しても、ゼルダはリンクに言葉の一つさえかけようとせず、まるで逃げるように自室へと
消えてしまった。まことにもって合点がいかないリンクだったが、人目のある中で無理にゼルダを
追うのもためらわれたので、いったん自分の部屋に退き、間をおいてから改めて対面を図ることに
した。
会わぬままで終わるはずはなかった。時の神殿より戻ったのちは別荘に行く手筈となっており
──ゼルダがシークに変じても問題が生じない場所はそこだけだから、ラウルにもその線で
同意してもらう、と事前に取り決めていた──それについて何らかの談じ合いは必要なのである。
が、またも機会は失われた。ゼルダの侍女が来室し、別荘行きは中止する、という主人の意を
伝えてよこしたのだった。
一点だけは明らかになった。別荘へ行かないということは、別荘へ行く意味がなくなったという
ことであり、ゼルダはシークに変身しないということであり、すなわちラウルは──推測した
ように──ゼルダの祈りを聞き入れなかったのである。
シークとの契りは『あの世界』でも経験していて、必要ならば『この世界』でもそうするに
決してやぶさかではなかったのだが、男同士の触れ合いに二の足を踏む気持ちもあるにはあった
ので、実のところ、心の一部では緊張が解けた。
けれども、それを打ち消して余りあるのが疑念だった。
ゼルダはどうして侍女を介在させたのか。どうして直接ぼくに話さないのか。どうしてぼくを
避けるのか。ゼルダの機嫌を損ねるようなことをぼくがしでかしたというのか。かつて賢者との
契りの必要性を告げた時、マロンとの交際がばれた時、ゼルダは同様の振る舞いをした。しかし
今回は違う。ぼくに覚えはない。露ほども。
『こうなったら……』
侍女に言う。
「ゼルダに会いたい。部屋にいるんだよね?」
「それが……姫様はしばらくおひとりで過ごされたいとのことで、どなたもお部屋にご案内しない
よう、私は承っておりまして……」
であれば、むやみには動けない。不本意ながら。
侍女を下がらせ、考えてみる。
どうやらゼルダはぼくだけを避けているのではないらしい。その点では疑念が減った。だが、
依然、謎は多い。何がゼルダの挙動をこうも奇妙にさせているのか。時の神殿で何があったのか。
あの目つきの意味は何なのか。
わからない。
察しの悪いぼくだから?
ならば察しのよさそうな人に訊ねるか。
部屋を出、インパを捕まえてみるに、
「わからん」
と、やはりお手上げの様子だった。
「お身体の具合が悪いのかと思ったが、違うとおっしゃる。侍医など絶対に呼ばぬよう、ともな。
いったいどうなさったというのか……」
聞けば、面会謝絶はインパや侍女までをも対象とはしていないものの、ほんとうはそうしたい
ふうのゼルダで、できる会話もごく短時間に限られるという。
「いずれにせよ、ただの気鬱ではあるまい。おそらく何かを熟慮されているのだ」
「何かって、何?」
「それが知れれば苦労はないな」
「じゃあ、ぼくたちにできることはある?」
「いや、芯のお強いお方だから、ご自分で少なくともある程度の方向性を見つけようとなさるだろう。
もし我々の助けがご入用なら、その旨、ご沙汰があるはずだ。当面はそっとしておこう」
ゼルダをよく知るインパの言である。リンクは従うことにした。適切な方針と首肯もできた。
もっとも、ゼルダの心の内がうかがえないという点で、釈然としない気持ちは、なお胸によどんで
いたのではあったが。
ゼルダの「ご沙汰」はなかなか下らなかった。姿を見る機会もない。インパによれば、食事は
自室ですませ、着替えや入浴の際も侍女の世話を断っているとのこと。よほどの「熟慮」である
らしい。増す一方の焦燥に、リンクはかろうじて耐えた。
一日が過ぎ、二日が過ぎた。
三日目の夕方になって、我慢が限界にきた。
熟慮するにもほどがある。いつまでこっちを蚊帳の外に置くつもりなのか。だいたいゼルダは
──あの賢さなら──自分のおかしな行いがぼくをやきもきさせていると簡単に推し量れるはずで、
にもかかわらずぼくをずっと放っておくというのはどう考えても不当な扱い。シークの件は
ゼルダが立てた計画ではあるが、ぼくも相談を受けたのだ。それがいかなる結果になったのかを
──おおかた想像できてはいるけれど──きちんとぼくに報告すべきだろう。なのにゼルダと
きたら……
だんだん腹が立ってきた。もはや「ご沙汰」を待ってはいられなかった。
ゼルダの部屋に行く。
ドアをノックする。
返事はない。
名前を呼ぶ。
無反応。
ノブに手をかける。
鍵がかかっている。
面会謝絶ゆえ当然ではある。しかし理屈抜きで腹立ちは倍加した。ゼルダはぼくを眼中に入れて
いない。そのように印象された。
ノックを繰り返す。呼びかけを重ねる。
蟄居を決めこんでいる相手であれば、そうしても即効は期待できない。事実、一向に応答は
なかった。それでも実りを得るまで続けるつもりだった。
戸を打つ音と呼名の声を次第に大きくする。あたりを憚る気もなかった。不穏な空気を察知した
らしく、駆けつけてきたインパと侍女が、
「おい、やめろ」
「おやめください」
と口々に制止するのも無視し去った。ただ、その制止ぶりは、腕ずくでも、といった必死さに
欠け、やはりゼルダの本意を知りたいはずの二人だけに、リンクが尖兵になるのもあながち
悪くはない、と内心では思っているようでもあり、ために厚かましい行為を押し通せたのだった。
やがて努力は報われた。
解錠の音がし、ドアが半ばほど開いた。
久しぶりで──と、中三日に過ぎないのに、そう感じられた──顔を合わせたゼルダに、
気の急くまま要求する。
「話があるんだ」
黙然と佇むゼルダだったが、ほどなく、
「入って」
と小声で言い、身体を引いて、ドアの開きを大きくした。
入室を許されたのはリンクひとりだった。好待遇である。腹立ちは緩んだ。しかしインパと
侍女を廊下に置いて戸が閉められ、二人のみの場面になると、まだまだ楽観できないことが
わかった。
ゼルダの眼差しは何となく不安げで、あの「怯え」の色合いを残している。表情は若干やつれた
ように見える。そんなありさまを隠そうとしてか、なるたけ顔をそむけたがっているふうでもある。
口をきこうともしない。三日も会わずにいてごめんなさい、といったたぐいの発言を──別に
謝って欲しいわけではないが──予想していたのに。招き入れたぼくを立たせたきりで、自身も
立ちつくすばかりで、椅子を勧めてくれないのも変だ。ふだんのゼルダなら必ずそういう種類の
気遣いをするはず。
つまりゼルダは決してぼくを歓迎してはいない。室外でうるさくするぼくに根負けして扉を
開いただけだ。できる限り対話の時間を削りたがっているのだ。
だが、その思惑には乗れない。
「訊きたいんだけれど」
腹立ちがぶり返していた。つんけんした物言いになるのを自制する気もなく、リンクは懸案を
口から吐き出した。
「時の神殿に行ってからこっち、部屋に閉じこもっているのは、どうしてなんだ? 教えて
くれたっていいだろう? それともぼくに話すことは何もないとか思ってる? だとしたら
ずいぶん薄情だよ」
ゼルダはうつむき、しばし沈黙を維持したのち、
「……そうね」
と呟き、
「やっぱり、話さないと、納得できないわよね……」
独り言のようにあとを続け、次いで顔を上げると、にわかに口調をひたむきにした。
「でも、お願い。もうちょっと待ってちょうだい。まだ気持ちの整理がつかないの」
ほんとうは話したくないのだけれど、という内心が透けて見えた。この期に及んで引き延ばす
つもりか、と思われもした。が、それを言葉にはできなかった。ゼルダの顔貌には切羽詰まった
気配がみなぎっており、悪意をもっての韜晦ではないと信じられたのだった。
ただ、一点のみは明確にしておきたかった。
「いつまで待てばいい?」
「明日の朝、別荘に行って、そこで話すわ」
一晩の延期なら許容できる。
「わかった」
感謝を表現するようにゼルダは頷き、やや表情と口ぶりを和らげた。
「インパに手配を頼んでくれる?」
暗に退室を促しているのだと察せられた。逆らおうとは思わなかった。腹立ちはおさまっていた。
リンクは肯定の返事を繰り返した。
廊下に出る。インパと侍女が待っていた。ゼルダの言を伝える。インパは手配の具体的項目を
いくつか侍女に指示してその場を去らせ、しかるのち、リンクに語りを向けてきた。
「別荘へは私も一緒に行くが、ゼルダ様はお前にしか胸の内を明かされんだろう。向こうに
着いたら私はいつものように席をはずすから、ゼルダ様のご言い分をよく聞いておいてくれ。
この三日で政務に滞りが生じ始めている。そろそろ解決しておかんとまずい。頼んだぞ」
政治に影響が及ぶとなると責任重大である。しかしそれにも増して心を揺すぶるのは、本来なら
仕事をおろそかになどするはずのない、厳しいほどの責任感を持つゼルダが、にもかかわらず、
おろそかにせざるを得ないくらい深刻な悩みを抱えているのだ、という実感だった。
緊張せずにはいられなかった。
翌朝もゼルダは寡黙だった。城を発つにあたって対顔した際、通り一遍の挨拶をよこした
だけである。そばにインパがいるからだろうし、そもそも話は別荘ですることになっているの
だから別にかまわない、とリンクは自身を説得したが、ゼルダの心の重さを透見してしまった
ような感じもし、改めて緊張を意識した。
他にも気になることがあった。
ゼルダの歩みが遅い。何とはなしに腰が引けている。時の神殿からの帰路でもそうだった。
といって、足を怪我しているわけでもなさそう。どうしたのか。「悩み」と何か関係があるのか。
解き明かせないまま、別荘に着いた。前言を守ってインパは同席を自粛し、リンクとゼルダだけが
客間に残された。
部屋の中央に、丈の低い長方形のテーブルを挟む形で、横長のソファが一脚ずつ置かれている。
ゼルダがその一方に腰を下ろした。リンクもすわろうとしたが、どこにすわるかで迷った。
いつもなら躊躇なくゼルダの隣に坐す。もちろんゼルダもそれを拒まないし、そうして
欲しいとの意向を仕草や言葉で示しもする。ところが、いまはそんな親しげな雰囲気が微塵も
感じられない。
やむなく空いた席に腰かける。テーブルを隔ててゼルダと対座する位置である。
引き続き無言だったゼルダも、正面から向き合ったらそうもしていられないと覚悟したのか、
まっすぐにリンクを見、口を開いた。
「話すわ」
直截な切り出し方だった。
気持ちの整理がついたということなのだろう。いいとも、望むところだ。そのためにここへ
来たのだ。
──と思いながらも、どこか尋常ならざるゼルダの物腰にリンクはたじろぎ、応答は頷きだけと
なった。
果たしてゼルダは何を告げようとしている?
「わたし、あなたと、いままでのようにはつき合えなくなったの」
一瞬、頭の中が真っ白になり、そして思考が暴走した。
「ぼくのことが嫌いになったのかい?」
と、気づけば口走っていた。
いままでのようなつき合いとは、すなわち恋人同士の関係。それを保てないと言うのであれば
──こちらの想いが不変である以上──相手の方が想いを捨てたとしか解釈できない。
ところがゼルダは、さも心外そうに目を見張り、
「違うわ!」
と声を大にし、次に感情の溢出を恥じるがごとく視線を落とし、平静な──というより強いて
平静を装うふうな──声に戻って、ゆっくりと言葉を刻んだ。
「そうじゃなくて……わたし、もう、あなたに、愛してもらえなくなったのよ」
混乱した。
「熟慮」の末に練り上げた言いまわしなのだろうが、聞く側はさっぱり意味をとれない。
まわりくどい。もっと素直に話せないものか。とにかく、ゼルダが心を移したという解釈が
間違いであるのなら……
確かめる。
「ぼくに対する君の気持ちには変わりがないんだね?」
「ええ」
ほっとする。が、それも束の間。
「でも……」
と、ゼルダは語を継ぐ。逆接の接続詞。不気味である。
「気持ちには……変わりないけれど……」
「じゃあ、他に変わったものがあるの?」
「ええ」
「何?」
「……身体」
「身体? どんなふうに?」
ゼルダは沈黙に戻り、ややあって、目を伏せたまま、かぼそいまでに声を小さくした。
「わたし、女じゃなくなったの」
ますます混乱する。
「何を言ってるんだ? どう見たって君は女じゃないか」
「見えない所のことよ」
「見えない所? どこ?」
またもゼルダは沈黙する。話す気になったにしては妙に逡巡しがちな──と怪訝な思いが
湧きかけたが、多少の間を挟んで示された答は、リンクの脳から余事を吹き飛ばした。
ゼルダは、
「……ここ」
危うく聞き逃しそうなほどのささやきに合わせて、服の上から股部に右手を置いたのだった。
相手の沈黙をどうこう言えないくらいの長時間、リンクはぽかんと口をあけたままでいた。
頭の中をさまざまな思念が飛び交い、しかし何一つとして音声にならない。
ようやく発せられたのは、単語の不格好な継ぎ合わせだけだった。
「ここって……そこ?」
「ええ」
「あれ……の、こと?」
「ええ」
「そこが、女……じゃ、ない……って?」
「ええ」
とても信じられる話ではない。
が、
「どうして……」
意識せず漏らした呟きに、
「ラウルが……」
と返され、遅まきながら記憶が目覚めた。
そうだった。ラウルと交信するためにゼルダは時の神殿へ行ったんだ。それから様子がおかしく
なった。交信はできなかったのだと思っていたけれど、実は──
「あの時、から……ラウルが、君に……宿ってる、と?」
「ええ」
「確か……なのかい?」」
「感覚でわかるの。『あの世界』でも同じだったから」
「……だけど……シークに、なった、のは……そこ、だけ……って、こと?」
「ええ」
リンクの混乱は続いていた。しかしどうにかこうにか筋道は辿れた。
神殿での変身はゼルダの意図に反している。だが、おそらくラウルは、性器のみの変化なら服を
着ていれば露見の心配なしと判断して──事実、ぼくを含め、誰もそのことに気づかなかった──
別荘行きを待たずゼルダに憑依したのだ。
侍医に診察をさせないのも道理。着替えや入浴の際に侍女の世話を断るのも道理。
他にも。
ゼルダの歩みが緩慢だった理由。長年、女の身であっては、いきなり股間に「異物」が生じれば
──以前にシークとしての生活体験があるとはいえ──歩くのに違和感を覚えて当たり前だ。
「でも……」
なお腑に落ちないこと。
「なんで、そこだけ?」
変身にもいろいろあって、ラウルはその程度を自在に調節できるのだろう。実際、そうなって
いる。けれどもゼルダは「そこだけ」の変化を望んだのではない。全身の男化──「シーク化」
──を望んだのだ。ラウルを覚醒させるためにはそれが必要。『あの世界』ではそうだったし、
『この世界』でもそうに違いない。なのにラウルは何を思って不完全な変身を……
「罰よ」
「え?」
理解できなかった。
「罰って……君への?」
「ええ」
「ラウルが、君に、罰を下した……って?」
「ええ」
「なぜ?」
「わたしがよこしまな気持ちでいたから」
混乱が極まった。そのせいか、かえって滞ることなく言葉が出た。
「よこしまだって? ラウルの覚醒を図るのがどうしてよこしまなんだ? 全然わからないよ」
「そうじゃなくて……わたし……」
逆にゼルダが訥弁となる。
「ラウルの覚醒を……考えていたのは……ほんとうだけれど……実は、他にも……」
「他にも考えが?」
「……ええ」
「何なんだ?」
呼吸をいくつかするほどの間隔をあけて、ゼルダは言った。
「男として、愛したかったの。『あの世界』で、そうしたみたいに」
リンクは絶句した。
男として愛する。その意味はわかった。しかしあまりにも突飛な発想である。ために自身も
突飛な考えを抱いてしまった。
ゼルダがシークとして愛したがっているのは、まさか……
アンジュ? それとも『副官』?
『いや』
アンジュも『副官』も『あの世界』のシークが深く想った相手ではあるが、『この世界』では、
アンジュは夫と、『副官』はナボールと、各々、密な関係を築いている。それを乱そうなどと
ゼルダが企てるはずはない。だいたいゼルダは「シーク化」をせいぜい一日と想定していたのだ。
その程度の期間だとアンジュや『副官』には会うことすらできない。
『とすると……』
胸が大きく動悸を打った。シークが『あの世界』で「愛した」人物は、かの二人にとどまらず、
もう一人いる。それを──間抜けなことに──やっと思い出したのだった。
「……ぼ、ぼくを?」
ゼルダは頷き、告白を続けた。内容が内容だけに、恥ずかしい限りのようで、派手に赤面し、
また、できるだけ露骨な表現を使うまいとの思案もあってか、言葉はいっそう途切れがちになり、
区切りへ到達するまでにかなりの時間を要した。
圧縮すれば、こうである。
──すでに実行し得るあらゆる形の交わりを結んだ『この世界』のわたしとリンクだけれども、
一つだけ、『あの世界』でなら体験できたが『この世界』では不可能という形がある。『あの世界』
でも体験できたのはわたしならぬわたし──シーク──だけで、『この世界』のわたしは想像する
のみの形。しかしやりようによっては実行可能かもしれない。そう思うと矢も盾もたまらなく
なった。張形を用いて擬似的には『この世界』でも経験ずみの交わり方だが、「生」で経験する
機会を追い求めずにはいられなかった。『あの世界』のわたしだけがそれを知っているのは
不公平だと『この世界』のわたしが──二人はもはや統合された一つの人格ではあるが──
意識下で熱烈に言い立てたのだ。そこでラウルの覚醒にかこつけて「シーク化」を画策した。
そんな浅ましいはかりごと──あの時のわたしは欲情に目がくらんで頭がどうにかなって
いたのだといまでは深く省みられる──をラウルは見抜き、わたしの願いを聞き入れた。
広量なのではない。かなえられたのは願いの一部分だけで、実質、それは罰だった。ラウルは
わたしに命じたのだ。今後は男の性器を持つ女として──女ともいえず男ともいえない異形の
者として──生きろ、と……
「で、でもさ」
最後のくだりに引っかかった。
「これっきりってことはないだろう? きちんとラウルに謝れば……」
ゼルダは力なく首を横に振る。
「この三日間、心の中でラウルに謝り続けたけれど、許してはもらえなかったわ」
「だからって、ずっとそのままってわけじゃ……」
「一生、このままよ」
「どうしてわかるんだ?」
「そんな気がしてならないの」
「考えすぎだよ」
「いいえ、わたしがそんな気になるのも、きっとラウルがわたしの精神に干渉しているからだわ。
それがラウルの意思に違いないのよ」
納得できない。が、妄言と否定し去ることもできない。変身は一日程度というゼルダの算段を、
すでにラウルは無視している。この先も無視し続けるのが彼の意思だとしてもあながち
おかしくは──
「リンク」
ゼルダが面を上げた。
「わかったでしょう? だから……」
声を震わせて、顔をゆがめて──
「わたし……もう……」
両の目に潤みをいっぱい溜めて──
「あなたに……愛して……もらえないの……」
その潤みをほろりと溢れ出させて──
「わたしたち……おしまいよ……」
ついには声を上げて泣き崩れる。
ゼルダの涙は何度か見ている。しかしこうまで悲嘆をあらわにしたさまを目にするのは初めて
だった。
胸を衝かれた。
ゼルダの常ならぬありように打たれただけではない。おのれのありようが責められたのである。
女としての根源的な肉体構造を奇形めいた作りに変換されて、ゼルダは──身から出た錆には
違いないにせよ──三日の間、どれほど苦しんだことだろう。その苦しみに思い至れなかった
ぼくの方がよほど「薄情」だ。会えなかったのだから思い至りようがないとはいえるが、
会えなくて腹を立てたのはいかにも狭量だった。三日ほどは部屋に閉じこもりたくなって当然の
窮状にゼルダは陥っていたのだ。
そして、いま。
泣いている。ゼルダが。
わけを言えというぼくの酷な要求を健気にも呑んで、まわりくどくなっても途切れがちに
なってもとにかく理性的に話を進めてきて、けれどもとうとうその理性も保てなくなって。
絶望に打ちひしがれて!
「怯え」を宿していたゼルダの眼差し。もはや理由は明白。あの時、ゼルダはこう思ったのだ。
女の証を失ったわたしにぼくは関心を持たなくなるだろう、と。その思いがいまもゼルダを
絶望させているのだ。
どうする? ぼくは?
考えるまでもなかった。なすべきことはただ一つだった。
「おしまいなもんか」
きっぱりと、言う。
「身体のどこがどんなになっても、君は君だよ。ぼくに対する君の気持ちに変わりがないように、
君に対するぼくの気持ちにだって少しも変わりはないさ」
嗚咽が止まった。
視線が合った。
思いがけない言葉を聞いた──と、見開かれた両眼が告げている。泣き濡れた顔にほんのりと
明るみが差す。
だが、一時のものだった。視線は弱々しくそらされてしまった。
「あなたは、見ていないから……」
「え?」
「いまのわたしがどうなのかを見ていないから、そんなふうに言えるんだわ」
感情を刺激された。
もっともな弁ではある。こちらがゼルダの立場なら同様に応じたかもしれない。しかし真心を
受け取ってもらえないもどかしさは如何ともしがたい。
「じゃあ、見せてくれよ」
ゼルダは黙した。身体も表情も凍りついている。
さもあろう。これまた酷な要求だ。
が、取り消す気はない。取り消してはならない。
席を立つ。歩み寄る。左手を伸ばしてゼルダの右手首をつかむ。
一瞬、ゼルダは身を縮めかけたが、派された手を振り払おうとはせず、引き起こそうとする
力にも抗わなかった。リンクは相手が立つのを待って、手首を握ったまま、客間の外へと歩を
進めた。やはりゼルダは──引っぱられる格好ではあったものの──逆らわずに追行してきた。
向かった先はゼルダの寝室である。
ベッドの傍らに至って、リンクは手を離し、若干の距離をおいてゼルダと向かい合った。
促す。
「さあ」
ゼルダは立ちつくしている。心なしか顔が青ざめている。肌が細かく震えているようでもある。
緊張しきっている。
予測のうちだった。
注視下でたやすく行えることではない。だが、この先もぼくたち二人の繋がりを堅持しようと
するなら、いつかは絶対にこうしなければならないのだ。ゼルダもわかっているはず。客間でも
行おうと思えば行えたのに、わざわざ寝室へと移ったのは、そちらの方がまだしも行いやすかろう
と考えたためで、もちろんその後に行うことを示唆するためでもあって、それとてゼルダは
把握しているに違いない。だからこそ黙ってここまでぼくについてきたのだ。ならば……
読みどおり、ゼルダも覚悟したらしい。顔に緊張を残しながらも、両手を後ろにまわし、衣服の
裾をたくし上げた。前面の裾は垂れたままなので、じかには見えないものの、上体を前に傾け、
手を足元にすべらせるさまは、明らかに下穿きを脱ぐ動作である。
奇異に感じた。
脱衣の際は下着を最後にするのがいつものゼルダなのに。
『ということは……』
案の定だった。ゼルダは身を起こし直し、今度は前に手をやって、そろそろと裾を持ち上げ
始めた。
脛が見えてくる。
膝が見えてくる。
まだ長靴下に包まれているが、このままだとすぐに太腿の肌が現れ、続けて問題の箇所が
さらけ出される。しかしそこまでだ。最小限の露出でしかない。ゼルダはできるだけ見せる範囲を
狭めたがっている。
気持ちはわかる。けれども……
「それじゃだめだ」
裾の上がりがぴたりと止まった。
「全部見せて」
蒼白だったゼルダの顔が一転して朱に染まる。
目が頼りなげに問いを投げかけてくる。
──どうしても?
頷く。
──どうしても。
こうしなければならないのだ。ゼルダもほんとうはわかっているはずなのだ。だから羞恥ゆえに
行動が不徹底となっても──そうなるほどの羞恥とは重々承知している──いっときのことで
あって必ずやゼルダは……
時をおかず観測は現実に転じた。ゼルダは上げかけていた裾を下ろし、改めて衣服すべてを
脱ぎ落とす所作に入った。リンクの胸は熱くなった。単に観測の的中が理由ではない。ゼルダが
寄せてくれる信頼の、それは確たる証明なのである。そしてその信頼に応えられるおのれである
ことを、リンクは毫も疑わなかった。
ゼルダはよどみなく脱衣を進めていった。ひとたび意を決したのちは、持ち前の意思堅固さで
感情を統制できているようだった。間もなくリンクの眼前に一個の全裸体が現れた。初め、秘所は
組み合わせた両手で隠されていたが、じきにその手も解かれ、一切合財が露呈された。
衝撃的だった。
こういう眺めだろうと想像できていたにもかかわらず。
全身の造形に変わりはない。二つの胸の盛り上がりと、そこから、締まった腹部へ、ふんわりと
張り出した腰へ、伸びやかな脚へと続く曲線は、見慣れてはいても決して見飽きることのない、
女性にこれ以上を望むのはとうてい無理と言い切れる美しさである。ところが──
麗しい曲線が最も絶妙に収束するはずの部分には、金褐色の秘叢は常のままながら、加えて、
唐突きわまりないものが、いかにも唐突にぶら下がっているのだった。
棒状の器官が一本。付帯して球状の固体を容れた袋が二つ。
見たところ──と、胸をどきつかせつつリンクは思った。
形や大きさはごく普通。ぼく自身のものともあまり違いはない。なのに、女性美の極致たる
肢体に伴っていることで、それらは強烈な違和感を引き起こす。ゼルダ本人の表現を借りれば、
女ともいえず男ともいえない──もしくは逆に、女でもあり男でもある──異形の者。人に
よったら違和感どころか、忌避感、嫌悪感を覚えるかもしれない。ふた目と見られぬさま、いや、
もはや人間ならぬ生き物、いやいや、生き物の根本からも逸脱した存在と指弾するかもしれない。
では、ぼくは?
上半身では心臓がいっそう鼓動を速めていた。下半身ではその中心部が自ずと反応をきたしていた。
こういう「存在」に対してそうなる自分は異常なのだろうか、との疑問は、疑問となる前に
脳から消え去った。初めから答は出ているのだった。結論は全く揺らがなかった。
見かけがいかにあろうとも、何がどうであろうとも、ゼルダはゼルダなのである。
リンクは着衣を解いた。
愛するひとと姿を等しくし、欲情のしるしを堂々とさらけ出す。
ゼルダはそれに見入っていた。惑いの気配がうかがえた。意外に思っているらしい。暫時ののち、
見る対象をリンクの顔に変え、覚束なさを表情と声に表して、
「こんな、わたしで……いいの?」
と小語した。
リンクは返事をしなかった。言葉として伝えるべきことはすでに伝えている。あとは実行
あるのみだった。
前に出る。
抱きしめる。
不動の意志を知らしめるように。
筋骨のみならず魂をも包みこむように。
なおも得心に至れないとみえ、腕の中の身体は不自然に硬い。
が……
触れ合う素肌を通して浸透する体温、あるいはそんな物理現象を超越する何ものかによって──
とリンクは信じた──ゼルダの内の凝結は溶けたのだろう、身体の硬みも抱かれるに即した
程合いへと和らぎ、他方、腕だけは力強さを増して、リンクの胴にしっかりと巻きついた。
リンクは高ぶった。至近にある顔をなおさら至近にし、有無を言わせぬ勢いで唇を貪る。
ゼルダは貪り返してきた。有も無も言う気はさらさらないくらい、同じく高ぶっているのだと
明瞭にわかり、その感がますますリンクを興奮させた。
傍らのベッドに二人は倒れこんだ。
抱擁と接吻がひとしきり続いた。リンクはふんだんに熱情を消費した。枯渇を気にする要は
なかった。それは無限に湧き出てくる。むしろ消費の方が追いつかない。
けれども、おのれの欲望だけを暴走させるのは、この場合、不適切である。
リンクは愛撫に専心した。丹念に、丹念に、いとおしんだ。
高揚が赤みを加えていてさえ、まことに白いゼルダの皮膚は、すこぶるやわらかでもあって、
なめらかでもあって、人が持つ優しみというものを理想的に表現している。胸に盛り上がる双丘の、
いかなる押圧にも耐えて形を保つ質感は、たおやかではあっても決して繊弱ではない生命力の、
実にみごとな描出である。
女性だけが示し得るそうした魅力に総身を浸らせ、触れるに応じて相手の口が漏らし出す吐息と
微声の、これまた女性ならではの甘やかさに、リンクは酔った。
しかしそこに安住はしなかった。
左手を下にすべらせ、ゼルダが新たに有することとなった、他部とは裏腹の器物を、いささかの
迷いもなく掌中に収める。
ゼルダの声がやんだ。息を呑んだふうだった。
委細かまわず、まさぐりにかかる。
揉むがごとく。撫でるがごとく。
それは急速に長さと太さと硬さを増した。
「あ……あ……あぁ……」
再びゼルダが発声し始めた。戸惑いが混じた音色だった。
シークだった時に経験したはずの感覚。とはいうものの、いまのゼルダはそれを知識として
持っているだけ。さぞかし鮮烈だろう。女の心で男の感覚を味わうとあっては。
──などと推量しながら、リンクは徐々に手弄を強めた。比例してゼルダの呼吸は速まり、
発声も頻繁になってゆく。声はなおも戸惑いの色調を帯びている。だがゼルダは拒まない。
戸惑いつつも、探られる部に生まれる「男の感覚」を、喜ばしく受容しているのだった。
そうと確かめ得て、リンクは──乱れるゼルダの顔に見入っていたいという思いを抑え──
行為を次段階に進めた。