「あ!……あぁ……ん……んんッ……」 
 ──入ってくる、リンクが入ってくる、わたしの中に、わたしが取り戻した女の── 
「んん……うッ……あぁあ……ぅあッ……」 
 ──部分に、リンクのそれが、硬くて逞しいリンクのそれが、ゆっくりと、決然と── 
「あ……は、ぁッ……あぅ……くッ……ぅあ……」 
 ──わたしを切り開いて、わたしをいっぱいにして、わたしが女だと思い知らせて── 
「ぁああ……あぁああッ……あッ!……んッ、んん……」 
 ──くれるように、そうできるのはぼくだけなんだと宣言するように、わたしを── 
「は、ぁあッ、あぁぁあッ!……うぅッ!……ぅあぁ、あ……」 
 ──組み敷いて、わたしを支配して、躊躇なく、力強く、君のされたかったことは── 
「お、ぉぉ……ぅ……ん……ぅ、うッ……ぅぅ、あ……そ、ぉよ……」 
 ──これなんだろうと看破しているかのように、かのように? 違う、リンクは── 
「そッ、お……おぉ……わた……ぁッ……しッ……ぁ、あな、ぁ、たッ……」 
 ──まさにリンクは看破している、リンクに支配されたいわたしだと知った上で── 
「あぁ、ああぁあッ!……そぉ、ぉ、おぉッ……よッ!……あ、ああッ……」 
 ──その望みをかなえてくれているのだ、わたしを貫いて、わたしを串刺しにして── 
「し……てッ……ぅ、ぅぅ、ぁ、ぁ、ぁあッ!……あッ!……あぁッ!……」 
 ──そんなふうにあなたの獲物になってしまったわたしをあなたはこれからもっと── 
「もッ……と……ぉ、あッ!……あ、ぅッ!……ん……あぁあ、あッ!……」 
 ──食い散らかすつもりなのね、わかるわ、だってあなたはわたしの奥の奥まで── 
「そ、こッ!……おッ!……お、ぉおッ!……ぉ……ぉ、ぉお、おッ!……」 
 ──送りこんだものを、いったん引いて── 
「あぁ……ぁ……」 
 ──また突き入れて── 
「あああッ!!」 
 ──引いて、突いて、引いて、突いて── 
「あぁッ!……あぁッ!……あぁッ!……あぁッ!……」 
 ──その繰り返しがだんだん速くなって、だんだん荒っぽくなって── 
「あぁッ! あぁッ! あぁッ! あぁッ! あぁッ! あぁッ!」 
 ──このままだと、このままだとあなたは、あなたは、あなたはわたしの中で── 
「あぁッ! あぁッ! あぁッ! あぁッ! あぁッ! あぁッ!」 
 ──それは、そうなるのは、だめ、だめ、だめなのだけれど、ここまで来たら── 
「あぁッ! あぁッ! あぁッ! ああぁッ! ああぁッ! ああぁッ!」 
 ──ここまで来たら引き返せない、いいわ、いいわ、リンク、続けて、どうか── 
「いぃッ! あぁッ! ああぁッ! いいぃッ! ああぁッ! いいわッ!」 
 ──行き着ける所まで行って、行って、いって、いって、お願い、わたしの中で── 
「ああぁッ! ああぁッ! いいぃッ! ああぁッ! ああぁッ! ああぁッ!」 
 ──わたしと一緒に、いつまでもわたしも一緒に、いて、いて、いって、いって── 
「ああぁッ! あああぁッ! あッ! あぁッ! あああぁッ! あぁあああぁッ!」 
 ──リンク、ああ、リンク! 
「あぁッッ──!!」 
 ──リンク!!  
 
 ……という過日の交歓を、ゼルダは顧みていた。 
 胸中は複雑だった。 
 時は真夜中過ぎ。ふだんなら寝室で夢路をたどっている頃。稀に夜更かしすることはあっても、 
いまのように、書斎にいながら本を読みもせず、ただじっと椅子に坐し、机上のランプが 
投げかける橙黄色の光に影を作らせるままとしているだけのことはかつてなく、このたびほど 
深刻な気分で日が変わる瞬間を迎えたこともない。 
 昨日、起こるはずの現象──月経──が、とうとう起こらずじまいだったのである。 
 ゼルダはため息をつき、すでに幾度も致した思いを、改めて手繰り直した。 
 ……ハイリア人女性の性周期は三十日。みながみな、毎回、一日の狂いもなく、きっかり 
その日数だから、月経開始日は誰でも常に正しく予見できる。該当の日に開始がなければ 
妊娠したと解してよい。 
 そうなるかもしれないという懸念は、実のところ、かねてから心の隅に引っかかっていた。 
性周期の半ばにあたる十五日をさかのぼって、すなわち排卵日──これも月経開始日と同じく 
事前に確定されている──に臨んで行ったことが、他ならぬ「過日の交歓」だった。 
 ラウルに憑依され、性器が男性化した。一時は絶望に打ちひしがれた。しかし、幸い、憑依は 
一過性で、とどのつまりは「女」に復帰できた。そして、危険性を承知しつつも──「時期」が 
よくないと思いつつも──女の悦びを再び堪能する機会は逃しがたく、迫るリンクを身の内に 
受け入れてしまった。 
 とはいうものの、無考えで情欲に溺れたわけではない。危険性は非常に低いと踏んだ上での 
行いだった。 
 妊娠可能な──別の言い方をすれば、妊娠のおそれがある──期間は、排卵前後の四日に 
限られる。しかも、その通称「危険な四日間」のうちといえど、性交が受胎に至る率はせいぜい 
三分の一に過ぎない。ましてや、わたしの場合、「交歓」は「危険な四日間」の域外──前日の晩 
──になされたものだった。もっとも、なにがしかの理由で精子の活動が通常より長引き、意外な 
結果を引き起こすことがごくごく稀にあるので、念のため、前晩は交合を控えるのが、より 
効果的な避妊法とされている。わたしも初経以来それを遵守しとおし、けれども先般において 
初めて原則を破ってしまい、ために「懸念」せざるを得ない仕儀とはなったのだが、所詮は 
「ごくごく稀」な事象だと高を括ってもいた。さらに加えて駄目押しもあった。問題の交わりの際、 
リンクはすでに何度も絶頂を経ていて、精液がほとんど射出されなかったのだ。 
 賭ではあっても、相当に分のいい賭のはずだった。 
 ところが…… 
 結果は、負け。 
『いや』 
「負け」という表現は不適切だ。リンクの子を身籠もれたことは、わたしにとってこの上もなく 
大きな喜び。ただ、喜んでばかりはいられぬのも確かで、ゆえに「胸中は複雑」なのだ。 
 しかし複雑だと評してすむ問題ではない。これからどうするかを決めなければ。 
 どうする?  
 
 堕胎は論外だ。絶対にあり得ない選択肢だ。 
 産むしかない。 
 とはいえ、王女たる身で未婚の母となるのも、また論外の選択肢。 
 つまり、とるべき道はただ一つ。 
 
 リンクとの結婚。 
 しかも、こうなった以上はできるだけ早く。 
 
 ゼルダの胸は熱くなった。喜びが他のすべてを圧倒してゆくのを止められなかった。 
 これなのだ──と自覚する。 
「男化」によっていったんは現実味を帯びかけたそのこと。結局は幻に終わったが、幻のままに 
しておきたくなかった。そんな意識が働いて、リンクに迫られても拒む気が起こらず、妊娠の 
危険性は非常に低いとおのれに言い訳し、けれども決して無ではないそれに敢えて目をつぶった。 
 困ったことになってもいい、どのみち、わたしたちは結婚するのだから──と思い切ったのだ。 
『でも……』 
 喜びに影が差す。 
 先走りだったと言うしかない。あの時のわたしは浮ついていた。 
 リンクの意思を確かめなかった。 
 愛されている自信はある。だが結婚となると話は別だ。約束を交わしたわけではない。話題に 
出したことさえもない。リンクがどう考えているのか、ほんとうのところはわからないのだ。 
もしかすると──いや、過去のリンクの言動を想起するに、かなりの率で──結婚というものに 
否定的な感情を持っているかもしれないのだ。結婚したがっているのはわたしの方だけかも 
しれないのだ。 
 そうではあっても、わたしが妊娠したなら、リンクとて結婚に同意せざるを得まい。 
 ──との独善が、あの時のわたしになかったとは言えない。 
 忸怩たるものがある。 
 さあれ、実際、こういう事態に立ち至ったとなれば…… 
 リンクに事実を告げなければならない。わたしたちの将来設計について早急に話し合わなければ 
ならない。 
 ……が、話し合って実りを得られるだろうか? 
 ため息が出る。堂々めぐりである。 
 しかしそれを続けても意味がないことはよくわかっていた。 
 例によってリンクは、目下、旅の途にある。ただ、今回の行き先は近場で、ハイラル城への 
帰還は五日後──日の変わった現在となっては四日後──と予定されている。その時までに、 
わたし自身、しっかりと意を固めておかなければ。 
 依然、眠気は兆さない。ゼルダはひたすら思考を練った。  
 
 インパの日常は平穏だった。 
 ゼルダが成長するにつれ、乳母として担った役割は徐々に減り、ことに政務の一端が成人した 
王女に司られ始めてからは、手持ち無沙汰と言ってもよかった。すでに教育の必要な時期は 
過ぎている。身のまわりの世話は侍女たちの仕事である。請われれば助言はするものの、基本、 
政治に口は出さない。不変なのは護衛の任だけで、ゲルド戦役の折りには多大な緊張を強いてきた 
それも、平和の到来とともに形ばかりの──そうあって喜ばしい限りなのだったが──小事と 
化していた。 
 朝食をゼルダとともにすませ、その姿が執務室に消えるのを見送ったあとは、昼まで特に用件を 
持たない。 
『さて』 
 この午前をどう過ごす? 
 剣の鍛錬か。本でも読むか。いや、読むよりも書く方がいい。最近、徒然なるままに綴っている 
シーカー族の歴史を、今日はもう少し先へ進めてみよう。 
 そう決めて自室に赴いたインパは、しかし、数分も経たぬうち、ノックの音に作業を止められた。 
 邪魔されたとは感じなかった。 
 退屈しのぎに誰かと話をするのも悪くはない。 
「どうぞ」 
 応じて姿を見せたのはゼルダの侍女である。 
「失礼します」 
 緊張気味の相手に、 
「何かな?」 
 優しく声をかけると、 
「お耳に入れておくのがよろしいかと思うことがございまして……」 
 曖昧ながらも深刻そうな答が返ってきた。 
 退屈しのぎではすみそうにないな──とインパは察した。 
 この娘は私が部屋にこもるのを待ち、それから独りで来室した。他者に聞かれたくない話が 
あるということだ。加えていかにも憂慮ありげな口ぶり。次にその口からいったい何が吐かれる? 
 吐かれなかった。侍女はうつむき、立ちつくしていた。ソファにすわらせ、自らも向かいの 
一脚に坐し、 
「聞こう」 
 と水を向けても、沈黙と伏し目は保たれ続けた。 
 よほどの内容のようである。 
「ゼルダ様に何かあったのか?」 
 相手の立場を考慮すれば容易に推し量れることを、インパは敢えて端的に言葉とした。 
踏ん切りをつけさせるためだった。 
 効果はあった。侍女はびくりと身体を震わせ、次いで視線を上げ、おずおずと切り出した。 
「あの……私がこんなことを申し上げても、どうか告げ口とはおとりにならないでください。 
私は……ただ……姫様が気がかりで……」 
 言い訳である。が、悩み抜いたあげくの訴えであるのは、心痛をそのまま絵にしたような 
表情から明らかだった。 
 何人かの侍女の中でも忠義さにおいては筆頭。ゆえにゼルダも全幅の信頼を彼女に寄せている。 
主人の不為になる行動をとるはずがない。告げ口などとは考えない。 
 ──との旨を穏やかに伝え、改めて促すに、侍女は束縛を解かれて、 
「実は……」 
 と、核心に入った。 
「姫様は、月のものが、どうやら、お止まりになられたようです」  
 
 驚いた。 
 王女の体調にも気を配るべき立場のインパではあり、四日前が月経開始日なのも把握していたが、 
ゼルダが成人してからは月々の決まりごとに特段の注意は払っていなかった。払わずとも 
その際には問題なく自ら処置できるはずのゼルダだったからである。  
 インパは強いて驚きを封殺し、頭脳を稼働させた。情報の確認と整理、そして対策が必要だった。 
「ゼルダ様がそう言われたのか?」 
 違うとはわかっていた。直接聞いたのなら「どうやら」という語は適さない。念には念を入れて 
問うたまでだった。 
「いいえ、姫様は何もおっしゃいません」 
 案の定。 
「ならば、なぜわかった?」 
「その時のための用品は私が管理しておりますけれど、お使いになられた形跡がありません。 
それに、お身のこなしやお肌の具合が、いつもの時とは微妙に違うのです」 
 常にゼルダの身近にいる者の観察である。信憑性は高い。が、絶対に確実な根拠とも断じかねた。 
「ゼルダ様に質さなかったのか?」 
「それは……とても私の口からは……」 
 当然ではあった。月経の不発現は妊娠を意味する。未婚の王女がそんな状態にあるなど、たとえ 
勘繰り程度でも、当人に向けられる種類の話柄ではない。 
 自分で確かめねばならんな──と思いつつ、インパは問いを重ねた。 
「この件を他に漏らしたか?」 
「いいえ、誓って」 
「別の誰かがこの件に気づいている可能性は?」 
「ないと存じます。鍵となる用品の係は私だけですので」 
 であれば現時点で秘密は保持されている。迅速に手を打てば混乱は防げよう。しかし、うまく 
決着をつけようとするなら…… 
「いま聞いた話が事実だとすると、ゼルダ様をそうさせた者がいることになる。心当たりは 
あるか?」 
 素知らぬ顔で訊ねる。ためらうふうの侍女だったが、しばしののち、腹を決めたように答えた。 
「はい」 
「誰だ?」 
「リンク様かと」 
「ふむ……それほどの関係だと前から感づいていたか?」 
「私たち侍女の間では、そうであってもおかしくないくらい仲睦まじいお二人だと、以前より 
こっそりお噂はしておりましたけれど、ほんとうにそうとまでは悟れませんでした。今度のことで 
初めて確かだと……」 
「では、他にも感づいている者はいないな」 
「はい、まず間違いなく。にしても……」 
 侍女が怪訝そうな顔つきになった。 
「インパ様はお気づきになりませんでしたか?」 
 別荘行きの折りなどいつも二人に侍っていながら──と、付け加えたげな様子でもあった。 
 気づくどころか最も詳しく知る者なのだとは、まさか明かせない。といって、さっぱり 
気づかないぼんくらだったと偽るのも、隠密が本業たるシーカー族にしては不自然である。そこで、 
「うむ……まあ……うすうすとは、な」 
 どっちつかずの弁でごまかし、訊くべきは訊いたことでもあるので、対談を終わりに持ってゆく。 
「よく話してくれた。この件は私が預かるから、すべて腹に収めて、ふだんどおり、仕事に 
励みなさい。私に話したことをゼルダ様にお告げする必要はないし、もちろん他の誰にも 
知らせてはならない。よいな?」 
「わきまえております。でも、どうか……」 
 侍女が身を乗り出した。両手が組まれる。嘆願の姿勢である。 
「どうかあのお二人をおつらい目には遭わせないでください。昔から仲がおよろしくて、いまでは 
いっそうお似合いのご両人とあいなられました。お惹かれ合っておられるなら結ばれて欲しいと 
私は心から思います。ですから……どうか……」 
 言葉を詰まらせるほど感情が高ぶっているらしい、 
「案ずるな。悪いようにはしない。決して」 
 それでようやく安堵したとみえ、 
「くれぐれもお頼み申し上げます」 
 との念押しを最後とし、侍女は部屋を去った。  
 
 インパはソファに身を置いたまま、聴取結果を再吟味した。 
 必ずしも不都合ならぬ内容だった。 
 ゼルダとリンク。 
 出会いの時より九年にわたっていささかもたゆまず育まれている二人の愛を、万人が祝福する 
形で成就させてやりたい。侍女に頼まれるまでもなく抱き続けてきた、それはインパ自身の願い 
なのだった。 
 そのための道を周到に敷いた。 
 小児期からの親しい友人同士と周囲に印象づけておくことで、年頃となれば疑われるであろう 
二人の恋路も、なるほど自然な流れと誰もが了承できる。幼い身での性交渉はさすがに秘匿せねば 
ならず、二人には節度をもって振る舞うよう常に厳しく言い聞かせ、自らも目配りを怠らなかった。 
しかし成人を機として少しく箍を緩め、以前は原則的に禁じていた城内での密会をも黙認する 
方針に変えた。口うるさくせずとも秘密は守れるほどに分別を備えた大人の二人ではあったし、 
それでも醸し出されるに違いない甘美な雰囲気は、いきおい肉体関係の存在をみなに想像させる 
だろうが、もはやそうあって不思議ではない時期。むしろ、ああ、あの二人なら、と既成事実的に 
受け入れられる。 
 ──との目論見は図に当たったと言ってよい。侍女の弁が証明していた。また彼女らの噂とは 
別に、実は憎からず想い合っている二人なのではないかという、昨今、ハイラル城内の 
そこかしこで好意的に交わされるささやきも、インパの耳には入っていたのである。 
『とはいえ……』 
 今回の件は重大だ。交際までは容認されても、妊娠は然らず。忠義なあの侍女こそ二人を 
支持しとおす意志を示したけれども、王女が独身のまま孕んだとあっては、せっかく城内に 
広がりつつある温かい空気が、一転、吹雪と化すかもしれない。彼女もそれを危ぶんで善処を 
要請してきたのだ。 
 では、いかに処す? 
 二人を結婚させるしかない。可及的速やかに。 
 必須となるのは国王の承認。得られさえすれば万事が支障なく進む。 
 無論、その前に、当事者たちと話をしておかねばならない。旅に出ている一方の当事者とは、 
帰還し次第。城にいるもう一方の当事者とは──妊娠が事実と確かめる必要もあるので──直ちに。 
もっとも、執務中に押しかけるのは憚られるから、昼食の時だ。 
『それにしても……』 
 簡易なはずの避妊に失敗するなど、思慮深いゼルダにはあるまじき不手際。なぜ今度に限って? 
この事態をもたらした行いの際──前回の危険日あたり──に何があった? あれだ。時の神殿を 
訪れたのち、ゼルダが急に籠居を決めこむという、奇妙な局面の打開をリンクに託した、あの 
別荘行き。そこで起こったことを二人は語らず、しかしゼルダの様子は元どおりとなり、リンクも 
解決した旨だけは明言したため、それなりの事情があるのだろうと忖度し、敢えて問い質しは 
しなかったのだが、とにかく、あの時、二人は交わったのだ。思慮を揺るがすほどの何かに 
ゼルダは遭遇した? やむにやまれぬ何らかの衝動がゼルダの理性を霞ませた? たとえば、 
リンクとの結婚を熱望するあまり、子供ができてもかまわない、子供ができれば結婚に持ちこめる、 
とでも考えたとか? 
 インパは嘆息した。 
 あり得ない想像ではない。 
 結婚を提言してやれば、ゼルダの方に否やはなかろう。 
 しかるに、リンクは? 
 王女の婿たる資格は立派に有している。世間離れした生い立ちではあるも、もとを正せば 
由緒ある家柄の出。加うるに、ゲルド戦役では敵の総大将ガノンドロフをみごと討ち果たした 
救国の勇者。 
 だが、他に障害がある。 
 ゆえにゼルダが焦りを覚えたとしてもおかしくはない──と、インパには理解できるのだった。  
 
 リンクは結婚を望んでいないのではないか、との危惧を、四日の熟考をもってしてもゼルダは 
解消できなかった。仕事の間はそちらに集中しようとしても、どうかすると抑止が弱まり、脳内に 
じわじわと不安がはびこる。その日は頭痛さえ感じられてきたので、ゼルダは午前の執務を早めに 
切り上げ、休息しようとして自室に帰った。 
 安楽椅子に身を預ける。瞑目する。 
 暫時のまどろみを図ったのだったが、外界からの刺激を遮断すれば、自ずと内部より想念が 
立ちのぼってくる。 
 わたしでさえこうして務めに倦むことがあるのに、ましてやリンクなら──などと思って 
しまうのだった。 
 リンクはおのれの自由を大切にする。出会いの時からそうだった。両親の死によって断絶した 
家を継げば将来は騎士に、という父王の勧めを、いまに至るまで受け入れずにいる。騎士なる 
身分に縛られたくないのだ。年がら年中旅に出ているのも、窮屈な王城暮らしが性に合わない 
からだ。 
 リンクのそんな志向は、『新世界』との交流が始まってから、とみに強まっているような気がする。 
ハイラルよりも広大だというあの地を経めぐるのは、リンクにとってさぞかし心躍る体験だろう。 
のみならず、「海」と呼ばれる、ハイリア湖の何百倍もの広さの巨大な水たまりが『新世界』には 
存在していて、その果てはいったいどんなふうになっているのだろうと、リンクはしばしば目を 
輝かせて語るし、また、西方に『新世界』があるのなら東方や北方や南方にもあるのではないか、 
と話すのを聞いた覚えもある。未知への憧れをますますかき立てられ、できるならすぐにでも 
それらを調べに行きたいと思っている昨今らしいのだ。 
 わたしと結婚すれば、そうはいかない。王女の婿は必然的に政治への関わりを要求される。 
気ままな旅暮らしなど許されなくなる。さらに将来、父王が崩御、あるいは退位すれば── 
次期国王はわたしであって、リンクはあくまでその夫に過ぎないが、それでも──肩にかかる 
責任の重みは格段に増す。 
 そんな生き方をリンクが好んで選ぶだろうか。 
 仮に──たとえばわたしとの愛を貫くとかの理由で──選んだとしても、そんな生き方で 
リンクは幸せになれるだろうか。 
 リンクの幸せを望むのであれば、結婚は採るべからざる方途ではないのか。 
 結婚は愛と同義ではない。結婚せずとも愛は全うできる。実際、いままでわたしたちは 
そうしてきた。ともに暮らさずとも、わたしとリンクは常にひとつだった。 
 が…… 
 この先、それは通用しない。 
 唯一の王位継承者たるわたしは、王家の子孫を残す義務を持つ。 
 必ず結婚しなければならないのだ。 
 とすると…… 
 別れるべきわたしたち──ということになる。 
『だめよ!』 
 耐えられない! 絶対に耐えられない! 
 別れるくらいなら、わたしの方が身分も地位も擲って、ただの一人の女としてリンクの妻になる! 
 ……と言えれば、どんなに楽だろうか。 
 わたしが王女でなくなれば、ハイラル王家は消滅する。国は未曾有の混乱に陥る。 
 そこまで無責任なわたしではありたくないし、あってはならない。 
 ──とは考えすぎだろう。妊娠した以上、別れるという選択肢もまた、堕胎と同様、あり得なく 
なっているわけで、つまりどうしてもリンクと結婚するしかないわけで、リンクを結婚する気に 
させなければならないわけで、リンクとじっくり話をしなければならないわけで、それはもう 
明日に迫っているのだが、どんなふうに何を話せばリンクをその気にさせられるか、いや、 
させられるかとの言いまわしは策略めいていてよろしくない、あくまでも誠実に、あくまでも 
正直に、でも、ああ、でも、いくら言葉を飾っても本質は変わらない、リンクに不本意な生き方を 
強いることとなってしまう──だろうか? ほんとうに? 話してみれば案外リンクは 
不本意がらずにさらりと納得してくれるのでは? そう、話してみれば、案外、リンクは…… 
いや……やはり、不本意、だろうか? 
 ──と、畢竟、堂々めぐりである。 
 甲斐なしと見切ってゼルダは思考の流れを止めた。止めざるを得なくなっていた。頭痛は 
おさまるどころか増悪している。なんとなく気分も悪い。胸がむかつく。不調が頭からだんだん 
下へ広がりつつあるようで、そうすると腹部にも異常が探知されてくる。 
 重苦しい感覚。 
『え?』  
 
 ゼルダは目を開いた。網膜に映る室内の光景を、それと認識するのが困難なほど、心は大きく 
波立っていた。 
 明らかに覚えのある体調の不良さだった。 
 胸をどきつかせながら席を立つ。用を足すための小部屋に入る。 
 確かめる。 
  
 まさかと思った、まさにそのとおりのことが起こっていた。 
 
 一挙に肩の力が抜けた。そんなに力が入るほど自分は緊張していたのだ、と初めて知れた。 
澱み続けていた屈託は嘘のように薄まった。痛みやらむかつきやらは相変わらずだったが、少しも 
疎ましくは感じなかった。 
 ゼルダはそこに常備してある用品を装着し、着衣を整え、元の部屋に戻った。 
 インパが立っていた。 
「食堂にいらっしゃらなかったので、こちらかと思い、罷り越しました。勝手に押しかけまして 
申し訳ございません」 
「いいえ、いいのよ」 
 言葉どおり、責める気はさらさらなかった。しかし不審の念は湧いた。許しのないうちから 
部屋に入ってくるなど、ふだんのインパにはない振る舞いだったし、声や表情には切迫の色が 
ありありとしていた。 
『さては……』 
「単刀直入にお訊ねします。姫は、このたび、月の障りをみておられないのではありませんか?」 
 ああ、やはりインパには嗅ぎつけられてしまったか──と、ゼルダは心の内で呟いた。 
 嗅ぎつけられたとて差し支えない。微笑ましくさえあった。 
「始まったわ」 
「え?」 
「ついさっき始まったの」 
 インパは絶句していた。述べたいことを山ほど抱えてきたに相違ないのに、機先を制せられた 
わけである。ようやく絞り出されたのは、 
「いったい……どうして……いまになって……」 
 疑問の断続的な表明だった。 
「月の障りが遅れるなど……まずあり得ないことで……確か……医書には……過去に一つ二つしか 
例がないと……それとて……命に関わるほどの重病でもなければ……」 
 ゼルダも当該の書を読んでいた。もしかすると牢固たる性周期にも乱れの余地があるのではと 
思い、前々日、図書室を漁ったのである。内容はインパの台詞のごとくで、自分には合致しない 
可能性と、その時は諦めた。が、先ほど出血の開始を知り、何日の遅れかと勘定してみて、 
すべてが腑に落ちたのだった。 
 初めからわかっていてしかるべき。動揺が洞察力を鈍らせていた。 
 四日の遅延。 
「男」であった期間が同じく四日。 
 性器の男化が女の性周期を差し止めていたという、それもまた一種の「重病」ではあったのだ。 
 ただ、男化の件を伏せているインパに実情は語れない。 
「わたしにも理由はわからないけれど……」 
 と韜晦し、 
「他に悪いところはないのだし、このまま様子見でいいんじゃないかしら」 
 幕引きを図る。 
 若干、迷うふうのインパだったが、 
「……そうですな」 
 一応の同意をくれた。 
 侍医の診察を受けさせた方がよいのでは、と考えたかもしれぬにせよ、事が月経がらみなら 
内診は必至で、非処女と露見してしまう左様な手技を許容する気などゼルダにはなく、インパとて 
是認するはずはない。 
 もっともインパは、 
「しかし、この際……いや……まあ……とにかく、よろしゅうございました」 
 なお「述べたいこと」を貯めていて、けれども、いまここで述べずともよかろう、と思い直す 
ふうの、微妙な物言いをした。その腹の内をゼルダは見通せなかったが、とりあえず落ち着きたい 
心持ちではあり、乗じて話を打ち止めにした。  
 
 こんなことがあったのよ──と、翌日、帰城したリンクにゼルダは告げた。性周期を把握して 
いる恋人には、その「ずれ」をいつかは話さねばならず、であれば早いに越したことはない。 
ただし告げる内容は事実のみとし、堂々めぐりばかりだった思考の内容には触れなかった。 
 驚き入った様子で聞いていたリンクは、話が終わると、いかにも心苦しそうな顔になり、 
先の交わりが「危険な四日間」の直前にあたるのを迂闊にも失念していたこと、そのため要らざる 
心配をかけるはめになったことを訥々と詫びた。あなたのせいではないとゼルダはすぐさま 
言いやったが、胸は大いに温まった。「心配」についていっさい語らなかったにもかかわらず、 
それを慮ってくれるリンクの誠意が嬉しかった。 
 しかし反面、一度は薄まった「心配」がぶり返しもした。 
 もしほんとうにわたしが妊娠していたら直面することになった事態にまで、リンクは思い及べて 
いるだろうか。然りとせば、どうするつもりであっただろうか。 
 リンクは無言だった。何かを考えているようだったが、何を考えているのかはわからなかった。 
真意を質したい気持ちと質したくない気持ちとが相半ばし、ゼルダもまた、発するに適切な言葉を 
探しあぐねた。 
 緊張を秘めた沈黙がしばらく続き、そして、不意に途切れた。リンクに国王から呼び出しが 
かかり、その場の対面は終わりとせねばならなかったのである。 
 
 一年に一度、国王または王女が各地を視察するという、ハイラル王国の恒例行事は、 
ゲルド戦役による混乱と、爾後の復興事業の繁忙さにより、二年間、中断されていた。しかるに 
その年は、世情の安定を踏まえて再開が決まり、しかも久方ぶりとあって、過去にない規模で 
行われる運びとなった。すなわち── 
 視察範囲は国内全域。といっても、一隊が網羅するには広すぎる領地ゆえ、国王と王女が 
一隊ずつを別個に率い、国土を東西に二分して、それぞれを巡回する。担当は、国王が西方、 
王女が東方。西方は史上初の視察となるゲルド地方を含むため、国王自らが受け持つべきであり、 
対して、視察されるに慣れた東方は王女でも充分とされたのである。 
 前者には露払いが必要だった。現在、ハイラル王国とは友好関係にあるゲルド族だが、かつては 
仇敵。念のため、王の訪問に先立って、彼の地の情勢を観察し、安全を確保しておかねばならない。 
ゲルド族とは以前から昵懇の者にふさわしい役。 
 国王に呼び出されたリンクが受けたのは、その露払いを務めるように、との指令だった。  
 
 二隊を視察旅行へ送り出す準備が、すでにハイラル城では始まっていた。せわしく立ち働く人の 
姿があちらこちらにあった。インパも常のとおりゼルダに付き添う手筈だったが、種々の雑務を 
担当する者は他にいたので、城内の慌ただしい空気とは無縁でいられた。ために、視察とは 
関係のない事柄を片づけておくだけの余裕はあった。 
 その事柄とは── 
 一つ。ゼルダの月経は──理由は不明にせよ──遅れたに過ぎなかったと、情報提供者である侍女に知らせ、安心させておくこと。 
 二つ。リンクの意中を探っておくこと。 
 ゼルダが妊娠していないとなれば、リンクとの結婚を急ぐ必要もない。しかしインパは── 
当面ゼルダには述べずともよかろうと判断したものの──機が熟しつつあるのは確かなので、 
この際、話を進めるのも悪からず、と考えていた。ただ、問題となるのはリンクの意思であり、 
ゼルダの悩みもそこにある、と察してもいた。 
 視察団よりひと足早くハイラル城を発たねばならぬため、急に忙中の人となったリンクを、 
その出立前にどうにかインパは捕まえ、対話の時間を持った。 
「重要な任務だな。仕遂げられる目算はあるか?」 
「うん、別に難しくはないよ。ハイラル王国に逆らう気のある人なんか、もうゲルド族の中には 
いないからね」 
 言葉は自信ありげなリンクだったが、どことなく表情が冴えない。それを指摘するに、 
「ああ……うーん……」 
 リンクは口ごもり、暫時ののち、場にそぐわぬことをしゃべった。 
「子供の頃、もっと勉強しておいた方がよかったかな──って、思ってさ」 
 インパは理解した。 
「いまさら後悔か? これまで私がそうしろと何回忠告したかしれないほどだのに」 
 冷やかしてやると、 
「まあ、そのとおりなんだけれど……」 
 煮え切らない表現でリンクは言うをやめ、さらなる内心の披瀝を行わなかった。 
 インパも追及はしなかった。 
 ……リンクがゼルダと良好な関係を築き上げるにあたって、どこからも文句が出ないようにと 
配慮した上での勉学の奨励が、功を奏したとはいえぬ現状。しかしリンクの気性を考えれば 
致し方なしと諦めはついているし、それがさほど弱みにはならないこと、場合によってはむしろ 
強みともなり得ることを確信もしている。その点を本人は自覚できていないようだが、ともかくも 
思うところのあるリンクだとわかっただけで、いまは充分。話を進めるとしても、視察旅行の 
あとになる。考える時間がリンクにはある。いずれ結論は出るだろう。待っていればよい。 
必要とあらば助言もできる…… 
 実は大して時間が残されていない状況だとは、さしものインパも、その時、まだ知っては 
いなかったのである。  
 
 一度ならず二度までも結婚の機会が去ったこと、愛するひとの子を宿し得なかったことを、 
心残りとしないではないゼルダだったが、これでよかったのだと納得もできていた。妊娠を盾に 
取って結婚を迫るという、いささか良心が咎める行為を避けられたからである。 
 とはいえ、夢を捨てたわけではもちろんなかった。 
 結婚するならわだかまりなくその儀に臨みたい。三度目の機会もいずれは必ず訪れる。 
 そう思っていた。 
 リンクの真意はわからぬままで──探ろうとするいとまもなくリンクは旅立たねばならなかった 
──そこに不安が残りはするものの、もはや焦りは不要。自らも近日中に城を発つ身。帰るまでは 
事の進めようもない。方策を考える時間は充分にある。 
『それに……』 
 こたびの椿事で生じた月経期間の「ずれ」は、ゼルダを窮地から救ったばかりでなく、嬉しい 
副産物にめぐり合わせてもいた。 
 ハイラルの暦では、一年を構成する十二の月が、すべて三十日で統一されている。女性の 
性周期も同じく三十日。よって毎月の月経開始日は常に同日。ゼルダの場合、誕生日が偶然 
その日にあたっており、ゆえに年ごとの祝いをリンクと同衾して行うことが──肛交はともかく 
膣交にては──できずにいたのだったが、今後はそれも可能となったのである。 
 つまり今回の件は幸運の前触れだったのかもしれない──と、楽観的な気分さえ抱いていた 
ゼルダは、父に呼ばれて国王専用の執務室へ赴くとなっても、特別のお達しではあるまい、視察に 
ついての打ち合わせだろう、としか思わなかった。 
「参りました」 
 と告げ、入室し、大きな机の前まで進み出る。 
 向こう側の椅子に坐した国王は、部屋にいるのが二人きりなのを確かめるように──確かめる 
までもないことなのにと訝しまれたが──あたりを見まわし、しかるのち、ゼルダに視線を定め、 
開口した。 
 
「お前に縁談が来ている」 
 
 ゼルダは声を失った。 
 そのさまに気づいているのかいないのか、国王は淡々と言葉を継ぐ。 
 
「ラブレンヌのアンビ女王から書簡が届いた。ラルフ王子をお前の婿にどうかという申し越しだ」 
 
 
To be continued.  
 

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