暗闇の中に、赤い小さな光が一つ瞬いた。  
 次いで、やや離れた場所に一つ。さらにもう一つ。  
 次第に光は勢いを増し、揺らめきながら広がってゆく。大きくなった二つが一つに合体し、あっという間に  
もう一つをも巻き込んで、真っ黒な空をさらに焦がしてゆく。  
 その様子を見ていた大きな影は、  
「行くぞ!」  
 と大声を放ち、同時に馬に拍車を入れ、急速力で丘を駆け下り始めた。  
「はぁッ!」  
「それッ!」  
 号令を待ちかまえていた騎馬集団も、思い思いの掛け声をあげながら、遅れじとばかり、どっとそのあとに続いた。  
たちまちあたりは、蹄が地を蹴立てる音、武具の触れ合う音で騒然となり、その不吉な轟きは大気を震わせ、  
目標に向かって襲いかかった。  
 合わせて二十数頭の馬を駆る一団は、女、女、女。すべてが女だ。だが、獲物を前にした貪婪な表情、口から  
吐き出される獰猛な声、道なき道に難なく馬を飛ばす敏捷な運動能力は、とても女とは思えない強靱さだ。  
 そして彼女らを率い、漆黒の馬を駆って先頭を走る、この集団の中の唯一の男。筋肉の張りつめた巨躯、  
硬い黒褐色の皮膚、冷たい笑みを宿す口元、残忍な光を帯びた目を持った、この男。それが、ゲルドの盗賊王、  
ガノンドロフであった。  
 
「ゲルド族だ!」  
「盗賊団の襲撃だぞ!」  
 人々が異変に気づき、口々に声を上げた時には、先に忍び込んでいた盗賊団一味の放火によって、すでに村の  
半ばほどが火に包まれ、夜空は赤々と染め上げられていた。消火に走る間もなく、丘を駆け下ってきた盗賊団が、  
凶暴な叫びを上げながら村に突入して来た。棒や鍬を持って立ちふさがろうとする村人たちは、彼らの手にした  
白刃によって、あっという間に斬り伏せられた。村中に響き渡る怒号と悲鳴の中を、盗賊団は我が物顔で蹂躙し、  
殺戮し、破壊していった。三十分もしないうちに、村人たちの抵抗は完全に終息した。  
 ガノンドロフは馬を降り、制圧した村の中を見回った。  
「野郎はどこだい!?」  
「抵抗しない男は殺すんじゃないよッ!」  
 近くから殺気だった声が聞こえる。  
『あいつら……』  
 金品よりも男が先か。いつものことながら……と、ガノンドロフは苦笑する。しかし無理もない。これが  
ゲルド族の流儀なのだ。  
「男がいたよ!」  
「そいつはあたいがとっつかまえたんだ! 手を離しな!」  
「あっちにもいるよ!」  
「爺はお呼びじゃないんだ、もっと若いのを寄こしなよ!」  
「こいつはまだガキじゃないか」  
「あたしゃそれでもかまわないがね!」  
 情欲に弾むゲルド女たちの嬌声が響く。  
 ゲルド族に男はいない。遺伝的な理由があるのか、一族には女しか生まれないのだ。日々の生活も女ばかり。  
こうやって村や町を襲うのも、必要な金や物資を奪う以上に、男漁りが重要な目的なのだ。  
 
「早くひん剥いてやりなよ」  
「ケッ! こいつのモノったら縮み上がっちまってやがる!」  
「焦るんじゃないったら」  
 こんな状況で役に立つ男などいるわけがない。だが彼女らのやり方は残酷だ。陰茎の根元を紐で縛り、  
鬱血によって強制的に勃起させるのだ。そして身動きできないように縛り上げ、仰向けに転がした上から跨って、  
一方的に欲望を満たす。ここでも騎乗が得意なゲルド女たちなのだった。  
「そらそら、勃ってきたよォ」  
「こっちもだ、そろそろ行くかい?」  
「早く犯っちまいな! 次はあたいの番だからね!」  
「さあて、じゃあ始めるよぉぉぉ……それッ!」  
「くぅぅぅぅーーーーッ! やっぱり生の男はいいねーッ!」  
「よく言うよ、いつもあたし相手によがり狂ってるクセに」  
「まあまあ、普段は女同士でもしゃあないだろ。女しかいないんだからさ」  
「お前らせっかく男が目の前にいるのに、辛気くさい話なんかしてんじゃないよ!」  
「はぁッ!…はぁッ!…はぁッ!……」  
「こっちはもうイキそうだよ」  
「こいつはいつも早いな」  
「放っといとくれよ!…うッ!…あぁッ!…」  
「そーれ、もっと腰を振って」  
「あッ!…あぁッ!…あ…あ…ああああぁぁぁーーッッ!!」  
「そら、イった!」  
「いつまでもトロンとしてるなっての、あとがつかえてんだから」  
「この野郎のモノはなかなか立派じゃん」  
「まだ保つかな?」  
「大丈夫だろ、次、行くよッ!」  
 女たちの欲望は果てる様子もない。  
 こうやって男を貪り、満足して砦に戻っていく女たちの中には、当然ながら子を宿す者もある。そうした女は  
砦にこもり、時を経て出産し……もちろん産まれた子も女であるが……その子は盗賊団の一員として育てられる。  
そして成長すると、母親と同じように、男を求めて暴れ回るのだ。  
 父親の存在はいっさい顧慮されない。ゲルド族は徹底した母系社会だ。時には誰かの気まぐれで、男が砦に  
連れて行かれることもあるが、性奴隷として酷使されるので、ほとんどが一年も経たないうちに死んでしまう。  
 しかしそんなゲルド族にも、百年に一度だけ男が産まれる。その男は産まれながらにして王と見なされ、  
ゲルド族すべてを支配する存在となるよう、一族の願いを込めて育てられる。いま、その地位にいるのが、  
ガノンドロフだ。まだ若い彼だが、そのカリスマ的な才能と無限の体力は、内には一族を平伏させてすでに久しく、  
外にはゲルドの盗賊王として、その一帯では恐怖の的となっていた。  
 ゲルド族の頂点に立つガノンドロフは、もちろんセックスに関しても、圧倒的な支配力を一族に及ぼしていた。  
他に男のいないゲルド族のこと、彼の周囲には常に多数のゲルド女が群がり、彼との交合を熱望していた。  
ガノンドロフはその旺盛な精力で、日々その欲求に応えているが、いかんせん女の数はあまりにも多く、  
一人の女が彼の恩恵を被る頻度は絶望的に低い。王のいない時期よりはましなはずなのだが、それでも彼女らの  
性欲を満たしきるには至らない。今夜のような襲撃は、彼女らにとって、日常の抑圧を吹き飛ばし、溜まりに  
溜まった欲望を発散させる最高の機会なのだ。  
 
 捕まえた男を次々に強姦する女たちの叫びと喘ぎをよそに、ガノンドロフは、ようやく勢いを弱めつつある  
炎に照らされた村の広場に立ち、ひとり冷静だった。  
 今夜の襲撃も成功だ。自分たちゲルド族を邪魔する者は、このあたりにはもういない。だが……この先、  
勢力を伸ばそうとするならば、避けては通れない相手がいる。いままでにない強敵が。  
 ハイラル王国。  
 古くからあり、この地域全体の名を国名としてはいるが、実効的に支配する領域はこれまで限られていた。  
しかし名君との誉れ高い当代の王のもとで、めきめきと頭角を現し、いまではハイラル全土を統一する勢いにある。  
『だが、俺は勝つ』  
 ガノンドロフは冷たく微笑む。誰が前に立ちふさがろうと、そいつを倒して先に突き進むだけだ。ゲルドの盗賊  
王などというちゃちな存在で満足する俺ではない。俺はこの世界すべての支配者になってやる。どんな手段をとろうとも。  
 ゲルド女たちの饗宴はまだ続いている。  
「んああぁぁ……いいよぉッ!……」  
「畜生、いつまでよがってやがるんだ、こいつ」  
「まどろっこしいねえ、下ばかり使うのは勿体ないね」  
「そうだな、あんた、この野郎の顔に跨りなよ」  
「よし。さあ、しっかり舌を使うんだよ! 噛んだりしたら承知しないよ!」  
「やれやれ、これでちっとは早く順番が……ギャッ!!」  
「どうした、何が……あッ! てめえ! うぁッ!!」  
 状況の急変を察して、ガノンドロフは声の方に緊張した目を向けた。そこからは女たちの姿は見えない。だが  
さっきまでの悦楽の空気はすでに消し飛び、いまは彼女らの苦悶の叫びと怒声、それに剣戟の音が響いている。  
『まだ抵抗する者がいたのか』  
 思う間もなくその方向から、ガノンドロフの前に、一人の男が飛び出してきた。  
『軍装?』  
 村人ではない。軍人だ。しかも将校級の。  
 左手には血に染まった剣が握られている。こいつが向こうで仲間を襲ったのか。  
 その男の鎧の紋章を見て、ガノンドロフは、はっとした。  
 ハイラル王国! こんな辺境の村にハイラル軍が? ここはまだ奴らの勢力圏ではないはず。だからこそ今夜、  
盗賊団はこの村を襲ったのだ。  
 男はしばしガノンドロフを睨みつけていたが、目を見開き、  
「やあーーーーーーッ!!」  
 と叫び声を上げながら斬りかかってきた。  
「むぅッ!」  
 ガノンドロフも剣を抜いたが、男のスピードは予想以上に速く、その一撃を剣で受け止めるのが精一杯だった。  
 至近距離で睨み合う顔と顔。  
『まだ若い』  
 俺よりも数歳下くらいか。怒りに燃えてはいるが、端正な顔には気品が感じられる。  
「はぁッ!」  
「でやッ!」  
 気合いとともに二人はさっと離れ、一瞬の間をおいて、力を込めて再び剣を打ち合う。それが三度、四度と続くうち、  
ガノンドロフは男の剣の腕前に舌を巻いた。  
『油断ならん』  
 ガノンドロフは自らの剣に自信があった。並はずれた体力を誇る巨大な肉体から振り下ろされる剛剣は、  
これまで何人もの敵を一方的に葬ってきた。苦戦した経験など皆無だった。ところがこの男は……ガノンドロフの、  
誰をも威圧する巨躯と怪異な容貌をものともせず、断固たる意志を持って向かってくる。このような相手に、  
ガノンドロフはこれまで遭ったことがなかった。  
 
「貴様、何者だ!」  
 ガノンドロフは叫んだ。男は息を弾ませつつ、唇の端に不敵な笑みを浮かべて答えた。  
「ハイラル王麾下の騎士! 王家の傍流の末裔!」  
「名乗れ!」  
「下郎に名乗る名などないッ!」  
 男は叫ぶが早いか、またも凄い勢いで突進してきた。しかし今度はガノンドロフもそれを予測していた。  
タイミングを計り、狙いすました一撃を男に向けて放つ。  
「どりゃーーーーーッッ!!」  
 刹那!  
 男の姿がかき消え、ガノンドロフの剣は空しく地を撃った。  
「!?」  
 どこへ、と目で追う暇もなく、  
「たぁぁッ!!」  
 高く跳躍した男の振り下ろす剣が、裂帛の気合いでガノンドロフの顔面を襲った。  
「ちぃッ!」  
 とっさに首をのけぞらせたが、男の剣先はガノンドロフの右頬をかすめ、真一文字に切り裂かれた皮膚から  
血がほとばしった。  
『この俺に……血を流させるとは……』  
 素早く身を回転させ、視野を移して男の位置を把握しながら、ガノンドロフは歯噛みした。それは好敵手への  
賛嘆ではなく、おのれを傷つけた者への強烈な憎悪の念の現れであった。  
『たかが一介の騎士風情に……』  
 肩で大きく息をするガノンドロフの前で、男もやはり苦しげに呼吸していたが、いまの攻撃に手応えを得たのか、  
すぐに剣を構え直し、さらに気合いを充たしつつ、間を測っている。  
 突然、ガノンドロフは剣を捨て、男に向かって左手をかざした。不審そうな色が男の顔に浮かぶ。と、その時、  
「はあぁぁぁーーーーーーッッ!!!」  
 ガノンドロフの手のひらから、白く輝く波動が放たれ、一直線に男を襲った。  
「うわあぁぁッ!!」  
 男は後ろにふっ飛ばされ、焼け残った家の壁にしたたかに身を打ちつけた。  
『……魔力を使わねばならんとはな……』  
 その怒り。その屈辱。  
 どす黒い情念がガノンドロフを包み、目が狂気の色を帯びる。  
 立ち上がり、剣を取ってゆっくりと男の方へ向かう。  
 壁にぶつけた時の怪我と、魔力攻撃による身体の痺れとで、男は身体を動かすことができないようだ。  
 その目の前に、剣を突きつける。下から見上げる目は、動揺をまじえながらも、まだ戦いの意志を満ちあふれさせて  
いる。が……  
「くだらん」  
 ガノンドロフは、男の胸に剣を突き下ろした。  
 肉を貫く手応え。断末魔の振戦。そして……すべての動きが止まる。  
 絶命の感触を味わいながら、ガノンドロフは、その口元に悽愴な笑いを浮かべていた。  
 
「ガノンドロフ様!」  
「大丈夫ですか!?」  
 ゲルド女たちが駆け寄ってきた。いまの男を追ってここまで来、二人の戦いを見守っていたのだろう。それに答えず、  
ガノンドロフは厳しい声で訊いた。  
「兵士はこいつ一人だけか?」  
「他には見ませんでした」  
「探せ」  
「はッ!」  
「村の外に見張りを立てろ」  
「はいッ!」  
 女たちは素早く散らばってゆき、あとにはまたガノンドロフ一人が残った。  
『解せぬ』  
 なぜ騎士がひとりでこんな辺境の村に? 軍事行動なら必ず他に部隊がいるはず……  
 考えを巡らしかけたガノンドロフの目が、一つの人影を捕らえた。  
『女?』  
 男の死体の脇に立ち、胸には白い産着にくるまれた赤ん坊を抱いている。  
 ガノンドロフはゆっくりと歩み寄った。女は茫然とした顔で倒れた男を見つめていたが、気配を察して  
ガノンドロフに目を移した。  
「この男の妻か」  
 その問いには答えず、女はきっとした視線でガノンドロフを見据えた。  
 あからさまな憎しみの色。  
『……面白い』  
 女が俺を見る時、その顔には常に恐怖と哀願しか存在しない。勇猛なゲルドの女戦士たちでさえ、俺の前では  
ただの弱い雌犬に過ぎない。ところがこの女は……  
『夫が夫なら妻も妻、といったところか……』  
 他に敵がいるかもしれないという危機感を悠々と無視して、ガノンドロフの胸に、めらめらと嗜虐の炎が燃え始める。  
『こういう手合いは、落とし甲斐がある』  
 襲撃は女たちだけのためにあるのではない。  
 ガノンドロフは、ずいと一歩近寄った。女は赤ん坊を抱く腕に力をこめ、一歩下がった。無言。しかし憎しみに  
満ちた目は相変わらずだ。  
「いいぞ」  
 そう口に出し、さらに一歩進む。女はまた一歩下がる。  
 一歩……一歩……  
 女の背が壁に当たった。ここまでだ。  
 ガノンドロフの腕が女の肩を掴む。女は赤ん坊を庇いつつ、激しく身体を振り動かす。その赤ん坊を女の胸から  
引きはがし、脇へ放り投げる。赤ん坊はたちまち火のついたように泣き始める。はっとしてそちらに目をやる女を、  
ガノンドロフは無慈悲に地面に押し倒す。  
「くッ!」  
 かすかな悲鳴が女の口から漏れる。だがその表情はあくまで硬く、目は反抗心にあふれている。  
 ガノンドロフはにやりと笑い、片手で女を押さえつけながら、残った手で女の衣服を引き裂いた。一瞬で女の  
股間が露出される。ガノンドロフは自らの下半身を解放し、何の斟酌もなく、猛るその巨根を女の膣内にねじ込んでいった。  
 
「!!!!!」  
 女の目が見開かれ、顔が苦痛に歪んだ。声を漏らすまいと、必死に歯を食いしばっている。だがそんな気丈な態度は、  
ガノンドロフの残酷な心をさらに躍らせるだけだった。  
「実にいい」  
 乱暴な挿入のあと、ガノンドロフは、しばらくは敢えて動かなかった。女の神経が痛みに慣れた頃を見計らって、  
体動を再開させる。その動きは、最初の急襲時とは異なり、実に玄妙かつ繊細で、女のツボを知り尽くした者に  
しかできない高等技術だった。  
「……う……く……」  
 女はきつく目を閉じ、迫り来る感覚と必死に戦っている。だがその意に反して、女の身体は否応なく  
ガノンドロフに反応し、徐々に熱を帯びてゆく。  
「……あ……あぁ……」  
 ガノンドロフは女の胸を露わにした。授乳期とて大きく張り切った二つの重い乳房を、ガノンドロフの厚い手が  
侵略してゆく。勃起した乳頭。それをガノンドロフはゆったりと味わった。  
「乳が出ているぞ」  
 揶揄するようなガノンドロフの声に、女は我に返り、顔をねじ曲げ、目で赤ん坊を探す。赤ん坊はまだ泣き続けて  
いるが、その声は少しずつ弱まっているようだ。  
「どうだ、夫の横で、他の男に犯される気分は」  
 ガノンドロフの残忍な問いに、女の顔が見る見る紅潮してゆく。  
「お前はな、死んだ夫の横で、その夫を殺した男に犯されているんだぞ」  
「!!!」  
 女はいきなり暴れ始める。いままでにない、狂ったような力で。  
 しかしガノンドロフの怪力は、そんな抵抗を難なく受け止める。手と舌が再び邪悪な攻撃を開始し、女の中に  
埋めた剛直が動きを速めてゆく。  
「くぅッ!……」  
 もう遅い、とガノンドロフはほくそ笑む。お前の心がいくら俺を憎もうが、お前の身体はもうお前のものではない。  
「いけ」  
 短く冷酷に告げ、ガノンドロフは本格的に腰を使い始めた。  
「ああぁッ!……」  
 女が不本意きわまりない快感によって引き裂かれようとした、その時、  
「敵だッ!」  
「村の外から敵がッ!」  
 遠くでゲルド女たちの切迫した声が響いた。  
 ガノンドロフは瞬時に停止し、声の方へと意識を飛ばした。  
 その瞬間、ガノンドロフの左脇腹に鋭い痛みが走った。  
「!!」  
 一瞬の隙をついて、女はガノンドロフの圧迫を脱し、傍らに飛びすさっていた。どこに隠し持っていたのか、  
その手には短剣が握られていた。ガノンドロフの血に濡れた短剣が。  
「こいつ……!!」  
 ガノンドロフの怒りが暴発し、さっと手にした剣が、女に向かってもの凄い勢いで風を巻いた。  
「きゃあッッ!!」  
 女は肩を切り裂かれ、噴出する血潮の中にどっと倒れた。  
 
 さらに飛びかかろうと身体を構えた時、左脇腹の痛みがガノンドロフを現実へと引き戻した。  
『傷は浅い』  
 掠めただけのようだ。動くには問題ない。だが、この女……  
『まさに、夫が夫なら妻も妻、だな……』  
 そこへゲルド女が一人、息を弾ませて駆け寄ってきた。  
「敵です!」  
「聞いた。数は?」  
「十五騎」  
「こちらは?」  
「さっきの男にやられた人数を引いて二十二騎」  
「応戦するぞ!」  
「はッ!」  
 ガノンドロフの頭は、女のことをすっかり意識から消し去り、いま為すべきことを冷静に考慮していた。  
『敵がハイラル軍なら……だが数の上では優勢』  
「撃って出ろ!」  
 再び馬上の人となったガノンドロフは、同じく馬に乗って集まってきた一団をまとめ、村の外へと駆けだした。  
 敵はやはりハイラル王国の騎士団だった。夜の平原で二つの集団はぶつかり合い、激しい戦いが繰り広げられた。  
最後に残ったのは、ゲルド族の方であった。ハイラル騎士団は全員が討ち死にした。しかしゲルド族の方にも  
少なからぬ被害が出ていた。  
 夜明け近くになって、ゲルド族は村に引き上げた。敵の部隊がいたということは、敵のさらなる攻撃の可能性が  
あることを意味する。ぐずぐずしてはいられない。すぐに砦に戻る必要があった。その前に怪我人の応急手当をし、  
少なくなった人数で運べるだけの最小限の獲物を運ぶ準備をしなければならない。ゲルド族は慌ただしく働いた。  
 ガノンドロフは村の広場へと戻った。火事は既にほとんど治まっており、燃え残りの家から立ち上る煙があたりを  
漂っていた。  
 男の死体はまだそこにあった。しかし女の姿はなく、赤ん坊も消えていた。  
『まだ生きていたか……』  
 だが、あの傷では逃げても長くは保つまい。赤ん坊の方は、せいぜい獣の餌にでもなるだけだろう。  
『重要なのは』  
 とガノンドロフは考える。  
『ハイラル軍の動きだ』  
 ちょうど通りかかったゲルド女を、ガノンドロフは呼び止めた。  
「昨夜の敵はすべて村の外から来たのか?」  
「はい」  
「村にいた兵士は……」  
 と男の死体を指し、  
「こいつだけだったんだな?」  
「そうです。村には他に兵士はいませんでした」  
『ということは……』  
 女を解放したあと、ガノンドロフはさらに考えを進めた。  
 この騎士は単なる派遣軍の一員ではなかった。家族を連れて村にいた。村に定住していたのだ。そして  
その背後には騎士団が……  
『この村を騎士団の根拠地に、ということか……』  
 ハイラル王国の着実な進出ぶりを、ガノンドロフは実感した。  
 昨夜は勝った。だが次はわからない。自らの野望への道を進むためには……  
「今後は俺も、やり方を考えねばならないようだな」  
 まぶしい朝の光に目を細めながら、ガノンドロフは呟いた。  
 

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