私本・時のオカリナ/外伝/第二話/サリア編、投下します。 
サリアが森の神殿に入る前、ミドとの間に起こったできごと。 
エロは不完全燃焼的。本番無し。 
話の流れとしては『4-1 Saria V』と『4-4 Saria VI』を繋ぐ形になります。  
 
 
 
 もうじき日が暮れる。家に帰らなければ。 
 ──と思いながらも、サリアは立ち上がる気になれなかった。 
 日が暮れるといっても太陽は見えない。空いっぱいに広がった黒い雲が、さらに黒さを 
増してゆく様子で、そうと知れるだけである。空気が陰鬱な色調に染められてゆく中、しかし、 
ここ『森の聖域』は、いつもと変わらぬ静けさに満ち、サリアの心を慰めてくれるのだった。 
 しめやかな空間の最も奥まった所にある切り株にすわり、しっとりと落ち着いた雰囲気に 
浸るのを、以前からサリアは習慣としていた。いまでは習慣というにとどまらず、一日の大半を 
ここで過ごすようになっていた。 
 それほど執着したい場所なのだった。 
 何度となく想起した鮮烈な記憶を、またもサリアは反芻する。 
 あれから一年が過ぎようとしているのに、まるできのうのことみたい。 
 この場所で──そう、目の前にある草の寝床の上で──あたしとリンクは結ばれた。二人とも 
着ているものをすべて脱ぎ捨て、自分だけの姿になって、互いを見、互いを抱き、互いを互いの 
ものとした。これ以上はないというくらいの悦びに満たされて、二人は幸せを分かち合った。 
 あの悦びはいまもあたしの中に残っていて、こうして記憶をたどるたびに、あたしをひたひたと 
刺激する。あたしを支配しようとする。特に、この── 
 右手を左の胸に置く。左手を右の胸に置く。 
 ──服の上からではわからないほどの、でも触ってみればどうにかわかるほどの、二つの小さな 
盛り上がりの頂点が、そして下腹に萌えるまばらな飾り毛のさらにその下、両脚の分かれ目に 
ひそむ狭い窪みの奥が、じんじんと痺れてあたしを煽り立てるのだ。 
 リンクの手で触られて、リンクの口に吸われて、たとえようのない快感を生み出した所。 
とりわけ下にある女の部分は、リンクの男の部分と繋がって、厳しい痛みとともに、それを 
上まわる凄まじいまでの感動を、あたしにもたらしてくれたのだった。 
 もし、いま、ここで、裸になって、リンクのしてくれたことを自分の手で再現してみたら、 
あの時と同じ快感が得られるだろう…… 
『だめ』 
 追想が呼び寄せる誘惑をいつものごとく振り捨て、サリアは胸から手を離した。 
 あの快感は、あたし一人のものであってはならない。リンクとともにある時でなければ得ては 
ならない。リンクとの交わりは、あたしたち二人の使命に関係した、大事な儀式だったのだ。 
その大事さを穢してはならないのだ。コキリ族にはあり得ないはずの変化があたしの身体に 
起こったのは、あくまで儀式のための準備なのであって──それは儀式のあと身体の変化が 
進んでいないことからもわかる──他の何にも関わりはない。 
 あるとすれば、一つだけ。 
 リンクは行ってしまったけれど、七年経てば──いまから数えれば六年後には──戻ってくる。 
その時あたしはもう一度、あの快感、あの感動、あの幸せを得ることができるだろう。 
『でも……』 
 それを待たなければならないなんて…… 
 肌寒い風がサリアを我に返らせた。 
 いつもより遅くなってしまった。夜になるまでに帰らないと。 
 求めるひとへの想いとともに、心の底の妖しいざわめきをも自覚しながら、ようやくサリアは 
切り株から腰を上げ、いっそう暗みを深め始めた森の中へと、重い足を運んでいった。  
 
 ミドの胸には苦い思いがわだかまっていた。 
 このところ悪い天気が続いている。食料となる木の実の収穫が、今年は減ることになるだろう。 
デクの樹サマが死んだあと新しい子供が生まれないという件に加えて、コキリの森に降りかかった 
重大な問題。コキリ族のボスとしては放っておけない。今朝もそのことで仲間たちと話し合いを 
したのだが…… 
 簡単に解決できる問題ではない。それが胸の苦みの一因だった。しかし苦みを強める別の要因が 
あることを、はっきりとミドは認識していた。 
 サリアである。 
 話し合いの場にはサリアもいた。ところがサリアは上の空で、話をちゃんと聞いてはいない 
感じだった。念を押そうと思い、あとで家を訪ねてみたら、姿がない。何度か出直しても 
留守のまま。いまもこうして出向いてみたが、日も暮れようかという頃なのに、まだ戻って 
きていない。 
 どこへ行っているかは明らかだった。 
 迷いの森の奥の奥。 
 サリアが好むその場所──『森の聖域』──を、ミドはほとんど訪れたことがなかった。 
迷いの森に入ってゆくことすら稀だった。人気のない寂しい所へ行くよりは、仲間と一緒に 
過ごす方が、ずっと楽しかったからである。 
 一方で、サリアとともに時々そこへ赴く者があったことを、ミドは知っていた。サリアが最近 
そこに入り浸っているのは、いまは森にいない、かの人物を思うがためであることも。 
 リンク。 
 他の仲間たちとはどこか違っていた。一人だけ妖精を連れていなかった。よくそのことで 
いじめてやったが、向こうもおとなしくはしておらず、しょっちゅう喧嘩になっていた。 
気に食わない相手だった。 
 本気で憎んでいたわけじゃない。男らしいところのある奴だとは思っていた。でも、その思いを 
表には出せなかった。なぜなら…… 
 おのれの抱く苦みの本態を、敢えてミドは抉り出す。 
 仲間に溶け込めないでいるリンクを、サリアだけが庇っていた。仲のいい二人だった。それが 
なおさら気に食わなかった。 
 繰り返し家を訪ねてもサリアに会えないのは、自分がサリアの眼中にないからだ──と 
思わされてしまう。どうにもやりきれない気持ちになる。 
 リンクは森を出て行った。一度は戻ってきたけれど、またすぐいなくなってしまった。あれから 
一年近くになる。もう二度と戻らないだろう。戻る気がないのだ。サリアはリンクを待っている 
ようだが、いくら待っても無駄なのだ。それをサリアはわかっていない。 
 いや、わかってはいてもわかりたくないのか。だからつらい思いをしているのか。 
『俺なら絶対そんな思いをサリアにはさせないのに……』 
 胸の苦みが頂点に達する。耐えられず背けた意識は、周囲の暗さへの驚きに転じた。 
 夜になる。サリアがこれほど遅くまで家を空けるなんて普通じゃない。ひょっとして何か 
あったのでは? 
 不安が一つの意思を生む。 
『待っていても会えないのなら……』  
 
 サリアは足を止めた。森の中にひっそりと隠れた、小さな泉のほとりである。『森の聖域』とは 
違った意味で、そこはいまのサリアにとり、馴染みの場所となっていた。 
 コキリ族は家々の近所にある池で水浴びをする。たいていの場合は集団を作り、遊びの延長の 
ような感覚で、わいわい騒ぎながら身体を洗うのである。自分の身が変化を呈し始めてから、 
サリアはその水浴びに参加していなかった。特徴のある裸体を見られることに大きな抵抗が 
あったし、他者の裸体を見ることにも抵抗を感じるからだった。気軽に見せてはならない、 
見てはならない、と思われてしまうのだった。 
 さりとて身体を洗わずにはすませられない。そこでサリアは、夜、みなが寝静まった頃を 
見計らって、ひとり、この泉を訪れ、こっそりと水浴びをしていたのである。 
『いま洗っておこうか』 
 コキリ族は夜更かしをしない。日没後は早々と眠りに就く。ゆえに、ふだんサリアがここを 
訪れるのも、それほど遅くはない時刻だった。 
 だけど今日はいつもより早い。夜になりきっていない。まだ仲間たちは起きている。水浴びなど 
していたら、ますます帰りが遅くなって、みんなに心配をかけてしまう…… 
『そんなこともないわ』 
 あたしが迷いの森にいるのは、仲間みんなが知っている。ちょっと帰るのが遅れても、大して 
心配はしないだろう。それに、いったん家に帰ってから出直してくるのは二度手間というもの。 
 でも、もし誰かがここへやって来たら? 
 いや、他の仲間はめったに迷いの森へ入らない。いまだって誰も来たりはしない。 
 残る懸念を押しやって、着ているものを脱いでゆく。素裸となる。剥き出しの足を水に入れる。 
 泉は浅い。すわってようやく肩が浸かるくらいである。しばらくそうやって水の温度に慣れ、 
次に両手で皮膚をこする。 
 すべきことを終えたのち、サリアは水中にあった身を立ち上がらせた。不意に冷たい風が舞った。 
濡れた肌には過ぎた刺激だった。思わず両腕を胴の前でかき合わせる。 
 肩に触れた手のひらが熱を感じ取った。身体が火照っているようだった。 
『あ……』 
 病気なのではない。他に症状はなかったし、何よりサリア自身が火照りの原因を知っていた。 
知っていて、強いてここまで無視してきたのである。 
 心の底の妖しいざわめき。 
 いまや無視できないまでに大きくなったそれが、サリアの腕を動かした。 
 右手を左の胸に置く。左手を右の胸に置く。 
 小さなふくらみの存在が強烈に意識され、応じて二つの先端部が徐々に固まりを形成してゆく。 
そこからぴりぴりとした感覚が──物騒がしくも懐かしく、危うくも悦ばしい感覚が──明確な 
快さを伴って生まれ出る。 
 こういうことをしてはいけないとあたしは決めたのではなかったか。リンクと一緒にいる時で 
なければならないと、していいのはリンクだけだと、自分に言い聞かせてきたのではなかったか。 
『違う』 
 これは水浴びだ。身体をこすって洗おうとしているだけ。触れた所がどんな感じになっても 
あたしのせいじゃない。だからあたしは…… 
 胸をまさぐる。それはこするというよりも揉むに近い行為だったが、サリアはためらいを 
放棄していた。 
 接触の強まりに従って感覚も強まる。肉体の隅々にまで拡散する。影響を受けた別の一点が 
声高な要求を開始する。 
『そこも洗わないと……』  
 
 右手を下へすべらせる。平らなようで実は微妙な起伏のある体表。そのうちのかすかな隆起に 
達した指が、萌芽した短い草を感知する。 
 もう少しで目指す場所に届く。もう少し。もう少し。下へ。下へ。脚の間にある長細い窪みの 
底でうずいているあたしの中心。下へ、下へ、奥へ、奥へ、こう、こうして、あたしは、そこに── 
「んッ!」 
 届いた! 
 あたしは触れている。初めて自分の指で触れている。気持ちいい。気持ちいい。こんなに 
気持ちいいことだったんだわ。思い出す。思い出す。リンクに触れられてあたしがどんなに 
気持ちよかったか。あの時の気持ちよさに比べていまはどうだろう。リンクに触れてもらう方が 
ずっといいとも思うのだけれど、あたしは自分で触れているんだから自分で好きなようにできる 
はずだわ。そう、こうしたら、こうしたら、もっと気持ちよくなれるかも── 
「あぁッ!」 
 やっぱり! これで! よかったのね! 
 それならこういうふうにしてみるのもいいんじゃない? いいんじゃない? いいわ。感じる。 
ずっとずっと感じる。いろんな具合にやってみよう。そうすればいろんな気持ちよさが── 
きんきんと刺されるような、じりじりと灼かれるような、ふわふわと包まれるような、違った 
種類の気持ちよさが──混ざり合って、溶け合って、それぞれの気持ちよさが別々にあるよりも 
はるかに大きな悦びをあたしに感じさせてくれるだろうからあたしは、ああ、あたしは── 
 待って。忘れちゃいけない。あたしは身体を洗っているんだ。いくら気持ちよくてもそれは 
ただの偶然だということを忘れちゃいけない。そういうことにしておかなくちゃいけない。 
でも、でも、こうやってここを触っていると、ぬるぬるして、べとべとして、あたしから流れ出る 
あたし自身の液体で濡れてしまって、洗うどころか逆に汚れてしまう。あたしがやっているのは 
おかしなことだ。だけどそんなはずはない。そんなはずはない。なぜならいまのあたしのここは、 
リンクと初めて唇を合わせた時、そしてリンクと初めて結ばれた時と全く同じようになって 
いるんだから、おかしなことなんかであるはずはない。そうよ。そうなのよ。同じなのよ。 
たとえこの場にリンクがいなくても、こうして自分で触っているのをリンクが触ってくれていると 
想像すればいいんだわ。だったらいまのあたしがあれと同じ快感を得たってちっともかまわない 
じゃないの。続けよう。続けよう。まだリンクが森にいた頃、あたしは『森の聖域』で裸になって、 
いまのようなことをやりかけた。あの時はリンクの声が聞こえて途中でやめてしまったけれど、 
いまは誰もあたしに呼びかけない。誰もあたしを止められない。行ける所まであたしは行く。行く。 
いく。いく。もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ── 
 
「サリア」 
 
 驚愕が一瞬にして熱を冷えさせた。冷却を通り越して凍結に至ったような気さえした。 
 声が間近で発せられたこと、すなわち声の主が間近にあることをサリアは知り、立たせていた 
身体をすぐさま水中に沈めた。しゃがみこんで股間を隠し、両腕を交差させて胸を隠し、声に背を 
向けて全身を──向けた背だけはどうにもできなかったが──隠した。 
 誰なのかと考えたのはそののちである。聞き覚えのある声ではあった。よく知っている人物の 
はずだった。が、どうしても名前が浮かんでこなかった。それほど頭が混乱していた。 
 そろそろと首だけをふり返らせる。 
 ミドが立っていた。  
 
 あまりにも急なサリアの体動がミドに驚きを与えた。それはすでに持っていた疑問と組み合わさり、 
ミドを大いに戸惑わせた。 
 帰らないサリアの身を案じ、ふだんは興味のない迷いの森に、敢えて足を踏み入れたミドである。 
道は知っていたので、森の名に反して迷うことなく歩みを進め、やがて泉に立つ裸のサリアを 
認めた。無事だったと確かめられて安堵が生まれ、しかし同時に疑問も生まれた。ミドは立ち止まり、 
接近に気づかぬふうのサリアに目をやったまま、その疑問を検討した。 
 仲間たちが近所の池でする水浴びに、最近、サリアは加わらない。不思議に思っていたのだが、 
やっとわかった。ここへ水浴びしにきていたのだ。でも、どうして一人でこそこそと? 
 変なのはそれだけじゃない。サリアの様子がどこかおかしい。胸と股を洗っているみたいだけれど、 
ただ洗っているだけには見えない。何となく顔が苦しそうだ。 
 数歩、足を出してみた。依然としてサリアは気づかない。 
 そこで声をかけたのだった。 
 結果がこれである。 
 水の中にしゃがみこんでしまったサリア。身体の調子でも悪いのだろうか。 
 歩み寄る。 
「来ないで!」 
 どきりとする。 
 茫然と水際で足を止め、ミドは口ごもりながら言葉を送り出した。 
「サリアが……なかなか帰らないから……俺……心配で……」 
 応答はない。こちらに向けていた顔も再び背けられてしまった。 
「具合が悪いのか?」 
 無言。 
『俺が心配してやってるのに……』 
 つい言い方がきつくなる。 
「そこに何を隠してるんだよ」 
 両腕を身体の前にやっている格好がそう疑わせたのである。ところがよく見ると、何かを 
抱え持っているようでもないのだった。 
 考えつく。 
「身体を見られたくないのか?」 
 だとすればサリアがみんなと一緒に水浴びをしなくなった点の説明がつく。といってもなぜ 
見られたくないのかわからない。裸を見られるくらい何でもないだろう。そんなことを気にかける 
者などコキリ族の中にはいないのに。 
 むらむらと怒りに近い思いが湧く。 
「リンクにだったら見せるんだろ」 
 飛躍した発言と自覚しつつも、そう言わずにはいられなかった。自分はサリアの眼中にないという 
最前の印象が、いまのサリアのかたくなな態度に重なっていたのだった。 
 サリアは反応した。びくりと肩を震わせたのである。 
『やっぱり』 
 見せるつもりなのだ。いや、もう見せたのか。 
「俺にも見せろよ」 
 別に見たいわけではない。それでも言葉を抑えられなかった。 
 サリアは答えない。動こうともしない。 
 思いが奔出した。 
 
「リンクには見せられても、俺には見せられないっていうのかよ!」  
 
 長い沈黙のあと、サリアはふり向いた。面差しに動揺はなかった。あらゆる感情が存在しなかった。 
 立ち上がるサリア。両腕を横に下ろしている。水に浸かった下腿を除き、身体の前面がすべて 
さらされていた。 
 あたりを占める暗がりの中では見落としてしまいそうなほど軽微な、しかしいかにも新奇な 
変化が、ミドの目を奪い、言葉を奪った。 
 ほのかに盛り上がった左右の胸。下腹部に生えた薄い繊毛。 
 サリアが裸を見せなくなった理由はこれなのか。でも…… 
「どうして……そういう……」 
 ようやく漏らした呟きに、抑えた口調で返事がなされる。 
「あたしには、使命があるの」 
「使命?」 
「いま、世界には悪いことが起こっているわ。デクの樹サマが死んだのも、空が晴れないのも、 
そのせいなのよ。あたしは『森の賢者』として、悪に立ち向かわなければならない。あたしの 
身体がこういうふうになったのは、それだからなの」 
 混乱する。 
「なんでサリアにそんなことがわかるんだよ」 
「リンクが教えてくれたわ」 
 むかっときた。 
「リンクは何をやってるんだ? 勝手にどこかへ行っちまって」 
「リンクは『外の世界』で悪と戦っているの。それがリンクの使命なのよ。いずれ森にも戻って 
くるわ」 
「戻ってなんかくるもんか!」 
「いいえ」 
 声を荒げるミドに対し、サリアはあくまで冷静だった。 
「戻ってくるわ。絶対に」 
 口を閉じざるを得なかった。あらゆる反論を封じる確信性を、サリアの言葉は有していた。 
 再び長い沈黙が流れる。 
 その末に── 
「もういい?」 
 サリアが言った。一瞬の当惑を経て、ミドは意味を悟った。 
「……ああ」 
 泉の中に立っていた裸体が、ゆっくりと岸に移動した。草の上に置かれた衣服を手に取り、 
肌が濡れたままであるのにかまう様子もなく、淡々と身に着けてゆく。ごく自然な動作だった。 
 ほどなく動作は完了し、小さな声が送られてきた。 
「このこと、誰にも言わないでね」 
「……ああ」 
 三たびの沈黙。 
 今度の沈黙は短かった。 
「先に帰るわ」 
 答えられなかった。それまでサリアに向けていた視線も保てなくなった。遠ざかってゆく足音を 
耳にしつつ立ちつくしていることだけが、ミドにできた唯一の行為だった。  
 
 迷いの森の出口に向けて歩を運びながら、サリアは心の中で一つの想念を繰り返していた。 
『ああするしかなかったんだわ』 
 そう、ああでもしなければ、ミドは納得しなかっただろう。 
 ミドがあたしを気にかけていることは、だいぶ前から知っていた。リンクに意地悪する理由も 
何となくわかってはいた。なのに、そんなミドの胸の内を、これまであたしは深く考えてこなかった。 
 いま、改めて想像してみると…… 
 あたしがリンクを好きなように、ミドもあたしを好きなのだろうか。 
 全く同じように、とは思えない。ただ…… 
 あたしのことが心配だったというミドの言葉は、本心からのものだろう。それに、あの叫びも 
──(リンクには見せられても、俺には見せられないっていうのかよ!)──きかん坊が駄々を 
こねるのと大きな違いはなかったにせよ、他にどうする手だてもなく、正直な思いを吐き出して 
みせたものだったに違いない。 
 もちろん、あたしがリンクに向けているのと同じ想いを、ミドに対して向けることはできない。 
しかしミドは真剣だった。応えてやらなければならなかった。コキリの森に降りかかる問題を 
何とかしようと頑張っているミドには、ほんとうのことを──とても理解はできなかっただろう 
けれど、せめてその大まかなところくらいは──知らせておかなければならないとも思った。 
 だからああしてみせたのだ。 
 危ないとは考えなかった。ミドがリンクと同じことをしてくるはずはない。コキリ族は── 
賢者であるあたし以外は──互いの身体に特別な興味を持ったりはしない。あたしだけにある 
特徴だって、変なものだとは思われても、男としての欲望を駆り立てる原因にはならないと 
確信できていた。 
『でも……』 
 胸に痛みが残っていた。 
 リンクにしか見せてはならない裸の姿を、あたしは他人に見せてしまった。 
 それは誰のせいでもない、あたし自身のせいなのだ。 
 泉で水浴びをしなければ──水浴びだからと自分をごまかして快感を得ようなどと考えさえ 
しなければ──こんなことにはならなかった。 
 あたしは愚かだった。自分の欲望に負けたのだ。やはりあの快感はリンクとともにいる時で 
なければ得てはならないものだったのだ。あたし一人のものであってはならなかったのだ。 
『ああ、でも……』 
 あたしが賢者でなかったら──使命という縛りがなかったら──あの素敵な感覚は、もっと 
素敵なものとなって、あたしの人生を彩ってくれていたのではないだろうか。 
 あり得べからざる空想を、しかしサリアは捨て去れなかった。なおいっそうの拡大すら試みた。 
 もし、この世界の何かが、ほんの少しだけでも違っていたら──と。  
 
 ミドは泉のほとりに佇み続けていた。 
 わずかに残っていた夕べの光もなくなってしまい、四囲は暗黒に満たされていた。いつもなら 
眠りに就いている頃である。が、ミドはその場を立ち去りかねていた。無数の疑問が頭の中を 
駆けめぐっていた。 
 悪とは何なのか。 
 リンクはどんなふうにその悪と戦っているのか。 
 そしてサリアは何をすることになるのか。 
 サリアの身体の変化がそこにどう関係してくるのか。 
 さっぱりわけがわからなかった。 
 わかったことは一つだけである。 
 リンクが他の仲間と「違う」存在だったように。サリアもまた「違う」存在なのだ。 
「違う」二人の間には、強い強い繋がりがあって、それは誰にも邪魔できない。 
 もともと二人は仲がよかった。いや、仲がいいというだけではない関係だった。 
 サリアのためを考えるなら、二人の関係を認めなければならない。 
 ほんとうは前からそう思っていた。リンクにあの言葉を投げつけた時も──(サリアを幸せに 
できないなら、二度と森へは帰ってくるな!)──ほんとうはこんなふうに思っていたのだ。 
 帰ってきて幸せにしてやれ──と。 
 二人の間には割り込めない。とうにわかっていたそのことを──わかってはいてもわかりたく 
なかったことを──今日、改めて思い知らされた。決して割り込ませはしないという固い意思が、 
サリアの態度から、言葉から、はっきりと伝わってきた。「先に帰るわ」と言ったのも、つまり 
「一緒には帰らない」という意味だったのだ。 
『でも……』 
 そんな態度をとりながら、そんな言葉を口にしながら、それでもサリアは身体を見せてくれた。 
他の仲間には見せなかったものを──無理強いの形ではあったけれど──見せてくれた。 
 あれがサリアの精いっぱいの思いやりだったのだ。 
 満足しよう。 
 サリアの思いやりに触れたこの泉を、自分にとっての特別な場所と考えよう。 
『ああ、でも……』 
 その思いやりに、自分は応えられるだろうか。 
 サリアはリンクが戻ってくると信じきっている。いつまでも待ち続けるだろう。たとえこの先、 
リンクが森に戻らなかったとしても、待ち続けたことを悔いはしないだろう。 
 それだけに、いじらしい。 
 サリアが待っているとリンクに伝えられたら…… 
 方法はない。 
『だけど、いつか、必ず……』 
 とミドは心に期す。 
 それがサリアのためにできる、ただ一つのことだったから。 
 
 
The End  
 

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