私本・時のオカリナ/外伝/第三話/ダルニア・インパ・アンジュ編、投下します。 
エロ担当は主にアンジュですが、描写は間接的です。 
註:この話のダルニアは「女体化」しています。アンジュ(仮名)=コッコ姉さん 
 
 
 
 インパの家で行われた作戦会議は、これといった懸案もなく、早々にお開きとなった。たまには 
会議に顔を出そうとカカリコ村を訪れたダルニアにとっては、何とも拍子抜けの仕儀ではあった。 
が、不平を言う気は全くなかった。 
 懸案がないのは情勢の安定を意味する。むしろ喜ばしいことなのだった。 
 ゲルド族の反乱が勃発してからほぼ半年。ハイラル平原西方の王国軍は、最初の決戦にこそ 
敗れたものの、以後は踏みとどまって健闘を続けている。ゲルド軍は釘づけになっていて、他所を 
侵略するだけの余力がない。その間にこちらは、カカリコ村、ゴロン族、ゾーラ族よりなる 
三者共闘態勢のもとで、守りを固めることができた。遠い所で戦っている友軍を手助けするには 
至らないが、ともかくも自分たちの安全は確保している。 
 とはいえ安全がいつまでも続く保証はない。いや、危機はもう目前に迫っているのだ。 
『そうなる前に……』 
 確かめておきたいことがダルニアにはあった。会議の早じまいはその点でも好都合といえた。 
 夜の戸外へと出て行く王党軍幹部たちには従わず、屋内に残ったダルニアは、胸に焦燥を 
くすぶらせながら、一同を見送るため戸口に立っていたインパへと顔を向けた。 
「あんたと……ちょっと話がしてえんだが……」 
 おずおずとした口調になる自分を意識する。いざ機会を得てみると、ためらいが湧いて 
くるのだった。 
 インパは近くの椅子に腰を下ろし、手で向かいの椅子を勧めてきた。身体の大きな者には 
少々窮屈な椅子である。ダルニアは身を縮め、そこにすわった。どのように切り出したものか、 
迷いがあった。確かめたいことの根底に、羞じらいを呼び起こす要素があるからだった。 
 下を向いて黙っていると、唐突にインパが口を開いた。 
「いろいろと世話になるな」 
「あ?……ああ……」 
 生返事になってしまう。しかしインパは意に介するふうもなく言葉を継いだ。 
「かつてゴロン族も、ガノンドロフには苦しめられたと聞いたが……いまはどんな具合だ?」 
「……うむ……鉱石の方も食料の方も、いまは問題なしだ。ドドンゴの洞窟が元の状態に戻った 
からな。まったく……あいつのおかげさ……リンクの……」 
 頭にあった人物へと話題が移ったせいで、自然にためらいが弱まった。ダルニアは顔を上げた。 
「話ってのは、そのリンクのことなんだ」 
 インパはわずかに首をかしげた。促すようなその素振りに力を得、ダルニアは熱をこめてあとを 
続けた。 
「あいつは王家の使者としてゴロンシティに来た。あんたはゼルダ姫の乳母だそうだが……王家の 
関係者なら、リンクがいま、どこでどうしているのか、知らねえか?」 
 インパはいぶかしそうに目を細め、逆に質問してきた。 
「リンクから何も聞いてはいないのか?」 
「はっきりしたことは聞いちゃいねえんだ」 
 曖昧に答える一方で、ダルニアは回想する。 
 リンクと契りを結んだ時。 
 自分が初めて「女」であれた至福の時。 
 限りない喜びを──そして羞じらいを──誘う甘美な記憶から、ダルニアは強いて客観的な 
事実を選び出し、頭の中で整理した。 
 あの時のリンクは、知っていることを全部は話していなかった。が、そう察しつつも、俺は 
詮索を控えた。話さないのは話せない理由があるからと信じたのだ。 
 翌朝、こちらの勧めに応じて、リンクは大妖精に会うため、デスマウンテン山頂に向けて 
出発した。そのあとどうなったのかは知らない。知っているのは、七年後──いまからすれば 
六年半後──リンクが炎の神殿にやって来て、俺と二度目の契りを交わす、ということだけだ。  
 
「そうか……」 
 ため息とともに短い言葉を漏らしたのち、インパは沈黙した。目を伏せ、何かを深く考えている 
様子である。何を考えているのかと不審に思いながら待つうち、インパは再び視線を向けてきた。 
「あなたには知らせてもいいだろう。いや、知らせておくべきだな」 
 思わせぶりな前置きののち、インパの口から語られたのは、数奇の極みと呼ぶ他はない、 
リンクの冒険の概略だった。 
 七年間の封印。未来での活動。そして時を越える旅。 
「──いまどうしているかについてなら、すでにリンクはこの世界にはいないと思う。なすべき 
ことをなし終えて、未来の世界に帰っているはずだ」 
 長い話の中途においても、それが終わったあととなっても、驚きのあまりひと言さえ発する 
ことができずにいたダルニアだったが、聞いてなるほどと腑に落ちる点はいくつかあった。 
 ガノンドロフが魔力によってデスマウンテンを大噴火させ、ゴロン族は全滅してしまう── 
などと、いかにも未来を知っているかのような口ぶりだったリンク。「かのような」ではなく、 
まさに未来を知っていたのだ。 
 リンクの男ぶりに感嘆して、お前なら伝説のマスターソードを引き抜けるだろうと呟いた時、 
リンクは何かを言いかけた。期せずして真実を衝いたこちらの発言に、思わず反応しそうに 
なったのだろう。 
 なぜインパにはすべてを告げ、俺には黙っていたのか、リンクの奴、水くさい──と思わないでも 
なかったが、ダルニアはすぐに考え直した。 
 インパは単身ハイラル城に潜入するなどして、独自の情報を持っていた。事態の全容を 
理解しやすい立場だったのだ。それでリンクは秘密を明かした。決して俺をないがしろにした 
わけではない。実際、いくら相手がリンクであっても、こんな突拍子もない話を聞かされていたら、 
信じることができたかどうか。第三者である大人のインパが、こうして冷静に、理性的に話して 
くれたからこそ、素直に信じられるというもの。 
 とはいえ…… 
「俺に話してよかったのか?」 
 リンクがインパに秘密を明かしたのは、口の堅さを期待した上であるはず。 
「かまわんさ。賢者という点で私たちは同格なのだし、特にあなたの場合……」 
 インパは優しげな口調になった。 
「もうあまり時間が残っていないのだから」 
 ダルニアは頷く。 
 デスマウンテンの大噴火は半年くらいあと──とリンクは言った。その半年はすでに経過した。 
目前に迫っている危機なのだ。 
 準備はできている。カカリコ村やゾーラ族との共闘態勢は完成したし、族長の跡継ぎも 
決めてある。現実世界から切り離される自分の境遇についても充分に飲みこみずみ。リンクの 
ことだけが気がかりだったが、それもインパの話で納得できた。あとは時機を逸さず炎の神殿に 
我が身を投げ入れるだけ。 
「そういや……」 
 連想が疑問を呼び起こした。 
「あんたが『闇の賢者』なら、いずれは闇の神殿に入ることになるんだろうが、そいつはいったい 
どこにあるんだ?」 
「この村だ」 
 あっさりとした答に、ますます疑問が強められた。ダルニアの知る限り、神殿の名に値する 
ような建造物など、カカリコ村にはなかったからである。 
 疑問を読み取ったのだろう、インパは小さな笑みを口元に浮かべ、短く誘いを呈示した。 
「案内しよう」  
 
 リンクとの共同作業によって明らかとなった闇の神殿のありかを、現在、他に知っているのは、 
王党軍幹部らのみ。関連する場所である王家の墓を有事の際の避難所と想定しているので、 
いずれは公開されるべき情報なのだが、ゲルド族への機密漏洩を防ぐため、当面、一般の 
村人たちには知らせないことにしたのだ── 
 ──というインパの説明は、ダルニアにもよく理解できるものだった。ただそれゆえ、行動を 
開始するまでにはしばらく間をおかねばならなかった。村人たちの目を避ける必要があった 
からである。 
 夜半を過ぎた頃となって、ようやく二人は家を出、無人の通りに足を踏み出した。空を 
埋めつくす暗雲に月の光は遮られ、闇夜に近い暗さである。加えて人目につかぬようにと灯りを 
持たなかったので、村の地理に不案内なダルニアにすれば、どこをどう進んでいるかもわかりづらい 
道行きだった。対して、夜目がよく利くらしいインパは、惑う気配も見せず足早に歩行を続け、 
難なくダルニアを目的地まで誘導した。 
 墓地だった。 
 入口の脇に建つ小屋をダルニアは懸念したが、インパによると、そこの主である墓守の 
ダンペイは、この時間帯にはいつも眠っており、また神殿の秘密を知る一人でもあるので、 
心配はないとのことだった。 
 墓地の最奥部へと至って、インパは立ち止まった。 
「これだ」 
 暗闇の中、ダルニアはどうにかインパの示すものを目に捉えた。崩れかけた石碑である。 
インパはそれに手をかけ、力をこめて前方に押した。石碑はゆっくりと移動し、深い縦穴を 
出現させた。 
「闇の神殿は地下にあるのか?」 
「降りた所は王家の墓だ。神殿はもっと先にある。しかし神殿が地下に位置していることも確かだ」 
「そこまで行けるか?」 
「途中で天井に飛び移らなければならない。あなたの体格では無理だと思う」 
「だろうな」 
「それに、下へ降りている間、誰かがここへ来ないとも限らない。穴を見つけられると厄介だ」 
「じゃあ神殿見物は諦めとこう。なに、場所がわかっただけでも来た甲斐はあったってもんだ」 
 話はまとまり、インパは再び石碑を押して穴を塞いだ。 
 直後、インパの顔が弾かれたように墓地の入口の方を向いた。何ごとかと怪しんで視線を追うが、 
ダルニアの目には何も見えない。 
「どうした?」 
「しッ!」 
 小声で制される。 
「誰か来る」 
 ダルニアは耳を澄ませた。 
 なるほど、かすかではあるが足音が聞こえる。 
「誰だ?」 
 ささやきで問う。 
「わからん」 
 ささやきが返る。距離があるため、夜目の利くインパにも視認できないようである。  
 
 ダルニアの脳は忙しく回転した。 
 インパの危惧がいきなり的中した。誰? 村人? つけられた? 違う。来る途中は警戒して 
いたからつけられたはずはない。たまたま行き合わせただけだ。にしてもこんな時刻にどうして 
墓地へ? 灯りも持たないとは──自分らもそうだが──うさんくさい。神殿の秘密を探ろうと 
しているのか? それなら身体を張ってでも止めなければ。ただ、いまは出て行けない。 
もし無害な相手ならこちらの存在を知られたくない。知られたらここで何をしているのかと 
かえって不審に思われてしまう。 
 インパも同じように考えたとみえ、身を縮めて石碑の後ろに隠れた。ダルニアも真似をした。 
その程度ではとうてい隠しきれない巨体なのだったが、闇が看破を防いでくれるはずと 
期待したのである。 
 足音はゆっくりと、けれども確実にこちらへと近づいてくる。心身の緊張を自覚しつつ、 
ダルニアはできるだけ気配を殺そうと努めた。 
 緊張が限界に達したところで足音が止まった。目と鼻の先といっていいほどの近さである。 
『気づかれたか?』 
 そうではなかった。 
 目を凝らせばかろうじて人影が見える。二人分。草の上に腰を下ろしたようだ。ぼそぼそと 
何か言っている。男の声。続けて女の声。細かい内容は聞き取れないが、二人は話に夢中のようで、 
こちらに気づいた様子はない。やはり暗闇が遮蔽の役割を果たしてくれているのだ。向こうは 
こんな間近に誰かがいるとは想像もしていないだろう。どうやら神殿が目的ではないらしい。 
とりあえずは安心。しかし、ならば何が目的なのか。 
 二人が声と息づかいを徐々に強めてゆく。それでようやく思い至った。 
 人目を忍んでの逢い引きである。 
 男女と知れた時点で察するべきだった──とダルニアは胸中で自嘲した。 
 男ばかりのゴロン族の中で、同じく「男」として生きてきた俺には、全く縁のない行為。 
だから考えつかなかった。 
『それはともかく……』 
 困ったことになった。ここでこちらが出ていけば、どうしたって二人に気づかれる。お互い 
気まずい思いをしなくてはならない。また、さっきも考慮したとおり、神殿の秘密を守るためには、 
こちらの存在を隠しておきたい。 
 インパも動くつもりはないようである。 
『しかたねえ』 
 じっとしているしかない。が、そうなると──ほとんど見えていないとはいえ──眺めて 
いるのも失礼な気がする。せめてものことにと視線をそらせる。 
 あまり意味はなかった。視覚は断っても聴覚は断てない。声や物音は否応なく耳に入ってくる。 
しかも、二人は興が乗ったものか、初めは押し殺していた声を、だんだん遠慮のない音量に 
してゆく。とりわけ女の方は、甘えるような呻きを絶え間なく口から漏らし続けている。 
 聞き過ごせ──とおのれを叱責するダルニアだったが、至近でなされる営みへの関心を封じる 
ことはできなかった。 
 世間の男女はいったいどんなふうに情を交わすのか。 
 ゴロン族とはかなり違っているだろう。『兄弟の契り』は部族内の上下関係を確立するための 
儀式であって、愛情や性欲が介在しない。また精神的な意味ばかりでなく、受ける立場の女が膣を 
使う点で、形の上でも違っている。 
 もちろん全く知らないわけではない。女として男と交わった経験は──一度だけにせよ──ある。 
ただ、その時の自分は普通の女とはかけ離れた言動を示していたのではないか、女にしては奇異な 
様態だったのではないかとの不安が頭から去らない。そこらの男よりはずっと逞しい身体つきと 
あって、自分の「女」の度合いに自信が持てない。ゴロン族としての自分には無関係であるべき 
感情ではあるものの、将来、もう一度、女である機会を持つはずの自分としては、どうしても 
こだわりを感じてしまう。 
 いまのところは想定内だ。格好や仕草は見えないけれども、こうやって声を聞いている限り、 
女ならそうもするだろうと予想できる範囲。女が甘やかに漏らす呻きにしても、自分だって 
同じように漏らしていたというおぼろげな記憶は残っている。それが自分に似合った振る舞いか 
どうかは別問題だが……  
 
「あぁッ!」 
 女がひときわ悩ましい声をあげ、次いで、 
「あッ!……あッ!……あッ!……あッ!……」 
 規則的な喘ぎを発し始めた。男の荒い呼吸と、何かをかき混ぜるような粘液質の音も、 
その喘ぎに同調して聞こえてくる。 
 男が挿入したのだ──とダルニアは悟った。 
 陰茎が膣内を激しく往復しているありさまが脳裏に浮かぶ。高ぶりを増す女の声が、局部に 
感じているであろう快美を鮮明に表現している。そしてそれらはかつて自分がリンクを受け入れた 
時のありさまを、快美を、まざまざと思い出させ、その時の自分はちょうどこの女のように 
女としてあるべき自然な状態だったのだという安堵とともに、いま、まさに、同じ快美を自分は 
欲しているという恥ずかしい、いや、正直な気持ちを心の中に湧き上がらせ、うずくような、 
熱せられるような、身体が熔けて流れ出すような感覚を、そこに、奥に、股間の一点に、脈々と 
集中させ…… 
「おぉッ!」 
 呼吸の規則性を破って男が声を出した。 
「すごいよ……アンジュ……」 
『アンジュ?』 
 覚えのある名前。確か大工の親方の娘。王党軍の幹部である親方とは、前にいっぺん話をした。 
その時、たまたま一緒にいた彼女を紹介された。はたち過ぎくらいの清純そうな女で、嫁入り前 
とのことだったのに、男とこんなつき合いをしているとは意外。もっとも未婚だからこそ、 
このように夜の墓地でこっそり逢瀬を楽しんでいるのだろうが…… 
 それにしてもいまの男の言葉は? すごい? 何がすごいのだと? 男にすごいと言わせる 
ような何かをアンジュがしたのか? いったい何をしたのだろう。こういう時、女に何ができる? 
わからない。俺の場合はリンクがひたすら打ちこんでくる男の武器をただただ受け入れる 
ばかりだった。自分から何かをしようという気にはなれなかったし、何かができるとも 
思わなかった。俺がわからないだけなのだろうか。女であれば誰でもいまのアンジュと同じことが 
できるのだろうか。男を悦ばせるために、それは女がやらねばならないことなのだろうか。 
 男の感動がアンジュをも感動させたようだった。喘ぎはますます高ぶり、複雑なうねりを呈し、 
のみならず、動物的な発声の間に意味を持った言葉の断片が挟みこまれる。 
「来てッ!」 
「してッ!」 
「いいわッ!」 
「もっとッ!」 
 男の体動が速まるのがわかった。アンジュの言葉が男を煽り立てているのだった。それがさらに 
アンジュを熱狂させ、応じて男も熱狂してゆく。 
 二人が終局にさしかかりつつあるのを感じ取りながら、ダルニアの思いは千々に乱れた。 
 性交中の女の言葉はこれほど男を燃え上がらせるのか。俺がリンクと交わった時は意味のある 
言葉など出さなかった。出そうとしても出せなかっただろう。そんなのは俺には似合わない。 
しかしそれをいうならアンジュだって、おとなしげな日常の風貌と、いまのひたむきな 
熱狂ぶりとは、同一人物とは思えないくらい相違している。セックスとはそういうものだと 
するならば、俺も将来リンクとは──  
 
 不意に二人の声が止まった。身体をぶつけ合う音も聞こえなくなった。 
 それまでとは打って変わった静けさが、二人の男女の究極的な感動を、かえって雄弁に 
物語っていた。 
『やれやれ……』 
 ダルニアはひそかに息を吐いた。 
 欲情は依然として股間に渦巻いている。胸は早鐘のように動悸を打っている。 
 それでも事は終わったのだ。微動すらしないインパに合わせて、ずっと身体を縮めてきたが、 
その体勢を維持するのは少々きつい。これで二人が帰ってくれれば、窮屈な状態から解放される…… 
 期待は裏切られた。二人は去ろうとしないのだった。熱烈な情動をこそ終息させたものの、 
相変わらず草上にあって、甘ったるい会話を続けている。 
「わたしたち、婚約してずいぶんになるわね」 
「うん、世の中がこんなふうになってなけりゃ、とうにその期間も終わっていたのに」 
「カカリコ村も戦争に巻きこまれると思う?」 
「わからない。でも、いまの具合だと大丈夫じゃないかな」 
「だといいわね」 
「もしこのまま……ずっと何も起こらなかったら……」 
「……起こらなかったら?」 
「結婚しよう」 
「ほんと? 嬉しい!」 
「だけど僕と結婚したら君は苦労するよ」 
「どうして?」 
「家業が養鶏だからさ。君はコッコが苦手だったじゃないか」 
「そんなの平気よ。あなたと一緒に暮らせるなら、何だって乗り越えてみせるわ」 
「料理の腕もね」 
「もう! それをここで言う?」 
「期待してるよ、未来の奥さん」 
「はいはい、精進いたします」 
 こいつら──とダルニアは嘆息した。 
『人の気も知らずに、お熱いこった』 
 腹が立ったのではない。羨ましかったのでもない。 
 微笑ましかった。 
 二人のセックスには心を乱されたのに、この親密なやりとりには動揺を誘われない。婚約にせよ 
結婚にせよ、あまりにも自分とは無縁のものだからだろう。むしろ、この二人の愛を成就させて 
やりたいという温かい気持ちが生まれ、そのためには自分がデスマウンテンの大噴火を防いで 
村の平和を保たなければ、と改めて奮起を促される。 
 そんな感興を妨げるかのように、またも二人は息づかいを荒くし始めた。 
『まだやる気かよ』 
 とあきれてしまう。さらに、 
「ね、今度は後ろでして……」 
 アンジュの言が驚きを呼んだ。 
 後ろで? とは、つまり…… 
 肛門性交。 
 ゴロン族にとっては常識である。だが部族外の、しかも男と男ではなく男と女が行うことに、 
大きな衝撃を覚えたのだった。 
 考えてみれば不思議でもない。女である自分だって──「男」としてではあれ──経験して 
いるのだし、ゴロン族以外の男女間においてもそれがセックスの一形態であり得るとは容易に 
想像できる。ただ、ゴロン族の場合、その行為は特別な意味を持っていて……  
 
「後ろが好きなんだな、君は」 
「あなたも好きでしょ?」 
「ああ、好きさ。でも初めてそうした時だって、君の方から言い出したんだよ」 
「それは……来てもらえる所は、全部、あなたに来て欲しかったから……」 
「いまも?」 
「いまも。この先もずっとよ!」 
 揶揄するふうだった男の台詞が、アンジュの情熱に絆されてか、感動のこもった吐息に変じた。 
会話は途絶し、互いの肢体をまさぐるなまめかしい物音がひとしきり続いた。次いで、 
「ん……んん……ぁ……あぁぁ……あん……んんん……んんあぁぁ……」 
 重々しい呻きを漏らすアンジュ。男が進入を開始したのだとわかった。 
 初め、苦しげだったその声は、じきに淫猥な嬌声へと移行した。男も荒々しく呼吸しながら、 
盛んに身を躍動させている様子である。何の障害もなく肛交に没頭している二人なのだった。 
 ダルニアは当惑していた。 
 経験の乏しい膣交とは異なり、肛交については知りつくしている。しかし、直近で繰り広げられて 
いる行為は、自分の知るそれとは別次元のものと認めざるを得ない。 
『兄弟の契り』が神聖な儀式であるのに対し、この二人は奔放に快楽を求めている。そこに 
違和感を覚えてしまう。けれども二人の熱中ぶりは先刻の膣交時と全く同じであって、つまり 
どこを使って交わろうが本質は同じということであって、ゆえにこれこそが睦み合う男女の正しい 
あり方だと信じないわけにはいかないのだ。 
 だったら自分も──かつて随喜したリンクとの交わりを未来でもう一度と渇望する自分も── 
その際には前門のみならず後門をもリンクのために開かなければならない。どんなふうに女で 
あればいいかと考えるのであれば。 
 そうするべきだとは思っていた。ただしその意味合いは、キングドドンゴ退治の件でゴロン族が 
リンクから受けた恩義に報いるためという、いわば『兄弟の契り』の延長のようなものだった。 
ところがいま思うのは──いや、実は前から心の底ではわかっていたことなのだが──もっと 
率直に、もっと純粋に……リンクが……欲しいと…… 
 いったん治まっていた欲情が、再びダルニアの中で膨れ上がっていた。最前に感じたそれよりも、 
はるかに程度が強かった。股間の潤みが自覚された。潤んでいると同時に、そこは激しく 
燃え盛っていた。 
 触れたい──との衝動を、ダルニアは必死で抑えつけた。 
 ゴロン族の掟は自慰を禁じている。だけではない。もしその制約がなかったとしても、インパが 
すぐ横にいる状態で、どうしてそんなことができるだろう。 
 抑制が崩れる直前となって、二重の叫びがダルニアの耳を打った。狂おしく互いを求め合っていた 
男と女が、とうとう絶頂に至ったのだった。 
 あとは先例のごとく静寂が場を支配した。 
 急所を炙る高熱がすぐになくなるはずもなかったが、それでも刺激の根源が鎮まったことで 
衝動の暴走は回避され、からくもダルニアはおのれを保った。  
 
 満ち足りた男女は、なおも陶然とした雰囲気を漂わせつつ、墓地から去って行った。身の秘匿を 
余儀なくされていたダルニアとインパも、ようやく帰途につくことができた。 
 歩く間、二人は口をきかなかった。インパの家に戻ってからも沈黙は続いた。 
 ダルニアは居間の椅子に坐し、小さく息をついた。肉体の興奮は薄まっていたが、完全に 
消えてもいなかった。 
 気配がしたので目をやると、酒を満たしたグラスが二つ、テーブルの上に置かれていた。 
向かいの椅子に腰を下ろしたインパが、手の仕草でその一方を勧めてきた。応じてダルニアは 
グラスを持った。インパも残りのグラスを手元に引き寄せた。 
 中身を口に移す行為を、二人は無言のまま何度か繰り返した。グラスの半ばほどが空いた 
ところで、やっとインパが言葉を発した。 
「我々のような独り者には、つらい時間だったな」 
 どきりとする。 
 単なる軽口とは思えなかった。こちらが欲情していたことを知った上での発言と解釈された。 
 羞恥が頬を熱くする。が、 
「まあな」 
 敢えてダルニアは同意の返事をした。 
 事実を否定しても始まらないし、否定したところでインパの目は欺けまい。 
 そればかりではない。「我々のような」と言うからには、インパ自身も欲情していたことになる。 
あまつさえ、そう告白したわけだ。あの謹厳なインパが。 
 意外な感とともに、安慮の念をもダルニアは抱いた。 
 自分のみではなかった。インパもまた女だったのだ。 
 その思いが、冷やかしめいた台詞をダルニアに吐かせた。 
「あんた、男はいねえのか?」 
 インパは首を振った。 
「若い頃に多少の経験はある。男とだけではなく、女ともな。しかし普通の意味で誰かと交際した 
ことは、この歳になるまで一度もない」 
 わかるような気がした。 
 自分とは違い、見かけからして明らかに女であるインパだが、それでも並みの女に比べたら 
相当いかつい身体つきだ。美しいと表現できる顔立ちともいえないし、ふだんの態度も 
ぶっきらぼうだし、男を惹きつけるような──そう、たとえばアンジュのような──魅力が 
あるとは評しがたい。なおかつ、闇に生きるシーカー族であり、王女ゼルダの乳母であり、 
いまは王党軍を率いる指導者ときている。男どころではない生活だったのだろう。  
 
「けどよ」 
 指摘してやりたいことがあった。 
「リンクとは契ったんだよな?」 
 先にリンクの冒険を語った時、インパはその点に触れなかった。だが『闇の賢者』で 
あるからには──『炎の賢者』である自分と同じく──当然、そうしたはずなのだ。 
 女っぽさに欠けるインパが、しかも、ほんの子供に過ぎないリンクと、どんなふうに 
交わったのだろう。想像するのも難しい。 
 もちろん、インパ以上に女離れしていて、さらにインパよりも年上の自分に、その点を云々する 
資格はない。けれども、境遇が自分と似たところのあるインパには、ざっくばらんでありたく 
なってしまう。親近感が湧くとでも言ったらいいか。 
 ダルニアの指摘に対し、インパは照れる様子もなく、鷹揚に笑みすら浮かべ、 
「妬けるか?」 
 と、からかうような口ぶりで訊いてきた。 
 一瞬、戸惑ったものの、ダルニアは平静に応じた。 
「いや、別に」 
 本音だった。 
 女であれば、好きな男が他の女と通じたら、嫉妬するのが普通なのかもしれない。なのに 
自分の場合、そんな感情は全く生じてこないのだ。リンクが他の女と交わっても、それが 
当たり前だとさえ思う。賢者を覚醒させるのに必要な行為だからというのではなく、誰が相手で 
あってもそう思うだろう。理由は簡単。自分とリンクの間には通常の男女関係が成り立たない。 
あまりにも歳が離れているし、また何より、ゴロン族の族長が女として男と恋愛するなど決して 
あってはならないこと。アンジュの結婚話に動揺を誘われなかったのも、その意識があったからだ。 
 女の枠からはみ出している俺を、リンクは女と認めてくれた。それで充分。他人がどうで 
あろうと関係ない。 
「なら、よかった」 
 インパが言った。頬に残る笑みがダルニアの胸を温かくした。インパの方もこちらに親近感を 
抱いている、と理解できたのだった。 
 いまの問いも然りである。 
 ゴロン族の族長が実は女であるとの事実は、いまやカカリコ村でも周知となっているはずだが、 
ゴロン族の習慣を重んじてか、それを大っぴらに話題とする者はいない。ところが「妬けるか?」 
というインパの台詞は、こちらが女であることを前提としている。つまり──この場に限っては 
──こちらをゴロン族の族長ではなく一人の女として遇すると暗に言っているわけだ。遠慮を 
捨てているわけだ。遠慮を捨ててもかまわない相手と考えてくれているわけだ。 
 リンクがそうであったように。  
 
 ほのぼのとした感慨に、インパがさらなる問いをかぶせてきた。 
「リンクのことを、どう思う?」 
 言葉に詰まる。女としての心情を赤裸々に告白するのは、さすがに憚られた。 
「そうさな……」 
 穏当かつ適切な表現を構築しようと試みるが、咄嗟にはうまくまとめられない。ダルニアは 
考えるままを口にした。 
「あいつはよ……どう言ったらいいのか、俺にはよくわからねえが……あいつは……『いいやつ』 
なんだ。一緒にいて、気持ちがよくて……こっちも力が湧いてくる、っていうか……」 
 インパが満足げに頷いた。舌足らずな言であったにもかかわらず、真意は伝わっていると 
察せられた。なお胸中は温まり、相手の真意も確かめたくなる。 
「あんたはどう思ってるんだ?」 
 若干の間をおいて、答がなされた。 
「正直だとか、無鉄砲だとか、勇敢だとか、種々の言い方が可能だが……私が思うのは……」 
 しみじみとした口調である。 
「リンクには、濁りがない」 
 胸を衝かれた。 
「物事の本質を素直に受け取る。自身の言動も透徹している。単純素朴ともいえるが、それだけに 
芯が強い。接していて我が身が省みられる」 
 ダルニアは黙っていた。言語を超えた感銘を心の中で味わっていた。 
 我が身が省みられる。まさにそのとおり。俺は実にくだらないことで悩んでいた。そう、 
リンクなら── 
「ん?」 
 インパが表情を引き締め、室内に視線を走らせた。ダルニアも周囲を見まわした。家屋にも 
調度にも異状はない。が、ダルニアの神経は、視覚には捉えられない微細な振動を明確に 
感知していた。 
「地震か」 
 インパが呟き、安心したようにあとを続けた。 
「大したことはないな。この程度の揺れは、カカリコ村では日常茶飯事だ」 
「いや」 
 即座に否定する。 
「ただの地震じゃねえぜ、これは」 
「何だと?」 
「でかい噴火の前触れだ。長年デスマウンテンで暮らしてきた俺にはわかる」 
 インパの顔が驚きに満ち、次いで気遣わしげな色調を帯びた。 
「では──」 
「ああ」 
 みなまで言わせず、ダルニアは席を立った。 
「俺が炎の神殿に行くべき時が来たってこった」  
 
 すぐに別離の場面となった。身軽な出で立ちだったダルニアは、出発に際して仕度というほどの 
仕度を必要としなかったし、インパの方も心得たもので、感傷めいた台詞を連ねて時間を浪費する 
愚は犯さず、簡明に送別の辞を述べただけだった。 
「賢者としての使命を全うできるよう、祈っている」 
「お互いにな」 
 粛然とした面持ちのインパに向け、敢えて朗らかに笑いを返す。それを最後の挨拶として、 
ダルニアは戸口から外に出た。 
 急ぎ足で村を横切り、デスマウンテン登山道に入る。 
 通り慣れた道とはいえ、月も見えない深夜とあって、足元を確かめるのが難しく、進行速度を 
上げられない。加えて地面は軽微ながらも異様な振動を断続的に繰り返し、地下に溜まった熱塊の 
放出時期が近づいていることを明示している。 
 しかしダルニアは焦らなかった。 
 地震の規模は小さい。噴火が起こるまでには、まだ間がある。この調子で行けば余裕をもって 
火口に到達できようし、ゴロンシティに寄って仲間たちに別れを告げる時間もとれるだろう。 
 前途に憂いはなかった。心は澄み渡っていた。一つの点だけが感情を刺激していたが、それも 
希望と呼ぶべき事柄であり、決して屈託とはならなかった。 
 リンク。 
 インパの評が思い出させてくれた。 
 女離れした自分の風貌を忘却はできない。かといって、どんなふうに女であればいいか、などと 
惑うのは、全く無意味だ。 
 交合の最中に何らかの行為でもって男を感動させるとか、露骨な言葉で男を熱狂させるとか、 
そんなことはできなくても一向にかまわないし、そうしようと考える必要もない。自分はありの 
ままの自分でありさえすればいい。 
 リンクもそれを望むだろう。濁りない目で相手の本質を見るリンクなら。 
 来たるべき再度の契りを思い、胸躍るとすら呼び得る意欲をもって、現実世界における最後の 
行程を、一路、ダルニアはたどっていった。  
 
 ひとり室内に残された身を、再び椅子の上に置き、インパはダルニアとの別れを反芻した。 
 賢者としての覚醒を──現時点では半覚醒だが──前にして、ダルニアは自らの運命を平然と 
受け止めていた。この現実世界への未練は全くないようだった。以前から覚悟していたのだろう。 
ゴロン族の族長というほどの立場なら当然の心構え。それでも、常人がとうてい及ばない堅固な 
精神と嘉するべきであるには違いない。 
 もちろん『闇の賢者』である私も、同じ覚悟をしている。その場になっても取り乱さないだけの 
自信はある。が…… 
 インパは思わず苦笑した。 
 おのれの持つ「邪心」が意識される。 
 墓地で男女の肉交に遭遇し、ダルニアは明らかに欲情していた。しかしダルニアに負けず劣らず、 
この私も欲情させられていた。 
 それを恥ずかしいとは思わない。人として健康な証拠だ。だから私は行動に出た。ダルニアの 
欲情を察知していると伝え、自身もそうだと告白した。その上で誘いをかけてみた。女との経験も 
あると明言することによって。 
 ためらいはなかった。境遇が自分と似たところのあるダルニアには、ざっくばらんで 
ありたかったのだ。 
 ところが…… 
 ダルニアは反応を示さなかった。故意に無視したのではあるまい。ほんとうに気づかなかったのだ。 
 女でありながら「男」としてゴロン族を率いているダルニアだ。リンクと男女の交わりを 
結ぶのでさえ、かなりの葛藤があったはず。ましてや女同士の交わりなど、想像の域外だったのだろう。 
 そして何より、ダルニアの想いは、リンクという唯一の対象にしか向けられていない。未練なく 
この世界を去ろうと決意できるほどにダルニアが純粋であれるのは、未来においてリンクとの 
再度の契りが待っているからに他ならない。 
 その純粋さを侵さずにすんでよかったと考えなければ。 
 ただ…… 
 リンクに関しては、私とて同様の期待を持っている。けれどもダルニアのように純粋ではない 
私は、それを頭の中だけにとどめておくことができない。契りを再び──と思うだけで身体の奥が 
熱くなる。さらに先ほど発散できなかった欲情を忘れることもできず、熱はいっそう強まってしまう。 
 致し方ない。 
『自分で慰めるのも久しぶりだな』 
 再び苦笑を漏らしつつ、インパは股間に手を伸ばした。 
 
 
The End  
 
 
 

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