私本・時のオカリナ/外伝/第六話/ナボール編その2、投下します。
当然ナボールが主人公ですが、相手が誰かは敢えて伏せます。
エロは淡白です。
ナボールは足を止めた。
ハイラル平原の風景が、目の前の一線を境として様相を変えていた。草に覆われている点では
違いがないのだが、やけに地面が平坦なのである。その平坦さは相当の範囲にわたって続いており、
ところどころに直線的な区画を伴っていた。人の手が入った土地であることは明白だった。
元は農地だったのだろう──とナボールは思った。
だいぶ前から耕作が放棄されているのだ。人工の形状を残しながらも、いまや植わっているのは
雑草ばかり。平原の自然と一体化し始めている。ただ、雑草も多くは枯れ果てていて、息も
絶え絶えという感じの自然でしかないけれども。
歩みを先に進めてゆくと、一軒の家が見えてきた。構えは大きいが、荒れた雰囲気が漂っている。
壁の一部が崩れかかっていたり、割れたままの窓があったり、といった具合である。それでも
住む人はいるとみえ、夕餉の準備か、煙突から立ちのぼる細い煙が眺められる。自然に戻りつつ
ある畑も、家の周囲でだけは本来の役割を忘れず、何種類かの作物を育んでいた。
どうにか暮らせてはいるらしい。とはいえ、ひところは大規模な農場を営んでいたようだから、
ずいぶん零落した状態と言わねばならない。理由はいくつか考えられる。ゲルド族による収奪。
永らくの天候不順に伴う収穫低下。そして人手不足。広大な農地を維持するには多数の傭人が必要。
あの家も前はそうしていたに違いない。しかし先行き不安な世情では人心も乱れよう。真面目な
働き手を確保することが困難になっているのだ。
ナボールは深いため息をついた。
ふだん逼塞しているコキリの森を出て、賢者の結界に守られていない地域を訪ねるという、
かねてから行ってきた探索活動の場を、今回はハイラル平原東方に求めたのだが、得られる印象は
他所と変わらない。陰鬱の一語に尽きる。意気を保とうと努めてはみても、このありさまでは……
空を見上げる。
陰鬱さを象徴する一面の暗雲。それがいっそう暗みを増していた。
『ひと雨くるか』
と思う間もなく、ぱらぱらと水滴が落ち始め、たちまち車軸を流すような豪雨となった。
ナボールは舌打ちし、周囲をぐるりと見渡した。
少々の雨なら気にしない。が、これほどの土砂降りとなると話は別。落雷の危険もある。
雨宿りの場所を探さなければ。
人目を避けるべき立場ゆえ、前方の家には向かえない。雨を遮るだけの枝葉を持った樹木もない。
他には……
遠くに小屋が見えた。農場の跡地の端に位置している。物置か何かといった佇まいで、人が
居着いているふうではない。前方の家とは離れていて、近づいても見咎められることはなさそうである。
ナボールは駆け足でそこを目指した。
小屋はかなり老朽化していた。人の気配はないと確認した上で、ナボールは建てつけの悪い
戸を開き、中へと足を踏み入れた。天気のせいもあって場は暗く、目が慣れるまでに少し時間を
要したものの、そこそこの広さであること、また、古びてはいてもほとんど雨が漏っていない
ことは、容易に見てとれた。屋内はがらんとしており、壊れた農具や空の麻袋がいくつか
散見されるだけである。物置は物置でも、その用途で使われていたのは昔の話で、もう長い間
うち捨てられたままになっているようだった。
ナボールは緊張を解いた。
この様子なら人目を気にする必要もあるまい。濡れた服を乾かしておこう。火は使えないから
充分にとはいかないけれども。
脱いだ服を小屋の梁に引っかけ、腰を下ろして休息する。物置だけに床板はなく、足元には土が
露出していたが、奥の方では下に藁が敷かれていて、全裸であってもくつろぐことはできるのだった。
ただし万一の場合を考え、堰月刀は手の届く所に置いた。
時間はのろのろと過ぎてゆく。
雨は沛然と降り続ける。
退屈である。
やむのを待つのみとわかってはいても、これではあまりに手持ち無沙汰。
『ちょうど裸でいることだし、マスでもかくか』
右手を股間にやり、敏感な部分をまさぐりつつ、頭の中で題材を探す。
最後に男と交わってから二年も経っている。たまたま訪れた牧場で、インゴーとかいう中年男と
一夜をともにした。あれはあれで面白い体験だった。しかし思い出して楽しむ気になるほどの
男ではない。ずいぶん前、ガノンドロフに犯される自分を妄想したことがあるが、いまではそんな
妄想などまっぴら御免だ。他にも適当な男は思いつかない。となると、いつものように、妹分の
あの娘を想って……
そうだ、リンクはどうだろう。あたしが『魂の賢者』として目覚めるため、契りを結ぶことに
なる相手。あと一年もすれば封印から目覚める。期待をこめて想像してみようか。
といっても、その時のリンクがどんな男になっているのか、想像するのは難しい、チビ助だった
六年前の姿しか知らないのだ。
いや、チビ助のままでもかまわないか。ガキを相手にする趣味はないが、リンクだったら
想像してみてもいい。実際、前に会った時は、
(いいことしてやるよ)
とささやいて、下着越しにペニスをつかんでやった。もちろん、あれは戯れに過ぎなかった。
ほんとうのセックスを念頭に置いていたのではない。けれど、もしもあの時、「いいこと」が
実現していたら、あたしが本気になっていたら、果たしてどんな展開に……
これはいける。身体が感じてきた。濡れてきた。もっと想像してみるか。
さすがのあたしもリンクを強姦しようとは思わない。年端もいかない子供が相手なら、
セックスを教えてやる展開となるのが自然だろう。股間を揉んでやった時、リンクはしっかり
勃起していた。顔つきも満更ではなさそうだった。そんなかわいい風情を観察しながら、
じっくりと、みっちりと、無知なリンクを教育して……
違うぞ。思い出した。ケポラ・ゲボラの話によれば、リンクはあの時点で他の賢者たちと契りを
結んでいた。すでにセックスを経験していたのだ。だからといってこっちの優位が動くわけでは
ないが、子供の割には男っぽかったリンクのこと、セックスでも男っぽさを見せてくれたかも
しれない。つまり大人のあたしが子供のリンクに……
ああ、こんな想像をしてしまうとは。ゲルド族のあたしが。しかも子供を相手にして。
でも、でも、意外といい想像。リンクが相手ならすんなり受け入れられる想像。感じる。感じる。
もっと感じたい。続けよう。想像を続けよう。どうせ想像なんだ。いくらしたって問題はない。
大人のあたしが、子供のリンクに、完全に、完璧に、完膚無きまでに──
ナボールは瞬時に想像を捨てた。戸外に音を聞き取ったのである。
雨の音とは違う。足音だ。人が駆けてくる。一人。どんどん近づいてくる。
素早く藁の上に腹這いとなる。頭を最速で回転させる。
何者?
ゲルド族ではないだろう。この地域にはめったに現れないし、奴らなら馬で、かつ集団で
行動する。おそらくは一般住民。
こっちの存在を知っての接近? あるいは知らずに別の用でやって来た?
打って出るか? 隠れるか?
どちらも不可。そもそもこの小屋が目当てではないかもしれない。通りかかっただけだとしたら、
下手に動くとかえって気づかれる。藪蛇だ。身を隠しきれる物陰もここにはない。じっとして
いよう。やり過ごせるなら、それが最善……
やり過ごせなかった。足音は小屋の前に至り、そこで止まった。
息を殺す。
戸のすき間を通して人影が見える。中の様子をうかがっているようだ。
見つかったか?
ここは暗いから、腹這いにしていれば見づらいはずだが、完全に姿を隠せているわけではない。
見つかったと考えた方がいい。
刀に手を伸ばそうとして思いとどまる。
一般住民ならゲルド族を憎んでいよう。しかし殺気は感じられない。攻撃してくる気配はない。
当たり前だ。いくらこっちが一人でも、普通の住民がゲルド族相手に無茶な振る舞いはできまい。
とはいえ大人数を呼ばれたらまずいことになる。手荒な真似はしたくないけれども、降りかかる
火の粉は振り払わねばならない。
取っ捕まえるか?
だめだ。いま行動を起こせば逃げられるおそれがある。そうなると厄介。
『なら……』
ナボールは目を閉じ、身体の力を抜いた。眠っているふりをして引きつけようと試みたのである。
やがて、みしりと戸が軋んだ。
『きたな』
かすかな足音が忍び寄ってくる。
頃合いか、と思った刹那──
「あッ!」
叫びが聞こえた。ナボールは即座に跳ね起き、声に向かって飛びかかった。ずぶ濡れの男が
棒立ちになっている。押し倒してうつ伏せにする。片腕をねじって背後にまわし、関節を取って
抱えこむ。
「腕を折られたくなかったら静かにしな」
相手は逆らわなかった。がたがたと身を震わせている。
歳は三十くらいか。みすぼらしい服装ではあるものの、百姓といったふうではない。農村地帯の
このあたりでは場違いな感じ。流れ者だろうか。
「お、お助けください、命ばかりは……」
哀れな台詞が耳に障る。
「おとなしくしてりゃ命までは取らないさ」
男は安心したように息を吐いた。抵抗する気はないとみえたが、油断はせずに問いつめる。
「何しにここへ来た?」
「何でもないです。ただの通りすがりで……雨宿りしようとしただけです」
「それにしちゃ外でぐずぐずしてたじゃないか。あたしがいるのが見えてたんだろ?」
「は、はい」
「女が一人で寝てるから、どうにかできると思ったんじゃないのかい?」
「そ、そんな、滅相もない」
「嘘つけ」
こっそりと近づいてくるさまは、明らかに下心を反映していた。
「ゲルドの女を相手に大それたことを考えるね」
「ち、違います。ゲルド族のお方とは知らなかったんです。近くに行くまでわからなかったんです。
ほんとうです」
必死の語調で訴える男。
これは嘘ではあるまい。暗いせいで気づかなかったのだ。気づいて初めて叫びをあげたのだ。
大した奴ではない。放っておいてもいいだろう。だが誰かに通報されては困る。自分がここを
去るまでは目を離さないようにしなければ。
「逃げるんじゃないよ」
と念を押し、抱えていた腕を離してやる。男は藁の上に正座した。肩を竦めてしょんぼりと
している。時にちらちらと落ち着かない視線を飛ばしてくる。
女の裸が気になるのだろう。痛めつけられたばかりだというのに懲りない奴。
妙な目で見られるのは煩わしいが、服を着るつもりはない。恥ずかしがっていると思われたら癪だ。
居心地の悪い沈黙がわだかまる。
雨は依然として強く降り続けている。
空腹を感じてきたので、ナボールは携帯していた干し肉を取り出した。かじっているうち、
男がひたむきな目を向けてくるのに気づいた。瞬きもしないくらいの熱心さである。
「腹が減ってんのかい?」
「え、ええ……」
「そら」
干し肉の一片を投げてやる。同情したのではない。羨ましそうにされるのが鬱陶しかった
だけである。
男は卑屈に礼を繰り返し、舐めるようにして干し肉を食べた。すぐさま胃の腑に納めて
しまわないところが、飢えに慣れた者ならではの習慣と思われた。
食べ終わったあとで、男が話しかけてきた。
「あの、ちょっといいですか?」
馴れ馴れしい口ぶり。干し肉を分けてもらえていい気になったらしい。これまた鬱陶しい
限りだが、黙っていられるよりはましかもしれない。
「何だ?」
「ゲルド族のあなた様に、折り入ってお願いしたいことがありまして」
背筋がぞくっとした。「あなた様」という呼称に嫌悪を抱いたのである。しかし発言の内容には
興味が湧いた。
「聞いていただけますか?」
「言ってみな」
「じゃあ申し上げますが……」
男はほっとしたような顔になり、頬に卑しい笑みを浮かべた。
「俺を子分にしちゃもらえませんか?」
「はあ?」
意外も意外。一般住民はゲルド族を憎んでいるはず。なのに子分にしろとはどういうことか。
逃亡生活をしている身で子分など持てるわけはないし、もちろん持ちたいとも思わない。そもそも
ゲルド族は男を子分にしたりはしない。犯して殺すだけだ。
「本気かい?」
「本気ですとも」
男は身の上を語り始めた。
──自分はカカリコ村の出身である。ちんたらした生活になじめず、村人たちにはつまはじきに
され、家族とも反りが合わなかった。特に大工である父親は頑固者で、喧嘩ばかりの毎日だった。
ゲルド族が反乱を起こした時、それに乗じて一旗揚げ、みんなを見返してやろうとした。ちょうど
村の指導者であるインパの秘密をつかんだので、ゲルド族に知らせて役に立とうと考えた。
ところがゲルド族は三年も村を放置し、やっと襲来したかと思えばあっさり撤退してしまって、
機会を得ることができなかった。その後は村を離れ、流れて暮らしているのだが、ゲルド族との
接点はできず、うだつの上がらない生活が続いている。最近では食うにも困る日々──
聞いていてむかつく。むかつきを通り越してあきれてしまう。なんと見下げ果てた奴である
ことか。
カカリコ村は住人の質がいい所と聞いている。そこでつまはじきにされていたのなら、
そうされても当然のろくでなしだったのだ。村の指導者の秘密を敵に売ろうとする卑劣な根性も
気に食わない。暮らしに困っているのは事実だろうが、それをことさら強調して同情を買おうと
する態度には吐き気すら覚える。
「インパの秘密を教えましょうか?」
おもねるような男の言に、
「要らないよ」
と、きっぱり答える。
「インパは──三年ばかり前だったか──この世を離れてカカリコ村を守護する存在に
なったんだろう? もう村にはいないんだ。どんな秘密か知らないけど、いまさら聞いたって
何の役にも立たないね」
インパが『闇の賢者』であることやら、闇の神殿に入った時のいきさつやらは、ケポラ・ゲボラから
聞いていた。
がっかりした様子の男に向け、言葉を続ける。
「ゲルド族のどこがいいってのさ。ガノンドロフが魔王になってから、世界はねじ曲がっちまったんだ。
空は晴れない。農作物の収穫は悪くなる一方。あんたが食うに困ってるのもそのせいじゃないか。
最近じゃ西の方にあるゲルド族の本拠地でも食糧事情が悪化してる。あんな奴らを頼ったって、
まともにゃ生きていけないぜ」
男は怪訝そうな表情になった。ゲルド女が身内を「あんな奴ら」と呼び、非難しているのだから、
不審がるのはもっともである。それでも本音を隠せなかった。
「あんたみたいな男はね、ゲルド族にとっちゃ、虫けら以下のクズさ。いい情報でもありゃあ、
褒美くらいは貰えたかもしれないが、いずれはあっさり殺されてただろうよ」
男の顔に怯えの色が差した。
「それじゃ、子分の話は……」
「お断りだね。あたしに殺されないだけ幸せだと思いな」
男はがっくりと肩を落とし、小さな声で呟いた。
「いっそ殺された方が幸せかも……」
半ば泣いているようだった。
「ゲルド族にまで見捨てられたら、もう生きていく道がないですよ」
どこまでも情けない──といらつきながらも、辛抱強く言ってやる。
「カカリコ村はインパの結界でゲルド族が侵入できなくなって、平和な場所になってるそうじゃ
ないか。最近じゃ人も増えて賑わってるっていうよ。あんたも生まれ故郷に帰った方が、
ずっといい暮らしができるだろう」
「いまさら村へは戻れませんよ」
変なところで頑固な奴だ。
「それだけの意地があるんなら、山っ気は捨てて、地道にやっていくこったね」
男は答えない。
ナボールも話を続ける気はなかった。
再び沈黙が場を占める。
うつむき姿勢の男を見るともなく見ていると、その身体がぶるぶると震え始めた。ほんとうに
泣いているのかと思ったが、そんなふうではない。ここに至って恐怖にかられているとも考えにくい。
寒いのだろう──と合点がいった。
ずぶ濡れのままなのだ。震えがくるのも無理はない。
「風邪ひくよ」
男が首を上げた。きょとんとしている。
「服が濡れてちゃ具合悪いだろ」
脱ぎな──と続けようとして、言葉を呑みこむ。
裸の女に脱げと言われたら、誘われたと勘違いするのでは? 冗談じゃない。こんな男、誰が
誘ったりするもんか──
『待てよ』
逆だ。こんな男はむしろそれくらいしか用途がない。想像でいい気分になっていたところを
こいつに邪魔された。落とし前をつけさせてやろう。
改めて言い渡す。
「脱ぎな。相手しろ」
男はあんぐりと口をあけた。あっけにとられているようである。
「やらせてくれるんですか?」
そっちがやるんじゃない、こっちがやるんだ──と怒鳴りたくなるのをどうにか抑え、
「ぐずぐずすんな」
と端的に促す。
疑わしげな顔をしつつも、男はひとつひとつ衣服を脱いでいった。
満足に食事を摂れていないせいか、身体は痩せこけている。けれども股間の持ち物はしっかりと
勃起している。なかなか立派だ。これなら役に立つだろう。その目で見れば顔立ちもまずまず。
めったに身体を洗わないらしく、垢臭いのが難点だが、それはこっちも同じこと。
全裸となった男は、すわったままもじもじしている。煮え切らない素振りを歯がゆく思いながら、
「こいよ」
と手で招く。男がそろそろと這い寄ってくる。いつものごとく跨ろうとして腰を上げかけた時──
「あ!」
急に抱きつかれた。不意を打たれて即応できず、仰向けに倒れてしまう。のしかかってくる男を
蹴り飛ばそうとして──
やめにした。男に害意はないとわかったからである。
話どおりの暮らしぶりなら、女にも縁がなかったはず。その点でも飢えているのだ。こっちが
ゲルド族らしからぬ温和な態度をとったので、つけあがって……
いや、そこまで考えてはいまい。女に接する数少ない機会を得て、夢中になっているのだろう。
好きなようにさせてやれ。
脚を開く。男が腰を押しつけてくる。
やみくもな動き。狙いが定まっていない。焦っているのか。
「あわてるんじゃないよ」
とたしなめておき、手を添えて至適位置に誘導する。
男は一気に突入してきた。
「ん……ッ!」
自慰による潤みが残っていたため、接合に抵抗は生じなかった。久々にくわえこむ硬い男根が、
否応なく快美感を呼び覚ました。
ただし、何もかも忘れて没入できるほどの快美感ではなかった。
男はひたすら腰を打ちつけてくる。乱暴で、単調で、独りよがりな行為。相手がどんなふうに
感じているのか気遣う余裕がないのだ。愛撫やキスを施そうともしない。もちろんキスなど
求めてきてもはねつけるだけだが、そんな情動のかけらさえ示さないところに索漠とした思いを
抱いてしまう。
首を横に傾けていなければならない点も感興を殺いだ。髪を頭の後ろで括っているからである。
ほどこうにも男の動きが激しすぎて、頭に手をやることができない。
けれども文句をつける気にはならなかった。
男自身も意識していない何らかの想念が、荒々しい行動に仮託されているようだった。
その印象が、通常の性感とは別の経路で、ナボールの心を刺激していた。
男は一途に体動を続け、ほどなく突然の停止に至った。陰茎だけが痙攣を繰り返し、それも
数回で終わりとなった。
肩で息をしながら、男がぐったりと身を預けてくる。呼吸は徐々に安定してゆく。膣内の
充満感が失われてゆく。
まずまず得られていた快美感も、頂点に達することなく消えていった。
『でも、まあ、いいか』
不思議に穏やかな気分だった。
しばらくして男が腰を浮かせた。局部の結合を解き、しかし起き上がりはせず、再び身体を
預けてきた。顔が乳房にすり寄せられる。甘えのうかがえる仕草だった。
男の背に腕をまわす。やわらかく抱いてやる。
男が深々と吐息を漏らす。
「どうだい?」
これという意図もなく問いかけると、かぼそい声が返ってきた。
「とても……あったかい……です……」
思わぬ感想だった。
が、理解はできた。
ナボールは男を抱く腕に力をこめた。
男の腕もナボールを抱いた。
抱擁の姿勢を保つ二人を包んで、静かな時間が流れていった。
気づけば雨音が消えていた。
ナボールは男を押しのけて立ち上がり、干してあった衣服を手早く身に着けた。布に湿りは
残っていたが、躊躇はしていられなかった。
男も上体を起こした。裸のまま、物問いたげな視線を向けてくる。去ろうとする気配を
感じ取ったようである。敢えて無視していたところ、着衣を終えたあたりで、とうとう男が口を
切った。
「地道にやれって言いましたよね」
「ああ、言ったよ」
「どうしたらいいですかね」
それくらい自分で判断しろ──との叱声は喉にとどめ、思いついたとおりを言葉にする。
「たとえば、この向こうの農家は人手が足りてないみたいだから、そこの手伝いでもするとかさ」
「はあ……百姓ですか……」
覇気のない反応である。
「そうすりゃ、とりあえず食うには困らないだろ? 贅沢言える立場かい?」
男は目を伏せ、黙っていたが、やがて、ぽつりと返事をよこした。
「考えてみます」
ナボールは男に背を向け、別れの言葉もかけず、小屋の外に出た。
空の暗雲は常のごとくである。けれども雨はやんでいた。
もうすぐ日が暮れる。スタルベビーが出る刻限となるまでに、ケポラ・ゲボラを呼んで
コキリの森へ戻らねば。
足早に小屋から離れつつ、ナボールは思いをめぐらせた。
『あいつ……』
腰抜けで、下劣で、軟弱きわまりない男。あたしがいちばん嫌いなタイプだ。昔のあたしなら
迷わず斬り捨てていただろう。そんな男に、なぜあたしは親切に忠告をし、あまつさえ、身体を
許す気になったのか。
逃亡生活を続けるうちに、ものの見方が変わってしまったのだ。
自分は強くあろうとし、強い相手でなければ認めなかった。が、世の中には、弱い人間、
醜い人間もいる。そういう人々も含めての、この世界なのだ。自分の価値観に合わない者を
排除するやり方は、ガノンドロフの傲慢な所行に通じる。いまのあたしにとっては否定すべき対象。
あの男を放っておけなかったのは、それゆえだ。
身体を許したことについては……
欲求不満の解消が最大の目的。しかし他にも理由はある。
男の下になってのセックスを、あたしは一度もしたことがなかった。男に屈するような
体位だからだ。ところがさっきのあたしは、その体位をとるのに、さほど抵抗を感じなかった。
もちろん、あの男に屈したわけではない。上にいようと下にいようと、ペニスが膣内で動きさえ
すれば、得られる快感は同じである──と割り切ったのだ。
とはいえ、そう割り切るに至ったのは……
あの男の独善的なセックスが、かつての自分を思い出させた。相手のことなど斟酌もせず、
おのれの欲望を満たすだけ。男を犯しまくっていた頃のあたしにそっくりだ。そんなふうに
考えたら、邪険な扱いもできかねるというもの。
そして、あの男の粗暴な行動に仮託されていた想念。
荒んだ生活の中で溜まりに溜まった鬱屈を、あの男はぶつけてきたのだ。自業自得の鬱屈では
あっても、それを晴らす機会くらい、あって悪くはないはずだ。
受け止めてやろう──と思った。
あの男は女に飢えていただけではない。人との触れ合い自体に飢えていたのだ。
心の繋がりのない交わりだったにせよ、そこになにがしかの温かみをあの男が感じられたので
あれば、多少とも甲斐はあったといえるだろう。
それに……
あの男がみじめな生活を送らなければならなくなったのは、ガノンドロフが世界をめちゃくちゃに
してしまったからでもある。奴の悪行の方棒を担いだゲルド族の一人としての、せめてもの
罪滅ぼしという意識もないではなかった。
その罪滅ぼしの本番は──と、ナボールは思いの向きを転換させた。
一年後だ。封印から解放されたリンクと契りを交わし、あたしは『魂の賢者』として覚醒する。
そういえば……
男の下になる体位を許容できたのは、事前の自慰で、リンクに圧倒されるさまを想像し、
楽しんでいたからでもあるだろうか。
ただ、あれはあくまで想像だ。現実では簡単に抱かれてやるつもりはない。相応の強さを見せて
くれないことには。
『見せてくれるよな?』
あいつに比べたら、チビ助だったあんたの方が、よほど男らしかった。七年も経てば、あんたの
男ぶりにも、さぞ磨きがかかってるだろうね。
ひそかな望みを託す相手に、心の内で呼びかけながら、夕刻の雰囲気を濃くし始めたハイラル平原を、
ひとり、ナボールは歩んでいった。
The End