メドリと別荘に泊まった夜…  
その夜は寝苦しい夜だった。湿度が高い。眠れない…  
いや、眠れないのには別な理由がある。  
 
メドリとの関係が揺らいでいる…  
 
メドリは、過去の大地の賢者の血を引く現代の賢者にあたる存在で、僕は彼女を大地の島へ連れて行かなければならない。  
ところが今は、航海の途中に高波で体を濡らしてしまったメドリを暖めるため、僕が別荘として手に入れた島に来ている。  
そこで、僕はちょっとした失敗でメドリの体(上半身だけだけど)を『そのままの姿』で見てしまったのだ…  
メドリは「気にしないで」と言っていたが…  
 
メドリの肌は白く体は綺麗だった…  
僕は自分の故郷にいたころ、幼いころだけど妹と一緒に入浴したりしていたから女の子の体を見たのは初めてじゃなかった。  
でも、幼いときの長い記憶よりも、その一瞬のほうがやけに興奮する。  
…なんだか興奮してきた…このことはもう考えないようにしよう…  
 
今、僕は床で寝ている…  
普段からこういうところで眠っているから慣れてるけど…  
メドリはベッドで寝かせてあげている。女の子に優遇するのは当然だ。  
 
どうしても寝苦しい…なんだか気分がよくない。  
ちょっと体を起こしてメドリのほうを見た。バスローブ姿だけど、寝息を立てて眠っている。  
…可愛らしかった。言葉に例えられないくらい…  
 
そういえば、冒険に出てからはこんな、何かを愛おしむ感情なんて沸かなかったな…。  
…そうだ、毎日が命がけの戦いだった。死と隣り合わせな戦いの毎日、休む暇なんてなかった。  
…僕はそれで、自分を高めて、強くなった。それは、その戦いの中で、安心感を得ようとしていたから…。  
でも、自分が強くなることは、不安でもある。  
自分が強くなって、それと同時に、本当の自分が失われているような気もする…。  
元々僕は、小さい島で平和に過ごしていた、普通の人間だった。  
それが、運命の導きで、剣士、そして、選ばれた勇者になった。  
…それは、人間である自分から離れていくような…そんな感じがする…。  
 
…僕はもういちどメドリを見た。  
確かに僕は、この冒険で、だんだん元の自分でなくなっているかもしれない。  
でも、この冒険があったから、メドリにも会えた。  
やっぱり、これは運命なんだろうか…。  
 
メドリの体を眺めていてギョッとした。  
メドリが寝返りをうったからか、メドリの着ているバスローブがはだけて太股がのぞいている。もうちょっと捲れてしまうと、本当にまずいかもしれない。今メドリは下着も着ていないのだから…。  
僕はすぐ、元通り横になって、それから目をそらすように、無理に眠りについた。  
 
…次に目が覚めたときに窓を見上げたら、うっすら光が差していた。いけない、もう夜明けが近い…。  
起き上がってみると、体中、汗びっしょりだった。普段の緑色の服は脱いで寝たにしても、暑かったからかな。  
…いや、それ以上に、馬鹿なことを考えて体がすっかり火照ってしまったからか…  
シャワーを浴びたいけど、シャワーもベッドルームもぜんぶ同じ部屋の中にあるこの別荘でシャワーを浴びようとすれば、当然メドリが起きてしまう。  
…そうだ…外の池って泳げるようになってたっけ…。…なんか暑いし、どうせ朝になるまで出発はしないし、ちょっと入っていこうかな…。  
 
僕は音を立てないように外へ出た。うん、外の池は確かに、プールのように泳げるようになっている。それに浅いから安心だ。  
メドリは起きてこないかな…。なら、大丈夫か…。…普段着を脱いで、裸になって水に浸かった。  
あぁ…冷たくて気持ちいい。なんだか、疲れが取れた気がする。  
全裸で、冷たい水に浸かって、生き返るようだ…。  
…気持ちいい…。  
なんだか、いろいろなことがリセットされるような気分。  
僕は今、剣を持っていない。盾も装備していない。戦う武器も、体を守る衣服さえも。  
僕は今、人間に戻っているようだ…。  
水の中で横になって、肩から上だけ水の上に出し、あとは水の中に浸かっている。  
海の向こうが、ほんのちょっと、明るい。太陽が昇ろうとしている。でも真上はまだ星空だ。  
こんな風景を落ち着いて眺めたのは、生まれ故郷のプロロ島にいた頃くらいだ…。  
ほっと一息ついた。心から、安心する。  
これが、僕の求めていた安心感なのかもしれない。  
 
「…リンク…さん?」  
「うわぁっ!!」  
急に呼びかけられた。メドリが起きて、外に出てきたのだ。相変わらずバスローブ姿だけど…。  
「リンクさん、何をなさって…あっ!」  
メドリは、僕が何をしているか、どういう状態かに気がついたようだ。  
僕はどうすることもできず、ただ、そのまま硬直するしかなかった。  
僕は今、無防備だ。戦闘力の話じゃない、人間としても、完全に無防備な状態になっている。  
幸い僕は水に浸かっているから、メドリから、僕の体までは見えないはずだ。(たぶん………)  
「メ、メドリ! あ、あの! これは…」  
僕は顔を赤くしてなにか弁明しようとしたが、無駄だった。こういうときは何も浮かばない。  
それはそう。間違いとはいえ、昨夜はメドリの体を見てしまったし、今回はよりによって、自分の体を見せるような行為。僕は変態か!!?  
 
…だけど、メドリの反応は意外なものだった。  
メドリは、落ち着いた様子で語りかけてきた。  
「…これで…」  
「?」  
メドリはちょっと悪戯っぽく笑って、言った。  
「これで、お相子ですね。」  
「? …??」  
僕ははじめ、メドリの言った言葉の意味が理解できなかった。まぁ…僕がパニックになってたからかもしれないけど。メドリはさらに、微笑んで続けた。  
「リンクさん…あなたは、昨夜、私の体を見てしまいましたね…。でも、ワタシも今、リンクさんの体を、見てしまいました。…これでお互い、同じです。もう、何も気にすることはありませんよ…。」  
僕は安堵感からか、深いため息をついて、浅い池に沈んでしまいそうになった。  
僕は、メドリに助けられた。  
 
「………そうですか…人間ではなくなっている…。」  
僕は、日が昇ってくる前に、メドリと並んで座り、話をした。僕が昨夜や今朝考えた、「人間離れしている」事について…。  
僕は服は着たし(緑の服ではない、普段着だけど)、メドリは相変わらずバスローブのまま。お互い、暑苦しかったり、堅苦しい格好はしていないから、逆に安心して、打ち解けた話ができた。  
それに、さっきもメドリに助けられた。なんだか、メドリを信頼している、自分がいる。だから僕は、素直にメドリに打ち明けることがたのかもしれない。  
赤獅子の王にも話したことがない、僕の本音。強くなるのが、安心ではないこと。それが、怖いこと…。世界を助けたい自分がいる反面、元の人間に戻りたい自分も、心のどこかにいること…。  
僕は、今まで心のどこかで抑えていたものを何もかも、メドリに話した。  
「…リンクさん……」  
メドリは、僕にそっと言った。  
「………ワタシにも…賢者であるという大切な使命が課せられています。…とても怖いです…不安です。…リンクさんと同じなのかもしれませんね。ワタシも…」  
「…うん…そうか………怖い…うん、怖いよ…。…なんだか、後戻りできないような気持ちになるんだ…。」  
頭で言葉が考えられない。ただ、正直な気持ちが全部口から出ているような気がする。  
それがいけなかった…。  
「…………………」  
メドリは僕の話を聞いて、じっと、黙っている。  
「………?」  
あんまり黙っているのが長くて、心配になって、ちょっと顔を覗き込んでみた。  
「!!」  
メドリの頬は涙で濡れている。ちょっと顔も赤い。  
「ど、どうしたのメドリ!」  
意外だった。僕の中では、メドリは、芯が強い、何でも優しく聞いてくれる姉のような印象があった。  
だけど、僕の目の前のメドリは、泣いていた。  
「メドリ……?」  
僕は、ただ驚いてその言葉しか発せない。メドリは両手で涙を拭うが、それでも、目から涙があふれてくる。  
「…ごめんなさい………ちょっと…さびしくて…コモリ様にも、もう会えないかと思うと…それに、ワタシも、今までの自分でなくなることが……」  
そうか…メドリも、やはり、不安なんだ…  
メドリは泣き止まない。声を上げず、静かに…。だけど分かる。メドリは本当に、寂しくて、悲しくて泣いてるんだ…。  
「…………メドリ…」  
そうだ…メドリだって僕と同じ気持ちのはずなのに…こんなときに、メドリを余計に不安にさせるようなことを言って…メドリが泣いてしまうような原因をつくったのは僕だ。  
「メドリ……ごめん…。」  
 
僕は、いつだって要領が悪い。失敗して、人を不安にさせてしまうこともよくある。僕は本当に、何をやってもダメだ…。  
「ごめん…………メドリ…余計なこと言って…ほんとに……」  
僕は自分が嫌になってうつむいた。そういえば、プロロ島にいる頃も、失敗ばっかりして、妹に怒られたり、ばあちゃんを困らせたりしていたな…。  
ふと、誰かが肩に、手をのせているような気がした。…いや、メドリが手をのせているんだ。  
「リンクさん………。」  
僕はうつむいたまま、でもしっかり話を聞いていた。  
「リンクさん……ワタシのことは気にしないでください。確かに…ちょっとさびしいですけど…でも…大丈夫…リンクさんに聞いていただいて…ちょっとだけ安心しました。」  
…メドリにそう言われて、僕も少し落ち着いた。また、メドリに助けられた。  
「………メドリ…ありがとう…。それから…ごめん……つい甘えちゃって……僕って、バカだな……いつも失敗ばっかり……」  
自分でも分かってる。けっきょく、メドリに甘えてしまっている。ダメだ。  
それでもメドリは僕に優しい言葉をかけてくれる。  
「リンクさん……失敗したっていいじゃないですか…。完全な人間なんていません…何度も失敗して、それを悔やんだりするのが、『人間らしい』ことじゃないですか?」  
「…………」  
「リンクさん…あなたは…失敗をしてしまったかもしれません。それは、あなたが人間だからです。リンクさんは、人間を失ってなんていません。」  
「…………」  
僕が顔を上げると、メドリは笑っていた。  
メドリは僕の頬に触れて、涙を拭いてくれた。知らない間に流していた涙を。  
悲しい涙じゃない。嬉しさの涙だった。メドリが、僕を人間として、見てくれたことに、流した涙。メドリが、僕の疲れた心を癒してくれた、その優しさに流した涙。  
僕の気持ちは、今、メドリに守られている。そのおかげで、心から安心できる。  
…そうか…  
…この島に、メドリと来て…分かった…  
…どんなに強い力よりも…  
…どんなに強力な武器よりも…  
……安心感が得られるもの…  
……それは…優しさ…  
……今まで、忘れていた…  
………これが…僕を…守ってくれる…  
………本当に…甘えられるもの…  
………本当に…信頼できるもの…  
…………僕が…本当に求めていた…安心…感………  
 
 
 
続  
 

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