メドリと二人だけの、空間。
空は次第に明らんでくるけど、まだ日は昇ってこない。
僕は、メドリによりかかったままうとうとしてしまった。
僕は短い時間だけど、まるで子供のようにメドリに甘えている。なんだか恥ずかしい。
「メドリ、ありがとう…」
僕は心から、そう言った。メドリは微笑んで、答えてくれる。
「メドリ…僕…なんだか…すっとしたよ。ありがとう。もう大丈夫。」
「リンクさん…」
「僕、メドリとここにきて良かったよ。…思わず…子供みたいになっちゃったけど…でも、その分、成長したみたい。」
「良かったです。お役に立てて。」
……………………
「?」
何か聞こえた。僕は立ち上がってあたりを見回すけど、何もいない。その音には、メドリも気づいている。
「…リンクさん…何か聞こえません?」
「…うん…なんだろう…」
何か、音が聞こえる…なんだ…この…何かが這ってくるような音は…
…敵だ!!!
この音はチュチュか何かだ…どこかから迫ってきている…
僕はあたりを見回した。…敵は見当たらない。でも、チュチュは姿を隠して、急に襲い掛かってくることがある。
メドリも不安がってあたりを見回す。
…どうしよう…僕は今、武器を持っていない…
…何か簡単な武器…なにか…ないか…武器に使えそうなもの…あった!!
僕はとっさに、腰のベルトを引き抜いた。バックルの部分は硬いから、振り回すものとしては、一応簡単な武器にはなる。
メドリが、怖がって僕に寄り添ってくる。
…くる…どこだ…
うしろだ!
僕はとっさに振り向き、ベルトを鞭のように振り下ろした。
やはり、いた! 運よく当たり、チュチュは溶けるように消えた。
でも、安心はできない。チュチュは集団でいることがある。油断するな…
「キャーッ!!」
メドリの悲鳴が聞こえた。しまった!
メドリがチュチュに襲われ、押し倒されていた。
幸い至近距離だったから、このチュチュもあっという間に倒せた。
チュチュが消滅するのを見届けてから、メドリが大丈夫か確認する。
「メドリ! 大丈………」
…
メドリを見て固まってしまった。
メドリの着ていたバスローブが、チュチュに押し倒されたときに解けて捲れ、両胸が露になっていた。
「メ…メドリ…っ!!」
「………………」
メドリはそれを手で隠しもできず、ただ、顔を赤くして、僕を見上げている。
目が合う。かなり気まずい。
でも、今はそんなことを言っている場合ではない。まだ敵はいる。油断はできない。
「メドリ…あ…だ、大丈夫!?」
「え…あ…あ、はい!」
僕はあたりを見回した。
前のほうからきている…いつもの勘が戻ってきた。…いける!
「…一体残らず…倒してやるっ!!」
僕たちの周りにいたチュチュは、全部で7匹だった。もういない。大丈夫だ。
僕は無謀にもベルトだけで勝負を挑んだが、それでも、勝てた…。
安心したところで、改めてメドリに駆け寄る。
「メドリ、大丈夫!?」
「あ、はい。ワタシは大丈夫です。」
メドリは一回、チュチュの体当たりをまともに受けたみたいだけど、大丈夫そうだ。外傷もない。
「メ、メドリ…」
「あ…っ…」
メドリのバスローブはほとんど完全に解けて、腰周りは隠れているけど、上半身は丸出しの状態、太ももから下も、露出している。
メドリはちょっと苦笑気味で言った。
「ごめんなさい…ワタシ、戦い方なんて何にも知らないので…ありがとうございます。」
ゆっくりバスローブを着なおし、僕を見上げた。
「あの…ところで、リンクさん…」
「?」
メドリは顔を赤くして、顔を伏せる。
「ズボンが…」
「え? ズボン……あ…あーっ!!!!」
ベルトを取ったせいで、ズボンがずり落ちそうになっていた。あわててベルトをして、なんとか落ちないで済んだけど…。
「…………」
「…………」
なんだか、昨夜みたいな気まずい感じにならなかった。
二人で顔を赤くして、ただ、見詰め合ってしまう。
次第に夜明けが近づいてくる。メドリには、一晩乾かしたいつもの服を着てもらった。
今は、また二人で並んで、浜辺に座っている。
なんだか、ここにきていろいろあったけど、いつの間にか、メドリと深い仲になってしまったみたいだ。
僕は今、メドリの手を握っている。やわらかい手だった。
敵も追い払ったし、今度こそ誰も邪魔をしない、二人の空間。なんだかそこで、メドリに対して不思議な感情が生まれた。
そんなことを思っているときだった。
「リンクさん…。」
メドリが、僕の手を握り返し、僕のほうを向いた。顔が少し赤い。
「メドリ…。」
今、目の前にいるメドリに、今までにない気持ちが生まれた。
誰も邪魔をしない二人だけの場所で、そういった感情が生まれることは、あるいは当たり前のことなのかも知れない。
「メドリ…あの…えっと………」
「リンクさん…」
僕は、メドリに感謝の気持ち、そして愛しく思う気持ちを、ぶつけたかった。形に残るものとして。
でも、僕は素直にそうしたいと言えない。
言葉を選ぶのが下手な僕に、メドリが言ってくれた。
「リンクさんが……何か、ワタシに望む事……したいことがありますか?」
「うっ!」
心臓が止まりそうになる。
「…なにかあったら、しても…かまいませんよ…今だけですから…」
「っ!」
心臓が一瞬止まった。
僕の心が、気持ちが、すべてお見通しなのか!? そう、ぼくはメドリにしたいことがある…。
「…メドリ…わ、わかるの!? …ぼ…僕の…し…し、したい…こ……」
ストレートに聞いてしまった。やっぱり僕はバカだな…。
メドリには僕の気持ちが分かる…? いや…違った。…メドリも、僕とおなじ気持ちだってだけだった。
メドリは何も言わず、目を瞑った。もう、分かっている。
メドリの態度、それは、キスを求める態度。
僕も、メドリが愛おしく思っていた。正直、恥ずかしいけど、それをしようとする勇気もないけど…キス…ちょっと憧れている。
…メドリも求めているんだ! やらなきゃ! 男は女の子をリードするものだって妹にもいつも叱られていたじゃないか!
僕はメドリの両手を取り、メドリと向き合った。手が震える。その辺の敵と戦うよりもよっぽど緊張する…
ゆっくり、メドリに顔を近づけ…僕も、無意識に目を瞑る。
………………
したのか?
あぁ、したんだ。
してしまった。
なんだか、後から考えると、キスした瞬間の記憶が曖昧だ。
ただ、なんだか頭がクラっとして、気絶してしまいそうな気分になったのははっきり覚えている。
メドリの唇は柔らかかった。それは覚えている。でも、そのときどうだったかなんて記憶が吹っ飛んでしまった。
でも僕はそのあと、気を失うことはなく、いやに落ち着いて、メドリと唇を離していた。
僕らは見つめあった。
「リンクさん…ありがとう…」
メドリが顔を赤くした。僕もたぶん、赤いだろう。
「メドリ…」
僕は、メドリを抱きしめた。衝動に駆られてしてしまった。でも、後悔はしていない。
抱きしめる手をゆっくり放した後、メドリの顔を見たら、笑っていた。
僕はなんだか恥ずかしくなって、メドリから顔を反らしてしまう。海の向こうから日が昇ってくる。朝になったんだ。
もう、そろそろ元の世界に戻らなきゃ…
僕は今、船に乗っている。
大地の賢者、メドリと共に、勇者としての務めを果たさなければならないから。
なんだか、清清しい。心の不安がメドリのおかげで吹っ切れたようだ。
航海の途中、僕は海と海図にひたすら集中していたけど、一度だけ、メドリと目が合った。メドリは僕に微笑んでくれた。
僕は、ひと時の夢を見終えて、大地の島を目指す。
Fin