ハイラル平原に取り戻された日差しを避けるように、ある二人の男女が木陰で休息を取っていた。  
 
木陰で日を避けるように休む男女がいるとすれば、それは仲睦まじき恋人の一時を意味する。  
…ことが一般的なのだが、そうでない場合も、時にはある。  
「イッタタタタ……」  
「ご、ごめんよミドナ…」  
額に傷を負ったミドナと、それを看病するリンク。  
 
「ミドナ、あぁ…ちょっと腫れちゃったな…大丈夫か?」  
「大丈夫なわけないだろ!」  
ミドナがリンクにかみついた。  
ミドナがリンクに対して憤慨しているのには勿論訳がある。  
その訳というのが、よりにもよって、そのミドナの傷なのである。  
そう、ミドナの傷は敵から受けたものではなく、リンクが与えてしまったものなのだ。  
 
真昼時のハイラル平原を駆けていた一匹の狼。  
背中に魔物を乗せ颯爽と風とともに広い平原を横切る。  
狼の姿になったリンクと、その背に乗るミドナ。  
と、突然、風と一体になっていた狼がいきなり、何の前触れもなく急停止してしまった。  
「うわぁぁぁ!」  
駆けていたリンクが突然止まるとは夢にも思わず、油断していたミドナは前方に跳ね飛ばされる。前方には川。石に額をぶつけ、冷たい川の水に落とされたミドナだった。  
 
それで、今は川のすぐそばの木陰で、ミドナの傷を少しでも癒すために休んでいるのだが…  
「…だいたいリンク、なんであんなときに突然止まったんだよ!?」  
人間に戻ったリンクは申し訳なさそうに頭をかいた。  
「いや…実はあの時さ、どこかの店の看板見つけたんだけど、【パチンコ特大入荷!】のパの字が擦れててどうしたのかなとおも…」  
(上の文章は間違いです)  
「ごめんよ、あの時は気持ちよく走ってたんだけど…足元に珍しい花を見つけてさ、きれいな花で、うっかり踏んじゃ大変と思って…ついつい急停止しちゃって…」  
リンクは野花を踏まないように、急ブレーキをかけてしまったのだ。  
もちろん、リンクはミドナを振り落とす気などなかった。だが、結果として、振り落としてしまった…。  
 
リンクは謝ったが、ミドナはわざとひねくれてそっぽを向いている。  
「フンッ、そのへんの雑草助けるために、私を振り落としたのか。」  
「そんな言い方するなよ…悪いと思ってるよ、落としちゃったことは…。」  
「わざとでも間違ってでも、振り落としたのには変わらないだろ。」  
リンクは本当に申し訳なく思っているのに、ミドナはこういうとき、いつも天邪鬼になってリンクを困らせる。今回も然り。  
リンクはなんとかミドナの機嫌をなおそうと必死だが、ミドナはまた、ツンとそっぽを向いた。  
「いいよいいよ。どうせワタシより、綺麗な花のほうを守ってやりたかったんだろ?」  
「お、おい、そんなことないって…」  
「だって花を踏まないようにワタシを振り落としたんだろ?」  
「い、いや…そうじゃないよ…。」  
リンクは必死に謝罪の意を表しているが、ミドナは一向に受け入れようとしない。  
ミドナは怒った様子でリンクを睨みつけた。  
「リンク! はっきりしろよ! 言いたいことがあるなら正直に言えばいいじゃないか!!」  
「な、なんの事だよ? 言いたいことって…??」  
ミドナは急に立ち上がる。  
「どうせワタシのことなんてその程度にしか思ってないんだろ! 自分となんの関係も無い花を守るためにふっ飛ばしてもいいくらいにしか!」  
「な…」  
「フンッ、どうせワタシは疫病神だよ。本当はこんな醜い化け物なんて傍にいないほうがいいんじゃないか?」  
「何言ってんだよ!!」  
 
もちろんミドナは、本心でこんなことを言っているのではない。  
これは、彼女なりの甘えなのだ。自分を酷く思っているだろうと言い放ち、それを否定される返事を待っている。  
自分の姿を自分で気に入っていないだけに、自分がリンクに、本当に嫌われていないかを確認しようとしているのだ。  
 
リンクはミドナの肩をつかんだ。  
「変なこと言うんじゃない! ここまで一緒に冒険してきて、オレがお前のこと嫌がってるわけないだろ!」  
リンクは本気でそう言っている。ミドナも分かっている。だから、安心して甘えようとしているのだ。  
「気なんて遣わなくていい! ワタシがいれば狼にも自由になれるし、ただいろいろ便利だからってだけなんだろ!」  
「おいミドナ!」  
「あぁあ、ワタシがもっと可愛い姿だったらなぁ、リンクももっと私のこと考えてくれただろうに…」  
「ミドナっ!!!」  
リンクは、なおもそっぽを向こうとするミドナに、無理やり目を合わせさせた。  
ミドナとリンクの目がじっとにらみ合う。  
ミドナは待っていた。リンクが、自分を励ましてくれる言葉をかけてくれることを…  
リンクはミドナに向かって叫んだ。  
「ミドナ! そんなこと、オレは思ってない! お前は醜くなんかない! 可愛いよ!!」  
 
ミドナは満足していなかった。それどころか、さらにキツい目でリンクを睨みつけている。  
…ミドナ自身は、自分の姿を良く思っていない。それどころか、今の自分の姿を醜くおぞましいと思い、大変嫌っていた。  
ゆえに今のミドナの睨みは、甘えではなく、怒りだった。もちろん、本当に憎んでの怒りともまた違うが…  
 
リンクはしばらくミドナとにらみ合っていたが、やがてリンクは、はっとしたような表情をした。  
気づいたのだ、ミドナが自分の姿を嫌っていることに…  
リンクは、ミドナの肩を放した。  
ミドナはつい、許さないといった素振りを見せて、リンクから見える範囲で、ちょっと遠くへ行ってしまった。  
 
ミドナはリンクから背を向けるようにして、リンクとわざと距離を置いて地面に座っている。  
別に、リンクを許さないなど思っていないミドナ。これも、一種のからかいというか、甘えである。  
ミドナは遠くのほうに見える流れる雲を見つめながら、じっと考えた。  
 
リンク、本気で悪いと思ってたみたいだな…  
ちょっとやりすぎたか…?  
きっとリンク、また必死に謝ってくるだろうな…  
…その時は、許してやろう。  
 
ミドナは、リンクが再び謝りにくるのを待った。  
だが、来ない。  
ミドナの目にはハイラルの夕焼けが映っている。  
 
…? どうしたんだ?  
…来ないな…  
……何してるんだよリンク…  
………………  
…ひょっとして、本当にワタシを見限ったのか?  
……まさか…そんなことするわけないよな…  
…あの優しいリンクが、無闇に私を捨てたりなんて…  
………………  
…優しいリンク…か。  
……リンクは本当に、可愛そうなほど優しい、いいヤツだ…  
……ちょっとお人好しすぎるけど…  
…そういうことも、いちいちバカにしてるからな…  
……リンク、けっこうああ見えて傷ついてるのかもな…  
…しかし来ないな、どうしたんだ?  
 
ミドナはようやく振り返ってみた。  
いた。リンクは、ミドナを落としてしまった川の前にいた。  
川に向かって腰掛ているので、ちょうどミドナに背を向けている。  
「…リンク…?」  
リンクはひどく落ち込んでいるように見えた。リンクの背中が、いつもよりも小さく見える。  
 
ミドナ自身は、言われたことは気にしていなかった。  
自分を可愛いと言ったことは、リンクが自分を想って言ってくれたことだと分かっていたから…  
だが、リンクはミドナの反応をどう思ったのだろうか?  
 
ミドナはリンクに近寄った。  
「なぁ、リン…」  
名前を呼ぼうとしたが、振り返ったリンクの顔を見て、ぎょっとする。  
「………。」  
「リンク、ちょっ…おい、どうしたんだ!?」  
リンクの目に、うっすらと涙が。  
そればかりでなかった、それは悲しさのためでもないようで、何か苛立ちを隠せないように、歯を食いしばっている様子だった。  
その表情、悲しんでいるというよりは、何かをひどく悔しがっているようだ。  
ミドナは、まずい…! と思った。  
今回のことは、さすがにリンクを怒らせてしまったのだろうか。  
いくら相手が人がいいリンクと言えども、自分勝手を言いすぎた。  
 
ミドナは今まで、リンクが涙を流すところなど見たことが無い。  
ミドナはリンクのことを、もっとずっと強い存在だと思っていた。  
どんなに強大な敵を相手にしても逃げることは決してせず、真正面から立ち向かう勇気を持ち、  
その勇気と力のみならず、人に勇気と希望を与える優しさと包容力もあった。  
リンクは、ミドナの中では最も人を守る力に長けた存在だった。  
 
そのリンクが、頬を少し赤くして、一体何を怒っているのだろうか。  
もしかしてそれを聞いたら、自分とリンクとの関係は最後になるかもしれない、そういう心配を持ちながら、それでも、ミドナは思い切ってリンクに尋ねた。  
「…リンク……どうしたんだよ……何を、そんなに……?」  
 
長い沈黙が続いた。  
その間、ミドナはまるで生きた心地がしなかったが、リンクがようやく口を開く。  
「……………悔しいんだ…」  
「…悔しいって…何が…?」  
ワタシにバカにされたことが? と聞きたくなったが、それを聞くのも怖い。  
リンクはミドナに背を向けてしばらくじっと黙っていたが、やがて語りだした。  
「ミドナ……ごめん…」  
「…ごめんって…な…何が?」  
リンクはひどくうなだれた。  
「…今まで気づかなかったよ……オレ、全然ミドナのこと理解してなかったんだな……」  
「…? な、なんだって…?」  
リンクは再び、ミドナのほうを向いた。その目には、再び涙が…。  
「…ミドナ…悪かった…その姿、気にしてるんだったよな……そんなことも、分かってやれない……自分が情けないよ。」  
「…………えっ…?」  
リンクは、どうやらミドナを本気で怒らせたと思っているらしく、そして怒らせてしまった自分を呪い、しょげているようだ。  
「…だけど…ホントなんだよ…。…オレ、別に…ミドナが醜くなんて思ってない………」  
「…………」  
ミドナは、なんだか取り留めない気持ちでリンクを見つめた。  
そんなミドナに、リンクはまた、背を向ける。  
「……ミドナ…ごめんな、こんな話して……本当に苦しんでるのは、やっぱりお前自身なのに…分かりきったような事言って…」  
「…………」  
「もう、どうすればいいか分からないよ…。どうすれば…ミドナの気持ちを分かってやれるのか…。…勝手かもしれないけど…オレだって、なんとかしてやりたいんだよ…。……時々、思うときがある…もし…お前の姿と代わってやれるなら…」  
「バカ…」  
「…………」  
ミドナはリンクの前に回りこむ。  
ミドナは肩を落とすリンクをじっと見つめた。リンクも落ち込んだ様子でミドナを見つめ返している。  
「…リンク…バカ…なに訳のわかんないこと言ってんだよ…」  
「…………」  
「………分かってるよ、リンクがワタシの為に言ってることくらい…」  
「…………」  
リンクはそれに対し、何も言わない。  
ミドナは今までのことを、回想していた。  
 
 
「バカ、ほら後ろ! 前にばっかり集中してんじゃないよ!」  
「お前なぁ、もうちょっと頭使えよ。」  
「ほら、なにぼうっとしてんだ、早く!」  
「じれったいなぁ、そうじゃない。こうするんだ、こう!」  
 
 
自分は今まで、ずいぶん勝手な振る舞いをしてきた。  
だがリンクは、文句の一つも言わず、自分に従い、自分の言うとおりに動いてきた。  
お人よしと言えばその通りだが、だがきっと、それだけじゃない。  
 
「…リンク、お前優しすぎなんだよ…。そりゃぁ、ワタシは…苦労してるよ。この姿とか…いろんなことに…。だけど、そ、そんなにワタシの為に悩むなよ。ワタシはそんなに軟じゃない。」  
「…………」  
「…リンク、やっぱりお前バカだよ…。ワタシが好き勝手言ってるのに、文句もろくに言わないなんて…」  
「…………」  
「…今まではただ、お前は、使命とか、責任とか、ワタシ…とか…に、ただ引っ張りまわされてるだけなのかと思ってたよ…でも、違うんだろ?」  
「…………」  
「…リンク、本当はワタシのこと、ずっと気にしててくれたんだろ。ワタシが苦労してるの知ってて、それで、ワタシがどんなに勝手言っても…甘えたくても、言うとおりにしてくれてたんだろ…。」  
ミドナはリンクの両肩に手を置く。  
リンクは、しばらく間をおいてから、そっとうなずいた。  
 
ミドナは、嬉しかった。  
リンクは本当に、自分のことを考えていてくれた。  
こんな姿になって、辛い目にあっている…。そんな自分のことを気にして、今までずっと、自分勝手な甘えを素直に受け付けてくれていた。  
優しいリンク。今回のことで、ますます、リンクを信頼したくなってしまった。  
ただ、素直に「ありがとう」と言えなかった。それは、自分で分かっている、自分の性格。素直に「嬉しい」とか「ありがとう」なんて言うのは照れくさい。  
 
「ほら、男が泣くんじゃないよ、みっともない。…やめろよ、そんな顔するなって…ワタシのために泣くなよ…」  
しかし、リンクはまだ、納得がいっていないようだった。  
「…だけど…やっぱりオレは、ミドナの苦労は、分かってないと思う……ミドナの苦労をちゃんと分かってやれないと…この先、うまくやっていけない気がするんだ…」  
「リンク…まだ言ってるのか? あのな、たしかにワタシは苦労してるさ。だけど、それはお互い様だろ…そう…お互いに…」  
ミドナは再び、回想した。  
 
思えば、リンクだって自分に負けないほどの苦労をしてきた。  
変な植物に食べられそうになったり、ゴロンの張り手を何度も受けたり、水中クラゲのせいで感電死しそうになったり、  
狼になってしまったことだって、リンクにしてみれば、辛いことも多かっただろうし、なにより、自分の都合で動かされていたのは、リンクにとっても負担だったのではないだろうか…。  
確かに、初め自分はリンクを利用する気だった。しかし、リンクの誠実な気持ちに心を動かされたミドナはそのことをリンクに告白し、そして今ではもう利用などせずに、互いに助け合って、ここまできている。  
 
「リンク…お前も、苦労してるじゃないか…ワタシのせいだってことも含めて…。だけど…だけど…」  
「………?」  
「それなのに、ワタシはいつもリンクに甘えて、困らせてる…。だけど、リンクには…甘える相手なんていないじゃないか…。なぁリンク、苦労しても甘える相手がいない、リンクのほうがよっぽど辛い思いしてるじゃないか…」  
ミドナはリンクの目の前で、すこし蹲った。  
「本当はさ、むしろ、ワタシが自嘲しなきゃならないよ。互いに辛いのは一緒なのに、リンクに甘えて我侭言ってさ…。それなのに…なんでお前が反省しなきゃならないんだよ…。」  
「…じゃぁ…どうすれば…」  
「お互い、気にしなければいい。」  
ミドナは明るい口調をつくった。  
「そうだよ、お互い苦労しあってる者同士、仲良くやってるんじゃないか。苦労を分かってやれないなんて、嘆くことないんだよ。それでお互い、気を遣うこともないんだ。」  
「……だけど…ミドナだって甘えたいときあるだろ……?」  
「…心配すんなよ…。そんなにワタシのこと気にしてくれなくっていい。そりゃぁ…つい甘えたくなっちゃう時はあるさ…。でも、リンク、お前がワタシのことを甘やかさなくてもいいよ。言うとおりになんてするな。  
 ワタシが我侭だと思ったら、そう言ってくれよ…。リンクが辛いのを我慢してるんだから、ワタシも、我慢するよ。変に気を遣われると…なんかかえって調子狂うからさ…。」  
ミドナはリンクの頬の涙を、手で払ってやった。  
リンクは、ようやく安堵した表情になった。ミドナは恥ずかしくなって、ついついリンクに背を向ける。  
「…ほ、ほら…リンク、もう日が沈んじゃったじゃないか。無駄な時間過ごしすぎた。ほら立って、時間を無駄にしないでさっさと行くよ!」  
ミドナはばつが悪そうにリンクの手を引いたが、リンクは動こうとしない。  
「…リンク?」  
ミドナがリンクのほうを見ると、リンクはちょっと微笑んで言った。  
「…勝手なこと、言うなよ。」  
 
二人は、互いに笑いあった。  
 

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