午前十時の喫茶店。そこには、『デート』を満喫する二人がいた。
海賊の頭テトラと、一人の青年リンク。
ただし、彼は【トワイライトプリンセス】のリンクだ。
今、彼らの間ではリンクの交換が発生している。
テトラの前にいるのは、普段一緒にいるネコ目のリンクと違う、別のリンク。
彼女にとって見れば、新鮮な体験でもある。自分の前にいるのはリンクなのに、リンクじゃない。
だが、それは決して嫌なことではなかった。
…というのも、テトラにとって、目の前のリンクはとても印象良く映っているからだ。
リンクはかなり器量が良く、第一印象だがとても優しくいい人のよう。
彼のことをもっとよく知りたい。だが、そのきっかけをつかめずにいた。
今回のデートは、それぞれ、テトラとリンクの知り合い、つまり第三者が仕組んだドッキリ的イタズラである。
見ず知らずの二人をめぐり合わせたらどうなるか、別なところで知り合ったネコ目リンクとミドナが、二人に内緒で計画したことだ。
ゆえに、リンクとテトラは初対面。デートといっても、まだ互いのことを、本当に何も知らない。とにかく、互いのことを知らなければ…
喫茶店のテーブル席で向かい合う二人。テトラはリンクが気になってチラチラ様子を見ている。あまりにリンクばかりに関心を持ちすぎて、注文したオレンジジュースの氷が溶け、薄まっているのにも気づかないくらいだ。
一方リンクは、コーラを飲んでいる。
「…あの…さ…」
まず切り出したのはテトラ。リンクがようやく顔を上げた。
リンクの青くきれいな瞳に見つめられて、少しだけ心臓が高鳴る。
「なぁ…えっと…リン…ク…さん? あぁ、なんて呼べばいい?」
「あぁ、そうか…えぇっと、別になんて呼んでもいいよ。呼び捨てでいい。今日はデートだろ?」
リンクがイタズラっぽく微笑んだ。優しい笑みだ。テトラはちょっと赤くなる。
「あ、そ、そう…じゃぁ…リンク…」
「…………」
リンクが急に黙ってしまった。
「リンク、どうしたんだい?」
「……えっと…悪い、まだ名前聞いてなかったな。君、名前なんて言うんだ?」
「えっ?」
そういえば、まだリンクに名乗っていないことに気づく。
「あぁ、アタシはテトラ。」
「テトラか。よろしく、テトラ。」
自分は名前さえも明かしていなかった。お互い、知らないことばかりだ。だが、それは互いに、あまり違わない。
テトラだって、リンクのことはまだ何も知らない。彼が一体どんな青年なのか。
いろいろ聞きたい。でも、聞くきっかけが見つからない…。
テトラは自分に違和感を感じていた。
なぜか、普段の調子が出ない。この青年の前では、いつものように、海賊らしい自分を表に出せない…と。
二人は喫茶店を出た。せっかくのデートなのに喫茶店で過ごすなんてもったいないと思ったからだ。
それで、どこに行こうか話し合ったのだが、リンクは
「テトラが行きたい所でいい。」
とだけ言っている。
テトラは特に、何をしたいか考えていない。ただし、リンクともっと話が出来る場所がいいと思っていた。
「…アタシは…うーん…特に…」
「そうか、じゃぁ、どうするかな。…うん、街中ウロウロしてみようか?」
街を自由に散策、デートとしては無難なところだ。
実はテトラは、この辺りに住んでいるわけではない。
テトラは、海賊だ。
テトラは本当は、海賊として、今も航海をしているはずなのである。
しかし、数ヶ月前にひどい嵐に巻き込まれて船が激しく負傷、沈没の瀬戸際というところで運よく発見したこの大陸に停泊し、船を修理している最中なのだ。
船の負傷はかなりひどく、補修には時間がかかっているが、それでも、もう修理完了は間近というところまできている。
その間は、停泊した港町を離れて、この街にしばらく腰を据えていたのだが、船が修理し次第、ここは離れることになる。
とにかく、この街はテトラの仮の居場所でしかない。
まだあまり知らない街。せっかくだからこの機会に、自由に散策してみたい。
ところで、喫茶店から出る前に
「じゃ、行こうか。」
と立ち上がったリンクを見て、テトラは驚いた。
座っていたからあまり感じなかったが、リンクは想像以上に背が高い。
テトラは常に、リンクを見上げる姿勢でなければならない。
別にそんなことは苦痛ではないが、すこしだけ、自分とリンクに精神的な高低差を感じてしまう。
だが、すぐにそんなことはなくなった。さっそく出かけるとなると、リンクはテトラの手をひく。
「さ、行こう。」
年齢が5歳近く離れているのに、リンクは気さくに振舞ってくれた。
リンクの爽やかな笑顔に、テトラは少し赤くなる。
二人は喫茶店を出ると、とりあえず辺りの散策をはじめた。
ただ街路を歩くだけでも、けっこう充実した時間を過ごせるものだった。
この辺りは、西洋風な街並みだった。テトラにしたら、あまり見慣れない、新鮮な光景。
テトラはリンクに手を惹かれ、様々な店を見てまわっている。
リンクは積極的だ。少しでもテトラを喜ばせようと、気を遣いつつ、テトラをリードした。
テトラは今まで海賊の頭として勤めてきて、こんなに自分をリードしてくれる男性と会ったのははじめてだ。
そのためか、どうしても、いつもの強腰が出ない。
「テトラ、この服なんて似合いそうだな。」
優しく話しかけられても、
「あ、うん…」
つい余所余所しい返事をしてしまう。
本当は、もっと親しくなりたいのに…。
結局、テトラは恥ずかしくてリンクと上手く接せず、特に買い物はしなかったが、それでもリンクは
「テトラ、そろそろどこかでお昼食べようか。」
テトラを積極的に誘うことをやめなかった。
付近の飲食店を見つけ、銘銘好きな物を注文した。しかし、なんだか心が不安定で食事に集中できないテトラ。
…緊張と、自分への違和感。なぜ、いつもの調子が出ないのだろう。
リンクとの一日限りのデート。それなのに、自分を偽り、おとなしい女の子のように見せかけてリンクを騙しているような気がしてならない。
本当は自分は、もっと気が強い。それなのに、今の自分はまるでリンクに引っ張ってもらいっぱなしだ。
リンクは、一生懸命テトラに話しかけた。
それでもテトラは、どうしても恥ずかしくて明るくなれない。
それどころか、かえって気分が沈んでしまった。
「テトラ…?」
「…ん?」
「テトラ、どうした、なんか元気じゃないな…。」
「あ、いや、大丈夫…。ゴメン、ちょっと水汲んでくる。」
テトラはそういって、席を立つ。
ちょっとだけ、一人になって落ち着きたかった。この心の不安定を、なんとかしたい。
テトラは席から少し離れて、不意に振り返った。
「…リンク…」
背後で一人座っているリンクの様子がおかしい。少しうつむいて、落ち込んでいるようだ。
テトラは水を2杯汲んで戻ってきた。
「リンク?」
ちょっとはなれたところから呼びかけると、何事もなかったかのようにリンクが顔を上げた。
「どうした? あ、水汲んできたか。悪いな、オレの分まで…」
リンクは明るく振舞っているが、さっきの様子から、何か落ち込んでいる。
「…やっぱり気づかれてたか。ハハハ。」
「ハハハじゃないよ、何で落ち込んでるんだい?」
「あぁ…。」
リンクはもう、明るく装うのはやめたようだ。肩を落とし、テトラに告げた。
「テトラ…あのさ、正直に答えてくれよ。」
「? …」
「…オレのこと、嫌い?」
「…え?」
「…な、どうして?」
「いや、ひょっとしたらオレ、嫌われてるんじゃないかって思っただけだけど…。」
テトラからすれば、そんなことはなかった。
「いや、別に全然…な、なんでそんな風に…?」
リンクはため息をつく。
「……気を悪くしないでくれよ。…………テトラ、午前中あんまり楽しそうじゃなかったから…」
「……………。」
「…ひょっとしたら、オレといても楽しくないのかな…って…。」
「そ、そんな…こと…」
「……」
「そんなことない…。アタシ、別にアンタのこと嫌いじゃない…って…。」
「……本当か? 遠慮しなくていいんだぞ、もし本当は…」
「本当だよ。」
リンクは、真剣にテトラを見つめた。テトラも真剣な眼差しでリンクの目を見つめる。
「…なるほど…本当の自分が出せない…か。」
「そうなんだ。」
テトラは、自分の悩みをリンクに打ち明けた。リンクの前では、本当の自分が出せないこと、そしてそれが、リンクに対し自分を偽っている気がしてならないことを。
「…ほんとのアタシは、もっと荒々しくてさ、こんなじゃないんだよ。」
「…そうか…本当のテトラか。」
リンクはテトラに汲んできてもらった水を一息で飲んでからテトラに言った。
「…気にするなよ。」
「?」
「テトラ、テトラはいつも海賊らしく振舞ってるんだと思うけど、でも、それがテトラの全て…ってわけじゃないだろ。」
「…」
「テトラ、オレと一緒にいて、自分はどうしたいとおもった?」
「…」
素直に楽しみたい、それが本音。
「…テトラ、もし素直になりたいなら、それでもいいじゃないか。普段の自分らしくはないかもしれないけど、自分に素直になったほうが、楽しめるんじゃないのか? せっかく、一日だけのデートなんだ。楽しまないともったいない。」
「………」
テトラは、どうすればいいか分からなかった。素直になりたいが、まだ緊張が解けない。
「…テトラ…」
「………」
「…あんまり気にするなよ。…オレも、君が楽しめるようがんばるからさ。」
テトラは少し、うなずく。リンクは気を取り直そうとメニューを手に取る。
「なんかデザート頼む?」
「あ…うん。」
一生懸命声を出すテトラ。一生懸命緊張を解こうと必死だ。
リンクはなおもテトラの緊張を解そうとがんばるが、どうも成果が出ない。とうとうリンクが思い切った行動に出た。
昼食を終え二人揃ってアイスクリームを食べているとき。
「テトラ、ちょっと頬にアイスついてるな。」
「えっ? ホント? どこどこ?」
リンクが席を立ち、テトラに近づいてきた。
「な…何…?」
リンクは不意にテトラの頬を舐める。
「―――――!!!」
あまりに驚いて椅子から落ちそうになるテトラ。リンクは平然としている。
「うん、取れたよ。」
テトラは顔を赤くして、リンクを見つめ返す。
リンクはちょっとやんちゃな笑顔でほほえみかけた。
「…驚いた? ゴメンゴメン、ちょっとふざけただけだ…」
リンクが言っている間に、テトラがすかさず身を乗り出し、その頬を舐め返した。
「!!」
リンクも驚いて一歩後退する。テトラはリンクに笑い返した。
「ふふ、いい度胸じゃないか。海賊のアタシの頬にキスするなんて!」
「……」
「……リンク、午後から、楽しもう…ね。」
「………あぁ。」
ここでようやく、はじめて微笑みあう二人。
テトラはようやく気づいた。なぜ、この青年の前では自分を出せないのか。
それは、自分が『海賊』である必要が無いから。
普段、自分は海賊の頭として、常に子分を率いる存在で無ければならない。
だが、今は自分は、海賊ではない。デートを楽しむ、一人の女の子でいてかまわない。
今、自分の目の前にいるリンクには、そういう気持ちにさせてくれるような、強い包容力があった。
普段一緒にいる、【ネコ目のリンク】とはまったく異なる存在、今目の前にいるリンク。
改めて心が打ち解けあい、午後からのデートはますます満喫できそうだった。