時刻は午後2時をまわっている。
デート真っ最中のテトラとリンクは昼食を終えたが、まだ飲食店にとどまって、互いのことを話し合っていた。
ちなみに、このリンクはテトラの知り合い『ネコ目リンク』ではない。彼はトワイライトプリンセスのリンク。
彼らははじめて会ったばかりゆえに、全く相手のことを知らなかった。
リンクは自分の事をテトラに話した。
リンクは生まれも育ちも都会から離れた山奥の農村で、仕事は牧童をしているという。だが、テトラの知っているネコ目リンクのように、剣術も心得ている。テトラも気にはしていたが、やはり背負っていた剣と盾は模造品ではないようだ。
森の中で育ってきたリンクだが、都会のほうまで下りてくるようになったのは比較的最近。午前中のリードの良さの割りに、都会歩きはまだ慣れていないそうだ。
しかもリンクは、今の歳になるまで、村と周辺の森からも出たことがなかったらしい。
ゆえに、携帯電話や腕時計を使い始めたのはごく最近、街にはじめて降りて来た時のこと。特に、都会に来て、携帯電話を初めて目にしたときはずいぶん驚いたそうだ。
そのくらい、村を出る前のリンクは、森の外の事を何も知らなかった。
世間知らずはテトラも変わりない。海の上を旅し続けているだけに、流行など全く知らない。
彼女が携帯電話というモノの存在を初めて知ったのも、船の修理にこの街に立ち寄ったとき。
ネコ目リンクのような適応力がないテトラは、いまだに使い方を誤ることが多い。
とにかくリンクは、自分の事を話すときには、立場を装うことなく、包み隠さず全てを話していた。
「ハハハ、都会のことなんて何にも知らないで、田舎者っぽさがどうしても抜けないんだよな。」
「いや、いいじゃない。そういうのも嫌いじゃないよ。アタシだって全然都会になんて慣れてないんだし…別に田舎育ちでも、都会育ちでも、リンクのこと………」
言いそうになったが、つい恥ずかしくて言いそびれるテトラ。
「? オレのことが…何?」
「…いや、なんでもない。」
「な、なんだよ、気になるな。途中まで言ったんだから、最後まで言ってくれよ。」
「もう、結構、鈍いんだねリンク…わかった。今日のデートが終わる頃にでも教えてやるよ。」
「そ、そうか。分かった。覚えておくからな。」
テトラは笑ってしまった。
しかし、テトラには分からなかった。
…なぜ、こんなにリンクに惹かれるのか…。
もちろん、リンクは顔立ちが整っていて器量が良く、心優しい気遣いもしてくれる。
だが、本当にそれだけの理由で、ここまで惹かれるのだろうか?
なにか、リンクにはものすごい魅力があるような気がする…だが、それはまだ、今のテトラには分からなかった。
話のネタは尽きなかったが、話だけで終わるのは時間がもったいない。
一頻り世間話を終えて、これからどこに行こうかと話はじめたとき、とっさにリンクが言った。
「テトラ…特に予定が無いなら、一緒に来てくれないか? 君と一緒に…行きたい所があるんだ。」
「行きたい所? リンクが勧めてくれるなら、アタシも行きたいけど…。」
これから特に予定もない。テトラも、せっかくならリンクが勧めてくれるところに行きたかった。
テトラの返事を聞いて、リンクは喜んだ。
「あぁ、そう言ってくれると思ったよ。」
リンクは立ちあがる。テトラも立ち上がり、リンクにどこに行くのか尋ねたが、リンクは「行ってからのお楽しみ」とだけ言い、ふたたびテトラの手を引いた。
リンクに連れられてやってきたのは、町外れ。ここから先は山道に繋がっている。
「…ここは…?」
「…テトラ、君は海の上を旅しつづけてるんだろ? だからさ、こういう山とか森の中のことってあんまり知らないだろうと思って、テトラに一緒に来て、見てほしいんだ。」
「森の中を?」
「あぁ。オレ、森の自然のことならかなり自信あるんだ。…街中歩いてるより、いろんなことをテトラに教えられると思う。」
リンクは手を差し出した。
確かに、テトラは森の中を散策などはあまりしたことがないから、もしかするとこの機会に、リンクからいろいろなことを教えてもらえるかもしれない。
そう思っているうちに、テトラの手は、もうリンクの手を握りかえしていた。
「テトラ、さ、行こう。」
「…うん。」
二人は山道に沿って歩き出した。
森の中。テトラにしてみれば、新鮮だった。
森の中に入るのは、海賊船から降りての探検のときくらいだ。森の中をゆっくり見回ったことなどない。
「…テトラ、足元気をつけて。」
「あ、うん。…それにしても、知らなかった。森の中って、こんなに静かで綺麗なんだ…。」
「あぁ。やっぱり、テトラはあんまり、森の中歩いたりしないんだな。」
リンクはかがんで、傍の茂みから小さな木の実のついた枝を取った。
「…テトラ、ほら、食べてみなよ。」
「あっ、ありがとう…。」
何の木の実なのか…木苺とは違うようだが、リンクは「食べられる」と言ったので、間違いないだろう。
リンクは本当に、森の中のことは何でもと言っていいほど物知りだった。さすが、自然の中で生まれ育っただけはある。
テトラはリンクとの散策を楽しんだが、上り坂になっていくにつれて、だんだん辛くなってきた。
「はぁ…はぁ…」
「テトラ、大丈夫か?」
「あ…うん…」
テトラは山登りに慣れておらず、予想以上に上り坂に苦戦した。
急斜面を登っているわけでもない、普通に見たら緩い坂なのに、長いこと登っていると、それだけでクタクタになってしまう。
「…けっこう、大変なんだ…」
「あぁ、そうだな。ほ、ほんとに大丈夫?」
…もう一時間ほど、山道を登っている。
「テトラ、疲れた? おいおい、かなり汗かいてるな…。」
テトラはかなり疲れている。
それもそのはず、普段は狭い海賊船の中で暮らしており、あまり長時間歩くのに慣れていない。登り坂となるとなおさらだ。
服も汗びっしょりになってしまい、とうとうテトラは折れて「ちょっと休ませて」と言い出した。
リンクはテトラの身を案じて、木陰を探し、テトラを休ませた。
「イタタタタ…」
「テトラ、大丈夫か? ごめんな、ちょっとキツかったんだな…。オレのペースで歩いちゃったから…」
山歩きはテトラにとって、予想以上にハードだったらしい。足が痛くて自由に歩けない。
「ウーン…」
「テトラ、足、そんなに痛いか?」
「うん…もう山道…歩くのはきついかも…」
「ちょっと見せてみて。」
テトラは言われたとおり、ズボンをすこしたくし上げた。
「あぁ…ちょっとむくんじゃったみたいだな…。痛いだろ?」
「あぁ…」
リンクは知っていた。山歩きに慣れていないとよくこうなることを…。
それでいてテトラに無理をさせてしまい、後悔してもしきれない様子だ。
「ごめん…テトラ。もっと君のこと考えて歩くべきだったよ…。」
「いいよ、そんなにしょ気ないでも。」
「あぁ…。だけどどうしよう? これから…」
これからさらに山登りとなると、さすがにテトラも憂鬱となる。
「まだしばらくあるの?」
「あぁ…あと半分…いや、まだ四合目くらいだな…。」
「…なぁ、リンク、一体アタシをどこにつれていきたいの?」
リンクはちょっとため息をついた。
「あぁ、…教えるよ。ここからもっと登ったところに、村があるんだ。」
「…リンクの?」
「いや、オレのところの村じゃないんだけど…。その村で、今日、祭りがあるんだよ。小さい村祭りだけど、オレ、毎年行ってるんだ。出店とか出てさ…テトラと一緒に行ったら、楽しいだろうな…って…」
リンクは肩を落とす。
「でも…やっぱりダメだな。テトラに無理はさせられないよ。」
「…………」
テトラも残念だった。
せっかくリンクが誘ってくれたのに…。
テトラは行きたかった。
リンクの誘いなのだ、断りたくは無い。
「リンク…アタシ…行きたい。」
「えっ、でも…」
テトラはフラフラとしながらも、立ち上がった。
「だってさ、リンクがきっと楽しいって言うんなら…楽しめるよ。大丈夫、アタシは…」
そう言いながらも、やはり足が痛くて座り込んでしまう。
「テトラ…やっぱり、無理はしないほうが…。」
「…でも、行きたいよ。」
リンクはしばらく考え込んだ。
「…テトラ…」
「ん?」
リンクがふいに、ぼうっとテトラに話しかけた。
「…テトラ…きれいな脚してるな…。」
「…!? リ、リンク急に何を…」
「…テトラ、やっぱりこのまま歩くのは辛いとおもう。こんな綺麗で華奢な足だと…。」
テトラは赤くなった。
普段は自分は海賊らしい頑丈な体を持っていると自負しているつもりだったが、確かに、山登り程度でくたびれてしまうのは華奢としか言えない。まるで、自分が女の子であることを、改めて認められたような気がした。
テトラは恥ずかしくなってちょっと顔を伏せる。
「リ、リンク…なに言ってんだ…。な、なにが言いたいの?」
リンクは立ち上がった。
「オレに考えがある。テトラ……ここから先は、オレが君を、抱えていってあげるよ。」
「ええっ!?」
テトラはますます赤くなった。
「か、抱えるって…」
「そのほうがいいじゃないか。テトラの足に負担もかけないし、目的地にも着ける。どう?」
「ど、どうって…」
リンクはやると言ったら冗談無しでやる。テトラは返事に困ってしまった。
テトラが返事をしないでいると、リンクもちょっとまずかったかと、付け加えた。
「…いや、嫌ならいいんだけど…。」
「…………………」
やはり返事できない。テトラは恥ずかしそうにうつむく。
リンクに抱えてもらう…。嫌ではないが、嬉しくて恥ずかしい。…いや、一日しかないデート、してほしいなら、してもらったほうが…
テトラはしばらくじっと考えていたが、そっとうなずいた。
「…い、いいけど…どうやるのさ?」
「あぁ。分かった。」
リンクはテトラの承諾を受けると、すぐに、座り込んでいるテトラの背と膝裏に腕をまわして、スッと引き寄せた。
「よいしょっと。」
「…わぁぁっ!!」
おもわず叫び声を上げるテトラ。
それも無理は無い。これは抱えられるというより、完全な『お姫様だっこ』だ。
「わっ! わぁっ!!」
テトラは真っ赤になってジタバタした。
「? どうした? テトラ…」
「や、や、やっぱりいい! 降ろして! 早く降ろして!!!」
いくら人気が無い山道といえども、お姫様抱っこなんて恥ずかしすぎる。
テトラは降ろされるなり、その場にぺたんと座り込んでしまった。びっくりして気が動転している。
「テトラ? どうした? なんか痛かった?」
「ち、違うけどさ……あっ…あの、もっと別な抱え方ない?」
テトラはまだ顔が赤い。
それはそうだ、あんな格好で歩いていて、もし人に見られようものなら…
だが、リンクはテトラが赤くなる理由に、気づいていないようだ。
「別な抱え方…そうだな…。どんな抱え方がいいんだ?」
リンクはふいに、背中に背負っている剣と盾を腹側に回し、テトラに背を向けた。
「…?」
「テトラ、ほらっ…負ぶってあげるよ。これならどう?」
リンクに背負ってもらう…これもちょっと恥ずかしいが、お姫様だっこよりは、まだ恥ずかしくない。
「リンク…なんか悪いね…。」
「いいよいいよ。オレが誘ったことなんだし…。それにテトラは軽いから、全然平気さ。」
テトラはリンクに背負ってもらい、二人でゆっくり、山道を登り始めた。
テトラはリンクの背中に揺られながら、目を瞑って、じっと考えた。
「ねぇ…リンク…」
「ん?」
「…ちょっと聞いて欲しいんだけど…」
「どうした?」
テトラは少し間をおいて、話し始める。
「……あのさ…リンク…いろいろ、ありがとう…」
「…………」
「リンクが気を遣ってくれたこと、いろいろ…みんな、嬉しいよ。」
「…………」
リンクは黙って話を聞いている。テトラはさらに続けた。
「…あ、あのさ…アタシ…リンクのこと…好きになってきた。…なんでなのか、自分でも分からなかったけど…でも、なんだかその理由、今になって、分かった気がするよ。」
「…………」
「…リンク……優しくて…それから、本当に……強いから。」
「…………」
テトラはリンクの体に強くしがみついて、甘えるように言った。
「…アタシさ…ほら、海賊の頭やってるって言ったよね。…けっこう大変なんだ。みんなを率いるのって。
……リーダーやってるからには、誰かに頼るわけにはいかないし、怖くても、それに立ち向かわなきゃならない。
…仲間を、守らなきゃならないんだ。アタシは…
………怖くても…アタシを守ってくれる人は、誰もいないから…。
……でも…なんだか、リンクの傍にいると、安心できるんだ…。
……リンクなら、アタシを守ってくれる気がする……。……リンク、優しいから…。
………ねぇ…リンク……今日一日だけでいいから、アタシを守ってくれる…?」
「…………」
リンクは急に、ピタッと立ち止まった。
「…?」
リンクは、テトラを肩から下ろす。
「…? ??」
突然のことに何がなんだか分からないテトラ。リンクはテトラと向き合い、両肩をつかんだ。
リンクは真面目な表情で、じっとテトラの瞳を覗きこんでいる。
テトラはリンクの透き通るような青い瞳に見つめられて、胸が高鳴った。
「!? な、なに、リンク…」
「…テトラ…。君の事、良く分かったよ。テトラ、いつも大変なんだな…。
…なんか、ごめんな。今まで自分のことばっかり話して、テトラのこと、ちゃんと聞いてあげられなくて。
……なんか今まではっきり言えなかったけどさ…
……オレも、テトラのこと、好きだ。本当だよ。
…なんでか分からないけど…なんていうのかな…女の子に、こんな気持ちになるの、初めてなんだ。」
リンクからの真剣な告白。リンクは真面目な顔で、テトラに向かって真っ直ぐな気持ちで、そう言った。
テトラは驚いたが、じっと見つめて語りかけられては、目を逸らすわけにもいかない。
すると今度は、リンクは突然、テトラを引き寄せ、強く抱きしめた。
「!! リ、リン…」
一体リンクがどういう気を起こしたのか分からなかったが、リンクは、なにかとても強い喜びを隠し切れなかったように見える。
リンクはテトラの耳元で、少し小さい声で、囁くように言った。
「テトラ…ありがとう…。オレのこと、信用してくれるんだな…。
…あぁ…。分かった。オレ、自信は無いけど…テトラのために頑張るよ…。どんなものからでも、テトラを守ってみせる。」
それが、リンクの返事だった。
リンクはテトラを放した。そしてもう一度、じっとテトラを見つめる。
リンクの真剣に、テトラも思わず真顔になって、じっとリンクを見つめ返した。
テトラは思った。リンクは中途半端な気持ちで言ってるんじゃない。
…それならば、自分も、真面目に答えなければならない。
「…リンク…信じていい?」
テトラは真剣に、そう聞いた。
リンクは、うなずく。
「……あぁ。」
リンクはテトラに、優しく微笑んだ。
「さぁ、背中に乗って。もうすぐだから、行こう。…お祭りに、遅れないように。」
テトラは再びリンクに背負ってもらい、また山道を、ゆっくり登りだした。
テトラはリンクの背中で、今まで体感したことが無いような、温かい気持ちになった。
ここにいれば、リンクと一緒にいれば、何も恐れることは無い。
両親に早く先立たれ、こんなに心から安心したのは、生まれて初めてかもしれない。
テトラは、温かくて少し森の匂いがするリンクの背中で、いつの間にか、寝息を立てていた。